「……ん」 「ふあぁぁぁぁ……」 日の光が赤い……もう夕方か…… 「んん……寝過ごした……」 正確な時間が知りたい……あれ? 目覚ましがない。 「手を伸ばせばここにあるはずで……」 ……違う。 目覚ましがないんじゃない。 俺の部屋じゃない天井が見える。 普段使ってる布団じゃないのか、触り心地がいい。 ベッドの寝心地が、何となくゴージャスだ。 シーツからいい匂いがする……いい。 「って、そうじゃない!」 「ここはどこだ!?」 「……」 ……返事はない。 部屋に俺1人……か? 「誰か、居ませんかー?」 ……話しかけても返事はない。 「……誰もいないのかな」 「……」 外にいるか? 「……」 「……困ったな」 誰もいない。 「ん?」 ポケットに何か…… 「これは……」 何故ポケットに…… トランプやトレカと違う…… …… って、俺の着てるこの服は……制服か? いつ着替えたっけ? このカードの持ち主のか? 「……まいったな」 ここから出てみよう。 外から見れば、いろいろわかるかも。 「お……おおおおおおっ!?」 何だここ……。 「ここって……」 ……なんだ? 「うおっ、ぞくぞくってきた!?」 背筋に寒気来たっ。 なんで俺、こんなところにいるんだ…… 「そこの君」 「っ!?」 「こんなところで何をしてる?」 「何って……何もしてない……いや、ここがどこなのかを知る手がかりを探している、のかな?」 こんな時は何て応えたらいいのか…… 「夏本律くん」 「え、俺の名前……」 「ちょっと動かないで貰えるかな?」 「……」 な、なんだ…… 「うぉ……近い……」 「失礼するよ」 「顎を上げて、肩の力を抜いてリラックス」 「り、リラックス……」 とは、ほど遠いこの状況だ。 美人が目と鼻の先にいる。 い……いい匂いが…… 「首、締めすぎ? 息が荒いけど」 「大丈夫です、問題ないです」 「きつかったら言って」 「はい」 いい香りのシャンプーでも使っている……いや。 これが美人の香りっ!? 「夏本くん」 「あ、はい」 「ネクタイ緩めすぎ。見た目が悪いよ」 ネクタイが、元々そういう形だったと思えるくらい自然な感じで綺麗になった。 「よし、出来上がり。どう?」 さっと折りたたみの手鏡を出して、俺に見せる。 「これくらいが丁度いいと思うよ」 きつすぎることもなく、ゆるすぎることもなく、折り目正しく整っている首もとが映ってる。 「いい、と思います……」 これは……ひょっとして…… 「男女の関係の中でも新婚さんしか味わえないという……『あら、ネクタイが曲がってるわよ』では……」 「まさか、こんな形で味わえるとは……」 「いやしかし、これは……こんな早く……順列がおかしい……」 「どうかした?」 「いえっ! 貴重な経験をしました!」 「貴重?」 「ありがとうございましたっ!」 「どういたしまして。ふふっ」 「どうしました?」 「私も貴重な体験をさせてもらったよ。歴史上初めてじゃないかな」 「男の子のネクタイを直すなんて……」 「……?」 「夏本律くん、だよね? 男の子」 「ですけど……女の子に見えます?」 「まさか。そんな背の高い子、この学校にいないから」 「見た目通り男です。夏本律です」 「君が噂の転校生くんで間違いないようだね」 「私は白神姫百合。これからよろしく頼むよ」 「はい、よろしくお願いします」 「ん、これから?」 「一応私の方が先輩だから。何でも聞いて」 「さっそく聞かせてください! いいですか?」 「積極的だね。どうぞ」 「ここ、どこですか?」 「……そこから、なんだね」 私立真東女子学園。 本州のいなみ市から船で数10分、日本海の孤島にある女子校。 長い歴史を持つ学校で、良家の子女たちが多く通うことでも有名だ。 いわゆるお嬢様学校。 しかも全寮制。 さらに孤島という閉鎖性。 まさに秘密の花園。 「あのお嬢様学校……ここが……」 「夏本くんは入学できた初めての男子だ」 「共学になってたんですか」 「夏本くんが入学してる間は、一応共学ってことになるね」 「……」 一応ってことは、本当は違うってことか。 俺も、ただのお嬢様学校ではないことだけは知っている。 真東女子学園は、御貴族様や金持ちだけが通えるような学校ではない。 才能ある女子を、スカウトして集めている学校なのだ。 だから良家でもなんでもない俺の身内が、ここの在校生だったりもする。 「こんなところに通ってたのか……」 「本当の名前は真東女子学園じゃなくて、ウィズレー魔法学院」 「ウィズレーマホー学院?」 「そう。魔法の研究をしている学校だよ」 「そしてここが、これから暮らすことになるディアンシフォリア寮」 「俺がここで暮らす……」 「あっ、白神先輩、ここが真東女子なら1人よく知ってるのがいるんです」 「知ってるよ」 「あっ!」 「おっと、噂をすればだね」 「おっ、おおおおっ、諷歌っ!?」 「兄さん……」 「諷歌だっ、諷歌じゃないかっ!」 「う……」 「元気だったか!」 「う、うん。兄さん、いったいどこに……」 「こちらの白神先輩と外でお話をしていた」 「姫百合先輩と……」 「寮の外で散歩中だったみたい」 妹が…… 妹がいる…… 小さい頃に離ればなれになった妹、諷歌。 今も小さいが、当時はもっと小さかった。 何年離れ離れだったのか……相変わらず小さくて可愛いぞ。 いや……小さくないところも…… 「兄さん……入学するって本当だったんですね……」 「聞いてたのか。俺はついさっき教えてもらったばっかりだ」 「それじゃウチのこと、何も知らないんじゃ……」 「知らない。聞こうと思ったんだが誰もいなくてさ」 「出てきたというわけか……」 「……おりんちゃん、ですね」 「だな」 「はぁ。まったくしょうがない人ですね」 「おりんちゃん?」 「夏本くんをここに連れてきたのがオリエッタ。おりんちゃんは愛称ね」 「あ、そうか……諷歌も夏本だから紛らわしいな。律くんでいいかい?」 「はいっ、喜んでっ!」 下の名前で呼ばれた……嬉しいっ! しかも今回はちゃんと手順を踏んでいるっ! 夏本という名前が2人いる。 だから苗字ではなく下の名前で呼ぶことにする。 美しい手順だ…… 「……素晴らしい」 「兄さん、どうしたんですか?」 「感動を噛みしめている」 「……?」 「しかも今日は諷歌にも会えた! 感動もひとしおだ!!」 「兄さん……叫ばないでください……」 「よしっ諷歌、ほらっ!!」 両手を広げて、さぁ来いポーズ。 「え……」 「飛び込んでおいでっ」 「それは……」 「いつも、腰のあたりにしがみついてきただろ?」 「……それは昔の話です」 「あの頃から諷歌はちっちゃくて可愛かった……」 「やめてください」 「今も可愛いけど……」 「……大きくなったなぁ」 「え……あっ」 「兄さんエッチですっ。そんな性的な目で見ないでくださいっ」 「ええっ、そんな目で見てない。久しぶりに妹と会って兄として……」 「兄として……」 「ウソです。そんなエッチな目で見られたら私、妊娠してしまいます」 「えっ……えええぇぇぇぇっ!? ま、まさかーっ!?」 「……」 「……そ、そうなのか?」 「……」 「なのか?」 「……なっ、なんで真っ赤になってるんですかっ。変な想像しないでくださいっ」 「お……おぉ……違うか……びっくりした……」 「え、え、え……えいっ!」 いきなりクッションを投げつけられた。 「不潔ですっ。もう兄さんのことなんて知りませんっ」 「ごめん諷歌っ。ちょっと気が動転してて……」 「諷歌は何を怒ってたんだ?」 「さ、さぁ……」 「でも……ふふっ、あんな諷歌、久しぶりに見たよ」 「嫌われたかなぁ……」 「大丈夫だと思うよ」 「ですかね……だといいんですけど……あ、諷歌のやつ、クッション忘れて……」 「……」 「クッション?」 「じゃないぞ!」 「この子は……アルパカさんでは?」 「……(コクコク)」 「おおっ、懐かしい。元気してたかー!」 「……(すりすり)」 「とても懐いてるね」 「昔、諷歌と一緒に可愛がってましたから」 「今は諷歌の使い魔になっているんだよ」 「ふうかのつかいま?」 「諷歌は飼育委員もやっていてね。召喚獣や精霊のお世話もしてるんだ」 「しょうかんじゅう? せいれい?」 「ふふっ、律くんはまだまだ驚くことになりそうだ」 「……?」 「あっ! いたっ! 夏本律!」 「……誰?」 「オリエッタ。どこに行ってたんだ?」 オリエッタ……この子か…… ……この子もちっちゃいな。 「ひめりーが保護してくれてたのね。ありがとう」 「どこほっつき歩いてたのよ。探したじゃない」 「……」 「これからアンタに説明しなきゃならないこと、いっぱいあるんだから」 「ほら、部屋に戻るわよ」 目の前にやってきて、唐突に手を掴まれた。 「ほあっ!?」 「……何?」 「いきなり手を掴んだからっ」 「あ、怪我してたの……ごめんなさい。痛かった?」 「いや、そうじゃなくて……手を繋ぐ前にほら、まずは挨拶と自己紹介っていうか……」 「初めまして夏本律です。よろしくお願いします!」 「……どゆこと?」 「挨拶、返してあげれば」 「……初めまして。オリエッタ・クロノ・イスタリカ・ジナスティールよ」 「オリエッタ・クロノ……え?」 「……外国人?」 「……はい?」 「日本語、とっても上手ですね」 「……」 「……ハロゥ?」 「もうわけわかんないっ。早く来てっ」 「どこへ?」 「アンタの部屋」 「ええっ!?」 「何で驚くのよ」 「早すぎだろっ。まだ挨拶しかしてないのに!?」 「もう夕方よ、むしろ遅すぎ」 「遅い!? ……外国人はそこまでボーダレスなのかっ!」 「ほんっとにわけわかんないっ。続きは後で聞くから。早く来るっ!」 「アルパカさん……あ、姫百合先輩、兄さんは」 「オリエッタに連れてかれたよ……心配だな。私達も行こうか」 「……わかりました」 「ここが俺の部屋……」 「マジで入学してたってことか……」 「しかしなんで、俺がそれを知らないんだ」 「何ぶつぶつ言ってるのよ」 「む、そうかっ!」 「今度は、何っ!?」 「ってことは俺はまた……段取り無視を……」 「段取り?」 「段取りを無視して……会ったばかりの女子を部屋に上げてしまったのか……」 「しかも3人だ……あ、1人は諷歌だからいいのか……俺、お兄ちゃんだからな」 「流石、諷歌……こんな時も俺の味方だ。心休まる」 「っ!?」 「ふーこ見てニヤついてるわね」 「見ればわかります。解説しないでください」 「むしろ説明が欲しい。あの男は何をぶつぶつ言ってるの? 段取りがどうのこうの……」 「わかりません。わかりたくないです」 「律くんは、こっちからの説明を待ってるんじゃないのかい?」 「おっとそうだ。何で俺、真東女子……じゃなくて、ウィズレー魔法学院に入ってるんでしょう?」 「ようやくこっちの話を聞く気になったのね。単刀直入に言うわ」 「どうぞ」 「それはアンタが魔法を使えるからよ」 「……」 「……ん?」 「……諷歌、この子は大丈夫か?」 「バカにしてるのっ!?」 「あ、ごめん。そういうつもりじゃないんだ」 「ただ、いきなり初対面で魔法が使えるとか言い出すから、色々大丈夫かなって思って諷歌に聞いてみたんだ」 「それがバカにしてるのよっ!」 「アンタは魔法が使えるのっ。だからこの国に入れたし、ウィズレー魔法学院に入学することになったっ」 「魔法が使えないと入ることさえできない。だから魔法が使えることに間違いないのっ、わかった?」 「……お、おう」 「ようやく理解できたみたいね」 「……」 ……妹に助けを求めたい。 アイコンタクトッ! 「おりんちゃん」 おっ、通じたっ! 「なに?」 「兄さんはまだ理解できてません。不安そうにこっちを見てます」 「通じたけど、助けてくれなかったっ!?」 「まだ理解できないのっ!?」 「そんな簡単にできるかっ!」 「逆ギレ!?」 「逆じゃなく正当なものだ!」 「だいたいこの学校に入学するなんて話、聞いてないぞ。まずそこからだろ!」 「お母さんは知ってましたよ?」 「なんだって!?」 「そっちに兄さんが行くからよろしくって、連絡がありました」 「くそ、聞いてないの俺だけかっ」 「……アンタ、入学を拒否するの?」 「……」 「それは許可できないわ。男の魔法使いなんて看過できないもの」 「しなくていい。入学するから」 「……」 「ここってあの真東女子だろ? ウィズレー魔法学院だったか……とにかくあの名門女子校」 「そう言われてるみたいね」 「中にいる奴にはわからないだろうけど……ここは秘密の花園なんだ」 「こんな機会めったにない。こいつはチャンスだ!」 「入る入る、入るに決まってるじゃないかっ!」 「ここまでやっておいて、今から入学拒否とかするなよ! この制服は絶対に脱がないからな!」 「……そんな理由?」 「おう」 「……」 「兄さん……」 「くっ、くくっ……面白いよ、律くん……」 「俺んちより広い部屋だし、快適じゃないか」 「ふーこのお兄さんって……」 「それ以上言わないでください」 「あれ、今日って、カレンダーは……ああっ!」 「今度は何……」 「葉山との約束、すっぽかした……」 「うっ、携帯が圏外だ。アンテナ立つところ知らない?」 「その辺も、説明しないといけないわね」 オリエッタが言うには…… ウィズレー魔法学院は、魔法使いが通う学校。 学校があるのは、魔法使いだけが暮らす世界。 この世界は日本ではないため、携帯の電波が届くような場所ではない。 俺が暮らしていた場所とは違う場所にある……らしい。 なので、電波を外に繋げるには魔法が必要とのこと。 「……どういうことなんじゃい」 説明するだけして、オリエッタどっか行っちゃうし…… 「ん、どうしたの?」 「ただの独り言です。それで俺はどうすればいいんでしょうか?」 「結城さん、どう?」 「すぐ繋げます。オッケーって言ったら電話して」 「だって」 「わかりました」 結城さんと呼ばれた少女が、細長い木製の棒を軽快に振りかざす。 「んっ……えいっ!」 「……えい?」 「どう、アンテナ立ってない?」 「おっ、おおおっ、立ってる。ギリギリ2本立ってる」 「オッケー、早く電話かけて」 「わかった」 「こんばんは、葉山……」 『夏本っ、夏本だよね!?』 「おう」 『電話繋がらなくて、これから家に連絡しようと思ってたとこだよ』 「ごめん。約束すっぽかした」 『いいよそれは。夏本が無事でよかったぁ』 「心配かけたみたいだな。でも大丈夫だから」 『うん。元気そうないつもの声。安心した……ところでどうしたのかな。連絡ないなんてらしくないから心配してたんだよ?』 「それがさ、聞いてくれるか……」 『なに?』 「俺、真東女子学園に入学するんだ」 『……え?』 「ほら、諷歌が行ってる学校だよ」 『それはわかるけど……女子校じゃないの?』 「特別入れることになったんだ」 『え、ええ……どういうこと?』 「どういうと言われると説明が難しい……いや、説明は簡単だが俺が理解してない」 『さっぱりわからないんだけど……』 「どうやら俺は、魔法使いらしい」 『……ええ!?』 「魔法使えるんだってさ。使ったことないけど」 『意味わかんないよ。そういうの好きだったっけ?』 「好き嫌いの話じゃない。魔法が使えて、その魔法使いがいる世界に来ててな」 「そこが真東女子で、ほんとはウィズレー魔法学院で、女子しかいない学校で、男が俺だけなんだ」 『ホントによくわかんないんだけど……え、夏本だけ?』 「そうっ、そこだけは俺もわかる。俺だけ!」 『……』 「居るべきだと思うだろ?」 『そ、それは……そうかもしれないけど……』 「あっ、魔法が解けそう」 「律くん、そろそろ通じなくなる」 「えっ、もう?」 『夏本、今の声は……』 「すまん葉山。こっちの都合で悪いが」 『あっ、うん……最後に1つ……』 「ごめんっ、もう無理だ。葉山、また連絡する!」 「切れちゃったか……」 「ごめん、今日はあまり保たなかった。また繋げる?」 「いや、いいさ。これも魔法?」 「そう。この魔法得意なんだ」 「へえ……得意不得意ってあるんだ」 「結城さん、助かったよ」 「姫百合先輩のお願いですからっ。それじゃまた呼んでください」 「うん。ありがとう」 「……」 ビックリして、お礼を言い損ねたな。 あの棒がアンテナというわけでもないし、あれってやっぱり―― 「兄さん、どうしました?」 「今のが魔法……」 「実感ないと思います。でもいずれわかります。ここが魔法の世界だって」 「そういうもんか……うん、諷歌が言うことなら信じるよ」 「兄さん……」 「……この様子なら大丈夫だね」 「何がですか?」 「律くんなら、この世界にすぐ馴染めそうだ」 「……?」 「魔法っていう異質なもの、君の他に男子がいないこと……馴染めるかどうか心配だったんだ」 「その心配はいりません。諷歌と白神先輩がいますから」 「ふふっ、調子いいな」 「兄さん。女の子ばかりだからって、エッチな目で見ちゃだめですよ」 「わ、わかってるさ……」 「わか……って……」 「……また見てます」 「ごめんっ悪かったっ、ふぐっ!?」 「エッチなのは嫌いですっ」 「ふおぉ、またアルパカさんに懐かれた……」 「いいことじゃないか」 「そうなんですかね……兄さん好き好きゲージが、急激に減っている予感が……」 「余裕もある。頼もしい仲間ができて嬉しいよ」 「よろしく、夏本律くん」 「あ、よろしくお願いします」 「歓迎するよ。男の魔法使いくん」 「オリエッタ、連絡できたぞ」 「それはなにより」 「どこ行ってたんだ?」 「ちょっとね」 「あ、そのカード」 「こいつと一緒だ」 「アンタそれ、クロノカードじゃない! どこで拾ったのよ!」 「クロノカードっていうのか。もしかしてオリエッタの?」 「うう〜ん。記憶にないけど……まあ、ちょうど良かったわ」 オリエッタがポンと、クロノカードの束を渡す。 「普段からこれを持ってなさい。これはアンタに起こる様々な事柄を自動的に記録する」 「これから色々と役に立つはずだから」 「ありがとう……その記録するっていうのも魔法?」 「そうなるわね。どう使うかは後で説明するから」 「使えるんだ」 「それじゃ。おやすみ」 「え、もう帰るの?」 「そろそろ消灯よ」 「なるほど……おやすみ。いろいろありがとう」 「……うん。今後ともよろしく」 「……クロノカードか」 「自動的に必要な情報が刻まれるって……おっ」 「今日、入学したから刻まれたってことかな」 「ってことは……」 「当然、彼女たちもか……」 「なるほど」 こういう風にカードに刻まれると…… 「こういうのも記録されるのか……」 「こ、こんなものまで……!」 クロノカードって、不思議なものだなぁ。 ウィズレー魔法学院。 魔法の研究と魔法使いに教育をする学術機関。 また、魔法を使える女の子を保護するための組織でもある。 魔法とは未だ研究の初歩的段階である未知なるもの。 使えるには使えるが、再現性にやや難がある。 魔法で起こした現象の規模や持続力も、調節が利きにくい。 よって魔法が使える女の子は、周囲に与える影響が大きくて本人も危うくなる。 故にウィズレー魔法学院は魔法使いを保護する。 魔法が使えなくなる、その日まで…… 「先日入学した夏本律です。みなさんよろしくお願いしますっ!」 「男の子だ……」 「本当に入ってきたんだ……」 「でしょー。昨日会ったって言ったじゃない」 あ、携帯繋げてくれた子だ。 手を振っておこう。 「あっ(ぺこっ)」 「いいなー、もう知り合いになれて」 「うちは相田みのり、よろしくね」 「よろしく」 「私は結城理沙」 「昨日はありがとう」 「また繋げたい時は言ってね」 「あの……私、剛力真奈美っていいます。よろしくお願いします」 「夏本です、よろしく」 「あの夏本くんってどんな魔法が使えるの?」 「ご趣味は?」 「好きな音楽は?」 「おうぅ、待ってくれそんなに一度に質問されても……」 ……どういうことだ。 俺が女子に囲まれている。 ひょっとして俺……モテている? モテモテなのか? これが世に言うモテ期ってやつ? 「気持ち悪い笑い方してるわね……」 「オリエッタ……このクラスなのか?」 「私がノービスメイジなわけないでしょ?」 「のーびすめいじ?」 「このクラスのことだよ。魔法の基礎を学ぶクラス、ノービスメイジ」 「へぇ」 「おりんちゃんは、ミスティック。最上級クラスだよね?」 「そうよ。ふーことひめりーもね」 「え、諷歌が? 白神先輩はわかるけど……」 「年齢でクラスが決まってるわけじゃないの。魔法学をどれだけ修めているか、だから」 「つまり諷歌はそこまでになったと」 「まぁね。努力したんじゃない?」 「兄として鼻が高いな。流石諷歌だ……で、なんでオリエッタがここに?」 「アンタのことが心配だからしばらくこっち」 「……女の中に男が1人っていうのが気になるんだな」 「心配はいらないぞ。俺は女の子に対して無闇に手を出したりはしない。主義に反するからな」 「そんなんじゃないわよ」 「じゃあ何を?」 「それはこれから……みんな、こいつ借りてくね」 「はーい」 「いってらー」 「え……何?」 「オリエッタ、どこに行くのさ。これから授業じゃないの?」 「なんにも知らないアンタがついていけるわけないでしょ」 「だから、まず基本的なことを教えてあげる。ついてきて」 「で、なんでこんなだだっぴろいところに」 「体力測定でもやるのか」 「ここは体育でも使うけど、魔法実践にも使っているの」 「ってことは……さっそく、魔法の使い方を教えてくれるのかっ」 「普通は教えるもんじゃないけどね」 「どういうこと?」 「魔法は研究対象であって、学生に使わせるためのものじゃないのよ」 「使わせるものじゃない?」 「魔法使いを保護する学校なの。どっちかというと魔法を管理するところね。危ないから」 「危ない……使えると便利なんじゃないの?」 「魔法はコントロールが難しいの。不安定な力はいつ暴走するかわからないわ」 「火をつける魔法が、火力の調節できないって怖いでしょ」 「不安定な魔法のために本人も周りも危ないわ」 「だから魔法使いはウィズレー魔法学院で保護するの」 「なるほど……」 「納得いかないって顔してるわね」 「……」 「疑問があるならどうぞ」 「魔法の研究してるってことは、ある程度コントロールできるんじゃないのか?」 「……うーん」 「その方法を知りたいぞ」 「それは……ううん……どう説明したらいいのかしら……アンタ素人過ぎるのよね……」 「説明、難しいのか?」 「どう伝えたらいいのか……あ、そうだわ! こういうことは専門家に頼みましょう」 「専門家?」 「彼女らに聞いてきて。実践はまた今度」 「この人たちは……」 「魔法学の先生たち」 「魔法学……」 「それとメイド」 「メイド……確かにいるな」 「それぞれの分野の専門家だから詳しく教えてくれるわ」 ……メイドが? 「あっ、この人ってさ」 「ランドルフね」 「男だぞ」 「その辺も会えばわかるわ。全員と話してらっしゃい」 「わかった」 「終わったら、私の部屋に来て」 「部屋ってどこ」 「寮の私の部屋よ。ここだから」 「ん、了解」 「ここが職員室か……お、いたいた。あの人が田中夢子先生か」 「あ〜〜、頭痛い。飲み過ぎたわー。まじ飲み過ぎたわー」 「これから授業かー。めんどくさいわー」 「あのー、田中先生……」 「ジャネット」 「え?」 「ミス・ジャネット」 「ミス・ジャネット?」 「イエス。痛たたた……あら、見かけない顔……どちらの惑星のプリンス?」 「昨日入学した夏本律ですっ。よろしくお願いしますっ!」 「あー。ミスター夏本。頭に響く……」 「す、すみません……」 「ボーイは元気がいいわねぇ。あ……あれ、男?」 「いえす」 「それじゃ例の男の子の魔法使い……」 「もう来たのね。ミスオリエッタは気が早いわ……昨日の今日じゃない」 「今日はジャネット先生に魔法を教えて貰いに来ました」 「漠然としすぎ。私は魔法学の中でも精神学の教師よ」 「精神学……」 「精神に作用する魔法の研究と教育をしてるの」 「魔法は心の動きで起こる現象だから重要な分野よ」 「なるほど」 「特に、私は恋愛学科のプロフェッショナル」 「恋愛……っ、本当ですかっ!?」 「はい。レクチャー終了ー」 「……えー」 「また明日、教えてあげるから……今日はもうだめ……」 「でもこれから授業なのよね……はぁ……」 「……」 「おおおぉぉ……こんなところがあったのか……」 「あの船、空に浮かんでるよ」 「そういや、島も浮かんでるな」 「これも魔法か……すごいな……」 「だろ?」 「おう……お?」 「こんな所で何してるんでげすか?」 「あ、シャロン・デュカス先生ですか?」 「先生ではありません。メイドでげす」 「げす?」 「この学校と姫様に仕える献身的なメイドでげす。シャロンと呼び捨てて蔑んでくださいまし」 「蔑む? 先生を?」 「だからシャロンでいいでげす……はっ!?」 「アッシの名を知るてめぇはどこの殿?」 「殿じゃなくて、転校してきた夏本律です」 「おーおー、そうだった。私が実行犯だった」 「夏本律殿を眠らせて抱えてここまで連れてくるって過程で、最も活躍したでげす!」 「とんでもないな!」 「仕方なかったんですよ。姫様が緊急事態って言うもんですから。私たちも嫌々ながら嬉々として誘拐したんすよ!」 「不穏な単語が入っているんだが……」 「まぁまぁ。おかげで女子校に入学できて結果オーライ」 「……」 ……否定できない。 「それで、何か用で?」 「あっ、わかったっす!」 「姫様に迷惑かけられたですか……それはお気の毒で」 「当方は姫様による被害の保証はいっさい受け付けておらんでげす」 「いや、違いますから……シャロン先生に伺いたいことが」 「先生とは呼ばなくていいでげす。アッシはメイド。下々の者と蔑むような目付きでシャロンとお呼びくだされ夏本律殿」 「……俺も律で」 「それで何用でげすか、律殿」 「殿……」 「オスに対する敬った言い方が、殿でげす」 「オスって言ってる時点で、敬ってないよね」 「アッシも先生って器で、ねぇでげす」 「じゃ、シャロン。姫様って誰?」 「姫様です。アッシは姫様のお世話係でげす」 「お世話係……」 「そう。当方は姫様にお世話しまくりんぐで、ちっとも恩返しされてない可哀想な子猫ちゃんでござる」 「姫様って……オリエッタ?」 「そうでげす。姫様のメイドでげす。片手間に先生してるでげす」 「……片手間かよ」 「で、なんのようでございましょう、律殿」 「あ、魔法について教えてください」 「わからんでげす」 「おおぅ。先生じゃないんですか?」 「先生もしてますが、そんな基本的なことは教えてねぇです」 「私は魔法学の中でも、精霊学のエキスパートでやんす。エキスパートな質問しか答えるつもりはねぇでげす」 「精霊学……」 「で、今は忙しいんでさっさと帰るでやんす」 「……今、何してるんです?」 「日課のひなたぼっこしながら飛行艇を眺める……じゃなくて太陽光を受けながら飛行艇の監視作業中……あー忙しいっす」 「……」 「結構広いな……もっと小さい温室を想像してた……」 「メアリー・デルフィニウム先生か……」 「温室で花を育ているのか? ……可憐な花に優しいまなざし注ぎ、慈愛に満ちた天使のような先生……なのかっ!」 「期待っ、超期待っ!」 「……」 ……いた。 多分、メアリー先生だ。 可憐な花ではなく、ぴんと張った千円札を見てる。 優しいまなざしじゃなくて、血走った目で凝視してる。 「くっそーっ、今月こんだけになっちまった……給料日……給料日は……」 慈愛に満ちた天使……? 「そうか……ついにあの必勝法を試す時がきたようだな……」 「そのパターンでお金失っているのでは……」 「それで何倍にもなって返ってくると思えば安いもんよ……ん、君は?」 「夏本律です。昨日入学しました」 「ああ、オリエッタが見つけた男の魔法使いか」 「はい。教えて欲しいことがあります」 「……どの女子のガードがゆるいかって話?」 「なっ!?」 「流石いきり立った男子くん積極的だ。教えてあげてもいいけど、払うもの払ってからだね」 「い、いやっ……先生に魔法について教えてもらおうと思って……」 「あっそう」 「でも、その情報も欲しい……いや、俺の良心がその情報は早すぎると言っている……」 「魔法って言われてもねぇ……漠然としすぎ。もう少し詳しくなってからおいで」 「私の専門は、魔法学の中でも物質学」 「物質学……」 「ま、頑張って勉強しておいで」 「はい……」 「情報料、払えるようになったら聞きにくるといい。だいたい職員室にいるから」 「……い、いずれ」 「ま、それは未来に期待するとして……今はJ子に金を借りにいかないと」 「……」 「ずいぶんと立派な図書館だな……」 「ここにランドルフ・ヘイワード先生がいると」 「ここにいるよ」 「おっと……受付にいるとは思いませんでした」 「司書だから。貸し出し担当だ」 「君は、昨日入学した男の魔法使いだね」 「ご存じでしたか」 「君の入学作戦は、私が立てたんだ」 「……」 ……つまり、誘拐の作戦担当と。 「私はウィズレー魔法学院図書館司書のランドルフ・ヘイワード。ランディと呼んでくれ」 「ランドルフ先生じゃダメなんですか?」 「ランディがいいな」 「……わかりました。それでランディは先生なんですよね?」 「教師としては時空学が専門さ」 「その魔法を教えてもらいに来ました」 「もっと具体的に」 「それがわからなくて」 「長くなるなぁ……それだったら、ここにある本を読むといいよ。ウィズレー魔法学院が把握してる魔法についての知識は、だいたいここにある」 つまり説明する気はないと…… 「わかりました。あともう1つ質問が」 「私が男じゃないのかって?」 「……です」 「私は魔導書なんだ」 「へ?」 「書物。ここにある本と同じ」 「違うのは魔法の力で意志を持って、この姿になってるってこと」 「お……おお……」 「そういう存在なんだけど……わからないよね」 「……わ、わかるよう努力します」 「わからないなりに理解しようとする姿勢、評価するよ」 「あと、私は男が好きなんだ」 「ええっ!?」 「もちろん性的な意味で」 「……」 「勘違いしないで。男なら誰でもいいわけじゃないから」 「はい……」 「私はもっと知性に溢れた顔付きがいいな。頭良さそうに見えれば馬鹿でも構わないけど」 「……ぶっちゃけますね」 「女は総じて苦手。好みじゃない」 「そう、ですか……お互い好みに差がありますね」 「そのようだね。いずれそういう話にもなると思うんで、先に伝えた」 「……」 魔導書、男好き、女苦手…… 「わかりました。ではこの辺で……」 「律君」 「はい?」 「私は君に興味がある」 「……っ!?」 「性的な意味はないよ。男の魔法使いとしてだ」 「ほっ」 「今後ともよろしく」 「はい、よろしくお願いします」 「ただいまー」 「おかえり。じゃなくていらっしゃい。ここは私の部屋。アンタが帰るところじゃないわよ」 「そういう細かいところ嫌いじゃないぜ」 「それで、魔法について教わった?」 「あんまし。変な人ばっかりだな。肩でも凝った気分だ」 「ただ……精神学、精霊学、物質学、時空学……魔法にもいろいろあるんだってことはわかった」 「それだけわかれば上出来」 「それとメイドのシャロン、飛行艇発着場でサボってたぞ」 「……あとでしかっておくわ」 「シャロン、オリエッタのことを姫様って言ってたけど」 「私、この国の姫だから」 「……」 「その目は何?」 「なんでもない」 「ところでさ。魔法について一応聞いてきたけど、結局魔法はコントロールできるのかできないのか」 「目下研究中っていうのがその答え」 「曖昧だな」 「それも魔法の特徴って思って構わないわよ」 「……」 「で、ほぼ完全にコントロール可能な方法はあるの……このクロノカードがそう」 「そうそう。このカードって何なの?」 「このカードは、事象を記録するものなんだけど、魔法の情報も刻まれるわ」 「刻まれたものを、魔法として使うことができるの」 「カードに刻まれた魔法は、コントロール可能なの」 「おお……」 「ここに魔法を記したカードがあるわ」 「これで魔法を使う」 「グラウンド出なくていいのか」 「それじゃ出ましょう。カードでね」 オリエッタが、グラウンドが記録されたカードを取り出す。 「えいっ」 「おおおっ!?」 「こんな風なことが出来るの。上手く使えばね」 「……すごいんじゃないか、これ」 「それじゃ部屋に戻るわね」 「おぉ……戻った……」 「クロノカードじゃないと、こんな精度で魔法は使えないのよ」 「さらに……私が持ってるこのカードを使うわ」 「えい」 「おおっ、格好いいなっ。本当に魔法使いみたいだ」 「みたいじゃなくてそうなの」 「でね。カードなくても魔法を使えるんだけど……」 オリエッタが何やら棒状のものを取り出して、振りかざす。 「カードなしで使うと……えい」 「うぎゃぎゃぎゃ!?」 「って感じ」 「ひどいじゃないか! びっくりしたぞ!」 「こんな感じで精度が多少悪くなる。今みたいにね」 「おもいっきり俺に当ててたぞ!」 「肩こり取れてない?」 「ん……お、おおっ、本当だ。肩こりが取れている!」 「ふふっ、私の魔法コントロール、すごいでしょ」 「まるで低周波治療器みたいだ」 「褒めてないわよね、それ?」 「で、そういうコントロールがカードだと出来ると」 「まぁ、だいたいね。でも危険なのもわかったでしょ。さっきの魔法がもし人を傷つけるくらいの出力だったら……」 「……怖いな」 「でしょ?」 「そんなものをよく人に向かって撃てたな」 「……」 「何故、余所見をするのだ」 「それはともかくっ。でも魔法が使えるのは、ここマホーツ界でだけだから。ニンゲン界で絶対に使っちゃダメ」 ともかくで済ませやがった……。 「ニンゲン界の魔法は制御がもっと効きにくいの。私も責任取れないし」 「だから、魔法を使うのはマホーツ界だけ。わかった?」 「……マホーツ界?」 「この学校のある世界がマホーツ界。あなたがいた世界がニンゲン界」 「魔法を使っていいのは、ここだけ」 「わかった……それで、俺もカードで魔法を使えるようになるのか?」 「うん」 「よしっ。ならどんどん記録していこう」 「していくといいわ。それでアンタという魔法使いの特性がわかるかもしれない」 「特性がわかれば、無くすことも早くできるかもしれない」 「そうなのか。よっしゃ」 「でもしばらくこの女子校にやっかいになりたい気持ちもある」 「気持ち……それは重要ね」 「……重要?」 「アンタの魔法の原点のこと」 「原点?」 「何故、アンタが魔法を使えるのか、よ」 「教えて」 「……俺が知りたい」 「魔法っていうのは想いなの。想いが形になったもの、それが魔法」 「強い想いが魔法の力を引き出している」 「想いが強いと魔法が強い?」 「だいたいそうだけど、それだけじゃない。強ければいいっていう単純なものじゃないわ」 「でも強く想っていることが、魔法の原点になっているのはほぼ間違いないの」 「だから知りたいの。アンタの想いは何?」 「想い……なんだろう……特にないな……」 「そんなことないって。何かあるはず」 「なんだろう……」 「悩みごとは?」 「……ここに入ってしまったことかな」 「嬉しいことは?」 「ここに入れたこと!」 「……はぁ」 「呆れるな!」 「それじゃ最近してたことって何?」 「なにも……」 「ぱっと思いついたものでいいから」 「う〜ん……最近、最近……あっ」 「何?」 ここに来る直前に楽しみにしてたことがある。 「デートだ」 「え、彼女いるの?」 「意外って顔するな。デートになるはずだったんだ……。そうだよ、ここに連れてこられなければっ!」 「葉山に女の子紹介してもらうはずだったのに!」 その約束もすっぽかしてしまったわけだが。 「……彼女ほしい?」 「欲しい。超欲しい!」 「即答……」 「呆れたな!」 「アンタの想い見つけたわ」 「え、何?」 「彼女欲しい、よ」 「……俺の想い……彼女欲しい」 「精神学の中に、恋愛学っていうのがあるんだけど……」 「それジャネット先生が言ってた。興味あり!」 「恋愛は心の働き。魔法の原点になりやすいのよ」 「おお……ドンピシャだったのか……」 「それじゃまずそこから始めましょうか」 「そこって何?」 「夏本律、アンタは彼女作りなさい」 「おうっ……え?」 「幸いここには女の子しかいないわ。よりどりみどりよ」 「ぱぱっと彼女作って。そうすれば、アンタの想いは成就して魔法の源泉が消えるかもしれないわ」 「なるほど……」 「それじゃ明日にでも彼女を作って……」 「断る!」 「……はい?」 「彼女を作るのはいい。だが……そんなインスタントな恋はこっちから願い下げだっ!!」 「……インスタント?」 「恋ってさ……恋ってそうじゃないだろ!」 「彼女っていうのは、まずお友達になってだ。同じ時間を共有してだ」 「共有した時間が恋に変わって、改めて告白して恋人になるんだよ!」 「恋愛には段取りが必要なんだ」 「……」 「これが世に言う段取りズムだ」 「……」 「俺はこれを段取りズムと呼んでいる」 「……へぇ。面白いじゃない」 「……お?」 「私は、その段取りを踏む手伝いをすればいいのね」 「なに!?」 「何驚いてるのよ。必要なんでしょ?」 「お、おう……まさか段取りズムを受け入れる女子が再び現れるとは……」 「段取りズムはどうでもいいけど、アンタにとって必要なら仕方ないってだけ」 「……」 「私はアンタに魔法が使えなくなって欲しいのよ」 「魔法はニンゲン界で生活していく分には危険なもの。さらに男の魔法使いはイレギュラー過ぎる……心配なの」 「だから無くすための協力は惜しまない」 「俺のために……お前、ほんとうにいいやつだな……」 「良い悪いの話じゃないから。その辺は気遣い無用よ」 「夏休みまでに無くすわよ。それまでにその段取りとやらを踏みなさい」 「気が早いな」 「早い方がいいでしょ。彼女欲しくないの?」 「欲しい!」 「なら頑張りなさい。応援してあげるから」 「おう。今度こそ、俺は彼女を作ってみせる! そのためにまずはお友達からだ!」 オリエッタを探してたら、食堂にたどり着いた。 「あ、いた。オリエッタ。美味そうなの食ってるな」 「今日のランチよ」 「俺も頼もっと」 「あいよー、ランチいっちょー」 「あれ? シャロン?」 「ここ、シャロンが切り盛りしてんのよ」 「左様。拙者はメイドでござるでげす」 「メイドってそんなこともするんだ。おっ、美味そう。いただきますっ」 「それで、恋人できた?」 「ぶっ!? 早すぎだろっ!」 「早くしてよね。手伝って欲しいことある?」 「……」 オリエッタは何故、俺にここまでしてくれる? 男が魔法使えるのは危険だからと言ってたけど…… それだけなのだろうか? よし、それを探り出すぞ! 「質問」 「なに?」 「なんでここまでしてくれるの?」 「……」 「何か理由があるのか?」 「……あるわ」 「まさか……俺、この魔法を無くさないと暴走して大変なことになるとか……」 「だから急いでいるのか!」 「勝手に盛り上がらない。別にアンタに何もないわ」 「ならなんで?」 「私にとって重要なのよ……夏休み」 「今年の夏休みは、エンジョイするつもりだったのよ!」 「……えんじょい?」 「おもいっきり遊ぼうと思ってたのっ」 「パソコンでネットが繋がるようになったから、夏にどういう遊びがあるか調べてたのよ」 「それは、本当に楽しみにしてたんだな」 「でも事件が起こったわ」 「……なに?」 「男の子の魔法使いが出てきたのよ」 「俺か!」 「私は姫として何とかしないといけないのよ」 「だから、解決するまでは夏休みに入れない」 「もし解決しなかったら……夏休み返上よ……」 「それはお気の毒様で……」 「それだけは避けたい。絶対に避けたいっ。だからアンタの問題は、絶対解決するわ」 「なるほど……オリエッタにとっても自分のためか」 「悪い?」 「いや、悪くない。夏休みにエンジョイ、いいじゃないかっ。いい理由だ!」 「言われなくてもわかってるわ」 「俺も今年の夏は彼女と甘い時を過ごす! 共に頑張ろう!」 「その意気よ。頑張りましょう」 「おっ、諷歌だ」 「兄さん……こんにちは」 「……」 ……気になっていたことがあった。 諷歌が他人行儀だ。 昔は俺に抱きついてきたのに…… なんとなく壁がある感じがする。 しばらくあってなかったから、戸惑っているのか。 離れていた間が長いからな…… 「兄さん、どうしたんですか?」 よし……決めた。 諷歌とまた仲良し兄妹として過ごす時間を増やすぞ! お互いの部屋を行き来するような関係になれば…… よしっ、諷歌の部屋に入れて貰おう! 「諷歌。アルパカさんは?」 「アルパカさんですか……部屋で寝てます」 「……生きてたよね?」 「はい。私の使い魔です」 「使い魔……」 「興味、ありますか?」 「うん」 「それじゃ来てください」 「諷歌の部屋?」 「はい」 思った以上に上手く行った! 「あ、諷歌。俺、部屋に入っていいのか?」 「いいですよ……あ、兄さん、また段取り気にしているんですか?」 「そうだ。でも気になるだろ普通。段取りズム抜きで」 「兄妹を部屋に入れるのは普通じゃないですか?」 「……そうだ。普通だ」 「そういうことです」 「どうぞ」 「失礼します」 「ここが……諷歌の部屋か」 「姫百合先輩の部屋でもあります」 「相部屋なんだ」 「はい」 「そっか……」 諷歌は寂しがり屋だったからな。 「良かったな。先輩が一緒で」 「え……」 「頼もしいだろうなって思ってさ」 「あ、はい。姫百合先輩と一緒の部屋になって良かったです」 「おっ、アルパカさんだ。もふもふしてやろう」 「……(諷歌に近づいてすりすり)」 「どうしたの? いつもより甘えん坊ですね」 「ふーこ、いる? 貸して欲しいものがあるんだけど」 「おりんちゃん! またノックせずに入ってきてっ!」 「ごめんごめん。あ、律だ」 「お邪魔してます」 「ふ〜ん、早速部屋に呼んでるんだ」 「アルパカさんに会いたいって」 「良かったじゃない、ふーこ」 「……」 「ふーこ、お兄さん大好きだもんね」 「なっ!? 何を言ってるんですか!」 「だって、お兄さん宛に熱心に手紙書い……むぐっ!?」 「余計なことしゃべらないでくださいっ」 「何するのよっ! 本当のことじゃないっ!」 「それが余計なことなんですっ」 「ちょ、ちょっと、むぐっ、んっんんんっ……」 「ぷふぁっ、無理矢理口ふさごうとしないでよっ」 「止めないとあることないことペラペラしゃべるじゃないですかっ」 「ふふふっ、そんなことしても私は止められないわよ」 「魔法使うの禁止ですっ!」 「律、今からそこのメモ帳にふーこのこと書くから読んでねー」 「アルパカさん、お願いっ」 「……(ぱふっ)」 「アルパカさんっ、うぷっ、息、できな、い……」 「おりんちゃん、やめますか?」 「むふっ、あふぁっ、こふぅ……」 「諷歌、やめやめっ! ほんとに息してないよ!」 「あっ……ごめんなさい」 「とりあえず落ち着け、諷歌」 「……はい」 「オリエッタも。諷歌が嫌がることしない」 「……そっか、嫌がることなのね。ふ〜ん」 「……」 「それじゃ言わないでおくわ」 「……ありがとう」 「私は、言った方がいいと思うけどね」 「むむっ」 「まぁまぁ、ここは抑えて……って何で俺、仲裁してんだ?」 「そ、そもそも、ノックもせずに入ってきたおりんちゃんが悪いんです」 「う……」 「お姫様ならもっとちゃんとしてください」 「そう言われてもね」 「そういやお姫様って前も聞いたけど……オリエッタがお姫様? シャロンがメイドって言ってたし……」 「おりんちゃんは、この国のお姫様なんです」 「国……ってことは本物か。愛称とかじゃなくて」 「形式上よ。姫だけどイスタリカに王様とかそういうの無いし」 「でも今、国って言った」 「ウィズレー魔法学院は、幻創庭国イスタリカにあります……おりんちゃん、言ってないんですか?」 「……あ、そうかも」 「どういうこと?」 「この学校のある場所は、幻創庭国イスタリカという日本とは別の国なんです」 「おりんちゃんは、このイスタリカの姫なんです」 「……」 オリエッタの名前は……オリエッタ・クロノ・イスタリカ・ジナスティール。 イスタリカっていうのは、国の名前だったのか…… 「国としてちゃんと政府もあります。形式的には日本と同じ立憲君主制です」 「ウィズレー魔法学院は、魔法教育庁の管轄になってます」 「他には……」 「待った待った。そういうのがあるのはわかった」 「流石、よく知ってるわね」 「あなたの方が良く知ってるくせに」 「多分、ふーこの方が知ってるわよ」 「姫なのに、そっちに興味ないんです、おりんちゃんは」 「……」 「兄さんも興味ないって顔してますね」 「よくわかったな……」 「アンタには関係ないから。だから説明しなかったの」 「それも、よくわかったな」 「なんとなくね」 「……兄さんとおりんちゃんって、ひょっとして気が合う?」 「冗談」 「……合わないだろう、きっと」 (……合いそうな気がする) 「さて、そろそろ帰るかな」 「そろそろ姫百合先輩が戻ってくる頃ですけど……」 「諷歌と話したかっただけだから」 「……はい」 「それじゃまた」 「白神先輩」 「律くん。どうだい、こっちの生活は」 「最高ですっ。みんな良くしてくれるんで」 「ふふっ、相変わらずだね」 「白神先輩とも会えました」 「律くんは正直だからそのまんまの意味なんだろうね。ありがとう」 「時間あるならお茶でもどうだい?」 「是非! いただきます」 「そんな力強く言わなくていいよ。それじゃ用意してこよう」 「姫百合先輩」 「剛力さん、こんにちは」 「こんにちは。先日はありがとうございました」 「怪我の方はもう大丈夫?」 「大丈夫です。姫百合先輩がいてくれて助かりました」 「大げさだよ。実習の時はまたよろしくね」 「はいっ、姫百合先輩」 「……」 姫百合先輩…… 姫百合先輩か…… 「先日、買った煎茶なんだけど、この味が好きでね」 「俺もお茶好きですよ」 「それは嬉しい。気が合いそうだ……あ、お湯を切らしてた。調理室で沸かしてこようか」 「調理室なんてあるんですか?」 「そうか、まだ案内されてないんだね。ついてきて」 「ここが調理室。好きに使っていいから」 「はい」 「お湯が沸くまでちょっと待ってくれ」 「わかりました白神先輩」 「律くんは、自炊するのかな?」 「お茶漬けくらいなら」 「お茶漬けか。それなら調理室が必要だね。部屋じゃご飯は炊けない」 向こうが律くんなのに、こっちが白神先輩では……親しみ感がない。 俺も下の名前で呼びたい。 仲良くなるためにも、まずは皆のように姫百合先輩と呼ぼう! 「先輩」 「なに?」 「先輩って、みんなから姫百合先輩って呼ばれてますね」 「オリエッタからは、なぜかひめりーだけどね」 「俺、愛称って重要だと思うんですよ」 「親しみとか、そういうのが込められていると思うんです」 「なるほど、そうかもね」 「だから俺も、姫百合先輩って呼んでいいですか?」 「別にいいよ」 「よしやったっ、ありがとうございます、姫百合先輩っ」 「そんなに喜ぶことかい?」 「喜ぶことですよ!」 「なら良かった」 「ふふっ、そっか……いろいろ言ってたけど、そんなこと頼むために説明してたんだな」 「おっと、お湯が沸きそうだ。煎茶をいれよう」 「お願いします、姫百合先輩」 「先生とも友達になれる?」 「ガキに用はないわ。恋愛学の人間としてアドバイスしてあげる」 「おおっ、恋愛の達人!」 「いい響きね。ええそうよ」 「ジャネット先生! 是非、恋のレッスンを!」 「おういえ! ではまず最初に私から伝えることは……」 「女の子に声をかけなさい!」 「おおっ、まともだ」 「男の子がイニシアチブを取るのよ」 「なるほど……やはり、そうあるべきか」 「全ての恋愛はお互いに知り合うところから。その最初の一歩を決めるのはあなた」 「おうけい! よくわかりました!」 「いい生徒を持って、私も嬉しいわ。今後もこうやって来れば、いいアドバイスしてあげるわよ!」 なるほど、ジャネット先生が今後も何かしらヒントをくれるってことか……。 今後も時々、顔を出してみよう。 ウィズレー魔法学院での初めての1週間が過ぎようとしている。 ここでの生活も、多少慣れてきた。 ディアンシフォリア寮は校舎のそばにあって、通学時間は10分とかからない。 食事は学食で済ます。 周りから干渉されない個室がある。 そして何よりも女子校! 「凄くいい……」 「またニヤニヤしてる」 「何で見てんだよ」 「別に」 「あ、J子。どうしたの?」 「どうもこうもこのクラスの担任なんだけど」 そうだったのか。 「というわけで、転校生を紹介するわ」 どういうわけだ! 「……」 「ねぇねぇ、あの制服ってさ……」 「律くんと同じだ」 「男の子?」 「へ……」 「あいつ……」 「葉山っ」 「あ……夏本……」 「何?」 「失礼しましたっ」 「あの子、知ってるの?」 「知ってるも何も、あいつは……」 「ご期待通り。ミスター夏本と同じく男子よ」 「え……」 「自己紹介プリーズ」 「えと、葉山です。みんなよろしく」 「可愛い男の子来たっ!」 「葉山くん、よろしくっ」 「わっ、わわっ!?」 「……男子?」 「……どういうこと?」 「葉山くんって、どこ出身なの?」 「えっと……」 「彼女いそう」 「ええっ、ボクにはいないよ」 「あの、夏本くんと知り合いなんですか?」 「あ……うん……」 「葉山。ちょっといいか? 話したいことがあるんだ」 「うん……みんなごめん」 「2人って知り合い?」 「電話かけた相手って、彼だったんじゃないかな?」 「葉山……」 「何を聞きたいか……わかるよ」 「でも……みんな見てる……」 「2人っきりになれるところに行こう」 「ちょっと待ちなさいっ!」 「何でしょう?」 「男子2人で逢い引き……それは不毛よ」 「でも、嫌いじゃないわ」 「ジャネット先生、用件を言ってください。お願いします」 「あなたに用事はないわ。あるのは、ミスター葉山」 「あっ、はいっ」 「職員室までいらっしゃい。まだ手続き終わってないでしょ」 「わかりました」 「うふふっ」 「なんでしょう」 「可愛い男の子に言うこと聞かせるっていいわね」 「……ははは」 「呼ばれちゃった。行ってくるから」 「うん……」 「後で話すからっ」 「……本当に男扱いなんだな」 「なんで、また男の子の魔法使いがいるの……」 「オリエッタ……」 葉山から事情を聞いてから話すか…… その前に、葉山の事情を聞いておかないとな…… 「兄さんっ、兄さんっ」 「諷歌」 「今、葉山先輩と会いました」 「もう会ったのか」 「男の子の魔法使い。それが2人も。前代未聞だね……」 「はい……」 「ありえない……」 「……」 説明しなきゃいけない相手が増えた…… 「結局、戻って来なかったわね、あの子」 「転校の手続きしてるんだろ」 「アンタの友達なのよね、何か知ってるんじゃないの?」 「……その辺は本人に事情を聞いてからだ」 「誰だろう……どうぞ」 「お邪魔、します」 「あ……転校生」 「お客さん来てたんだ。じゃぁ廊下で待ってるから」 「いやいやいや。いいぞ葉山。入ってくれ」 「いいの?」 「構わないだろ?」 「……うん」 「それじゃ……」 「おいおい。出て行くんじゃなくて」 「よいしょっと」 「何、それ」 「何って、キャリーバッグだけど……」 「何でそんなもの持ってきてんだ?」 「ボクの荷物だよ……あれ?」 「聞いてないかな。ボク、今日から夏本と同室になるんだけど」 「聞いてないぞっ!」 「私、知ってたけど」 「お前が伝達役だったんじゃないか?」 「言う前に、来ちゃったんだからしょうがないでしょっ」 「……」 「えと、廊下で待ってようか?」 「いやいいって。そうだ! 紹介しよう。この娘がオリエッタ。姫だ」 「姫?」 「よろしくね、葉山くん」 「あっ、こちらこそよろしく……えっと、オリエッタさん」 「ねぇ、葉山秋音って名前でいいの? 転校届けにはそう書いてあったけど」 「う、うん」 「それじゃトッキーでいいわね」 「……うん、それでいいよ。オリエッタさんは何て呼べばいい?」 「おりんちゃんってみんなから呼ばれてる」 「俺は呼んでないけどな」 「アンタに呼ばれたくないわよ」 「わかった。よろしくおりんちゃん」 「よろしく……ん?」 「……何?」 「トッキーの手、柔らかい」 「っ!?」 「やっぱり律が変なのね。だってトッキーと違って、アンタの手硬い」 「……」 オリエッタが俺の手を握ってきた。 「ほらほらっ」 「そりゃぁ……人によってこの辺って違うだろ?」 「硬いのは手だけじゃないしね」 「ええっ、夏本、おりんちゃんに……どこ触らせたの……」 「変な想像するなっ、下を見るなっ!」 「み、見てないっ!」 「なになに? なんの話をしてんの?」 「……」 ……話しづらい。 「それじゃ、何かあったら相談してね」 「うん。いろいろ教えてくれてありがとう」 「おやすみなさい」 「おやすみ」 「おりんちゃん、いい人だね」 「ああ……」 「でも緊張しちゃった。ばれちゃわないかドキドキだったよ」 「そこだ!」 「え、何?」 「何故、男装してる?」 「あ……そういえば説明まだだった……」 「ええとね……あの電話の後、夏本の家に行ったんだ」 「あの電話って、俺が葉山にかけた……」 「そしたら、知ってるって」 「ああ……諷歌も俺が来ること知ってた」 「魔法が使えるからここに保護されたって」 「俺もそう聞いてる」 「でね、魔法のことも教えてくれたんだ……女の子はみんな魔法が使えるって」 「え……」 「でもそれが魔法だって気付かずに、そのうち使えなくなるんだって」 「だから、ボクにも使えるって教えてくれて」 「それじゃ、女の子はみんなここに入れるのか?」 「ううん。魔法の力の強い子だけが、ウィズレー魔法学院に入るんだって。諷歌ちゃんがそうだったみたい」 「でも夏本は例外で、男で魔法が使えるから入ることになった」 「それは聞いてる」 「……大変だったでしょ?」 「え」 「魔法使いしかいなくて、女の子しかいないところに1人なんて、心配だったんだ」 「だから、夏本のお母さんにボクも入りたいって相談したんだ」 「え……」 「魔法が使える素質はあるけど入れるほどじゃない。でも入る方法が1つだけあるって」 「……まさか」 「男として入学する」 「……」 「それで入ることができたんだ」 「母さん……何てことをしてくれるんだ……」 「責めないで。ボクは嬉しかったよ」 「だって、夏本のことが心配だったから……」 「葉山……」 「ねぇ、いったいどうして夏本がこんなことに……」 「保護って言っても、無理矢理連れて来られたみたいだし……」 「そうか……心配させてたか……ごめん」 「あっ、そんないいよ……ボクが勝手に焦ってただけで」 「いや。やっぱ葉山はいい奴だな……」 「いい奴って、そんな……」 「ありがとう」 「……うん」 「やっぱり知ってる友達がいるだけで、ものすごく安心する」 「うん……そう言ってくれると、ボクも嬉しい」 「それで、夏本はこれからどうするの?」 「もちろん、この学校を出るつもり」 「でもそのためには、魔法が使えなくなる必要があるんだ」 「ボクも協力するよ」 「そうか。葉山が手伝ってくれると助かる!」 「うんっ、一緒にここを出よう」 「おうっ」 俺を励ましてくれる葉山。やはり親友の存在は心強いな。 「それで、魔法を無くすにはどうすればいいの?」 「わからん」 「でも、そのための手がかりというか、第一ステップはわかってる」 「どうすれば……」 「恋をする」 「……はい?」 「恋人をつくる」 「……女の子いっぱいだから?」 「俺の望みが、魔法の原因になっている可能性があるんだってさ」 「夏本の望み……」 「葉山ならわかるだろ、俺の望み」 「……」 「女の子何人か紹介して貰ってるからな」 「いやまさか、葉山が手伝ってくれることになるとは……」 「……ボクもまさかだよ。こんなことになってるなんて」 「これからもよろしく頼む」 「あ、うん……出来る限りのこと、してあげたい……かな」 「ありがとう!」 「うん……」 (……恋、か) 「今日からこのベッドで寝るんだね」 「……」 「わぁ、ふかふかだ」 「……そういえば、一緒の部屋なんだよな」 「そうだ夏本。お風呂ってどこかな?」 「あ……」 「ん?」 「部屋も一緒ってことは、風呂もか……」 「そうだよね……ここって女子寮だもんね……」 「男が入れない場所なんだから、当然男子用のお風呂なんてなくて……」 「そうなんだよ……嬉しいんだけど、微妙に肩身が狭いんだ」 「その気持ち、今実感中……」 「……っと、噂をすればだね」 「あ、姫百合先輩。それに……」 「……こんばんは」 「諷歌ちゃん」 「葉山先輩……挨拶遅れました。お久しぶりです」 「うんうん、お久しぶり。元気だった?」 「はい……」 「今丁度、葉山くんの話をしてたんだよ。幼馴染みなら挨拶に行ったらどうだって」 「挨拶、できて良かったです」 「こちらこそ。よろしくね、諷歌ちゃん。ここのこと、いろいろ教えてよ」 「はい」 「えっと……姫百合先輩、でいいですか?」 「いいよ。白神姫百合だ。よろしく葉山くん」 「はい。よろしくお願いします」 「これからお風呂?」 「そうなんだ。今しか風呂使えないから」 「そういうことなら、早朝が狙い目だよ」 「早朝?」 「使う人が少ないから、入り口に名前と一緒に君たちが使ってることを書いて張り紙しておけばいいよ」 「それは名案。よかったな葉山」 「……うん」 「あ、お風呂、使う時間少なくなっちゃいますね」 「そうだった。呼び止めてすまない」 「いえ。貴重な情報、ありがとうございます」 「助かりました、姫百合先輩」 寮にある大浴場。 風呂場はここのみ…… しかもここはウィズレー魔法学院。 女の子だけの世界であるが故に、男子風呂などない。 たった1つの風呂を、時間で区切って使うことになっていた。 で、今まで男子は俺だけだったが…… 「……」 「……葉山」 「なに?」 「別々で入ろうか?」 「う……」 「俺、姫百合先輩が教えてくれたやり方使うよ。早朝入るからさ」 「い、いいよっ。男として入ってきたから……覚悟してたから」 「今戻ると、変に思われちゃうかもしれないし……」 「そうだな……」 「それじゃ脱ぐから……あっち向いてて」 「おっと、ごめん、それじゃ先に入ってるわ」 「うん……」 しゅるしゅると衣擦れの音が聞こえた。 俺の背中で、葉山が服を脱いでいる…… (やばいっ、気付かれる) 興奮してるのに気付かれてしまう股間のものをタオルで隠しながら、風呂場へ。 「お風呂、気持ちいいね」 「おう……」 「まさか、夏本と一緒にお風呂入ることになるとは……思わなかった」 「俺もだよ」 「……ははは。何か変な感じだね」 「小さい頃も一緒に風呂入ったことないよな」 「うん。プールも海も、行ったことないよ」 「あ、そういえばそうだ」 「ボクが避けてたから」 「そうだったのか……」 「だってあの頃は……」 「まぁなぁ……」 「ボク、男の子として……」 (おおぅ!?) 見えてしまった…… 葉山って意外と胸あるんだな…… 「変なことになっちゃって、ごめんね」 「謝るなよ……」 「……」 「……」 同じ風呂に入って黙ってると、気が紛れない。 「は、葉山ってさ」 「なに?」 「……女の子なんだな」 「え……うわ、それ地味に傷つくかも」 「だって普段から女の子っぽい格好してないし」 「スカートはいてるとこ、前の制服でしか見たことないぞ」 「あぁ……そうだったっけ?」 「うん。スカート、嫌いだったとか? 子どもの頃もズボンばかりだったし」 「昔は履くのいやだったけど、今はそうでもないよ」 「制服で着るようになったから慣れたんだと思う」 「そうか……ならいつか……」 「ん? いつか?」 「……いや、なんでもない」 「そう……」 「そ、それじゃ……俺から先に出るか」 「あ、うん」 「……見るなよ」 「み、見ないよっ、絶対っ」 「後ろ向いてるから」 「はぁ、いいお湯だった」 「そういや、トイレの場所も教えておかないとな」 「それくらいわかるよ」 「いや。男子トイレだ」 「あ、そうか……」 「用意してくれた場所、少ないから気をつけろよ」 「うん……」 「……女子校で男が暮らすのって大変なんだね」 「女子校どころか、男がそもそもいない世界だからなぁ」 「あ、消灯時間だ」 「寝るか」 「うん」 「今日は疲れたな」 「おつかれさま」 「お互いにな……明日からもよろしく」 「うん。こちらこそ、よろしくね」 「明かり、消すぞ」 「いいよー」 「キャンプみたいだね」 「合宿みたいだな」 ……もっと色っぽいことも想像したけど。 「ふふっ、それじゃおやすみなさい」 「おう」 普段は上着脱いで、シャツとパンツで布団に入るのだが……今日は止めておこう。 今日から寝間着はちゃんと着るとしよう。 葉山がもぞもぞと布団に入っていく。 ベッドに寝っ転がると、自分も疲れているのがわかった。 俺も夜更かしせずに寝るか。 「葉山、おやすみ」 「すぅ……すぅ……」 「……もう寝ちゃった?」 「すぅ……すぅ……すぅ……」 本当に疲れてんだな。 また明日から頑張らねば。 「ん〜〜。さあ、休み時間だ」 「休み時間は10分ある。なにをしようかな」 「そうだ、諷歌に会いにいこう!」 「心の声だだ漏れだけど、だいじょうぶ?」 「大丈夫大丈夫」 俺たちのいるノービスメイジとは違って、諷歌のいるクラスは最上級であるミスティックである。 (ええとたしか、ここをこう行って……) いた! 「ふうかぁ〜〜!!」 「……」 「よ。元気か? 調子はどうだ?」 「ぼちぼちぼちです」 「なんか多いよね」 それにしても、どうもそっけない感じだ。 「あ、律くんだ!」 「やあ、結城さん」 「うちもいるよー」 「相田さんも、こんにちは」 「私も」 「どうも、剛力さん」 「良かった、覚えててくれて」 「はは、さすがにね」 「……」 「こんなところに来て、どうしたの? 迷った?」 「トイレならあっちだよ」 「じとー」 「い、いや……迷ってるわけじゃないよ」 「さっき食堂でチョコもらってきたんだけど、食べる?」 「うちのクッキーもあげるよ。はい、あーん」 「え、えっとぉ……」 「〜〜〜っ……」 置いてけぼりを食らっている妹が、汚いものでも見るかのような目線を向けていた。 (なにニヤニヤしちゃってるんですか……) 「ふ、諷歌さん……落ち着いて」 俺としてもせっかく妹に会いにきたので、彼女を放っておきたくはない。 「ん……ふーこちゃんも、律くんのファン?」 「ファンじゃありません!」 (ていうか、結城さんはファンなのか……) 「妹だよ、妹」 「妹って……夏本くんの?」 「うん」 「嘘……それって、すごい偶然じゃない?」 「いいなあ、律くんみたいなお兄さんがいて」 「……そうですか?」 「そうだよー、うらやましいな」 「私にはわかりません……皆さん、どうして兄さんなんかに興味があるんですか」 「兄さんなんかって……」 「男子のクラスメイトって、すっごく久しぶりだから」 「なんか構ってあげたくなるんだよね〜」 「ふーこちゃんは、お兄さんのこと嫌いなの?」 「え、えっ……? 嫌いっていうか、その……」 「ど、どうなんだ?」 「兄さんは引っ込んでてくださいっ」 「ええ〜、俺の話なのに」 「き、嫌いじゃあ……ないですけど」 「じゃあ、好き?」 「知りませんっ」 「ちなみに、律くんは妹さんのこと好き?」 「ああ大好きさ!」 「っ……!」 「迷いないなぁ」 「わ〜〜! シスコンだね、律くん」 「諷歌はどう思ってるんだ? 大好きなのか? 大嫌いなのか? どっちだ?」 「両極端すぎます!」 「好きか? 大好きか? どっちだ……?」 「巧妙に選択肢を入れ替えてますね」 「巧妙か? これ」 「ど、どうだっていいじゃないですかそんなこと!」 「よくないよ。超重要」 「まあまあ。じゃあ質問を変えてみようよ、ふーこちゃんから見て律くんはどんなお兄さん?」 「シスコン」 「即答か」 「どれだけシスコンかと言うと、こっちが返事もしないのに毎月こりずに手紙を送ってくるくらいです」 「へぇ……ストーカーみたい」 「ちょっとちょっと」 「でも、見ようによってはいいんじゃないの? それだけ愛されてるってことでしょ?」 「……はい」 「過保護なのが嫌って人もいるよね」 「い、嫌じゃないですっ」 「じゃあ、いいお兄さんじゃない」 「えっと……まあ、はい……」 「諷歌ちゃんって、もしかしてツンデレ?」 「ちがいます、ちがいます!」 「まあそんなに兄妹愛むつまじいなら、茶々を入れるのも迷惑かな?」 「次って体育だし、そろそろ着替えないとね……律くんも急いだほうがいいよ」 「またね、諷歌ちゃん」 そう言うと、3人は教室へ向けて去っていってしまった。 「……ツンデレなの?」 「もう、兄さんまでからかわないでください!」 ……ん? なんか、ちょっと態度が柔らかくなった気がするな。 「それじゃあ、私もそろそろ……」 「まあまあ待とうよ。休み時間はまだあるよ」 「兄さんと話すことなんかありません」 「え、ええとじゃあ……そう、あの手紙とか……ちゃんと届いてた?」 「……ええ、まぁ」 諷歌がここウィズレー魔法学院に入学して以後、毎月のように俺が彼女に書いていた手紙。 その返事は1通たりとも来たことはなかったが、さっきの会話を思い返す限りではちゃんと届いていたようだ。 「けどあんなお手紙なんか、読まずに食べちゃいました」 「黒ヤギさんですか……」 「なんのつもりで、あんなにいっぱい……」 「ずっと諷歌のこと心配だったからな」 「〜〜〜っ」 「で、でも……私は兄さんのことなんて、なんとも思ってないんですからっ」 「俺はこんなに諷歌のことを想っているのに?」 「っ……そういうところがシスコンだって言ってるんです」 「シスコンじゃダメなの?」 「だっ、ダメに決まってるでしょう!? そんな、妹と……なんて」 「妹と? 妹となにするんだ?」 「知りませんっ」 ぷいと身をひるがえすと、先の3人のように諷歌もスタコラと教室へ逃げていってしまった。 「あ、諷歌」 「犯罪なんですからね!」 勢いよく扉を閉められる…… また別の人が開ける…… 「! ……っ」 「なんだったんだ……」 とにもかくにも……この数年間の溝が、俺たちの関係を変えてしまったことは間違いない。 「どうするべきか……」 うんうん悩みながら、俺は自分の教室へと戻った。 今までの、諷歌から俺への言動を思い出す―― 『近寄らないでください、兄さん』 『じろじろ見ないでください、兄さん』 『蝋人形にしてしまいますよ、兄さん』 「むむぅ……悩ましい」 どれを取っても、反抗的な態度ばかりだ。ここへ来てから俺の中で諷歌のイメージが着々と変わりつつある。 (反抗期なのかな……) もしかしたら諷歌を変えてしまった原因がなにかあるのかもしれない。俺は今日、それを突き止める! まずは対象を見つけないことには始まらない。さて、諷歌はどこにいる……? 「ピピピッ、ターゲット確認。ターゲット確認。トレース開始します」 「うわっ、なにアレ」 「ヤバそうです」 「律くんって、けっこーアブナい人だったんだね……」 「……」 なんだろう。大事なものが色々とこぼれ落ちている気もするが……そんなことより今は諷歌だ。 「あ、ちょ〜どいいところにいたわねミス夏本」 「はい?」 (ターゲット、ジャネット先生と接触! 俺の時より態度がやわらかく見えます!) 「悪いんだけどさあ、次あんたんとこの授業でしょ? このプリント運んどいてくんないかな〜」 「ええ、構いませんよ」 「助かるぅ」 「グー!」 J子ちゃんからのお使いも快く引き受ける諷歌! なんていい子なんだ。やっぱり諷歌は変わっていなかった。 諷歌たちの教室はこっちだから、プリントを抱えた彼女がこちらへ歩いてくる……。 「……あ」 「……そこで何してるんですか、兄さん」 「あはは……いやあ、実はお兄ちゃん忍者だったんだ」 「なんだ、忍者だったんですね」 「そうなんだよ!」 「ふふふ」 「ははは」 「このプリント、私の教室まで運んでおいてくださいね。じゃ」 「はい……」 諷歌がいい子のままなのは再認識できたけど、兄としての好感度ががくっと下がった! そして、次に迎えたのは昼休み―― (あれしきのことでへこたれる俺ではない、ミッションは必ずや完遂する) というわけで、この時間もまた諷歌を追う。さて、諷歌はどこにいる……? 「よし、ターゲット……もぐもぐ……発見……もぐもぐ」 周囲からヒソヒソ声が聞こえるが、気にしない。 「え、そうなんだー」 「私? 私は……どうだろ」 「先輩、いつもそう言ってばかりじゃないですか」 諷歌は友人と思われる数人でテーブルを囲んでいて、険ある表情などカケラも見せずに談笑していた。 「グー!」 ちゃんと仲のよさそうな友だちもいる! やっぱり諷歌は性格もいいから友人に恵まれるのだろう。 「ちょっと、そこのスプーン逆さまにしてカレー食ってるアンタ」 「む、なにやつ!? ってうわ本当だ、すくいづらいと思った」 「アンタさっきから何やってるの?」 「ミッションだよ」 そうだな……将を射んとするなら、まずは馬から射てみるのもいいかもしれない。 「なあオリエッタ。諷歌について……どう思う?」 「べ、べつに……俺はあいつのことなんて、なんも思っちゃいねーよ」 「す、好きだァ? バ、バーローんなわけ……」 「んなわけ……」 「それは、どちらかというと俺のポジションだから」 「なんの話だっけ?」 「だから、諷歌のことをどう思うかって」 「ふーこ? ふーこは……そうね……」 「おっぱいが大きい」 「うむ、そうだな。他には?」 「他には……そうそう、巨乳ね」 「一理ある。後もうひとつくらい」 「そうね……バストがでかい」 「決まりだ!! 諷歌はボイン!!」 「……」 「あ、あれ……? 諷歌さん……?」 「……」 「い、いや違うんよ。これはオリエッタが……あれ」 ……。 「いねぇー!!」 「兄さんなんか……大っ嫌いです!!」 「そんな……!」 俺は目の前がまっくらになった! 「というわけなんです……」 「ハハ……律くんはどうも、妹のこととなると周りが見えなくなってしまうようだね」 「一生懸命なのはいいけど、諷歌はあまり注目されるのが得意ではないから、気をつけたほうがいいよ」 「姫百合先輩は……諷歌のことをよく知っていますよね」 彼女が俺と離れていた空白の期間を埋めていたのは、他ならない姫百合先輩だ。 諷歌の話を聞くならば、もっとも適任かもしれない。 「諷歌が冷たいんです。昔はああじゃなかったんですが……」 「昔もなにも、今だって冷たくないよ」 「でも、俺には……」 「それは少し照れているだけだと思うよ。久しぶりすぎて、まだ距離感が掴めていないんじゃないかな」 「そうですかね……」 「表面上は冷たく見えても、本当は律くんのことが好きなんだよ。こんなことを言っていたら、怒られるかもしれないけどね」 「!!」 「ただそれにしても、君が今日やったことは少々やりすぎたね。諷歌が怒ってしまったのもしょうがない」 「う……」 「でも、諷歌なら素直に謝れば許してくれると思うよ」 「そうですね……諷歌は優しい子です!」 「そんな回りくどい方法をせずに、正々堂々と接するのがいいと思うよ」 「そうします!」 素直に接する……さすればきっと、諷歌も心を開いてくれるはずだ。 「ただい……え? 兄さん!?」 「諷歌!」 俺は諷歌に抱きついた! 「ちょ、ちょっと!」 「さっきはごめんな」 「う、うん……わかったから、離れてください」 「それでな、俺、ええと……」 素直に、素直に……。 「諷歌のことが大好きなんだ」 「ブフーーッ!」 「た、大変だ! 諷歌、鼻血!」 「よ、よし。お兄ちゃんが拭いてやる」 「っ! いいです、自分でできます!」 諷歌はティッシュで鼻を押さえながら、こちらを見る。 「それで、なんの冗談ですか?」 「冗談ではなく……ほら、さっき、大嫌いって言われちゃったからさ……」 「俺のこと、大嫌いなのか?」 「……」 俺と諷歌のやりとりを、姫百合先輩は得心したふうに眺めていた。 「……兄さんは、忍者なんですか?」 「え? あれは……嘘だよ、もちろん。勢いあまって言っちゃっただけだし、真に受けなくていいから」 「それで、諷歌……俺のこと、どうなんだ?」 「……」 質問に質問で返すと、諷歌はそれっきり黙りこくってしまった。 「律くん、もう答えは自分で言ってるってさ」 「え……?」 「兄さんはいちいち過保護なんです。私ももういい歳なんですから、かまってくれなくていいのに」 「お兄ちゃんに絡まれるの、嫌か?」 「嫌では……ないですけど」 「ほんとか!」 よし、今日のところはそれさえ聞ければ十分だ。 「で、でも! さっきみたいなストーキングはなしですよ、ていうかアウトですから」 「うん。それについては、すまん。反省している」 「じゃあ、この話は終わりです! さ、用が済んだら出てってください!」 「え、ええ? もうちょっとくらい……」 「ダメです! 散らかってるんですから!」 「わー」 追い出されてしまった。 「でもまあ……いいか」 表面上は冷たく見えても……か。 「諷歌にも、まだまだ俺の知らないところがたくさんあるんだな」 数年のブランクは簡単じゃないということか。でもまあ、べつに構わない。 彼女が本気で俺を嫌っているわけではないとわかった以上、きちんと取り返しはつくのだから。 (もっといっぱい、諷歌と接してあげないとな……) それはもちろん、兄として。 「よし、諷歌に会いにいこう」 思い立ったが吉日である。 「ふーかー」 「我が妹よー」 「どこに……ん?」 ……いた。最近では見せてくれない笑顔をしている。 しかし、得体の知れない生き物だらけだなあ。まあ、アルパカさんでもう慣れてるけど。 確か飼育委員で、こういうお世話が仕事だと言ってたな。 「やあ」 「……兄さん」 「みんなのお世話をしてやってるのか?」 「……違います。今は、遊んでいるんです」 ん? なにが違うんだろう。 「よっこらしょっと」 「……何しにきたんですか」 「そんなに敵視することないだろ〜」 なにが恥ずかしいのか、諷歌は口をとがらせてむくれている。 「この子たち、みんな諷歌が飼ってるのか?」 「その言い方はおかしいですけど……私の友だちではあります」 「使い魔ってやつか……」 「私の使い魔は、この子だけです」 「……アルパカさん?」 「他の子たちは、この世界に迷い込んできてしまった召喚獣……なんて、言っても伝わりませんよね」 「どう違うの?」 「私たちは人間です。じゃあ、アルパカさんは何だと思いますか?」 「いや……アルパカでしょ?」 「じゃあ、この子たちは?」 そう言って、諷歌は他の――彼女いわく召喚獣――を指す。 「……なんだろう。動物園にもいない……よね?」 「そうです。この子たちは、私たちの住んでいる世界にはありえない生物」 「それが、誰かしらの魔法の影響で無理矢理こちらに呼び寄せられてしまった」 「それが……召喚獣?」 「はい」 「へえ……ぜんぜん知らなかった。詳しいんだな諷歌は」 「誰でも知ってます。精霊学の初歩中の初歩です」 「昔はなんでも俺に教わってたのに……」 「昔と今を一緒にしないでください。人は変わって当たり前です」 「もう……兄さんの知っている私じゃ、ないんですよ」 「そんな……」 「ちぇ、チェケラ!」 「変わりすぎだし、無理してない!?」 「と、とにかく! 使い魔と召喚獣は別物なんです」 「話を聞いてると……召喚獣ってなんだか、あまりいい意味には思えなかったんだけど」 「かもしれませんね。とどのつまり迷子です。帰れないんですよ、この子たちは」 「だから、諷歌が世話をしているって?」 「はい。勝手に呼びつけておいて世話だなんて、思い上がりもはなはだしいですけど」 「いや、でも……諷歌が召喚したわけじゃないんだろ?」 こくりとうなずく。 「偉いじゃないか……そんな役目を一手に担ってるなんて」 「そういう感覚ありません。一緒にいると楽しいから、一緒にいるだけです」 「それでも立派だぞ思うぞ、諷歌! 兄として誇りに思う」 「……それはどうも」 ボランティア活動みたいなものかな……となると。 「そうそう、勉強のほうはどうなんだ? 成績は?」 「兄さん、親戚のおじさんみたいです」 「まあまあ。こっそり教えておくれよ、ん?」 「……ゴニョゴニョ」 「ええ!? すごいじゃないか、まさしく優等生だな!」 「大声で叫ばないでください、恥ずかしいから……」 「勉強も運動もできて課外活動にも熱心な妹かあ……鼻高々だな」 「兄さん、兄さん」 「うん?」 諷歌は手櫛で召喚獣たちの毛並みをつくろいながら、むっと怪訝な顔をする。 「運動は……ダメです」 「あ……まだ、苦手なんだ」 「すみません。優等生じゃなくて」 「いやいや! 少しくらい欠点があったほうが可愛いし、それを差し引いても諷歌はじゅうぶん立派な生徒だよ!」 「そういう兄さんこそ、どうなんですか? 成績」 「前の学校ってこと? それなら……ゴニョゴニョ」 「……ふうん」 「……」 「……普通すぎてなんの突っ込みどころもありませんね。会話を続ける気がないんですか?」 「あ、いやその……ごめんなさい」 なんで叱られてるんだろう……。 「でも……会話、続けたかったんだね」 「へ?」 「ごめんなお兄ちゃん気が利かなくて」 「ち、ちが……そんなんじゃなくて」 「昨今の世界経済についてどう思う? ん? お兄ちゃんに相談してみろ」 「強引すぎる話題を作らないでください!」 「でも安心したよ。運動ができないのは、昔から変わってないんだな」 「む……」 「ちっさいころの諷歌はよく転んだりしてたからなぁ」 しみじみと。今でも諷歌はちっさいけれど。 「そのあとは決まって俺に泣きついてたんだけど、覚えてる?」 「覚えてますけど……今はそんなのどうだっていいじゃないですか」 「まさかあの時の3人がこうして、諷歌の学校で一緒になるなんてな……」 「そんなの、私がいちばん驚きましたよ……」 俺と、諷歌と、そして葉山。遠い過去の思い出が、昨日の事のようによみがえる。 「諷歌は甘えん坊だったな」 「っ……だ、だから、それは昔の話です!」 「諷歌に抱きつかれた時の感じ、まだ覚えてるんだけど」 「すぐに忘れてください」 もし今の諷歌に抱きつかれたら…… (胸が……) うーん……是非やってもらいたい……! (いかん。自制せねば) 「あの時は、諷歌がこんなに立派に育つなんて思ってもみなかったよ」 「だから……さっきから、いつまでも子ども扱いばかりしないでください」 「ごめんごめん。でもそうだな……昔っから、諷歌は頑張り屋さんだったもんな」 「う、うん……」 「えらいえらい」 「……」 こんな口調も子ども扱いのうちに入るのだろうか? でも仕方ないよな、兄だし。 「優等生になるのだって、当然……」 よしよしとねぎらうべく、俺は彼女の頭を撫で……撫で……られない。 「……さ、触らないでください。妊娠します」 「ははは、バカだな諷歌。頭を撫でられたくらいじゃ妊娠しないよ」 「そんなこと知ってます!」 「……あれ? ってことは諷歌、どうすれば妊娠するのか知ってるのか!?」 「なっ……セクハラですよ!」 孕ませ! 中出し! セックス! どうしよう、諷歌はもうそんな単語を知っているのだろうか……。 「で、でもそうか……保健の授業でやるものな……」 「過剰反応しないでください! こっちが恥ずかしくなりますから……」 「や、悪い……つい」 「私もう、行きますからね」 「どこにだ?」 「だから……!」 行き先を訊いただけなのに、なにをそんなにプリプリするのか……。 「……兄さんって、女心わからなそうですよね」 「ガーン……!」 「口で“ガーン”言ってる人はじめて見ました」 女子の成長というのは、早いものなのだなあ……。 「あ、そうそう兄さん」 「ん……?」 「念のため訊くんですけど……最近、落ちてる手帳を拾ったりしませんでした?」 「どんなの?」 「このくらいで、アルパカの絵が描いてあります」 「いんや……見てないし、拾ってないな」 「そうですか……じゃあ」 「諷歌の? 何が書いてあるの?」 「失礼します」 「……」 行ってしもうた。 「もしかして、俺が悪いのかなあ……?」 「……とまあそんなわけで、おりんちゃんはいっつも私をからかってくるんです」 「はは。オリエッタもガキだもんなあ」 「それにしても、とうとう私に会いに行く過程すら無くなりましたね」 「なんの話だ?」 「なんでもありません」 「話を戻すけど、オリエッタは誰にでも突っかかるタチだからねえ」 「それにしたってすぐに私のこといじめてくるし」 「それは諷歌が可愛いからじゃないかな」 「ありえませんっ。すぐ子ども扱いしてくるし……だいたい、向こうのほうがよっぽど子どもです!」 どうやら諷歌とオリエッタの仲はあまりよろしくないらしい。 以前オリエッタに対して諷歌の印象を訊いた時はたしか……おっぱいおっぱいだったな。 「それでさ、さっきから気になってたんだけど」 「なんです?」 「そこのそれなに?」 「これは……落とし物ですね」 「財布かな? 誰のだろう」 ウサギのキャラクターがあつらえられた可愛らしい財布。当然のように女物だ。 「これ……おりんちゃんのですよ」 「あら、噂をすれば……」 「もう……ほんとにしょうがない人ですよね」 「何が入ってるんだ? ちょっと見てみようぜ」 「ダメです! プライバシーってのがあるんですから」 「ですよね……」 「はぁ……仕方ないですね」 諷歌は財布をひったくると、即座に椅子から立ち上がった。 「先生に届けるのか?」 「それだと時間がかかっちゃいます……本人を探したほうが早いですよ」 時刻は放課後。オリエッタがどこにいるのかはわからない。 「アルパカさん、おりんちゃんを見つけたら教えてね」 「……」 「待って諷歌、俺もいく」 「はい、覚えて」 「おまえの兄ちゃんは警察犬か何かか?」 「ダメですか。仕方ありません、足を使って探しましょう」 「オリエッタはどこにいるか……だな。俺の推理力が冴えわたるぜ」 「まず財布はここ、私の教室に落ちていました。犯人はなにか用事があって訪れたと思われます」 「よし、じゃあオリエッタを見かけた人がいないか探そう」 「というわけなんですけど、見かけませんでしたか?」 「ああ……オリエッタなら、さっき私の元に来たよ」 「いたんだ、姫百合先輩……」 「おそらく財布もその時に落としたものだろう」 「それで、どこへ行ったかわかりますか?」 「どこへ行ったかはわからないけど……諷歌を探してると言ってたよ」 「え? 私を?」 「おお、好都合じゃないか」 「でも、どこへ行ったかはわからないんですよ?」 こういう時、携帯が使えないのはちょっと不便だな。 「情報提供ありがとうございました。さ、行きましょう兄さん」 「って……どこに?」 「知らないですけど、とにかくおりんちゃんが行きそうなところです」 「ふむ……というと」 →温室 →図書館 →食堂 →食堂! 「わかりました、食堂ですね」 「う、うん……」 今の選択肢、意味があったのか……? 「今ここにこんな顔した人が来ませんでしたか!?」 「いやすげえなそれ!! もはや擬態じゃん!!」 「来たでげす。たしか、ふーこ様を探してるとか言ってたっすね」 「一足おそかったみたいですね」 「うん……何事もなく元に戻るんだね……」 「ふーこ様なら寮にいるんじゃないかとあちしが提案したっすから、今ごろはそっちに……」 「ありがとうございます。寮に行きましょう、兄さん」 「おう」 「いた?」 「いませんでした。そっちも?」 こくりと頷く。俺はオリエッタの部屋を、諷歌は諷歌の部屋を確認したものの、その姿は捉えられなかった。 「あれ……2人とも、何やってんの?」 「おお葉山。オリエッタを見なかったか?」 「おりんちゃんなら……今さっきここを出ていったばかりだけど」 「ど、どこに行ったかわかりますか?」 「それはわかんないかなぁ。でも、なんか急いでたみたいだよ」 「チョロチョロ逃げるなあ」 「もう……ほんと、世話が焼けます」 「どうしたの?」 「いやね、オリエッタが財布を落としてたから」 「ああなるほど……でもそれって、職員室に持っていけばいいんじゃないの?」 「先生たちに預けると、返されるのは明日以降になっちゃいますから……」 「へえ……そんなことまで考えてるんだね」 そうなのだ。諷歌はオリエッタに対して敵対意識を持っているようだったのに。 (なんだかんだで、実は仲がいいのかも……) 「振り出しに戻っちゃいましたね……どうしましょう」 「そういえば、なんでオリエッタは諷歌のことを探してるんだろうな」 「知りませんよ。大方、おっぱい触らせろとかそんなんでしょう」 「そのためだけに、そんな必死になるかなぁ……」 「――あ」 「どした?」 「なんだ……そういうことだったんですね」 「どういうことだ……?」 「……わかりましたよ。おりんちゃんの居場所が」 「なんだって――?」 そして―― 「いないみたいだけど……」 「遅かったですか……」 「いや、来た痕跡もないよ? ていうかなんで脱衣所?」 「まぁなんとなく……おりんちゃんなら、とつぜん脱ぎたくなることもあるかと思いまして」 「理由テキトーすぎ!? さっきの“ひらめいた”的な感じはなんだったの!?」 「仕方ないから兄さん脱いでください」 「仕方なくなくない!?」 「脱衣所にもいないとなると……どうしましょう」 「教室に戻ってみるか? 犯人は犯行現場に帰ってくるというぞ」 「そうですね……そうしてみましょう」 そうして…… 「あ、いた!」 「おりんちゃん!」 「ふーこ!」 「やれやれ、やっと巡り会えたか」 「姫百合先輩」 「察するに、2人は何度も入れ違いになっていたようだよ」 「そうだったんですか……」 して、その2人のほうは? 「どこをほっつき歩いてたんですか、もう! 探すの苦労したんですからね!」 「なによ、別に私がどこにいこうが文句いわれる筋合いないでしょ!」 「……」 また揉めとる。 「じゃあこれ、はい!」 「え……これ」 「財布です! 落としてたんですからっ」 「あ……ありがと。気づかなかった」 「次からは気をつけてくださいよ」 「それと中身いちおう確認しとけよ。抜くわけないけどさ」 「ああ、別にいいのよ。1円も入ってないし」 「……へ?」 「? だってそうでしょ、ここで生活するのに現金なんていらないし」 「でもこの財布チョー可愛いでしょ? だからいつも持ち歩いてるのよ!」 「限定品だから失くしたら泣くとこだったわ。ありがとね、ふーこ」 「なんか煮え切らない気もしますが……まあいいです。どういたしまして」 「あ、待って」 「まだなにか?」 「これ!」 「これ……って……」 「あ……」 「廊下の隅っこに落ちてたのよ。これ、ふーこのでしょ?」 オリエッタの差し出したそれは、以前にも諷歌が探していたと思われる……手帳だった。 「あ……ありがとうございます!」 「なんのなんの……ま、これでおあいこってところよね」 「……」 両手でかたく手帳を握りしめる諷歌。よほど嬉しいようだ。 「聞いてる? えいっ」 「っ! すぐに胸をさわらないでくださいっ」 「すぐ触れるようなところについてる方が悪いわね」 「だいたいあなたは……!」 「……」 この2人、いつもはいがみ合ってるけど……本当は仲、いいんだな。 「喧嘩するほど仲がいい、というやつだよ」 「姫百合先輩……」 「いつものことさ。姉妹喧嘩みたいなものだよ」 「姉妹喧嘩、ですか……」 どちらかと言えば姫百合先輩のほうがよっぽど姉のようなのに、なんだかおかしい。 「おっぱいオバケ!」 「お子チャマ体型!」 やいのやいの。まだ揉めていた。 (ていうか、俺の前で胸タッチし合うのとかやめてほしいな……) 混ざりたくなるから……。 とにもかくにも、2人が険悪な間柄じゃなくてよかった。 (俺と葉山は、こんな関係じゃないし……) 自分にないものを持っている諷歌とオリエッタが、妙にうらやましく見えた一日だった。 放課後、授業を終えた俺は、いつものように諷歌のもとを訪れていた。 「そういえば諷歌はさ、どうしてうちに帰ってこなかったの?」 「外出許可が下りなかったからです」 「え、今も?」 「今年に入ってから、ようやく下りましたけど……」 「今さらになってノコノコ帰るっていうのも……変でしょう?」 「べつに、変だとは思わないけど……」 にしても、怖気づいてしまうのはわかる。それを責める気にはなれなかった。 「でもそれなら、今はニンゲン界に降りられるんだよね?」 「えぇ、まぁ……」 よし、それなら…… 「遊びに行こう!」 「へっ……」 「ここもたいがい広いけど、そんな何年も閉じこもってたら息苦しいでしょ。たまには外に出てみようよ」 「外……ですか」 表情を読み取ろうとしてみる。少なくとも嫌そうではない。 「俺も久しぶりに諷歌と一緒に出かけたいしさ」 「……」 「どう?」 「いいですけど……どこに行くんですか?」 「うーん……どこにしようかな」 「それと、2人……ですか?」 「ダメかな?」 「い、いいですけど……デートじゃないんですからね」 「一言もそうは言ってないけど……たまには兄妹水入らずでもいいんじゃないかと思ってさ」 「そうですねっ。たまには……いいですよねっ」 (あれっ? 乗り気?) 「それじゃどこに行こうかな、時間もないし早くしないと……」 さて、どこにしよう。 「ここがライブ会場だな」 「……わくわく」 まさか、今日の出演アーティストが、諷歌の大好きなバンドだったとはラッキーだった。 「とりあえずチケットを買おう」 「早く! 早くしないと、売り切れちゃいますよ!」 「お、おう……」 諷歌はとみにはしゃいでいる。どうやらここに連れてきて正解だったようだ。 そして…… 「チケットが残っててよかったね」 「は、はい……」 「……諷歌、緊張してる?」 「は、はい……」 しかし無理もない。外出してこなかったということは、ライブとて当然はじめてだろう。 「まあ今日はエンジョイしようぜ!」 「は、はい……」 ……ちゃんと聞こえてるのかな? 「出てきたぞ」 バンドメンバー4人のうち、ボーカルがライブの前説をはじめる。 それが終わるとアリーナは静寂に包まれて、それぞれのメンバーが楽器を構える。 「お、曲が始ま……」 そして、流れだすイントロ―― 「いええええぇぇぇぇい!!」 「!?」 会場は一斉に沸いた。それ自体はなんら不自然なことじゃないが、俺が面食らったのは妹もその中で一緒になっていたことだ。 「ほら、兄さんもちゃんと跳ねてください!」 「わ、わかった!」 だけども、跳ねるたびにぶるんぶるん揺れているあの部位が気になってしょうがなかったり! 「ふーっ!!」 サイリウムを片手に振って、オーディエンスに合わせぴょんぴょんとジャンプする諷歌。 「わあああぁぁぁ……!」 エンジョイしようとは言ったものの、ここまでアゲアゲになるとは思っていなかった。 (このままじゃ、俺のほうが置いてかれそうだな……) 「兄さん兄さん、次はあの曲ですよ! きっとそうです!」 「あ、あの曲ってどの曲だ?」 「わぁぁやっぱりきた!!」 ていうかもう置いていかれてる! 「ふ、諷歌……気分はどうだ?」 「サイコーです!!」 よかった…… ひとまずはこのデート……じゃない、お出かけも成功のようだった。 「あぁ楽しかった……まだ余韻が抜けませんね」 「楽しかったけど……つ、疲れたな」 「そうですね……私、もう歩けません。兄さんおんぶ」 「おんぶ!? よ、よしこい!」 「冗談ですよ! 兄さんだって疲れてるのに、そんなことさせられません」 「そうか……」 気づかいは大変ありがたかったが、おんぶくらい遠慮しなくてもいいのに。 (だってそんなことをしたら、背中にアレが……ムギュって) うーん……デリシャス。 「それにしても、諷歌があそこまでハジけるなんて意外だったよ」 「私も、最初はどうすればいいかわかんなかったんですけど……曲がかかったら、もう止めらんなくて」 「来てよかったな」 「はい」 うっ……可愛いぞ。 「じゃあ、ご飯を食べて帰りましょう」 「そうだね……あ、そうそう」 「なんですか?」 「もし次があったら、今度はどこに行きたい?」 「んーと、そうですねえ……」 「観たい映画がもうじき公開なので、映画館なんかいいですかね」 「オーケー、覚えとく」 その日はそうして、上機嫌な諷歌と一緒に過ごした。 「うっさいのよ、このおっぱい!」 「そっちこそおっぱいおっぱいうるさいんですよ、他に言うことないんですか!」 「ない!」 「もう知りません!」 「ふん、私かえる!」 「なんだなんだ……こんな廊下で」 「……兄さん」 放課後、人気も少なくなった校舎内で、きゃんきゃんと言い争っている2人を発見した。 「また喧嘩してたのか、おまえたちは……なにが原因なんだ?」 どうせまた、目玉焼きには醤油かソースか程度のくだらない論争だろう。 「にしてもオリエッタのやつ、あんな大声でおっぱいおっぱい言うことないよなぁ」 「……」 「いくら諷歌のおっぱいが大きいからって……ハハ、あいつは小さいから……」 「兄さん、うるさいです」 「ん?」 「あんまり胸の話ばかりしないでください……」 この様子は…… 「もしかして諷歌……胸が大きいの、嫌なのか?」 「嫌に決まってます。当たり前じゃないですか」 「え? いやいやだって……女性の胸は、大きいほうがいいだろう?」 「それは兄さん視点でしょう? 私からすれば、こんなのあっても邪魔なだけです」 「さっきみたいに、からかわれるし……なにも言わなくても、みんな胸を見てきます」 「女の子でもか……」 でも確かに、諷歌の低身長には似合わないじゃじゃ馬な膨らみだ。気にするなというほうが無茶かもしれない。 「でも、他の子より優っている証拠じゃないか。自慢しちゃえ」 「嫌ですよ……こんなものつけてたら、いやらしい女みたいじゃないですか」 「こんなものって……」 諷歌の胸元を見る。制服の中で窮屈そうに収まっている、ふたつの球体……。 (すごい……) あれはいったいどんな感触がするんだろう。どれくらい重いんだろう。 「だ・か・ら……見ないでくださいって!」 「す、すまん……」 「まさか兄さん……私のこと、いやらしい目で見てるんですか?」 「そんなことはぁ、決して!!」 決して……ないのかなあ? 「私は……兄さんだけには、見られたくなかったのに」 「え……」 「もっと身長が伸びてそれらしくなるか、胸がへっこむまで会いたくなかったんです」 伏し目がちにそう言う諷歌。悔しそうな表情を見るに、それはきっと本心で……。 「そんな……俺は今の諷歌も大好きだよ」 それを素直に告げてくれたことが嬉しかった。なんだかんだで、俺と諷歌の距離は以前より縮まっている気がして。 「私が姫百合先輩みたいにかっこよければ、兄さんだってこんなスケベな目で見てこなかったのに……」 「してないよ。スケベな目してないよ」 「してます。今だって脇の下が伸びてます」 「鼻の下ね!」 とはいえ、こんな凶器を潜ませていたのでは、世の男どもが放っておかないんだろうなあ……。 (それは困る……どこの馬の骨ともわからんやつに諷歌はやれん) 「あえて言いませんでしたけど、このまえ兄さんと遊びに行った時も、さんざん視線を感じてたんです」 「なんだって!?」 この学院にいるような女の子じゃない、あそこには男だって大量にいたはずだ。 「兄さんの目線も、それとあんまり変わりませんね」 しらーっ……。 「違うって……うって……って……」 「ほら、自作エコーかけるくらいしか出来ないじゃないですか」 ともかくこのままではまずい。話題をそらそう。 「その胸って……生活する上で不便だったりするのか?」 「ええ。兄さんにはわからないんです。これがどんなに邪魔か」 「やっぱり……肩がこったりするのか?」 「一度つけてみればわかりますよ」 「それは出来ないなあ……」 出来ない、けど…… その感覚を知ることはできるんじゃないか? 「さ、触ってみるってのはどうだ?」 「へっ……? なに、を?」 「おっぱいを……」 「……」 やばい。 ドン引きされたかもしれない。 「すこし……だけですよ?」 「!!」 マ、マママ……マジ……か? 「あくまでも、私が日頃どんなものを抱えてるのか確かめてもらうだけですからね」 「うん、うんうん。もちろんじゃん」 「重量とかを、認識してもらうだけですからね」 「うん、うんうんうん。もちもちろんろんじゃん」 「早く、人がいないうちに……」 この……サイズ! 少し顔を近づけてみただけでわかる、圧倒的なボリューム! 制服を脱がせれば今にもまろび出んばかりの巨乳。率直に言って揉みしだいてしまいたい……。 い、いやでも! 妹! 諷歌は妹だから! 性的に見るとか勃つとか触るとか、ありえない! 「さ、さささ触るよ……」 「そ、そこじゃなくってっ……下から持ち上げてください」 「えぁっ、ごめんっ!」 思いっきり、乳首のあるあたりを突こうとしてしまっていた。それじゃ完璧に変態じゃないか……もう遅いのかもしれないが。 (こ、こうか……?) ふに。 「お、おも……」 俺の力が弱すぎたか、ヘビィ級のおっぱいはずっしりと自重で落ちてきて、指と指の隙間に乳肉が食い込む。 正確に言うとブラの感触もあるのだが、諷歌の胸は明らかにそれで覆いきれていない。 「わかったでしょう? そのうえ人の目線にもさらされるんですから、いいことなんてないんです」 「う、うん……ワカッタワカッタ」 諷歌の乳がどれだけ柔らかいのか、よぉくわかった……。 「それで諷歌、その……胸は、何カップあるんだ?」 「聞いてどうしようっていうんですか……」 「いや、ほら、最近じゃあ……小さくするブラとかも売ってるみたいだし」 「詳し。変態ですね」 「どうしろっていうんだ……!」 「ちゃんと測ったことないので、わかりません」 なるほど。測ったことがない。 「じゃあ……測ってみたら?」 「なんでそうなるんですか……」 「だってほら、サイズを知っておけばそれに見合った下着が買えるだろう?」 変態セールスマン。そんな言葉が似合いそうなほど下劣なことを口走っている気がする。 「測るって言っても、どうやって……」 「そりゃあ……メジャーで」 「今は姫百合先輩がいないので、また今度で」 「いや……じゃあお兄ちゃんがやってやるよ」 「……」 「……」 白い目で見られて気まずい沈黙が流れる。だが耐えろ、耐えるんだ俺。 「丁度いま俺の部屋、葉山が海外出張でいないからさ」 「なんで葉山先輩が出張しなきゃいけないんですか……意味がわからないんですけど」 「まあまあ……とにかく、ね」 そういうわけだからさ…… 「はあ……なんでこんなことに」 「よし、やるぞぉー!」 やる気ムラムラ! じゃない、マンマン! 「それで、その、兄さん……いちおう訊きますけど」 「ほんっとーにやるんですね?」 「う……」 そうかしこまって言われると即答はできなかった。ノリと勢いだけでここまで持ってきたのに、それがしぼんでしまう。 でも! 「や……やるさ」 ここまで来てやらないなどとほざけば、そのクチからどんなに叩かれるかわかったもんじゃないぞ。 「それじゃあ……脱ぎますからね?」 「う、うん……」 先ほど触らせていただいたあの弾力ある双丘が、今度は剥き身で…… (い、いや剥き身じゃないか。ブラ越しだものな) それでも肌色は見えるわけで…… (よし……覚悟を決めた) 「はい……いいですよ」 「……!」 「……!」 たどたどしい手つきでメジャーを彼女の脇下に通し、ぐるりと1周させる。 手がぶるぶると震えているのも問題だが、それよりも一切の会話が起こらないことのほうが深刻だ……! 「ふ、諷歌」 「な、なんですか……さっさとしてください」 「ど、どう?」 「どう……? なに言ってるんですか、どうもこうもありませんよ」 しかし俺はといえば、どうもこうもある。 まず先も思ったとおり彼女の豊満なおっぱいはブラジャーの面積では隠しきれずに、下乳がぴっとりと露出している。 しかもなにやら汗ばんでいて、諷歌が動くたびにぷるぷると揺れるし、俺はすっかり視線を釘付けにされてしまっていた。 「兄さん……? 手が動いてませんよ」 「お、おう……悪い悪い」 なにを緊張しているんだ俺は……妹だぞ? たとえ女子のおっぱいを見るのが初めてでも、相手はあくまで妹なんだ。劣情など催すはずがない! (背中……) ブラのベルトが1本だけ沿った、肌色の肉々しい背中。 「いい匂いがするな……」 「なっ……!」 「あ、しまっ……」 声に出てたじゃん! 「シャ、シャンプーがさ。シャンプー変えた?」 「兄さん、もともと私のシャンプーなんて知らないでしょ……」 ごもっとも。でも、いい匂いがしたのは本当だ。 それが実際にシャンプーの香りだったのか、それとも諷歌のボディが発するものだったのかは不明瞭だけど…… 「あっ」 「っっっ!!」 さ、触っちゃった……! 「〜〜〜〜っ……!」 「ご、ごめん……」 喚きだすかと思いきや、押し黙っているのが逆に怖い。 いやいやさっきも触らせて頂いたし……とはいえ……生の感触はまるで違って……。 (こ、これ以上は本気でまずいな……) 主に下半身の血流が、意思に反して巡るのを抑えきれない。 「兄さんの、バカ……!」 そんな罵倒でさえ心地よいと思うほど、精神までもやられているし。 「まだ……なんですか……?」 「今……測れたよ、ちゃんと」 急いで逃げるようにメジャーを外し、俺はさっと諷歌から距離をとる。 服着てる……。 「それで……いくつだったんですか?」 「あれ……いくつだっけ?」 「っ、バカにしてるんですか!?」 「冗談。えーっと……86! すげ」 「これってカップ数になおすといくつくらいなんだ?」 「私は身長が低いですから……Hくらいじゃないですか」 「ごく……」 なんていうかもう……ヤバイな。 「じとー」 「ナ、ナニカナ」 「兄さんって昔から、女の子好きですよね。女なら相手が妹でもいいんですか?」 「いやいやいや! さすがの俺も、妹には……」 「妹じゃ……ダメなんですか?」 えぇぇ〜〜? 「妹の胸を触って喜ぶ変態兄……」 「諷歌が困ってるなら、俺は協力してやろうと思ってね?」 「じゃあこれ、今すぐ凹ませてください」 「そ、それは無理っす……」 「ほら! ほら!」 ぶるん、ぶるん。諷歌がそこを強調するたびに肉が跳ねていた。 「胸を小さくする魔法があればいいんですけど……」 「そんなもったいない!」 「もったいない?」 「え、あ、うん、ね……? せっかく成長したんだし……」 新しく備えた諷歌の武器……もとい魅力を、わざわざ無くしてしまおうだなんてそんな。 「じゃあ他に、視線にさらされない方法を考えてください」 「えっと……それじゃあ、俺が隠してやる!」 「はい?」 「俺が、諷歌を、こう……」 手を背後に回すだけの、真正面から抱きあうジェスチャー。 「っ」 「……ダメか。常にくっついてるわけにもいかないもんな〜」 「……」 「あ、ごめんね諷歌」 「いえ……」 急にもじもじと、右手で乳房のラインを隠す諷歌。 「と、とにかく……私はあまり、胸をいじられたくないんです」 「ご、ごめん胸をいじってしまって……」 「そうじゃなく、胸のことでいじられたくないんです!」 ああなんだ、そういうことか……。 「安心しろ。そんなやつはお兄ちゃんが排除してやる」 「あまり頼りになりませんね……」 「ひどいな」 「まあ、でも、いないよりマシですか」 お互いにあった緊張もほどけて、場の空気も弛緩してきたころ…… 「ただいま〜〜。あれ、諷歌ちゃん」 「は、葉山!」 「っ……」 「この部屋にいたんだ。2人でなにしてたの?」 「ええと……」 おっぱい測ってました……なんて言ったら……この部屋から退去されそうだ。 「お、お医者さんごっこ的な?」 「へえ……また懐かしいことしてるね」 俺の返答がまずかったのかその後も葉山からは根掘り葉掘り聞かれたが、とうとう本当のことを告げることはなかった。 っていうか、言えるわけがない……。 (……) ただ俺はその間ずっと、諷歌のおっぱいの感触を思い返していた。 「え〜ん、教えて姫百合先輩〜」 「うちもうちも〜」 「わかったわかった、落ちついて1人ずつね」 今日、俺たちの学級ノービスメイジでは魔法学に関する課題が大量に出された。 難易度が半端じゃなかったため、こうしてミスティックの姫百合先輩に教わりに来た次第である。 「にしても姫百合先輩、いつも頼られてるよな」 「当たり前です。姫百合先輩は文武両道容姿端麗、世に比類なき完璧なる御仁なのですから」 「褒めちぎるなあ……でも諷歌の信奉心を抜きにしても、みんなから尊敬されてるのはホントだもんな」 それも諷歌の言うとおり、当たり前なのかもしれない。 勉強も運動もトップ、そのうえ見目まで麗しいとくれば、ほとんどある種のカリスマだ。人を惹かないはずがない。 「先輩はけっこうラブレターをもらっていますからね」 「それって漫画の中だけの話じゃなかったのか……」 ただ男など1人もおらず、メールも使えないここではさもありなんという気はする。 「諷歌は……」 「私は、そういう対象で先輩を見ているわけではありません。あくまで大人の女性として憧れているだけです」 「そっかぁ」 「いわゆるお姉さま的存在です」 と、そこへ…… 「すまない、諷歌」 「はい、なんでしょう」 件のお姉さま、姫百合先輩が諷歌に声をかけた。 「相田さんの勉強を見てもらえないかな?」 「わかりました」 「って、ん? 諷歌が?」 「ごめんね諷歌ちゃん。頼める?」 「全然いいですよ。暇でしたし」 「暇? 俺と話してたけど暇だったかな?」 「ここを、こうで……ここが、こうだと思います」 「あちゃー聞いてないね」 「なるほどねえ……ありがと、諷歌ちゃん」 「いえ……先輩でなくてすみません」 「そんなに謙遜しなくていいってば。諷歌ちゃんは頑張り屋さんだなあ」 「だって、私なんかじゃ先輩にはまだまだ……」 「先輩に比べれば諷歌はまだ若いんだし、そんなに気を張ることないと思うよ」 「おーおー、いいこと言うねおっさん」 「俺もまだ若いよ!!」 「それはそうですけど……」 「でもさー、やっぱり別格だよね姫百合先輩。うちもう嫉妬すらしないわ」 「諷歌も先輩みたいに完璧になりたいのか?」 「そう言うと、おこがましく聞こえるかもしれませんが……近づきたくはあります」 「そんなふうに頑張ってる諷歌ちゃんが可愛い!」 たしかに。精一杯の背伸びをしている気がして、そこがちょっぴり微笑ましい。 「ま、でも憧れること自体はいいんじゃないかな。ただでさえ諷歌ちゃんは先輩と相部屋だし……」 「そっか……それってけっこう特別なことなんだな」 自分で言っておいてなんだが、同室のパートナーが特別だとか形容される姫百合先輩って……。 「うちらからすれば羨ましいよ。あ、律くんにとっても羨ましいかな?」 「……」 「睨まないでください諷歌さん」 「あーでもどうだろ。うち性格ズボラだから、姫百合先輩に迷惑かけちゃうかも」 「ねえねえ、なんの話してんの?」 「姫百合先輩は完璧だという話です」 「諷歌……いつも言っているけど、君は私を過剰に褒めすぎる」 「すみません。つい本音が出てしまい」 「それよりも律くん。そろそろ授業が始まるよ」 「あ、ほんとですね。じゃあ失礼します」 「ああ、またいつでも遊びにきてくれ。諷歌も待っているから」 「な……そんなこと言ってません!」 「ほんとですか! いい子にしてるんだぞ、諷歌」 「違いますからね! 待ち遠しくて胸がどきどきわくわくなんてしてませんから!」 「またね〜」 「聞いてくださいっ」 「うーん……」 「わからん……」 頭をひねる。かかえる。なやませる。俺は机の前で、広げられた1枚の用紙と格闘していた。 課された数学の宿題。九割がたは解けたものの、残りの大問ひとつが取っかかりすら掴めない。 「ダメだ、人を頼ろう」 と言っても、普段は相部屋だけに協力することもある葉山も今は不在。どうすべきか…… 「お……?」 勉強ができて、頼めば教えてくれそうな面倒見のいい人。たった1人だけ思いついた。 と、いうわけで…… 「わからないところがあるので教えてくださいっ」 「うん、構わないよ」 優しい! 「数学ですか……」 「諷歌にはまだわからないかな」 「むっ……」 ムキにならなくても……学年的な問題があるから仕方ないのに。 「それでですね、ただで教わるというのもなんなので……これを」 「こ、これは……!」 「ええ……(ニヤリ)」 「アップルパイ?」 「おみやげです」 と言ってもシャロンに頼んでこさえてもらったものなので、俺自身はなんの代価も支払っていないのだけど。 「おいしそうだね。後でいただこう」 「諷歌のぶんもあるからね」 「……」 尻尾でも振りだしそうな顔をしていた。 「それで、どこがわからないのかな」 「ええと、ここなんですけど……」 「なるほど。これはね、ここを、こうするんだ」 「ええっ!? こ、こんなところを……!?」 「ああ……。さらに、ここを、こう……ふふふ」 「ああ、すごい手際……そんな方法が……」 「という感じなんだけど……わかったかな?」 「ええ、よくわかりました!」 そのうえなんだか密着していて、姫百合先輩のいい香りがする……。 「……あの」 「ん?」 「?」 「……近くないですか?」 「え?」 「2人とも、なんか近いです……」 「ああ……ごめん」 「なんか息ぴったりですね……」 「ははあ……なるほど」 「なんですか……?」 「妬いてるね? 諷歌」 「!!」 まったくもう、かわいいやつだ。 「そんなに心配しなくても、姫百合先輩を盗ったりしないよ」 「……あ」 「当たり前ですっ!」 「ふっふっふ、図星だろう」 俺は鋭いなあ! 「はぁ……まったく、鈍いな律くん」 「……え?」 「諷歌は、律くんを私に盗られそうだったから妬いたんだろう?」 「そういうわけでもありませんっ」 「可愛いなあ諷歌は」 「ふふふ、可愛いね」 「ち、ちが……!」 必死で弁明しようとする諷歌を、今度は俺と姫百合先輩でサンドイッチする。 「〜〜っ」 「今日はどうだった? 諷歌」 「学校生活はどうだ? ん? 楽しいか?」 「兄さん、また親戚のおじさんになってる……もう」 言葉の上では文句を言っているものの、小さく丸まった諷歌はどこか嬉しそうだ。 「そうだ、せっかくだしさっきもらったアップルパイを食べようか」 「俺も……いいんですか?」 「ああ、もちろん」 「あの、私が切り分け……」 「いいよ、私がやる。諷歌は律くんと待っていてくれ」 「諷歌はアップルパイ好きか?」 「そうやってまたパイパイパイパイ……セクハラすぎます」 「自意識過剰すぎ!?」 「甘いものは好きですよ、なんでも。辛いのはダメですけど」 「昔から苦手だったもんな」 「だ、だからと言って私が子どものままというわけではなく、大人になっても辛いのが苦手という人は多くて……」 「お待たせ」 「わざわざありがとうございます」 「どういたしまして」 「いただきます! もぐもぐもぐ!!」 「兄さん、食べるの早すぎです……」 「さすがは男の子といったところかな」 「もう1枚たべてもいいですか?」 「ああいいよ。それに私と諷歌だけでは食べきれないだろうしね」 「もぐもぐ……おいしいです」 ふたたび両サイドを俺と先輩にとられた諷歌。 「……そういう諷歌はなんかリスみたいで、可愛いね」 「い、意味わかりません」 「こう、ちょっとずつかじってるのが」 「たしかに、そんな感じかも」 「っっ……せ、先輩っ」 「まあまあ。たまにはこういうのもいいじゃないか」 「ほうほう」 見ると、姫百合先輩は諷歌の腕に自分の腕を絡ませていた。 「じゃあ俺も」 「に、兄さんっ!」 右は俺。左は先輩。諷歌は俺たちにすっかりロックされてしまった。 「も、もう、2人とも……」 「〜〜っ」 より強く腕を引かれる。彼女はというと、まるで笑みをこらえ切れていないような様子。 (よかった、放されたりしなくて) 「ごちそうさま。とてもおいしかったよ」 「お礼はシャロンに言ってあげてください」 「それじゃあ……後かたづけをしてこようかな」 「俺は用も済んだし、そろそろおいとま……およ?」 ぐい、ぐい。腕をほどこうと思ったら、ほどけなかった。 「……」 「諷歌?」 姫百合先輩のほうでも、同様のことが起こっているらしかった。 「もうちょっと……だけ。このままで」 それどころか、更に引っ張る力を強めてくる。ぷに。 (……ぷに?) む、胸があたっとるやないか……。 「諷歌はもっと律くんと一緒にいたいのかな?」 「〜〜〜っ。違います! 私が食べ終わるまでは、その……」 諷歌のアップルパイはまだ半分ほど残っている。 「もぐもぐ」 「諷歌さん……お腹いっぱいなの?」 それこそリスもかくやのローペースぶりである。かじかじと。 「いいじゃないですか別に、ゆっくり食べたって」 「ま、まあね……」 でもその間じゅう、ずっと俺たちは拘束されることになるんだけど……。 (……まいっか) けっきょく諷歌が食べ終わるまでの20分、俺たち3人はずっとそこで固まっていたのだった。 「……ふふっ」 「兄さん兄さん兄さ〜〜ん!」 「ほあ?」 「兄さん、事件です!」 「!!」 「っ……セクハラですよ!」 「自分から抱きついておいて、そりゃないよ!!」 ていうか、胸の感触が……むにって……。 「でも……昔の諷歌はよく、こうやって俺に抱きついてきてたよな」 肉感はおそろしい進化を遂げたけれど、それでも俺は過去の彼女を思い出した。 「むかし……」 昔……それは、俺と諷歌がまだ一緒に暮らしていたころ―― ある晴れた夏の日のこと―― 「葉山と遊びいってきます!」 「わ、わたしもいく!」 「よしよし、ついておいで。でも諷歌、ぬいぐるみは置いていきな」 「どうして?」 「よごれるから」 「アルパカさんは?」 「アルパカさんは……いいよ。いっしょにいこう」 諷歌はどこへ行くにも俺にべったりで、当時は彼女のほうがよっぽどお兄ちゃんっ娘だったように思う。 「よし、葉山はそっちから」 「おっけー」 「……?」 「いったよ!」 「とった!」 「ほら諷歌、シオカラトンボだよ〜」 「また……? なんか飽きちゃった」 「うーん、このへんはあんまり珍しいのいないもんね……」 「オニヤンマさがそうぜ、オニヤンマ」 また次の日―― 「ほら諷歌、ヤゴだよ〜」 「しょぼくなってる……」 「そだてる?」 「これ、飼えるのかなあ……」 そしてまた次の日―― 「今日のは大物だぞ! 諷歌」 「ほんとに?」 「うん、びっくりするかも」 「じゃじゃーん! オオムカデ〜」 「……っっ」 「ひっ……、〜〜〜〜っ!!」 「……あ、あれ?」 「やっぱり諷歌ちゃんにはちょっときつかったかな……」 「やだ! それやだ! お兄ちゃんどっかやって!」 「お、おう」 「ボクがすててくるよ、かして夏本」 手に持っていた虫カゴを葉山に渡すと、諷歌はいつものように…… 「お兄ちゃん!」 「諷歌は怖がりだなあ」 俺に抱きついては、顔をうずめて泣きじゃくるのだった。 「でも、すごかったろアイツ? たまたま見つけたんだ」 「すごくてもイヤなの!」 「ごめんな。よしよし」 「お兄ちゃん……」 「えぇと……じゃあ、これは? たまたまひろったんだけど」 「……石?」 「なんかキレイじゃない?」 「……うん」 気に入ってもらえたようで、諷歌はそれをぎゅっと握りしめた。 「びっくりさせてごめんね」 「うん、いいよ」 諷歌はしょっちゅう泣いていたけれど、それでも俺たちについてくるのをやめなかったのは、やっぱりそれが楽しかったからなんだと信じたい。 だから、当時の俺には、まるで……その関係が途絶えてしまうなんて、つゆほども思っていなかったんだ。 「今日も葉山と! いってきまーす!」 「わたしも――」 「――え?」 「……諷歌? どうしたの……?」 「今の声……誰?」 「そりゃ、俺だよ……ほかに誰もいないだろ」 「ちがうの、お兄ちゃんの声じゃなくて」 「……」 「――アルパカ、さん?」 今でこそ理解できるが、当時は何がなんだかわからなかった諷歌の目覚め――アルパカさんとの交信。 彼女の飼っていた迷子のアルパカさんが、人智を超えた存在だと傍目にも判った瞬間だった。 結局あの後すぐに、まるで連れ去られるように諷歌は全寮制の学校へと通うことになってしまった。 それがあまりにも急で、理由も納得できなくて、踏ん切りなんてつけられようはずもなかった。 だから俺はそれから毎月、諷歌に手紙を書いた。その返事もまた1通とて返っては来なかったのだけど……。 「……」 むにむに。むにむに。脇腹にあたる心地よい刺激でふと我に返る。 「兄さん、兄さん」 「おう……すまん」 「どうしたんですか、急にぼーっとして」 「ちょっと思い出してた」 いつだって俺に泣きついて、決して離れなかった諷歌。それが今や…… 「ヤゴいる?」 「いりません」 こんなに可愛げがなくなってしまった。成長ゆえ仕方ないとはいえ、なげかわしいことだ。 「ていうか急いでたけど、けっきょく何があったの?」 「はっ! 忘れるところでした、一大事なんですよ!!」 諷歌のこの慌てぶり……ただ事では…… 「筆箱わすれたんです」 「ただ事じゃねえか……」 「なので、シャーペン貸してください」 「ええと……どれがいい?」 「そこに置いてある、革の……」 「こりゃ財布だ。どこをどう見間違えたんだ」 「このペンが可愛いですかね。いただきますっ」 ひょいとつまみあげて、諷歌は笑った。 「ついでにゴムもいいですか?」 「ゴ、ゴム……!?」 「あ、あぁ消しゴムね。まぎらわしい」 「ありがとうございます」 「じゃ、授業がんばってね」 「はいっ」 「……」 去り際は普段に比べても、いくらか機嫌がよかった気がする。それにしても…… (ペン借りたくらいで、なんであんなに喜ぶんだろ……) 諷歌は謎だった……。 「いないなあ……」 いつものように諷歌をたずねるべく教室へ赴いたが、その場にいた女の子から諷歌はもう帰ったと告げられてしまった。 (というか、だんだんミスティックのクラスでも俺の行動が理解されつつある……) 諷歌に迷惑をかけていないだろうか? それはちょっと心配だ。 「どうすっかな」 「温室にでも行ってみるか」 「おや、あれは諷――」 いや、待て。様子がおかしい。 「……寝てる?」 温室の、とくに日当たりのいい芝生の広場にて、小柄な体躯がひとつこてんと寝転がっていた。 普段は努めて見せることのないあどけない寝顔。よだれを垂らしていてもおかしくないほど幼く見えた。 「アルパカさんまで……」 そしてその隣には、もふもふの体毛にくるまれたアルパカさん。そろって写真に撮りたいような構図だった。 「いくらぽかぽか陽気とはいえ、こんなところで寝てるのはよろしくないよなあ……よし」 ここは兄として、教育的指導を加えねばならないだろう。 「くくく……すなわち」 いたずらである……! 「むふふ……こんなに無防備な姿をさらしてるのが悪いんだよぉ」 人目を確認。四方に渡って生徒はなし。 さあて、どこをいたずらしてやろうか! 「やはりここしかねえ……!」 むしろいたずらしてくれと言わんばかりに主張されている、今にもはち切れそうな豊満なバスト。 これを、思いっきりモミモミと……! (いやいや……そんなことしたら起きちゃうよ) あくまでバレないように、そっと。兄と妹の微笑ましいスキンシップだ(どこが)。 「で、では律……いきます!」 指先でつっつくよりも、手のひら全体でおさわりしたほうが刺激が分散すると考えた俺は、いよいよ両手を妹のおっぱいにあてがう。 ……ふに。 「!!」 (あったかい……そしておおきい……) ほとんど手ブラのような状態だが、こんなふうに乗せているだけでは我慢ならない。 俺はそっと握力を強める……。 「ん……んんっ」 「っ!!」 一度こうした以上、手放すこともまた刺激になってしまうから不用意に身は引けない。 どうやら起きてはいないようだ。それより―― (こ、これは……!) 意外と、感触が硬い……? (なんだ、ブラジャーか……) すでに俺は諷歌のおっぱいの柔らかさを知っているだけに、それを直に味わえなかったのが残念だ。 (いやいや……なんか本格的に変態になりつつあるな、俺) ふにふに。かと言って胸部への微弱マッサージは忘れない。 たとえブラが俺の行く手を阻もうとも、この両手に収まりきらないボリューム感は健在だからだ! もみもみ、もみもみ……あぁ、やめられないとまらない。 (なんとなく、タイミングを逸した感……) 寝ている妹に対して胸をもみしだく兄。こんなところを見られたら確実に終わる。 「んんっ、んぁっ……」 「……」 諷歌、ほんとうに寝てるのかな……なんか声が艶っぽい気がする。 「ぁん……」 「……」 色っぽい喘ぎ。ほのかに漏れる吐息。そして巨乳の感触。 (これ以上は……やばい) 身体が反応してしまっては、もはや心の中でいくら言い訳をしようが無駄になってしまう。 そうなる前にと、名残惜しくも手を放した。 「にい、さん……」 「お……?」 起きたか……? そう思ったが、どうやら違う。今のは……寝言だ。 「……にぃ、さぁん」 「諷歌……?」 いったい、どんな夢を見ているんだろう……? 「ブロッコリー……」 「……」 「……すやすや」 「めっちゃ気になる!? なんだ、なんの夢だそれは!!」 「ん、ん……?」 「あ……しまった」 つい声を荒げてしまった。さすがの諷歌もお目覚めのご様子。 「……兄さん?」 「おはよう、諷歌」 「……兄者?」 「うん……?」 なんで言い直したんだ……。 「あれ、ここ……温室?」 「うたた寝してたんだね。こんなところで寝てたら、風邪ひくよ」 今はまだ暖かいが、夏とはいえ夜になると少しは冷える。 「あ……つい、気持ちいいからうとうとしてしまって……」 「アルパカさんも、ほら。起きな」 そうして1人と1匹は起き上がると、まだ眠いのかまぶたを必死にしばたかせていた。 「……いつから寝てましたか?」 「わかんないな……俺はさっき来たばかりだし」 「そうですか……はっ」 「なにかヘンなことしなかったでしょうね!?」 「しししししてないよ! するっわけねえだろ!! おっぱい揉むやつなんか、最低だよな!!」 「……ほんとですか? なんかちょっと怪しいです……」 「おいおい、俺は紳士録に載るほどのJentlemenだぜ?」 「スペルは違うし複数形だし……怪しいですが、まあいいです。起こしてくれてありがとうございました」 「どういたしまして」 「それで、悪いんですけど……私まだ眠いので、すぐに部屋まで戻らせていただきます」 そう言うと諷歌は、ふらふらとした足取りで歩きだす。 「危なっかしいなあ……転ぶなよ?」 「転ばないよう、兄さんが見ていてください……」 まだやや寝ぼけているのか、いつもよりも語調がとろんとしている様子だ。 「あ……じゃあ、俺がおんぶしてあげよう」 「えぇっ……おんぶ?」 「ほら、おいで。バッチこい」 「……」 ふにゅ。 (くおおおお!!) 重みと温もりが同時にのしかかる…… たしか以前は遠慮されてしまったおんぶ! でも今の諷歌はまだ意識がはっきりしていないから、判断の基準もどうやら鈍っていると見える! 「重かったら、言ってくださいね……?」 「あ、ああ……なんかこうするのも、懐かしいな」 四肢で覆いかぶさってきた諷歌を背中に、立ち上がる。ますます肉感がダイレクトに俺を圧迫した。 「なんか、こうしたら……また眠くなってきてしまいました」 「べ、べつにいいよ……寝てても」 喋られるたびに息吹がほくほくと首にかかってくすぐったい。 「……ぐぅ」 横目にちらと寝顔を見る。頑張って大人ぶっていても、本当はまだこんなに幼いんだから…… 「もう……無理ばっかしてるなあ」 それから寮まで彼女を運ぶまでの間、俺はずっと幸せなきもちに浸っていた。 「ん〜、なにしようかな」 放課後。授業を終えて部屋に戻ると、俺は時間を持てあましていた。 「諷歌の部屋にでも行くか」 諷歌の部屋で一緒に遊んで、もっと兄妹愛を深めようじゃないか。 「ふーうーか! お兄ちゃんだよー」 「へっ? に、兄さん?」 「うん。入っていい?」 「だ、だめです! ていうかなんで来てるんですかっ」 「別にいいじゃん」 「兄さんお断りです」 「なぜだ……」 「ここは姫百合先輩の部屋でもあるんですよ! 先輩のプライベートに無断で侵入する気ですか!?」 「う……」 たしかにそうだ。そう言われれば引き上げるしかない。 今どうやら姫百合先輩は不在らしく、諷歌は俺を部屋にあげてくれないらしい。 「仕方ない、部屋に……」 「やぁ、律くん」 「おっと姫百合先輩。なにしてたんですか?」 「ちょっとゴミを出しにね」 ふうむ……。 姫百合先輩の許可が下りないからと、諷歌は俺を部屋に入れてくれなかった。だったら…… 「あの、聞いてくれますか」 「ん?」 「俺ちょっと諷歌に会いたいんで、部屋に入れてもらえると嬉しいんですけど……」 「うん、いいよ」 「本当ですか!」 先輩のお墨付きをもらった。これで諷歌に会える。 「でも、せっかくだし有料……にしようかな」 「え……身体ですか?」 「うん」 「ええっ!? うそ!!」 「ちょっとした肉体労働をしてもらおうかな」 「ご、ごくり……!」 ああでもダメだよ律、こんなのは己の主義に背いて……! 「ついておいで」 「入るよ、諷歌」 「あ、はい」 「おかえりなさいせんぱ……い!?」 「ただいま、諷歌」 「な、なんで兄さんが!」 「なに、男手も要るかと思ってね。手伝ってもらおうかと」 「そ、それで……俺はいったいナニを!?」 「掃除をお願いしたいんだけど……」 「……そうじ?」 「今、ちょっとこの部屋を片していてね。良ければ手を貸してもらえないかな」 「そうじ……」 してないよ。別にがっかりとかしてないよ。 「なるほど、だから……」 この部屋にしてはめずらしく、荷物が散乱してると思ったのだ。 「どうかな?」 「お安いご用ですよ! 先輩と諷歌のためなら」 「だだだだめですよそんなの、兄さんに見られたら困るようなものいっぱいあるんですから!」 「たとえば?」 「そりゃ青酸カリとかですよ!」 「そんなもん、誰に見られてもアウトだよ!」 「下着類については、こちらから指示してあげれば問題ないと思うよ」 「うっ、うぅ〜〜」 「まあ任せろって。めっちゃ働いてやるからさ」 「そこの隅っこでホコリ舐めててください」 「なんかいつもよりきついぞ、妹よ……」 「まだ重たい荷物を運んでいないところだったんだ。律くんが手伝ってくれるなら助かるよ」 「はっはっは、大船に乗った気でいてください。じゃあ何を運べばいいんです?」 「そうだね……せっかくの男手だし、きついものをお願いしようかな?」 「はは……お手柔らかにお願いします」 「じゃあ、ここのダンボールを頼もう」 「んー!」 「どうした諷歌」 「これは諷歌の私物でね。日常的に使用するものではないから、保管しようと思ったんだ。これをあちらに積み上げてほしい」 「わかりました」 「そんな、いいですよ兄さんは。私がやります」 「でも、このダンボール重そうだし、量も多いよ。諷歌にやらせるのはちょっと……」 「で、でも……」 「ていうかそもそも……なにが入ってるんだ?」 「み、見ちゃだめです! ヨボヨボになりますよ!」 「たまて箱か! たまて箱だなこれは!」 「では他の仕事についても分担しておこう。諷歌は床拭きに使うモップかなにかをシャロンに借りてきてほしい」 「わかりました。先輩はどちらに?」 「私は洗面所の掃除をしている。それでいいかな?」 「わかりました」 「兄さん、私はちょっと出かけますけど、いいですね? ぜーったいに中を見ちゃいけないんですからね」 「オッケー☆ ウフフッ」 「なんか、めちゃくちゃ信用ならないんですが……まあいいです。先輩、ちゃんと見張っていてくださいね」 「ああ」 「それじゃ」 「さてと……それじゃ律くん、よろしく頼むよ。それと……」 姫百合先輩は、そっと指さす……諷歌の私物という、大量の荷物を。 「少しくらいなら、覗いてみるのもありかもね」 「えっ」 「それじゃ。頑張ってね」 「……」 結果、俺ひとりだけが諷歌&先輩の部屋で取り残されることとなった。 大荷物を運ぶのに人がいないのはやりやすくていいのだが…… 「中身……」 気になる……が、そんな覗きみたいなマネはよくない! ちゃんと言いつけどおり仕事をしないと。 「あっちへ運ぶんだよな……」 つたない字で“ふうか”と書かれた、お世辞にも綺麗とは言えないこれは……おもちゃ箱? 見たところだいぶ年季が入ってるようだし、これは恐らく諷歌がここに来たころからあるものなのだろう……。 「……がんばろう」 せっせ、せっせ…… 「ふぅ、あとひとつ……」 「……ん?」 大体のところを運び終えて、最後に残った一箱。それは古めかしく薄汚れた木箱だった。 「なんか、まるで宝箱みたいだな」 他の箱に比べると小ぶりだが、それだけにとりわけ大事にされているのが伝わってくる。 「ということは、この中に諷歌の宝物が……」 「……」 『いいですね? ぜーったいに中を見ちゃいけないんですからね』 「そうだぞ律……もしかしたら、この中にはおパンティーなんかが入ってるかもしれないじゃないか」 そう言いつつも、わざわざこんな丁寧に下着など保管するはずがないことは判っている。なら…… 『少しくらいなら、覗いてみるのもありかもね』 姫百合先輩は、なにを考えてあんなことを言ったんだ……この中身って? (宝石? 貴金属? それともまさか0点の答案……?) いくら考えても埒があかない。そのうえ、正解が目の前に放置されているときては…… 「すこしだけ失礼して……」 「……ん?」 光が差しこみ、ちらと見えたのは……紙? 「なんだ……?」 木箱と同じく、経年劣化が如実に見られる紙の束。 「これは……手紙?」 差出人は…… “なつもと りつ” 「なるほどね……なつもと君ね」 って―― 「俺じゃん!!」 『どれだけシスコンかと言うと、こっちが返事もしないのに毎月こりずに手紙を送ってくるくらいです』 『けどあんなお手紙なんか、読まずに食べちゃいました』 「諷歌……あんなこと言っておいて……」 本当はこうして、俺からの手紙を大切に取っててくれたっていうのか……! 「くぅぅ……泣かせるぜ!」 「ただいま戻りました。兄さん、仕事は終わ――」 「――終わ……」 「……わ、わわわわぁっっ!!」 「ななななななに見てるんですか兄さん! ちょっと!!」 「Letters」 「発音よく言っても騙されません! なに、なにしてるんですか!!」 「いや、手紙を……」 「ちちちちち、ち、ちがうんですからね!? ぜんっぜんちがうんですからね!!」 「なにがちがうのかわからないけど……諷歌おまえ、俺の手紙……」 「だからもうあれほど見るなと言ったのにっ! 兄さんのバカバカバカ!」 「にしても諷歌、俺の手紙を……」 「兄さんの手紙なんかじゃありません! 私がそんなの取っておくわけないじゃないですか!!」 「……そうなの?」 「そうですッ」 「じゃあこれはなんなの?」 「……えぇと」 「これは、その……」 「……」 「偽造?」 「偽造? 偽造なのか、本当に……ちょっと無理があるだろ」 ていうか疑問形だし……これは嘘だな。 「うるさいですよ兄さんのくせに! だいたい、勝手に開けるなんて犯罪です!!」 「それについては、ごめん……。でもこれ、俺の手紙……」 「〜〜〜〜〜〜っっっ!!」 諷歌は悶えていた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 お互いに座って向き合うと、オーバーヒートを冷却させるよう息を整える諷歌。よほど興奮していたようだ。 「水でも飲むか?」 「いりませんっ。なんで私が気をつかわれなきゃならないんですか!」 「それで、この件だけど……」 「……」 「これ……俺の手紙だよね。もしかしてここにあるの全部?」 「……そうです」 「諷歌……ちゃんと持っててくれたんだね」 それに、こんな立派な容器にも入れてもらって……。 「鼻かんで捨てたら偶然その箱に入ったんです」 「またまた強引な……本当は、ちゃんと読んでくれてたんだよね?」 「なんでそんなこと聞くんですか……当たり前でしょう?」 そんなこともわからないのか、とでも言いたげに諷歌はバンと床を叩く。 「私は、兄さんと離れて……ずっと寂しかったんですよ?」 「それで手紙なんか送られたら、読まないわけがないじゃないですか!」 「諷歌……」 「こっちだって、会いたかったんです……でも、会えないんです。出してもらえないんです」 「魔法が使えるとか、そんなこと書かせてもらえないし……そうやってズルズルやってるうちに、今さら返事もできなくなって」 「でも私は、ずっと、兄さんに……」 「ふ、諷歌?」 諷歌の声が震えだす。幼いころを思い出させる、泣き出す前の予兆だ。 ど、どうしよう…… 「諷歌」 「あっ……」 「よしよし」 泣き虫な諷歌を慰めるのには頭を撫でるのが一番だ。 かつてそうしていたように……それは、今では俺くらいしか知らない兄としての知恵だ。 「兄さん……」 「ごめんな、諷歌。つらいこと思い出させて」 「そんな……いいんです、兄さんのせいじゃありません」 「でも、もうちょっとだけ……このままで」 それから、数分間。 嗚咽をあげそうになる諷歌の頭を、髪の毛を梳きながら俺は優しく撫でてあげた。 「……もう、大丈夫です」 「平気?」 良かった、どうやら落ち着いたようだ。 泣き止んだらしい諷歌は、いつものようにキリリとした表情を引き締めてこちらに向き直る。 「すみません、取り乱して……」 「いや、いいよ」 こういうと諷歌は怒るだろうが、久しぶりに昔の彼女が見られたようで嬉しかったのも事実だ。 「諷歌も……俺に、会いたかったんだな」 「あ、あれは……その……ちがくて」 「違うのか?」 「会いたかったっていうのは、昔の話で、それに……兄さんだけじゃなくて、他の人にもだし……」 しどろもどろに。 「と、とにかく! 兄さんだけが特別だとか、そんなわけじゃないんですからねっ」 「うん。いいよ。それでも、ちゃんと手紙を読んでくれてたんだよね」 「……はい」 「それだけでも俺は、嬉しいから」 「兄さん……」 諷歌が距離を詰めてくる。まとっている雰囲気も、以前とはまるで別物で。 「諷歌……」 「あ、姫百合先輩」 「っ! せ、先輩!?」 「そっか……うまくやったみたいだね」 「あ、あの、これは……」 諷歌がじりじりと後ずさる。それを見た姫百合先輩は笑って…… 「無理はよくないよ、諷歌。素直になれてよかったね」 「先輩……」 姫百合先輩が俺に諷歌の私物を覗くようけしかけたのは、こういう狙いがあったからなのかもしれない。相変わらず周到な人だ。 「でも、ひとつだけ疑問があるんだけど……」 「なんです?」 「どうして諷歌は、そんなに気を張ってまで態度を硬くしてたの?」 「それは……」 「……?」 ちらちらと姫百合先輩に視線を投げる諷歌。なんだと言うのだろう。 「まあ、そんなことはいいじゃないですか」 「気になる……」 「それよりも、作業が片付いたなら兄さんは出てってくださいっ」 「いいよいいよ、床拭きも手伝ってあげるから」 「いーいーでーすーかーら!」 ぐいぐいと押しやられる。 拒否されているようだけど、スキンシップにためらいがないのが少し嬉しい。 「一件落着だね」 諷歌が今でも俺を兄として、慕ってくれている。 その事実を聞くだけでホッとしておけばいいものの。 「なんか解せないんだよなぁ……」 それなら、どうして出会い頭からツレない態度を取ることにこだわり続けたのか。 昔と今は違う……人は変わるものだと、言っていたけれど。 自分から変わろうとしていたように見えるんだよな。 何かに悩んでいたのだろうか。 「うーん」 やっぱり気になるから、その変わってしまった原因を探ってみよう! 「え?」 「だから、どうしてあんな態度を取ったんだ」 「……兄さんは知らなくていいことです」 「悩みがあるなら、相談に乗るぞ!?」 「み、みんなが見てるじゃないですか! やめてくださいっ」 くそう、逃げられた。お兄ちゃんに言えないようなことなのか? ……まさか、そんな。女子が女に変わる瞬間と言ったら、ねえ。 けど、ここは女子校だぞ!? いや、でも、外出も許可が下りれば出来るし、異性交流が不可能というわけではない! ……だったら、俺に会いに来てくれても良かったのになぁ。 俺も、魔法使いだって早く気づいていれば、会いに行けたのかな? 離れ離れになってから、今までの空白……その間に何かがあったとしか思えない! 諷歌の心を癒す為にも、絶対に突き止めるぞ! 姫百合先輩は俺と諷歌の仲を取り持つ為に一役買ってくれていた。 「何か知ってるに違いない!」 「諷歌が大人びた理由?」 「穏やかに言うとそんな感じです!」 「それは……例えば、恋をしたとか」 「くはっ!」 や、やはり、大人の女にさせられたのか……誰に? 別に妹なんだから、気にするものでもないことなのに。 なぜだろう、胸が痛い。 「少なくとも、君と離れてから成長するのはごく自然なことだと思うけど」 「でも、まだ子供ですよ!」 「そうやっていつも子供扱いするもんだから、捻くれちゃうんじゃないかな」 「えっ」 「特に君に言われると、ね」 「……」 「逆に諷歌が甘えてばかりの頃を、私は知らないからな」 「あれ、そうなんですか」 「住んでる年数で言えば、諷歌の方が先輩なんだ」 「すると、ここに来たばかりの諷歌を知っているのは……」 「姫様かアッシくらいなもんです」 「教えてくれ、シャロン! 諷歌に何があったのか……」 「しょうがねえですね〜」 シャロンの話はこうだった。 諷歌がここに入学したての頃。 家族と離れ離れになって寂しいと、何度も脱走を繰り返していたらしい。 それを何度も止めていたのが、オリエッタ。 もちろん、その理由は“魔法の暴走を食い止める為”だった。 まだ、魔法の力に目覚めたばかりの諷歌は、自分の魔力を制御することが出来ず…… 世界にかなり多大な影響を及ぼす可能性があったらしい。 確かに、精霊や召喚獣を、闇雲に呼び出したりなんかしたら、パニックになるだろう。 でも、オリエッタによる必死な説得で……諷歌はついに脱走を諦めた。 その代わり、1人でも大丈夫なように、寂しくないように……しっかりしようと思い立ったのだ。 「そんな時、丁度ひめりー様が入学されて、わかりやすい目標を見つけたんでしょう」 「そうだったのか……って、なんか恥ずかしいな」 「オリエッタが……」 「ここに来て姫様を持ち上げる意味なんて、あまり無いんでげすが」 「オリエッタに、お礼言わなくちゃ」 「そうか。こういう時こそ魔法だ」 とりあえず、この魔法を諷歌相手に使って…… どうやって、覗くんだ? 寝ているところへお邪魔する他、ないんじゃないだろうか。 「よし! 夜になるまで待つとしよう」 「善は急げでやんすよ」 「ひい!」 「そんな律殿の為に、こちらの魔法を」 「なんだ、これ」 「ヨバイするなら、これが安心確実高利回りですぜ!」 「ち、ちげえよ!」 相手を眠らせる魔法か。 「眠らせるって、意識がある状態だと抵抗されそうなイメージだけど」 「関係ねえっすよ。INTとRESは別パラメータでげすから」 つまり、凄い魔法使いだからって抵抗力があるとは限らないってことか。 「どれどれ」 「ぐごーーー!」 うわ、本当だ……立ったまま寝てるし。 「よし、じゃあ早速これを使って――」 「すぅ……すぅ……」 「うん。どう考えても悪いことしているような気がする」 けれども、諷歌が素直に口を開いてくれない以上は、こうするしか……。 「いくぜ、諷歌!」 「ウィズレー魔法学院に入学した当初……」 「私は、ここに来ることがそもそも嫌で仕方ありませんでした」 「大好きな家族……兄さんと離れて、こんなところで1人で暮らすなんて、出来るわけがない。絶対に無理に決まってる」 「当時からアルパカさんとは一緒でしたけど、ここに連れてこられたきっかけみたいな存在でしたから……最初はそんなに仲良くできませんでした」 「私はとにかくここから出たくて、兄さんに会いたくて、入りたてのころは何度も脱走を試みていました」 「でも当然、そんなの許されるはずもなくて……」 『ふーこはまだニンゲン界に戻っちゃダメ!』 「その度に私を食い止めていたのが、おりんちゃんでした」 『お兄ちゃんに会いたい……だから、邪魔しないでよ!』 『まほーがつかえると、あぶないんだよ! ケガさせちゃうんだから』 『まほーなんて使わないっ。だからもう帰る!』 『つかいたくなくても、つかっちゃうことがあるの! だからダメ!』 「幼い私は、おりんちゃんの言葉を理解できず、ただ私を邪魔する嫌な子だと思っていました」 「そんなある日、いつものように飛行艇に忍び込もうとしていると……」 『ふーこ、はっけん!』 『いいかげんにして! どっかいってよ、もう!』 「もはやストレスも限界で、早く解放されたくてしょうがなかったんでしょう」 「私は自分の邪魔をするもの――つまりおりんちゃんなんか消えてしまえばいいと、本気で思いました」 『っ――』 『!?』 「突如、強烈な突風が発生し、それに煽られた飛行艇が丸ごとこちらに飛んできました」 「その先には風の精霊“シルフ”がたたずんでいて、その力により、嵐のような突風が起きたのです」 「もちろん、その精霊を呼び出したのは私……けれども、シルフを制御する力など当時はなくて……」 「おりんちゃんが一番、恐れていた“魔法の暴走”が始まってしまったのです」 「風に煽られて、こちらの方向に飛行艇が1機、飛び込んできました」 「私とおりんちゃんは揃って影に覆われて、いよいよお終いかと思ったのですが――」 『ほら……こうなったら、こまるんだから』 「おりんちゃんが私の上に覆い被さり、スレスレのところで飛行艇は私達を避けていきました」 「彼女は、右手にステッキを持っていました。だから、それが彼女の魔法のおかげということは直感的に理解しました」 『え、え……っ?』 『えいっ!』 「混乱する私を尻目に、おりんちゃんは精霊を鎮め、更には飛行艇を元の位置に返します」 「額からは、突風で切れたであろう血が滲んでいました」 「けれども、彼女は何事もなかったかのように、全てを元通りにしてくれました」 「おりんちゃんは、小さい頃からとても凄い魔法使いでした」 『いい、ふーこ? まほーはね、ちゃんとクンレンしないと、こういう事故がおきちゃうの』 『……』 『だからここで、みんなといっしょにおべんきょーしないといけないの』 『おでこ……血が出てるよ?』 『これくらいへーきよ。けど……』 『ふーこだって、その……お兄ちゃんとかを、こんな目にあわせたくないでしょ?』 『う、うん……』 「大切な人を傷つけてしまうくらいなら……我慢しよう」 「兄さんとはしばらく会えない……もう甘えることなんて、出来ないんだと理解して……」 「これからは、1人で生きていかなくちゃって、考えるようになりました」 「幸い、その後すぐに、お手本となる素敵な先輩もやってきて……」 「立派な大人の女性になって、兄さんをびっくりさせるんだと、思っていたのに……」 「まさか、兄さんの方から……この学校に、やってくるなんて――」 「……」 俺がいない間に、そんなことがあったなんて……。 ただの反抗期だと割り切るべきか悩んでいたけど、全然違ったんだ。 「ずっと、我慢させてごめんな」 昔と今は違う。けれども一度、変わってしまったものを取り返すのも難しい。 寂しさを乗り越えて、大人になろうとしていたんだな、諷歌は。 けれども、あの手紙が少しでも、心の支えになっていたのだとしたら、本当に嬉しい。 そして、それを大切にしてくれている諷歌の気持ち……。 今の諷歌は、俺にどんな手紙を送ってくれるのだろうか。 「とりあえず……」 オリエッタには、きちんとお礼を言うべきだよな。 「――ということが、あったらしいじゃないか」 「まあ言われてみれば、そんなこともあったような……」 「そういう訳だから、諷歌の兄としてお礼を言わせて欲しい。本当に、ありがとう」 「なにかお返し期待していいの?」 「うぐ……っ、俺の出来る限りなら」 「冗談よ、冗談。別に大したことじゃないし」 そうは言うけど、かなり大がかりだったような。 「でも、これからはアンタがいるからふーこも安心よね」 「ああ、任しといてくれ!」 「こうもはっきり言われると戸惑うわー」 成長したと言っても諷歌はまだ幼い。 かつてそうだったように、俺が彼女を守らないとな……。 「それでは、おやすみなさい。姫百合先輩」 「ああ、おやすみ」 「アルパカさんも、おやすみなさい」 ……。 「……?」 「どうしたんだ、諷歌?」 「い、いえ、別に……」 (どうしたんだろう。アルパカさんの声が、少しだけ遠くなっているような……) この前は俺がいなかった間の諷歌がどうしていたのかを知った。 だったら今は俺がいるのだから、せいいっぱい彼女に構ってやるべきだろう。 「ねえ、諷歌」 「なんですか?」 「最初にデがついて、最後にトがつくものなーんだ?」 「デコレーションアート」 「正解〜」 いやいや、それじゃ困るし。 「そうじゃなくて、こう……たまには一緒に出かけない?」 「兄さんとですか?」 「うん」 「2人で……ですか?」 「ダメかな?」 「ダメってわけじゃないですけど……」 まだ押しが足らないらしい。 だったら、具体的なデートプランを提示して興味をもってもらおう。 魅力あるデートスポット……どこがいいかな。 「映画を観にいかない? 諷歌、観たいのがあるんだったよね」 「映画……いいですね。それにしても兄さん、よく覚えてましたね」 「まあね」 「わかりました。変態的記憶力の兄さんに免じて、ついていってあげます♪」 「変態的は余計だよ」 なにはともあれ、承諾を得た。 「もう放課後で時間がないですから、さっさと行きましょう」 「OK。じゃあ飛ぶよ、せーのっ」 「せ〜のっ」 ぴょんっ。 しゅたっ。 「よし、着いたな」 「私たち、何をやっているんでしょうね……?」 「それで、諷歌が観たいのってどれだ?」 本場アメリカのアクションものから大作ジャパニメーションまで、上映中のタイトルはすべて大看板で宣伝されている。 「んーと……あれです」 「“エモーショナル・インセスト”かあ……どんな内容なんだ?」 キャストと雰囲気を見た感じ、恋愛ものっぽいが。 「さる名家に生まれた3歳差の兄と妹が親の言いつけと世間の目を振り払って禁断の愛に溺れていく逃避行を描いた究極のラブロマンスです」 「……」 ……なるほどねぇ!! 「ちなみに、妹役の女優さんは巨乳です」 「そうスか……」 なんだろう、この晴れないモヤモヤ感。 「さ、入りましょう」 「う、うん」 諷歌はまだ引っかかっている俺をつれて、その映画を鑑賞した。 そして、2時間に及ぶ上映後―― 「面白かったぁ……感動的でしたね、兄さん」 「そんな……妹に……妹と……なんて……まさか……」 「兄さん?」 「ヨクナイコト……わかってるのに……いもうと……いいの……?」 「だいぶダメージを負ったみたいですね」 「あああ……そんなことしたら……子どもが……」 価値観の根本まで破壊されてしまうほど、特大級の衝撃を放った映画だった。アア……いもうと……。 「この後……どうしますか? 兄さん」 隣を見ると、映画ではない妹がこちらを見上げている。 どうしますかと訊かれて、このまま帰ると言うのも惜しく…… 「ご飯でも食べていこっか」 「はい。当然、兄さんのおごりですよね」 「聞いてないっ」 「私の兄さんは、妹のご飯代も払えないほどケチなんですか……?」 上目づかい……小ずるくなってきたな、諷歌め。 「それにほら、映画でも兄は妹の面倒を見てたじゃないですか」 「仕方ないなあ……でも、ちょっとは遠慮してね?」 「はい」 「でも映画の中の妹は、諷歌より少し優しかったような……?」 「む……兄さん、あんなのがいいんですか」 「そうは言わないけど、諷歌もああなってくれたら嬉しいなあーって」 「でも、ラストはあれですよ? いいんですか?」 「ああ……バッドエンドか」 別れるのではなく、心中。2人は安寧の地を求めて現世から旅立つのだ。 「俺もアレはちょっとな……兄がヘタレたのがいけなかったと思うよ」 「そうですよね。あそこはガーッといってほしいところです」 「俺だったら、あそこであんな選択はしないなぁ」 「……そしたら、ハッピーエンドですか?」 「たぶん」 「……そうですか」 「……」 いつも隙なく振る舞っているだけに、不意に咲く笑顔の衝撃は極上だ。 そう。諷歌はたしかに可愛い。だけど……気のせいだろうか。 「じゃ、ご飯に行きましょう」 彼女を可愛いと思う感情が―― かつて抱いたそれと、どこか違うような気がするのは……。 職員室にいるんじゃないだろうか。 「ピピピッ、ターゲット反応無し。ターゲット反応無し」 「……」 一瞬こっちを見たメアリー先生は、何事も無かったように雑誌に目を落とす。 読んでいる雑誌は、パチスロ常勝ガイドとかいう胡散臭そうなものだ。 暇なんだな。 「メアリー先生。諷歌知りませんか?」 「知らん」 「職員室に来てないですかね?」 「来てない」 「そうですか……」 「……そういえばJ子がミスティックの授業って言ってた」 「ジャネット先生……」 「さっき、出てったぞ」 「ありがとうございますっ」 追いかけてみようっ。 ……また来てしまった。 「何してんの?」 「何してんでしょう? 諷歌を探しているんですが……」 「まだ探してるのか」 「……」 探すもなにも、また職員室に来てしまったんだけど……。 「……」 「な、なんですか?」 「いや……やっぱり男は夏本のおっぱいが気になるのかなと」 「なっ!? おっぱいだけじゃないですよっ! 兄として妹をですね……」 「おっぱいも、気になってんだろ?」 「……」 「気になってんだろ?」 「……いえす」 「そうだろうそうだろう。男ならあれを駄肉とは思わないだろう」 「駄肉……? そんなバカなっ! そいつの目は節穴だ」 「わかってる、そう興奮するな。だけど、そんな風に見られたことは彼女にとっちゃね……」 「……?」 「夏本……彼女はそういう男の視線にさらされたことがない」 「おっぱいを好むように見られたことがないわけだ」 「彼女はそんな風に見られて、嬉しいと感じる可能性がある。魅力的に見えたことを喜ぶ可能性がある」 「……メアリー先生、何が言いたいのかよくわからないんですが」 「簡単に言うとだ、おっぱい大好きな男を喜んで受け入れるかもしれないってことだ」 「なんですって!?」 「ん? ダメなのか?」 「そんな男についていっちゃいかん! きっちり見守らねばっ!」 「……いってらー」 「ようやっとうるさいのがいなくなった」 またまた、職員室に来てしまった……。 違う、ここじゃない。 食堂に行ったんじゃないだろうか。 「ピピピッ、ターゲット反応無し。ターゲット反応無し」 「ピポパポ、ピポパポ、アクティブソナー反応あり。アクティブソナー反応あり」 「シャロン。諷歌見なかったか?」 「ふーこ様? 今日は朝食の時に見たっきりでげす」 「ならどこ行ったかは分からないか」 「シャロンセンサーによると、ピポパポ……あっちでやんす」 「そうか。行ってこよう」 「律殿は、信じるんですか? アッシの戯れ言を」 「愚問だな。お前にシャロンセンサーがあるように。俺にも諷歌センサーがあるんだぜ」 「律殿!」 「あばよ。次会う時は諷歌と一緒にだ」 「待ってるでげす!」 また食堂に来てしまった。 「律殿! ふーこ様は?」 「……」 「……はっ、ひょっとしてふーこ様は」 「それ以上言うな……それ以上は……」 「会えなかったんでげすね」 「それ以上言うなーっ!!」 「ちゃんと聞かないからですよ。ふーこ様は職員室近くにいます」 「あっちって言ったじゃないか! そこはそっちだろ!」 「わけわからねぇっす」 「まったく。シャロンを信じた俺がバカだった」 「センサーはどうしたんでげすか?」 「うるさいうるさーいっ!」 「職員室近くだな。信じるからなっ」 「はいはい。行ってらっしゃいましー」 またまた、食堂に来てしまった……。 違う、ここじゃない。 図書館に行ってみるか。 「やぁ、いらっしゃい。ひとりかい?」 「諷歌、来てないかな?」 「ずっと貸し出しカウンターにいたけど、どうかな?」 「あ、わざわざ探さなくてもいいよ。閲覧席見てくる」 「人探しか。そういうことなら、私の得意分野だね」 「ランディって、そういうの得意なの?」 「こいつを使うんだ」 ランディが見せたのはカードの束と、円の中に記号がいくつも書かれたもの…… カードは、クロノカード? 違うような……。 「何これ?」 「タロットとホロスコープ」 「……占いか」 「占いで、君の妹を探してあげよう。誕生日を教えてくれ」 「……」 占いで、見つかるもんなのかな? 「ふふっ……疑ってるね?」 「そりゃ、だって直接探せば……」 「ゲイらしい趣味だと疑ってるね?」 「え」 「それは偏見だよ。別にゲイかどうかは関係ない」 「は、はぁ……別にそんな疑いっていうか、思ってすらいないけど……」 「占いは別に女性的なものじゃないし、女性だけに許されたものというわけじゃない」 「占いを好む男がいてもいいじゃないか」 「つまり私はオカマではなく、ゲイなんだ! わかるね?」 「は、はい……」 「よろしい。なんだったら、占星術の歴史を紐解いてみせようか」 「ちょっと待っててくれ。わかりやすく解説した本があったはずだ」 「……」 ……今のうちに脱出だ。 ……また来てしまった。 「やぁ。来る頃だと思ったよ」 「えっ!? それってまさか……」 「このタロットとホロスコープによる占いの成果さ」 「人々の未来は、すでに定まっている……星々の瞬きとカードの導きが、それを私に教えてくれるのさ」 「おおおっ!!」 「ふふっ、少しは信じたかい?」 「ってことは本当に、諷歌の居場所が分かる?」 「もちろんだ。すでに占っておいたよ」 「それじゃどこに? どこに?」 「ふむ……この星の配置……そしてこのカード……間違いないね」 「ごくり」 「彼女は……チャーハンを食べる時、唐辛子を脇に避けてる」 「……はい」 「辛いものが苦手だね……どうだい?」 「……で、居るところは?」 「ふむ……これだけの情報があっても信じてくれないようだね」 「いや、だって場所を聞いているのに……」 「今、お昼だからご飯を食べているんじゃないかい?」 「なんて説得力あるんだ! さすが占い! ありがとうランディ!!」 「……占い、関係ないよね?」 再び、図書館に来てしまった……。 ここじゃないよな。 温室に行ってみようか。 「ん……あれ? 夏本」 「葉山」 葉山がベンチでサンドイッチを頬張っていた。 「どうしたの? お昼ご飯は?」 「諷歌を探しているんだけど、見てない?」 「諷歌ちゃん? 来てないと思うけど」 「そっか……」 なら、こっちには来てないかもな…… 「見かけたら声かけとくよ。お兄さんが探してたって」 「ありがとう」 ……また来てしまった。 「あれ? まだ探してるの?」 「あ、うん」 「ここにずっといるけど、来てないよ」 「そっか……」 「お昼なんだし、どっかでご飯食べているんじゃない?」 「あ、そりゃそうだよな……葉山は何してんの? メシ食ったんだよな?」 「もう食べたよ。ここって落ち着くから好きなんだ」 「へぇ」 「結構そう思ってる人、多いんじゃないかな」 「んじゃ、諷歌が落ち着きたいって思ったら来るかもな。来たら声かけといて」 「ん、わかった。でももう少ししたら図書館行くかも」 「それはそれで。んじゃよろしく」 また、温室に来てみたが…… 葉山もいないな。 やっぱり別の場所を探そう。 「動物園、なんてどうだ?」 「この時間に? もう日も沈みかけてます」 「夏限定で、夜の動物園っていうのがやってるはずだ」 「夜の……」 「……夜の動物園……ちょっといやらしい?」 「1人で行ってきてください」 「ごめんっ、一緒に行こうっ! きっと楽しいぞ。ここもいいところだけど、たまには外に出るのもいいだろう?」 「そんなこと言って、自分が行きたいだけなんじゃないですか?」 「俺も行きたい! 諷歌を連れて行きたい!」 「……」 「どうだ?」 「……そこまで言うんならいいですよ」 「よし! 気が変わらないうちに行こうっ」 「えっ、あっ、ちょっと待ってくださいっ」 「寮に戻って、さっさと着替えるぞ!」 「もう、強引なんだから」 「ほんとに、まだやってる……」 諷歌が驚いて、動物園の入り口を見ている。 この顔が見られただけでも、連れてきた甲斐があったってもんだ。 「閉園時間まで、まだまだありますね」 「だろ?」 「兄さん、来たことあるんですか?」 「無い。だから楽しみだ! さぁ、追い出されるまで遊ぼう」 「……子供ですね」 「動物園は、子供心を呼び覚ますところだ! さぁ行こう!」 「……はい。行きましょう」 閉館の準備を進めるスタッフの姿を見ながら、動物園を後にする。 「面白かった!」 「……ですね」 諷歌は、おみやげのぬいぐるみを入れた袋を持っている。 楽しんで、くれたのか? ただ付き合ってあげた、みたいだったらいやだな。 「どうしたんですか、兄さん。じろじろ見て」 直接聞いちゃえ。 「楽しかった?」 「はい。楽しかったです」 即答だ。 「でも、あんまり……うきうきしてなかったような……」 俺ばっかりはしゃいでた気がする。 「兄さんみたいに舞い上がってないだけです」 「えー、でもほら、珍しいのいたじゃん」 「そうですか?」 「普段、昼間はあまり活動しないレッサーパンダとか」 「珍しい生き物は学校に沢山いますから」 「あ、そうか……」 諷歌は飼育委員だ。 召喚獣や精霊たちに比べたら……そうか。 「でも、レッサーパンダ可愛かったですね」 「……」 諷歌がにこっと微笑む。 この笑顔は、ウソじゃないよな。 「よかった」 「どうしました? 兄さん、変な笑い方してます」 「楽しんでたなら、誘って良かった」 「楽しんでましたよ?」 「分かりにくかったもんで……」 俺が知ってる以前の諷歌なら、もっと付きまとってあれが楽しかった、これが可愛かったと、俺も一緒に見たのに話してただろうから。 「久しぶりの外出……それも兄さんとですよ。楽しくないわけないじゃないですか」 「……え」 「……なんでもないです」 「もう1回言って! 聞かせて!」 「聞いたんじゃないんですか?」 「楽しくないわけがないって言った」 「聞いてるじゃないですか」 「もう一度、聞かせて欲しいっ」 「言いません」 「えー、そんなこと言わずにさ」 「さ、帰りましょう。アルパカさんたちが待ってます」 嬉しそうに笑う諷歌。 ちゃんと楽しんでくれたんなら、いいか。 「もしかして諷歌……慰めたのか?」 「はい? 慰め?」 「オリエッタって胸小さいよな。ちっぱいだ」 「ちっぱい……はっきり言いますね」 「だから胸の話はしたくないってことか」 「……」 「胸の小さい友達が不憫でならないというわけだ……諷歌は友達思いだな!」 「そ、そんなんじゃないです」 「いや、そうだな。気遣ってるのに気付いてしまった俺が空気読めてないよな」 「だからそうじゃなくて」 「このおっぱいバカ兄妹っ!!」 「痛っ!? な、なんだっ!?」 「おりんちゃん!」 「こんなのいるわけないじゃない!!」 「ひゃんっ!?」 「んがーっ! やっぱりおっきいわねっ!」 「いきなり、何するんですかっ!?」 「このっ、このっ!」 「んっ、やんっ!」 「こんなところに栄養いっぱい詰め込みおってからにーっ」 「や、やぁっ、やめてくださいっ」 「ほんと、こんなにおっきくて、柔らかいんだからっ」 「いつまで、揉んでいるんですかっ」 「やわらかいだと!?」 「やっ、兄さんに見られてます」 「見せてやりなさいよっ」 「やですっ」 「おっきくて隠しきれてないじゃない」 「……っ!?」 「隙ありっ!」 「やんっ! あっ!?」 ぎゅ〜っとされる、諷歌のおっぱい…… 「わわっ、ほんとにすごいおっぱい……」 「あっ……や、やめてっ、そこっ」 「そこ……あっここ?」 「あっんっ、だめっ!」 おおっ、あんなに手がくいこんで……。 「あ、ここって……ち……」 「おりんちゃん! もうだめですっ!」 「ひょっとして、ちちち乳首をっ!?」 「兄さんっ!」 「ご、ごめっ」 「やーい、怒られたー」 「怒ってるのはおりんちゃんの方ですっ」 「あっ、そうだっ! 諷歌が破廉恥な目にあっているっ! 止めるぞっ」 「破廉恥言うのやめてくださいっ!」 「お、おうっ。とにかく、オリエッタやめるんだ」 「やめてあげるわっ」 「もう、おりんちゃんっ!」 「たんのーしたから帰るっ!」 ぴゅーっと行ってしまうオリエッタ。 「あいつ……」 「……ふぅ」 少し乱れた制服を整える諷歌……耳まで真っ赤だ。 「……」 「……」 この状況で残された者の気持ちになってみろ! オリエッタ! 「その……オリエッタは酷いやつだな」 「……兄さん」 「ん?」 「もう、胸の話は止めてください……」 ……ひょっとして。 感覚を知ること……つまり。 「なら俺も一度つけてみよう」 「……一度?」 「ミスティックの諷歌なら知っているんじゃないか? 性を変える魔法の存在」 「知ってますけど……まさか……」 「そう! 俺にはそれをつけることができるっ!」 「俺が知っている魔法の1つ……陰陽転身!」 「何故、その魔法を……」 「どうしてだったかな……まぁいいや」 手元にあるんだから使えるってことだ。 「それ使うんですか?」 「使う。俺も男だ。おっぱいに興味がある」 「だからって別に女の子にならなくても……」 「諷歌の気持ちを直接知ることができるんだ。兄さんはやってやるよ」 「で、でも……そんなことしなくても……私が……」 「発動! 陰陽転身っ!!」 「きゃあっ、いきなりですか!!」 「今日から俺はお姉ちゃんだ!!」 おっ……こ、これは……体が熱い……燃えるように熱いっ! 「うおおおぉぉぉぉぉっ!!!」 「はぁ……はぁっ……」 「に、兄さん……」 お……俺の身に、どんな変化が……! やはり一番、最初に確認すべきは―― 「なっ!? ないっ!」 「きゃあ! いきなり、どこまさぐってるんですか!」 「股間に男の勲章がぶら下がってないよ!」 「あ……! 兄さん、胸のところ、盛り上がって……」 「うお!! おっぱいがついてる! しかも、でけえ! これは諷歌も巨乳なわけだ!」 「なーー! 余計なこと言わないで下さい!」 「なぁ、諷歌……俺、本当に女になっちゃった……」 「どうやら、そうみたいですね」 「とりあえず……連れションしないか?」 「なっ! 何を言い出すんですか!」 「だ、だって! おしっこの仕方わからなかったら大変じゃないか!」 「普通は、元に戻る方法とかを先に考えるでしょう!?」 「う、うう……なんか、微妙に踏ん張りが効かないし、絶対尿漏れしちゃう……」 「そ、そんなこといわれても……さっきまで男子だった兄さんを女子トイレに連れて行けませんよ」 「待てよ……トイレと同じく、お風呂も一大事だな」 「女子になっても、入浴時間しか変わりませんよ!! というか、ダメです! それ、覗きですよ!」 「女の子は洗う順番とか、気を使ったりしなきゃいけないだろ!」 「そういうのは人それぞれですから!」 「じゃあ、諷歌は一番最初にどこ洗うんだよー」 「ひ、秘密です。というか、そんなチョロい誘導尋問には引っかかりませんよ」 「いや、でも正直こうなったら頼れるのもう、諷歌しかいないんだよ」 「それに、今なら俺……諷歌の辛さ、身を持って理解できるし」 「私のが霞んじゃうくらい大きいですね……」 「思った通り……肩、疲れるんだな」 「そんなこと、わざわざ体験しなくても周知の事実でしょうに」 「つまり……この魔法は意味なかったってことか。しょんぼり」 「……そ、そうでもないですよ。少なくとも、胸の大きさだけで言うなら、私より目立ってくれてますし」 「兄さんが私の為にやってくれたっていうだけでも、充分です……」 「諷歌……」 「さ! もう女の子でいる必要もありませんし、さっさと戻りましょう」 「これどうやって戻れるの?」 「魔法の名称を見る限り……陰と陽をひっくり返しただけっぽいですから、もう一度使えば元に戻るんじゃないですか?」 「おお、そうか!!」 というわけで―― 「発動! 陰陽転身っ!!」 しーん。 「あ、あれ……元に戻らない……」 この手の魔法に詳しそうなランディの元へ。 「ああ、その魔法は基本的に一方通行だよ」 「なんだってぇー!?」 「急激に性を入れ替えたんだ。ホルモンバランスが崩壊していてもおかしくない」 「これ以上、体に負担をかけるのは危険だ。だから、繰り返して使用することは出来ないようになってる」 「そんなぁ……」 「しかし、また……無益なことをしてくれたもんだね」 「貴重な男の魔法使いがまた1人居なくなってしまった……」 事実上、全滅なわけだが。 「貴重な男の魔法使いが、絶滅してしまった……」 稀少動物か、俺は。 「とにかく殿下には報告した方がいいと思うよ。今後の身の振りも変わるだろうし」 「ああ、わかった。ありがとう……」 「で、女の子になったと」 「ええ」 「兄さん、気を確かにして下さい」 「大丈夫。心なしか、言葉遣いも変わってきたし。いっそのこと姉さんと呼んでくれない?」 「というか、そのデカメロン。ケンカ売ってんの?」 「私達のせいじゃないわ。夏本家の血がそうさせるの」 「きい! 姉妹揃って、ホントむかつく!」 「あれ……ちょっと待って。すると、つまり……」 「どうしたの?」 「女の子なのよね、アンタ」 「そうね。ナイスバディでセクシーな美少女、夏本律に違いないわ」 「つまり、女の魔法使いってことでしょ」 「ええ。俗に言う魔法少女……あ」 「姉さんは元々、男子の魔法使いだったから……」 「な〜〜んだ。これならニンゲン界へ戻っても大丈夫ね」 「……ってこと?」 「まさか、こんな解決法があるなんて……よかった。夏休みに間に合ったわ!」 「そ、それって、つまり……」 「卒業おめでとう!!」 「やっぱり!?」 こうして私はウィズレー魔法学院を卒業した。 これからは女性として生きていくわけだけど……地元に帰ったら家族や友達に、どう説明しよう。 というか、なんでこんなことになっちゃったのかしら? 「ショッピングモールに行こう」 兄として諷歌に迷惑をかけるのはいかん。 ここは1つ、諷歌のクラスのみなさんへ、きっちりご挨拶をしよう。 ちゃんとしたご挨拶……菓子折の1つでも買ってこないとな。 ショッピングモールで買ってこよう。 そうしよう、そうしよう。 「あ……」 でも待てよ。 できれば、嫌いなものとか買っていきたくないな。 その辺を調べてから買ってきた方がいいだろう。 それだったら、やっぱり諷歌に直接聞くのが一番だよな。 さて、諷歌が居そうな所はっと……。 「よしっ、ショッピングモール行ってしまおう」 何の調べもなしに来てしまった。 大丈夫か……大丈夫だ! クラスの人気者であろう諷歌の兄から贈り物だ。 喜ばれるに違いない! かといって気遣いしない俺じゃない。 女の子が嫌いそうなものを避ければオッケーだろう! 「よーしっ、菓子折買うぞーっ」 「ふぅ……」 すっかり遅くなってしまった。 とりあえず諷歌のところに行くか。 クラスのみんなに配るんだと言えば、きっと喜んでくれる! 「それでそんなに買ってきたんですか……」 「おう」 「気持ちは嬉しいけど……」 「……けど?」 「……良かったです。配る前に私に言ってくれて」 「どういうこと?」 「兄さんは、もしお母さんが菓子折持って教室に来て配り始めたらどう思いますか?」 「うざい」 「同意です」 「……はっ!?」 「ということです」 「そうだ……そうだな……」 「恥ずかしいので止めて欲しいです」 「うん。止める」 「でも気持ちはありがたく受け取っておきます。兄さんの気持ち、嬉しいです」 「おう。これは家から送ってきたってことで、クラスのみんなと分けてくれ」 「ありがとう、兄さん」 諷歌は喜んでくれた……と思っていいかな。 スキンシップはできなかったけど。 「寮に行ってみよう」 トントン。 「夏本律です」 「律くんか。どうぞ」 「どうしたんだい?」 「諷歌って……」 姫百合先輩しかいないか…… 「今は、温室にいるんじゃないかな」 「あ、飼育委員の」 「最近は、特に精霊たちに好かれている気がするんだ。落ち着いているから、だろうね……どうしてか分かる?」 「……さっぱり」 「それはね、お兄さんがいるからだよ」 「……ほんとですか?」 「いい笑顔。嬉しそうだね」 「もちろんですよっ!」 「ふふっ、ほんと仲のいい兄妹だね」 「姫百合先輩、これからも諷歌のことをよろしくお願いしますっ!」 「それは兄として?」 「そうです」 ……それ以外にあると思ったから聞いたのかな? 「うん、私からも律くんに。諷歌のことをよろしく頼むよ」 「それは、先輩として?」 「もちろんそれもある。けど……諷歌を応援する者として、かな」 「彼女の一途な思い。もし叶う時があるとするなら……」 「……?」 「……いや。なんでもない。探しているなら、早く行ってあげるといいよ」 「おっと、そうでした。温室ですよね。行ってきます」 「行ってらっしゃい」 ささっと隠れる! そしてっ! 「すぅ……すぅ……」 諷歌を観察……いや、違う! 見守る! 無防備で寝ている諷歌……精霊や召喚獣がひょっとしたら俺と同じように見守っているかもしれないが…… 俺もそうする! だって……あんなに気持ち良さそうに寝ているんだから! 起こしちゃまずいだろう? しかし…… 「すぅ……んぅ……む……ふぅ……」 可愛い寝顔だ…… 「んっ……ふふっ……」 いい夢を見てるのかもしれない…… 「すぅ……すぅ……んんぅ」 諷歌はホント可愛いなぁ……見てるだけで幸せな気分になれる寝顔だ。 がさっ。 むっ、誰か来た!? 諷歌の安眠を邪魔するヤツは―― メアリー先生……? お菓子を食べながらの登場ですか。 あ、それにランディだ。 珍しい組み合わせだな。 あ、そういうわけでもないか。2人とも先生だし。 「メアリー、こんなところに呼び出すなんてどうしたんだい。君らしくもない」 「これくらいしないと、図書館から出てこねーだろ」 「ま、そう思われても仕方ないかな。で、わざわざ呼び出したってことは」 「金の無心って思ってない?」 「顔に出てたかい? ポーカーフェイスは苦手でね」 おおっ、なんだなんだ? 「金は大丈夫。この前勝ったから。5000円を7万に」 「おごらなくていいよ。どうせそれ消えるから」 「ふふっ、それはどうかな……ま、そのことじゃなくて」 「こいつよ」 あれは……雑誌? 雑誌をランディに渡しているように見える。 なんだろう、ギャンブル系の攻略本かな? 「まったく、これは君が持ち出していたのか」 「返しとくわ」 「いいのかい。どうせこれに載っていることを試して儲けたんじゃないのかい」 「まさか……中を見といて。ランディにとっても重要なことがあるから」 おいおい、一体何が書いてあるんだ……? くっ、ここからじゃ見えそうにないっ! あの雑誌に何か挟んで……情報交換? 「そういうことか。君もなかなかに……」 「それ以上言わなくていい」 「ふふ……まさかメアリーがね」 「お礼よ」 「素直に受け取っておくかな」 そうして、2人が立ち去った後に謎だけが残る。 「……」 なんだ? いったい2人に何が…… がさっ。 ん!? 再びやってきた影。 「いない……?」 見失ったと思ったら…… オリエッタか? 「想念転写!!」 魔法……使ってる。 「くっ、レジストされた! メアリーめーっ」 「必ず証拠を握って、返してもらうんだからっ!」 そう言い残して、オリエッタは立ち去った。 「なんだなんだ!」 いったい何が起きているんだ! 気になってしょうがないっ! 「よし、そっちに行こうっ」 オリエッタを追いかけようっ! 「……」 「あ、寝てた……」 「んー」 きょろきょろ…… 「帰ろっと」 そうして、オリエッタを追いかけたものの…… 「駄目だ……どこにもいない」 結局足取りが掴めず、真相を知ることは出来なかった。 「諦めて、諷歌の所に戻るか」 しかし―― 「……いない」 流石に起きて、帰っちゃったか…… 諷歌の姿はそこにはなかった。 スキンシップ……出来なかったな。 諷歌と一緒に気持ち良さそうに寝ているアルパカさん…… すぴーすぴーと気持ち良さそうにしてる。 「……えい」 アルパカさんの鼻を摘む。 そのまま数秒後。 「……(もぞもぞ)」 苦しそうに前足を動かす。 指を放す。 「……(すーぴー)」 落ち着きを取り戻して、再び気持ち良さそうな寝息をたて始める。 「……可愛いな」 今度は鼻の片方をふさぐ。 しばらく寝ていたけど…… 「……(もぞもぞ)」 また苦しそうに前足をかきかきする。 放す。 「……(すーぴー)」 また寝息をたてはじめる。 「……うわ」 なんだこの可愛い生き物は。 今度は鼻をくすぐってみよう。 「こしょこしょ……」 「……(ふふぁっ、ふふぁっ)」 くしゃみしそうになるところで、指を離す。 「……(もぞもぞ)」 鼻を諷歌のおっぱいにこすりつける。 「ぁ……ん……」 そのまま顔をうずめて、寝始めた。 おおっ羨ましいことをしやがるっ。 俺も……鼻を諷歌のおっぱいにこすりつけて…… 「ん……重い……」 「あ、起きた?」 「……アルパカさん」 目がうっすらと空いて、俺の方を向く…… 諷歌のほほだな! 昔、隣で寝てた諷歌のほほをつついてたことあったなぁ……。 このぷにぷにのほほに……。 「えい」 ぷにっ。 「……んー」 諷歌が顔をしかめる。 すぐ放す。 「ほぅ……すぅ……」 おほっ、かわいいっ。 「もう一度……えい」 「す……んっ……んっ……」 苦しそうにしてる姿が……可愛すぎるっ! 「んぅ……んぅ……」 しかもこうやってぷにぷにしてても、手で払おうとしない。 「むぅ〜〜むぅ〜〜」 くぅ……可愛いなぁ……。 このままぷにぷにし続けたい。 「お?」 目の前に、すっと伸びてきた指。 その指が、反対側のほほへと。 ぷにぷに。 「んぅ……」 「おお……柔らかい……」 「オリエッタ!?」 「しーっ、起きちゃうでしょ」 「そう思うんならやめろ」 「やだ。アンタこそ、やめなさいよ」 諷歌を間に、俺はオリエッタを睨む。 オリエッタも俺を睨んでいる。 「んー、んー」 「……楽しい!」 「だよなー」 「ぷにぷにしてて楽しいわね……ふーこのほっぺ、ほんと柔らかい」 「だなー」 「なにしてんだ、あんた達」 「あ、メアリー先生」 「しーっ」 「3P?」 「ぶっ!?」 「なにそれ?」 「えっと……」 俺から説明すんの? メアリー先生が、近づいてきて諷歌の前へ。 「頬なんて触ってても面白くないでしょ」 「面白いわよ」 「そんなところよりも……」 「ちょっ! これ以上、妹の体を弄ぶのは許しませんぞっ」 「何を今さら」 メアリー先生は、そっと耳に指を入れて、優しく撫でる。 「んっぅ……んっ……」 「!?」 今まで以上に色っぽい声が…… 「な、なんて声あげるのよ……」 オリエッタが顔を赤くしている。 「いい反応だろ?」 「……そ、そっすね」 メアリー先生は、にやりと笑って去っていく。 「……」 オリエッタと目が合った。 「……私もやってみる」 どきどき……。 オリエッタの細い指が、諷歌の耳をさわさわと撫でる。 「んっ……んんんっ……」 「うわ、ふーこエッチ……」 「うんうんっ」 「何、見てんのよ」 「見せてよ!」 「しー、しずかに!」 「んっ……うぅ……」 「!? ……起きるか?」 「すぅ……すぅ……」 「ほっ……」 「……またやってみるわね」 「おう」 再び耳に指を……。 「んっぅ……あぅんっ……」 「か、感じているのか」 「わ、わかんないわよ」 「ほら、女の子的にわかったりしない?」 「変なこと聞かない!」 「んっ……んんんんっ……あ……」 諷歌の瞳がうっすらと開く……。 「わわっ、やばいっ」 あたふたと離れて、そのままぴゅーっと温室から出て行った。 「……逃げ足早っ!」 ……甘い物だ! 甘い物を食べれば気が落ち着く! 「諷歌……疲れているんだな」 「え……」 「こんな時はこいつだっ!」 じゃじゃん! 「……スイスロール?」 「こんなこともあろうかと、持って来たんだ」 「……姫百合先輩に、ではなくてですか?」 「部屋を片付け終わったら食べようかと思ってたんだ。諷歌もケーキ好きだろ?」 「はい……好きですけど」 ガチャ。 「あれ? どうしたんだい……ん? それは、ひょっとしてスイスロール……」 「です。ショッピングモールにあるケーキ屋で買ってきました」 「いいね」 「いなみ市のスウィーツランキングでは、常に上位ランカーとして存在してるところです」 「それはまた素敵だね」 「姫百合先輩の目が輝いてます」 「ふっふっふ。甘い物の効果だ。さて食べるか」 「ちょっと待ってください。そういうことでしたら……」 「いったい何を……」 諷歌は戸棚から何かを取り出す。 「ん? それはひょっとして……」 「コンビニでも売っている市販のスイスロールです。税込み210円」 「リーズナブルだ……しかしそんな安物を何故今さら……」 「それは私の大好きなスイスロール!」 「俺の買ってきたやつより目を輝かせている!?」 「姫百合先輩、判定をお願いします」 「判定?」 「律くんが買ってきてくれたスイスロールには、もてなす気持ちが感じられる。それは素晴らしいことだと思う」 何やら寸評が始まった。 「けど、私の好みという意味では、諷歌のこのスイスロール! これは素晴らしいものだよ。律くんも是非食べてみて欲しい!」 「――ということで、私には甲乙つけがたい」 「引き分けですね」 「……いや、これは俺の完敗です」 「え?」 「もてなされる側の気持ちを考えたものを用意していた諷歌の勝ちだ」 「いえそんな、兄さんの気持ちの方が素晴らしいってことですよ」 「いやいや。諷歌の勝ちだよ」 「そんなことないです」 「諷歌……」 「兄さん……」 「……」 「……私達、なんで勝負してるんですか?」 「……さぁ」 「てか、諷歌が判定とか言い出さなければよかったんじゃないか?」 「……」 「で、本当に何してんだっけ?」 「それじゃ掃除は一時休憩にして、お茶にしようか」 「あ、それだ」 「お茶は私がいれます」 急須の準備を始める諷歌……ついさっきのようなテンパった様子はないが…… ……機嫌直ったかな? 「兄さん……その……取り乱しちゃってすみません……」 「あ……うん……もう平気?」 「はい……今は兄さんがいますから……」 「……俺が?」 「なんでもないですっ。兄さんはそこでくつろいでいてください」 「……?」 なんだかよく分からないが、持ち直したようだ。 よかった。 こんな時は魔法だ! 丁度いい魔法があった……こいつだ! 百貌千身! さて、何に変身するか。 俺が今、変身できそうなものは…… 諷歌の機嫌が良くなってくれるような変身……。 よし、忍者だ! 「諷歌、ちょっと見てるんだ」 「え、何を……」 「これだっ! 百貌千身発動! 忍者に変身っ!!」 ぼんっ! 「わわっ!?」 「華麗に変身っ! 忍者、夏本律、ただいま参上ーっ!」 「……」 「にんにん!」 「……何故、忍者?」 「って、きゃぁ!?」 「お? なんだ?」 「なんで顔だけ隠して、全裸なんですかっ!」 「ん……おおっ、ほんとだ!」 にんにんで、おにんにんが出てる……ってダジャレか!! 「どんな忍者ですかっ」 「だって全裸になると、アーマークラスが下がるって言うから……」 「隠してくださいっ!」 ばちーん! 「ぎゃーっ、ちっとも回避できないっ。全裸になったのにーっ」 「早く、着替えてくださいっ」 「わかった! わかった!」 っていうか、元に戻ればいいんだ。 「百貌千身!」 ぼんっ! 「ふぅ……元に戻った」 「……びっくりしました」 「いやはや、ごめん……」 「いえ……こちらこそ……」 よし、猫だ! 猫になって癒すんだっ! 「百貌千身発動! 猫に変身っ!!」 ぼんっ! 「にゃー」 「あれ? 兄さん?」 「にゃーにゃー」 「どうしたんですか……」 しゃがんだ諷歌の肩にひょいと乗る。 「ひゃっんっ」 おおっ、身軽だ。 「どうして猫に……」 「にゃー、ぺろぺろ」 「わっ、兄さんやめてくださいっ」 「にゃーにゃー、ぺろぺろぺろ」 柔らかいな、諷歌のほっぺ。 「ひゃっ、きゃっ、くすぐったいっですっ」 「にゃーにゃー(お、笑った)」 これでよかったみたいだ。 よし、もっとだ! 「ぺろぺろ」 「あんっ、もう。兄さんっ」 首もとも、鎖骨とかの方も……。 「ぺろぺろぺろ」 「んっあっぅっ、そんなとこ舐めないでくださいっ」 おおっ、エッチだ。 興奮してきたぞ……尻尾ぴーん。 「兄さん、そっちだめ……んんっ……」 そこって……鎖骨の下の……ここかな? 「ぺろぺろ」 「はぁああんっ……」 おおっ、気持ちいいみたいだ! 「ぺろぺろぺろ」 「やぁあぁんっ! 兄さんだめぇっ!」 しばらくの間、諷歌をペロペロとなめ回す。 猫の愛情表現だ。 「はぁ……はぁ……んぅ……」 諷歌は息も絶え絶えになっている。 「もう兄さんったら……」 機嫌、直ったかな? 「にゃー」 「ふふっ……ありがとうございます」 なでなでしてくれる手を、またペロペロなめる。 「……可愛いです」 このまま諷歌に可愛がられるのもいいが……。 機嫌も直ったし、そろそろ元に戻ろう……。 「……にゃ?」 ……あれ? カードが、手に持てないぞ。 ガチャ。 「……おや。諷歌、その猫は?」 「えっとその猫はですね」 「にゃーにゃーにゃー(俺です。夏本律です)」 ……おおおっ!? にゃーしか言えん。 やはりさっさと魔法を使って元に……おや? カードが持てないし……あれ? 魔法はどうやって……えっと……。 「にゃぁ!?(魔法が使えない!?)」 「どうしたの、律くんは……?」 「兄さんなら……」 「にゃーにゃー!(ここだよー!)」 「結論から言うと、元に戻れないわ。変身した本人がもう一度魔法を使って元に戻る必要があるから」 「にゃぁ……(そんにゃぁ……)」 「ま、しばらくはそのままでいなさい。元に戻る方法探すから」 「私も協力する」 「そのうち見つかるでしょ。そのためのウィズレー魔法学院なんだから」 「にゃぁ(うぅ……よろしく頼みます)」 「では……しばらく私が兄さんを預かります」 「そうね。飼育委員だし」 「にゃ(俺、飼育される?)」 「兄さん、落ち込まないでください」 「それに……しばらく一緒に居られますね」 うぅ……やっぱり諷歌は良い子のまんまだ。 「それじゃ早速、毛繕いしましょう」 諷歌にだっこされて膝の上へ。 そこで背中をブラッシングされる。 「にゃぁ!(うおぉ! 気持ちいいっ!)」 「この辺、気持ちいいですか?」 「ごろごろごろ(ううぅんっ、極楽だにゃ〜♪)」 「ふふっ、兄さん気持ち良さそうです」 諷歌も幸せそうだ……ま、これはこれでいいか。 ……なんて言ってたっけ? 思い出せないから、今思いついたところへ! 「海水浴場なんてどう?」 「海、ですか……」 「夏といえば海でしょ」 「それは分かりますけど……」 「海、久しぶりじゃない?」 「はい……でも兄さん……海と言えば水着、って考えてませんか?」 「考えてる!」 「うぅ……やっぱり……」 「水着、いやか?」 「……」 この様子……押せば行く気になるかも!! 「行こう! さぁ行こう!」 「せっかくの機会ですし……わかりました。行きます」 「おおっ! よし行こうっ!」 「声、大きいです……もう……」 「だって嬉しいじゃないか! さぁ行こう!」 「……はい」 「海だーっ!」 飛行艇を降りてすぐだった! 早いぞ! さて、のんびり諷歌の着替えを待つか。 「兄さん」 「おっ、諷歌? 早いな……」 「……」 「諷歌……」 「ど、どうですか?」 「……その水着って」 「え、えっと……以前自分で買ってたやつです……」 「姫百合先輩が持ってた水着が、格好良くて可愛い感じで……すごく似合ってたんです」 「だから、私も似合うものを……どうですか?」 格好良くて可愛い…… 可愛いは可愛いけど……格好いいかと言われると…… そんなことよりも、かなりエロい! しかも、こんなに小さいのに……出るところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでるから…… 「目が離せない……」 「なっ、兄さん……」 「……何?」 「目が離せないって……」 「あれ、考えてたことが口に出てた!?」 「考えてたこと……何を考えてたんですか?」 ……正直に言うか。 「……エロいなって」 「何、言い出すんですかっ」 「ご、ごめんっ。でも本気も本気だっ」 「余計に悪いですっ。もう、サイズ合わせて買うのが難しかったんですよ……」 「そんな変な見方しないでくださいっ」 「いや、変じゃないぞ! それは否定するっ! 全力で否定するっ!!」 「ど、どういうことですか?」 「すごく似合ってるってことだから」 「え……ほんとですか?」 「嘘じゃない」 「子供っぽかったりしませんか?」 「まさか! いつもよりずっと大人びて見える」 「だからエロいってことだよ!」 そのグラマーなスタイルで、子供っぽく見えるわけない! 「エロいって……もう。誉め言葉に聞こえません」 「男的には誉め言葉なんだけどなぁ……」 「……」 「男の人にとって……そういえばここに来る間も、周りの人がこっちばっかり見てるような気がして……」 「それは、俺と同じ気持ちになったからだ」 「気持ち?」 「えっと……諷歌の水着姿、可愛いなって!」 「う……兄さん、目がやらしいです」 「そ、そんなことないぞっ」 「ホントに、喜んでいいんでしょうか……」 「いいに決まってる!」 「そうですか……」 「兄さんにそう言って貰えて……安心しました」 「くわっ!?」 なんて罪作りな無邪気な笑顔だっ!? 「くわ? ふふ、兄さんなんか面白いことやろうとしてますか?」 このままずっと見てるのに夢中になりそうだ。 中腰になりかねない! 「よしっ、海に来たんだから、泳ごう!」 「はい。あっちの方、人が少なく見えます」 「そうだな! 諷歌、浮き輪はいらない?」 「ちょっと怖いですけど、使わずに泳いでみます……大人ですから」 「さ、行きましょう、兄さん」 「ふぅ……泳ぎ疲れた」 「はい……でも楽しいです」 「よかった……あ、そうだ飲み物買ってこよう。ここで待ってて」 「あ……」 「疲れてるだろ? ひとっ走り行ってくるから!」 「諷歌、買ってきた……お?」 男に話しかけられてる……誰だ? 「諷歌?」 「あっ!」 「おっと」 諷歌が抱きついてきた。 少し震えている? 怖がってる? ……ナンパか。 「俺の諷歌に何?」 話しかけていた男は、ぺこっと頭を下げて行ってしまった。 諦めたようだ。 「ナンパにしては引き際がいいやつだ。諷歌に声をかけたその見る目だけは誉めてやろう」 って何を偉そうにしてんだか。 「兄さん」 「ごめん。1人にするんじゃなかった」 「そうじゃなくて……」 「ん?」 「今、兄さん……俺のって言いました」 「あ、気付いた? 思わず言っちゃった、みたいな」 「ってか言ってみたかった」 「そうですか……」 「気に触ったならごめん。お詫びにはい飲み物」 「いえ……わかりました。今日は、兄さんの諷歌です」 「……」 「迷惑ですか?」 「……何それ可愛い」 「バカにするなら止めますよ」 「んなわけあるか! 続けるんだ!」 「兄さん、いつもより強気ですね。それじゃ続けます」 「風が冷たくなってきました」 「風邪ひくといけないから、そろそろ着替えよう」 「はい。この貝はどうしましょう?」 あれから、泳ぐのは疲れたので、貝拾いを始めた。 「貸して」 「はい」 「これはこうやって……おりゃっ!」 拾い集めた貝殻を、俺は思いっきり撒いた。 「あっ、もったいない」 「また、拾いに来よう」 「そうですね……はい。また来ましょう」 「楽しんだ?」 「もちろんです」 「俺ももちろん」 そろって、更衣室へと歩き出す2人。 ふと思う。 俺たちは恋人同士に見えていたりするのかな。 「兄さん……私達ってどう見えてますかね」 「え? あ、ああ……どうかな」 「兄妹に、見えてますかね?」 「多分……見えてないんじゃないかな」 「……」 同じ事を考えていた。 それが嬉しくて……諷歌の手を取る。 「兄さん……」 「更衣室まで……いいよね」 「……はい」 手を繋いで歩く。 100mもない距離。 この間だけは……俺たちは……。 「アルパカさんも、みんなも……ぐっすり眠ってますね」 「毎日毎日、諷歌も偉いなぁ」 「別に……当たり前のことですよ」 「当たり前のことが当たり前に出来るのが、どんなにすごいことか」 「……」 「んんっ〜! しかし良い天気だ。昼休み、あとどれくらいある?」 「あと10分ですね」 「お昼寝出来るかな」 「やめた方が良いと思いますよ、遅刻しちゃいます」 「諷歌が起こしてくれよ」 「だって私も寝ますもん」 「寝るんかい」 「昨日の夜はいろいろと忙しくて、夜更かししちゃったんです」 「そうなの? 何してたの?」 「それは……言えませんよ」 「言えないことっ!?」 「へ、変な想像しないでください! 別に普通のことです」 「隠されると、余計に怪しい……」 「毎日の日課……のようなものですから」 「毎日の日課で、普通のことなのに、言えないこと……」 「いや〜、諷歌もそんな歳になったんだな」 「やっぱり変な誤解してませんっ!?」 いかんいかん、妹のナニを考えているんだ!! 「しかしまあ、今日のアルパカさん達はなんだか大人しいね。ずっと眠ってない?」 「そ、そうですね。最近はあまり……」 「いつもこんなものか」 「そう、でしたっけ……」 「……?」 「あ、いえ……こんなものだったかな、って」 なんだか元気のなさそうな諷歌。 アルパカさん達との間に、何かあったのかな……? 「俺が見に来る時は、いつも眠ってたと思うけど」 「前にここで起こしてもらった時も……そうでしたよね。でも……」 「この子達、最近ずっと眠っているんです」 「……それって、いけないことなの?」 「……」 「こんなにも気持ち良い陽気が続いてたら、眠ってしまうのもわかる気がするけど……」 「悪戯されるより、ましという見方もありますし」 「けど、それが逆にちょっと寂しい、と」 「そうかも、しれません……」 諷歌はどこか釈然としない様子で…… 依然、気持ちの晴れた素振りは見せなかった。 「はい、今日の授業終わり!」 「……なぁ、オリエッタ」 「トナナね」 「金の工面じゃなくて」 「じゃあ?」 「実は昼休みに、諷歌と話してたんだけど……」 諷歌曰く、近頃アルパカさん達の様子がおかしいとのことを話す。 「体調が悪いとかかな? 眠ってばかりなんだってさ」 「眠ってばかり?」 「あと、あまり話し掛けてくれなくなったとか……何か原因があるなら教えて欲しいんだけど」 「……ふむ」 あまりに諷歌が不安そうな顔をしてたものだから。 何か俺にも手伝えることがないかと、オリエッタに事情を話してみた。 「んー、別に体調不良ってわけじゃないと思うわよ。むしろ原因は逆で……」 「逆……?」 「たぶん、ふーこの方に原因があるんじゃないかしら」 「諷歌が原因? どういうこと?」 「あ、でも、勘違いしないで。ふーこが体調不良ってわけでもないから」 「体調不良でもないのに、諷歌が原因……」 「まあ、いつかは来ると思ってたけど……」 「もしかして……女の子の日?」 「……」 「え、違うの?」 「そんなことで、いちいち魔法に変化が起きてたらキリがなくなるでしょ」 「そ、そうなんだ」 「それに、そういうことなら、ふーこだって気付くはずだし」 「まあ……そっか」 「ふーこに原因があるって言ったのは、ふーこの魔法の方に変化があったってこと」 「掻い摘んで聞いた話だし、憶測でしかないけど――」 「ふーこの魔力が、徐々に失われていってるということよ」 諷歌の魔力が徐々に失われている。 それが指し示す先は―― ウィズレー魔法学院の卒業。 そう、オリエッタは言っていた。 この学校の目的は、魔法が使えなくなるまで、魔法使いを保護すること。 もしくは、その魔法を暴走させないよう、うまく制御できるよう教えること。 つまり、魔法の力がなくなってしまえば――この学校に通う目的は、自然と果たされる。 それが卒業。 それを聞いて、すぐにでもそのことを伝えようと、俺は温室へと駆け出していた。 「諷歌!」 「兄さん……」 「今、オリエッタに――」 事の次第を言いかけて、諷歌の様子がおかしいことに気づいた。 彼女の足下に寄り添う召喚獣達。 けれども、諷歌の視線は彼らに一切向けられてはいなかった。 「兄さんには見えているんですよね」 「えっ!?」 「召喚獣の……みんなの姿です」 「……」 アルパカさんが申し訳なさそうに、召喚獣達をかきわけて諷歌に接触する。 アルパカさんは元から側にいたお友達だ。 その存在は当然、認識できる。 けれども―― 「アルパカさんの声も、やっぱり聞こえなくなってる」 「諷歌! やっぱりお前、召喚獣が見えなくなって……」 「さすが、おりんちゃんですね。兄さんの話を聞いただけで、気づくなんて」 「私の魔力、もう衰えているんですね」 本人もどうやら気づいていたようだ。 諷歌は、生徒の中でもオリエッタに次いでの古株ということらしい。 それに加えて、現在もミスティックに所属しているということは、魔法の知識も充分あるはずだ。 あれほど危険視されていた力をここまで制御できているのだから、過去の凡例も多かったのだろう。 自分の身に起きるケースとしては、最初から予測できていたことだった。 しかし、それがいつどのタイミングで訪れるのかまでは、一切わからない。 それが魔法。 「でもこれで卒業出来るとも言ってたよ」 「そうですね……というより、卒業せざるを得なくなってしまいます」 「学校も、イスタリカも……見えなくなるんだっけ?」 「はい。召喚獣のみんなが見えなくなるのと同じ様に……」 「大丈夫ですよっ。私も長い間見てきたのでわかります。他の人達もこうして……卒業していったんです」 「だから……」 「もう、無理するなって」 「む、無理なんて……あ、あれっ……」 「諷歌……」 「あれ……お、おかしいです。良いことのはずなのに……あれほど、ここから出たかったのに……」 「いきなり、卒業って……」 「そう、だよな……寂しいよな」 「……っく」 「平気です……寂しいのには慣れっこですから」 強がる諷歌。でも、その本音を見透かして、召喚獣達が諷歌を心配そうに見つめていた。 アルパカさんも、その代表として諷歌に想いを届けようとする。 けれども…… 「だ、大丈夫ですよっ! 飼育委員の人は他にもいらっしゃいますからっ」 「みんなのお世話は心配いりませんよっ。安心して下さいっ」 そんなことを心配しているわけじゃない。 きっと、諷歌のことが心配なんだ。 「でも、本当魔法っていじわるですよね。少しくらい、心の準備をさせてくれたっていいのに」 「魔法は想いや願いが力になるって聞いたけど。諷歌の想いに、何か変わったことがあったりしたのか?」 「……どうでしょう。けど、卒業してしまうのですから……私にはもう関係ないと思います」 「諷歌……」 諷歌の中で、今どんな想いが回り巡っているのか俺にはわからない。 けれど、その表情を見て1つだけわかるのは…… “何とかしてやりたい”という思いが、沸々と俺の中に湧いてきているということだ。 「……」 「あの……1つだけお願いがあるのですが、良いですか?」 「1つと言わず、いくつでも」 「他の飼育委員の方を呼んで来るまでの間、みんなをお願いします」 「え……それだけ?」 「はい。では」 本当にそれだけ言って、諷歌は行ってしまった。 「諷歌……」 なるべく冷静を装っていたように見える。 大人ぶった態度……というのがしっくりくるような。 あの頃の諷歌……昔の諷歌なら、きっと顔をぐしゃぐしゃにするほど泣いていたんだろうけど……。 いや……今の諷歌だって、泣き叫びたいのを必死に我慢しているようで…… 実際に寂しい気持ちを肯定することはなかったけど、そんな感情がひしひしと伝わって来た。 幼い頃から過ごしてきたこの学校。そして仲間達。 諷歌にとってはそれはもう、自分の家や家族に近しいものとなっていてもおかしくない。 そこから、出て行かなくてはいけないんだ。 悲しくないわけがない。寂しくないわけがない。不安にだって思うだろう。 けれど、学生である以上、卒業という別れは誰もが通る道。 俺としても、笑って送り出してやりたい。諷歌にも笑顔でいてほしい。 だから…… (俺に……出来ること……) 諷歌の寂しさを紛らわすために…… 卒業への不安を解消させるために…… 俺に出来る精一杯のことをしてやりたい! 今はもう世話をしていた召喚獣も見えなくなってしまって……。 使い魔のアルパカさんですら意思疎通ができない状態になっている。 このままでは互いの気持ちを通わすことなく、別れを告げることになってしまう。 なんとかできないかな……。 ……そうだ! 確か、諷歌の魔法をカードに記録しておいたんだった。 これを使えば、俺にも諷歌と同じ力が宿るはず。 ものは試しだ! てーい! 「よし。とりあえず、アルパカさんとお喋りしてみよう!」 「……」 「こんにちは!」 「……」 あれ? おかしいな。魔法がうまく発動していない? 「……」 い、いや、微かに……本当に微量だけれども、なにかノイズのようなものが聞こえる。 これってもしや…… 「アルパカさんの声か!?」 けれども、その声を聞き取ることは叶わず、表情を読み取るくらいしかできない。 「って、これじゃあ、いつもと同じじゃないか……」 「ダメっすよ、律殿。プロの魔法使いをなめちゃいけませんぜ」 「シャロン!」 「全盛期のふーこ様は、それはもうアッシですら圧倒されるくらいの魔力があったでげす」 「それに比べて今の律殿の魔力は、ニュートリノくらいの魔力っす」 「つーことは同じ魔法が使えたとしても……」 「スピーカーの出力が低ければ、聞こえないのと同じっす」 なんてこったい……。 「まあ、テイミングはともかく、律殿でも精霊を呼び出すくらいは出来ると思いますけど」 「いやいや、そんなお世話が増えるようなことはしないよ!」 「ちっ。せっかくアッシのヘマを律殿に上書きしてもらおうと思ったのに」 「相変わらず、腹黒だなぁ……」 待てよ……? そういえばシャロンって精霊学の先生もしていたな。 もしかして、召喚獣とも会話が出来たり……。 「呼ばれて飛び出てじゃんがりあーん!」 「シャロン、いいところに!」 「フフフ、何かお困りのようで。そういうときは不肖、シャロンにお任せくだせえ!」 「なんて心強い!」 「で、何をすればいいんでげす?」 「ズコー」 というわけで、かくかくしかじか。 「なるほど、召喚獣達と会話がしたいということでやんすか?」 「うん」 「今の律殿じゃ無理っすね」 「ええ〜〜!」 「召喚獣達の言葉はそもそも日本語じゃないでげすから、まずは言語を学ぶところから始めないと」 「え、英語くらいならちょっと……」 「異世界にえげれすがあればの話っすけど」 「じゃあ、一時的にでも諷歌の魔力を取り戻す方法とか!」 「無理っすよ〜。出来たとしてもかなり危険すぎますし、本末転倒でやんすよ」 そもそも魔法が使えなくなることは喜ばしいことなわけで。 「どうすればいいっすかね〜、アルパカさん」 「……」 「まあ、そうっすよねぇ〜」 アルパカさんと2人して、頭を抱えている。 「あれ。会話、通じてません?」 「ええ、もちろん。これでも一応、精霊学の講師でやんすから」 「あぁ……!」 「シャロン、通訳お願い!」 ――というわけで。 「よ〜し、みんないるでげすな」 「準備オッケーです!」 「律君、本当に大丈夫なんだろうね」 「さっき飼育委員の人に聞いたけど、紙を主食にしている子はいないって」 「そうか。精霊言語の資料はここに置いておくよ」 「ありがとう、ランディ!」 「グッドラック」 「それじゃあ、始めるでやんすー!」 シャロンを仲介して召喚獣達との個人面談が始まった。 それぞれ世界も様々、いくら精霊学に精通しているとはいえ、シャロン1人だけに任せるわけにはいかない。 俺に出来ることは、シャロンの翻訳サポートと、話した内容をまとめること。 オリエッタからパソコンも借りたし、ガリガリ進めるぞ! 「なるほど……今、ふーこ様の身に起きている現象は、全員が理解してるみたいでげすな」 「この別れがいずれ来ることは、みんなちゃんとわかっていたんだね」 「言葉が通じないだけならともかく、姿まで見えないとなると……」 「共に過ごしてきたことが、まるでなかったかのように思えてしまうだろうね」 「やっぱり気になって絡んで来たでやんす」 「彼女は、魔法の安全維持にたくさん貢献してくれたからね。私にも何か協力させて欲しいな」 諷歌が色々な人に影響を与えていたことを知り、少し嬉しくなる。 でも、そんな諷歌の笑顔を取り戻すには一体どうすればいいのだろうか。 「ランディ……その。諷歌の貢献した魔法の安全維持のこと、詳しく聞かせてくれないか」 「彼女の得意な魔法は知っているよね」 「天降霊祈?」 「魔法使いの意志に関係なく呼び出された生物は、大抵それを制御することが出来ないんだけれども」 「天降霊祈は、召喚した主人の代わりに、対象を制御する力も持っているんだ」 「昔は召喚獣の暴走を食い止めるのにも一苦労で……」 「ニンゲン界への影響も考えると、消滅させる他ない場合も多々あってね」 そうだったのか……。 「でも、諷歌が来てからそれがなくなって……」 「天降霊祈の研究も進んでね。今では、彼女でなくても、制御が比較的容易になったんだよ」 つまり、今ここでのびのびと生活している召喚獣達は……。 諷歌の手によって保護されていたということになる。 「みんな、お礼をいくつ言っても足りない……と言ってるでやんす」 「お礼……」 ……! 「そうか! みんなの気持ちを、諷歌に届ければいいんだ!」 ショッピングモールで買い出しをして戻る頃には、すっかり日も暮れていた。 「よし……必要なものは揃ったから、後は翻訳作業を進めるだけだな」 「やあ、律くん」 「姫百合先輩!」 「シャロンから聞いたよ。諷歌の為に、頑張ってくれているんだってね」 「い、いや、別にそんなんじゃないっす」 「ふふっ、照れることはないよ。ただ、水くさいなあと思って」 「そうよ。ノービスメイジのアンタに、どーせ大したことなんて出来ないんだから」 「な、なんだとー!」 「良かったら私達にも、協力させてくれないかな?」 「えっ」 「ふーこがしょぼくれてると、張り合いがなくてつまんないの!」 「もう、そういったことも出来なくなるんだから……」 ……召喚獣だけじゃなくて、学院に残る人達も、やっぱり離れ離れになるのは寂しいんだな。 「あくまでみんなの代理だから、諷歌には絶対内緒で……頼むぞ」 「わかってる」 「姫百合先輩は、諷歌を見張ってもらえますか?」 「了解」 オリエッタの協力を得ながら、順調に作業を進めてはいたものの…… ついに深夜を回ってしまった。 「やっぱり今日中に全部とはいかなかったか」 自室に戻ってからも頑張ってはみたけど、そろそろ限界か……。 明日のために寝た方が堅実かもしれない。 「けど、あともう少し……」 肩を回して、また机に向き合う。 けれど、力が入り過ぎていたのか、ゴキゴキと体に良くなさそうな音が鳴った。 「う……一旦、休憩にするか」 「兄さん……?」 「……!」 部屋から出ると、偶然にも諷歌と鉢合わせた。 「ど、どうしたんだ。こんな時間に……」 「兄さんこそ、明日の授業に差支えますよ」 「俺はやることがあったから……諷歌は?」 「いえ、どうにも眠れなくて……」 やっぱり、卒業のこと……気になっているんだろうな。 「眠れないなら、一緒に寝てやろうか?」 「また私を子供扱いして。別に怖い夢を見たとか、そんなんじゃないんですから」 「見たのか?」 「だから、違いますって!」 「……」 「今日、姫百合先輩がずっと側に居てくれましたし」 「あっ……ああ」 見張りを頼んでおいたからなあ。 「でも、なんか変でした」 「……」 根が真面目な人だからな……色々と誤魔化したりするのは苦手なのかもしれない。 「ここで立ち話でも何だし、ロビーにでも行くか?」 「しょうがないですね……眠くなるまでですよ」 「で、何をしてたんですか?」 やっぱり、そう来たか。 下手にシラを切るのもなんだしなあ。 「まあ……ちょっとね」 「質問に答えてないです。まさか言えないことなんですか」 「そりゃあ、サプライズの方が良いと思ったから」 「え……私に関係あることなんです?」 「それも秘密」 「うぅ……私の秘密は知ったくせに……」 「秘密……?」 「手紙のことですよ!」 「あんなの秘密でもなんでもないだろ〜」 「開けちゃダメって言ったのに!」 「大事に保管してくれて、嬉しいなあって思っただけだよ」 「いいえ……私が秘密にしてたこと、絶対子供っぽいとか思ってたに決まってます」 「考え過ぎだよ」 「嘘です!!」 「何を根拠に」 「いつもいつも兄さんはそういう風に余裕な感じで、私を見下ろして……」 「それはしょうがないと思うんだけど……身長差的に」 「私だって、たまには見下ろしたいです」 「そこ!?」 「駄目ですか?」 「駄目じゃないけど……」 「けど?」 「やっぱ駄目。俺兄貴だし」 「どうしてですか、兄さんばかりズルいです」 「まあまあ、機会があったらということで」 「そんな機会訪れるとも思えないんですけど」 「はははっ」 「むぅ……」 いつもの諷歌に戻った感じがして、なんだか嬉しい。 やっぱり諷歌には……大切な妹には、俯いて欲しくない。 「何ですかその目は……」 「変に構えるなって。元気そうで良かったって思っただけだよ」 「え?」 「卒業の話をしてから、ずっと寂しそうにしてたからさ」 「……」 「シャロンに頼んで、召喚獣のみんなと話をしたよ」 「そうなんですか」 「……」 「その……何て言ってました?」 「諷歌とお別れするのはわかってたことだけど、やっぱり寂しいって」 「そう、ですか……」 「寂しいと思ってるのは、諷歌だけじゃない」 「別に……寂しいなんて言ってないです」 「無理しなくていいのに」 「無理なんてしてないです。大人として当然です」 「それならいいけど……家族の前なんだし、変な意地張る必要はないからな」 「……」 「それと……諷歌と一緒の日々は楽しかったって言ってたよ」 「本当に……?」 「うん。だからこそ、お世話になった諷歌には笑顔でいて欲しいって」 「そんなことを……」 「みんな、諷歌のことが心配なんだ。大好きだからさ」 「……」 「いきなり卒業だなんて不安もいっぱいあるだろうけど、精一杯サポートするから」 「どーんと任せてくれていいんだぞ。俺はお前のお兄ちゃんだからな」 「兄さん……頼りない、が抜けてますよ」 「うぐ、確かに昔と比べて頼られなくなった……」 「……」 「まあ、たまには……頼ってあげてもいいですよ」 「なんだそれ」 「兄さんが寂しそうなんで、しょうがなくですけど」 「そりゃ寂しいさ。せっかく再会出来たのに、また離れ離れなんて……」 諷歌が卒業するということは、ここにいられなくなるということ。 でも、俺はまだここに居続けなければならない。 また、離れ離れになってしまうんだ……。 って……そうか。 てっきり意識していなかったけど……。 せっかく再会できたのに、また俺達は別の時間を歩み続けることになってしまうのか。 「……寂しがってくれてるんですか?」 「今度は手紙返してくれよ」 「また送るつもりですか」 「いくつになっても、諷歌は俺の家族だから心配だ」 「それ……お父さんみたいな台詞」 「けど、兄さんなら会いに来れるじゃないですか」 「え?」 「私はずっと外出禁止でしたけど、兄さんなら……会おうと思えば、私に会えますよ?」 「会ってくれるのか?」 「別に、忙しくなければ断る理由もありませんし……」 「じゃあ、またどっか一緒に遊びに行ったりしよう」 「……しょうがないですね」 「その時はオリエッタも、葉山も、姫百合先輩も連れてみんなで」 「……」 「諷歌が悩んでたら、みんなで解決してやる」 「だから……安心して卒業してこい」 「兄さん……」 「もう……もしかして、今日はずっとそんなことを考えてたんですか?」 「え? そりゃあ……」 「すぐ卒業するわけでもないのに」 「ええっ!? そうなの!?」 「そうですよ。魔力が微量でも残っているうちは、ここに居たっていいんです」 「そ、そうだったのか……」 俺が突然連れて来られたことのように、今度はすぐにでも追い出されるものだと思ってた。 「だから、まだ……心の準備をする時間はあるんです」 「そっか……それなら良かった」 「それに……兄さんはやっぱり私を子供扱いしてます」 「そ、それは……心配なのは本当なんだ。諷歌には笑顔でいて欲しかったし、その……」 「わかってますよ」 「だから、その……一応ありがとうございます」 「けど、私は……兄さんの手なんて借りなくても生きていける、大人の女性になるんですからっ」 「……」 「どうして無言になるんですか」 「それは嬉しいような悲しいような……だから、ほどほどにしてもらっていい?」 「もうっ」 諷歌が笑ってくれた。 昼間見たものとは打って変わって、晴れやかな表情。 ちょっとは俺……諷歌の背中を押すことが出来たかな? 俺の大事な――妹の背中を。 ――出来たッ!! 早朝、静かに両手を頭上へと伸ばす。 それと同時に、一気に身体の力が抜けていく……。 「やっと、出来た……」 みんなの協力の甲斐もあって、ようやく完成した諷歌へのプレゼント。 卒業まで急ぐことはないと言われたけれども……。 少しでも早く、みんなの想いは届けたい。 きっと諷歌も喜んでくれるはずだ。 というわけで、あっという間に放課後。 アルパカさんと召喚獣には温室でスタンバイしてもらって、後は諷歌を呼んでくるだけだ。 意気揚々と、ミスティックの教室へ向かったところ―― 「あー、ミスター夏本。ちょうど良かったわ。一緒に来てちょうだい」 「へ?」 「はい、どうぞ」 「なんですか、これ」 「成績表ですよ、兄さん」 「ああ、そんな時期かぁ〜」 って、よく見ると“優”ばっかり!! 「俺って、実は凄かったのか!」 「それ、ミス夏本のよ」 「しかも去年のですし、見るトコ違います」 諷歌が指さした箇所は、魔法についての検査項目だった。 「9964って書いてあるけど」 「わかりやすく、魔法の影響力を数字に表したものです」 「これが今日、検査した内容よ」 見比べてみると―― 「21って……」 「おおよそ1/500ですか」 「ちなみにミスター夏本は、たぶん7くらいよ」 「俺、ここにいる意味あるんですかね」 「けれども、私では魔法生物の存在を確認することができませんでした」 「俺はまだ見えてるよ」 「シャロンが言うには、精霊学の能力がずば抜けて高かった分、反動が来ているんじゃないかって」 「そう、ですか……」 「まだ安定はしないだろうけど、このまま50以下を維持できるなら、卒業は決定で良さそうね」 「……わかりました」 「転入先の学校には、ウィズレー魔法学院が責任を持って手続きしておくから心配しないで」 「ありがとうございます。お願いします」 「ふ、ふわぁ……」 「大きなあくび……みっともないですよ」 「すまんすまん。大事な話の後だから、つい気が抜けて」 「で、どうして兄さんまで付いてきたんですか?」 「今更!? 諷歌の家族として俺も呼ばれたんだよ、たぶん」 「そうでしたか。妹離れ出来なくて付いてきたのかと思いました」 「……」 否定は出来ない。 「まあ、その……とりあえず卒業おめでとう。まだ早いけどさ」 「これから忙しくなると思うけど、1人で全部やろうとせずに遠慮なく頼ってくれよ」 「……」 「あと、さ。この後、ちょっと温室に寄っていかないか?」 「えっ?」 「諷歌に渡したいものがあるんだ」 「……♪」 「アルパカさん……」 「他のみんなもいるよ」 アルパカさんの正面に諷歌を立たせて、その周囲をみんなで取り囲むように指示。 諷歌は少し緊張した面持ちでキョロキョロと見回し、見えないみんなの様子を窺っていた。 「諷歌にたくさんお世話になったからって、みんながお礼言いたいんだって」 「えっ……」 俺は1枚の色紙を取り出し、諷歌に手渡す。 「はい、諷歌」 「これって……」 「みんなからの寄せ書きだよ」 「……!」 「諷歌がみんなのことを見えなくなったとしても、こうして形に残しておけば……」 「諷歌がウィズレー魔法学院で過ごした時間の証になると思ってさ」 「兄さん……」 「と言っても、俺は代筆しただけなんだけど……ほ、ほら! ちゃんと文字の色を変えたりして工夫してるんだ!」 「1つ1つのメッセージ、わかりやすいだろ?」 「黒ポンに……チョッピーまで……!」 諷歌が名付けていた名前を添えた感謝の言葉が、色紙いっぱいに詰まっている。 「この時のこと、まだ覚えていてくれたんだ……」 1つ、1つを指でなぞりながら、じっくりと読み進めていく。 ウィズレー魔法学院に来て、飼育委員のお手伝いをしてから過ごしてきた数年間。 家族のように暮らしていたみんなとの、たくさんの思い出。 「ふふっ、ワシが育てたとか言っちゃって……」 メッセージもまた、様々な世界の文化が入り乱れ、個性溢るる内容になっていた。 気さくな台詞を見て、微笑する諷歌。笑うと同時に、目尻に溜まった涙がこぼれ落ちた。 頬を伝う一滴を指ですくうと、少女は俺に振り返った。 「これ、翻訳するの大変だったんじゃないですか?」 「みんな違う世界の生き物なんです。それなのに、きちんと……」 「シャロンやオリエッタに手伝ってもらったよ」 「……」 「諷歌の卒業を聞きつけて、他にもたくさんの人が助けてくれたんだ」 「飼育委員とかを頑張ってくれた諷歌になにかしてあげたいって」 「たくさんの人にそう思ってもらえるような人に……」 「俺の知らない間に……凄く、立派になったんだな。諷歌」 「……」 「ここにいるみんなの気持ちを、代表して言わせてもらうよ」 「卒業、おめでとう! 諷歌!」 「……っ」 堰を切ったかのようにして、諷歌の体が崩れ落ちる。 静かに肩を震わせながら、アルパカさんを抱きしめていた。 召喚獣も優しい目をして、小さくうずくまった諷歌を見つめている。 俺はそのまま、諷歌の気持ちが落ち着くまで、じっとその様子を見守っていた。 「そろそろ帰ろうか」 「……はい」 色紙を胸に抱いたまま、俯く諷歌。 もうちょっと元気になってくれると思ったんだけどなあ。 どうしてか、俺の目を見ようともしてくれない。 どうせ涙で腫れた顔を見られたくないとかだろうけど。 それに加えて、一向に歩き出そうともしない。 や、やりすぎたか……? 「か、帰るぞ〜」 諷歌に背を向け歩き出そうとした瞬間―― ギュッと制服の裾を掴まれる。 「兄さん、待って下さい」 諷歌は緩やかに顔をあげた。 「……!」 重なる視線……潤んだ瞳が、俺の意識を捉えて離さない。 これが、俺の妹……なのか!? 「ど、どうしたんだよ、諷歌。卒業が寂しいのはわかるけど……」 「やっぱり、勘違い……してます」 「えっ」 「私の本当の気持ち、全然……わかってません」 「俺、もしかして余計なことをしちゃった?」 「……」 諷歌は大きく首を横に振り、涙の雫が舞った。 「兄さんのアイディアなんですよね。この色紙……」 「ま、まあな」 「凄く、嬉しかった……みんながこんな風に思ってくれて」 「とても、嬉しかったんです。この想いを届けてくれた兄さんには感謝しています」 「でも……」 暗い表情を浮かべる諷歌。やはり落ち込んでいる理由は―― 諷歌が傷ついているのは、それが理由ではないはずだ。 「卒業のこと……やっぱり、辛いんだな」 「普通の学校なら、卒業しても遊びに行けるじゃないですか。でも……」 「魔法使いでなくなると、イスタリカには戻れなくなるんです」 そんなことくらい、諷歌は知っていたはずだ。なぜなら―― 俺はわからなくとも、諷歌にならわかる理由があったはずだ。 「けど、諷歌はそのこと……ちゃんと、わかってたんだろう? ミスティックに属するくらいなんだから」 「はい。覚悟もできていました」 「けど、いざそういう立場になると、冷静ではいられなくなる……」 「兄さんの言うとおり……私はまだまだ子供なのかもしれませんね」 「……」 そう思っていた……けれども、今の諷歌をかつての妹のように見れないでいる。 紅潮した頬、切なそうな瞳……どれをとっても、今まで見たことのない諷歌の姿だった。 「だから、兄さんに褒められた時、凄く嬉しかったんです」 諷歌が素直に喜んでくれたのは、そのことじゃない……。 「飼育委員として、ずっと頑張ってきたことか」 「兄さんに、立派になったって言われて……ようやく、認められたんだって」 そうか……。 俺は諷歌を昔の小さかった頃のようには、もう見ていなかったんだ。 「今の兄さんは、私のことを……どんな風に見てくれていますか?」 正直な気持ち、伝えなければ。 「……」 「家族ですか? それとも、妹……ですか?」 「……ごめん。たまに、エッチな目で見てたりする」 「……」 「兄さんと再会したばかりの頃、私……すごく反抗的だったじゃないですか」 「可愛かったぞ」 「そ、そういうことじゃなくて! 私、ずっとコンプレックスだったんですよ、この体型が!」 「だから、兄さんと再会するときは、姫百合先輩のように素敵な女性となって……」 「兄さんをびっくりさせてやるんだって、ずっと思ってたんですよ」 「それなのに、俺の方から来てしまったと」 「兄さんに見られるの……すっごく、恥ずかしかったんですから」 「だとしたら、そういう風に見てたのは、気分悪かったんだろうな。ごめん」 「……恥ずかしい、ですけど……嬉しかったんです」 「えっ……」 「兄さんが私のこと……そういう風に見てくれることが」 「毎月欠かさず手紙を送ってくれるような、妹想いの兄さんが……」 「私のことを、そういう性的な目で見てくれていたことが」 「……!」 「兄さんの卒業対策。その方法……実は、私も知ってたんです」 「段取りを踏んで彼女を作ること……それに、おりんちゃんが協力していたことも」 「けど、私と兄さんは……兄妹ですから、きっとその候補には挙がらない」 「せっかくまたこうして側にいられるのに……」 「私は、きっと選ばれないから……それが悔しくて、悲しくて……」 「なあ、諷歌……それって、もしかして……」 「ずっと……」 「ずっと、好きだったんですよ! 兄さんのこと!」 「でも、兄さんにとっては、妹でしかないから……いつまでも子供扱いしかしてくれないから……」 「想いは絶対に、伝わらないって……でも、一緒にいれば、もしかしたらって、思ったのに……」 「もう……」 「もう、大好きな兄さんと離れ離れになるのは嫌なんですっっ!」 「……」 「……」 諷歌の声が響き、俺の脳味噌を駆け巡る。 諷歌は、俺とまた離れて暮らすことが寂しくて…… でも、俺はてっきりそれを卒業の寂しさと勘違いしていたのか。 「ごめんなさい……こんな風にワガママを言うから、子供なんですよね」 「背丈も性格も子供のままで……胸ばっかり大きくなって……」 「兄さんも……きっと、迷惑ですよね。こんな風に実の兄を――」 よしよし、と。小さい頃に戻ったような感覚で、諷歌の頭を撫でる。 「兄、さん……」 「偉いな、諷歌は」 「……」 「ずっと辛い想いをさせて、ごめんな」 「けど、もう大丈夫。お兄ちゃんが、ずっと側にいてやるから」 「……っぱり」 「やっぱり、私は兄さんにとって――」 「うん、すごく大切な妹で、家族だよ」 「そう、です、よね……」 諷歌の気持ちは嬉しい、けど……。 「俺も大好きだよ、諷歌」 それは同じ“好き”という言葉でも、諷歌が投げかけたものとは別の“好き”で返事をした。 だって、俺達は…… 「兄妹、ですもんね……」 「ああ。家族なんだから、一緒に居て当然だ」 「でも、できなかったんですよ。そしてまた離れ離れになっちゃうんです」 「家族なんて言葉だけじゃ、繋ぎ止められないんですよ……」 「手紙だけじゃもう、耐えることができないんです!!」 悲痛な叫び。 「こんなに悔しい想いをするんだったら……」 「兄さんの妹なんかに、生まれて来なければ良かった!!」 制止する俺の手を振りきって、諷歌は立ち去ってしまった。 そして、翌日にはもう、諷歌の荷物は整理され、実家に戻ったという。 諷歌はそのまま海外へと留学し、再び容易には会えない状況が作られていた。 それはまるで、俺との接触を避けているかのように――。 「諷歌……ッ!」 俺は言葉の続きを遮るようにして、強く抱きしめた。 「兄……さ、ん」 「ごめんな……っ。そんなに、苦しくなるまで……」 「諷歌はずっと、見ていてくれたんだな。俺のことを……」 「1人の男として」 「……!」 「それなのに、俺はずっと、諷歌のことを子供――妹扱いばかりしていたから」 「う……うぅ……っ」 「いっぱい、傷つけちゃって……ごめん」 「う、く……っ、ひっくっ……」 「諷歌の本当の気持ち、確かに伝わったよ」 「兄さん、兄さん……うぅ〜〜〜〜!」 まだ兄妹で居たころは、頭を撫でて慰めると、諷歌はすぐ泣きやんだ。 けど、ウィズレー魔法学院に来てからは、俺達はその身はおろか、言葉すら交わせなくなっていた。 諷歌の寂しさを埋めるのは、俺が毎月送っていた手紙だけ。 「兄さんは、私からの返事もないのに、ずっと、私のことを……想ってくれていて……」 「嬉しかった……兄さんの中に、私はまだ生きているんだって……」 「忘れられていないんだって……それを感じた時から……っ」 「諷歌……」 「う、うぅ……うくっ……でも、また兄さんと離れ離れに……っ、そんなの嫌……もう嫌ァ……」 「……」 諷歌の本当の気持ち。 小さい体の中に秘めた気持ちが、どんどんと大きくなって……。 「卒業できて、本当に良かった」 「良くない……っ! どうして、そんなこと――」 「だって、諷歌が素直になれたから」 「ふぇ……」 「俺は、今も昔も全部ひっくるめて、諷歌のことが好きだよ」 「……っ!」 「俺が知らない間に成長したことも、俺が知ってる優しい諷歌のままでいたことも」 「素直になれない諷歌も、素直になった諷歌も、全部だ」 「でも、それじゃあ……兄さんにとって、妹のまま……」 「俺達は普通の兄妹とは違う……しばらく離れ離れでいたのに、心はしっかり繋がってた」 「諷歌と俺は、普通よりも、もっと凄い兄妹なんだぞ」 「それだと、兄さんは私を女の子として、見てくれていない!」 「そんなことないって……ったく、何度言わせるんだよ」 「これ以上は……諷歌の方がセクハラだぞ」 「う……わっ!」 照れくさくなりながらも、俺の胸に諷歌の耳を押しつけた。 「心臓の鼓動、聞こえる……?」 「……ほんの、少し。けど、ドキドキしてるのわかります……」 「諷歌って、凄くいい匂いがするんだ……女の子の匂い。しかも、すっごく柔らかくて……」 「に、兄さん……」 「久しぶりに会った時、すごく魅力的になった姿を見て、そりゃあビックリしたもんさ」 「その反面……諷歌の性格が変わってしまったんじゃないかって、不安に思ったこともあったよ」 「けど、なにかにつけて来たばかりの俺をずっと気に掛けてくれた。やっぱり変わってないんだって、嬉しくなったんだ」 「だから、その……つい、昔みたいに……接してしまっただけで……」 「……」 「俺が諷歌の気持ちに気づけなかった理由がわかったよ。俺の中で、諷歌の卒業は大した問題じゃなかったんだ」 「だって、状況が昔とは違う。今度は、俺から会いに行けるから」 「……」 「これでも、まだ気が済まない?」 「……兄さんの答え、まだちゃんと聞いてません」 「さっきから言っているようなもんだろ!?」 「段取りズム」 「うぐっ……」 「たった一言でいいんです」 「こ、こっちだって、照れくさいんだよ」 期待に満ちた眼差しで見つめる諷歌。 深呼吸して……主義にのっとった言葉を選んだ。 「あ……愛してる」 「〜〜〜〜〜!?」 「言わせといて、驚くなよ!!」 「だ、だだだだ、だって!! いきなり、そんな……う、うぅ〜〜〜」 真っ赤に染まった頬と耳が、どこかへ隠れてしまいたいという気持ちを惜しげもなく表していた。 「……こっちも恥ずかしいんだぞ」 「そ、それなら、好きと言ってくれるだけで良かったのに!」 「好きはさっきも言っただろーが!」 「説教ついでに言ってたじゃないですか!」 「……これじゃあ、ご不満?」 「……ううん、凄く……」 「すっごく、嬉しいです!」 諷歌が笑顔で飛びつき、俺の胸の中へ。 「私が側にいないからって、浮気しちゃダメですよ」 「俺もどうせすぐ卒業だろ? だって、俺の願いはもう――」 想いは成就したのだから。 「諷歌こそ……久しぶりに会った時、俺を見てガッカリした?」 「……ううんっ。想像してたよりも、カッコ良かった……っ」 「でも、諷歌みたいに立派になってないぞ」 「そのくらいが丁度いいです。他の人にモテても、困りますし」 「俺達、兄妹だけど……恋人なんだな」 「そう……ですね」 「恋人になったら、その……キスとか、それ以上のことだってするかもしれないんだぞ」 「……」 「諷歌はしたくない?」 「……して、欲しいです」 「どっちを?」 「……兄さんの、いじわる」 「……」 「……」 ま、まあ、やっぱり最初は……キス、だよな。 「し、しないんですか?」 「……緊張してるようだったから」 「別にっ。私は……余裕です」 「ホントか?」 ぐいっと距離を近付けてみる。 「あ……あ……」 「緊張してない?」 「してな……っ」 「やっぱりやめる?」 「や、やですよ! せっかく、ここまで来たのに……」 「キスしたらもう、戻れないぞ……?」 「……わかってます」 「いいんだな」 「……はい」 膝を曲げて、かがむ。顔と顔の距離が更に近付く。 「……っ」 諷歌の吐息が鼻にかかる。俺も興奮して、息が荒くなっているかもしれない。 それも当然だ。これから妹とキスをする……しかも、恋人として。 「目、つぶろうか。恥ずかしいもんな! 俺も、そうする」 「わかりました……」 なにぶん初めてで、不作法だから。 それでも諷歌にとって、素敵な思い出になるよう優しく―― 「んっ……」 口と口を、つけた。 本当はいけない――兄と妹の口づけ。 その味は、甘く蕩けそうなほど……最高のものだった。 「はぁ……はぁ……」 僅かな間だったにも関わらず、極度の緊張のせいでお互いに息を切らしてしまっていた。 「兄さん……」 「……どうだった?」 「き、聞かないでくださいよ……兄さんの方こそ、どうだったんですか?」 「すごく良かった。すぐまた、したいくらいに」 「……」 「恋人、ですから……また機会はあるんじゃないですか?」 「してもいい?」 「そういうこと、聞かなくていいんですよ、もう」 「そうだね……じゃあ」 「んっ……んんぅ……」 「んむっ、ちゅ……、ちゅむっ、ふっ、ふむぅ……」 「ちゅ……んむっ……ちゅるっ、ん――っぷ、はぁ……」 「も、もう……そんなに強くして……」 「好きだよ、諷歌」 「……」 「私も、です」 「兄さんのことが大好きです!!」 「もう……いいんです、兄さん」 「諷歌……?」 「兄さんが一生懸命励ましてくれてるのに、いつまでもいじけてたら、また子供扱いされちゃいますしねっ」 「あ、ああ。そうだな」 「もう、大丈夫です。兄さんに心配されなくたって、私は1人で頑張れますから!」 「今までも、そうやって来れたし……諷歌なら出来るよ」 「……」 「そう、ですね……」 結局、あの時諷歌が心に抱えていた問題は聞けず終い。 それからしばらくして、諷歌は卒業し、別の学校へと転入した。 全寮制の学校だったせいか、またしても密に接する機会を失ってしまった。 けれども、以前とは違い、送った手紙はきちんと戻ってくる。 学校での思い出が綴られて、どうやら楽しそうにしているようだ。 俺も頑張らなくちゃな。 「……兄さん」 「朝ですよ、兄さん……早く起きてください」 「ん……」 なんだ……諷歌か……じゃあもう少し寝よう……。 「んもう。仕方がないですね……」 「……」 「……り……律……起きて……」 「何ィっ!?」 「きゃあっ!?」 「あっ……ん、うぅ……」 飛び起きると、目の前で諷歌が顔を真っ赤にしていた。 「お、おはようございます。兄さん」 「ああ、おはよう。いや、その前に諷歌、今……名前で呼ばなかったか?」 「……き、聞き違いでしょう」 「……諷歌。俺の目を見て言ってみなさい」 「見て兄さん。今日はとってもいい天気です。洗濯物がとてもよく乾きそうですよ」 「こらこら、こっちを見ろって」 「おや? まあ、こんな所にホコリが……まったく、困ったものですね兄さん。ちゃんと掃除はしているんですか?」 「姑かっ。って、そうじゃないだろう、諷歌」 「……」 うーむ……全然、目を合わせようとしない。 「……まあ別にいいけどさ。でもなんで急にそんな呼び方をしたのかなと思って……」 「う……だ、だって……。こ、恋人同士は……普通、名前で呼び合うものかと……」 「ああ……そういうことか……」 どうやら諷歌なりに考えて試してみたかったらしい。でも顔がいつまでも赤いままなのはどうなんだろうか。 「……そんなに恥ずかしかったら言わなきゃいいのに……まあ、そこが可愛いんだけど」 「なっ!? はうぅ……あ、朝から何を言ってるんですか兄さんはっ……余計に恥ずかしがらせて弄ぶ気なんですか? んんぅ……」 「いや、本心だし」 「う、ううぅ……」 お? 耳まで赤くなって……ほんとにゆでだこ状態になってるな。 「しかしまあその……突然、そうやって名前で呼ばれると変な感じだな」 「ん……い、嫌でしたか?」 「いいや、そこまでじゃないけども。それで、諷歌はどう? 言ってみた感想は」 「……兄さんの目覚めがよかったのは良いと思いました」 「はははっ、まあ確かにそうだ。じゃあそのまま続けるか?」 「う……でもやっぱりしっくりきませんね。やっぱり兄さんは、兄さんで良いと思います」 「そうか。まあ俺も諷歌に名前で呼ばれるのは、まだなんとなく違和感があるかな」 たぶん結局、慣れだとは思うが、今までの俺の中の諷歌のイメージを塗り替えるのは難しいだろう。 「そうですね。ではもう少し呼び方はこのままで」 「それじゃ、兄さん。早く着替えてください。遅刻してしまいます」 「おっと、もうこんな時間か。ああ、わかったよっ」 言いながら上着を脱ぎ捨てる。 「きゃああっ!? す、すぐに脱がないでくださいっ!」 「あ……」 諷歌がまだいることをすっかり忘れてた。 「も、もうっ! デリカシーがないですっ! そ、外で待ってますからね!」 「あっ、わ、悪い。すぐ着替えて行くからなー」 また顔を真っ赤にして出て行った諷歌に軽く謝りながらいそいそと着替える。 諷歌と付き合いだしてから、早々に葉山は女子ということをみんなにカミングアウトして、今ではオリエッタの部屋でお世話になっている。 なんでも、凄い魔法の能力が見つかったとかで、結局そのままこの学校に通うこととなった。 そんなわけで、ねぼすけの俺を諷歌が起こすという風習ができ、いつもの調子で起こしてもらい、いつもの調子で怒られて…… 2人の関係は大袈裟に変わらずとも、これくらいの方が俺たちにはちょうどいい気がする。 「……いやいや、どうなんだそれは……」 諷歌はちゃんと俺を1人の男として見ようと努力しているじゃないか。 もちろん、俺だって……。 「……ど、どうだろう?」 前よりとっつきやすくなったせいか、つい兄妹らしいやりとりをしてしまうのが問題だ。 諷歌が何も言わないことをいいことに、甘えてしまっているんじゃ……。 ううむ。諷歌に対して恋人アピールを、もうちょっと積極的にしてやるべきだよな。 というわけで、一緒に通学しようと思い立ったのだけど……。 「……」 「……」 「あ、あの――」 「そ、そういえばさ!」 あっ……。 「どうぞどうぞ!」 「いや、諷歌の方が先にどうぞ!」 「い、いえ。特に重要な話じゃないんで……」 「そ、そうか……」 「は、はい……」 何度目だ、この不毛な会話は……。 なんでだろう。恋人として意識しようと思ったが……逆になんだか会話が弾まないぞ。 いかんいかん……やはりここは彼氏として男らしくきっかけを掴む! 「あ、あのさっ!」 「は、はい! なんですか、兄さんっ」 よし、今度は同時じゃなく、先に言えた! それでえっと……な、なんの話をしようとしたんだっけ? 「えーっと……き、昨日はよく眠れたか?」 「はい……普通でしたよ。兄さんは?」 「あ、ああ……俺もそんな感じかな……うん……」 「……」 「……」 だああぁっ! 会話が全然続かねぇっ! そもそもそんな内容じゃ、俺がきっかけを作っても意味がないだろうが〜。 とっさに出たネタが貧相なのに少しヘコむ。 やっぱりお互いに緊張してるからだろう……だからぎこちない感じになってしまってるんだ。 でもまあ仕方ないと言えば仕方ない。なにせどちらも恋愛に慣れているわけじゃないんだから……。 しかしこの無言の状態は気まずい……何かもっと話が続くような、実りのあるネタはないか、ネタは。 「そ、そういえばさっ。もう、夏休みなんだよな」 「そうですね……と言っても休みって感じがしませんね」 「はは、確かにな」 「私は卒業の準備がありますし……兄さんはまだ魔法が使えるようになった原因を調べているんでしょう?」 「ああ、まあな。よくわからん補講ばっかりだ。もういい加減、聞き慣れない単語を頭の中に叩き込むのはしんどくなってきたよ」 それに加えて、普通にある夏休みの宿題まで考えると、余計に疲れてきた。 「だめですよ、サボったら。兄さんはとっても貴重なケースなんですからしっかりとモルモットとして学校に貢献しないと」 「も、モルモットかよ……そのうち解剖とかされたりしてな」 「……ありえますね」 「マジでっ!?」 「ふふっ、冗談ですよ。大体、そんなこと私がさせません」 「おお〜。頼もしい限りだな」 「ふふん……私、兄さんより大人ですから」 「ああ……そうだな」 ほんとに……諷歌は俺より何倍も立派だと素直に思う。 「ふふふ。でも、折角の夏休みですし……やっぱり、少しくらいはどこかに行きたいですね」 ん……? それだ! 俺はどうして思いつかなかったんだ。 夏休み、様々なイベント、そして彼女と来ればもうデートに誘うしかないじゃないか! きっと諷歌だってそれを待っていたんだろう。ああぁ、俺はなんてニブチンなんだ……。 よ、よし! 思い立ったが吉日だ。計画はなにも立てていないが、そこはどうとでもなるだろう。 まずはこの勢いにのって約束を交わすのが先決だ。 「あ〜。そのだな、諷歌」 「なんですか?」 ん……う、うむ……でもいざデートに誘うと思うとまた緊張してくる。 い、いやいや、そんなに深く考えるな。いつもの調子でいいんだ。いつもの調子で……。 「あのな……な、夏休みそのぉ……な、何か予定とか――」 「ああーーっ! アンタこんな所にいたのっ!」 「んが……」 「なにしてるのよ、もう……あっ、ふーこ、おはよう」 「おはよう、おりんちゃん」 うるさいのが来たなぁ……しかもまた絶妙なタイミングで現れるし……。 「なんだよ、オリエッタ。ここまでわざわざ来て……ちゃんと時間通りに教室にはまだ間に合うだろう?」 「はぁ……やっぱり忘れてたわね……」 「今日は教室じゃなくてグラウンドに直接集合だって言ったでしょ?」 「ああ〜。そうだったかもしれないなー」 そういえば昨日、実技補講にするとかなんとか言ってたっけ…… ちょっと諷歌の事を考えて浮かれたりしてたからすっかり忘れていた。 「かもしれないなー、じゃないっ! アンタの為なのに忘れてんじゃないわよ! ほら、早く来なさい!」 「ま、待てっ! 耳を引っ張るなーー!」 「そういうわけだから、ふーこ、ごめん。ちょっと借りるわよ」 「う、うん……。でも、その、怪我しないようにね……」 「あら、自分の彼氏だからやっぱり心配になってるの?」 「ちちっ! 違います! おりんちゃんが怪我をしないようにって意味で……」 「兄さんはなんだかんだで頑丈ですから、徹底的にシゴいてあげて下さい!」 「ああ、そう? じゃあ今日は2、3本いっておこうか」 「なんだその意味深な本数は!? ど、どこだ? 致命的じゃない場所だろうな……というか諷歌も酷っ!」 まさかの孤立無援状態。ああ……ここに神はいないのか!? 「うっ……で、でもまあ……兄さんも半分くらいは気をつけて……」 ……意外とまだ近くにいたみたいだな、神様は。いやこれは天使の方か。 「ふふっ。大丈夫よ、ふーこ。ほどほどにしとくから」 「う、うん……よろしく」 「ふ、諷歌! それじゃまたあとでなっ!」 「は、はいっ……兄さん、頑張って」 ああ……愛しの諷歌が離れていく……。 そうして結局、夏休みのデートを言い出せなかった。 そのまま兄さんは引きずられながら行ってしまった。 というか、おりんちゃん。いつの間にやら、私達の関係に気づいてるし。 「はあぁ……もう、兄さんったら……」 デートに誘ってくれるかとちょっと期待してたのに……。 やっぱり私の方から言った方がよかったのかな。 「うぅ……わ、私からとか……そんな……」 デートに誘うなんてこと、今まで一度もしたことないから恥ずかしいし……。 想像しただけで熱くなった顔を深呼吸でなんとか冷まし、落ち着く。 いざ、兄さんと恋人同士になれたものの…… 「実際、恋人同士って、何するんだろ……」 うーん……マンガの知識はあるけれど、でもそれって現実とは全然、違うだろうし……。 やっぱり誰かに聞くべきかな? でも誰に……。 「やっぱり姫百合先輩に……」 姫百合先輩には、兄さんと想いが通じ合えたその日にこのことを打ち明けた。 不道徳だとか不純だとか、怒られると思ったけど、おめでとうって祝福してくれた。 本当に、優しい先輩……。 けど、生徒会活動で忙しい先輩を、私の個人的な理由で邪魔するわけにもいかないし……。 「先輩が戻って来るまで待つか、それとも――」 あ……そういえばネットにはなんでも質問に答えてくれるサイトがあって、すごく便利だとおりんちゃんが言っていたっけ……。 きっとそう言う恋愛話の相談やその解決法があるに違いない。 「よ、よし……調べてみよう……」 前におりんちゃんからはいつでも使って良いよと言われてたし……早速帰ったら検索しよう。 そうして、その日の卒業準備を手早く済ませ――。 真っ直ぐ寮に帰った。 「し、失礼します……」 遠慮気味にゆっくりとドアを開ける。 うん。まだ帰ってきてないみたい。 それもそのはず。だってちゃんとまだ兄さんと補講しているのを帰りに確認したのだから。 「おりんちゃん、ちょっとお借りします」 いいとは言われたものの、留守中に借りるのはちょっと気が引ける。 でも、こんなの検索しているところを見られるのは恥ずかしいし……。 さっさと調べて早く出て行こう。 「え、えっとパソコンは……あった!」 すぐに見つけると電源を入れて検索画面を呼び出す。 「えーっと……恋人……すること……っと」 入力してすぐにEnterを押した。 「はあぁ……あいかわらず厳しい補講だったな……」 今日は一日中身体を使った訓練ばかりでへとへとだった。あれはもう、修行のレベルではないだろうか……。 あんなに俺をいじめぬいたあげく『自分は別の用事があるから、道具を部屋にしまっておけ』といつもの調子で言いつけて来やがった。 とはいえ、俺が面倒をかけてるのも事実だしな……これくらい、やってやるか。 その後に諷歌と会ってまたゆっくりと話でもして癒されよう。 そこで今朝の……で、で、デートのお誘いをしちゃったり……。 「こ、今度こそは……ん?」 決意を新たにオリエッタの部屋の前に着くと、少しだけドアが開いていた。 「の……のおぉ……あうぅ……」 おかしいな……オリエッタはまだ帰っていないはずだし……誰だろう? そっと音を立てずに中の様子を窺ってみる。 「はううぅ……す、すごい……まさか、ここまで……マンガじゃ真っ白でよくわかんなかったのに……」 なんだか妙な声を出しながら、その人物は座って何かを見ていた。 あの後ろ姿は諷歌だ。なんだ? パソコンを見ているのか……? 何を見てるんだ。 さらにそっと近付くと……。 (なあああっ!?) 肉棒を胸に挟んで、気持ち良さそうな顔をしている女性が画面いっぱいに映っていた。 さらに諷歌がマウスをポチポチ押していくと、色々な体位と共に様々なシチュエーションのエッチな画像が映し出される。 そんな数ある中で不意にアナルセックスの画面で止まった。 「こ、こんなことまでっ!? い、いくら貞操を守る為とか言っても……エッチしてるのと変わらないじゃないですか……っ」 「う、うう、本当に、こんなことを恋人同士でするのですか……ううぅ……そ、そうなんだぁ……」 諷歌は思いっきりアダルトサイトを閲覧していた。 「お、諷歌……お、おまっ……おまっ……」 「へ……?」 「に……兄さん!? んにゃーーー!」 「ぬわーーーーっ!」 「兄さんなんでここにっ!? な、なんでっ? だ、だだだだめ見ちゃっ、やああぁっ!?」 突然のことでパニックになった諷歌が手をブンブン振ってアダルトな画面を隠そうとする。 とは言っても、もう見てしまったので意味が無い。 「ま、まあ落ち着け、諷歌……な?」 「何かほら……つらいことでもあったのか? 悩みがあるなら彼氏のお兄ちゃんに話してみなさい」 「そ、そう言うのじゃ無いですからっ! 別につらいことなんてありませんっ!」 「ただ恋人同士ですることを調べてたら偶然これが出ただけなんですっ! 見たくて見たわけじゃないのっ! ばかぁっ!」 今度は俺の方に手を向け、ポカポカと殴ってくる。ああ、こりゃ相当テンパってるな……。 「……ん? 恋人同士ですること? それってつまり……」 「はっ!? なああああぁっ!?」 どうやらさらに諷歌は墓穴を掘ってしまったらしい。顔から湯気が出そうなほどに真っ赤になっていく。 「ち、ち、違うのっ! べ、別に兄さんの為じゃありませんからっ!」 「もう、知らないっ!」 「あっ!? お、おいっ!」 この場に耐えられなくなったのか諷歌は走って出て行ってしまった。 「そんな……別に逃げることはないだろうに……」 その場に残された俺は、再び画面に目をやる。 「ふむ……でもまさか諷歌がこんなことに興味があるとはな……」 軽くショックを受けながらも、さっきの言葉を思い出す。 「恋人同士ですること、か」 少し悪いと思いながらも、履歴を軽く見てみる。 すると最初はちゃんと恋人相談などのサイトを見ていたようだ。 ただ、途中から脱線したらしい。そこで俺がたまたま来てしまったようだ。 俺たちのまだぎくしゃくしている関係を諷歌なりに色々考えてくれていたんだろう。それを俺は汲み取ってやれなかった。 「諷歌……」 知らなかったとはいえ、少し悪いことをした。あとでちゃんとフォローしよう。 どうやって言うか迷うけど……。 ただもう少し俺たちはきちんと色々なことを話し合ったりして、お互いのことを知る必要がありそうだ。 一緒にいる時間を大切にするべきだと思う。今まで一緒にいられなかった分を埋めていくためにも。 「とりあえず……彼女の恥は消しておくべきだな」 それから俺は諷歌のそばに極力いることにした。 あのアダルトサイトの一件は、勘違いということでうやむやに一応収めた。 「そうです……勘違いですよ」 「そうだな。ところで今日の昼は空いてるか?」 「え? ええ……別に何もないですけど……」 「それじゃあ、一緒に食べようぜ。俺がそっちに行くからさ」 「いいですけど……どうしたんですか?」 「いや、恋人同士だからさ……その、まあ……食事くらい一緒にイチャイチャしながら食べても良いだろう」 「い、いちゃっ!? うぅ……そ、そうですか……」 「うん……そ、そうですよね……ふふふ……」 少し驚いていたが、嬉しそうに笑ってくれた。 こうして弁当の時間はもちろん――。 「おーい。諷歌〜」 「あれ? 兄さん」 「休み時間だから、ちょっと寄ってみた」 「え? わざわざここまで?」 「ああ、諷歌に会いたくてな」 「……」 「どうだ〜? 諷歌、元気かー?」 「元気かって……もう、兄さんさっき会ったばっかりでしょう?」 「ばかっ、急に元気がなくなることもあるだろう? 諷歌のことが気になって仕方がないんだよ」 「そ、そう……でも兄さん。私の教室でそういうことを言うのはちょっと……」 「何言ってるんだ、恥ずかしがるなって」 「うぅ……」 「おーい! 諷歌〜!」 「あんたねぇ……今、補講中なんだから集中しなさいよ!」 「大体、教室にいるふーこに大声で話しかけてたら、ふーこにだって迷惑よっ!」 「……」 「おーい、諷歌〜」 「あ、に、兄さん……」 「一緒に連れション……」 「い、行くわけないでしょう!?」 そんな感じで、なるべく一緒にいる時間を増やしていった。 だが……。 「おーい、諷歌〜〜……って、あれ?」 いない。 いつものように休み時間にふと立ち寄ったら、いなくなっていた。 また、別の時にも……。 「あれ……? 確かここにいたのが見えたんだけどな……」 ふと見かけて全力で追いかけても、会えない時がたまに出て来た。 「うーん……おかしいな……もしかして俺、避けられてるのか?」 「それだけベタベタされたら、さすがに……ねえ」 「え? ああ、先輩?」 「何があったかは知らないけど……結構な話題にのぼっているよ? 君の奇行ぶりは」 「き、奇行って……ま、まあ正直ちょっとやり過ぎだったかもしれませんけど……」 「自覚してるのに、どうして――」 「……俺たちが小さい頃に離ればなれになったことは知ってますよね?」 「うん。ここに入学した時の話だよね」 「その頃からずいぶん経って、またこうして再会できて……」 「最初は懐かしくて、諷歌もあまり変わってないなと思ったんですが……」 「やっぱり違うんです。俺たち、離ればなれになっていた時間が長すぎたんですよ」 「律くん……」 「だから知っていると思ってたこともほんとはよく知らなかったりするんです。だから俺……俺の知らない諷歌のことをもっと知りたいんです」 「だからいっぱい一緒にいて、もっと色々しゃべって笑って……取り戻していきたいんです。俺の知らなかった諷歌の時間を……」 「そっか……君も色々と考えていたんだね。少し無遠慮に言い過ぎたよ。すまない」 「い、いや俺の方こそ……ちょっとやり過ぎて周りが見えなくなってました。すみません……」 「けど、君の気持ちはなんとなくわかったよ。お詫びと言ってはなんだけど――」 「君が知らない諷歌のことを、少し教えてあげる」 「え? 先輩がですか?」 「今度、夜にこっそり私の部屋に来て」 「な!? せ、先輩だめですよ! 俺には諷歌っていう、大切な存在が――」 「律くん……?」 「あれ?」 「知ってるよ、そのことは。諷歌と付き合っているんだってね」 「あ、えっと、そ、そうです」 別に、やましい意味ではなかったようだ。 「遅ればせながらおめでとう」 「あ、ありがとうございます」 「けど、また諷歌は大好きな人と離れ離れになってしまうんだね」 「そう、ですね」 「だから、尚更……このことを律くんは知っておくべきだと思う」 俺の知らない諷歌の姿、か……。 確かに、諷歌と相部屋の姫百合先輩なら、何かそういう秘密を知っていてもおかしくはない。 「夜、呼びにいくから、準備しておいてね」 「わ、わかりました」 その夜――。 「この部屋、だよな……」 姫百合先輩に呼び出され、入れ替わりで早速やってきた。 「……こんばんは〜」 一応、声をかけてみるが返事が全然ない。だが、中には誰かいるみたいだ。 軽くノック。こちらも反応なし。 先輩曰く、鍵は開いているからそのまま入って来て良いと言ってたし……。 「……おじゃましまーす……」 おそるおそる入ってみる。 「う〜ん……う〜〜ん……」 (ん……? おお、諷歌だ。でも……一体、何をしてるんだ?) なんだかうなりながら何かを書いている。どうやら俺の声が聞こえないほど集中しているみたいだけど……。 もしかして、今していることが、俺の知らない諷歌の一面なのか? 「う〜ん、違う……そうじゃないよね、この場合は……う〜〜ん……」 何か、魔法の勉強だろうか? ほんとに難しそうに悩んでるな……。 でもとりあえず、ここじゃ何を書いているかわからないし……もう少し近くに行って確かめてみよう。 「うーん……むむむ……」 (な、なんだこの魔法書は? 四角で区切られた囲みの中に人物が書かれていて、詠唱文字が吹き出しのように……) (なになに……『こいつは俺の女だ! 手出しする奴は容赦しない!』だと!? 一体この詠唱からどんな魔法が繰り広げられ……) (……ってこれ、マンガか?) それにしてもかなり熱心にマンガを書いている。俺がこれだけ近付いているのに気づかないなんて……。 「よしっ! いいぞ、リート! そこで悪漢をぼこぼこですよ!」 しかも自分で書きながら応援してるし……誰だそれは? この主人公かな……。 「ぬぬぬぅ……こうっ、どんっ! みたいな……う〜ん……」 (もしかしてこれが……俺の知らない諷歌の一面?) 確かにすごく意外だった。あんなに真面目な諷歌がまさかマンガをこんなにのめり込んで執筆してるなんて想像できない。 ……いや、でも真面目な性格だからこそ、こんな熱心に入り込んでしまっているのかもしれないな。 (しかしこのリートって奴、ちょっと強すぎじゃないか? 傭兵部隊相手に素手で戦って勝ってるぞ。しかも10人同時とか……) 「……違うのっ、ここはこう……すごくキラキラを増して……ああぁ……でもここは右手じゃなくて左手を添えて……」 場面は戦いが終わってどうやらロマンチックな雰囲気になったようだ。 勘違いしてたが、どうやらこっちの女の子が主人公らしく、男の方がその相手――ヒーロー役みたいだ。 (確かにそうだよな……だって、これきっと少女マンガ……だもんな……) その後の内容も少し気になるところだが、それよりももっと気になるものがある。 「うんうん。この手は上手く書けた。ふふふっ……」 諷歌の楽しそうな顔だ。 「ああっと、しかしここで新たな宿敵がっ! オルカが危険っ、リート、早く助けにっ!」 (ああ……主人公の女の子はオルカっていうのか……) 「ふうぅ……なんとか助けられた……でもリートが怪我を……オルカが献身的な看病をしないと……」 悟られない様に横顔を眺めていると色々な表情をしながら書いているのがわかる。 この一喜一憂している姿がまた微笑ましい。 「……でも、ここは雪山……このままでは寒さで死んでしまう……オルカ……もっと献身的に……そうよ、リートと素肌で……う、うふふ……」 あれ? なんだか妙な展開になってきてないか……これ……。 「やっぱり、ここは盛り上がる場所だから……こう、もっと大胆に……大胆……大胆……?」 「えへ……えへへ……や、やだぁ、もう……すぐそっち方面にいこうとしちゃうし……ふふふ……」 (そっちってどっちだ!? というかなんで顔を赤くしてるんだよ。お、おおぉ……し、しかもこのオルカさんはまた良いおっぱいで……) 1人で恥ずかしがっている諷歌だが、手は止まらずに動き続け、そのペンから描かれるその内容はどんどんとピンクな方向へ向かっていく。 (ど、どこまで描く気なんだ? これは少女マンガじゃなかったのか!? おおっ! 胸揉んだぞ! 怪我で気絶してるリートが胸を揉んだ!) い、いかん……ちょっと興奮しすぎだな。だがここは兄として、また彼氏として、諷歌の作る物は観ておく必要がある! 「ふ、ふへへ……だめですって、これ以上は……過激すぎて発禁になっちゃう……でもここは必然だから仕方ないの……そう、仕方ない……」 (ああ、仕方ないな! だから早く描くんだ。さあ……この後の続きは……一体どんな内容のプレイが展開されていくんだ……) 内容が気になって、もう少し近付く――。 「そ、それで……それで2人はついに――」 「……ゴクリ」 「……ふえ?」 「続きだ、続きを早く!」 「兄、さん……?」 「あ……」 ……いかん、バレた。 「なっ……な、な、なななな、なああああぁーーーー!?」 「お、落ち着け、諷歌! 大丈夫、俺しかいない!」 「んんにゃあああああ!」 暴走した諷歌の口を慌てて塞ぐ。 「し、静かにー! 夜だぞ、落ち着け!」 「もごおおお! もごもご、むおおお!」 「入る前にちゃんと声もかけたし、ノックもしたんだよ! けど、諷歌が全然気づかなくて――」 「返事がないのに勝手に入ったのは、悪かったよ……ごめん」 「も、もご……」 「少しは落ち着いてくれたみたいだな。俺の事、信用してくれるのか?」 「……」 なっ!? その冷たい視線……明らかに不審者に向けられるものじゃないか! 「んんぅ……んんりむふふ……ふぬふふふるふい……」 「ん? 手を離せって言ってるのか?」 俺の言葉に諷歌が頷く。まあ相変わらず視線は痛いわけだが……少なくとも大声でわめくことはないだろう。 「よ、よし。それじゃ今から手を離すからな。だから落ち着いて、ちゃんと話そうな」 「ん……」 「……やっぱりこのまま聞いてもらった方がいろいろと言われないから良いと思――」 「んがぷっ!」 「ぎゃああああぁっ!」 手にっ……手に噛みついてきただとっ!? 盲点を突いた予想外の反撃に思わず飛び上がる。 「――っぷはぁ」 「歯がー! マイク、歯がー」 「……で。どうして、兄さんがここにいるんですか。ここは私だけの部屋じゃないんですよ――」 「あ、あれ? 姫百合先輩がいない……」 「実はその……姫百合先輩に招かれたんだ。俺がもっと諷歌のことを知りたいって言ったらさ、部屋に来てみろって」 「わ、私のことを? 今までだって色々と話したりしてたじゃないですか」 「今以上にもっと知りたかったからさ。俺の知らない諷歌の違う一面も含めて全部……」 「本当はもう少し話をしたりして、知り合いたかったんだけど。でも最近ベタベタしすぎて避けられちゃったからさ……」 「あっ! それであんなにいっぱい……」 「その……すまなかった。こういうの慣れてなかったからつい、やり過ぎちゃって……」 「い、いえ……私も……兄さんが何を思っていたのかよく考えてなかったから……」 「それに……理由が分かったら少しホッとしました」 「私が知らない間に、兄さんが粘着質のストーカーっぽくなっちゃったのかなって、すごく心配したんですから」 「あ、ああぁ……そこまで危険人物っぽかったか」 「ええ、かなり」 な、なんとっ!? そ、それは避けたくもなるな……。 「わ、悪かったよ。今後は気を付ける」 「け、けど、兄さんがそこまで気にしてくれるのは嬉しかったですし、ストーカーでもいいかなって思っていたり」 「いや、それはよくないでしょ。自分で言うのもなんだけどさ……」 「ふふふ。でもわかってよかったです。最近ちょっとモヤモヤしてましたから。なんだかすっきりしました」 「ああ……俺もそんな気分だ」 「だから……今日の一件は許してあげます。没頭しすぎていた私も悪かったですし……」 「でも今度からはちゃんと直接私に言ってください。兄さんとのおしゃべりならいつでも大歓迎ですから、ね?」 「……諷歌……ありがとう」 「いえ……兄さん……」 ふぅ……これで少しわだかまりが解けたかな。 「……それにしても、知らなかったな。諷歌がマンガを書いているなんて」 「え!? あっ、ち、違うんです! これはそのマンガとかそう言うレベルのものではなくて……」 「そうか? すごくきれいに書けてるじゃないか。すごいと思うぞ」 「そ、そう……ですか……えへ……」 「なあ、ちょっとでいいから、中身をちゃんと見せてくれないか?」 「や、それは駄目です」 「なんかすごく楽しそうだったし、いいじゃないか! 頼むっ! 頼むよっ、諷歌さん! いや、諷歌先生っ!」 「う、う〜ん……で、でもだめですよ。今日描いているのはまだ完成してないですし……」 「頼むっ! 何度目かわからない一生のお願いだっ! せめて前に描いたやつでも良いから!」 「前に描いたものですか……う、うぅ……余計にだめですよそれは……全然今より絵が上手くないですから……」 「でも今日描いていた物のシリーズなんだろ? 今日の2人はなんとなく初めて会ったって感じの話し方じゃなかったし」 「盗み見たにしてはすごく見ちゃってるじゃないですかっ! う、ううぅ……ま、まあ……確かにその通りなんですけどね……」 「ちょっとあの2人がどうやって会ったのかも気になるし、なんで追われてるのかも知りたいんだ」 「そ、そんなに気に入ってくれるなんて……そ、それはすごく嬉しいですけど……でも内容だって男の子向けじゃないし……」 「俺は面白かったぞ。気になりすぎて今夜、眠れなくなりそうなくらい」 「そ、そこまでですか? また……そうやって乗せてもだめですってば……」 「ああ、今日は睡眠不足か……そしたら明日遅刻しちまうな。それが原因で俺、またあいつにシゴかれる……」 「そうなったら諷歌に合う時間も少なくなっちゃうよ……そしてまたモヤモヤがたまっていく。負のスパイラルまっしぐらだ……」 「……それは考えすぎじゃないですか? まあ会えなくなるのは嫌ですけど……」 「そうならないためにもお願い!」 「うっ……し、仕方ないですね……そこまで言うならいいですよ」 「おお、わかってくれたか。さすが諷歌は大人だな」 「そ、そうです。子供みたいに駄々をこねる兄さんのために仕方なく貸すんですよ」 「うんうん。わかってるぞ、諷歌」 「じゃあ……このシリーズの一番最初から貸してあげます。ちょっと待っててくださいね」 そう言って、本棚の奥の方に……しかも分厚い本などで隠すように置かれていた諷歌のマンガを持ってきてくれた。 「い、一応断っておきますけど! これは初期に描いたものだから絵が下手で見るに堪えないところがあるかもしれませんっ」 「だからその……あまり笑わないでくださいね……は、はいっ!」 そういって恥ずかしそうにしながら俺に渡してくる。 「笑うわけないだろ。そもそも俺なんて棒人間しか描けないからな。こんな風に描けること自体、尊敬するぞ」 「そ、そう……ふふ……そう言ってくれるとちょっと照れる……でもほんとお見苦しい点が多々ありますので……」 「ん? そうかな? どれ……」 手にとってぺらぺらと見てみる。かなりきれいで丁寧に描かれているのが見えて――。 「わーーっ!? こ、ここでなんで見ちゃうんですかっ、兄さんはっ!」 バシンっ! 「うおっ!?」 諷歌のやつ……マンガを開いていた手ごと、思いっきり閉めるなんて…… 「び、びっくりした……な、なんでここじゃだめなの?」 「目の前で読まれるのは、なんか恥ずかしいんです。だから、自室でこっそり見てくださいっ! がるるるる……」 うわっ! 思いっきり睨まれた。よっぽどなんだな……。 「そ、そうか……じゃあこれ、借りてくな」 「はい、いいですよ。はあぁ……じゃあもう夜も遅いので早く帰ってください」 「え〜、もう少し話そうぜ」 「だ、駄目です。気を遣ってくれている姫百合先輩にも悪いですし……ちゃんとお礼を兄さんからも言って下さいよ」 「う、うーん……まあ、それもそうか……」 確かにこの場に留まるのは色々と問題があるかもな……。 「それじゃ、今日はこの辺でな」 「はい、また明日。おやすみなさい、兄さん」 「ああ、おやすみ……」 ふう……それにしても本当に意外だったな。でも諷歌のことが少しわかった気がして嬉しい。 「さてどれどれ……どんなものを書いていたのかな……」 ベッドに腰掛けながら、リラックスしてページをめくっていく。 「ふむふむ……なるほど。最初の方は結構ベタな恋愛モノの少女マンガだったんだな……」 あのリートやオルカも最初はどこにでもいる学生という設定で、今日見たような戦い中心ではなく、恋バナ中心の話だった。 ただ、この時からその戦いの描写の片鱗は見られた。 「……というかオルカの方が屈強な不良達をなぎ倒してるぞ……素手で……」 いったいどうして今のようになったのか、さらに興味が出て来てしまったが、残念ながらこの巻ではまだその場所まではたどりつかつかなかった。 ……いかん……すごく続きが気になる。 「……えーっと……続きはこっちだよな……」 2冊目を手に取り、また読み始めてしまった。 それにしても、本当に上手い。これなら本屋やコンビニに並んでてもおかしくないんじゃないだろうか。 「ん……? これってなんだかオリエッタに似てないか?」 ふと、また新たに登場した人物の顔がそう見えた。そういえばこの主人公の先輩も姫百合先輩に似てる気がする。 どうやら俺達、実際の人物に似せて作っているところがあるみたいだ。へえ……なかなか面白い。 「ん……? そうか、リートってもしかして俺なのか? となるとオルカは……ん? んおっ!?」 そんなことを考えながらページをめくると、いきなり裸のシーンが出て来た。しかもなんだか、段々とイケナイ行動が多くなってないか? 「お、おおうっ! な、なんということだ! 実にけしからん。けしからん描写が満載じゃないか! うわ、この巻はここで終わりだとっ!?」 しかも、大事な部分は色々と誤魔化されていて、更に不完全燃焼。 それ以外に表現しても平気そうな場所は、質感たっぷりに描かれている。 特に、豊満なおっぱい……オルカのモデルを考えると、あの胸はやはり―― う、うおおお! 続き……続きが余計に気になる! 「あ、あれ? でも渡されたのはこの2冊……ってことは続きはまた借りないといけないのか!?」 「なんてこった……まさかこんなムラムラするシーンで次に引っ張るなんて……商売上手だな、諷歌」 しかしどうしよう……今日はもう遅いし、借りに行くのはまずいよな……ああぁっ、でも気になるっ! リートはオルカと、どこまでやったんだ! 「これじゃ、いろんな意味で寝れねえ!」 「いやいや……ちょっと興奮しすぎだな。落ち着け、落ち着け……」 ふと我に返って、荒ぶる気を落ち着かせる。特に下半身の……。 「う、う〜む……しかし、諷歌……まさかここまでの描写の物を描いていたとはな……」 まあ、今日実際描いていたシーンも微妙ではあったけど、ここまでではなかった。 ……いや、もしかしたらあのまま気づかれなければもっとすごいところまでいってたのか!? 「あ、ありえるな……この2巻でここまでしようとしてるんだから……むむっ!? むぅ……落ち着け、俺……落ち着け、マイサン……」 ……しかし、まだ子供だと思っていたけど、諷歌もこういう風なことを考えたり描いたりするんだな……。 さすがに局部を詳細には描けないようでホッとはしたものの、衝撃的な出来事に変わりなかった。 まあ諷歌だって、そりゃ…こういうこと、興味あるんだよな。 「……やっぱり諷歌もこういうこと、期待してるのかな」 兄として、そして恋人として……かなり複雑な心境になる。 「いや、それ以前にこういうものを描き続けさせるのはどうなんだろうか? いや、でも趣味の範囲だし、それに全部がこれというわけじゃ……」 「……でも何かのきっかけで皆に知れ渡ったら困るだろうし……でも、俺がそんなこと言ってもなぁ……う、う〜む……」 だめだ……色々考えたら頭が冴えてきた。今夜はどっちにしろ眠れなさそうだな……。 「兄さんっ、兄さん起きてっ!」 「ほげ!? んあ……」 ああ……なんだもう朝か……うぅ……しかし悶々としたせいか全然、寝た気がしねぇ……。 「もうっ……また寝不足なんですか?」 「う〜ん? ま、まあなぁ……」 寝ぼけ眼で、ふと諷歌を見る。 と、なぜか昨日のマンガのヒロインが重なり、淫らに乱れるシーンが脳内で再生された。 「あうっ……」 「ん? どうかしたんですか、兄さん」 「い、いや、なんでもないっ!」 駄目だっ、俺! ここで全開フル勃起はまずい! 「どうしました? お腹を押えて……」 「いや、なんでもない大丈夫! ちょっと腹減ったなーなんてな! あはっ、なはははっ!」 「そうですか……それじゃ、着替えてすぐ行きましょう」 「じゃあ、出てますからね」 「ふぅ……なんとか気づかれずに済んだか……」 しかしあのマンガ……ジワジワ来るな……今日1日冷静でいられるか、気が気でないぞ……。 「あっ、返さないと……後、ついでに続きも……」 いや……今、蒸し返すのはまずい。悶々とした俺的に、ひじょ〜に、まずい。 「補講が終わってからで良いか……」 まずは着替えないと……なんとかこれを鎮めてな……。 そんなこんなで、悶々と寝不足のまま補講を終え、なんとか無事に今日を乗り越えた。 「あー、えっと……諷歌。帰りちょっと俺の部屋に寄っていかないか?」 「え? 良いですけど……」 「ほ、ほら、例のマンガ。返さないといけないだろう」 「あっ……うぅ……そ、そうですね……あ、あの……どうでしたか?」 「う、うん。その感想もひっくるめて、ちょっとお茶しよう」 「ええ……わかりました」 よし。これでいい。これで2人きりでちゃんと話せる。 正直、感想を言うべきか悩んでいたが、俺は諷歌の兄だ。 兄として、やはり教育上よくないものだと教える道を、昨日の夜からずっと考え選択したのだった。 「お、おほんっ! それで結論から言うとだな……」 「は、はい……」 「え……エッチなのは良くないと思います!」 ズバッとはっきり、諷歌に言い放つ。 「……は?」 「だ、だからなっ。その、興味があるとかそういうのは良くわかる。わかるんだが、さすがに自分で書くのはどうかなと……」 「い、いや、世の中には色々な本があるし、そういうのがいっぱい書いてある本は、お兄ちゃんも嫌いではない!」 「き、嫌いではないんだが、しかしなぁ……その、やはり学生の身分というものがあるからして……」 「お、女の子が書いているのはその……やっぱりいただけないんじゃないかなぁ……なんてな……」 「え……」 「ま、まさかそんなっ!?」 諷歌は勢い良く自分のマンガを見直す。 「ふええええぇっ!? な、何でこっちっ!? なんでこっちの方を兄さんが持ってるのっ!? きゃああ〜〜っ!」 青から赤へ。一気に顔色が変わった。 「ええーーっ!? こ、こっちが聞きたいぞ。なんだ? それ諷歌が書いたやつじゃないのか?」 「う、ううぅ……か、描いたのは私です。けど……描いているときのこと、覚えてないんですよ……」 「は? どういうことだ?」 「た、たまにあるんです。その……集中しすぎて無意識で書いちゃうことが……」 「後で見返した時にビックリするんですが、そういう時に限って、すごくいい出来だったりして……」 「その、どうにも捨てられなくて……」 確かに、あのクオリティはなかなか……。 「だ、だから私、子供用と大人用と分けて保管してたのに……あうぅ……」 「ま、間違えたってことか」 「ああぁ……昨日、すごく褒められちゃったから浮かれちゃって……つい確認せずにそっちの方を……」 「ひいぃ〜〜。それをまさか兄さんに見せちゃうなんて……ううぅ……は、恥ずかしいぃ……」 気まずそうにマンガで顔を隠す。いや……でもそのページって思いっきりチョメチョメしてる箇所じゃないか? 「まあ、その、なんだ。無意識なら仕方ないな、うん。その、何か意図して、俺に渡した訳じゃ……ないんだよな?」 「あうぅ……い、意図? 意図って……どんな?」 「え? それは……」 諷歌もこういうことに興味があって……そんなアピールを俺にしてきたとしたら……。 そんな考えがふと浮かび、ドキドキしてしまう。 い、いや! それはない! それはないってことで昨日の夜からの脳内会議は決めたんじゃないか! それは揺るがない決定事項! 決定事項――。 なんとなく、視線が目の前で恥ずかしがる諷歌の胸にいってしまう。 (お……やばい……でかいな、オルカ……じゃなくて諷歌……) 「ああっ、何を考えているんだ俺は……!」 ああっ、なんでそこを見る! なんでそこで考えるっ! 考えちゃ駄目だろう! もう決めたことだろう! 今は諭すのが俺の役目――。 「兄さん……今、私の胸……み、見ましたよね……」 「ぐはっ!」 情けねぇ……もう、ほんと情けねぇ。 説教を垂れてたくせに、これじゃ諷歌のことを言えないじゃないか。 いや、むしろそれ以上だ。肉欲の塊、最低野郎だって思われてるぞきっと……ああぁ……。 「兄さん……」 ああ、来た。きっとこれはもう死刑宣告……『最っ低!』とか『見損ないました!』とか言われるんだろうなぁ……。 「ううぅ……はい、なんでしょう、諷歌さんごめんなさい」 「触って……みますか?」 「はい、ごめんなさい……」 「……え?」 「興味、あるのは、お互い様ですし……っ。私はその、兄さんのこと……だ、大好きですから……うぅ」 「あ……ああ……」 そ、そうだよな……俺達は家族ってだけじゃなく、もう恋人……恋人同士……なんだよな……。 「諷歌……」 「兄……さん……」 たまらなくなって、その場で諷歌をギュッと抱きしめた。 「ん……いつも起こしに来るだけだから……こうしてベッドに座るとちょっと新鮮です」 「そ、そうか……悪いな、汚くて……」 「ふふ……そうでもないですよ。意外とそういう所は兄さんはちゃんとしてるから……」 「……」 「……」 俺の部屋に移動したは良いが……妙な空気だな。 しかもドキドキしすぎて、何をしようとしているのか自分でも良くわからなくなってるし……。 「あの……兄さん……その……さ、触っても……良いんですよ?」 「お、おう……」 しかしまさか諷歌から誘われてしまうとは……嬉しいけど、やっぱり複雑な気分だ。 でもそれ以上に……妹の胸に触るって背徳感がなんともこう……興奮するというか…… い、いや! 今は妹じゃなく恋人だ。そう……だから問題は無い! 「それじゃ諷歌……さ、触るぞ……」 「は、はい……どうぞ……」 「あっ、ふうぅ……んんっ、ん……」 ああぁ……やばい……相変わらず、溜息がでてしまうほど諷歌の胸は柔らかすぎる……。 以前と違う、恋人として感じる諷歌の感触は、とても刺激的だった。 「んあっ、んうぅ……兄さんの手が……私を触ってる……んんっ、ああぁ……」 「い、痛かったか?」 「あ、いえ、そうじゃないです……ん……」 「ただ、こういう場所を兄さんに触られてるって思うと……んぁ……なんだか余計に恥ずかしくて……」 「そ、そうか……俺も諷歌に触れてると身体が熱い……」 小柄な体格なのにずっしりとした重みのある、大きな胸の感触は、たまらなく気持ち良い。 「んんぅ……はうっ、あっ、んふぅ……んくっ、あんぅ……やんぅ……だんだん強くなって……ああっ! はぁつ、んふぅ……」 「だ、大丈夫か?」 「だ、大丈夫ですけど……なんだか触り方が……んん……いやらしいです……んふっ、はあぁ……んっ、あんぅ……」 「ま、まあそれはな……謳歌の胸だからついそうなっちゃうんだ」 「ああっ! んふぅ……もう、エッチですね……んんぅ……兄さんも……やっぱり大きい方が好きなんですか? あっ、んふぅ……」 「あ、ああ……もちろん」 ああ……しかしなんて触り心地なんだ、これは……! 一度触り始めたら止まらなくなりそう。 ……もっと……もっと触れて、触って、弄りたい! 「……あっ!」 いや、ちょっと待て。確か諷歌って大きいことにちょっとコンプレックスを持っていたよな……。 「わ、悪い。俺、ちょっと調子に乗りすぎだな」 「んううぅ……兄……さん……? ん……どうしたんですか?」 「い、いや……ほら、あまり考えなしに触りすぎたかなって思ってさ。その……もう少しゆっくりでもいいよな……なんてな……ははは……」 「もしかして……私が胸を気にしてるから……ふふふ……ありがとう、兄さん」 「い、いや……あはは……」 「……でも兄さん? 手がうずうずしてるのが見え見えですよ」 「え? あ……」 ちょっ!? なんで気づかないうちにまた触ろうとしてるんだ、俺の右手! 「ふふ……でもすごく気にかけてくれてるんだってわかって嬉しいです。だから……優しくしてくれるなら、もっとしてもいいです……」 そっと俺の右手を諷歌が握ってくる。 「うっ……そ、そうか……その……ごめん」 「いいんです。好きな人にはもっと見てもらいたいし、触ってもらいたい……女の子はそう言うものですから……」 「ん……それじゃ優しく……ぬ、脱がすよ」 「あっ……は、はい……」 お、おお……こ、これが諷歌の生乳……!! 重量感たっぷりだ……。 しかし、いつ見ても肩幅よりも大きい胸囲とか……ホント、凄まじいな。 「はううぅっ!? んんぅ……兄さんの手……すごく温かい……んふぅ……はっ、んあぁ……んんっ、あうぅ……」 「諷歌のも、熱い……それにすごく可愛いぞ、そのブラ……」 「はうぅ……そ、そういうこと……兄さんに言われるとは思わなかった……んんっ、あうぅ……で、でもありがとう……ん……」 「ん? もしかして……照れてるのか?」 「ん……そ、そういうわけじゃ……んんっ、あぁ……ないですけど……あっ、はんぅ……もっと身体が熱くなっちゃって……んうぅ……」 「気持ち良くなってきたってことかな……」 「ふえっ? あんぅ……そ、そんなの……私から言えるわけ……ないじゃないですか……んんぅっ! はうぅ……」 諷歌の頬が、凄く赤くなっている。 「……そうか……でもそうやって恥ずかしがる諷歌……もっと見たいな。全部、見てもいいだろう?」 「ええ? あっ……あうぅ……で、でもちょっと待って下さい……そ、その……変かもしれないし……」 「変なもんか。こんな素敵な彼女の裸なんだぞ? どんな姿でも、変になんて思わないさ……ほらっ……」 少しだけ強引に、諷歌の抑えようと擦る手を封じて、一気にめくる。 「ひううぅ……あうっ、んんっ! あうぅ……」 「全然、変じゃない……すごくきれいだよ、諷歌……」 ブラに収まっていた豊満な胸が飛び出すようにして目の前で揺れる。 そのきめ細やかで美しい柔肌は、まるで俺を吸い寄せるような魅力に満ちていた。 「なんだか綺麗すぎて……もっと触りたくなってくる」 「ええっ!? やんっ、んふぅ……んんんんぅっ!」 なんてやわらかいんだ……俺の身体のどこにもないこのやわらかさはまさに未知の感触……。 しかも押し込むと指が埋まりそうなほどのボリューム……一瞬、手の先から溶けていってしまいそうな感覚に襲われる。 「んくっ、はうぅ……んあぁっ、あうっ、んんぅ……あ、ま、待って兄さん……ちょ、直接だからちょっと余計に感じて……はうっ、ああっ!」 「駄目だ。こんなすべすべで吸い付くような気持ち良い感触を味わったら、止められないよ」 「あうっ、はううぅっ! んんっ、あんぅ……も、もう兄さんったらぁ……んんっ、あはっ、あうぅ……ああんっ!」 なんだか困った顔をしたけど、でも気持ち良さそうだな。これならもう少し触ってみても良いかもな。 ……じゃあ、ちょっとだけこのとがった乳首を……。 「んんぅ……ひゃんっ!? あっ、やん駄目ぇ……そ、そこは触ったら……ああっ、んあっ、はうぅっ!」 「エッチな声が大きくなってるぞ」 「んぬっ、はうぅ……に、兄さんのいじわる……んふっ、はあぁ……んうぅ……に、兄さんのエッチぃ……ああぅ、んくっ、はああぁっ!」 ああ……諷歌、本当に俺の手で気持ち良くなって来てるんだな……。 し、しかしこのエッチな声と反応はやばいな……もう俺の股間……暴発しそうだっ……。 「んんっ、んうぅっ! あんぅ、駄目ぇ……身体が、火照りすぎちゃうぅ……ふあぁ……あっ、んくっ、はあぁ……兄さんやり過ぎぃ……」 「う……わ、悪い。諷歌……お、俺もう我慢できない!」 「んくっ、はぁ……? え……」 「きゃんっ!? んくっ、んぅ……に、兄さんっ!?」 乳首を引っ張ってから手を放すと、大きな胸が勢い良く揺れる。 もう、ここまできたら止められない……。 「はあぁ……はあぁ……諷歌……俺もその……気持ち良くなりたいんだ……」 「んんぅっ! あんぅ……そ、そう……んんぅ……でも、それって何を……」 「胸で、ちょっと……いいか?」 「え? む、胸? 胸で何をするの……?」 「大丈夫、諷歌もたぶん知ってることだから……俺に任せてくれよ。無茶しないから」 「ん……そ、それならいいですよ……私も……兄さんが気持ち良くなるなら……う、嬉しいし……」 「ありがとう、諷歌っ」 体勢を整え、ペニスを胸に――。 (あ……わあっ! こ、これが兄さんの……!?) いきり立つペニスが眼前に躍り出た瞬間、諷歌は大きく目を見開いた。 マンガでは白抜きになっていたし、アダルトサイトでもモザイクがかかっていた。 つまり、実物を見るのはそれこそ初めてなのだろう。 「び、ビックリした?」 「え、ええ……。す、凄い、こんなに、大きくなるんですね……」 これもいずれはマンガの資料として引用されてしまうのだろうか……。 「な、なんか、たくましいですね……」 ただ思ったままの感想なのに、褒められているような言葉で嬉しくなる。 「つまり、この、兄さんのを、私の胸で……」 「うん、挟んで気持ちよくしてもらうのが、パイズリ」 「な、なんか恥ずかしいです、その単語……」 俺も快感に流されて露呈はしたものの、異性にハッキリと見られるのは初めての経験だ。 当然、緊張だってする……でも、あの柔らかい双丘の谷間に挟まれることを想像するだけで……イッてしまいそうになる。 そして、なにより、年端もいかない小柄な少女の胸を、まるで性欲を満たす為だけに使おうとしているのだ。 しかも、妹相手に……ひりつくような背徳感が、更に興奮をかきたてる。 「ふ、諷歌……じゃあ、いくぞ?」 「は、はい……」 うっかり射精してしまわないよう、おそるおそるペニスを諷歌の胸の間に沈めていった。 「ん……うっ、なに? ん……ぬ、ヌルヌルしてる……んんぅ……」 先走りがすべすべとした肌に塗り込まれていく。 うわぁ……挟んだだけでこんなに気持ちいいのか……。 腹筋を引き締めて、こみあげてくる射精感を抑え込んだ。 「んんぅっ!? あんぅ……こ、これって……恋人同士でやるっていう……」 「ああ……まあそんな感じのパイズリってやつだ。ちゃんと覚えてたな」 「え? あううぅ……わ、忘れかけてましたけど、思い出してしまいました……ん……まさか、それを今、やるんですか?」 「そう」 それにしても、やっぱりこれくらい大きいとすごい……グッと強く挟むと全部包み込んでくれる。 ああ……ここで動いたら、たまらないだろうな……。 「それじゃ、諷歌……ゆっくり動くから……」 「は、はい? んふぅ……え、ええ!? む、胸を使うってそういうふうに使うんですか!? んっ……あんんぅ……」 「調べたんじゃないのか?」 「んんっ、ふうぅ……だ、だって絵だと挟んでいただけだったから……挟むだけで気持ち良いのかと、ん、あ……」 「確かに挟むだけでも気持ちいいけどな」 「け、けど、こんなの……な、なんか胸をオモチャにされてるみたいで、う、うぅ……は、恥ずかしいっ、です……」 「そ、そんなこと言われても……」 「だ、だって、兄さん! 胸をぐにぐにって、いっぱいこねくり回して……んっ、あ、遊ばないで……」 子供にこんな性的な愛撫をしてるというだけでも、ドキドキするのに。 この豊満なおっぱいを自由に弄ぶことができると言われたら、もう……! 「諷歌の胸……っ、最高だよ……ずっと、こうしていたいくらい……」 「も、もう……兄さんったら……」 「わ、わかりました……兄さんのしたいように、して、いいですよ……」 承諾を受け、意識の赴くままに、無言で諷歌の胸を貪る。 「はぁ……っ、やっ、ああっ……んっ、んんん〜〜〜んっ、く、くぅ……ん」 「ふぅ、あっ、はぁ……兄さんのさきっぽが、見えたり、隠れたり……」 手のひらに収まるほどの面積……よくよく考えると諷歌の乳房はそこまで大きいわけではない。 確かバストサイズも、90未満に収まっていた。 だが、その胸を支えている小柄な体格も相まって、諷歌の胸が際立って大きく見える。 「なあ、諷歌……下着のカップって、どれくらいだったっけ……?」 「え……!? ま、また、それを聞くんですか……っ!? というか、もう教えませ、んっ」 「Kカップだっけ……?」 「……! そ、そんなに大きくありませんっ!」 「そっか、Gカップだ」 「……そ、それくらいです、たぶん」 「そうだったっけ?」 「あうぅ……、これじゃもう言ってるようなもんじゃないですか……」 「もう一度、教えてくれよ。諷歌に可愛い下着……プレゼントしたいんだ。この可愛い胸にピッタリ合ったのを……」 「や、やめてくださいっ。そんなことしたら、変態と間違われて捕まりますよ……っ!」 「も、もう……次はもうないですからねっ。しょ、しょうがない兄さんなんだから……」 「H……」 「エッチ!?」 「に、兄さんがエッチだって、言ってるんです……ぅっ!」 くぅ……可愛いなあ、諷歌は! そんな可愛い諷歌の胸を揉みし抱きながら、前後にペニスを擦りつける。 他愛ない会話も、すぐにイッてしまわないようにする為の苦肉の策だったりもしたのだが……。 「ご、ごめん、諷歌……俺も、動いていいか?」 「う、動くって……」 「こんな風に、動いた方がもっと気持ちいいから……くぅ……」 「はうぅ……そ、そうですか……あっ、んふぅ……そ、そんなに気持ち良くなってくれるなら良いですけど……ああぁ……んんっ!」 「それに、動いた方が諷歌も感じるだろ? ほら、また声が出て……」 「んんぅっ!? あうっ、んふぅ……だ、だって兄さんの熱いのが……」 「い、いっぱい動くと……んんっ、ああぁっ! あうっ、んうぅ……」 「胸が擦れて……んくっ、んんぅ……あ、熱くなっちゃうぅ……」 「はうっ、ああぁっ! んあぁ……はうっ、ん……ああぁっ!」 「良かった……もっと動くぞ」 「ひんぅっ! あうっ、やんぅ……ああっ! も、もっとぉ!?」 「んあっ、あっ、あふぅ……んんぅっ! あっ、ああんぅ……ああっ!」 「はあっ、あ……っ、あっ、ああっ! あんっ、く、ふっ、うう……っ! んくっ!」 くっ……俺のがまん汁と諷歌の汗で滑りがかなり良くなってきてる……。 それに柔らかすぎる胸がペニスにぴったり付くから、擦れるとすごい。 「あ、や……ひやあっ! あ……んっ、そんな、ん、乱暴にしたら……やあっ」 「わ、悪い……っ。つい……」 「も、もう……そんな夢中になるほど、き、気持ち、いいんですか……?」 「う、うん。凄く……」 「ん……んんっ、兄さんの先っぽから、エッチなお汁が出てます……」 「諷歌のおっぱいが気持ちいいって証拠だよ……」 「私の、おっぱいで……兄さんのこと、喜ばせてあげられてる……」 「胸だけおっきいの……凄くいやだったのに……兄さんが喜んでくれて……」 「はぁっ、ああ……っ、んん〜。兄さん、いいですよ……っ、もっと気持ちよく、なって下さいっ」 諷歌は肩の緊張をほどき、俺に文字通りその身を預けた。 「あっ、くっ、ううっ、ふっ……んっ、はぁっ! やっ、は、は、はぁ……!」 「はぁ、はぁ……やぁ、あんっ、く……ふっ、うう、うん、ん〜、ん〜っ、うう〜」 諷歌の乳房をもみくちゃにしながら、前後にピストン運動を続ける。 我慢汁が潤滑油となって、肌と肌が擦れ合っていくたびに、背筋を快感が突き抜けていった。 「はっ、はっ、ああ、んはぁ……あんぅ……んんっ、ああんっ!」 「んんぅ……ああ、兄さん……すごく気持ち良さそうな顔になってますよぉ……」 「……んんっ、あっ、んあぁ……はうっ、んんぅ……んふっ、ああんっ!」 「はうぅ……んんぅ……兄さん……パイズリ好きなんです、ねっ……」 「ああ……好きだぞ……諷歌の胸、気持ち良すぎで……ぐっ! だ、駄目だもう……」 「んえ!? あっ、んうぅっ! やんっ、は、激しすぎぃ……ああっ、あっ、はうぅ……ああぁっ!」 「はぁっ、はあっ、あ、あっ、ああっ! はくっ、う、ううっ、んー、んん〜〜っ!」 「くっ!」 「んんんぅっ! ひうっ、あんううぅっ! あうっ、あぁ……で、出たぁっ!?」 「はあっ、ん……んぷっ! ん、あ……ああっ! はっ、あぷぅ……」 「んっ、んぱっ……はぁ……っ、はぁっ……あぁ……」 「わ、悪い……こんな出しちゃって……」 「んはあぁ……はあぁ……あっ、んうぅ……んんぅ……んくっ、ふはぁ……」 「む、胸の中でまだ……ピクピク震えてるぅ……んんぅ……兄さん……気持ち良かったの……?」 「ああ。ありがとう、諷歌。すごく良かったよ」 「んんぅ……そう……それなら良かったぁ……はあぁ……私も、とても良かったです、からぁ……」 「そうか……諷歌も同じくらい感じてくれていたのか……」 少し激しくしすぎたかと思ったけど……良かった。 「んんぅ……でもすごい量ですね……ふぅ……これが、兄さんの……ぺろっ、ちゅ……んんっ……」 「なっ!? いや、別に舐めなくても……」 「んべっ!? あう゛うぅ〜〜……変な味……あんまり美味しくないですよ、これ……」 「だから言ったのに。でも俺のために頑張ってくれてありがとうな」 「あ……は、はい……ん……。兄さんのだったら……いつでも、胸で受け止められますよ……ふふふ……」 「諷歌……」 そんなふうに微笑まれたら……可愛くて仕方がないじゃないか。 「はあぁ……こうして兄さんを身近に感じると……すごく安心する……んんっ、あんぅ……」 うっ……なんだかこんなにいやらしく乱れた姿を見てたら、もっと興奮してきた……。 「……あ、あれ……」 謳歌……よく見たら秘所が濡れてる……? もしかしてパイズリで感じてたのか……。 「……謳歌。お前の方はまだ物足りないんじゃないか?」 「なっ!? うっ……な、何を言っているの……兄さん……」 「だってほら……ここ、良く見せて……」 「うやああぁっ!? な、何っ、兄さんっ!? んんぅ……だ、駄目っ……み、見えちゃう……ううっ、ううぅ……」 「でも確かめたかったから……ほら、やっぱり……諷歌のここ……濡れてるよ」 「あうぅっ! うぅ……み、見ちゃ駄目……こ、これ以上見たら……見られたら、私だって……んんぅ……」 視線から逃れようと諷歌が動く。でも動くと余計に愛液が染み出して溢れてきた。 「諷歌……俺、諷歌のことも気持ち良くしたい……」 「あっ……そ、それって……もしかして! け、けど、それじゃ私達……」 「……」 互いに気持ちよくなることは、つまり最後まで……いわゆるセックスをすることになる。 しかし、恋人同士と宣言をしたものの、やはり兄妹としてはなかなか踏み越えられない一線だ……。 けれど、今目の前にいる諷歌が愛おしくて、俺は―― 「ああっ!? に、兄さんそれ……く、くっつけちゃ駄目……そ、それ以上はほんとに……んんぅ……」 くっ……秘所にあてがった感触……熱くて、ぬるぬるでやわらかくて…… このまま諷歌と繋がれたら……愛し合えたら……どれだけ幸せなんだろう。 (ここで……兄さんを受け入れたら……私達、もう2度と戻れない……) 「ふ、諷歌ぁ……っ」 快感に任せて、諷歌の小さな膣穴にあてがう。しかし―― 「だ、だめ、兄さん、そ、それ以上は……っ、やっ……!」 諷歌が小さく震えている……。 やはり兄妹としての居たたまれない背徳感が押し寄せているのか。 それに加えて、小柄な体格だ……ペニスをくわえ込むということ自体、怖がってもおかしくはない。 彼女の弱々しい抵抗の声が、俺を留まらせた。 ……まあ、そうだよな。 「……悪い。少し焦りすぎた」 「ううぅ……そ、そうじゃなくてあの……私、その、なんていったらいいか……」 「ごめん……年上の俺が、こんな勢い任せで、しようとするなんて……」 「私こそ、ごめんなさい……兄さんの、私を凄く欲しがってくれてるのに……」 「んんっ、ああんっ!? はうっ! あうぅ……」 「え……?」 でも性器が触れた瞬間、喘ぎ声を漏らしたぞ……。 「もしかして諷歌……擦られると実はすごく気持ち良いのか……?」 「うっ……ううぅ……い、言わないでよ兄さん……あうぅ……恥ずかしいぃ……」 まあ……あれだけ胸で感じてくれてたから、こっちだって感じて当然か。 でもそれなら諷歌をもっと気持ちよくさせたい。 そうだ……お互いに気持ち良くなれる方法があるじゃないか。 「諷歌。もう少し気持ち良くならないか? ここを使って……」 「え、ええ!? んぅ……で、でもそれはさっきも言ったはず……」 「大丈夫……俺に任せといて。これなら、大丈夫だから、きっと……」 こうして、愛液をまんべんなくペニスに塗りたくって…… 少し腰は浮かして……うっかり挿入してしまわないように気をつけながら……。 「ああぁっ!? ふあぁ……あふっ、んんぅっ! んふっ、ええぇ?」 「な、何これぇ……兄さん……ああっ、んんぅっ!」 「くっ、ううぅ……どうだ、気持ち良いか? 今、諷歌の入口に俺のを擦りつけて動かしてるんだ」 「何、それぇ……んんぅっ!? はあぁ、あふぅ……んんっ、ああんっ!」 「んふぅ……そ、そんなので……こ、こんなに良いの……?」 「これなら諷歌と一緒に、気持ちよくなれ、る……はず」 「んくっ、ふああぁんっ! んんんぅ……はあっ、はうぅ……」 「す、すごい、気持ち……ぃい、は、初めては痛いって、聞いたのに……っ」 「い、いや……それは、挿入したら、だから……な?」 「えっ、あ、う、うぅ……そ、そうなのですか……」 (そ、そっか……まだ、兄さんとは……きちんと、結ばれては、いない……) 「いいんだ、諷歌……今はこれでも。今日は間違って入らないよう、気を付けるからな」 「う、うん……兄さんのこと、信じてます、から……っ」 「だから、安心して気持ちよくなって……」 「はあっ、あ……! や、あく、う、うう〜〜〜っ! ふっ、ふはぁ!」 うっ……諷歌の秘所、ヌルヌル滑りすぎだ。感じまくって愛液が出すぎてるのか……。 「あっ、ああっ、ふうっ、んんぅ……ああっ! はっ、く、うっ、ふううっ!」 「あんっ、んあぁ……あっ、うんぅ……んっ、んっ、あっ、はあっ! あふぅ……」 「どうかな、諷歌……変じゃない?」 「うんっ、くぅ……す、すごく気持ちいいぃ……んあぁ……」 「はあっ、ああぁ……んんっ、あっ、ああぁ……兄さん……これ、とっても、いいですぅ……」 「よかった。それじゃもう少し速く……」 「んんぅっ!? はうっ、ああっ、あっ、あんんぅっ! うんっ!」 「はっ、ふあっ、いいよぉ……すごいのぉ……ああっ、はうっ、うんっ、んんぅっ!」 諷歌の膣口……プニプニしてるから、速くすればするほど、快感も増す。 「う……ふっ、やんっ!? はうぅ……い、今、先が当たったぁ……!」 「んんっ、あっ、ああぁ……んんぅっ! はあっ、ああぁっ!」 瞬間、先端が割れ目に軽く引っ掛かった。今のは危なかったな……もう少し気をつけないと……。 とはいえ、そんな気を回している余裕もないほど、諷歌の膣口と太ももの三角形が気持ちいい。 「んうぅ……はうっ、あっ、んんっ! はあぁ……で、でもこれ気持ち良すぎぃ……んんっ! す、すごく熱くなっちゃうぅ……ああっ!」 (も、もしかしてぇ……はあっ、あっ、んふぅ……せ、セックスって……これよりももっと気持ちいいのぉ……?) 「うんっ、ああんっ! はっ、はうぅ……うっ、ううっ……く、くぅんっ」 「に、兄さん……っ。こういうことで気持ち良くなっちゃって……あっ、あん……ほんとに良いのぉ……?」 「……どうだろうな。胸を張って良いとは言えないかもしれない……」 兄妹で交わす禁断の遊び。 けどもう、俺の心も体も、諷歌を求めちゃって仕方ないのだ。その意志を、激しいピストンで伝える。 腰を打ち付けるたびに、小振りの尻肉がたぷたぷと波打つ。 「はあっ、ああぁっ! んっ、んううぅ……うんっ、うんっ……こ、これくらいなら……いいですよねっ!?」 「う、うう……っ」 うなり声をあげながら、諷歌の肌と肉を股間いっぱいに感じていく。 不安そうな諷歌の手を強く握り、荒々しく腰を振る。 「ふっ、うんんぅっ!? はっ、はううぅ……な、何い、いまのっ?」 「ああぁっ! 兄さんっ、私ぃ……き、気持ちっ、良すぎちゃうぅ……ああっ!」 「す、すごいのぉ……んんっ、あっ、ああぁっ! はああっ、あふっ、うう〜〜〜」 「あ……ぐっ、頭が真っ白になっちゃうよおぉっ! んんぅっ! ふあぁっ、あっ、あうっ、ううんぅっ!」 「う、イク……っ、また精子出すよ……諷歌っ、出るっ!」 「は、はいぃっ! いいっ、いいぃっ! 兄さんっ、いいっ、精子、んぐっ、出してええぇっ!」 「はああぁっ! ああっ、あんっ、んなああぁっ! あ、あ、あ、あ、あ、あっ!」 「ふっ、あっ、ああ〜〜〜〜〜〜っ!」 「ひああああぁっ! あっ、ああっ、んああああぁぁぁぁっ!」 力が込められた太ももを押しのけるようにして、暴れ回る肉棒。 2回目なのに勢いが全然違う。 「ふああぁっ! んんっ、いっぱい射精してっるぅっ……ふっ、うぅ〜〜〜」 「んんっ、ふああぁっ! 兄さんのがっ、熱くぅ……んんっ、んくっ、はううぅ……」 「はぁ……っ、はぁっ、あ、あ、あ、あ……あああ、うぅ〜〜〜〜〜ん」 ビクッ……ビクッ……と、射精の躍動に合わせて、諷歌もまた身震いをする。 「んんっ、んふぅ……はあっ、はあぁ……また……すごく、出ましたねぇ……」 「んんっ、ふうっ、ふうぅ……あぁ……、おまたと足が、兄さんので、ベトベトに、なって、るぅ……」 「俺のだけじゃなくて、諷歌のも……な」 もじもじと両脚を擦り合わせるたびに、愛液と精液が混じってネチャネチャといやらしい音を立てる。 「……兄さん、気持ちよかった、ですか?」 「あ、ああ、もちろん……諷歌は?」 「私も……こ、こんな気分、初めてです。ポーッとして、熱いのが止まらない……」 「今はもう、兄さんに抱きしめられてるだけでも、気持ちいいです……」 「諷歌……」 「こうやっていると、兄さんと繋がっているみたいで……」 「ああ……そうだな、諷歌。こうして愛を確かめ合えて俺も嬉しいよ」 「ん……兄さん……んっ、ちゅっ」 互いの行為に感謝と労いを込めた口づけ。諷歌の匂いが、俺の体に染み渡り……愛しさが止まらない。 ぎゅうっと背後から、覆い被さるようにして抱きしめる。 諷歌の温もりが心地いい。これが……幸せの温度なのかもな……。 (兄さんの体、おっきい……私の全てを包み込んでくれてるみたいで……) (すごく、安心する……) (兄さん、怖がっていた私の為に……本当は繋がりたいのを我慢して……) (でも、気持ちよくなってくれた。私で、こんなに、いっぱい……射精して……) (今まで見たことのない、兄さんの、あられもない姿がまた見られる……) (もっと……もっと、兄さんに喜んで、欲しい……っ) (けど、私達は……兄妹、だから。これ以上したら、もう、家族には戻れない……) (きっと、このまま続けていたら、いずれは――) 「なあ、諷歌……次の日曜日、暇か?」 「はい。特に用事はありませんけど」 「そうか。実はな、ちょうど昨日の夜に雑誌を眺めていたらこんな記事を見てさ……」 「なんですか……」 持ってきた雑誌のページを開いて見せる。 「わあぁ〜〜っ! すごい! 可愛いホワイトタイガーの赤ちゃんですね!」 「ここって……いなみ市の動物園じゃないですか。もしかして、赤ちゃんが来るんですか?」 「ああ、今度の日曜日にね。だから諷歌と一緒に行きたいなと思って。諷歌、大好きだろ?」 「ええっ!? もちろんですよっ! うふふ、いいですね♪ いいですね〜〜! はあぁ……可愛いなぁ……」 また雑誌を食い入るように見て、うっとりとする。 ふふ、そんなに喜んでくれるとは思わなかったな。 「……はっ!?」 「うっ……へ、へー。そうですか。ふ、ふーん……」 あれ? また元に戻っちゃったな……。 「で、でも……でももうそういうので、はしゃげるほど私、子供じゃないんですけどね」 「うん。全然、はしゃげませんね。子供じゃないですから」 ああ……そう言うことで、無理矢理平静を装ってるのか……。 でも諷歌……お前、さっきからチラチラと記事を見てるけどな。 「ま、まあ兄さんが行きたいって言うのなら、ついていってあげてもいいですけれど?」 「ふふふ……ああ。じゃあ是非、ついてきてくれよ」 「う、うん……わ、わかりました」 「――それじゃ仕方ないから一緒に行ってあげますね♪」 そんな素直じゃなく強がってても、もう顔がにやけてるんだけどな。 「ホワイトタイガーの赤ちゃんですか……ふ、ふ〜ん……」 「……とりあえず、その雑誌はあげるから、ちゃんと前を向いて歩こうな、諷歌」 「わ、わかっていますよっ! も、もう……」 「でも……あ、ありがとうございます……兄さん……」 「おう、こちらこそ。さーて、楽しみだな〜。諷歌とデート」 「なっ!? で、でで、で、でえーぇっ!?」 「ほらほら。落ち着いて、落ち着いて」 「うっ、ううぅ……まさか、兄さんに諭されるとは思いもよりませんでした……」 ま、そんなことを言った俺も内心、実は結構、嬉し恥ずかしでドキドキしてるんだけどな……。 しかし、無事デートの約束が出来てよかった。ああ……日曜が待ち遠しいな……。 そして、当日――。 「ふぅ……」 「大丈夫か? なんだか目の下に隈ができてるみたいだけど」 「そ、そんなことないですよ。昨日はちゃんと早い時間にベッドに入ったんですから」 「……入ったのはよかったけど、その後、眠れなかったんじゃないのか?」 「うぐっ!?」 なんだ、図星だったか。 「ま、まさかっ。私に限ってそんなことはありません」 「そうだよなぁ〜。子供じゃないんだし」 「そ、そうなのです」 「まさかホワイトタイガーの赤ちゃん見るのが嬉しくてドキドキして眠れなかったことなんてないよなぁ〜」 「ぐうぅ……そ、そうですよ。そんなことなんてありません」 「……そっちじゃなくて……兄さんがあんなこと言うから意識しちゃったんですよ……っ」 「え? なんだって?」 「……なんでもないですっ! それよりも早く行きましょうっ♪」 「あ、ちょっと引っ張るな……お、おい!」 なんだよ、急に元気になって。まあこれくらい元気があれば大丈夫かな。 引っ張られながら、お目当ての場所へと向かう。 「う、うわ……」 「そんなぁ……こんなにいっぱいいるだなんて……」 ホワイトタイガーの檻の前だけ、人がいっぱいいすぎる。もしかして、あの記事のせいか? 「やっぱりすごい人気なんですね。可愛かったですものねぇ……あの記事の写真……」 「ああ、そうだな。全然見えない……あっ、ちょっと見えた」 「え、ええっ!? ど、どこどこ? 兄さんどの辺ですか?」 一生懸命背伸びしてキョロキョロと頭を動かす。だが諷歌の背丈では当然、見えるはずもない。 「うーん……あ、そうだ。諷歌、ちょっと来て」 「ん……なんですか、兄さん……」 「今、見せてやるから……なっ!」 「はっ――」 「はああぁっ!? やややや、やだ兄さんっ、なにしてるんですっ!? きゃうっ!」 「ば、ばか暴れるなよ。バランスが崩れるだろ」 「そ、そんなこと言ったって……こんな子供っぽいことをされても困りますっ! あわわ……に、兄さんっ!」 「ほら、しっかり掴まれよ」 「うっ、うぅ……も、もうっ……こんな歳になってまで肩車なんて……酷いですよ……」 「悪い悪い。でも、諷歌があんなにも楽しみにしていたからさ。なんとしても見せたかったんだよ」 「ん……そ、そこまでしてくれなくても……」 「それで、見えた?」 「……はい。ちゃんと見えました」 「どうだ? 感想は」 「ん……もふもふして可愛いんですけど、視線はキリっとして……なんかかっこよくて、可愛いです……」 う、うーん……わかるようなわからないような……。 「……で、でもあの……見ることが出来て……良かったです。ありがとう、兄さん」 「うん。それは、よかった。もうしばらく見てみよう」 「はい……」 ふう、大人しくなってくれたか……まあ俺にはこれくらいしか出来ないからな……。 でもしっかり見ることが出来てよかった。ちゃんと喜んでくれたかな。 「ん……なんだか昔を思い出しますね……兄さん……」 「ん〜? ああ、そういえば小さい頃にも似たような事があったかもな……」 あの頃はまだ俺も小さかったから、肩車しようと思って失敗したっけ。 「……結局でもあの時は、こういう風にちゃんと肩車できなかったよな」 「ふふ、そうでしたね。でも、すごく頑張ってくれて、少しは出来たんですよ?」 「そうだったっけ?」 「まあでも、すぐに駄目になって……結局、お馬さんになってくれましたけどね」 「ははっ! それっ、全然意味ないな。はははっ」 「ふふっ、ふふふ……はあぁ……」 「でも兄さんの優しさはすごく伝わってきました……今みたいに……」 「そ、そうか……」 ……なんかちょっと照れるな……。 「……もっと、いっぱいしてやれれば良かったな。肩車だけじゃなくって……色々なことを……」 「兄さん……」 昔に出来なかったこと、離れてしまってからしたくても出来なかったこと――。 そういうことをこれから時間をかけてゆっくり、じっくり……取り返していきたい。 「……でももう離ればなれじゃないから。やれることはいっぱいしてやるからな、諷歌」 「……はい。兄さん……」 「あ、でも……」 「ん?」 「……肩車をいっぱいしてもらうのは恥ずかしいですから……ほどほどにお願いします……」 「はははっ、了解」 「ふふ……ありがとう。兄さん……」 「ただいま」 「ただいまー、そしておかえり」 「はい。おかえりなさい、兄さん」 「ふふ……あぁ……なんだかこういう挨拶もいいな」 「そうですね。昔は言い合ってましたけど……こうして恋人同士になってから言い合うのもすごく嬉しいです」 「そうだな。さて、ちょっとくらいくつろいでくだろ?」 「はい、そうします。それじゃコーヒーを入れますね」 「ああ、ありがとう」 そう言って、諷歌はパタパタと調理室の方へと向かっていった。 しばらくして、良い香りを漂わせながら、諷歌がやってきた。 「はい、どうぞ兄さん。お砂糖かミルク、入れますか?」 「いや、そのままでいいよ、ありがとう……はぁ〜、おいしい。落ち着くな」 (兄さん、そのままで飲めるんだ。しかも全然苦そうじゃないし……すごいなぁ……やっぱり私より兄さんは大人で……) 「……じぃ〜〜」 「……どうした? 諷歌」 「あ、いえ……何でもありませんよ」 「そうか? まあいいけど……」 (別に、こういうのって好みですよね。だから別にブラックで飲めなくてもいいはず!) (……でも今度、飲むときがあったら挑戦してみようかな) 「初めての動物園デートはなかなか良かったね。ちょっと人が多かったけど」 「ええ、そうでしたね」 やはり日曜日ということもあってか、人気のホワイトタイガー以外の場所でも観るのに少し待たされたりした。 せっかくの夏休みだし平日に行けば良かったんだけど、お目当てが日曜日だけだったからなあ。 「今日は動物園の動物たちも、落ち着かなかったかもしれません。ふふふ……でも私は楽しかったですよ」 そう……本当に今日はすごく楽しかった。 オオカミを観て興奮したり、サルのおかしな仕草で笑ったり……あとウサギと触れ合って癒やされたりと、色々なことを2人でした気がする。 「ああ、俺も楽しかった。また、色々なところに行こうな」 「はいっ、兄さん♪」 また諷歌と2人で出かけられる。 その事実を噛みしめることが出来るだけでも、なんだかすごく嬉しい。 そうだ。落ち着いたら今度は旅行とかも良いかもしれない。 今まで一緒にいけなかった分、いっぱい2人で行きたいなぁ……。 「諷歌、今度はどこに行きたい?」 「ん……兄さんと一緒に居られるなら私、どこでもいいですよ」 「お、なんだ……素直になっちゃって」 「何を言ってるんですかっ。別に、昔から変わらず素直ですっ。そうやってすぐ茶化すんですから」 「ははは、ツレない諷歌も可愛いからさ。けど、デレてくれる諷歌もなかなか」 「で、デレとかそういうのじゃありませんし」 「そ、そうなのか……残念だ……」 (あ、あれ? なんだかちょっと本気で残念がってる……) 「ん……あ、で、でもそのちょっとくらいなら……デレというかあの……」 「そういうもの的な気分がなくもないというか、そうでないというか……はうぅ……」 「と、とにかく!! 恋人同士なんですから、デレとかよりも、もっと、ほら!」 「具体的に言ってもらわないと」 「〜〜〜〜っ!」 あっ、怒った。 「……うぅ」 速攻、萎んだ。 「兄さん、いじわるです……私の気持ち、気づいてるのに、そうやって……」 「わ、悪かったよ……。じゃあ、お詫びに――」 すっと、諷歌の隣に座って肩を寄せる。 そして、体を密着させて、優しく頭を撫で撫で……。 「あ、あぁ……兄さん……」 気持ちよさそうに目を閉じる諷歌。 このままうっかり寝かしつけてしまいかねないが、諷歌の髪の毛はいつまでも触っていたくなるほど心地よいのだ。 「兄さんの手、おっきくて……すごく、安心します……」 「そっか」 ふふふ。自慢じゃないが、俺の手の平は人間バイブと呼ばれるほど、気持ちがいいんだぜ。 (兄さんの肩も、ガッチリしてて……男の子って感じがします) (う……なんだか、こうしてると、肩車されてた時のこと、思い出しちゃいますね……) (に、兄さんは気づいてなかったかもしれませんが……あの時、すごく恥ずかしかったのに加えて) (に、兄さんに太ももがっちり掴まれて、な、なんか、以前のエッチしたときのこと、思い出しちゃって……) (危うく濡れそうに……ホント、危なかったぁ……) (って、思い出したら、急に、あ……ああっ) 「どうした、諷歌。気持ちよくなりすぎたか〜?」 「んっ、な!」 急に目を見開いた諷歌が、ぴょいんと跳ねて俺から遠ざかる。 「ど、どうした。どこか痛くしちゃった?」 「ち、違いますっ! 今日は、がらにもなくはしゃぎすぎたから、えっと、その……」 「汗くさいかもしれないので……」 「それを言ったら俺の方こそ。あ――」 「ちちちち、ち、違いますよ!? 別に兄さんが臭いとかじゃなくて、私が汗くさいから不快にさせたくなくて――」 「だっ、大丈夫だって。諷歌の匂い、気にしてないから」 「少しは、気にして下さいっ。わ、私だって……その、お、女の子、なんですから!」 「……」 い、いや、諷歌はとても甘くていい匂いがするから、いつまでもくんくんしてたいぞ……。 つうか、そうやってベタベタに甘えて……一日中、イチャイチャしていたいなあ。 う、うう……想像してたら、なんかムラムラしてきたぞ。 けど、セックスに踏み切れない以上、あまり、そういった行為を押しつけるのも、悪い気がするしなあ。 ……今日は、風呂でスッキリしてくるか。 「と、とりあえず、今ちょうど男子の時間だから、ささっと汗を流してくるよっ」 「わ……わかりました」 そそくさと立ち去ろうとするが―― 「んっ?」 「ま、待って下さい。兄さん」 遠慮がちに、諷歌が俺の服をつまんだ。 「わ、私も一緒に……」 「え……?」 「本気か、諷歌」 「ここまで来といて何を今更!」 「い、いや、そんな、男子の時間とはいえ、一緒にお風呂とか……」 「お、お互い、子供の時とは違うんだぞ!」 「わかってますよ、そんなこと!」 諷歌は諷歌なりに覚悟を決めているようだ。 振り向いてもらおうと思って努力していた時には、こういうふざけたことを気楽に言えたものの……。 いざ、それが現実になると……。 「うっ……」 またあの、魅惑的な肢体が目の前に……。 小さい頃、一緒に入ってた時は、当然ながら体型の起伏などなく。 でも、やっぱり異性だから気にはなってた……。 小さな割れ目が、自分のとは違うこと。 うっかり、それで興奮して大きくなったのが初めての勃起だったと思う……たぶん。 あの頃から、なんだかんだで諷歌を性的に見ていたのかな。 そして今、この歳になって同年代や、それより上の歳でも敵わないプロポーションを目の前にして……。 「……ぬ、脱ぎますよ。兄さん」 「お、おう……」 な、なんだよ。スッキリするつもりが、逆にムラムラが加速してしまうじゃないか。 さっさと入って、さっさと出よう! 「なにやってんだ、早く脱ごうぜ!」 「宣言したのは、見せる為じゃありませんからっ」 もしや、俺が諷歌の脱衣シーンを待っていると思われてない!? 「ち、違うんだ、別に俺は諷歌の脱ぐところを見たいとかじゃなくて――」 「だ、だったら、兄さんから、脱いでくださいよっ」 「わ、わかった!」 自分の身に起きている変化も意に介さず、俺は慌てて上着に次いで下着に手をかける。 肝心の諷歌は、人に注意を喚起しておきながら、しっかり俺のとある部分を注目していた。 その結果、起きる現象は―― 「きゃあ!?」 「うおっ!」 「に、兄さん……ななな、なに大きくしてるんですか!」 「い、いや、これは、その……」 「っていうか、しょうがないだろ! 諷歌と一緒にお風呂とか! 興奮せずにいられるか!」 「逆ギレですか!」 「うう、俺は健全な混浴でも劣情をもよおす、どうしようもないお兄ちゃんです」 「も、もう……しょうがないお兄ちゃんですね、まったく」 聞き慣れない――いや、かつてはそう呼ばれていた懐かしい呼称に反応してペニスがピクンと。 「それ……勝手に動くんですか?」 「自分の意志に関係なく動く時も多々あります」 なんかもう、恥ずかしくて情けなくて、ヤケっぱちになってきた。 「……だったら、そのまま野放しにはしておけませんね」 「えっ」 「お風呂入るのに、大きくしてたら、色々と大変でしょうから」 「私がその、恋人としての責任を果たします!」 ま、まじで〜〜? 「兄さんはどうしてそう、すぐエッチなことばかり考えるんですか」 「い、いや、それは、その……」 兄妹で一緒にお風呂とか、言葉だけ見ればよくある微笑ましい光景かもしれないけど。 男女の体格に違いがでるような年齢になってからは別だ。 しかも諷歌は間違いなく、年齢に不相応なスタイルの持ち主…… いや、背丈は逆の意味で不相応。 さすがに幼少期よりは大きくなっているけれども、それでも小さい。 あまりにも小さくて、俺の下腹部付近にすっぽりと埋まってしまっている。 「そ、そんなにまじまじと見ないで下さい。私、妹……なんですよ?」 妹……俺は、妹の裸を見て、興奮している。 いや、妹に性欲をもよおしているそのアブノーマルさが、更に興奮させているのか。 「兄さん、また……こんなにおっきくして……」 じとーっとした目つきで俺を見上げる諷歌。 顔を紅潮させながら、ゆっくりと上体を押しつけていく。 諷歌の素肌が重なり合い……柔らかさと、温かい体温が伝わってくる。 「わかってます。これが、好きなんですよね?」 な、なんて勤勉な妹なんだ! 前回、勢いで弄んでしまったその大きな乳房を―― 自ら押しつけるようにして、俺の体に接触してくる。 「ん……っ、ふっ、あ、はぁ……」 太ももを滑るようにして、そのままいやらしい谷間の中に…… 「あ……んっ、くっ、熱……っ」 俺のペニスが沈んでいく。 「お、おぉ……」 沈みゆく効果音が頭の中で再生されるほど、重厚な乳圧が俺を襲った。 温かく心地よい膨らみに包まれて、ペニスはビクンビクンと嬉しそうに脈を打つ。 「はっ……はぁ……あ、あぁ……」 「諷歌のおっぱいの中に、う、うわ、隠れちゃいそ……!」 「兄さんの大きすぎるから、そんなことあり得ません」 照れ隠しのつもりなのだろうが、よくよく考えると卑猥な言葉だ。 純真で幼気な妹が、こんな艶めかしい台詞を放っているのだと考えるだけで…… 「や……あっ! んっ、も、もう……動かさないで下さい」 ビクビクと暴れ、のたうちまわる。 乳房の肉に擦れて心地よい。 が……その勢いを鎮めるかのように、諷歌の熟れた乳房が優しくペニスを包容する。 「う、うう……諷歌、どうして、こんな……」 「先っぽにエッチなお汁、いっぱい垂らして……」 「このままだと、お風呂……汚れてしまうじゃないですか」 「だ、だから……兄さんの好きなパイズリで……」 「今、なんて……?」 「〜〜っ! いいから黙って、さっさと気持ちよくなって下さいっ!」 頬を膨らまして不機嫌な目つきを向ける諷歌。 脇を締めながら、弾力のある胸をギュウッと両腕で押し上げる。 「はぁ……はぁっ、あ……んっ、く……!」 諷歌はそのまま、上半身を前後にスライドさせながら、我慢汁に濡れた竿をずりずりと擦り続けた。 俺はそのリズミカルな運動に身を任せながら、股間いっぱいに諷歌の柔肉を感じている。 「んっ……ん、はっ、はぁ、あぁ……」 「諷歌、いつのまに、こんなテクを……」 「はぁっ、はぁっ、兄さんの射精を促す為に、予習しておいたん、ですっ」 悪態をついたつもりなのだろうが、つまりそれって俺の為にってことだろ? なんて勤勉かつ、兄想いの妹なのだ。 「兄さんはっ、こういう風に、パイズリされて、嬉しくなっちゃう、単純な人なんですよ……っ」 「ああ、もうっ! 大好きだよ……諷歌」 「……!? こ、こんな時にしか、好きって言わない兄さんなんて……っ、こうしてやりますっ」 乳肉の中に、剛直なペニスを押し込むようにして……すべすべの白い肌が、どんどんと我慢汁で濡れていく。 目に見えて、諷歌の乳房がペニスの勢いに押され、形を変えた。 「はぁ……あっ、ああ、兄さんの、んっ……く、凄く、硬くなって……!」 片方の腕だけで抱き寄せてしまえるほど、小さな肩幅。少し力を入れただけでも折れてしまいそうな細い腕。 そんな体格にぶら下がる熟れた大きな果実。 その実の合間から我慢汁にまみれたペニスがひょっこりと顔を出す。 「ん……あっ、は……ぺろっ、んんっ!」 「う、わ……舐めるのはっ!」 「きちんときれいにしないと……ちゅっ、ぺろっ、じゅる……!」 諷歌が少し首を曲げるだけで、口先にペニスの先端が届くくらいの距離。 俺の大きさが異常というより、諷歌の胸元から首にかけての距離が短いのだろう。 それほどまでに小柄な少女……そんな小さい妹にパイズリフェラをさせているなんて。 「はぁっ……あ、んむ……ぺろっ、じゅる、ずず……んっく、んふー。んっ、んっ」 器用に腕を使い、乳房でペニスをこねくり回す。 すべすべの素肌は、どこに触れても気持ちいいというのに。 その中でも特に柔らかく、弾力を持った乳房に挟み込まれていたら、もう……! 「んっ、む……じゅぷっ、つ……ん、くっ、ふむっ……ふはぁ……!」 「んもう……! きれいにしてるのに、どんどんお汁、溢れてくるじゃないですかっ」 「だって、諷歌のパイズリ、気持ちよすぎて……!」 「そ、そんなに……?」 思わず情けなく弱った声をあげてしまう俺。 兄のあられもない声を聞いて、諷歌も自分のしていることの凄まじさを、認識してきたようだ。 「や、やめて下さい……そんなに兄さんを。男の人を悦ばせて……」 「わ、私のおっぱいは、エッチなことをする為にあるものではないんです……っ」 「俺の為に、エッチになる諷歌は……大好きだっ!」 「う……くっ、も、もう! 恥ずかしい……っ」 顔を真っ赤にしながらも、乳房でペニスを挟み続ける。 「私みたいな子供に、パイズリさせてる兄さん……んっ、んんっ、信じられませんっ」 「諷歌がこんなにエッチだなんて……嬉しいよっ」 「人の話を聞いて下さいっ……! 私じゃなくて、兄さんがエッチだと……」 「だって、見えてるんだよ。諷歌がすごく、濡れてるの……」 「え……!」 「お尻の方……太ももの辺りが、お湯もかけてないのに、キラキラしてる……」 「や……はっ、あうっ!」 ぐいっと足を動かして、諷歌の股ぐらに滑り込ませる。 すると、じっとりと熱を帯びた粘液が、一瞬にして俺の膝を湿らせた。 「もうこんなに濡れて……」 「わ、私……パイズリしてるだけで、感じてる……だ、だって!」 「兄さんが私でこんなにいっぱい、気持ちよくなってくれて、それが、嬉しくなっただけで……」 「だから別に、私が淫乱とか、そういうことではないんですっ!」 照れ隠しの弁解だとは思うけど、相変わらずややこしい妹だ。 「諷歌がエッチでも、俺は軽蔑しないよ」 「だ、だからぁ〜〜」 「諷歌も一緒に気持ちよくなろう……」 「ひっ、や……はっ、はう……っ!」 膝をぐりぐりと押しつけるようにして、諷歌の股間部を優しく刺激する。 小さな割れ目は未だに貫通されておらず、焦らされたまま。 けれども、俺達は兄妹……その一線を越えてしまったら、どうなってしまうのだろう。 今はそんな道徳的なことも頭に入らないまま、互いの秘所をいじることに夢中だった。 「は……あっ、や、やだ……おまた、溢れて、兄さんの足、汚れちゃう……うっ、ふっ」 「諷歌のおっぱいも、俺のでベトベトだから、おあいこだよ」 「ふっ、んっ、くっ……あっ、はっ、兄さんを、気持ちよくさせるはず、だったのにっ」 なにいってるんだ、諷歌は。今にも爆発しそうなものを、どれだけ我慢してると思ってるんだ! 「は……っ、あっ、ん! ん! くっ、ふっ、ふうっ! んん〜〜っ」 「ふっ、う、ううっ、兄さんの熱くてっ、ん、ん、すごくビクビクして……!」 じっくりとねっとりと……俺の下半身に乗っかった柔らかい乳房が、ペニスを圧迫する。 「諷歌のドキドキ、いっぱい伝わってくるよ……」 「やっ、はっ、兄さんのも、すごくドキドキしてるっ。今にも弾けそうになって……!」 根元から精巣の白濁を吸い上げるかのように。 ペニスを挟み込む乳房を、下腹部から天井に向けて押し上げる諷歌。 それの繰り返しを続けることで、敏感な先端を容赦なくいじり倒していった。 「はっ、あっ、ああっ、あ、んっ、ふっ、くっ、うう〜〜っ」 「はぁむ! んちゅっ、じゅる、ぺろぉ! んっく、んっく!」 ぬっちょぬっちょと、垂れ流しの我慢汁が潤滑油となり、それを舐め取る唾液が更に乳房の動きをスムースに。 ペニスの形で歪まされていく、少女の熟れた白い乳房。 諷歌は桃色の両乳首を付き合わせるようにして、ペニスを締め付けた。 「はあっ、あっ、あ……んっ、んくっ!」 「あ……くっ、も、もう……!」 尿道のあたりに乳房の肉を押しつけられ、圧迫された亀頭から―― 「ん……! んぶっ! くっ! ふっ、は、でてる、んっ、んん〜〜〜!」 ビュクンビュクンと精子が噴射。 「んっ、んっ、んくっ! ふっ、ふあっ、はっ!」 大きく波打ち射精するペニスに負けじと、諷歌はパイズリをやめないでいる。 まるで全てを搾りださんとするような行動は、更にペニスの暴走を加速させた。 「は……あ、はく、う……うぅ、ふぷ……んっ、くふぅ……」 ペニスの先端は谷間からちゃっかり顔を出しており、その先から放たれた大量の精液は諷歌の顔面へ。 「ん……ふっ、く、う、うう……ふぅ……は、あぁ、ふ、ふわぁ……」 その顔面を伝って、精液が諷歌の巨乳に垂れ落ちていった。 「は……あっ、うっ、く、くふぅん……ん、こ、こんなにいっぱい、でてる……」 全身を汚され、諷歌も諦めがついたのか…… ゆっくりと腕の力を弱めてゆき、逆にペニスを優しく包み込んだ。 「兄さん……出し過ぎです……」 「そ、そんなこと言われても……」 「それなのに、まだこんなに、んっ! まだ、でてる……」 ペニスはその後も緩やかな射精が続いた。 諷歌の乳圧に抑えつけられたせいで、射精の度に俺の腰が跳ねてしまうほど、心地よかった。 諷歌の乳内に射精した精液が溜まり、谷間に白濁の泉ができてしまう。 「はぁっ、あ……あっ、あ、んっ、ふっ……ふぅ……ふぅ……」 抱っこをして運べるくらいの少女が、欲望の液体にまみれて、息も絶え絶えに頬を紅潮させている。 「はぁ、はぁ、こんなにもいっぱい射精しておきながら、兄さんのまだ、元気そうじゃないですか……」 俺を軽蔑しているようにも見えるけど……。 諷歌だって、両脚をもじもじと動かし、股間からは愛液が溢れ出ているんだ。 俺を気持ちよくさせるという想いだけで、こんなにも感じてくれている諷歌。 大切な妹、そして恋人だからこそ、やはりどうしても叶えたいことがある。 「俺……やっぱり諷歌と繋がりたい……」 「私達……兄妹なんですよ?」 「わかってる、でも……こんなに切なそうにしてる諷歌を、見てられない」 「……やっ、はっ、あああんっ!」 手を伸ばし、ぷりっとしたお尻の辺りを撫で回す。 少し手を伸ばすだけで臀部に届いてしまうほど、諷歌は小さい。 そんな子の大事なところに、この大きなペニスを挿入することが、どれだけ大変なことか。 「やっぱり、怖い……よな」 「そ、そんなんじゃありません! また子供扱いして……!」 「ご、ごめん……」 小さな割れ目は、指を入れることすら難しそうだ。 うっかり挿し入れて、諷歌の初めてを奪ってしまうのも忍びないので、そのままふわふわのお尻を愛撫して気を落ち着かせようとする。 ……いや、逆にムラムラしてしまうよな。 「お尻……好きなんですね」 「諷歌のは」 「だったら、お尻で……どうですか?」 「え?」 「……お尻ならセックスになりませんから」 「お、おい。本気か?」 本番でないというだけで、セックスに変わりないだろう! 「兄さんが言ったんですよ。私と繋がりたいって……」 「確かに言ったけど……」 「嬉しかったんです……本当に私のことを、恋人扱いしてくれて……」 「でも、ごめんなさい。やっぱり私はまだ、兄さんのことを兄さんと呼んでいたいのかもしれません……」 「本当に結ばれることで、兄さんが兄さんでなくなってしまう。なぜか、それが怖くて……」 「けど、私を想って繋がりたいと言ってくれた兄さんの気持ち……どうしても、裏切れなかった」 「私ももっともっと、兄さんのこと、感じたいと思っていたから」 「……やっぱり私はエッチな子、なのかもしれませんね」 「諷歌……」 諷歌のアンバランスさを強調するもう1つの要素……それはお尻だ。 大きな胸とは対称的に、比較的ウエストに近しい数値。つまりバスト以外は、未熟なサイズにとどまっているということだ。 それでも、瑞々しい尻肉は、女性らしい柔らかさをきちんと備えている。 「もしかして、重かったり、しませんか?」 「全然……」 ホント、びっくりするくらい軽い。 両手でしっかり抱えているというのもあるけど、やっぱり子供なんだな……。 あの胸が俺の下腹部に乗っかった時は、すごくズシリと来たものだけど。 こんな体勢で、抱え込んでいると…… 「なんかトイレのお手伝い、してるみたいだな」 「な……! と、トイレって! も、もうっ、兄さんのバカ! エッチ! 変態!」 俺よりもエッチで変態な提案をしてくれたことを、もう忘れているのだろうか。 「べ、別に、私は兄さんと違って、我慢強いんです。したくなければ、しなくてもいいんですよ」 「昔やったなあって、懐かしくなっただけだよ」 「私、こんなことしてもらってません」 「憶えてないのか。お兄ちゃん、ショックだよ」 「う、嘘です! 兄さんに、もう……こんな辱めを受けていたなんて……」 冗談のつもりだったんだが、諷歌の顔が羞恥の色に染まると同時に、じわ〜と愛液が溢れ出てきた。 諷歌って、実はいじめられて感じるタイプなのか……? 「冗談だよ、諷歌」 「〜〜っ! 兄さんのいじわるっ! 別に、こんな格好でしなくても……」 「諷歌のこと、強く抱きしめていたいから……」 「……!」 「辛かったらすぐ止めるからな」 「は、はい……」 諷歌の股間部は愛液が滴り、お尻の割れ目の方までぐっしょりと濡れ滾っている。 お尻割れ目をペニスでなぞるようにしながら、ゆっくりと尻穴を探る。 うっかり別の場所に挿入してしまったら一大事――まあ、あんなに小さいと挿入できそうにもないが。 「あ……はっ、くっ……!」 やはりまだ緊張しているのか、肛門は固く閉じられ、穴という形状として認識できない。 先端で優しくほぐしながら、腕の力を強めて諷歌を抱きしめる。 「あ、う、うく……兄さん……」 「今度は胸のドキドキが、ちゃんと伝わるだろ?」 「はい……」 「諷歌で、こんなにもドキドキしてるんだぞ……」 「はぁ……ああっ! あっ、くっ、あぐっ……ううっ!」 囁いたと同時に、諷歌の肛門が開き、ペニスの先端が食い込んだ。 強引に尻穴を押し広げられた痛みを受けて、諷歌の顔が歪む。 「止めるぞ、諷歌……っ」 「ううんっ。大丈、夫……っ。ちょっと驚いただけ、ですから……」 「でも……」 「もっと嬉しそうな顔をして下さい。ようやく私達……」 「ひとつになれ……るんです、から……」 「……そうだな。じゃあ、ゆっくりと深呼吸。もっとリラックスして」 「……。すーっ、はぁーっ」 諷歌が素直に言うことを聞いたのは、何年ぶりだろう。 いや、諷歌は昔から何も変わっていない……兄想いの可愛らしい女の子なんだ。 「あ……あああああ。はぁ〜〜、はっ、うくっ……ううっ、ん、ふ、ふぅ……」 体の強張りがなくなると同時に肛門も緩んで来て、固いペニスの形に馴染もうとしている。 ゆっくりと、諷歌のお尻の中に沈んで…… 「はぁ……っ、はぁっ……お尻、熱い……ンッ、く、ふう……!」 「あ……はっ、は、はぁ……あぁっ、んっ、あぁ〜〜〜〜っ」 気の抜けたような声と同時に、諷歌の中に竿の半分が隠れるくらいまで埋まった。 「兄さん……今、私達、繋がってる」 「あっ、ああ……」 「兄さんのが、私のお腹の中に入って……あ、あぁ……ンン」 諷歌の力みが徐々に薄れていき、伸びていたはずのつま先も緊張がとれていた。 「はぁ……あぁ、兄さんの。すごく、感じてる……っ、んっ、ふぅ、うく……っ」 諷歌も穏やかな表情へと代わり、うっとりとした目で、自分の下腹部を見やっている。 「あ、あぁ……んっ、嬉しくて、こんなに濡れて……は、はぁぁ……」 晒された秘裂からは、とめどなく愛液が溢れ、肛門挿入の摩擦を緩和させていた。 「はぁはぁ、兄さん……?」 さっきまで諷歌の痛みを少しでも和らげるよう、気を回していたのだが。 ペニスの侵入を拒む強さは、その異物を締め付ける力と同等なわけで。 そしてなにより、諷歌と1つになれたことが嬉しくて……。 「ふ、諷歌……これ、凄く、やば」 「え……!」 「踏ん張ってないと、すぐ射精しそうに……っ」 「ええ……!?」 諷歌をリラックスさせておきながら、今度は射精を堪える為に、俺が力んでしまうという始末。 「動かないんじゃなくて、動けないんだ……すまん」 「はぁっ、はぁっ……兄さんが、私のお尻で、気持ちよくなってくれてるんですか?」 「諷歌の体はどこもかしこも気持ちいい……けど、これは反則だっ!」 「ん、良かった……胸はまだしも、お尻は小さいですから」 「大人の兄さんを満足させられるかどうか、心配で……」 コンプレックスに感じている部分が多い諷歌。 胸の大きさはもちろんのこと、それと反しての小さな体。未熟な部分に関しての自信は、無かったのかもしれない。 けれども、その小ささが、逆にこの快感を呼んだとも言える。諷歌でしか味わえない快感なのだ。 アナルがこれだけ気持ちいいのだとするならば、膣内はいったいどれほどまでに……。 「我慢しないで。気持ちよくなって、下さい」 「で、でも、動いたら諷歌が……」 「兄さんのこと、もっと感じさせて下さい……」 「う、あ、あぁ……」 俺はうめき声をあげ、抱えた諷歌の体を静かに揺らす。 「はぁ……あっ、くっ、ううっ……ふぅん! んっく、くう!」 「は、あっ、あ、う……んっ、くっ、ふっ、うう〜〜っ」 諷歌の尻肉が腰にぶつかり、パツンパツンと乾いた音を放つ。 体の動きに呼応して、大きな乳房も上下に揺れる。またそれがいやらしい。 「はあっ、あっ、やっ、やんっ、んっ、くっ、ううっ!」 「ああ、諷歌。こんなにお尻で、俺のこと感じてくれて……!」 「はぁっ、ああっ、兄さん……もっと、私で、気持ちよく、んっ、んっ、ふぅー!」 「ほら見てっ。鏡に諷歌の気持ちよさそうな顔、写ってる!」 「えっ、や……やぁ! こ、これが私……!」 そこには、淫らにヨダレを垂らし、兄の肉棒で喘ぐ諷歌の姿があった。 あまりの恥ずかしさに諷歌は目を背けてしまうが、俺は更に抱き込む力を強めた。 「すごく、魅力的だよっ。愛しい、俺の諷歌……!」 「や、やぁ……見ないで、恥ずかし――んっ、んんっ〜〜!」 髪の毛やうなじにキスを繰り返し、ひたすらに愛でる。 股を開いてだらしない顔をしている諷歌。 そんな少女をぎゅうっと腕の中で捕まえたまま上下させ、肉棒でアナルの粘膜を刺激する。 「はあっ、あっ、ああ! あ、ンッ! く……うぅ、ふっ、うくっ……くうん!」 (ああ、お腹が膨らんだみたいになって……苦しいはずなのに) (あそこを抜き差しされると、まるで漏らしてしまいそうになって……) (それを何度も繰り返されると、頭が真っ白に……それがクセになっちゃってるッ!) 「や、やぁ……またエッチな顔しちゃう……ひっ、あっ、はぁ〜〜!」 「ひっ、あっ、や、あ、あああっ、んっ、ふくっ、うう〜〜〜!」 鏡が2人の熱い吐息で曇っていく。 ほどかれた髪の毛と、飛び散る汗から漂う諷歌の匂い。 諷歌の体を揺り動かすたびに、たぷんたぷんと乳房が大きく跳ねる。 「あっ、あっ、ああ〜〜! んっ、うっ、くふぅ〜〜〜!」 「あっ、ああっ、お尻の中にある、兄さんのが、まるで頭の方まで届いてるみた、ひ……っ!」 ちょっとでも強い力を入れてしまえば壊れてしまいそうな、子供の体。 それでも、肌という肌は全てが温かくて柔らかく、触れているだけで心地がいい女の子の体。 「はあっ、はあっ! ん、くっ、ふうっ、もっと、強く抱きしめて、下さい……ッ!」 なめらかで、じっとりと汗ばんでいて…… 諷歌という存在を、全身の肌で感じながら、絶頂へと向かう。 「は……っ、いっ、ひっ、くっ、ふっ……ううっ、んんーーっ!」 「諷歌、そろそろ……!」 「うんっうんっ! お尻の、お腹の奥に……っ、兄さんの精子、ドクドクって……!」 「はあっ、やっ、あ、うっ、くうっ、う、うん! んっ、んっ、んぐっ!」 乳房や太ももとは全く異なる、熱い粘膜の感触。 根元の方は肛門に強く搾られ、奥に埋まった先端はとろけてしまいそうな温度に包まれて…… 「はあっ、あっ、あ、あんっ、あんあんっ、やっ、う……くぅん!」 「あっ、ああっ、はっ、はああっ、あ、あくっ、くうう〜〜〜〜!」 「あ、ああっ、あ、ふっ、うう〜〜〜、ふああああっ!」 「あっ、くっ、う……お腹の中、たくさん、精子……ひっ、あ、はぁ!」 ドクンドクンと躍動するペニスは、白い子種を諷歌の中に吐き出しながら、尻穴を拡げていく。 「んっ、や、は……溢れて、こぼれ、んん〜〜。も、漏らしてるみたいぃっ!」 「やっ、やぁぁ! あ、くっ、お尻で、んっんっ、感じ、ひっ、あ、はぁ!」 「あ……あぁ、う、うぐっ、うう……ん、んん〜〜っ、くっ、ふっ、はっ、はぁはぁ」 「はぁっ、はぁっ……兄さんの精子が、こんなにいっぱい……」 どろっとした濃厚な精液が、諷歌の愛液とまざり、ポタポタと臀部の肉を伝って垂れ落ちた。 「私のお尻で、こんなに出すほど、気持ちよく、なってくれたんですね……」 「諷歌のお尻が、俺のをあそこまで深くわえこんでくれて……」 「そ、それは……兄さんが優しくしてくれたから、ですよ……はぁっ、はぁっ……」 「う、うう、諷歌ぁ……このままずっと、離したくない」 目の前にいる諷歌が愛おしくて、俺は繋がったままにもかかわらず…… 汗ばんだ肌にキスをしたり、撫で回したりと、がむしゃらに愛撫を続けた。 「や……はっ、あ、んっ、兄さん……そんなに甘えて……っ!」 「も、もう……。子供じゃないんですから……あっ、く、うっ、はぁはぁ……」 「諷歌、好きだぁ……」 「まだ、敏感になってるのに……っ、はっ、や、あ、だ、だめですってばぁ……」 (兄さんってば、名残惜しそうに私のあそこをいじってる……) (きっと、いつか……私の全てが、兄さんのものになって……) (恋人よりもずっと、大切な存在になる日がきたら、その時は……) (だから、それまでは……) 「はぁ……はぁ……んっく。ふぅ、ん……んん……っ」 「……ちゅっ」 柔肌をまさぐろうと荒ぶる俺の手に、優しく口づけをする諷歌。 「私も、大好きですよ。兄さん……」 汗だくになりながらの微笑みは、子供の無邪気さと同時に―― 優しい大人の……母性的な何かを感じさせていた。 「これは、こっちのいらない箱の方で良いのか?」 「えーっと……ええ、そうしてください。あと、その横の物も一緒でいいです」 「ああ、了解」 ふう……しかし意外とここの部屋は広いから荷物が多いな……。 諷歌が卒業するまでの間の、ちょっとした掃除と荷物の整理の手伝いのつもりだったが…… これは数回に分けないと駄目かもな。 「兄さん、ごめんなさい。結構、荷物が多くて……疲れてませんか?」 「いや、大丈夫だよ。なんのこれしき!」 「ふふっ、さすが兄さんですね」 「でもまあ、これだけ荷物があるということは……それだけここに長く居たって事なんだなぁ」 「そうですね……ここは長いですね……」 少し寂しくなった部屋を見渡して、ちょっとだけ諷歌はしんみりしてしまった。 本棚の本や、机の傷。そして少し色あせた椅子の背もたれ。 この部屋には今までの諷歌の人生の大半が記憶されているんだろう。 魔法を使えるようになってから無理矢理に連れてこられた場所だっただろうけど、悪い思い出ばかりじゃないはずだ。 だってあんなにいい仲間達が側にいてくれたんだから。 「……最近、魔法の力はどんな感じ?」 「……はい。使える魔法も、かなり限られてきました。精霊学の魔法は、もう一切使えなくなっています」 「諷歌……」 「でも、言い方を変えれば安定しているってことですからっ」 「本来の目的が叶いつつあるということで、結果的に私にはいいことなのだと思います」 「そう、だな」 魔力の暴走をコントロールするためこの学校に連れてこられた諷歌にとっては確かにそう言えなくもない。 だが魔力が完全に消えてしまうと、魔力で創造された道具や設備、果ては大地そのものが―― 精霊達が見えなくなるのと同じにように、総じて認識できなくなるらしい。 故に、イスタリカではまともな生活が送れない。 だから、そうなる前に卒業となる。 思えばそれがあったからこそ、諷歌は俺と離れたくない一心で告白をしてくれたんだよな……。 おかげでこうして今の関係まで来ることができたわけで。とはいえ……。 「……やっぱり、寂しいよな」 「そうですね……何年もここで暮らしていましたから。色々な思い出がいっぱいあって……」 「そうだろうな……」 「……でも、それよりもっと寂しいのは……兄さんとまた離れてしまうことです……」 「あ、ああ……そう、なんだよな……」 確かに俺はまだ魔法使いになった謎が解けていないからここに残らないといけない。 だから、またしばらく離れ離れにどうしてもなってしまう。 折角こうして同じ場所にいられるようになったのに……神様って奴は無情なんだな……。 「……でも、今回は大丈夫。俺の魔法はそもそも微妙だし、オリエッタから外出許可も出やすい」 「昔とはもう違うぞ! あの頃と違って、無力な子供じゃないからな」 「だから、すぐ会いたい時にちゃんと会えるんだ」 「……」 「それにほら……俺達は心でいつでも繋がっているだろう?」 「……に、兄さんそれ……ちょっとくさくて、恥ずかしいですよ……」 「事実だから仕方ないだろ? も、もし、実感がないならここでそれを確かめ合っても……いいんだぜ?」 ちょうど姫百合先輩もいないわけだし。 鍵は閉めてないけど、ドアはしまっているから大丈夫だろう。 「あ……でも窓が開いてるから閉めたほうが……いや、これはこれでアリって事も……」 「なっ!? い、いやらしい事、考えてますね! すっごくスケベな目をして鼻の下が伸びきってますよ!」 「それに何が『これはこれでアリ』ですか! 意味は良くわかりませんでしたけど、絶対ろくでもないことですね」 「まずい、口に出してたか……」 ついついその先の妄想が膨らみすぎて、鼻の下だけじゃなく心の声も緩みきっちゃったみたいだ。 「……で、どこでしようか」 「なああっ!? 諦めてなかったんですか!?」 「だ、駄目ですからねっ! 姫百合先輩がいつ帰ってくるか分からないんですからっ!」 「ははは、冗談だよ。だからそう微妙に距離を置こうとするのはやめような? あとその分厚い本は凶器になると思うから置こう。うん」 「も、もう……さあ、冗談を言ってないで作業、続けますよ。今日は忙しいんですから」 「ういー」 「とりあえず……この一角だけでも片付けちゃいましょうか」 「わかった」 「それから、この後……ちょっと買い物に付き合ってもらいたいんですけど、いいですか?」 「おう。任せとけ」 さて……もうちょっとがんばるかな。 「それが早く終わったら、その後に――」 「だめっ!」 「ま、まだ何も言ってないのにぃ〜」 「他に何か買う物はないのか?」 「そうですね……欲しいものは全部、揃いました」 「そっか。それじゃ、少しお茶でも飲んでいこう」 「はい、兄さん」 「しかし、休みだから結構賑わってるな。喫茶店が空いていれば良いけど……ん?」 あの店の前、なんか人が集まってるな……なんだろう。 「諷歌。喫茶店の前にちょっとあそこへ行ってみようぜ」 そして、近くに寄ってみると―― 「ブライダルフェアですって、兄さん」 「へえ……」 何か実演販売でもしているのかと思ったら、そういうことか。 いなみ市のショッピングモールは、全国から女性が集まってくるからなぁ。 問題は、女性ばっかりで俺達みたいなカップルはあまり少ないこと。 俺も個人的に来ることは、あまりないし。 女性客はもっぱら、可愛いウェディングドレスに釘付けだ。 俺はその脇にある看板が気になり、覗き込む。 「なになに? ただいま、ウェディングドレス無料試着キャンペーン開催中……」 「わぁ……きれい……」 諷歌もまた、他の女性と同じく、ウェディングドレスに見入っていた。 あんなに目を輝かせて……結構、興味津々だな。 まあそれもそうか。普通の女の子はあこがれるもんな……諷歌だっていつかは……。 いつかって……このままいくと、俺が相手に? 「……」 俺達は恋人だけれども、兄妹でもあるわけで…… やっぱり倫理的な問題が、どうしても出て来るだろうな。 看板の前でうんうんと唸っていたら、なぜか店員に声をかけられ―― 「えっ!? 試着、ですか?」 「ああ、なんか俺達のこと、お似合いのカップルだって言うもんだから」 「そ、それで勝手にOKしちゃったんですかぁ!?」 「もしかして、まずかった?」 「だ、だって……私、そんな、ドレスとか、着たことなんて、ないですし、その……」 「そ、そういうの着る為に、普通ならダイエットとかして、体型を維持したりとか」 「って、そもそも、アンバランスな体型に似合うウェディングドレスなんて、なかなか――」 「あるんだって。ちゃんとサイズも言っといた」 「兄さんが、どうして知ってるんですかーーー!」 「悪い……なんか、凄く、着たそうな顔してたからさ」 「そ、それは……」 「別に、今着たいという、わけじゃなくて……その、いつかは私も……」 「ウェディングドレスは女の子の憧れなんです。着たときのことを想像するだけでも、幸せになれるから……」 「俺、頭の中でイメージしたんだけどさ。どうせなら本物が見てみたくなって」 「そ、それって……」 「もちろん、諷歌のウェディングドレス姿、だよ」 「……」 「あ、ちなみに俺もタキシード着ることになってます」 「……!?」 「それでもダメ?」 「だ、ダメじゃないですっ! 見たいです、兄さんの晴れ姿!」 「よしっ。じゃあ、行こう!」 なんだかんだで、そういうことをするのは気恥ずかしくて、照れくさかったけど。 まるで結婚式の練習をしてるみたいで、すごくドキドキしていた。 俺は新郎側の衣装に着替えさせられた。 選ぶのにもさほど時間をかけず、着替えもすぐに終わったが…… 諷歌のほうはやはり時間がかかるらしく、しばらく待たされることになった。 (う〜ん……どんな感じになるんだろう……) 悶々としているところで、係員に声をかけられた。 いよいよ、来たか……。 「……っ!」 諷歌が現れた瞬間に、俺は大きく息をのんだ。 間違いなく、その時の俺は久しぶりに会った時よりも、遙かに衝撃を受けていた。 ドレスに身を包んだ諷歌は、さっきまで俺と一緒に買い物をしていた妹の姿ではなく。 凛として、煌びやかで……文字通り、大人しい、大人らしい佇まい。 いつもの子供らしさや、背伸びしている感といったものが、まだ残ってはいるものの…… 彼女が憧れる素敵な女性像とやらに、俺は今、出会ってしまった。 ゆっくりと、歩いて俺の元に近づいてくる諷歌。 今すぐ、飛びついて抱きしめたい衝動に駆られるが、そんなことを許さない緊張感と威圧感。 こ、これが結婚のプレッシャー!? 「……」 な、なんだよ、慣れた風に会釈とかしちゃってさあ。 余裕たっぷりだな……俺はこんなにドキドキして、もう足とか震えてしまいそうなのに。 ……係員に誘導され、どんどんと諷歌が側に。 な、なんて、美しいのだろう……。 こんな美人できれいな子が、俺の恋人なんだぜって、みんなに自慢したい! 「に、兄さん……なんて顔、してるんですか」 「お、おぉ?」 にやけてたのか、それともマヌケ面をしていたのか、つい浮かれてしまった。 「い、いや、諷歌が、その……きれいすぎて」 「え……っ」 「すごく、きれいだ……」 「か、可愛いとか、じゃなくて、ですか?」 「そんな子供っぽい表現はやめようぜ!」 「は、はい……っ」 粛々とした雰囲気の中で、じっと……互いに見つめ合い…… 「も、もう、兄さんってば……」 照れくさそうに微笑んだ。 微笑むと、幼さが見え隠れするものの……ドレス姿の諷歌は少女から女になった。 こうして、妹の晴れ姿を目にしていると、やはり感慨深いものがこみあげてくる。 俺と恋人同士にならなければ、きっと俺はこの姿を見送る立場にいて…… そのまま他の男に―― 「……!!」 そんなのは嫌だ! こんなきれいで可愛くて、優しくて、素敵な恋人を―― 他の誰にも渡したくない!! 「諷歌、結婚しよう」 「ふぇっ?」 「諷歌を手放したくない。ずっと一緒にいたいんだ」 「に、兄さん……何を言って――」 「これはリハーサルだ。本当に、俺と諷歌が結婚する時の」 「え……っ、そ、それって……」 「俺、もう覚悟を決めたよ。もう一度、言う」 「結婚しよう」 「に、兄さ、ん……」 「う……ううっ、嬉しい……っ。兄さんに、そんな風に言ってもらえて……」 「諷歌……」 うれし泣き。人目も憚らず、ボロボロと涙を流す諷歌。 「まさか、兄さんに……こんな、ロマンチックなプロポーズ、してもらえるなんて」 「……!」 よくよく考えれば、これってそう……プロポーズに他ならない。 周囲に係員の人が居るっていうのに、真顔で諷歌に求婚をするなんて……。 思い返したら急に恥ずかしくなってきた! 「ふ、諷歌、泣くなよっ。みんな見てるぞっ」 「いいんです……っ、私、こんなに、好きな人に、愛されてるんだってこと……自慢したいから……っ」 そんなに喜んでもらえるなんて、男冥利に尽きるというものだ。 「……で、返事はどうなんだよ」 「……」 「謹んで、お受けいたします」 涙の雫をきらめかせながら微笑む諷歌の姿は、今生で出会った誰よりも美しかった。 こうして周囲にも温かい視線にさらされながら記念撮影をしてもらい、無事に試着も終わった帰り道―― 俺達は互いに終始無言のまま、足早に帰宅した。 気まずいとかそういうわけではなく、もう2人ともいてもたってもいられなかったのだ。 早く、2人きりになりたい……。 婚約を交わしたことで、その関係がもう揺るぎないことを、今すぐにでも確かめ合いたかったのである。 「――諷歌っ!」 「兄さん……あんっ、ちゅんぅ……んっ、ちゅっ……んふっ、はぁっ、んちゅ……」 部屋に帰ってくるなり、抱きしめ合って激しく口づけを交わす。 「んちゅっ、ぷっ……はあぁ……んんっ!」 「んふぅ……兄さん……ちゅっ、ちゅぐっ、んんぅ……んんぅっ!?」 諷歌が愛おしくてもう我慢できない! 「諷歌、結婚したら……子供、いっぱい作ろうな……」 「はい……っ、はいっ……兄さんと私の赤ちゃん、たくさん作りたいです……っ」 「子供を作るってことはだ……わかるよな、諷歌」 「は、はい……っ。もう、私、覚悟はできて――」 「つまり俺が言いたいのはだな……お母さんになるということは、おっぱいを吸われるということだっ」 「……えっ?」 「だから、こうしておっぱいをだな――」 「え……きゃっ!? に、兄さんっ!」 「や……あっ、んっ、そんな、赤ちゃんにおっぱい……吸われるのは、さすがに、まだ早い、ですっ」 「そ、そんなことないぞっ」 ふっくらとした乳房に顔を埋めて、モゴモゴとする。 かすかにまだウェディングドレスを着ていた時の生地の匂いがほんのりと残っている。 そして微かに香る、諷歌の汗ばんだ匂い……唇を吸盤のようにして、白い肌に吸いついた。 「ひうっ、あ、い……んっ……おっぱいのお肉、吸いつかれて……るぅっ!」 「こうやって吸われるってことを体験しておくんだ」 「ひやぁっ、んんぅっ! そこを吸ったって、おっぱいは出ませんっ……ふわっ、はわぁっ」 「あぁ、もう、諷歌はどこもかしこも甘くておいしい……」 「あ、味なんてしま……んっ、んくっ、しませんっ! やっ、は、はぁぁ……っ!」 いつまでもなくならないマシュマロにしゃぶりついているようだ。 諷歌の乳房の舌触り……もう最高! 「どう? 感じる?」 「兄さんの舌が、ねっとりして……っ。でもなんかゾワゾワして……っ、温かいのにこそばゆい……っ」 もう何を言ってるんだか、よくわからなくなってきているぞ。 「はぁ、あん、はぁ。こ、これ……っ、体験とか言って、兄さんがそうしたい、だけじゃないですかぁ……っ」 「ふふ、そんなことないさ……俺だったらもっとエッチに吸うからな」 「んんぅっ! はあっ、あっ、あうぅ……もう十分エッチですよ……!」 「じゃあ、今度はこっちを……」 お待たせと言わんばかりに、唇を諷歌の乳首へとスライドしていく。 「ふやっ! はっ、やあああっ、あくううっ!」 歯を立てないように唇で挟み込む。 そして舌でチロチロと転がすと―― 「ひっ、いうっ……ん! んくっ、う、う〜〜〜〜っ!」 どんどんと、乳首が隆起して、更にいじめやすく――いや、吸い付きやすくなってきた。 「はぁっ、はぁ……だ、だめ、兄さん……乳首、凄く、感じちゃう、から……あぁ……」 「乳首、気持ちいいんだよな」 「……! やっ、に、兄さん、まさか!」 勃起した乳首にしゃぶりつき、品のない音を立てて吸い上げた。 「ひいっ、あ! んん〜〜〜っ、そこは、強く吸っちゃ、んんーーーっ、だめぇっ!」 「おっぱい出るかな?」 「で、でるわけないじゃないですかあっ! もう、兄さんのばかぁっ! ひやあああんっ!」 「きっと諷歌のおっぱい、おいしいんだろうな」 「ま、まだ誰にも、その……っ、妊、娠しちゃうようなこと、一度も、されて、ないのに……っ」 「お、おっぱいとか、出るわけ、ないじゃないですかっ! 子供ですか、兄さんはっ」 つまりその……妊娠してしまうような事を、今日。 俺達は、してしまう―― 「い、いやああっ、兄さん……んんーー乳首、それ以上したら……っ! あっ、あっ、あっ!」 「あっ、あくっ……くううううっ、きゅううううん!」 乳首を吸い上げているだけなのに、諷歌の小さな体がビクンビクンと躍動した。 「お、おい、諷歌……もしかして――」 「う……くっ、に、兄さんが子供を作るだなんて言うから、いけないん、ですよ……っ」 「乳首だけで、イッたのか……」 「イク……こ、この、気持ちいいのが、イクって、こと……」 「諷歌お前、初めて――」 「……はい、でも、なんか、どうにかなっちゃいそうで、ちょっと怖くなっちゃいました……」 「はぁ……っ、はぁ……っ、あ、あぁ……う、うくっ……」 絶頂の余韻がまだ残っているのか。 まさか、俺も乳首を吸っただけで、こんなに諷歌が乱れるとは思いもよらず、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「悪い……初めてなら、もっと優しくすべきだった……」 「……今までも、兄さんとエッチなことしちゃってましたから……ね。今までも気持ち良かったんですが……」 「こんなに、なるのは……初めて。兄さんに、結婚しようって言われたのが、嬉しくて……」 「兄さんにされること、なんでも……心地よくなっちゃうんです」 「そっか……じゃあ、次はちゃんと優しくする……」 「……はい、お願いします……」 片手だけでは収まらない乳房の下側を押し上げながら、ピンと尖った乳首にもう一度キス。 「んっ……んんっ」 そのまま、ちゅーちゅーと緩やかなリズムで、乳首を愛撫する。 諷歌はそんな俺の頭を撫でながら、優しい瞳で見つめてくる。 「んんぅ……ほんとに……大きな赤ちゃんでもできたみたいです……」 「んふっ、はうっ、んんぅ……んあぁ……んっ、あんぅ……そんなにおっぱい、しゅきなんですかぁ?」 「そんなに吸ってもお乳はでませんよ……ふふふ……んぅ……はあぁ……あぁ……」 「んふぅ……ああぁ……んっ、んあっ、やん……んんぅ……でも気持ち良い……んふっ、んっ、あぁ……」 「こんなに胸で感じるようになっちゃうなんて……あうっ、んうぅ……思いませんでした……んんっ、あっ、あんぅ……」 「胸が大きい事、ちょっと嫌がってたみたいだけど、もう平気になってきたか?」 「そうですね……んぅ……少なくとも兄さんに見られたり触られたりするのは……んっ、あぁ……良い気がします……はあっ、ああぁ……」 「それにこうやって優しく吸われるのは……ああんっ! ん……ふふ、なんだか胸の奥がキュンとしちゃいます……」 「う〜ん……気持ち良くて?」 「ん……それだけじゃなくて……はぁ、あんぅ……なんとなく守りたくなります……これってたぶん……母性でしょうか……ふふふ……」 「そ、そんな感じなのか!? 俺の愛撫は……」 「んふ……だってこんなに吸うんですもの……ああっ、んぅ……くっ、う……ううっ」 「ああっ、ふあぁ……あうぅ……でも気持ち良いのは本当です……ん……」 「んくっ、んうぅ……どんどん……エッチな気持ちが高ぶって……ああぁ……はっ、あぁ……」 「ん……兄さん……もう胸は良いですよ……んっ……んぅ……それよりも……もっとして欲しいことがあります……」 「え……」 「んあぁ……ん……兄さんのが……ちゃんと欲しいです……私の大切な場所に……」 「諷歌……いいんだな?」 「はい……兄さんも……同じ思い……ですよね……?」 「決まってる……もちろんだ」 唇を胸から離し、諷歌をしっかりと見つめる。 それじゃ……1つになろう……。 「ああぁ……んうぅ……やだ……こ、これ……全部また丸見えですよぉ……あうぅ……」 「そ、それはそうだろ……諷歌のここと繋がるんだから……でもすごくきれいな色をしてるぞ」 「えうぅ……そ、そんなに開いて見ちゃ嫌ぁ……んんっ、んうぅ……兄さんの目つき……ちょっとすごいですよ……んぅ……」 「ま、まあそこは許してくれよ……諷歌のここをみたら興奮がハンパなくなってきちゃうんだよ」 「それにようやく一緒になれると思ったらさ……なんだか色々こみ上げてきちゃってさ……」 「んんぅ……も、もう……仕方ないですね……あんぅ……でも私もちょっと、わかる気がしますけど……んぅ……」 「そうか……わかってもらえるとありがたいけどな……でも諷歌……大丈夫か? その最初はちょっと……痛いらしいんだけど……」 「そ、そうらしいですけど……うっ……そ、そんなに……なんですか……?」 「いや……俺はわからないけど……悪い。なんか怖がらせちゃったか?」 「う、ちょ、ちょっとだけ……。け、けど、兄さんのこと、信じてますから……」 「諷歌……」 「キスして、下さい。兄さん……」 「ん……っ、ちゅ……ちゅくっ、んむ……むっ……」 「れろ……ん、んちゅっ、ちゅれろ……んっ、れろれろ――んぷっ、ぷはぁ」 「……入れるぞ、諷歌」 「んんぅ……い、良いですよ……兄さん……いつでも……来てください」 「……あ、ああ。ゆっくりいくから……」 「う、うん……」 ついに……俺のが諷歌の膣内に……。 「うぐぐぐっ!? ひぐっ、んあっ……あぐううううぅっ!」 うわ……なんだこのきつさ……ほんとにこれ、入れられるのかっ!? 「い、痛あぁ……あうっ、んんっ! はあっ、はあっ、はううぅ……!」 「ひ、ひぐっ……に、兄さんのっ……お、大きすぎぃ……んぐううぅっ!」 いや……そんなことはないと思うけど、むしろ諷歌のが少し小さすぎるんじゃ……。 「に、兄さんぅ……んくっ、あぐうぅっ! はううぅ……!」 「や、やめるか、諷歌っ」 「い、いやです! せっかく、兄さんと、結ばれるのにぃ……っ!」 「ま、まだ……まだ、大丈夫ですっ、からぁ……っ! はぁっ、ああっ……」 俺の体を放すまいと、腕を強く掴まれる。 細くて弱々しい腕だけれども、俺と繋がりたい気持ちが伝わってくる。 「わかった……もう少しだからがんばれ」 結構きついけど、少し濡れてるからなんとか進めることは出来そうだ。 でもまだこれ、先っぽが入っただけなんだよな……。 パッと腰回りの大きさを見ただけでも、俺のペニスが収まりきるような奥行きがあるとは思えない。 「は……あっ、兄さんの、当たってるっ!」 「諷歌、わかるか? これがたぶん、諷歌の処女膜……今から、破るからな……」 「は、はいぃ……んんぅっ! わ、私の初めてぇ……んんっ、あぐぅ……兄さんので、貫いてぇっ!」 「諷歌っ!」 「うにいいぃっ!? ひぐっ、ひゃああああぁっ!」 かろうじて半分が埋まったところで、諷歌の膣奥にぶつかった。 さすがにこれ以上は進めそうにないけれども―― 「諷歌、これで……繋がったよ」 「ひうっ、んんぅ……はあっ、はうぅ……ほ、本当ぅ……っ、ですか……はっ」 「んんっ、はあっ、はあぁ……んっ、んふぅ……こ、これで私達ぃ……はあぁ……」 「ああ……やっと、1つになれた」 「んんっ、ふうぅ……はあ、はあぁ……んっ……んくっ、うう〜〜っ」 「ああぁ……やっとぉ……やっと兄さんを受け入れることが出来、ましたっ……んんぅ……はあぁ……」 「うっ、ううぅ……兄さんっ……兄さんぅ……うぐっ、ううぅ……」 「や、やっぱり痛むのかっ?」 「違うの……んんっ……嬉しいんですよ……ああっ、はあぁ……嬉しくて……胸の奥が熱いんです……ふっ、ふふ……ふあぁ……」 「あ、ああ……そうか、よかった……うん。俺も諷歌と一緒になれてすごく嬉しい」 膣内に俺のペニスが半分ほど沈みこんでいる。 ただそれだけでも、諷歌と繋がっているという実感が、最高の気分をもたらしてくれた。 もちろん、諷歌の幼い膣肉も、文字通り、温かく俺を迎え入れてくれていた。 「ん……? あはっ、兄さん……兄さんだって少し……泣いていますよ……んふぅ……はあ、あ……」 「はははっ、そうか。うん……俺も諷歌と同じだな」 「はあぁ……こうして繋がっているだけで……すごく幸せでいっぱいになります……んんぅ……こんな気分は初めてです」 「俺もだよ、諷歌。ああぁ……諷歌っ! お前はもう俺のものだぞ……絶対に、誰にも渡さないっ」 たまらなくなりそのままギュッと自然に抱きしめてしまった。 「あんっ……んふぅ……はあぁ……ドクンっ、ドクンっ……兄さんの鼓動……すごく感じる……ん……」 「でも兄さん……このままじゃ、その、駄目ですよね? んんぅ……動きたいんじゃ、ないですか?」 「え? ま、まあそれはそうだけど……いいんだ、俺はこれでも」 「駄目です! 最後までしてください……私、ちゃんと兄さんを受け止めたいんです……あっ、ん……だから……動いてください……」 「諷歌……」 「そして私の中に、しゃ、射精して……私の全てを兄さんでいっぱいに満たして欲しい、です……」 潤んだ瞳で真っ直ぐ俺のことを見てくる。真剣に、そう思っているんだな……。 「……そうだな。俺もちゃんと諷歌と最後までしたい。じゃあ、ゆっくり動くから……駄目だと思ったらちゃんと言えよ?」 「はい……わかりました、兄さん……ん……私の中で……いっぱい動いてください……」 「ああ……いくぞ」 「ひぐぅ……んんぅっ! はあっ、んぐぅ……んん……んふぅ……くっ、んんぅ……あうぅ……んくっ、んぅっ! ひうぅ……」 くっ……狭すぎるから動くと諷歌の膣がペニスに引っ付いて、めくれてしまいそうだ……。 「んんぅ……大丈夫ですよぉ……兄さん……ああっ、はうっ、んんぅ……ああっ! んくぅ……これくらいなら平気ですぅ……んんっ!」 諷歌……俺に気を遣って先にそんなことを……。 「ありがとう諷歌……もう少し動くからな」 「んんぅ……ああっ、んくっ、んうぅ……はい、兄さん……ああっ、はうっ、んぐうぅ……ふっ、ふああぁ……兄さんの……感じますぅ……」 「あぐっ、んんぅ……熱くてかたいけど……優しくいたわってくれてるのが……んんっ、ああぁ……すごく良く伝わってくるぅ……んんっ……」 「はあぁ……兄さん……んんっ、あんぅ……兄さんはどうですかぁ……? んんっ、はうっ、くんぅ……私の中は……いいですかぁ……?」 「ああ。すごく気持ちいい」 諷歌の膣内は、俺をしっかりと包み込み、中でねっとりと扱かれて、快感が全身に走っていく。 「ひやあぁ……あいっ、んぐうぅっ! んはっ、はあぁ……んんぅ……そ、そうですかぁ……んんっ、んあぁ……良かったぁ……」 「私の方も……んくっ、んはぁ……結構……慣れてきたみたいぃ……はあっ、あんぅ……擦れ方が……ちょっと違ってきてる……あんんぅ……」 「あ、ほんとだな……動きやすくなってる。濡れ方が良くなってるのかもしれないな」 「んあっ、んんぅ……これなら……もう少し速くても良いかも……んあっ、ああぁ……兄さん……いいですよ……速くしても……んん……」 「ん……わかった」 様子を見ながら、少しずつ……少しずつ……。 「ふわっ、ああぁっ! んくっ、んふぅ……んんっ、ああっ! はあぁ……あっ、あうっ、んっ……んんぅっ! あうぅ……ああんっ!」 「んっ、んうぅ……あんぅ……ああ、何これ不思議ぃ……んあっ、ああっ! さっきまでジンジン痛かったのにぃ……んくっ、ああぁ……」 「痛かったところが熱くなって……あうっ、ああっ! んふぅ……なんだか……しびれてきてるぅ……んふっ、あっ、あんぅ……ああっ!」 「それは……問題ないのか? ゆっくりの方が……」 「んんっ、あんぅ……ううん、速いほうが、逆に熱くなって、ん、ん、んっ、気持ち、良いぃ……」 「んあっ、はあっ、あくっ、んんぅっ! もう、痛くないっ、から……平気、です……ううっ」 「んあっ、はああぁっ! あっ、あふぅ……痺れてきたらぁ……んんっ、くふっ……!」 「あっあっあぁ……力が抜けてきちゃったぁ……んくっ、ふあぁ……ひはっ、ああっ!」 「全身が……んんぅっ! んふぅ……全身が、フワフワしてきてるのぉ……んくっ、んんぅっ! はあっ、はうぅ……あっ、あんぅ……」 「諷歌……諷歌ぁっ!」 「あんっ、んっ、うんぅ……ああっ! んっ! 気持ちっ、いいですよぉ……!」 「兄さん……ああぁ……兄さんの好きなように……最後までしてぇ……はっ、はっ! んんぅっ……」 「ひゅんううぅっ!? んんっ、あっ、はうぅ……はああぁっ! あ、く、うう〜〜!」 「ああっ、あっ、あいっ、んんぅっ! あっ、良いっ……これっ、良いぃっ!」 「んいっ、やあぁんっ! あうっ、ああぁっ! 兄さんの、いっぱい擦れてっ、これがセックスぅ!」 「す、すごくっ、気持ちいいっ、は、は、はぁ〜〜〜っ! ……うあっ、ううんっ!」 「良かった……もっと、気持ちよくなってっ」 「はあっ、はうっ、んくっ、んふぅ……や、やあぁ……! はあはあ、はああっ!」 「わ、私、エッチな子にっ、ん! ん! んんっ! え、エッチな女の子みたいぃ……ああぁっ!」 「エッチな諷歌も大好きだっ!」 「や、やあぁんっ! あうっ、んああぁっ! 好き好きっ、私もエッチな兄さんっ、大好きぃいいいっ!」 「う、うぐっ! そ、そんなこと今、言われたら……き、気持ちが余計に高ぶっちゃうよぉ……んんぅっ!」 「あっ、あうっ、んくっ、んああぁっ! はうぅっ、うく! うう! うう〜〜〜〜ん!」 「も、もうなんだかすごいのぉ……んんぅっ! 全身が燃えちゃうくらいに熱いぃ……」 「んはっ、はっ、はあっ、ああぁっ! に、兄さんぅ……んあっ、あっ、ああぁっ! 私……頭が真っ白に……んんぅっ!」 「ぐうぅっ!? 諷歌、そ、そんなに締め付けたらっ、俺……もう出ちまう……」 「やうぅ……わ、私じゃないのぉ……んんっ、ああぁ! はっ、はっ、くっ、はっ、ひはぁ!」 「か、勝手にぃ……あそこが動いちゃってるぅっ! ああっ、ひんんぅっ!?」 「んくっ、んあうぅ……あっ、ああぁ……に、兄さんっ……」 「こ、これ以上っ、気持ち良くなるのはぁ……な、なんだか怖いぃ……怖いよおっ」 「大丈夫だ……っ、ちゃんとそばにいるから!」 「はああぁっ! ああぁ……も、もう駄目ぇ……んんっ、んああぁっ! も、もう私ぃ……お、おかしくなっちゃうよおぉっ!」 「イきそうなのか……くっ……お、俺も限界だ……じゃあもう一気にイクぞっ!」 「んいいぃっ!? イクっ、んあっ、あっ、ああぁっ! はあああっ!」 「兄さんっ、兄さんっ……ああっ、はっ、はあっ、あうっ、んくぅ……ああああぁっ! イクイクイクぅ!」 「くっ……諷歌っ!」 「んいいいいぃっ!? いうっ、うなぁっ、はああああぁぁぁぁっ!」 射精すると同時に、諷歌の膣内が震えて俺の精液を搾り取っていく。 「あひっ、ひああぁっ! あくっ、んふうぅ……ふえっ、えんんぅっ!」 「あ……っ、あくっ、熱いのがぁ……奥で弾けてるぅ……んんっ、ああぁっ!」 「んふっ、ふああぁ……こ、これが兄さんの精液ぃ……? んんっ、はあぁ……私の中にぃ……たくさん入ってくるのぉ……んはあぁ……」 「ああ、そうだよ……諷歌の中を、最後まで俺ので目一杯に満たしてあげるからな」 「んああぁ……はいぃ……んんっ、んふぅ……兄さんの全部ぅ……受け止めるぅ……んんっ、んふっ、はああぁ……」 うわ……射精が全然止まらない……このまま最後の一滴まで諷歌の中に流し込む勢いで、体を押しつける。 「んは、あぁ……幸せぇ……最後まで、兄さんとできて私ぃ……最高に、幸せ、ですぅ……んんぅ……」 「諷歌……俺もだよ」 そういって、汗水を垂らしながら、諷歌の唇にキスをする。 「んんんぅ……んちゅっ、ちゅ……ちゅふぅ……んはあぁ……」 「兄さん、もっと……っ、もっとキスぅ……」 「ああ。たくさん頑張ったから、いっぱいご褒美あげないとな」 「も、もう……またそう、子供扱いして……」 「子供はこんなエッチなこと、しないよ」 「う、うぅ……そうでした……私、すごくエッチになって……ふわぁ……」 「でも、エッチな諷歌が可愛くて、俺は大好きだよ」 「んっ……兄さん……ちゅっ、ちゅくっ」 落ち着くまでのしばらくの間、繋がったまま抱きしめ合い、熱い余韻を愉しむようにたくさんのキスを交わす。 「んんっ、んふぅ……兄さんの、まだ、私の中で、動いてます……っ。まだ、射精……してるんですか?」 「諷歌の膣内にずっと居たいって……」 「そ、そうですか……嬉しいっ。でも、これからだって、ずっと……いっぱい一緒になれますよ、きっと」 「あ、ああ……そうだな。でも、今はこうして諷歌と結ばれたこと……もっと感じていたい」 「あぁ、兄さん……」 子種を存分に注入した後も、俺達は抱き合い、肌をまさぐり合いながら、互いの温もりを感じていた。 諷歌の温もり……小さな体でも、大人顔負けの情熱が溢れている。 「……愛してるよ、諷歌」 「ん……私も愛してる……」 そのまどろみに包まれながら、俺達はまた、キスをした。 「……兄さん、起きて……」 「ん〜」 ああ、もうそんな時間か……。 でもこの至福の一時……すぐに起きられるわけがない。 「兄さん……兄さんってば……」 「んあぁ……ん……」 「もうっ、全然起きる気ないですね……」 「そうですか、それならいいですよ。兄さんがその気なら私は……悪戯しちゃいますからね〜〜」 ん……? 悪戯? 諷歌が悪戯って……え? 「えいっ♪」 「お、おおっ!?」 な、なんだ、なんだっ!? 諷歌のやつが……自分から抱きついてきただとっ!? 「んふふ……目覚めましたか? 兄さん♪」 「あ、あぁ……」 「あ〜っ! まだ寝ぼけてるみたいですね……」 「それじゃ、もっとグリグリしちゃいます……んんぅっ!」 「の、のわぁっ!?」 し、しかも抱きつきながら頭をグリグリ押しつけてくるなんて……どうしちまったんだ、この世界はっ!? 「ちょ、ちょっと待ってくれ! すごく気持ちいいけどちょっと待ってくれ! いや、あともう少ししてから待ってくれてもいいけど……」 「なにを言ってるんですか、兄さんは。もうっ、まだ寝ぼけてる……仕方ないですね、じゃあ特別サービスです」 「……サービス?」 おお……日本人はそういうのに弱いんですよね〜。 ……んで、なにをしてくれるんだ……? ワクワクが止まらない俺の顔に諷歌がそっと顔を近付け――。 「ちゅっ♪」 「のわああああぁっ! き、キスだとっ!? おはようのキッスですとっ!」 「そ、そこまで驚くことじゃないでしょう? た、たかだか……キッスくらいで……」 ああ……そのキスくらいで、ものすごく赤くなるのもまた良い! 「ふ、諷歌……」 「ん……なんですか兄さん」 「まさかお前……諷歌なのかいっ!?」 「むぅ……なんですか? その生き別れの子供に会った親みたいな言い方は……」 「れっきとした兄さんの妹であり恋人の諷歌ですよ。しっかりしてください」 「お、おう……そう……だよな……」 「そうですよ〜〜! あなたの可愛い諷歌ですよ〜〜。うりうりうりぃ〜〜……んんぅ……はぁ……」 そう言いつつ、今度は顔をグリグリと俺の胸に押しつけてくるとは……。 昨日までとは打って変わったイチャイチャっぷり……う、うーん……なんだこの状況は……。 「あー。やはりこれこそが、いわゆるデレってやつだな」 「だ、だから! デレってなんですかデレって……い、いつも通りじゃないですか……」 「……自分で言いながら無理があると思ってるない?」 「うっ……と、とにかくこれはデレとかそう言うのじゃないですっ! あえて言えばこれは……」 「……これは?」 「こ、これは……甘えているんですよっ!」 「デレとは違うの?」 「ぜ、全然違いますよっ! 兄さんは何もわかっていませんね、まったくもう……」 「そ、そうなのか?」 「そうです。デレは、デレデレしているという意味で、子供っぽいことなんですよ」 「けど、私のこれは甘え。だから目的意識を持ってくっついたり、猫なで声でちょっと誘惑してみたり……つまり大人な感じの対応なのですっ!」 「そ、そうですか……」 う、うーん……? いまいち違いが良くわからんが……諷歌が無理矢理言い切ってるのでそういうことにしておこうか……。 「ふっ、ふふふ……どうですか兄さん。グッときますか?」 「え? あ、ああ……まあ……」 グッとくると言うよりこれはなんかこう……ムラムラ? 「えへへ……よし。これで大人の女性として、また一歩レベルが上がりましたね。うんうん」 うん、確かに大人な感じがするよな……特にこの押しつけられる2つの膨らみとかな。 ……沸き起こりそうなリビドーを抑えるのに必死だけど。 まあでもこの行動は要するに、また諷歌の大人アピールの一環らしい。 また何か新しい少女マンガとかで仕入れてきた知識だろう……。 しかしこの変わり様はちょっと極端すぎると思わなかったのか……。 とは言ってもこの甘えてくれる状況……なかなか心地良い。 折角だから、もう少し堪能させてもらおう。 「ほらぁ……可愛い彼女が起こしているんですから……早く起きないと駄目ですよ? 兄さん♪」 「……う〜ん……まあこれ自体は良いんだ。朝に優しく起こしてくる彼女である妹。うん、それ自体は問題ない」 「……え?」 「しかし足りない……こう、なにかもの足りないな……諷歌」 「えっ、た、足りない? うぅ……な、なにがですか? 兄さん」 よし、食いついてきたな。ほんと可愛いやつだ。 「いや、可愛い大人な彼女って言うのはそんなふうに相手のことを一歩引いた感じで言ったりはしないだろう?」 「ん……確かにそうかもしれませんね……」 「やっぱりそこは呼び方も変えるもんだと思うんだよ、俺は。うんうん」 「で、では……り、律……」 「い、いや、それは前にやったし。まあそれも新鮮と言えば新鮮なんだがな……ちょっとまだグッとこないかな」 「じゃ、じゃあなんて呼べばグッと来るんです?」 「それは決まっているだろう。もちろん――」 「お兄ちゃんだっ!」 「は……?」 「えっ、ええ〜〜っ!? な、なんでそんな呼び方でグッと来るんです!? だ、大体そんな言い方……こ、子供っぽいですよっ!」 「いや……そうだろうか?」 「なっ!? 現に昔、呼んでたじゃないですか! まさか、そうじゃないと主張する気ですか?」 「ああ。もちろん。大人の甘え上手ならば、彼氏の願いを聞き入れるくらいの寛大な心と優しさ……」 「そしてっ! いたわりの心を持っているはずじゃないかね!? 諷歌くん!」 「いたわりって……それってもう同情されてるレベルだと思うんですけど……」 「……でもつまり、兄さんは私にそう呼んで欲しいってことなんですか?」 「ああ、呼んで欲しい。昔のようにお兄ちゃんって、無邪気にな」 「うっ……そ、そんなこと急に言われても……」 「ああぁ……懐かしいなぁ、あの耳に響く鈴のような声で語られる“お兄ちゃん”の調……」 「きっとここで、呼ばれたらあの頃の美しい思い出まで蘇るよなぁ……」 「……なんだか、うさんくさく美化されている気がしますけど……もしかしてただ単に言わせたいだけじゃないんですか?」 す、するどいな……さすが諷歌と言う他ない。 ここはひとつ、素直に頼み込んでみよう。 「なあ、頼むよ。ちょっとだけっ。ちょっとだけでも呼んでみてくれよ。昔の諷歌じゃなくて今の諷歌からちゃんと聞いてみたいんだ」 「うぅ……で、でもそんな……久しぶりすぎて、恥ずかしいし……」 「頼むっ! 大人になった諷歌に、今、一度、言って欲しいんだ……」 「うっ、ううぅ〜〜……じゃ、じゃあ一瞬ですよ」 ついに俺の願いを聞き入れてくれた! 強い想いってやつは叶うものなんだな。 「おおーっ……いいぞ。頼む、諷歌っ!」 「あうぅ……そ、それじゃ……」 「お……お……お兄ぃちゃん……」 「イエエエエエエエエッスッ! イェスッ! イェスッ! イェスッ!」 「な、なあぁっ!? なんでそんな、飛び跳ねてまで喜ぶんですかっ!」 「だってもう、すごい久しぶりだったからさっ! それにまた恥ずかしがって言ってくれるその諷歌の姿がもう、可愛くて可愛くて!」 「撫でてやるっ! 諷歌、いっぱい撫でてやるぞ!」 「わああぁっ!? や、やめてくださいっ! 髪が乱れちゃいますからぁ……んんっ、もうっ……んんぅ〜〜……」 「あ〜っ! 俺は諷歌のお兄ちゃんで良かったーっ!」 「ちょ、ちょっとっ……んうぅ……そ、そこまでのことじゃないですよ……も、もう……」 そう言って真っ赤になってうつむいた。でも諷歌自身、まんざらでもないみたいだな。 「ああぁっ! 諷歌! もっと言ってみてくれ」 「う、うぅ……お、お兄ちゃん……」 「ああぁっ! 俺っ、お兄ちゃんをやってて良かったーーっ!」 「そ、それはもう意味がわかりませんよ……うぅ……」 今日ほど諷歌のお兄ちゃんであったことを嬉しく思った日はないだろう。最高だなっ! この世界はっ! 「可愛いのぉ……諷歌はほんとに可愛いのぉ……よしよしよし……」 「ちょっともうっ、なにか動物みたいに撫でてませんか? ああ〜〜ほんとに髪の毛がグチャグチャ……喜びすぎですってばっ!」 「うんうん。だけど正直に嬉しいんだ。なあ? これも言ってみてくれ……『お兄ちゃん大好き!』」 「ふっ、ふえぇっ!? な、何を急にそんなことを……」 「頼むっ! 大好きな諷歌にそう言われたら俺、今日をお兄ちゃん記念日として心に刻み、本にして世の中に発表するから!」 「やめてくださいそんなこと! とんでもない恥さらしですよ!」 「んんぅ……で、でもどうしてもって言うなら、仕方ないですねぇ……」 「けど、出版はしないでください。まあ、買う人もいないでしょうけど……」 「ああ、出さない! 俺のカレンダーに毎年書き込むだけにするっ!」 「いや、それも困りますが……まあいいです。それじゃえっと……お、お兄ちゃん……」 「うんうん」 「お……お兄ちゃんっ、大好きっ……はううぅ……」 「頼む、もう一度っ!」 「も、もう一度っ!? うぅ……お、お兄ちゃん、大好きぃ……」 「もう一度っ!」 「うぅ……お兄ちゃん、大好きっ! あ、あうぅ……」 ああぁ……もう俺、死んでもいいかも……。 「最後にもうひとつ『お兄ちゃん、かっこいいーーっ!』」 「いや、それはさすがにないですね」 「おいぃっ!?」 なんだよぉ……それくらいうっかり言ってくれてもいいじゃないか……昔にも言われた記憶がないからちょっと憧れだったのに……。 「ふふふ……でもそんなに喜ばれるとは思いませんでしたよ。兄さんっ♪」 「わぁ! う〜、言い方が元に戻ってるぞ諷歌! な、なあ……? もう普段からお兄ちゃんでいこう」 「い、嫌ですよ……ほんとに子供っぽいし。それにみんなの前でそんなこと言ったら私のイメージが壊れます」 「愛する兄の願いよりも自分のイメージのほうを取るというのか……諷歌」 「当たり前です。大体、今までだって兄さんだったのですから急に変えたらおかしいじゃないですか」 「そんなことはないだろう……うぅ……もし諷歌がお兄ちゃんと言ってくれるなら俺、朝から毎日このくらい、元気で素早く起きられると思う!」 「ん……まあそれは楽になりますけど……」 「それに、補講のどんなシゴキにも耐えてみせるぞ! ついでにそのまま夜までフルパワーでがんばれる気がする!」 「いや……そのテンションのままずっといられたら逆に恥ずかしいです。駄目、だめですっ。もう言いません」 「そ、そんなぁ……ずぉぉぉぉおぉぉぉぉ……」 「あ、あからさまにテンションを低くしたって駄目ですよ」 「そんなぁ……ああぁ……もういいさ……今日はふて寝だ、ふて寝……」 「それも駄目ですったらっ! も、もうっ、困った兄さんですね……」 こんな夢も希望もない世界なんて、誰が起きてやるものか。ああ、もう疲れた……人生に疲れ切った……。 「う、ううぅ……ごめんみんな……俺は……世界を救えなかった……後の事は……頼む……」 「一体、誰と戦っていたんですか!? もうっ……いいからベッドから出てくださいってばぁ〜〜っ!」 「嫌だっ! もうほっといてくれよ……俺の可愛い諷歌がお兄ちゃんと言わない世界なんて、みたくない! みたくないやいっ!」 「もうっ、駄々っ子みたいなことしないでください……はあぁ……じゃあ……たまに……ちょっとだけなら言ってあげますから……」 「ほ、ホントに!? うおぉーっ!」 救われた! 世界は今救われたぞっ! 「うっ……ちょ、ちょっとだけですからねっ?」 「ああっ! お兄ちゃんは、楽しみにしてるぞっ! 諷歌っ!」 「燃えてきた、燃えてきたぞ! よしっ、今日も一日頑張るか!」 力がみなぎってきた。まずは着替えを早く済ませて――。 「きゃあぁっ!? だ、だから着替えるときは言ってください! しかもなんで下から脱ぐんです!?」 「あっ、悪い……なんか妙なテンションだったのでつい……」 「い、いいから早く着替えてくださいね! 私は外で待ってますからっ! に・い・さ・んっ!」 ふむ……結局、最後に言ってくれなかったか……。 まあでもすごく貴重な経験をしたし、よかったかな。 「さてと……待たせるのも悪いし早く済ませるか」 「はあぁ……一体、あんな呼び方の何が良いんだか……ふぅ……まったく……子供なんだから……」 「ふふ……ほんとにもうっ……困ったお兄ちゃん……♪」 「諷歌〜! 早く、早く!」 「もう、兄さんったら……」 夏休みも中盤にさしかかり―― 俺達は、まさに恋人らしいデートスポットである遊園地へと遊びに来ていた。 「そんなにはしゃいでたら、転んじゃいますよ」 「大丈夫だって〜」 「いでっ!!」 「だから、言ったのに……」 諷歌が屈んで手を伸ばす。 「ほら、立って下さい」 「もうちょいで……パンツ見えそう」 はたかれた。 「甘やかすとすぐ調子に乗るんですからっ」 「ごめんよ、諷歌。でも、俺……遊園地に来るの、すごく楽しみだったんだ」 「それと下着を覗くのにどんな関係性があるんですかね」 「さあ、どのアトラクションで楽しもうか!?」 「んもうっ! ごまかさないで下さいっ」 童心に返ったみたいで、それを諷歌に指摘されるのが照れくさかった。 なるほど……諷歌が子供扱いされたくない気持ちって、これに通じるものがあるんだろうな。 「けど、今日は我慢せず、子供に戻ったつもりでいていいんだぞ」 「私達、まだ学生ですし、子供だと思うんですけど」 「俺は大人だ!!」 「そういうのが、子供っぽいって言うんです」 まさか諷歌に諭されてしまった。 「ふふっ。けど、そんな風にはしゃいで回る兄さんも、なかなか可愛くて好きですよ」 「お、おう……」 ストレートに“好き”と言われるのは、やはり気恥ずかしい。 普段、あまり素直に感情を言葉にしない諷歌が放つのだから、尚更だ。 「ちなみに遊園地、初体験なんですよ」 「えっ……て、外出許可が出てないなら、そりゃそうか」 小さい頃に行った記憶もないしな。 「だからまた私の初めて、兄さんにあげちゃいました」 「う……」 嬉しくなるようなこと言いやがって……。 「さあ、行きましょう。私、メリーゴーランドに乗りたいです」 「よしきた!」 「姫百合先輩の趣味を見習ってみようかと」 「乗馬じゃねえぞ、アレ……」 「えっ、そうなんですか!?」 それでも構わず乗ってしまう俺達だった。 「さて、次は兄さんが決めていいですよ」 「そうだな……定番のジェットコースターはどうだ!?」 「ふふん」 「なんだなんだ、どしたどした」 「私が臆すると思っていたんでしょうが、残念でした。こう見えて、絶叫マシーンは怖くないんですよ」 「そっか、そっか。それは良かった!」 「あ、あれ? 私を怖がらせるつもりで言ったんじゃ……」 「嫌なのか?」 「い、いえ……むしろ、ずっと乗ってみたかったというか……」 「それならもっと好都合だ! 行こうぜ、諷歌!」 「あっ、ちょっと兄さんっ!」 ジェットコースターには甘口と辛口という2段設定が存在しており、調子こいた俺は辛口を選んだ。 ――そして、乗車後。 「ガタガタガタガタ……」 「だ、大丈夫ですか、兄さん」 「ううっ……怖かったよ、死ぬかと思ったーー!」 「わっ」 ばふっと諷歌に抱きつく。 「もう……ホントに、子供みたい」 「諷歌は怖くないのか?」 「はい。魔法の授業で空を飛んだりしたこともありますし」 「それで慣れてたのか……」 「けど、自分で制御できないからスリルが違いますね」 「止まって欲しい時に止まれないとか、まだ空を飛ぶ魔法が上手に使えなかった時のトラウマが蘇ります」 「そういや、あんま飛んでるとこ見てないな」 「だ、だって、下着見えちゃうじゃないですか」 「そんな理由!?」 「全盛期の頃には、おりんちゃんとよく競争したりしていました」 「へぇ……結構やんちゃだったんだな」 「さすがに今はもう、宙に浮くことすら出来なくなっちゃいましたけど」 ゆっくりではあるが、諷歌はイスタリカの世界を認識できなくなっているのだという。 卒業は決まっているから、あとは時期を見計らって実家に戻るだけ。 けど、そうなると俺は、またしても諷歌と離れ離れになってしまうのか……。 ――って、今はそんなことを考えなくていい!! 諷歌と過ごす毎日を精一杯、楽しめばいいんだ! 「よーし、諷歌! 次はどこに行こうか!」 「え、えっと……今日は夜まで残っていたいんですけど」 「もしかして、パレード見たいのか?」 「はい!」 「ふふふ。そうだろうと思って、今日はちゃーんと1日パスポートを用意しておいたのさ!」 「つまりそれって――」 「全部、遊び尽くしちゃおうぜ!」 ――そんなこんなで、たっぷりと遊び回った後。 華やかなイルミネーションで彩られた最後の宴、エキセントリックパレードを見て、今日のプログラムは終了した。 「うふふっ、パレード。本当に凄かったですねっ」 「ああ……ホント、幻想世界に居るみたいで……って、イスタリカもそうなんだけど」 「イスタリカ自体はただの島ですからね」 「もうちょっとパレードの電飾みたいにキラキラしたきれいな場所があったらね。ロマンチックなんだけど」 「あ、でも本に、とっても綺麗な泉があるって話を見たことがあります」 「おお! どこにあるんだ!?」 「それが、よくわからなくて……もしかしたら、危険な場所なのかもしれませんね」 「まあ実際、カラフルな色って有毒なガスや液体が原因だったりするからな」 「長く住んでいたのに、まだ知らないこと……残ってたんですね」 「諷歌……」 「帰りましょう、兄さん! 今日はですね。私がご飯を作ろうかと思ってます」 「諷歌の手料理!?」 「はい。シャロンさんみたいに上手ではありませんが……」 「姫百合先輩と一緒に修行したんです! だから、きっと、大丈夫です!」 「じゃあ、楽しみにしてる」 「はいっ!」 しかし、お料理の修業か。 なにげに今まで料理とかやっている姿を見ていなかったけど……一体、どういう風の吹き回しだろう。 その夜、諷歌が作ってくれたおみそ汁は―― なんだかとても懐かしい味がした。 「おお……結構、混んでるな。って、夏休みだから仕方ないんだろうけど……」 「うーん……」 「まあ、入れないって感じでもなさそうだからいいか」 それに、2人でデートにまた来られただけでも俺は十分楽しい。 さて、今日は何を観るか、だけど……。 「う、うむぅ……」 「……まだ悩んでいたのか? 今日の朝からずっとそんな調子だな」 「だ、だって折角、兄さんと見るんですもの……やっぱり十分楽しみたいじゃないですか」 「まあそうだけどさ……でもそろそろ決めないと、どっちも始まっちゃうぞ?」 「そ、そうですね……う〜ん……」 昨日の夜、何を観るか話し合った結果、2つにしぼった。 1つは可愛い3DCG系キャラクターもの。もう1つは今話題のラブロマンスもの。 諷歌曰く、友達の話によるとどちらも一応評価は高いらしく、面白いそうだ。 それでどっちにしようかと迷っていたが、結局これといった決め手に欠けて、ズルズルとここまで持ち越していた。 「う、うーん……うん? うっ、うむぅ……」 (ん……? なんかチケット売り場を観察してるな……) 諷歌の視線の先を見ると、そこで映画の題名を言って買っている客がいっぱいいる。その中には大人も子供いた。 「……あれは子供が多い……あっちはカップル……あ、でもカップルでもあっちを見る人もいるし……うーん……」 ……なるほど。キャラクターものとラブロマンスものの客層を見極めてたのか……まあ、そんなことしなくても観たい物を観ればいいのに……。 でもまあきっと今の諷歌なら、こっちを選ぶだろうな……。 「……ラブロマンスの方にしようか?」 「い、いいんですか? 兄さん、そういうの苦手かなと思っていたのですけど……」 「いや、そうでもないぞ。それに諷歌のような魅力的な大人の淑女ならそっちの方が面白いかなってね」 「むぅ……なんかちょっとその言い方は馬鹿にされているような気がしますけど……」 「でもいいでしょう。私もちょうどそっちの方が良いと思っていたところです。やっぱりキャラクターものは子供が多いですしね」 「そうだな。それじゃ早速、チケットを買おうか」 「はい、兄さん♪」 お、腕を組んできたな。ふふ……諷歌、結構嬉しそうだな。 まあ俺はほんとにどっちでも良かったから、謳歌が楽しめればそれで良い。 ……ただ、ちょーっとラブロマンスは問題がありそうな気もするが……まあ、いいか。 「はぁ……」 「そんなに、落ち込むなって」 「ううぅ……でも半分も寝て過ごしちゃったんですよ? しかも爆睡だなんて……ああぁ……折角のデートだったのにぃ……」 案の定、諷歌は途中で寝てしまっていた。まあ無理もない。 かなり暗めのお話で、思いの外ストーリーも複雑だった。 「はあぁ……やっぱり可愛いキャラクターものにしておけば良かったかなぁ……」 「ふふ、まあ言い出したのは俺だったしな。それにさっきの映画だって可愛いシーンがあったぞ」 「え? どんな場面ですか?」 「諷歌の気持ち良さそうな寝顔」 「も、もうっ! そんなのを観てないでくださいっ!」 「はははっ、でもほんとに可愛かったし」 「むぅ……もうっ、これじゃ子供っぽいままじゃないですか……」 あ、拗ねた。しかし、なんでそんなに大人っぽさを気にするんだろう……。 「……なあ、諷歌。なんで大人っぽさにこだわるんだ? 今のままでも十分、諷歌は魅力的だぞ。いや、お世辞抜きに本気で」 「そ、そう言われても……やっぱり子供っぽいのは駄目なんです」 「うーん……そうか?」 「そ、そうですよっ!」 「だって……兄さんの隣を歩くのに……相応しくないじゃないですか……」 「つまりそれって……俺に合わせようとして頑張ってたってことなのか?」 「……そ、そうです。でも兄さんがいけないんですよ」 「ええっ!? お、俺?」 「言ったじゃないですか。本当は姫百合先輩くらいになってから再会したいと思ってたって」 「クールで知的で、背も高くて、プロポーションも抜群で、大人の色気たっぷりの女性に……」 「そうすれば、一緒に並んでても、ちゃんと恋人同士に見えるじゃないですか!!」 「……そんなこと気にしなくたって、充分ラブラブカップルだろ。俺達」 そういって身を寄せ、諷歌と腕を組む。 「う、うぅ〜〜。今日は誤魔化されませんからねーっ」 嬉しいけど素直に受け入れられず、諷歌の眉毛がヒクヒクしてる。 諷歌の中で何かが拮抗しているな。 「心配しなくても、諷歌は素敵なレディになるよ」 「な! ここにきて、褒め殺しですか! というか、レディとか恥ずかしい言い方しないで下さいっ」 「そうじゃない……今、俺の前にいる諷歌は、今だけしか感じられないってこと」 「あまり成長を急がれても困るというか、なんか寂しいんだよ」 「け、けど……童顔で背が小さいのは、もしかしたらこのままかもしれないんですよ」 「それでも、俺は諷歌が好きだ」 「……!」 「何度も言うけど諷歌はそのままでも魅力があるし、俺は今のままの諷歌も大好きだ」 「あっ!? あうぅ……こ、こんな所で言わないで下さい……は、恥ずかしい……」 「仕方ないだろ? ホントのことなんだからさ」 「けど、諷歌はそのまま、ありのままでいいんだよ。そのままで可愛いし、無理をしなくても俺にはもったいないくらいの出来た良い彼女だ」 「う、うぅ……ほ、ほんとに?」 「ああ、そうさ。諷歌はちょっとくらい子供らしさを残してくれた方が、ちょうど良い」 諷歌とエッチしてると、すごく悪いことをしているような気分にさせられる。 それがまた、なんというか、めちゃくちゃ興奮するんだよなぁ……うへへ。 「兄さん……なんかいやらしい顔してます」 「ぎくっ」 「もうっ!」 「い、いでででっ!?」 「むぅ……やっぱり子供っぽいのは良くないです……大体、兄さん。私のことを甘く見てますよね?」 「いや、別にそんなことはないけど……」 「いいえ、見てますっ!」 「ん……み、見た目は認めましょう……こう……ちょっとアレなのは……」 「でも中身は……っ、心や知識は大人なんですからねっ! 今からそれを証明してあげますから!」 「え? は、はあ……」 顔を真っ赤にしていきり立って、一体何を……。 「では……行きますよ!」 「わわっ!? おいっ、ちょっと急に引っ張るなって……どこに行く気なんだ?」 「私が大人だってことを、証明出来るところですっ!」 それが、どうしてこうなった……。 諷歌が俺の体を引きずって連れてきたのは、こともあろうにラブホテルの一室だった。 「というか、諷歌はなんでそんな格好をしてるの!?」 「ふ、ふふふ……どうですか、この大人のみ・りょ・くぅ……」 ああ……夢でも見ているのだろうか。諷歌が屋内で水着に……しかも股間を見せつけるようにして……。 「あっ、あっは〜〜ん」 「あっは〜〜んって、おまっ……何世代前の誘い方だ……」 「ん……兄さんはこういう誘い方でも良いでしょう? うっ……で、でもちょっと恥ずかしい……」 「は、恥ずかしいならしなきゃいいだろうに……」 「そうはいきません! ちゃんと……大人な所を証明するんだからっ……」 「んぅ……で、どうですか兄さん……ムラムラします、よね?」 「む、ムラムラって……」 「あっ! うふふふ……ううん、言わなくてもわかったから良いですよ、兄さん。私を見る目がすごくエッチだもの」 「なっ……む、むむぅ……」 いかん……まったく図星すぎて何も言い返せないぞ……。 確かにこのワンダフルボディが強調される水着のせいで、ぷるんと震える胸と見せつけられる股間の間を俺の目は行ったり来たりしちゃってるさ! 「というか……なんで水着?」 「だ、だって前に水着になったとき喜んでくれたから……」 「でもあの時、ちょっと嫌がってなかったか?」 「あ、あれは他の人が見るからですっ! ん……私は……兄さんだけしか見せたくなかったから……」 「……だから、ちゃんと私が大人だってことと一緒に……今日はいっぱい見て欲しいの……」 な、なんてことだ……諷歌がこんなことを言ってくれるなんて……ああぁ……ほんとに夢じゃないだろうな……。 「だ、だって、夏休み、だから……」 「そ、そういえばそうだった。じゃあ、プールとか海にデート、行けば良かったな」 「で、でも、それじゃ他の人に見られて、恥ずかしいから……っ」 「私が水着を見せたいのは、兄さんだけ……なんですっ!」 「そ、そうか……うん……まあ諷歌がそう言ってくれるなら……み、見せてもらおうかな」 「うん……じゃ、じゃあ、思う存分、見て、下さい……っ」 お、おおぉっ!? 恥ずかしがりながら水着に手をかけて――。 「は、はいぃ……うぅ……んんぅっ……はあぁ……」 「お、おお〜〜」 な、なんだ今の胸の震え方は……下から見るととんでもない重量感……ああ……まさに圧倒的……。 「……ん……こうやって……水着とか下着を着けたままの方が興奮する人もいるって聞きますけど……兄さんは……どうですか?」 「ば……バインッ、バインです……」 「な、何を言っているんです?」 「あ、ああ、すまない……見たままの光景が頭から離れなくてつい口から出ちまった……」 「う、うぅ……なんだか異様な反応ですよ……ということは兄さん……着ている方が好きなんですね? んんぅ……」 「いや、違うな……」 「諷歌の乱れる姿が見られればどっちでも良いのだ!」 「そ、そっちですか!? んぅもう、兄さんったら……もっとちゃんと私を見た感想を言ってください……んんっ、はぁ……」 「ん……折角、兄さんのためにしているんだから……もう少しこう、色々なことを言ってくれたって……」 「ああ……諷歌は可愛いな……」 「んんぅ……それだけ?」 「諷歌は素晴らしい」 「むぅ……あとは?」 「あとはそうだな……ああ、諷歌はスケベだな」 「え?」 「だって、ほら――」 「きゃあぁっ!? ああっ、に、兄さんっ!」 「ふふふ……見られてるだけなのに、実は少し濡れてるからさ」 なんとなく目の前の水着にシミが出来てきているなと思ったら……やっぱり予想通りだった。 「きれいなピンク色でこんなに瑞々しくしちゃって……まったくけしからん。もっとよく見せなさい」 「へっ? やだ、兄さんっ……んうぅっ……そんなに近付いて見ないでよぉ……んっ……だ、大体、今日は私から見せるって言ったのに……」 「そんなこと待ってられる訳がないだろう? 目の前に可愛い彼女のアソコが切なそうに濡れてるんだから……」 そんなことを言っている間にまた濡れてきた。 「えっ……や、やんぅ……んんぅ……兄さんが変にいっぱい見つめるから意識しちゃって……はうぅ……」 「おっと、垂れてきそうだぞ。どれ……」 股間に唇を押し当て、舌でじゅるじゅるとなめずる。 「ひいぃっ!? ふにゃああああぁっ! あうっ、んんぅっ!」 「な、なああぁっ!? な、舐めてる……んんぅっ! だ、駄目っ、兄さんっ!」 「なんでだよ。すごく喜んでるじゃないか」 「だ、だってそこを舐めるなんて……んんっ、あんぅ……ちょ、ちょっと変ですよ……っ!」 「それに私、まだ洗ってもいないから汚い……汗とか……恥ずかしい、お汁とか……」 「それがいいんじゃないか」 「やんっ!? や、やああっ! 恥ずかしいっ、ん、んん〜〜〜〜!」 「だ、だめっ……! 吸いついたらっ、んくっ、ふああぁ……兄さんぅ……ああっ、んんぅっ!」 ああ……諷歌の水着姿といい、しかもラブホテルでそれを着てることといい…… なんだかちょっとアブノーマルなシチュエーションだから余計に興奮してくるな……。 「ふにっ、んやあぁっ!? あふっ、んんぅ……あっ、ああぁっ! に、兄さん……し、舌使いが激しッ……んんっ! はうぅ……」 「こ、こんなにされちゃったら私ぃ……んんっ、はうっ、あっ、んふぅ……こ、拒めなくなっちゃうよぉ……ああっ、んやうぅ……」 「もしかして、拒む気だったのか? それは困るな……よし、じゃあ本気でやるかっ!」 「あにゅうぅっ!? んいっ、ひゃああぁっ! に、兄さんっ!? し、舌を入れたらっ、やああああぁっ! んんぅっ!」 「ひうっ、んああぁっ! あふっ、んんうぅっ! ま、待ってぇ……んんぅっ! こんなに舐められちゃ私、すぐに駄目になっちゃうよぉっ!」 「ひうっ、んんぅっ! はっ、はうぅ……も、もう拒む気は無いからぁ……ああっ、あんっ! も、もっとゆっくりでぇ……んああぁっ!」 「わかった。じゃあ、次はもっと奥まで舌を入れるぞ……」 「ふええぇっ!? うひゃあぁっ、はひっ、ひんんぅっ! そ、それっ、すごひっ……いうっ、んやっ、はうぅ……んやああぁっ!」 「はあぁ……諷歌の濃い味がいっぱいするな……。諷歌の匂い、すごく美味しいよ……」 「んああぁっ!? ひゃううぅ……私のを……あ、味わったりして……ひはっ、はあああっ!」 「あうっ、ふっ、んくぅ……そんなにされたら……! やっ、やああっ! んっ、くっ、感じて……」 「ひっ、いんんぅっ! んあっ、あうっ、んいいぃ……ああぁっ! はっ、はあっ、んんぅ……ああぁっ! だ、駄目ぇ……ほんとにもう……」 「んえっ、あふぅ……んくっ、ふあっ、あうぅ……んんっ! あ、あうぅ……ひっ、きゃうんっ! あうぅ……も、もう来ちゃううぅっ!」 膣の奥がブルブル震えだしてきた。 愛液もすごく濃いし、ヨダレのように溢れ出ている。 「そろそろイクのか……? 遠慮せず、イッていいぞっ」 「はううぅっ!? ういっ、いやっ、吸っちゃっ……んううぅっ!」 「ひっ、ひふっ、くううっ、は! うにゅうぅ……兄さんっ、もう駄目えぇっ!」 「と、とんじゃうっ! 私いぃ……いうっ、んっ、んああぁっ! こ、このまま私っ、とんじゃうっ、とぶっ、と、とぶううううぅっ!」 「うああああぁっ!? と、とびゅううううぅぅぅぅっ!」 諷歌が思いっきり俺の顔を太ももで挟み、股間を押しつけてくる。 「んくっ、ふやああぁっ! んひっ、ひにゅうぅっ! んくっ、んふぅ……ふあっ、ふぁううぅ……んんっ! んはぁ……」 さらさらとした透明の液体が、ピュッピュと放たれ、まるでお漏らしをしたみたいに股間から溢れ出す……。 「はぁっ……はあっ! あ、あ、あっ、あああ〜〜〜んっ、んぐっ、うふぅ〜〜〜!」 「諷歌、これって……」 「い、いやぁ……恥ずかし、いぃ……っ、けど、止まらない……っ、ふっ、う、くう〜〜ん!」 子供の諷歌が、股間を愛撫され、淫らに感じ、潮を噴いている。 なんという光景……ついこの間まで、男を知らなかった少女が……。 「はぁっ、はぁっ……ああんっ、こんなに、気持ち良くなるなんて……エッチって、凄いぃ……」 「イクときの諷歌、すげえ可愛いよ……」 「やっ、やぁ……イクとこ見られて……っ、すごく恥ずかしいのにっ、嬉しいのぉ……っ」 「諷歌、俺もう……入れたい」 「うんっ、うん……兄さんの入れて……いっぱい、いっぱい、セックスして、下さいぃ……!」 「きゃっ!? ひゃううぅ……んんっ、ああっ! んくっ、んふぅ……!」 「も、もう……に、兄さんちょっと強引っ……うんんぅっ! あくぅ……」 「諷歌がこんなエッチに誘ってくるんだ……っ、我慢できないっ!」 「そ、そんな、誘ってなん――ふやああっ!」 「すごい濡れてる……太ももが、愛液がビショビショだぞ……」 「あ、んうぅ……い、言わなくて、いいから……そんなことぉ……んんぅ……!」 「それになんてトロトロなんだ……押し当ててるだけでも暴発しちゃいそうだ」 「んあっ、はあぁ……ああぁ……に、兄さんのこんなにもう熱くてかたく……」 「ん……兄さんのが私の入り口に当たってるのが良くわかりますよぉ……んあぁ……」 「諷歌がいやらしくてすごく魅力的なよがり方をするから、こんなになったんだぞ……」 「あんぅ……そう言われると恥ずかしい……そ、そんなに私……いっぱい言ってましたか?」 「ああ。だから今すぐ、諷歌が欲しい!」 「うにゃあっ!? あうぅ……そ、そんな擦りつけて……んんっ、んうぅ……」 「わ、私もぉ……んんっ……に、兄さんが……あっ、あぁ……はぁはぁ、ほ、欲しいのぉ……」 こんなにも哀願してくるようになるなんて。 しかも、本人は気づいてないっぽいが、諷歌は自ら腰を局部に押しつけてきている。 俺のペニスを見立てて、あたかも自慰行為をしているように見えた。 俺もまた諷歌同様、早くペニスをねじ込みたくて仕方なかったのだが……。 「ん……んふぅ……ふあぁ……ああっ、んふぅ……ん……えっ、あんぅ……あ、あれ? んぅ……あ、あのぉ……兄さん……?」 「……」 ごくりと唾を飲み込み、挿入したい欲求を堪える。 今を耐えればきっと、諷歌のいやらしくて可愛い姿がもっと見られるから……! 「ううぅ……あ、あの……なんで、そんな焦らして……んんっ、コスコスしてるだけなんて……ああっ、早くぅ……」 「俺……さっきから、動いてないん、だけど」 「……えっ!? う、嘘……ッ、それじゃあ、私……っ、自分でそんなっ、兄さんに……!」 「そんなに俺のが欲しいの?」 「……ほ、欲しいよぉっ。兄さんに早く、いっぱい、愛されたいぃ……っ!」 「じゃあ……ちゃんとおねだり」 「え? お、おねだり?」 「ああ……そうだ。でないと、入れてあげない」 「や、やぁ……そんなっ、ん、んうぅ……い、いじわるぅ……、私が欲しがってるの、わかってるくせにぃ……!」 「ああああ……うぅ〜〜〜っ。だ、だめ、こんな、焦らされてたら、おかしく、なっちゃう……」 物欲しそうに懇願する瞳。諷歌がどんどんといやらしく、可愛くなっていく。 「はぁ……はぁっ、ああっ、も、もう、だめぇっ……ふっ、ふわぁっ、は、早くっ、お、おにぃ――」 「お兄ちゃんのを……っ、わ、私の……あ、ア……アソコにぃ……んんぅ……い……入れてぇ!」 「――!?」 「あぁっ……おねがいっ! お兄ちゃん!」 ここに来て、まさかのお兄ちゃんと呼ばれるなんて! 「ふ、ふ、諷歌ぁっ!」 今までの踏ん張りが報われた俺は、ペニスを諷歌の小さな膣壺にぶち込んだ。 「ふにいいいいぃんっ! んひっ、ひゃぐううううぅっ!」 「ぐ、ぐわっ!? きつっ……くぅ……」 「はあああっ、お兄ちゃんのが、私の、中……んんん……っ! いっぱい、拡げてッ!」 嬉しさに任せて勢いよく突っ込んでしまったが、諷歌の膣内に俺のペニスは全て収まらないことをすっかり失念していた……。 が……よく見ると、ずっぽり埋まっている。ただ、当然ながら前回以上にすごくキツキツだ。 「あ……ぅうっ……お兄ちゃんの全部、はいっちゃってるぅ」 「ああっ!? 悪い諷歌っ! い、痛くなかったか?」 「ん……ううん。大丈夫ぅ……全然痛くないの、んふぅ……」 「は、はぁぁ……お兄ちゃんの熱いのがいっぱい詰まって……ビクンビクンって、鼓動が伝わるぅ……ん……」 「す、すごいよぉ……はうっ、んんぅっ! んふぅ……で、でもこれって……ちょっと入りすぎているんじゃないかなぁ……?」 「え、えへへぇ……私の体が、お兄ちゃん専用に……されちゃってるよぉ……」 「ふ、諷歌……う、くっ」 ペニスの根元から先まで、諷歌の温かい膣肉に包まれ、すぐにでも射精してしまいそうになる。 「すごく奥の方まで……んくっ、ふぅ……押し込まれちゃってるのぉ……ああぅ……少し動いただけで、お腹の中が押されるみたい……」 「……諷歌の体がちゃんと、俺を受け入れる準備をしていてくれたんだな」 「んんっ、ふぅ……そ、そうかも……きっとお兄ちゃんのが欲しくてっ。いっぱい、膣内射精して欲しくて……こんなになってるんだよぉ……」 「はあぁ……お兄ちゃんのがしっかり感じ取れるよ……? 私のあそこ、いっぱい拡げてる……形まで、わかっちゃいそう……」 「はぁはぁっ、お兄ちゃんのずっとピクピクしてる……私の中、気持ちいい?」 「最高だよ……っ」 「えへへ、良かったぁ……さっきも入れられただけでなんだか私、イキそうになっちゃったぁ……も、もっと、お兄ちゃんの、欲しいよぉ……」 「……それなら、いっぱい気持ちよくしてやるっ」 「え……ふにゃああぁっ!? あいっ、んんぅっ! ま、待ってそれっ……はあっ、あっ、あっ、ああんっ! 駄目激しくはっ……ああぁっ!」 「ああぁっ! 諷歌っ、最高だぁっ! 腰がどんどん動いてっ、くっ!」 「んんぅっ! んんーお兄ちゃんっ!? んひっ、ひゃうぅっ! んあぁ……さ、最初から激しすぎいぃっ! ああぁっ!」 「も、もう少しゆっくりぃ……んんっ、あっ、ああぁっ! な、中のがいっぱい動いちゃってっ……ああっ、んふっ、ふああぁっ!」 「そ、それにこの激しさっ、もう、ビンビン来ちゃうのぉっ! はうぅ……こ、これじゃまたっ、私すぐにぃ……んんぅっ!?」 「えっ? ちょっ!? あぐっ……な、中で震えてる……まさか諷歌っ!?」 「うにゅっ、ふにゃああああぁっ! あひっ、ひああああぁっ! ああっ、ああっ、駄目っ、駄目っ、駄目ええぇぇっ!」 「イックううううぅっ! うくっ、んはああああぁぁぁぁっ!」 「う、うお……! 諷歌の膣内……っ、そんなにうねってあああっ!」 「んひっ、ひんううぅっ! ふああああぁ……ああっ、あひぃ……んっ、んふうぅっ! だ、だから言ったのにぃ……んああぁっ!」 あんなに真面目で優等生で……背伸びしていた少女が、挿入してすぐにイッてしまうほど…… 「こんなにエロくなって……ううっ、諷歌っ、好きだ! もっと感じてくれえ!」 「んっく、ひやああっ! そんな、イッてすぐ、激しくしたらあっ、あああっ! あああんっ!」 「んくっ、ふっ、ふうぅ……はあっ、はうぅ! お兄ちゃんの方が、ずっともっと、エッチだよぉおっ!」 膣内の痙攣が激しさを増していく。俺の抽送に応え、ぎゅうぎゅうに締め付ける! 「諷歌っ。今日はもうっ、孕ますくらいっ、射精してやるからな!」 「ふええぇっ!? んいっ、ひうっ、んああぁっ! まだ無理っ、駄目だってぇっ、動いちゃっ、嫌ああぁっ!」 「お兄ちゃんっ、もうっ……あやんっ! はうぅ……んっ、んんっ、んいっ、ふっ、ふああぁっ! き、気持ちっ、良すぎちゃうよぉ……ああっ!」 「あひっ、ひううぅっ! んあっ、ああぁっ! か、感じすぎちゃうぅっ! んんっ! や、やり過ぎっ、やり過ぎなのぉっ、んああぁっ!」 だが、目の前の小さな体を少し乱暴に犯している背徳感と繋がっている喜びが、俺の性衝動を加速させる。 「んいっ、ひんんぅっ! んあっ、はうぅ……あ、頭の中がっ、真っ白になっちゃうぅ……んんっ、ふあっ、あえっ、んんぅっ!」 「ふゆうぅ……ううんっ! んひっ、ひぐぅ……ふ、深いぃ……お兄ちゃんのっ、深いよぉっ! んひっ、ひんっ、んんぁっ!」 「んあっ!? な、何っ!? んんぅっ! ああっ、あうぅ……い、今ぁ……体の奥でっ、弾けちゃううううっ……あうっ、ああぁっ!」 「つ、突き上げられると……んんっ、あっ、ああぁっ! また、パチンって来ちゃってぇ……んんっ! 真っ白になっちゃうぅ……んんっ!」 強烈なまでの狭さ。可愛い腹部にペニスの輪郭があわや浮き出してしまうのではないかと思うほど、乱暴に擦りあげる。 「んいいぃっ!? ひうっ、うあっ、ああぁっ! やんっ、やんっ、やあっ、駄目ええぇっ! ほんとにもうっ……もうぅ……うんううぅっ!」 諷歌もこんなに淫らに喘いでいる。 それに秘所もだいぶ馴染んできて、さっきからキュッ、キュッと締めつけてくる。 ああ……ほんとにたまらない! 「んああぁっ! そんなに強く突き上げちゃっ、やだぁ……ああっ、ああんっ! お、奥の方までぇ……めり込んで来ちゃうぅっ! んんぅっ!」 「前よりもっ、奥の方で擦れてぇ……んひっ、ひゃあぁっ! お腹の中ぁ……熱いのおぉっ! あんうぅっ!? な、中でビクって……」 「くっ……もう俺も限界だ……このまま出すぞっ、諷歌!」 「ひうっ、んやあぁっ! ああ、私ももう無理いぃっ! ああっ、来ちゃうううぅっ! 私っ、またイクっ、いっ、イッちゃううううぅっ!」 「くっ!?」 「んひゃああぁっ! ああっ、あっううううぅぅぅぅっ!」 「うくっ……ああぁ……出る出るっ!」 「んんひっ、ひんうぅ……んあっ、ああぁ! ま、また跳ねたぁっ! 中でぇ……んんっ、ああぁっ! はあぁ……勢い良く出ながらぁ……」 「お、おおぉ……」 「お兄ちゃんの精子がっ! あ! あ! ああ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 「んふっ、うんんっ……んくっ、ふっ、ふはああぁ……はあっ、はうぅ……んんっ、んっ、んふぅ……」 「諷歌の中、すごすぎ……くあっ、まだ搾り取られて……くぅうう」 「お兄ちゃんの……お腹の中いっぱい、これじゃあ、ホントに、赤ちゃんが……ひ、ひぐっ」 「諷歌……ああ、可愛い、俺の諷歌……っ。こんなに俺を気持ちよくさせて……ホント、素敵な大人の女性に……ぐっ」 「あ……う、や、やぁああっ、精子でお腹、膨らんでるのに……お兄ちゃんのがまた膨らんで……っ」 「や、やぁあ……まだすごく元気ぃ……っ、まだまだ私の中に、射精したがってるぅ……」 「も、もちろんだ……っ。今日はもう、尽きるまで諷歌を可愛がってやるっ」 「は、はああっ。お兄ちゃん、嬉しいっ。もっともっと、私を激しく犯してぇ……っ」 精液と愛液が入り交じり、更に滑りの良くなった諷歌の膣内を…… ズンズンと、中に溜まった子種を掻き出すようにして、攻め立てる。 「あうっ、ふううぅんっ! んくっ、んはっ、あっ、きゃうぅっ! んあぁ……さっきよりもヌルヌルしてぇ……グチョグチョ、すごいよおっ」 「俺の精液と諷歌の愛液が混ざってるからな……っ」 「やんうぅっ! 嬉しいっ、お兄ちゃんと私のがっ、んんっ、あっ、ああぁっ! んうぅ……ふあっ、ああぁっ!」 「やっ、やああぁっ! あんっ、またそんな激しくぅ……んんっ! お兄ちゃんっ、すごいよぉおっ……んあっ、あっ、んんぅっ!」 粘液の絡みつくヌチョヌチョという卑猥な音色が響き渡る。 「あっ、ああっ!? あうぅ……すごい、エッチな音、でてるぅっ……す、すごく……んんっ、はうぅ……い、いやらしいよぉ……」 「んいっ、うにゃあぁんっ! あうっ、んんぅっ! も、もう……わざと音が出るようにしてるぅ……んんっ、んいっ、あうっ、んんっ!」 「ああんぅ……か、かき出すようにしてぇ……んんっ、あっ、ああぁっ! どんどん奥から恥ずかしいのが出ちゃうぅ……ひううぅっ!?」 ん……? 何か今、奥で……。 「なんだ……っ、奥で何か当たってる……」 「ふにゅうぅ……んんっ、んっ、くううぅ……う、うん……お腹の奥でギュッって……何かが押されて潰される感じぃ……」 「こ、ここかっ?」 「ひゃううぅっ!? んひっ、ひうっ、んんぅ……ああああぁっ! や、やんっ、当たってるぅっ! やっぱりそこっ、当たってるううぅっ!」 「な、何これぇ……んいぇっ!? ふにゅうぅっ! んあぁ……さっきよりもコツンってぇっ、いっぱいっ、当たって来ちゃってるぅっ!」 「ああっ、ど、どうしようぅ……私の身体……おかしくなっちゃったのぉっ? え、エッチしすぎて……何か出来ちゃったのぉっ!?」 「まさか……いや、たぶんもしかすると……これが子宮の入口なんじゃないか?」 「んんぅ? えっ、ええっ!? んんぅ……そ、そっかぁ……んあっ、あっ、あんぅ……ここがそう……ここが……私の赤ちゃんの部屋ぁ……」 「んうぅ……そうなら今、私ぃ……んんっ、あっ、ああぁんっ! お兄ちゃんにぃ……お部屋をノックされちゃってるんだぁ……んんっ!」 「ここ……そんなに気持ちいいんだなっ」 「んええぇっ!? えうっ、うきゅっ、んんぅっ! ふえっ、えっ、えあっ、ああぁっ! お、お兄ちゃんっ!? やんっ、あっ、ああぁっ!」 「お、奥でっ、グリグリ押しちゃ駄目ぇっ! んいっ、ひんぅっ! あっ、あひぃっ! んうぅ……こ、これっ、駄目なのぉっ! ああっ!」 「ピリピリって頭にぃ……んふっ、ふあっ、あはぁっ! はうぅ……ちょ、直接気持ち良いのがぁ……流れ込んでくるぅ……んんぅっ!」 諷歌の子宮口にペニスを押しつけると、先端に入口が吸い付いて来る。 「あっ、ああぁっ! あうっ、んんぅ……お兄ちゃんの先がぁ……んいっ、ひんぅ……コツコツ当たるとぉ……んあっ、はうっ、んんぅ……」 「お腹の奥がぁ……キュンってなるのぉ……んいっ、はっ、はあぁっ! ああぁ……そ、そこぉ……いっぱい押されてっ、気持ち良いぃっ!」 「んふぅ……はうっ、あんぅ……か、身体っ、熱すぎるぅっ! 何かっ、スイッチが入ったみたいにぃ……また、すごく良くぅ……ああぁっ!」 「うやあぁっ!? ああっ、んひっ、ひゃあぁんっ! んくっ、ふあっ、あっ、ああもうこれぇっ……んんぅ……す、すぐイっちゃううっ!」 強烈な締めつけ……しかも中でうねって、俺の精液を搾り取ろうとしているみたいだ。 「あうっ、うっ、んんっ、んあっ、あいっ、いいんっ! あっ、もう駄目っ、イクうぅっ! い、イってっ、とんじゃうううっ!」 「あ、頭が真っ白にぃっ! 嫌っ、ああっ、あひっ、ひんうぅっ! んえっ、えうっ、うあっ、ああぁっ!」 「こんなに痙攣してきた……何度も、軽くイッてるんだな?」 「うんっ、うんぅっ! はいっ、はいいぃっ! お兄ちゃんっ、私もうっ、い、イってっ、イっちゃってるのぉっ! ひやああぁっ!」 「あえっ、えんぅ……んくっ、ふっ、ふああぁっ! はあぁ……もうっ、何も考えられないぃ……いいんっ! んっ、んっ、んっ、んんぅっ!」 「っ……! ああっ、俺もまた出すぞ! 諷歌のここ、いっぱい開いて……子宮の中に直接出してあげるから……!」 「ふにっ、ひぎゅううぅっ! ういっ、いいぃんっ! うんっ、うんぅ……だ、出してぇ……出してお兄ちゃんっ! ああぁっ!」 「私の奥のぉ……んんっ、ああぁっ! 大事なっ、赤ちゃんのお部屋をぉ……んんっ、あっ、ああぁっ! 開いていっぱい出してええぇっ!」 「ああ……諷歌っ!」 「ふええぇっ!? えうっ、またっ、またイクっ、イクぅ……イクううぅっ! いっ、いいっ! イグッ、イグッ、イグッ、イグううぅっ!」 「ぐうぅっ!」 「んひいいぃっ!? ひぐぅうっ! きゅううううぅぅぅぅっ!」 す、すごい……イチモツを膣内全体で締めつけてさらに子宮口が亀頭にへばりついてくる……。 「おおうっ!? うわ……こ、これ俺のを吸い上げて……ッ!」 「うにゅっ、ふにゃああぁっ! あはぁっ、はあぁっ! うんっ、すごいの私ぃ……んんぅっ! 勝手に、お腹がギュッてしちゃってぇ……」 「お兄ちゃんのぉ……んんっ、はうっ、んああぁ……中でぇ……ゴキュゴキュって飲んじゃってるのおぉ……んくっ、ふああぁ……」 「ああぁ……最高だ……最高だよ、諷歌……ん……」 「んはあぁ……奥の奥までぇ……んんっ、んはあぁ……いっぱい染みてくぅ……んんぅ……お兄ちゃんの精液ぃ……染み渡っていくよぉ……」 おお……諷歌のやつ……目をトロンってさせて、俺の射精のたびにピクピク身体が反応しちゃってるよ……ああ……か、可愛すぎる……。 「あ、あぁ……諷歌ぁ……」 「んくうぅ……あうっ、んはぁっ、はうぅ……はあっ、はあぁっ、んふぅ……も、もうお腹タプタプぅ……お兄ちゃん……だ、出し過ぎぃ……」 「あ、ああぁ……ほんと良く出したな……ふぅ……」 「んんっ、んふぅ……私の中ぁ……んんっ、はあぁ……もう入りきらないかもぉ……っ」 そんなことを言っておきながら、諷歌の膣内はきゅうきゅうと懇願するように締め付けてきた。 「……まだ、する?」 「ふふっ……お兄ちゃん、したいんでしょ?」 いや、さすがにこう連続は――と言いかけたのをキスで口を塞がれる。 「ん……ちゅっ、ちゅくっ、ちゅろっ、れろ、ぺろ……んむっ、むちゅ〜〜〜っ」 「――っぷはぁっ。はぁ、はぁ……お兄ちゃんの、もっと、感じたい……もっと欲しいのぉ」 「お、おい、諷歌――」 諷歌は再度、腰をくねくねと動かし始め、俺のペニスを膣内で抱きしめる。 その勢いで、俺の子種が、何度も何度も吸い上げられていった。 そして―― 「う……あっ、くっ……諷歌、もうこれ以上は……!」 「そんなこと言って、お兄ちゃんの……まだこんなにビンビンじゃないですか♪」 「そ、そんなこと……諷歌だって、もう疲れて……っ」 「くすくす……っ、お兄ちゃんが汗だくになりながらいっぱい動いてくれたし、それに……」 「いっぱい、私を気持ちよくしてくれたから……ご褒美あげないと」 「だ、だからって……そんな、胸されたら……ああッ!」 「お兄ちゃんがパイズリ大好きなの知ってるんですよ? だから、うふふっ、私のおっぱいでしてあげたいんです」 「そ、そいつは殊勝な心がけだ。け、けど、男には性欲の限界が……」 「大丈夫です♪ お兄ちゃんのここは、おっぱいに挟まれると、すぐ元気になっちゃうように出来てますから」 「そ、そんなわけあるかっ……」 「ベトベトになったお兄ちゃんの……私がちゃんとお掃除をしてあげますね。んんぅ……はあぁ……あっ、んんぅ……あんっ、んふぅ……」 「あ、ああ〜〜〜っ、そ、それ、やばっ! うっ、うぐっ!」 「すごい……こんな大きいのが、私の小さいあそこの中に、根元まで入ってたなんて、信じられない……」 「俺も信じられないよ。諷歌がこんなエッチな子になっちゃったなんて……ううっ!」 「そうしたのはお兄ちゃんなんですよ? すごく気持ちよさそうな顔……可愛い♪」 「んんぅ……えへへ……んんっ、はあぁ……お兄ちゃん、ホント……パイズリ、好きなんだからっ。んふぅっ、ふあっ、あんぅ……んんっ……」 「ひ、否定できない……」 膣内の感触とは違う、すべすべの肉肌で抱擁される感触は、もはや別物といっていい。 諷歌の体には、本当に俺を喜ばせるものばかりが備わっていた。 「お兄ちゃん……私の、パイズリとおっぱい、大好きですか?」 「う、あ……そんな、中途半端にするの、やめて……」 「大好き……?」 「だ、大好きですっ。小さい諷歌のおっぱいでパイズリ! 大好きっ!」 「そんな子供に、いっぱい膣内射精して……ホント、お兄ちゃんは変態さんですね」 「ふ、諷歌ぁっ。お願いだからっ、もっとしてくれえっ。おっぱいだけじゃなくて、お口でも気持ちよくしてっ」 「ふふふ……じゃあ、今日はその小さいお口で、きれいにお掃除、してあげますからね……」 「ふあぁ〜〜……んむぅっ! んぷっ、ちゅぐっ、んちゅっ、んっふぅ……えるっ、ぺろっ、れろっ、くぷぅ……んんっ! じゅぷ……」 「う……うあっ! 諷歌のフェラ、すげっ!」 「ちゅぱっ、ちゅぷっ、んふぅ……らって、おほうじらものぉ……くぷっ、んあぁ……ふごい味ぃ……へいえきれ、ベショベショぉ……」 「こ、これは……くうぅっ!」 「んぷっ、んふっ、んぅ……駄目ですよ、逃げちゃ……くぷっ、ちゅぷっ、んふぅ……ちゅっ、ちゅううぅ……」 「ぬうぅ……い、いや、気持ち良すぎてつい腰が引けちゃってな……ぬおっ!? おひっ!」 「んふふ……ぷふぅ……どうしたのお兄ちゃん、なんだか情けない声出しちゃって……ふふふ……はぷっ、くんぅ……んちゅっ、ちゅぱっ……」 「んちゅっ、んむっ、んぷっ、ちゅっ、ちゅる……んふぅ……んぷっ、ちゅっ、ちゅうぅ……あふっ、ぴちゃっ、ちゅむぅ……んんっ!」 「う……うぅっ、敏感になりすぎてるんだ……っ、もっと優しくっ」 「えふっ、んんぅ……ぷはあぁ……ふふっ、楽しっ……もっと聞きたいなぁ……よーし……はむっ! んん〜……じゅるっ、じゅるるっ!」 「なっ!? 諷歌、それはやり過ぎだろっ! ほふううぅっ!」 「ちゅううぅ……んちゅっ、んくっ、ぷふぅ……あんぅ……ずずっ、じゅるるっ……じゅっ、じゅっ……んぷっ、ちゅううぅ……んふふっ……」 「んふぅ……んぽっ、ん……はあぁ……お兄ちゃんだって、さっき私がやりすぎって言っても聞いてくれなかったし……」 「ふふん……だから気持ち良すぎておかしくなっちゃえばいいんですっ♪ んむぅっ! ぴちゅっ、ちゅっ、ちゅばっ、ちゅばっ、ちゅっ……」 「ちゅぷっ、んふぅ……じゅるっ、じゅるるっ、んぱっ、んちゅうぅ……じゅぷっ、んっ、んんっ! じゅっ、じゅっ、じゅるるるっ!」 「ぬひいぃ!? ああっ! こ、これは無理だ……ぐっ、駄目だ出るっ!」 「らひてぇ……ほのままっ、らひへぇっ! えんうぅ……ちゅぴっ、ちゅっ、ちゅぐっ、んんぅっ! うぶっ、んむっ、んちゅっ、ちゅるるっ!」 「ううっ!?」 「ぷぐっ!? んふうぅっ! ふぐっ、んくっ、ぷっ、んふぅ……んんっ!」 「ぐおぉっ! おおおおおっ、ンオオオオオッ!」 「おふぅ……んんっ、んふぅ……んくっ、ごくっ、ごくっ、ちゅぷっ……んふぅ……んぷっ、ごくっ、ごくっ……ごっくんっ!」 「う、あっ、そんなっ、精液、飲んで……っ! 舌で圧迫されたらぁああっ!」 「んふふぅ……ちゅうぅ……じゅるるっ! じゅるっ、じゅるっ……んふぅ……んちゅっ、ちゅううぅ〜〜……んくっ、ごくっ……んふぅ……」 「う、うああああ、腰がはずれ……ひいいっ!」 射精とはまた違った、全身からなにかが放たれるような快感。こ、これ……っ、俺が潮を噴かされている!? 「んぷっ、ちゅるっ、んぷっ、んくっ、ごくっ……」 「ぷふうぅ〜〜……んんっ、んはぁ……はあっ、はあぁ……ん、これですっかりきれいになったよ。お兄ちゃんっ♪」 うわ……精液はおろか、潮の一滴まで絞り尽くして全部飲み干してくれたらしい。 妹相手に情けなくイカされた俺……恥ずかしさと気持ちよさが入り交じり、もうどうにかなりそう――というか、どうにかなっていた。 しかし俺の為に、こんなことまでしてくれて……っ。 「ふ、諷歌ぁ……お前はホントに、天使だな……」 「ふふっ、何言ってるのお兄ちゃん。気持ち良すぎて頭がほんとにおかしくなっちゃった?」 「ああ、そうかもな……少なくとももう諷歌のテクニックにはメロメロだ」 「……そんなに気に入ってくれたんですね♪ けど、私も大好きになっちゃいました、これ」 「ぱ、パイズリ……?」 「ん……だってパイズリをするとお兄ちゃん、すごく情けなくなって可愛いんだもの……」 「そこかよ……ま、まあ確かにそうだな。諷歌にされると手も足も出ないくらいに気持ちいいからな……」 「それに、やられっぱなしの私がお兄ちゃんに対抗出来る唯一のエッチだから。ん……してる最中に何かこう……優越感に浸れるから好き」 「……もしかして、本音はそっちとか?」 「ふふふ……これからもいーーっぱいしてあげますからね!」 「ふふ……ああ。俺も負けないように頑張らないとな」 「もう……んふふ……えっちなお兄ちゃんっ♪」 淫らな笑顔で、俺を悩殺する諷歌。 ちょっと前までは、あんなに恥ずかしがっていたのに……。 俺を気持ちよくさせる為だからって、こんなにもエッチになってくれるなんて……。 兄としては心配だったけど、恋人としてなら、まったく問題ないことに気づく。 行為を終えた後も、ずっとしばらく抱き合っていたのだが…… 翌日にはもう、呼称が兄さんに戻っていたのは、諷歌なりの照れ隠しだったのかもしれない。 いろいろとあった夏休みが終わり――。 「よっ! 諷歌」 「あっ……兄さん……」 「もう言い渡されたか?」 「……はい。無事……卒業できました」 夏休みが空けると同時に、諷歌に卒業が言い渡された。 こうして長かった諷歌の学院生活が幕を閉じる。 そう思ったらちょっと心配でつい、見に来てしまった。泣きまくっていたら可哀想だし……。 「……ううぅ……諷歌ぁ、お前ぇ……だびびょうぶかぁ?」 「だ、大丈夫じゃないのはそっちですよ! もうっ……なんで私より泣いてるんです……」 「い、いや……なんかこういうのに弱くってな……」 「あ〜〜そのベタなコントを楽しんでるところ悪いんだけど……」 「コントじゃない!」 「まあ、いいわよ、それはどうでも」 「それで……アンタも荷物を早くまとめておきなさい」 「……は? お、俺?」 「そうよシスコン。アンタもふーこと一緒にニンゲン界へ戻るのよ。だからすぐに荷物をまとめて出て行くこと」 「ええっ!?」 「なっ……なんでっ!?」 「まあ、簡単に言えば保護観察処分になったってことよ」 「保護観察?」 「つーかアンタ、クロノカードがなければ魔法も使えないし、ほとんど影響ないのわかったし」 「なっ……そ、そうなのか……」 「でも、一応魔法は使えるわけだから監視役はどうしても必要でしょ? だからふーこに私の代わりとしてそれをやってもらうことにしたのよ」 「私が!? けど、私はもう魔法が……」 「ほら、ふーこってなんだかんだ言っても魔法使いのエリートだったでしょ? 知識も教養もかなりあるもの」 「だから大丈夫だろうって、学校も判断したのよ」 「そうなのか……さすがミスティッククラスだな」 「ま、私には敵わないけどね。でも今のふーこなら、この泣き虫イレギュラードシスコンくらい余裕でしょ」 「泣き虫、言うな! 感動屋さんと呼べっ!」 「……おりんちゃん。まさか私達のことを気遣って……」 「はあ? そんなのあるわけないでしょ。決めたのは私じゃないわ。あくまでも学校――枢密院の総意よ」 「おりんちゃん……」 「まっ、そんなわけだから。このバカ、よろしく頼んだわよ、ふーこ」 「……うんっ!」 こうして俺達はめでたく一緒に卒業することになった。 後に聞いた話だと、オリエッタが諷歌を気に掛けて、枢密院に働きかけてくれたんだそうな。 そして当日……。 「みんな……見送り、ありがとうなっ」 「私は別にアンタを見送りに来たんじゃなくて、ふーこを見送りに来たのよ」 「ひ、ひどい……」 「ふふっ。ありがとう、おりんちゃん。ちゃんと兄さんには伝えておきますね」 「お、おい? 俺、この場にいないことになってるのか!?」 「良かったね、夏本。諷歌ちゃんと、また一緒に暮らせて」 「葉山は良い奴だなぁ……うっ、うっ」 「ほらほら、男がそんなんでいちいち泣かないの」 「ていうか、まだ男のカッコしてんのか」 「なんだかんだで楽なんだよね」 肝心の諷歌は、ずっとルームメイトだった姫百合先輩と向き合っていた。 「諷歌には色々とお世話になったね」 「姫百合先輩。こちらこそ、長い間……本当にありがとうございました」 「姫百合先輩は、本当のお姉さんみたいに優しくて、ずっと私の憧れでした」 「卒業しても、姫百合先輩のように素敵な女性になれるよう頑張っていきます」 「今まで……ありがとうございました!」 「……っ、諷歌……う、ううっ……」 「……ダメだねっ。我慢できると思ってたのに、こんなに大きくなった諷歌を目の前にしたら……」 あの姫百合先輩が泣いている……。 「せ、先輩……そんな、泣かないで下さい。また、会えるんですから」 「ふふ……っ。まさか、諷歌に宥めてもらうなんて、ね……」 「そ、そうよ……バっカじゃない? 別に会えなくなるわけでもないし……あ、会おうと思ったら……いつでも会えるんだから……」 「……そう言うオリエッタだって声が震えてるじゃないか」 「うっ……ち、違うわ……ちょっと寒いだけよ……」 「みんな……ありがとうございました……みんな、ほんとに……」 「う……ぐすっ。だめっ、やっぱり無理、です……っ」 イスタリカで過ごした日々……思い返すことはたくさんあるのだろう。 そして、ずっと一緒に過ごしてきた仲間との別れ。 いくら大人だからって、この喪失感を目の前にして、耐えられるはずもない。 「も、もう! アンタが泣いたら、ダメでしょうよおっ! も、もう、ううっ、ぐすっ、ふええぇ〜〜!」 「おりんちゃんっ……ほんとに……ほんとにありがとうねっ……ううぅ……手紙とか……いっぱい出すから……うぐぅ……」 「うんっ! ふーこも元気でねっ……うっ、ぐすっ、うぅ……ふーこ、大好き! うっ、うえ〜〜んっ!」 「私もおりんちゃんのこと、大好きぃいいっ! うぅっ、ふえっ、ふえええ〜〜〜〜ん!」 「2人ともあんなになるくらい、仲良しだったんだね」 「それだけ色々あったんだろうな」 きっと初めて互いに、素直に好意をぶつけて抱き合ったんだと思う。 「……船……出ちゃいましたね……」 「ああ……もうみんながあんなに遠くなっちゃったな……」 遠ざかるイスタリカを見ながら、色々な思い出が浮かんでは消えていく。 きっと諷歌もそんな感傷が胸をよぎっているのだろう。 「……やっぱりちょっと寂しいな」 「はい……確かにみんなと離れるのは辛いし寂しい……けれど私は大丈夫ですよ……兄さんと一緒にいられるから……」 「ふふ……そうか……でも1つ間違ってるぞ諷歌」 「え……? 何ですか?」 「俺と2人っきりの時はお兄ちゃんだろ」 「ま、まだそんなこと言ってるんですか!? もうっ! 兄さんこそ、卒業したらどうなんですかっ」 「卒業……? なんの?」 「お、お兄ちゃんからの、ですよっ!」 「それってもしや、俺が子供っぽいってことか!?」 「違いますっ! これから、その……また、家族として、一緒に暮らしていくわけだから……」 「それならお兄ちゃんに変わりないだろうよ」 「んもうっ! いい加減にして下さい、あなた」 「……」 「だ、旦那様とかダーリンは恥ずかしいから禁止です」 「まだ何も言ってねーし!」 そうか……家族は家族でも、今度は兄妹じゃなくて―― 「諷歌はきっと、可愛いお嫁さんになるんだろうな」 「うぅ……そんな遠い未来のように言わないで下さいよぉ……」 「わかってる。今でも充分、魅力的なこと……」 「やっぱりまだ……兄さんと呼んでいても、いいですか?」 「別にいいけど、なんで?」 「ウィズレー魔法学院で過ごした兄さんとの日々、忘れたくないから……」 「俺達が結ばれた、場所だもんな」 「いっぱいケンカもしました」 「いっぱいエッチもしたよな」 「も、もう、兄さんったら……」 諷歌が俺に密着し、甘えた感じに寄りかかってくる。 「きっとまた離れ離れになると思ってたのに……私、今……すごく幸せです」 「でも、たまにはお兄ちゃんでよろしく」 「くす……っ、わかりましたよ……お兄ちゃん♪」 俺達は再び一緒の生活へと戻り……幸せな日々を共に過ごすのだ。 「今まで、ありがとう。そして――」 「さようなら、イスタリカ」 「点呼終わったー?」 「ミスティック、全員います」 「ノービスメイジもいまーす」 「うっし、それじゃあ始めるー」 「ねえ」 「ん?」 「合同授業って最上級生も一緒なんだね」 「だな。てっきりノービスメイジ同士の合同授業だと思ってた」 「ボク達でもわかる授業かなぁ」 「まあそこは大丈夫なんじゃないか? 少しだけガサツそうな先生だけど、授業はきっと――」 「そういや、2人は合同授業初めてだったよな」 「あ、はい」 「ま、適当に見てればわかるから」 「……」 「……大丈夫だよね」 「……たぶん」 「さってと。外でつったらわかってるヤツもいると思うが、今日はちまちましたお勉強じゃあないぞ」 「魔法対処の仕方だ」 「魔法対処?」 「厳密に言うと、ちーっと違うか。魔法を防ぐ方法じゃなくて万一に魔法を受けてしまった場合の対処法な」 「だから、今日は……応急処置の仕方でもやるか」 「この人今決めたぞ」 「ははは……」 「どうしてこんな授業をするかわかるかー、葉山」 「え!? ええっと……魔法は不安定、だからですか……?」 「そゆこった。知らんうちに魔法の影響を受けてしまう場合もあるからな」 「つーわけだから、何度か授業受けてるヤツも大事なことだからちゃんと覚えておけー」 「はーい」 「じゃ、介抱役に……白神、前に出ろ」 「はい」 「お、姫百合先輩がやるんだ」 はっきりとした返事をして、前に出る姫百合先輩。 それを当然のように眺めているみんな。 きっといつもの、ありふれた光景なのだろう。 当たり前のように先生に信頼され、当たり前のようにレクチャーを任される。 姫百合先輩って、欠点とかないんじゃないか……? 「怪我人役は……夏本兄でいいや」 「へ? 俺ですか」 「美人な生徒会長に介抱してもらえてラッキーだな」 「な、何言ってるんですかッ」 しかも、姫百合先輩って生徒会長だったんだ……。 きっちりしてそうな先輩のイメージにぴったりだ。 けれど、いつも気さくに話しかけてくれて、すごく話しやすい人…… あれ……でもそれって、生徒会長の役目だったから……? そう考えると、ちょっとがっかりしている自分がいた。 「で、やらないのか?」 「それは……」 「……」 「やります! 是非やらせてください!」 「おーし、それじゃあ腕を怪我してしまったという設定で始めてくれ」 「よろしく、律くん」 「は、はい」 う……先生が変なこと言うものだから、まともに顔が見れなくなってしまった。 けど、授業だ授業……しっかりやらないと。 「あの、俺は……」 「大丈夫だよ。私に任せてくれればいい」 「わ、わかりました」 「まず怪我人を発見するところからだ。白神、最初にすることは何だー?」 「周囲を確認し、危険がないことを確かめます」 「その通りだ。ミイラ取りがミイラにならないよう、十分な注意を払ってから行動に移せ」 「次に容体を確認します。律くん、何があったんだ?」 「あの……魔法を使い誤って腕を怪我してしまいました」 「なるほど……軽傷なので、このまま応急処置をします」 「オーケー。もし自分の手に負えないようなら助けを呼ぶこと」 「律くん、ちょっと失礼するよ」 「あ……」 先輩の細い指が、俺の腕に触れた。 「あ、大丈夫? 痛かったかな?」 「い、いえ……びっくりしただけで」 「ん、良かった。続けてもいい?」 「……お願い、します」 いくらなんでも緊張し過ぎ……だとは思う。 みんなが見ている前なのに。ただ授業のためのレクチャーをしているだけだというのに。 端正な横顔から目が離せない。 あまりに美人過ぎる横顔で、俺の腕に触れている姫百合先輩。 心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかとさえ思う至近距離でだ。 初めてあった時の――ネクタイを直してもらった時のことが思い起こされる。 けれど、あの時より冷静だからこそ、俺はより一層緊張を…… 「それで、こうして……」 優し過ぎるほどの手つきに、妙にドキドキしてしまう。 実際に怪我をしているわけではないのに。 それでも先輩の指は割れ物を扱うかのような動きで、ひんやりとした体温を俺の腕に伝えてきた。 「よし、終わったよ」 見惚れている間に、ハンカチが巻きつけられている俺の腕。 「あ、ありがとうございます」 「どういたしまして」 「ん、ばっちしだな。2人とも戻っていいぞ」 「やいのやいの」 「ありがとう」 「ほらほら、静かに」 「まあ、こんな感じで魔法を使わず現実的な対応をするのが一番効率がいいわけだ」 「ふぅぅ……緊張した」 「おかえり」 「ただいま」 「すごいねぇ、姫百合先輩」 「モテモテだなぁ」 「何でも出来そうだしね」 「美人で人当たりも良くて、欠点を見つける方が大変だろうな」 「その……夏本は、先輩のような人がタイプなの?」 「えっ、タイプとか……どうだろう」 「それより授業だ、授業」 「ケチー、それくらい教えてくれてもいいじゃないか」 「機会があったらな」 うっし、昼飯の時間だ! 「くんくんくん」 うーん、流石にここじゃ匂わないか。 「……律くん?」 「わあっ!?」 「っと、驚かせてしまったね」 「い、いえ、恥ずかしいところをお見せしてしまいました」 「ふふっ、気持ちはわかるよ。待ち遠しくもなる」 「ば、バレてた……姫百合先輩もですか?」 「もちろん。美味しい食事はそれだけで楽しみの1つと成り得るよ」 「ですよね! あー、考えるだけで腹減ってきた」 せっかく先輩と鉢合ったわけだし、誘ってみようかな? オリエッタと約束した件もある。 いきなり恋人なんて作れやしないし、まずはこの学院の女の子と仲良くなることから始めてみよう。 昼食に誘ってみよう。 「良かったら一緒に食べませんか?」 「え……?」 「あ、誰とも予定がなかったらでいいので!」 「あっ、ありがとう。その……男の子に誘われるのは初めてだったもので、少し驚いてしまった」 「急ですみません。迷惑だったら――」 「そんなこと全くないよ。本当に嬉しい」 「私も一度律くんと食事してみたかったんだ」 姫百合先輩も、俺と食事を…… やべえ嬉しい!! 「えっと、それじゃあ……」 「うん、行こう」 「おお、いい匂いが充満してる」 「毎日全学生分、シャロンが1人で作っているんだよ」 「1人で!?」 「うん」 「おお……まさか1人で作ってるとは思わなかった」 ああ見えてと言ったら、本人に悪いけど。 シャロンってすごい奴だったんだな……。 「掃除洗濯もお手の物だからね。習いたいくらい」 「何でも出来そうな姫百合先輩に、そこまで言わせるシャロンって一体……恐るべし」 「くすくすっ、買い被り過ぎだよ。さ、座ろう」 「はいっ」 「あ、畏まらなくていいよ。あまり堅苦しいと、私も緊張してしまう」 「っと、すみません」 「食事はゆったり楽しく食べよう」 「そうしましょう」 「じゃあ……」 「いただきます」 こうして向かい合って2人きり。 周囲にたくさん人はいるけれど、誰も割って入ってくることはない。 ……でも、痛いほど視線を感じるんだよな。 美人で人柄もいい生徒会長と、物珍しい男魔法使いの食事……といった具合か。 誘っておいてなんだけど、結構恥ずかしいことしちゃったかも……。 見られてると思うと、緊張してきてやばいっ。 ふぅ……とりあえず、落ち着け。 この場は会話を盛り上げて、なんとか切り抜けるんだ! 「そういえばこの前の合同授業、先輩すごかったです」 「え、ああ、応急処置の……そんな褒められるほどのことはしてないよ」 「でも、姫百合先輩の真面目さというか、そういうのが伝わってきました!」 「ありがとう。その……面と向かって言われると、こそばゆいね」 「す、すみません。照れさせるつもりじゃ」 「ん、素直に受け取っておくよ」 「あ……はい。素直にそう思ったんで」 「ふふっ、律くんは真っ直ぐなんだね」 「え……?」 「真っ直ぐな男の子、いいと思うよ」 「なっ……」 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!! これは仕返しなのか!? そうなのか!? 「あ、ありがとうごじゃいます……っ」 「……あの、律くん」 「はい?」 「もしかして、私のペースに合わせて食べてくれてる……?」 「ああ。一緒に食事を楽しむには、一緒のペースで食べるのが一番ですから」 「やっぱり……君は私との食事を楽しもうとしてくれているんだね、嬉しいよ」 「……っ」 あーもうっ! さっきからドキドキさせられっぱなしだぞ!! とりあえず、会話を弾ませることは出来たけど、このままでいいのか!? 本来の目的は先輩と仲良くなること…… ならば、まずは先輩のことをよく知ろう。 「あ……先輩ってハンバーグ好きなんですか?」 「ん?」 「その、ハンバーグを残すようにして食べているので」 「ああ、うん……恥ずかしながらそうなんだ」 「恥ずかしがることないですよ。俺もハンバーグ好きです」 「バランス良く食べようと思うのだけれど、どうしても美味しいもので最後を締めたいんだ」 「わかります、俺も同じです」 「そういう律くんの好きな食べ物は?」 「そうですね。ハンバーグもいいですけど……」 「お茶漬けが一番ですね」 「お茶漬けか……いいね。前にもお茶漬けくらいなら作ったりすると言っていたよね」 覚えてくれてたっ!! 「けど、食堂ではまず出ないからなかなか食べられないかも」 「やっぱりそうですよねー」 「材料さえあれば調理室で作れるし、何か手伝えることがあったら手伝うよ」 「ありがとうございます! その時はお願いします」 「でも、作れないものを食べたい時が困るなぁ」 「作れないもの?」 「ファーストフードとか」 「ファーストフード……」 「毎日こうやって食事を出してもらえるのも嬉しいですけど、時にはもっと軽い食事も食べたくなるというか……」 「ハンバーガーにフライドポテト……ああ、食べたいなぁ」 「……」 「あれ、もしかして知りません……?」 「あ、ああ。いや知ってるよ」 「すみません。先輩お嬢様っぽいから、もしかしたら庶民の食事は知らないのかと……」 「お嬢様だなんてそんな――」 「なーに、アンタ知らないの?」 「わっ、オリエッタ! 急に現れるなよ!」 「ひめりーは代々このイスタリカの政治にも貢献してきた歴史ある名家出身よ」 「え? やっぱそうなの?」 「ま、私の方がすごいけどね。じゃ」 「おいっ」 「はは、相変わらずだねオリエッタは」 「ったく……悪いヤツじゃないんですけどね」 「それより良家のお嬢様って本当ですか?」 「ん、まあ……私自身そういう自覚はないんだけどね」 やっぱり姫百合先輩ってすごい人だったんだ…… 「まあ、そんな大層なものじゃないよ。それに……」 「それに?」 「ああ、いや何でもない」 「それよりファーストフードの話だったね。食べられるよ、外に出れば」 「ってことは、外に出られるんですかっ!?」 「うん。許可さえもらえることが出来れば、外に出ることも可能だよ」 「その許可って言うのは……」 「外でも影響があまりないと判断された時だね」 「うーん、今の俺はどうなんだろう……」 「私が許可出来るわけじゃないから保証は出来ないけど、大丈夫じゃないかな」 「男性で魔法が扱えるというイレギュラーな部分はあるけど……」 「今の今まで他に危険要素は発見されていないようだし」 「最初は1人で出歩くのは無理でも、付き添いさえいれば可能になると思うよ」 「なるほど!!」 それで少しでも外に出られるなら、出てみたい! ずっとイスタリカにいると、体がなまってしょうがないし。 とすると、付き添いは……誰なら来てもらえるだろう? いや、来てもらえるかどうかではなく、俺が一緒に行きたいのは…… 「先輩」 「ん? 行きたい場所でもあった?」 「良ければ……俺の付き添いという形になりますけど、今度一緒に出掛けませんか?」 「うん、その時は誘ってくれれば行くよ」 即答!? 「ほ、本当ですか!?」 「もちろん。嘘はつかないよ」 やった! 「ありがとうございますっ」 案外あっさりと姫百合先輩との約束を取り付け、小さくガッツポーズ。 2人きりだし、気分はデート……と、あまり浮かれすぎるのもどうかと思うけど。 これはもう、友達と言っていいんじゃないか? 一緒にお出掛け……その時が楽しみだ。 「ではここまで」 「ふぅ〜〜」 「ちょっと難しかったね。タイムパラドックスとか漫画の話かと思ったよ」 「慣れれば簡単よ」 「そうは言うけど、俺らはまず単語の意味から覚えていかないといけないし」 「ま、無知ほど怖いものはないんだからそこら辺はテキトーに頑張りなさい」 「へーい」 「で、魔法を知ることも大切だけど、あっちの方は進んでるの?」 「あっち?」 「……」 「ああ、いや進んでるよ!! ばっちしばっちし」 「ふーん」 「何の話?」 「ああ、そうだ。忘れてたよ! 今から予定ぎっしりなんだなーこれが」 「また明日!」 「あっ、ちょっと待ちなさいよー!」 「ふぅ……」 まだ進展がないなんて言ったら、オリエッタ怒るだろうなぁ……。 恋人を作る……か。 気になる人はいなくもないけど…… 「先輩先輩っ! 姫百合先輩ー!!」 「お?」 「こんにちは、先輩!」 「こんにちは」 「見ましたよ、今日の授業!」 「今日の授業?」 「先輩、すごくカッコ良かったです」 「えっと……」 「体育ですよ体育! 100mぶっちぎりじゃなかったですか〜」 「ああ、うん……たまたまね」 「そう謙遜しないでください、先輩はすごいんですからっ」 「ふふっ、ありがとう」 「それで速く走る秘訣って何ですか!?」 「うーん、特に意識したことはないけど……しっかり腕を振って走ったりはしてるかな」 「め、メモしますっ」 「そんなメモするほどのことじゃ。私は陸上選手でもないんだから」 「でも、陸上部より早いじゃないですか」 「もう……そんなことより駄目だよ、みんな」 「よそ見してないで授業はちゃんと受けないと」 「うっ……」 「えへへ、あまりに先輩が輝いててつい……」 「ごめんなさい」 「今度から注意してくれればいいよ」 「やっぱり姫百合先輩優しー!」 「カッコいいし、マジ惚れるっ!」 「ず、ずっと付いていきます」 「こらこら」 慕われてるなぁ。 ……というより、モテモテ? この前の授業の時も、みんな黄色い声あげてた気がするし…… 生徒会長もやってて有名なのはわかるけど……それにしてもモテ過ぎ! 「それでですね、実は今度――」 「あ……」 ボーっと眺めていたら、姫百合先輩と目が合った。 結城さん達は気付いていないみたいだけど…… 話し掛けても大丈夫……かな。 「先輩、こんにちは」 「あ、律くんだ」 「こんにちは、律くん」 「あ、じゃあ、話は今度にしよっか」 「うん」 「大丈夫?」 「はいっ、急ぎじゃないので。ではまた〜」 「夏本くんも、またね」 「また明日〜」 期せずして先輩と2人きり。 先輩のことをもっと知れるチャンスかも。 お茶でも誘ってみようかな? 「すみません、お話中だったのに……挨拶するだけのつもりが」 「大丈夫だよ。明日にでも、あの子達の方から会いに来てくれるだろうから」 「それに、この後仕事が控えててね」 「生徒会ですか?」 「うん。まあ、今日のはすぐに終わるようなものなのだけど」 「結構忙しいんですか?」 「まあ、それなりに……かな。でも、やりがいはあるよ」 「へー。どんなことするんですか?」 「興味ある?」 「少し。でも、やりたいと思うほどじゃないかも……」 「ふふっ、正直だね」 実際は生徒会の仕事に興味があるというより、先輩がしてるから興味があるわけで。 ……などというのは恥ずかしいから、言葉に出さないでおこう。 「普通の学校と違って、先生は魔法の研究の方で忙しいからそのサポートとかが主な仕事だね」 「なるほど……」 「やってみる?」 「う……」 「くすくすっ、無理強いはしないよ。やるとしても来期の9月になるし」 「っと、ごめん。そろそろ行かないと」 「いえ! こっちこそ引き止めてすみません」 「何か聞きたいことがあればまた聞いて。終わった後でもいいから」 「あっ……」 「ん?」 誘うなら今がチャンス!! 「それなら終わった後、お茶でもご一緒しませんか?」 「うん、いいよ」 よっし!! 「そうだね、大体……1時間程度で終わると思うのだけど大丈夫?」 「はいっ、大丈夫です! 食堂でまったり待ってます」 「ふぅ……美味い」 あれから40分、まったりお茶でも飲みながら待っていると―― 「お待たせ」 「あ、お疲れ様です」 予定より20分早く先輩はやってきた。 「もしかして、急ぎました?」 「あ……うん。待たせるのも悪いと思って」 「いいのに。でも、ありがとうございます」 「男の子とお茶なんて……初めてだから」 「え」 「あっ、今のは気にしないで」 「それで……生徒会の話だっけ?」 「ああ、いえ。実は特に……先輩とお話出来ればと思っていただけなので」 「そ、そっか」 「あ、お茶どうぞ。さっきシャロンが入れてくれたばかりなので、熱いから注意してください」 「ありがとう」 「それにしても、先輩ってモテモテですねー」 「え?」 「いつもみんなにキャーキャー言われてるなぁと」 「よしてくれよ、気恥ずかしい」 「でも、いつも周りに女の子がいて……」 「あ……まさかとは思いますけど、姫百合先輩って女の子が好きとか……?」 「なっ!? ないない、全くもってないよ」 「で、ですよね……すみません、モテ過ぎなので何か理由があるのかと」 「律くんが来るまで、ここに男子はいなかったからね。私がその代わりとして見られていたみたい」 「確かに……先輩カッコいいからなぁ」 「律くんまでよしてくれ」 「でも、そんなに私は……男性っぽいかな?」 「え? カッコいいとは言いましたけど、先輩は可愛い女の子ですよ!」 「かわ……っ!?」 「うわっ、すみません! 恥ずかしいこと言いました……」 「い、いや……うん、ありがとう」 「ま、まあ、でもその……みんなに慕われてイイと思います!」 「ん、そうだね……慕われ、期待してもらえるのは悪くない」 「まあそれも、律くんや葉山くんが来てくれたおかげで減ったんだよ」 「寂しいですか?」 「いや……律くんは迷惑じゃない? 私に来るのが減った分、君達に行ってるんだとしたら……」 「まさかですよ」 むしろいいっ! 「そんなことより、姫百合先輩がカッコいいからって男扱いっていうのが信じられないっていうか」 「だいたい男がそんな綺麗なわけがないし、髪だって綺麗で柔らかそうだし」 「そういうものかな? 君だって髪を伸ばしてちゃんと手入れをすれば……」 「……おっ」 姫百合先輩の手が、俺の髪に触れて……。 「確かに髪質が硬いんだね。男の子ってそうなのかな?」 さわさわと、触られる。 「えっと、姫百合先輩?」 こ、こそばゆい…… けど、このまま柔らかい手にいじられるのも……悪くないっ! むしろいいっ! 「それとも手入れをしてないから……あっ」 「……あ、そこですか?」 「うん。大きな傷があるけど……」 「昔、事故で……と言っても、よく覚えてないんですけど」 「……」 「額のすぐ上じゃないですか? 髪を短くしすぎると見えるんですよ」 「……そうだね」 「あの……姫百合先輩?」 「っと、痛かったかな?」 「もう痛くないですから、大丈夫ですよ」 むしろ撫でてもらって気持ち良かったというかー。 「それと、その……いきなり髪を触ってしまってすまない」 「むしろご褒美です」 「……それ、他の女の子たちからも言われる」 ……そういうところも、好かれる原因なんだろうなぁ。 「まあ、そんな感じで……あの子達には悪いけど、律くんが来てくれたおかげでちょっと助かってる、かも」 「私も……女の子でありたいからね」 「……」 先輩のその一言に胸をドキドキさせられ―― 「そういう意味では本当に助かってるよ」 俺は暫くの間、話が頭に入ってこなかった。 「――といった形でやれば簡単になるよ」 「なるほど……ありがとうございます。本当に助かりました」 「役に立てて良かったよ」 「あの、またわからないところ聞いてもいいですか……?」 「もちろん、いつでも」 「ありがとうございます! では私はこれで」 「本当に、姫百合先輩って何でも出来るんですねぇ」 「何でもなんて言葉では表せません。先輩はすごいんです」 「うん、確かにすごい!」 「過大評価し過ぎだよ。出来ないことだってたくさんある」 そうは言っても、今までの様子を見るに…… 考えてみても、出来なそうなことを思い浮かべる方が難しい。 「それで、律くんは私と諷歌に用事があったんだよね?」 「あ、そうでした。今大丈夫ですか?」 「うん、大丈夫だよ。立ち話もなんだし、部屋においで」 ――というわけで。 「お邪魔します」 「いらっしゃい」 「あまりじろじろ見ないでくださいよ、兄さん」 「イヤーン♪」 「変な声出さないでください」 「こんな冗談も通じない妹に育ってしまうなんて……」 「用がないなら帰ってもらいますよ」 「諷歌が冷たい!」 「くすくすっ、相変わらず仲が良さそうだね」 「そ、そんなんじゃありませんっ」 昔はお兄ちゃんにべったりだったのになぁ。 「しかし、これは一体……」 諷歌と姫百合先輩の相部屋には前にも来たことはあった。 けれど、あまりじっくり見たことはなくて…… すごく気になるのが1匹というか……1輪? 「……」 っと、あまり見ていると諷歌に怒られる。 「早速本題なんですけど……」 「うん」 「使い魔って一体なんですか?」 「というと?」 「今日授業でやったんですけど、いまいちよくわからなくて」 「なるほどね」 「それで、2人なら丁寧に教えてもらえると思って来ました」 「はぁ、仕方ないですね。兄さんは」 実際は姫百合先輩に会うための口実の1つだったりもするけど。 使い魔についてよく理解出来なかったのは事実だ。 「うーん、難しいね」 「何て言えばいいですかね」 「……最上級生の2人でも説明が難しいことなの?」 「使い魔というのは人それぞれだからね」 「みんな違うものを使い魔にしてるという意味?」 「それもありますけど、役割が人それぞれなんです」 「役割が?」 「兄さん……ちゃんと授業聴いてたんですか?」 「聴いてたつもりなんだけどなぁ……」 「もう……兄さんはだらしないにも程があります」 「まあまあ。諷歌も当初、慣れない授業についていくのは大変だったんじゃない?」 「それは……」 「でも、姫百合先輩は最初から出来てました」 「そうなの!?」 「私は、たまたま……予め魔法の知識があったから、理解しやすかっただけだよ」 姫百合先輩は代々イスタリカの政治に関わってきた名家のお嬢様だって、オリエッタが言ってたっけ。 「それでも私より後に入学して、すぐミスティックになれたのは努力の賜物です」 「おお〜」 「ふ、諷歌……」 「そんな姫百合先輩の使い魔って? 俺、会ったことないですよね?」 諷歌の使い魔はアルパカさんで…… 先輩のも何か珍しい動物だったりするのかな? 「私の? この子だよ」 「ほうほう……」 くねっくねっくねっ。 「こいつは……」 「見ていると癒されないかい?」 確か以前にも見たことがある姫百合先輩の使い魔だ。 助けを求めて諷歌に視線を送る。 けれど、諷歌はこちらを見向きもせずに、その姫百合先輩の使い魔らしきものを眺めていた。 「ほ、本当にこの花が使い魔……? 冗談でもなく?」 「使い魔は人それぞれですから」 「けど、これじゃあ役割も何も……」 「部屋に帰って来て、シェリーを見る度に癒されるよ」 ま、まあ、確かに癒されるけれども……。 「使い魔を必要としない人もいるんです。だから、本人が必要としていないなら使い魔の能力は関係ありません」 「ほー」 「ん……今日もシェリーは絶好調だね」 優しい視線の先には、絶好調らしいシェリーちゃん。 休むことなく身体をくねらせるその様は、なんだか楽しそうに踊っているようにも見えてきて…… 「俺もなんだか楽しくなってきたぞ」 「だよねっ。結構みんなからも評判なんだ」 にっこり嬉しそうに微笑む先輩が眩しくて、ちょっと顔が熱くなった気がした。 「でも、姫百合先輩ならもっと強そうな使い魔持ってそうなイメージでした」 「強そうな使い魔ってなんですか」 「虎とかライオン?」 「ふふっ、それはそれで面白いね」 ぐねらっぐねらっ! 「あ……嫉妬してる」 くねくね度が増した。 「これもまた先輩の可愛さポイントとして、皆さんから慕われる人気の1つです」 「か、かわっ……!?」 まあ、女子の憧れ的な存在が、こんな癒し系の使い魔を使役してるんだもんな。 これがいわゆるギャップ萌えというやつか。 何でも出来そうな姫百合先輩だからこそ、強そうな使い魔を持ってるイメージがあった。 けれど、そんな姫百合先輩が使役していたのは、このシェリーちゃん。 うむ……これはギャップ萌えというヤツだ! 「先輩は何でも出来ますけど、魔法の制御だけは苦手なんです」 「えっ!? そうだったんですか?」 「あ、ああ……うん」 「でも、それがチャーミングポイントだと、姫百合先輩ファンクラブの皆さんは仰っていました」 「ふむふむ」 「そ、そんな、律くんも納得しないでくれ。チャーミングポイントなどと……」 「でも、その他は全てと言っていいほど完璧ですっ!」 「おお、やっぱり!」 「姫百合先輩は何だってエキスパートですからっ」 「何でも……だと!?」 「こら、何を言ってるんだ諷歌」 「すみません。兄さんに先輩の凄さをわかってもらおうと思って」 「いやでも、謙遜してるだけで本当にエキスパートなんじゃ!?」 目下俺がクリアせねばらならない“恋”についてもエキスパート…… 「ま、真に受けないでくれ。私は、全然そんな……」 「じゃ、じゃあ、恋についてのご相談とか……」 「大丈夫です、デートだって完璧です」 「諷歌」 「……すみません」 「まあ、その……律くん。私は経験したことないどころか、そういうものに疎いくらいで……」 「……」 「ああ、だからと言って、相談に乗りたくないわけじゃないんだ」 「その……それで律くんがいいと言うなら……」 「はいっ、是非相談に乗ってください!」 「ええっ!?」 「……やっぱ駄目でした?」 「い、いや、まさか本当に……とは思わなくて」 「いいんですよ、兄さんのことなんて気にしなくても」 「いや……聴かせてほしい。律くんの相談事とは?」 「ありがとうございます! えっと、ですね――」 「恋をする……恋人になるって、姫百合先輩的にはどう思います?」 「ど、どうかな……したことがないから、よくわからないけど……」 「自然の成り行きで、ゆっくりと恋に落ちていくもので……」 「恋人になるのは、相手のことをよく知ってから……じゃないかな?」 「そうなんです! そうですよね!」 「いやー、やっぱりそういうのって大事だと思うんですよ」 「恋人になるためには順序が必要だと俺は思うんです」 「ちなみにこれを俺は段取りズムと呼んでまして――」 「……」 「……」 「まずはお友達になることから始めて、それから会話をたくさんして相手のことをよく知って――」 「その後でデートです。デートをすることによって、より親睦を深めていって……」 「ゆくゆくは遠慮なく相談ごとも乗れるような、秘密とかそういうのも打ち明けられるような仲になって初めて!」 「“恋人”になるための準備が整った状態、だと思うんですよ」 「うんうん」 「もちろん段取り通り上手くいかないことだってあると思います。世の中何が起こるかわかりませんからね」 「そんな時は臨機応変に、ってことだね」 「そうです、そうです!」 「けど、やっぱりいきなりキスとかそういうのは駄目だと思うんですよ」 「うん、確かにそれは駄目だね。キスは……付き合ってから」 「そうです! いやー、先輩に理解してもらえて嬉しいなぁ」 「はぁ……」 「……」 「けど、それって今からすると結構古風な考え方だね」 「確かにそうかもしれません。古めかしい純愛を俺は欲してるのかも……」 「けど、その方が絶対恋愛は楽しいと思うんです!」 「1つ1つ順序を重ねて、一緒に思い出を育んでいく……とてもいいことだと思うよ」 「あーもう、こんなにも理解してくれるなんて!」 「そう? 私はとても素敵なことだと思ったけど」 素敵なことって言われた!! 今までの恋愛は、この段取りズムのせいで失敗したと言っても過言じゃないくらいだったのに―― 理解者がいる、共感してくれる人がいる。 それだけで、俺は―― 「めっちゃ嬉しいです!」 「ふふっ、あまり相談に乗れてあげれなかった気がするけど、私で良かったらいつでも話を聞くよ」 もしかしたら、姫百合先輩こそが俺の運命の人……? そう思うくらいに今日の話は盛り上がって、いつもより饒舌になってしまうほど楽しかった。 「もう……先輩も兄さんの話なんか乗らなくていいのに」 「けど、なんか2人とも楽しそう……」 この学院に入学して結構な日にちが過ぎた。 授業も生活にも慣れてきたと思う。 けど……このままじゃいかんよな。 オリエッタとの約束で、恋愛をすると宣言したにも関わらず。 付き合うどころか、まだデートすらしていない! 「うーむ……」 姫百合先輩、誘っても大丈夫かな……。 行くなら、いなみ市の市民公園……かな。 あそこならデートコースっぽいし。 あそこなら一緒に散歩したり、テニスだって出来たはずだ。 先輩にテニスって似合いそうだけど……どうだろう? 放課後、早速先輩を発見。 美人はどこにいても目立つものなんだなぁ。 そんなことを思い浮かべながら、声を掛けることにする。 「姫百合先輩っ!!」 「あ……律くん」 「ええっと……」 「今日もいい天気ですね!」 「そうだね。夏だけど湿度が低くて過ごしやすい」 天気の話題で掴みはゲット! さて、どうやってデートの話題を切り出そう!? 「今日って生徒会の活動あります?」 「ないよ。今日の放課後は何して過ごそうかと考えていたところだよ」 お、それはまさに丁度いい!! それなら…… 「あの、この前の約束……覚えてますか?」 「約束?」 「外に出る時に付き添ってくれるっていう……」 「ああ、うん。もちろん覚えているよ」 「良ければ、ご一緒してくださいませんか!?」 「うん、いいよ」 「へ? そんなあっさり……」 「約束してたからね。実はいつ言われるかと、楽しみに待ってたんだ」 そ、そんな姫百合先輩が俺の誘いを待ってたなんて! しかも、楽しみに!! 「今から行く?」 「いいんですか? 俺は早ければ早いほどいいです!」 「じゃあ、今から行こう」 「はいっ」 「行く場所とかはもう決まってるのかな?」 「あ、それは……」 出来れば、姫百合先輩の喜びそうな所がいい。 デートだと明言するつもりはないけれど、デートに適していて先輩の好きそうな場所は…… 「公園とかどうですか?」 「公園……でいいの?」 「一緒に遊べる所がいいかなと思ったんですけど……」 「優しいね、律くんは」 「そんなことは全く!!」 「ふふっ。嬉しいけど、私のことは気にしなくても大丈夫だよ」 「律くんが行きたい所ならどこへだって行くから。買い物も付き合うし」 「ありがとうございます。でも、そこまで買いたい物はないですね……大体寮には揃ってますし」 「そっか、そうだよね。男子は女子に比べて、あまり買い物とかしないんだっけ」 「そうですね。アクティブに動いたり……またはこもってゲームしたりで」 「あ、買い物の方は、もし買いたい物が出来たら帰りにでも寄ります」 「それがいいね」 「逆に先輩の方で寄りたい所とか、買いたい物ってあったりします?」 「特にないよ。だから、今日の行き先は全て律くんに任せてもいいかな……?」 「はいっ、それで良ければ!」 「ん、よろしく頼むね」 「それで、公園で一緒に遊べると言ってたけど……」 「確かあそこの公園、テニス出来るんですよ。一緒にやりません? テニス」 「テニス……」 ぼんやりと考える素振りを見せる姫百合先輩。 あれ、あまり芳しくない反応……? 「もしかして、やったことないとか……何なら公園は広いですし、他のものでも全然!」 「あ、ああ、ごめん。久しぶりに出来ると思ったら嬉しくてね、テニスは好きだよ」 「おお!!」 「でも……」 「どうかしました?」 「ん、なんでもない。律くんなら心配なさそうだ」 「へ?」 「お誘いありがとう、早速行こうか」 「あ……」 「はいっ!!」 「いくよっ!」 心地いい音と共に、ボールがこちらのコートまで飛んでくる。 「よいしょっ」 それを相手のコートの真ん中――姫百合先輩の打ちやすい場所になるべく返す。 「ん、上手いねっ」 「あっ!!」 「っと、ごめん。逸れてしまった」 右前方に短めのボールが放たれる。 すぐさまボールの着地地点目掛けて走り出し、俺はラケットをスウィングした。 「――っと、セーフ! そいや!!」 「流石、男の子だねっ」 「これくらいなら、まだっ」 「テニスは結構やってるの?」 「いえ、ちょこっと打ったことあるくらい、ですっ」 「んっ……それにしてはいい動きだと思うよ」 「フットサル、好きでやってたん、でっ」 「フットサルというと……サッカーと似たようなスポーツだよね」 「はいっ、人数が少ない版だと思ってもらえれば。今度やります?」 「機会があったら、教えてもらおうかな」 軽快にラリーをしながら、ネットを挟んで反対側の先輩と会話する。 初心者と言っていいくらいの俺だけど、適度に打ち返せる場所に打ってもらえるものだからやりやすい。 「先輩はいつからテニスやってたんですか?」 「小さい頃からやる機会が多かったかな」 「父はテニス好きで、よくやってたんだ」 「なるほど。テニスウェアまで持ってるんで、部活動かと思いましたっ」 「あ……私だけ……変、かな?」 「いえ、すごく似合ってます!」 「似合って……」 「ありがとう」 「それに、返しやすいところに打ってくれて、ありがとうございますっ」 「ん、うんっ……テニスはラリーを続かせるのが好きなんだ」 「まだまだ初心者なんで、助かりますっ」 「でも、本当に初心者かどうか疑ってしまうほど、律くんも上手いよっ」 「本当なら華麗に先輩をリードしたいんですけど、ねっ」 「ふふっ、リード……頼もしいね」 「結局出来てないですけどねっ」 「……でも、やっぱり心配いらなかった」 「何がです?」 「律くんは私を楽しませてくれようとしてる」 「それは……当たり前ですっ」 「女性をエスコートし、楽しませるのが男性の役目ですからっ」 「ありがとう。自分で言うのもなんだけど、結構テニスは上手い方だと思うから……」 「もし私の方が上手過ぎたりしたら……と、そんなことを考えていたんだ」 先輩はそんなことを…… 男の俺のプライドを傷つけないように配慮してくれていたんだ。 「決して、その……律くんの腕を疑っていたわけじゃないんだけどもっ」 「それで行く時、ちょっと言い淀んでたんですねっ」 「ふふっ、結局考えてることをバラしちゃったけどね」 「ありがとうございます、嬉しいです! でも、あまり気にしなくていいですよっ」 「気を遣ってもらわなくても、先輩とテニス出来るだけで俺、楽しいですからっ」 「本当に君という人は……」 「さあ、もっとラリーを楽しもう!」 「はいっ」 「今度は試合形式でっ」 「受けて立ちます!」 「やっぱり男の子……なんだね。あっという間に疲れも取れて」 「終わったばかりはヘトヘトでしたけどね……久しぶりに動いた感じです」 「ふふっ、今日は楽しめた?」 「あ……はい! 滅茶苦茶楽しかったです!」 「良かった。私ばかり楽しませてもらったような気がしてしまって」 「ってことは、姫百合先輩も楽しんでもらえたんですか?」 「とても楽しませてもらったよ。こんなに楽しませてもらって良かったのかな?」 「そりゃあもう、もっと楽しんで欲しいくらいです!」 「ありがとう……律くんはサービス精神旺盛なんだね」 それは姫百合先輩だから……と、口から出かけてやめた。 「こうして一緒にデー……こほんっ、お出掛けしてもらえるだけで俺は満足ですから」 「そうやって上手いことを……」 「本当ですよ。先輩の可愛いところとかたくさん知れましたし」 「なっ!? な、何を言って……」 「でも……私も律くんのことを前よりももっと知れた気がする。充実した1日だったよ」 「それなら良かったです」 「今日ご一緒して、先輩が学校のみんなに慕われてる理由、わかった気がします」 「え?」 「先輩の言う通り中性的に見られてる……というのも、なくはないと思うんですが」 「何より細かいところまで相手のことを気遣ってあげられる優しい人ですし……」 「大小関わらず、他人の想いや期待に応えようと、先輩は一生懸命頑張るから」 「そんな先輩だから、みんな慕ってるんじゃないかと思ったんです」 「あ、えと……恥ずかしいことを言うね」 「でも、少なからず当たってるかもしれない」 「私は期待されると無下には出来ない性格でね……気付いたら、誰かの期待に応えようとしてる感じはあるかな」 「かと言って、期待に押し潰されるとか、期待されたくないとかはないよ」 「あくまで私は、期待に応えたいと思ってしまう性分なんだ」 「それって他人のために行動出来るってことですよね。すごくいいことだと思います」 「そう、かな……」 「いい人過ぎて心配になるくらいです」 「ふふっ、心配までしてくれるんだね」 「でも、どうしてそこまで期待に応えようとするんですか?」 「どうしてだろう……さっきも言ったけど、性分……だからね」 「でも、期待に応えようとすることは私にとって悪いことじゃないよ」 「というと?」 「例えばだけど……今じゃ乗馬は趣味の1つだけど、数年前まではやったこともなかったんだ」 「やることになったきっかけは、クラスの子に乗馬が出来そうだと言われた一言だった」 「たったそれだけだったけれど、“乗馬をしている私”がみんなが抱いている私のイメージで、それを求められていると思ったんだ」 「だから、私はこっそり練習を始めてみた」 「こっそり……」 みんなのイメージを崩さないように、人目のつかないところで? 「それって……大変じゃないですか?」 「全然。出来るようになると何でも楽しいよ」 「そうやって期待される度に、苦手なものだって克服していける……」 「そう思ったら、期待されるっていうのは結構いい刺激だとは思わない?」 こういう考え方を出来る人って心底すごいと思う。 姫百合先輩が輝いて見えるのは、裏できっちりと努力を積み重ねているからなんだ。 「諷歌もそれを?」 「うん、相部屋だしね。知っているよ」 「なるほど……」 そりゃあ諷歌も、こんな先輩と一緒に暮らしていたら憧れてしまうよな。 けど、そんな秘密を俺にも話してくれたのは……諷歌の兄だから? それとも…… 「……」 会話が終わると、姫百合先輩の視線はどこか違う方向へ。 「……? どうかしました?」 「ああ、いや。何でもないよ」 「この辺りは変わらないな……と思ってね」 「ってことは、先輩の実家この近くなんですか?」 「うん、この通りを右に曲がった先の方だよ」 「おお、実は俺んちもこの近くなんですよ。逆方面になりますけど、結構近いですね」 「律くんもこの近くの……じゃあ、このショッピングモールで、すれ違ったりしたこととかあったかもね」 「かもですねー」 でも、もし本当に擦れ違ってたら忘れないだろうな……こんな綺麗な人。 「……」 などとぼんやり考えていたら、再び先輩の視線の先は―― ファーストフード店? 「ハンバーガー、食べに行きます?」 「え、ああ、違うんだ」 あれ……食べたいわけじゃなかったのか。 「今日もシャロンが作ってくれてるんだから帰らないとね」 「あ……そうだった。でも、2食分くらいならペロっといけますよ!」 「ふふっ、男の子だね。私はちょっと難しいかな」 「ですよねー。じゃあ、今日のところは大人しく帰りましょっか」 「うん、そうしよう」 そうして、2人で一歩足を踏み出したところで―― 「あ……」 「どうしました?」 「言い忘れてたから、その……今日は誘ってくれてありがとう」 「いえいえ、こちらこそ。誘いに応じてくれて本当に嬉しかったです。ありがとうございます!」 「その……良かったら、また誘ってもいいですか?」 「はい……喜んで。その時はまたお願いします」 先輩の言葉に、ほっかほかな気持ちになりながら寮へと帰った。 ぎゅるるるるー。 「うぅ……腹減った」 放課後、夕飯にはまだ早い微妙な時間帯。 妙にお腹が減って仕方がない。 おやつでも食べて腹を満たすか……。 「いや、俺の胃はハンバーガーを欲している!!」 無性にハンバーガーが食べたくて仕方がない。 ハンバーガーと言えば、姫百合先輩とのデート。 先輩、食べたそうに見ているような気がしたんだけどなぁ……。 実際自分が食べたかったのもあり、その分の補正が入ってたのかも。 ということで、今日の夕飯は外食にチャレンジすることにした。 シャロンと―― 「ほい、了解でやんすー」 オリエッタに許可を取りに行くと―― 「約束、忘れないよーに」 と、思ったより簡単に承諾を得ることが出来たので。 俺はファーストフード店までやってきた。 しかし、そこで妙な人影を発見することになろうとは思いもよらなかったのであった……。 「なんだ……あれ」 レジに並ぼうとしたところで、その珍妙さに足を止める。 目の前には、きょろきょろと不自然な動きをする人物。 屋内でサングラスなんぞかけて、一体何を…… まさか強盗か!? そんな良からぬ想像をしてしまうほど、不審過ぎる行動をする者がそこにはいた。 「ほっ……」 「お……?」 なんだか胸を撫で下ろしているようにも見える。 ……何かを警戒していたのか? けれど、警戒するほどの危険物がこの辺りにあるようには思えない。 「むむむ……」 やっぱり妙に引っかかる。 変装はしていても、その身体のライン、髪の毛から女性だとわかるのだけれど…… 「まさか……ねえ」 どうにも見覚えがあるようなシルエット。 けれど、あんな出で立ちからは想像出来ない人物が思い浮かび上がるわけで……。 でも……もしかしたら、もしかすると…… 「姫百合……せん――」 「……ッ!?」 勢い良く振り向いた! ってことは!! 「本当に本人!?」 「は、ははは……」 乾いた笑みを浮かべながら、知らんぷりしようとするグラサン女性。 「あの……姫百合先輩ですよね?」 「〜〜♪」 なんて古風な誤魔化し方!! けど、本当に人違いだったのかな……。 まだ姫百合先輩だという確証はない。 というより、そうであってほしくないと思ってるのかもしれない。 こんな怪しい恰好を、彼女がするはずが…… 「あの……」 「う……やはり偽ることは出来なそうだね……」 「ということは、やっぱり姫百合先輩……」 しかし、そんな期待は外れてしまった。 「ごめん。騙すつもりはなかったんだ」 「……どうしてそんな恰好を?」 「ん……実は――」 「と、とりあえず、会計を済ませてからでいいかな?」 そんなわけで2人揃ってハンバーガーを購入の後、店を出た。 もうバレたからいいのか、変装はしていない姫百合先輩だけど…… 「どうしてあの恰好で……?」 単刀直入に聞いてみる。 「……バレてはいけないと思ったんだ」 「バレてはいけない?」 「うん……」 その言葉の意味から、話の続きは想像出来そうにない。 「誰にバレてはいけないんです?」 「その……前に律くんも言っていたけど、私はどうもハンバーガーを食べるようには見えないらしい」 「あ、ああ、それは……」 お嬢様っぽいからという理由で、そんな風に思ったこともあった。 「他のみんなもそうみたいだから……私は、そんな皆の期待を裏切りたくないと思ったんだ」 「それって、前も言ってた期待に応えたくなる性分と一緒ですか?」 「うん」 「ハンバーガーなど庶民の食事を食べそうにない姫百合先輩のイメージを崩したくないと……」 「それで、変装までして自分だとわからないように?」 「……うん」 先輩は変わった人だった。 どうしてここまでするのかわからない。 けれど、それが姫百合先輩という人物らしい。 「俺はハンバーガーを食べる先輩もいいと思いますよ?」 「ん……そう、かな……」 「というか、食べてる方が可愛いと思います!」 「へっ!?」 「こんな綺麗で可愛い美人さんでも、ハンバーガーを食べるってとても可愛らしいじゃないですか」 「き、きれ……あ、あまり無理に褒め過ぎるのはよくないと思うよ」 「本気でそう思ってるんですって! お世辞じゃありません!」 「あ、えっと……」 「っと……冷めちゃいますし、まずはそこらで食べませんか?」 「あ、うん……ありがとう」 「やっぱり美味いなぁ! 久しぶりだからこそ美味い!」 「うん……美味しい」 モグモグと小さな口を動かす姫百合先輩が、小動物みたいに見えてくる。 「美味しいですか?」 「……美味しい」 照れ臭そうにはにかみながら、先輩はまた答えた。 「ハンバーガーって無性に食べたくなることありません? もぐもぐ」 「むぐむぐ……うん、そうだね。外に出た時とか看板を見るだけで食べたくなる」 「やっぱり……先日のよそ見はファーストフード店を見てたんですね」 「はは……バレてたんだね。律くんには敵わないな」 「ずっと先輩を見てましたから」 「ずっと……」 「んーしかし、ポテトも美味しい。もぐもぐ」 「ふふっ、律くんは美味しそうに食べるね」 「そうですか? 姫百合先輩も美味しそうに食べてますよ、可愛いですし」 「か、可愛いとか……言い過ぎだよ」 先輩って可愛いって言われるのに慣れてないのかなぁ。 言うとすぐに赤くなって……それがまた可愛いんだけど。 「ハンバーガー好きなんですか?」 「うん、実は結構」 「知ってる人は?」 「今知った……律くんくらいだよ」 「俺だけ……」 「うん」 俺だけが先輩のこんな一面も知っている。 その事実に……ちょっと胸がドキドキしてしまっている。 俺……姫百合先輩のことが気になってる? 「……」 「……?」 やっぱり、気になってる……。 姫百合先輩のこと、もっと知りたいって……そう思ってる。 好きな人とかいるのかな……? どんな人がタイプなんだろう。 好み……聞いてみようかな。 でも、突然だと恥ずかしいし…… まずは好みの……ハンバーガーの話題から。 「いつからハンバーガーは好きになったんですか?」 「いつからだろう……初めて食べたのは数年前だから、その時かな?」 「じゃあ、その……姫百合先輩って好きなタイプとかは?」 「え……?」 「食べ物とか色とか……男性のタイプとか……」 「男性のタイプ……」 「と、突然こんなこと訊いちゃってごめんなさい」 「あ、ううん。いいよ。そうだね……考えたことなかったなぁ」 「けど、強いて言うなら……誠実な人、かな」 「誠実な人……」 「食べ物はスイスロールとか……好きな色は赤とか結構好きだよ」 「それって何かの占い?」 「あ、いえ! 単に興味があったので」 「……私に?」 「えと……はい」 「そ、そっか……それはなんというか……照れくさいね」 「ですね……恥ずかしいこと訊いちゃいました」 「逆に……律くんはどんな女性がタイプなの?」 「俺……俺は……なんだろう」 「好きになった人がタイプ……と言ったら、つまらない返事ですけど。俺も誠実な人が好きですね」 「じゃあ……恋とか、したことあるんだ」 「い、いや……したというほどのものじゃ」 「そ、そっか……他には何かある?」 「他ですか? うーん……段取りズムを理解してくれて、一緒に恋愛出来る人……とか」 「やっぱり一緒にいて楽しい人……気が合う人がいいです」 「先輩は?」 「これと言って……やはりその時になってみなければ、わからないと思うし」 「ですよね。俺もそんな感じです」 ひと呼吸ついてみると、俺の心臓が早鐘を打っていたことに気付く。 ……思った以上に先輩を意識してる。 俺はもう、先輩のことが……? 「そ、そういえば、先輩は近くに住んでるって言ってましたけど」 「うん、いなみ市市内だよ」 「じゃあ、ここにも来たりしました?」 「そうだね……何度か」 「俺も結構来てたんですよ。もっと幼い頃は諷歌と葉山と3人で遊んだりもしました」 「3人ともずっと仲良しなんだね」 「あの頃の諷歌は本当にべったりだったんですけどねぇ……」 「そうそう。それで、諷歌が真東に入学して、それから……」 「確かここで事故にあって……それからはあまり来なくなったなー」 「え?」 「あっ、すみません。前に見せた額の傷、確かここで事故って出来たものなんですよ」 「それは本当に!?」 「え、ええ……そうですけど」 「……」 「……どうかしました?」 俺の顔をまじまじと見つめる姫百合先輩。 その顔はあまりに真剣で…… 見られているだけなのに、じわじわと顔が熱くなっていくのがわかる―― 「え、えっと……」 「あ、ああ、いや……何でもない」 「何でもないってことはないんじゃ……」 「そうだね、ごめん……」 「んっと、そろそろ戻らないとだし……またの機会にするよ。気のせいかもしれないしね」 何の話だったんだろう。 けれど、またの機会に話してくれるというなら。 「わかりました。じゃ、帰りますか」 偶然の鉢合わせは、ちょっぴりドキドキする会話を交えて1日を終わらせた。 (姫百合先輩……) 気付いたら彼女のことを考えていた。 今日はデートに誘ってみよう!! 「あ、いたいた。律くん」 と思ったら、姫百合先輩の方から話し掛けてきてくれた。 「こんにちは、ミスティックも授業終わりました?」 「授業は早く終わったんだけど、生徒会の仕事があって。丁度今終わったところ」 「そうだったんですか、お疲れ様です」 「ん、ありがとう」 「それで……今日はちょっと外へ出掛けない?」 「えっ?」 思いもよらぬ姫百合先輩からの誘い。 「……駄目かな?」 「い、いえ、全然! むしろどこへでも行きますよ!!」 「そんな、大した用事ではないよ。けど……」 「もしかして、デート……ですか?」 「その……はっきり言われると、恥ずかしいね」 「どこ行くんです?」 「ああ、私の用事は帰りにふらっと寄る程度でいいんだ」 「そうなんですか?」 「けど、せっかく外へ出るんだし……と思ってね」 「私の用事も、ただの思い過ごしで終わるかもしれないし……」 なんだか歯切れの悪い姫百合先輩。 その用事が何なのか、すごく気になるところではあるけど…… 「そうですね。じゃあ、先にどっか遊びに行きましょうか」 「どこか行きたいところあります?」 「律くんの方こそ、ない?」 「俺は……」 やっぱり先輩が喜びそうな所をチョイスしていきたいな。 とすると…… 「市民公園、なんてどうですか?」 「あ、私もそこに行きたかったんだ」 「奇遇ですね!」 「うん……予期せず用事が先になってしまったね」 「後の方が良かったですか?」 「ううん、大丈夫だよ。行こうか」 「着きましたね」 「ゲームセンターとかどうですか?」 「ゲームセンター……」 「行ったことは?」 「恥ずかしながら……私のような人が行っても楽しめるものだろうか」 「全然楽しめますよ! 俺もそれほど経験豊富って訳じゃないですけど、行くだけでなんだかワクワクする所です」 「ん……それじゃ、行ってみようかな」 「あ、でも……いかんせん無知なものだから……」 「任せてください! リードしますよ!」 「……ありがとう。頼むね」 「じゃあ、初めてのゲーセン記念ってことで写真を1つ!」 「こ、これが写真を撮る機械?」 「ですっ」 「そ、そうか。これが……なんというか密室、みたいだね」 「あ、あまり、緊張されると俺まで……」 「あ、ごめん……でも、どうしたらいいかっ」 あたふた慌てる姫百合先輩の横顔を可愛いと思いながら見つめつつも。 撮り慣れている訳でもないので、画面に制限時間が表示されると俺もテンパってしまう。 「えーっと……どの背景にします?」 「どれでも……あっ、時間が」 「やば! 相合傘になっちった!!」 「こ、これではまるで……」 「でも、大丈夫です! キラキラしたのも選べました!」 「お、おお……ごめん、見ているだけで何もできなくて」 「い、いえ、リードすると言っておきながら、テンパッてすみません」 「そんなことは――」 「あ、もう撮りますよ!」 「ど、どんな風に……っ」 「もう少しこっちですっ」 「う、うんっ」 「それでピースっ!」 「ぶ、ぶい……っ」 3・2・1……はい、チーズ。 機器から出てくる音声に合わせて、フラッシュがたかれた。 「ふぅ……なんとか1枚」 「え、まだあるの?」 「200円で何回か撮れるんですよ」 「結構お得なんだね」 「はははっ、本当に知らないんですね」 「うぅ……」 「夏本律、先輩の初めていただきました!」 「いただかれました……」 あ……はにかみながら言われるとやばい。 やば可愛い!! 「次はもっと自然に笑えるように!!」 「そうだね。せっかくだし、楽しまないと」 「ですです」 「それじゃあ、もう1枚いきますよー!」 「うんっ♪」 「結構上手く撮れましたかね」 「おお……書いた通りに写真になるんだね」 男女2人が並んで写っている写真。 これは、どこからどう見ても…… 「大事にさせてもらうね」 「俺もです! いろんなところに貼りたいくらい!」 「そ、それは……恥ずかしいんじゃないかな」 「で、ですよね……大事に汚れないよう取っておくことにします」 「ふふっ。本当にいい思い出になったよ」 「良かった。ゲーセンに来て正解でした」 「初めてが、その……男の子と一緒に来るとは思わなかったけどね」 「また先輩が行ったことのない場所に行きたいなー」 「どうして?」 「反応がすごく可愛かったので。また見たいなぁって」 「あ、あまり年上をからかっちゃ……駄目だよ」 あまり責めるつもりのない声色で、そんなことを言う姫百合先輩。 ……照れさせるのが癖になってしまいそう。 「っと、そろそろ先輩の用事、寄ります?」 「あ……そうだね。ん、行こうか」 そうして、先輩の後をついてやってきたのは市民公園だった。 「公園ですか?」 「うん……」 ちょっと真剣みを帯びた先輩の顔に、自然と身体が強張った。 「ここに、何が……?」 「実はちょっと……訊きたいことがあるんだ」 「訊きたい……こと?」 先輩が俺に訊きたいことって一体なんだ? まさか……まさかとは思うけれど…… そんなまさか。 「どう、切り出したらいいんだろう……その、だね」 「は、はい……」 「前に、この公園でよく遊んだことがあると律くんは言っていたね」 「え? はい」 「昔のこと……覚えてるかな?」 「昔というと……」 「事故があった、時の話」 「事故……ああ、この前話したヤツの……」 「ええっと、断片的な記憶でしかないんですけど……」 「ちょっと入院するほどの事故にあって、その時の傷が――」 前髪を避けて、姫百合先輩に傷跡を見せる。 「やはり……」 「あの……この程度の記憶しかないんですけど、どうかしました?」 「やはり君が……あの時の男の子だったんだね」 「え……?」 「すまない。君を怪我させたのは私なんだ」 「えっ……え? 姫百合先輩が……えっと、どういうことです?」 「あの時初めて私の魔法が発現して……それで君を傷つけてしまった」 「だから、すまない」 姫百合先輩は深く頭を下げて俺に詫びる。 けれど、当の本人は全く記憶が残っていないわけで、いきなり謝られても…… 「それからすぐにイスタリカへと行くことになったから、入院している君に謝ることも出来ずに……」 「ちょ、ちょっと待ってください!」 えーっと、つまり姫百合先輩が謝ってるのは、あの時あった…… そう、事故のことだ。 俺にはあまり記憶は残っていないのだけれど、姫百合先輩は覚えている。 姫百合先輩が言うには、その事故で俺が受けたのは…… 姫百合先輩の魔法だったってことだ。 その魔法を受け、俺にはあるものが出来てしまったんだよな。 傷跡……姫百合先輩が一目で気付いたほど特徴的な傷跡だ。 そこまで大きいわけじゃないけど、数年経った今もきっちりと跡が残っている。 そして、その傷跡の場所が―― 俺の額に……。 無理やり記憶をほじくろうとしても、やっぱり思い出せはしない。 一瞬の出来事だったから、記憶に残らなかったのか…… それとも、イスタリカの人達が魔法に関する記憶を消した……という可能性がなくもないけれど。 この傷は紛れもなく、先輩の魔法によるものだと……姫百合先輩自身が言っているということだ。 「本当にすまない……」 「いえ、俺は全然っ! 事故のこと覚えてないくらいですし」 「けれど、そのような消えない傷跡まで残してしまった……」 「どう詫びたらいいかわからないくらいで……」 「な、なに言ってるんですか!!」 「でも……」 このままじゃ埒が明かない。 どうにかして姫百合先輩をフォローして、話の流れを変えよう。 本当に気にしていないことをわかってもらうんだ! 「先輩……その、俺は本当に気にしていませんから!」 「律くんは優しいから……」 とにかくもっと気にしてないアピールだ!! 「俺は恨んでなんかないです。むしろ感謝してるくらいですよ」 「か、感謝ってどうして……」 「その事件があったおかげで、今こうやって先輩と仲良くさせてもらえてるかもしれないんですよ?」 「だから、この今がある……そう思えば、姫百合先輩に感謝です」 「律くん……」 「俺、もっと先輩と仲良くなりたいですから!」 「罪悪感に苛まれてるくらいなら、俺ともっと仲良くしてください!」 「……っていうのは駄目ですか?」 「ふふっ、君は本当に……良い人だね」 「良い人止まりじゃなくて、もっと仲良くなりたいです」 「君を傷つけたのは私なのに……」 「ありがとう、気が楽になったよ。今の今まで……ずっと忘れることはなかったことだから」 「じゃあ、仲良くしてくれますか?」 「それはもちろん。私からお願いしたいくらいだよ」 「やった! なら、もっと親睦を深めるために何か手伝えることとかないです?」 「手伝えること……?」 「俺、先輩と仲良くなりたいですし、先輩の役に立てることなら立ちたいんです!」 「だから、遠慮なく言ってください! 相談でも何でも乗ります、俺で良ければ!」 「う、嬉しいのだけど、そうだな……これといって、急には思いつきそうにない」 「じゃあ、思いついたらでいいので。お願いしますっ」 「くすくすっ、なんだか話がおかしな方向に進んでしまったね」 「私が許しを請うつもりでいたのに、いつの間にか律くんから頼まれごとをしている」 「いいんじゃないですか、それで。過ぎたことは過ぎたことですし」 「悪気があったわけではないんでしょう?」 「もちろん、そんなことは……っ」 「今になって言うと、言い訳みたいになってしまうけど……聴いてくれる?」 「聴かせてください」 「ありがとう。あの時の私はベンチで本を読んでいたんだ」 「そこに2人組の子供が現れて……」 「それが俺と葉山……」 「君達はそこでキャッチボールを始めた。私はそれを遠目で眺めていたんだ」 「そしたら、遠くの方で遊んでいた野球少年達のボールが丁度律くん目掛けて……」 「危ないと叫ぼうとした時だった。魔法が暴走して、逆に律くんを傷つけることになるなんて……」 「そう、だったんですか……」 「記憶がないんで、てっきり車にでも轢かれたのかと今の今まで思ってました」 「改めて言わせてほしい。ごめんなさい、律くん」 「いいですよ。その代わりもう謝っちゃ駄目です」 「律くん……」 「それに正直に教えてもらって嬉しかったです、ありがとうございます」 「うん……いつかその子に会うことが出来たら、謝りたいと思っていたから……」 「それにしても、先輩の魔法って強力なんですね……前に魔法制御は苦手だって諷歌も言ってましたけど……」 使い魔がシェリーちゃんだなんて、信じられないほどの魔力を持ってるとか……? 「魔法って使い方を誤ったら本当に怖いんだな……」 「あ……実は、そのことについてなんだけど……」 「?」 「律くんには迷惑もかけてしまったし……言う必要があると思うから」 「その……最初に断わっておくと、内緒にして欲しいことなんだけどいいかな?」 「はい、内緒にします」 「ふふっ、まだ何も言っていないのに即答……ありがとう」 「実は、私の魔法のことなのだけど……」 周囲を見回して、人がいないことを確認する先輩。 それほどまでの秘密…… 「学校では魔法の制御が苦手で通っているけど……実は、そうじゃないんだ」 「え?」 「きちんと制御が出来るまで、何度も何度も練習して……」 「こうやって、誰にも気づかれず隠せるくらいにまでなったんだ」 誰にも気づかれていないのは、努力の成果。 そうだよな……姫百合先輩の性格からしたら、出来ないことをそのままにしておく方がおかしいんだ。 努力を重ね、苦手なものを1つ1つ克服していくのが楽しいって言った人だ。 それは魔法だって同じ。苦手であっても、努力を積み重ねていったはずだよな。 「律くんの時は初めてだったし、突発的なものだったからどうしようもなかったけど」 「あの事故があってから、私は……魔法が怖くなったんだ」 「私の魔法は人を傷つける……というより、傷つける以外の使い方などないじゃないか……」 「そんな……」 「だから、私は密かに練習を重ねた。二度と同じ間違いを起こさないように」 「もうそんなことがあったら……私は私を許せないから」 「姫百合先輩……」 「そのおかげで……完璧にとは言わないけど、多少はコントロール出来るようになったんだ」 「でも、どうしてそれを隠してるんです?」 「……」 「実際に見せてあげたいんだけど、とにかく影響力が大きすぎるんだ」 「どんな魔法なんですか」 「物質学に属するとは思うんだけど、炎を生み出したり、水を湧かせたり、風を起こし、地を揺らす」 見事なまでの4属性。 「なんかいわゆるゲームやファンタジーに出てくる定番の魔法っぽいイメージですね」 「目に見える形で物事を変えてしまう力なんだ」 「たとえ、マッチ1本の火が灯せても……」 「それを体1つで出来るとすれば、ビックリします」 「大袈裟に聞こえるかもしれないけど……」 「私に限っては、このいなみ市を一瞬にして吹き飛ばすくらいのエネルギーを持っているんだ」 「え!?」 「も、もちろん! 試したことはないし、あくまで予想なんだけど」 「あの時に使えた影響力の低い魔法を、今の自分で実際に比較してみたんだ。その倍率を見るに……」 「子供の時、君を傷つけてしまった時よりも、魔力が何万倍も成長していたんだ」 「そんなに凄い魔法が……」 「幸い、他にも過去私に似た魔法使いが多くてね。比較的、制御のノウハウは学びやすかったんだ」 「けれども、その歴史を追っていたら、あることを見つけたんだ」 「なんなんですか」 「この力は……利用、もとい悪用されやすい」 「……!?」 「律くんは何故イスタリカという国が建国されたか、もう習った?」 「は、はい。イスタリカさんが、魔女として迫害されていた女性を守るためにって確か……」 「うん、それともう1つ。その魔法が悪用されないためでもあるんだ」 「魔法の力は強大過ぎる。そんな危険なものを形振り構わず欲求のままに使ったとしたら……」 「大変なことに……なりますね」 「だから、魔法というものは今も昔も隠し通さなければいけないことなんだ」 「なるほど……」 「私の、こんな人を傷つけることしか出来ない不要な魔法も……」 「人を傷つけることを目的とした人達なら……必要になるかもしれない」 「そう。だから、私は……ずっと隠し続けてきたんだ」 「それを知ってる人は……?」 「ここまで影響力があることは、親でさえ知らないよ。今ここで知った律くんだけ」 「そ、そんな大事なこと……」 「でも、君なら内緒にしててくれるでしょ?」 「もちろんです。誓って公言しませんよ」 「ありがとう……君ならそう言ってくれると思った」 「本当に……律くんが誠実な人で助かったよ」 「そ、そんな普通です……」 「それに優しくて……」 「なっ!?」 「私は……私も……頑張らないとな」 「え?」 「いや」 「こほんっ。その……律くん」 「はい」 「こんな私だけど……これからもよろしくしてくれると、嬉しい」 「もちろんです。姫百合先輩だからいいんです」 「……ありがとう」 神魔討撃。 これが、姫百合先輩の魔法……。 チャイムとお腹が同時に鳴って、昼休み。 今日の昼食を一緒にとろうと俺はある人を誘うべく、ミスティックの教室へと向かっていた。 (俺もだんだん、積極的になってきたなあ……) それというのも、こちらを物怖じさせない彼女の人柄ゆえなのだろうけど。 「姫百合せんぱーい」 「あ……律くん」 「ご飯、一緒に食べませんか?」 「ああ……いいよ。いいけど……」 「あれ、それ……」 「お弁当……ちょっと作ってみることにしたんだ」 そう言ってはにかむ姫百合先輩。包みが女の子らしくて可愛い。 「学食……でいいですか?」 「うん」 弁当持参でも学食は利用できる。俺は彼女を連れ立って食堂へと赴いた。 「では、私は席を取っておくね」 「あ、はい。よろしくお願いします」 「ご注文のほうお伺いするっす」 「Aランチひとつ」 「お待ちっすー!」 プレートを運んで、姫百合先輩のいるテーブルへと向かう。 「じゃあ、食べようか」 「ええ、いただきます」 今日もシャロンの献立は美味しそうだった。だけど…… 「……な、何か変かな?」 それ以上に、目の前にあるお弁当の中身が気になって仕方がない。 「……綺麗ですね」 「へ、ふぇっ!? 急に何を……」 「それに、すごく美味しそうです」 「なっ……! 大胆すぎないか……律くん」 「その玉子焼きとか、特に」 「……え?」 「姫百合先輩、お弁当もぱぱっと出来ちゃうんですね」 「あぁ……お弁当の話か」 「どうしましたか?」 「んっ……いや、なんでもないよ」 ジャンクなものも好きだと言うから、どんな弁当なのか興味深かったけど、中身はいたって彼女らしい正統派だった。 「じー」 「その……もし良かったら、食べてみる?」 「え、いいんですか!」 「私も、あまり人に食べてもらった経験がないから……忌憚ない意見が聞きたいんだよ」 そう言って、彼女はそっと弁当箱を前に押しやる。 「えっと、じゃあ……いただきます」 「召し上がれ」 というわけなので、先ほど褒めた玉子焼きに箸をつけた。 「もぐもぐ……」 これは……っ!? 「どう、かな?」 「美味い! 見た目通り美味しいです!」 「……今食べていた料理と比べても?」 「へ? それは……」 さすがは姫百合先輩。いいところを突いてくる。 「まあ、わかっていたことではあるけどね。シャロンにはまだ遠く及ばない」 それでも十分に美味しい。 そもそも玉子焼きなんて、造形がここまで整っているならそれだけで上出来だと思う。 「その道のプロと比べちゃ駄目ですよ。先輩の、本当に美味しかったですよ」 「ありがとう。かく言う私も、それを毎日食べていたのだから舌が肥えてしまってね」 「……でも、どうして急にお弁当を?」 「ああ、それは……」 何故か押し黙る。お浸しを口に入れて、必要以上に咀嚼していた。 「料理の練習がしたくてね。丁度いいと思ったんだ」 「へえ……」 この完成度から、さらに高めようと言うのだろうか。 「俺も料理とか出来たほうがいいんですかね……もぐもぐ」 「律くんは男性なのだから、その必要はないと思うけど」 「でも最近じゃ夫婦でも、夫のほうが家事をする場合も多いですよ。そうでなくても分業とか」 「む……そうか……」 夫婦か……。 「……」 「……」 お互いにたぶん、似たようなことを考えている。 ええと話題、話題……。 「あ、雨」 「あれ……本当だ」 「結構降ってますよ!」 「随分いきなりだね……」 にしても、日が陰っていたりということはない。むしろサンサンと照っている。 「お天気雨ですね」 「なら、すぐに止むかな」 結局、その雨は俺たちが食べ終わるまでに降りやんだ。 そして、その放課後―― 「さて、帰るか」 特にやることもないので、このまま真っ直ぐ寮に帰ろう。 「う……しまった」 うっかり、思いきり一歩を踏み出してしまった。 先ほどの通り雨でぐしょぐしょになった地面からドロが跳ねる。 「ズボンにもついちゃったなあ……」 どのみち洗濯してもらうけど、その前にもある程度は落としておかないと……。 (たしかこのへんに、手洗い場が……) おぼろげな記憶を頼りに校舎の裏手へ回る。 すると、そこには―― 「あれ……?」 ごしごし。ごしごし。 ……姫百合先輩がいる。 (何して……) いや、一目瞭然ではあった。洗濯板とタライ。手には彼女のものであろう衣服。 どう見たって洗濯だ。まさか大根をおろしているとは言うまい。 「っ……っ……」 洗濯……なのだけど、あんな前時代的なものを実際に見たのは初めてだ。 「姫百合先輩」 「ん……? ああ、律くん」 「何してるんですか?」 「実は大根をおろしているんだ」 「――」 「ご、ごめん……言葉を失うほどつまらない冗談を……」 「いえ、むしろ運命的なものを感じ取ってました」 「……?」 「まあ見ての通り、洗濯だよ。まだ不慣れだけどね」 「そんなまた、どうして急に?」 そういえば今日は昼ごろにも、似たような台詞を吐いた気がする。 「寮にいると、何から何までお世話をしてもらえるからね……つい怠けがちになってしまうから」 「駄目なんです?」 「将来のことを考えると……やはり大人の女性としてしっかり出来るようにならないと」 「将来のこと……でも、それなら洗濯機でいいんじゃ?」 「いざ機械が壊れた時に困るだろうから。経験しておくに越したことはないと思って」 女性観もそうだけど、姫百合先輩の価値観は極めて古風だ。なんともらしい。 「なるほど……昔ながらですね」 「そうでもないよ。この板だってプラスチックだし、洗剤もある」 「お弁当のこともそうですけど、大変じゃありません?」 「そこそこね。でも、必要なことだから」 必要……。 将来のため……。 「それってもしかして……花嫁修業、みたいな?」 「ん、そんなような感じ……やっぱり私には不相応かな?」 「そんなことないです! むしろ先輩らしくて素敵だと思います!」 「そ、そっか……」 「あ……律くんのズボンの裾」 「ああ、これはさっきドロが跳ねちゃって……」 「もうちょっと足をこっちに」 「先輩?」 言われた通りにしたら、まるで手品のようにズボンを脱がされてしまった! 「少し濡れてしまうけど、洗ってしまうね」 「あ……ありがとうございます」 軽く擦るような動きで、優しく裾を揉み込んで…… 「よし……あらかた落ちたよ」 「す、すみません……助かりました」 「けれど、後でちゃんと洗濯してもらった方がいいだろうね」 「はい、そうします」 待っている間、下着一丁だったことすら感じさせない、さりげなさ。 にしても、泥水を落としてもらうだけの行為だったのに、まるで姫百合先輩が俺に尽くしてくれているかのような感覚に…… 厚意でやってくれたのに、好意と勘違いしてしまうなんて……いかんいかん、冷静にならないと。 「ふう……とりあえず、こんなものかな」 「大丈夫ですか? 腰とか痛めてません?」 「それほどヤワには出来ていないよ。それに、ヤワなら鍛えないといけないからね」 相変わらず、向上心の塊のような人だなぁ。 「でも、あんまり無理はしないでくださいね。そんなに焦ることでも……ないと思いますし」 「……ありがとう。でも大丈夫だよ、ちゃんとしたプランがあるからね」 「プラン?」 「実を言うと、昼間のお弁当も含めて、これらはシャロンの監修でやってるんだ」 「あれ、そうだったんですか」 「うん。だからこの洗濯も、いろいろと工程を教わりながらやらせてもらっていてね」 「えっと、あの、同じことをお訊きするんですけど」 「何かな」 「どうして、その……なぜ今になって、花嫁修業を始めるんです?」 確かにそれは彼女だけでなく世の女性にもある程度は必要なことだろうし、別に不自然なことではない。 ないけど……今までに彼女がこうした行為をしていた覚えは俺の中にはない。 ということは、つまり…… 「えっと、それは……」 彼女にしては珍しく言い淀んだ。でも、聞きたい。 「君が……」 「お、俺……?」 「い、いや……何でもない。ただ、そろそろいい歳かとも思ってね」 うーん、なんだか誤魔化された気がする。 「俺は、卒業してからでいいと思いますけど……」 「私が、その……女らしいことをしているのは、似合わないかな?」 「そんなことないですって。さっきも言いましたけど、むしろよく似合うくらいで」 「姫百合先輩は、綺麗な女性なんですから……俺からすれば男らしいと思ったことはありませんよ」 「ん……うん。そっか……ありがとう」 なんだろう……嘘は言ってないのだけど、正直過ぎたかもしれない。 先輩の頬も赤くなってるし……恥ずかしいこと言ってしまったかな……。 「あ……じゃあ、私はシャロンのところへ向かうから」 「はい、頑張ってきてください」 「……ありがとう。またね、律くん」 そうして、洗濯物を残した姫百合先輩は足早に校舎へと駆けて行った。 「花嫁修業、かぁ……」 その言葉の響きに、俺はなんともいえない気持ちに駆られた。 花嫁修業……花嫁修業……。 花嫁修業……修業花嫁……。 業修嫁花……嫁業花修……。 「あ、兄さん。ちょっとお話が……」 「花修業嫁!?」 「わぁっ、本気で頭大丈夫ですか」 真剣に心配されてしまった。 「すまん。ちょっと考え事をしてて」 「まあいいですけどね、今さらですし」 しかも手遅れみたいだ。 「それで、諷歌はどうしてここに?」 「それなんですけど、実は姫百合先輩が今お部屋の掃除をしてまして」 「姫百合先輩が!?」 「驚くポイントじゃないと思いますけど……」 「それもそうだな……うん、それで?」 「私も手伝うって言ったんですけど、頑なに1人でいいって言って聞かなくて」 (それって、もしかして……) もしかしなくても、俺の考え事とぴったり合致している。 ――花嫁修業だ。 「私、もしかして愛想を尽かされちゃったんでしょうか?」 「そんなことはないだろ」 「でも……何の理由があってなのか、不安です」 ……そうだ。 「よし、お兄ちゃんがそれを聞き出してやる」 「本当ですか?」 「ああ、任せろ」 ホントのところは、俺自身その理由が知りたくてしょうがなかったから。 この時期に突然花嫁修業だなんて、相手が出来た……としか。 (そんな……まさかな……) そういうのは困る……不安度マックス。 「というわけで、行ってくる」 「あ、私も……」 「諷歌はここで待機だ。俺の戦果に期待していてくれ」 「はい……」 帰ってきたとき、敗残兵になっているかもしれないけど……。 「失礼します、律です」 「律くん!?」 「諷歌に部屋の掃除中だって聞いて来ました」 「あっ、ちょ、ちょっと待って!」 バタバタと小走りに駆け回る音が聞こえる。 「よし……ど、どうぞ入って」 「お邪魔します」 「こほんっ、いらっしゃい」 「その……掃除したばかりだからホコリが舞っていると思うけど……」 「大丈夫ですよ、全然」 というか、それよりも重大な問題があるので気にしていられない。 「掃除……手伝いましょうか?」 「いや……いいよ、私が1人でやるから。それにここは私の部屋だしね」 それを言ったら、諷歌の部屋でもあるというのに。 当の諷歌は部屋から追い出されてしまっている。 1人で掃除をしなければならない理由。それは…… 「姫百合先輩が掃除してるのって、やっぱりあれですか? あの――」 「花嫁修業、のためですか?」 「ま、まあ……そんなようなものだね」 お茶を濁したような返事だけど、やっぱりそうみたいだ。 でもだとしたら、何故今になって……という疑問を、はっきりとした形で答えてもらわないと。 「どうして今になって?」 「それは……この前に言った通り年齢的な理由……」 確かにそれもあるのかもしれないけど……俺が聞きたいのはそうじゃない。 訊き方を変えよう。 「お家の理由とかも絡んでます……?」 「? どういうこと?」 「たとえば、お見合いとか……」 「ああ……ふふっ、違うよ。お見合いなんて私はしない」 一笑に付された。 けれど、お見合いはしない……その事実にそっと胸を撫で下ろす。 「前々からやろうとは思っていたことなんだ」 前々から……ってことは。 「まあ、なんというか……恥ずかしくて行動には移せなかったんだけどね」 「じゃあ、許婚さんとかですか……?」 良家の子女ならそういう人が居てもおかしくはない……。 まあ、住む世界が違うし想像でしかないけれど。 「まさか。いないよ、全くね」 「本当に!?」 「うん」 「お、おお……」 まだチャンスはある……ってことでいいのかな。 「家のことなら兄が全部背負ってくれたからね。私には誰も期待していない」 「期待してないなんて、そんな」 「そのおかげで家を継ぐとか、名家に嫁ぐとか……私はそんな役目を背負わず済んでいるんだ」 「そう、なんですか……」 言い方にちょっと物寂しそうな雰囲気。 けれど、許婚はいない……それが聞けて良かった。意外と、白神家は放任主義のようだな。 ……でも、まだ心配事はある。 もっと直接的に訊いてみよう。 「ちなみに、その……」 「恋人――彼氏さんのためだったり……?」 好きな人のために家事を頑張る。十二分にありえる話なだけに、恐る恐る切り出した。 「あ、ああ……そういう人は全く……」 「これまで私は、本当にそういうことを経験したことがなかったから……」 「ただ今風に言えば、女子力とでも言うのかな」 「私にはそういったものが欠けていると思うから、始めたかったんだ」 「そんなことないですって」 「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」 ただ1つ腑に落ちない点があるとすれば…… 結局のところ、今始めた理由になっていないということだ。 前からしたいという思いはあったのに、何故今始めたのか…… これ以上訊いても、はぐらかされてしまうだろう。 でも……許婚も彼氏もいないのであれば。 俺が告白しても、問題はない……よな。 「好きになった人に幻滅されたくないと、律くんも思わないかい?」 「はい、それは……」 「だから、私は……」 「いずれ、嫁ぐことになるだろうから……その下準備だよ」 胸がきつくなって、跳ねる。 その相手が俺ならばいいのに…… この人が、他の男の元へ行ってしまうなんて、俺は…… 「兄さん」 「ああ、諷歌」 「今日の兄さん、なんだかボーっとしてますよね。悩んでることでもあるんですか?」 「ん……まあ」 「まあそれはどうでもいいんですけど」 「どうでもいいのかよ」 「結局、先輩はなんて言ってましたか?」 「あ〜〜」 そういえば、諷歌は自分が邪魔だから追い出されんじゃないかと懸念していたんだっけ。すっかり忘れてたな。 (……言っちゃっていいのかな、これ) 口止めされているわけじゃないけど、花嫁修業は恥ずかしくて今まで行動に移せなかったと言っていた。 つまり――あまり人に言いたくはないことだったのかもしれない。 「諷歌が邪魔だったわけじゃないってよ。掃除を一生懸命やりたかったんだって」 「はぁ……良かった。それなら早く言ってください」 「ごめんごめん。想像以上に話が長引いちゃって」 「掃除も佳境みたいだったし、戻っていいと思うよ。俺もそろそろ部屋に帰るから」 「わかりました。では、また」 部屋に戻っても、脳裏に姫百合先輩のことが浮かんでは消える。 ……とっても重症。 「ただい……あれ、葉山はいないのか」 姿が見えなくて安心している俺がいた。 今の動揺具合を見られたら……バレてしまいそうだから。 『だから、私は……』 『いずれ、嫁ぐことになるだろうから……その下準備だよ』 あの言葉を思い返す度、胸が締め付けられる。 いくら姫百合先輩に彼氏も許婚もいないとあっても、こちらから行動を起こさない限り今の状況は何も変わらない。 今はまだ、いないと言っていた。 けど、これからは……? ……それから先は考えたくない。 だって、俺は先輩のことを…… 「ふぅ……」 先輩とはある程度の交友関係を築いているし、2人きりでのデートもした。 何気なく過ごしてきた日々は、着々と段取りを踏むための確実な一歩。 となると俺の主義的に、残るステップは…… 「告白……」 はっきり思う。俺以外の相手に姫百合先輩が嫁ぐなんて、一切断じて認めたくない。 だったらもう、この気持ちを伝える以外に道は……ない! 「告ろう!」 決めた。このもやもやした不安感を払拭するためにも、俺は姫百合先輩に愛を告白する。 そしたらまず、告白の段取り決めだ。 告白に最適ないい感じのムードを作って…… そのムードを作るためにも雰囲気のいい場所に誘う…… となると、デートに誘ってみるのも1つの手だな。 デートに誘って一緒にデートを楽しんで……その日の最後に告白を……。 「はああ……心配だ」 上手いことデートに誘えるかもわからなければ、上手に雰囲気を演出できるかもわからない。 何より今の俺は当たって砕けろの状態で……いい返事をもらえる自信すらない状態だ。 「でも、やらないと」 姫百合先輩を他の男なんかに盗られたくないだろう? そう思うだけでメラメラと闘志がわき立って、なんとしてでもやってやろうという気持ちになる。 「勝負は、早い方がいい」 天井に拳を掲げて、俺は静かに成功を祈った。 「突然ですが、先輩にお願いがあって……」 「お願い?」 「ああ、でもどうしよう……」 「遠慮しないでいいよ?」 「……いいんですかね」 「うん、何でも言って。私に出来ることならするから」 何でも…… 言うだけなら、何でも……いいよな。それなら―― 「で、では、その……」 「良かったら、パンツ……見せてもらえませんか?」 「ぱん……えっ!?」 「パンツを……見せていただきたくて」 「え、えっと……」 「冗談だと思われても仕方ありません……けれど、本気で見たいんです!」 「こんなこと姫百合先輩にしか頼めなくて……だから、お願いしますっ!」 「律くん……」 「この通りですっ」 膝と鼻の先がくっつくまで、頭を下げる。 「ああ、ええと……困ったな」 「と、とりあえず、顔を上げて……」 「やっぱり……駄目ですか?」 「あ、いや……うーん。そう、だね……」 「……」 「……わかった」 「え!?」 「付いて来て」 「はいっ!!」 「先輩の部屋……?」 「その、遠慮なく……と言い出したのは私の方だからね」 「まあ……あまり念入りに覗かない程度なら、タンスの中を見せてもいいかな……と」 ということは、先輩のパンツが見放題!? 「ん……これが私の」 「お、おぉぉ……」 先輩がタンスを開けて見せてくれる。 「これは……」 ただのタンスなのに、今は宝箱のように見えるぞっ!! 「これも、これも、これも……全部先輩のパンツ……」 先輩のパンツが選り取り見取り! しかも、すっごい良い匂いが溢れてきてるっ!! 「あ……私のは、いいけど……諷歌のタンスは開けちゃ駄目だよ」 「大丈夫です! 先輩のしか手に取りませんから!」 「……」 「……」 「ええっと、律くんは女性の下着に興味があるってことだよね……?」 「ああ、いや」 「あ、あれ、違った!?」 「違いますよ。下着に興味があるわけじゃありません」 「え……じゃあ、どうして」 「俺は……姫百合先輩の下着だから興味があったんです!」 「……っ!?」 とりあえず、キリッとして言ってみた。 「へ、へえ〜。そう、なんだ……」 これでも俺を変態扱いしない姫百合先輩……やっぱり優しい人だなぁ。 ここは、もうちょっと欲を出しても…… 「先輩」 「な、何?」 「パンツ、見せていただきありがとうございます!」 「あ、あまりパンツパンツ言われると、その……」 「ま、まあ……うん。喜んでいただけたなら何よ……って、何を言ってるんだ私は」 「でも、実はですね……もっと見たいものがありまして……」 「もっと!?」 「失礼を承知で申し上げますっ」 「ま、まあ、ここまで来たらブラジャーくらい……」 「お願いです! 今穿いてるパンツも見せてもらっていいですか!?」 「なあっ!? なに……をっ!?」 「どーーしても、見たいんです! どうかお願いしますっ!」 「いや、穿いてるのって……え? 穿いてるの……だよね?」 「そうです! 先輩のパンツ!」 「大きな声で言わないでっ」 「……先輩のパンツ」 「ちがっ! 囁くように言って欲しいという意味でも……」 「……」 「うぐ……そ、そんなに見た――」 「無茶苦茶見たいですっ!」 「そ、そうなんだ……しかも、無茶苦茶……」 「脱がなくていいですよ、たくし上げるだけで! こうドーンと!」 「……」 「パサーっと!! ふんどりゃーっと思い切って見せてください! それとも――」 「こ、こらっ」 「いてっ」 「も、もう……調子に乗っちゃ駄目だよ」 「あぅ……」 「駄目でしょ?」 「……はい」 「そういうのは、なんというか……もっと仲良い女の子相手じゃないと……」 「で、ですよね」 「だ、だからって、それ目的で私と仲良くしようとしても駄目だよ!?」 「わ、わかってますっ」 「なら、いいけど……」 「……」 「えっと……お腹空いてないかな?」 「ああ、そうでした! お昼の時間でした!」 「ふふっ、忘れるほど……って、その話はもうなしにしよう」 「お昼、一緒に食べようか」 「はい、是非!」 会話を盛り上げることも大事だけど…… 「先輩の唇……」 「ん……?」 先輩は、もぐもぐと小さな口を動かして咀嚼している。 そんな先輩の唇へと、俺の視線は向かっていた。 「あ……失礼。恥ずかしいところをお見せしてしまったかな……」 「ええと、付いて……あれ、付いてない?」 口に何かが付いてると勘違いしてる。 恥ずかしそうに慌てる姿が可愛い。 「付いてませんよ」 「そ、そっか……お弁当付けてるのかと思って焦ったよ」 「それじゃあ……何? 私、何かおかしいことしたかな?」 「いえ、先輩の唇……綺麗だなぁって眺めてました」 「唇がきれ……えっ!?」 薄桃色の血色のいい唇。 咀嚼する度に小さく揺れて、そのふっくらとしたぷるぷるの肉感から目が離せない。 「えと……初めて唇を褒められたよ……あ、ありがとう」 「触らせてもらっていいですか?」 「く、唇に!?」 「ぷるぷるしてるのが気持ち良さそう……」 「そ、そうかな……そうなのかな?」 こうして会話してる間にも、忙しなく唇は動く。 その吸い付きの良さそうなピンク色は、一体どんな感触がするんだろう……。 「ちょっと、変わってるね……律くん」 「そ、そうですか? とても魅力的な唇だと思いますよ」 「ああ、いや……唇に触りたいなんて……」 「その……どんな感触か試してみたくなっちゃって」 「……」 「先輩さえ良ければ、先っちょだけ……指の先っちょだけしか触れませんから」 「先輩の唇……触らせてください」 「……うん、わかった。それで良ければ……本当に先っちょだけだよ?」 「はいっ」 「じゃあ……」 「どうぞ」 ん……と先輩は、唇を突き出してくれる。 まるで今にもキスするかのように、目を瞑って…… 「……ごくり」 そんな先輩の唇に、俺はゆっくりと指を伸ばしていく―― 触れるか、触れないか……そのギリギリ。 薄っすらと開いた唇の間から、先輩の吐息が指にかかってこそばゆい。 「触り……ますね」 そう口にした途端、目の前の頬が淡く染まった。 (先輩も緊張……してるんだ) 驚かせないよう、そっと指を突き出す―― 「!?」 ぷるんっ。 「んっ」 柔らかいのに弾力がある……! 人生初めての感覚に、俺は驚きを隠せない。 自分の唇と全く違う……これが姫百合先輩の唇の感触……。 先輩のこの唇は、他人の身体に触れたことがあるのだろうか……? もしかしたら、世界で俺が初めて…… 「んぅ……んっ……律く――」 せっかくの機会。ツンツンして、その感触を楽しむ。 「ん……あ、あんまりつつかれると……んんっ」 「先っちょ、だけですから……」 「そ、それでも……んっ……だ、駄目……っ」 「んぅ、あっ……入っちゃ……んむっ!?」 にゅるんっ! 生温かく、ぬるっとした口内。 喋るために口を開いたため、すっぽり指が飲み込まれてしまった。 なんだこれ……すげえ気持ちいい! 「ちゅぴ、ちゅ……っぷはぁ……はぁ……」 けれど、その感覚も一瞬。 即座に指は解放され、外気に晒されてしまった。 残念……もうちょっと堪能したかったな。 「す、すまない……私の唾液が指に……」 「ああ、大丈夫ですっ! 自分で舐めとります!」 「ええっ!?」 「あ……流石に冗談ですけど」 「び、びっくりさせないで……本当に驚いたよ」 「つい舞い上がってしまって」 「そうなんだ……」 「……そうなんです」 「こ、こほんっ。それで……どう、だった?」 「すごく良かったです! 女性の唇ってこんなにもぷるぷるなんですね!」 「ん……そうだろうね。男性と比べると……」 「また……いえ、今度は口の中に指入れていいですか?」 「えっ」 「偶然入っちゃいましたけど、口の中も気持ちよかったなぁ……なんて」 「き、機会があったらね」 「わ、ありがとうございますっ!」 「あ……」 「……どうしました?」 「い、いや……本当に、機会があったらの話……ね?」 「はいっ!」 「えっと、あんまり期待はしないでくれると……」 「じゃあ、気長に待ってます!」 「う……」 「♪」 「はぅ……」 なんだか先輩の恥ずかしがってる姿も見れて、一石二鳥! もっともっと……先輩のいろいろ、知りたくなってきった! となると、次の話題は―― コンプレックスとか……姫百合先輩にはあるんだろうか? 「先輩は今、悩んでることとかありますか?」 「え……悩んでること?」 「いろいろお世話になってますし、何か俺の方で手伝えることはないかなって」 「そんな……気持ちだけで嬉しいよ」 「それよりお世話って……? そんな大層なことした覚えは……」 「初めてお会いした時、この学校のこととか説明してくれたじゃないですか」 「ああ……でも、そのくらいじゃないかな?」 「調理室の場所だったり、お風呂の使い時も教えてもらいましたよ」 「そ、そっか……そんなことまで覚えて……」 「こうしてお話出来るせっかくの機会なので、何も手伝えなくとも先輩のこと知れたら嬉しいです!」 「私のこと……知ろうとしてくれてるの?」 「もちろんですよ! こうして出会ったのも何かの縁だと思うんで、仲良くなりたいです」 「律くん……ありがとう」 「ええっ、お礼を言われるようなことなんて何もっ」 「あ……嬉しかったから、ついお礼を言ってしまった」 「……っ」 悶えそう!! 「しかし、悩みかぁ……」 「あ……コンプレックスとかは?」 「コンプレックス……」 「自分に出来ないこととか、コンプレックスに繋がると思うんですよ。けど、先輩は何でも出来そうですし……あるのかなぁって」 「あるにはあるけど……笑わないでくれる?」 「笑いません!」 「実は、その……中性的に見られること……なんだ」 「中世的に……? 中世ヨーロッパ貴族のように高貴って見られると……」 「ああ、女なのに男っぽいって意味だよ」 「あっ、そっちの中性……でも、どこが中性的なんですか?」 「うーん……全体的にじゃないかな」 「そうは見えませんけど……」 「喋り方も他の子達と違うのはわかってるんだけどね……染みついてしまってるものだから」 「優しくて柔らかい喋り方で、男っぽさなんて感じませんけど……」 「じゃ、ちょっと練習してみます?」 「え?」 「姫百合先輩の思う女の子っぽい喋り方」 「ど、どんなだろう……」 「例えば……『キャピッ☆ キャピキャピッ☆ 私白神姫百合にゃんっ♪』とか」 「!? ……そんな喋り方をしてる女の子っているの?」 「たまにそんな喋り方をしてるのを見たことがあります」 ……アニメとかで。 「そ、そうなんだ……」 「リピートアフタミーします?」 「キャピッ☆ キャピキャピッ☆ 私、白神姫百合にゃんっ♪」 「にゃんっにゃんっにゃんっ♪ ハイッ」 「にゃんっにゃんっにゃんっ♪」 「ちょっと色っぽく〜! にゃぁ、私と……にゃんにゃんしよ?」 「にゃぁ、私と……にゃんにゃんしよ?」 「ぐっは!!」 ダイナマイト級の破壊力! 「こ、これ以上は無理かもっ」 「で、ですよねっ」 俺の方がもたなそうだった。 でも、すぐノッてくれるところがいいなぁ。 「ま、まあ……コンプレックスについてはそんな感じかな」 先輩のコンプレックス、聞けて良かったけど…… 俺では役に立てそうにないなぁ。 詳しく聞くのは、また機会がある時にでもして―― 「あの……先輩ってハンバーグ好きなんですか?」 「え?」 「それじゃあ、終わった後は予定空いて……」 「うん、空いてるよ」 「なら、一緒にLOS-トンTAで遊びませんか!?」 「えるおーえす……?」 「あ、携帯ゲーム機の名前です。やったことなくても楽しく出来ますので!」 「ゲームか……本当に一度もやったことないけど、大丈夫かな?」 「大丈夫です!」 「……下手で困らせてしまったりしない?」 「モーマンタイです!」 「なら、やってみようかな……終わった後でいいんだよね?」 「はい」 「どこに行けばいい?」 「んーっと、じゃあ寮のロビーに来てもらえます?」 「うん、わかった。後でお邪魔させてもらうね」 「お待ちしてますっ」 ピコピコピコ。 姫百合先輩が来るまで1人でプレイ中。 最初は画面を覗きに来る人もチラホラいたけど、見るだけじゃ飽きてしまったのか、みんな自室に戻ってしまった。 「っと、ここはオナーオブダイナスティで牽制!」 「ふぅ……危なかった」 そろそろ先輩の仕事も終わる頃かな……? 「……」 お? また誰かがゲームを覗きに来たみたいだ。 画面に影が落ちるからわかる。 今度は誰だろう? 「……」 「って、姫百合先輩!?」 「あっ、ごめん! 驚かせるつもりはなくてっ」 「い、いえ、どうしたんですか!? 声掛けてくれて良かったのに」 「熱心にやっていたから、終わった時にでも……と思っていたんだ」 「そ、そうだったんですか……あ、お仕事お疲れ様です」 「ありがとう。お待たせ」 「どうぞ、隣に」 「うん」 ソファに腰掛ける姫百合先輩。 それだけで、ふわっといい香りが漂った。 「早速やります?」 「えと……見てた感じ、私には難しそうだったけど……」 「ああ、今のは暇潰しにやってただけなんで! 簡単なのもありますよ」 「簡単なの?」 「というわけで……じゃじゃーん! クイズゲームです!」 「クイズも出来るんだ……」 「はい、これなら練習の必要もないですし」 「おお……近頃のゲームはすごいね」 「あ、いや……結構前からそういうゲームはあったり」 「そ、そうなんだ……すまない、本当に知識もなくて……」 「気にすることないですって! そのためのクイズゲームです!」 「でも……それは律くんも楽しめるの?」 「クイズは知恵を出し合った方が面白くないですか?」 「なるほど……2人のコンビプレイで攻略していくんだね」 「ですです。先輩さえいれば無敵!」 「そんなことは……でも、足を引っ張らないよう頑張るよ!」 「頼もしいっす」 「それでそのクイズゲームは、どうやってしたらいいのかな?」 「制限時間内に問題の正解を、4つの回答の中から選ぶ4択クイズですね」 「あ……テレビ番組でそのようなもの見たことあるかも」 「そうそう、そんな雰囲気だと思ってもらえれば」 「問題は難しい?」 「選べますよ、常識問題から専門的なものまで。最初は難易度イージーでやってみましょうか」 「うん、頑張るねっ」 ゲームは初めてだと言っていたけれど、思いの外ノッてくれてる姫百合先輩。 これは楽しい時間が過ごせそうだ! 「第1問……俗に“恋のABC”と言われている男女交際における順序。Aは何のことを指す?」 「これは……」 「恋のABC……? 律くん知ってる?」 まさに段取りズムじゃないか!! 「……せ、先輩は?」 「初めて聞いた……とりあえず、解答を見てみるね」 「えっと……1番は頭を撫でる、2番キス……? 3番は……えっ!?」 「わわっ、これ何のジャンルでしたっけ!?」 「あの、その……雑学、なんだけど……」 こんな問題が入ってたなんて…… 先輩、真っ赤になっちゃってるし! 可愛いよ! どうしようっ!! 「そ、それで答えは……?」 「あ、ああ……2番のキス、です……」 「そう、なんだ……キスがA……」 「……じゃあ、Bは?」 「えっ!? ええっと……」 「あ、問題の続きっ! 制限時間がっ!!」 「そ、そうだった! 次は……紅茶の種類!」 「これなら私にもわかるよ! 紅茶の種類にない名前は……だから、3番のグリ茶だね!」 「おおっ、正解です!」 「良かった……こういう問題なら私でも出来る」 「この調子で、どんどん正解していきましょう!」 「うん!」 1問目が出た時は、流石に冷や冷やしたけれど。 その後の問題は、2人で力を合わせてクリアしていき―― 「すごい、初めて全問正解しました!」 「ほっ……制限時間が結構な曲者だったね」 「ですね。考える時間をあまり与えてくれなくて」 「律くんが物知りで助かったよ」 「先輩こそ」 「2人合わせて丁度良いくらいの難易度だったかな」 「ふぅ……ちょっと喉渇かない?」 「結構ヒートアップしました?」 「ふふっ、そうみたい。すごく楽しかったから」 「俺もです。喉もカラッカラになるくらい」 「じゃあ、お茶にしようか」 「はい!」 「淹れてくるから、ちょっと待ってて」 「ありがとうございますっ」 今日はゲームも白熱出来た上に、先輩とお茶も出来て……いい日だ! 「はい、どうぞ」 「早っ!?」 「自分で淹れようと思ったんだけど、そこでシャロンとすれ違ってね。持って行っていいって」 「これが……メイド術っ!!」 「くすくすっ、私も驚いたよ」 「あ、喉渇いてるだろうけど熱いから注意してね」 「はい、いただきます……ずずっ……ああ、美味い」 「うん……美味しいね」 熱いお茶を喉に流し込んで、ホッとひと息。 「あの……今日は一緒にゲーム出来て、本当に楽しかったです」 「私の方こそ、誘ってくれてありがとう。とても楽しませてもらったよ」 「良かったら、またしましょう」 「うん」 「ずずっ」 「……ふぅ」 「そういえば、さっき結城さん達と話してるようでしたけど……」 「ああ、うん……体育の授業、見られてたみたいでね」 「それだけで、あんなキャーキャー言われてるんだもんなぁ。モテモテですね」 「よ、よしてよ、恥ずかしい」 「生徒会のお仕事、手伝いますよ!」 「え?」 「どんなことするのかわかりませんけど……自分に出来ることがあるなら手伝います!」 「ありがとう、律くん」 「けれど、そうだね……気持ちだけ受け取っておくよ」 「俺じゃ使い物になりませんか?」 「ああ、そうじゃないんだ。今日は人手が必要なものじゃなくて……ね」 「あ……そうですよね。すみません」 「いやいや……せっかく申し出てくれたのに、ごめんね」 「いえ! それでは、お仕事頑張ってください!」 「あ……うん、行ってくるね」 「ぐてー」 暇だ……。 葉山は図書館行っちゃったし、先輩には断られちゃったし……1人の放課後は寂しいなぁ。 「お?」 ノックの音が聞こえた。 「はーい、どうぞー」 ……。 気のせいだった? あ……開いた。 「お邪魔、します」 「あれ……姫百合先輩?」 手にはお盆を持って……ああ、それでドアを開けるのに時間が掛かったんだ。 「どうしたんです?」 「生徒会の用事が終わったから、その……一緒にお茶でもどうかなと思って」 「俺とですか?」 「うん、律くんと。迷惑じゃなければ……いいかな?」 「迷惑だなんてそんな! 是非ご一緒させてください!」 「良かった……」 「あ、こちらにどうぞ」 「ありがとう」 腰を下ろしてもらって、俺も向かい側に座った。 「でも、いきなりどうしたんです?」 「あ、特に用事はないんだけど……」 そうは言ってるけど、何かありそうな表情だ。 「もしかして、生徒会の仕事断ったこと……気にしてます?」 「えと……うん」 「全然気にしなくて大丈夫ですよ。ただの思い付きでしたし」 「でも……」 本当に些細なことなのに、気に掛けてくれる。 こういうところが、みんなに慕われる要因なのかも。 「じゃ、せっかくなんでお茶を楽しみましょう! 無理してないですよね?」 「無理なんてそんな! ただ素直に、君とお茶したかったんだ」 「そ、それは……照れますね」 「あ……うん」 「そういうことさらっと言えちゃうから、先輩はモテモテなんですね」 「え?」 「いつもみんなにキャーキャー言われてるじゃないですか」 「そ、そんなことはないよ」 「まあそれも、律くんや葉山さんが来てくれたおかげで減ったんだよ」 そうだ……ミスティックについて聞くところから切り出してみよう。 どんな授業を受けているのか分かれば、話題も広げられるかもしれない。 「ミスティックの授業って放課後までやってたりしないんですか?」 「時々あるね。魔法研究の手伝いをすることもあるから」 「助手みたいなことを?」 「私はやってないけど、助手くらいのことをやってる人もいるよ」 「へぇ。ミスティックってそんなこともしてるんですか」 「うん。この前やったのは、疑似的に魔法が掛かっているように見せる魔法の研究だった」 「掛かっているように見せる? それって、意味あるんですか?」 「魔法を使ってウソをつく、偽物を用意する……魔法のイメージにない?」 「……なるほど、あります」 手品師のことをマジシャンって呼ぶよな。 「いるんだよ。自分の身代わりを置いて外に遊びにいくような人もね。偽物を用意する魔法の典型だね」 「それはまた……魔法の無駄遣い?」 「そうだね」 「そしてね、こういう研究をすることで、逆に見破る術も見つかるんだ」 「魔法の仕組みを知る研究としては、むしろオーソドックスと言えるかな」 「うむむ……なるほど……」 魔法の研究ってずいぶんと奥が深いんだな。 「勉強になりました」 「うん。それは何より」 「それで今日はその研究の手伝いってあります?」 「俺のことを飼育してくれる約束です」 「え……?」 「ご、ごめん。聞き間違いかもしれないから……もう1回言ってもらえる?」 「はい。“俺のことを飼育してくれるって約束”です」 「……」 「俺のことを飼育してく――」 「ああ、いや、聞こえてる……けど、そんな約束した覚え……」 「……あれ?」 「私がした覚えがないんだけど……」 「……いやでも……してくれたと考える方がしっくりきます」 「……」 「ええっと……勘違いじゃ、ないかな……? それに飼育って……」 「合ってませんか? 俺と姫百合先輩の関係ならありだと思うんです」 「そ、そうかな……」 「……いやぁ、やっぱり違うような」 「じゃあ、今約束してください!」 「そ、そんな、唐突に……」 「先輩が約束を忘れさえしなければ……」 「それは本当に……ごめんね。私も君を疑いたいわけじゃ……」 「なら今、約束してもらえます?」 「う、うーん……」 「俺もアルパカさんみたいに毛繕いされたいんです!!」 「そ、そういう意味なのっ!?」 「ご飯食べさせてもらったりもしたいっ! いつも隣で姫百合先輩の温もりを感じたいっ!」 「だから、どうか! どうかご慈悲をっ! 先輩の使い魔になって、飼育されたいんですーっ!」 「……」 「その……君の気持ちはわかった……と思う」 「じゃあ!」 「けど、ごめん……そうは言っても、私にはもう使い魔がいるんだ」 「あ……」 そうだ。姫百合先輩にはもう……使い魔が…… 使い魔のシェリー。まさか、こんなところで対峙することになろうとは…… 「見てるだけで癒されるんだ」 といっても、ただ踊ってるだけじゃないか。 「お、俺の方が、姫百合先輩の使い魔に相応しいと思います!」 「えっ?」 びくっと、シェリーも反応した。 「い、いや、そんなこと言われても――」 「きっと俺なら、先輩にとって最高の使い魔になれるはずです!」 「だ、ダメだよ……これ以上、使い魔は増やせないんだ……すまない、律くん」 「そんな……」 一気に肩の力が抜けていく。 ライバルのシェリーは、俺の目の前で黙々と踊り続けて…… 「むむ……」 くうっ……確かに癒されるけども……!! 俺は……諦め切れないっ! 「ではっ、俺を……いやっ、私めを姫百合先輩の卑しい召使いにしてくださいっ!」 「え、ええっ!?」 「お願いします! 卑しい召使いでどうか手を打ってください!!」 「ちょ、ちょっと、何を言って……! そ、それに卑しいって……え? どういう……え?」 「まさか、それもダメって言うんですか……」 「ご、ごめん……召使いも、実家にいるんだ」 「な、なんと……」 「な、なら……それなら、俺は……」 「そんなに……諦め切れないの?」 「諦められませんよっ! 諦められるわけがないんです!」 「そう、言われてもな……」 こうなったら―― 「俺を奴隷にしてくださいっ!!!!!」 「なッ!?」 俺は土下座した。 全身全霊――頭を床に擦りつけるRUB土下座! 「お願いしますっ!!」 「あ、い……いやいやいや、それはないと……」 「お願いです! ありと言ってくださいっ!」 「え、えぇ……」 「あなたは私めの光であり、王であるのですっ!」 「お、王っていきなり!?」 「いきなりじゃありません! ずっと、ずっと……そうでした!」 「私めにとってあなた様は……だから、どうかっ! どうかっ!」 「あ、う……」 「女王様!」 「女王、様……」 「はい、女王様です!」 「……」 「それは君が私に望んだもの……?」 「もちろんですっ! いえ、もちろんでございますっ!」 ずりずりと、俺は頭を擦り続ける。 奴隷にしてもらうまで! 俺は! 土下座を! やめないっ!! 「ああっ、額から血がっ」 「後生ですから! 後生ですから!」 「り、律くん……」 「どうか、どうか……お願い……しま……」 「……」 「だ、ダメですか……」 「もう、頭を擦りつけるのはやめてくれ……」 「む、無理です……あなた様に女王になってもらわないと……やめ、られません……」 「そんな……」 「ずっと、ずっと続けます……」 「……」 「で、でも、やっぱりそのままじゃ……早く手当てしないと、死んじゃ……」 「それでもですっ!! 俺は……姫百合先輩に……女王になって、もらいたいんです……」 「……」 「……わかった」 「……え」 「ほ……本当ですかっ!? 本当に、いいんですかっ!?」 「うん、二言はないよ」 「本当に……」 俺の女王様になってもらえたのか!? 「困ったね……君にはやられたよ」 「い、いいんですよね……?」 「うん……けれど、私は女王のなんたるかを知らない」 「だから……君が私に、教えてくれる?」 「ああっ、なんてあなたは素敵な女王様なのですかっ! もちろんですとも!」 「生まれながらの女王とはあなたのことですっ」 「君の気持ちは十分伝わったから……君が望むなら、精一杯女王になりきってみせるよ」 「女王様……早速ですが、私めに下僕としての誓いを立たせて下さいませ」 「わ、わかった……では、こほん」 「夏本律……君は私の下僕として、一生忠誠を尽くすことを誓いますか?」 「はい、誓いますっ」 「うん、よく言ってくれた……これで今日から、君は私の下僕……ということなんだね」 「見に余る光栄でございますっ!!」 「今後ともよろしく」 「はいっ!!」 こうして俺は、姫百合先輩……いや、唯一にして無二の女王様の下僕となった。 下僕となってからの日々は、十分過ぎるほど充実したものだった。 靴磨きに、髪梳かし、そして湯浴みまで……彼女の身の回りのことは全て俺に任された。 女王様も、日を重ねる度に風格を増していき―― 俺にとって、最高の女王様へと変貌を遂げていた。 「ん? どうしてこんなところに段差が……?」 固くて冷たいヒールが、俺の背中に突き刺さる。 「じょ、女王様……それは私めでございます」 這いつくばりながら、なんとか腹の底から声を出す。 重いし、痛い……女王様の体重が完全に背中に乗っている。 「これは……」 「ごめんね。気付かなかったよ、律くん」 そうは言っても、足を退かす気はないらしい。 「い、いえっ……大丈夫でございます」 手の平と膝に痛みが走る。 せめて地面がじゅうたんであったなら、この痛みも和らぐのに。 「それで、君はどうしてそんなところで這いつくばっているの?」 「そ、それは……」 「もしかして、床を舐めるのが好きなのかな?」 「ち、違いますっ」 「ではどうして?」 「あなた様……女王様に這いつくばれと、言われたからです……」 「……私が君に命令したと?」 「え、えっと……」 「君は自ら這いつくばっているんじゃないの?」 「す、すみませんっ! 私めは……自分から這いつくばったのです」 「そうだよね。君は自ら平伏したわけだけど……拒もうと思えば拒むことは出来るでしょ?」 「そうでございます……」 「じゃあ、拒まなかったのはどうして? 君は地べたに這いつくばるのが趣味なの?」 「……卑しい私めは、女王様に踏んでもらいたくて這いつくばっているのでございます」 「私に?」 「はい……女王様のその御御足で」 「なんて贅沢な」 「す、すみません……けれど、思い切り踏んで欲しいのです」 「今も乗せているのに。それだけじゃあ足りないというの?」 「足り、ないです……ぐいっと押し付けて欲しいんです」 「……それは私への命令? 君は私に命令するつもりなの?」 「滅相もないことでございますっ! 私めが命令などと……そんなことは一切ありませんっ」 「じゃあ、私が君の言うことを聞く必要はないよね」 「……」 女王様の言葉攻めが続く。 どうして欲しいかわかっているはずなのに……。 それなのに女王様は、素直にそれを実行してはくれない。 焦らしているんだ。 俺が懇願するのを、愉しみに待っているんだ……。 「黙ってないで何とか言ってくれないかな。君は私と会話をするのが嫌なの?」 「す、すみませんっ! そういうつもりは全くなくて!」 「まさか、女王である私を差し置いて……1人で考え事してたわけじゃあるまいね?」 「それ、は……」 「図星なんだね」 「すみません、すみませんっ! もっと女王様にいじめていただきたいと、頭の中で妄想してしまいましたっ」 「……妄想を? 虐げられて興奮するなんて……君はとんだド変態だ」 「申し訳……ございません。ご存じの通り……私はド変態のマゾ男でございます」 「私は君を軽蔑するよ」 「……っ」 「だから……お仕置きをしないとね」 「お仕置き……」 「君はされるがままだよ。抵抗は許されない。お仕置きだからね」 「今日はずっと、私に付きっ切りで……お仕置きをされるんだ」 「今日はずっと……」 「異論はないね? あっても、君に拒否権はないのだけれど」 「異論などございません……女王様のお仕置き、この身をもって身体に刻み込ませていただきます」 「ふふっ。では……」 「あうっ!!」 強烈な痛みと共に、小気味良い鞭声が鳴り響いた。 「どう? 私のお仕置きは」 「さ、最高でございます……もっと、もっとお仕置きしてくださいませっ……」 「なんてふしだらな……こんないやらしい下僕を私は持った覚えはない」 「そんなこと仰らないでください……卑しい私めですが、れっきとしたあなた様の下僕でございます」 「それなら、その証拠を見せてくれる?」 「しょ、証拠と言われても……」 「がァっ!!」 痛い、肌がヒリヒリするっ! けれど…… 最高に気持ち良いぃぃっ!! 「わ、わかりましたっ! 証拠と言うならば、このお仕置き……最後まで耐えきって見せましょう」 「何を言って……むしろこのお仕置きを一番愉しんでいるのは君でしょ?」 「耐えきるなんて簡単過ぎる」 「で、ではどうしたら……」 「私を満足させてみるんだ」 「女王様を……?」 「下僕というからには、主人を満足させるのは当然。それを今実践してみて」 「お、仰る通りでございますが……」 どうしたら女王様を満足させられるんだ!? いつも俺は、自分ばかりが満足して…… 「いい、考える必要はないよ」 「えっ……?」 「君はただ……私にその可愛い鳴き声を聞かせてくれるだけでいいから」 「はうぅっ!?」 「ああ……いいね。その声……その調子でもっと」 「かっ……くぁあっ!!」 「ふふっ、本当にいい声……」 「いやしい下僕を満足させるのも主人の務め……いい声を聞かせてくれたご褒美に、存分に悦ばせてあげるよ」 「は、はい……っ! ありがたき幸せ……もっと、もっといじめてくださいませ!」 「ああっ♪ あああああッ!!」 これこそ女王様の愛! 愛ゆえに女王様は叩いてくれている、ここまでやってくれている! この時をずっと……俺は待ち望んでいたんだ! 「んんぅ、駄目だ……下僕の君がそんな風に喘ぐから、私もなんだか……ああっ」 「女王様も……感じてくださってるのですか?」 「ンガッ!?」 「君は何も言わずに……ただ喘ぎなさい」 「私のために、いっぱい喘いで……もっと私を感じさせて」 「は、はいぃっ!」 「あッ、クゥ♪」 「ああっ、すごい感じる……君の喘ぎ声……私、もう……こんなに濡れて……」 横目でちらりと見ると、太ももまで垂れるほど、女王様は愛液を溢れさせていた。 「はぁはぁ……お仕置きが終わったら、今度は大きくなったそれも……私が悦ばせてあげる」 「ほ、本当ですか!?」 「その代わり……ああんっ……私が10回イクまで……んくっ、イクの禁止……だからね」 今日も俺は女王様の卑しき下僕として、淫らな1日を送ることになる―― ショッピングモールでお買い物……女の子とデートならここかな!? 「買い物なんですけど……付き合ってくれますか?」 「もちろん。というより、私で大丈夫?」 「はいっ、大きな荷物にはならないと思いますし」 「ん、わかった」 「それじゃ、着替えてから行こうか」 「はい! 3分で着替えてきまっす」 そうして、買い物デートを終え―― 「ふぅ……助かりました。意外と必要なもの持ってなかったんだなぁ」 「突然連れて来られたわけだしね……それに、女子しかいない学校だから」 「ですね。買い物出来て良かったです」 「あ、先輩は何も買わなくていいんですか?」 「私? 私は大丈夫だよ」 「君と一緒に買い物出来ただけでも、楽しかったし」 「え……」 「あ……ああ、それより買い物だけで良かった? 他にしたいことなかったの?」 「こうして一緒にデー……こほんっ、お出掛けしてもらえるだけで俺は満足です!」 「そ、そうやって上手いことを……」 「本当ですよ」 「うん……ありがとう。私も律くんのこと、前よりもっと知れて……充実した1日で良かったよ」 「本当ですか?」 「うん。男の子との買い物も……初めてだったしね」 「良かった……退屈じゃないかと心配だったんで」 「そんなことないから安心して」 「先輩……」 「今日ご一緒して、先輩が慕われてる理由、わかった気がします」 「映画、見に行きませんか?」 「それって……」 王道、映画デート!! 「チェックしてた面白そうな映画が、もう公開されてるはずなんで行きたくて」 「……どんな内容なの?」 「スピーディなアクション映画を謳ってましたけど……興味なければ他のでも大丈夫です!」 「そんな、せっかく見たい映画なんだから付き合うよ」 「いいんですか?」 「そのような映画を見るの初めてだけどね、何事も経験だと思うし」 「わかりました!」 「しかし、映画か……最近はめっきり行かなくなってしまっていたから楽しみだ」 「今はレンタルで見れる時代ですしねー」 「それもあるし、ここに来てからというものメディアには疎くなってしまってね」 「なるほど、テレビもないから……」 「うん、たまに雑誌とか見たりするくらいで」 「っと、上映時間の問題もあるし、そろそろ行く?」 「あ、そうですね。身支度済ませたら、すぐ出発しましょう!」 2時間に及ぶ上映は、あっという間だった。 「おぉ……まだ心臓がバクバクいってる」 「終わっちゃったね……すごい迫力だった」 「ラストに掛けての展開がもう熱くて!! 気付いたら息してませんでした!」 「うんうん、つい前のめりになってしまったりして」 「先輩もですか!?」 「そうそう、同じタイミングで」 「おぉ、そんなことが……映画に夢中で気付きませんでした」 「最後2人が再会を果たして……見事恋も成就して……」 「もうウルウルでした! アクションに恋愛……やっぱりハッピーエンドは見ていて気持ち良いですね!」 「楽しめた?」 「はい! 先輩は?」 「私も。あんなに白熱して映画を見たことないくらい」 「帰ったら諷歌に、今日の映画のこと教えてあげようかな」 「そんなに気に入ってくれたんですか?」 「うん。律くんベストチョイスだよ」 興奮冷めやらないという感じ。 暫し、映画の話で盛り上がった。 「さて、これからどうしましょうか」 「他に寄りたい所は?」 「うーん、そうですね……」 「特にないなら……ちょっと歩こうか。せっかく外出出来る機会なんだし」 「はい、そうします!」 そうして、俺達はショッピングモールまでやってきた。 「結構学生が多いですねー」 「普通の学生は帰り道だったり、寄り道したりで、この時間よく通るからね」 「あ……そっか」 イスタリカで暮らすことに慣れてしまったけど。 元は俺も……魔法の力さえなければ、あの中にいたかもしれないんだ。 「……今までの生活が恋しい?」 「いえ、全くそういうのはないですよ」 「これっぽっちも?」 「はい。確かに最初は戸惑いましたけど……寮生活、楽しいですから」 「……それは、女の子ばかりだから?」 「まあ、ないとは……言い切れませんね」 「ふふっ、正直だね」 「先輩は恋しかったりしないんですか?」 「私もそういうのはないかな。早く魔法の力をなくしたいとは思うけどね」 「不安定な力……だからか」 もっと緻密に制御出来るものならば、魔法は便利でこの上ないものになるだろうに。 そうもいかないのが、この世の中ってことか。 「うーん、特にどこも寄る必要はなさそうですねー」 「大丈夫? 買い物とか」 「今のままで生活は困ってませんし……はい、大丈夫だと思います」 「そっか。本当にただ映画を見に来ただけになってしまったね」 「俺としては、先輩と映画を見れただけで大満足な1日ですよ」 「も、もう律くんは……」 「でも、私も……大満足な1日だった」 先輩も…… 「律くんのこと、もっと知れた気がするしね」 「そ、そんな嬉しくなっちゃうことを軽く……」 「なんとなく先輩がみんなから慕われてる理由、わかった気がします」 「結構食べに来たりしてるんですか?」 「……それなりかな? 食べたいと思った時に来る程度」 「それなのに先輩……細いですよね」 「え? そう、かな……そんなことはないと思うけど……」 「スタイル抜群だと思います!」 「いやいや、着られなくなった服も多くて……」 「じゃあ、スリーサイズいくつなんですか!?」 「ええっ、スリーサイズ!?」 こうなったらド直球だ!! 「はい、スリーサイズ教えてください!」 「ええと……」 「それともメジャー持ってるんで、今測りましょうか?」 「や、それは大丈夫っ! 覚えてるからっ!」 「それは残念です」 「というか、よくメジャー持ってたね……」 「必需品です、必需品。それで、覚えてるなら……教えてくれませんかね?」 「き、聞いてわかるの……? 男の子は測ったりしないんじゃない?」 「上からバスト・ウエスト・ヒップですよね、完璧ですっ」 「わかるんだ……」 「バストは?」 「えと……きゅ」 「きゅ?」 「じゅうに……」 「92!?」 「こ、声が大きいよ、律くん……っ!」 「び、びっくりして……それで、何カップなんですか?」 「それも聞くのっ!?」 「もちろんです」 「うぅ……」 「92というと……Eくらいですか?」 「……えふ」 Fカップ!!!!!! 「すごい……」 「やっぱり太って……」 「違います、違います! 胸が大きいのは魅力的でいいことです!」 「そうなのかなぁ……胸のせいで着れなくなった服も多いのに……」 他の女子が聞いたら、なんて羨ましい悩みと思うことだろう。 「それでウエストは?」 「……40に19足した数?」 「59! ほっそ!!!」 というか、何でクイズなんだ。 「それでも、他の女の子に比べたらどうか……」 「先輩は身長も胸もあるんですし、全然問題ないですって! ちなみに身長はいくつなんですか?」 「166cm……身長も女の子っぽくない……」 「もう、気にし過ぎですよ! あ、166ってことは、丁度俺と10cm差ですね」 「おぉ……律くんは176cmか。大きいね」 「普通ですよ」 「そんなことは。私も見上げなければならない位置だし」 向き直って、先輩がじっと見てくる。 ……近い。 女の子が、こんなすぐ傍に……。 「そ、それじゃ、最後にヒップ! いくつですか?」 「結局全部言うことになるのか……」 「バストが92だったってことは……」 「バストのマイナス3cmだよ」 「……やっぱり」 上から92の59、89―― 「ナイスバディだっ!!」 「なっ!?」 「メモしよ、メモ」 「メモしないでぇっ!!」 「なーんて、冗談です。ほら、ペン持ってないですし」 「もう〜、律くん」 「すみませんって」 「はぁ……ずっとドキドキしっぱなし……」 「それで、まだ質問があるんですけどいいですか?」 「まだ!?」 「はい!」 「ま、まあ……恥ずかしくない質問なら」 「誕生日とか、血液型とか、好きな食べ物とか――」 「好きな男性のタイプ……とか」 「だ、男性のタイプ……」 「どうです……?」 「考えたことなかった……けど、強いて言うなら誠実な人……?」 「誠実な人……か」 「誕生日は6月27日で、血液型はO型。食べ物は……スイスロールとかも好きだよ」 ……やっぱりメモしたいかも。 「あ、今日って生徒会の仕事ありました?」 「なかったよ。だから、こうして買いに来れたんだけど……」 「俺に見つかっちゃったと」 「……うん」 「誰にも言いませんから!」 「ありがとう」 「そうそう、生徒会の話に戻りますけど、頻度的にはどんなものなんですか?」 「うーん。時期にもよるかなぁ……引き継ぎ前は特に忙しかったり」 「ほうほう」 「姫百合先輩は、立候補して生徒会長になったんですよね?」 「うん」 「なるほど……」 「やっぱり、姫百合先輩的には生徒会を任せられる人が良かったり……ですかね?」 「え? 何が?」 「好みの人……」 「こ、好みの人!?」 「どうですか?」 「ええ、そうだな……出来ないよりは、出来る人の方が良いんじゃないかな……?」 「ですよね……うん、そうですよね」 「……どうしたの、律くん?」 「俺、決めました!」 「な、何を?」 「俺、生徒会長に立候補しますっ!!」 ――それから俺の選挙活動は始まった。 「どうか、どうか夏本律に清き一票を〜」 「わたくし夏本律が、ウィズレー魔法学院の生徒会長として選ばれた暁には――」 「より良い学院生活を送っていただくために、食堂の食材を更に豪華なものへ!」 「なっ!?」 「図書館の開架は漫画本を5割にして、誰でも足を運びやすくするように!」 「……」 「さらには、新入生を魔法学院に馴染ませるための“はじめての説明教室”を新設したいと思います!」 「あ、担当は暇そうなメアリー先生で」 「おいっ」 来る日も来る日も、選挙活動を繰り返す―― 多くに訴える演説もさることながら、学校の1人1人に挨拶をして回るドブ板選挙活動もやった。 さらに先生たちへの挨拶も忘れない。 メアリー先生には随分とお金が掛かった。 ランディにはいい顔しすぎて、危うく貞操を奪われるところだった。 危ない目に遭いながらも、しっかりと段取りをこなして進撃の手を緩めない! ただひたすらに、生徒会長だけを目指して!! そして、ついに―― 「律くん、任せたよ」 「以上、前生徒会長白神姫百合より」 この瞬間、夏本律は生徒会長へと就任した。 見事俺は……当選を果たしたのだ!! 「改めておめでとう、律くん」 「ありがとうございます」 「ずっと君の頑張りは見てきたよ。お疲れ様、よく頑張ったね」 「いえ、姫百合先輩のご支援があってのことですよ。それに本番はこれからですから」 「そっか。今日はゆっくり休むといい、疲れたでしょ」 「そうですね……これからのこと、ゆっくり考えようと思います」 「この学校をより良くするために」 「肩肘張らない。律くんなら大丈夫だから」 「はい、気楽にします」 「ん、それがいいね。じゃあ、用事があるから私はこの辺で」 「はい」 「……」 そうして、先輩は部屋を出て行った。 「くっくっく」 しかし、笑いが止まらない。 誰も気付いていない。誰も気付きやしない。 俺が何のために生徒会長へと立候補したのか……その本当の意味を。 その時になって初めて知るのだ。 俺の野望は、今を以て始まったのだから…… 「支配か……」 これからだ……全てはこれから。 いずれ、この学院の全てを手中に…… さて、まず手始めに……誰を陥とそうか。 月日は流れ―― 「ふぅ……」 日課の水やりが終わった。 草木の世話をする。 部下に、そのような雑務は王がしなくてもと言われ続けたが…… 執務の合間に行うこのひと時が、次の政策について考える時間なのだ。 「くくっ、次は誰を側室にするかな」 もう既に4人を手籠めにすることに成功した……が。 まだだ、全員を侍らせなければ意味がない。 “生徒会王”の異名もついた俺でも、まだ全員を手籠めにするに至っていない。 ……しかし、まだ時間はたっぷりある。 ゆっくりと、確実に……この学院の全てを自分のものにするために。 俺には今日も執務が控えている。 けれど、それが終わった後は…… 「さて、今夜の相手は誰にしてもらおうか……」 昨夜はオリエッタが夜伽相手だった。 一昨日は葉山で…… そうだ、今日は諷歌を呼ぶか? あの大きな胸を弄ぶのは絶品だ。 恥ずかしがりながらも、嫌と言えないあの態度がいい……今日も存分にいじめてやるか。 「ははは、もはや学生寮は俺の後宮だな……」 いずれ全員を陥落させてみせるがな。 「……ん?」 足音が近付いてくる。 「我が君、こちらでしたか」 「ああ、姫百合先輩か」 「からかわないでください、我が君……」 「なんて呼んで欲しいんだったか?」 「呼び捨てで……お願いします」 現在、姫百合は俺の正室だ。 側室のオリエッタ、葉山、諷歌に正室の姫百合…… 最初に姫百合を陥落させたのは正解だった。 その後の側室3人を作るのにも大いに貢献してくれたからな。 正室として、そして俺の政務補佐としてのポジションにもついている。 「それで?」 「はい。いなみ市の市長が、先日の件で謝罪を申し入れてきました」 「ほう、ようやく己の間違いに気付いたか……」 「では、会見は今日の――」 「いや、明日にしよう」 「え……」 「調整は利くだろう?」 「た、確かに大丈夫ですが……何かご用事でも?」 今夜の相手は諷歌にしようと思っていたが…… 「今すぐにでも、姫百合を可愛がってやろうと思ってな」 「なっ……そ、それはとても嬉しいことなのですが、執務の方が……」 「いい。全てキャンセルだ」 「それとも先輩だった時のように、俺を止めるのかい?」 「……いえ。従います、我が君」 「そうか……ならば、こっちに来い」 「はいっ」 「ちょっと待ちなさいよ!」 「お、オリエッタ!?」 「それに葉山と諷歌か……?」 「はい」 葉山は、女子だということをカミングアウトしたものの、俺の気分に合わせてたまに男子の格好をさせている。そんな葉山も今では―― 「ズルいよ、姫百合先輩……」 「えっ?」 「先週はずっとアンタばかり寵愛受けてたじゃない」 「そうです。今日こそは私だと思ってたのに」 「え、えっと……」 「ボク達は1週間に1回してもらえるかわからないんだよ……?」 「そう、言われても……」 「なんだお前達、そんなに俺としたいのか?」 「当たり前だよ!」 「だって、私達は……」 「アンタの側室なのよ!?」 「ふむ……」 「けれど、正室は私……今、律様が抱きたいのは私と仰っているのです」 「だから、それがズルいって言ってるの!」 「私はずっと兄さんのこと考えているのに、見向きもされないなんて……」 「それだけじゃなく、姫百合先輩の方ばかりいってる」 「平等じゃないわ」 「公平さをなくすための、正室なんです」 「律のサポート出来るからって、調子に乗り過ぎよ!」 「え、エッチなら私も……満足させられるんだからっ!」 「ボクだって!!」 「私もです!!」 「こらこら、喧嘩はよすんだ」 「そうは言っても……!」 「なら今日は特別に、俺がみんなを抱いてやる」 「え……?」 それくらいの体力なら持ち合わせている。 いずれ生徒全員を侍らせるんだ。それくらいのことは出来て当然でないと。 「最初に俺の愛を受け取るのは誰かな……俺をいの一番に射精させられた者にしようかな?」 「なっ!?」 「射精させたら、一番に……」 「兄様、ズボン失礼しますね」 「ちょ、ちょっとズルいよ、諷歌ちゃん! ボクだって……ボクは服も脱ぐもんね」 「ま、待って……」 「律、こっち向いて……キス」 「ん……」 「ちゅぷっ、ちゅ……ちゅく、んんぅ……あふ……んぅ……くふぅ……」 「ああっ、正室である私の前でキスして!!」 「もう大きくなって……フェラしますね、兄さん」 「えっ!?」 「あむっ、ちゅぷっ……ちゅる、ちゅるるっ……んくっ、んむ……んんぅ……れろ、んっ……ふふっ、美味しい」 「ああ、もう! 脱いでるのがもどかしい!」 「夏本、ボクのあそこ触って……いっぱい、夏本の好きな喘ぎ声聞かせるから」 葉山が股間を差し出す。 要望に応えるため、そっと指を添えると―― 「もう……濡れてる?」 「うん……夏本のこと思うとね、もう駄目なんだ……興奮してこんなになって……ああっ」 「う、動かして……中に……んんぅ、入ってくるぅ……はぁっ……んっ、ああっ……くぅ!!」 指1本入れるだけで葉山は身震いしながら、快感に酔いしれた。 「はぁっはぁっ……すごいよぉ、夏本の指だけで、イッちゃいそう……んんぅ!」 「な……な……本当は私だけが抱かれる予定だったのにぃ……」 「姫百合?」 「りーつ、こっちもぉ……ちゅっ、ちゅっ……んぅ……はぁむ、ちゅぷ……ん、んっ……」 必死に意識をこっちに向けさせようと、オリエッタは口内をまさぐってくる。 俺が舌を吸う癖もわかっていて、わざと吸わせるようにすぼめた舌をよこしてくる。 「むぐっ、ちゅ、んぅぅっ……んぐっ……ふぁ、んっ……ちゅ、んはぁっ……きもひぃ……」 打って変わって、諷歌はバキュームフェラ。 「ちゅぷるっ、ちゅぅぅぅっ……はぁっ、んっ……んむっ、ちゅく……ちゅ、ちゅぅぅ……ちゅぷるっ」 「んふっ、ピクピクって、嬉しそう……んぷっ、ちゅぱっ……んんぅ、んっ……はぁ、んんぅ……」 俺のを吸い上げ、早くも射精を促そうと必死だ。 その小さな舌を駆使して、鈴口も遠慮なく攻め立ててくる。 そして、姫百合はというと―― 「り、律様……」 「姫百合は参加しないのか?」 「私は……」 「参加するなら、俺はオナニーが見たい。嫉妬しながら……自分でいじる姫百合が見てみたい」 「オナ、ニー……」 「どうする?」 「それがお望みならば……あなたのためならば、私はなんだってやります」 「その代わり……目を、離さないでくださいね?」 「ずっとずっと……私だけを見ててくださいね……」 「……ああ」 こういうところが、可愛らしくて好きだ。 正室に選んで、本当に正解だったと思う。 「ズルい、私も見てよ!」 「お前はキスしてやるから」 「むぐっ!?」 「ちゅっ、んっ……んんぅぅ……ぷはぁっ……」 「気持ち良かったか?」 「う、うん……」 「それで……んちゅ、はぁ……まだ、イかないんですか……ちゅぷっ」 「まだだ、もっと満足させてみせろ」 「そうですね、んぷっ、ちゅ……はぁ……今度は兄さんの大好きなこの胸も使ってあげます……」 「ふふっ。だから、みなさんには負けませんよ」 諷歌はその豊満な胸も使って、俺のを扱きあげるつもりみたいだ。 「はぁっ、んんぅ……夏本、手ぇ止めないでぇ……」 「お前も自分で胸揉みながら、俺にアソコをいじられるんだ」 「わ、わかった……その方が、いっぱい喘げるもんね……んんぅっ!」 「いっぱいいっぱい、耳元で喘ぐからねっ……はああんっ」 「はぁっはぁっ……律様ぁ……見てください、このいやらしく濡れそぼった私の……ああんっ!」 準備の整った姫百合も、目の前でオナニーを始める。 「はあっ、くっ……んんぅ……乳首も、気持ち良い……あなたにいじられるのを想像するだけで、くぅ……っ!」 とても素晴らしい光景だ。 全員が全員、俺に酔いしれ、俺に喘がされ、俺の肉棒を求めて行為に及んでいる―― 「ああっ、こんなにも……んっ、んふ……すごい、見られて……ああ、くっ……んんぅ!」 とろとろに蕩けた秘所を晒しながら、顔を真っ赤にして自慰行為を続ける姫百合。 彼女もこの状況を愉しんでいる…… この状況にハマってしまっている1人だ。 「んふぅ……あっ、んっ……はぁはぁ……律様ぁ……」 「……どうした?」 「私、愛しております……あなたを、あなただけを、私は……はあっ、ああんっ!」 「私も大好きです、兄さん……ちゅぷっ、ちゅぅぅ……んんぅ」 「はあっ、んっ! ボクも……みんなに負けないくらいぃ……あふ、んっ、ああっ!」 「いつか正室の座は私が……んっ、ちゅぷ、ちゅぅ……はぁはぁ……奪ってみせるんだから」 「あっ、イキそう……イキそうです、律様……ああっ、あっ、私を見て、律様も……んああっ」 「イッて、いいんですよ……んんぅ、そしたら、目の前のこの穴に……はぁっはぁっ」 「あなたのを、今すぐ……入れられます、よ……くぅ、はぁっ……はあっはあっ」 ものすごい熱気があたりを包み込む。 いやらしい匂い、いやらしい音、いやらしい声、いやらしい姿。 その全てが俺を射精に導いていく。 「あっ、もうっ……あっ、あっ、あっ、イク、イク、イク、イク!!」 「んはぁっ……ああ駄目、キスだけで……んんっ!」 「じゅぷっ、んんぅ……私も舐めてるだけで……」 「あああっ、む、無理……我慢、出来な――」 「イックゥウウウウウウウウウウウウ!!!!」 激しい嬌声と共に、そこにいた誰もが全身を震わせ快感に酔いしれる。 そして―― 「出るッ!!!」 俺の方も、せき止めていたタガを外し、欲望の塊を吐き出した。 「んあ……熱いの、きたぁ……」 「はぁはぁ……ボクもかけて欲しかったなぁ」 「はぁっはぁっ……んぅ……んっ、オナニーでイッちゃうなんて……」 「はふぅ……律のキス最高……」 「んっ、んふ……はぁはぁ……それで、我が君……」 「ん……?」 「んくっ……当然、最初に入れるのは私……ですよね?」 「そうだな……うむ、姫百合にしてやる」 「やった……私に……」 「そんなぁ……」 「ん、んくっ……じゃあ、その次私でぇ……」 「ズルいってぇ……んあっ、まだビクビクいっちゃ……あふ……」 「……」 現状を見て、思わずにやりとしてしまう。 全てが思い通り、事が進んでいる……。 くくっ、支配って最高だ。 違う、そうじゃない。 姫百合先輩が謝ったことって、俺が小さな頃の……。 いや、あれは確か姫百合先輩が使った―― それじゃなくて、姫百合先輩の魔法が原因で、俺に……。 「なんで俺が優しいことになってんねんっ!!」 パシッ! 「……え?」 「ツッコミです!」 「え、えっと……」 「本当に気にしとらんわ!」 パシッ! 「な、なんで関西弁?」 「関西弁やあらへん! 似せとるだけや!」 パシッ! 「あ、そうなんだ」 「だから、詫びる必要あらへんで」 「あ、うん。でも……」 「だから、ちっとも覚えてないっちゅーねんっ」 「なんで覚えてへんのか、ホンマ悔しいわ……」 「こんな美人さんを忘れとる昔の自分を、どついてやりたいねんっ」 「そ、それは……」 「むしろ、もっと俺に姫百合先輩の記憶を刻みつけて欲しかった……ッ!」 「え、え〜っと」 「どーせなら、そっちを気にしといてや!」 「……というわけで、どうしても謝るって言うなら、そっちの理由がありがたい、というわけです」 「……方言はおしまい?」 「……すみません、これが限界です」 「が、頑張ってくれたんだ……」 「つまり、俺にとってこの傷跡は、別に大したことじゃないということなんです!」 「……ご、ご理解いただけましたでしょうか?」 「……」 「律くん、君と言う人は……」 「ホントに君はいい人過ぎて……こっちが嬉しくなってくる」 「気を回してくれてありがとう――いや、君とまたこうして再会できたことを感謝した方がいいかな?」 「それでお願いします!」 「ふふっ……うん。本当にありがとう、律くん」 「……一方的に謝っても君が困るだけだったね……そのことに気付かせてくれてありがとう」 「ま、まあ、そういうことでしたら、その感謝。ワイも素直に受け入れまっせ」 「ふふっ……おかげで、心が軽くなったよ」 「それなら、良かったです」 「なら、今度ハンバーガーおごってください。それでチャラにしましょう」 「え……そんなので……」 「それじゃ、ポテトもつけたセットで」 「え、えっと……」 「ドリンクはお茶がいいなぁ」 「いいの……?」 「ハンバーガー嫌ですか?」 「そういう意味ではなくて……」 「じゃあ、いいですね!?」 「う、うん」 「やった……ってことは、また姫百合先輩とお出かけ出来るんですね」 「そういうことに……なるね」 「せっかくですし、ハンバーガー目的じゃなくて、どこか遊びにも行って――」 「あ、あの律くん!」 「はい?」 「ありがとう。私は君にひどいことをしてしまったのに……」 「魔法の練習のためですか……?」 「え、魔法……?」 「そういうことなら、お手伝いしますよ! それっ」 「はあっ!!」 「わっ、何!? 一体――」 「じゃじゃーんっと!! 精霊を呼んでみました〜」 「精霊……?」 「誰か来るかな、誰が来るかな……っと」 「あ、サラマンダー」 「ほうほう、サラマンダーさんがいらっしゃいましたか」 「あれ? サラマンダーというと……」 「炎の精霊だよ」 「そうでしたそうでした! これは丁度いいですね、出てきたゴミを焼いてもらいましょう」 「いけっ、劫火爆裂砕!」 「ふぅ〜、これでもうゴミの処分は大丈夫です。ありがとう、サラマンダー!」 そうして、サラマンダーは元いた世界に帰って行った。 「あ、えっと……」 「あれ……もしかして違いました?」 「う、うん……魔法の練習ではなくて……」 マチガッタ。 「……花嫁修業のため?」 「まあ……ね」 お茶を濁したような返事。 「超必殺技を極めるためですか?」 「……」 「え? ちょうひっさ……え?」 「先輩は今、修行の毎日を送ってるんですよね?」 「いや、修行というより、花嫁修業を……」 「でも、掃除とか洗濯じゃあ、ただの修行になっちゃいますって!」 「そうなの!?」 「よく漫画の主人公が、強くなるために掃除とか洗濯をさせられてますし!」 「そっか……私は間違ってたのか……」 「いえ、間違ってはいないです! 今時の花嫁は必殺技くらい使えて当然ですから!」 「そう、だったのか……私は本当に無知だったんだね……」 「だから、先輩は今まで通り、必殺技を極めていけば問題ないです!」 「でも、このままで編み出すことが出来るかな……?」 「そうですね……確かに、修行の旅に出た方がいいのかも……」 「修行の旅……」 「姫百合先輩は、その過酷な運命に耐えきれるほどの信念を持っていますか?」 「私は……やる。最強の花嫁になるためにも……やってみせるよ、律くん!」 「その意気です!」 「でも……」 「どうしたんです? 急に弱気になって」 「やはり修行にはコーチが必要だと思うんだ」 「つまり師匠が必要……それは的を射ていますね。王道です」 「だから、その役目を律くんにしてもらたい……駄目かな?」 「駄目だなんてそんな! 俺でいいんですか?」 「律くんがいい」 「姫百合先輩……」 「私と一緒に……長い旅路に付き合ってくれるかな?」 「いいともーっ!」 そうして、俺と姫百合先輩は共に修行の旅に出た。 ――あれからどれくらい経っただろうか。 ひたすら山を掘り続けて筋力を鍛える修行や、小さな鈴を相手から奪う強奪特訓。 森に投げ込んだ石を30分以内に探し出してくることを目的とした、集中力と忍耐の必要なスペシャルメニュー。 数々の特訓を繰り返し、そして…… 「ここが、新たな私達の壁となるのか……」 「この塔の各階にすごい奴が11人、控えているとのこと」 「そうか、そいつらを倒していけば私は……」 「伝説の超必殺技を会得出来るはずです!」 「よし……行こう!」 「……隙がない」 相手はパンダのような、人なんだかよくわからない謎生物。 ピリピリとした緊迫状態が続く。 どちらが先に動き出すのか、果たして相手はどんな技を繰り出してくるのか―― 「しかし、竦んではいられまいっ!!」 隙がなければ作ればいい。 そう言った刹那、姫百合先輩が先に仕掛けたッ!! まるで鉄球同士がぶつかりあうような衝撃音。 それが2人の間で、幾重にも散る。 「この程度では意に介さないか……だがっ!」 一瞬、視界を奪う閃光を放つ。 魔法と格闘技の複合……イスタリカ流!! 案の定、相手は目くらましに合っていた。 しかし悠然と構えを攻撃から防衛に。 相手の動きに合わせての対応力の高さに、彼だか彼女だかよくわからないヤツのレベルの高さを見た。 だがっ! 俺の姫百合先輩は、その上を行くっ!! 気付いた時にはもう、姫百合先輩の姿は消え去っているのだっ! 「絶好のチャンスですッ! いけっ、姫百合先輩ー!」 防御に移るコンマ数秒のタイムラグ。 その一瞬の隙を見計らい、姫百合先輩の体が舞う。 「イスタリカ流奥義! スターリリー・アクセラレイター!!」 カァッと一筋の閃光が走り、集約した光が花のように散っていく。 姫百合先輩の最初の拳が回避された後も次々に襲い掛かる人の影…… なんと、姫百合先輩の姿が6人に増えているのだ!! 「まさに……必殺技!」 怒涛の攻撃をくらった謎生物は、宙を飛んだ後鈍い音を立てて地面に墜落した。 「やった! 勝った!」 「流石です! 姫百合先輩、お見事ですっ!」 「時間はさほど掛からなかったけど、なかなかの手練れだった……」 「ですね……こんなに強いのが残り10人も……」 「それに、これではただの必殺技だ……まだ超必殺技とは言えるほどじゃない」 「姫百合先輩……」 この人の向上心の高さには感動すら覚える。 「ということは、まだ修行を続ける気なんですね!」 「もちろん。私は必ず最強の超必殺技を習得してみせる……」 「だから、律くん。これからも指導してくれるかい?」 「お任せくださいっ!」 「そうと決まれば、さぁ進もう!」 「オッス!!」 「次がどんな相手だろうが、もっと華麗に、もっと大胆に……倒してみせる!!」 ――朝。 妙に目が冴えている。 それもそのはず……今日これからのことを考えると、胸の高鳴りが抑えられない。 想いが成就し、満面の笑顔で終えられる1日になるか…… 呆気なく散ってしまうかどうかは……まだ、わからない。 けれども、少しでもいい結果を残すために、今からやれることはたくさんある。 まず、第一にすることは……姫百合先輩をデートに誘うこと。 この約束を取り持つことが、第一の優先事項。 問題は、どこに誘えば喜んでもらえるかというところだけど…… 「思い、つかない……」 こんなことなら、事前にリサーチしておくべきだった……なんたる失態。 まだまだ先輩のこと、知らないこと多いんだ……。 知りたい――先輩が喜びそうなところを。 知りたい――先輩のことを、もっともっと。 そのためにも、ここで足踏みしている場合じゃない! 一瞬、告白を先延ばしにしようという考えが頭を過るも…… 「やると決めたらやる!」 その方が、自分にしっくり合ってる気がした。 とは言っても、結局のところデートスポットの候補は挙がっていない。 直接先輩に訊くのは、ちょっとカッコ悪いし……。 告白の前フリになるわけだし、出来る限りリードしたい。 そう考えると……方法は限られてくる。 姫百合先輩をよく知る人物――諷歌に接触を試みてみよう! 「兄さん?」 「諷歌、おはよう」 「どうしたんですか、そろそろ教室に向かわないと授業始まってしまいますよ」 「姫百合先輩は?」 「早くに出て行きました。生徒会の仕事だそうです」 「そっか」 「先輩に用でした?」 「いや、諷歌に用だった……まあ、先輩のことなんだけど」 「残念ながら、プライバシーに関わることはお答えできません」 「まだ何も言ってないのに」 「違うんですか?」 「そこを何とかっ!」 「やっぱり当たってるじゃないですか」 「先輩の好きな場所とか、それだけでも教えてもらえると嬉しいんだけど……」 「好きな場所?」 「そう。趣味でもいいし、いつもどこによく行ってるとか……」 「……」 「まあ、それくらいなら……」 「教えてくれるのか!?」 「悪用……したりしないんですよね」 「もちろん! 姫百合先輩を喜ばせることが出来たらいいなと思って聞いたんだ」 「……わかりました。それなら博物館がいいですよ」 「博物館……?」 「姫百合先輩は芸術鑑賞が好きです。よく美術展をやっていて、私も何度か連れて行ってもらったことがあります」 「なるほどなるほど……どんなものが好きとかわかる?」 「そこから先は自分で訊いてください」 「ええっ!?」 「まあ、先輩ならどこでも……喜ぶでしょうけど」 「そっか、そうだよな……悪かった、ありがとう諷歌!」 諷歌のおかげで、また1つ姫百合先輩のことが知れた! 「――つ・ま・り! 恋愛はとっても素敵で、とっても大切なことなのよ!」 「だからこそ、恋愛をせずに一生を終えるなんて、とっても損してる!」 「人生の半分……いえ、人生の100割を損してると言えるわ!」 いつにも増して熱弁しているジャネット先生。 けれど、今日はなんだか先生の言葉がとても心に響くというか…… 共感出来てる……? それってやっぱり……今、俺が恋を経験しているからなのかな……? 「そういうわけだから、早く誰か私に運命の人をよこしなさい! さもないと――」 「っと、終わりね。それじゃあ、今日はここまで〜」 「……」 1限目終了の合図が鳴り、そそくさと先生は教室を出て行った。 それとほぼ同時に、俺も席を立つ。 (……姫百合先輩に声を掛けに行こう) 「すぅ……はぁ……」 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせたところで。 先輩のいる教室へと顔を覗かせる。 「あ……」 「律くん」 丁度、中から目当ての人が出てきて心臓が跳ねる。 「お、おはようございますっ」 「おはよう。諷歌に用事?」 「いえ、姫百合先輩に用があって」 「私に?」 「今日の放課後、都合が合えば……」 「うん」 「デート、してもらえませんか?」 「え……」 固まる姫百合先輩。 俺も微動だにせず返答を待つ。 そして…… 「デート……」 ぼそっとそう呟いた後、しっかりと頷いた。 「あ、ありがとうございます!」 「えっと、じゃあ……いいんですよね?」 「うん」 つい再確認してしまった。 「では、放課後……飛行艇前で!」 駆け足気味にそう言って、顔が赤いのを悟られないように教室へ向かった。 「ふぅ……」 やっとこさ短針と長針が真上を向いて、昼休み。 まだまだ今日の授業は終わらない。 無駄に緊張していたせいか少々肩が重いけど…… ダラダラと昼休みを過ごすなんて、もったいない! 告白の下準備は抜かりのないようにしないと! 「よしっ」 ぎゅっと握り拳を作り、気合いを入れ直す。 「どうしたの? そんなに意気込んで」 「今日……俺は、戦場へ旅立つんだ」 「戦場!?」 「もちろん比喩だけど」 「なんだぁ」 「洗浄と扇情をかけるなんて、いやらしっ」 「まるで女風呂に特攻するみたいに言わないでくれ!」 「あら、よくわかったわね。何の漢字か言ってないのに」 「ありがとう」 「褒めてない」 「という訳だから、オリエッタの部屋にお邪魔したいんだけどいいかな?」 「へ? い、嫌よ……変態」 「変な誤解しないで!!」 「じゃあ、どういう訳なのよ。ってか、今から?」 「うん、今から」 「お昼は?」 「食べない!!」 「食べないの!?」 「食べてる暇がもったいない」 「無理ね。シャロンに言ってないでしょ、アンタ」 「あ……」 「作ってあるんだから残さず食べなさいよ」 「急いで食べに行こう!!」 「ああっ、夏本置いてかないでー」 「もぐもぐもぐ」 「……そんなに大事な用なの?」 「フンフンフンッ」 「そ、そっか」 「それで? まだ何をするか聞いてないんだけど」 「んくっ……ネットを使わせてもらいたくて」 「ネット? まあ、現状私の部屋でしか使えないけど……急ぐこと?」 「ものすごく」 「はぁ……まあ、いいわ」 「ありがとう、助かるよ!!」 「けど、ひめりーも珍しく使いたいって言ってるのよね」 「え……姫百合先輩も?」 「しかも同じ昼休み……仲良く使ってくれる?」 「え、ええっと……先輩はどんな用事で?」 「知らない。アンタと同じ、急用だって」 先輩も急用……。 何だろう……とても気になる。気になるけれど…… 隣で検索結果を見られるのはまずいな……。 俺が検索しようとしているのは“今日のデート”についてなのだから。 「よっし、御馳走様!」 「私行かなくていいよね? 鍵空いてるから勝手に入って」 「わ、わかった」 しかも、2人きり……か。 「お邪魔しまーす」 「あ……」 既に姫百合先輩は来ていた。 「あの、オリエッタからネット使っていいって」 「そ、そうだったんだ……びっくりした」 「実は私も、使わせてもらっていたところでね」 「はい、聞きました。仲良く使って、とのことです」 「あ、それならもう……大丈夫だよ。今終わったところだから」 “何を調べてたんですか……?” そう訊こうとしてやめた。 逆に今、質問返しされたら困る……。 「それじゃあ……また放課後、ね」 「は、はい」 「ふぅ……緊張した」 さて、時間もないし検索開始! 女性の喜ぶデートプラン……っと。 「ふむふむ……」 デートでは、2人きりの特別な空間を作り出すことが大事で……。 カフェなどの雰囲気のあるお店がイチオシ……か。 最終的には相手のことを考えたデートであれば何でもいいらしい。 為になったような……ならなかったような。 けれど、これでデートまでの段取りはきちんと踏めた気がする! 「あとは……」 姫百合先輩……何調べたんだろう。 知ろうと思えば、検索履歴で…… 「駄目だ駄目だ」 どうしても気になったら、デートで訊こう。 その時まで……あと少しだ。 「……ごくり」 姫百合先輩とデート……そして、告白。 ついにやってきた放課後。 待ち合わせ場所でそわそわしながら、今か今かと先輩を待ち望む。 「律くんっ」 「あ……」 小走りで駆け寄ってくる先輩。 そんな姿も、とても可愛く見えてしまうのは…… 「お待たせ」 「い、いえ、そんな……全く待ってないですよ」 「あ、全く待ってなかったというのは、誤解されてしまいますよね!」 「とても……待ち望んでいました!!」 「……うん、私も」 私……も。 思わず心の中で復唱してしまうほど、甘美な響き。 「よ、良かった……」 「デート……で、いいんだよね」 「です」 「……うん、デート」 「……ですです」 2人して照れ臭そうに頭をかいた。 「い、行きましょうか」 恥ずかしさを掻き消すようにして、声を掛ける。 「あ……どこに行くの?」 そういえば、まだ伝えてなかった。 このまま着いてからのお楽しみ……という手もあるけど。 ここはしっかり伝えておこう。 「カフェレストランに行きません?」 「その……結構いい雰囲気みたいなんで」 「そ、そっか。いい雰囲気……デートだものね」 「いいですか?」 「うん、お任せするよ」 なるべく緊張しないようにした結果―― 他愛のない……というより、当たり障りのない会話をしながらカフェへとやって来た俺達。 店員に案内されるまま、席に着く。 「……落ち着いた雰囲気の店だね」 「気に入ってもらえました?」 「うん。初めて来たけど、いいものだね」 「ここなら奥の席ですし、誰からも見えないのでゆっくり出来ますよ」 「あ……うん。誰からも……」 「……」 自ら恥ずかしい空気を作り出してどうするっ!! 「え、えっと……今日はデートのお誘いを受けてくださり、ありがとうございました」 「いえいえ、こちらこそ」 「先輩とデート……したかったもので」 「そ、そうだったんだ……珍しいね」 「珍しいなんて、そんな……毎日したいくらいです」 「え、あ……そうなの?」 「はい」 「そっか……私とデートしたいなんて珍しい人もいるんだ……って意味で言ったのだけど」 「あ、ああ〜、そういう意味でしたか! 毎日したいなんて……は、恥ずかしいこと言っちゃいました」 「いや……嬉しいよ」 「自分にはもったいないお言葉です」 「何を言って……」 「ですね……2人して」 「……うん」 すっごく恥ずかしいんだけど、なんだか良い雰囲気!? 俺だけじゃなくて、先輩まで顔が赤いし…… 「あ、あの……」 「……」 「……何か、頼みましょうか」 「そうだねっ。えっと……何にしよう」 今にも“好きです”のひと言が飛び出そうだった。 でも、まだ……まだ告白には早い。 もっと今日のデートを楽しんでからだ! ドキドキしまくりのひと時を過ごした後。 ショッピングモールに出てきた俺達。 「博物館の……美術展とか、どうですか?」 「博物館……今絵画展やってて……うん、行きたかったんだ!」 良かった、喜んでもらえてる! 「でも……律くんはそこでいいの?」 「姫百合先輩に喜んでもらえるならいいんです」 「その……デート、ですから」 「あっ……うん、ありがとう」 「おおおお……」 思わず感嘆の吐息が漏れる。 「すごいね、これは……」 姫百合先輩も目を丸くして、展示物に釘付けだ。 「律くん、律くん。これを見て」 「はい?」 「この絵……明かりが上手に描かれてて、写真にも見えてこない?」 「おお、ホントに」 幻想的な夜の街並み。 細かいところまでリアルに描かれていて……こういうのを写実的って言うんだっけ。 「実は俺、あまり絵画展とか来たことなかったんですけど……」 「うん」 「こんなにも面白いんですね。いろいろ楽しめそうです」 「良かった。君と一緒に楽しみたかったから」 「もちろん……先輩と一緒ならどこでも楽しい、ですけど」 「ふふっ、ありがとう」 「かく言う私も、芸術に詳しいわけじゃないんだけどね」 「え、そうなんですか?」 「うん。好きではあるものの、知識の方はからっきしなんだよ」 「結構詳しいのかと思ってました」 「見ているうちに得る知識はあるけど、専門的なことを話せるほどじゃないよ」 「知識を得るより、ただ見るのが好きなんだ。絵画だけじゃなく、いろんなものをね」 「なるほど……」 「絵で言えば、好きな種類とかはあるんですか? 風景画とか」 「そうだね……基本的には雑食だけど、見ていて想像力が掻き立てられるものとか好きだね」 「絵に込められたストーリーを想像してみたり」 「ストーリー?」 「うん。描いた人の心情であったり、描かれたものの物語であったり」 そう言って、再び絵画に目を移す先輩。 それはもう、楽しそうに眺めていて…… 先輩の頭の中では、一体どんなことが想像されているのだろう……。 「それに……」 「他の人にはこの絵がどう見えているのか……って思うと、楽しくなってこない?」 「え?」 「芸術は見る人によって感想が変わるから」 「確かに……」 「だから……君の、律くんの感想も聞きたいなって」 「え、俺のですか?」 「せっかく一緒に来たのだから……一緒に感想を言い合おう」 「それは、なんというか……恥ずかしいですね」 「でも、楽しそうだ!」 「わかってくれて良かった」 「時間はたくさんありますから、ゆっくり見て回りましょう」 「うんうん」 「デートは、2人で楽しさを分かち合わないとね」 ハニカミながらそう言ってくれた先輩だけど。 俺はというと、見惚れていてすぐに返事が出来なかった。 博物館を後にして―― ショッピングモールまで来た俺達。 「楽しかったな〜」 「うんうん。あそこまでお互いの感想で盛り上がるとは思わなかったよ」 デートも大詰めだ。 「次は……」 ほぼプラン通りデートが進んだので、残すところは告白のみ……。 けれど、意外にも事が早く運んでしまったので、まだたっぷり遊べる時間はあるんだよなぁ。 さて、どうしよう。 とりあえず、先輩に関係あることで会話を繋いで…… いやいや、今そんな話題を振ってどうすんだ! 「そういえば、あれから……花嫁修業の方はどうですか?」 「ん……ぼちぼちといったところだよ。シャロンとの差にがっかりすることはあるけどね」 「その……頑張ってるんですね」 「……気になる?」 「ま、まあ……かなり」 「そ、そっか……かなり、なんだ」 「先輩の、ことですし」 「……」 「と、ところで、小腹とか空きません?」 「え?」 空気に耐えられなくなって話題を変える。 ここは先輩の好物の話で―― 「豆乳好きでしたよね、買って来ましょうか?」 「えっ?」 「豆乳ですよ、豆乳! 好きですよね!?」 「いや……あれ、そんなこと言ったかな」 ……おかしいな。先輩の様子が微妙だ。 豆乳が好きなのは姫百合先輩だったと思うけど…… なんとなく、このまま話を続けるのはまずい気がする。 他の話題にシフトしよう。 「そうそう、他にも! 先輩の好きな――」 「ハンバーガー好きでしたよね、食べに行きます?」 「あ……うん。覚えててくれたんだ」 「もちろんですよ!」 「そ、そうだよね。あのような恰好をしていたら……印象に残るものね」 「それは、確かに印象に残ってますが……」 「うぅ……思い出すと恥ずかしいな」 「先輩の好みだから覚えてるんですよ」 「え……?」 「他にも覚えてますよ! えっとですね、まずは――」 「ミイラ! 今度ミイラ一緒に見に行きません?」 「???」 「ミイラ好きって言ってたじゃないですか」 「えっ……? そんなことは全く……」 「あれ、そうでしたっけ」 「誰かと勘違いしてるんじゃないかな?」 「そんなことないですって。ちゃんと記憶にあるんですから」 「いや……それは、どうだろう……」 どういうことだ? 先輩には記憶がないらしい。 俺の方にはきちんと記憶が…… あれ? 話したっけ? (これはまずい……なんとか話題を変えて挽回しないと!!) 確か姫百合先輩の趣味は…… 「スイスロール! 好きでしたよね?」 「う、うん……それ、会話の中でちょろっと言ったくらいじゃなかったっけ」 「きちんと覚えてます!」 「すごいね」 「それに、まだまだ知ってますよ〜」 「先輩、キャッチボールしましょう!」 「え、どうして? 突然」 あ、あれ? 乗って来てくれると思ったんだけど……。 「姫百合先輩、今日もしかして……機嫌悪かったりします?」 「……」 「……先輩?」 「律くん、本気で言ってるの?」 「そ、そりゃあ、もちろん!」 「趣味がキャッチボールだなんて、一度も言ったことはないのに?」 「え……?」 「豆乳が好きだと言った覚えもないし……」 「しかも、ミイラなんて……悪いけど、わざと私をからかっているようにしか見えないよ」 「そ、そんなわけないですよ! 俺はただ姫百合先輩に楽しんで欲しくて……」 「乗馬が趣味、ですよね?」 「本当に、覚えて……」 良かったぁ……なんとか持ち直したようだ。 「任せてください! いつか姫百合先輩マニアと呼ばれる男になってみせます!」 「くすくすっ、それは呼ばれたら呼ばれたで恥ずかしくない?」 「……それほど?」 「そ、そうなんだ……私の方が恥ずかしいかも」 言いながら、先輩は頬をかく。 けど、本当のところは…… “姫百合先輩の彼氏”って、呼ばれたいな。 「その……律くん」 「はい?」 「まだ行き先が決まってないなら、ちょっと付き合ってもらいたいんだけど……」 「つきあ……な、なんです?」 「ただの買い物なんだけど……いいかな?」 「もちろんいいですよ」 「本当に……? いいのかな?」 「これはデートですから。先輩の好きな所に行きましょう」 「ん……ありがとう」 「何買うんですか?」 「いろいろ、かな……君の意見を聞きたくて」 「了解ですっ! そういうことなら、お任せください」 「ふふっ、頼もしくて助かるよ」 そうして、暫くショッピングを続けたわけだけど―― 「……すごい量になりましたね」 「あはは……つい、買い過ぎてしまったかな」 特に欲しいものがあったわけじゃないらしい。 けれど、俺が似合うと言ったものは全て購入に踏み切っていて…… 気付いたら、両手で持ちきれない量の荷物になってしまっていた。 「ありがとう、君に選んでもらえて嬉しいよ」 「そ、そんな……それにデートですし、俺も払うって言ったのに」 「それは駄目だよ。そういうのは働いて、社会人としての義務を全うしてから」 「う……そうですよね」 「それにしても服だけで6着……ほぼ1週間着て過ごせるほど買ってしまったね」 「ホント何でも似合うから、その中でもイチオシを選ばせていただきました」 「普段着ないようなヒラヒラしたものまであるけど……律くんはこういうのが好きなんだよね?」 「いえ、好きというわけじゃ」 「えっ!?」 「もちろん嫌いじゃないですよ。けど、先輩にとても似合ってたから」 「そ……そっか」 それにしてもこの荷物、先輩の手に余る大きさだなぁ。 3袋にもなってしまっている。 「はい」 「ん?」 先輩の前に、手の平を差し出す俺。 「ください」 「えっ? こ、こう……?」 「……」 「……?」 「えと……“お手”じゃないです」 「あ、ああっ! そうだよねっ、おかしいと思ったんだ」 慌てて離れていくきめ細やかな白い手。 一瞬だったけど柔らかくて、ちょっぴり低い感じの体温が心地良かったな……。 「えっと、じゃあ一体……」 鼓動……確実に早くなってる。 「荷物ですよ、荷物」 「あ、荷物……何を私は勘違いして……」 「でも、大丈夫だよ。これは私が買ったものだし」 「駄目です、持ちます!」 「ど、どうして」 「先輩は女の子なんですから。それにデートは男がエスコートするものですっ」 「女の子……君は私を女性として見てくれている……の?」 「前から言ってるじゃないですか。中性的になんて、俺は一度も見たことありませんよ」 「……うん、ごめん」 「じゃあ、荷物持っていいですか?」 「ん……でも、やっぱりそこまで迷惑掛けられないよ。この程度なら私でも――」 「わかりました! 間を取って半分ずつ持ちましょう!!」 「え……ええっ!?」 そんなこんなで、半ば強引に。 2つの買い物袋をお互いの片手で持ち。そして、残り1つを一緒に持った。 「これは……」 真横に並んで……離れすぎないように歩く。 買い物袋を挟んで反対側の――姫百合先輩の歩幅と、歩み出すペースに合わせながら。 まるで手を繋いでいるかのように……。 「律くんは……大丈夫なの?」 「何が……ですか?」 わかってるけど、一応訊いてみる。 「恥ずかしくないのかと思って……」 「まあ、それなりに……ですかね」 「そ、それなりに……か」 実際は、耳まで真っ赤になるほど恥ずかしいのを我慢してる。 けれど、同時に嬉しさもあるから…… 先輩と……恋人同士のような、夫婦みたいな雰囲気を味わえてるわけだし。 「先輩が全部俺に渡してくれないから、こうなるんですよ」 「あぅ……ごめんなさい」 頬を赤らめながら、素直に謝る先輩。 よっぽどこの状況が恥ずかしいのか。 恥ずかしさに縮こまってるようで、いつもより背丈が小さく見えた。 「……やっぱり俺が全部持ってもいいですか?」 「……うん。そうさせて、もらおうかな」 「ごめんね……この恥ずかしさにはちょっと、耐えられそうにないかも」 「いえいえ」 説得により、なんとか荷物持ちになることに成功した。 「ありがとう。楽々と持っているのを見ると、やっぱり男の子は頼もしいね」 「もうちょっと鍛えた方がいいかと思ってたんですが、大丈夫ですかね?」 「うん。今の君のままがいいよ」 「え?」 「あ……そのままで大丈夫だと思うよ」 「で、ですよね」 一瞬、告白されたような気分になってしまった。 舞い上がっちゃ駄目だ……勘違いだった時のショックが大きくなってしまう。 だけど…… 「これで買い物は終わりですか?」 「うん、終わりだよ。付き合ってくれてありがとう」 「いえいえ、楽しかったです」 今日のデートはなんとか成功!! しかし……まだ終わりじゃない。 今日、俺がデートに誘ったのは…… 想いを伝えるため! 「あの、姫百合先輩」 「ん?」 「ちょっと、歩きません?」 「大丈夫? 荷物」 「全然です」 「なら……お言葉に甘えて、歩こうかな」 心地いい雰囲気を感じながら、ぶらりと周辺を歩いていく。 あてもなく歩いてるようだけど、実は目的地は決まっていて―― やっぱりこの場所。 先輩の好みや秘密を知れたりで、思い出に残ってる場所だから。 「公園まで来ちゃったね」 「……ですね」 「その……何か話があったとか?」 「あ、えと……はい」 「……」 「一応……というか、俺にとってはかなり大事な話です」 「ん……ということは、私にも関係ある話だろうし……緊張するね」 「それは、いい話なのか、それとも悪い話なのか……」 「それはどうでしょう……先輩次第かも」 「私次第……」 深く呼吸して心を落ち着かせる。 ……これからどのような言葉を発すればいいのか。 緊張で頭が真っ白になりそうになるも、焦らず真剣に言葉を紡げば…… きっと想いを伝えることは出来るよな。 「じゃあ、その……場合によっては長くなるかもですけど、俺の話聞いてくれます?」 「うん……いくらでも」 「い、いくらでもって……」 「聴くよ」 「は、はい……ありがとうございます」 それから先輩は押し黙って、しっかりと俺の目を見据えてきた。 俺の言葉を、一言一句逃すまいとしているみたいに……。 けど、俺はまだ迷っている。 すぐにでも告白するべきなのか…… 慎重に、有無を言わないような良いムードを作ってから話すべきなのか…… 「迷っていても仕方ないな……」 「え?」 「こほんっ……単刀直入に言いますね」 「俺、姫百合先輩のことが好きですっ!!」 「……」 「その……これを伝えようと、今日はデートに誘わせていただきました」 「そう……だったんだ」 やっと言えた俺の気持ち……。 けれど、好きだと言うのが告白じゃない。 それに基づいた根拠――どんなに好きかを表してこそ、段取りズムの集大成と言えよう。 だから、俺は……先輩にNOと言わせないほど、積極的に想いをぶつけてやる!! 姫百合先輩との思い出を振り返りながら、先輩への愛を伝えるんだ! 違う! きっかけはそんなんじゃないはずだ! 「好きだって、気付いた明確なきっかけは……先輩が花嫁修業を始めたことです」 「そ、そうなの……?」 「誰のために花嫁修業してるんだろうと思ったら、もやもやが止まらなくて……」 「彼氏や好きな人がいたりするのかとか、許婚がいたりするのかとか考えたら、もうキリがなくて」 「だから、俺……先輩に訊きましたよね?」 「うん、訊かれた……あれは、そういうこと……だったんだね」 「誰にも姫百合先輩を取られたくないって気持ちが、俺の中にあったのに気付いたんです」 「気付いてからは、もう姫百合先輩しか見えなくなってて……」 「けど、他の女の子たちは……? 私なんかより、もっと魅力的な女の子はいっぱい――」 「そんなことはないです!! 俺は、姫百合先輩が好きなんです」 「外出の際、付き添いしてくれた時も――」 そうじゃなくて、もっと大切な…… 「約束、覚えててくれましたよね」 「うん……もちろんだよ。約束したことは守らないと」 「先輩の、そういう誠実なところが好きなんです」 「なっ……」 「誠実と言えば、姫百合先輩を更に好きになったことがありますよ」 「私……何かしたかな」 これじゃない……なにがあったか思い出すんだ! 「昔の事故の件……ここで謝ってくれたじゃないですか」 「え、それは……私が犯してしまった罪だから……」 「ずっとずっと、謝りたいと思っていたことだから……」 「そう思ってくれることが誠実なんです」 「そう、かな……」 「何年も昔の事故のことを謝りたいなんて言う人、そうそういませんよ」 「あ、その……先輩が変って言ってるわけじゃなくて……」 「……うん、言いたいことはわかるよ」 「つまり……そういうことです。俺はそんな誠実な姫百合先輩に惚れたんです」 「それに、俺は先輩の魅力的なところをいっぱい知ってしまいましたから」 「み、魅力的って……どこ、が……?」 確かに魅力的かもしれないけど、これじゃあダメだ! 「ハンバーガーが好きだってこと、隠してるところとか」 「ええっ!? そ、それのどこが……ただ恥ずかしいだけな気がするんだけど……」 「俺にとっては、みんなの期待を壊さないように、期待に応えようと頑張るところも魅力の1つです」 「変装してまでバレないようにするだけじゃなく、日々努力して自分を磨いていく姫百合先輩が俺は大好きです」 「……」 「ハンバーガー。かじってる姿も可愛くて、実は見入ってました」 「え……あぅ。ただ、食べてるだけなのに……」 「そんなところも可愛い、それが姫百合先輩なんです」 「だから――」 「そんな先輩大好きな俺ですが、良かったら付き合ってもらえませんか?」 「……」 言いたいことは全て伝え切った。 だから、先輩が口を開くまで俺は動かない。 ただじっと、その場で硬直していた。 「そっか……そう、だったんだね。私と同じ……」 暫くして発せられた先輩の言葉は―― 「その……こちらこそ、よろしくお願いします」 とても完結で、明白なる答えだった。 ぺこりと丁寧にお辞儀を返してくれる先輩に、思わず俺も返す。 「え、えと……ということは、つまり……」 「交際の申し込み……お受けいたします」 「おおおおおっ!!」 感極まって雄叫びをあげてしまい、すぐさま手で口を覆う。 「こ、こほんっ」 「本当に……俺でいいんですか?」 「もちろん、君じゃなきゃ……私は好きだからOKしたのであって……」 「そ、そう、本当に……まさか、そんな……ははは」 嬉しすぎるーーーーー!!! 「……」 「……」 「……恋人同士になったってことで、いいんだよね」 「そ、そうなりますね……というか、それでいいんですよね……?」 再確認してしまうほど心配になってしまうのは、あまりに先輩が美人で可愛過ぎる人だからだろう。 何でもこなしてしまう姫百合先輩が俺と付き合ってくれるなんて、奇跡みたいなものだから。 「律くんは……?」 「俺は……姫百合先輩と、恋人になりたいです」 「良かった……ありがとう。私も、そう思っていたから」 「一緒……だったんですね」 「うん……まさか律くんの方から、こんなにも好きの言葉を投げ掛けてもらえるなんて思わなかったけど……」 「え?」 「実はね、私も……今日君にデートに誘われて、想いを伝えようって……思ってたんだ」 「そうだったんですか!?」 「……うん」 もしかしたら、先輩の告白が聞けていたかもしれない……。 それはもったいないことをした……と思う自分がいたけれど。 こうして恋人同士になれたことの喜びの方が強くて、結構どうでも良くなっているのかもしれない。 「花嫁修業のこと、先ほど話にも出たけど……始めたきっかけは律くんだったんだ」 「え……俺、だったんですか?」 「中性的に見られる私が、花嫁修業などと……前は恥ずかしくて出来なかったけど」 「君への想いに気付いてからは……そんなことも言ってられないと思ってね」 「やはり女性らしくありたい……きっと、律くんも女性らしい女性と付き合いたいだろうと思ったから」 「そんな……先輩はもう十分女性ですよ」 「ふふっ、ありがとう……君ならそう言ってくれると思っていたけどね」 「でも、この学院には女子ばかりだ。否が応にでも、私は他の女の子達と比べられてしまう」 「私の女子力のなさと、女性らしくない言動を比べられてしまうと思うと……不安で仕方がなくなってしまって」 「だから……私は花嫁修業を始めた。君に振り向いてもらうために……」 「つ、つまり、俺のために始めたと……?」 「うん……でも、正確に言うならば自分のためだね」 「私は君の……恋人になりたいという思いを叶えたかったから、そうしたんだよ」 姫百合先輩の俺への気持ち。 それを聞かされた俺は……更に先輩のことが好きになっていた。 「教えてくれて、ありがとうございます」 「ん……これからは包み隠さず……恋人同士だからね」 「不束者ですが、どうかよろしくお願いします」 「こちらこそ……よろしくです」 再び俺たちはお辞儀し合った。 「……」 「……」 目の前には、たった今俺の彼女になった人がいる。 その彼女はとても愛らしくて、可愛くて―― 抱き締めたくなる衝動に駆られる。 けど、恋人同士になったばかり……でも、恋人同士ではあるわけで……! 「……」 そんなそわそわした様子に気付いたのか、姫百合先輩がにっこり笑いかけてきてくれる。 「恋人同士でしか出来ないこと……する?」 「え……?」 「あっ……したそうに見えたから……その、違ったら、ごめん」 「いや、全然、全く、それはもう……したい、です」 「……うん」 「じゃあ……たくさん私への気持ちを話してくれたお礼ということで」 ゆっくり、慎重に。 2人のこれからは、2人の思い出を語り合ってから……。 「先輩……初めて会った時のこと覚えてます?」 「うん。鮮明に覚えているよ」 「俺は昔の……事故の記憶がないので、ここに連れて来られた時の話になりますけど……」 「あの時、先輩は――」 ちゃんと初めて会った時のことを思い出すんだ! 「ネクタイを正してくれて……」 「うん……今にして思えば、かなり大胆……だったよね。ごめん」 「い、いえ……嬉しかったですよ」 「目と鼻の先に美人さんが……ネクタイを直してもらうなんて、初めての経験でしたし」 「あの時から……初めて会った時から、俺は先輩を意識してました」 「えっ……」 「それから何度かお会いして、もっともっと先輩のことを知りたくなって」 それで、俺は…… そ、そんなことをした覚えはないぞっ。 「授業で習った使い魔について相談を持ち掛けるフリをして……姫百合先輩に会いに行ったりしてました」 「そう、だったの……?」 「はい。本当に理解出来てなかったというのもありますが、メインは先輩に会いたかったから……」 「……」 「そこで初めて、姫百合先輩の使い魔――シェリーちゃんにも会って」 「見てると癒されるって先輩は言ってましたけど、俺はそんな姫百合先輩を見て癒されてました」 「な、なんというか、お恥ずかしい……」 「そこで俺の段取りズムについても理解してもらえるなんて思ってなくて……」 「嬉しくて、本当に嬉しくて……もっともっと先輩に興味が湧いて」 「それで、更に先輩を知るきっかけになったのは……」 惜しいけど、それじゃない気がする……! 「外で一緒にお出掛けしてもらった時です」 「外というと……ここニンゲン界のこと?」 「はい。期待に応えようとする性分のことを知ったのも、ニンゲン界でのことですし……」 「先輩が密かに隠してた好物、ハンバーガーのことまで知ることが出来ました」 「そして、昔の事故のことも……俺は覚えてすらないのに謝ってくれて……」 「それについては……感謝するのは私の方だよ」 「まだそれほど日は経ってないけど、魔法のこと……内緒にしてくれてありがとう」 「もちろん墓まで持っていきますよ」 「ふふっ、流石にそれまでには魔法の力もなくなっていると思うけどね」 「あ……そっか。いつかは……なくなるんですものね」 「けれど、こういうこと言われると改めて思うよ……君は本当に誠実な人だ」 「え……」 誠実な人……そのひと言で、一瞬にして鼓動が大きく跳ね上がった。 「相手が君で良かった……と心の底から思う」 姫百合先輩に……誠実な人だと言われた。 それだけなのに……それだけで、胸が高鳴るのは―― 今更そんな話題を振ってどうするんだっ! 「前に俺……好みのタイプ、訊きましたよね」 「え? ああ……うん」 「先輩の好きな男性のタイプ……誠実な人って」 「うん……言ったね」 「それで、さっき先輩は……俺のこと、誠実な人って」 「……うん、とても誠実だよ」 「つまり、それは……勘違いしちゃいますけど、いいですか?」 「いや……」 「勘違いじゃ、ないと思う」 「……っ」 ……心拍が上がる。 「ふぅ〜……今日、買い物に付き合ってくれたこと」 「は、はい」 「実は、私なりに段取りを踏んでみた結果なんだ」 「え、どういう……?」 「君の好みが知りたくて……それでいて、君の好みの女性になりたくて……」 「だから、俺が似合うと言ったものは全部買って……?」 「……うん」 「どう、だったかな……?」 「どうも何も……最高です」 「そ、そっか……君の言う段取り、私はちゃんと踏むことが出来たんだね」 姫百合先輩が俺のために段取りを…… しかも、俺の好みの女性になりたいとはっきり言って…… 「改めて言わせてもらっていいかな?」 「は、はい」 「私、白神姫百合は……あなたを……」 「異性として好いています。良ければ、付き合って……もらえませんか?」 先輩の心の奥底からの言葉―― しっかりと受け止めた上で、口に出す。 「こちらこそ、お願いします」 「え……い、いいのかな、あれ……?」 「だから、その……答えはOKですよ」 「……」 「本当に?」 「はい」 「疑ってるわけじゃないんだけど……」 「俺も先輩のことが大好きですから」 「あ、や……まさか、本当に……」 「よ、良かったぁ……うぅ、心臓がはち切れそうなほど緊張した……」 「いいんだよね?」 「くすくすっ、何度目ですか? 俺の方が聞きたいくらいですよ」 「す、すまない」 「そっかぁ……私達、恋人同士に……」 「なれたんですね」 「うんっ!」 ……告白しようと思っていたら、いつの間に告白されてた。 けれど……こんなにも気持ちを伝えてもらうのって嬉しいものなんだ。 「……律くん」 「はい?」 「良ければ、恋人同士の証……欲しいな」 「え、それって……」 「物じゃなくて……」 「はい」 「律くんの段取りズム的には……何になるのかな?」 「そうですね……キス、とかになりますかね」 「……」 「……」 「お願い……していい?」 「……はい、喜んで」 ゆっくり距離を縮める……。 目と鼻の先まで顔を近付けたところで、一旦接近をやめ―― その端正な顔に煌めく瞳をじっくりと見つめた。 「……」 「……」 そして、無言のまま。 どちらからともなく動き出し―― 「んっ……」 唇が重なり合った。 甘い吐息、甘い感触、甘い感情―― 全てが目の前の彼女――たった今彼女になった姫百合先輩から得られるもの。 「……しちゃったね」 とうとう俺は、姫百合先輩と恋人同士になれたんだ! 「……気持ちが通じてると思ってたのは私の勘違い、だったのかな」 「せ、先輩……待って!」 「今日のこと……君に誘われて、嬉しくて……すごく、すっごく楽しみにしていたんだ……けど……」 「……っ、ごめん! さようなら、律くん」 「ま……先輩っ!」 先輩は駆け出し、そのままいなくなってしまった。 その日から、姫百合先輩とは疎遠になり、かつてのように言葉を交わすこともなくなっていた。 「律くん……もう無理しなくて、いいよ」 「えっ!?」 「私がただ、舞い上がっていただけだから……」 「な、何を言って――」 「これ以上は、私も無理だよ……君の言葉をこれ以上聞くのが、とても……」 「とても、怖いんだ……」 「先、輩……」 「本当に、ごめん……ごめんなさいっ!」 先輩は何かを振り払うようにして、逃げだした。 取り残された俺が、いくら先輩に手を伸ばそうとも…… 絶対に、届くはずがなかった。 「うむむ、やはりまだまだ修行が足りないな」 「料理や裁縫も、もっと強化しないと……」 「律くんを満足させられる女性になるためにも!」 「姫百合先輩?」 「わっ! り、りり、律くん! 来ていたの!?」 「はい、さっきですけど……」 夏休みに入って、初めて姫百合先輩と会う。 夏休み初日も恋人と会えるなんて……俺はなんて幸せ者なのだろう。 「さ、さっきの聞いてた?」 「何がです?」 「い、いや……聞いてないならいいんだ」 「どうしたんですか? 何か悩み事でも……」 「ああ、大丈夫。悩み事ではなくて考え事をしていただけだから」 「考え事……何かあればすぐに言ってくださいね」 「ありがとう、律くん」 「さてと、どうしましょうか。どこか行きたい場所はありますか?」 「あ……今日はランチだけに……」 「ありゃ?」 「ご、ごめん。ちょっと用事があって……明日は大丈夫なんだけど」 「生徒会ですか?」 「うん、結構な時間取られそうなんだ」 「それじゃあ仕方ないですよ」 「せっかくの夏休みなのに……すまない」 「いやいや! 先輩の予定を聞いてなかった自分が悪いですから」 「そんなことは……私達は恋人同士なのだから、私の時間はもう私だけの時間じゃない」 「律くんための時間でもあるんだ。空けておけなかった自分の責任だよ」 「あ、えと……なかなかに嬉しいこと言ってくれますね」 「あれ……私恥ずかしいこと言っちゃったかな」 「っと、照れてる場合じゃなくて!」 「会えないのは確かに寂しいですけど、毎日ずっと一緒にいれるわけじゃないんですから」 「会えなかったら会えなかったで、その分会えた時に嬉しさが倍増です!」 「律くん……」 「先輩は違うんですか?」 「私も会えないのは寂しい……今日も少しの間だけど、会えるのを楽しみにしていたよ」 「知ってるでしょ? 私が君を大好きで……一緒にいたくて仕方がないってこと」 「はい……聞きました」 お互いの気持ちを告白したあの日。 あの日があったからこそ、今の俺達がある。恋人同士の今がある。 「だから、いくら忙しくてもなるべく時間は作らないとね」 「2人で一緒に、過ごす時間を……」 「姫百合先輩……」 「ありがとうございます、滅茶苦茶嬉しいです!」 相思相愛って最高だ!! 「でも、無理はしないでくださいね? それで身体壊されたりしたら、俺泣いちゃいます」 「それは、どうかな……律くんと会うためなら無理してでも会いたいと思っちゃうかも」 「先輩……」 「ん……でも、そうだね。君の泣いてる顔は見たくないから……」 「あ、見たことないから逆に見たいかも?」 「なんですってー!?」 「ふふっ、冗談だよ」 「もう……とりあえず、今はちゃんと確信があるので大丈夫ですよ」 「確信?」 「姫百合先輩の愛です。それをちゃんと感じてますから、多少会えなくても耐えられます」 「……自分で言っててちょっと恥ずかしいですけど」 「律くん……うん、嬉しい。私もだ」 「私も律くんの愛を感じられるから耐えられる……」 「だから……ちゃんと注いでね?」 「……ッ! も、もちろんです!」 やばい、なんたる破壊力! 照れながら言う姫百合先輩に増々ドキドキしてしまう、 思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるけど、焦りは禁物だ。 まだ俺たちは恋人同士になったばかり、ゆっくり時間をかけて2人の仲を深めたい。 「そ、それじゃランチに出かけましょうか」 「う、うん」 ぎこちなく歩き出す俺達。 ああ、こそばゆいような何とも言えない甘ったるい空気だ。 今までだって、何度となく一緒に歩いたことはあるのに。 この緊張感……これが恋人同士……。 そう、隣にいるのは俺の恋人…… 「うわ、顔が自然とニヤける」 「え?」 「な、なんでもないですっ」 なんとかニヤけた顔を悟られないようにしないとと、顔を逸らす。 「……」 横目で見ると、先輩も少し頬が赤くなってて…… 俺達、一緒なんだ。それだけで嬉しい気持ちになる。 「初めて一緒に昼食取った時のこと覚えてる?」 「もちろんです! いろんなこと話しましたよね」 「うん。あの時に話したことがきっかけで……一緒に外出するようにもなったんだよね」 「そう考えると、あの時の自分よくやった! と言いたくなるなぁ」 「今日もたくさん話しましょうね! 先輩のこと、もっと知りたいです!」 「それはズルいよ。私も律くんのこともっと知りたい」 「うーん、じゃあ……半々で!」 「ふふっ、それが良さそうだね。でも、もしどちらかが多く相手のことを知ってしまったら、また次の機会に持越しね」 「了解です」 それが出来るのが恋人同士! これから何度でも食事や話す機会がやってきてくれる。 思いが通じ合う限り、ずっと、ずっと……そんな日々が続いていく。 (……なんて幸せなんだろう) けれど、この夏休みも姫百合先輩は忙しそうだ。 宿題とか結構早めに済ませるとしても、1人の時間も多くなりそうだな……。 そんな暇な時間を何して過ごすか……考えておかないとな。 ――翌日。 今日は丸1日、先輩はフリーだと言っていた。 つまり、思う存分恋人気分を味わうことが出来る!! もちろん昨日も満喫したわけだけど。 今日はもっと長い時間一緒にいられるんだ。 ……そう考えると、なんだか無性に緊張してくる。 「恋人気分……一体、何すればいいんだっ!?」 ちょっと不安もある。 けど……きっといつも通りで大丈夫だろう。 そんな安心感が、何故かあった。 「さて、気持ちも落ち着いたところで……」 「はい?」 「あ、あの、律です!」 「いらっしゃい、律くん」 「こ、こんにちは、姫百合先輩」 ああ、昨日ぶりに見る姫百合先輩……麗しい! 既に心拍数上がりまくりだった。 「さぁ、どうぞ」 「はい、お邪魔します!」 改めて部屋を見渡すと、不思議な感じがする。 ここが俺の彼女の部屋なんだよなぁ……綺麗に整理が行き届いていて姫百合先輩らしい。 あ、諷歌も使ってるけど。 「あれ? そういえば諷歌は?」 「ああ、諷歌なら今朝、用事があると言って出て行ったよ」 「え、そうなんですか?」 「うん、戻ってくるのは夜頃と言っていたかな?」 「……ということは」 ずっと部屋で姫百合先輩と2人っきり! うわ、せっかく落ち着いてたのに、また心臓がバクバクしてきた! 「今お茶を淹れるから、ちょっと待っててくれる?」 「はっはい! あ、俺手伝います!」 「い、いいよ。大丈夫だから」 「でも」 「その……私が律くんにお茶を淹れたいんだ」 「は……そ、そうでしたか! わかりました、では座って待ってます!」 「うん。ゆっくり待ってて」 「承知しましたっ!」 「ふふっ、そんな堅苦しくならずにくつろいで」 「む、難しいですね」 「恋人同士なんだし……普通に」 「で、ですよね! 頑張って慣れます!」 「うん、私も緊張しちゃうから……よろしくね」 とはいえ、相手は年上だし礼儀は必要だし……慣れるのは大変そうだ。 けど、姫百合先輩のお願いとあれば聞かないと! こうして少ない時間の中でも、時間を作って俺と会ってくれてるんだし。 「……そういえば、先輩と会えない日とか、何するか考えてなかったな」 夏休みはまだまだ続く。 ボケーっと無駄に過ごすのはもったいないし…… 「バイトでも始めてみるか……?」 うんうん、そうだよ。少しでも小遣いを稼いで、姫百合先輩とのデート代にしたい。 恋人が出来たということは、何かと出費もかさむものだと思うし。 実際、俺はもう先輩に何かしてあげたくてたまらなくなっている。 どこか良さそうなトコ見つけたら、バイトを始めてみることにしよう。 「お待たせ。アールグレイと焼き菓子だよ」 「わ、美味しそう! それにいい匂い……食べていいですか?」 「うん、召し上がれ」 「いただきますっ」 アールグレイの優しい香りがする紅茶をひと口。 「ああ、美味しい」 焼き菓子はパイみたいだ。真ん中に生クリームと苺が乗っている。 「んんっ、パイもサクサクして、美味いっ! 紅茶と合ってて最高です」 「ほ、本当に?」 「はい、絶妙にマッチしてます」 「よ、良かった……実はそのお菓子も、私が作ったもので」 「ええっ?」 「良い紅茶の茶葉が手に入ったから、それに合うお菓子を作ってみたくなったんだ」 「本当ですか? でもこの焼き菓子、まるでお菓子屋さんに売ってるパイみたいですよ?」 「そ、そんなに? そんなに美味しい?」 「はい!」 「あは……良かったぁ」 お世辞でも何でもなくて素直な感想だ。本当に美味しい。 「ごくっ……ふぅ。この紅茶も先輩が淹れたんですよね」 「うん。美味しい淹れ方を覚えて、それで」 「すごいなぁ、姫百合先輩。めっちゃ美味しいですよ」 「そっか……律くんにそう言ってもらえるのが一番嬉しい」 「先輩……」 「ふふ、頑張った甲斐があった」 「もしかして、それも花嫁修業の一貫……ですか?」 「あ……うん。君に相応しい女性になりたいから」 「そんな! 十分過ぎるほどだと思いますよ!」 「でも、そうやって自分を磨く努力をする姫百合先輩が……俺は大好きです」 「律くん……」 う、わ……自分で言っといて顔が一気に赤くなる! 一緒になって、先輩まで真っ赤になってるし…… 「私も……大好き、だよ?」 ぐおう、撃沈しそう!! 「そ、それでね……律くん」 「は、はい!」 「考えたのだけど、その……やっぱり私達は恋人同士なのだから……」 「名前で呼び合わない?」 「名前?」 「先輩と呼ばれるのが、なんだかちょっと他人行儀な気がして」 「あ……ああ! なるほど。言われてみればそうかもですね」 「と、いうことは……え? 姫百合……さん?」 「……そこは呼び捨ての方が嬉しいかも」 「よ、呼び捨て……」 「……うん」 うわあ、ドキドキMAXだ。 「で、では……」 「……ひ、姫百合」 「はいっ」 お……おおお……っ。 「姫百合」 「はいっ」 「ど、どうですか?」 俺もきっと、姫百合……に負けないくらい顔が真っ赤だ。 緊張し過ぎて変な汗出てきた。 「良い、すごく良いと思うっ!」 「ほ、ホントに?」 「律くんの彼女……律くんのものにされたって感じがして良い」 「そ、そんな大袈裟な」 けれど、こんなことで喜んでくれてるなら、いくらでも言ってあげたくなる。 「そ、それでね……私も、ずっと言ってみたかった呼び方があるんだけど……」 「ずっと言ってみたかった……?」 「ん、んんっ」 「……あなた」 「ふおうっ!」 やばい、今心臓を撃ち抜かれた……! 「ど、どうしたの!? 胸を押さえて……どこか痛む?」 「い、いえ、あまりの嬉しい衝撃に、胸が苦しくなってハァハァ」 「う、嬉しかったの……?」 「は、はい……嬉しいなんてものじゃないです、最高です!」 「そ、そうなんだ……あなた?」 「ぐほっ!!」 「あはっ、本当なんだね……」 「それズルいです! 卑怯です!」 「そ、そんなことないよ。私も胸が張り裂けそうなほど……」 「ドキドキ?」 「してる?」 「くすくすっ」 「はははっ」 ……くぅううううううっ!! ああもう駄目だ、笑ってしまう。嬉し過ぎて笑いが込み上げてしまう。 「ふふふ、あと、あとね」 「はいっ」 「欲を言えば、敬語も……やめて欲しいかも」 「え、敬語も?」 「もっと仲良くなるための第一歩……として。駄目かな?」 「だ、駄目じゃないです! じゃなくて……駄目じゃない」 「これからは敬語をやめる!!」 「うんうん! それ! それがいい!」 「おおおお、照れる! 最高に照れる!」 「うぁ……言っておいて、私も……」 2人して顔真っ赤にして焦ってる。何やってんだ俺達? でも、嬉し恥ずかし。 「な、なんだか恋人同士通り越して夫婦みたい」 「そ、そうですね……あなた」 「ふおおおおお、やばいって姫百合! それ、今日一番、胸に来る!」 「て、照れるね……」 「照れてるところ悪いけど、もう1回言ってもらっていい?」 「はい、あなた」 「ぬおおおおおおおおおおっ」 自分でも気持ち悪いくらい身体クネクネさせて悶絶してしまうけど、嬉しいんだから仕方ない。 なんという衝撃、なんという破壊力。 好きな人と名前で呼び合うことが、こんなにもステキだなんて! 「はー、はー、悶え死ぬ」 「だ、大丈夫?」 「うん。夫婦はヤバイね、すごく恥ずかしい響きだ」 「ふふっ、私は嬉しいよ。律くんと恋人以上……ってことだから」 「ちょ、それズルい! なんだか俺だけ照れてるみたいだ!」 「ふふふっ」 このままじゃ本当に恋人同士通り越して、いきなり夫婦みたいになってしまう。 それはすごく幸せなことだけど、出来ればもう少し段取り通りにいきたいので、ここはまず……。 恋人同士になって、初めて名前で呼び合えた喜びを噛み締めよう。 そう……俺達は恋人同士になったばかりなのだから。恋人らしい喜びを噛み締めるんだ。 「っと、恋人らしくと言えばデート! デートをしよう!」 「デート……」 まだ恋人らしいデートをしてなかった! 「恋人になってからの初デートか……うん、明日にでもすぐしよう!」 「え? 明日から? 今からでも全然間に合うよ?」 「うーん、それもすごく魅力的なのだけど……」 「今日はこのまま、もっと君とお話をしていたいかな」 姫百合がポッと頬を染めて隣に座った。 「だめ?」 「ぜんっぜんオッケー! むしろ嬉しい!」 このまま2人っきりでいろいろお喋り……いいかも! お互いをより深く知れるチャンスだ。 うんうん。段取りよろしく、ゆっくりと恋人同士の仲を深められるぞ。 「じゃあ、姫百合。パイと紅茶のおかわり、お願いしていいかな?」 「はい、あなた♪」 そう言われて、また心臓が飛び上がった。 まったく、この人は何回俺のハートを射止めれば気が済むんだ! 「いよいよ、だね」 「うん」 「いよいよ私達の公園デビュー」 「……それは、ちょっと意味が違うかも?」 「あれ?」 「俺達の公園デート、だね」 「あ……間違えた」 しっかり者の姫百合でさえ緊張している今日は――満を持して迎えたデートの日!! 恋人同士になってから初めてとなるデートだ。 正直、昨夜は興奮して眠れなかったぞ。 「で、では……お手を拝借!」 「あっ――」 そっと姫百合の手を握った。 か細く、少し冷たい……女性らしい柔らかな指と俺の指を交差させる。 けれど、しっかりしている……彼女の今までの努力がわかるような、そんな手だった。 「手、取られちゃった」 「……嫌だった?」 「ううん……嬉しい」 くっ……それにしても、柔らかい! 女の子の手って、こんなにもスベスベで柔らかいのかぁ。 「恋人繋ぎ……だね」 「どう?」 「……律くんは?」 「姫百合の手、スベスベで柔らかくて気持ち良い」 「そ、そうかな? 律くんの手も大きくて温かくて、包まれてるみたいで……気持ち良いよ」 「それに、男の人の手って感じで……たくましい」 「た、たくましいって……初めて言われた」 「とっても頼りになりそうな手をしてるよ」 「う……なんだか照れるなぁ」 「ふふっ」 お互い照れてニヤけてしまった。 「こうして手を繋ぐと、本当に恋人同士みたいだ」 「正真正銘、恋人同士だからね」 「うん、カップル……だね」 「もっと強く握った方がいい? それとも優しく握った方がいいかな」 「ど、どっちもいいかも……」 「え?」 「あ、ああいや、そうだね。じゃあ優しく握ってもらおうかな」 「はい……こう?」 おお、やんわり握り返してきた。 これはいい……。 「はぁ〜……柔らかい。うん、いい感じ」 「この力加減だね」 「俺はどうかな? 強く握り過ぎてないかな」 「ん、今ぐらいの力で丁度いいよ」 「あ、あと……緊張してるから、汗かいてるかも……」 「大丈夫。私も緊張してるから」 「気持ち悪くない?」 「私は全然、むしろ心地良くて……律くんは?」 「俺も。このまま握ってたい」 「なら……このままで」 「うん」 ゆっくりと歩き出す俺達。 お……やっぱり緊張してる。動きがぎこちない。 俺もだけど、2人揃って相当ぎこちないな。 「歩きづらい?」 「ううん……何か変じゃないかなと意識しちゃって」 「変って?」 「私の恰好、変じゃないかな? もっと違う服の方が……」 「大丈夫」 「そ、そう?」 「今日もすっごく可愛いし、服もよく似合ってるよ」 「あ、う……」 「……姫百合?」 「そ、外で言われると、より一層照れるものだね……」 「けど、ありがとう」 照れてる姫百合も最高に可愛いな! 「俺達、周囲の人達に溶け込めてるかな」 「え?」 「普通の、よくいる恋人同士に見られてるかなぁって」 2人の世界に浸っていたけど、ここは外だ。 周りに目を向けると、他にもカップルや家族連れがいて、その中に俺達は溶け込めているのだろうか……? 「大丈夫だと思うよ。その……もう少しぎこちなさがなくなれば?」 「ははっ、そうだね」 「ほら、あそこにカップル。いつかはあの2人みたいに自然に……」 「自然に街中で抱き合える仲になれるといいね」 「って!! 白昼堂々破廉恥なことしてるねっ!?」 「そ、そうだね! 俺達は俺達なりに……でいいのかも」 「う、うんっ……なんとも恥ずかしそうだ」 俺達は俺達なりに……2人だけの道を歩んでいけばいい。 無理して誰かの真似をする必要なんてないんだ。 「わ、見て律くん。あの家族連れ、双子だ」 「おー本当だ。お揃いのワンピース着て、髪のリボンまで一緒だ。可愛いなぁ」 他にも元気良く走り回っている子供や、泣いている赤ちゃんを優しくあやす夫婦がいたりする。 これまではただの風景の1つでしかなかったけど、今はなんだか妙に親近感を抱いて見守ってしまう。 ……それってやっぱり、大好きな人が出来たからかな? 「あんな風に、幸せな家庭をいつか私も持ちたいな……」 え? 「それって……」 まさか、まさかとは思うけど……つまり、俺と一緒にってこと……? 俺と一緒に子供を作って、それで……それで…… うわ〜何気ないつぶやきだっただけど、ものすごく気になってしまう。 「律くん!」 「は、はいっ!?」 「何かいい匂いがしない?」 「え? あ、確かに……」 匂いの先にあるのは―― 「あ、あんな所に屋台が来てるみたいだね」 「屋台……行ってみていい?」 「ああ、行こう行こう!」 姫百合の手を軽く引っ張ると、恥ずかしそうにはにかんだ。 屋台は鯛焼き屋さんだった。 「知らなかった。最近の鯛焼きはあんこの他にもいろいろあるんだね」 「俺も知らなかった。つぶあん、こしあんの他にカスタード、チョコ、抹茶があるなんて」 「いちごホイップクリームとか、芋あんとか」 「チーズカレーとかいう、ちょっとしたお総菜系もあったね」 「うんうん」 アイスクリームが入った鯛焼きなんてのもあった。 人気店なのか、俺達がどれにしようか迷っている間も、ひっきりなしにお客さんが来ていた。 「美味しそう〜」 散々迷って、俺はスタンダードなつぶあんを。 姫百合はチャレンジということで、いちごホイップクリームにしてみた。 手で持ってるだけでアツアツで、香ばしくて良い匂いがする。 「早速……いただきます」 「いただきます」 「ん、んまいっ!」 ザックリとした歯ごたえのある皮の中には、しっとりつぶあんがパンパンに入っていた。 これは美味しいな。 「あむ……ん……んっ!」 「どう?」 「わ……美味しい!」 「おお?」 「ホイップクリームがふわふわで……ちゃんといちごの果肉が入ってる!」 「おお、美味しそう!」 「律くんも食べてみる?」 「あ、じゃあひと口もらっていい?」 「うん。それじゃ、ええっと……」 姫百合が半分こにしようとして手を止めた。 ん? どうするんだろう? 「は、はい……あーん」 「えっ?」 まさか、食べさせてくれるのか? うおおおお! こ、これは恋人同士がよくやることじゃないか! 実際にやるとなると……結構恥ずかしい。 でも、嬉しい! 「あーん?」 「で、ではっ! あ……あーんっ」 「あむ……ん、んんっ、もぐもぐ……」 「お、美味しい?」 「うん、美味いっ!」 正直、あーんをした恥ずかしさと嬉しさで、味が半分わからなかったけど、たぶん美味しい。 わ、道行く人が微笑ましく見ていく。 これはやっぱり恥ずかしいな。 だがしかし、姫百合にもあーんをしてあげよう! ふふ、恥ずかしさと嬉しさを共有するのだ! 「じゃあ、俺もお返し。はい、姫百合。あ〜ん」 「わ、ちょっと待って……!」 「どうして? はい、あーんっ」 「さ、されるのはちょっと……」 「ふふ、気付いたな……実はかなり恥ずかしい行為なのだよ。でも俺やったから、次は姫百合の番。あーん」 「あわっわ、ちょっ……!」 「恥ずかしがる姫百合、可愛い……」 「あうう、あーんされる側がこんなにも恥ずかしかったなんて」 「恥ずかしいけど、嬉しさもあるよ。あーん」 「そ、そうなんだ……」 「はい、口を開けて」 「じゃあ……うぅ……あー……あーん」 「うおうっ、あーんしてる姫百合、鳥のヒナみたいでめちゃ可愛い!」 「と、鳥のヒナ?」 目を丸くして、姫百合はきょとんとしている。 しかも、口を開けて鯛焼きを待ったまま。 「って、それより早くっ! 恥ずかしくて、このままじゃ私……っ」 「っと、そうだ。はい、あーん」 「あー……あむっ」 「ほああ……可愛い……」 「ん……お、美味しい。それに恥ずかしい……でも、嬉しい」 「なんだか頭がぐちゃぐちゃだ」 「これで俺たちもカップルの定番、あーんができたね」 「あ……うん。カップルの定番……」 お互い、にへへと照れ笑う。 ちょっとはカップルらしくなってきたかな? 遅くなったので、イスタリカに戻ってきた。 デートは、散歩したりお喋りしたり、お互いあーんをして食べさせ合ったりと、かなり充実した内容だった。 「今日はデートしてくれてありがとう」 「そんな、お礼なんて……私の方こそありがとう」 「それに、恋人同士なんだから……デートするのは当たり前のこと、でしょ?」 「うん、そうだね。でも、デートが楽しかったらつい」 「私も」 そんな言葉が聞けて俺は幸せだ。 このまま別れるのは、とても名残惜しいけど…… 姫百合は何かと忙しいんだ、仕方がない。 また会ってもらえたらいいな。 「えっと……それじゃ……」 「あ、ちょ、ちょっと待って」 「え?」 「そ、その……えと、あの……」 何故だか、頬を赤くさせてモジモジしている姫百合。 「どうかしたの?」 「あの……だから、つまり……これからのご予定とか、は?」 「ない……けど」 「じゃ、じゃあ……律くんの部屋に行ってもいいかな……?」 「へっ?」 「や、忙しかったらいいんだけど! それなら私も大人しく部屋に戻るから!」 「ぜ、全然忙しくないっ! むしろ、もっと一緒にいたい!」 「ほ、ほんと?」 「当然だよ。だって、また忙しくなったら、暫く会えないかもしれないし」 「無理してない?」 「うん、無理してない。それより姫百合の方こそ……」 「無理してないよ。私的には律くんと離れる方が……無理することに、なるかも」 「でも、これは私のわがままだから……」 「全然わがままじゃないよ。嬉しい」 「……そうなの?」 「好きな人に一緒にいたいって言ってもらえるんだ。嬉し過ぎて舞い上がっちゃうくらいだよ」 「そ、そっか……」 「そ、それじゃ、えと……俺の部屋にどうぞ!」 「はい!」 途中、姫百合は自室に寄って着替えた後、俺の部屋へとやってきた。 「ちょっとぬるかったかな。あの、淹れ直そうか」 「ううん、美味しいよ。ありがとう」 葉山は、俺と姫百合の交際に気を使ってくれて、今ではオリエッタと相部屋になっている。 なんでも女子ということをカミングアウトした瞬間に、強力な魔法が見つかったということで……。 今では俺以上に監視&訓練をさせられ、かなり忙しいみたいだ。 きれい好きの葉山が居なくなった後でも、部屋をちゃんと掃除していたから、良かったけど……。 紅茶を淹れるのは、まだまだ下手だな。 なのに、姫百合は美味しいと言って飲んでくれる。 精進するから、もう少し待っていてくれ! 「今日は本当に楽しかった」 「ああ、俺も。今度は映画とかどうかな……あ、それかもっと遊べるようなテーマパークとか」 「うん、映画もテーマパークもいいね。律くんとだったらどこでも楽しいし、嬉しい」 「実は俺も。姫百合と一緒だったら、きっとどこでも楽しいと思う」 「律くん……」 少し赤らんだ顔の姫百合と見つめ合う。 う……心臓がドキドキしてきた。 そういえば、あの時以来キスしてなかったっけ……。 「……」 「……」 ただただ、見つめ合う。 世間一般的には、これは良い雰囲気……と呼ばれるのだろうか。 目の前に彼女がいて。その彼女は目を逸らさず、愛おしさを込めて見つめ返してくれる。 本当に姫百合はいい彼女さんだな。俺にはもったいないかも……とか思ったり。 「そういえば、何か用とかあった……?」 「え?」 「部屋に来たのは、話したいことでもあるのかと思って」 「あ、ああ。別段そういうわけじゃないよ」 「律くんと一緒に……一緒にいたかったんだ」 帰ってきて早々、制服に着替えたということは、この後もきっと生徒会の仕事が控えているのだろう。 そんな忙しい中でも、俺と一緒にいたいと言ってくれる…… こんなに素敵な彼女を俺は大切にしたい。 会っている最中、どうしても目が、赤い果実のような唇や大きな胸元に行ってしまいがちだけど。 こうして純粋に見つめ合っている最中でも、ついよからぬ妄想をしてしまいがちだけど。 大切に……大事にしていきたい……。 「でも……」 「うん?」 「ちょっと、聞いてみたいことは……ある」 「何?」 「えっと……あの……」 ゴニョゴニョと口ごもる。 言いにくいこと……? 「律くんは……日頃、どうしているの?」 「日頃……何を?」 「だから、その……あれ」 姫百合は固く目を瞑ったかと思うと、意を決したように見つめ返してきた。 「よ、欲望を……」 よく……。 「へっ!? 欲望!? お、俺の聞き間違いかな……? 今なんて……!」 「だ、大丈夫……合ってる」 「ええっ? な、何でまた急にそんな単語が?」 「ずっと気になっていたから……」 「え、でも……どうしていると言われても……どう言えばっ」 「私は律くんの彼女だ。だから、彼氏のそういう……欲望の相手というか、そういうのは私がやるべきだと……」 「姫百合……」 うう、心臓が止まりそうなくらい驚いたけど、落ち着こう。 真面目な姫百合のことだ。何か自分でいろいろ情報誌を読んだりしたのかな? 「恋人同士はそうするって、何かで調べたの?」 「……」 コクリと頷く。 そっか……姫百合は姫百合なりに、俺との関係をどう築いていこうか考えて、調べて……頑張ってたんだな。 そう思うと、より一層愛おしくて嬉しくなる。 「好きな人と結ばれるということは、表現はどうであれ素晴らしいことだと思うんだ」 「だから、律くんの欲望を私が……するのは当然だとも思う」 「姫百合……」 「そ、それとも、こういうのはまだ律くんの段取りズムにはないことかな……」 「そ、そんなことないよ。俺もその健全な男だし……なんていうか」 「まあ、その……時々? 自分でしたり……するし」 「そ、そうだよね……ごめん」 「えっ、どうして謝るの!?」 「本来なら私がするところを、君自身にさせてしまうなんて……」 「だ、大丈夫だって! こういうのはお互いがしたいと思った時にするものだから」 「で、でも……律くんはしたくないの?」 「ええっ、それは……したい、けど……」 「そんなに思い詰めないで。今まで彼女が居なかったんだし、自分でするしかなかったんだから」 「けれど、今は……?」 「い、今は、え……と、姫百合っていう彼女さんができたから、その」 「……したいって思う?」 「もちろん」 素直に言ってしまった。 「でも、姫百合は――」 「わ、私もしたいっ」 「な……」 「だって、律くんがしたいことは……私もしたいことだから」 「そ、そうなの……?」 「律くんのためなら、この身を捧げたいって思う……変かな?」 「へ、変じゃないけど、その……」 「前から思ってたんだけど、姫百合って少しMっぽい?」 「え……そう?」 「押しに弱いというか、誰かのために尽くそうとするところとか……」 「ん……そう言われると、そうかもしれない」 Mの定義はよくわからないけど、そんな印象を受けた。 周りからは中性的に見られる姫百合だけど、俺の中ではとても女性らしくて受け身だ。 手を引けばついてきてくれるし、お願いをすれば聞いてくれる……。 いや、それはさておき、ここまで姫百合に言わせてしまった。 確かに、俺の中ではもうちょっと先に、もっと時間を紡いでから出来ればしたいと思ってたことだけど…… チャンスがやって来たのだ。拒む理由はない。 「……本当に、いいの?」 姫百合がコクン、としおらしく頷いた。 その仕草だけで理性が飛んでしまいそうになる。 「知識はそれなりに蓄えてきたんだけど、その……乏しいものだから」 「……わかった。俺も頑張って、リードしてみる」 「それじゃここに座って……」 「ん……そ、それで……?」 「身体を楽にして……俺に任せて……」 肩にまだ力が入ってるな……そっと……ゆっくり――。 優しく労わるように、触れたかった部分へと手を伸ばす。 「あっ……」 姫百合がベッドに倒れた。 まるで俺が押し倒したかのような恰好になっている。 「いい、んだよね」 姫百合は返事をしない。 けれど、してもいいと俺の目に訴えかけていた。 俺は唾を飲み込んだ後、彼女の胸に手を伸ばす―― 「あっ、んんぅ……さ、触って……あっ、んんぅ……」 服の上からだと、わかりづらいけど……それでも大きくて柔らかいのはわかる。 これが、姫百合のおっぱい……俺の彼女の胸……。 「ん……」 あ……小さく震えてる……。 「大丈夫……? ちょっと驚かせちゃったかな」 「ううん、大丈夫……でもその……こ、こういう部分を触られるのは初めてだったからやっぱりその身体が反応してしまって……」 「で、でももう平気。うん……つ、続けてくれて構わないよ」 「本当に?」 「だ、大丈夫……緊張はしてるけど……続けて、欲しい」 「わ、わかった。それじゃ……」 「んんぅっ! あっ、あんぅ……んふぅ……はあぁ、あぅ……はっ……ああぁ……」 様子を見ながら、ゆっくりと手で揉み上げる。 「……どうかな? どんな感じがする?」 「ん……その……ううぅ……は、恥ずかしすぎてなんだか良くわからない……はあぁ、あぁ……顔から火が噴き出しそう……んんぅ……」 「ホントに真っ赤になって……すごく可愛いよ、姫百合」 「かわっ!? んんぅ……はっ、あうぅ……んんっ、んうぅ……そ、そう言わないで……変に……ときめいてしまう……ああっ、んふぅ……」 「でも本当のことだし……」 緊張で俺もおかしくなってるのかもしれない。 姫百合をもっともっと見たいと、欲求が抑えきれなくなってる。 「もっと姫百合を見たいな……」 上着のボタンに手をかけると、ピクっと身体を震わせて強ばらせる。 でも、この可愛いさの前で手を戻すことなんて出来ない。 「んくっ、ふあぁ……も、もっと? んんぅ……もっとって、その……まさか……」 「ん……ふ、服脱がすの……?」 「……うん、いいよね」 片方で胸を揉みつつ、ゆっくりとボタンを外して、俺の手を拒む邪魔な服を優しく脱がしていく。 「あっ……あ……」 なかなか思うように手が動かない。 人の服を脱がすのって、こんなにも難しかったんだ……。 「……」 終わるまでの間、姫百合は何も言わず恥ずかしそうに縮こまっていた。 「あ……私、本当に……あうぅ……ま、まだ良いって言ってないのにぃ……んんぅ……」 下着姿の姫百合が目の前にいる。そのことに感動を覚える。 自らの手で、姫百合を脱がしたんだ……。 「……おかしく、ない?」 「全然……」 つい見惚れてしまう。 肌色の部分が、とても魅力的に目に映った。 柔らかそうで、俺を誘ってるみたいで…… 「ああぁ……すべすべの肌……そのまま食べたくなっちゃいそうだ」 本気でそう思うくらいに、姫百合の肌は艶やかで、きめ細かくて吸い込まれそうだった。 「あんぅ……あうぅ……あ、あまり見られるとまた……恥ずかしくてなにも出来なくなるよ……あぁ……はぁ……あぅ……」 すぐにでも触れたい――その衝動を行動に移していいんだよな。 俺と姫百合は、もう彼氏彼女の関係なのだから……。 「……ごくり」 俺は、戸惑いつつもブラジャーに包まれている果実に手を伸ばした。 「んああっ!? んくっ、ふっ、あんぅ……そ、そんな……まだ心の準備がちょっと……んやっ、ふあぁ……あうっ、んんっ!」 「あっ……ごめ、まだ駄目だった?」 「べ、別に……んんぅ……嫌とかではないんだけど……んんっ、んくぅ……でもその……や、やっぱり恥ずかしすぎるぅ……はうぅ……」 「そう言いながらも……手、動かしてるしぃ……」 「だって、姫百合……すごく良い匂いがして、止められなかったんだ」 なんだか甘くて、鼻をくすぐって来るような……ああぁ……これぞ、まさしく女の子の香りってやつだ。 「んえっ!? あっ、んうぅ……に、匂いまでかいでるの? あうぅ……駄目だよぉ……緊張でいっぱい汗をかいてるのに……ううぅ……」 「大丈夫……とても安心できるような心地良い香りだから……」 ああぁ……我慢できない! 俺は姫百合の体中にキスの雨を降らす。 「ふ、ふわあぁっ!? あうっ、んんっ、んあぁ……ああっ! んふぅ……く、首筋にキスは不意打ちだよ……んふっ、ああんっ!」 「可愛い声……段々、気持ち良くなってきた?」 「う、うん……んあっ、はうぅ……まだ恥ずかしくて……頭がクラクラしてるう……んんっ、はあぁ……ああっ、んくぅ……」 「身体の奥から火照ってくる……ああっ、はあぁ……律くんに揉まれるたびに……段々熱くなっていくの……んっ! んあぁ……」 「俺も、もっと姫百合を感じたい……今度は直接、触るよ……っ」 「あうっ、んああぁっ!? ん……直接なんて……んんっ、はぁ……男の人に……は、裸を見られたこともないのに……ああっ、んくぅ……」 なんてことを言うんだろう……そんなことを言われたら益々見たくなってくるじゃないか。 「俺が初めてなんだ……すげえ嬉しい」 わなわなと両手を震わせながら、慣れない手つきで姫百合の下着を脱がしていく。 「ふなああぁっ! んうぅ……は、はうぅ……律くんぅ……んんっ、あうぅ……」 こ、これは……まぶしいくらいだな……。 「きれいだよ、姫百合……。見てるだけなんて無理だ……いっぱい触れて確かめたい」 自制が効かずに、言いながらすでに手でしっかりと胸を掴んでいた。 「ひゃんっ! はうっ、ああぁっ!? んっ、んぅ……つ、ついに触られちゃったよ……んうぅ……律くんの手で、直接……はあぁ……」 うわぁ、なんて柔らかいんだ……触ってるだけで気持ち良く、ずっとにぎにぎしていたい。 それに……どんどん動かしたくなる。 「んくっ、ふやあぁっ!? ひうっ、んっ、んんぅ……やうぅ……も、揉まれてる……あふぅ……直接……こんなぁ……んくっ、ああんっ!」 「この感触……たまらない……姫百合はどう?」 「ん……ああぁ……熱い……んんっ、はあっ、あぁ……律くんの手が、すごく熱くて……揉まれる度に、体の奥がポカポカしてくる……」 「それが、すごいの……どんどん、気持ち良くなっていって……」 「胸を好きな人に触れられただけで……こんなにも良くなっていくんだね……んんっ、ああっ!」 「んふぅ……んっ、んんぅ……ああぁ……ふっ、んんぅっ! あんうぅ……律くんぅ……んふっ、ふあぁ……あぅ……んんっ!」 なかなか良い具合に感じてくれているみたいだ……。 姫百合は胸の愛撫に悶えながら、脚を閉じてモジモジし始めた。これってもしかすると……。 「……姫百合、もしかして……胸以外のところも、感じてる?」 「ふえっ? んんぅ……な、なにを突然……そんなことは別に……な、ないよっ」 何かを誤魔化すように、脚に力を入れたな。つまりこれは―― 「うやああぁっ!?」 不意打ちで股ぐらに手を忍ばせたが、太ももを寄せて邪魔されてしまった。 けれども、これくらいの距離なら、指をピンとのばせば、姫百合のアソコに―― 「や、やっ、そこは……っ、ふわっ!」 じんわりと熱を帯びた粘液が、第一関節に伝わってくる。 それが愛液と気づき、それを欲して思わずその指を動かしてしまう。 「んゆうぅんっ!? んはっ、そんな所っ……んあっ、はうぅっ! な、なにをいきなり……んんぅっ! あうっ、くうぅ……ああぁっ!」 「うわ、やっぱり……すごい熱くなってる」 「はあっ、や、やあっ、あ、あああんっ、ん……! そこっ、いじったら……はあっ、だめっ、ひっ、くっ……」 こそばゆい感覚に身悶えし、姫百合は観念して両脚の力を緩める。 下着に覆われた姫百合の秘所が姿を見せ、すごく切なそうによだれを垂らしていた。 「はぁっ、はぁっ、う、うう……も、もしかして、ここ濡れてるの、わかってたの……? んふぅ……はあぁ……ああんっ! あうぅ……」 「いや……なんか、モジモジしてたから、気になって……」 喋りながら、中指の腹を姫百合の股間に押し当て、小刻みに振動させる。 「や、やあっ! 気になったくらいでっ、ここは女の子の大事なトコ、なんだよ……っ、うっ、ああっ」 「姫百合が感じてくれてるの、嬉しかったら……もっともっと、感じて欲しいなって」 「ひっ、あっ、は、はああっ! そんな、喋りながら、指動かしちゃ……! んああ〜〜っ!」 「凄い、溢れてくる……姫百合、気持ちいい?」 「あうぅ……んあっ、んくっ、んふぅ……もう……そんな真顔で、聞くんだから……」 「本当に、律くんには、敵わない、な……んんぅ……た、確かに気持ち良くなって、こんなに……ああぁ……」 「姫百合のアソコ……どこまで濡れてるか、見たい」 「はぁはぁ……。み、見るって……ま、まさか……!?」 「シミになる前に、脱がすよ」 「んああぁっ!? ええっ、だ、ダメっ、律くんっ! ふわっ!? んんぅっ! あくっ、ふいぃ……んあっ、ああぁっ!」 「姫百合のここ、すごく可愛い……」 「は、はうぅ……んんっ、んふぅ……ああんっ! ん……そんなこと……言わないで……んあっ、あうぅ……さ、触りすぎちゃ……嫌ぁ……」 「うわ……めちゃめちゃとろけてる」 「あっ、ああっ! んうぅ……あうぅ……ここはまだ、恥ずかしっ……いっ、んぐっ、んああぁっ!」 このように膣口を指先でグリグリ回しているだけでも、姫百合はしっかり感じてくれてるみたいだ。 きっとデリケートな部分だろうから、不用意に指を挿入するのは、さすがに緊張する。 けど、もうちょっと……姫百合の大事なところを凝視したい。 「はあっ、はあっ……ん? や、やぁ……! ど、どうして、顔……近づけ、てっ」 「もっとよく見たい……姫百合のここ」 「そ、そんなにしたら……んんぅっ! はっ、ああぁ……私の中、んんんっ! み、見えちゃうからぁ……ん、いやぁ、うぅ……あんんぅっ!」 秘部を刺激され力が抜けてしまった姫百合は、俺の好奇心に抵抗もできず…… ピッタリ閉じられていたはずの割れ目を、くぱぁと広げられてしまった。 「ビラビラ柔らかくて、ぬるぬるが糸引いてる」 「や、やぁぁ……そ、そんな、うぅ……恥ずかしい……っ」 「俺で、こんなに感じてくれてるの……?」 「そ、そうだよぉ……っ。はあっ、はあっ、好きな人に、私の隅々まで見られて……んっ、溢れちゃってるうっ」 嬉しくて、俺は秘裂を開いたり閉じたりして、粘液の音を立たせながら愛撫を続ける。 「んやあぁっ!? んくっ、はうぅ……そ、それ以上……クチュクチュ、激しくしちゃ……嫌あぁっ!」 ……指を入れても、大丈夫だろうか? 姫百合の膣内から涎が垂れ流し放題で、何かを欲しがっているようにも錯覚する。 けど、こんなに俺の一挙一動で、反応を続ける姫百合の姿をもっと見たくて―― 「はあっ、ああん! んっ、んん〜〜やっ、やああ、あうっ、ううっ! くうんっ!」 デリケートな部分を傷つけないようにしながら、慎重に割れ目の中へ指の腹を沈める。 だって、やはり初めては指じゃなくて、俺の…… 「や、ややああんっ、あくっ、く、ふううっ、うんっ、んぐ〜〜〜っ!」 じゅわっと、熱い真綿に包まれるような感覚。じっとりと湿った膣口は、指の大きさですらきつく締め付ける。 指よりも大きい勃起したペニスを、この膣内に……。生唾を飲み込みながら、優しく指を動かし、姫百合の膣口をマッサージする。 「ひううぅ……んっ、あんっ、律くん……だ、ダメなのっ、ほんとにぃ……んんっ、あっ、うぅ……これはもうおかしく……ひああぁっ!?」 「うやあぁっ! ああっ、はうぅ……な、なにか熱いのが上ってきて……んんぅっ! へ、変だよっ……んやぁっ! これっ、変ううぅっ!」 「……え?」 あ、あれ……なんだか中の方が軽く震えて―― 「んいいいいぃっ! ひあっ、ああああぁぁぁぁっ!」 「う、わ!?」 指の先だけにも関わらず、強烈に締め付けてきて……姫百合に艶やかな肢体が躍動する。 も、もしかして、これイッてる、のか? 「んくっ、ふああぁ……律くんの指ぃ……気持ち良すぎいいぃっ! ふあっ、んくうぅ……んいんっ、ああっ、ああぁっ!」 「んくっ、ふああぁ……はあっ、はあぁ……んんぅ……はあっ、はうぅ……」 「だ……大丈夫?」 息が上がり過ぎてるような気もするけど、すごく苦しそうってほどでもない。 が、普段の運動とかで疲労したとは全く別の……いやらしい、息づかい。 「んんぅ……ふうぅ、んあぁ……き、気持ち良すぎてぇ……おかしくなったぁ……んんぅ……い、今のは何ぃ……? んふぅ……」 「たぶん気持ち良すぎて、イッたんだと……思う」 「そう……んんぅ……い、今のがイクッてこと、なんだ……はぁはぁ……あんなの初めて……」 「ねぇ……んふぅ、はあぁ……でもすごかったぁ……んぅ……一瞬、頭が空っぽになって気持ち良かったの……」 なるほど……想像するとそれは確かにすごそうだ。でも姫百合がそう言ってくれて良かった。 「気持ち、良かった……けど、怖かったんだよ」 「どうにかなっちゃいそうで?」 「そ、それも、だけど……。ほ、本当に初めてなんだ……っ、その、知識としては知ってた、けど……」 「自分でもこんな風に、触ったこと、なくて……。律くんがしてくれるなら、いいかな……って、思ってたけど」 「やっぱり、貫かれるなら……指とかじゃなくて、ちゃんと、君の、ここで……」 「……っ!」 おそるおそる……俺の股間に手を触れる姫百合。 「私の処女を、奪って欲しいよ……」 姫百合は眉をひそめながら、か細い甘えた声で、処女貫通を申し出る。 「ご、ごめんっ。俺、そんなつもりじゃなくて……っ」 「……うん、律くんの指、私を大切に扱ってくれてたの、すごく伝わってた」 「けど、指ですらこんなに感じてしまうのに……膨らんだ、君のこれを入れることになったとしたら……」 「私がどうなってしまうのか、わからなくて、怖いんだ……」 痛みも快感も……初めてのことだから、どういう気持ちにさせられるか、想像つかないのだろう。 「それに、私ばっかり、気持ちよくなるなんて……君にももっと、私のことを感じて欲しい……」 「だ、だから……その、今度は私が気持ち良くさせてあげたいんだ……」 「わかった……じゃあ、初めては姫百合に任せていい?」 「……うん。ちゃんとできるか、わからないけど……頑張ってみるね」 「んっ、ああぁ……こ、これが律くんの、なんだ……あうぅ……実物、見るとこれ……す、すごい……ごくり……っ」 「う、うう……そんなに見られると恥ずかしいよ……」 「……私のも、見たくせに……」 「うぐっ……」 「けどこれで、もう……私たち、何もかも、見せ合ったってことだよね?」 「ああ……」 煽るようなアングルで映し出される姫百合の肢体……白くて、くびれのハッキリとした完璧なプロポーション。 今から繋がろうとしている秘所からは、愛液が滴っていた。 さっきまで触ってただけだったけど……こんなきれいな色と瑞々しさだったのか。見てるだけでもう下半身が疼いて熱くなる……。 「はぁ……すごく熱くて熱気まで来るみたい……それにこんなに筋ばって……とてもたくましいんだねぇ……んぅ……」 「そ、そうかな……」 「ああぁ……すごく男らしいよ……んん……」 「姫百合の女の子らしいところを見て、こんなになっちゃってるんだ」 「そう……うれしいな。でもこれが私の中に入ると思うとまた……ちょっと緊張してくるかも……」 「い、いや……でも別に無理をしなくていいんだよ」 いくら俺を気持ち良くさせたいからと言っても、初めてでそこまで尽くしてくれなくても……。 「む、無理じゃないよ。大丈夫……それに、私自身がすごくしてあげたいし……早く、君のものにされたいんだ」 姫百合はまた一段と色っぽくなって……ああっ、やばい……もう挿入したくて仕方ない。 「ん……で、ではっ……その大きくなっているモノを私の中に……い、入れるよ……」 「あ、ああ、うん……頑張って、姫百合」 「う、うん! 頑張る……んあっ、あぁ……んんっ!」 姫百合がしっかりとペニスを握って秘所に押し当て、腰をゆっくり沈めていく。 柔肉が先っぽを咥えるみたいに見える……。 「ひぐうぅっ!? んはっ、はぐぅ……んああぁっ!」 「ど、どうした!?」 「あぐぐぐぅ……きゅ、急に痛みが……んぐぅ……私のが……ひ、拡がるぅ……んあっ、あいっ、痛っ、つうううぅ……ううんっ!」 感覚的には順調に入ったと思ったけど……よく見たらまだ全然先っぽがちょっとだけ入ったくらいだったのか……。 「あ、あまり無理はしないで」 「んふうっ、ふぅ……も、問題ないぃ……も、もっといく……んんぅっ! うがっ、んぐううぅっ! ひゃぐっ、んんぅ……はああぁっ!」 「くあっ……す、すごい狭さで、熱ッ……ぐっ……この感覚……やばすぎる……」 「んくっ、ふあっ、んいいぃ……んはっ、はっ、はうぅ……んんぅ……い、今どのくらいぃ? んうぅ……じ、自分で見られない……」 「先っぽが入った、くらい……」 「そうかぁ……んんっ、うんっ。もう少しぃ……んくっ、ふああぁ……ああぁ!? な、何かここが妙に……んくっ……か、硬い……」 「うっ……ああ、そうみたいだね。俺の先にもなんだか硬いのが……」 ああ、そうか……そこがきっと姫百合の純潔の――。 「うぐぅ……こ、これが……私の処女膜……んんっ、はあぁ……あぁ……これを越えれば、きっと……ずっといっぱい入る……んんぅっ……」 「君を……っ、もっと奥まで、受け入れられるぅ……んんっ、はあぁ……あぁ……」 「姫百合……」 そんなに俺を想ってくれているのか……。 「んんぅ、それじゃ……私、一気に――」 「ちょ、ちょっと待って! さすがにそれは痛いんじゃない?」 「いや……どっちにしろ痛いなら……そっちの方がいいから……んくっ、ふぅ……律くんの方は……大丈夫?」 「あ、ああ俺の方は気にしなくていいよ。それより……ほんとに無理はしないで」 「うん……ありがとう律くん……じゃあ……すーー……んっ!」 「んぐううぅっ! ふっ、んあ゛あ゛あ゛あ゛あぁっ!」 「ぐうぅっ!? きつ……!」 ペニスを通じて、なにかブチブチと裂けるような感覚が伝わってくるけど……。 こんな狭いのにホントに入るのか? う……むしろ俺の方が心配になってきたな……。 「んいいぃ……んんうぅっ!!」 すとんっと姫百合のお尻が俺の太ももの上に落ちてきた。 柔らかい肉のクッションが心地よい……が、まるでおもらしをしたかのようにじんわりと結合部から生温かい液体の温度が伝わってくる。 俺達は、ついに―― 「んくっ、ふああぁ……はあっ、はあぁ……こ、これでぇ……んんっ、んふぅ……全部入ったぁ……うぐっ、くふぅ……はあぁ……」 どうやらそうらしい。けれど、この熱さと狭さ……入れている姫百合は相当、辛いはずだ。 「だ、大丈夫っ!? 痛いだろうに……」 「んんぅ……ふうっ、ふぅ……はあぁ……でも、そんなに思ったほどじゃない……このくらいならまだ問題ないレベルだよ……んんぅ……」 「そ、そうは見えないけど……」 なんとなく軽く下半身が震えているみたいだし、それに繋がってる部分からじんわりと破瓜の血が伝っている……。 「ん……それより律くんの方は大丈夫? あっ、んんぅ……きつかったから……入れた時に痛かったんじゃないかな……」 「まさか……すごく気持ち良かったよ。今も中に入ったままなのに出ちゃいそうだ」 「で、出る……って、まさか――」 「うん。気持ちよくて、射精するってこと……」 「はぁっ、はぁっ……良かった……私で、律くんを、悦ばせることができて……」 強張った表情を見せないように、必死で柔らかい笑顔を作る姫百合。 その優しさも相まって、俺はすぐにでイッてしまいそうになる感覚を、必死に堪えていた。 姫百合の膣内をもっと、もっと味わいたい……。 姫百合にリードを任せてなければ、危うく快楽に任せて、めちゃくちゃにしてしまっていたかもしれない。 「ん……我慢、してる……?」 「な……っ!」 「あっ、んぅ……だって、君のここ、ピクピクしてて……じっとしてるのが、凄く苦しそうだよ……? それに、律くん、さっきからずっと黙ってる」 「そ、それは……その……っ、初めてで痛そうにしてるから……っ」 「私を気遣ってくれて、いたんだ……」 「け、けど、気持ち良すぎるから、踏ん張ってないといけなくて……っ。ごめんっ、情けない彼氏でっ!」 「そ、それで、静かに……嬉しいな。こうやって労ってもらえるの、すごく、幸せ……」 「俺、もっと姫百合を感じたい……けど、姫百合のことも大事……だからっ」 「……あ、あぁ……んっ、んんっ。すごく、大切にされてるの、わかる……」 「はあぁ……ん……なんだか心がほっこりしてきて、痛みが和らいできてる……んんぅ……」 「ほ、ほんとに?」 「うん……まだジンジンとした痛さはあるけれど……裂けるような強い痛さはあまり感じないよ……んんっ、あぁ……んふぅ……」 「んっ、はあぁ……不思議……ふふ、何でこんなに違うんだろう……」 「んふぅ、ああぁ……きっと、私の中がどんどんと君に馴染んでいって、君を気持ちよくさせてあげようって気持ちが……」 「そ、そうなの……?」 俺に気を遣ってるのか……いやでも、確かにもう、厳しそうな顔じゃないし……ホントにそうなのかもしれない。 そんなことって、本当にあるのかな……。 「んはぁ……あっ、これってもしかして愛の力……とか? うっ……なんだか自分で言っててすごく恥ずかしくなってきた……」 「姫百合のそういう乙女チックなところ……大好きだよ」 「ほ、本当にそう思ってる? からかってない?」 「姫百合がそう言うんならきっとそうなんだよ。俺は信じる」 「律くん……もう私嬉しすぎて……」 自分からするのが照れくさいのか、姫百合が素早く腰を曲げキスを催促する。 「んっ、ちゅっ……あ、ありがとう……私の初めてを奪ってくれて……」 「これでもう、身も心も君のもの、なんだね……」 「俺も初めて、姫百合にあげられて良かったよ……」 「あっ、んんぅ……嬉しい……っ。もう、そろそろ、大丈夫かな……」 「うっ……!?」 まだ俺の事を気持ち良くさせようとして……もしかして、このままもう動く気なのか? ゆっくりとやり方を探るように腰を浮かせようとするが―― 「ひっ……あっ、ん! はあっ!」 すぐに腰を落としてしまう。生まれ立ての子鹿みたいに、脚が弱々しく震えている。 このままじゃ、リードをしているとは言い難い。それでも、姫百合は俺の期待に応えようと動き出す。 「ご、ごめん……ちゃんと、しっかり、やるから」 きっと未知の感覚に襲われ続けて、力が抜けてしまっているんだろう。 俺を気持ちよくさせたい一心で、姫百合は――。 「いいよ、姫百合……その、平気だったら、俺が動くから」 「え……っ」 「無理しないで。姫百合の一生懸命な気持ち、ちゃんと伝わってるから。でも、俺の前では、甘えていいんだよ」 「あ、うっ、うぅ……」 自発的に申し出た以上、その期待に応えようと必死だったのかもしれない。 けど、俺の前では――俺の前だけでも、普通の女の子として生きて欲しい。 「……わかりました。律くん……お願いします」 「た、ただ、俺も初めてだから、上手く出来るかわからないんだ……。また痛くなったら、ちゃんと教えて」 「はぁ……っ、あぁ……大丈夫っ。律くんのしたいように、して……」 「わかったよ。とりあえずゆっくり動くよ」 「お、お願い……んっ……」 姫百合の表情を窺いながら、腰を緩やかに押し出していく。 「んふぅ……はぁっ、んぅ……あんぅ……ああっ、はあぁ……ん……ふんぅ……あ……んくっ、あっ……はあぁ……」 「んっ……どうかな?」 「うんぅ……これなら平気ぃ……あっ、んっ……痛くない……んんっ、ふぅ……律くんの優しさが伝わってくるよ……ああっ、あんぅ……」 「んふぅ……でも、律くんの……物足りなさそうにしてる……」 「そ、そんなことないって」 「嘘……っ、私の中で……ビクンビクン、脈を打って、怒ってるみたいだよ……?」 いやいや、それはただ、気持ち良過ぎるだけで……。 けど、確かに、速度を速めたり、奥までズッポリと押し込んだら、どんな気持ち良さが待っているんだろう。 「いいよ……んんっ、はぁ……もう少し……ちゃんと動かしてもいいから……んん……っ」 「いや、でもまだ……」 「はあぁ……んんっ、んふぅ……少しくらいなら私も腰を浮かせられるし……んふぅ……つ、突き上げたりして、いいからぁ……っ」 「じゃあ、ちょっとだけ……でも痛くなったら我慢せずにね」 「ああぁ……はんぅ……うん……」 よし……じゃあ上下に出し入れしてみよう。 「ふうっ、んんぅっ! あっ、ああっ! んんぅ……んいっ、んふぅ……はうぅ……ああっ、はあぁ……ああんっ!」 膣内でしっかり擦られただけで、こんなに気持ち良くなるとは……! さっきの動きの時とは比べものにならないくらいに、ペニスから快感がビンビン伝わってくる。 「んふぅ……んんぅ……な、何でだろう……あっ、ああんっ……中で擦れてっ、んっ。熱いの感じるよぉ……っ」 「ん、んっ……さっきのイッたみたいな感じっ、ううんっ! 体の奥、かき回されてるみたいになってる……!」 「う、うああ、姫百合ぃっ」 俺の我慢汁に加え、姫百合の愛液が更に分泌され、滑りも良くなってきてる。 多少は、感じ始めてくれているんだな。 「え……んんぅ……はあぁ……あ、あ、う、うん! くっ、ふっ、ふああっ!」 今度は押し込んだまま円を描くように腰を動かし、姫百合の膣内を拡げる。 「……ああっ、あっ、んふぅ……んんっ! あうぅ……で、でもこれゆっくりなのに……ず、ずいぶんと良くなって……んああっ!」 「すごく気持ち良くなってきちゃったみたい……んふぅ、はあぁ……お腹の奥が熱くなって……気持ちがフワフワしてくる……ふあぁっ!」 「あぁ、姫百合の膣内もうごめいて……一緒にちゃんと気持ち良くなれてるんだね……っ」 「あえ? んあぁ……あっ、あんっ……ほ、本当……勝手に、動いちゃってるぅ……んんぅ……はうっ、ああっ、んぅ……んくっ、はぁ……」 「はあっ、はあっ……! かき回されて、熱いの、いっぱい感じてるっ、んふっ、ふあぁ……あっ、ああぁっ! んああぁっ!」 こんなに艶めかしくよがってくれるようになるなんて……。 「くぅ……や、やばい……またすごい締め付けが……」 「ふやあぁっ!? あっ、あふっ、んんぅ……あっ、ああんっ! あうっ、はっ、はあっ、あくっ……んっ、んっ、んいっ、はああぁっ!」 「んああぁ……こ、擦れるぅ……ああっ、ズルズルと中で……んんっ、ああぁっ! 律くんのっ、早っ、擦れるううぅっ!」 「んいっ、ひうっ、んあっ、ああぁっ! あふぅ……ああっ、もっと、もっと、私で感じてっ」 「う、うあ……動かれたら、俺……っ」 脚の感覚が戻ってきたのか、姫百合も俺の動きに合わせて腰を動かし始めていた。 どんどんと摩擦の速度が増していく。俺を求めている姿がすごくいやらしい。 「んくっ、ふあっ、あふっ、んんぅっ! あっ、あっ、律くんっ、ああんっ! へ、変ぅ……もうこれっ、またっ……ひんっ、んああぁっ!」 「はうっ、んうぅ……ぜ、絶頂にぃ……んっ、ああぁっ! さっきよりもすごいっ、ひっ……い、イク……いっ、イクううぅっ!」 「またすごい締め付け……げ、限界だ……も、もう出るよっ、姫百合!」 「あっ、ああっ! はああんっ、ああぁっ! あ、イクのぉっ? はあぁっ! うんっ、良いっ、良いぃっ! ふああぁっ!」 「ああっ、あっ、出してぇ……んんっ! 私にそのままっ、出してっ、出してええっ! い、一緒にっ、い、イってええぇっ!」 「姫百合っ!」 「ふああああぁっ! ああっ、いっ、いいいいぃぃぃぃっ!」 ストンと姫百合が腰を下ろした瞬間に、こちらからも突き上げ、奥で一気に精液を解き放った。 そのまま抜けなくなりそうなくらい、膣内が俺のペニスに食いついてくる。 「いうっ、はっ、あんぅ……んくっ、んんぅっ! 中でっ、暴れてるぅ……律くんのがっ、熱いのを出しながらぁ……んくっ、ふぬうぅっ!」 すごいな……今までにないくらい、いっぱい出てる……これがセックスでの射精……。 や、やみつきになってしまいそうだ……! 「んくっ、んんぅ……はあっ、はうぅ……んんぅ……す、すごかったぁ……んふぅ……ああぁ……まだ少しピクピクして……んあぁ……」 「俺を最後までしっかり受け入れてくれて……俺、姫百合の初めての男になれて嬉しいよ」 「はあぁ、あぁ……私も……優しくて、すごく私を大事にしてくれる律くんで……んんぅ……本当に良かったぁ……」 「それに……こ、こんなに気持ち良いことも初めて知ったから……うぅ……だ、ダメ……思い出したらまた妙な気分になっちゃ、う……」 「そ、そんなに良かった……?」 「うん、良かった……ん……すっごく良かった……はあぁ……律くんがしたいなら、何度でも出来そう……それくらい良かったよ」 「俺も……もう、すごく、良くて、そ、その……」 「はぁ、はぁ……ど、どうしたの? モジモジして……あっ!?」 その……また元気なっちゃうよな……そんな可愛いこと言われたら……。 「もう1回だけ……いいかな?」 「あ……んふふっ……うん、わかった。今度はもっと私が動くから……だから、また私で気持ち良くなって……ね? ふふふ……」 「ああ……姫百合にも、いっぱい気持ち良くなってもらうから」 「ふふ……楽しみ……んんぅ……あっ……」 さあ、2回戦目に突入だ。さっきよりもっといっぱい姫百合を愛してあげよう。 ……いや、これはもう2回だけじゃ終われないかもしれないな……。 「それで、夏休みに入ってどんな感じなの?」 「どんなって……何が?」 「とぼけないで。ひめりーとの仲よ」 「聞かない方がいいですよ、おりんちゃん」 「え、どうして?」 「……はっ! まさか、破局したの!?」 「縁起でもないこと言わないでくれ。しかも少し嬉しそうにするな」 「そ、そんな、嬉しそうだなんてぇ〜。ニヤニヤ」 「断言するよ。姫百合とは、ちょーいい感じにお付き合いさせてもらってるから」 「な〜んだ……」 「だから、なんでちょっと残念そうなの」 「え、ちょっと待って。今なんて言った?」 「ん?」 「ひめりーのこと……呼び捨てに……?」 「ああ、うん」 「なにそれ! すごく深い関係みたいじゃない!」 「おりんちゃん。みたい……じゃなくて、既にそうなんですよ」 「ええっ!?」 「もうずっとニヤけてばかりだし、見ていて呆れるばかりです」 「そ、そんなに?」 「そんなにニヤニヤしてたかなー」 「自覚がないって怖いですね」 「んー、そうだったかなぁ。あ、姫百合!」 「噂をすれば!」 「律くん!」 生徒会の仕事から姫百合が戻ってきた。 ああ、今日も麗しいなぁ。 「お疲れ様」 「迎えに来てくれたの?」 「ああ、そろそろ終わる頃かなぁって思って」 「……ありがとう♪」 「えーと、一応私たちもいるんだけど……」 「もちろん知ってるよ、オリエッタ。今日も元気そうだね」 「ええ、おかげさまで――」 「じゃなーい! あんたたちを冷やかそうと思ってたのに、何その態度!」 「えっ……別に、普通だと思うけど」 「くううっ、さすがひめりー。余裕綽々ね……!」 「何の評価かわからないけど……オリエッタはなんで怒ってるの?」 「俺達のリアクションが面白くないそうだ」 「そ、そんなこと言われても……」 「ああ、もう! 困って欲しいの、そこじゃないから!」 「まったく何なのよ、この2人。ちょっと見ない間にすっかりできあがって」 「おりんちゃんも無駄な努力はやめましょう。これじゃあ、ただのお邪魔虫ですよ」 「きい〜〜悔しい! せめて一矢報いてやらないと気が済まないわ!」 「しょうがないですね……。すみませんがお2人とも、少しだけ冷やかされて下さい」 「あ、ああ、わかったよ」 「ヒューヒューお2人さん熱いねー!」 「古っ!」 「今時それはないですよ、おりんちゃん……」 「な、なによ! 冷やかしの基本でしょ!」 「もうちょっと恥ずかしさを煽ったらどうですか?」 「そっか……それなら――ヘイヘーイ、手とか繋いじゃえよー」 俺は姫百合と手を握った。 「……はい」 「普通にやってるし! しかも恋人繋ぎじゃない!」 「うん……けど、人に言われてやるのは、やっぱり恥ずかしいよ」 「恥ずかしいなら、今すぐやめればいいのに……!」 「本当はいつまでも、こうしてたいんだけどね」 「しかも見せつけられてる始末!」 「もう諦めましょう、おりんちゃん……。お菓子、わけてあげますから」 「うう……ありがと、ふーこ」 観念したオリエッタは、諷歌と仲良くパウンドケーキをわけっこしていた。 それを見ていたら、俺も喉が渇いてきたな。 「姫百合、コーヒー」 「はい、ただいま」 「……もう洗剤のCMでも出演してれば」 「夫婦みたいだって? 嬉しいこと言ってくれるね」 「絡まない方がいいですよ」 そうこうしてる間に、コーヒーのいい香りが漂ってくる。 「はい、あなた」 「うん……新聞はどこだっけ?」 「はい、こちらです」 「ありがとう」 「な……なに今の?」 「うん、美味しいよ。やっぱり姫百合の淹れたコーヒーは最高だ!」 「ふふっ、嬉しい。お代わり欲しかったらいつでも言ってね」 「……また始まっちゃいましたか」 「ふ、ふーこ! これって、何!? なんなの!?」 「おりんちゃんにはまだ早いですよ。さ、お部屋に戻りましょう」 「はぁ……落ち着く」 「大好きな人と飲むコーヒーは格別だね」 「さっき、オリエッタがさ……俺達のこと、夫婦みたいだって」 「えっ……! ほ、ホントに? や、やだ……そういう風に見えるんだ。恥ずかしいな」 「その可愛い反応、オリエッタに見られなくて良かった」 「も、もう! 律くんにだって、見られたくないよ」 「夫婦の間に隠し事はいけないと思います」 「そ、そんな……結婚は、まだ早いって……」 「けど、そういう風に思ってくれてるの、嬉しいよ。早く素敵な花嫁になりたいな」 「その為の花嫁修業……俺、ホント幸せだなあ」 「わかってると思うけど、花婿さんにも頑張ってもらうからね」 「う、うぐ……っ、善処します」 「ふふっ、今のままでも素敵な旦那様だよっ」 ソファーで肩を寄せ合い、ゆったりとした時間を過ごす。 「あ〜〜そうだ。姫百合。宿題、ちゃんとやっといたよ」 「ホント!? それで、律くんっ。どこに決まったの!?」 「ふふふ……きっと姫百合も気に入ってくれるはず。今回のチョイスは特に自信あり!」 「ま、待ちきれないよぉ〜。早く教えて欲しい……」 子供みたいに甘えちゃって、可愛いなあ。 「ズバリ、夏と言ったら――海水浴さ!」 「海……! ホント!?」 「ここまで煽っておいてなんだけど、大丈夫だった?」 「うんうん、もちろん! 良かった……いつ誘われてもいいように、しっかり準備しといて」 「女の子は色々とお手入れが大変なんだってね」 「そ、そうなんだ――って、そういうことじゃなくて、水着の用意だよっ」 「ああ、姫百合の水着姿。どんなのかなぁ……楽しみだ」 「緊張しちゃうな……けど、期待に応えられるよう頑張るね」 もう準備が整ってるのに、何を頑張るのかは敢えてツッコまず。 「じゃあ海で決まり! いっぱい泳ごう!」 「うん!」 「おお……潮の匂いがすげえ!」 照りつける太陽、青い海。どこまでも続く砂浜。 夏はやっぱり海だよな。テンションが上がるぜ! 「さてさて、姫百合はまだかな?」 愛しの彼女の姿が見えない。 着替えに手間取ってるのかな? 「姫百合の水着姿……楽しみだなぁ」 海に到着するまで、あまり期待しないでくれとか、大した水着じゃないとかいろいろ言ってたけど……。 ごめん、めちゃくちゃ期待してる。 だって、初めて拝む彼女の水着姿だぞ? 期待しない方がおかしいって。 ビキニかな……うーん、スク水みたいに繋がってるのも似合うよな。 スポーティーな感じのもありえそうだし…… 女の子らしく、フリルとか付いてる可愛い水着だったりして。 「ああ、絶対どれも似合う……」 一緒に買いに行けば良かったぁ……! 「り、律くん……お待たせ」 「おおおっ!?」 「……」 恥ずかしそうに身体のラインを腕で隠してる姫百合。 「ビキニだ!」 「う、うん」 「かっ、可愛い……素晴らし過ぎるほどに最高に綺麗だ!」 「ええっ!? そうかなぁ……」 「ちょい、手をどかして見せて」 「え?」 「もっと見てみたい。いい?」 「ん……こう?」 「おおおお……」 「……」 流石のスタイルだな……と見惚れてしまった。 この身体を独り占めできるなんて……俺はなんて幸せなんだろう。 「いつもより心臓バクバクいってる」 「前にも、見せたのに……?」 「それとこれとは別だよ」 「そうなんだ……」 「はぁああああ、しかし可愛いなぁ! 悶えそうになる! というか、もう悶えてる!」 「そんなに喜んでくれてるの……?」 「もちろんだよ! 彼女の水着姿を見て、喜ばない彼氏はいないっ!」 「そ、そっか……嬉しいな」 「どんな水着が気に入ってもらえるかよくわからなくて……でも、それを聞くのも恥ずかしくって」 「すっごい似合ってるよ!」 「うん……ありがとう」 「律くんにそう言ってもらえると、恥ずかしいけど大胆なの着てきて良かったって思えるよ」 「うんうん!」 やばい……姫百合の水着姿がこんなにも魅力的だなんて。 肌色が眩し過ぎて、直視したいけど出来ないこのもどかしさっ!! 「はっ!」 気のせいだろうか、ビーチの注目を浴びているような……。 「いや、気のせいじゃない!」 よくよく見てみれば、上下とも水着は紐で結ばれる形をしていて…… ふぁあああ、色っぽいけど、解けるかと思うと心臓が張り裂けそうだぞ! 「……どうしたの?」 「姫百合、身体にバスタオルを巻きなさい」 「えっ? な、何か変?」 「みんなが見てる。減る! 俺の姫百合が減る!」 「ええっ!? へ、減りはしないと思うよ……?」 「注目浴び過ぎなんだって。姫百合がアイドルばりにセクシーなんだから、みんなこっち見てる」 「な、ないって。そんなこと……」 と言った途端、通りすがりの男たちが姫百合に目を奪われていた。 「あぅ」 「ほらほら! ああ、やだな。自慢したいけど、見られたくないこの感じ」 「うぅ……なんか、見られてると思ったら、急に恥ずかしさが増してきたよ」 なんと……! ここは彼氏として、周囲の興味から遠ざけねば。 「残念だけど、みんなの視線から姫百合の完璧に守るのは難しい。というわけで――」 「あっ……」 俺は姫百合の手を取り、駆け出した。 「もう少し、人目の少ないところで遊ぼう!」 「う……うんっ♪」 砂浜を恋人と一緒に駆けるというのは、なんというかベタだけど……楽しい。 「はぁっ、はぁっ……よーし、ここならもういいかな」 「ふふ、まるで恋愛ドラマの一幕みたいだったね」 「ごめんよ。急に駆け出したりなんかして」 「ううん、大丈夫」 「私も、彼氏を他の人に見られるのも嫌だったから……」 「え?」 「う、ううん! 何でもない!」 「ありがとう。姫百合も同じ気持ちでいてくれて嬉しい」 「って、聞こえてる〜〜〜!」 「はははっ、もう1回聞きたくてさ」 「もう……律くんは私が真っ赤になるのを見て楽しんでるんでしょ、えいっ!」 「わぷっ!? つべてっ」 「ふふふ、仕返ししたいなら捕まえてみて!」 「ちょ、ちょっと待って、俺も……ああ、その前にきっかりしっかり準備体操!」 「律くん、早くー!」 「はいはーい!」 「あはは、気持ちいいー!」 「海最高ーーっ!!」 「なんだか私達はしゃぎ過ぎ?」 「過ぎるくらいが丁度良い!」 「ふふっ、だよね!」 おお、波と戯れる姫百合……美しい! 胸がはち切れそうに揺れて、眼福眼福! 「律くん、いくよ!」 「へ? わわ、ビーチボール? わぶっ!」 「わっ、大丈夫!?」 「ぷはああっ! ダイジョブダイジョブー! あれ、ボールどこいった?」 「うしろ、うしろ!」 「あ、あった! よーし、今度はカッコいいところを……それー!」 「わ、遠すぎ……きゃあっ!?」 今度は姫百合が派手に転んだ。 「ははは、大丈夫ー?」 「ぷあっ! 大丈夫ー! ふふっ、私まで転んで……」 「って、あれ!? あ、や……きゃあっ!?」 「え、ど、どうした!?」 「〜〜〜〜〜〜〜っ!」 「姫百合!?」 波間から顔だけ出して、慌てて周りをキョロキョロと。 「り、律くん! 助けてー!」 まさか、足をつったのか!? それとも何か別のハプニングが…… どちらにしても急がないと!! 「姫百合っ!!」 「あう、そんなぁ」 「と、とにかく俺に掴まって! っと、うん?」 お……お? これは…… 胸のかんしょ……く? いくら水着とはいえ、妙に感触が生々しいというか…… 「ご、ごめんね……その……ビキニが、外れて……」 「えっ!?」 思わず水面を見ると、確かに姫百合の胸が生のままゆらゆらと揺れて……。 うお……俺の胸にぴったりとくっついてる! 「ど、どうしよう、律くん!」 な、生のおっぱいがぐいっと押し付けられてるぅ! 「どうしようっ!!」 「い、今の衝撃で外れたの!?」 「た、たぶん……」 姫百合が半泣きでコクンと頷いた。 「そ、そうだよな……胸が大きいとそういうこともあるんだよな……」 「私の、水着……」 このままじゃ姫百合が海から上がれない。 「よ、よし、俺が探してくるよ!!」 「だ、駄目っ!!」 「えっ!?」 「う、動いちゃ駄目……」 「えと……どうして?」 「……」 「見えちゃう……」 「あ……」 いくら人気のない所に移動したからと言って、完全に人がいなくなったわけじゃない。 両手で零れるほどの豊満な胸を、腕だけで隠しきるのは難しいことだろう。 となれば…… 「このまま……?」 「うん……このままでいて」 「いいけど……」 このままじゃ問題は改善しない。 「水着は……?」 「ど、どうしよう……」 完全にテンパっている。 こんな状況だけど、つい可愛いと思ってしまった。 いつもは冷静でしっかり者の姫百合が、今はこんなにも縮こまっておどおどして……。 「大丈夫、俺がなんとかするから」 安心させようと頭を撫でる。 「律くん……」 背中に手を回され、ぎゅっと姫百合に抱き締められた。 「ひ、姫百合?」 「あったかい……」 「そ、そりゃ人肌は温かいと思うけど……どうしたの、急に?」 「水着……どうでも良くなっちゃったかも」 「ええっ!? どうして?」 「こうしてあなたと密着してるだけで幸せだから」 「……」 「……律くんは違う?」 嬉しいことを言ってくれる。 「違くないよ」 「なら……いい?」 「……うん」 なし崩し的に、抱き合ったままになってしまった。 これで良かったのかな……。 冷静になると、生おっぱいの感触で頭がフットーしそうなんだけど!! 「んっ……温もりが心地良い……」 温もりが、むにむに……。 ――じゃなくて、抱き合いながらも水着を探さないと! 「どれ……」 実はすぐ手の届く所にあったり…… した!! 「あったー!」 「えっ?」 「ほら水着」 「あ、ホントに……はぁ、良かったぁ」 「じゃあ着けるよ〜」 「え? わ、じ、自分で着けられるから……きゃっ!」 後ろに手を回し、ビキニの紐を前に引っ張ってくる。 「ちょ、ちょっとぉ……!」 ふおおう、姫百合の胸柔らか〜い。 「や……あんっ、ドサクサに紛れて胸、触って……んっ!」 「姫百合のおっぱい、最高に気持ち良いー」 「え、えっちぃ……はぁんっ! や……んぅ!」 「じっとしないと、上手に着けられないよ。また外れないように、しっかり結ばないと」 「そ、そんなこと言ったって、律くんの手が……はぅ……そ、そんなに胸、揉まないで……あぅ」 「んんっ、いや……あ、駄目……乳首、触っちゃ……あぁん!」 「ほら、声も我慢」 「う、うぅ……はぁ、あ……あぅ……ん、んんっ……はぁ」 姫百合が顔を真っ赤にして耐えている。 プルプル震えて……必死で我慢してる姿がいじらしいなぁ。 「はぁっはぁっ……こ、こんなところで私……」 ……そうだった。 人もいるから、これ以上は危険だな……俺の理性も吹き飛びかけてたし。 やめられる内にやめておこう。 「はい、出来ました」 「はぁっ、はぁっ……う……はぅ……」 「……感じちゃった?」 「も、もう、律くんのスケベ……」 涙目で睨まれた。 「あ、あんまりふざけていると、今度は律くんの水着がどこかに行っちゃうんだからね」 「そ……それは洒落にならないな」 思わず、水着の紐を結び直した。 「ごめんごめん、もう変なことしないから。ね?」 「うー……本当?」 「ホント、ホント!」 「それはそれで……むぅ」 (私をエッチな気持ちにさせたくせにぃ……) 「どうかした?」 「な、なんでもない。あ、ビーチボールは!?」 「そういえば……あー、沖まで流されてるー!」 「は、早く拾わないと!」 「あわわわっ!」 「あははは、どんどん流されていくよ。律くん、頑張れー」 「おーう!」 その後も海の家で昼食を取ったり、ビーチバレーの続きをしたりと。 姫百合と心ゆくまで海を堪能した―― 「ふぅ……結構動いたな〜。疲れた?」 「大丈夫だよ。律くんは?」 「情けながら、ちょい疲れた。少し休憩しようか」 「うん、そうしよう」 「やっぱり姫百合の運動神経は流石だな」 「そんなことないよ。泳ぎじゃ全然律くんに追いつけない」 「それは男と女の体格差ってヤツで。俺も結構必死だったから」 「ふふっ、負けず嫌いなんだね」 「というより、カッコいいところ見せたかった」 「私からしたら、十分過ぎるほどカッコいい」 「ふぁっ!? う、嬉しいけど全然だよ……変な声出たし」 「謙遜する必要ないよ。素直にそう思ってるんだから」 「ん、ありがとう……けど、姫百合の方が気も利くし努力家だし、全部が魅力的で可愛い」 「あ、あふ……っ」 「ね、恥ずかしいでしょ?」 「……うん。人気のある場所で話す話題じゃなかった」 耳まで赤くして縮こまりながら、姫百合はそう言った。 そんな彼女を見ていると、悪戯心が湧いてきて…… 「でも、どこであっても恋人同士なんだから、愛情表現は必要だよね」 「え?」 ゆっくりと顔を上げた姫百合に近付き―― 「んむっ!?」 不意を突いたキスをした。 「ぷはぁ……律くん……」 「好きだよ、姫百合」 「私も……ん、んちゅ……ちゅぷっ……はぁっ……ちゅっ、んっ……はぁ、んむ」 彼女の柔らかい感覚が忘れらなくて、もう一度唇を重ねる。 「ちゅむ……ちゅく、んっ……はぁ……はむっ、ちゅぴっ……んっ……はぁ……はぁ」 「……ずるいね、律くんは」 「ずるい?」 「何から何までリードされてしまってる気がする……」 「でも、そんな風にリードしてもらえると……心の奥底がこう、キュンと……してしまうんだ」 「私は、そうしてもらえることを欲していて……すごく嬉しくて……」 「年上らしくリードしたいという想いはあれど、女性らしくリードされたい想いの方が勝ってしまってるみたいだ……」 「姫百合……可愛い過ぎる」 「え? ど、どこが……?」 「全部。あまりにも姫百合が可愛くて……興奮した」 「興奮!?」 キスしたせいもあると思う。 けれど、姫百合は可愛い過ぎるという言葉がぴったりなんだ。 ひと言ひと言が俺のツボをついてくるような感覚で、あっという間に姫百合しか見えなくさせられてしまう。 まるで身体の隅から隅まで、姫百合の全てを欲してるみたいに。 そう、姫百合を欲して…… 「お、大きくなった……」 「大きく……?」 「って……え、ああ、そういう……そう、なってしまったんだね……」 「えっと……それは律くんの彼女としてとても喜ばしいことではあるのだけれど、やはり外でそういうことになるのは……」 「ごめん……」 「いや、謝ってほしいのではなくて!」 「というか、言わなければ気づかれなかったのに……いや、このまま収まらなければデートどころではないか……」 「ん……そうだね。すごく目がいくというか、もっこり……」 姫百合が傍にいる限り、収まらないんじゃないかとさえ思う。 ……男の性を恨みたい気分だ。 「と、とりあえず、律くんこっち!」 「え、ちょっとどこに……!?」 「これは……」 「これで、いいのかな……?」 「えっ……?」 目の前には姫百合の大きな胸。 そして、半ば強引に挟み込まれている俺の怒張。 これってつまり―― 「やはりこの胸では、律くんは……あまり嬉しくなさそうだ」 「え、そんなことない! すごく嬉しい!!」 「ほ、本当に……?」 「本当に!! 突然でびっくりしただけで……」 「どうして、こんな状態に……?」 「あ……うん。恋人同士の営みの中にはこのようなやり方もあると書いてあって……」 「え……」 「無知なものだから、いろいろと私なりに調べた結果で……す」 「あ、あの……やはり律くん的に、こういう女は――」 「可愛い!!」 「ふぇっ!?」 「やっぱり姫百合は可愛過ぎる! 1日に何度可愛いって言えばいいんだ!」 「や、そう言われても、私はどうしたら……」 「そのままでいいよ! 俺のために知らないことも調べて、努力もしてくれたんでしょ?」 「そんな大袈裟なものじゃないけど……律くんと恋人同士になれたのだから、私はきちんと向き合っていきたい」 「だから、その……調べた、というか……」 「それ本当に嬉しい。俺も姫百合と同じだから」 「律くん……」 「やっぱり姫百合は……本当に可愛い人だ」 「あう……あり、がとう……」 「ん、んんっ……駄目だ、まだ慣れない」 「慣れない?」 「目を見てそのようなことを言われると、すぐ逸らしてしまうから……」 「そんなところも可愛い」 「……っ」 「そ、そうやって律くんは……」 「困ってる? 照れてる?」 「両方、かな……」 「うぅ……きっと何度言われても、慣れないんだろうな……」 「と、とりあえず! 私に胸で……律くんのをご奉仕させてくれ」 「うん。ありがとね、姫百合」 「くすくすっ、私がしたいのだから礼はいらないよ」 「これで律くんが喜んでくれるなら、私は……何だってしたい」 「な、何でも……?」 「あ……でも、律くんはツンデレ……という方が良かったりするのかな?」 「こほんっ……べ、別にあなたのためにやってるんじゃないんだからね……とか」 「……それも調べたの?」 「……うん」 なんてことだ!! このような体勢じゃなければ、すぐにでも抱きしめたいっ。 「けど、違ったかな……? ボクっ子と呼ばれるような――」 「そのままの姫百合でいいよ。俺はそのままの姫百合が好きなんだから」 「そ、そうか……うん」 こういうやり取りをすると、姫百合も俺との恋愛が初めてなのだと実感出来てホッとする。 何でも出来る姫百合には俺なんてもったいない……と、心の奥底では思ってたのかもしれない。 けど、姫百合にとってもそれは一緒で。 俺達……結構似てるのかも。 「えーっと……それで、これは……」 冷静になってみれば、目の前に広がるのは物凄く刺激的な光景で。 ――姫百合自ら俺のものをその大きな胸で挟んでいる。 それだけで彼女を支配しているような感覚に、男としての欲望が満たされていく。 「あ、ああ、ごめん。このままだときつい……?」 「うん……動いてほしい、かも」 「わ、わかった」 ゆっくりと波打ちながら、上下に揺らされる姫百合の胸。 根本までしっかりと挟まれた肉棒には、ゆったりとした動きにも蕩けそうな快感が押し寄せてきた。 「こう……でいいのかな」 「うん、いいよ……そのまま……」 「んっしょ……んっ……はぁ……んっ……はぁはぁ……んっ、ふぅ……」 「んん……しかし、その……間近で見ると、律くんのこれは……」 「はぁ……んっ……少し、変わった形をしているんだね」 「え……変?」 「そ、そういう意味ではなくて……家族でさえ男の人のものを、私は見たことないから……」 「だから……こんな近くで見るのは初めてで……へ、変だとわかるほどの知識はなくて……」 「その……えっと……」 視線はペニスに釘付け。 こんなにしどろもどろになるほど、俺のものに興味が……? 嬉しい反面、恥ずかしさもすごくて…… 「あ、あまり見つめられると、その……」 「で、でも、よく見ておかないといけないよね……?」 「えっ?」 「これが私の大切な、律くんの……なのだし」 「う……」 「そう思うと、段々愛おしく見えてくるものなんだね……」 「あ……今ピクッと動いた? 気持ちいい?」 「ん……姫百合の息が当たって、もどかしい感じ」 「私の吐息まで感じるの?」 「そりゃ、そんなに至近距離だったら……」 「敏感なんだね……ここ、もっと刺激を欲しているのかな?」 「うん、もっと……もっと強く擦ってほしい」 「もっと強く……だね。わかった」 「こんな感じで、んっ……はぁっ……どうかな? んふぅ……痛くはない?」 「んっ、うん……全然。もっと強くても……姫百合の胸、柔らかいから」 「んっ……ふぅ……こんなに強くしても、いいものなの……? はぁはぁっ……んくっ……」 「でも……はぁっ、んんぅ……本当だ……律くん、気持ち良さそうだ……」 嬉しそうにはにかんで、ピンク色に染まる姫百合の頬。 俺の様子を窺いながら、気持ち良いところを探るようにして胸を動かしてくる。 「あっ、その動かし方……気持ちいい」 「はぁはぁ……んっ、ん、こう……? んっ……んふっ、はぁっ……ふっ……んはぁっ……ふっ」 「あっ……すごい、擦れて……んっ、んんっ……気持ち良く、なって……はぁっはぁっ」 左右の乳房を擦り合わせるようにして、たぷたぷと胸が弾む。 間に挟まれた怒張には、摩擦によるとてつもない快感が駆け巡った。 「んくっ……はっ……はっ……ん、ふ……んんぅ、んっ……はぁ……どう、かな?」 「すごくいいよ……」 「ふふっ、気持ち良くしてあげられてるんだね……んっ、ふぅ……」 「はぁはぁ……でも、私はもっともっと律くんを気持ち良くしたいから……んくっ」 「だから……もっと気持ち良いところがあったら言ってほしい」 心底可愛い人だと思う。 俺を気持ち良くしようと、喜ばせようと精一杯してくれる。 そんな姫百合のことが、俺は本当に―― 「大好きだよ」 「はぁはぁ……それは胸のこと?」 「ううん。姫百合の全部が大好きだ」 「……っ! ふふっ……うん。ありがとう」 そして、彼女の頬は更に濃く染まる。 俺のひと言ひと言にリアクションを返してくれる優しい彼女。 それが姫百合なんだ。 「はぁっ……ふっ、んぅ……はぁはぁ……んくっ……はぁっ……ん、ふぅ……んっ」 「んふ……ふぅ……はぁっはぁっ……ん、はぁ……んふ……ふぅ……はぁ……はぁ……」 「あふ……ん、なんだか、すごく熱くなって……はぁはぁ……律くんの、熱にあてられてしまったかな……」 とろんとした瞳を向けて、姫百合はそんなことを言ってくる。 その様子は、熱にあてられたというより…… 「姫百合も興奮してるんだよ」 「私も、興奮を……?」 一旦動きを止めて、思考してる素振りを見せる姫百合。 そして、顔を上げて―― 「うん……確かに、興奮している……律くんのを挟んでいる私は……とても興奮している」 「これは、おかしいことなのかな……?」 「至って普通。姫百合が興奮してると……俺ももっと興奮するから」 「だから、その……」 「うん。このまますっきり出して……私の胸で」 「あっ……いきなりっ!!」 急に激しくされ、腰が浮き立つ。 けれど、それが痛みからでないとわかっている姫百合は―― 「んっ、んっ……はぁっ、くっ……んふ……はぁはぁっ……んんっ、んっ……」 「はっ、はっ……いっぱい、出しても大丈夫だから……だから……んっ」 懇願するように上目遣いで見つめられる。 まるで精液を自ら欲しているかのような視線。 そんな肉欲を刺激する艶っぽい目で見られたら……っ! 「やばい、もう出そう……っ!」 「んっ、出して……たくさん気持ち良くなって……はぁっはぁっ……んっ」 「律くんに……はぁっ、んくっ……イッてほしい……ッ!」 湧き上がる快感。迫りくる射精感。 うずうずとこの時を待っていた衝動が、腰の奥深くから解き放たれる。 「で、出る……ッ!」 「あっ……す、すごい……熱いのが……んっ、かかって……はぁっ、んっ……んんっ」 容赦なく降りかかる精液を、姫百合は避けずに全て受け止める。 「いっぱい……はぁはぁ……んっ、まだ、出てくる……すごく、濃いのがたくさん……はふぅ……」 頭の奥がとろけるような快感。 ぐいっと姫百合の顔の前にペニスを突き出して、盛大に射精した。 「はぁっ、んっ……すごい匂いが……これが、律くんの精液の匂い……ふはぁ……」 全てを出し終えた頃には、すっかり姫百合は精液まみれになっていた。 「ごめん……かけるつもりはなかったんだけど……」 「んっ……ふぅ……はぁはぁ……んっ……律くん……んくっ」 「はぁっはぁっ……気持ち、良かったかな……?」 「ん、うん……すごく良かった」 「そっか……ふふっ、私の胸で気持ち良くさせられたんだね」 うっとりとした表情でそう言う姫百合はどこか扇情的で。 一度出し切ったはずの、俺のものは瞬く間に硬力を取り戻していた。 「律くんの……まだ元気そうだね」 「うん……今度は俺が姫百合を気持ち良くしたい」 「でも、ここじゃあ……」 「大丈夫……誰も来ないから」 「そうじゃなくて声が……」 「ならシャワーの音でかき消そう……それならいい?」 「えっと……うん」 「私も、君のを目の前にした時から……実は、欲しかった」 「俺も姫百合に入れたかったよ」 「……」 ふるふると震える、傷1つない綺麗なお尻。 きっと無意識なのだろうけど、その様は男を誘っているようで目が離せなくなるほど魅力的だった。 「んっと……この恰好で……?」 「嫌?」 「そういうわけではなくて……むしろここでするなら、この恰好が一番効率的というかやりやすいとは思うのだけど……」 「やはり恥ずかしさが勝るというか、動物的な感じがして、とてもいやらしいというか……」 「今の姫百合はとってもいやらしいよ」 「……っ。あまりいじめないで、ほしい……自分でも今の私がいやらしいのはわかってる……」 「けれど、止められないんだ……律くんが欲しい気持ちを……」 「初めてした時から、律くんのが入っていたあの感触が忘れられない……」 「だから、律くんがこの恰好でしたいというなら、私も……したい」 「けど、その前に……」 「ん?」 「キス……は駄目かな?」 「ちゅっ」 「……っ!」 「は、早いね……まるでわかってたみたいに……」 「俺もしたかったから」 「でも、早すぎて……だから、もう一度……いいかな?」 「うん……喜んで」 今度はゆっくりと、その唇に近づいて―― 「んちゅっ……はぁっ……んっ、ちゅぷっ……はぁはぁ……んっ、んむっ……ちゅ……はふぅ……」 「……とろけそうだ」 本当にとろけそうな顔をして、姫百合は嬉しそうに微笑んだ。 「じゃあ……入れるよ」 「うん……優しく」 秘部に怒張をあてがうと、ぬぷっと音を立てて愛液が滴り落ちる。 「パイズリしてただけで、こんなにも濡れるんだ……」 「私は、変なのかな……変態なのだろうか……」 「そんなことないよ。俺だって姫百合のことを考えるとすぐに……」 「すぐに……?」 「……大きくなるし。だから、その……気にしなくても」 「律くんも……」 「むしろ、そんないやらしい姫百合も俺は大好きだから」 「う……いやらしいと言われることには結構抵抗があるけど、律くんに言われると……嬉しいな。ありがとう」 「あ……私のことは気にせず、入れて……いいよ」 「ああっ! んっ、くふっ……ん、んんっ……はぁっはぁっ……はぁっ」 「痛くない?」 「ん……大丈夫、だよ……はぁ、んふっ……はぁはぁ……痛くは、全然なくて……」 「それより、入れられるだけで気持ち良すぎて、どうにかなってしまいそう……はぁっんんぅっ!」 姫百合は快楽の嬌声をあげながら、身体を震わせる。 それに呼応するように膣内も震え、肉棒を刺激してきた。 「あっ……はぁっはぁっ……もっと奥まで……きて……」 導かれるまま、根本まで狭い膣内をゆっくりと押し進んだ。 「はぁぁあっ……くっ! ふぅ……んっ……ふぅ……駄目だ、気持ち良すぎる……」 肩を揺らしながら、荒い息を吐く姫百合はいつになく色っぽく見えて。 優しくと言われたにも関わらず、強く突いてしまいたい衝動にかられそうになる。 「はぁっ……ふ、んぅっ……はぁっはぁっ……律くんも……気持ちいい? んふ……」 「良すぎる、くらいだよ」 「私も……律くんとの初めて……を終えてから、間もないと言うのに、んんぅ……」 「こんなにも淫らな声が出て……はぁ、はぁ……律くんが触るだけで感じてしまっ――んふぅ!」 「そんな私でも……どうか、嫌いにならないでほしい……これは、律くんが好きだから……」 「律くんが好きだから、いやらしく……んっ……なって、しまうんだ……」 「ならないよ。心配しないで」 「んふ……そうかもしれない……けど、こんなにも幸せだと、ちょっと不安になってしまうな」 「それはわかる……俺には姫百合が彼女なんて、もったいないないくらいだし」 「そんなことは……あんっ! 急に、動いたら……声が抑えられなく……」 「ご、ごめん。無意識で……」 「はぁはぁ……あと、もう少しだけ……もう少しだけ待ってくれれば、声を抑えることも――」 「そ、それは無理かも……」 「え?」 「俺、姫百合の喘いでる声聴きたい。だから――」 「ひゃっ、んあっ! あっ、ちょ、ちょっと……んっ! 待っ……あふっ、んんっ!!」 「あんっ、んっ……そんなっ……んっ、んっ……はぁはぁ……誰かに、聞かれでもしたら……っ」 「もっと、聴かせて……姫百合の可愛い喘ぎ声!」 「や、ああっ! もうっ、んっ……そんなこと言われ、たらっ……断れな、あっ……はぁっ、くふぅっ!」 抵抗することもなく、されるがままに突かれ続ける姫百合。 可愛い嬌声をもっと聴こうと、姫百合の一番感じるところ。一番声の出てしまうところを集中的に突いていく。 「はっはっ……んっ、ふっ! あんっ、くっ……んふっ……はぁっ……ふっ……ああっ!」 「んはっ! んっ、あっ、あっ……あんっ、んんっ……はあっ、んっ……はふ……んぅっ」 大きく勢いをつけて挿入する度に、弾力ある彼女の胸はぷるぷると震え、シャワーの水が弾け飛ぶ。 「姫百合……胸が、こんなにも揺れて……えっちだよ」 「はぁっはぁっ……んくっ……そんなに……んはぁっ、くっ……えっち……?」 「うん、めっちゃえろい」 「はふ、んっ……んっ! はぁっ、はぁっ……なら、いっぱい見て……っ!」 「はぁっ、んくっ……この身体は全て律くんのものだから……好きに見て、触って……いいよ……」 そう言いつつも、本当は触れて欲しいという思いを込めた視線が俺を捉えた。 「んっ、あ、あああああっ……胸……気持ちいい……揉まれて、ああっ、んんぅっ!」 むにっと形を変えるほど胸を揉み込み、片手でお尻を鷲掴みにして何度も何度も彼女の膣内を往復する。 その度に2人の結合部からはいやらしい液体が溢れ出し、雄と雌の匂いをこの部屋に充満させていった。 「あっ、ああっ……もう、ホントに、声……抑えきれな……いっ!」 「はあっはあっ……こんなっ……はあっ、くっ……いやらしい声……聴けて嬉しい……?」 「うんっ……興奮して、今にも射精そう……っ!」 「それなら、んっ……もっと聴いて……はあっはあっ……んふ……はあっ、あっ、あんっ」 「くっ、ふぅ……もう、私も……あんっ、んっ……そこ気持ちいぃ!」 締め付ける膣襞を、怒張で無理やり押し広げる。 ぐりぐりと回すような動きをすると、ビクビクッと身体を痙攣させて姫百合は反応した。 「律く……ッ! んっ、はあっ、くぅ……! あっ、あああんっ! もう、私……私っ!」 「俺も、イキそ……っ」 「じゃあ、一緒に……はあっ、んっ、ああっ……一緒にイキたい……っ!」 「あっ、あんっ……はぁっ、んっ! あなたの愛を、んっ……いっぱい感じさせて……っ!」 「うん、一緒に……っ」 「あっ、あっ、あっ、イク……イク……イク、イク、イクゥ……ッ!」 「く……ッ!」 「ああああああッ!! あっ、あっ、あっ、あふっ……んっ、ああっ!」 激しい痙攣と共に、彼女の奥底へと欲望を吐き出していく。 とても深いところまで届くように! 「あっ……あくっ、んっ……はあっ……出て……る……ビクビクって……」 膣襞が搾り取るように、俺を段階的に締め付ける。 射精の脈動感とぴったりの感覚で締め付けられる快感はすさまじいもので―― 「はあっ、ふっ……んっ、溢れるほど……んんっ……気持ち、いい……」 姫百合の背中に寄りかかるようにしなければ立てないほど、快感をむさぼりつくしたような感覚だった。 「はぁっ……はぁっ……すご……かった……んくっ……ふぅ……はぁ……」 「姫百合の膣内……気持ち良すぎ」 「はぁはぁ……律くんのも、すごく良かった……んふぅ……はぁ」 「それは姫百合のことが大好きだから……姫百合を気持ち良くしたかったから」 「私も……私も律くんのことが大好きだ」 蕩けきった2人の結合部からは、だらりと行為の証である液体が流れ出していく。 「もう、んくっ……収まったかな」 「あ、ああ……おかげさまで」 「でも、まさか最後までやることになるなんて……んふ……はぁはぁ」 「思ってなかった?」 「少しは……思ってた。心の奥底では、ずっと律くんを欲していたのかもしれない」 「私も律くんの裸を見て……ときめいていたのだから」 「ときめ……って。そうだったの……?」 「異性の水着姿に興奮するのは男性だけじゃないよ」 「それじゃあ、他の男の人の水着姿にも興奮するの……?」 「何を言って……私はあなただから……律くんだから興奮したんだ」 「律くんは違うのかい?」 「ううん、俺も姫百合だから興奮した」 「同じ……だね」 「うん……同じ。いろんな意味で繋がってる感じがする」 「ふふっ、そうだね……えっちな意味でも、繋がってるものね」 「どんな感じ……?」 「すごく嬉しいよ……律くんを感じられるから」 「でも、やっぱりこういうのは、その……恥ずかしいから……今日だけ、だよ」 「俺が求めてきたら……?」 「それは……んっ、断れそうに、ないかも……」 「それは……楽しみかも」 「ねえ、律くん」 「ん?」 「もう少しだけ、このままでも……いい?」 「もちろん。俺もそうしたかった」 愛おしい姫百合の身体を背後から抱き締め、俺達は繋がったままキスを交わした。 綺麗な夕焼けだ。 人も少なくなった砂浜で、2人寄り添って座る。 散々遊んで、エッチもして……ぼんやりと暮れゆく夕日を眺めているだけ。 火照った身体も、潮風で次第に冷まされていく―― 「綺麗……」 「うん……」 「こうしてロマンチックな雰囲気で夕焼けを見るのは、初めてかもしれないな」 「ロマンチックな雰囲気作れてる?」 「くす……」 「え、何かおかしいこと言った?」 「前からずっと……君といるだけで、ロマンチックだよ」 「そ、そっか……」 思わず照れ笑ってしまう。 大好きな人と、こんなにも素敵な時間を過ごせるなんて夢のようで…… 幸せだなぁと、しみじみと実感する。 「どうしたの?」 「あっ、いや……幸せだなあって」 「えっ……」 「こうして姫百合と一緒に海でいっぱい楽しんで……」 「帰った後もまた、一緒に居られるんだなあって、思うと俺……」 「やばい。幸せいっぱいで……なんか、涙が……」 夕焼けと潮風が目に染みて、ついついほろりとしてしまう。 「そ、そんな……大袈裟だよ、律くん」 「ご、ごめんっ。普通になんか感動しちゃって」 「そんな風に想ってもらえるなんて、すごく光栄だな」 「私こそ……こんなにもたくさん愛してもらって、幸せいっぱいだよ」 「姫百合……」 「律くん……」 「好きだよ……」 「うん、私も……」 ただ、じっと見つめ合う2人。 難しい言葉を交わす必要もなく、こうして2人一緒に居られることで幸せを噛みしめる。 心地良い雰囲気……。 きっと姫百合も、そう感じてくれている。 こういった瞬間に、波長が合ってるって感じるんだよな。 「ねえ……」 「ん?」 「このまま離れたくない気持ちになってしまうのは私、だけかな……?」 「そんなことない。俺もずっと一緒にいたい」 「律くん……」 「もう少しだけこのまま……風邪引かない程度にね」 そう言って、彼女の手を握る。 やっぱり少し冷えていた。 「そういう細かな心遣い、本当に嬉しい……」 「俺の大切な人だからね」 「ありがとう。私の大切な人も……君だけだよ」 「んっ」 そっと唇を重ねた。 浜辺には人がまだいるので、本当に軽いキス。 だけど、それだけで満たされていく。 愛しさが更に増していく、甘いキス。 ちゅっと音がして、唇が離れた。 「ん……ふぁ……」 姫百合の大きな瞳がトロンと蕩けた。 「ずるいよ……」 「え?」 「こんなことされたら……律くんのこと、もっともっと好きになってしまう」 「な……」 なんて可愛いことを言うんだろう、姫百合は。 思わず抱き締めて、またエッチしたくなってしまう。 けど、今は我慢して姫百合の肩を抱いた。 「律くん……」 「私も、もっと好きになってもらうために頑張るからね」 「なってるよ、十分」 「もっとなってもらいたいの」 「なら……もっといっぱい姫百合のこと教えて」 「うん」 姫百合がはにかんで頷く。 その仕草、1つ1つが愛しかった。 「お待たせ」 着替えを終えた姫百合が更衣室から出て来る。 ああ、絶対また海に来て、今度は新しい水着姿を拝むぞ。 「それじゃ帰ろうか」 「あ……ねえ、律くん」 「どうかした?」 姫百合が更衣室近くに立っている掲示板を見ている。 「何か気になることでも書いてあるの?」 「これ……」 見ると、ポスターが貼られていた。 「なになに……花火大会?」 「この浜辺で近々、花火大会があるみたい」 「へー、ここで花火かぁ」 浜辺を見渡す。 波が穏やかな海だから、綺麗だろうなぁ。 「いいねぇ」 「いいよね」 「行っちゃう?」 「行く! 行きたい! 是非見たい!」 「俺も花火見たい! じゃあ、次のデートは……」 「花火大会!」 「決まり!」 「やった、嬉しい……!」 姫百合と恋人同士になって、一緒にやりたいことがどんどん増えていっている。 それをこれからも、時間をかけてゆっくりと。 2人だけの最高の思い出にしていけたら、どんなにいいことだろう。 好きな人と行く花火大会……きっと特別なイベントになりそうだ。 「今からすごく楽しみ……」 「俺も」 「絶対行こうね。私もその日は何としてでも予定空けておくから」 「もちろん約束するよ。絶対に行こう」 「うん!」 「じゃあ、今日みたいに寮前で待ち合わせで」 「うん、そうしよう」 まだ先のことなのに、心が躍ってしまう。 姫百合と行けるってだけで、嬉しくなってしまう。 「大会ってことは、出店とか出るのかな」 「出ると思うよ。きっとこの辺とかに、ズラーッと美味しそうな出店が」 「おお……実は、綿菓子を食べてみたかったんだ」 「あれも美味いんだよなぁ〜って、食べたことないの!?」 「うん……恥ずかしながら」 「綿菓子は子供っぽいから、どこかの誰かに似合わないとか言われたんだな」 「うぐっ。よ、よくわかったね。一緒に行った友達に言われて以来……」 当てずっぽうだったのに。 「ま、まあね! 姫百合のことなら、何でもお見通し! ……なんちゃって」 「ふふ……もう、律くんったら」 「けど、どうして綿菓子?」 「大好きな人と肩を並べて、交互に左右からぱく……って、分けっこしたりしてみたいんだ」 「……っ」 思った以上に少女というか……嬉しさと照れ臭さに悶絶。 すると、姫百合の方から急に寄り添ってきた。 「……こんなに日も暮れて暗いし、多少くっついて歩いてもいいよね」 「う、うん」 「帰るまでがデート、だからね」 そして、優しく腕を絡ませられる。 それだけで、ふわりと太陽と潮の香りが漂った。 「また海水浴にも来よう」 「うん、一緒に……律くんとの思い出を紡いでいきたい」 「私の大好きな人との思い出を」 「はい……はい、わかりました。それで――」 メアリー先生と姫百合が話している。 これからデートって時に引き止められてしまった。 一緒にウィンドウショッピングでもしようかと話していたところだったのだけど―― 「ご、ごめん。律くん」 「先生、何だって?」 「ちょっと緊急で手伝って欲しい仕事があるとかで……」 「ああ、生徒会か」 「うん。その……長引きそうなものだから、今日は一緒にお出掛け出来なくなってしまった……」 「そっか……ま、仕方ないよ。頑張っておいで」 「ありがとう。それと、本当にごめんね」 「いいっていいって」 立派に生徒会長の務めを果たそうとする、誠実な姫百合が俺は好きなんだ。 寂しくはあるけど、彼氏優先とかで仕事をサボって欲しくない。 「次会えるのはいつになる? 明日はどうかな」 「あ、明日は予定を入れてしまっていて……」 「なら明後日は?」 「ちょっと待ってね」 姫百合は手帳を取り出す。 「午前が生徒会業務で、午後は生け花の習い事に……あ、その後、相田さん達に勉強を教える約束が……」 「忙しいかぁ……」 「でも、何とかして早めに切り上げれば、夜には――」 「無理しないでいいよ。今は身体を大事に、ね」 「律くん……」 「また時間が出来た時にでも話をしよう。先生、待ってるよ」 「えと……うん。行ってくるね」 申し訳なさそうにお辞儀した後、姫百合はメアリー先生に連れられ寮を出て行った。 「……はぁ」 暇になってしまったな。 今日はバイトのシフト外しておいたんだけど……まあ、しょうがない。 さて、どうしよう。 ……こういう時こそ勉強か! 俺も姫百合を見習って、たまには自習とかしてみよう。 しかし、それからというもの姫百合多忙の日々が続く。 ただでさえ会えるのは僅かだというのに、その時間さえ失ってしまっている。 会えない日々に胸が苦しい……顔を合わせることも出来ないくらい忙しいなんて……。 けれど、頑張っている姫百合の邪魔はしたくなかった。 姫百合は人一倍の頑張り屋だし、彼氏としてはそれを応援する立場でいたい。 確かに、寂しくはあるけれども……。 一番、大変なのは姫百合なんだ……! なんとかそう自分に言い聞かせて、布団を被った。 ぽっかり空いた胸の穴を、覆い隠すように―― 朝。 「あれ……何だこれ」 見覚えのない紙が机の上に置いてあった。 「手紙……?」 手に取ってみると、しっかり“あなたの姫百合より”と書いてある。 「わざわざ“あなた”って入れてくれてる……」 ほっこり胸が温かくなる。 そんな姫百合からの手紙だった。 「けど、いつの間に……?」 その答えは手紙の中にあった。 『律くんへ。最近会えない日々が続いてごめんなさい』 『今日も予定が入っているので……この手紙を見る頃には、私はもう出掛けているかと思います』 『明日も丸1日、生徒会の仕事のため会えないかもしれません……度々ごめんなさい』 『けれど、明後日の花火デートは必ず行くからね。久しぶりに長く君と過ごせること、私はとても楽しみにしています』 『と言っても、実は寂しさに耐え切れず、昨夜律くんに会いに行ってしまいました』 『さすがに遅い時間だったので、もう君は寝ていたけど……』 『夜中に勝手に入ってしまってごめんね。どうしても顔が見たかったから……彼女だからと、許してもらえるかな……?』 『というわけで、手紙を残してみました。ではでは長くなってしまったけど、この辺で終わります』 『今日も行ってきます。あなたの姫百合より』 『追伸。寝顔も愛おしくて大好きです』 「……」 全部読み終えた。 寂しいのは俺だけじゃなくて、姫百合も一緒で……そのことにホッとし、嬉しくなった。 寝顔見られたけど!! 「それにしても……はぁ、明日も会えないのか……」 思わず、ため息が零れてしまう。 2人でいる時間が楽しすぎて、ほんの少しの間離れただけで寂しく思ってしまうんだ。 頭ではわかっているんだけど…… まさに姫百合中毒。 そこまで人を好きになれたのだから、誇らしいことでもあるんだけど…… いかんいかん。こんな格好悪い姿、姫百合には見せられないぞ。 「さて、今日もバイト頑張ってきますか」 バイトも終えて、夕飯時。 「今日の夕食は何かな……」 シャロンの作った料理の良い匂いで、今日も食堂は包まれている。 けれど、この時も姫百合の姿は見えない。 会えないと言っていたのだから、当たり前だけど……寂しいな。 忙しいのは手紙からもわかったけど、ちゃんと眠って、ご飯も食べてるのかな……。 期待に応えようとしてしまう彼女の性格から、何でもかんでも用事を引き受けてしまっていないか心配になる。 この前も、相田さん達の勉強を教える約束してたみたいだし……。 今、何をしてるんだろう。 生徒会かな……それとも…… それとも……なんだろう? 他に何があるんだ? 「い、いやいや、ないない。他に何もない」 生徒会以外なら、クラスメイトの頼み事とかだよ、きっと。 俺に顔も見せられないくらい忙しくて大切な……。 ……それって、どんな用事なんだ? 「はぁ〜〜。駄目だな、変なことばかり考えてしまう」 「こんなにモヤモヤしてるなら、自分から聞けばいいのに……」 姫百合みたいに手紙を部屋に残すでも、ルームメイトである諷歌に近況を聞くでも。 ここでは携帯を使えないけど、いくらでも連絡を取る方法はあるはずだ。 けど……駄目だ、何故だか怖くて出来ない。 もし生徒会の仕事でも、クラスメイトの頼み事でもなかったら……俺は何のために1人でいることになるんだ? 何よりその用事が大切だからこそ、俺との時間を削ってるのだろうし……。 「ああっ! ネガティブ禁止!」 そんな身勝手な妄想で、彼女の邪魔をしたくないし嫌われたくない。 でも……依然スッキリしないまま……。 うう、やっぱカッコつけて強がったりしなければ良かったなぁ。 「夏本?」 「あ……葉山」 「夏本もご飯?」 「そう。今から食べようと」 「姫百合先輩は?」 「あ、ああ〜〜。い、いないよ」 「……何かあったの?」 「別に何も……」 「……」 「ボクには落ち込んでいるというか、元気なさそうに見えるんだけど……」 「まさか、姫百合先輩と喧嘩した?」 「いや……その方が、まだ良かったかもしれない」 「ええっ!?」 喧嘩なら原因がわかっている。仲直りだって出来る。 けれど、今回は…… 「ど、どういうこと? 別れたとかじゃないよね?」 「ち、違うよ! そんなこと……」 「びっくりしたぁ……それにしても元気なさそうで心配だよ」 「まあ……うん。元気ないのは確か」 「今日ショッピングモールで姫百合先輩見掛けたけど、声掛ければ良かったかなぁ」 「え……ええ!? 会ったの!?」 「う、うん……」 ショッピングモール……どうしてそんなところに? 何か買い物を……? いや……それにしたって、それだけで今日1日潰れるなんて……。 「何か話した? 誰かと一緒にいた?」 「チラッと見掛けただけだから声は掛けなかったよ……あと、1人だった」 「そ、そっか。1人か……」 あんな愛のこもった手紙を書いてくれてるんだ。そんなことないと、わかってるはずなのに……。 ずっと心の奥底でモヤモヤと……自分が最も恐れていることを想像してしまっている。 「……大丈夫? 余計なこと言っちゃったかな」 「あ、ああ……悪い、心配掛けて」 「それはいいんだけど……」 「明後日会う約束してるから大丈夫だよ」 来てくれたら……だけど。 この調子だと、会えるかどうかも不安になってくる。 「やっぱり姫百合先輩と何かあったんだね……」 「まあ、ボクから口出しすることは何もないけど……何かあったら相談してね?」 「葉山……ありがとう」 元ルームメイトの言葉に、落ち着きを取り戻す。 花火大会まで……あと2日。 やはり変に気を使ったりしないで、その場で思い切って聞いてみよう! 「とうとう花火大会当日か……」 嬉しいはずのデートなんだけど、どうしても一抹の不安は残る。 どうやって切り出そうかな……。 それ以前に、ちゃんと来てくれるんだろうか。 「約束の時間まであと5分」 仮に、ちゃんと来てくれたとして、どうやって尋ねよう? ここしばらく会えなかったけど、忙しそうだね? とか? うーむ、なんだかはっきりしないな……。 ここしばらく会えなかったのは、何してたの? とか……。 「……これじゃ端から疑って掛かってるよ。ダメだダメだ」 「ああ、笑顔で迎えたい! 何も気にすることなく、純粋に姫百合とのデートを楽しみたい……!」 くそう、今すぐ俺のこのモヤモヤが消え去ればいいのに。 「律くーん!」 「き、来た……!」 良かった、来てくれた! もうそれだけでモヤモヤが吹き飛ぶような……。 「え、おおっ!?」 「遅くなってごめん! 待った?」 現れた姫百合は、なんと浴衣姿で…… まさに“大和撫子”という言葉がぴったり……瞬時にそう思った。 「ど、どうかな……? おかしくない、かな」 「あ、ああ、すごい似合ってるよ!」 声を出してなかったことに今更気付く。 「本当?」 「あまりにも綺麗過ぎてびっくりした……」 「それは浴衣が?」 「その浴衣を着てる姫百合が」 「そ、そっか……良かったぁ〜」 「自分では気に入ってるんだけどね。律くんに喜んでもらえるかどうか、それだけが気掛かりだったんだ」 「新しく買ったの?」 「ううん、自分で作ったんだよ」 「え……」 「えええええええっ!? こっ……ええ!? これ自分で!?」 「うん!」 「すご……」 「花嫁修業の一環のつもりでね。自分で縫ってみたくて」 「海行った時も、水着喜んでくれたし……花火大会の時は浴衣着たら、喜んでくれるかなって……」 「姫百合……じゃ、あの、もしかしてずっと会えなかったのは……」 「ごめん! 本当は毎日でも会いたかったんだけど、これを作ってる最中に一度失敗しちゃって……」 「臨時で生徒会の仕事も入って来るし、どうにも時間を空けられない日が続いて……」 「……そ、そうだったのか」 「それに、当日まで内緒にして律くんを驚かせたかったから……」 「姫百合……」 「寝る間も惜しんで作っていたのに、浴衣が出来上がったのは実は今朝でした……」 「ええ?」 「さすがに無茶し過ぎたとは思ったけど、間に合って良かった……」 「ごめんね、律くん……心配掛けちゃったよね」 「した……めちゃくちゃしたー!」 俺は堪えきれず姫百合を抱き締めた。 なんてことだ、姫百合は俺を驚かせようと、喜ばせようと……ずっとこの浴衣を作っていたのか! 俺のバカ! 邪推して、1人悶えて、疑ったりして……! 「俺の方こそ、ごめん!」 「え? 何かあったの?」 「その、なんていうか……1人で変なこと考えて、姫百合のこと疑って……不安になってた」 「律くん……本当にごめん。ごめんね」 「いや俺がバカなんだよ。ごめん」 こんなにも姫百合のことが大好きなのに、少しでも疑うなんて本当にバカだ。 姫百合はこの日のために……俺のために浴衣を手縫いしていた。 俺とのデートを、心の底から楽しみにしていたから……。 「俺、姫百合のことを絶対幸せにするから」 「え……今も十分幸せだよ?」 「もっとだ。今よりもっと幸せにしたいんだ」 「あ……うん。お願い、します」 「お願いされなくてもするっ!」 「……うん」 姫百合がギュッとしがみ付いてくる。 ああ、久しぶりの姫百合の感触……! 俺はこんなにも優しく可愛い女性を彼女に出来て幸せだ! もう絶対疑わない、これからは何があっても姫百合を信じ続けよう! 「ん……久しぶりだね」 「うん……本当に」 2人で抱き合う感覚に浸る。 このままずっと抱き締めていたい……けど、花火大会の時間も迫ってきている。 そっと身体を離す代わりに、手を握った。 「それじゃ行こうか。ずっと楽しみにしてた花火大会デート」 「うん!」 嬉々として出発した俺達。 けれど―― 「あれ……」 浜辺に着いて、その不自然さに足を止める。 「人が少ない……というより、みんな逆方向に……」 「屋台もやってないね……」 「日付間違ってないよな……」 姫百合のように浴衣を着ている人はチラホラ見掛けるけど、そのほとんどが肩を落として帰っていく。 これはまさか…… 「あ、アナウンスが流れて……」 「強風のため本日の花火大会は中止になりまし……って、ええ!?」 「だから、みんな帰って……屋台も……」 「嘘、そんなに風強くないのに!」 「仕方ないよ……もし事故が起きてしまったら大変だもの……」 「そう、だけど……」 楽しみにしていた花火大会が突然の中止。 夜まで待っていたのに。せっかく姫百合が浴衣を着て来てくれたのに……。 「……」 姫百合もしょんぼりしちゃってるし…… このまま帰るわけにはいかない! 「姫百合、花火を買いに行こう!」 「え?」 「花火を買って帰って……場所は寮前とかで。2人で花火しない?」 「2人で花火……」 「どうかな?」 「うん、しよう! ……したい!」 「さて、準備も完了したところで――」 「本日のメインイベント、線香花火〜」 「わぁ……」 花火のほのかな明かりに照らされた姫百合。 袂から見える手首が白くて、妙に艶めかしい。 やっぱり浴衣は美しくていいなぁ。 大好きな姫百合だからなのか、余計綺麗に見える。 「綺麗……」 「……本当に」 無理に会話を引き伸ばすこともない。 自然体のまま、そのままでいい。俺達は心が通じ合っているのだから。 「ふふっ、ただ座って眺めているだけだというのに……」 「楽しいね」 「うん……それに幸せ」 まったりとした空気が俺達を包み込む。 チリチリと静かに爆ぜ、その一瞬の輝きを目に焼き付ける線香花火。 この小さく儚い花火が、今は俺達を和ませ楽しませてくれる。 「ねえ、律くん」 「ん?」 「良かったら今度……君の浴衣も作ってもいいかな?」 「えっ……俺の?」 「うん。今回は間に合わなかったけど、もう失敗せずに縫えると思うから」 「浴衣……一緒に着てデートしたいな」 「俺もしたい!」 「やった、嬉しい……!」 「あ、でも、俺のまで作ってもらっていいのかな……」 「私は律くんと一緒がいい」 「そこまで言ってくれるなら……お願いしていい?」 「うんっ」 「でも、今回みたいにあまり無理しないで。ご飯も食べて、きちんと眠って……」 「ふふ、そうだね。ちゃんとご飯も食べるし、睡眠も取る」 「それにもう隠さない。寂しい思い、させたくないから」 「俺も姫百合に寂しい思いさせたくない」 「じゃあ……ずっと一緒にいないとだよ?」 「うん、ずっと一緒にいる」 「ホントにずっとだよ……?」 「ホントにホントにずっといるよ」 「だから、無理してこの夏の間に作ることはないからね。また来年があるし、そのまた次も!」 「来年も……次の夏も一緒にいられるんだね……」 「当然」 「うんっ!」 今年は無理でも来年がある。 一度に味わう幸せもいいけど、こうして2人で幸せな日々を少しずつ綴っていくのもいいな。 「律くんといるだけで、毎日もそうだし、これから先の楽しみもどんどん増えていって嬉しい」 「だね。ずっと一緒にいても、飽きないって断言出来る」 「毎日いっぱい楽しもう!」 「うんっ! 来年も、そのまた次も……たくさん楽しみを繋いでいこうね」 お互い微笑んで頷き合う。 これが俺と姫百合の……恋人の形。 きっと他に例はない、俺達だけの関係だ。 「あ……最後になっちゃったね」 買ってきた花火も、各1本ずつで終わりを告げる。 「じゃあ、ラスト……花を咲かせようか」 「うん」 こよりの先にそっと火を付け、最後の輝きを見届ける。 線香花火は最初、大きく赤い牡丹の花のように爆ぜた。 次に松葉……柳と散り方が静かに変わって……。 「最後は散り菊……」 チリチリと赤い散り菊が切なく揺れる。 これが線香花火の最期……。 「俺の、くっ付けるね」 ひょいっと線香花火同士を合わせると、一瞬にして2つが1つの大きな玉へと変化する。 「大きくなった……」 俺のを受け継いだ姫百合の線香花火。 彼女の隣で、俺は光り輝くその花を静かに見守った。 「頑張れ……」 「あ、あ、落ちそう……頑張れ、頑張れ……」 ただただ落ちないでくれと願うばかり。 もう少しだけ、その輝きを眺めていたいと願う……。 「もう少しだけ……」 打ち上げ花火を共に見ることは叶わなかったけど。 俺達が離れることなく一緒に居続ければ、また見る機会はいくらだって訪れる。 楽しみは何回だって訪れる……。 だから今日はこうして、2人きりで花火を楽しむことが出来たことを素直に喜ぼう。 改めて絆を深めることも出来たし……本当に良かった。 「あ……」 彼女の残念そうな声と共に、チリチリと必死に爆ぜていた赤い種は、役目を終えてゆるやかに落ちた。 俺達を照らしていた光が消える……。 寂しくないよう、俺はそっと彼女の肩を抱いた。 「終わってしまったね……」 「うん……」 2人だけの花火大会も終わり……短かったデートもこれで終わりだ。 「それじゃあ……その……」 お別れのキスとばかりに、姫百合が目を閉じ、ほんのりと顔を赤くして俺の唇を待つ。 このままキスをして……また明日まで会えなくなってしまうのか……。 「んんぅ……ちゅっ、んふぅ……ん……」 ……いや、本当にこのまま帰してしまっていいのか? 全然会えなくてモヤモヤしていて、ようやく今日会えたんだぞ? 会って話して一緒にデートして……それだけでも確かに幸せだけど、それだけで満足出来るわけないじゃないか! 「ん……姫百合……んんっ!」 当然、今までの分を埋めるように、激しく燃え上がったキスで姫百合を束縛する。 「んちゅっ、ふんんぅ? んぷっ、ちゅっ、ちゅむっ、はあっ……駄目っ律くんぅ……ここ、寮の前だからっ……んんぅ! んふぅ……」 そうは言っても、言葉だけで姫百合の方から引き離そうとはしない。 だから…… 「ちゅぷっ、ちゅ……んんぅ……もうぅ……んぷっ、はあぁ……ちゅぷっ、んぱっ、ちゅっ……ちゅっ、ちゅんぅ……んちゅっ、ん……」 もっと激しいキスで攻め立てる。 「ちゅぅ、ちゅむっ……ん……ぷはぁっ……せ、せめて、場所だけでも変えて……はあっ」 蕩けた声で姫百合はそんなことを言うけど……姫百合だって、きっと同じ想いだったんだろう。 だから、こうしてちゃんとキスに応えてくれる。 「んんぅ、んっ……あむっ、ちゅ……ちゅぱっ……んぅ、んぷっ……はぁ……律くぅん……」 誰が来るかわからない場所だとしても、もう姫百合を求める気持ちは止められなかった。 キスで理性を失ってしまっているんだと思う。 もっと……もっと姫百合と触れ合いたくて仕方ないんだ……。 「じゃあ、壁に寄って……」 「えっ、壁って……んぅっ……こ、これじゃあ、まるで……」 「んんぅっ、えっ!? やっ、ああっ! り、律くんっ、何を……はうっ、ああっ! んくっ、ん……はうぅっ!」 「我慢出来ないんだ……このまま俺、姫百合を帰せないよ」 「あ、はうぅ……でもここじゃ駄目だよっ……んくっ、はあぁ……す、するなら……んんっ! あっ、んふぅ……り、律くんの部屋で……」 「全然会えなかったんだから、もう待てない……待ちたくない」 「こんなに色っぽくて、魅力的な姫百合を……放したくない」 「んあっ、あんぅ……そ、そんなことを言わないで……んんっ、はうぅ……いいよって、言ってしまいそうに……んっ、んっ……ああっ……」 あともうひと押しというところだけど、やっぱり抵抗があるみたいだ。 ふむ……ちょっと卑怯だけど言ってみるか……。 「姫百合は……寂しくなかったの?」 「そ、そんなわけないっ……あんぅ……ふっ、んうぅ……律くん……わ、私だって会えなくて……すごく切なくて……んあっ、はうぅ……」 「い、いやっ……でもやっぱり駄目だから……んふっ、はんぅ……ここじゃ、誰に見られるかわからないし……ふんぅ……あんっ……」 「大丈夫だよ、窓から誰かが覗いたりしなければ。きっと2人で抱き合ってるぐらいにしか見えないさ」 「そ、それが問題なの、にぃ……っ!」 「こんな目立つ場所で……しかもこんな淫らな……うぅ……な、なんて言われるかわからないよ……」 「でも、俺達が恋人同士だってみんな知ってるから……これくらいのイチャイチャなら許してくれるかもよ」 「むしろ気を遣ってくれたり……」 「な、なななっ!? こ、こんなエッチなことに、気を遣われたって……んんぅっ!? はうっ、あっ、んくぅ……ああんっ!」 えっちな喘ぎ声が更に大きくなっていく……。 確実に、姫百合の気持ちも昂ってきてる。 「可愛いよ……こんな場所でも、ちゃんと感じてくれるんだ」 「ひうぅ……んんっ! はっ、はうぅ……律くん駄目ぇ……んんっ、んあっ! ち、乳首の方まで強くしたら私……んいっ、ああぁっ!」 「んっ、んくっ、ふあぁ……あうっ、んんぅ……余計、妙な気分に……んくっ、はあぁ……は、拍車がかかってしまうぅ……あうぅ……」 「ならもっと……妙な気分にさせてあげる」 「ええっ……ホントに……んっ、んんぅ……しちゃうのぉ……はぁっ、はぁっ……あああんっ!」 「浴衣姿、すごく似合ってるよ……花火を見てる時からずっと、こうして抱き締めたいと思ってたんだ……」 「あうぅ……もう抱き締めるだけじゃ済まなくなって……んんぅっ! はっ、あうぅ……本気で……だ、駄目だってばぁ……」 全然力の入ってない身体で、そんなことを言う。 駄目だと言っても、身体の方は熱く火照っていて。 受け入れ準備はもう出来ているんじゃないか……? 「ひうぅ……んんっ、あっ、あふぅ……んんっ……うっ、うぅ……律くん……強引すぎる……んあっ、ああぁ……んっ、んふぅ……」 「強引にもなるって……こんな可愛い彼女が目の前にいたら、正常な男子なら手を出さずにいられないよ」 「そ、そんな風に褒めたって……い、いけないことはいけないし……んんくっ、はうぅ……んんっ、はうぅ……い、いけないのにぃ……」 「愛してるよ姫百合……」 「う、ふっ……はうぅ……んんぅ……り、律くんの策士……そうやっていつも、んぅ……私の心を鷲づかみにする、ん……」 あ……掴まれていた手の力が抜けた。 「もう、私の負け……んんっ、はぁぁ……律くんの好きなように、私をいじめていいよ……」 「……え? い、いじめ?」 まさか……いじめてるつもりはなかったんだけど……。 「だ、だって、こうやって強引に外でしようとするなんて、んんっ、あっ、あんぅ……でも、いいよ……ん……」 「恥ずかしくても我慢する……したいこと、好きなようにしていいから……」 理性が欲求に負けた……? それとも―― 「私はもう、あなたのものだから……求められたら、応えてあげたい……」 「最初は恥ずかしくて断っちゃったけど……んっ、私も応えることに悦びを感じるって気付いたから……」 「姫百合……」 完全に身体を預け、姫百合がそう熱く語ってくれる。そんな言葉に素直に感動した。 「だから好きなように私を使って……んんぅ、いっぱい……いじめて良いから、あぁ……んあぁ……」 つ、使ってって……またすごいことを言うなぁ……。 えーと、つまり……俺の言う通りに身を捧げたいということなのかな……。 「はぁっ……んっ、んんぅ……手、動かさないの……? はふぅ……」 「わ、わかった……それなら……」 「んええぇっ!? やっ、そこつまんで……んんぅっ!」 「はうっ、んうぅ……いきなり……ち、乳首っ、弄りすぎぃ……ああんっ!」 いじめて欲しいとの言葉に応えるように、少し強めに乳首を摘まんだ。 「はあっ、ああっ! んくっ、はうぅ……し、しても良いと言ったけど……んんっ、ああっ! やり過ぎたらぁ……駄目ぇ……」 「い、今のじゃ強すぎ……?」 「ん……ち、違くて……はぁっ、んくっ……でも、いきなり強くは……はぁっはぁっ……びっくりしちゃうから……」 「そっか……けど、姫百合嬉しそう……実は、俺にいっぱい触れることを望んでたとか……」 「それは……はふ、んっ……当たり前……でしょ? んぅ……」 あ、当たり前なんだ……。 「じゃあ、外でこうされることも本当は望んでたり……?」 「ふにゃああぁっ!? つよ、乳首……はぁっ……んっ……んううっ、ひうっ」 「んんぅ……ち、違うぅ……ああぁ、そんな恥ずかしい事なんて……の、望んでないぃ……んんっ!」 「じゃあ、どうしてこんなに感じて……」 「はぁ、ん……律くんにされたら私、拒めなくて……んんっ、ああぁ……だ、大好きだからぁ……あうっ、ああっ!」 乳首が固く盛り上がってる。 くにくにと親指と人差し指の腹で擦り合わせるだけで、ビクビクっと姫百合は反応した。 「愛してくれてるんだ……姫百合、俺も愛してるよ」 「ふええぇっ!? ひやんっ、はうぅ……み、耳元でそんな優しく……んんっ! 胸が熱くなって……たまらなくなっちゃう……」 「んふっ、ふあぁ……ああっ、あうっ、んんぅっ! も、もう駄目ぇ……あっ、ああぁっ! こ、こんな場所で私ぃ……いっ、いんんぅっ!」 「ひ、姫百合……?」 「うああぁっ! あんううううぅぅぅぅっ!」 なっ!? か、身体を急にブルブル震わせて……これは……。 「え……まさか胸だけでイッちゃったの……?」 「んひっ、ひううぅ……んんぅっ! んくっ、ふああぁ…くぅ、ああっ、気持ち、いいぃ……っ!」 「はあっ、はあっ……そ、そうぅ……んっ、んんぅ……む、胸だけで私ぃ……んああぁっ!」 イッてる……俺の腕の中で姫百合が絶頂してる……。 「んっ、はあぁ……はっ、はあぁ、んんぅ……ふっ、ふあぁ……」 「はふ……んっ、んんぅ……はぁっ……はぁっ……んくっ……ふぅ……」 カクンと姫百合の身体が落ちそうになって、慌てて俺が支える。 「だ、大丈夫?」 「んぅ……もう立ってられないぃ……」 どうやら腰から力が抜けちゃったみたいだ。 ぼんやりとした目で、宙を見つめている姫百合。 本当に胸だけでイッてしまったんだ……。 「こ、こんなに感じちゃうなんて……んふぅ……はあぁ……」 「俺も驚いたよ……よっぽど良かったんだね」 「んんぅ……律くんが……いじめ過ぎるからだよぉ……。んっ、はあぁ、あくぅ……はふぅ……」 「じゃあ責任を持って、俺がしばらく支えるから」 「ふふ、ちょっと役得……? 優しいね」 「んっ……そんな優しい律くんのことも、気持ち良くさせてあげたいな……」 「俺も……ということは」 「一緒に……しよ?」 もちろんそのつもりだった俺は―― 「ああっ!? ちょっ……律くん!?」 「それなら、今からでも……いいよね」 「ま、待って……足にまだ力が入らないのに……」 「この体勢なら、足に力入らなくても大丈夫だよ」 「そ、そうだけど、こんな恰好で……んぅ……する気なの?」 「姫百合は楽にしてていいよ」 「んんぅ……そうじゃなくて、うぅ、こんな所でして、ほ、本当に来ないかな……」 「大丈夫だよ。さっきも誰も来なかったし」 「そ、そうかな……いや、やっぱりそこまで都合良くは……」 まあ……自分でも希望的観測だとは思う。 でも、こんな勃起した状態で寮部屋まで戻れるとも思えない……。 それに姫百合だって、興奮気味の艶を帯びた顔を隠せるか……? 「……姫百合だってもうやめられないでしょ?」 「やんっ! あぅ、触って……」 「ここもすっかり濡れてるし……」 腰が抜けたように俺の上に座って、無防備になっている姫百合の秘部へ手を這わせる。 ……もうとろとろだ。 「ひゃうぅっ!? んあっ、くんぅ……あんぅ……律くんには隠せない……んんぅ……じ、実際そうだから何も言えないし……はぅ……」 「ねえ、この恰好恥ずかし過ぎるよぉ……」 「誰にも見られなければ大丈夫。みんな外に出てこないから」 「で、でも、もし私達の声が聞こえちゃったら……」 「それは……姫百合が我慢してくれれば」 「そ、そんなぁ……んんっ、ふぅ……んあっ! あくぅ……む、無理っ……やっぱり出ちゃうぅ……ふあぁっ! んくぅ……」 おお……触ってるだけなのに、どんどん溢れて俺にまで垂れてくる。 しかも、イッたばかりだからなのかヒクついていて…… ちょっと指先を入れたら、吸い付いてくるみたいにしっかりと押え付けてくる。 これはまた、すごくいやらしいな……。 「ああ……もう触ってるだけで、すごく興奮してきちゃったよ……もう入れるよ、姫百合」 「なっ!? 待って、まだ私……」 「はぐっ!? んああぁっ! くっ、ふあぁ……ああああぁっ!」 興奮してギンギンにいきり立ったペニスを、一気に姫百合の熱くて敏感な部分に突き刺した。 姫百合は身体を仰け反らせ、大きく震えている。 「うわぁ……姫百合の中、ものすごい熱さだ……それに愛液がいっぱいで……入れただけなのにもう垂れてきてる……」 「ふあっ、あうぅ……い、言わないで……んんっ! あうぅ……そんな……は、はしたない女みたいなこと……んくっ、あぁ……」 「そんなことないさ。俺との時だけこんなになっちゃうんだったら、すごく嬉しいよ」 「んぅ……そ、そう……あんぅ……律くんがそう言ってくれるなら……い、いいけど……んんっ、ふぅ……」 こうして俺の前で恥ずかしがりながら、しっかりと咥え込んで放さないエロエロの彼女なんて……最高じゃないか! 「んあぁ……やっぱりまだ狭いね。しっかり密着して……姫百合の体温が伝わってきて堪らない……」 「んぅ……私も、律くんの……伝わってきて……はぁっ、はぁっ……んああっ……も、もう動く……?」 返事の代わりにしっかりと姫百合を支え、腰をぐいっと突き出した。 「ふあっ!? ああっ! んくうぅ……んっ、んうっ、ああんっ! そんな……本当にこの体勢で……ああっ! しちゃてるぅ……んんっ!」 くぅ……この膣壁のキツさと絡みつきがやばいっ! どんどん腰を動かして、中をいっぱいかき回したくなる……! 「んっ、んあっ、あうぅ……んあぁっ! はっ、はあぁ……し、下から熱いので突き上げられて……すごくっ、擦れるぅ……ひゃああっ!」 「んいっ、ああっ、まだ敏感なのにぃ……んんっ、ふあっ、あぅ……ああっ!? 力が入らないから……あ、脚が開いて……んんぅっ!」 「ふっ、あぁ……あふぅ……こ、これ……もし誰か来たら……んくぅ……私のが……丸見えになっちゃう、よぉ……っ!」 俺の突き上げで、ばっちり開いてしまってる姫百合の股。 されるがままに突っ込まれる姿が、前からだと丸見えに…… 「ああっ、んっ……はぁっ、あっ、ああっ……! 見えちゃう……見えちゃうからぁ……ああんっ!」 その前にもう少し気を付けた方が良さそうな事もあるんだけど…… 気付いていないみたいだし、そのまま腰を振り続ける。 「んああっ、はっ……ふあっ、あんっ……はあっ……はあっ……んっ、んんんっ! はぁあっ!」 「こんなっ、はぁっ……くぅ……気持ち良いの……あっ、あっ……んぅぅ! どうしたら、いいのぉ……あぁんっ」 甘い嬌声と愛液が飛び散る音。 その2つだけが鼓膜を刺激する。 「んんぅっ! はあっ……はふ、んっ……いいっ! はぁっ……ああっ、あっ……はあぅ、ん、くぅ……!」 いくら暴れようとも、しっかり膣穴は締め付けてきて…… そんな絶対放さないとでも言うような圧力に、ピチャピチャと汁が散るほど激しい抽送を繰り返した。 「あんっ……んくっ、んふぅ……はうっ、んああっ! あっ、はあっ、あぐぅ……んやああっ! や、やっぱり声、無理だよぉ……」 「んいっ、ひうっ、んんぅっ! 気持ち良すぎて……抑えが効かないぃ……あっ、あうっ、んくぅ……ふあっ、ああぁっ!」 一応、気付いてはいたのか……。 それでも結局、声は抑え切れないみたいで……必死に耐えようとする姿がまた、いじらしくて愛おしい。 逆にトコトン喘がせてみたくなった。 「んいっ、やんっ、あうっ、うくぅ……どうしよう……んんっ、あんっ……声を聞いて……ほ、ホントに人が来ちゃうかもぉ……んんぅ……」 「その時は動きを止めてあげるから、隠れれば……くぅ! 良いよ」 「んんぅ……そ、そんな上手くできる自信ないぃ……ふうっ、うああぁっ、あんぅ……あっ! んうぅ……それに……あの寮の窓……」 「ん? ああ、電気付いているとこ?」 「そ、そう……んんっ、ふっ、あぁ……あそこからは……んくっ、あぁ……ここ見えているんじゃないかな……はぅうっ!」 今は人の気配はないし、大丈夫だと思うけど…… 外を眺められてしまったら、すぐバレるかも。 「うん……まあ、見えちゃうかもね」 「かもねって、そんな軽くっ!? んんっ、ああんっ! はうぅ……い、いやぁ……せめて寮と反対を向く体勢だったら……んんぅっ……」 「そんなこと言っても、もう出そうだし……姫百合のグイグイ締め付けて放してくれない」 「なあぁっ!? んんぅ……そ、そんなこと……んくっ、ああっ、あっ、あんぅ……あるわけ……んあっ、あんっ!」 そうやって、首をブンブン振るけど、膣内が怒張を締め付ける力は強くなってる。 意外と見られそうな感じで興奮してる……? 「もしかして姫百合、羞恥プレイとかに目覚めてきた……?」 「ち、違うからぁ……んんっ、ふあっ、あうぅ……そんなんじゃないぃ……んんっ! ふっ、ふあっ、あうっ……んんっ!?」 「はっ、はうっ!? ああっ、ひっ、んあぁっ! そんなに激しく突いたら声が……んんぅっ! 見つかっちゃうぅ……はあぁっ!」 「可愛い声あげて。そんなに気持ちいいんだ」 「んんっ、ふあっ、あくぅ……んんぅっ! そ、それは律くんが激しくするからぁ……勝手に反応しちゃうだけぇ……んあっ、あんぅっ!」 「ふっ、ふあぁっ、あうぅ……んんっ! 律くん……ホントにもう見つかっちゃうぅ……恥ずかしすぎるから……いあっ、はああぁっ!」 「勝手に反応って……じゃあ、本当は気持ち良くないの?」 恥ずかしがる姫百合が可愛くて、ついいじわるをしてみたくなる。 「え……ええ? うっ、そ、それは……んんっ、はうぅ……」 「んんぅ……気持ち良い……です……うぅ……言わされたぁ〜」 そんな素直な彼女が愛おしい。 恥ずかしさも気にならないくらい、気持ち良くさせてあげよう。 「姫百合……もっと気持ち良くなって」 「え……?」 片手で身体を支えながら、秘部の入口近くにある、プックリ膨れた豆を指で軽く摘まんだ。 「やあぁんっ!? んひっ、んいいぃっ! ひっ、ひうっ、うあっ、ああぁっ! そこぉ……い、一緒になんてぇ……っ!」 周りもはばからず、大きな声で姫百合が喘いだ。 乳首もさることながら、こんなにもクリトリスを大きくして…… そんな姫百合をもっと攻めたい。イカせたい。 「ひっ、ひうぅっ! んいっ、はううぅ……んあっ! あうっ、やんっ、やあぁっ! そこっ……触るのなしっ、なしいいぃっ!」 「そんなに感じてっ、気持ち、いいんだっ!」 「うん……ああっ、ああんっ! なりっ、なり過ぎぃっ! んふっ、あぐうぅ……私っ、気持ち良くなり過ぎで……ああぁっ!」 「だ、だから、そこは……んいっ、はあっ、ああぁっ! んあっ……エッチになり過ぎちゃうっ……んんぅっ!」 「も、もう声とかっ……んふっ、ふあっ、あんぅ……全然、抑えきれなくなっちゃって……あんっ! は、はうぅ……んやああぁっ!」 2人の熱気で周囲の温度が上がっていく。 汗を垂らしながらも、愛液を滴らせながらも、お互いを愛する快感には抗えない。 ただただ夢中で腰を振り続けた。 「んやあぁっ!? んいっ、ひっ、んんぅっ! んはっ、はっ、またぁ……激しいぃっ!」 指先はクリトリスを転がし、怒張は姫百合の中を黙々とかき回す。 俺の全てが、彼女を絶頂に導こうと動いている。 「んくっ、ふあっ、はうぅ……も、もうどうなっても、知らないぃ……んあぁっ、ああんっ……知らないからぁ……っ」 「じゃあ……もっといっぱい、感じてっ」 「あっ、ああっ! んくぅ……も、もう十分っ……感じてるうぅっ! はっ、はあぁっ! あうっ、んっ、ひぁっ! んっ、くんぅっ!」 もう周りを気にしていられないくらい2人とも没頭していた。 愛し合う行為に頭を蕩けさせていた。 「んっ、んっ、あっ、ああっ、あんぅ……あ、頭が……んんっ、ふぅ……頭がボーッとしてぇ……んあっ、ああんっ! はっ、はぁ……」 「んうぅ……律くんがぁ……いっぱい、いじめるからぁ……あっ、ああっ、んくっ、ふあぁ……私、外でこんなにぃ……あっ、んくぅ!」 「んひっ、ひゃうぅっ! んあっ、んいぃ……ズンズンって来てる……はっ、はうっ、んぬぅ……んああぁっ!」 「あっ、あっ、んくぅ……んんっ! お腹の奥から全身に……気持ち良いのが、来てるぅ……んあっ、あひっ、ふあぁ……ああぁっ!」 気持ち良くて力が入らないのか、姫百合の上体がふらついている。 抱き締めるように背後からしっかり支えて、フィニッシュに向かって強く腰を打ち付けた。 「ひうっ、うやあぁっ! あっ、ああっ! こ、これ来るっ、またっ、また来ちゃうぅっ! んいっ、ひっ、ひあっ、んいいぃっ!」 「律くんっ! んんっ、あっ、ああっ、あうぅ……き、気持ち良すぎて、もう……っ!」 「やあっ、んっ、駄目っ……イッちゃううぅっ! イッちゃうっ、イッちゃうよぉっ!」 「あっ……すごい、締め付けっ……」 「はあっ、はあっ……んっ、んあっ……あっ、あんっ、はあっ、一緒に、一緒にぃ……あああんっ!」 「ああ、出すよ姫百合っ!」 「ふやあぁっ! ああっ、うんっ、いっ、いいっ! 出してっ、いっぱい、気持ち良くなってええぇっ!」 「はううぅっ!? ううっ、んやああああぁぁぁぁっ!」 激しい眩暈と共に、勢い良く精液が放出されていく。 ビクビクと絶頂の痙攣の中にいる、姫百合の膣内に! 「んひっ、ひああぁっ! ああっ、ああぁっ! んくっ、ふああぁ……お、奥の方でいっぱいっ……い、いっぱいぃっ! はあぁっ!」 「んくっ、ああぁ……熱いのがいっぱいぃ……んんっ、んふぅ……中でぇっ、溢れちゃうぅっ! んんっ! はううぅっ!」 ぐぅ、出過ぎて収まり切らなくなった体液が逆流してくる…… それがまた、とてつもなく気持ち良い……。 「んくっ! ふっ、ふあぁ……あうっ、んんっ、んはあぁ……はあぁっ、はうぅ……すごいぃ……んんぅ……はあっ、はあぁ……」 「そ、外で……んんっ、んふぅ……本当に最後まで……んんっ、はぁ……し、しちゃったぁ……はあぁ……あんぅ……」 「そ、そうだね……」 いくら興奮していたとはいえ、これはやり過ぎたかも……。 欲望を放出して急に冷静になった俺は、少しだけ反省する。でもまあ……後悔はないかな。 「ふうぅ……見つからなくて良かった」 「んくっ……ふあぁ……うん……ホントに良かったぁ……はぁ、はんぅ……」 「もうぅ……あんまり私をいじめちゃ駄目だよ……んんっ、はあぁ……」 「ご、ごめん」 「あんぅ……でも、ちょっと強引な律くんも……好き」 「姫百合……」 「ん……ふふっ、私も……すごく感じちゃったし……」 「恥ずかしがって感じてる姫百合……可愛かった」 「うっ、うぅ……あんまり恥ずかしがらせちゃ駄目だよ……? 本気で癖にでもなったら……んんぅ……」 「……まあ、その時はその時ということで」 「もうっ……んんっ、はあぁ……それにしてもいっぱい出たね……あ、漏れて来ちゃったぁ……熱いのがトロ〜って……」 なんだか嬉しそうに言う姫百合。 自分から流れ出る精液を見て微笑んでるって……やばい、エロ過ぎる。 「あっ……ビクッて動いた……まだしたいの?」 「そ、それはその……」 「駄目だよ、もうここでは……するなら部屋に行ってから……ね?」 それって、まだ一緒にいれるってこと…… 「はぁ……でも、落ち着くまでもうしばらく……こうして繋がっていたいな……」 「そうだね。もう少しこのまま……」 姫百合を後ろから抱き締める。 首筋から匂う姫百合の心地良い匂いに頭がクラクラした。 「あっ……んっ、んぅ……律くん……すごく安心する……」 ギュッと力を入れると、手を握って応えてきてくれる。 それだけで、胸がぽかぽかと満たされた。 「結局断れなかったけど……すごく良かったよ、律くん」 そのまま俺達は、頬をくっ付け合ったり、軽くキスをしたりを繰り返し、ラブラブなまま余韻を楽しんだ。 「ただいまー」 疲労で重くなった身体をベッドの上に横たえる。 「ふあぁ……このまま寝そうだ」 短期で始めたバイトが今日で無事に終了した。 大変だったけど、良い社会勉強になったなぁ。 また機会があればバイトをしたい。 姫百合を養っていくために……なんちゃって。 バイトじゃ無理だな。ちゃんと勉強して、卒業して、いい大学行って、就職しないと。 というか、養っていくこと前提かよ!! まだ結婚出来るかどうかもわからないのに……。 「はぁ……姫百合と結婚したいなぁ」 それが自然と口に出た言葉だった。 姫百合と結婚出来たら、どんなに幸せなことだろう。 ……けど、姫百合は? 実際付き合ってからまだそんなに経ってないし、考えてもいないかな……。 「っと、夕飯もあるし起きないと」 気怠い身体に気合い入れて立ち上がらせる。 「お……? 見落としてた。また机の上に手紙が……」 きっと姫百合からだ。 「なになに……」 『おかえりなさい。早速ですが、今夜は一緒にご飯を食べませんか?』 『今日は私が作ってみようと思うんだけど……作り始める前に決めたいので、帰ってきたら私の部屋まで来てもらえますか?』 『待ってます。あなたの姫百合より』 「俺の姫百合ーーー!!」 夕飯は姫百合の手作りか!! もちろん作ってもらおう! 滅茶苦茶楽しみだー!! 『追伸。肉じゃがは好き?』 「好き!!」 うーむ、このところずっと考えていたけど……。 いつも姫百合は俺に尽くしてくれる。 先日の浴衣の件も然り、いつも俺を喜ばせようと、そのことだけを考えて傍にいてくれる。 で、俺はと言うと…… 「何もしてあげれてないんだよな……」 姫百合のことを絶対に幸せにすると言っておきながら……何も出来ていない。 一緒にいるだけで喜んではくれる。 けど、それだけじゃ駄目なんだ。 俺だって姫百合に何かしてあげたい。喜ぶことをしてあげたい。 けれど、うーん……何をどうすれば姫百合は喜んでくれるかな……。 「……姫百合の好きな所にデートで行く?」 いや、それはいつも念頭に置いて行動してきたつもりだ。 もちろん、もっといろんな場所に連れて行ってあげたいという思いもあるけれど…… 「何かもっとこう……心に響く……」 姫百合への感謝や愛情を、態度の他に示せるもの……。 そして、思い出になるような…… 「プレゼント……想いを形にしたプレゼントがいい!」 プレゼントという手があった。 貯めておいたアルバイト代が活躍する場……もしかして、このためのバイトだったんじゃないだろうか。 お金は姫百合とのデート以外使ってない。結構な額が丸々と残っている……。 さて、問題なのが、そのプレゼントの内容なわけだけど…… 思い付いた物が1つだけある。 しかし、これを渡したところで姫百合は喜んでくれるだろうか……? 賭けでもあった。渡せば、今の関係が崩れてしまう可能性だってある……。 けど―― 「……渡したい」 俺の心はもう決まっていた。 もっと前に進みたいと思っていた。 付き合い始めた当初から、ずっとずっと……いや、それより前からかもしれない。 相手は彼女しかいないと……俺は直向きに考え、段取りを組んできた。 だから―― 「渡そう」 一世一代の大勝負を、ここに仕掛ける。 「お待たせ、律くん」 「俺も今来たところだよ」 「え、10分前から来てたのに?」 「見てたの!?」 「ふふっ、冗談だよ」 「もう、焦ったよ」 「10分も待たせちゃってごめんね」 「大丈夫大丈夫。それよりご機嫌だね」 「うんっ! 遊園地デートだからねぇ……なんだかドキドキするね」 「ドキドキ……俺もしてる」 たぶん姫百合とは違う意味でのドキドキ……。 「全部のアトラクション制覇出来るかなぁ」 「じゃあ、早足で回る?」 「それもいいけど……せっかくだし、じっくり楽しみたいな」 「だから、遊べなかったアトラクションは今度に回すというのはどう?」 「いいね。そうしよう」 「じゃあ、早速!」 「行こうか!」 そうして、俺達の遊園地デートが始まった。 「律くーん」 「はいはーい」 「今度はこのホラーハウスに行ってみようか」 「姫百合、お化けとか大丈夫なの?」 「大丈夫! 律くんと一緒なら!」 「じゃあ、俺なしなら?」 「絶対行かないよ?」 「そうなんだ」 「恋人同士で行くのに憧れてたんだぁ……律くんはお化け屋敷嫌い?」 「いや、全くもって怖くないよ!」 「それは頼もしいなっ」 「あ、今までは怖くないフリとかしてたんでしょ?」 「な、なんでわかるかなぁ〜」 「姫百合は俺が守るから。怖いなら怖いって言っていいんだよ」 「うん……ふふ、頼りにしてるよ」 「腕、離さないでね?」 「ああ、もちろんっ」 しっかりと腕を組んで、俺達は歩き出した。 「はぁ〜、コーヒーカップ回し過ぎたね〜」 「ちょっと休憩しようか。目回ったんじゃない?」 「あはは、はしゃぎ過ぎちゃった」 「飲み物買って来ようと思うんだけど、何がいい?」 「俺が行くよ。何飲みたい?」 「だーめ。律くんはいっぱい回して疲れてるから、私が買いに行きます。ちゃんと座って待ってて」 「むぅ……じゃあ、冷たい緑茶で」 「うん、緑茶ね。すぐ戻って来るから」 駆け足気味に姫百合が売店へ向かった。 その様子を眺めながら、ベンチに腰を下ろして俺はひと息つく。 「……そろそろ頃合いかな」 デートの終わりにするか悩んだけれど、今回に限っては明るい内に切り出したかった。 成功すれば、記念日になるかもしれない今日という日。 こんなにも良い天気なんだ。明るい空の下で、思いの丈を精一杯ぶつけたい……そう思った。 「暗くなって、刻んだ文字が見え難くなったりしたら嫌だしな……」 例の物をポケットから取り出し、そんなことを考える。 渡したところで、姫百合はどんな表情をするだろう? どんなことを考え、何と答えを出すだろう? 考えてしまうことはたくさんあるけど、俺の答えは変わることなく固まっていた。 ――この先もずっと、俺は姫百合と一緒に過ごす。 生涯をかけて、彼女を幸せにしていきたいと切に思う。 頭の中で、姫百合と2人……仲睦まじく楽しい暮らしが浮かんだ。 ……何も違和感はない。 それどころか、とてもナチュラルに想像出来た。 たとえその生活が慎ましくても、きっと上手くやっていける……そんな確信めいた何かが、俺の気持ちを行動に移させていた。 「ただ渡して、思いを伝えるだけ……そう考えれば簡単なはずだ」 早過ぎるとか、現実味を帯びていないとか、そういったものも全く感じない。 出会ってからの期間。そして、付き合い始めてからの期間を考えれば、早過ぎると言われてもおかしくない日数ではあるけれど…… お互いの想いと、それを繋ぐ絆さえあれば、過ごした期間の短さなんて些細なことに過ぎないと思う。 相手を想う気持ちがあれば、それだけで充実した毎日を送ることは出来るのだから……。 姫百合との日々で、身をもって実感したことを今振り返る。 結婚したい。この人のために一生を捧げたいと思う相手が出来た……。 段取りとしてはまだまだ足りない部分が多いと思う。 だから、今の俺が出来る限りの想いを伝えたい。 「ただいま。寂しかった?」 「え? ああ、すぐに背向けちゃったから寂しかったよ」 「ふふ、実は私も。行ってから、意地を張らずに一緒に行けば良かった……って思っちゃってた」 「はい、緑茶」 「ありがとう、姫百合」 隣に姫百合も座る。 何とか平静を装っているつもりだけど、ただ彼女を傍に感じるだけで胸が早鐘を打った。 緊張しているはずなのに、何故か心地良い胸の高鳴り……。 今こそ告げるべきだと、再確認した。 「姫百合……デートの途中だけど、大事な話があるんだ。いいかな?」 「え? う、うん……何だろう」 「大事な話……ここでいいんだよね?」 「うん、ここでいい。そのために今日のデート場所をここにしたってのもある」 「緊張するな……そこまで準備してきた大事な話って……」 「単刀直入に言うね……」 「……」 大きく息を吸い込み、そして姫百合を見つめた。 「これからは俺と……結婚を前提としてお付き合いしてください」 「え……?」 呆然としている姫百合の左手を握り、取り出した指輪を薬指にあてがった。 「こ、これは……」 「俺からのプレゼントのつもり……です。婚約指輪」 「こんやく……ゆびわ……」 「まだはめなくていいから……OKだったらはめさせて欲しい」 「う、うん……」 「話聞いてくれる……?」 「聞く。絶対聞く……聞かせて」 「……うん」 深呼吸した後、未だドキドキする心臓に息を乱されながら口を開いた。 「こんなこと言うとキザって思うかもしれないけど……俺が姫百合と巡り合えたことは運命だと思うんだ」 「幼い頃に一度会っていて……それが、理由で俺達の仲が深められたのもあると思う」 「けれど、あの時から再び出会うのは決まっていて……こうして付き合うことも、決まっていたんじゃないかなって」 「だって、運命じゃなければ……こんなにも愛おしく思える人と俺は出会えるはずがないよ」 「ちょっとした事でも嬉しくなって、傍にいるだけで楽しくってドキドキして……」 「そんな姫百合と巡り合えたのは運命としか思えない」 「俺は姫百合と幸せになるためにここにいる。それは言い過ぎとも思わない。現に今もすっごい幸せだ」 姫百合は黙って俺の言葉に耳を傾けてくれる。 1人だけ喋ってるこの状況は恥ずかしいけれど、何より真剣に聴いてくれることが嬉しかった。 「だけど、それじゃなくて……俺は姫百合も幸せにしたいんだ」 「生涯をかけて、死ぬまでずっと。幸せでいて欲しいと思う大切な大切な人だから」 「これは……そんな俺の気持ちを形にしたもの」 「一生姫百合の傍で、一生姫百合を幸せにするために生きていく証の指輪」 「それと、俺が姫百合を愛しているっていう証の指輪……」 「律くん……」 「まだ学生だし、俺に対しての不安もあるだろうけど……俺の気持ちは本気です」 「これからずっと姫百合を幸せにし続けることができるほど、立派な人間になって……」 「本当にその時が来たら、結婚をしたいと思っています」 「だから今はその想いを形に表したくて……この指輪を用意しました」 「あまり高いのは買えなかったんだけど……きちんと裏側に俺と姫百合の名前も彫ってあるんだ」 「ほ、ホントだ……」 「たぶん、サイズもぴったりだと思う。いつも握ってる姫百合の手だから……俺の手が覚えてたんだ」 「……」 「まあ、その……長くなったけど、今すぐ答えを出す必要はないから……」 「俺はこれからも、あなたと一緒の時間を過ごしたい……そういう告白です」 「聞いてくれて……ありがとう」 「ん……」 ……言った、言ったぞ。 本当はもっとカッコいい台詞を考えていたのに、それらは全く出てこなかった。 けれど、自分の言葉で、今の想いを精一杯伝えられた……。 付き合うために告白しようとドキマギしてたあの時よりは冷静だ。 ……けど、返事がなくて不安になる。 やっぱり、こんな急に言われても迷惑……だったのか? 返事を聞くのが怖い。 でも……2人の気持ちが通じ合っているのだったら、きっと…… 「うっ……く……」 「えっ!?」 かすかな嗚咽に顔を上げてみると……姫百合が泣いていた。 「ひ、姫百合? どうしたの?」 大粒の涙が姫百合の白い頬を伝って落ちる。 どうして泣いて……俺が悲しませてしまったのか? 俺が急に、こんな告白をしてしまったから……。 「う……うぅ……ひっ……く……ぅう」 迷惑……だった……のかな。 「うぅっ……あ、ありがとう、律くん」 「え?」 「ごめんね……も、もう……話聞いてる時からずっと驚いてて……嬉しくて、嬉しくて……」 「涙が溢れてくるのが、止まらなくて……ひっく」 「姫百合……」 「……律くんのことを好きになって、ずっと心配していたことがあったの」 「え、え? それって?」 「わ、私の気持ちが律くんを越えたら、どうしようって……」 「越えたら……?」 「律くんのことを好き過ぎて、律くんに迷惑を掛けてないかと心配して……」 「私の気持ちが重過ぎだと思われたら嫌だなって……面倒な女と思われないかなって思ったら、どんどん不安になって……」 「そ、そんなこと……」 「うん、わかってる……律くんがそんなこと思うような人じゃないってわかってる……」 「けど、幸せ過ぎてどうしようもなく不安になる時があるんだ……そんな時にふと考えてしまって……」 俺と同じだ……。 俺も姫百合のことを好き過ぎて、迷惑掛けてないかと心配していて…… このプロポーズだって、ここまで考えているのが俺だけだったらどうしようとか考えて…… 「でも、そうじゃなかった……まさか、こんな素敵なことをしてくれるなんて」 「俺も同じだよ……姫百合が大好きだから。2人でお互いを気遣い過ぎてたんだね」 「うん……」 「だから、今は……こんなにも律くんが私を想ってくれてるのを知れて嬉しい……」 「ホントに嬉し過ぎて……涙出ちゃった……」 目尻を流れる涙を指先で拭う。 こんなに泣いちゃうくらい俺を想って、俺の気持ちを喜んでくれてるなんて……。 「……ねえ、律くん」 「ん?」 「こんな私ですが……喜んでお受けしてもよろしいですか?」 「是非とも……なってください」 「うん……なる。なるからね、律くんのお嫁さんに」 「ずっと、ずっと……私、律くんのお嫁さんになりたかったから……律くんは私の旦那さんだからね」 「うん……!」 嬉しさに俺まで涙しそうになる。 今だけでこんなに幸せだと、これから先どんなに幸せか想像も付かない。 「指輪……はめていい?」 「あ……そうだね。じゃあ、はめるね」 姫百合の薬指にゆっくりと指輪を通していく。 ブカブカ過ぎず、キツ過ぎず。 根本にいったところで、ぴったりと指輪が収まった。 「わ……ホントにぴったり……」 「でしょ」 「うん……うん……」 「結婚指輪は……もっと高いの頑張るから」 「いいよ無理はしないで……あなたの気持ちだけあれば、私は満足だから……」 「もう、姫百合は……でも、そう言ってくれるのは嬉しいよ」 「それで、その……この指輪は一体どうしたの?」 「ああ、買ったんだよ。バイト代で」 「バイト……してたんだ」 「あ……言ってなかったか。そういえば、姫百合が忙しい時だけシフト入れてたから……」 「姫百合と会えない間、バイトしてたんだ。最初は暇潰し程度だったんだけど……無駄遣いしなくて良かった」 「そ、そうだったんだ……ありがとう、大切にするね」 「う、うん」 面と向かって言われると照れるな。 「それと、もう私達は夫婦になる予定ってことなんだから……何か2人のためにすることは共同作業で支え合って、ね?」 「そうだね。うん、そうしよう。姫百合……俺を支えてくれる?」 「うん、もちろん……ずっとずっと支えたい」 「俺もずっとずっと姫百合と一緒にいて……幸せにするから」 「ありがとう、律くん……本当に私は幸せ者だよ……」 「私と一緒に歩む道を選んでくれて本当にありがとう」 「俺の方こそ、ありがとう! そして、これからも……」 「うん、これからも……よろしくね」 俺と姫百合は、ちょっとだけ早い婚約を交わした……。 「それでは行ってきます、兄さん」 「おう、お土産よろしく」 「姫百合先輩、兄をよろしくお願いします」 「ふふ、わかった。気をつけてね」 「はい。それじゃ行ってきます」 諷歌の外出許可が下りて初めての夏休み。 補講があって帰れそうもない俺に代わって、久しぶりに帰省することとなった。 余程嬉しかったのか、前々日くらいから何を持って帰ろうとか言って大騒ぎ。 今の諷歌を見たら、きっとみんな驚くだろうな。 「行っちゃった」 「寂しい?」 「ちょっとね。けど、あいつが帰省すれば、親も喜ぶだろうしさ」 「そうだね」 「それに、俺まで帰省したら姫百合が寂しがるかなと思って」 「そ、そんなこと……」 「ない?」 「ある……」 「じゃあ、姫百合が泣かないように朝から晩まで、ずっと一緒にいてあげないとな!」 「もうっ、律くんってば!」 「……本気にしちゃうよ? その台詞。私、その……今日から1人だし」 「あ、そうか……!」 諷歌と相部屋だから、姫百合1人になっちゃうのか。 これはぜひお邪魔しないといけないな。 もしかすると、そのまま部屋に泊まれたりして……。 「私の部屋……来てくれる?」 「行きます」 「ふふっ! じゃあ、お茶淹れるねっ」 「うーん、姫百合が淹れてくれる紅茶はいつも美味しいなぁ」 「ありがとう」 姫百合の部屋でまったりお茶している。 これからもずっとこの美味しい紅茶が飲めるんだなあ……。 姫百合の左手の薬指には、婚約指輪が光っている。 姫百合はそれを大事そうにうっとりと見つめていた。 「誰かに何か言われた?」 「諷歌にすぐ見つかっちゃった。おめでとうって……」 「そっか。さすが諷歌、気の利く妹でお兄ちゃんは嬉しいよ」 憧れの先輩が、いずれ義理の姉になるってわけだしな。 「ねえ、律くん。嫌なら、断ってくれて、いいんだけど……その……」 「近いうちに、私の実家へ来て欲しいんだよ……」 「姫百合の実家に?」 「婚約だから、その、家族にもちゃんと報告したいんだ」 「……」 今更だけど、姫百合ってお嬢様なわけで……つまり、そのご実家に挨拶をする時には、それなりの覚悟というかなんというか。 「結構、大がかりになりそう? だったら、きちんとして行きたいんだけど」 正直、そんな付け焼き刃の礼儀でなんとかなるわけでもないし、しっかり準備しておきたい。 「だ、大丈夫だよ! 前にも言ったけど、うちの両親は私に関して放任主義だから!」 「でも、祖母にはちゃんと紹介しておきたいんだよ。私の未来の旦那様を……」 「姫百合のお婆ちゃん?」 「うん……今は体調が悪くて動けないんだけど、昔はたくさん可愛がってもらって……」 「ウィズレー魔法学院にも通っていたから、学校のこともよく教えてもらってたんだ」 「姫百合がそんなに慕ってるってことは、すごく立派な人なんだね」 「うん……私にとって、憧れの人だから」 「だったら、尚更しっかりしていかないと」 「大丈夫だよ。祖母はいつも私ばかりに説教するから」 「説教……?」 これだけ完璧な姫百合に説教とか……。 「祖母のよく言う口癖は……女性は好きになった男性を立て、死ぬまでその男性に尽くしなさいって」 「お、おお……」 「そ、それと……」 「好きな男性の子供をたくさん産みなさい……って。それが女性の幸せだから」 「……」 「実際、祖母は今までそう生きてきて、今も幸せだとよく言っているんだ」 「私も祖母の教えは正しいと思ってる。だから、大好きな律くんに尽くしたいと思う」 「姫百合……」 「あ、あと、その……」 「律くんとの子供も、たくさん欲しいと思う……」 「俺も、姫百合との子供、たくさん欲しい」 「本当?」 「もちろん、本当だよ」 「よかった……私、子供が大好きだから」 俺は姫百合を抱きしめた。姫百合への愛しさがこみ上げてくる。 「俺たちの子供、きっと姫百合に似て可愛いよ」 「律くん似だったらカッコイイだろうなぁ。ふふ」 姫百合が胸の中でくすぐったそうに笑った。 「律くん……」 「ん?」 「今日はこのまま、このまま側にいて欲しいな」 「ああ。姫百合がそう望むなら、ずっとそばにいるよ」 「うん」 「さっきの話を聞いて……姫百合と子作り、したくなっちゃった……」 「ふふ、律くんのエッチ」 「姫百合のこと大好きだから、我慢できなくなっちゃうよ」 「ん……私も」 「こうして律くんと抱き合っているだけで、ドキドキする」 「もっとギュッて抱きしめて、キス……してほしくなる」 「キスだけ?」 「ううん、もっと私に触れて欲しい。私の全部を……愛して欲しい」 「姫百合……」 「律くん……」 「愛してるよ、姫百合。世界中の誰よりも」 「ん……私も」 そっと口付けを交わした後、2人でベッドに倒れ込んだ―― 「くんぅ……んちゅっ、ちゅぷぅ……んはぁ……律くんぅ……」 次第にキスはお互いを舐め合う行為へ……。 お互いの秘部に口付けを交わす行為へと変わっていった。 「んっ、んちゅぅ……ちゅっ、ちゅんぅ……」 「んっ、姫百合……っ」 「ひゃんぅ……んっ……そ、そこ、そんなに舐めたらぁ……」 ああ……姫百合のエッチな味がするな……。 始めた俺達は共に舐め合うようにしてお互いの秘部を愛し始めてる。 「ん……こんなに大きくしてる……んちゅっ、ちゅぷっ、んふぅ……あぁ……それに先からもう出ちゃって……んんっ……ちゅぷっ……」 「姫百合とまたエッチなことをすると思ったら、脱ぐ前から興奮してもうビンビンになってた」 「うん……気付いてたよ……苦しそうにしてた……」 「でもそういう姫百合のここも……しっとり濡れてるよ」 「あっ、そ、そこ……んっ……舐めてる……律くんが、いっぱい舐めてる……んんっ……あぅ……」 愛液は濃厚になってきているみたい。 舐めるほどにあふれ出す、このなんとも言い表せない姫百合の味……味わうたびに俺はどんどん身体が熱くなっていく気がする……。 「もっと欲しい……」 「な、何を……んっ……」 「……この濃い味が、欲しい……」 「ふやあぁっ!? 嫌ぁっ、律くんぅ……あ、味をみないで……んんっ、ああんっ! んぅ……律くんの味だってすごいんだから……」 「はむっ、んちゅぅ……くちゅっ、んぷぅ……んふふ、糸を引いちゃってる……んんぅ……はむっ、ちゅっ、ちゅむぅ……んぷっ……」 おおっ……エッチなスイッチが入ってる……。 されるがままで終わらないくらいにやり返してくるっ。 「くぅ……その裏筋に舌を這わせて舐めるのは効く……こっちだって……!」 「んいっ!? ひやあぁっ! あっ、あふっ、んんぅ……も、もう急に舌を入れてこないで……あうぅ……それじゃ私が……」 ……こんなに奥の方を震わせてる。 気持ち良くなってるみたいだ。 「んくっ、ちゅっ……ちゅぷぅ……んふうぅっ! あんぅ……まだそんなにしなくても……んっ、んっ……もっとゆっくりでも良いのに……」 「姫百合、すごく切なそう……愛液がこんなに溢れてきてるし、もっとしてあげる」 「くむっ、んちゅっ、ちゅぷぅ……んくぅ? はうっん……嬉しいけど……あんぅ」 「ほ、ほんと……太ももにまで垂れちゃってる……あんぅ……」 「あうぅん、そんなに濡れてたの? んんっ、あんぅ……」 「律くんが上手過ぎる……んっ……あっ、だめっ……私も続けるんだから……」 「くむぅ……んんっ! ちゅぱっ、ちゅっ……ぺろっ、ぺろっ」 「はぁむ、んぅ……ちゅっ、ちゅぷっ……んれるっ、れにゅっ……うんんぅっ!」 「そんなことない……姫百合、すごく上手になってきてる……」 我慢してないと、すぐにこみ上げてきそう。 最初はあんなにぎこちなかったのに、ずいぶんと慣れてきてるみたい。 まあそれだけ俺を気持ち良くさせたいと常に思ってくれているからなんだろうけど……。 「姫百合……もしかしてそういう事について調べてみたり、練習したりしているの?」 「はっ、あんぅ……何も……んんぅ……ただ律くんが気持ち良くなるようしてあげたいと思ってしていたら自然とこうなって……」 「んふふ……でも律くんにそう言われたなら、私がしていたことは間違いじゃないんだね。安心した……はぁむっ……んふふっ、ちゅっ……」 「くっ……あ、ああ……いいよ、姫百合……ん?」 さっきよりもまた秘部の入口がひくついて、舐めやすそうになってる……。 「俺のを咥えながらまた感じてきているみたいだね……」 赤く熟れた果実みたいに割れて…… 今すぐ俺を招き入れようとしてるみたい……。 「あっ、そんな奥に……指、入れたらっ……はっうんっ……」 「ぬむうぅんっ!? んくっ、ぷふっ、ふああぁ……ああっ!」 「あうっ、ふぅ……も、もう……またそんなに舌を奥まで入れて……んんっ!」 「ひうっ、やうぅっ! んくっ、はうぅ……しかもかき回すなんてぇ……ん……そんなにまたいじめるなら、私ももっとがんばって……」 「ん〜〜くぷっ! んふっ、んくっ、ふぅ……ちゅんんぅっ!」 「はもっ、もふぅ……んじゅっ、ちゅっ、ちゅぱっ、んくぅ……くむぅんっ!」 「うわっ!? おおっ……」 そ、そこまで深く咥えるなんて……。 俺も、もっと奥の方を弱いところを舐めて……。 「んんんぅっ! うくっ、んふぅ……んくうぅっ! んぱっ、ちゅぐぅ……ちゅぱっ、ちゅぱっ、ちゅんぅ。ちゅぷっ、じゅぷっ……」 舐め合いの応酬が激しくなってきた。 でも……姫百合が限界なのが分かる……ヒクヒクしてきてる。 「ここ気持ちいいはず……っ!」 「いいぃっ!? ぷふっ、はうっ、ああぁっ!?」 「す、吸っちゃってるの? んんぅっ! な、中が吸い出されちゃうぅ……ああぁっ!」 結構効いているみたいだ。 ここに沢山キスしたい……いっぱい姫百合の愛液を味わえて、俺の方が益々興奮してくる! 「律くんそれはっ……んひっ、ひゃあぁんっ! あうっ、んあぁ……え、エッチすぎる……んいっ、はうぅっ!」 「エッチなのは姫百合のほうだよ。こんなにいっぱい滴ってて……」 「あうぅ……でもそうかもしれない……。私、さっきの子供の話から……ん……ちょっとエッチなことを想像してしまってたから……」 「あ……姫百合も?」 「じゃ、じゃあ律くんも……んんぅ……はあぅ、あんぅ……」 「俺の場合、姫百合が魅力的過ぎるから、いつも顔を合わせるたびに……いや、合わせていなくても常に考えてるかも」 「ええっ!? んっ、んんぅ……でもそんなことを言ったら、私も……いつも律くんを想うと……それだけで、破廉恥なことを考えてる……」 「そっか……姫百合も……」 「う、うん……私、も……」 「そんなエッチなことを……考えるんだ……」 「そんなって……律くんはどこまで考えて……」 そうか、一緒にいなくてもそうやって俺で妄想してくれてる……。 俺達って意外と似たもの同士なのかな。 「姫百合……エッチだったんだなぁ……」 「あ、あうぅ……わ、私……いやらしい女……かな……?」 「むしろ俺のせいでいやらしくなってくれるなら……嬉しい」 「あ……うん……んんぅ……律くんにそう言われてすごくホッとした……」 「ふふっ……じゃあ私……もっとあなたのためにエッチになる……」 「うわっ!?」 股間の怒張から、びくっとするのが堪えられないくらいの衝撃がっ! 「くむっ、んちゅうぅ……んくっ……じゅるっ! じゅるるっ!じゅぱっ、んくぅ……じゅっ、じゅっ、ちゅうぅっ!」 これって……バ、バキュームフェラって……くうぅ……。 もしかして、さっき俺が吸ったから真似して……。 「んふふぅ、ちゅんぅ……じゅるっ、じゅっ、じゅっ、ちゅぱぁ……んくぅ……んふふふ……ちゅぷっ、ちゅるるっ!」 「うっ、ふぉっ!?」 こんなすごいことをされたらこっちが先に果ててしまう……。 姫百合の方がエッチは1枚上手なのかも……俺が気持ち良くなる方法が分かってて……。 「あふっぁっ……ぴくぴくしてる……もっとするから……いっぱい気持ち良くなってね……」 「くぷっ、んちゅぅ……じゅるるっ、ちゅぷぅ……んちゅっ、んじゅっ、じゅるっ……ちゅんぅ……」 「俺も、もっと……」 「あふぁっ!? そ、そこっ……そんなにっ、吸ったらっ……あんっ!」 きっと何回も身体を重ねてきたせいかな……姫百合が感じやすくなってる気がする。 感じてるのに、俺のために一生懸命になってくれる……。 俺ももっと気持ち良くさせたくなる。 「姫百合……!」 「んぐっ、ぷふうぅっ!? んえっ、ああぁっ!」 「は、はうぅ……それすごっ……んんっ! はあっ、ああっ、あうぅ……んんっ!」 「し、舌の出入りっ、ああっ、んんぅっ! 速過ぎてぇ……感じ過ぎちゃう……んんっ! く、咥えるのに……集中出来ないぃ……」 「……いいよ。そのまま一度イッて、姫百合……!」 「んうぅ……わ、私だけなんて駄目ぇ……んあっ、ああんっ! も、もっと私だって……してあげたいぃ……んんぅ……はぷううっ!」 「うおっ!?」 そんなに咥え込んだらっ!? 「んううぅっ! くぷっ、じゅっ、れむっ、んちゅっ、ちゅぷっ!」 「じゅるっ、ちゅううぅ……んくっ、じゅるっ、じゅるるぅ……んちゅっ!」 先にイカせられるかと思ったけど……俺も限界が……。 「もう出そう……それじゃもう、イクまで一気に……っ!」 「んううぅっ! んきゅっ、ちゅぐっ、んふぅ……ちゅぱっ、ちゅぽっ!」 「ちゅぷぅ……んんっ! んふっ、ふむぅ……んっ、んんぅっ!」 「ううぅっ! 出るっ!」 「うぶっ!? ふぐううううぅぅぅぅ……んんぅっ!」 ドクッドクドク、ドピュッ! 「ぐうぅっ!?」 俺が出してるのにまだ吸ってる……。 出すのと同時に、吸い取ってくれる姫百合の口……気持ち良すぎる……。 「んっ……ちゅぅうぅぅっんっ……ちゅるっ、ふぅ……ふぱぁっ! あぁ……んんん……」 吸い付きながら、姫百合も果てたみたい…… 姫百合の秘所……すごい震えてる……。 軽くキスしただけで、腰をびくびくっと震わせている。 「んふぅ……ちゅううぅ……ちゅぐっ、じゅるるっ……んふうぅ……んくっ、ごきゅっ、ごくっ……んくっ……」 「わわっ……」 俺のを飲み込んでる……。 「んくっ、ごっくうぅ……ぷふぅ……んんっ、はあっ、はうぅ……い、いっぱいぃ……飲めたぁ……はあぁ……はあっ、あんぅ……」 「……まさか……全部飲んだの?」 「うん……だって律くんのだから当然……んふぅ……んくっ……」 「はあぁ……精液、私にいっぱいくれたから……全部飲んであげたかったんだぁ……」 「あ、ありがとう姫百合……そんなふうに言われたら俺……またグっと来ちゃったよ……」 愛しくてたまらない俺の感情が姫百合を強く抱き締めさせる。 そのまま下腹部全体をキスしまくる。 「あぅ……ひぁっ。そんなに吸いつかないで……私、まだイッた余韻が、残ってて……」 ああ……もう繋がりたい! 「……え? あっ! ああんっ!」 姫百合の唾液でベチョベチョになっている怒張を、そのまま秘部へと一直線に向かわせた。 「あああっ! 入ってく……律くんのが、奥まで……んんぅっ」 「くっ……ぅ……!」 この感覚……何度経験しても、気持ち良過ぎるっ!! 「んああぁ……んくっ、んふっ、はうぅ……んんぅ……ふふ、律くんの……あっという間に全部入っちゃった……んあっ、はあぁ……」 「すごい、濡れてたからね……んんっ……熱くて、中もトロトロ……」 「あんぅっ! あふっ、あぁ……さっきので、すごく良くなってたから……」 「んんっ、はあっ……律くんのだって……出したのにまだ硬い……」 相変わらず良い締め付けで……俺のがぴったりはまっているという感覚……。 「んっ、あんぅ……んぅ……私の中が、律くんの形になってるの、わかる……んくっ、ふんぅ……あんっ!」 姫百合も同じ感想を抱いた。 俺と姫百合は今、繋がってるんだ……。 「あっ、はぁっ! んふっ、あんぅ……うんっ……私のここは……ん、んはぁんっ……」 「ずっと律くんのもの……律くん専用だからね……はあっ、あっ、あふぅ……んっ、んああぁっ!」 「ああ、ずっと……俺のもの、だからっ」 「んっ、くぅ……んちゅっ、ちゅぷっ、んはぁ……あんぅ……んんっ、んふぅ……んうぅ……」 深い深いキスを交わす。 なんだかキスがいつもより熱い気がする……どんどん腰を動かしたくなる……。 「ちゅぷっ、ちゅ……ん、んんぅ……あむ、ちゅぱっ……ちゅ、んん……はぁ……んむ、はふ……んんっ」 「んぷっ、ちゅぐっ、んんっ! んっ、んあっ、んぷっ、ちゅふぅ……あんぅ……律くん深いぃ……んぷっ、んんぅっ……」 「んああぁっ! あんぅ……くんんぅっ! あうっ、んああっ、ああぁ……すごいぃ……もうこんなに来ちゃってる……んあっ、あんっ!」 「はあっ、はうぅ……んんっ、んああぁっ! んふぅ……んくっ、あいっ、あんうぅ……し、しかも……こんな奥にまで……ふあっ、やんっ!」 「んひっ、ひゃうぅ……んくっ、んふぅ……い、いつもよりも……んんっ、ああぁっ! すごく奥にまで入って来てっ……るぅっ!」 「姫百合の脚が、絡まって……!」 より深く密着出来て気持ち良い! 「んんぅ……だって律くんが入れてくれた瞬間に……んんっ、ああぁ……なんだか……すごく大好きって思ってしまったら……あんっ……」 「んふぅ……勝手に脚が動いちゃったの……んいっ、はうぅ……んんっ、ああぁっ! んっ……ちょっと……きつ、い? ん……」 腰を突き出すのと同時に、俺に抱きつく脚に力が入る。 その度に、亀頭の先が今までで一番熱い所に届いては、ビクビクと膣内が痙攣した。 「きつい、けど……姫百合の大好きって、気持ちが伝わって……すごく良いよ」 「うんっ……はぁ、くっ……ふああっ……大好き、だから……すごく大好きだから……ああんっ!」 「くぅ……俺も、姫百合に……たくさん、大好きをあげるからっ」 「んあっ、ふああぁっ! あっ、あっ、あいぃ……いんうぅっ!」 「うんっ、うんっ! ちょうだい律くんっ……あっ、あふぅ……んんぅっ!」 より深く、より激しく……俺の湧き上がる感情を姫百合の中にしっかりと刻みつけるように腰を振りまくる。 「ふっ、ふあっ、あうっ、んんぅっ! い、いっぱい動いて……あっ、ああぁっ! 私の中で……いっぱいっ、気持ち良くなって……っ!」 膣襞がすごいウネリで締め付けてくる。 奥の方まで震えていて……そこまでして、俺を気持ち良く……。 「はっ、はあっ、あふぅ……んんっ! も、もう私……あっ、はあぁっ!」 「もう、何度か、軽く……イッちゃってる……んんっ、ひゃあんっ!」 「ああっ、駄目っ! あっ、ああぁっ! も、もうすごいのが……あっ、あいっ、いんっ、んんっ! す、すぐに来ちゃうぅっ!」 「ひ、姫百合、俺も……んんっ!?」 な、何か姫百合の一番奥……コリッとしたものが当たって―― 「ひああぁっ!?」 膣内が大きく震え上がる。 今までにない締め付けに、俺は―― 「んいいいいぃっ! はあっ、ああっ、あうっ、ああああぁっ! んくっ、ふゆっ、うぐぅ……んなああああぁっ!?」 「ううぅっ!」 うわっ……し、搾り取られそうにっ!? 「なっ、なっ、何っ、いいんっ!? ああっ、駄目これっ! んひっ、ひっ、ふあっ……ふやああああぁっ!」 「で、出るッ!」 射精と同時に腰をぐいっと突き出した。 「くっ……ああああぁぁぁぁっ!」 激しい絶頂の喘ぎ。 ポンプのように吸い込む動作をする膣襞の中に、白濁とした欲望が注ぎ込まれていく。 「ふああぁっ! あ、熱いのが……んくっ、んんぅっ! 中で、律くんのっ、暴れて……んひゃっ、あううぅっ!」 「震えてっ、あっ……ああっ! 気持ち、良い……ん、はぁっ! はぁ……くっ、はあっ!」 絶頂の波が過ぎ去って行くまでの間、俺達は身体をひくつかせつつも抱き合って過ごしていた。 「んんぅ……んはあぁ……はあっ、はあぁ……す、すごかったぁ……んんっ……きゅ、急にぃ……んんぅ……」 「す、すごかった……」 「はあぁ、ああぁ……うん……でも……さっき私の中で当たったのって……? はあぁ……あぁ……」 「奥だったし、子宮口……とか?」 「こ、ここが……んっ、あぁ……確かにお腹の奥が押される感じがする……んんぅ……んふぅ……」 気持ちが良いと子宮が降りて来るという知識は、男の嗜みとして一応は知っていた。 けれど、もし先ほど当たっていたのが本当に子宮だったのなら…… 俺とのセックスで、姫百合が滅茶苦茶感じてくれたってことになるわけで……嬉し過ぎる。 「ん……はぁ……ここで、いっぱい律くんのを受け止めたんだね……」 「はあぁ……いつもよりすごく熱くて……すごくイッてしまった……あんぅ……」 もしかしたら、今ので出来ちゃった可能性もある。 けど、そんな未来もいいなと放心状態でぼんやりと考えていた。 「私……んんぅ……今、子供が出来てしまっても良いくらい……律くんが好きだよ……」 「姫百合……俺も同じこと、考えてた……」 「ふふ、同じこと考えてたんだ……嬉しい……すごく、繋がってるって感じる……んぅ」 「でも、もっと繋がってたい……私にもっとたくさん……律くんを感じさせて欲しい……」 そんなことを言うものだから、一度萎えかけていた俺のものはすぐに大きくなった。 「あぁぁ……大きくなった……んふ……また、して、くれるんだね……」 「の、望み通り……姫百合が言うなら、何度でもっ」 「うんっ、うんっ!」 まだ少し震えている膣内を、思いっ切り行き来した。 「んくっ、ふああぁっ! ああっ、いいんっ! んあっ、ああっ、律くんぅ……んんぅっ! ああっ、ああぁっ、気持ちっ、良いぃっ!」 「ああっ、私の中ぁ……んんっ! すごくグチュグチュになって……んふっ、ふああぁっ! 律くんのでかき混ぜられる……」 「あっ、あうっ、んくぅ……んああぁっ! またいっぱいっ、動いてっ、動いてぇっ! んくっ、はううぅ……んううぅっ!?」 ま、またコリコリした感触が亀頭の先に……。 「んひっ、ひんんぅっ! んあぁ……んくっ、はうぅ……奥でまたいっぱいっ、入口をっ、叩かれてるっ」 突き上げる度に、まるでノックをしているように姫百合の子宮口と俺の先端がくっつく。 「ひゃあぁっ! ああっ、これっ……んんっ! これっ、すご過ぎて……ああぁっ!」 「子宮の入口、叩かれるとっ、全身がビクビクして……ああんっ! はあっ、ああっ!」 「ふあっ、ああぁっ! あっ、あくっ……か、快感で……身体が痺れてる……んんっ……お、おかしくなっちゃうっ! ああぁっ!」 またビクビクと震え始めてきてる姫百合の膣襞。 その強さが増していく度、大きな絶頂がすぐそこまで来ていると俺でもわかった。 「んやあぁっ!? はうっ、んんっ、んなあぁっ! く、くっついった……律くんの先がっ、ムニってくっついて……!」 なんだか子宮口の硬さが変わったように感じる。 さっきまでコツコツと当たっていたのに、今は突くと亀頭の先をキャッチするみたいに……。 「まるで、唇で吸われてるみたい……っ!」 姫百合の脚も、俺を放さないとがっちり締め付けてくる。 姫百合の全部が俺を放したくないと、求愛してくるみたいで……。 「んやっ、やうっ、うあっ、ああぁっ! 良いっ、良いよっ、あんっ、はあぁっ! 押されて……お腹の奥がっ、ピクピク……はあっ」 「ふあっ!? ん、はっ、はっ、ああぁっ! も、もう……なんか、いやらし過ぎる……ああっ」 「私、いやらしくなって……ああっ、もっといっぱいっ、突いてっ! んんっ、ふううぅっ!」 「私の奥の奥までっ、あなたのもので……あなたの愛を、刻み込んでえっ! んいっ、ふやっ、やうっ、んはああぁっ!」 くっ……そろそろやばくなってきた。 「姫百合っ!」 「ひゃうぅんっ!? んひっ、あっそこっ 良いいぃっ! あいっ、いいんっ! はっ、あっ、あっ! ああぁっ!」 グッと腰に力を入れ、キャッチしようとする子宮口にまた何回も勢い良く亀頭を押しつけていく。 すごい乱れてよがりまくってる姫百合は……激しくすればするほど感じてくれてるみたいだ。 「ふぬぅ……んんぅっ! んあっ、ああぁっ! 律くんっ、これぇ……んんっ、んああぁっ! すぐっ……すぐまたイッちゃうっ!」 「ああっ、いっぱい……んんんっ! い、入り口……小突かれて……あんっ! あっ、あふっ、ふああああっ!?」 「し、締め付け……やばいっ」 「あ、開いちゃうっ!? んくうぅ……んいっ、良いっ、んああぁっ!」 「し、子宮がぁっ、律くんのでっ、こじ開けられて……っ」 「はあっ、ふあぁっ! あっ、あいっ、いんぅ……は、はあっ、はあっ……んああぁっ! だ、出してっ、んんっ!」 「あふっ、んんっ、はうっ、うんんぅっ! そこにっ、思いっ切り、精液を……んんっ! 愛を注いで欲しくて……ああっ!」 「ひ、姫百合っ、受け取っ……て!」 「はああぁっ! あっ、あっ、あっ、あっ、ああんっ! 律くんっ、律くんぅっ! んっ、んっ、んんぅ……んいいいいぃっ!」 「いいっ!? あっ、ぁぁぁあああああああっ!」 真っ白になった頭で、入口に目一杯先っぽを押しつけて……出すっ! 「んああぁっ! はひっ、はうっ、熱いぃっ! んぐっ、くふああぁ……ああんっ! い、今までで一番っ……熱いのがいっぱいぃっ!」 「んくっ、んひっ、ひうぅ……ううんっ! んはぁ、はうぅ……勢い、良く……んあっ、あぁ……お腹の奥に……」 俺の精液を子宮で思う存分受け止めながら、姫百合は悦びに打ち震えていた。 「んふっ、ふぅ……はあぁっ、はんんっ、んぅ……はぁ……いっぱいに、満たされたぁ……んふぅ……」 ぐったりと姫百合に寄りかかる。 拘束していた姫百合の脚も力が抜け、2人して放心状態で息を乱していた。 「はあっ、はあっ……最後の一滴まで、姫百合の中に……んうっ……」 姫百合の膣は俺のものだと主張するように、精液をしっかり流し込み、染みこませていく。 「んあっ、はあぁ……はふぅ……んんっ、はあぁ……こ、これで私……」 「んんっ、はあぁ……お母さんに……なっちゃったかもしれないんだ……ん……」 「はぁ、んく……姫百合、大好きだよ……絶対に俺が、幸せにするから……」 「んんぅ……うん、律くん……嬉しいぃ……」 込み上げる熱い感情が俺の腕を動かし、強く優しく彼女を抱き締めた。 力強い鼓動が、愛おしい温もりを通じて伝わってくる。 「律くん……はあぁ……私……んぅ……」 「もうあなたから……離れられない……」 この温もりを……いつまでも守っていきたい……。 腕の中で嬉しそうに微笑む姫百合に、そっと誓うようにキスを送った。 「ふぅ……終わった」 夜なのに汗ばむ温度……今年もまた蒸し暑い季節がやってきた。 思い出の詰まってる夏―― 見上げれば、満天の星が広がっている。 「今晩のおかずは何かな。今朝は好物のお茶漬けだったけど……」 毎日美味しい料理を作ってくれる俺の妻。 昔は花嫁修業だのなんだので、家事に自信がなさそうな彼女だったけど。 今はもう、完璧に専業主婦をこなしている。 彼女と暮らし始めて早2年。 婚約してから既に数年が経っていた。 「早いもんだな……本当に」 あれから無事に、時期は違えど魔法が使えなくなった俺達は、ウィズレー魔法学院を卒業することとなった。 既にご家族の承諾も得ていたためか、自然と同棲を始め……無事に社会人となった。 それからしっかりと段取りを順序立てていき、結婚式も挙げ…… ――順風満帆。 まさにその言葉がぴったりの生活を、今俺は送っている。 さあ、早く帰って、愛しい姫百合に今日もただいまのキスをしよう。 「ただいまー」 「あっ……」 「ただいま」 「お帰りなさい、あなた」 驚く姫百合を背後から抱き締める。 「ごめんなさい。料理に夢中でお出迎え出来なくて……」 「いいって。そんな恰好で玄関に立たせるわけにはいかないから」 「でも……お出迎え、したかったな」 今日も姫百合は、裸エプロンで俺の帰りを待ってくれていた。 彼女のこの姿を見るだけで、疲れなどあっという間に吹き飛んでしまう。 初めのうちは恥ずかしがって、1週間に1回しかしてくれなかった姫百合だけど。 この恰好が好きだと言ったら、毎日のように俺のために着続けてくれて…… 結婚しても変わらず、姫百合は俺のために尽くす日々を送ってくれていた。 「あの……どうかした?」 「ちょっと今までのこと思い出してた」 「今までのこと……?」 「俺と姫百合が付き合ってからのこと……もう何年も経ってるのに、相変わらず尽くしてくれてるなぁって」 「だって……わかるでしょ? あなたのことを、私は誰よりも愛しているから」 「本当に?」 「本当です。信じていないんですか?」 「そんなことはないよ。けど……」 エプロンの上から、姫百合のお腹をさする。 「あんっ……いきなり……」 「子供が出来たら、そっち優先になるんじゃないかなって」 「そんなことを……心配しているの?」 「夫をほったらかしにする妻も多いって上司がよく愚痴るんだ」 「絶対ないからね?」 「そうだね。姫百合に限っては断言出来る」 「ふふっ、絶対どちらも幸せにするから」 「俺も……立派なお父さんになってみせるよ」 「あなたならきっと大丈夫」 「そう言ってもらえると安心する。俺も全力でサポートするから」 「はい、頼もしい限りです」 「……何ヶ月くらいで大きくなるんだっけ?」 「早い人で3ヶ月くらい……ってお医者様が」 「もうすぐ、かぁ」 「うん……」 彼女のお腹の中にいる俺達の子供。 もうすぐ俺にも血を分けた家族が出来る……。 この子も姫百合に負けないくらい幸せにしてやりたい。 「今更だけど姫百合……ただいまのキス」 「ん……ちゅっ……ちゅぷ……んんっ……」 「んふっ……ちゅ……ちゅ、ちゅく……んんぅ、ふはぁ……」 愛らしいキス顔。 俺だけに見せてくれる表情―― 「今日も何事もなかった?」 「はい、順調ですよ」 「しつこい訪問販売とかは?」 「来てませんよ」 「そっか……良かった」 「あなた、心配し過ぎです」 「そうは言っても、心配なものは心配なんだ」 「俺の……大切な人なんだから」 「はぅ……やっぱり慣れないぃ」 あの時から変わらず……可愛い人のまま。 きっと母親になっても、お婆ちゃんになっても。ずっと俺の心を癒してくれることだろう。 「あ、そうだ……この後どうします?」 「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも――」 「3つ目で」 「私……ですか?」 「うん……話してたら姫百合が欲しくなった」 「……今日も元気ですね」 「疲れなんて吹き飛んだからね。全部姫百合のおかげ」 「本当に……毎日遅くまでお勤めご苦労様です。ありがとうね」 「何言ってんのさ、家のことは任せっきりで……こっちの方こそありがとう」 「それは私がしたいと言い出したことだから……」 「それに……夫を支えるのが妻の役目、です」 「本当によく出来た奥さんだ」 「あなたの、奥さんですよ」 「うん……俺の奥さん」 「したいこと、何でもしていいんですからね。私はあなたのものなんですから」 「それなら……もう1回いいかな? キス」 「えと……はい」 目を瞑った彼女の唇を、俺の唇が覆う。 小さな唇……けれど、とても大切な唇……。 「んっ……ちゅ、ちゅぴっ……ん、んふぅ……」 「ありがとう……気持ち良かった」 「お望みならいくらでもお相手しますよ?」 「1日中でも?」 「はい、1日中でも」 「じゃあ……今度の休みにでも挑戦してみるか」 「いいですね。望むところです」 「やった。また楽しみが増えた」 「はい、増えました」 姫百合も一緒になって楽しんでくれる。 俺との生活1つ1つを、とても大切にしてくれる。 「幸せだよ、私……こんなにも幸せな生活を送れるなんて……」 「あの時の約束、気持ちを……本当に実現してもらっちゃった」 「まだまだ。もっと姫百合には幸せになってもらうから」 「一緒に……あなたもね」 「うん……2人で幸せな家庭を築いていこう」 「ってことで、次の子作りの練習……しよっか」 「もう、あなたったら」 「優しくするからね。お腹の子に障るといけないから」 「はい……今日もたくさん蕩けさせてもらいます、あなたの愛で……」 「うん……愛してるよ、姫百合」 「私もあなたを心から……」 「ちゅっ」 再度キスをして見つめ直す。 「愛して、います」 これからもずっと俺と姫百合と、そして家族全員で―― 平凡でありながらも、充実な。 幸せな毎日が過ごせますように―― 「ねえ夏本、次の授業なんだっけ?」 「精神学だよ」 「精神学っていうと……担当は」 「ハロー、みなさーん。今日も元気にレッスントゥギャザー、いぇーい!」 「あれ? 確か、この人って……」 「そう。あの痛い人よ」 「待てコラ」 「それじゃそのまんまじゃないか」 「そこも待てコラ」 「そっか、田中夢子先生だ」 「ノウ! ミスター葉山。マイ・ネーム・イズ・ジャネット!」 「じゃねっと……先生?」 「J子でいいのよ」 「はーいチャイムが鳴ったので本日のレッスンを始めまーす。今日のテーマは……」 「れ・ん・あ・い!」 「授業で恋愛をやるの?」 「いちおう、精神学の一分野だから」 「恋について。そしてなんとこのクラスには都合よく2人も男子生徒がいます! グレイト!」 「ぐ、ぐれいと」 「葉山、別にリピートする必要はないぞ」 「しかも1人は超かわいい系〜!」 「差別が激しいなあ」 「というわけでぇ、じゃあまずはミスター葉山の好みのタイプは?」 「えっ、ええっと……」 「ぜんぜん授業になってないわね……」 一緒に授業を受けていてわかったことの1つとして、オリエッタは基本あまり授業中には調子に乗らない。 意外ではあったのだが、突然このクラスに編入してきた身として彼女なりにわきまえているらしい。 「じゃあ次ね。ミスター葉山の好きな女性の仕草……」 「俺のタイプじゃないのか……」 「あ、あの田中先生。ボクそういうのちょっと苦手なんで、授業を……」 「……」 「ジャネット先生、お願いします」 「仕方ないわねえ。そんなに可愛くお願いされたら聞くしかないじゃなーい」 「この人ほんとに恋愛のエキスパートなの?」 「知識と実践は別物ってことでしょうね」 「聞こえてるからねー、そこの2人。まあいいわ。それじゃちゃんとした授業にシフトしますか」 「ちゃんとしてないってわかってたんですね……」 「それじゃあ教科書ひらいてー。ページは……」 ……。 「ハーイというわけで今日のレッスンはここまで。次回は今日の続きをしまーす、バーイ」 「ふう……なんだかんだで後半はちゃんとした授業だったな」 「……」 「……なに?」 「なんでも」 隣の席のオリエッタがしきりにこちらを気にかけている。 それを訝しがっていると、俺のそばに見知った顔が何人か集まってきた。 「ねえねえ、律くん」 「ん?」 「さっきは聞いてもらえなかったけど、律くんの好きなタイプってどんな子なの?」 「それ! うちも気になる!」 「普段、男子と接さないぶん、気になるかも」 「お……おおう」 この子たち、ガンガンと攻めてくるな。 「どうなの?」 「えっと、俺と同じペースで恋愛できる子……かな」 「……どういうこと?」 「ちゃんと節度をわきまえて、段取りを踏んだ上で恋愛ってのは成立すると俺は考えてるんだ」 「それなんか前も言ってた! 段取りって」 「そう……それこそが俺の提唱する恋愛観」 「段取りズム!」 「段取りズム?」 「出会い、知り合い、よき友人になってから……お互いに男女というものを意識していく」 「初めてのデート、でもその時点では何もしない。まだ恋人同士じゃないのだから」 「数回のデートを重ね、ようやく2人は恋人同士に。でもまだキスは早い。手をつなぎ、腕を組み、それからだ」 「そして更にお互いは仲を深め合っていく……というのが、俺の描く理想の恋愛。段取りを飛ばさないこと」 「それが段取りズム!」 「……」 あれ……? 「ま、まあとにかく……いろいろ考えてるんだね!」 「新鮮だったかも」 「じゃ、うちらもう食堂行くから! またね、夏本くん!」 3人はまくし立てるように感想を述べたあと、嵐のように去っていってしまった。 「モテモテね!」 「今のが……?」 「ちょっと観察してたけど……どうしようもない男じゃなくて助かったわ。これなら案外すぐにカタがつきそうね」 「いや、それは違うだろ。彼女らは単に男が物珍しかっただけであって……」 「パッパと惚れてチャッチャと付き合っちゃいなさいよ」 「そんなレンジで3分みたいなノリじゃ無理だよ」 「ああでも、そういう早急なのはアンタのポリシーが許さないんだっけ? エゴイズムが」 「段取りズム!」 「ま、それにしてもきっといい相手は見つかるわよ。時間の問題ね」 「時間の問題って……そういうことじゃないんだよな」 「なんで? 気長に餌をぶらつかせてれば、そのうち食いついてくるんじゃないの?」 「でも意外と、短気な人のほうが向いてるとも言うだろ? タナを変えたり、いろいろと試行錯誤するのも大事なんだよ」 「そっか……ためになったわ」 「ああ、どういたしまして」 やれやれ、これだから素人は…… 「あれ? 違うよ、なんで釣りの話になってんだ」 「鯉の話じゃ……」 「恋だからね!」 「だって私、恋愛のことなんて何もわからないもの。だからあんまりそっちにはタッチしない」 オリエッタとて年頃の女子だというのに、色恋に興味がないなんて。 「私が興味あるのは、男のアンタが魔法を使える理由。恋愛以外の原因があるかもしれないから、私はそっちを探ってみるわ」 「え……じゃあ俺はどうすればいいの?」 「だから恋だってば。まあ私のバックアップが必要になったら言いなさい。その時はできるだけ協力してあげるから」 「バックアップって?」 「んー。たとえばそうね。私が不良Aになって女の子をいじめるから、アンタがそれを助けて……」 「古典的だなあ」 「おうおう兄ちゃんよう、アメちゃんやるからちょっとこっちついて来んかい」 「やんなくていいから! だいたいおまえめっちゃツラ割れとるし、口説いてるのは男やんけ!」 「ノってくれて、どうも。ま、あくまで一例よ」 「協力してくれる心意気はありがたいけどな」 「ここじゃよりどりみどりなんだから。アンタの主義には反するかもしれないけど、手当たり次第に声をかけてみるのもいいんじゃない?」 腰に手を当ててハキハキとしゃべるオリエッタ。その姿を見ていたら、なんだか少しイタズラ心が芽生えた。 「その、さ」 「なに?」 「よりどりみどり……って中には、オリエッタも含まれてるわけ?」 これで、照れた顔のひとつでも見せてくれれば可愛げもあったのに…… 「なわけないでしょ。私は恋愛のことよくわかんないんだってば」 「それよりも、ここには恋に飢えた女の子が他にいくらでもいるんだからそっちを当たりなさい」 いともあっけなく、表情すら変えずにいなされてしまった。 「可愛くないやつだ」 「なによ……そう言われるのは心外ね」 「恋愛に興味はなくても、それは嫌なんだ?」 からかったわけじゃない、ただ純粋な疑問。 「そりゃ私だって女の子だもの……特にアンタみたいな、男に言われるのはむかつくわね」 「……。じゃあ、可愛いって言われたら?」 「うれしい……わよね」 「ほぉん……」 「ほぉんってなによ……」 可愛いと言われるのは嬉しいのか。だったら可愛い可愛いと連呼して、少々困らせてやりたい気持ちに駆られる。 しかし! (言えないっ! 会って数日の女の子に可愛い可愛い言えないっ!) それはオリエッタが自分のことを女子と認識しているのと同様に、俺もまた彼女をひとりの乙女としか見れていない証拠だった。 (ああ、ウブでシャイボーイな俺……) 「何ひとりでテンパってるわけ?」 「うん……ちょっと熱がね」 「熱? アンタ熱があるの?」 「うわあっ、冗談だよ冗談」 芝居っぽく言ったつもりだったのに、オリエッタはすぐさまその柔い右手を俺のおでこに押し当ててきた。 「なんだ。じゃ、今日のところはそういうことで……よろしくね」 「え? なに? そういうことってどういうこと?」 「もう……私の言ったことちゃんと聞いてた?」 「えと……なんだっけ?」 「あした来てくれるかな?」 「いいとも!」 「よし!」 「いいの?」 「ちょと違ったかも……」 「ぜんぜん違ったと思うけど……」 「そうそう、とにかく、アンタは早いところ恋人を作ること」 「そんで、私は他からアンタが魔法を使える理由を洗うから。いいわね?」 「う、うん……? いいようなわるいような……」 「じゃ、あとは勝手にがんばんなさい。バーイ」 「ちょ、ちょっとオリエッタ……それジャネット先生のマネ」 ……行ってしまった。 「どうしよ」 「ねえ夏本、ご飯食べよ」 「ん、ああ」 オリエッタか……。 あいつは俺のこと、どう思ってるのかな? 「おりんちゃんってさ」 「ん?」 「豆乳、好きだよね」 「……えぇ、まあね。でもどうして?」 「いつも飲んでるから。よっぽど好きなんだね」 「でも、うちもよく飲むよ。けっこうおいしい」 「そうね。健康にもいいし……」 オリエッタと昼食をとっていたある日のこと。 彼女が他の女子に話しかけられているのを、俺は考え事をしてるフリをして盗み聞いていた。 クラスメイトの結城さんや相田さん……オリエッタはもともとこのクラスの生徒じゃなかったというが、ちゃんと馴染んでいるんだな。 (オリエッタか……) 俺もオリエッタとは彼女らと同程度の付き合いのはずだけど、いまだによく知らない側面も多い。たとえば…… 『私、この国の姫だから』 オリエッタは自分のことを姫だと言い、周りがそれを疑問に思っている節はない。 だが冷静に考えれば、それはどういうことなのか。 (……行ったか) オリエッタの周りにいた子たちはすでに散会していた。 この謎を問いただすべく、俺はオリエッタに向き直る。 「なあオリエッタ」 「キャーー! 男ーーーー!!」 「なんで今さら男に驚くんだよ! ずっと近くにいただろ!!」 「ふふっ、冗談よ。で、なにかしら」 「えっと……オリエッタはどうして姫なの?」 「愚問ね。つまり……姫だから姫なの、ってこと」 「そんなトートロジーじゃなくて、もうちょっとわかりやすく」 「私は姫で、だからこそ偉いの。それさえ覚えておけばいいのよ」 「だから、その理由を……」 「だいたい別に、関係ないじゃない」 「関係って、なにに?」 「アンタの恋愛に」 それか……。 「アンタは私のことなんて気にせず、他の女子にちょっかい出してりゃいいの」 「そうは言うけど……」 「アンタの恋愛に私が手伝えることは少ないわ。だから私は私で調べてるのよ、アンタが魔法を使える原因をね」 「俺のためにやってくれているのなら、それこそオリエッタのことを無下にはできないよ」 「私は別に構わない。アンタだって、早くニンゲン界に戻りたいんでしょ? 誰かさんと一緒で」 「むう……」 早く帰りたいとか、そういう問題じゃないのに。 なにかと俺に付きまとい、そのうえ謎も多いオリエッタ。 彼女のことを知りたいと思うのは不思議なことじゃないだろう。だが、今のままじゃ取りつく島もない。 となると……人づてに聞いてみるしかないか。さいわい昼休みだから時間はある。 オリエッタのことをよく知っていそうな人は…… (……シャロン、かな) シャロンはオリエッタのお付きのうえ、彼女のことを姫様と呼ぶ。打ってつけの相手に思えた。 シャロン……シャロン……。 初めて会った時はこのあたりだったけど、普段はどこにいるのだろうか。 「やっぱり職員室……?」 「ここでげす」 「近すぎ!!」 「純朴な少年には刺激が強すぎたかもしれねえっすねぇ」 「ていうか、なんで俺が探してたことを知ってるの……?」 「女子力ってやつでやんす。詮索は無用、テレパシーのない男は嫌われるっぺよ」 「デリカシーね」 「そうとも言うという説がなきにしもあらず」 「というか、やっぱりここにいたんだな。見つかってよかった」 「ここはあちしのお気に入りだぎゃ」 「なにゆえ?」 「日当たり良好、駅から5分、歩く姿は百合の花」 「たしかに日当たりはいいかも」 でも季節的に、ただ暑苦しいだけだとも思うけれど。 「にしてもなんであちしを探してやがったですか? ムラムラっときたからでげすか?」 「まず無いね」 「ケダモノは死ねばいいです」 「案の定、君は人の話を聞かないよね」 「姫様のことだぎゃ?」 「なぜわかる……」 「テレパシーでげす」 「こっちから信号を発した覚えはないんだけどな……」 「本当は顔に書いてあるです」 「顔に……?」 「にく、と」 「ただの落書きじゃねえか。ていうか書いたやつ誰だ」 「今朝忍び込んで、チョチョイと」 「お前かよ」 「姫様の話ならここでするのはまずいでげす。そろそろ飛行艇が運行を始める時刻でやんすから」 語尾がちょこまかと変わるなあ。 「室内にしない? ここ、俺にはちょっと日差しがきつい」 「いいでげすよ。とても人様には聞かせられないような話をたっぷりとしてやるだす」 腹黒だった。 「ここなら問題ねえでげす。姫様の性感帯も全部教えてやるでやんす」 「い、いや……そういう話じゃなくて」 それも気にならなくはないが……。 「あいつは姫を自称してるけど、いったい他の生徒となにが違うんだ?」 「乳首っす」 奇跡的な噛みあい方を見せた。 「性感帯の話じゃなく……」 「真っっっっ黒でげす」 「マジで……?」 「ブラック乳首界のプリンセスでげす……」 「そんな意味が隠されていたのか……!」 「嘘でやんす。本当は真っピンクだぎゃ」 「なんなんだよ!」 オリエッタの乳首の色を聞いてしまった……。 「姫様の評判を貶めるのはやぶさかじゃねえだすが、嘘をつくのはあちしの主義に反するっす。嘘はよくねえでげす!」 「ひどいダブスタな気が……」 「しかし直接訊ねずにあちしを頼るとは、ずいぶんセコいっすねえ律殿は」 「う……それを言われると」 「でもあちしは寛大だから許してやるです」 「ありがとう」 「なぜ姫様が姫様と呼ばれるのか、自分で考えてみるといいでやんす。もし正解した暁には……」 「には?」 「この最新携帯ゲーム機LOS-トンTAをプレゼントしてやるっす!」 「おおっ、本当に!?」 シャロンが懐から取り出したるは、本物の最新ゲーム機だった。 「あちしに二言はねえでげす」 「いやあ、それ欲しかったんだよ……」 と、そこへ…… 「あ、おいメス猫! てめぇ早くあたしのゲーム返せよ! つかそれだよそれ!」 「げ、見つかったでげす」 「借りもんかよ!!」 「温室を選んだのは失敗だったでやんすね」 「ほら、返せ。と……ん? そこにいるのは」 「どうも、こんにち……」 「キャーー! 男ーーーー!!」 「知ってるでしょう!」 「はっはっは、冗談だよ夏股」 「夏本です」 メアリー先生。この人もシャロンと同じように、魔法学の担当だったはずだ。 「で、下ネタの話してたのか?」 「なんで決めつけにかかるんですか……違いますよ」 「いやいや、男子学生なんて皆そんなもんでしょ。オリエッタの性感帯教えてあげようか? 乳首が……」 「なんでアンタたちはそう揃いも揃って同じ話ばっかりするんだ!」 「ループものだからでげす。永遠に抜けられねえです」 「同じ話題を繰り返し掘り下げることによって、より論議に深みが増す……」 「この場合、姫様の乳首がどんどん色濃くなっていくです」 「乳首から離れてください!」 ていうかそもそも、なぜオリエッタは乳首が弱いことをこんなに知られているんだ。 「まあ安心してくれ、少年。あいつの乳首は稀なほど綺麗な桃色だから」 「ももいろチクービーHっす」 「それはもういいから、話題を戻そうよ。オリエッタがなぜ姫と呼ばれているのか」 「あいつはよく俺を振り回すし、あいつは俺のことをよく知っているみたいだけど……逆に俺は、あいつのことをほとんど知らない」 「オリエッタの話なのは本当か……じゃ、あたしはもう行くわ。ちゃんと相談乗ってやれよ、メス猫」 「任せるでやんす」 「オリエッタが姫と呼ばれている理由は……正直、検討もつかない。俺はまだ来たばかりだし……」 「そうでげす。姫様の姫様たる所以を説明するには、まずイスタリカの成り立ちから説明しねえとならねえです」 「来たばかりの人間にいきなり理解できるものじゃねえでげす。余白が足らないというやつっすね」 「むう……」 もしかしたら俺もここで生活するうちに、それが見えてくるかもしれないのか。 「だからあまり深いことは考えず、単なるあだ名とでも捉えておけばいいでやんす。姫様にとってもその方が楽かもしれねえです」 一番オリエッタに近いであろうシャロンがそう言うんだから、本当なのだろう。 「なるほど……納得はしたよ。えっとじゃあ、他には……どうしようかな」 「聞きたいスリーサイズがあるのなら訊いてみるでげす」 スリーサイズって言っちゃってるよ…… 「あんまりプライベートなことを聞くのはオリエッタに悪いし……じゃあ、好きな食べ物……とか」 「けっ」 舌打ち! 「つまらん質問です。そんなの素直に本人に訊けばいいじゃないっすか」 「それもそうかも……」 「でも訊かれた以上は答えてやるです。ささみとからあげ、そして豆乳っす」 「あ、そういえば……さっきも豆乳を飲んでた」 「いつも飲んでるでげす。なんのために飲んでると思うだべさ?」 「え……それは……」 先の会話を思い出してみる。たしか…… 「おいしいし、健康的だから……?」 「ぜんぜん違うでげす。当ててみろです。正解したらわらしべを1本プレゼントしてやるです」 「景品のダウングレードが激しいなあ」 それにしても、豆乳を飲む理由なんて…… 「美肌?」 「惜しいだが、違えです。正解は……豊胸でげす」 「ほう、きょう?」 「イエス。姫様は自分のお子チャマ体型にコンプレックスを抱いているっす」 「ああ、なるほどね……」 「とかく姫様はバストアップに余念がないでげす。暇さえあれば豆乳を飲むし胸を揉んでいるです」 「あちしに秘訣を聞きにくることもしばしば……」 「ごくり」 「インチキな体操を教えてやって、それを眺めるのがオツでげす」 「こいつは……」 「あちしが3秒で考えたボインボイン体操を未だに信じこんでやがるです。んなもん効くわけねえっす!」 「ひでえ……」 それじゃオリエッタが可哀想だ。今度会ったときには、この事実を伝えてやらねばならないだろう。 「でもオリエッタが豆乳を飲むのには、そんな秘密があったのか……」 好物の話のはずがかなりプライベートなところまで踏み込んでしまったが、成り行き上いたし方なかった。 「だから今度、姫様が豆乳を飲んでいたら指摘して、こう言ってやるでげす。『ガキが色気づいてんじゃねえですよ』」 ふむふむ……覚えておこう。 「こんなもんでいいっすか?」 「いや、最後にもうひとつ」 「聞いてやるです」 「オリエッタが俺のこと、どう思ってるか……少なくとも、迷惑に思っていないかだけ」 シャロンなら毎日オリエッタとも顔を合わしているはずだ。 もしかしたら俺のせいで、あいつが不機嫌になったりしてないだろうか……? 元よりこちらから頼んだ覚えはないものの、俺が重荷になっているとしたら寝覚めが悪い。 「それなら心配いらねえっす」 「えっ……」 「毎日毎日遅くまで、ああでもないこうでもない夏本律のバカヤロウと頭を悩ませてやがるです」 「ダメじゃん!」 「面倒くさがってるのは事実だすが、それだけ真摯に考えているのは本当でげす」 「オリエッタが……」 「夏本律のインポテンツァーとも罵ってやがったです」 「な、なんでもドイツ語っぽくすれば格好いいと思うなよ!」 「まあ、それは冗談でげすが。身に覚えが?」 「ないない!」 「なんにしても、ネガティブな変容はしてないでげす。安心するといいっす」 「それなら良かった……」 シャロンの言うことは本当なのだと信じたい。 本人も、嘘はよくないと言っていたし……(信用ならないけど)。 「言っておくと二度目はないでやんす。次からはちゃんと姫様と話すがいいです」 「うん……わかったよ。今日は付き合ってくれてありがとな」 「今日のところは、夏本律が姫様の性感帯を教えろとあちしに強要してきたと告げておくでげす」 「最悪だぁ」 とはいえ、なんだかんだでシャロンに訊いたのは正解だった。 いらん知識もいろいろと吹きこまれたけれど、最終的に本当に知りたかったことを聞けたから。 オリエッタとは、仲良く付き合えたらいいなあ。 ウィズレー魔法学院の寮は基本的に2人部屋だ。 俺と葉山や、諷歌と姫百合先輩のように。 だがそんな中でも俺が知る限りただ1人、個室を持っている人物がいる。 そして俺はその人物の部屋の前に立っていた。 「オリエッタ」 返事はない。 「おりんちゃん」 返事はない。 「ORYYYYYYYYYYY」 「うっさい!!」 「げぶっ!」 開扉した。 「ちょっとくらい待ちなさいよ! 私だって忙しいんだから!」 とかいっても、部屋の中を見渡す感じ何もしてなさそう。さては大きいベッドで居眠りしてたな? 「個室いいなあ……1人住まいのオリエッティ、うらやましいよ」 「ま、イスタリカの姫として当然ね。ともかく、用があるんなら入りなさい」 「お邪魔しまーす」 以前にも入ったことのあるオリエッタの部屋。女の子の部屋だと思うと、やはり少しは緊張する。 「それで? 今日はなんで来たの? 言っておくけど、ジュースもお菓子も出さないわよ」 「別に暇つぶしで来たわけじゃないよ。相談があるんだ」 「相談?」 「ああ……なんとなく察しはつくだろうが、恋愛のことだ」 「……」 恋愛のことと言うと、オリエッタは怪訝な顔をした。苦手な教科をテストされる子どものような。 「なんだかよくわからなくなってきたんだ。俺はこのままで恋愛できるのか? 不安でしょうがないんだ」 私だってわからないわよ。そう言いたげに、オリエッタはため息をつく。 「私は別の切り口から調べるって言ったのに……」 「ごめん。でもこんなこと相談できるの、お前くらいしかいなくてさ」 「手伝うのはやぶさかじゃないけれど……私、ホントに恋愛に関しては素人なんだからね? あんまり期待しないように」 「うん、それでも助かるよ」 「そうね……でもこういうのは、経験者に聞くのが一番……そうだ!」 「おお、なにかいい案が?」 「こいつに聞けばいいのよ!」 言って、オリエッタはコンコンとパソコンのディスプレイを小突いた。 「ああ……ネットか。確かにそこなら、なにか使える情報が落ちてるかもしれない」 「さっそく調べてみるわよ!」 オリエッタがキーボードを叩く。彼女の背中で画面は見えない。 「よし、それっぽいサイトが出てきたわ」 「なんてサイトだ?」 「“ドリームJの恋愛バイブル”!」 「……」 ま、まあ……あまり深く考えないようにしよう。 「そ、それで?」 「まず恋愛とはなにか、について書かれてるわね。迷走してる今のアンタには丁度いいんじゃない?」 「そうだな。まさにぴったりだ。俺も恋愛の本質を知れば、グッとやりやすくなるはず!」 「じゃあ、読むわよ」 「おう」 「恋愛とは……」 「うん……」 「すなわち……」 「ごくり……」 「Love……」 「……」 「……」 「……え、終わり!?」 「ためになった?」 「なるか!!」 ダメだあの人は。 「次はポエム編があるわね」 「今のも十分ポエミーだったよね!?」 「昨日更新のポエムがあるわ」 「更新頻度、高っ!」 そんなことやってる暇があったら……! 「じゃあ、読むわよ」 「お、おう」 そもそもポエムとなるとやや脱線している気もするが、もう遅い。 「女性を愛すること」 「女性に恋をすること」 「そこには……年齢なんて関係ない」 「……」 「ただ純粋な、愛……相手を想うこと」 「好きだというその気持ちだけで……恋とは実るもの」 「そこには……年齢なんて関係ない」 「……」 「以上。タイトルは“恋に年の差なんて”」 なんつーか……もういいです。 「次は恋愛格言っていうのが……」 「もういいよそのサイトは! なんか聞いてるこっちが悲しくなるし……」 「あ、キリ番踏んでた」 「しかも微妙に古い!?」 「ネットにも頼れないとなると……どうすればいいのかしら」 ウインドウを閉じると、オリエッタはこちらに向き直る。 「私は恋愛のこと全然わからないし……」 そして眉をしかめるオリエッタ。そこで、俺は少し気になった。 「なあ」 「なにかしら」 恋愛のことがわからない。彼女はいつもそんなことを言っているけど…… 「オリエッタは……今までに一度も、恋をしたことがないのか?」 「だからそう言ってるじゃない。どんな感情かわからないの」 「それって……この年代の女の子にしちゃ、珍しいよな」 「私はもうずっと昔からここにいるしねー。べつに恋なんかしなくたって生きていけるわよ」 確かにそうなのかもしれない。 でも、それは……なんだかひどくもったいないことのように感じた。 「そうは言うけど……した方がいいって、絶対。オリエッタは可愛いんだから、俺みたいに不自由することもないだろうし」 「あ、ありがとう……。でも、どうしてそんなに勧めるの? 恋愛ってそんなに素晴らしいこと?」 「そりゃあね。あんな気持ちになれる感情は他にはないよ」 「あんな気持ちって、どんな気持ちよ」 「胸がドキドキしたり、頭がハチャメチャしたり……」 「よくわからないけど……とにかくえらいことになるってことね」 「手をつなぎたい、キスしたいって……どんどん触れ合いたくなったりもする」 「それもよくわからないのよね。ただの性欲じゃないってことでしょ?」 「世界が色を変えるんだよ。あの感覚をオリエッタにも知ってほしいなあ。せめて一度でも……」 「気持ちは受け取るけど……ちょっと趣旨がずれてきてるわよ。今日はアンタの相談でしょ」 「う……そうでした」 「そもそもさ、どうして恋に落ちるの? 相手が綺麗だから?」 「そんなんじゃないんだ。相手の何気ない仕種とか、姿勢とか……そういうのを見てるうちに、いつの間にか意識してたりする」 「どうして……っていうのも的外れかな。恋愛に理由なんかないよ」 「今まではなんとも思ってなかったのに……ってこと?」 「うん。ふとしたきっかけで気づいたりね」 「具体的には、どういうきっかけ?」 「え……そうだなあ」 自らの体験を踏まえるのも小っ恥ずかしいので、一般的な例を挙げることにする。 「相手の真剣な表情を見たとか、あるいは笑顔を見たとか……。本当にささいな事だよ」 「消しゴムを拾ってくれたとか、メールを返してくれたとかでもいい」 「つまらないことで、つまらない相手に惚れたりもする。自分でもわかってないうちから……。いや、うん、うまく言えないけど……」 俺が頭を悩ませていると、オリエッタがニヤニヤとこちらを見ているのに気がついた。 「もしかしてアンタ、恥ずかしがってる?」 「恥ずかしがってるよ……仕方ないだろ」 話してる最中から、目の前の女の子のことを意識し始めちゃったんだから……。 「そりゃ恋人いないのに恋を語れば恥ずかしくもなるわよね。でもヘンなの。それじゃなんでもアリじゃない」 「そうだよ、なんでもアリなんだ。さっきオリエッタの言ってた一目惚れだって当然ある」 「自分が誰とどうやって恋に落ちるのかなんて、その時が来るまでわかんないもんだよ」 「てことはつまり……今アンタが普通に接してる人でも、時が経てば惚れてるかもしれないってわけね」 「そう……どんな相手でも、無いとは言い切れないのが恋愛だ」 「それでも傾向はあるんでしょ? どんな人はどんな人と相性がいいとか」 「なくはないんだろうけど……俺は正直、そんなのに意味はないと思ってるよ」 「真面目な人は真面目な人を選ぶ? それとも不真面目な人を選ぶ? なんの関係もないし、予測できないね」 「恋をするのに、性格も、相性も、単なる目安くらいにしかなりえない……と、思う」 意外な組み合わせと言われるカップルなんて、星の数ほど存在している。 「どんな人だって、どんな人にも惚れる可能性がある。だからこそいいんじゃないかな」 容姿や資産、性格にだって、恋愛が縛られてしまうのはつまらない。 どこから来るかわからず、どこへ行くかわからないからこそ、恋は魅力的なのだと思う。 「ふうん、どんな相手でも……あ」 オリエッタはなにかに気づいた。遅いくらいだが。 「私は……さすがにないわよね?」 「……」 無いとは言い切れない。それを撤回するわけにはいかない。 「そうでも、ないんだ……」 「ま、まあ……言ってしまえば俺の身の回りにいる全員に可能性はあるわけで……」 「そ、それが私である確率は低いってことよね……でも」 「相手が私でも、する……ってこと?」 「……なにが?」 「ドキドキとか、ハチャメチャとか……」 「たぶん……」 「ふ、ふうん……」 俺がオリエッタに惚れる。正直こちらからすればあって当然な可能性だったのだが、向こうからすればありえないことだったらしい。 「手をつなぎたい……とかも?」 「う、うん……でも、もしもの話だよ! もしもの」 「そう……よね。ちょっと想像しちゃったけど……」 そんなこと言うな……俺まで想像してしまう。 オリエッタが恋人だったら、こんなにツンケンせずに、いちゃいちゃと甘えてきてくれるのだろうか? 「あくまで理論上のこと……だから」 オリエッタを見る。手、足……違う、顔を。 「……」 外国人らしいぱっちりとした目や、整った鼻がついているのに、全体の顔つきはむしろ幼い印象を与える。 俺が言うのもなんだけど、日本人が好みそうな顔だち。それはつまり……可愛いということ。 「な、なにジロジロ見てんのよっ」 「ご、ごめん……」 気まずい沈黙が訪れる。それを豪気に打ち消すように、オリエッタは口を開いた。 「……つまりアンタは、相手が女なら誰でもいいと」 「そうは言ってない」 「実際こっちとしても、アンタの相手が誰だろうと構わないけどね。その、私……じゃなければ」 オリエッタはまだ歯切れが悪い。 「なんにしても、それだけ選択肢が広いのなら助かるわ! さっそく手当たり次第に消しゴムを拾ってもらってきなさい!」 「そういうことじゃないんだって!」 「ん……となると、アンタじゃなくて、女の子のほうから惚れる場合もあるわけよね?」 「あれば、な」 「消しゴムを拾いまくってきなさい!」 「お前はなにもわかってない!」 まったく、どうやらオリエッタは本物の恋愛オンチだ。 それでも彼女なりに一生懸命、俺の力になりたいと思ってくれていることは伝わった。 俺はその期待にこたえて、彼女を楽にしてやらねばならないだろう。 でも……オリエッタ本人はこのままでいいんだろうか? 「そも時空学の時空というのは、私たち人間の住んでいる3次元空間に時間軸を加えた4次元空間……すなわちミンコフスキー時空のことを指す」 「だが我々が存在しているのはユークリッド的に言えば3次元空間にすぎない」 「4次元の指標を時間と捉えるのは、あくまで無数にある概念のひとつだということに注意してほしい」 「3次元存在である我々は3次元的な移動を全方位に行うことができるが、4次元的なそれは一方通行にしか不可能だ」 「ゆえに我々は、時間は不可逆なものであると認識している」 「しかし我々が自由にX・Y・Z軸を移動できるのと同様に、実際には時間軸もまた座標が存在する以上、可逆的なものなのだ」 「つまり、私たちが時間を不可逆だと感じているのは……」 ランディの時空学の授業だった。 これは……はっきり言って…… 「わけがわからん……」 「時空学に分類される魔法はそのように、一見不可能な所業さえも実現させる」 昼食後でお腹いっぱいな上に、ランディの淡々とした語り口もますます眠気に拍車をかける。 「時の流れを超越する魔法。すなわち時空転移……俗にタイムトラベルと呼ばれるものだ」 そもそも俺と話した時はもう少しフレンドリーだった気もするんだけど……やっぱり女子が苦手だからだろうか。 「まずい、寝そうだ……」 そう考えた矢先、隣の席のオリエッタの気配を感じた。 「……」 めっちゃ睨んでいる。 「授業聞きなさいよ」 「眠気がすごくて……」 きょう俺は教科書を忘れてしまい、不服にもオリエッタのものを見せてもらっていた。 なので、俺が少しでもウトウトするとすぐに察知されてしまう。 「シャーペンでつっつくわよ」 「横暴だぞ……てかお前だってこの前の歴史の時間、寝てたじゃねえか」 「それは別。私は人に教科書借りてなかったもん」 私の教科書を見ている以上、居眠りなんて許さないってことか……。 「アンタは来たばっかりなんだから、他の人よりもっと……」 「え、なんて? 聞こえない」 ひそひそ声でしゃべるからうまく聞き取れない。 するとオリエッタは、ただでさえ密着しているというのにさらに身を乗り出して……。 「とにかく、寝ないで頑張りなさいってこと」 「ふわああっ」 我ながらきもい声をあげてしまった。 「なんなの?」 「おま、急に耳元で……」 吐息がこしょこしょとくすぐったく、思わず跳ね上がってしまった。 「耳元で喋ったからってなんなのよ」 「いや、これ、こそばゆいから」 喋られるたび耳が息吹で生ぬるくなる。率直に言って、性的に感じるものがある。 ……ので、このままだとまずい。 「ただのないしょ話じゃない」 「じゃあお前にもしてやるよ。こう……」 オリエッタの耳に口元を近づける。強いシャンプーの香りがした。 「こしょこしょこしょ」 「ひゃあうっ」 「ほらくすぐったいだろ」 「ちょ、やめなさいって……こら」 オリエッタは反撃に転じようとしたのか、体勢を変えて俺に向き直った。 「あっ……」 「っ……」 その瞬間、お互いがささやき合おうとした結果、俺たちは面と向かい合ってしまっていた。 それも、鼻先がかすめるくらいの超至近距離で…… 「……」 「……」 気が動転して動けない。彼女の瞳もまた動揺の色が濃く、何をささやこうとしたのか開いた口から呼気が漏れている。 こんな近くで……男と女が……見つめ合って…… これじゃあ、まるで……。 「律君」 「はぁいっ!!」 「時空学の第一義とは?」 「え、ええっと……その……」 「では本日はここまでとする。各自課題をやっておくように」 「あ〜〜助かったぁ……」 助かった。助かったけど、それは……どっちからだ? オリエッタから? 先生の質問から? ……まあいいか。 「……」 「……ああ悪い。教科書ありがと」 オリエッタはまだ彼女らしからぬ沈黙をまとっている。が、それを振り払うように俺が声をかけた。 「けっきょく、最後の質問ってなんだったんだ?」 「……単純な問いかけじゃない」 それに呼応して、オリエッタのほうも平常時の呼吸を取り戻したようだった。 「ちゃんと授業を聞いてないからよ。だから言ったのに」 「だって予備知識もなにもないもんなあ……」 「予習を怠ってたからじゃないの?」 「ていうか、なんで俺にだけ質問を……」 2人で、その、ごっつんこしてたのに…… 「私なら楽勝だってわかってたからでしょ」 オリエッタは魔法のエキスパートだと以前に聞いたことがある。 ミスティックどころか、このウィズレー魔法学院において並ぶ者がいないほどの。 「魔法以外はてんでダメなくせに……」 「うっさいわね。得意分野があるだけ、アンタよりマシでしょ」 彼女は魔法学における全課程を修了している。ミスティックに籍を置いているが、他に行くところがないからという理由で留まっているにすぎない。 ゆえに、ノービスメイジのクラスで俺の付き添いなどというワガママも許されているというわけだ。 「くそー、俺も早く魔法が使えるようになりてえな」 「その必要はないわ。単に知識として身につけておけばいいだけ」 「えー。せっかくなんだから俺もお前みたいに『魔法ドーン!』したいよ」 「アンタみたいな奴が下手に扱ったら事故を招くだけよ」 「そうかもしれないけど……」 「魔法なんて使わないことが一番平和だし、安全なの。恥じるべきは魔法を使えないことじゃなくて、中途半端に扱ってしまうこと」 「中途半端じゃなく、魔法を扱える人間ってのは……」 「私だけね。だから他の人は不用意に使うべきではないの」 「でも出来ないよりかは、出来るほうがいいと思うけどなあ」 「じゃあ訊くけど、アンタ自分のパンチが爆弾級の威力になったところで嬉しい?」 「いや、嬉しくないこともないけど……うっかりボンバーしちゃったら大変だろ、そんなの」 「でしょう。それに……うっかりボンバーって語呂いいわね」 「そこ気にしなくていいから、続き!」 「もしアンタがそんな超人的な力を持っていたとしたら、人間兵器として戦争に駆り出されるかもしれないわ。それでも嬉しい?」 「それは……むしろ不幸だな。強すぎるとデメリットのほうがでかいってこと?」 「平たく言えばそうね。ただ私にも、そんなに強い魔法が使える人間は見たことがないけれど……いないとは言い切れないし」 「でも、空を飛ぶ魔法とかはどうなんだ? ああいうの俺は羨ましい」 「確かに出来たほうがすごいのかもしれない。でも私たち人間は本来、空を飛べない生物よ?」 「空を飛べないからといって、人間的に劣る要素なんてひとつもないでしょ」 「……じゃあオリエッタは魔法が出来て、優越感を覚えたことはないの?」 「あるけれど、それは私が完璧に扱えているからね」 「俺には無理?」 「無理」 はっきりと。 「でも別にいいじゃない。そもそも魔法なんてマホーツ界にいる間だけしか使えないのよ」 「いずれニンゲン界へ戻るためには、邪魔にしかならないわ」 「それにこの学校だって、魔法を制御できるよう教育するための施設なんだし……」 未熟な使い手を減らしたいという彼女の願いは、この学校の理念そのものと合致する。 恐らくそれは、姫として……彼女が背負っているなにがしか。 「へえ……オリエッタって意外と考えてるんだな」 凡人の俺にはいまだ空を飛びたいという気持ちは捨てられないが、彼女の価値観もまた理解できるものであったと思う。 「意外とってなによ」 「なにも考えてなさそうな割に」 あれ、でも、疑問があるぞ。もし完璧に扱えているのなら、オリエッタは…… 「そのまんま言ったわね!? ていうか、私は最近アンタのことばっかり考えてるっていうのに!」 「……え?」 不意の言葉に思考が中断される。俺のことを……? 「アンタが魔法を使える理由! それもわかんないし、アンタはいつまで経っても恋人を作らないし……」 「う……申し訳ない」 なんだ、そっちか……。 「そもそもアンタ、本当に女が好きなの?」 「え、そりゃそうだよ」 「怪しいわね。一度ランディに診てもらおうかしら?」 「い、嫌すぎる……」 「そうだ……ここは逆転の発想ね。もしかしたらアンタは女の心を持っているのかもしれないわっ!」 「ハハ、また唐突なことを……」 「よし、脱げ」 「唐突なことをぉー!!」 「ほれほれ、さっさと脱いでしまわんかい。ケツばプリプリさせよってからに! ワシャもう辛抱たまらんばい」 「や、やめ……どこ触ってんの! 恥ずかしいって……。しかもキャラまでヘンだし……」 「恥ずかしがるところを見ると、やっぱり女の子!」 「こじつけだぁ!」 やんややんやと騒いでいるうちに、クラス内の衆目を一点に集めてしまっていた。このままではまずい…… 「ちょ、ちょっと! なんにしても場所移動しよう、場所」 「場所って……どこいくの?」 「そりゃあ」 「脱衣所……ここなら誰もいないし」 「気兼ねなく脱げるわね! さあ、脱げ! 脱ぎなさい!」 と、とてもヒロインのセリフとは思えない……どうする? 「どうするよ、俺!?」 「おらぁ!」 俺はシャツを脱ぎ捨てた! 「ほうほう……そういえばナマで男の体を見るのって初めてね。ちょっと触ってもいい?」 「躊躇なしなんだ……」 言うやいなや、オリエッタはなんの許可も得ずにぺたぺたと手を這わせてきた。 「ひゃんっ!」 「そんな可愛いリアクションは求めてないんだけど……やっぱりゴツゴツしてるのね。なんかヘンな感じ」 「そ、それはいいから……別に異常ないだろ?」 「そうみたい、ね……」 言いながらも、オリエッタは手を動かすのをやめない。 ぺたぺた。ぺたぺた。いくらか冷静になると、手のひらの柔らかさが直に伝わってきて色々とやばい。 「オ、オリエッタ……もうやめてくれ」 おへそとかグリグリしないでくれぇ。 「たしかに異常なし……上半身は、ね!」 「!?」 なんだって……こいつ、まさかここまで切り込んでくるとは。 「ふふふ」 「えっと……冗談ですよねー?」 「上半身は異常なし……だったらどうする?」 「触診は終了」 落ちたシャツを拾い上げて、袖を通す。 「ちぇっ。ま、実際に脱がれたらどうしようかと思ったけどね。アンタならやりかねないし」 「それはこっちのセリフだよ!」 このままじゃ、本当にパンツまで剥ぎかねない。 「んー、でも身体にも問題なしかあ……。だったらなんでなのかしら……?」 忘れかけていたが、オリエッタが暴走しているのも全て俺の恋愛が原因なのだった。 方法はおそろしく強引だけど、オリエッタなりにちゃんと考えてくれてはいるんだな……。 「ただ、もうちょっと遠慮してくれると助かる……」 「なんの話?」 「こっちの話」 「あいにく進展なしだけど、私は今までどおり恋愛以外の方から原因を探すから。アンタもアンタでしっかりしなさいよ」 「はいはい」 「返事にやる気が感じられないわね」 「俺もオリエッタに迷惑をかけないで済むよう、頑張りますよ」 彼女がいつも、俺のことを考えてくれているのなら…… その期待には応えねばならないだろう。ますますそう思うようになってしまった。 「精霊学の授業を始めるっすよ〜。起立、礼、着火」 「うお、マジで着火しよった」 「シャロン、何ふざけてんのよ」 「マンネリ化防止でベソ」 もう、なんでもよくなってきたな。 「今日のテーマは“使い魔”でげす。みなさん、昨夜はよく眠れやがったですか〜?」 「脈絡がないなあ……」 「精霊学の基本中の基本! 講義するのはその使い魔につい――」 「はい! はい! 先生!」 「バケツ持って廊下でスクワットっす」 「そんな!」 まだなにも言ってないのに。 「先生、僕には使い魔がいません」 「そのうち生えてくるから気にするなでげそ」 「生えるものなのか……」 「ボクにもいないよ。ボクらはまだ魔法初心者だからって、前にシャロンさんが言ってたような……」 「トッキー殿は夏ナントカ殿と違って物覚えがいいです」 「物覚えー!」 「お2人に限らず、このノービスメイジの皆さんのほとんどが、まだ使い魔契約をしてないっす」 使い魔といえば、諷歌のアルパカさんが思い起こされる。 「そして、使い魔というのは主人が決めてしまえば……」 「生き物だろうが、生ものだろうが、有機物無機物、一切関係ないでやんす」 「つまり、ドラネコでもシャムネコでもマネキネコでも平気ニャ」 「なんでネコばっかり……」 「なんでもあり……ってことは、人間も使い魔にすることができるんですか?」 「契約さえ結べればアリでげす。イケメンを捕まえられれば勝ち組っすね」 ……男の俺としては、嫌なんだけれども。 「ちなみに、律殿の使い魔はシメジかブナシメジになると予想されるっす」 「い、いやだ……大差ねえし」 しかも生えるじゃないか……。 「シャロン先生の使い魔はなんなんですか?」 「さすがトッキー殿。いい質問です。なにを隠そう、アッシは使い魔でやんすからね〜〜」 「まるで隠れてない」 「使い魔には使い魔をつけられないんでげす。いわゆるネズミ講、マルチ対策!」 うさんくさい! 「待てよ? じゃあ、シャロンにもご主人様が……つまりオリエッタ?」 「ははは、ご冗談を」 「あんなのが私の使い魔なわけないでしょ」 「ひでえ言い草! そうでげすよ! アッシは姫様なんかよりももっと高貴で素敵なご主人様の使い魔……な、はず」 「はず?」 「主人をなくしたはぐれ使い魔……人格とメイドの腕がなければ、ふーこのお世話になってるところね」 使い魔には、そういうのもいるってわけか。 「姫様、勝手にカリキュラム変更しないで欲しいっす! それは来週やるつもりだったんすからー!」 「はいはい、ごめんなさい」 シャロンが使い魔でないとするならば、オリエッタの使い魔は―― 「というわけで、今日はこの使い魔についての知識を学ぶでげす」 「……なあ、オリエッタ」 「ん?」 「すると、お前の使い魔は?」 「いないわよ」 「ええっ。お前ほどの魔法使いが、どうして――」 「私語は着火の刑に処すです。ちゃんと手をあげて発言しやがれっす」 むう……仕方ない。オリエッタのことは授業とは関係ないし、あとで聞こう。 「使い魔は、主人である魔法使いとの契約を承諾し、その能力に応じた魔力を授かることが出来るでありんす」 「使い魔というシステムがなぜ存在するのかについては議論の分かれるところでありんす」 「イスタリカに来てまだ日の浅いおみゃあらは使い魔という存在をどう認識してるですか?」 いろいろな意見があがった。友だち、召使い、マネージャー、道具……などなど。 「おおむねそんなところでげすね。だけど、この問題はまだまだ答えが出てないっす」 「はい先生! 使い魔の種類によって正解は異なると思います!」 「なるほど……たしかに律殿が使い魔なら、あちしは道具として扱うっす」 腹黒かった。 「しかし単純に使い魔と言ってもその雇用形態は千差万別。ブラック使い魔にはなりたくねえですね」 「自分に見合った相手と契約をしないからそういう目に遭うのよ。私には無縁な話ね」 なんか働かない人の言い訳みたいだな。 「そんな姫様も含めて、みんな人間と使い魔の関係という論題でレポートを書くです。今までの話はここに至るまでの壮大な伏線だったでげす」 「えー、レポートぉ? めんどくさい」 「提出しないとメシ作ってやんねえです」 「ずるいわよ!」 「まあまあ、宿題なんだしおとなしくやろうぜ」 「だって私がやってもどうせ完璧なのは決まってるわけだし、それならレポートを仕上げる時間は無駄じゃない?」 「宿題やんねえならあちしに料理のひとつでも振る舞ってみろでげす。その無駄な時間を有効活用してみろです」 「私が料理できないの知ってるでしょ!」 「できないからってやろうとしないのは甘えでげす」 「シャロンが正論を言っている……」 「家事ができないなんて女子力ミニマムでげす」 「ふん。別にいいもん」 「あちしがいねえと生活できねえくせに、偉そうな口を叩くなでげす」 「ま、まあまあ2人とも……」 「授業中なのに一生徒のクレームにいつまでも構ってるわけにはいかねえですね。失礼っす」 「字数は1000字以上、提出は次回の授業まで。他に質問はねえですか?」 「ねえですね。じゃあ次の話題、扱える魔法と使い魔の関係について……」 ……。 「……というわけであるからして、あちしはカップより袋麺のほうが好きなんでげす」 「では今日の授業はここまでっす。レポートしっかりやってくるですよ」 「……あれ、最後どうしてああいう結論になったんだっけ」 「んもう、シャロンのやつむかつくー」 「正面切ってサボろうとしたオリエッタも悪いよ」 「そうじゃなくて、料理のこと。なにが女子力よ! ちょっと家事が得意だからって……」 「オリエッタは料理できないのか?」 「うん、まあね……正直、私はシャロンがいないと何もできないわよ」 「へえ……お前がそんなこと言うなんて珍しいな」 「そこに嘘はつけないもの。あいつは私のメイドだけど、できれば見下したくないし」 いつも威張り散らしているオリエッタにしては、ずいぶん殊勝な意見と言えた。 立場から考えればむしろ他の人よりも、完全に上下が決まっているというのに……。 「でもむかつく。女子力なんてなくたって生きていけるし」 恋をしたことがないというオリエッタ。しかもこんな女の子に囲まれた環境にいるなら、なおさらそんなの意識したこともないだろう。 「けどさ、そうは言っても俺たちはみんなシャロンの料理を食べてるわけだし……」 「あ〜〜うん、それなんだけど」 「実は私たまに、シャロンに専用のメニュー作ってもらったりしてるのよね……」 「ええっなにそれ! いいなあ」 ていうか、そりゃシャロンが怒るのも無理ない気がする。 「内緒よ、内緒」 「料理してあげれば?」 「えーむり、料理できないもん」 「ナマケモノだなあ……」 「料理料理言ってたらお腹空いてきたし、昼休みだから食堂に行きましょ」 「ん。お、おう」 ちょっとびっくりした。オリエッタから俺を食堂に誘ったのは初めてだったから。 「じゃ行くか」 ……。 「うーん。シャロンをなんとかギャフンと言わせたいわね……」 「ギャフンなんて表現、久しぶりに聞いたよ」 ふたり仲良く昼食を取ったあと、オリエッタはまた先の話題を蒸し返していた。 「黒板消しトラップ、プープークッション、物陰からおどかし……どれもしっくり来ないわねえ」 「そういうんじゃなくてさ。オリエッタがやりそうにないことをやったら、シャロンもびっくりするんじゃない?」 「ていうと、ボディビルとか?」 「違うよ。そりゃびっくりはするだろうけどさ、だいぶベクトルがおかしいって」 「料理だよ、料理。向こうが侮ってることをやってやりゃあいいんだ」 「うーん……でも自信ないし」 「じゃあ他の、なにか似たようなことは? いつもシャロンがやってる家事とか、なにか女の子っぽいこと」 「それやれば、女子力磨ける?」 「たぶん」 「シャロンの家事っていうと、炊事、洗濯、掃除……全部むり」 「あきらめ早すぎな」 「ほかに女子力高そうなことないの?」 「ええ? 俺、男だからなあ……あとは化粧とか、気遣いとか、裁縫、編み物……」 どれもオリエッタには足りなさそうなスキルばかりだ……。 「よし、じゃあそれにするわ!」 「へ、どれ?」 「編み物!」 「編み物……」 今の季節がわかってるのかな。 「こう見えても私、手ぶくろ作ったことあるのよね。昔」 「へえ……うまくいったのか?」 「人差し指しか入らなかったけど」 「それは……指サックじゃないのか……」 「未経験の料理よりかは勝算があるわ。シャロンの仰天する姿が目に浮かぶようよ!」 「まあ、止めはしないけど……」 いちおう主旨には則っているし、本人にもやる気が出ているみたいだから構わないが……。 このクソ暑いのに毛糸なんかプレゼントされて、シャロンはどう思うのだろう……。 「ま、とりあえずそれで決定ね。シャロン抹殺作戦スタートよ!」 そう言って、オリエッタは傍らにあった豆乳を手にとった。 (オリエッタはいつも豆乳を飲んでるなあ……) (あれ……あそこにいるのは) 物陰に隠れてよく見えないが、遠くで俺たちをそっと見つめているのは紛れもないシャロンだった。 なんだろう。用があるのならこっちに来ればいいのに。 「……あれ?」 よく見れば、シャロンはオリエッタのことを指し示している。俺になにかを伝えたがっている。 オリエッタ……豆乳……は! そういえば言っていた。オリエッタが豆乳を飲むのは豊胸のためだと。 そして言っていた。そんなオリエッタを見かけたら、こう言ってやれと…… 「……なあ、オリエッタ」 「なに?」 「お前が豆乳を飲んでるのって、おっぱい大きくするためなんだろ?」 「んなっ……」 「愛すべきバカでげす」 「ガキが色気づいてんじゃねえですよ」 「なんですってーー!?」 「やばいでげす。語尾でバレたかもしれねえです。融通のきかねえバカでげす」 「ちょっとアンタ、いきなり何を言ってるわけ!?」 「慌ててるせいで気づいてねえです。やっぱりこっちも愛すべきバカでげす」 「え、い、いや……違うのか?」 「違うとか違わないとかの問題じゃないわよ!!」 「げ、げふっ」 「なぜアンタがそれを知ってる!」 踏み踏みと。 「わ、悪い……間違ってたのなら謝るから!」 「間違ってないからむかつくんでしょうがぁ!」 踏み踏み踏みと。 「……なにか確信のある口ぶりだったわ。答えなさい、誰から聞いたの」 「えっと……それはぁ……」 ヘルプを求めてシャロンのほうを見る。と、彼女は両腕でバッテンを作っていた。 (バッテン……そうか!) 「それはね、フフ……“X”だよ」 「ふんっ!」 「ギャアアアアアアアア!!」 「言いなさい!」 「シャロンですううう!!」 「シャロン……」 「雷撃一発程度で沈むとは情けねえっす。バレては仕方ねえので出てきてやったでげす」 「……」 逃げるかと思いきや堂々たる有り様での登場だった。なにか秘策があるのか……? 「姫様がだんまりしている時は割と大きなキレ方をする前兆でげす。先手を打たねばならねえっす。ここは逆ギレしかねえです……!」 「んな貧相なパイオツ貼っつけてるほうが悪いんでげすよ! 文句ありやがるですか!? このまな板女!!」 「もう一度言ってみなさいよこのメス猫ぉぉぉっ!!」 「火に油だったー!!」 「それは絶対に言いふらすなって言ったでしょうがー!」 「ああそこ、そこ踏まれると凝りが治っていい感じでげす……」 「ほんとにむかつく!!」 「はあ……はあ……」 「しかし姫様。あちしは訊かれたから喋っただけでございますでげす」 「なっ!」 まずい、今、矛先が俺に! 「違うんだオリエッタ。俺はお前の好物が聞きたかっただけで……」 「しかし安心するでげす姫様。乳首がピンク色なことまでしか話してないでげす」 こいつ……! 「ううぅぅ……」 「む……なにやらまずい予感でげす」 「もういい! シャロンのバカ!! 私もう帰る!!」 「ああ……行っちゃった」 「少しからかいすぎたでげすかね」 「どうしよう……女の子を泣かせちゃうなんて。謝らないと」 「姫様を女として見てるなんて意外でげす。ゲスでげす」 「そりゃああいつだって、女の子らしいところは多少あるし……」 胸の大きさを気にするところなんか、特にそうじゃないか。女子力ミニマムなんかじゃない。 「ま、あちしはわざわざ謝るほどのことでもねえです。こんなの日常茶飯事でげす」 「でも、俺は……」 俺は……どうしよう。今訪ねていっても追い返される気がする。 「すこし、時間をおこうかな……」 「ヘタレっす」 「うるさいっす」 うつってしまった……。 「……よし」 前回、俺は少々オリエッタを怒らせてしまった。 そしてこの度はそれを謝罪すべく、彼女の部屋に赴いてきたわけである…… 「っ!? わわわわわっ、ちょ、ちょっと待って!!」 なんだろう、すごく慌てた声が聞こえる。 待つこと1分……。 「い、いいわよ。入って」 「ど、ども……おじゃまします」 「紛らわしいマネしてんじゃないわよこのアンポンタン!!」 「ええええええ!?」 「なんだアンタだったの……それなら慌てて片づけることもなかったのに」 「え、えっと……入ってよかったんだよね?」 「いいわよ。はー、もう。疲れた」 オリエッタはなにやら1人で取り乱しているが、こちらからすると何が何だかわからない。 気づかぬうちに、また何かやらかしてしまったのだろうか……。 「……オリエッタ」 だとしたら…… 「なに?」 することはひとつ。 「ごめんなさい!!」 「……」 「無神経な言動を軽はずみに……オリエッタだって女の子だもんな。本当、ごめん」 「え〜〜あの、ごめん。なんのこと?」 ……うん? 「いや、だから、豆乳」 「ああ、あれね……別にいいわよ。気にしてないし」 あれー? 「でも、すごいおこってた」 「私が怒るのなんていつものことじゃない。そんなことでいちいち謝りに来たの?」 「う、うん……」 「ふうん……」 奇異なものを見るような視線。当然のことをしたまでなのだけど……。 「じゃあ、許す」 「……ありがと」 「その代わり、手伝って」 「? なにを?」 「なんでさっきのことは覚えててこっちは覚えてないのよ。アレに決まってるでしょう」 「栗きんとん?」 「一度も出てきてないワードね……」 「編み物だよね!」 「そうそう。さっきアンタが入ってきた時だって、シャロンが来たかと思って焦ったんだから」 そうだった。オリエッタはシャロンのために編み物に挑戦しているのだった。 「シャロンとは、仲直りしたの?」 「仲直りもなにも……あんなのいつものことなんだから、いちいち謝るような間柄じゃないわよ」 ……そうなのか。 でも少なくとも俺の目には、オリエッタは本気で怒っているように見えたんだけどな……。 「つまり、シャロンに編み物を作っているのがバレたらまずいわけだ」 「そういうことね。だからチャッチャと済ませたかったんだけど……全然うまくいかないの」 オリエッタはクローゼットを開けると、中から大量の毛糸を引っ張りだしてきた。慌てて隠したんだな……。 「で、なにコレ。ドレッドパーマ?」 「ニット帽」 ニット帽……。 「なあ……初心者の俺が言うのもなんだが、いきなりそれって大丈夫なのか?」 本当の問題は難度とは別のところにあるわけだけど、ここで本人の意思を削ぐわけにもいかない。 「でもそれを思いついたんだもの」 「もっとこう、マフラーとか、シンプルな形状のほうが作りやすいと思うんだけど」 「じゃあそれは今度ね。でも今回はニット帽」 頑固だなあ。 「教えて教えてー」 「そうは言っても、俺は男なんだけど……仕方ない。やれるだけやってみるよ」 「任せたわ!」 「おいおい任せちゃダメだろう。プレゼントなんだから、おまえが作んないと意味がないっつーの。あくまで俺のは参考程度に留めておけ」 「でもま、あまり期待はすんなよな……、お姫様?」 ……。 「で、なにコレ。ウメボシイソギンチャク?」 「ニット帽」 さっきかたくなに言い張っていたオリエッタの気持ちが少しわかった。 「もう帰っていいわよ」 「冷たいな」 「アンタを当てにしたのが間違いだったわ……もっと頼りになる人に聞くことにする」 「頼りになりそうな人、それも編み物というスキルで……というと」 「姫百合先輩とかどうだ?」 「ひめりーね! それはいい案だわ」 「じゃ、さっそくひめりーとふーこの部屋に行くわよ」 「よっしゃ」 「……というわけだから、オリエッタに編み物のコツを教えてやってください」 「ってことね」 「……兄さんって、おりんちゃんの手下にでもなったんですか?」 「失敬な」 「そうだよ諷歌。律くんとオリエッタは仲のいい友人同士じゃないか」 「別になんでもいいわ」 「俺はよくないよね」 「しかし、編み物か……」 「季節はアレですけど本人は真剣なので、真面目に教えてやってくれると助かります」 「わかったよ。それにしても君はずいぶんとオリエッタのことを考えているね、本当に友人同士なのかな?」 「友人ですよ。手下じゃないです」 「ふふっ。誰も手下だなんて言ってないさ」 「ひめりーなら、出来るわよね?」 「ああ、恐らく、そんなに難しいものじゃなければ……」 「だったらお願いするわ! 材料と試作品も持ってきたの」 「これは……ドレッドパーマとウメボシイソギンチャクだね」 「なんでわかるんだろう……すごい人だな」 「ニット帽を作るんだったよね?」 「ええ」 「ニット帽というチョイスは悪くはない。面積が小さいし、それなりに簡単に編める」 「問題はネコ耳のところだ。ただ丸く編むだけではダメで……」 「あ、ごめん。ちょっと待ってひめりー」 「ん?」 「ネコ耳とは言ったけど、ネコ耳をつけるワケじゃないの。元から生えてるネコ耳が出せるように穴を空けたいの」 「元から生えている……?」 「もしかして『シャロンさん』」 「諷歌?」 「なるほど……それは勘違いをしていたよ」 「無理もないですけどね」 「日頃の感謝の気持ちを伝えるというわけかい?」 「そんなんじゃなくて……そういうのもあるけど……私だってやれば出来るんだってことを証明してやりたいだけ」 「OK、私も出来うる限り協力するよ。ネコ耳用の穴だね」 「けど、それはいくつか目を飛ばせばいいだろうから、まず通常のニット帽を編んでからにする?」 「まどろっこしいから、ぶっつけ本番がいいわね」 「わかった。ではそのように指導しよう。まず毛糸、なるべく太いもののほうがいいな……を選んで……」 姫百合先輩は快く引き受けてくれたあと、さっそくオリエッタへのレクチャーに取りかかった。 なんて出来た人なんだろう。これなら人気があるというのも頷ける。 「……兄さん」 「ん、なにかな諷歌」 「兄さんはやらないんですか?」 「ああ……あそこのウメボシイソギンチャクは俺の作品だけど、俺がプレゼントするわけじゃないしな」 「ふうん……仲いいんですね、おりんちゃんと」 「それより諷歌のほうはどうなんだ、編み物」 「この時期に編み物をするとか意味がわかりません」 「まあそう言うなよ。編み物、できるのか?」 「人並みには」 「じゃあオリエッタの手伝いしてやってくれよ。その方がはかどるだろうし」 「姫百合先輩がついているのだから問題ありません。私なんかが出しゃばっても、邪魔になります」 諷歌は姫百合教のシンパだ。それは構わないのだが、こうして何もしないというのも手持ちぶさたになる。 「じゃあ諷歌、俺に教えてくれよ」 「ゴリラはみんなB型です」 「そんなことは聞いてないんだけど……」 「ゴリラの握力は500キロ近くあります」 「まるでゴリラ博士だな」 「失礼ですよ、兄さん」 「いや、でもゴリラの話題を振ったのはそっち……」 「私はゴリラなんて嫌いです」 なにがなにやら……。 「ともかくそうじゃなくて、編み物を教えてくれってことだよ」 「私が、兄さんに?」 意外や意外、という顔をしていた。そんなに驚くことでもない気がするが。 「どうしてもですか?」 「どうしてもってほどじゃないけど……このままだと俺たち、ヒマだろう? かといって俺まで姫百合先輩に教わるのは効率が悪いし……」 「そうですね……じゃあゴリラでも作りますか」 「ゴリラ好きだよね!?」 「嫌いです」 あまのじゃくだなあ……。 「ゴリラなんて作れそうもないし、ニット帽でいいよ。俺がうまくなればオリエッタにも教えられるし」 「……おりんちゃんはシャロンさんのためだけど、兄さんはおりんちゃんのためなんですね」 「そういうことになる……のかな」 そう改めて言われると照れるが……前回怒らせちゃったお詫びもあるしな。 「じゃあ私はそんな兄さんのために一肌脱いであげます」 「ありがとう」 というわけで、姫百合先輩・オリエッタペアと俺・諷歌ペアによるニット帽制作が始まった。 ああでもないこうでもないと思考・指先を巡らせながら、毛糸と格闘すること数十分……。 「できたー!」 思ったよりも早く済んだ。そしてオリエッタも同タイミングで終えたようだ。 「双方、作品を提出してください」 「なにが始まるんだ!」 「家元・姫百合先輩による品評です」 「うむ……」 なにやら格式高そうな。 「では兄さん、命名してください」 「え?」 「作品名ですよ。単にニット帽と呼ぶだけじゃ、味気ないでしょう」 なんか、ノリノリだな諷歌……。 「そうだな……じゃあ、“アルティメット律ハイパー”で」 「それじゃ形容詞……まあいいです」 「家元、お願いします」 「うん……“アルティメット律ハイパー”、70点!」 「おお?」 「この“アルティメット律ハイパー”はまだ出来がいいとは呼べないものの、ニット帽として最低のラインには達している」 「よって“アルティメット律ハイパー”は、まだまだではあるが合格。“アルティメット律ハイパー”の欠点は……」 「あの、すみません」 「なにかな」 「その名前やっぱ恥ずかしいんで、アルティメットハイパーってところ削ってください……」 今さら言いだすことのほうが、よっぽど恥ずかしかったりもするが……。 「わかった。では……」 「“律”の欠点は形がグシャグシャであること、目が均一でないこと、色合いが不気味であることなど……要するに極端に不細工なことだ」 「なんか、ひどい罵倒を受けてる気がするな」 「けど、まあ帽子というのはわかるし、被れないこともないだろう。よって合格だ」 「やった!」 「やるじゃない。次は私ね」 「銘はなんと?」 「ネコ耳用のニット帽だから……ニャット帽!」 「へえ、いいじゃん」 オリエッタが作品を姫百合先輩に提出する。こ……これは……! 「どうぞ、先生」 「“ニャット帽”……30点!」 「えええっ」 「これは……うーん……進歩は見られるんだけど」 「たしかに、さっきよりはマシですね」 「まだこれをプレゼントとして渡すわけにはいかないな。もう一度、作ってみよう」 「うう〜〜」 「さっきのドレッドパーマだったら、何点くらいになりますか?」 「10点かな」 「ちなみに、増えた20点分の内訳は……」 「ネーミングセンス」 それって、技術的には……。 「もう一度はじめから指導する。すまない、私の教え方が悪かったかもしれない」 「今度は、私も手伝います」 「俺も手伝うぜ!」 「なんでアンタに見てもらわなきゃなんないのよ!」 「70点だからな」 「さっきは調子が悪かっただけ。次やればうまくいくんだから」 そう言って、もう一度チャレンジするオリエッタ。 しかし…… 「31点」 「なんでよぉ……」 「けっこう容赦ないね、姫百合先輩」 「先輩は常に正確ですから」 「元気出せって」 「アンタにも負けるなんて……私、才能ないの?」 「なにも、プレゼントしたいだけなら編み物じゃなくても……」 「いや、一度決めたことをやめるのはよくないよ」 「諦めるなんて言ってないわよ。次!」 「シャロンは、もっと色んなこともやってるのよね……」 地味な作業でも実際に体験してみないと、その苦労はわからない。 彼女が与しやすそうだと判じた編み物でさえこれなのだから、ムリだと即断した料理や掃除の場合はなおさらだろう。 「でも、悔しいし……ぜったいに完成させてやるんだから」 とくに家事なんか全然しないだろうオリエッタの身の回りを世話するのは、想像するだけでも大変そうだ。 その上で教師業までやっている……シャロンって実はとんでもなくハイスペックな奴なのかも。 「その意気だ、オリエッタ!」 「アンタも手伝いなさい!」 そしてオリエッタの数時間に及ぶ格闘が始まった。 挑んでは負け、挑んでは負け……それでも決して折れはせず、ひたすらにニット帽を編み続けた。 「もう嫌ぁ……!」 「シャロンを見返すんだろ、がんばれ」 「でも……そうよね。シャロンのためだもんね」 (ん……?) シャロンを見返すため? それともシャロンのため? 「次!」 彼女の中で意識が変容しつつあるのを感じながら、俺はオリエッタを応援し続けた。 そしてこれが、都合六度目の挑戦になる。 「もう毛糸がありません」 「てことは、これでラストか……」 「……」 オリエッタは姫百合先輩を見つめて息を呑んでいる。こいつでも緊張するんだな……。 「家元、品評を」 「うん」 姫百合先輩はニャット帽を取り、一言。 「60点」 「……それって、いいの?」 「合格とは言いがたいけど……ちゃんとモノとしては成立している」 「実際に被れるかどうかはともかく、帽子だということはわかるよ」 「ただ正直、私としても、あまり点数化したくはないんだ」 「オリエッタがこれだけの思いをして作り上げたものだしね……」 「け、けっきょく……どういうことなんですか?」 「このニャット帽をニット帽として見るなら、先に述べたように60点……不合格だ」 「……」 「けれどシャロンへのプレゼントとして見るなら、100点と言っていいだろう」 「!!」 「ずっとオリエッタのそばにいる彼女なら、この帽子を見ただけで何があったかわかるんじゃないかな」 オリエッタの重ねた努力。それを持続させた真心。そういったものがこのニャット帽を通して伝わると、姫百合先輩は言う。 「先輩は常に正確です」 60点のニット帽だって、初めの頃に比べれば大いにレベルアップしているのも間違いない。 「やったぁ!」 「厳しい査定をしてすまない。けど、ここまでやり遂げた君の想いは本物だよ」 「いいの! ひめりーも忙しいのに付き合ってくれてありがとね!」 心の底から嬉しそうな、笑顔と声。 オリエッタの、いたずらっぽい笑顔は何度も見たことがあったけれど…… 「じゃ、行くわよ! さっそくこれをシャロンに届けに行くわ!」 こんなにも眩しく顔をほころばせるなんて知らなかった。 今だって、本当に子どもみたいなのに……こんなにも魅力的に映るなんて知らなかった。 「……どうしたの?」 「いや……なんでも、ない」 なんだよ、その笑顔。 ほんの刹那、たった一瞬の輝きだったけれど…… (反則だろ……) オリエッタにときめく準備なんて、こっちは全くしていなかったのに。 「ほら、早く!」 「え、俺も行くの?」 「当たり前でしょ!」 「ちょ、ちょっと待ってよオリエッタ!」 「……嵐のように去っていったね」 「この毛糸、私たちが片付けるんですか……」 「プレゼント、包装しなくて良かったのかな?」 「いいんじゃないですか。おりんちゃんですし」 「……何度も不合格にして、私もちょっとやりすぎたと思うんだ」 「そんなことありません。先輩は優しく教えていたじゃないですか」 「大丈夫ですよ。おりんちゃんは不満を溜めておけるほど器用じゃありませんから」 「諷歌の言うとおり、あまり気にしてなければいいんだけど……」 「それに、真剣なおりんちゃんはずいぶん久しぶりに見ました」 「律くんの影響かもね」 「兄さんは、おりんちゃんに振り回されてるだけみたいでしたけど」 「それが重要なんじゃないかな」 「それにしても、プレゼントですか……私も真似してみようかな」 「諷歌は、シャロンと仲良しだったっけ?」 「先輩は鈍いんだか鋭いんだかよくわかりませんね」 「……?」 「ただ私の予想では、おりんちゃんのほうも恐らく次のターゲットは姫百合先輩です」 「……ターゲット?」 「……いない」 「……いない!」 「……いない!!」 「どこに行ったのよ、もう!」 「シャロン、神出鬼没だからなあ……」 「……仕方ない。いったん部屋に戻りましょ」 と…… 「さっきは廊下や校庭をバタバタ走って、一体どうしたっすか?」 「いるじゃないの!」 「しかも見てたのかよ!」 「図書館を走り回ったことでランディが大変お怒りだったでげす。あちしは怒りを収めるためにそっと浣腸を上納したっす……」 「俺の貞操ー!」 「で、なんの用っすか」 それを聞いて、答えるより早く一歩オリエッタが前に出る。 「……ねえシャロン」 「……なにを緊張してるっすか?」 普段とほとんど変わらない声色だと思ったのに、シャロンはそれを一発で聞き抜いた。 「豆乳の件を引きずってるでげすか?」 「ううん……そうじゃなくて」 怪訝そうな顔で疑うシャロンに、オリエッタはどう切り出していいかわからない様子だった。 もじもじして……まあ、無理もない。こんなの初めての経験だろうし。 だとしたら、ここは俺が助け舟を出してやるべきか……? よーし、ここで一発気の利いた台詞をぶちかますぜ! 「ケツがかゆいんだろ?」 「んなわけないでしょ! アンタは黙ってなさいよっ」 ……とりあえず、緊張をほぐしてからでないとな。 「オリエッタは、シャロンに渡したいものがあるんだよな?」 「う、うん! そうなのそうなの」 「……なんでげす?」 するとオリエッタは勢いのまま、背中に隠していたニャット帽を無言でシャロンへと突き出した。まるでラブレターのように。 「これっ!」 「うん……?」 シャロンはそれを手に取り、何物なのかと眉をしかめていた。 「プレゼント!」 「これは……なんでげす?」 「ニット帽! じゃなくて、ニャット帽!」 (い、嫌がらせっすか……? この時期に……) 「頑張って作ったの!!」 「う……」 オリエッタの瞳キラキラこうげき! 「どう、かな……?」 「うう……!」 シャロンは突っ込みたくても突っ込めない! 「えへへ」 「あ、ありがとう……っす。礼を言うなんて慣れないでげす……」 「どういたしまして!」 そうしてシャロンは顔を引きつらせながらも、きちんとニャット帽を受け取った。 純真モードのオリエッタはすごい……あのシャロンもたじたじだ。 「ん……この帽子、穴が空いてるでげす」 「シャロンの耳が出るようにしたのよ! すごいでしょ!」 「う、嬉しい……っす」 頭上から耳の出るニット帽なんて、シャロン以外に必要ない。 穴が空いてるのも単なる失敗ではなく、彼女のための仕様なのだと理解したせいで、シャロンはますます照れを加速させる。 「……だけど姫様、どういう風の吹き回しだぎゃ?」 「えっと……なんでだっけ?」 元々の原因はオリエッタがシャロンに挑発されたからだったが、当人はすっかりそれを忘れてしまっているらしい。 わざわざ蒸し返す話でもないので、俺も心の中に留めておくことにした。 「ま、なんでもいいじゃない。いつもありがとね、シャロン」 「〜〜〜!!」 シャロンは悶えていた。 いつもは余裕しゃくしゃくなシャロンが骨抜きにされているのが面白い……。 そんなことを考えていたら、彼女はこちらをにらんできた。 「……律殿の差し金っすか?」 「違うよ。オリエッタが自ら思い立ったんだ」 「あちしのような日陰者に、今の姫様は眩しすぎるでげす」 「かぶってみてよ、シャロン!」 「はいでげす……」 「ちゃんと入るかな? ごめんね、これあんまり出来はよくないの」 「だ、大丈夫っす……入るでげす」 中々頭に収まらないニャット帽を、どうにかして被ろうと努力しているシャロン。 夏だけあって気温も高い。恐らく中はムレてしまうはずだ。 普段の彼女なら悪態の1つや2つでもついて、とっくに諦めている所だろうに……。 「……どう?」 「……あったけえっすね。それに、耳を折らなくて済むのはありがてえです」 「よかった! プレゼント成功ね!」 「よかったな、オリエッタ」 喜んでる俺達の傍らで、シャロンが丁寧に帽子を取る。 「あれ、脱いじゃうのか」 「いや、せっかくのプレゼントなので、その時期が来るまで大事にしておこうかと」 まあ、今の季節に使うものでないのは確かだ。 「……姫様」 「なにかしら、シャロン」 「……この前は姫様のことをからかって、申し訳なかったでげす。許してくれっす」 「……。なによシャロン、アンタいつもそんなこと謝らないのに」 「ネコは気まぐれなんだにゃ」 「私こそ、いつも家事ばっかり押しつけてごめんね。それでも友だちでいてくれる?」 「と、友だちっすか? あちしはしがないメイドでげすよ」 「メイドで友だちじゃ、だめ?」 「あぁ、うぅぅ〜〜!!」 シャロンはひとたまりもない! 「いい、で、げすよ……あちしで、いいなら」 「よかったぁ〜。あ、そうそう。これからはちゃんと身の回りの世話は自分で出来るよう頑張るからね」 「なんであちしが謝られてるぎゃ……? それがあちしの仕事なんだから、姫様が気に病むことじゃねえです」 「それでも、今度からは私もお手伝いするから!」 「そう……っすか」 シャロンはオリエッタ専属のメイド。だとしたら、その給料はオリエッタが払っているのだろうか? この2人の関係も、まだまだ不明なところが多い……が、今踏み込むようなことじゃない。 「じゃあ今日もおいしい夕飯よろしくね!」 一点の曇りもない笑顔。穢れなど知らない幼子のように。 「反則だぎゃ……」 「同感」 オリエッタには他人の影を取り去らってしまう、太陽のような魔法があるらしい。 それに当てられては、さしものシャロンといえども真正面から向き合うしかなかったようだ。 「ありえねえほど憂さが溜まったでげすが、姫様にぶちまけるわけにはいかねえっす。律殿にぶつけるでげす」 「なんだなんだ……」 「ずいぶん姫様と仲がよろしいようでげすね」 「……まあ、それなりには」 「もうとっくに仲良しよね」 今日のオリエッタはいつも以上にまっすぐすぎて、聞いているこっちが照れてきてしまう。 「どこまで進みやがったですか?」 「ぶっ」 「なんのこと?」 「段取りの話でげす。A、B、Cと」 「違う! まだその段取りにすら達していない!」 せっかくいい話だったのに、台無しだ! 「聞けば律殿は段取りフェチズムとかいう珍妙な思想を掲げているとの噂っす。実にいやらしい話でげす」 「そうじゃない、俺の段取りってのはそんないやらしい意味じゃないんだ! でもってフェチズムでもない!」 「『まずはAから順番に』がモットーだと聞いたでげす」 「どこの誰からだよ、もう……」 「『脱ぐと同時にBへと流れ』」 「続きあったー!」 「『Cがキマって超うれC!』」 「絶対、今テキトーに考えただろ!」 「失礼な。ちゃんと昨晩から考えてたです」 「もっと失礼だよ!」 無垢なオリエッタにこんな下卑た話を聞かせるわけにはいかない。シャロンの気を逸らさないと……。 「えっと……そんなにおいしいって言うなら、俺もシャロンの特製メニューを食べてみたいなあ〜」 「無理矢理すぎる話題の転換でげす。あちしの鬱憤はまだまだ晴れてねえですのに」 「にしても姫様、言っちゃダメっすよ。他の生徒からも要望がきたらさすがに面倒っすから」 「ごめんごめん、律にだけね。シャロンはこんなこともしてるのよって伝えたかったの」 「しかしあちしは家事マシーンではねえでげす。いつかこんなところおん出てやるです」 「捨て猫か……」 「路上で敏腕スカウトの目にとまりアイドルデビューでげす」 に、似合わね〜〜。 「でも今日、少しくらいならメシを食わせてやってもいいっすよ。ただし猫マンマでげす」 「シャロンの猫マンマは絶品よ!」 「ホントにおいしいの!?」 「心配せずともちゃんと他にも用意してやるでげす。もういい時間なので2人はそこで待ってるです」 「待って、シャロン。私も手伝うわ」 「いらんでげす。足手まといは邪魔っすからね」 狹まりすぎた距離感を引き離すよう、わざと冷たい言い草をして、シャロンは調理室の方へ去ってしまった。つまり…… 「それもそうよね。早く料理も出来るようにならないと」 オリエッタと2人っきりである。だからどうというわけじゃない、わけじゃないんだが…… 「編み物、大変だったけどけっこう楽しかったわ」 (なんで俺、こいつのこと……) 「……律?」 「はい!」 「ひめりー達にも感謝しないといけないわね」 「そう……だね」 「そうだ! じゃあ今度はひめりーにもなにか編んであげよっと!」 名案とばかりに喜んで、オリエッタは飛び跳ねている。 シャロンでも突っ込めなかったことだ。もはや今さら季節がどうこうとか諌める勇気は俺にはない。 「シャロンが料理してる間、私たちは暇ね……何してる?」 「えっ……さ、さあ」 「……どしたの?」 「ナンデモナイヨ」 「あ、そうそう。パソコン用の対戦ゲーム買ったのよ、それをやりましょ!」 「ほら、ここ座って! 今立ち上げるから……」 「う、うん……」 一仕事終えたばかりだというのに、疲れなど知らないのかますますはしゃぐオリエッタ。 こいつの元気は一体どこからくるのだろうか。 「幼さでげす」 「うわ、いつ戻ってきたんだ」 「律殿が姫様のいい受け皿になってくれて助かるっす。今日みたいにこれからも2人で仲良くして下さい」 それだけ言い残すと、再びシャロンは調理室へと戻っていってしまった。 「なんだったんだろ……」 しかし言われてみれば、今日は一日中オリエッタと一緒にいるな。 「あ、そのキャラ私使うから取らないでね」 でも……ぜんぜん悪い気はしない。 「やだ、取る」 それどころか、こいつといると退屈しないから、正直楽しくって仕方がない。 「ちょっとやめなさいよね!」 辟易するようなワガママに振り回されることもあるけれど…… 「早いもん勝ちだよ!」 それはそれで面白いとさえ、思えるようになってしまった。 そしてそれはきっと……相手がオリエッタだから、なんだと思う。 こいつなら許せる。こいつとなら楽しい。そんな風に感じること。 その気持ちを一言であらわすなら…… あらわすなら……なんだろう。 その答えは、結局その日のうちに思いつくことはなかった。 「ふああ……」 のどかな午後だった。授業も滞りなく終わり、出ている宿題もすべて済ませた。 同室の葉山はなんだか用事があるらしく出かけていて、特になにもすることがない。 「することがない……」 と、どうしても余計なことを考える。 いや、余計? 余計かどうかはわからないにしろ、頭を悩ませるようなことだ。 (オリエッタ……) なんでか知らないが、どうにも最近あいつのことが頭から片時も離れてくれない。 (あいつがどうしたってわけじゃなくて……) ただ記憶にある彼女の姿が、まるでフラッシュバックのようにたびたび俺の前に現れるのだ。 そのせいで俺がどうこうすることもないんだけど、とかく無性にもやもやする。 「忘れよう……忘れるんだ……」 とりわけ、ニャット帽を完成させてはしゃいでるあたりの像が多く出現する。セットで声も。 いとけない笑顔。表情なんかくしゃくしゃにしているというのに、どうしてああも可愛く映るのか。 だいたい、あいつはいつだってキャーキャー騒いでるようなやつじゃないか……なんで今さら笑顔なんか意識せにゃならんのだ。 「ダメだ、起きてるとつい考えちゃう。寝よ寝よ」 この豪奢なベッドで昼寝でもして、のんびり優雅な午後と洒落込もうじゃないか。 「おやすみ……グゥ」 しかし忘れていた。 「邪魔するわよ!!」 「え……うそ……死んでる……!?」 「んなわけあるか! いま昼寝しようと思ってたところだ!」 こいつがいる限り、俺に平穏など訪れないということを。 (まあ、それが嫌だってわけじゃないんだけどさ……) だからといって待ってましたと手を叩けば、こいつのワガママをますます助長させるだろうし、ここはポーズをしておかねばなるまい。 「オリエッタさん。ちゃんと人の部屋に入るときはノックをしようね」 葉山がいなくて助かった。もしあいつの着替えなどを目撃されたら一大事だ(おもに俺が)。 「平気よ。さっきトッキーと会ったから、アンタしかいないのはわかってたし」 「なんだ、それならじゃあ……よくないよくない。これはプライバシーの問題だよ」 「それにアンタしかいないからこそ、ここに来たんだしね」 「えっ……」 たぶん俺の勘違いなんだろうけど、オリエッタは不意にドキッとくる言葉を吐くから油断ならない。 「なんで? どうしたの?」 「一応まずは確認から。彼女できた?」 「いや……できたら報告してるよ」 俺は首を振った。 「好きな人は?」 「好きな人……」 一時の逡巡。……いや、なにを迷うことがあるんだ。 首を再度ヨコに振った。両手を挙げて降参のポーズ。 「やっぱりね。でも実はこっちもお手上げなのよ」 「というと……別口で調べるって言ってたアレか」 「そう。どこを探しても、男が魔法を使えるなんて前例はないし、それらしい原因も見当たらないわ。となるとやっぱり……」 想いの力……恋人が出来ないことが原因、か。 「ごめん……俺が不甲斐ないばっかりに」 「そんなに気に病まなくていいわ。だから今日からは、私も全面的にアンタに協力することにしたの」 「協力っていうと……俺の恋路の?」 「もちろん!」 オリエッタはそう言うと、ベッドに座っていた俺の隣に大きく跳び込んできた。 「ひゃっほう!」 「うわ、バカ、跳ねるって」 だいたいこのベッドに2人も入るなんて、狭すぎるし近すぎる。 「ま、今日は私もとくに予定ないから。たっぷり付き合ってあげるわよ」 「んーそれじゃあまずは作戦会議ね。彼女が出来たことがないんだったら、恋愛感情はともかく形式的にだけでも付き合ってみるってのはどう?」 「意味ないと思うなあ……。そもそも俺の願いが叶わないと意味がないんだろ? だったらやっぱりちゃんと段取りを踏まないと」 「段取レアリスムだっけ?」 「段取りズムね。器用な間違え方しないように」 「じゃ今度はその段取りズムを検証してみるってのはどうかしら。他人の恋愛観よりよっぽど成果が期待できるわ」 「段取りズムを……」 段取りズムは俺が今まで培ってきた価値観のすべてだ。人にどう思われようと、それが恋愛のあるべき正しい形だと信じている。 のはいいのだけど……もしかして、それを開けっぴろげに披露してたりするからモテないのかな? もう今さら遅えや。 「恋に落ちる瞬間の話は、以前に聞いたわ。今度はそこに至るまでの過程の話を聞かせて」 「えっと……どこからだ? 出会いから?」 「出会いからね。それじゃあいくわよ」 「台本はこれね。3、2、1、キュー!」 ・〜出会い編〜・ 「いっけな〜い! 遅刻遅刻〜!」 「キャッスル!」 「おっとお嬢さん……兵器かい? もし良かったら私のハンケチを使うといい」 「ズッキューン!」 「なにか?」 「い、いえ……(この人の顔を見ただけなのに……胸が高鳴る……どうして?)」 「ハンケチはいずれ返してもらえればいい……それでは私は急ぐので、これで」 「あ、あのっ!」 「難題?」 「もしよければ、その……お名前を」 「ふっ、名乗るほどの者ではありませんが……荘ですね」 「夏本 律……そう呼んでもらえれば。サマーの夏に、ブックの本……律は旋律の律です」 「カーーーーット!!」 「おつかれー」 「おつかれーじゃないわよ! なによこの台本! 突っ込みどころが多すぎて、さばき切れないじゃないの!」 「照れるぜ」 「前途多難だわ……いちおう聞くけど、続きは?」 「このあと再会編・進展編・誘惑編・挫折編・急転編・感動編・友情編・友情編2・死亡編・どっちもどっち編・転生篇……」 (妙に気になるのが1つあるわね……) 「……恋愛編・恋人編と続いて、クライマックスに青龍編が来るぞ。それで第1部・完だ」 「ダメ、そんなのやってる時間ない!」 「私つかれた……もう寸劇はいいから、口で説明してちょうだい」 まだ出会うところまでしかやってないのに疲れただなんて、オリエッタは虚弱だなあ。 「出会いってのは必ずしも運命的である必要はないんだ。恋する気持ちは徐々に育んでいくものだから……」 「悪くなければいいわけ?」 「いいや違う。悪くてもいいんだ」 「悪い出会い方っていうと……」 「台本はこれね」 「やらん!」 「相手が憎むべき立場にいた、とかね。むしろその最悪な印象が恋を手助けするかもしれない。だからまあ、なんでもいいんだよ」 (なんでもいいならやらせんな……) 「どんな普遍的な出会い方でも、振り返ってみれば運命的に映ったりもするしな」 たとえば、俺とオリエッタなら……と話そうとして、やめた。なぜそうしたのかはわからない。 初めて会ったときのオリエッタの印象――外国人で、俺を連れ去った張本人で、出会い頭から傍若無人ぶりは今のままで……。 とてもじゃないけど良い印象じゃないし、かと言って今それが改善されたかといえばそうでもないので、思わず苦笑してしまう。 「変わんないよな、おまえ」 「? なに急に」 俺が1人で得心したふうなのが気にくわなかったらしい。オリエッタは話題を切り替えた。 「じゃあ出会いはもういいわ。次の段階は?」 「恋人になるまでのステップ……いきなりデートでもいいんだが、まずは友だちとして仲を深めるほうが俺好みだな」 「前に言ってた、ふとしたきっかけで変わる……ってやつね。覚えてるわよ」 「相手を異性として意識し始めたらデート。相手が意識してなくても、一度デートを交わせば意識せざるを得なくなる。この距離感が絶妙だな」 「どういう距離感?」 「自分は好きだけど相手はどう思ってるのかな……とか。もしかしてこの人は自分のことが好きなのかな……とか。訊きたいことがあるのに、訊けない」 「そんなのじれったくない? 訊いちゃえばいいじゃん」 「簡単に言うけど、そんなの怖くて出来ないよ。訊いたら今ある関係が壊れてしまうだろ?」 「なるほどなるほど。好き合うのが一番だけど、嫌われたくないから……ってことね」 「うん。その後も何度もデートを重ねるうちに、だんだんとお互いの距離感は近づいていく」 「もどかしいのね」 「ああ。この段取りを飛ばす奴は、デート即告白。あるいはデートもしないで告白。性急すぎる」 「じゃあ告白はいつするの?」 「数回デートを踏んでから、がベストかな。ある程度お互いのことがわかった上で、この人で間違いないと決めてから……」 「ようするに焦らしプレーね」 「身も蓋もなく言えばそうだね」 「具体的にはどんな人が、間違いないといえる人なの?」 ん〜〜基準は色々あるだろうけど…… 「やっぱり……ずっと一緒にいたいと思える相手じゃないか?」 「それって……友だちじゃダメなの?」 「一番近くで……ってのを付け足しておこう」 「ただの独占欲じゃない?」 「そうとも言えるな」 「そこ、肯定しちゃうんだ」 「恋愛なんて独占欲がすべてだと俺は思うよ。誰だって浮気はしてほしくない」 「私は別に、友だちでいいと思うけどね」 「友人っていうカテゴリにひと括りされても?」 「仲のいい友人ならそれでいいじゃない」 「机上の空論だよ、それは」 そう。友だちのままでいたくないと思うから、それは恋愛なのだ。 友だちのままで……。 「仕方ないでしょ。ま、それはいいとして……うん」 「段取りズム……なんとなくだけど把握したわ。そうねえ……」 オリエッタは拳を顎に当てると、うつむき加減に考えだした。そして、 「検証したなら次は……実践ね!」 なにか閃いたらしい。 「アンタの唱える段取りを、実際に再現してみるのよ!」 「台本はこれ……」 「だからやらん!」 「そんな小芝居じゃなくて、実際にデートしたり、手をつないだりしてみるってこと!」 「そんなこと言っても、誰とやれば……」 「なんのために私がここにいると思ってんの」 オリエッタと……? 「でも、恋愛感情がないのにそんなことをするのは……」 俺の哲学にやや背いている気がする。 「あくまで練習。あくまでシミュレーション。もっと柔らかく考えましょ」 「シミュレーションねえ……」 恋愛シミュレーションゲームならしたことあるんだけど。 「まずは手始めに、手をつないで散歩してみましょう」 「散歩って……え、校内を?」 「? 他にどこがあるの?」 「学校デートもありっちゃありだけど……デートと行ったら普通、外じゃない?」 こなれた場所でデートをするのは、もうちょっと進展した関係のコースな気が…… ちなみに、この場合の外というのはニンゲン界のことを指す。 「あ〜〜でも私、あんまり外とか出たことなくて……」 「外に出ない? なんで? むしろおまえなんか、しょっちゅう脱走しそうなもんだ」 いや、魔法のエキスパートであるオリエッタのことだ。外出許可だって当然下りているはず。 「いいのよ別に、ここにいたって生活に必要なものは揃うんだから」 オリエッタはあまり外に出たことがない……意外な事実を知ってしまった。 幼い頃からここにいるという彼女がそう言うのだから、恐らくほとんどと言っていいほど出ていないに違いない。 「ダメだよそんなの。ここは確かに便利だけど、閉鎖的なことに変わりはないし……卒業した後に困るぞ」 設備はともかく、ここには若い女の子しかいないのも問題だ。かなり偏った環境と言っていい。 「よし。じゃあおまえの言っていたとおり、シミュレーションってやつをやろう」 「デートのこと?」 「そう。ただし場所はイスタリカじゃない……外だ!」 「外?」 「安心しろ。俺のホームだから」 恋愛の手助けになるかどうかはともかく、今の俺にはオリエッタを外に引っ張り出してやりたいという気持ちが強かった。 「だからデートの練習ね。次の放課後だぞ」 「急ね……まだ心の準備が出来てないんだけど」 「逆に訊きたいんだけど、今まで外に出たいと思ったことはないの? 向こうにしかないお店なんていくらでもあるだろ」 「行きたくても、行かないのが普通だと思っていたから。外国みたいなものよ」 「じゃあ行きたい場所はあるんだな。教えてくれよ」 「えっと、うーん……(さすがに……あそこに誘うのはかわいそうよね。多分私しか楽しめないし)」 「そうね、じゃあ……水族館とかいいかしら」 「デートスポットらしい場所だねー。でもなんで水族館?」 「あそこの巨大水槽にはマンタがいるのよ」 「へえ。でもなんでそんなこと知ってんの?」 「ネットに決まってるじゃない」 そんなことまで調べておいて、実際には行かないなんて……何がしたいんだ。 「初デートにはちょうどいいんじゃないかしら」 「……初デート、なの?」 「違うの?」 「いや、そうだけど……俺たち本当のカップルでもないのに」 「いちおう私だって、デートで何をするのかくらいは知ってるから安心して」 「ま、デートっつうか……ただ遊びに行くだけみたいな感じでいいでしょ」 俺としては、オリエッタを外に連れ出すほうが重要なのだし。 「そんなのダメ!」 「えっ」 「デートだって言ったでしょ! そこはごまかさない!」 「お前、普段外に出ないんだろ? それだけでも不慣れなのに、デートって……」 「不慣れだからこそ、アンタがエスコートしなさいよ」 む……一理あるな。 「アンタがさっき言ってた……手をつなぐ……とかも、やるんだからね」 「まあ、手をつなぐくらいなら……」 「まあ手をつなぐなんて友だち同士でもやることね。簡単じゃない、こう……」 オリエッタは左手を伸ばして、俺の右手を握ってきた。 「こうすればいいんでしょ?」 オリエッタの手は妙に柔らかかった。そして小さい。しかも白い。 「いや、違うな。こう……」 いわゆる“恋人つなぎ”……指と指を絡めて握ってみる。ちなみに貝がらつなぎとも言うらしい。 「わあっ。な、なにこれ」 勢いでやってしまったが、よく考えれば俺自身も初めての経験だった。 普段、触れられることのない指と指の隙間が埋まっているのが、なんとも言えず奇妙な感じで…… 不思議と、俺の心臓は早鐘を打っていた。 「なんか、ヘンな感じ……だな」 「う、うん……」 腕を交差させる関係上、密着せねばならないのもその一因だ。 指も、腕も、視線も、オリエッタのそれと自分のそれを絡ませて……。 「もう……いい?」 「もういいっていうか……おまえがやり始めたんじゃん」 「でも、このつなぎ方したのはアンタじゃん……っ」 オリエッタの語気が強まるのに呼応して、手を握る力も強くなった。 意趣返しとばかりに、今度は俺も握り返してみる。 「なにしてんの……」 「おまえの手、なんか柔らかい……?」 にぎにぎ。にぎにぎ。こうするとそれがよくわかる。 「アンタの手が……硬いんでしょ」 「それにしてもさ……」 にぎにぎ。にぎにぎ。つまめば折れてしまいそうなほどか弱い指なのに、どうしてこんなにプニプニしているのか。 自分の身体にはないものがおかしくて、ついつい何度も握ってしまう。 人肌。自分ではない誰かのもの。温度も、感触も、俺の持っているそれとは違う。 (あっ、やべ……) 手のひらが汗ばんできたかもしれない。なんだか湿ってきている。 さすがに汗まみれの手では申し訳ない。手を放そう…… 「ご、ごめんっ!」 「っ?」 手を放そうとした瞬間、逆にオリエッタが絡めていた手をほどいてしまった。 なにを思って、あんな突然……。 「……その……じゃ、今度ね。すっぽかさないように」 「……お、おう」 オリエッタの様子がどこかおかしい。恥ずかしがっているのか? 「アンタ、なんかヘンよ……」 「……お、おまえこそヘンだろう」 「私は別にいつもどおりよ」 噛まずに言えたが、まだ語気が震えている。 指摘してやろうとも思ったが、自身の墓穴をも掘りかねないのでやめておいた。 「待ち合わせは校舎の前ね。あとアンタ忘れきって他の女の子と遊んだりなんかしてたら、タダじゃおかないんだからね!?」 「わかってるって……そんなことしないよ」 「じゃ私、行くとこあるから……もう帰るわね。バイバイ!」 そのまま早口で畳みかけると、オリエッタは逃げるようにして部屋から出ていってしまった。 「アホか……。さっきもう予定ねえって言ってたじゃんかよ……」 下手くそすぎる嘘は、こっちまで恥ずかしくなるから性質が悪い。 「オリエッタとデート……か」 勢いでそうなってしまったものの、本当に了承してしまって良かったんだろうか? 「デート……」 実際にどうなるのか考えてみる。俺は、まずこの前のニャット帽騒動を思い出した。 ほとんどをオリエッタと一緒に過ごした日。それでも、まだ他にも色々な人たちとも一緒だった。 だけど今度は違う。デートといい、外というからには、恐らく正真正銘の2人っきりだ。 2人で待ち合わせて、2人で出かけて、2人で遊んで、2人でご飯を食べるのだろう。 そしてその2人というのはこの俺、夏本律とオリエッタ……。 「いや、でも、建前上デートと言ってるだけで……」 俺とオリエッタはあくまでまだ友だちだ。 いや、まだとかじゃない。これからも……そのはずだ。 「これはただ単純に、デートの練習というだけであって……」 いや待て。練習と言いつつ、気づいたら本当の関係に……というパターンも、なくはない。 コテコテだけど……俺の求めている恋愛は、むしろそういった王道だ。 「やべ……気づかなきゃよかった」 余計なことを考えたせいで、途端にあいつのことを意識し始めてしまう。 以前にも一度、オリエッタのことを意識したことがあった。 ワガママなガキではなく、天真爛漫な女の子として……あれは確か、恋愛について俺が彼女に語っている時だったか。 「マジ……?」 オリエッタと俺が恋仲? あるのか? ないとは言い切れない。 むしろ、今もっとも近しい仲にある人物だ。友だちから恋人へ発展していくという、段取りズムの理想形にもぴったり当てはまってしまっている。 「……これ以上はダメだ。あまり深く考えすぎると……」 明日のデートに支障をきたす。いやもとい、デートの練習に。 練習に本物の感情なんて必要ないのだから…… 「いやだから、必要ないとかじゃなくて……!」 悶える。1人。ベッドの上で。 「あーもう……なんも考えらんない」 本当は考えられないんじゃなく、考えたくないだけなのだけど。 いったん心を空っぽにしたくて、そのまま大の字に寝転がった。すると…… 「ただいま……ん?」 「うそ……死んでる?」 「もしかして俺が気づいてないだけで、みんなけっこう俺に殺意抱いたりしてんのかな」 葉山が帰ってきたので、俺はゆっくりと身体を起こした。 「うそうそ、冗談だって。おやつ貰ってきたから食べよ」 「うん……」 「あれ……なんか元気ない?」 「いや、そんなことはないけど?」 「そう……じゃあボクちょっと着替えるから、あっち向いててね」 「うい」 葉山の相手をしないよう心がけると、再び頭によぎるのはやはりあいつのことだった。 『今まではなんとも思ってなかったのに……ってこと?』 『うん。ふとしたきっかけで気づいたりね』 どうなのだろう。いつも俺はオリエッタのことを完全に友人として見ていたか? そうではなかった気がする。以前の話もそうだし、なにぶん俺はこんな思考だから、女である以上あいつも必然的に可能性として睨んではいた。 ただ、それをあまり意識しないよう努めていただけで……。 だからこそ、昨日までは平気だったじゃないか。 いや、待て、だからこそ? それだと俺がまるでオリエッタに惚れているみたいじゃないか。 おかしい。絶対におかしい。だって、昨日まではなんともなかったのに…… オリエッタと恋人になる可能性というものを少し穿ってみただけで、どうしてこんなにも心が揺れるんだ。俺はこんなに脆かったのか? 『手をつなぎたい、キスしたいって……どんどん触れ合いたくなったりもする』 触れ合いたいって、そう思っているか? 思っていない……いや、思っていなかった。 昨日までは。 『おまえの手、なんか柔らかい……?』 『アンタの手が……硬いんでしょ』 あいつの手に触れた。何度も握った。 温かくて、柔らかくて……それが気持ちよかった。 心から渇望しているわけではないが、触れ合いたいか触れ合いたくないかと言われれば…… 「いや、でも、あいつだぜ……」 頭脳も見た目も子どもっぽいし、偉そうだし、思いつきで俺を振り回すし、一般教科の成績は俺よりダメだし…… だっていうのに、どうして……? 『どうして……っていうのも的外れかな。恋愛に理由なんかないよ』 『どんな人だって、どんな人にも惚れる可能性がある。だからこそいいんじゃないかな』 くそ……黙ってろ、過去の俺。 「嘘だろ……?」 自分の心持ちながら疑ってしまう。 まだ完全に傾いてはいない。揺れているだけだ。 今ならまだ……立て直せる。それに…… 「なにが嘘なの?」 「うおっ、葉山! いたのか」 「……本気でアタマ大丈夫?」 「俺、重症かも……」 「そりゃ重症だね。ボクの存在を忘れるなんて」 「葉山健忘症か」 「うーん、違うと思うな。ボクの見立てによると……」 「お医者さん?」 「恋の病じゃない?」 「!?」 驚いた。心底。 「幼なじみを、なめないでよね」 「夏本がそんな風になってるのを見るのは初めてじゃない。それこそ、今までずっと近くで見てきたんだから……」 参った。自分でも捉えきれないこの想いを、まさか他人に見抜かれるなんて。 「葉山から見て、今の俺って……どう?」 「うんと……本格的な発病はまだ、って感じ? 予兆とでもいえばいいのかな」 そうなのだ。揺れている……揺れているんだ。 「いつものことだけど、助言は出来ないよ。ただ、ボクは夏本が思うとおりに進めばいいと思うな」 「ありがとう、葉山……」 葉山はいつだって俺のそばにいて、俺はいつだって葉山のそばにいた。 そして、葉山は特に俺の恋を応援してくれていた。その期待に応えなきゃいけないという想いも確かに……ある。 「あ、でも、ボクのことは気にしないでいいからね。気持ちは早めに割り切ったほうがいいかもしれないけど」 だがそんなことに気を取られる必要はないと葉山は言う。まるで俺の考えを見透かしているみたいに。 「ああ、わかってる」 俺なんかにはもったいないほどよく出来た友人だ。たとえ失恋を何度したって、この友情だけは離せない。 「それでさ、ぜんっぜんほんとにこれっぽっちも関係ないんだけど……葉山。俺、明日出かけるから覚えておいてくれ」 「ん。いいけど……なんでボクに?」 「割かし大切な用事だから、忘れたら困るんだ」 「……わかった。明日だね」 よし、これで大丈夫だろう。 明日はデートだ! 「ちがう、練習だ!」 「?」 今日はオリエッタとの約束の日だ。 オリエッタとの初デート……いや、デートの練習。あくまで俺たちは本物のカップルじゃない……。 「だから、それを意識したらダメなんだって……」 考えすぎるとマジで、深みにはまってしまう気がするから。 少なくとも昨日のような状態では、とてもオリエッタの前で平然を保っていられる自信がない。 時計を見る。約束の時間だ。 「夏本、もう時間じゃないの?」 「おう。じゃあ行ってきます」 ……行こう。待ち合わせ場所は…… 「お待たせ……っと」 「プリンセスを待たせたのはよくないけど、時間通りだから許してあげる」 「デートの時は、ううん今きたばっかり、って言うんだ」 「そんな細かいのは……別にいいじゃない」 「練習……なんだから」 練習……そう、今日はデートの練習なのだ。 来たるべき、俺が好きな人とデートする時のための……。 「それじゃ行きましょ。場所は決まってるわよね」 「オッケー、じゃあ発着場へ行こうか」 「あ〜〜その……」 「うん?」 「いちいち飛行艇待つのもめんどくさいし、それでいいんじゃない?」 「それって……これのことか?」 「そうそう。それなら目的地へひとっ飛びよ!」 「そうか」 じゃあカードで移動しよう。今日の行き先は…… 「ここだな」 「わあ……!」 「AQUARIUMだから……左のゲートか」 「右はなんなの? ゾオって書いてあるけど、象がいるのかしら」 「偶然なんか噛み合ってるけど、ズーだよ。動物園。アホかおまえ」 「誰がアホよ! ちょっと間違えただけでしょ!」 こんなアホはほっといて、中へ入ろう。 「ここが館内か……」 暗い照明。ほの白い水槽。水族館なんて久しぶりだな……なんて、埒もない感想が口をつこうとしたところ―― 「わぁ、すっごい!!」 俺の声は、それを遥かに上回るオリエッタの歓声でかき消されてしまった。 「ねえねえ見てよほらあの水槽、すっごいでっかい!」 「お、おう……そういう所だしな」 オリエッタの想像以上のはしゃぎっぷりに、ちょっと動揺してしまう。 だがそんな俺の様子にも気づかないくらい、オリエッタは喜んでいた。 「それにしても、色んな人が来てる……アンタみたいな男も普通にいるのね」 「水族館は人間じゃなくて、魚を眺める所だぜ」 「わかってるわよ。でも珍しいんだから仕方ないじゃない」 新鮮そうに驚くわりには、いっさい臆するようなところがない。俺と初めて会った時もそうだった。 「この水族館はちゃんと巡回コースが決められてるから、ちゃんと最初から見よう」 「うん!!」 そうと決まれば早速と、オリエッタは俺の腕を掴んでぐいぐい先に進んでいく。 (元気いっぱいだなあ……) 受付近くのパンフレットを取り、それに従って歩きだす。 「まずは……サンゴだってさ」 「すごいキレイ……! 宝石みたい! これ取れたらいいのにー」 意外だった。あまり大きくない水槽で、サンゴ以外には貝や小魚しかいないし、じっくり見ている人も少ないような地味なコーナーなのに……。 (本当に、新鮮なんだな……) 「へえ、サンゴってタマゴ産むのね」 そばにあった解説用のパネルを見て、しきりに感心しているオリエッタ。まるで子どものようだ。 「アシナガサンゴだって。ヘンなの」 「タコみたいだな」 「あ、そこの陰!」 「なんだなんだ」 「ウメボシイソギンチャク!」 「実在したのか……」 記念すべき俺の処女作がうねうねと水中に揺られていた。 「ウニもいるわね」 「おいしそう」 「そうじゃないでしょ。もう、アンタは……」 文句をぶつぶつ言われながらも、次の水槽へとスライドしていく。 「ヒトデか」 手前にいたヒトデを指す。まるで革手袋のような形をしていた。 まあ、ヒトデなんてみんな同じ形な気もするが。 「そこにいるのは、えーっと……カワテブクロだって」 「革手袋……?」 「カワテブクロ」 変な名前……パネルを見てみよう。 「由来は……ふむふむ、革手袋から来ているのか」 「ってそのまんまやないかーーい!!」 「あ、今ウツボ顔だした! かわいい!」 全然ちがうところを見ていた。 「ちょっと待ってよ。ヘンな目で見られたじゃないか」 「ごめんごめん、少しはしゃぎすぎてた」 舌を出してウインク。本当に反省しているのか? 「デートだものね! 彼氏を置いてっちゃダメよね」 「! お、おう……そうだな」 「間違えた、デートの練習だっけ? まあどっちでもいいわ。それより早く次いきましょ!」 俺もオリエッタと知り合っていくらか経つけど、今日のこいつはいつもにもましてパワフルだ。 久方ぶりに地上に降りたからなのか、それとも……。 「次は海藻ね」 「正直ちょっと地味だな。なんか面白そうなのある?」 「これは? アマモ」 「アマモ……? ただの草じゃないの?」 「別名、リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシだって」 「アア? ナンダッテ?」 「別にカナらなくていいから!」 「竜宮の乙姫の元結の切りはずし……ほんとだ」 パネルにもそう書いてあった。 「誰が考えたんだ、この名前……」 「小魚が周りに泳いでて、かわいいわよ!」 オリエッタは海藻の水槽も全部、パネルも合わせて丁寧に見物していた。 (あいつ……普段はあんなに、いい加減なのに……) こんな時だけ、思いっきり楽しそうにするなんて……ずるいだろう。 「次にいきましょ!」 「うん」 お次はなにが出てくるのかな。 「またウニだ」 「ウニウニ〜! はい次」 「だんだんいい加減になってきてない!?」 「あはは……ウニもいいんだけど、そろそろお魚が見たいかなって」 「同感だけど……お、そろそろ魚っぽいよ」 そしてまたステージを移動する。そのエリアは明らかに空気が違った。 「でっかい水槽!!」 「キレイだな」 名前もわからない大小さまざま色とりどりな魚たちが、俺たちの目の前を通りすぎていく。 透き通った水に囲まれて、気温まで冷ややかになった錯覚さえ起こす。 「あ、あそこの魚すげえキレイじゃない? あの青いの」 「どれだろ……これかな、アオブダイ」 「いや……それよりこっちの、ナポレオンフィッシュってやつのほうが近いと思う」 「ていうかなにが違うのかしら」 「よくわかんないね」 お互いにパネルを見ながらなんだかんだと言い合うものの、実際ことの真偽などどうでもよかった。 遊泳する魚たちを鑑賞しつつ、オリエッタと談笑することがこの上もなく楽しい。 「やっぱりネットで見るのとは違うわね……」 「そりゃそうだろう。来て良かったか?」 「うん!!」 光り輝くような、満面の笑みで。 (これは……ヤバイかもな) 保ってきた最後の一線さえ危うくなる。 薄々とそれを感じながらも、何もない風を装って次のコーナーへ。 「深海魚展ね」 進んだ先にあったのは、“深海魚展はこちら”と書かれた矢印のパネルだった。 「生きてるんじゃないんだな」 「深海魚は飼育も難しいし、水圧とかの問題もあるから……」 「ほう。詳しいじゃん」 「リサーチ済みよ!」 実際に泳いでいる姿を見られるのかと思っていたが、どうやら標本の展示らしい。 「どうする? 飛ばす?」 「ちゃんと見ていくわよ。泳いでなくても、深海魚ってけっこう可愛いし」 「可愛い……かな?」 どちらかというとグロテスクな気がする。 まあ、本人がいいと言っているならいいか。 その後も俺たちは定められたコースどおりに館内を回った。 浅瀬の魚、トンネル水槽、熱帯魚、ウニ、淡水生物、両生類エリアなどを抜け、いよいよツアーも終盤へと差し掛かってくる。 ずいぶんと焦らされたが、オリエッタが楽しみにしていたマンタももう少しのはずだ。 「このウニのコーナーが終われば、いよいよお目当ての巨大水槽よ!」 「いいんだけどココ、なんかやけにウニの展示多くねえかな」 言ってる間に、膨大な種類の魚たちが泳いでいる壁面が目の前に飛び込んできた。 それは絵だったが、すべて実際に飼育されている種であるに違いない。 この次に一体どんな光景が待ち受けているのか、好奇心をどっとかき立てるダイナミックな壁画だった。 「すごいな……」 そして、ここで俺が取るべき行動は―― つなぎ合わせるべく、そっと手を差し出して―― 「早く行きましょ! これを見に来たんだから!」 「わっ」 するとまるで示し合わせたようなタイミングで、オリエッタはさっと俺の手を掴んできた。 昨日ふたりで練習した、貝がらつなぎで―― 「……?」 手を探るまでもなく相手から手を伸ばしてきたせいで、向こうも面食らっている様子だった。 「ぷっ」 「もう、なに一緒のこと考えてんのよ!」 「べつにいいだろ!」 「ま、デートで相手を置いてっちゃダメだもんね。さあ一緒に行こ、ほら早く!」 ぐいと引っ張られる。その感覚にデジャヴを覚えた。 それはきっとこうして、オリエッタという女の子に先導されることがしょっちゅうだったせいだろう。 ついてきなさいよ。私にまかせて。俺はいつでも、彼女にそうして振り回されて…… 「……すごい」 でも、それが苦になるなんてことは全然なくて。それどころか、むしろ…… 「すごい、すごいわよ! こんなの初めて見た!!」 そんな喜んだ顔を見るだけで、嬉しそうな声を聞くだけで、こちらが救われた気にさえなる。 「なにぼーっとしてんの?」 オリエッタと一緒にいれば、俺は―― 「ああ……ちょっと圧倒されてたよ」 呆けていたのはそれと関係ないが、水槽のほうも息を呑むほどのスケールだった。 サメやエイなど、大型の海洋生物たちが主役を張っている。 「本当にキレイだわ……写真に撮っておこうかしら」 「写真……」 「でもカメラを持ってくるの忘れたわ。アンタ持ってたりする?」 「いや、ないな」 「……まいっか。ちゃんと目に焼きつけて帰ればいいのよね」 そう、しかと目に焼きつける。 (……でも、何を?) 「あ! あれ、マンタじゃない?」 「ほんとだ!」 「正式名称、オニイトマキエイだってさ」 「あんなに大きいのね……あ、こっちに来た!」 小魚を従えて槽内を泳ぐマンタに、オリエッタはそのキラキラの瞳を釘づけにされている。 その横顔が……はっきり言って、可愛くて仕方がない! 「かわいー!!」 (おまえのほうがかわいいよ……!) 「なんて言えるわけないじゃないっすかぁー!!」 「うわっ、ちょっとマンタ急にどうしたの」 「いやマンタじゃねーし」 にしても、かなりヤバイことになっていた。俺のアタマが。 (ああ……また手汗が……) だけど……この手を放したくない。 鉄砲玉みたいな女の子だから、一度放したらすぐどこかへ消えてしまう気がするのだ。 たとえばそう……俺のような存在が、また新たに現れたとしたら。 オリエッタは、そいつの世話をも焼くのだろうか? あまつさえ、俺のことはどうでもいいと投げ出すのだろうか? そいつが、恋人ができなくて困っていると嘆いたら……こいつはデートの練習だとか抜かして、こうして遊びに行ったりするのだろうか? (嫌だ……) 絶対に嫌だ。100%許さない。そんな自分本位な独占欲がメラメラと燃えたってくる。 でもどうしてもそれは譲れない。だったらそのために、俺は一体どうすれば……? 「いやー楽しかったわね。ちょっと長く居すぎちゃったかしら」 巨大水槽を含む全てのコースを回り終え、夕食をとったあと俺たちは水族館から退館していた。 ただタイミングを逸したというべきか、いまだに手と手をつないだままで。 「いいんじゃない? お土産も買ったし」 ウニぬいぐるみだった。 「それにしても……外ってほんと久しぶりに来たけど、こんなに楽しい所だったのね」 「……そんな、再確認するようなこと?」 いったいどれほどの期間、あそこに引きこもっていたんだ? 「まあまあ細かいことは気にしないの。それよりも、今日はほんっとに楽しかったわ」 「そっか……」 そんなに楽しい楽しいと連呼されると、嬉しい半面で照れくさくもある。 「俺もすっげえ楽しかったよ」 「そうよね!」 「でも、もう帰らないと」 「名残惜しいけど仕方ないわね。またいつか来ればいいわ」 そうして俺たちは別れを告げ、寮にある各々の部屋へ―― ――戻るには、まだ少し早かったようだ。 「……」 たしかに水族館を出るのは名残惜しかった。 でも今の俺には、それ以上に、こいつと別れることのほうが……。 「……」 となりを無言で歩き、俺の左手をしっかり握っているオリエッタ。 心なしか俺も彼女も、歩くペースがだんだんと下がってきた気がする。 「……誰もいないね」 「もう遅いものね」 時刻は午後10時を回っていて、普通の生徒は好き好んで外出しないだろう時間帯だ。 「今日はマンタが見れてよかったわ。それに、他の魚も色々ね」 「ウメボシイソギンチャクとかな」 「なんか今日は、2日……いえ3日分ぐらい楽しんだ気がする」 「俺もだよ」 寮が見えてくる。どちらともなく歩むのをやめた。 「だから、また一緒に外に行きましょ」 「ああいいよ。いつでも……」 「夏休みのプランはそれで決まりね。アンタと2人でデートしまくりよ!」 そしてとうとう、練習とは言わなくなった。 「気が早いなあ」 「ううん、夏休みだけじゃ全部のスポットを回れないわ。まだまだ行きたいところたくさんあるんだから……そうだ」 「夏休みだけと言わずに、これから先ずーっと一緒にいればいいのよね!」 「っ!」 「ずーっと一緒……に……」 「……」 こいつ、なんてセリフ吐きやがるんだ。とんでもない破壊力である。 ずっと一緒に、だなんて……まるで……。 「え、えーっと……」 「そういうわけだから……よろしく。これからも私に付き合うこと!」 だから、付き合うとか言うなって……! 「いや……わざわざ夏休みを待つ必要もないわね。またすぐにでも行きましょうよ!」 「行くって……どこに?」 「あー、うーん……まだ決めてないんだけど、どこがいいかしら。隣にあったズズーとか?」 「ズーね。動物園。そんな鼻すすってるような音じゃなく」 「でもそれだと若干かぶるな。公園とかはどう?」 「いいわね! じゃあ次のデートは公園! 決まり!」 「だから、気が早いって……」 傍若無人でマイペース。いつだって先走って、他人の了承なんか得ずにそのまま巻き込んでしまう。 「私が決めたんだから、それでいいの! アンタだって嫌じゃない……わよね?」 そんな彼女なのに? そんな彼女だからこそ? なんでもいいや。オリエッタはオリエッタという女の子だから、俺は…… 「まあな!」 もう、吹っ切れた。 「わっ!」 自分の想いを確かめるかのように、俺はオリエッタを抱きすくめた。つないでいた貝がらを割って。 「デートの最後に恋人同士がすること、知ってる?」 「えっ、えっ……?」 我ながらずいぶんと思いきった行動に出たものだと思う。 でもこれで、もはや後戻りは出来ないはずだ。 「で、でもそれって、アンタの段取りじゃ……」 こうして密着してみると、オリエッタの小ささがよくわかる。 そのつぶらな眼差しで、不安げに俺を見上げていた。 やけっぱちになっていた俺は、そのままこいつに―― 「……っ」 「……バカ、嘘だよ。期待すんなって」 「……」 「は、はあ? 期待とか、バッカじゃないの!」 オリエッタがぷりぷりと怒る。無理もないけど。 「じゃ、今度のデートは公園ってことで……了解了解」 「忘れたら許さないんだからね」 「おまえこそ、寝坊すんなよな」 手を放したのをきっかけに、俺たちは前に進み始める。寮はすぐそこだ。 ロビーへ…… 「おかえりなさいませでげす」 「シャ、シャロン!?」 「見ーちゃった、見ーちゃった、っす!」 「〜〜っ!」 見られたってまさか……さっきの、俺の、アレかっ! 「わ、忘れてシャロン! お願い!」 「やなこったでげす。こうなったら微に入り細を穿って事情を聞くしかねえっす! さあ姫様、部屋に戻るでげす」 「や、嫌よそんなの!」 「拒否権などあるわけがねえです。ガールズトークという名の尋問でげす!」 「いやあぁぁ〜〜!!」 「あ、律殿はさっさと帰っていいっすよ。こういうのは女の口から聞いたほうが盛り上げるもんっすから」 そう言い残すと、シャロンはオリエッタを強引に連れ去ってしまった。 「……」 ぽつんと取り残される俺ひとり。まだロビーには人がまばらで、その視線が痛く突き刺さる。 「……俺も帰ろ」 初めてのデートは、予想だにしない幕切れだった。 「おかえりー」 「ただいま」 「デートどうだった?」 「ああ、楽し……って、えぇ!?」 「そっか。良かったね」 「ちょ、ちょっと待った。デートだなんて、いつ言った!?」 「そんなの見てればわかるよ。昨日言ったでしょ、なめないでよって」 参った。無二の親友の眼をまだ見くびっていたらしい。 だがさすがに相手までは…… 「おりんちゃんとだよね」 「ブフーッ!」 「今のは引っかけだったんだけど……よかった、当たったみたい」 「なぜそこまでアタリをつけられるんだ……」 「女の勘ってやつかな」 得意げに。 「でも……昨日よりいい表情してるね。吹っ切れたのかな」 「ほんとにバレバレなんだな」 それでも、ぜんぜん悪い気はしない。むしろ口で言うのは恥ずかしいから楽だ。 「そうそう。夏本がなかなか帰ってこないから、今日はお風呂の時間変更してもらったよ」 「マジか! ありがとう」 俺は葉山に助けられっぱなしだな……。 ……。 そして、その日の夜。 「……」 俺はどうにも寝つくことが出来ないまま、ベッドの上で悶々としていた。 目を閉じても、寝返りを打っても、頭に浮かぶのは今日のデート……もといオリエッタのことばかり。 (完全に、やられてるよな……) 笑った時に見せる八重歯や、驚いた時の目の見張り方、怒った時のふくらむ頬など、そのどれもが細部に至るまで想起できてしまう。 (可愛い) (可愛い!) (可愛い……) そして、それらすべて例外なく、俺は愛おしくてたまらなかった。 もはや誤魔化しようがないほどに、俺は彼女を抱きしめたいし、キスがしたいし、その先までも。 「う〜〜」 ベッドをじたばた。やりきれなかった。 (でも、脈、ないよな……) デートの練習をしようだなんて言い出す時点で、男として見られていないのは明白だ。 (いや、でも、デートできるだけ幸いだろ) たとえ今は脈ナシでも、いつかは俺のことを意識させてやりたい。 (ライバルもいないんだし……まだまだチャンスはあるはずだ) ただ、あまり攻めすぎて引かれるのもまずい。たとえば、これからデートに誘いまくるとか。 (恋愛って難しいなあ……) 極力必死にならず、あくまでクールな素振りで、彼女に接近していかねばならない。 (……ガンバロウ) ひとり決意を固め、惚れた女の笑顔を浮かべて俺はぐったりと眠りについた。 「そういうわけでこの世界は4大属性、すなわち炎・水・風・地によって形成されていると考えられた」 「しかし私を織りなす4大属性は麻雀・パチンコ・花札・ガーデニングであり、これらのどれが抜けても私という個は成立しない」 「ここで夏本兄に問題です。私は昨日パチンコでいくら勝ったでしょう?」 「え、え、えーっと……ご、5万円!」 「2万負けたんだよこんちくしょう! そんくらいわかれ!!」 「いや知らないですよそんなの!!」 おそろしいまでの脱線具合だった。 「身体売ってあげるから、2万円くれない?」 「えっ……!?」 「冗談、冗談。でもいい反応するよねえ、あたし楽しくなっちゃう」 「からかわないでください……」 「……! ……!」 「話を戻そうか。そういった属性と念力の組み合わせで起こす魔法がこの世界には存在する」 「つまり発火能力なんかのことね。けっこう初歩の魔法だから、あんたらの中にも使えるやつが多いだろうけど」 「シンプルなわりに使い方を誤るとたいへん危険。もし桁外れの威力が出るようになったら、ただちに私に報告すること」 「質問です。具体的にはどのくらいの威力なんですか?」 「街を消し飛ばすくらいかな?」 「街って……」 「やばいな」 「だから、試しに一発! とかでもダメなの。精神が未熟でも魔法は強力なんて例は珍しくないから」 「なるほど……」 精神が未熟でも魔法は強力……。 「……なによ」 「まあまあ」 ちなみに、今日はオリエッタとデーーートの予定だ。前回約束したとおりに公園で。 だから俺としては放課後をめちゃくちゃ楽しみにしているのだけど、オリエッタはどうもそんな様子じゃない。 むしろさっきからなんだかカリカリしてる。 「どした?」 「別になんでもないわよ」 まあでも、仕方ないか……俺としては本物のデートと捉えているけど、向こうからしてみれば俺の“練習”でしかないわけで。 そんなのに付き合わされるのは楽じゃないのかもしれない。 いや、でも、前回はすげえ楽しんでくれてたみたいなんだけどな……女心は変わりやすいようだから、わからないけど。 「先生は、そんな強い魔法が使えるんですか?」 「ん? まあ、あたしはね。最大出力でやったことないから測定はできないけど」 「すげー」 そういう攻撃的な魔法はまるで漫画やゲームのようで、俺のような少年の心を大いにかき立てる。 「……! ……! ……!」 「だから、そうやってすげーとか言って喜んでるキミみたいなコが私は心配」 「な、なるほど……」 「ま、そういうことだからくれぐれも注意するように。次の授業ではもっと細かいことをやるからね」 「はーい」 さあ、授業が終わったぞ! さっそくオリエッタを誘ってデートに…… 「ちょいちょい、夏本兄」 「はい?」 と思ったら、不意にメアリー先生に呼び止められる。 「それと葉山も」 「はい」 「おまえらはまだここに来たばっかりで、授業もわかんないことが多いだろ」 「そうですね……」 「だから、補習な」 「え゛っ……」 「補習……ですか」 なんやて……。 「嫌そうな顔してるけどよ、あたしだって面倒くせえんだ。逆に感謝してほしいくらいだぜ」 た、たしかに実際は好意なのかもしれないが……。 ちらとオリエッタを見る。 バカ正直に言ったらどうだろう? 『これからデートの約束があるんで、補習はムリっす。サーセーン。センセも早いとこオトコ探したほうがいッスよ!』 『んだてめえ、街を消し飛ばす魔法の実演をしてやろうかこのジャリガキ!』 うん、ダメだなこれは。 「いかないの? 夏本」 それに、オリエッタはなんだかんだで魔法に関しては厳しい。学べる機会があるのなら学んでおいたほうがいいと言うだろう。 それをすっぽかしてデートしようぜ! なんて、がっつきすぎだと思われるかもしれない。 「ああ……行くけど、ちょっと待って」 「オリエッタ」 「! さぁ、デ――」 「俺、メアリー先生の補習を受けることになったから……公園はまた今度な」 「……え?」 本当はめちゃくちゃデートに行きたいけれど、それを悟られるのはプラスにならない。 「ごめん、約束やぶっちゃって」 だからここはあえて甘んじて補習を受けよう。悔しいが……。 「そういうことだから……。じゃあまたな」 「……」 「じゃあまたな。って……」 「なんなのよーーーーっ!!」 なんで私のデートよりも勉強を、しかもよりによってメアリーだなんて! 「しかもあいつ、セクハラされて鼻の下のばしてたし……!」 なによ、そんなにナイスバディがいいの!? 「はあ、はあ……なんでなんでなんで!!」 せっかく楽しみにしていたのに。今日を生きる糧と言ってもよかったのに。 「うう〜〜、むかつく〜〜!」 公園で何をしようとか、ちゃんとネットで下調べしてあったのに。許せない。 「律のバカッ、バカ律!」 かといってあそこで駄々をこねて、迷惑がられるのも怖かった。 (でも……) よく考えたら、ヘンだ。別に相手が律じゃなくたって外には行ける。 友だちはあまり多いほうじゃないけど、それでも誘えば誰か1人くらいは付き合ってくれるはず。 (でも……それじゃ、イヤ……) 『具体的にはどんな人が、間違いないといえる人なの?』 『やっぱり……ずっと一緒にいたいと思える相手じゃないか?』 『夏休みだけと言わずに、これから先ずーっと一緒にいればいいのよね!』 『ずーっと一緒……に……』 ずっと一緒にいたい。それは相手があいつじゃないと抱けない想い。 あいつじゃないと。夏本律じゃないとダメ。 私はそう思ってるのに、あいつはそうじゃないのかな。 メアリーにはほいほいついていくくせに。私なんかは放っておいてもいい存在だっていうの? (なんかそれって、めちゃくちゃ悔しいんだけど) 私にとって律は1番なのに、律にとっての私は1番じゃない。 悔しいし、むかつくし、口惜しい。なんでなのって聞きたい。 (あいつけっこう真面目だから、友だちよりも勉強優先なのかしら) だとしても、まだイヤだ。勉強よりも親友よりも、私のことを見てほしい。 『恋愛なんて独占欲がすべてだと俺は思うよ。誰だって浮気はしてほしくない』 『私は別に、友だちでいいと思うけどね』 『友人っていうカテゴリにひと括りされても?』 『仲のいい友人ならそれでいいじゃない』 『机上の空論だよ、それは』 あの頃の私ならそうだった。仲のいい友だちになれれば、それで満足すると思ってた。 でも今はどうなの。たとえあいつの口から私が一番の親友だと聞いたとしても、まだ物足りない。 他の誰にも邪魔されず、あいつを独占したくなる。水族館で過ごした時間のように。 「りつ……」 本来だったら今ごろは、また2人して手でもつないでいたはずなのに。 公園のベンチで並んで座って、近くの売店にあるらしいソフトクリームでも食べてたはずなのに。 やばい。そんな想像をしただけで、もう楽しそうでたまらない。 楽しいだけじゃない。それはきっと今の渇きも満たしてくれる。 会いたいとか、見たいとか、聞きたいとか、隣にいてほしいとかのぜんぶ、ぜんぶ―― 水族館ではなんの気もなく手をつないでた。 いや、本当は心臓バクバク鳴ってたくせに、それは久しぶりに外出したことへの緊張だって思い込んでた。 だけど実際はそんなんじゃなかったってことを、帰り際になって思い知らされて……。 あの時、あの瞬間に、私の鼓動はいちばん跳ねた。 びっくりして、ドキドキしてるのに、なぜか落ちついて、やさしくて……どうにも言葉にしづらい、これまでに経験したことのない気持ち。 そしてそれ以来、それに似たような感情がずっと私の中で渦巻いてる。 『あんな気持ちって、どんな気持ちよ』 『胸がドキドキしたり、頭がハチャメチャしたり……』 胸がドキドキ。頭がハチャメチャ。今の私そのものじゃないの。 たぶんあいつの部屋で手を握り合った日から、その兆候は出てた。気づいていなかっただけであって。 最近では何をしていても、ふとした拍子に律のことが頭をよぎって仕方がない。 あいつは普段、何時に寝るんだろうとか、今日のメニューをあいつが食べたらなんて言うかなとか…… どんなに下らないことでさえ律に結びつけてしまう。 『よくわからないけど……とにかくえらいことになるってことね』 『手をつなぎたい、キスしたいって……どんどん触れ合いたくなったりもする』 私だって、触れ合いたい。また手をつなぎたいし、あの時みたいに抱きとめてほしい。 そう考えるのは、やっぱり…… 「恋……なのかしら」 あいつが今までに語った定義で言えばすべて当てはまってる。 胸や頭がおかしくてたまらないし、触れ合いたい衝動だって抑えきれない。 これが、恋? 今まで感じたことがなかっただけに、それをそれと認めちゃうのが怖くなる。 「どうすれば確かめられるんだろ……」 「というわけなの。どうすればいいかしら」 「ああ、そういう相談……いきなり空き教室に連行したのはどうかと思うけど、私っていうチョイスはいいわね」 不安もあったけど、やっぱり恋愛のことを聞くんだからそれに精通している人がいい。 そういう理由で、恋愛を専攻しているJ子に相談をもちかけた。相手が誰かということは伏せて。 「んーでもミスター夏本でしょ? 女に飢えてそうだし、案外コロッといけるんじゃない?」 「り、律だなんて言ってないでしょ!?」 「……バカ? ここに男は2人しかいないでしょ」 「っ! そうだったわ……」 「ショタ系のミスター葉山じゃキャラがかぶるしね……それとも、まさかのランディ?」 「ありえないわ」 「つまりミスター夏本でしょ」 「〜〜〜っ!!」 名前を聞いただけでも汗をかいてしまう。なんで? 「あらら……こりゃ相当イッてるわね」 「い、いいからさっさと教えなさいよね! どうすればいいのかっ」 「そうねえ……あなたは恋愛というものをよく理解してないみたいだから、私が特別に講義をしてアゲル」 「聞くわ」 「恋愛とはね……」 「Love。なんでしょ。もうそれはいいわよ!」 「な……なんでホームページ上でしか公開してない私の恋愛格言を……!?」 「そんな中身のないやつじゃなくて、もっと具体的な処方を聞きたいの」 「数々の暴言許しがたいけど、特別に答えてあげるわ。もっと恋愛に触れなさい」 「そんなこと言っても、恋愛してる人間なんてここにはいないでしょ。女の子しかいないんだから」 「チッチッ、そうじゃなくて、先人たちが書き残した文献があるじゃない」 「前に恋愛を辞書で引いたけど、わかんなかったわよ」 「本当になにも知らないのね。実にイノセント」 「感心してないで……」 「あーはいはい。文句はいいからフォローミー」 言うが早いか、J子は行き先も告げずにスタコラと歩き始める。 私もそれについていった。 「資料はこれよ!」 「なにこれ……漫画?」 「少女漫画。これがあなたの助けになるのは本当よ」 「むかし読んでたこともあったけど、意味がわからなくてやめちゃったのよね」 「少女漫画にあるのは数多の乙女たちの夢、愛、希望……それらの終着点である、恋」 「恋のなんたるか、恋の極意、恋のknow-how……これらにはそれらがすべて詰まっている!」 「これを読めば、今日からあなたも恋する乙女!」 「ふうん……じゃあさっそく」 「話は最後まで聞きなさい」 「まだ何かあるの?」 「あなたパソコン持ってたでしょう」 「ええ」 「ネットを活用しないでどうするの」 「恋愛を調べてみたけど、よくわかんなかったわ」 「……私のサイトは?」 「それ以下」 「このクソガキ……ま、物の価値観もわからないのは仕方ないにしても、もっと他にあなた向けの調べ方があるわ」 「なにかしら」 「BBSよ。あなたくらいの年頃の乙女たちがこぞって書き込んでるはず」 「実際にあった出来事や経験のほうが、身近に感じられていいでしょ?」 「なるほどね……それで、J子も書き込んでるの?」 「そんなのもう古いわ。今はSNSに詐欺写○貼りつけて男を待つのが……」 言ってる意味がよくわからないうえ、話題もなんだかズレてる気がしたので無視した。 「ネットには恋愛必勝法! みたいなのも溢れてるけど、ああいうのってアテにならないから。ああもう、思い出したら腹立ってきた」 「恋愛についてよくわかってないあんたには、素人のコの意見を聞くのが一番いいでしょ」 「わかったわ。色々とありがとね、J子」 「ああでも、他人の言うことを鵜呑みにするのはやめときなさいよ」 「けっきょく最後に決めるのは自分の心なんだから、それ以外はすべて参考程度に留めておきなさい」 「じゃ、バーイ」 J子は去った。私の前に残されたのは大量の少女漫画。 「今みたいなのを、ホームページに書けばいいのに……」 でも当人は気づいてないみたいだし、放っておいてあげよう。 私は目の前に置かれたそれをそれを手にとった。 これらだって読んだことがないわけじゃない。数年前にも暇な時は読んでいた。 けど、どれもこれも恋愛ばかりを主眼においていて、登場人物たちの心理描写がワケわからなかった。 だからつまんなくて読むのをやめてしまった。自分とは縁遠いものだと思って。 だっていうのに、いま読んでみたら…… 「うん……うんうん……わかる、すごくわかるわそれ!」 静寂な図書館の中で、ひとり漫画を読みながらうなずき続けている私。ちょっと人目を引いちゃった。 「どうしてこんなに胸が苦しいの?」「あいつのことを考えてるだけで切なくなる」 紙面ではちょうど私くらいの年頃の主人公が、転校してきた男子生徒への想いに揺れているシーンだった。 数年前、いや数日前までの私なら、意味わかんないと断じてポイしてたような場面だ。 それが今は、これ以上ないほど自らの心境と合致する。 「この気持ち、恋なのかな?」「向こうはどんなふうに思っているんだろう?」 たとえばこれ。自分の気持ちさえおぼつかなくなる感覚が、私と主人公リカの間で共有されている。 ほかにも…… 「なんであいつは気がつかないの?」「鈍感! 私はこんなにあなたのことを考えてるのに」 このように、負の感情でさえ大いに共感できる。 まったくもってその通りだと私も思う。平気で私との約束をすっぽかして、ぜんぜん私のことをわかってない。 「ほんと、律のバカ……」 「片想いって、つらいんだね」「この想いがあなたに届けばいいのに」 つらい。今の状態は私にとって苦しい。 欲しくて欲しくてたまらないものがあって。そういう欲求はいつも爆発させてきたし、そのたびに願いはほどほどに叶ってくれた。 でも今回はそれが通じない。人ひとりの気持ちなのだから、私の強引さひとつでどうにかなるものじゃない。 だったらこの想いを伝えるしかないわけだけど……そんなの出来るわけないじゃない! (もし、イヤだって言われたら……) そう考えただけで勢いはしぼんでしまう。だってその後は今よりもつらい状況が待っているから。 『そんなのじれったくない? 訊いちゃえばいいじゃん』 『簡単に言うけど、そんなの怖くて出来ないよ。訊いたら今ある関係が壊れてしまうだろ?』 昔の私がなんにもわかっていなかったということが、今になってわかる。 律の言うとおり、怖いよ。友だちでさえいられなくなったらと思うと、とても怖い。 「今の関係を壊したくない」「でも友だちのままじゃイヤなの」 でも友だちのままじゃ……イヤ。友だちよりも何よりも、あいつに近い立場でいたい。 「だから……好きなのッ」「俺も……おまえのことが……」 「うわっ、告っちゃったの? しかもうまくいってるしっ」 本の中での2人は結ばれてた。ページをめくるたびに、仲良さそうにスキンシップをするシーンが飛び込んでくる。 「いいなあ……」 お互い笑いあって手をつないで、腕を組んで、デートをして……そして最後には、キスをする。 幸せそうな男女。なんてうらやましい。もしこれが、私と律だったら…… 「〜〜〜〜」 でもデートと手つなぎはやった! 今にして思えば、なんでもっとよく味わっておかなかったのかと後悔しかないけど。 (それにあいつにとっては、デートの練習のつもりだもんね……) デート、手つなぎ……でも、その練習。ぜんぶ自分が言い出したことなのに、もっとうまくやれなかったのかって思う。 (あいつはあれをただの遊びとしか考えてなくて、だから当然、私のほうがマジになったら……) 引かれちゃう……わよね。私でもそのくらいわかる。 (やだ……嫌われたくない) デートの最中だって、私が「ずっと一緒に……」なんて言ったから、あいつはすごい顔してた。 あいつをがっかりさせたくないし、そんな顔が私に向けられるのはもっとイヤだ。 (だから……告白なんて、できないわよ) 1冊、読み終えた。最後はそのままハッピーエンドで、私にとっても理想の終わり方だった。 「……まだ20分しか経ってないのね」 かったるい印象しかなかった少女漫画に、私がこれほどのめり込むなんて考えもしなかった。 描写される心の機微が、いちいち今の私と重なりあうのが面白い。 (女の子ってみんな……こんな気持ちになるのね) だとしたら、やっぱりこれは恋なのだろう。つまり…… (私は……律のことが、好き) 好き。愛してる。抱きしめたい。抱きしめられたい。キスだってしたい。あと、それに…… 「私たち……繋がるんだね」「ああ……ひとつになろう」 「ええええええーーーっ!!」 また注目を浴びた。 (で、でも……こんなの……っ) 2冊目を手にとって開くと、裸の男女ふたりがベッドの上でまぐわっている場面だった。 もう一度想像してみる。この主人公が私で、相手が律なら…… 「〜〜〜〜っ……!」 クラクラした。とくに…… あの時、あいつに包まれた感覚が、素肌と素肌のものになると考えたら。 (これも……女の子ならみんなやってることなのかしら……) 今の私にはまだ早すぎる想像だ。もっと1巻目みたいに恋愛模様を描いているのがいい。 (2巻でこれなら、3巻は……) ……。 挟んでいた。 「ええ〜〜これ、やっぱ私じゃ絶対むり……」 それにしても、こんなプレイまで一般的なのだろうか。女の子ならみんな経験するのだろうか。 (だとしたら、この胸なんとかしないと……) 豆乳だけじゃ足りないのかな……って、今はそんなこと考えてる場合じゃないし。 別の本を読もう。 「うんうん……わかるわかる……」 2時間後―― 「もうこんなに読んだのね……」 テーブルの上に無造作に積まれた漫画のうち、過激なものを除いた大体を読み終えてしまった。 (それじゃこれ返しにいかないと……よっと) コミックがまとめられているコーナーまで抱えていき、全部まとめて本棚に入れようとする。が…… 「う、く……うわあっ」 そんな十何冊も一気に投入できるわけもなく、そのまま体勢を崩して転んでしまった。 盛大に漫画をぶちまける。これじゃ私がバカみたいじゃないの。 と、そこへ…… 「なにやってるの……? おりんちゃん」 「へっ? ふーこ?」 ハデに転倒した私を、そのデカ乳の影で覆い隠すように諷歌が見下ろしていた。 「敵!!」 「親切心で声をかけてあげたのに敵とか、意味がわかりません。失礼します」 「うそうそ、ごめんごめん」 去ろうとする諷歌を通せんぼする。 「これ……少女漫画ですか?」 「うん。図書館にあったやつ」 「あっ!」 「どしたの?」 「私、読みたかったんです、これ……」 「J子がランディに頼んだのかも」 「次は私が借りてもいいですか?」 そう言って、散らばった漫画の中から諷歌が手にとったのは…… 「え……それ?」 「? はい」 中盤以降が怒涛の濡れ場で、とてもじゃないけど読めないと断念したタイトルだった。 「別にいいけど……」 (ふーこでもああいうの読むんだ……やっぱり、女の子ならみんな……) 「ちゃんと漫画も元の位置に並べておかないとダメですよ……もう」 諷歌はぶつくさ言いながらも、ちゃんと私の本を片してくれた。 「ありがと、ふーこ」 「はい。ところで、おりんちゃんはどうして急に少女漫画を?」 「ん……J子にすすめられて」 「前はつまらないって言ってたような」 「前はね。でも今はもうほんと共感できて、特にあの漫画なんか……」 「……え?」 「なにかしら?」 「共感……?」 あ…… また……やらかしたかもしんない。 「もしかして、おりんちゃん……」 「え、えっと……急ぎの用事があるから、これでっ」 「ふう……」 気がついた時にはもう逃げ出していた。 人が人を好きになるのなんて自然のこと。別に恥ずかしがることなんてない……理屈じゃそうわかってるのに。 「ぜったい、律のことだってバレた……」 さっきJ子にバレた時もそうだったけど、実際にそれと知られると顔から火が出るほど恥ずかしい。 それもこれもここに女の子しかいないから悪いのよね。いや、そんなのただの言い訳だけど。 喉が渇いたし、豆乳でも飲もう。 パソコンの電源を入れて前に座る。ネットサーフィンは私にとって癒しの時間だったのに、今ではなんだか物足りない。 律がいないから……。 「そういえば……ネットも使ってみろってJ子が言ってたわね」 適当に検索をかけてみて、それらしいものを発見した。 恋バナ掲示板…… 『みんなののろけ話かたってけ!』 「いつも無愛想な彼氏なのに、私がイライラしてる時は抱きしめてくれる」 「昨日めずらしくウチもカレもオフだったから、1日中部屋でイチャイチャしてすごした笑 しあわせー」 「毎日らぶらぶ! いつもうちのこと可愛いって言ってくれる!」 「……いいなぁ」 呼吸をするように声が漏れた。 律……は無愛想じゃないけど、もしもあいつが抱きしめてくれて、いつも私のことを可愛いって言ってくれて、1日中イチャイチャしてすごせたら…… 「……最高ッ」 「たまらないわねっ!」 もう想像しただけで頬がゆるむ。ほんとうに夢みたいで…… 「夢……なのよね」 ここに書き込んでいるコたちは、告白するかされるかして、両想いになった人たちなんだ。 そうじゃなかった人もたくさんいるはず。そして私がそっちに入らないという保証はない。 「私、振られるのかな……」 『失恋した女たちが集うスレ』 「つらい もう毎日がくるしい 悩んでも悩んでも 貴方のことしか考えられない」 「振られたのにいつまでたっても立ち直れない。どうやって生きていけばいいの」 「うわああ……」 惨憺たる有り様だ。昔の私なら大げさすぎるって言うところだろうけど……今じゃ無理もないって思う。 中でもとくに私の意識を引いたのは、こんなふうなレスだ。 「仲のよかった男子が気になって、いい感触だったからそのままコクったら振られた。“友だちとしか見れない”って」 「がんばってメールで誘ってデートまでしたのに、振られた。もうありえない」 「友だちとしか見れないような女の子……」 ……それは、私じゃないのか。 友だちとしか見れないってことは、女の魅力が欠けてるってこと。私にそれがあると思う? 「胸も貧相、背も小さい、男っぽいし、気やすいし、貧乳……」 もーダメ。アウト。それに…… 「デートしても……ダメなんだ」 しかも、先の1回はデートではなくデートの練習。私はともかく、あいつの認識ではそうなってる。 「やっぱり……振られる、わよね」 正直さっきまでは、いけるんじゃないかとも思ってた。いや今でも1%くらいはそう思ってるけど、こんな話を聞いたらとても平静じゃいられない。 「ううん、じゃあ女の魅力を磨けばいいだけよ!」 『公園デートpart6』 「あ……」 今となっては……だけど、ついクリックしてしまう。 「公園って開放感あるから、なんかスキンシップしやすいよね」 「わかるわ〜うちもカレと腕組んで公園散歩した〜^^ めっちゃ見せつけたった」 「なるほどなるほど……」 「公園でキスするとなんかサワヤカだよね。子連れとかいるとダメだけど;」 「キスかぁ……」 私も律と……したいなぁ。 と言っても……この知識が役に立つ機会は、とうぶん巡ってこないのだろうけど。 それを考えるとなんだか嫌になってきた。別のところを見よう。 『カレとの過激なプレイ!』 「……」 ま、まあ、ちょっとくらいなら…… 「ローション? っていうの使ってぬるぬるでシたことあるけど、やばかった笑」 「教室でエッチしたときはほんとドキドキした。いつも使ってる場所だからヤバイ」 「胸おっきいだけが取り柄だから、いつも彼氏が挟んでって言ってくる笑」 「挟む……」 やっぱり女として……挟めないのはダメなのかな。 揉んでみる。平坦……。 「いちおう、出っぱってなくはない、んだけど……」 とてもじゃないけどここに……は挟めない。 「やっぱり、豆乳だけじゃ足りないのかしら……」 検索エンジンのワードを変える。 「おっぱい、大きく、する……っと」 「豆乳には大豆イソフラボンが含まれていて、これが豊胸に作用するのです」 「ふむふむ……でもそれだけじゃ」 「またキャベツにも、ボロンという成分が多量に含まれており効果があるとか」 ボロン……。 「それ……めちゃくちゃ効きそうじゃない!?」 ボロンというくらいだから、きっとボロンッてな感じにおっぱいでっかくなるに違いない! 「でも、キャベツ……」 私はキャベツがすごく嫌いだ。だけど…… 「おっぱいおっきくして、律に振り向いてもらうためなら……!」 「ばりばりばりばり」 「姫様、さすがっす。まさかダイレクトとは」 私はシャロンを呼びつけて、至急キャベツを持ってくるよう頼んでいた。 「まずい! もう1玉!」 「はいでげす。じゃあいくっすよ……スタート!」 「ばりばりばりばり」 ひたすら食べる。 「おおっ、これはいいタイムが期待できるっす」 「ばりばりばり……ごちそうさま!」 「3分24秒! ニューレコードでげす!」 「やった!」 でも、なんだか目的を履き違えてる気がしてならない。 「して、どうして急に苦手なキャベツを?」 「ああ、やっぱいいだぎゃ。ディスプレイに答えが書いてあったっす」 「でも豆乳じゃダメなんすか?」 「豆乳だけじゃ、足らないのよ。ぜんぜん大きくならないし」 「胸はフーセンとは違うですよ」 「でも大きくしないといけないんだから仕方ないじゃない!」 「律殿は巨乳好きでげすか?」 「ぶふっ。だ、誰もそんなこと言ってないでしょ!」 「姫様の原動力はわかりやすすぎるでげす」 「ふん。悪い?」 「悪いとは言わんでげすが、貧乳は貧乳で一定の需要はあるでげす」 「挟めなかったら女じゃないのよ!」 「まーたネットに影響されて妙な価値観を植えつけられてるでげす……でも面白いから放っておくっす」 「で、でもでも……貧乳でも需要あるって話、ホント?」 「真実っす。でも個人差激しいので律殿がどうかは知らんでげすよ」 「えっと……じゃあ、律は……どうなの?」 遠慮がちに聞いてみる。遠まわしに、聞きに行ってこいって意味だった。 (んなもん知るわけねえです。しかも聞きにいくの面倒くさいっす。ここは適当に答えとくです) 「大艦巨砲主義、Ωカップ以下は認めねえとの話だったでげす」 「ええ、うそっ! それじゃキャベツ何個食べればいいのよ!」 (信じてやがるです。Ωカップなんてあるわけねえっす) 「キャベツn個食ったからってncm大きくなるわけじゃないっすよ」 「わかってるわよ。1/ncmくらいよね」 「こいつマジか、っす」 「え? ちがう?」 「これほどのバカに仕えていたとは己が情けねえっす……」 「……ごめん、シャロン」 「……あれ? 思ってたリアクションと違うでげす」 「私バカだから……どうしていいかわかんないの」 「これで、律は振り向いてくれるかな?」 豆乳を飲んで、キャベツを食べて……本当にこれでいいのだろうか? 自分じゃまったくわからない。 「生でキャベツまるごと食ってる女がいたらそりゃ振り向くでげすが……そういう意味じゃないんすよね」 「律は私のことたぶん、友だちとしか見てないの。でも私は……」 「あ〜〜わかったからそれ以上落ち込むなっす。このシャロンも手伝ってやるですから」 「ほんと?」 シャロンが味方になってくれれば、こんなに心強いことはない。 「べつに色恋に強いわけじゃないでげすが……こんなに沈まれちゃこっちが滅入るっす。一肌脱いでやるとするです」 「ごめんね」 「前回聞いた話だと、デートは済ましてるはずだったでげすね」 「うん……でも、向こうにとってはデートの練習でしかなくて」 「題目がどうであれ、やることやってんなら上等っす」 この前のデートの終わり、待ち伏せていたシャロンにさらわれた私は洗いざらいその日にあったことをぶちまけた。 デートが楽しかったこと、手をつないだこと、抱きしめられたこと……舞い上がっていたのもあって、隠している余裕なんてなかった。 「手をつないだのなら、次は腕を組んでみるとかどうっすか?」 「腕組み……うん。たしか、あいつの段取リーチキンにもあったわ」 「いよいよもじり方が苦しくなってきた感があるですが、本当に素なんでげすか?」 「う、腕を組めばいいのね!」 「待つだぎゃ。腕を組むと言っても、えらそうに自分の胸で組むわけじゃにゃあよ」 「わかってるわよ。こうするんでしょ?」 私はシャロンと腕を組んだ。 そういえば、インターネットにもこんなことが書かれていたような。 「スキンシップ、スキンシップ」 「うん……そうだぎゃ。にしてもこれ、ずいぶんと密着するでげすね」 「そうね……」 シャロンだから冷静でいられるけど、もしこのひっついてる相手が律だったら……。 「頬を赤らめないでほしいっす」 「律とするの、想像しちゃって……」 ほどいた。 「次はどのように誘うかです。とりあえず、自然にデートに誘える立場にあるのは大きなアドバンテージでげす」 「でもあいつ、今日のデートを断ったわ」 「? なんででげす?」 「知らないわよ! どうせ私のことなんてどうでもいいんでしょ……」 「そうとう打たれ弱くなってるっす。律殿、やっかいなことをしてくれたもんだぎゃ」 「たぶん、この前のデートで引かれたから……」 「いきなり抱きしめてくるような相手が、引いていたとは思えねえっすよ?」 「それは、あのデートが練習だったから! だから……違う女の子にするみたいに、したのよ……」 「デートはダメでげす? じゃあ、ワンランク下げてランチにするです」 「ランチ?」 「2人で飯を食らうっすよ。これなら昼休みにチョチョイ」 「でも、2人で食べるくらいしたことあるわよ」 「ちょっと趣向を変えてみるです。野外で食べるとか」 「でも、食堂に行かないと……」 「一肌脱ぐと言ったはずでげす」 ってことは…… 「あちしが2人分の弁当をこさえるから、姫様はそれをダシに使うでげす」 「ありがとう……シャロン!」 「まだ終わりじゃねえっす。ただ単に昼飯を食うだけじゃ律殿は気づかない。ここで高等テクを使うでげす」 高等テク……。 「“あーん”でげす」 「あ、あーん?」 「あなたお口を開けて? はい、あーん。ふふふっ」 「の、あーんでげす」 「シャロン……そんな声も出せるのね……」 なんていうか、やっぱりすごいわ……。 「そして姫様のいう“恋人同士の練習”というのは最大限利用すべきでげす。まさにベストな口実っす」 「また……練習って言わなきゃダメなの?」 たしかに都合のいい言い訳ではあるものの、それに頼りすぎちゃうのは正直つらい。 「……じゃあ、言わなくてもいいでげす。いや、むしろ言うなでげす」 「そ、それってどういうこと?」 「前回のような勢いで“あーん”を強行するですが、決して練習とは言ってはいけないでげす」 「難しいわね……でも、いいかもしれないわ」 「だから姫様だって、しょせん練習なんていう気持ちは捨てるんすよ」 「うん、わかったわ。私やってみる!」 やっぱりシャロンはなんだかんだで優しいわ。きっといちばん、私のことをわかってくれている。 「じゃそういうわけで、念のため次回に向けて今すぐシミュレーションしてみるっす」 「い、今すぐ!?」 「もたもたしてると夏休みに入っちまうっすよ。それに他の相手に先を越されないとも限らねえです」 他の相手に……そんなの、絶対イヤ! 「……うん、私も頑張らないといけないわね」 「というわけで実際のシミュレーションっす。私が律殿になりきるっすから、姫様はリハーサルしてみるっす」 「わかったわ!」 「ではいくでげす。3、2、1、キュー!」 「俺は夏本律。ナイスミドルな42歳」 「律は厄年じゃないわよ!」 「カット! いちいち突っ込みを入れるなでげす」 「ええっ。なんでよ」 「本番にハプニングはつきものでげす。そのためにも今から動揺しないよう心がけておくです」 むう……筋は通ってるわね。 「というわけで、テイク2」 「ね、ねえ律……いい天気だし、ちょっと散歩しない?」 「えっ? タンポン?」 「散歩!」 「オーケー、散歩だね。でも昼を食わないと」 「お弁当……あるから。外で食べよ?」 「カット。OKでげす。その調子でいくです」 「やったっ」 「目的地に着いたところから始めるでげす」 「ここらへんで食べましょ」 私は弁当を開ける所作をした。 「めしあがれ」 「ひゃっはー! たっぷりマヨネーズをかけてやるぜ!! マヨマヨマヨマヨ」 「ちょ……せっかくなんだしそのまま食べなさいよ!」 「カット! 彼氏に対してそんなきつい言動はNGでげす」 「意外と厳しいのね……」 「もう一度いくです。テイク2!」 「マヨマヨマヨマヨマヨマヨ」 「す、好きなだけかけていいわよ」 殴りたくなるのを抑えて淑女的な対応をすると、シャロンがこっそりとサムズアップのサインを見せた。グー。 「いやあ、景色のいいところで食べるマヨはうまいな」 「そ……そうね。おいしいわね。もぐもぐ」 「ほ〜ら、おまえにも! マヨマヨマヨマヨ」 「いい加減にしなさいよねぇぇ!!」 「もしかしたら律殿がこういう行動に出るかもしれないでげす」 「絶対にありえないわよ! ていうか、人様にマヨネーズぶっかける人間なんかいるか!!」 「なんにせよ、つまらないことで心を揺らしてはいかんということでげす。テイク3でげす」 「ね、ねえシャ……じゃなくて、律」 「なんだい?」 「このコロッケと、このウインナー、どっちが欲しい?」 「コロンナー」 「はい、じゃあ……あーん、して」 「え……? よせよ、そんなん……照れるだろ」 「恋人同士なら、自然でしょ……ほら」 シャロンが口を開けると、私はそこへ箸先を放り込むジェスチャーをした。 「もぐもぐもぐもぐもぐ」 「ふふっ。どう? おいしいかしら?」 「もぐも……ウッ、げほっ、ぐはぁっ! バタッ」 律は死んだ。 「オリエッタ・クロノ・イスタリカ・ジナスティール。業務上過失致死の疑いで逮捕する」 「そ、そんな〜」 「じゃ、そういうことで……」 「いや、待って! カケラも理解できなかったんだけど!!」 「今のが、あちしが弁当に毒を盛った場合っす」 「盛らないでよ! だいいち業務上でもなんでもないし……」 「盛らなかった前提で再開するでげす。テイク2!」 「もぐもぐ……うん、おいしいよ」 「シャロンのお弁当だもの、間違いないわよね」 「でもこの、あーんって……恋人同士の練習、なのか?」 きた。ここがいちばん重要だわ。 「ううん……」 「練習なんかじゃ……ないわよ」 「これが私の、本心」 シャロンが再び親指をあげる。やったわ! 「実は俺も、おまえのことが……」 「律……!」 「みつ子……!」 誰だ……! 「みつ子、好きだ!」 「誰なのよ、それ!」 「せっかく一度目は無反応だったのに、残念でげす。つまらんことで揺れるなと言ったでげす」 「あんなの認めたら、今までのがぜんぶ茶番になるじゃないのよ!」 「ハナっから茶番でげす」 言っちゃったし。 「まあ実際に告白までいくかどうかはともかくとして、なかなかいい線いってたでげす」 「ほんと!?」 「アクシデントがなければ平気なはずでげす。バッチリだぎゃ」 「やったわ!」 信用性は危ういけど、どうやら合格のようだ。 「この“あーん”テクがあれば、みつ子もイチコロでげす」 「みつ子落としちゃった!?」 なにはともあれ――少しは自信がついたかもしんない。 シャロンにも付き合ってもらったし……この練習の成果は、必ず発揮しないといけないわね。 「と……こんな感じじゃないかな」 「な……なるほどっ!!」 夜――メアリー先生の補習から帰ってきた俺は、今度は葉山による講習を受けていた。 何のって? それはむろん、恋愛である。 具体的に言うと俺とオリエッタの恋。どう進展させればいいのか悩んだ俺は、葉山に相談することにしたのだった。 「恋愛の練習という口実を使い、放課後オリエッタを再びデートに誘う……」 「しかし俺は練習という言葉は使わず、本番そのものの姿勢で望む!」 葉山の冷静なアドバイスにより、今後の俺のなすべきことは決まった。 「よし! 本番にそなえてシミュレートだ!」 「ええっ?」 「俺がオリエッタやるから、葉山は俺をやってくれ」 「ボクがやっても意味ないって!」 「そうか……」 「それよりもまだ細かいこと決めてないから、明日の昼休みに作戦会議しよう」 「ありがとう、葉山」 こんなにも協力してくれる友人がいるんだ。よし……がんばってオリエッタを誘って、仲を深めて…… いつかは、ぜったい……あいつと両想いになってやる! 今日はオリエッタをデートに誘う日だ。 だがそれよりも前に、この授業が終わってからの昼休みにて、葉山と作戦会議をしなければならない。 「葉山、食堂――」 「り、りりりりりりりり」 と思ったら、なぜか隣の席のオリエッタが壊れた電話のような音を立てていた。 「りつ!!」 「釣り」 「えぇ〜っ? また“り”?」 「ねえ、今のそういう流れだった?」 「はっ! そうよ違うわよ! えっと、その、律!」 「なに?」 オリエッタは明らかに慌てていて、とても不自然だった。 「今日はいい天気だし……散歩、いかない?」 「散歩か……でも、昼食べないと」 「わ、私お弁当持ってるから。一緒に食べよっ!」 「!!」 え……なんだこの展開。マジなのか? (がんばれ☆) むろんいい事態なのだが、予想だにしていなかっただけに戸惑いが隠せない。 どういう風の吹き回しかは知らないが、オリエッタが俺のぶんのお弁当を……? 「シャロンが、その、作ってくれたから」 「ああ、そういうこと……」 もしかしたら手作りじゃないかという淡い期待もあったので、少し残念。 でもよく考えたらオリエッタは料理ができないし、当然か。 「どこで食べるの?」 「だから……外に行きましょ。いい天気だし!」 「おっけー」 ……あれ? これってもしかして……? (2人きり!) 「ど、どこで食べよっか」 「ど、どこでもいいわよ……いい天気だし」 「ここらへんとか、どう?」 「うん……いいわね、いい天気だし」 グラウンドが一望できる野原に腰を下ろす。 「芝生に直だけど、平気?」 「平気よ。むしろこのほうが気持ちいいわ」 たしかにオリエッタの言うとおり、今日は雲ひとつない快晴だった。日差しがまぶしい……。 「それで、お弁当って……俺のぶんもあるんだよね?」 「うん! 味は保証するわよ」 「ああ……作ってるのがシャロンだもんな」 でも、ひとつ疑問がある。 「オリエッタもいつも食堂なのに、どうして今日は弁当なんだ?」 「それは、えっと……今日はいい天気だから、外で食べたらって、シャロンが」 なんと……つまりこんなラッキーなイベントが発生したのも、シャロンのおかげってことか。感謝せねばなるまい。 「へえ、シャロンってオリエッタには優しいよな」 怒らせたりもしてたけど、やっぱり2人は仲がいいのだと思う。 「それで、これなんだけど……」 「うお、重箱じゃん」 気合入ってんな、シャロン。そしてオリエッタがそれを開ける。 「オウ……すげえ豪華だ。肉も魚も野菜も……とろろまである」 「シャロン、朝早くから作ってたから……」 「よし、早く食べよう!」 「ええ。はい、マヨネーズ」 オリエッタはらしからぬ淑やかな微笑みで、そっと俺にマヨネーズを手渡してきた。 「えっと……なんでマヨ?」 いや、マヨをつける品目もあるのだろうが……なぜに1本まるごと? 「やっぱり……いらないわよね」 「う、うん……」 (もう、だから要らないって言ったのに!) 「オリエッタさん?」 「なんでもないわ。ごめん、今のは忘れて。食べましょ」 そして次に渡してきたのは、俺用の箸だった。気が利いていて嬉しいが、マヨが先なあたり順序もおかしい。 「じゃ、いただきまーす」 「めしあがれ! 私が作ったんじゃないけど」 青空の下、好きな子と一緒に、のほほんと昼食……ああ、なんて素晴らしい。時間が止まればいいのに。 「ど、毒なんて盛ってないからね?」 「どこから出てきた発想なの……普通そんなこと考慮しないよ」 冗談で言ってるに決まっているので、俺は先に箸をつけた。 「うん、うまい。このローストビーフ、前に俺が絶賛したやつだ」 「シャロン、覚えててくれたのね」 ニャット帽をプレゼントした日、俺はオリエッタと共に特製メニューのご相伴にあずかった。 その時にシャロンは意外にも俺の好みを覚えていてくれたのだ。 「シャロンあいつ、実は俺のこと好きだな」 「えええええええっ!?」 「……」 予想していた数倍のリアクションに、箸の動きが止まってしまった。 「じょ、冗談だよ?」 「そうに決まってるわよ! ありえないんだから!」 そこまでムキになって否定されても物悲しいが……実際、あのシャロンに限ってはありえないわな。 「あ! え、え〜っと……ありえないと思う、わよ?」 「なんで言い直したの?」 「……」 口をつぐんでしまう。なんなんだろうか。 ひと言でいうなら、今日のオリエッタはやけにおとなしい。普段のような乱暴さがない。 いいこと、のはずなんだけど……。 「もぐもぐもぐ……うーん、デリシャス」 仕方ないので、会話もそこそこにひたすら食べる。いくらでも入りそうなほどおいしい。 「もぐもぐ」 「オリエッタ、そんだけでいいのか?」 「私はいつもこんなものよ」 「だから小さいんじゃ……」 女の子ってみんなそんなもんなんだろうか。 「なああっ……!」 驚くと、オリエッタは左手で自らの胸を隠した。 「いやそっちじゃなくて、背だよ背」 「もう……紛らわしいこと言わないでよね……」 「あれえ……?」 いつもなら、こんな時こそ躍起になって弁解するはずなのに。今日のオリエッタはやっぱりどこかヘンだな。 それに…… 「……チラ。……チラ」 箸を動かしてはいるのだが、その合間合間に俺の様子を覗いているのもおかしい。まるでなにかの機を窺っているかのようだ。 (いやあ……それにしても……) オリエッタが挙動不審なことを差し引いても、まさに絶好のシチュエーションだ。 まさかここからオリエッタが“あーん”なんて言ってくれたら……げへへ。 (ま、そんなことあるわきゃないか) 「ね、ねえ律」 「うん?」 「コロッケとウインナー、どっちが好き?」 「ウインナーかな」 それを示すがごとく、俺はウインナーをとって食べた。 「もぐもぐ……ん?」 「……!」 なんでだろう。オリエッタがすごい形相をしている。 「……好き嫌いしないで、コロッケもちゃんと食べなきゃダメでしょ」 「いや、別にコロッケが嫌いなわけじゃ……」 「はい」 「えっ……」 「あーん」 目の前に突き出された、コロッケ。 「“あーん”」 それを掴む箸と、それを掴むオリエッタの手が震えている。 「……」 そして俺は、オリエッタと目と目が合って…… 「ぱく」 「もぐもぐ……」 「……」 ……しちゃった。オリエッタのほうも、やっちゃったみたいな顔をしている。 (あれ……これ、冗談? それとも本気?) 本当に起こるなんて思ってなかったから、動揺が半端じゃない。コロッケの味もよくわからない。 ていうかこれってオリエッタの箸だから間接キスで、もしかしたらオリエッタの唾液の味なんかもしたかもしれないわけで。 「おいしい……ね」 「うん……」 動転を悟られないよう当たりさわりのないことを言って、何事もなかったかのように振るまう。 どうしてオリエッタは、こんなこと……。 「恋人同士だったら……こんなことしてても、自然でしょ?」 その疑問は、その一言で氷解した。 (そうか……) こいつはまた、恋人“ごっこ”を…… 「そうだな」 喜んでいいのかどうかわからない。現象的には嬉しいはずだが、心象的には複雑だ。 ためらいもなくこんなことが出来てしまうほど、こいつには俺が男として見えていないということだから……。 (だけど、まあ……) 細かいことはもういいや。いちいち悩んでるのもまどろっこしい。 あーんしてもらいたいって思ったら、あーんしてもらえた。いいじゃないか。だから…… 「次、そのポテトサラダ!」 「え、ええっ!」 「つかみづらい? なんとかなるよね」 まくし立てるように急ぎたて、やれ次だせと口を開ける。 「はい、あーん」 「ぱく、もぐもぐ……おいしい」 「……ふふっ」 「なに、その笑い」 「律、なんか動物みたいで可愛いんだもの」 「仕方ないだろ! じゃあオリエッタにもやってやるよ、ほら」 手近にあったとろろを掴みあげ、オリエッタの目の前へ。 「いや、とろろはきついでしょ!」 「なせばなる! 早くしないと垂れる!」 そこで一瞬、オリエッタは視線をそらした。なにを見ているのかと思えば…… 「あ……」 ここは校庭のそば。上天気のせいもあり、人通りも少なくない。 傍目にはイチャイチャしているようにしか見えない俺たちは、数多の生徒たちの視線を集めていた。 片やイスタリカのお姫様、片や魔法の使える男……興味を引かないほうがおかしい。 「りーつ」 「っ」 「口開けて待ってるんだから、さっさとしてよね」 「オリエッタ……」 今だって、色んな人がこっちを見てるのに……おまえにとっちゃ関係ないんだな。 こいつのそういう、人の目なんか気にしないところ。自分のしたいこと、やりたいことを素直に楽しめること。 それはきっと俺にはないもので、だからこそ眩しく感じるのだろう。 「はい、あーん」 「んっ……もぐもぐ」 「……ぷっ」 「んー!? なによ!」 「いや、ほんとに小動物みたいで……」 みたいで…… 「かわっ、かわカワ皮川革」 「河?」 「可愛かっ……た……から!」 言った! 「……ありがと♪」 やばひいいいいいいいいいいいいいいいい!! 「俺にも食べさせて!」 「やだ。まだ私の番」 「えー!」 「うっさいわね、アンタさっきウインナーもコロッケも食べたでしょ! 文句いわずにさっさと運ぶ!」 「しょうがないなあ……はい、あーん」 そしていつからか……オリエッタはいつもの調子に戻っていた。 やっぱり、こっちのほうがいい。しおらしい姿が可愛くないとは言わないけど、そこにはオリエッタらしさがないから。 「よし、これからアンタは私のあーん係ね!」 「そんな係はない!」 これって、俺のためにやってくれてることなのか? そう問いたかったけど、むざむざ不本意な答えを聞きにいくこともないし、せっかくのムードに水を差しかねないのでやめておいた。 「はい、あーん。早く食べないとサラダ冷めちゃうわよ」 「それはもともと冷めているよね」 こうして見ると、オリエッタは本当に楽しそうに思える。 心から、俺との“恋愛の練習”を楽しんでいるのだろうか。それとも……。 「ごちそうさま!」 「おそまつさま。シャロンにもお礼を言わないといけないわね」 「食った食った……ところで、そこに置いてある包みはなんだい?」 「さあ、なにかしら。デザートだって言ってたけど」 直径数十センチはあるだろう球体の布。はたして中に包まれているのはスイカか、メロンか……。 「あ、キャベツね」 「きゃべつ!?」 デザートにキャベツ1玉だなんて……。 「やってくれるじゃないの、シャロン……」 取り出したまるごとキャベツを持っては、ぷるぷると震えるオリエッタ。まるで闘志を高めているよう。 「はいコレ、よろしくね」 「ん……ストップウォッチ?」 「いくわよ……スタート!」 なにやらよくわからないけど、スイッチを押す。 「ばりばりばりばり」 「お、おおおう?」 オリエッタはキャベツをむさぼり出した! 「ばりばりばりばり」 「は、早ぇ!」 リスのかじる木の実のように減っていくキャベツ! 「ごちそうさま! タイムは!?」 「タイム!?」 ワケがわからないぞ……! 「そのストップウォッチは飾りなの!?」 「あ、えーっと……2分57!」 「記録更新よ! とうとう3分を切ったわ!! やったわね!!」 「……だな! イェーイ!! ひゅー!!」 もうなんでもいいや。 (でも……オリエッタと、あーんしちゃった) それだけでもう、次の精霊学の授業など苦にならないほど嬉しい。 たとえそれが、互いの気持ちが通じあっていなかったとしても。 俺もオリエッタのように……細かいことを考えず、自分の心に素直になるべきなんだろう。 (オリエッタ……) そして、昼休みが終わって帰ってくると…… 「キャー! 来たよ来たよ!」 「噂のプリンス、登場ッ!」 すでに騒がれていた。 「……」 恥ずかしく、否定できる空気でもなく、しかも俺にとっては好都合なので、とくに弁明することもなく俺たちは無視することにした。 (いやでも好都合ってことはないか。これのおかげで俺の彼女なんかまっぴらだと思われたら……うああ) ちょん、ちょん。 「うん?」 「やったね」 「葉山」 「例の“練習”?」 「……さあ」 肯定するのははばかられた。事実、あいつはそんなこと口走ってはいないのだし。 「にしてもさ……広まるの、早くない?」 「そうかな? こんなもんじゃないかな」 そしてオリエッタはというと、授業のために入ってきたシャロンと黄色く盛り上がっていた。 弁当のお礼を言おうかと思ったけど、とても首を突っ込める雰囲気ではない。 シャロンがからかっているのはいつも通りにしても、オリエッタの反応が珍しいものにみえる。 (まあいいか……それよりも、放課後だ) 昼休みにラッキーなイベントが発生したからといって、当初の予定を変更するつもりはない。 作戦会議は出来なかったが、なんとか自力でオリエッタをデートに誘ってみよう。 ……。 放課後―― 「オ、オリオリオリオリ」 「オリエッタ! さん!」 「なにかしら?」 俺がオリエッタに話しかけるのを見てクラスメイト数人が騒いでいたが、こちとら緊張でそれどころではない。 とりあえず、不可抗力だったとはいえ約束を一度キャンセルしたことを謝らないと……! ええと、元々どこに行く予定だったんだっけ……? 「あの、この前、公園に行くとか言って、けっきょく行けなかったじゃん」 「そうね」 「あの時はごめん。だから今度……もし良かったら、一緒に行かない?」 「……」 やってしまったか? デートの誘いであることはモロバレだ。しかもこの前、俺の都合でキャンセルしてしまっているのに。 さっきの昼休みで調子に乗って……とか思われてたら、終わる! なんらかのさりげないフォローを! 「じっ……」 「……?」 「じぃぃ〜っ……」 「……っ」 真摯さというものは目で伝わる! 見てくれ、俺の汚れなき双眸を! 「……よ」 「……なんて?」 「いいわよ!!」 「! ほんとに?」 「前とおんなじ場所ね!」 やった! ミッション達成だ! 「この前は急に取りやめて、ごめん」 「いいのよ、大事な用だったんだから」 おお……なにも咎められない。まさにトントン拍子で事は進んでいるぞ。 「じゃ、じゃじゃじゃ……そゆことで」 「わかったわ。でも、今度ドタキャンしたら承知しないんだからねっ」 「わかってるって」 というわけで…… 「やったぜ!」 「おめでと」 そして、今日。 待ちに待った、オリエッタとのデート―― 「じゃ、行こっか」 「うん。晴れてよかったわね」 「とは言ったけど……公園って、何をすればいいんだろ」 たしかに遊具はあるけれど、それで遊ぶのはやや子どもっぽい気がする。 「わぁ、滑り台!!」 「あいつは子どもだった……」 「でも、あれ……もしかしてオリエッタって、こういうの見るのも初めて?」 「ええ。一度遊んでみたかったのよね!」 「そっか。じゃあ一緒に滑ってみる?」 子どもが沢山いて、少々入りづらいが。 「ん〜〜やってもいいけど、後でね。今日はデートだから、服が汚れると困るし」 デート……。 「じゃ、じゃあ何しようか」 「べつに、何をするとか決めなくてもいいんじゃないかしら。こうやって、ほら」 「っ!」 「手、つないで……散歩するだけでも、楽しいと思うわ」 「そう……かも」 握られた手をぎゅっと握り返す。何度か経験済みなものの、まだ慣れないし、それがいい。 (スキンシップ、よし) 「公園って、なんだかのんびりした場所ね」 「今日は平日だしね。夏休みに入ったら、子どもたちで溢れかえるんじゃないかな」 「にぎやかなのもいいけど、こうして静かに歩くのも悪くないわ」 「うん。俺も」 退屈なほどに何の取り留めもない会話。 そのはずなのに、相手がオリエッタだというだけで充実感がたまらない。 『世界が色を変えるんだよ。あの感覚をオリエッタにも知ってほしいなあ。せめて一度でも……』 結果、俺の世界は色を変えた。こいつがいるだけで毎日が嬉しく楽しくもあり、けれど同時に緊張や後悔にだって苛まれる。 そしてその天秤が最終的にどちらに傾くかは、未だにわかってないのだ。 「今日は暑いな……アイスでも買わない?」 太陽がじりじりと照りつける。額に流れる汗をハンカチで拭った。 「たしかここを進んだ先に売店があったわ」 「OK。にしても、来たことないのによく知ってるな」 「え、ま、まあね! さっき案内板見たから!」 すこし歩くと、雑多な商品にまみれている売店を見つけた。 「ずいぶん色々あるのね」 お菓子類からアイスやジュース、そしてボールやフリスビーなどの玩具が売ってあった。 「ソフトクリームにしようかな」 「私もそれ! チョコね!」 「すみません、ソフトクリームのチョコとストロベリーを1つずつ」 「え、イチゴ? そんなのあったの!?」 「あったよ」 「イチゴもほしい! まるごとちょうだい!」 「や、やだよ……図々しすぎるだろ……」 それぞれソフトクリームを受け取ると、そのまま買い食いスタイルで歩き出す。 「そういえば、お金アンタに払わせちゃったわね。いくら?」 「いいよ、べつにこれくらい」 とにもかくにも、これはデートだ。代金は俺が出す! たかだかソフトクリームくらいで、男を上げた気になるのもなんだけど……。 「ほんと? ありがと! じゃーいただきます」 たかだかソフトクリームくらいで、こんなに喜んでもらえると、おごった甲斐もあるというもの。 「ぺろぺろ」 (可愛いなあ……) 「早くしないと、溶けるわよ?」 「おっと」 イチゴ味を堪能した。 (……) さすがにまるごとは無理だけど、少しくらいならオリエッタにも食べさせてやることはできる。 (でも、俺が舐めたソフトクリームでもいいのかな……) それはちょっと……とか言われたら、俺の精神は間違いなく摩耗する。 (やはりやめておこう……) わざわざ危ない橋を渡ることもない。オリエッタは“練習”のつもりでも、こっちとしてはちゃんとしたデートを送りたいのだ。 「ねえ、律」 「なに?」 「ひと口ちょうだい」 「え……!」 「なによ。ひと口でも嫌なわけ? 仕方ないわね、私のチョコも食べていいから」 向こうから提案してくるとは思いがけない展開だ。不意をつかれたものの、渡りに船と言っていい。 「い、いいよ全然いい! どんどん食べてくれ、腕によりをかけて作った」 「いや、べつにアンタが作ったわけじゃないと思うけど……ぱく」 オリエッタは首を伸ばして、俺の手に持ったソフトクリームに直で口をつけた。 「キリンみたいだよ」 「うっさいわね……うん、イチゴもおいしいわ」 「頬についてるよ……ほら」 ハンカチを取り出して、白いほっぺに残ったクリームを拭ってやる。 「あ……ありがとう」 あれ、なんだか歯切れが悪いな。もしかしてさっきこのハンカチで自分の汗を拭いてたからかな……。 それとも、オリエッタもイチゴ味がするのかな、とか変態的なこと考えてたのがバレたか……。 「溶けるよ?」 「そうだったわ。はい!」 言って、自分のソフトクリームを俺に突き出すオリエッタ。 「?」 「いらないの?」 「え、俺が……オリエッタのを?」 「私のっていうか、チョコ」 なんだって……? 「た、食べるよ。食べるさ。ああ食べてやるとも、なあおまえたち」 「誰に言ってるの……?」 だけど、めちゃくちゃ意識してしまう。 特に、さっきぺろぺろしてたのを凝視していたから……。 「ぺろ」 「っ!?」 「ごめんごめん、溶けてこぼれそうだったから」 今オリエッタが舌と唇をつけたところに、今度は自分が口をつけるのか……妄想しただけで、やヴぁい! (超間接キスだよな、これ……こいつなんとも思わないのか) オリエッタの性格上やむないところではあるが、意識されてないと思うとそれはそれで悲しい。 「ぱく……もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」 「そんなに咀嚼するようなモノかしら……」 「口の中でチョコとイチゴが混ざっていい感じだ」 「あ、それ私も思った!」 「おいしいね」 「うん、おいしい」 しあわせ。 「食べ終わっちゃった」 「ゴミはゴミ箱へ〜」 そう言って、オリエッタは市民が設置したと思しき看板を指さす。 「はいよ、貸して」 「たすかるぅ」 彼女のぶんの紙くずも受け取って、適当にゴミ箱へ放り入れた。 「ね、ねえ律」 「ん?」 (ええと、スキンシップスキンシップ……) 「え、えい」 「ぬ……?」 「あ、あれ?」 「そんなに人の体をベタベタ触って……変態か?」 「ち、違うのっ」 「キャッ、お尻さわんないでよっ」 「ヒロインかっ!」 かつてないだろうツッコミが入った。 「もう……いいから、お散歩……つづけよ?」 「う、うん……でも、なんか近いね」 「だめ?」 「いや、全然……」 あー。うー。 これもう、完全にカップルだよぉ……。 客観的に見た俺たちを想像して悶えつつ、その後も楽しくデートを続けた。 「もう日が暮れてきたな」 「放課後じゃ時間が足りないわよね……もっとやりたいことあったのに」 「それでもまだ大丈夫でしょ。ちょっと歩こうぜ」 夕陽がオレンジに染め上げる公園の中を、俺たちはどちらからともなく手をつないで練り歩く。 「……ねえ」 「ん?」 「手つなぐのもいいけど……こういうのも、どう?」 言って、オリエッタが滑り込ませてきたのは……左腕。 「ね?」 俺の右腕と絡み合い、がっちりホールドされている。腕組み……ってやつだ。 「いいんじゃ……ないかな」 必然的に距離がゼロになる。肘なんかに、彼女の柔らかい肉感が伝わってくる。 (触感はあまり、意識しないようにしよう) 「よしっ」 「?」 「ああいや、なんでもないのよ」 「そうかい?」 そして俺たちはふたたび石畳の上を歩き出す。 連なった影は、どこまでが俺なのかわからない。 「公園歩いてると、なんだか懐かしい気分になるよ」 ノスタルジックとでも言うのだろうか。目を焼くような茜色もまた、そういった感情を煽り立てる。 「子どものころ?」 「うん。よく公園で遊んでたから」 「聞きたいわ。私、アンタの……じゃなくて、男の子のそういう話知らないし」 「そうだなあ……俺、昔から葉山とは親友だったんだよ」 「公園で遊ぶくらいの、昔から?」 「ああ」 「ふーこはどうしてたの?」 「諷歌も、小さいころから一緒だったけど……」 「あいつは、ほら。すぐにあっちに行っちゃったしな」 「あ……そっか」 そういえば、諷歌はまだ葉山が女だって知らないんだよな。それくらい昔の話だ。 「オリエッタが子供の頃は、どうしてた?」 「私? そうね……うーん、あんまり記憶がないわ」 「えー、そんなことあるか? 恥ずかしいから言わないんだろ」 「恥ずかしいことなんかないわよ」 「いやわかんないよ〜、バッタ食ったとか、カマキリ食ったとか」 「しないわよ、そんなの! ていうか食ってばっかり!」 イスタリカで過ごした幼少期か……あまり想像がつかないな。 「そうだ、シャロンとは昔から一緒だろ?」 「え、ええ……たぶんね」 「たぶんって……」 「まあまあ、私の過去のことなんてどうだっていいじゃない」 なんかえらく誤魔化された感が強いが、あまりオリエッタの気持ちを逆撫でたくもない。ここらで引いておこう。 「どうしてこんな話になったのかしら」 「子どものころを思い出したから」 たとえどんなに昔でも、幼い日の出来事ってのはずっと心に残るものだと思っていたが……オリエッタはそうでもないのだろうか。 「でも、律の話はもっと聞きたいわね」 「べつに面白い話じゃなかっただろ?」 「面白くなくても……アンタのこと、知りたいから」 こいつはまた、勘違いさせるようなことを……。 「じゃ、語ってやるよ。俺の軌跡を!」 「清聴するわ」 俺たちは歩きながら、いろいろなことを話した。 と言ってもほとんどは俺が昔日のことを語って、オリエッタがそれに突っ込みを入れるという形だったけれど……。 幼少のこと、公園のこと、学校のこと、プールのこと、遠足のこと、もろもろ今に至るまで……。 オリエッタはどんな話でも真剣に聞いてくれていて、なにがそんなに楽しいのかとこっちが問いたいくらいだった。 「アンタってやっぱり、昔っからバカだったのね」 「バカとは失礼な、破天荒だと言ってくれ。凡人には先駆者が理解できねえんだ」 「でもやっぱり、アンタの失敗談は笑えるわ。どんだけ彼女欲しいのよ」 「いやでも、誰でもいいってわけじゃないから……」 そう、たとえば今だって……ある1人の少女じゃないと、俺はもしコクられても拒否するだろうし。 「じゃあ……どんな人だったら、いいの?」 「え……?」 それはオリエッタにしてみれば何気ない質問だったのかもしれない。 どんな人だったら――それは…… 元気で、子どもっぽくて、わがままだけど、純粋で、可愛くて、どこか放っておけない、笑顔が魅力の…… 「……さあね」 なんて、言えるわけないだろ。 「な、なんではぐらかすのよ。恋人を作りたいんじゃなかったの?」 「ああ……そうだよ」 「だったら……教えなさいよ」 「やだ」 「あるんでしょ、タイプとかっ」 「かもね」 「さっきから誤魔化してばっかり……」 「なんていうかな……恋愛のことよくわかってないやつに、そんな恥ずかしいこと言いたくないんだよ」 それはきっと、俺の意地だ。 友だち感覚で接してくるオリエッタにそんなことを告白して、へえそうなんだで済まされたら、プライドが保てないと思うから。 「恋バナで聞く専門だと疎まれるんだぜ」 「……ってるわよ」 「ん?」 「私だって……恋愛のことくらい、わかってる」 「本当に?」 オリエッタは、こちらを見つめてコクリとうなずいた。 「バカにしないで……私だってもう、子どもじゃないもの」 どうしてしまったのだろう。以前までのオリエッタは、恋愛オンチであることになんの後ろめたさも抱いていなかったはずだ。 いやむしろそうだからこそ、こいつは恋愛オンチであると思っていたのに。 「前回のデートの時、言ってたわよね」 「……なにを?」 「デートの最後に、何をするのか知ってるかって」 ……! 「知ってるわよ、私。それくらい……」 これでいいんでしょとばかりに身を詰めてくるオリエッタ。 いや、まずいって……。 「ほら……」 俺よりも頭ひとつは低い位置から、物欲しそうに上目づかいをする彼女。 いいのか? わるいのか? よくわからなくなってきた……。 「オ、オリエッタ。そこにベンチあるから座ろう、な」 「……なさいよ」 聞こえた。けれど聞こえなかったフリをする。 「キス……しなさいよ」 とうとうはっきりと口に出された言の葉……キス。 「恋人だったら、ふつう……するんでしょ?」 「いや、でも……」 これはもう、恋人の練習だとかそういう次元を超えている。手をつなぐなんてレベルじゃない。 「ちゃんと……踏んだじゃない」 「それって……段取りのこと?」 「そうよ……手もつないだし、腕だって組んだ! だから……いいでしょ?」 やばい……やめてくれ。そんな目で見られたら自制が効かなくなる。 これが本当に“恋人の練習”で、俺がオリエッタに興味はないのなら話は早い。 本当に好きな人としかしたくない、とかなんとか理由をつけて逃れればいいだけだ。 でも、今。俺が本当に好きなのは、目の前で唇をとがらせているオリエッタで……。 「さっきは……よかったじゃない」 「え……なにが?」 「間接キス」 「っっ……」 こいつ……わかってたのかよ……。 「だから、さ。早くしてよ……ね?」 また上目づかい。可愛いな、くそ。 「ん……」 そのオリエッタが目をつむる。こちらのキスを……待っている。 したい。キスしたい。ぷるぷると震えているその唇を、このまま奪ってしまいたい。 本能に従うなら、キスをしない以外の手立てはない。据え膳になにをためらうことがある……? (でも、いいんだろうか……?) 彼女の肩に手をかける。 縮まっていく距離……肌理までくっきりと見えるほど。 そして俺は―― キスを―― ――した。 ――だけど、ほっぺに。 「なんで……」 予期せぬ結果に放心する彼女も、どこかほっとした表情で。 「だって……」 簡単なこと。即物的な本能よりも、従うべきものがあったから……。 「俺たちが踏んだ段取りは……本物じゃ、ないだろ」 偽りのデート、偽りのステップ、そんなものに意味などない。 心から好ける相手とこつこつ積みあげた過程の果てに得るからこそ、恋というものは美しい。 それが、誰にも譲れない、俺の主義だ。 (なんて――笑われそうだから、言わないけどさ) 「りつ……」 オリエッタの表情がゆるむ。夕焼けのせいか、キスした頬がほんのりとイチゴ色に染まっていた。 「……帰ろう、オリエッタ」 「……うん」 行き交う人が誰そ彼と問う、明るいのにどこか切ないたそがれ時。 頭の裡で様々な想いが巡る中、俺たちは1つの会話もないまま出口へ向かってとぼとぼ歩く。 彼女の気持ちは汲み取れないが、俺はひとつの決心を胸に秘めて。 「着いたよ……オリエッタ」 公園のベンチを立ってから、彼女は一言も発していない。こちらと目を合わせようともしない。 ただ、ぼーっとして……熱でも出たのかというほど、ふらふらとやや危なっかしい。 「……」 わずかな首肯。ちゃんと聞こえてるのかな……? 「だいじょうぶ?」 「うん……平気……」 「寮……行かないの?」 俺は立ち止まったままオリエッタを見る。告げねばならないことがあるから。 「オリエッタ」 「なに……?」 「恋人の練習は……もう、やめよう」 今日の一幕で確信した。あれは遊び感覚でやることじゃないし、このまま続けていたら俺が暴走しかねない。 俺にとって、こいつと会う口実が減るのは惜しいけど……。 (今度は、本気で……そんな言い訳に頼らず、デートに誘えばいいだけだ) 「うん……わかったわ」 俺の切り出しにも、オリエッタは動じることなくそう答えた。 少し逡巡する素振りはあったけど……やっぱり彼女も、これを望んでいたようだ。あるいは今日ので気づいたのだろう。 (これでよかったんだ……) したくもない恋人ごっこなんかに付き合わされて、オリエッタもずいぶん災難だったに違いない。 それなら、今後すぐにデートに誘ったりはしないほうがいいのかな…… 「よし……私、決めた!」 「……決めたって、なにを?」 「そんなの、教えるわけないじゃない!」 言うと、オリエッタはさっそうと身を翻す。 「今日はこれでお別れね。デートの練習もこれで終了。今まで楽しかったわ」 「……ああ」 こいつの無垢な笑顔に心が痛む。こいつにとって、俺は…… 「バイバイ、律。次のデートも楽しみにしてるわね!」 (えっ!!) 何を言っているんだ――と思ったけれど、その言葉、裏を返せば…… 「……」 1人で寮へと駆けだした彼女の背中を、俺は棒立ちになって見続けていた。 「……なるほど」 「とうとう……告白、するんだね」 「……ああ」 今この部屋には俺と葉山の2人きり。 俺は先日の決意とともに、オリエッタに告白する旨を伝えた。 「わざわざボクに打ち明けてくれたってことは……」 「手伝ってくれ」 葉山の神妙な顔つき。真剣になってくれていることがわかる。 「わかった……じゃあボクは、どうすればいい?」 「告白と言っても、どんな演出をすればいいのかわからないから……」 「おまえには女性の視点で、どうコクればいいのか教えてほしい」 女性雑誌のコラムかなにかで、引いた告白ベスト10みたいのにランクインするのは嫌だ。 「オーケー。じゃあ今だけボクも……乙女になるよ」 ぎろ、とこちらをにらむ。そこに遊びは存在しない。 「じゃあ、いくよ」 「……ああ」 以前のように、オリエッタ役の葉山に対して俺が告白のシミュレーションを重ねる。 「そこじゃなくて、ほら、隣にきて」 告白と一口に言っても、直接好きだと伝えるものから間接的にそれをアピールするものまで多々あるから、試してみないとその良し悪しはわからない。 「え、隣?」 その中で、最終的にうまくいっ―― 「どーもー、リツアンドトキでーす!」 「あれ?」 「いやー、最近はめっぽう暑くなってきましたね」 「ボクなんかもうずっとアイス食べてゴロゴロしてるから太っちゃいましたよ」 「リツさんはどうです?」 「え……?」 肘で小突いてくる。察せ、と。 「お、俺もアイスは好きですよ」 「ですよねー、この季節のアイスはおいしいですよね」 「まあそれはさておき、夏といえば夏休み。夏休みになると制服を着たカップルなんかをよく見かけるわけですけれども」 「え? ここ女子しかいないし、カップルなんて……」 無言の圧力が怖い……。 「そ、そうですね」 「告白なんてのはね。とっても勇気が要りますよ。一世一代の大勝負ですもんね」 「時にリツさん、告白したいお相手がいるそうで」 「あ、そういう運び方ね……」 「そ、そうなんです。だからえーっと……トキさん、その練習台になってくださいよ」 「わかりました。じゃあボクが相手役をやるので、リツさんはボクに告白してきてください」 なにやら深いこだわりのもと、ようやく告白の練習が始まった。 (だけど……このまま素直に告白していいんだろうか) 好きです! と言ってしまうのは簡単だが、このムードのなかでそんな直球を投げれば、ただちに相方である葉山に叱責を食らうのではないか。 漫才の立ち位置的にいえば、俺がボケだ。求められるのは真摯さなどではなく、笑い。 ここはやはり雰囲気をやわらげるためにも、一度ボケておく必要があるだろう…… (よし……) 「あなたがちゅきだからぁーっ!」 「なんつって! ハハハハ……」 「……」 「ハハハ……」 「……」 「ハハ……」 「は?」 怖すぎ。 「今のでほんとに告白する気あるの?」 「いや、今のは冗談で……」 「冗談? キミは冗談で告白するの?」 誰か助けて。 「次はマジメに」 「はい……」 もう口調まで厳しいよ……。 (よし……次こそは、ちゃんと!) 俺の気持ちを、伝えるんだ! 「ずっと好きでし」 「ええ加減にしなさい! どうも、ありがとうございました〜」 「そっちがいい加減にしろ!」 「……逆ギレ」 「逆じゃねーよ! なんでそんなに驚くんだよ!」 「ツッコミ志望だっけ?」 「ツッコミとかねえし、志望とかもねえから! ここはコメディアン養成所か!」 「はあ、はあ……」 「ごめんごめん、緊張をほぐそうと思って」 「もう……びっくりしたじゃんかよ」 「でもこれだけは信じて。ボクはいつだって、ファンの笑顔を第一に考えてる」 「あー、まだそっちの世界にいるか」 「じゃあ今度こそ本当に、告白の練習を始めよう」 「本当じゃなかったのか……」 「どういうシチュエーションにしようか?」 「ええと時は西暦20XX年、火星からの侵略により半壊した地球のなかで、逃げ延びる2人の……」 「なにもかも無理」 「やっぱり?」 「ビル最上階のレストランで夜景を見ながら……っていうのは?」 「意外と乙女チックだね、葉山」 「むっ」 「すまんすまん。にしても、オリエッタには似合わなそうな場所なんだよな」 「うーん、確かにそうだね。じゃあ、隣のビルの明かりをL、O、V、E……」 「人のハナシ聞いてた?」 「ビルがダメなら、寮とか」 「寮じゃ無理だよ。そんなに協力させられないし、だいいち窓が少ない」 「1文字分くらいしかないか……」 「Lしか入らないぞ……あ、そうだ。Hのみで……」 「……直接的すぎ」 「つい、思いついてしまってな」 「そもそも、それが全校生徒に応援を頼んでやること?」 「惜しかったな」 「なにも惜しくないよね」 「まあ真面目な話、やるのはいつ? 昼か夜か、あるいは適当なタイミングを見計らって……」 「そうだな、タイミングを見計らって当たって……」 「砕けて……」 「砕けてんじゃん。しかも砕けてって、まだ続きがあるの? 今日はずいぶんトバしてるね葉山」 「いつ?」 この強引さよ……。 「夜のほうがいいかな?」 「場所にもよるけど、昼だとどこも騒がしいから……静かな夜のほうがいいかもね」 「告白してる最中に騒音が入ってきたりしたら困るもんな」 「あなたが好きです」 「みたいな騒音?」 「いや、ナニ今の? 明らかに日常生活で耳にすることのない音だったんだけど」 「あと困るのは、台詞の途中で噛んだりとか」 「あ、あなたがちゅきだからぁーっ……」 「うん……恥ずかしいならやらなきゃいいのに」 「ごめんなさいね……」 「じゃ時刻は夜にして、場所はどうしよう?」 「うーん……どこがいいんだろ」 公園、ゲーセン、街、テーマパーク……どれもしっくりこない。 「学校はどうかな?」 「えっ、学校? 夜だよ?」 「だからむしろ、特別な雰囲気になるんじゃないかな?」 「じゃあ、夜にオリエッタを体育館裏に呼び出せばいいのか?」 「それじゃ、なんだか喧嘩売ってるみたい……」 「やっぱりデートの後のほうがやりやすいか」 「だったら、学校でしたらどうかな」 「え……どゆこと?」 「デート。イスタリカは景色もいいし、それなりに広いし、散歩にも適してると思うよ」 「……なるほど」 たしかに、言われてみれば絶好のスポットかもしれない。 以前に、オリエッタからそう提案されたこともあったような。 「いいアイディアかもしれない。いただこう」 「やった」 「でも、人が多いんだよね……」 この前のお弁当じゃないけど、人目につくことは間違いない。 「そこは愛の力?」 「また真顔でそんな……」 でも、割とそういう部分もあるかもな。 周りなど気にならないくらい、いやむしろ向こうが見ていたくもないほどに、2人の世界に入り込めばよいのだ。 「授業受けて、そのまま制服で行けばいいんだもんな」 「誘いやすいでしょ」 確かにそうだ。散歩しようぜ、くらいのノリでいける。 「よし、これで状況が決まったな」 「あとはシャケで味を整えれば完成だね」 「なにを作ってたのか知らないけど、シャケは調味料じゃないよ」 「次は告白の台詞かなぁ」 「それならもう考えてあるぜ、いくつか」 「ほんと? 聞かせて」 「いくよ」 そうだな……まずは一番自信のあるやつから。 「ジュ・テーム……」 「えっと、ダサい?」 一刀両断。 「アイ・ラヴ・ユー」 「……普通?」 「イッヒリーベディッヒ」 「曲名?」 「ハングンマルチャルモッタムニダ!」 「なに言ってんだか全然わかんないよ!」 「なんだよ、どれもダメじゃんか!」 「外国語にしても」 「月が綺麗ですね」 「そうだね、としか言われないだろうね。それにキザっぽくて夏本には合わないと思う」 「ぐぬぬ」 「ネコ?」 見ると、いつの間にやら部屋の中にネコが! 「どちら様?」 「どこから入ったんだろう?」 こっちを蔑むような目線でこちらを見ている。なんだか不愉快だ。 「今はちょっと遊んであげられないんだ。ほら外におゆき」 とりあえず部屋から出してあげた。なんだったんだろう……。 「夏本の台詞は、ネコも呆れたとか……」 「厳しいな」 「う〜ん……やっぱり、ハートをがっちりキャッチするような言葉が……」 がっちりキャッチとか、時どき言葉のチョイスが古いのが気になるが……。 「たとえば?」 「たとえば、俺様が付き合ってやるよ……みたいな」 「おまえ、俺のこと好きだろ?」 「……合わないかな」 「じゃやらせるな……」 「うーん……難しいところだけど、無難なのは“好きでした、付き合ってください”とかかな」 「無難だなぁ……」 「やっぱり実直なのは好感度プラスだから。他には、ええと……」 「ウォーアイニーというのはどうだ?」 「また外国語」 「じゃあ一応、好きでしたでいいか……」 「その場の空気とかもあるからね……アドリブでいいと思うよ」 「台詞はそれとして、他に決めることあるか?」 「その場の空気とかもあるからね……アドリブでいいと思うよ」 「……投げやりになってきてない?」 「そのリブ」 「略すな略すな。ま、せいぜい楽しくデートして、その流れで告白でもなんでもやるさ」 「そうだね……あとボクに協力できることは、デートの途中でする演出の協力かな」 「うーん……いらないや。やっぱり、デート自体は俺の力で勝負したいし」 「うん、余計なことだったね」 「その気持ちはありがたく受け取っておくよ」 「ま、強いていうならジロジロ見ないでくれってことくらいかな」 「人払いした方がいいかな?」 「いや、それは迷惑だろうし、いいよ」 むしろ逆に、そんなものを見せつけられるほうが嫌だろう。 「せいぜい楽しくデートして、その流れで告白でもなんでもやるさ」 「……ふふ」 「どした?」 「ううん。それくらいリラックスしてたほうがいいかもって思っただけ」 「葉山……」 「まさか今までのは、俺の緊張をほぐすために……」 「いや、うん、いいシーンなんだから、勝手にナレーションしないでくれるかな」 「ごめん。がんばって、デート」 「断られたら元も子もないけどな」 学校デート……オリエッタは承諾してくれるかな。 「デートの練習はもうやんないって言ったから、意味は伝わると思うんだけど……」 「前回、けっこういい感触だったんでしょ?」 「ああ……次のデート、楽しみにしてるって」 もしあの文言が俺の期待する通りの意味なら、けっこう気が利いているし、俺たちは……ということになる。 「イケるよ」 「そう思う?」 「自信持って。夏本は、けっこういい男だよ」 「……お、おう」 「葉山も、けっこういい男だぜ」 「葉山も、いい男だったぜ」 ぶたれた。 ……。 「好き好きだーい好きっ」 「……」 「ねえ、どう? これでいいかしら?」 「い、いいと思うっす。どうでも」 「よーし、これで律のハートを射殺すわよ!」 「射止めるでげす」 私は来たるべき時に備えて、シャロンを付きあわせ部屋で告白の練習をしていた。 「台詞はこれで決まりね。次はシチュエーション……」 「ほんと……お似合いっすねえ」 「なにそれ、私と律が?」 シャロンはうなずく。 「いいじゃない! シャロンは私の告白、うまくいくと思う?」 「そうっすね……」 シャロンは普段見せない、やけに真剣な眼差しをして。 「うまくいってしまうと思うっす」 「……?」 その妙ちきりんな言い回しと、遊びのない表情に一瞬、とまどう。 「なにそれ、嫌味のつもり?」 「嫌味……そうかもしれねえっすね。まったくもって皮肉でげす」 自嘲するような口ぶり。目線も私を捉えてはいない。 「なによ、言いたいことがあるならはっきり言ったら?」 「そうっすねぇ……言っておいたほうが、きっといい気がしてるでげす」 「いやにもったいぶるわね……」 「初めに言っておくっすけど、この忠告はあくまで善意によるものでげす」 「失恋するのなら勉強のうちと思ってたですが、成就するのなら話はまた別なのでげす」 「……」 なんのこと? 問いたいけれど、口を挟むのもはばかられた。 「ひとつ、訊くっす」 「姫様、夏本律殿はどうしてここにいるんだぎゃ?」 「なに言ってるの。魔法が使えるからに決まってるじゃない」 「なぜ魔法が使えるニャ」 「それは、あいつの願いがあるからよ……たぶん」 「どういう……願いでげす?」 「そんなの、彼女を作ることだって、あいつ何度も言ってたじゃない」 私の言葉に、シャロンはなにも返さなかった。 ただ沈黙を噛み締めるような表情をして、ようやく呟いたのは、一言。 「……鈍すぎっす」 「?」 「姫様は、考えが浅はかでげす」 「バカにしてるの?」 「遠まわしに言っても気づかないなら、直接言ってやるっす」 「姫様と律殿が結ばれれば律殿の願いは叶うってことでげす」 「それが、なん……で……」 ……あ。 「そうっすね。魔法を扱う淵源、願望の力がなくなれば、とうぜん魔法も使えなくなるはずでげす」 待って……こんな簡単なことに、どうして今まで気づかなかったの? 「すなわち、このイスタリカから居なくなるということ。元いた世界に帰ってしまうということ」 私、バカだ……今までずっと、勘違いをしていた。 「その決まりは覆せない。だったら逆に、姫様が律殿についていく?」 私と律が……対等な立場なんだって。 「姫様は、イスタリカから出ることってできたでげすか?」 「……」 さっきまでの浮かれた気分は……どこへいってしまったのだろう。 「差し出がましいことですが……そのことをお考えくださいでげす」 うん……それはそのとおり。それに気づかず彼を手放していたら、後悔どころでは済まなかったと思うから。 だからシャロンにも感謝する。だけど、だけど……こんなのって……。 「ある選択肢は変わらねえです。2つに1つ」 つまり……律に告白するか、しないか。 あるいは……律が告白を受けるか、受けないか。 はたまた……私が律を振るか、振らないか。 並列する選択肢はそのどれもを選んでも、行き着く先で私たちは一緒にいられない。 「そんなの……どうすればいいのよ」 振られれば、私と律は今までどおり友だちの関係。そうでなければ他人同士。 よしんば告白が成功しても、律と私は永遠に離れ離れ。 たとえどう転ぼうとも、私と律の仲は結ばれないようになっている。 「……よく、考えておくといいっす」 「……」 シャロンはそれだけを言い残し、そっと部屋から出ていった。 私に気を遣ってくれたのだろう。あるいは見ていられなかったのかも。 「……ダメ。このままじゃ……」 なにか、もっといい方法を探さないと。 とにもかくにも、今すぐ告白なんてのは論外だ。別れるのを早めるだけの決断になる。 「でも……どうすればいいのよ」 もし――もしも律が、私のことを好きならば。 私は――決して気持ちを伝えてはいけないということになる。 だとしたら、私はこれを……律に相談することもできないんじゃあないか。 「そんなのって……」 八方ふさがり。私が自らの力で切り抜けなければならない。 でも、こんな可能性にも思い至れないバカな私が、それを覆す選択肢なんて発明できるはずがない。 「律……!」 いちばん助けてほしくて、けれどすがってはいけない人。 私は、どうしたら……。 「図書館っしょ!」 「さあ、着いたわよ。脱ぎなさい!」 「早速!?」 「脱ぐためにここを選んだんでしょ」 「それはそうだけど……」 「逃げるための口実だったと言うの?」 「そ、それは違うよ!」 「なら早くー」 「わかったよ……脱げばいいんだろ、脱げば!」 父さん、母さん……産んでくれてありがとう。 けれど……ごめん。 俺は今から、女の子の前で裸になります。 「律君」 「うおうっ!? ランディ!!」 「何をしてるんだ?」 「こいつがここで脱ぎたいって」 「なんだって!?」 「言いながら脱いでるじゃない」 「まだパンツは脱いでない!」 「……やめてくれないかな?」 「わっ、珍しい……男好きなのに。裸見たくないの?」 「そういう問題じゃない」 「図書館でそういうことするのは駄目だとか……?」 「そういう問題でもない」 「じゃあ、何がいけないって言うのよ」 「晒すなら、もっと美しい裸を晒してくれっ」 「つまり……俺の裸は汚いとでも!?」 「体格も私の好みじゃない」 「好みの話!?」 「もっとマッチョで……けれど、所謂細マッチョと言われる部類の逆三角形な感じの体格がいいな」 「その事実を知って、俺にどうしろと言うんだ……!」 「パンツも駄目だね」 「パンツまで駄目出しされた! お気に入りだったのに!」 「つまり全部駄目ってことね」 「えー」 ランディに認められたくはないが、駄目出しされるとそれはそれでショックだ……。 「私はブーメランパンツ以外をパンツとは認めない。だから、律君のはアウトだね」 「アウトでいいけどね!」 「はぁ……ホント男って最低」 「今ので男を総括すんなっ」 「その恰好で言われてもねぇ……」 「うぐ……」 「とりあえず、図書館で脱ぐのは私の理想の男性になってからで頼むよ」 「ならないから、安心してくれ」 「……本当に?」 「残念そうに言うんじゃない!」 「しょんぼり」 ランディはとぼとぼとカウンターに戻っていく。 「なんなんだ……」 「……アナタ、まだ裸でいるの?」 「お前が脱げって言ったんじゃないか!」 「もういいわよ。男ってわかったから。まったく男ってよくわかんないわね」 「俺だって今のはわけわかんないよっ」 しかし……。 ……俺の貞操は守り切ったぜ! 「えっ! 本気なのっ!?」 「これが少年達の証明……」 そう呟きながら、ズボンに手をかけてハッとする。 「……このままではむざむざ下半身を晒す羽目に」 「いちいち解説しなくても、わかるわよ!」 「く……でも、こうする必要があるんだろ!」 「い、いや、冗談だってば。別に全部脱ぐ必要なんて――」 「ええい! ママよ、パパよ、妹よ! どうにでもなれっ!」 俺は下着と一緒に、勢いよく脱ぎ去った。 「キャーー!」 「……」 「あ、あら……意外と、可愛らしい……?」 「何を見て言っているんだ」 「も、もちろん、その……あ、アンタの腰にぶら下がっている――」 「や、やめろっ! それ以上、見たらいけない!」 「け、けどっ、ちゃんと見ないと、異常かどうかわからないでしょうよ……」 「この状況自体が、異常なんですけど」 同年代の女子を相手に、全身を見せつけることになろうとは……。 「つうか、なにその反応。これ見るの初体験みたいな」 「そんな機会あるわけないでしょ!」 「お父さんとお風呂入ったことないの?」 「私、家族とかいないし」 ありゃ……なんか地雷、踏んでしまったか。 「気づいたらずっとイスタリカにいるから、男のことなんてよく知らない」 「そっか……」 オリエッタの為に、文字通り一肌脱いでみよう。 「わ、わかった。見て良いよ。その代わり、ちょっとだけ、だからな」 「う、うん……」 さすがに恥ずかしさと緊張で、俺の息子も縮こまってしまっている。 とはいえ、ここでガチガチになられても困るわけだけど。 「ふ、ふ〜ん。へぇ〜〜。ほ、ほぉ〜〜」 なんだかんだで興味津々な様子……。 「ね、ねぇ……触ってみても、いい?」 「なっ!?」 「嘘ウソ! じょーだん!」 「び、びっくりさせんなよ……」 いくらなんでも、直接刺激されたら、どうなるかわからないし……。 オリエッタの指……白くて柔らかそうなんだよな。 もし、それでツンツン、クリクリされたら―― 「えっ、あ、ちょ……!」 「ぬおっ!」 そんなことを想像していたら、ゆっくりと息子が膨張し、上向き調整が入ってしまった。 「や、やだぁ、これって、何……っ! う、うわぁ……」 言葉は引いてるように見えても、股間が盛り上がる様子をチラチラ窺っていた。 うう、恥ずかしい……けど、興奮する。俺、見られて興奮しているのか……? 「んっ、あ、ああ……あんなに反り返って、どんどんたくましくなってる……」 「ふ、不思議……最初はあんな可愛いくらいの小ささが、どうしてあんなにまでなっちゃうの……」 「……」 ドクンと胸が高鳴った。 オリエッタは本当に、これを見るのが初めてなのだろう。 そして、勃起してしまうという人体のメカニズムすら目の当たりにして……。 「……」 「ね、ねえ……これ、苦しくないの……?」 「いや、開放感でいっぱいだよ」 「か、開放……?」 「なにかから、解き放たれたって感じがする」 「えっ……」 「ようやく辿り着いたようだね。見られる側の境地に」 「なっ、なにやつ!?」 「けれども、それは始まりに過ぎない。君はようやく自立したんだ。律だけにね」 「って、やかましいわ!」 「ランディ、俺……怖いよ。なんか、このまま、どこかにイッてしまいそうだ……」 「最初はみんなそう感じるんだ。けど、勇気を持って」 「このまま俺、おかしくなっちゃうんじゃないか……っ」 「たとえて言うなら、君は今……この現世に召喚された精霊と同じくらい、危うい状態だ」 「裸がでいることが不自然という常識の檻から飛び出したばかりで、どこへ向かえばいいのかもわからない」 「人というのは生まれる時、必ず裸であるのは周知の事実。つまり、律君は今生まれ変わったんだ!」 「ランディ、あなたさっきから何を言って――」 「殿下。あなたが呼び覚ましてしまった……律君に宿る運命を!!」 「ええっ!?」 「さあ、それを生かすも殺すも、マスター次第と言ったところかな」 「そ、それって、律が私の使い魔に……!?」 「お、オリエッタ……俺っ、このままだと、きっと……俺、メチャクチャなことに……っ」 「私が割礼を施してもいいんだよ」 「だ、だめよっ! そんなの……って意味わかんないけど!」 「じゃあ、どうする? この野獣、いや猛獣を鎮める方法が君に……」 「と、とりあえず魔法で動きを封じて――」 「ふんっ!」 「き、効かない!?」 「殿下の魔法に抵抗できるなんて……! やはり律くんは選ばれし者だったのか」 「オリエッタ……」 「ま、待って、落ち着いて! 私にも、心の準備というやつがあって」 「俺は今、猛烈に……」 「自然と同化したい!!」 「はあ!?」 「あぁ……」 全裸のまま、外の新鮮な空気を体いっぱいに吸い込む。 ああ……俺、もしかしてオリエッタに召喚された精霊だったりするのかな……。 この状態でいることが、異常なまでに心地よい。この関係がまるで、当たり前のことだったみたいに。 「ね、ねえ。もういいでしょ? 誰かが来たら大変なことに……」 「なっ……!?」 「キターー!」 「オリエッタ、これは一体……」 「ちちち、違うの! 律は別に変態行為をしているわけじゃなくて、精霊になったつもりで――」 「姫百合先輩……あなたも、どうです。俺と一緒に、オリエッタの使い魔になりませんか?」 「律くんが、オリエッタの……!?」 「俺、ようやく在るべき姿に戻ったような気がするんです」 「……っ、やめて! そんな、猛々しいものを見せつけながら、近寄るのは……っ!」 「……残念です。けど、いつかは姫百合先輩にもわかってもらえる時が来るでしょう」 「ごめん、ひめりー。律がおかしくなっちゃったの……私のせいみたい」 「オリエッタの魔法が暴走……? まさか、そんなはず――」 「うん、違うの。逆に全然、魔法がさっぱり通じなくなって……」 「オリエッタの魔法が通じない……!?」 (私の魔法を真に受けて無事だったわけだし、律くんは常人よりも凄い抵抗……いや、想いの包容力とでも言うべきか) 「そ、そんなことが……」 「ににに兄さん! 何してるんでぃす!」 「諷歌のお世話している召喚獣達も、きっとこんな気持ちだったんだろうな……」 「おりんちゃん! 兄さんがおかしくなってます!」 「……そうかな? ボクには羨ましく感じるけど」 「葉山先輩もしっかりしてください!」 「ありのままの姿でいたいってことでしょ?」 「だ、だからって、あんな姿で堂々としていなくても……」 「けど、トッキーの言うことも一理あるわね」 「え……?」 「私もね。律を使い魔と認めた瞬間に、なんか心の奥でつかえていたものがスッと取れたような気がしたの」 「まるで遠い昔から、そういう関係だったと思うくらい、体に馴染んでて……」 「そんな……おりんちゃんと兄さんが過去に知り合って?」 「そんなはずは、無いんだけど……」 「結局、人はどこから来て、どこに向かっているんだろう」 その後も俺は全裸でいることをやめずにいた。 魔法が通じない以上、魔法使いとして捕縛することは無理だと判断されたものの、直接的な実害はない為、学校も対応に困っていた。 退学を宣告されそうになっていた矢先、いつしか全裸をみんなが“自然”なものだと受け入れてくれた。 ――夏本律はオリエッタの使い魔で、精霊達と同じような存在なのだ――と。 けど、冬になって普通に風邪を引いてからは、俺も全裸になることをやめた。 その翌日……気づいたら、また夏が始まり、オリエッタに捕まっていた。 オリエッタの使い魔として過ごしていた日々が、まるで夢だったかのように……。 「脈絡がないなあ……」 「以前にも軽く触れたでげすが、更にその使い魔について深く――」 「あ……飛行艇」 「飛行艇……?」 窓を覗くと飛行艇が見える。 「ふげ? ああ、丁度飛び立つトコでやんすね。この部屋からだと見えるんす」 「ちなみに、運転してるのも魔法使いって知ってやした? 魔法の力で動いてるんでげすよ」 「へえ、やっぱり魔法だったのか」 「ま、魔法の国だしね」 「なるほど……」 「それで飛行艇がどうしたでやんす? 律殿は飛行艇フェチっすか」 「違う違う。発着場がお気に入りの場所って、シャロンが言ってたこと思い出して」 「わ……そんなことまで覚えてるなんて」 「おい、ストーカーみたいな扱いを受ける筋合いはないぞ」 「まあ、確かに発着場は好きでやんすよ。いつも眺めてサボ――」 「ああー飛行艇発着場の掃除は大変でやんすから、見る機会も多いってことっす」 「……」 自爆しかけたぞ。 オリエッタは気付いてるっぽいけど。 「そゆわけで、飛行艇のことならあっしにお任せあれっす」 「シャロンは飛行艇好きよね〜。高い所も好きだし」 「そして降りられなくなる……って、あちしは木の枝に乗った猫じゃねえでげす!」 「ふふっ。そんなこと言ってないのに」 「むむ、あっしには姫様の心の声が聞こえるっす!」 「あら、そんな技を身に付けたの?」 「もちろん冗談でやんす」 「そう……少しくらいわかってくれても良いと思うんだけど?」 「何でですか?」 「そりゃ……付き合い、長いわけだし?」 「2人はどれくらいなんだ?」 「気付いた時には……って感じっすかねえ。ずっとお世話してるっす」 「私は頼んでないんだけどね」 「放っておけないんすよ。だからお世話するっす」 「何よ、そんなに危なげないっていうわけ?」 「そうじゃないっす。確かにそれもあるけど、なんだか放っておけないんでげす」 「……」 「まあ、私も……そうは言うけど、シャロンにはすごく感謝してるわ。本当に助かってる」 「わ……どうしたでやんす? どこか頭打ったんすか?」 「打ってないよ」 「じゃあ、どこか具合が悪いところとか……」 「……そんなにおかしい?」 「おかしいっす!」 「相変わらずひどいわね」 「じゃあ、どうして……」 「日頃から、オリエッタはシャロンに感謝してるんだ」 「え……そうなんですか?」 「それは……まあ」 「ま、まさかあっしの頑張りを認めてくださってるとは……」 「当たり前でしょ。けど、普段はそういうの照れくさいし? 言わないだけで……」 「姫様……」 「ほら、オリエッタ」 「あ……そ、そうよね」 「私、シャロンに渡したいものがあって……」 「ふぇ? 渡したいもの……?」 そうだな。ここは少しでも緊張を和らげるために…… 俯き気味のオリエッタに活を入れてやろう!! というわけで―― まず水を用意します。 したらば、その水を彼女の首筋に垂らします。 ……ぴちゃ。 「ひゃあっ!?」 「はい、完成!!」 「ちょ、ちょっと何すんのよっ」 「まあまあ、怒るなって、ぶふぉっ!?」 「怒るわよ! 当たり前じゃない! この状況でよくそんなこと言えるわね!」 「でもほら! 緊張解けただろ?」 「え? それは……」 「策士ですな、律殿……殴られてたけど」 「う……でもね、うだうだしてても話は進まないから! こうやって進めようとだな……」 「うるさいっ」 「しくしく……」 「まったく……変な空気になっちゃったじゃない」 「その空気を、お前が変えるんだオリエッタ!」 「うっさいっ! 分かってるわよっ!」 オリエッタが、シャロンに向き直る。 「コホンっ。その、ね……シャロン。アンタに渡したいものがあって」 「渡したいもの……でやんすか?」 「そ、そういうことっ」 「なんでげす?」 ……ここだったか? 違うよな……。 確かここだったはず……。 まだオリエッタの姿は見えないけれど、ここで待っていれば来るはずだ。 そう思って、待ち始めたのだけれど―― いくら待っても彼女は現れなかった。 「もしかして、待ち合わせ場所間違ったか……?」 やばい……冷汗が背中を伝う。 「大失態……したかも」 俺じゃなくて、オリエッタの方が待ち惚けを…… 早くオリエッタの元へ向かわないとっ! 「オリエッタ……いるか?」 「……」 いない……。 流石に部屋に戻って来ているだろうと、ここを訪ねたが……いないんじゃしょうがない。 「仕方ない……帰るか」 そう思って、振り返った時―― 「あ……」 「オリエッタ……」 目の前にオリエッタの姿があった。 まるで今待ち合わせの場所から戻って来たかのように。 「ごめんっ!」 ものすごく怒られるのを覚悟していた。 「その……待ち合わせ場所を勘違いしてて……」 ネチネチ言われてもいい覚悟で頭を下げた。 「だから、本当にごめんっ!!」 それくらいひどいことを、俺はしてしまったから……。 「本ッ当に悪かったと思ってる、すまん!」 けれど、彼女は…… 「別にいいわよ」 「……え」 「それよりも、ちゃんと彼女作りなさいよ」 「……っ」 咄嗟に言葉が出なかった。 彼女が何を言ってるのかわからなかった。 いつものように、軽口を叩くことが……出来なかった。 「じゃあね」 「あ……」 「……何?」 「い、いや……」 「……ごめん」 そのままオリエッタは背を向けて、自室へ戻っていった。 どうすることも出来ぬまま……俺はその場でへたり込んだ。 「じゃーん! 部屋に戻って家デートだー」 「わーい!」 「ってなわけあるかーい!」 「駄目っすかね?」 「これじゃあデートにならないでしょ!」 「なら……」 「それでも家デートだ。いいね?」 「……うん、わかった」 便利だな、この魔法。無理やりにでも言うことを聞かせることができる。 ……もっと使いたくなってきた。 「オリエッタ、おすわり」 「わんっ」 「よし、いい子だ」 「ふふっ、褒められた」 この魔法……命令されている側は、自らそうしているのだと錯覚する効果もあるみたいだ。 つまり、俺が命令したのにも関わらず、オリエッタは自分の意思で行動を選択していると勘違いをする。 例えば、俺が―― 「こっちに来い」 「え? うん……」 「どうしたの……?」 「キスして」 こう命令をすると……。 「んっ、ちゅぷ……」 「はぁ……ふふっ、しちゃった」 躊躇いもなく口付けした後、嬉しそうにオリエッタは微笑んだ。 俺に命令されたと思っていない。自らキスをしたと思い込んでいるんだ。 「初めて……だったんだからね」 「じゃあ……もっとして」 「しょうがないわね……ちゅっ、んむ……ちゅ、ちゅぷっ……はぁ、ん……あむっ、んぅ……んんぅ……」 「ぷはぁっ……すごい、キス気持ち良い……」 オリエッタは魔法で命令されているとはいえ、心の底からキスを楽しんでいるようで……。 そんな姿を見ていると、実際に口付けを交わしたとなると……沸々と欲望の塊が湧き上がってくる。 「次は足を舐めて」 「足って……足?」 「そう、俺の足先をその舌で舐めるんだ」 「ん……足を私の舌で……わかった、やってみる」 跪いたオリエッタが、身を乗り出す。 「靴下脱がせる……?」 「それも口で」 「わ、わかった」 噛まないよう、爪先部分をはむっと口で摘まむ。 それを、なんとか脱がせようと引っ張るオリエッタ。 けれど、なかなか上手くいかないようで、顔を赤くしながら苦戦している。 「んっ! んんぅっ……んんっ!」 「はぁはぁ……ごめん、上手く出来そうにない……」 「それでもやるんだ」 「……うん」 不満を漏らすことなく、言われたことのみを実行に移す。 まさに彼女は俺に隷属している状態だ。 そんなオリエッタが、今はとてつもなく愛おしく感じる……。 「んむっ……んっ! 出来たっ!」 「よし、それじゃ舐めろ」 「え、えっと……ペロって?」 「美味しいと感じるくらい舐めるんだ」 「美味しいと感じるくらい……美味しいのかな? けど、やってみるわ」 「んっ、ぺろ……ちゅ、ちゅぴっ……れろ、れろれろ……んぅ……んっ、あむ……ちゅるっ」 小さな舌先が、ちょろちょろと指の上を這い回る。 親指をふた舐めした後に、人差し指をふた舐め。そして、中指をふた舐めして……と、順繰りに俺の足指を味わっていく。 「んむっ、ちゅ……れろ、ちゅ……はぁ、ん……ちゅ、ぺろ……ぺろぺろ……ちゅっ」 「れろ、んぅ……ちゅぱっ、ちゅっ……んんぅ、ん……んっ……」 「はぁ……で、出来た……律の足、美味しいと感じられたっ」 「それは良かった……なら、今度は服を脱いで」 「えっ!?」 やはり魔法の力が弱いのか、命令の度合いによっては、現実に戻ってしまうこともあるみたいだ。 けれど…… 「脱いで」 「……はい」 再度強く命令さえすれば、抵抗される心配もない。 「返事を言う時はご主人様も」 「はい、ご主人様」 「よろしい」 「で、では……脱ぎますね」 ……なんて眼福な光景なのだろう。 1枚……また1枚と、目の前の彼女が服を脱いでいってるだけだというのに。 「あ、全裸な」 「それは……恥ずかしいです」 「それでもだ」 「か、かしこまりました……ご主人様」 そうして、全裸に近付いていく。 オリエッタが……生まれたままの姿になっていく。 「これはいい眺めだ……」 この魔法さえあれば、彼女の全てを征服することが出来る。 思いのまま……思うがままだ。 「さあ、始めよう……男と女の大人の遊びを」 「はい……精一杯ご奉仕させていただきます、ご主人様」 ――あんなことがあった後も、俺は普通に学院生活を続けている。 絶対王言を使ったのはあの時だけ。あのように命令したのもあの時だけ。 その記憶がオリエッタに残っているかどうかは、聞いていないから俺にはわからない。 けれど…… あの時を境に、ここでの俺の役目が1つ増えたことだけは確かだ。 今日もその役目を果たしに――俺はオリエッタの部屋へと向かっていた。 「待ってたわよ」 開口一番にそう言われる。 ここ最近、毎日のように言われていることだ。 そして、それに対する俺の返答も決まっている―― 「お待たせしました……」 これが俺と彼女のいつものやり取りになっていた。 「それじゃあ、早速……」 絶対王言の効果はもう既に切れているはず……。 けれど、オリエッタはいつものように言う。 「私を……慰めなさい」 そして、オリエッタは当たり前のように、股間をさらけ出すのだ。 「……かしこまりました」 だから、俺はそれに従う。 ただ機械的に。やれと言われた通りに、ただ愛撫する。 「今日も……足舐めからですか?」 「そうよ。精一杯舐めなさい」 「……はい、誠心誠意」 「んっ……んんぅ……あっ……はぁっ、んっ……んぅ……そこ、あっ……いい……もっと」 言われるがまま、あの時俺が命令したのと逆の立場で。 俺は彼女の身体にご奉仕する。 「あっ、ああん……んっ、いいわ……そうよ、そう……はぁっはぁっ……んんぅ……」 彼女の好きな所、感じる所を重点的に―― 「はぁ……んっ、はぁ……あっ、中指……気持ちいぃ……」 「ねえ、今度はキス……その後、胸で……それで、最後は……」 「いつものように、ですね」 「そう……気持ち良くしなきゃ、許さないわよ」 「……はい」 「あむっ、ちゅ……ちゅぴっ、ちゅく……ふぅ……ん、んちゅ、んんぅ……はぁっ、ん……んぅ」 「はぁっはぁっ……キス、上手くなったわね」 けれど、まだ満足し切れてないといった表情。 もっと貪欲に……オリエッタは快楽を欲している。 「んふ……ふぅ……律……」 「……何でしょう?」 「予定変更よ……今すぐ、あなたのを入れてちょうだい」 「今すぐ……ですか?」 「欲しくてたまらないのよ……もう、早く欲しいの……んんぅっ……ここが、疼いて……」 自らオリエッタはその部分を指し示した。 今日も、俺のがあそこに…… 「……わかりました」 「それと……はぁはぁ、んくっ……アンタはこれからも毎晩ここに来ること」 「……はい、承知しております」 「例外もないわよ?」 「はい、絶対に」 「ふふっ……それでこそ私の……」 「夜伽役ね」 あの時、魔法を使って犯した過ちが、オリエッタの姫としての本質を目覚めさせてしまったのか。 だが、オリエッタに支配されるという感覚……不思議と嫌には、ならなかった。 むしろ、体は悦んでいる――決して、淫らな行為を期待しているわけではなく…… また、魔法を悪用したという自責の念に駆られたわけでもなく…… この主従関係が、至極当たり前だったかのようにも思えていた。 これからも俺は――彼女の夜伽役として、連夜を過ごしていくことだろう……。 そっと伸ばされた小さな手。 手を繋ごうと差し出したんだろうけど…… 俺は握ってやらない。 握ってやらずに俺は……脇をくすぐるのだ! 「ほれほれっ」 「うひゃっひゃっひゃ!」 お、脇が弱いか!? そうなのか!? 「ちょ、ちょっとぉ! あはっ、あははっ、やっ、うひゃひゃひゃっ!」 「こらっ、あはははっ! やめっ、あははははっ!」 これはこれは、良い反応をしてくれる! ここは脇だけじゃなく…… 「ひゃんっ、ちょ、そこは……あっ、あんっ、ああっ、だ、駄目って……やぁんっ」 脇から横腹へ移動して、黙々とくすぐり攻撃を続けていく。 「あっ、あんっ、どこ触って、あはははっ、も、やっ、あはははははっ」 女の子の身体は横腹でも柔らかいのか……。 指先でこそばゆい所を優しく刺激する度、ビクビクと小さな身体が跳ね上がる。 「あははははっ! くっ……笑い死ぬ、助けて……あははははっ」 もう抵抗することを観念したのか、オリエッタは笑い転げながらもぐったりと俺に身を任せた。 それに気を良くして、ここぞとばかりに俺が攻め立てるとは知らずに。 「ひゃんっ! あははっ、あっ、ああんっ! んぅ……あはっ……あっ、ちょっとぉ……っ!」 段々笑い声が艶を帯びたものになっているような……。 「あんっ、もうっ、ああっ、はぁっ……んっ、やんっ、そこ……ああんっ!」 ……もしかして、感じてきてる? ということは、これを続ければ彼女を悦ばせられるんじゃないか!? 「だ、だめぇ……そこっ、あっ、はあんっ! やめ、あんっ、はぁっ……はふ、んっ……」 「やはっ、んっ、あぁっ……な、何これぇ……あっ、あっ、はあんっ!」 ……やばい。 色っぽ過ぎて、どうこうする前に俺の股間が…… 「んっ、あっ、やぁ……はっ、おかしく……なっちゃ……ああっ、はっ、んんぅ……」 「ああっ、声も変で……私じゃ、ないみたいぃ……はぁっはぁっ……はふ、んああっ……」 完全に喘いでる……俺の手で、こんなに感じて…… 「も、何でやめ……あっ、ああんっ! んぅ、どうしよ……良い、これぇ……ああんっ!」 「はぁっ、あっ、んくっ……ひ、人も見てる、んだからぁ……そろそろ……」 「わっ、そうだった!」 視線を感じて、急いで両手を放す。 「わ、悪い……」 ……流石に調子に乗りすぎてしまった。 「はぁ……はぁ……んくっ……はぁ……もう、何すんのよぉ……」 強く怒られると思ったけど、そんなことはなかった。 けれど、なんだか放心状態で惚けている彼女を見ていると……ムラムラがやばい。 「え、えっと、和ませよう思ったんだけど……」 「も、もういいわ……はぁ、んふっ……ふぅ……」 くぅ……エロ過ぎる!! 「はぁ……ふぅ……和ませようとしてくすぐるなんておかしいでしょ……」 「……そ、そうだね、ごめん」 さっきまでこいつを喘がせたのは俺……なんだよな。 「ふぅ……まあいいわ。ほら、そんなことより今度こそ」 「あ……」 小さな手が、俺の手を握る。 「つ、次、行くわよっ! せっかくなんだから、いろいろ回りましょ!」 そして、ぐいと引っ張られる。その感覚にデジャヴを覚えた。 「……バカ? ここに男は1人しかいないでしょ」 「っ! そうだったわ……」 「それとも、まさかのランディ?」 「くんくんくんっ」 「ふぇっ!?」 「あー、やっぱりオリエッタの匂いがする」 「え、ちょ……」 「いい匂いだ〜、クンカクンカ」 「な、何やって……やめてよ」 そうは言うものの、語気はあまり強くない。 むしろ顔を赤くして…… 「すぅ〜はぁ〜」 「い、いつまで匂い嗅いでるのよっ」 「あまりにもオリエッタがいい匂いするから」 「……っ」 「本当にいい匂いだよ?」 「あ、ありが――って、それよりこれっ」 「あ……」 目の前に差し出されたコロッケ。 そうだ、俺はこれを“あーん”されていたんだった。 少しだけ勇気がいるが……うし、いっちょ食ってみるか。 「その……家デートしない?」 「家デート?」 「俺とオリエッタの2人きり……で」 「2人っきりで……部屋でデートするの?」 「そ、そう……俺の部屋で」 「……」 何故かオリエッタに睨まれる。 「エッチなこと考えてるでしょ」 「ええっ」 「絶対エッチなことしようと思ってるでしょー!」 「ち、違う違う!」 「ホントにー?」 「異性交遊はいいが、不純異性交遊はいかん! そうだろう!?」 「俺の段取りズムがそれを許さない! 段取りズムに反する行為だ!!」 「だから、エッチなことはしない! ぜーったいにしないっ!!」 「そ、そうなんだ……」 なんとか弁解出来たと思ったが…… あれ……オリエッタが言葉に詰まってる。 「……そんなに魅力ない?」 「え……?」 「な、なんでもないっ」 「何でもなくはないだろ!?」 「と、とにかく、家デートは駄目っ」 「まあ……了解」 無理言ってするものでもないだろう。 「そ、それより……その……」 オリエッタが言い淀む。 ……言いたいことがすぐわかった。 そうか……この前、公園に行こうとか誘っておいて、結局補習で行けなかったから…… 「あの時はごめん……もし良かったら、今度こそ一緒に公園行かない?」 「……」 俺の都合でキャンセルしてしまっているのに……虫が良すぎるか? 「ほら、一緒に探検しようって話をしてたじゃないか。その……イスタリカを」 「え? 探検? そんな約束してたっけ?」 「ああ、いや……約束はしてなかったけど……というより、むしろ話題に上がったこともないんだけど……」 「???」 「イスタリカを探検……してみたいんだけど、駄目かな?」 「ここ意外と広いのに散歩する機会とかなかったし、新たな発見なんてものもあるかな〜と」 「いいんじゃない? 面白そう」 「ならいい?」 「したいんでしょ?」 「おう! それじゃ今から行こう!」 「え、今から? 今度じゃなくて?」 「何か予定あった?」 「……ま、いいわ」 「それでどこへ行くの?」 「そうだな、まずは……魔法学院の秘密を探れ!」 「なんだかそれっぽいわね!」 「そういうわけで、レッツゴーだ!」 「さっそく外に出てきたぞ!」 「……で?」 「何もないな! だがこういうところにみんなも知らない何かが……」 「どういう秘密よ」 「グラウンドの真ん中が割れて、中から巨大魔法ロボットが!」 「……」 「その沈黙……まさかホントなのか!?」 「それいいなって思っただけよ」 「気が合うじゃないか……」 「ウィズレー魔法学院の秘密兵器ね。うさ宗のエンブレムつけるわよ」 「それ、オリエッタの私物じゃね?」 そんな秘密らしいものはまったくなく、また校舎に戻った。 「無駄過ぎるほど無駄な動きだったわね。ただひたすら暑かったわ」 「だなー」 「次は外に出ずに済むところがいいわ」 「それじゃ……」 「先生達の秘密が隠されてるかもしれない……職員室へ突入だ!」 「弱みを握ってぎゃふんと言わせるのね」 「そこまでしなくていいぞ」 「あ、早速ターゲット発見」 「お? ジャネット先生が何か読んでる」 「……」 「わ、婚活パーティのメンバー資料だって」 「ほうほう。お医者様に、こっちは准教授……」 「不釣り合いね」 「んが?」 「あ、気付いた」 「ちょ、ちょっとアンタ達……どこ見てんのよっ!」 「どうして胸隠すんだ」 「たいさーん」 「わ、オリエッタ置いてくなよっ!」 「絶対言いふらすんじゃないわよー!」 「ふぅ……ジャネット先生、必死だった」 「弱みを握れた?」 「今更という感じだけどな。誰でも知ってそうだし」 「やっぱり探索範囲は外か」 「えー」 「おぉ……暑い暑い」 建物の外に出ると、瞬く間にその暑さにじんわりと汗が滲み出る。 「それでどこへ?」 「そうだな……行こうと思えば、どこにでも行けそうだな」 「というと?」 「ここイスタリカって意外と広くね?」 「まあ、生活として使ってるトコなんて一部だもんね」 「あの山、登ってみようか?」 「山登って面白いの? 疲れるだけじゃない」 「あの浮いてる島は?」 「めんどくさい」 「魔法で飛べばすぐじゃない?」 「そうでもないわよ。それに疲れるのよ」 うーむ。ただ疲れさせるのもなぁ…… 「それなら……」 「温室?」 「ここには怪しい匂いがするんだ……何故こんなところに温室が存在している?」 「ふむふむ」 「オリエッタ隊員、何か知ってる情報は?」 「そうね……メアリーが植物好き?」 「なるほどなるほど……それ以外は?」 「意外と小まめに水やってる」 「それは驚きの事実だぜ! よくやった、オリエッタ隊員!」 「何やってんだ?」 「っと、噂すればメアリー先生! 探検っす」 「探検? ガキみたいなことしてんなぁ」 「少年の心を忘れるのはよくないと思いまーす」 「へいへい、あまり弄くり回すなよ。じゃ」 「むぅ……感じ悪いわね」 「きっとまたギャンブルで負けたんだよ」 「隊長、ここには何もなさそうよ。さ、次のトコ行きましょ」 「そうだな。次は……ん? あそこの先って何があるんだ?」 「んー……何かしら?」 「探検心をくすぐられる場所だな」 「……本当に何かしら?」 「オリエッタが知らない……これは大発見だ! 行くぞ!」 「ちょ、ちょっと待ってよ!」 足を踏み入れてみる。 「ここってどこに繋がるのかしら……」 「下水道とか水道とか? 温室に撒いた水が流れる場所とか」 「そうなのかもね」 「意外と奥まであるな」 「そうね……」 「もう少し進んでみよう」 「うん」 「うおおおっ!! すげえ……」 「……」 「これは洞窟……? 洞穴……?」 「へえ……こんな場所あったんだ」 「……知らなかったんだ」 「そうね……知らなかったわ」 周囲を、ゆっくりと見渡すオリエッタ。 本当に不思議なのだろう。 自分の住んでいる家に、隠し部屋があったかのような感覚なのかもしれない。 「涼しいな、ここ」 「ひんやりしてるわね」 「涼むのに使えるんじゃない? 特に今日のような日は。夏だし」 「でも、あまり来ないようにしないと」 「どうして?」 「危ないでしょ。足でも滑らせて怪我しても、人呼ぶの大変そうだし」 「まあ、そうか。みんなことを考えてるあたりは、さすがお姫様というか」 「別に褒められるようなことしてないわよ」 「謙遜すんなって〜」 「おちょくるな」 「そんなつもりないのに」 「ま、律みたいに奇抜な人じゃないと、こんなところに来ようなんて思わないから大丈夫かな」 「そうだな……結構、歩く距離あったし」 「そうね……ちょっと疲れたわ」 「そゆことなら今日は帰ろうか」 「うん」 探検を終わらせ戻ってくる頃には、日が暮れていた。 「今日は面白かったわ。予想外に」 「俺も。いつもと違うことするのもいいもんだな」 「アンタが言い出したことだけどね」 「また、探検しようぜ」 「それもいいけど……」 「あ……思い出した。そういや、今度行こうって約束してた公園……」 「今思い出したの?」 「わ、悪い……あの時はドタキャンしちゃって……」 「ってことで、今度仕切り直ししないか?」 「いいわよ」 「ほんとに!?」 「今度はすっぽかさないでよね」 「もちろん! じゃあ、今度こそ公園デートだな!」 「うん……デート……」 「絶対行くから!」 「わかったから」 「それじゃあまたね」 「ああ、また明日!」 よっしゃー!! オリエッタとデートの約束を取り付けたぞー! 今からデートが楽しみで仕方がない!! こんな時は“天降霊祈”!! さりげないフォローしてくれる何かを召喚だ! 頼りがいがあるとなお良し、アドバイスとかしてくれるといいな! そんな思いを込めながら、机の陰からカードを使ってこっそり召喚!! さて、何が出て来るかな……? 「……」 あ、あれ……? 音沙汰なし? 「忘れ物忘れ物っと……」 と思ったら、ジャネット先生がやってきた。 「あら、ミスター夏本とミスオリエッタじゃない」 「あ……こんにちは」 まさか……召喚失敗? 「何やってるの? 2人きりで」 「え、えっと……」 「ああ〜、ひょっとして……デートの申し込みとか?」 「あははは……」 「若い子はいいわねー、青春してて」 「何よそれっ」 「それで? なんだかモジモジしちゃって? ドキドキしちゃってんの?」 「う……」 「へぇー、ふーん、そうなんだー」 ジロジロ舐めるように見回されて気まずい。 「もう、グズグズしてないで、さっさとくっついちゃいなさいよ!」 「ちょ、何言って!」 「そ、そうですよ!」 「じゃ、そゆことだから! シーユー!」 「ええっ!?」 「……っ」 無言で中指立てながら帰ってったし……。 「……何だったの?」 「さぁ……」 「格好からしてイタイ人だとは思ってたけど」 そう言いなさるな、オリエッタさんよ。 「あ……それで、さっきの返事だけど……」 「あ、ああ……うんっ」 「……いい、わよ」 「ホントに!?」 「……うん」 「や、やった……」 「え?」 「あ、何でもないっ」 「それより、この前は急に取りやめて、ごめん」 「ほわっ!?」 「シャ、シャロンッ!?」 「いたたたた……はて? 何であっしがこんな所に」 空中からシャロンが現れた。 まさか彼女が降って来るとは……。 「何しに来たの?」 「あ、姫様。実はあっしにもさっぱりで。何でここにいるんすかね」 「知らないわよ」 「あ、律殿が呼んだでやんすね」 「ちょ!!」 「律が……あ、魔法使った?」 「ああ、いや……どうだろう?」 「……?」 「で、律殿。あっしに何の用でしょう?」 「……」 「何でもない?」 「何でもないなら呼ぶなでげすっ」 「ご、ごめんっ」 「鍋に火をかけたままでげす……」 「あらま」 「料理っていうのは一度火を付けたら、止めない方がいいんでげす」 「……そうか! ならば!」 この俺の……恋心も一度火がついたなら! 「ん? どうかしたんでげすか?」 「何でもないっす」 まさか、シャロンは今のことを気付かせるために…… ってことは召喚成功? 「……」 「で、2人はこんな所で何してるんでやんす?」 気付かせるためでは無かった。 「そ、そんなことどうでもいいじゃない!」 「ん? まぁ、いいでげす。さいならでやんす」 そのままシャロンは何もせずに帰って行った。 「何を願って魔法使ったら、こうなるわけ?」 「さ、さあね……」 「ふ〜ん……ま、それはそれとして……それで、話を戻すけど……」 「デートの件……いい、わよ?」 「マジで!?」 「前とおんなじ場所じゃないと駄目よ?」 「もちろん公園デート!」 「よろしい」 やった! ミッション達成だ! 「そうだ……この前は急に取りやめて、ごめん」 ……あれ? 変化なし? 「……」 と思ったら、ぬうっと床からランディが現れてるし!! 「しかも、読書中!?」 「えっ、ランディ!?」 「……あれ?」 「気付いてなかったのか……」 「相変わらずマイペースね」 「君に言われる日が来るなんて」 「失礼ね」 「それで、私を呼び出したのは律君かい?」 「ああー、それは……なんというか」 秘密にして欲しかった! 「じゃあ……する?」 「誤解を招く言い方はよして!」 「違うのかい。てっきり律君がゲイに目覚めたのかと」 「でも、もし……万が一目覚めたら、前から後ろ……おはようからグッナイまでしっかりサポートさせてもらうよ」 「それはどうもどうも……って違うから!!」 「私は君が目覚めても、あまり興味はないけどね」 「いいよ! 興味なくて!」 「アンタ達、仲良いわね……」 「どこが!?」 「殿下、もしかして妬いてる?」 「んなっ!? 何言って……!」 「いやはや……お邪魔だったようだね。それじゃ」 「……と思ったけれど、これ」 「近!!」 ぐいっと距離を詰められた後、何やら薄い紙をランディからこっそり握らされる。 「え? 俺に……?」 「そう、君だけに。ああ、君だけにさ」 これって…… クロノカードだよな? つーかなんで、そんな艶めかしい声で囁く必要があるんだ。 「せっかく呼んでくれたんだ。多少の恩恵がないとね」 「だ、だから近いって!」 「ちなみに、そのカードは地の精霊ノーム。今の状況に全く関係なさそうなカードだよ」 じゃあ、何で渡したんだ……。 「それじゃあ今度こそ」 「相変わらずキモいやつ!」 よくわからないカードを残して、ランディは帰って行った。 ……呼んだ意味あったのか、あれ? 「ったく……」 「アンタも真に受けてないでしょうね?」 「へ、何を?」 「な、何でもないっ」 「何だよそれ……まあ、それより」 「いいわよ」 「え? まだ何も言ってないんだけど……」 「だから、デート……いいわよって」 「ほんとにっ!?」 「前とおんなじ場所ね!」 やった! ミッション達成だ! 「そうだ……この前は急に取りやめて、ごめん」 「わわっ!?」 「光りだしたぞっ!?」 眩い光がどこからか溢れ出している。 その眩しさに何度か瞬きを繰り返していると―― 「メアリー、先生……?」 珍しい姿がそこにはあった。 「何だよ、呼ばれたと思ったら……チッ」 「いきなり舌打ちとか!」 「ってか、何でメアリーが出てくんのよ」 「どうせ困って魔法使ったんだろ?」 「バラさないで!!」 「律が呼んだのね」 メアリー先生が、俺たちのことを見比べた。 「……ふーん。そういうことか」 「そういうことって、どういうことよ」 「おい、召喚主」 「あ、はい」 「心配するこたあない、大丈夫だよ。この子免疫ないから」 「え?」 「アンタでもイチコロだ」 「……マジですか?」 「ちょっと、何の話してんのよ!」 「オリエッタ、夏本兄に気があるだろ?」 「なあっ!?」 「ほれ、否定出来ない」 「ち、ちが! 言ってる意味がわからなくて――」 「ま、そういうことだから。がんばれよ」 「ちょ、ちょっとぉ、何言って……」 颯爽と去って行った。 「え、ええっと……」 「さっきの……信じて、ないわよね……?」 「な、何のこと……?」 「何のこと……だったかしら、ね……」 「……ね」 「……」 ……気まずくなった? でも……この感じ……。 勇気を出して……またオリエッタをデートに……。 「……あのさ、オリエッタ」 「な、何?」 「今度こそ俺と……公園デートしてくれないかな?」 「……」 「いいわよ」 「ホントかっ!?」 「だ、だから、そう言ってるでしょ」 「いや、OKしてもらえると思わなかったから、びっくりして……」 「前とおんなじ場所ね!」 「も、もちろん!」 よっしゃあ! デートの約束を取り付けられたぞ!! 「そうだ……この前は急に取りやめて、ごめん」 「いいのよ、大事な用だったんだから」 ――した。 ――唇に、した。 「んっ」 唇同士を合わせて……そして……。 離した。 「んん……しちゃった」 「うん……」 柔らかくて、可愛い唇にキスをした。 ようやくした。 ようやくできた。 気持ち良くて、心臓がバクバクする。 でも……これで良かったのか? だってこれは……。 「ん……これも練習、よね?」 これは恋人の練習。 ただの練習。 ……本当の恋人になったわけじゃない。 でも……キスをして……。 「練習、か……」 「うん。あくまで練習……でしょ」 「……うん」 肯定した……してしまった……。 「うん……そうよね……」 「だって、あまりドキドキしないし」 「そ、そうだよな」 「アンタも……なんだ……」 「オリエッタも、なんだろ……?」 「……そうよ。だから、これでおしまい」 「だな……これ以上はもう、練習の領域じゃない」 「ん……それじゃ本当におしまいね。恋人の練習も……ここまで」 唇にキスしたことによって、俺達の間の空気はそれまでと変わってしまった。 全く以て、悪い方に……。 「……」 「……」 ほぼ無言のままイスタリカまで戻って来た。 後はもう、練習を終えたのだから、別れるだけ……。 「それじゃ、あとは本番ね。頑張って」 「あ、うん」 「早く恋人、見つけちゃってよね。夏休みまで時間ないんだから」 「……わかった、頑張る」 「うん……頑張って」 「じゃ」 それだけ言って、オリエッタは背を向けた。 声を掛けたいと思うが……声を掛けたくないとも思う。 だって、これで俺達の練習は終わりなんだから。 これから、本当の恋をするんだから……。 あれから、オリエッタと恋人の練習をすることはなくなった。 段取りは終えた。 あの唇へのキスは、恋人の練習という段取りの終了だった。 そう……俺は自ら、オリエッタへの恋心に終止符を打ってしまったんだ……。 もう、オリエッタと恋をすることは出来ないんだ……。 ……いや、違う。 俺は段取りを無視したんだ。 オリエッタと付き合うための段取りを……。 「今日は……デートの日だ」 校内デート。そして、いよいよ来たった告白の時。 「――の前に、授業だけどね」 「そうでした」 そんなこんなで、放課後。 デートに誘うのはもう何度か通った道だが……今回は、練習などという大義名分がないだけに緊張する。 今日のオリエッタはなんだか俺から見ても覇気がない。心ここにあらずといった様子だ。 おかげで軽妙なノリでは誘いづらいが、こういう時だからこそ元気づけてやるべきだろう。 オリエッタは席に座っている……さあ、アクションを起こすのだ! 「……」 なんで、俺はオリエッタを避けたんだ? いや、わかってる……やっぱり告白するのが怖いんだ。 もし断られたら……今までの関係が崩れたりでもしたら……。 そもそも俺を普通の人間に戻す為に、今までオリエッタが協力してくれていただけなんだよな。 それをいいことに、オリエッタと恋人関係になろうだなんて……。 最悪の場合、魔法が使えなくなるまでの面倒すら見にくくなってしまうんじゃないだろうか。 そうなれば、オリエッタにとっても都合悪いだろうしなあ。 「ううむ……」 俺の心情も露知らず、すれ違う女子達が笑顔で会釈をしてくれる。 「そうか……他にもまだ、女子はたくさんいるんだよな」 こうしちゃあいられない。 夏休みまであと僅か。俺は新たな出会いを求め再び走り出した。 「オリエッタ」 「……なにかしら」 「散歩いかない?」 「……」 話しかけても、浮かない表情は変わらずに。 「どこ行くの?」 「いや、どこにも行かない」 「……ここってこと?」 「うん。学校……もっというなら、イスタリカ全域」 「ほら、俺はまだ来て日も浅いしさ。いろいろ見て回りたくって」 「……ずいぶん今さらな話ね」 ただの後付けだからな……。 「……ダメ?」 「……」 あれ……なにかしくじったのだろうか。 「今日のおまえ、元気ないぞ」 気のない男からデートに誘われて煙たがってる? いや、仮にそうだとしても、こんな態度で示すようなタマじゃないはず。 「なにかあったか? シャロンと喧嘩でもした?」 「別に……なにも」 「今日いい天気だし、外に出たらきっと元気でるって! だから、行こうぜ!」 「……ええ、わかったわ」 「よし。いこう」 というわけで、ようやく了承の返事がもらえたのは良かったものの…… 「……」 彼女の沈みがちな表情に関しては、けっきょく語られることはなかった。 ここでこいつにつられて、俺までダウナーになってはいけない。 むしろ積極的に場を盛り上げねばならないだろう。 「えー、こちら校舎内の廊下となっております! じゅうたんが敷いてありますねえ〜」 「……バスガイドさんにでもなりたいの?」 「むりかな」 「絶対むりよ。アンタじゃ」 知ってたけどさ。 「はあ……なんか、アンタ見てたら悩むのがバカらしくなってきたわ」 「そう褒めるなよ」 「散歩ね。いいわ、付き合ってあげる」 オリエッタの瞳にすこし生気が戻った。 「で、どうするの? まずは校舎の中から?」 「うん。日が暮れてきたら多少すずしくなるから、外に出るつもり」 「了解。じゃ、次の場所に連れてってよね。女の子をエスコートするのが男の役目でしょ」 「はいはい」 とかく告白は夜と決めているため、それまで時間を稼ぐ必要がある。 「ここの食堂って、ちょっとしたカフェみたいだよな」 「アンタが下で通ってた学校のはどんなんだったの?」 「うまく説明できないけど……ザ・学生食堂、みたいな感じだったよ。一般的にどういうものなのかくらいは知ってるだろ?」 「ねえねえそれじゃアレあるの? 惣菜パン争奪戦」 「いっけねえ、急がねえと焼きそばパン売り切れちまうぜ!」 「ふう、なんとか勝ち取った……え、おまえも欲しいの? しゃあねえな……やるよ」 「う、うっせえよ! 別にそんなんじゃねえし!」 「長々とストーリー展開してるとこ悪いけど、そういうのはないかな」 「えー。じゃあプリンとかっ」 「いや、普通ないよ」 「なんだ、がっかり……」 どうにもオリエッタは、メディアによる刷り込みが強いなあ。 「でも、人でごった返してるのは事実かな。戦争とまではいかないけど」 「そう考えると、ここはわりと落ち着いてるわね」 「女子しかいないってのもあるんじゃないかな」 「そろそろ人が増えてきたわね」 放課後になると、食堂に立ち寄る生徒は増える。そんなところもカフェっぽい。 そろそろ出るか…… 「じゃ、他んところ行くか」 「っ」 「あ……」 振りほどかれてしまった……。 「ご、ごめん」 「う、うん……あの、ほら……人がいるから」 「だ、だよね」 そうは言っても……オリエッタ博士の俺は知っている。 こいつは、人目なんかに気を回すやつじゃないってことを……。 「とりあえず、出よう」 「え〜こちらが職員室になります」 「へえ、ここが噂の……」 「……なんなの、こいつら」 「あれが野生のジャネット先生ですよ!」 「たいへん! カメラカメラ……」 ポカ。ポカ。 「第一に、ここは騒いでいい場所ではありません」 「第二に、私の前でイチャつくことは許しません。わかったらさっさと出ていきなさい、シット!」 フツーに追い出されてしまった。 「もう、J子は融通がきかないわね」 「あのまま居続けるのも視線が痛かったしな、しょうがない」 「それで、次はどこへ連れてってくれるのかしら?」 「とってもエンジョイできる場所サ」 「ひゃっほおおおおおお」 「いぇえええええええ」 「はっはっは。元気だなあ君たちは……なにか言い残すことはあるかい?」 「申し訳ございませんでした!」 「で、またソッコー追い出されたわけだけど」 「世には図書館デートというのもあるらしいけど……」 俺とオリエッタには、似合わねえなあ……。 「よし、じゃ次は温室でも行くか」 「温室……」 「嫌か?」 「ん〜……」 悩んでいた。 「先っちょだけなら」 「どこで覚えたのか知らんが、すぐ忘れろそれ」 少しなら良いと解釈し、温室へ向かう。 入るとちょうど、メアリー先生が草木に水をやっているところだった。 「ん……夏本兄と、オリエッタか」 「どうも」 「メアリー、柄にもないことしてるわね」 「なにしに来たんだ?」 「ただの散歩です」 「散歩ねえ……」 彼女は値踏みをするように、俺とオリエッタを見比べて。 「デートは楽しいかい、おりんちゃん」 「う、うっさいわよっ」 「そっちの方がよっぽど、柄にもないことだと思わない?」 「別にいいでしょ、私がデートしたって!」 「……」 そう、デートデートと言われると照れる……。 「ま、せいぜい頑張れよ」 具体的なことは何ひとつ言わず、俺の肩にぽんと手を置いてからメアリー先生は行ってしまった。 「ここの花とかって、だいたいメアリー先生が世話してるわけ?」 「たぶん、そうね。あんまり人に知られたくないみたいだけど」 「確かに……柄にもないっていうのも、わかる気がする」 なんというか、意外だ。 「私がデートするのが、そんなにいけないことかしら……」 「いけないことではないと思うけど……」 デート。男女の行為だ。もはやそれが共通認識であることに、俺はにやけるのを禁じえない。 「メアリーはすぐ私のことをからかってくるんだもの、何がそんなに気に入らないのよ」 「オリエッタが諷歌をいじるみたいなもんでしょ」 「それはそうと、デートの最中に他の女の話をするのはいただけないわね」 「おっと……こりゃ失礼」 なら話題を変えよう。 「にしてもいい場所だよね、ここも。ふつう学校にこんなのないよ」 メアリー先生のお手入れの甲斐もあり、温室の名に恥じない立派な植物園となっている。 「そうね、私もこの場所は好きよ」 「空気がおいしい」 「……かもね」 「外、行こうか。そろそろ日も沈んできたし」 「わかったわ」 「ここ、いい景色だよな」 「そうね……」 グラウンドにはまだ、部活動をおこなっている生徒たちがまばらに見えていた。 「オリエッタは部活とかやらないの?」 「やらないけど……」 「おまえ、運動神経も悪いもんな」 「なによ、アンタは男だからって」 体育の時間には必然的に女子に混じって授業を受けることになるため、俺は運動能力の性差をいかんなく発揮し、しばしば調子に乗っていた。 「それにおまえはすぐ魔法でインチキするし」 「使えるものを使ってなにが悪いの?」 走っているはずなのに浮いていたり、ボールがありえない軌道を描いたりなど、やりたい放題なのを何度も見てきた。 「そういえば……あの時のおまえって、ステッキ持ってなかったよな」 「これのこと?」 どこから取り出したのか、オリエッタの右手には件の棒が。 「そうそれ。なんか意味あるの?」 「可愛いでしょ?」 ないようだった。 「魔女っ娘おりんちゃんか……」 「魔法少女と呼んでほしいわね」 「子どもの頃そんなアニメを見てたなあ」 「アンタって、その頃から女好きだったのね」 「ち、違うし、今も女好きじゃあねえよ」 「嘘。女なら誰でもいいくせに」 違う、そうじゃないだろう! 「んなわけ……」 ないだろ……! 「早く彼女を作って、元の世界に帰れるといいわね」 「……」 なんだよ。なんかトゲのある言い方だな。 少しムッとした俺は…… 「ちゃんと……好きな子が、いるんだよ」 「……」 今の言葉が、オリエッタにどう伝わったのかはわからない。 しばらくして、彼女は何事もなかったかのように顔をあげて言った。 「次、あそこ行きましょ。……発着場」 「ん……お、おう」 今日はじめて、オリエッタのほうから行き先を提示してくれた。 嬉しい、はずなのだが……行き先を告げた際に、彼女が寂しげな表情をしたように見えたのは、俺の錯覚だったのだろうか。 「いやあアレはほんと失敗だったよ。あとそういえば、この間……」 「……」 必死に話しかけるも、彼女の意識はこちらに向かない。ただ虚ろな目をして聞き流している。 「みんな、ここから……ニンゲン界に帰るのよね」 「……?」 落下するわけにもいかないし、ごく当たり前のことだ。だけどそれだけに意味深に思える。 「……」 遠方を眺むオリエッタ。その目が見ているのは夕焼けでも、空でもない。 「どうか……したのか?」 「いいえ、なんでも……」 オリエッタがたそがれて物思いに耽るなんて、珍しいこともあるものだ。 その姿は、むろん綺麗なものだったけれど……なぜだろうか。 (……) 俺はどうしようもなく……そこに、漠然とした不安を覚えた。 「……うん、もういいわ」 「ここを、見ておきたかったのか?」 「……まあね」 おかしな話だ。こんなところ、来ようと思えばいつだって来れる。 「アンタと一緒に……だけど」 「!」 胸が躍る。そのはずなのに、オリエッタの表情はどこか暗い。昼と同じような雰囲気に戻ってしまった。 「そろそろ、回るところも無くなってきたわね」 たしかに目ぼしい場所はあらかた回りおえたが、俺にとってはメインイベントがまだ控えている。とてもじゃないが気は抜けない。 「……もうじき夜だし、そろそろお別れ……かしら」 「ああ……だけどその前に、もうちょっとだけ……歩こうぜ」 「……なんで?」 なんでかって? 決まっている。 「大事な用があるんだ。いいだろ?」 「……え、ええ」 向かうべきはあそこだ! 違う、そこじゃない! いつも、デートの終わりにしていたことがあったじゃないか! 夜の学校をオリエッタと歩く――水族館も公園も、デートの終わりには必ずそうしてきた。 だけど今日、デートの練習ではなくなって、変わったことといえば手と手をつないでいないこと。 「ねえ、律」 「なに?」 「前回、言ったわよね……もう、デートの真似事はやめるって」 「……そうだな」 今、そこを蒸し返すのか。だが面白い。むしろ告白へと繋げやすいから。 「でも、今日のって……」 ダメだ、そんなことを言ったら! これはもう練習じゃないんだって、伝えないと……。 「デート、だよ」 もとより、オリエッタだってさっきそう言ってたはずだ。 「……なんで?」 「なんでもなにも、そのまんまだけど」 「デートがしたかったから、デートに誘ったんだ。それだけ」 「もう……やる必要なんてないのに?」 「そんなの関係ないよ」 こいつだって、もうわかっているはずだ。 俺がおまえのことを好きで、だからこそこうしてデートに誘っていること。 それを知った上で俺に付き合ってくれているということはすなわち、こいつも俺のことを……。 (うぬぼれて、いいんだろうか……) まずは、一歩。踏み出してみなきゃ、始まらない。 「わかってたんじゃないの……? まさか俺がそのことを忘れていたとでも?」 「……」 無言。しかし動作は見せない。肯定とも否定ともつかない間。 「今日のおまえ、おかしいよ……朝からだ。いつもの調子はどこいった」 今日のオリエッタは笑わない。デートの最中には何度か笑顔を見せてくれたから、もう安心だと思っていたのに。 「なにか、あっただろ」 「別に……なにもないわよ」 嘘だ。シャロンにからかわれて本気で怒った時だって、翌日にはケロッとしているような奴なんだ。ただごとじゃないはずなんだ。 「困ってることがあるなら、相談のるよ。頼りないかもしれないけど、ここで男手なんて俺くらいしかいないし」 つたない言葉をまくし立てるも、彼女は眉ひとつ動かさない。 数十センチのこの距離が、なぜか果てしなく遠く思えた。 「アンタに相談したくたって……できないのよ」 「できない……?」 真意の掴めない言い回しに疑問符を浮かべる。 しかしオリエッタはそれ以上を語ろうとせず、不意にその場に立ち止まった。 「ごめん……私、帰る」 「な……なんだよ、急に」 いくらなんでも藪から棒だ。まだ話の途中だろうに。 「だって、アンタ――」 「待てって」 そんな悠長なことしてたら、オリエッタがどこかに行ってしまう! このまま帰してはいけない。後味が悪いし、当初の目標も達成できていないのだから。 「……」 手を掴むと、目と目が合う。オリエッタは、俺が初めて見る表情をしていた。 なにかを期待しているのに、なにかを恐怖しているような、割り切れない複雑な面持ち。 その深奥にあるものを、今の俺では汲み取れなくて…… 今日はもう心に決めてきたことがあるじゃないか! 「話が、あるんだ」 伝えなくてはと想う気持ちが先走り、俺はついにそう切り出した。 「話……」 視界に入るのは、たった1人の女の子。 「大事な話だ」 握っていた手を放す。ちゃんとその場にいてくれた。 「俺が最初、ここに連れてこられた時は、はっきり言ってビビった」 唐突な導入に、オリエッタだけでなく俺でさえ頭がこんがらがる。なんで、こんなことを話そうと思ったんだろう。 「なによ……思い出話?」 「女子校だけならまだしも、ここが宙に浮いていたり、俺が魔法使いだったり……にわかには信じられないような話ばっかでさ」 「でも俺、単純だから……驚く反面で、女の子がいっぱいいるなんて最高だぜ、とかも考えてたのよ」 「……ほんと、バカよね」 そんな短い一言でも、レスポンスを返してくれただけありがたい。俺は話を続ける。 「でもいちばん戸惑ったのは、おまえに振り回されたことかな。もう何度になるかわからないけど」 「俺のことを究明するために……おまえの事情もあったにせよ、ああだこうだと命令されて」 「彼女がいないなら作ればいいって、どこのお姫様だよ」 「うっさいわね」 そう、その調子だ。おまえは憎まれ口を叩いてる方がよっぽど似合う女だよ。 「でも、それが嫌なわけじゃなかった。どつかれたり、振り回されたりするのも、悪くないって思ってた」 「M?」 「ちげーよ、黙って聞け」 「でも俺はまだまだおまえのことを知らなかった。ただ子どもみたいに、やりたいことをやってるだけの女だって思ってた」 「失礼ね」 「そうだな、失礼だった。あとで思い知ったから」 「たとえばシャロンに帽子を編んでるときのおまえの横顔、俺は鮮明に思い出せる。俺はあの時はじめて、真剣になってるオリエッタを見たんだ」 「普段あんなにシッチャカメッチャカやってんのに、こんな顔もするんだって思った。ギャップってやつだね」 「なんか、ちょっとバカにされてる気がするんですけど……」 「だって想像できないだろ。苦手なことなのに一切めげず、友だちのためとか言ってやり通すんだよ?」 「しかも、当初の目的なんか忘れてさ。そこらへんはまあ、バカだけど、いいバカだと思ったよ。その時はそれくらいかな」 「バカにバカって言われたくないのよ、バカ……」 「とにかく……おまえのおかげでまったく退屈しなかったんだよ。彼女がいなくても、そこそこ楽しいって思えるくらいに」 「いたことなんか、ないくせに」 「でも、おまえからすりゃそれじゃダメだよな。さっさと俺の願いを叶えて、元の世界に帰さないといけないんだから」 「それから、おまえの“協力”はエスカレートした。恋人同士みたいに振る舞おうだなんて言い出した」 「……」 「しょうがないなと思いながら、結局やってる俺も俺だ。なんとも思ってなかったんだけどね……最初は」 「……最初は?」 「だってそうだろ。手をつないだり、腕を組んだりするだけじゃ、ただのおままごとに等しいもんな。恋人の気分になんてなれるわけない」 「だから多分、あれはただのきっかけだ。いつかおまえにも話したと思うけど」 あえて深くは突っ込まないが、思い当たる節があるはずだ。かつて俺の言ったことに。 消しゴムを拾ってくれたりだとか、メールを返してくれたりだとか、そんな些細なことによって恋は気づかされるものなんだと。 今回に限っては、あまり、些細なこととも言えないけれど……自覚するトリガーになったのは間違いなくって。 「水族館にも行ったし、公園にも行った。練習っていう建前があったけど、俺としてはマジデートくらいの心構えだったんだぜ」 「キスしろなんて言い出した時は参ったよ。だって、したくてたまらないんだから」 「でも抑えた。我慢した。オリエッタはそんな遊びの範疇で、男とキスなんかするべきじゃないって思ったから」 オリエッタは自らのほっぺと、そしてくちびるを押さえた。 「最初の火種がどこにあったのかはわからない。でも、今の気持ちだけははっきりと言える」 「俺はイスタリカに来て、この学院に入って、その時から今までずっと……俺はおまえのそばに居て」 「っ……!」 オリエッタの顔が引きつる。今から俺がなにを言わんとしているのか、さすがにそろそろ気づくころだ。 「山ほど迷惑かけられて、意外な一面も知って、恋人ごっこもして」 だがやめない。ここまできたなら後はもう突っ走るのみだ。 「そんな風に、おまえと一緒に過ごしてるうちに……」 さあ伝えろ。ぶちまけろ。溜まり溜まった思いの丈を、悔いのないようにぶつけるんだ! 「この俺――夏本律は!」 「律……」 「おまえ――オリエッタのことが!」 絡み合う視線。決して目はそらさない。 「すっげえ好きになっちまいました!!」 「……」 「だから……お願いします、付き合ってください!」 ずっと抱いてきた想いの本懐。 それがまさかオリエッタに向くことになるなんて、初めは思いもしなかったけれど。 「……り、つ……」 あとはもう返事を待つだけ。 鳴り止まない心臓が、跳ね馬のようにのたうっている。 (やれるだけのことは、全部した――) 「……」 「……」 「……」 「……ごめん」 「――――」 「なんで、こうなるのよ……!」 振られた――のか。 「なんで……どうして……!」 オリエッタは泣いていた。理由はわからない。でも、今の俺に、そんなことを気にする余裕は、残っていなかった。 (どうして……か) 俺が問いかけたいくらいだ。正直、実はイケるんじゃないかって、思ってたから。 「……オリエッタ」 でも、このまま素直に退散するほど、俺は諦めのいいほうじゃない。 「おまえの返事、わかったよ。だけど!」 「今は無理でも……いつかきっと、こっちを振り向かせてみせるから」 だからそれを告げる。俺はまだまだおまえのことが好きなんだと。 ――しかし 「違うの……そうじゃないの!」 「っ……なにが……!」 俺にも負けないくらい取り乱すオリエッタ。こいつが何を思い、何を言っているのか、俺にはさっぱりわからない。 「なにが違うって……!」 「律っ!!」 「……」 その迫力に思わず押し黙る。そして、彼女が次に告げたのは。 「私が……いけないのよ」 「……なんだよ」 「もう……話しかけないで」 完全なる別離の言葉――今までの関係すら許さないという、決裂の約束に他ならなかった。 「……」 完膚なきまでの……敗北だ。 「……はは」 ……なんだよ。もう幾度となく、こんなの経験したはずだろうに。 「はははははっ」 「律っ! 待って!!」 背を向けて帰る。 後ろで誰かが何かを喚いているし叫んでいるが俺には聞こえないし判らない。 ロビーに入ると、談笑していた生徒たちがそろってこちらを向いた。ゲテモノを見るような目つきで。 だけど、どうでもいい……他の子のことなんて…… (どうでも、いいんだ……) 「おかえ……り……」 「ただ……いま」 ベッドに身を放り投げる。メシも食ってないし風呂にも入ってないが、もはやすべてがどうでもいい。 「あの、そろそろお風呂だから……先に、行ってるね」 布団をかぶる。今はもうなにも考えたくなかった。 「ああ――あ……あ?」 不意に違和感をおぼえて、跳ね起きる。 「えっ……!?」 なに――なんだこれ! 俺はとうとう、頭まで……!? いや……この感覚は、違う。原因は、俺じゃない。 誰かが何かを―― ねじ曲げて―― 「――あれ……?」 俺は今、なにをしようとしていたんだっけ…… ……ああ、そうだ。オリエッタをデートに誘おうと…… オリエッタに声をかけようと近づく。 でも、どーせ振られるんだよなぁ。 「あれ……?」 なんで俺、結果を知ってるんだ。 同じように話しかけたって、うまくいかないことを、俺は知っている。 「なんだんだ、これ……どうなってるんだよ、一体」 妙な感覚に襲われ、体の震えが止まらない。 オリエッタの口から聞いたわけでもないのに、断られる道筋が見えてしまう! 「り、律……」 「や、やめてくれ! そ、それ以上はっ、き、聞きたく……な、い……」 俺は咄嗟に駆け出していた。 そして、気づくと実家に逃げ帰っていた。 シャロン達に拉致され、イスタリカに呼び戻されると思って怯えていたのだが……。 結局、その後はまったく音沙汰がなくなってしまった。 俺はまた元の学校へと戻り、平凡な暮らしを再開した。 時折思い返す、イスタリカで過ごしたオリエッタとの時間。 現実では起きなかったはずの告白と、振られた時のことは今でも記憶に残っている。 あれは夢だったのか、それとも…… 『もう……話しかけないで』 ――いや。 「っ!」 あれは――あれは、夢なんかじゃない。 (なんだ……) なにが起きているんだ……さっぱりわからない。 わからないが、ただひとつわかるのは、このままデートに誘っても、結果は…… 『……ごめん』 『――――』 『なんで、こうなるのよ……!』 あのようになるだけだと、確信を持ってそう言える。そこに至るまでの細部まで、俺は明確に思い出せていた。 (なにがどうなってるんだ……) 理解できないことが多すぎるけど、ひとまずここは一旦退いて―― 「律っ!!!!」 「っ……!」 立ち去ろうとした、瞬間だった。 「律……」 教室中を振り向かせた大声ののち、彼女は必死の形相で俺のことをつかまえて。 「デート……しよ?」 「えっ……」 なんだ……なんだこの展開は? こんな展開は……記憶にない。 「ダメ?」 「いや、ちょっと待って……」 状況を整理しよう。 今日の放課後――つまり今――俺はオリエッタのことをデートに誘おうとしていたところ、逆に彼女から誘いを受けた。 「いい……よ。デート、しよう」 それじゃあ、断る道理なんかどこにもないはずだ。 ただひとえに俺の頭を悩ませているのは、まるで実際に体験したかのような忌まわしい記憶が、今も心にこびりついていること。 (既視感? まさか……) 「それじゃ、行くわよ!」 「ちょ、ちょっと。どこに行くか聞いてないよ」 「え……そんなの」 「どこにも行かない、はずでしょ?」 「……ここってこと?」 「そうよ!」 学校デート、それはまさしく俺がもともと予定していたプラン。 「アンタはここにきてまだ日が浅いんだし、私が色んなところを紹介してあげるっ」 「……ずいぶん今さらな話だな」 「別にいいでしょ。それよりも、今日のアンタ元気ないわよ」 元気……か。大好きな人に話しかけられてるはずなのに沈みぎみだなんて、おかしな話だ。 「アンタに元気が出るよう、私がんばっちゃうんだから! だからほら、行きましょ!」 (まるで逆だな、あの時と……) あの時……それは一体、いつだったのか。 「ああ、わかった」 「ほら! ここが廊下よ! じゅうたんが敷いてあるのよ、すごいでしょう!」 「いやうん、たしかに最初のころは感動もしたけど、もう見慣れちゃったな」 「そ、そっか……」 アホの子だなあ……。 「なんかおまえ見てたら、悩んでるのがバカらしくなってきたよ」 「どういう意味かしら……」 「校内デートだな。散歩か? まあどっちでもいいけど、早く行こうぜ」 「ええ、ついてらっしゃい!」 今、気づいた。 俺はオリエッタを連れ回すより、彼女に振り回される方が、どうやら性に合っているらしい。 男としては、情けないのかもしれないけど……。 「食堂よ。アンタのいたところと違って、カフェテリアみたいな感じね」 「確かにそうだけど……なんでおまえ、俺の元いたところを知ってるの?」 「え……なんとなく、そんな気がしたからよ。焼きそばパン争奪戦もないんでしょ?」 「そりゃないよ。あれは漫画の中だけでの話だな」 「いっけねえ、急がねえと焼きそばパン売り切れちまうぜ!」 「くっそ〜もう売り切れかよ……不人気のコッペパンしか残ってねえじゃんか」 「え、おまえ……くれるのか? 俺に? お、おい! 待てって!」 「あれ……思ってたストーリーと違うな」 「私はつねに進化するからね」 よくわからなかった。 「そろそろ人が増えてきたな……次の場所いくか?」 「いいえ、ここでお茶していきましょ」 「お……そうか」 言うが早いか、すでにオリエッタは2人分の席を確保していた。 (ちゃっかりしてるなあ……) 「なに頼もうかしら。たまには豆乳以外のものを飲みたくなるのよね」 「コーヒーが充実してるところも、カフェっぽいんだよな」 トッピングなども豊富で、むしろカフェ顔負けと言ってよかった。 「私これにするわ! ショコララテマキアートアーモンドキャラメリゼハイパーデストロイクラッシャー2号」 「物騒な名前だなあ」 俺は普通のアイスコーヒーを注文しようとしたが、オリエッタに止められる。 「せめてトッピングを乗せましょうよ。バナナとか」 「バナナはきついだろ。1本まるごとぶちこんで、これがほんとのウインナーコーヒー! ってか! ガハハ」 「シャロン。アイスコーヒーにラー油、お願いね」 「らーゆぅ!?」 コーヒーがもったいないと諭して、まともなトッピングに変えてもらった。 「アンタが下品なこと口走るから悪いんでしょ」 「チッ、うっせーな。反省してまーす」 「全然してないし!」 「食堂も兼ねてるから、トッピングが豊富なのかな」 「唐揚げとかも出来るみたいね」 「丁寧なのか手抜きなのか……」 「それより、アンタのも飲ませてよ。私の飲んでいいから」 「ん……どうぞ」 ごく自然な所作で、互いのコーヒーを飲み交わす。 (間接キス……) さっきまで自分の吸っていたストローを、オリエッタが口をすぼめてくわえているのが、どうにも扇情的だった。 「うん、甘くておいしい」 「ずるる」 「あ! おまえ、飲み干しやがったな!」 「氷食べていい?」 「しかもめっさ図々しい! 返せ!」 空っぽだった。 「もうちょっとホイップクリームのっけたほうが好みだったわね」 「ここまで飲んでおいて……」 許しがたい所業。俺もこいつの分を飲んでやろう。 「あ、こら! やめなさい!」 オリエッタはむりやりカップの上蓋を外すと、手元のストローを使って同時に飲み始めた。 「……」 「……」 ふたりで飲む、ひとつのドリンク。お互いに同じことを意識したようで、顔をあげると視線と視線がぶつかった。 「なに見てんのよ」 「そっちこそ」 ストローをコーヒーで満たしながら見つめ合う。中身がなくなるのにそう時間は要さなかった。 「コーヒーはもっとゆっくり飲むもんだろ!」 「アンタがちゅーちゅー吸ってるのが悪いんでしょ! 蚊か!」 「だいたい、元はといえばおまえが……」 ああ、くそ。 楽しいな……ちくしょう。 「じゃ、このカップ捨ててきてね」 「あぁーん? おまえが捨てろや」 「じゃん、けん」 「ポン!」 「……ぽん! よし勝った」 「めっちゃ後出しやないか!」 「まあまあ、いいから行ってきなさいって」 「こいつは……」 でもやっぱり……こんなやりとりにも幸せを感じてしまう俺がいけないんだろうなあ。 「次はどこだったかしら?」 そんな、まるでコースが決められているかのような口調。 「……職員室じゃないか?」 「それよ!」 「ここが職員室よ!」 「なんと……まさかこんなところに……!!」 「……なぜか知らないけど、2重にむかつく」 「あれこそが、この地に祀られている大御神――J子様よ!」 「おお、ありがたやありがたや」 ポカ。ポカ。 「いや、足りないわね」 さらにポカ。ポカ。 「第一に、ここは騒いでいい場所ではありません」 「第二に、私の前でイチャつくことは許しません」 「第三に、妙に見覚えがあってムシャクシャする。わかったらさっさと出ていきなさい、ファック!」 「増えてる……」 追い出されてしまった。 「次は図書館よ!」 「お、めげないね」 「テンションアゲアゲ↑↑でいくわ!」 「よっしゃ!!」 「ブンブンブーン! おらおら邪魔だ邪魔だー!!」 「はっはァ! オリエッタ様のお通りだぁー!!」 「はっはっはっは。相変わらず元気だなあ君たちは……痛いのと苦しいの、どっちがいい?」 「どっちもけっこうよ。じゃあね!」 逃げ出した。 「ランディは怖いなあ」 「けっこう可愛い見た目してるくせにね」 (次はたしか……温室だったな) 「温室に行くわよ」 「……また、メアリー先生に会うかもな」 「ええ、でも……」 一拍の間をおくと、彼女は自らの腕を俺に絡ませて…… 「今度は、思いっきり見せつけてやりましょ」 温室に入ると、メアリー先生の姿はなかった。 (もしかして……オリエッタが来るのがわかってたのかな……) 「勘がいいわね……」 「んと……関係ないんだけどさ」 「うん」 「ここにある像って、オリエッタにそっくりだよな」 「パオーン」 「べつに無理してボケなくてもいいんだよ! そんなだるそうな顔すんな!」 「これね。多分だけど、私のご先祖様じゃないかしら」 「ああ……やっぱりオリエッタはそういう家系なのか」 「ま、姫だしね」 「この人、名前あるの?」 「イスタリカ……様、よ」 「へえ、じゃあこの土地の名前もそこから来てるのかな」 「たぶんね」 オリエッタが人に様づけするというのもヘンな感じだった。 「ていうか、あれ……そういえばおまえの名前にも、イスタリカって入ってたよね」 「ええ。だからきっと、なにかつながりがあるのよ」 「なるほどねえ……」 オリエッタが姫である理由……そろそろ俺にもわかるだろうか。 「んじゃ、そろそろ外に行くとしますか」 「わっ」 「手ぇつなぐの……嫌?」 嫌? だなんて言われたら、そりゃあ…… 「……」 嫌なわけがない。正面切って言える余裕がなかったため、握り返すことで応対した。 「ありがと」 「……」 まだまだ気温は暑いけど、グラウンドを吹き抜ける爽やかな風が汗をぬぐう。 「ここがいちばん見晴らしがいいよね」 「……オリエッタ?」 「えっ!? な、なに?」 「いや、ぼーっとしてたから」 「気のせいよ、きっと」 「思い出してた?」 「……うん」 「俺も」 というのは、ここで一緒にお弁当を食べたときのことだ。 「“あーん”って、最初は抵抗あったけど、やり始めると慣れちゃったよな」 「い、いちいち確認しなくてもいいから」 「今度またやる?」 「知らないわよ、そんなのっ」 怒っているようにも見えるが、NOとは言われていなかったりする。 「そうだな、俺は……夕焼け見てると、公園を思い出すな」 「っ……」 2人で歩いた公園と、ベンチの上で交わしたキス。いや、正確に言うと交わしてはいないか。 「忘れちゃった?」 「バカ……忘れられるわけ、ないでしょ」 「顔、赤いよ」 俺がかつて口づけた頬が、まるでこの暮れなずむ夕陽のように。 「からかってんじゃないわよ! アンタだって顔、赤いんだからね!」 「え、うそ……」 ほっぺたを触る。つねる。わかるわけがない。 知らずのうちに、オリエッタを意識していたのがバレたか……? 「あ、ほんとに赤くなってるじゃない」 「ってことは、嘘だったのかよ……」 確かめるべく、ぐいと顔を近づけてくるオリエッタ。ますます赤くさせてどうするつもりだ。 「ねえ、なんで顔赤いの?」 「おまえこそ、どうして」 本当は、お互いにわかってる。わかっていながら……それでも訊ねる。 「ふふっ」 「ははっ」 はじけたように笑う。心が通じ合ったようで、俺はたまらなく幸せだった。 やっぱり俺は、こいつのことが好きだ。でも―― 『もう……話しかけないで』 告白したところで、結果は…… 「おい」 でこぴん。 「いてえな!」 「なにボケっと突っ立ってんのよ、こっち!」 見れば、オリエッタはもう次の場所へ移ろうというところだった。 (乱暴に扱われても、なんでか憎む気になれないんだよなあ……) こいつも俺が嫌がってないとわかっているから、ますますつけあがるのだろう。 (惚れたほうが、負けなんだなぁ……) (発着場……) 記憶をたどる。そこにいるオリエッタは、ずっと儚げな瞳をしていた。 けれど、今の彼女は…… 「? どうしたのよ、ジロジロ見て」 いつもどおり、一点の濁りもない眼。どこか吹っ切れたふうな表情さえしている。 「シャロンがいるかと思ったけど、いなかったわね」 「この場所、お気に入りだって言ってたな」 「お気に入り? ただのサボリ場よ」 「はは」 「でも、あいつだって忙しいんだもんね。そのぶん私が頑張らないと」 「ん……」 オリエッタって、こんな立派なやつだったっけ……? 「それはともかく、デート中に他の女の話をするなって言ったでしょう」 「いや、振ってきたのそっちなんですけどー!」 俺の抗議がかそけく太虚へ染みゆくなか、オリエッタは――俺の記憶にある彼女と同じ格好で――空を仰いだ。 「アンタは、この先――ニンゲン界から来たのよね」 ただしその顔だけは、以前と違う清々しさで。 「ん……ああ」 「そんで、また帰る」 「……そうだな」 なにが……言いたいんだろう。 「……アンタも、帰りたいわよね?」 「えっ……」 なにもおかしな問いかけではないのに、心の空隙を突かれたような気持ちになった。 「ここも悪くはないけど……ずっとっていうのは、ちょっとな」 「……そうよね。ずっと……なんてね」 「ああいや、おまえがどうこうじゃなくて……」 こいつは古くからここにいると言った。侮辱のように聞こえたかもしれない。 「いいの、気にしないで」 「大丈夫……私が責任を持って、アンタをニンゲン界へ帰してあげるから」 「必ずね!」 ふと、思った。 もし俺がニンゲン界へ戻ることになった時、こいつはついてきてくれるのだろうか――と。 (いや、詮ないことだ……) 前提からしておかしい。こいつにとって俺は、ただのお荷物でしかないのだから。 「……ねえ、律」 「……なに?」 こちらを見透かしたようなその目つきに、後ろめたくなってドキッとする。 「もし――もし、よ」 「アンタの魔法が消えて、元の世界に戻れるようになって」 「でもその時に、私と別れなくちゃいけないってなったら……どうする?」 そんな、俺の心臓を射抜く鋭い質問。 「別れる……っていうか……」 落ち着け。俺はオリエッタのことが好きだが、オリエッタは俺のことを好きじゃない。 あくまで友だちとして、離れ離れになったらどう思うか、について訊かれているのだ。 「そりゃ、さみしいよ。なんだかんだでけっこう世話になったしな」 「でも会えなくなるってわけじゃないだろ。おまえが外出すればいいだけだし」 そう、この受け答えでいいんだ。友だちなんて疎遠になっていくのが普通だ。 特にこんな、イレギュラーな関係なら。 「……そっか」 「……それだけ?」 「それだけって……」 「っ、ごめん! 今のなし!」 「私……卑怯よね。ほんと……」 なんなのだろう……さっきから、こいつは1人でグルグルと考えている。 「……なあ」 もうすぐ日が落ちる。そうすればこのデートも終わり、ひとつのイベントが待つのみになる。 忘れられない、苦い思い出がそこにはあって……。 「もうだいたい回っただろ。帰ろうぜ」 俺にはもう二度と、あんな思いをするのは御免だった。 だからさっさと別れを切り出す。今日はもうこのまま寮へ戻って寝よう。 一晩たてば、傷も癒えて…… 「ま、待って!」 「……まだ、行くところが?」 「もう、ない、けど……ちょっと、散歩、しよ?」 ――なんだよ。 ――またなのか……。 「ごめん、もう腹減ったから……」 「少しの間でいいの!」 どうしてもそれだけは避けたかったが、オリエッタの態度は真剣そのもの。 無下にもできない……。 「じゃあ、少しだけな」 「うん……」 夜の学校をオリエッタと歩く――水族館も公園も、デートの終わりには必ずそうしてきた。 そして、学校デートの終わりにも、同じようにして……そして、振られた。 「……」 はずなのに、俺はまたこうして彼女と夜道を歩いている。まるで過去をたどるように。 あれは本当に過去なのか。ただの夢か、はたまた幻ではないのか。 そう考えるのが自然にも関わらず、とてもそうは思えなかった。あれはいつしか、時の流れの外で、確実に起こったことなのだと。 そうでなければ、俺にはこれから起こる現実がこの目に視えているということになる。すなわち予知だ。 (ちょっと意地悪、してみるか……) だが今日の出来事は、俺の記憶、あるいは未来視とところどころ細部で異なる点があった。 大まかな流れは変えられずとも、そこそこに自由は与えられているということだろう。 「なあオリエッタ」 「なあに?」 「俺は前回に言ったはずだよ。恋人の練習はもうやめだって」 「なのに、どうして誘ったの?」 なんとしても同じ轍を踏みたくない俺は、あえて逆の言動に出ることにした。 こいつから誘われなければ俺は今日、散歩もデートもしなかっただろう。 だったらこいつが俺を誘ったのは一種のつじつま合わせというやつで、したらばいかなる理由がはたらいているのか気になったのだ。 「それは……」 さあ、どう出るんだ? 「誘わなくちゃ、いけなかったから」 「……?」 なんだそれは。理由になっていない。 「誘わなくちゃ……アンタが誘ってくれなかったから」 「……」 なんだよ……その口ぶり。 確かに俺は誘おうとして……でも、止めた。不吉な何かが頭をよぎったから。 (どうして……) 俺の心がそう動いたのを、こいつはわかったんだ……? 「どうして、そう言えるんだ?」 訊ねた。 自分でも薄々、その答えに勘づきながら。 「ごめんね。だって私……覚えてるもの」 「……」 覚えてる……それはきっと、俺にあるものと同一に違いない。 「私、アンタに伝えたいことがあったから……今日、こうして、ここに居なくちゃダメだったの」 「言いたいことがあるなら、その場で言えばよかったじゃんか」 「それじゃ……ダメなの」 「さっきから聞いてれば、ダメなのダメなのって……意味わかんねえよ。何がしたいんだ」 まさか、俺をもう一度振りたいとは言うまい。 「告白」 「……は?」 「私は物心ついてからずっとこのイスタリカにいた。それが私にとっては自然だったし、負い目に感じたこともなかった」 「おい、それ……」 「黙って聞いて」 「でもね、ひとつだけつらい、どうしようもなくつらいことがあるって、最近知ったの」 「人と別れること。それも、大好きな人と」 「ここから出ていく……ってことか?」 「そうよ」 こいつはずっとここにいるが、生徒のほとんどは外から流入してきた人間だ。 だとしたら別れは必然。さっきこいつもそんな話をしてたじゃないか。 大好きな人っていうのは、今までにこいつが友人になった誰がしかだろうか。 「それなら会いに行けばいいって思ったでしょ? さっきもそう言ってたものね。でも、ダメなの」 「私、イスタリカから出られないのよ」 「え……!?」 そんなの、聞いたこともなかった。いや、それよりも…… 「ど、どういうことだ?」 「このことについてはまた今度。それより、ちょっと別の話をするわね」 「6月30日……これ、なんの日かわかる?」 「……俺が、転入してきた日だ」 「そう。その日までの私には、確固たる目標があったの」 「今年の夏休みを目一杯たのしんでやる! ってね。ま、具体的なプランは特になかったんだけど」 「とにかく、そんな私のスイート夏休みライフをぶち壊そうとする危機が訪れたのよ」 「申し訳ないっすねえ……」 「アンタはビビったなんて言ってたけど、私のほうがビビったわよ! なんなのこいつ、って!」 「どういう意味だ……」 「男の魔法使いなんて聞いたことないもの! それに私にも原因がわからないってことは、どの魔法使いもわからないってことよ」 「だから仕方なく、アンタには願いを訊いてみることにしたわけ。想いのチカラっていうのは、魔法の根源的なものだしね」 「そしたらなんて言ったと思う? 彼女が欲しい、よ。バカじゃないのかと思ったわ」 「バカにバカって……」 「でも好都合ってもんよね、ここには女子しかいないんだから。彼氏が欲しいなんて言われたら、お手上げだったけど」 脳裏に浮かんだランディをかき消す。 「当時の私は恋愛にまったくの無頓着だった。ろくに意味もわかってなかったのね」 (当時……“は”?) 「だから彼女なんて適当にやってればそのうち出来ると思って、私はアンタのことを放置した」 「実際、他に原因があるかもしれないからね。でもけっきょく思い当たることはなくて、私もアンタに助力することになった」 「最初はネットで調べたり図書館を漁ったり、可愛いものよね。でも、そんなので恋愛は理解できないって気づいて」 「“協力”とか言って、さんざっぱらアンタのことを振り回して。その内容も次第にエスカレートしていった」 今こいつの言ったこと、それは、かつて俺がこいつに伝えたこととダブっている。 「恋人のフリをしてみようなんて、バカなことを言ったもんだと思うわ」 「でも、思えばアンタと同じで、あれが私にとってのきっかけだったのね」 「きっかけ……」 待て……こいつは、何を言おうとしているんだ? 「まず初めに手をつないだ。アンタの手はごつごつしてて、やたら大きくて、これが男の手なんだ……って思った」 「アンタが男であることなんて最初からわかってたのに、ヘンよね。その時から、アンタのことが気になってた」 部屋で手をつないだ瞬間。俺がオリエッタに女を意識したのと同様に、こいつも俺のことを? 「水族館は楽しかった。ここから出られない私にとっては、ああするしか外を見る方法なんてなかったし」 「私が感じてた“楽しい”が、友だちと遊ぶそれと違うって気づいたのは、帰り際」 帰り際……俺……なにかしたっけ? 「なによ、その顔。もしかして覚えてないの?」 「アンタが急に私のことを抱きしめてきた時よ! あんなの、無視できるわけないじゃない!」 「――――」 「あれから、アンタのことが欲しくてたまらなくなった。仲が悪かったわけでもないのに、それじゃ満足できなかった」 「だからそのあと、私はアンタに近づこうとした。昼休みの時間にだって、必死で誘い出したりした」 「アンタには言う必要もないことだけど、私……シャロンに手伝ってもらって、デートの練習までしたんだから」 「ぷっ」 「笑うことないじゃない!」 なんだそれは……まるで俺と葉山じゃないか。 「まあいいわ。それで、もうすでに私は参ってたのに、アンタはとどめを刺したわよね」 「とどめ……?」 また思い当たらない。 「キスよ……」 「あ……」 「あのとき私は、本当にされてもいいって……ちょっとくらいは、思ってたの」 「でも、まだ覚悟は決まってなかった。だから、ほっぺにチューされて……安心した」 「安心して……今度こそ、キスしたいって本気で思った。あのまま奪ってやろうかと思ったくらい」 自らの唇をおさえる。オリエッタが、あのとき? 「でもしなかったわよ。アンタには段取りズムってのがあるものね。律は望んでないってわかった」 「だからもし次があるなら、正々堂々とキスしてやるって思ったの」 「……ここまで言えば、もう、わかるでしょ?」 俺を頼むような、優しい目。 「一度目は、ごめん。私、嘘ついた」 後悔するような、伏せがちの目。 「だけどもう……やめる。嘘はつかない。ぜんぶ言う」 決心したような、据わった目。 「っ……」 顔がこわばる。こいつが今からなにを言わんとしているのか、わかってしまったから。 「急にやってきて、私に面倒かけて、でもやっぱり放っておけなくって」 止まらない。止められない。堰を切ったようにあふれだす、オリエッタの心のすべて。 「恋愛の話もいっぱいして、恋人の真似っこもして、何度も何度もデートして」 「そんな風に、アンタと一緒に過ごしてるうちに……」 来る。きっとそれは、俺が待ち望んでいた―― 「私――オリエッタは!」 「オリエッタ……」 「アンタ――夏本律のことが!」 交差する視線。お互いのすべてをその目で見て。 「すっっっっごい好きになっちゃったの!!!!!!!!」 「だから、お願い――」 「私と――」 「私と、付き合ってください!!!!」 「……ぁ」 ああ…… 「後出しは、ずるいってのに……」 本当はもう、知ってるくせに。 「うん……それも、ごめんね」 「……いいや、もう」 「俺も……好きだよ、オリエッタ」 「……あり、がと……!!」 「付き合おう。これからは、本物の恋人同士になろう」 「うん、なる! 私、律の彼女になる!!」 なぜ一度、俺を拒んだのか――そしてなぜ、もう一度同じ状況に俺たちはいるのか―― その疑問はいまだ払拭しきれていなかったけれど、今この瞬間だけは、心底どうでもいいと思った。 「俺はオリエッタのこと、すっっごーーーーーーい大好きだよ」 「わ、私なんか、もうもんのすっっごーーーーーーい大、大、大好きなんだから!」 「俺のほうが好きだ!」 「私のほうが好きよ!」 くだらないことで、またもめて。 「ふふふ」 「ははは」 ただひとつ言えることは、今の俺は史上最高、世界に比類がないほど、幸せで―― 「なあ、オリエッタ」 「えへへ……なあに?」 だからこそ、こんなに大胆にもなれるんだ。 「――っ」 彼女の両肩に両手を置いて、互いの両目を交わすようにして、じっと見つめる。 お互いにもう、逃げ場なんてなくて。 「デートの最後に恋人同士がすること、知ってる?」 「えっ……?」 それはかつて、俺が一度だけ放った問い。けっきょくあの時は、何もせずに終わったけれど。 それはかつて、彼女が一度だけ答えた問い。けっきょくあの時は、中途半端に終わったけれど。 「知ってる、わよ……前にも、言ったじゃない」 今はもう、そんな尻切れとんぼで終わらせる気はない。 今はもう、頬なんかで済ませるつもりもない。 「言ってみて」 「……キス、でしょ?」 正解。ウインクで合図を送る。 「ん……」 オリエッタが目をつむる。受け身に回るという合図だ。 肩を握る手に力がこもる。徐々に重心を前に倒すと、彼女の綺麗な顔立ちに視界が奪われる。 距離が狭まるにつれて緊張も倍々で高まっていくけど、むしろその限界に挑戦したい。 端正な眉、長いまつげ、美しい鼻梁、ぽよぽよのほっぺ、真白い素肌、そして、小ぶりで愛らしい唇―― 心臓が破裂してもいいくらいの勢いで、俺と彼女はようやく…… 俺達は前よりも、先に進むんだ。 「んん……!」 唇と唇を、つないだ。 鼻と鼻がこすれあって、お互いの微かな息が当たったりなんかして。 「っ、はぁ……」 一瞬だった。 言ってしまえば、ごく小さい面積の皮膚と皮膚が触れただけ。なのに…… 「……やわらかい」 「も、もう……!」 そこに触れた瞬間、全身にまでオリエッタを愛おしく想う気持ちが巡って、沸騰してしまいそうだった。 これが、キス…… 「オリエッタと、キス……しちゃった」 「私も、律と……しちゃった」 女性と唇を重ね合わせること。 いつか来るだろうとは思っていたけど、いざ味わうとなんとも言えない気持ちになった。 「やばい、今、実感わきすぎ……」 「わ、私も……」 付き合うなんて実感がない、とかよく聞くけれど、俺に限っては真逆だった。 彼女のキスを知って、彼女のことをもっと知りたくなって、所有欲と独占欲が一気にメラメラと燃え立ってくる。 こいつは俺のもんなんだと、世界中に宣言してやりたい気分だった。 「やっと……してくれたわね」 「うん……」 今までに何度もキスをほのめかしていただけに、ようやく味わえたオリエッタの唇は絶品だった。 これはきっとクセになる。 「……ときに、オリエッタ」 「……うん」 「どうして一度、俺を振ったの?」 いまだ理解できぬ質問に対し、彼女は毅然とした態度で。 「アンタの願いが叶っちゃったら、アンタがここからいなくなっちゃうからよ」 「あ……」 そこで先の話に戻るのだろう。オリエッタは、ここから出られない。 「でも……どうして? 俺たち、水族館とか行ってたじゃん」 「あれは……実際には、行ってないのと同じなのよ」 「……?」 「カードで魔法……使ったでしょ」 「ああ……」 そういえば、水族館の時も公園の時もそうだった。 でも、それが何か……? 「あの時に、霊体を飛ばして一緒についていってるだけなの。そうすることでしかニンゲン界には行けなくて……」 「え……」 「昔から、ずっとそうだった。だから、向こうにいるのは無理だし、それに……1人じゃ行くことも出来ないから」 「……」 その寂しそうな表情に、思わず言葉を奪われる。 その、説明しきれぬ苦い思いを、必死に押し殺しているかのようで…… 「でも、もういいの。アンタの悲しい顔、見たくないから」 「オリエッタ……」 「願いが、叶ったのよ。少しの間だけだけど、彼女ができて……。立派な、彼女が……」 「……泣かないで」 「俺、どこにも行かないよ。おまえがここから出られないのなら、俺はずっとここにいる。一生おまえのそばに居てやる」 「無理よ、そんなの……」 「無理じゃない。俺だって、おまえと別れるのなんかまっぴらごめんだ」 「ただでさえ、アンタは男だし……追い出されるわよ」 「その時は、戦うしかないな」 「たたかう……?」 「それくらいの駄々をこねるってこと。あるいは、おまえを連れてっちゃうとかな」 「……」 「駆け落ちみたいだね。ま、一緒にいられるならなんでもいいけど」 「りつ……」 「そもそもなんで、外に出られないんだ?」 「私が……イスタリカの、姫だから」 「じゃあオリエッタが、姫である理由は……?」 会って間もないころに投げた質問を、もう一度。 当時は面倒くさがって答えてもらえなかったが、どんな理由があるというのだろう。 「それは……わかんない」 「わかんない?」 「私が、イスタリカの秩序を守ってるから……そう、思ってたけど」 「よく考えたら、違う気がする……だって、それなら私である必要がないもの」 「じゃあ……いつから、姫になったの?」 「それも……わかんない」 「……ごめんね」 「いいよ、仕方ない……」 妙な話だ。なにかまだ、大事なピースが欠けている気がする。 「でも、私……昔は、ちゃんと説明できた気がする」 「……忘れたってこと?」 「うん……でも、そんな大事なこと……」 「……ま、無理して思い出そうとしてなくてもいいよ」 そっと頭を撫でると、彼女の表情もやわらぐ。 「おまえが俺のことを好きで……」 「アンタが私のことを好き」 「それだけで」 「十分よね……」 火照りが去っていくらか冷静になると、いまだ残っていた疑問がふたたび鎌首をもたげてきた。 「それにしても、不思議な1日だった……」 そもそも、1日だったのかどうかすら定かではない。 「アンタも……覚えてるのよね?」 「もちろん。忘れられるわけないほどに」 「……」 「……なあ。おまえ、本当は知ってるんじゃないのか?」 「えっ……何をよ」 「なぜ、俺たちが同じ日を2度も繰り返しているのかだよ」 「それは……」 「表現がおかしかった? 俺の感覚ではそんな感じなんだけど」 「ことの是非とかそういうのを問うつもりはないよ。さっきも言ったけど、今はもうほんと、どうでもいいし」 目の前にオリエッタがいるだけで頬がニヤついてしょうがないのだ。真顔で話なんか出来やしない。 「正直に言って……私にも、わからないわ」 「そうか」 「でも、アンタの言うとおり……私たちは同じ日を2度繰り返してる。それで間違いないと思う」 「ジャネット先生の反応なんかを見る限り、他の人も同様みたいだな」 「だとしたら、私たちが2度目の今日を迎えたのは……いつ?」 「えっ……と……」 今日というくらいなのだから、零時か? いや違う。2度、朝を迎えた記憶はない。 「たしか……放課後だ」 そう、放課後……俺が、オリエッタをデートに誘う/誘わない時。 「あっ!」 「どうしたの?」 「そういや、あの時……」 「それ……」 「こんなカードが出てたんだ」 「なに、これ……魔法みたいだけど……こんなの」 「知らない……見たことない」 「おまえでも……か?」 魔法のエキスパートであるオリエッタ……彼女が知らない魔法というのが、どれほどの異常であるかは理解できる。 「じゃあ、一体だれが……」 「……でも」 「やったのは私……かもしれない」 「オリエッタが……無意識のうちに?」 「一度目の夜――アンタを振った私は、それを死ぬほど後悔した。んで、それを無かったことに出来たら……って、想った」 そこまで聞けば俺でもわかる。魔法の力は想念の力…… 「次の日に改めてコクればいい? 違う、私がしたかったのはそうじゃない」 オリエッタの抱いた慚愧と希求が度を超えたものだったから、これほどまでに大規模な魔法となって現出したと……そういうことだ。 「私がアンタを傷つけて、アンタが私に失望したこと。それが、どうしても嫌だった」 「だから、いくら記憶に残ってても……私がアンタを振った事実は、もう、無かったことになってるの」 当然だ。1つの日に2つの結末などありえない。 恐るるべきは、そんな荒唐無稽さえ実現させてしまった彼女の祈りか。 「そういうことなら……納得は出来るな。時空系の魔法ってところ?」 「それでも、説明がつかないんだけどね。他のコならともかく、この私よ? 自分の魔法がコントロール出来ないなんてありえない」 理論上の筋を通しても、彼女はそれをまったく信じていない様子だった。 「んじゃ、使ってみるか? これ」 「ダメに決まってるでしょ! また巻き戻ったらどうするのよ!」 「そりゃよくねえな。またコクらないといけなくなる」 「それにこれは魔法として強力すぎるわ。封印しとくべきよ」 「え〜。せっかくのすげぇカードなのに」 「アホか! 船上からばらまいてやるわよ!」 「冗談はともかく、たしかに使わないほうがいいなコレは」 「あと……そのことは、私たちだけの秘密にすること」 「オリエッタの魔法だってこと?」 「そう。あんまり騒がせたくないし……」 「なんかあまり、いい予感がしないのよね」 「うん、わかったー」 「ノリ軽っ!」 「いや、なんかもう肩肘はってんの疲れちゃって」 「わっ」 「ん〜〜〜」 抱きしめてすりすり。シャンプーのいい香り。 「そういう小難しいこと、俺たちには似合わねーよ」 「そういう問題じゃないのよっ」 暴れるけど、てんで力が弱い。どころかむしろ柔らかなお肉がむにむにと当たって心地よい。 「オリエッタ可愛い!」 「も、もう……!」 前に抱きとめた時にも思ったが、こいつは凹凸のない体をしているくせに、やたらに肉づきがいい。 込める力の強弱を調整すれば、その肉質をたっぷりと堪能することができた。 「ねえ、ひとつお願いがあるんだけど」 「……?」 「もっかい……キスしてもいい?」 「こら……まだ返事してないわよ」 「我慢できそうもないっていうか……」 「ん……」 そうは言いつつも、ちゃんと目をつむってくれる。 俺も2度目だ。今度は、あまり焦らないように…… 「んんっ……」 「んっ……」 ああ…… やわらかい…… 最高に気持ちいい…… 「ぷはぁっ……」 「ふぅ……」 「キスって……いいわね」 「同感」 俺もオリエッタも、初めての体験に大いなる感動を覚えていた。 「これからいっぱいデートしような」 「うん! 夏休みだけど休む間もないくらい連れ回してやるから、覚悟しなさい!」 「お手柔らかに」 「……ほんと、こんなんなるなんて思ってもみなかったわ」 「俺の台詞じゃね?」 「私の台詞よ。だって、アンタのせいで私の夏休みはめちゃくちゃだと思ってたのに」 「今じゃ、アンタのいない夏休みなんて考えられないんだから。夏休みどころか、2学期だって冬休みだって3学期だって……」 「どうしてくれるのよ……」 「そうだなあ……じゃあ、2学期も3学期も一緒にいてやる」 「その先は?」 「その先も」 「やったぁ!!」 無邪気に。 「でも俺だってなあ……まさか自分の彼女がオリエッタになるなんて」 「なによ……どういう意味?」 「昔の俺に今の状況を見せたら、なんて言うかな?」 「マジかよ……」 「リアルだな。フッたんだから少しはボケろ」 「……逆に、さ」 「未来の私たちが今の状況を見たら、なんて言うかしら」 「お……」 意外な質問だった。ぱっと思いつかない。 「ふぉっふぉっふぉ、あの頃は若かった……みたいな?」 「どんなおじいさんよ」 「じいさんや、私もなつかしゅうて……」 「私もおばあさんになってる!?」 「ま、そんな具合じゃない?」 「何十年後の話よ……」 「それはわからないけどさ」 「何十年後も一緒にいられたら、幸せじゃん」 「……一緒に、いてくれる?」 「何度も言わせんなよ。いてやるってば」 「一生?」 「一生」 「あ、いいこと思いついたわ!」 「うん?」 「さっきの魔法! 何度も何度も同じ時間を繰り返せば、永遠に若いままでいられるわよ!」 「それだけじゃなくて、もし別れろなんて言われた日には、その場で巻き戻してやれば……!」 「悪知恵だけははたらくのな……」 「ああでも、私たち以外にも影響があるみたいだからダメね……」 「それにさ……別にあの魔法じゃなくても、おまえにはそれくらいの力があるんだから」 「俺とオリエッタが平和に結ばれるよう願をかければ、そんな魔法だって出てくるかもしれないだろ」 「それ、なんか私頼みな気がする」 「ばれた?」 「でもいいわよ。私、アンタがいれば、誰にだって負けないから」 この華奢な身体のどこに、こんな気力と体力があるというのだろう。 「俺も約束するよ。きっとおまえを幸せにする」 「きっと?」 「……ぜったい」 「♪」 るんるんと小躍り。小動物かこいつは、もう。 「ひとまずは……何事も起こらない限り、夏休みを楽しもう」 「ええ……それからも、ずっと」 2学期も、冬休みも、3学期も……とにかく、一生。 「これからよろしくな、オリエッタ」 この可愛くて仕方ない彼女と、笑いあって…… 「よろしくね……りつ!」 ずっと一緒に過ごせればいいと、どこかのだれかにお願いした。 「……ごめん、もういい」 そういってオリエッタは立ち去ってしまった。 それっきり、俺とオリエッタが口を交わすことは二度と無かった。 オリエッタの協力も得られず、このまま俺は魔法を無くすことが、出来るのだろうか……。 燃える日輪、浮かぶ白雲、広がる蒼穹―― 「うん……まさに海水浴日和」 夏休み初日、晴れて恋人同士になった俺たちはさっそく海へ遊びに出かける計画を立てていた。 俺たちって誰のことかって? そんなの、決まってる。俺と……。 「待った?」 「出落ちーー!!」 「あれ、アンタどうして普通の格好してるの?」 「えっ、俺? おかしいの俺?」 「私、水着って初めてだから……恥ずかしいけど、あんま見ないでね」 「ずれてる! 恥ずかしがるポイントずれてる!」 「テンション高いわね! やっぱり夏休みだからかしら」 「とりあえず、服、着ろよ!」 「へ? 海って水着で入るんでしょう?」 「普通は現地に行ってから着替えるんだよ」 「なによそれ、先に言ってよね」 「言を俟たないというか……」 「寮を歩いてた時にジロジロ見られてたのって、それ?」 「うん。確実に」 「もう! 彼女に恥かかせないでよ!」 「それよりも、こんなところで水着一丁なほうが問題だよ。早く出よう」 せっかく彼女の初水着だったというのに、堪能するヒマがなかった。 「よし! ソッコー行くわよ!」 「応!」 よし、到着! 「夏だ!!」 「海だー!!」 俺も早速と、着ていた服を脱いで水着になる。 「あ、そうすればよかったのね」 「まあね」 じゃ、入るか……。 「その前にオイル塗ってくんない?」 「そゆこと知ってるくせに、どうして待ち合わせ場所に水着で来るのかな」 どうにもオリエッタの常識は、俺たち一般人といくらか乖離したものがあるようだ。 「よし終わったぞ、俺にも塗ってくれ!」 「アンタは自分で塗ればいいでしょ!」 「そんな! ええい俺はオイルなどいらねえ!!」 駆けだしたオリエッタに続き、海へダァーイブ!! 「冷たい!!」 「でも気持ちいわ!!」 テンションは最高潮だった。 「もはや誰にも止められないぜ!」 「じゃあ沈めてやる!」 「うわー、逃げろー!!」 超ノリノリ。 「水かけてやる!」 「ちょっと、冷たいわよ。やったわね!」 ばしゃばしゃ。 「ふふふ」 「あはは」 もうサイコー。 「オリエッタ、その髪型も可愛いな!」 「ん、ありがと!」 健康的な白い素肌が陽の光を照り返して目にまぶしい。 まだお子さまだと思っていた身体のラインも、こうしてみると女性らしいカーブを描いていて非常に魅力的だ。 「ようし、捕まえちゃうぞ!」 「じゃあ逃げるわよ!」 「こら、待てー!」 「やだー!」 「うふふふふ」 「あはははは」 バカ丸出しで。 「おわっ!」 「きゃっ!」 つまずいた。でもって……。 「……」 「ご、ごめん……」 お尻に触ってしまった……。 「まあ……」 「彼氏なら……許してあげるわ」 「……ありがとう」 「あ、ありがとうって何よ!」 「え? だって触っちゃったし……良かったなあって」 「変態なんだから……」 触れるだけでぷるんと揺れたあの感触は、決して男じゃ味わえない。 小ぶりでもしっかり女性のお尻だった。 (にしても、よかった……) 結論から言うと、俺の魔法は消えなかった。 つまり卒業扱いになることもなく、俺はこうしてまたオリエッタとわいわいきゃっきゃと遊ぶことが出来ている。 「そう……恋人として!」 「ふふふ……わーっはっはっは!!」 笑いが止まらん! 「なんかキメてる?」 「キメてないけど」 頭を疑われていた。 「ねえねえ、クマノミいないの? クマノミ」 「クマノミはなあ……もっと南の、綺麗な海にいかないと」 そんなことでさえオリエッタは知らない。 魔法にいくら詳しくても、外の世界に関して彼女は完全に無知だ。 「ま、いいわ。アンタとこうしてじゃれ合ってるだけでも楽しいし!」 「そうだな! よーし、あそこに浮かぶ岩まで競争だ!」 「どりゃああああああ」 「……」 「ふっ、はっ、ふっ、はっ」 「はっ、はっ……あれ?」 振り返る。誰もいなかった。 「えっほ、えっほ……オリエッタ、どうして来ないの? 元気に泳ごうぜ」 「アンタわかってて言ってる?」 「え? ……ああ、泳げないのか!」 「ごめんね。だからボール遊びでもしましょ」 「泳ぎの練習という選択肢は……」 「ない」 「ですよねー」 俺はオリエッタと一緒にいられればなんでもいいので、さっそくビーチボールを取ってくる。 「よーしいくぞ、そーれっ」 「ダンク!!」 「げぶぅっ!」 「ご、ごめん! 大丈夫、りつ!?」 「オリエッタよ……ダンクは、グーじゃない……」 ていうかそもそも、これはバスケじゃない……。 「次はちゃんとやるんだぞ」 「うん!」 「よーしいくぞ、そーれっ」 「黄金の左足!!」 「げぶぅっ!」 「ご、ごめん! 大丈夫、りつ!?」 「おまえ……わざと……だろ……」 「実は、ちょっと……やってみたくて」 てへ、ぺろり。 「仕方ないな〜〜もう!」 「えへへ、ごめんね」 可愛いのでなんでも許してしまう。 そうしてわいわい遊んでいるうちに、いつの間にやら日が暮れていて……。 「へえ……夕方の海も綺麗なのね」 「そうだな……でも、そろそろ帰らないと」 もう6時だ。あたりの人々はさっきから、ちらほらと帰り始めている。 「もう? さっき来たばっかりじゃない?」 楽しい時間はすぐ過ぎる。俺も、本当はもうちょっと遊んでいたい。 「疲れた身体で泳ぐと危険だしね。遊び足りないなら、また今度くればいいさ」 「まだ夏休み始まったばかりだものね! そう考えるとわくわくしてくるわ」 彼女と過ごす、初めての。 俺もわくわくが止まらなかった。 「シャワー室あっちね。俺は荷物かたづけておくから」 「はーい」 「さ、明日は何しようかしら!」 「気が早いなあ」 そして寮へ戻ろうと、暗くなった校舎前を歩いていたところ……。 「あらら〜、デート帰りかしら?」 「ジャネット先生」 「ま、言いたいことは色々あるけど……とりあえずおめでとう、ミスオリエッタ」 「ありがと。この前は助かったわ」 (この前……なんのことかな) 「それで、なんでこんなところにいるの?」 「はっ、決まってんでしょ。戦に行くのよ戦に」 「合コン?」 「ここであんたらに会ったのも何かの縁よ、ぜったい勝ち組になってやるんだから」 その服装で行くのか……結果は見えてるな。 「ま、J子も頑張んなさいよ」 「なによ、その上から目線……まあいいわ。私はもう行くから、バーイ」 そう言って、ジャネット先生は発着場のほうへと消えていってしまった。 「ジャネット先生、俺たちのこと知ってたんだね」 「そうね」 先生っていうのは、意外と耳ざとかったりするものだ。 「じゃあ、とりあえず……寮に戻ろっか」 「ええ」 ロビーへ入ると、その場にいた女生徒たちが一斉に振り向いた。こちらに。 (……?) 「あ、夏本」 「おお、葉山。そんなに急いでどこへゆく」 「食堂。ええと、それよりも、その」 「……頑張ってね。それじゃ!」 「え、ちょっと!」 葉山は気まずそうに会話を切り上げて、そそくさと去っていってしまった。 「なんだったんだ……」 「もう食堂あいてるみたいだから、私たちも行きましょ」 「そうだな。お腹も空いたし……」 「じゃあ荷物置いたらここで待ち合わせね」 「おっけー」 葉山がいなくなって、荷物の減った俺の部屋。 そこに水着や日傘などを雑把にほうり投げ、さっそうとロビーへ戻った。 「お待たせ」 「いいよ、いま来たばかり」 遊んでは食べて、食べては遊んで……そのどれもにおいて、オリエッタが隣にいてくれる。 「最高の生活だ……」 「?」 「あ、兄さん」 「オリエッタも、こんばんわ」 「諷歌」 「ひめりー」 食堂に入ると、いつもの2人が出迎えてくれた。たまたまだけど。 「聞いたよ。付き合い始めたんだって?」 「う、うん……まあ、いちおう、そんな感じです」 「♪」 オリエッタがるんと腕を絡ませてくる。ふたり以外の生徒にまで注視された。 「……」 「諷歌さん?」 諷歌もまた彼女ら同様に、俺とオリエッタを交互に見ていた。 「諷歌は2人に興味しんしんなんだよ」 「そ、そんなことっ」 「別にいいと思うよ。ここでは、こういったニュースは初めてだからね」 そうなのだ。○組のA君と○組のBちゃんが付き合い始めただなんて普通じゃ珍しくもない茶飯事だが、ここじゃ勝手が違う。 「じゃ、また今度。いい夏休みを」 2人はもう食べ終えていたらしく、入れ違いに出ていってしまった。 「……とりあえず、食べよう」 「そうね♪」 そうして、いつものようにメニューを注文……。 「お待ちどう。激アツ! 愛情たっぷりラブラブMAXプレート2人前でげす」 したはずなのに、出てきたのはそんな名前の、なにやら豪勢なおかずの盛り合わせだった。 「あ、ちょっと待つでげす。オムライスには、こう……ハートを描いてやるです。はい、一丁あがり!」 「……」 「すっごいおいしそう! はやく食べよう?」 「う、うん……そうだね」 プレートからこぼれそうなほどの料理を乗せて、俺たちは2人席に腰を下ろす。 「お……? そこの夫婦、いいもん食ってんなー。わけてくれよ」 「邪魔してんじゃねえでげす。ほら、こっち」 「……」 2人は去っていった。 「なんだったんだ……」 謎は尽きないが、とにかく。 「あの、オリエッタさん」 「なあに?」 「俺たちが恋人関係になったってことは、夏休みまでヒミツにするって決めたよね」 「うん」 それは単に世間体の問題だけでなく、もしかしたら俺の魔法が消えてしまうかもしれなかったからだ。 そうなれば問題も多かろうしということで、ひとまずの期間を夏休み迄に定めたのである。 「それで、今日は夏休み初日です」 「うんうん」 「なんていうかさ、その、べつに悪いってわけじゃないんだけど」 「うわさ広がりすぎじゃねぇ??」 「っ……このお肉おいしい!!」 「聞けよ!」 「なによ。別にいいんでしょ? もう夏休み入ったし」 「そりゃね。わざわざ隠すなんてのも感じ悪いし? 訊かれたら素直に答えていいと思うけどさ」 「私がめっちゃ言いふらしたわ。そりゃもうニンゲン界にも轟くくらい」 「おまえか!」 「だっていいじゃん。むしろよく我慢したわよ。ずっと自慢したくてしょうがなかったんだから」 悪びれもせず、オリエッタはディナーを次々と口に運ぶ。 そんな態度を見て、俺は、俺は……! 「俺だってそうだよ! 可愛い彼女ができたって全世界に発信したかったもんね!」 「じゃあ広まったっていいじゃないのよ!!」 「いいよ!!!」 うん。 解決。 「なんだったの?」 「いや、なんでこうもみんな知ってるのか不思議だったから……それが聞きたかっただけ」 「みんなお祝いしてくれるからね。嬉しいわ」 そう、会う誰もが心から祝福してくれている。 1つしかないのに、なぜかストローが2本もついているこのドリンクもその証。 「でもやっぱり、知らない人からじろじろ見られるのは慣れないよな」 「そう? 放っておけばいいじゃないそんなの」 オリエッタはそういうやつだ。わかっていて訊いた。 「俺もオリエッタも有名人だもんなあ……」 姫百合先輩じゃないけれど、この学院において、お姫様と一般青年――俺――の交際なんてのはスキャンダラスにすぎる。 学園生活にまで支障が出かねないというのも、この夏休みまで持ち込んだ理由のひとつだ。 「あーおいしかった。ごちそうさまっと」 「お、珍しくぜんぶ食べきれたのか」 「そうね……やっぱりいっぱい遊んだし、私の好物ばかりだったから」 やるな、激アツなんとかプレート。 「それで、その……食べ終わったら、どうする?」 「ん……そうだな」 そう言われるとぜんぜん考えていなかった。 いつもなら別れて部屋に戻るだけの話だけど……わざわざ聞いてくるということは、つまりそういうことなんだろう。 「俺の部屋、くる?」 「いく!」 部屋に来たからって、なにも事を起こそうというわけではない。 と自分に言い訳しておかないと、こんなに軽くは切り出せなかった。 そんなこんなで、俺の部屋に来たわけである。 「葉山がいなくなったから、この部屋も持て余しててさ」 「私はそろそろ寂しかったから、トッキーが来てくれて助かったわ」 葉山はとある拍子で女子ということがバレてしまい…… そのまま退学かと思いきや、実は凄い魔法使いということが判明し、さすがに男女同室はまずいということで、オリエッタの部屋に引っ越しとなった。 つまり、今この部屋は俺だけが住んでいる。 「葉山にはなんか言っておいた?」 「なんで?」 「いやその、オリエッタが帰ってこなかったら不思議がるんじゃない?」 「それって……一晩、てこと?」 ……墓穴を掘ったかもしれない。 「い、いや必ずしもそうではなく、えーっと……帰りが遅いと、心配するのが普通っていうか」 理屈が通ってないわけじゃないが、慌てぶりが苦しい。 オリエッタが部屋に来る=泊まりという連想を切り離せなかった俺の負けだ。 「ま、まあ……きっと平気よ」 「そ、そうだな……」 やってしまった。 まずは適当に遊ぼうと思っていたのに、さっそく気まずい雰囲気である。 「に、にしても、今日は疲れたな〜!」 「ええ、そうねっ」 「わっ」 ベッドに腰掛けると、オリエッタも同じようにして座った。 ……格好だけじゃなく、位置までも。 「隣に座ってよ」 「やだ、こっちのほうがいいもん。いい背もたれになるわ」 「俺は椅子ですか……」 親が子を膝に乗せるように、俺とオリエッタは重なりあっていた。 とは言え、強引すぎる話題の転換に付き合ってくれて助かったけど。 「にしてもおまえ……やっぱ小さいな」 抱きしめればすっぽり収まってしまう小さな背。俺の数倍パワフルなくせに、華奢すぎる。 「っ……どこ見てんのよ!」 「だからそっちじゃないって! 身体の話だよ」 「カラダの話じゃないの!」 「だからそうじゃなくて……めんどくさいな!」 「めんどくさくないわよ、こっちは死活問題なんだからね!」 「おっぱいの話じゃありません!」 「なんだ。おっぱいの話じゃないの」 「そう。おっぱいでもパイオツでもバストでもチチでもないの」 「勘違いさせないでよねっ」 「いって、頭突きはよせ。しかも勝手に勘違いしたくせに」 「ごんごん!」 「この!」 「あ、ちょ、こら、くすぐるのやめなさいっ」 「ふふふ、この位置関係ではなにも出来まい」 ひたすらくすぐる。けれど…… 「んっ、んんっ……こそばゆい、からぁっ……!」 ただくすぐってるだけなのに…… 「やめ、っっ……。っ〜〜バカバカ! あんっ」 なぜだろう。煩悩が……。 「……」 端的に言って声が色っぽい。そして手のひらから伝わる肉感も気持ちいい。 以前に彼女を抱きしめた時にも思ったが、こいつは見た目に反してお肉の柔らかさが半端じゃない。 貧相に見える肉体に秘められたこのエロティックさを知っているのは、俺をおいて他にいないだろう。 「ちょっと……なんか手つき、おかしっ……ひゃんっ」 もっとそれらが味わいたくて、手先の動きがだんだんと違うものになっていく。 (匂い、やばい……) さらに彼女の髪とうなじから立ちのぼる芳香が、容赦なく俺の理性を奪っていく。 もっと、もっと……。 「う〜〜やめなさいっ!」 「痛いっ!」 渾身の逆ヘッドバットを食らった。 「すみませんでした!」 「もう……やらしいのよ、手つきが……」 やらしい……そうか、やらしいことをしていたのか……。 「……」 訪れる沈黙。 「もうちょっと控えめになら……いいんだけど」 「えっ?」 「聞き返すな!!」 「控えめになら、いいんだね」 「ほんとに聞こえてるじゃないのよ!」 言うが早いか、俺はさっそくオリエッタのカラダに手を這わせた。 「っ……!」 優しく。優しく。さわさわ。 「ね、ねえ……」 「うん?」 「もうちょっと激しくても……いいわよ?」 「なに、それ」 言ってることが違うじゃん、と笑う。 「それに、脇腹とかくすぐったいから……他のとこにして」 「他って言っても……」 「ほら、ここ……とか」 「え、あれ、これ……っっ!!」 オリエッタが俺の手を掴んで誘導させたかと思えば、あてがわれていたのは彼女の左胸だった。 胸といってもただの胸じゃない。女の子の胸はふくらんでいるんだ。 「小さくて悪かったわね……」 「だから……気にしてないって」 「でも、小さいのが、嫌なら……」 「揉まれると、大きくなる……みたいだから……その」 揉め、と? そう思ったが言葉は継がない。彼女の口から言わせたかった。 「揉まれると大きくなるから、なに?」 「〜〜っ、言わなくてもわかるでしょ、それくらい!」 「わかんないよ。ヘタこいてまたヘッドバットとか食らいたくないし」 「……」 オリエッタは観念した様子で……。 「……揉んで」 私服をたくしあげると、露わにされた彼女の素肌。海で見たばかりとはいえ、状況はまるで別物だ。 「……いいの?」 「いいから……」 なんだか流されているような気もするが、どのみち目の前のごちそうには抗えそうもない。 (段取り的に言ってもAの次はBだから……まあ間違ってはない、のかな) 「触るよ」 「あんっ」 ぴと。前置きなしに、直接ブラジャーの下に手のひらを潜り込ませる。 「あったかい……」 「感想いうな、変態っぽいわよっ」 「やわらかい」 「だからぁっ……」 男には決して持ち得ない部位。たとえオリエッタの小さな胸でも、その感触は俺のそれとは大きく隔たっていた。 「なんか、つんつんしてる」 「言うなってのにぃ……」 手のひらをつんつんとつつく、ふたつの突起。 (乳首……) ……無理だ。大きさなんか関係ないんだ。騙し騙しやってきたけどもう限界。 これは、勃つ……。 (れれれ、冷静に……) 指で挟んでみる。 「揉めって言ったでしょっ……」 じゃあ、揉みしだきながら。 「ひゃうぅんっ……」 ひときわ、高い声があがる。 「揉んであげるね。いつまででも」 「ちょっとは、加減してよね……」 「むりかも」 手がオリエッタの触感を求める。吸いついたように離れてくれない。 「ごめん、これ……邪魔」 ブラジャーを外す。初めての試みだったが、自然とうまくいった。 「なんか、慣れてない……?」 「たまたま」 そして手の動きを再開する。指先で、肌をじっくりと味わうように。 「んっ……んっ……」 オリエッタは静かに嬌声を漏らし続け、意味ある言葉は次第に言わなくなってくる。 「はぁ……はぁ……きもち……」 マッサージでも受けている感覚なのか、だんだんと朦朧としてきている様子だった。 「はぁぁ……」 ……エロい。吐息、喘ぎ声、そしてこの香り。 夢中になっているオリエッタにバレないよう、俺は彼女のうなじに顔をうずめた。 むせ返るほど強烈な、女の子の匂い。あのオリエッタが発しているとは思えない。 「ん……もっと、強くても……いいかも」 その言葉を聞いて、俺は無言で指先を荒くする。 「んんんっ……変態……」 つまんだり。 「あんっ! そこはやめて……」 こねたり。 「やめなひゃいって……言ってる、でしょっ……」 やめるわけなんてなくて。 「うううぅぅ……」 オリエッタはただなされるがまま、乳房と乳首をもてあそばれていた。 「はぁ、はぁぁんっ……っ」 「きもちい……もっと……」 自分の身体をオリエッタの背中と密着させると、ますます充足感が満たされる。 けれど俺のそいつはすでに突起するほど張り詰めているため、腰だけは引いておく。 「はぁ……はぁ、んんっ……ふぅ……んっ」 人間の欲求は果てしない。そんな時間が長く続いていると、さらなる新天地を求めたくなる。 別のところ……それも普段は見られないようなところを……触ってみたいなって……。 (いやいやダメダメ、それはちょっと早すぎ。今ならまだただのマッサージってことで引き下がれるから) 女性のおっぱいを揉みに揉んで、なにがマッサージだと言うのだろう。 ここまで密着しておいて、今さら離れることなんて出来るのだろうか……? 「オ、オリエッタ」 「んっ……なに?」 気をそらそうと、会話を再開させてみる。 「オリエッタは……どうしてそこまで、胸にこだわるの?」 さっきも、背丈については平気な様子だった。チビより貧乳のほうが恥ずかしいらしい。 「わかんないけど……んっ、だって、大は小を兼ねるでしょ?」 「そんなことないと思うよ……小さいのが好きな人だっているさ」 気をそらすだなんだと言いながらも、胸をまさぐる手はやめない。 というより、もう止められない。 「りつは……そう?」 「どうだろ……俺はオリエッタのなら、どっちでもいいけどな」 「でも、おっきかったらさ……挟んだりとか、できるじゃない」 「挟、む……?」 「はっ、ふわ……やんっ、挟むなぁっ」 乳首を指で挟んでみたが、どうも違うらしい。 「ここコリコリされるの、好き?」 「好き……じゃなくて、好きだけど……話、それるから……あんっ!」 でもまだコリコリする。 「きもちいい?」 「う、うんっ……気持ちいい、けどっ」 「りつ、しつこい……気が散って、んんっ、話せないってば」 「……ごめんごめん。それで、挟むって?」 「だから、挟むの」 「?」 「もう……なんでわかんないの?」 わずかな怒気をはらんだ声と同時に、オリエッタは俺を振りほどいてベッドを立った。 「オ、オリエッタ?」 「座ってなさい」 仰せのとおりにする。 「……開けて」 「……え?」 「そこ、開けて……ていうか、それ……」 オリエッタの目線の先、それは俺の大きく膨張した股間部だった。 「み、みないで」 「嫌よ……開けなさい」 「開けるって……」 「じれったいわね、私がやる」 「ちょ、ちょっとオリエッタ!」 「にしても、びっくりね……骨みたいじゃない」 「う、わぁ……」 やっちまった。勃起した己の陰茎が、まじまじと他人に見られている。 その羞恥がますます興奮を加速させて、顔から火が出てしまいそうだった。 「あ、あの……どういうことか……」 いつの間にやら剥き身にされた息子の前には、オリエッタの息を呑む表情。 喋るたび、吐息がかかる……。 「わかんないの? だから……こういうことだってば」 「私のじゃ、そりゃ満足にできないけど……」 今、やっと彼女の言わんとしていることがわかった。 「あ、挟むって……」 「今ごろ理解するほうが、失礼……」 愚痴もほどほどに、オリエッタは自らの体躯ごと上下動を始める。 「うー、やっぱりうまくいかないわ」 「オリエッタ、無理しなくても……」 「無理なんかじゃ、ないんだから……」 自らの性器を女性の前にさらけ出す。 それだけで心臓がバクバク言うほどの事態なのだが、それ以上に必死なオリエッタに注意がいく。 「ほらね、おっきいほうがいいでしょ?」 「そんなこと……」 「ごめんなさい……小さくて」 ……ほんとに、こいつは。 「謝んなくていいよ」 頭を撫でる。諭すように。 「オリエッタがこうしてくれるだけで、俺は幸せだし……それにこれだって、なにもやらなくちゃいけないわけじゃない」 「でも、できないのは悔しいのっ」 「いつかは絶対、おっきくするから……それまでは、これで我慢して?」 心底申し訳なさそうに詫びて、懇願するような上目遣い。その破壊力。 「うん……」 「おっきい人に浮気とか……しちゃダメなんだからね?」 「そんなの、胸のサイズうんぬん以前にありえないよ。だからオリエッタ、無茶はしないで」 「無茶じゃないから……私だって、できるもん」 胸を動かす。けれど乳房というよりは、胸板でコスっているような感じだ。 「気持ちいい……かも」 オリエッタが先に見せた嫉妬心と、そんな女が自分の分身に奉仕してくれているという興奮のせいで、物理的刺激以上の快感がある。 性行為経験のない男は、挿入なしでも暴発してしまうことがあると聞くけど……納得せざるを得ない心境だ。 「はぁ、はぁ……」 それに断続的にあたるオリエッタの息吹もまた、微弱ながら快楽の手助けとなっていた。 肉棒を包む生ぬるい温度と、それにまとわりつく湿り気。股間部に意識を集中させるとそれらが鮮明に感じられる……。 ねとっ。 「うわっ」 咄嗟に腰を引く。予期せぬ刺激が加わって。 (よだれ……垂らしてる……) 俺が感じた刺激の正体は、とろりと落ちるオリエッタの唾液だった。 ぬめぬめと温かいそれが、棒状につーっと垂れていき……。 「こういうのも、あるって……知ってた?」 胸と胸板による刺激が、それをまぶす。 普段、彼女の口内にあるものが、いま俺の股間を汚している……。 「アンタの、今ピクッてうごいた」 「やばいよ、それ……」 こちらを見つめるオリエッタの可愛らしい顔と、彼女の唾液まみれになった俺のペニス……目まいがするほど刺激的な光景だ。 「じゃあ、もっとしてあげる!」 得意になった様子のオリエッタはますます動きを加速させ、不定期に口からよだれを垂らす。 「でもこれ、めちゃくちゃいやらしいわね……」 「エロすぎ、だよ……こんなん続けたら……」 「続けたら?」 「出るから……」 「出していいわよ……れろ」 「うあっ」 舌先で、ほんの少しだけタッチ。 「えへへ、でもまだちょっとこれは無理かも」 「でも、その代わりに私のツバあげるから……ね」 「まずいって……本気で気持ちいい」 「アンタがイクまで、やめないわよ」 ……まじか。もう時間の問題だ……。 「今までずっと、1人でこんなことしてたの?」 「う、うん……手で、だけど」 恥ずかしいことを告白させられる。 「私で?」 頷いて、目をそらす。 「こっち見て」 「あうあっ」 摩擦が強まる。こいつ絶対、狙ってやってる……! 「は、恥ずいもん……」 「私で……その、出したり……してたの?」 「はい……」 その回答に、オリエッタは満足したのかいやらしい笑みを浮かべた。 「変態……」 「ずっとずーっとコスり続けて……どぴゅって、させてあげる……」 「どこで覚えたの、そんな台詞っ……」 「乙女の読み物で」 言葉に違わず、オリエッタのペースは止まらない。 「なんで目ぇそらすのかしら?」 「こっち、向いてよね」 「だって……」 いま目を合わせたら、そのまま彼女に呑まれてイッてしまいそうな気がする。 「だから、イッてもいいってば」 「うああっ」 そして、彼女と目を合わせた瞬間。 「イッちゃえっ」 ドクッ、ドクッ、ドクッ……! 俺のペニスがオリエッタの胸の上ではしゃぎまわる。 「わぁ……っ、ふわ……あぁ……す、すごい、のね」 「っはぁ……はぁ……」 息が荒くなるほどの射精というのは、初めてかもしれない。 胸を揉んでいる時から焦らされ続けて、最後はその胸で……だものな……。 「ご、ごめん……汚しちゃって」 「はぁはぁ……こういうのは、汚れとは、言わないわ」 「……ねえ、満足できた?」 「……うん」 「でも、さ。その……自分1人だけ、満足するつもりじゃ、ないわよ……ね?」 「……ごく」 いいのだろうか……。 いや、もういいとか悪いとかの次元じゃない。 「ね、ねぇ……しよ?」 我慢、できない。 オリエッタがスカートを下ろす。そして、パンツも……。 「見てないで……アンタも脱ぎなさいよ」 「う、うん……」 しかし悲しいかな、たとえ脱ぎ始めたとしても俺はオリエッタを見るのをやめない。 純白のパンティを下ろすと、そこにあったのは健康的でぷりっとした、肌色。 むしゃぶりつきたくなるような……。 「だからっ、アンタも脱げっての!」 「わ、ちょっ」 強引に上着を脱がされる。 「下も……」 次いでズボンも。 「パ、パンツは自分でやるから」 全裸を晒したオリエッタの前でパンツ一丁。しかも肉棒はいまだ露出しており、だんだんと角度を上げている。 「遅いわよ、私だって恥ずかしいんだから……」 「う、うん……」 パンツまで脱ぐ。風呂でもないのに素っ裸でいることに違和感を覚える。 「なに……隠してんのよ」 「恥ずかしいから……」 外気がすべての肌を撫でる。無防備すぎて、思わず身を縮めてしまう。 「オリエッタこそ……胸、隠してるじゃん。さっきまで見せてたのに」 「う、うっさい」 麻痺していた羞恥心がふたたび芽生えてきたのだろうか。俺のほうも、ついペニスを隠してしまう。 見つめ合うこと数十秒。 そのまま膠着していたせいで、不意に動いたものには目ざとくならざるをえなかった。 変わらずオリエッタは微動だにしていない。でも、落ちた。ベッドのシーツへ。 いや、垂れたというべきか。腰を浮かせた彼女の、股の間から……。 「きゃあっ」 その一滴で、俺のなけなしの理性は欠片も残らず吹き飛んだ。 「なにすんのよっ……」 「オリエッタ……濡れてる」 濡れているどころじゃない。雫が落ちるくらいなのだから、溢れていると言っていい。 「いやっ、ちょっと、変態っ」 そんな水分に満ちたオリエッタの女性器に、俺は自らのそれを乱暴にこすりつけた。 まだよだれが付いていたそれを、こぼれる愛液をすくい取るように動かして、まぶす。 「ううう……バカッ、バカッ」 両手をつないでいるせいで、オリエッタは素股に抵抗する術を持たない。 オリエッタは乳首の隆起した胸も、愛液にまみれた女性器も、隠すことなく俺にだけさらけ出している。 それだけじゃない。脇もお腹もふとももも、鎖骨も、おへそも、お尻まで……。 「すごい……べちょべちょだよ」 「知らない、知らない!」 オリエッタのアソコは濡れているにも関わらず、彼女の身体のどこよりも熱い。 「オリエッタの方こそ……ひとりでシてたり、しなかったの?」 「……最近までは、ぜんぜん……知らなかったわよ」 「最近までは?」 「だからぁっ……!」 「ひとりでシてたら、こんなふうに濡れたりした?」 頬を羞恥に染めて、うなずく。 「アンタが私に、覚えさせたようなもんなんだから……」 「……嬉しいよ」 俺がオリエッタの初めてのおかずで、彼女に性を芽生えさせるきっかけになれた。 正直、この上ない光栄かもしれない。 「俺のせいで、こんなにいやらしくなっちゃったわけ?」 「や、やぁっ」 肉棒を動かしてねちょねちょと音を立てる。 「もうこれ以上つけらんないや……でも、まだ出てきてる」 もったいないので、指ですくって、舐める。 「な、なにしてんの……! ま、まだお風呂……入ってないんだからぁっ」 「さっきシャワー浴びたから、平気だよ」 またすくって、舐める。 「〜〜っ! そ……それもう、やめて……恥ずかしすぎるからぁ」 「わかった」 俺のほうも、舐めたり、なすっているだけでは、満足できなくなってきた。 もっと気持ちよくなれる場所がそこにあるんだから……。 「オリエッタ」 「……」 「いい?」 「ダメって言って……止まれるの?」 「オリエッタが嫌なら」 「そういうのは……ずるい」 「嫌なわけ……ないし」 嫌なわけない。何気ないひと言だったけど、胸が一気に暖かくなる。 「でも……ちょっと、早いかなって」 「た、確かに、早いかもだけど……」 「どうせなら、さっさと済ましちゃったほうが……後にいっぱい出来るから、おトクじゃない?」 「……そうかも。しつこく確認してごめん」 「いいわよ……私のこと、考えてくれたのよね」 長い問答だったが、得た答えはたったひとつ。OKだということ。 つまり俺たちは、これから……。 「入れるよ」 「……うん。来て……」 先で少しこじ開けて、位置を確認。 言葉にするのは簡単だが、実際には亀頭の敏感な部分が思いきり女陰に当たるわけで、それがもたらす違和感と興奮は果てしない。 でも、今はそれを味わうより……オリエッタをきちんとエスコートしてやらないと。 (うっ……) 入れる……のか。とうとう。 「は、はやく……」 初めてのセックス……。 誰もが通る道だとわかっていながら、その行為の異常性に俺は生唾を禁じえない。 「……いくよ」 突き立てるべく、腰に力を入れる。 「ん……っ、んんんんっ……! うっ、く、ううっ……」 おかしな感覚だった。 俺はそれを入れているのに、俺ごと入っていく感じがする。 「ふぅ、ふぅ……う、く、ふぅっ、んはぁっ」 「……入ったよ」 俺の腰と彼女の臀部が密着し、愛液も俺の股間へと流れ落ちていく。 「も……もう?」 「う、うん」 地味に傷つくというか、なんというか。 「案外……痛くないのね」 「そう? でも、血……出てる」 「ほ、ホント……?」 痛くなかったのは大量の潤滑油のせいだろうか。 まあ個人差があるというし、苦しまなかったのなら幸いだろう。 落ち着くと、改めて俺は眼前の光景を見る。 「うわぁ……」 恥ずかしげもなく股を広げているオリエッタ。その中心部を貫いている俺と、俺のそれ。 つながっている。合体している。男と女が。俺とオリエッタが。 彼女本人でさえ踏み込んだことがないだろう彼女の内部に、俺はこともあろうに男性器を突き刺して。 オリエッタのもっとも敏感な部位と、夏本律のもっとも敏感な部位が結合している。 ……もはや言葉にしようがないほど、たまらなく淫靡な光景だった。 「あ、あぁ……う、うぅ……これ、エロすぎよ……」 雑誌やビデオじゃ見慣れたものが、実際にやるとこんなに興奮するものだったなんて。 かつて経験したことのない快感に、ひとときの感動すら覚える。 「それで、その……動いていい?」 意識を自らのそいつに移す。 オリエッタの膣内……熱くて、ぬめぬめしてて、脈打っていて、締めつけてくる。 「んんっ……ていうか、さっきから動いてるわよ。はぁはぁ、気づいてないの?」 「う……ごめん」 気持ちよすぎて、もう無意識のままに腰を動かしていたらしい。 「さ、さすがに、動かれると痛いけど……いいわよ。気持ちっ、いいの?」 「うん……すごく」 了承を得て、今度は少し強めに動いてみる。 「ん……っ! んっ、はっ、んああっ」 「うおおっ」 「……な、なに? どうしたの?」 「いや、これ……やばい」 気持ち悪くて気持ちいい。 これが他の部位であったなら気色の悪い感触だろうに、剥き出しにされた陰茎はそれらをすべて快感に変える。 「止まんないって、これ……!」 「んあっ、んふ……っ、あぁんっ、ん、ん、んっ!」 動かすたびにオリエッタは声をあげ、そのたびに膣内は荒々しくうねった。 ねっとりとした粘膜が余すことなく男根を包み、ひだひだが不規則に刺激を与え続ける。逃げ場はない。 「んっ、あぁっ、んあっ……ふっ、あんっ! あっ、くっ……ううん!」 でもって、オリエッタはさっきから初めて聞くような声をあげている。 いや、彼女自身も初めてあげる声に違いない。 男に性器を突かれて初めて、腹の奥から出てくる嬌声……それは、今までのオリエッタのイメージとは真逆のもの。 生で聞く喘ぎ声は信じられないほど淫らで、まして普段が普段なオリエッタからこんな、女の音色が出るなんて……。 「良すぎる……」 「はぁ……ああっ、んっ、そんなに……んんっ、んっく、くぅ……いいのっ?」 「うん、いい……!」 全身を前に倒しこむ。目の前にオリエッタの顔がきた。 「んっ……」 触れるようなキスをしてから、ふたたび腰を動かし始める。 「あんっ、あんっ……んんっ、はぁっ、はぁっ、あ、あ、あ、あっ!」 こちらの突くタイミングに合わせて、オリエッタの口から喘ぎが漏れる。 それがまるで、オリエッタをモノみたいにして扱っているようで……。 突けば突くだけ嬌声をあげる楽器のようで……俺の興奮をさらに加速させる。 「あ、あ、あ、あ、はぁっ……手ぇ、離さないでよね……っ」 「もちろん……」 両手にぎゅっと力を込める。ずいぶんとお互いに汗ばんでいた。 「あ……くうっ、ひゃうんっ、うっ、ううっ……そ、そこぉっ!」 「乳首弱いね、オリエッタ」 「吸うなっ、バカッ! んっ、あ、あああっ、はぁっ、んんんーっ」 ベロで乳頭を転がしつつ、局部でお腹を繰り返しつつく。 痛みからか恥ずかしさからか、オリエッタは逃げるように身をよじるが、当然逃げられるはずはない。 両手でしっかりと抑えながら、彼女が魚のように身を跳ねさせるのを見届けていた。 「はぁっ、あ、くっ、なんか……ずるいわよっ、アンタ、だけ余裕で……はぁはぁ」 「別に余裕なんかないけど……俺はただ気持ちいいだけだから」 痛みなんて一毫もない。ただ腰を振れば振るほど桁外れの快楽が押し寄せるから、それを求めてただ彼女の膣を貪るだけ。 「もう、イキそう……」 「イクって……さっきみたいに、出すってこと?」 そういえば避妊具をつけてない……緊張と興奮でそこまで気が回らなかった。 「うん……でも、まだ、イキたくない」 この快感を、この陶酔を、まだまだずっと楽しんでいたい。 一生このままなら、俺はどんなに幸せだろう……。 「ん……っ、私も……離れたくないわ。ずっと一緒が、いい……っ」 っ……。 そんな健気な言葉を吐かれて、発奮しないわけがなかった。 「んあっ!? んっ……はぁっ、あんっ! はあっ、や、あ、ああ……うぅ……っ」 「も、もう、出そ……っ」 この快楽を前に抗うことなんか出来るはずもなく、射精を先延ばしになんてできない。 だからせめてその間に目一杯の肉を味わいたくて、ピストンを速めて強くする。 「うっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……すごっ、んあぁっ、はぁぁ……ああっ」 「りっ、りつぅ……! あ、あ、あっ、あく、くうっ、ふ、う、りつううう!」 「ここにいるから……」 オリエッタの身体を舐める。首も、脇も、唇も。 「んんんっ……はぁっ、はぁっ……あんっ! ひゃう、あっ、胸は、ダメだからぁっ……!」 「りつ、好き、りつ……あああぁぁんっ!」 「俺も好きだよ、オリエッタ」 耳元でそうささやくと、彼女から切なげな喘ぎが漏れた。 「耳っ、近くで、言われるの……! いいっ、んっ、はっ、はあっ! 好きぃ!」 「ずっとっ、一緒に……んくっ、いてよねっ」 「……ああ。ずっと、一緒に……」 臨界点の間際、会話の最中にも、俺は腰を振り続けて……。 「ふわあああぁぁぁぁっ……!!」 「う、あっ……!!」 射精。射精。飛び出る精子、精液。それらが総て、ともすれば陰茎まるごと、オリエッタの膣に吸い込まれていく。 今までずっとティッシュ相手に及んでいた行為なだけに、人の体内で放出するなんて考えられないことだった。 (これが、女の子の……) こんなに気持ちよくしてくれて、そのうえ射精まで受け止めてくれるだなんて……こんな素晴らしいことがあっていいものだろうか。 俺は絶対にハマってしまう。いや、もうハマってしまった。 「はあ、はあ……っ、はぁぁ……こんな、運動……んっく、ふぅ……初めて……」 「俺だって……はぁ、はぁ」 まだペニスは打ち震えている。びゅるびゅると、濃い液体が流れ出るのがわかる。 「オリエッタ、好き……!」 射精して気持ちが萎えるかと思いきや、むしろ愛おしいという想いが強くなるのが不思議だった。 一生をこいつと添い遂げたいと、本能ですらそう訴えている。 と、そこで、オリエッタの様子が一風変わったものであるのに気づく。 「あぁ……」 「……オリエッタ?」 「うん……」 聞こえているのか、いないのか。 「聞いてる?」 「聞いてるわ……」 にしてはヘンだ。なんだかぼーっとしているような。 「どうか……した?」 中出ししちゃったの、まずかったかな。まずいに決まってるか……。 「わかんないけど……安心したの」 「安心?」 「うん……なんかね、胸のつかえが取れたみたいな」 彼女の言っていることはわからなかった。でも、ネガティブな意味でないことだけはわかる。 「私たち、きっと……幸せになれるわよね」 「ああ。きっとなれる」 「ええ……私、りつが居れば大丈夫」 「俺も、おまえがいれば大丈夫だよ」 「おまえじゃ……やだ。名前で読んで」 「オリエッタ」 安堵のため息をついて、オリエッタは静かに笑った。 「りつ」 「大好き……」 「ん……」 まどろみから徐々に意識が醒めていく。迎えるのはいつもどおりの朝と、いつもどおりの光景。 窓、朝日、ベッド、シーツ、オリエッタ……。 「……オリエッタ?」 右手を動かす。 やわらかい人肌の感触。 だけど俺のではない。 「っ……ていうか、俺も裸じゃねえか……」 ようやくぜんぶ思い出した。俺は昨日、自分の彼女……オリエッタ……と…… 「初体験……」 肉の芳香。肉の感触。肉の味わい。それらが想起されるたび、露出されたものがピクリと動く。 「オリエッタを起こ……す前に、服を着よう」 昨夜は恥じらいのメーターが振り切れていたからなんとかなったが、その値はすでにゼロに戻っている。 裸を見られるだなんて、顔が赤くなっちゃうよ……裸? 「ぶっ」 オリエッタ、こいつ全裸じゃねーか! いや当然だけど! (肌、白っ……) か細い身体のラインと、むき出しになったうなじが妙にエロい。 (少しだけ……) そろ、そろりと、彼女にかぶさるシーツをずらしていく。 「ふぉあぁっ」 わずかに膨らんだ胸とピンク色の突起が顔を出して、思わずやばい声をあげる。 呼吸とともに揺籃のごとく上下する胸に、飛び込んで頬ずりしたくなるほどの母性を感じた。 「ん、んん……!」 「げ」 俺の奇声のせいか、オリエッタが突如うなりだして寝返りを打つ。 (お、おかげでさらにシーツがはだけてしまった……) しょうがないなあと思いながら、鼻の下を伸ばす。俺は凝りずに再度シーツをめくった。 (こ、これは……!) オリエッタの女性器。ちょうどよく股が開けており、俺はしかと目に焼きつけるようそこを凝視した。 (こんなんなってるのか……) シンメトリーにうっすら生える産毛の下に、ぴたりと閉じた貝のような臓器。割れ目。 けれどここは昨夜には俺のそいつを飲み込んで、その口を開けていたはずで……。 (ちょっと……ピンクが見える) だとしたら、ここを開いてさらに奥を覗けば、桃色なオリエッタの内部が広がっているのではないか。 「……ごく」 生唾を飲む。 こうしてまじまじと見ただけでも勃起が治まらないというのに、これに一物を挿入するなんて信じられないことのように思えた。 「……」 あそこのちろっと出っ張っているのがクリトリスというやつだろうか。 昨夜は胸ばかりいじって、こちらを疎かにしていたのが悔やまれる。 (舐めたい……) 我ながら脳がイッてるんじゃないかと思うほど、変態的な発想だったが、それでもエッチの時の雰囲気ならヤれたはずなのだ。 惜しい……。 (今からでも、遅くない……?) ちょっと、自分に思いきり正直になってみよう。 うん……舐めたい。 オリエッタの股に、ただれた唇のようなその内臓に、普段は尿を排出しているそこに、俺は顔ごと突っ込んでむしゃぶりつきたい。 「朝っぱらから、ちょっとおかしいな俺……」 むき出しになった欲望の下劣さを反省し、かぶりを振る。 大体そんなことをして、オリエッタが目覚めでもしたらどう言い訳するつもりだ? (口は災いの元とも言うしな……はは) くだらないこと考えてないで、起きよう。そしてさっさと着替えて煩悩を取り除こう。 「ん……?」 と、完全に布をどかされ全くの全裸になったオリエッタがうめく。 (やばい、起きるッ) こんな朝っぱらからひとり女体観察に勤しみ、あまつさえペロペロしたいなどと思っていたことがバレたら、間違いなくぶっ飛ばされる。 「ん……んーっ……!」 そして完全にまぶたを開けた。 「や、やあ……おはよう」 「……りつ?」 「りつだよ」 「おはよ……」 あれ、意外と冷静…… 「ってえええええええっ!?」 「でもなかったー!」 「な、なんで、りつ? ていうかここどこ?? なんで私ハダカ???」 だがなにも覚えていないようだ。 (よし、勝った) 結果として、俺はオリエッタの裸体をじっくりと拝むことが出来たわけで……当分の間は、先の映像を“使う”ことになるだろうと直感した。 「り、りつ、なんてもん出してんのよ!」 「え? ……うわあああっ!」 人のことを気にかけてる場合じゃなかった。俺とてフルチンのうえ、そいつはガチガチに直立していた。 「へ、変態っ!」 「バカ騒ぐな、俺の部屋なんだって!」 てんやわんや。 「今ここから姫様の声が聞こえたっす! 監禁りょーじょくされているに違いねえっす! キャーッ、だれかー!」 「あらかじめ張りついていたかのような対応速度、まるで根拠のない断定、そして気味が悪いほど似合わない悲鳴!」 「ちょっと、黙りなさいシャロン!」 暴走シャロンを窘めるべくオリエッタが立ち上がるも、なぜだか足取りがおぼつかない。 「黙るのはいいでげすが、今度から外泊する時はちゃんと連絡するっすよ」 「う、うん……ごめん……」 けっきょく服など着る間もないまま、ドア付近まで歩いて喋っているオリエッタ。一糸まとわぬ全身が丸見えだ。 「心臓に悪い……」 シャロンとオリエッタの調子は普段のものなだけに、彼女をひん剥いていることに対して、なにかクセになりそうな背徳感を覚えた。 「うん、じゃあ……そういうことだから」 「わかったでげす。で、なんであちしを部屋にあげてくれないでげす?」 「え、そ、それは……色々あるのよ」 「ほお、そうっすか。お困りのことがあるなら手を貸してやるっすから、さっさとこのドア開けるでげす」 「ダ、ダメなの……今は……」 「……」 ありゃ完全にバレてる。でもオリエッタのほうは、からかわれてると気づいていない。 なぜならあいつは恐らく、異性のもとに外泊するという行為が、こんな結果を招くという一般論を知らないから。 「さあ、さあ! なーぜあちしを閉め出すでげすか!?」 「ええと、ええと……!」 「シャロン……あんまりいじめないでくれ」 「ほう。ということは、昨晩はさぞいじめ抜いたんでげしょうね」 「ぶっ」 「図星っすか?」 「ち、ちがう! とにかく今はドアを開けられない事情が……」 「お待たせシャロン、もういいわよ!」 なんと隙をみて着替えていたオリエッタは、いきおいよく扉を開け放った! 「あ……」 「げ……」 「……あ」 俺はまだ、着替えていなかったのに…… ……。 「た……れた……られた……みられた……」 ちゃんと朝風呂を浴びて服を着て歯を磨いて、ひととおり落ちついた状況でなお俺はしくしくめそめそと泣いていた。 「いつまでメソメソしてんのよ」 「だって、上半身はともかく……大事なところまでばっちり見られちゃったんだぞ!?」 「済んだことじゃないの。べつに見られても減るもんじゃないし」 「そうだけど……ん?」 「減るもんじゃなければいいのか?」 「そんなに気にしないわよってこと」 「なあんだ、そうだったのか」 「? どうしたのよ」 「いやあ実は俺、今朝おまえのアソコずっと見てて……」 「……」 「……あれ? んでそのうち、舐め」 「アホかーーーーーー!!」 ああ…… 口は災いの元なんだな…… 「それで……今日はどうする?」 「いま何時?」 「10時……寝すぎたな」 「昨日の、疲れたもんね」 「……」 思い出しちゃった……。 「ちょっとお腹が空いたかしら」 「食堂いくか。10時だから、ブランチって感じで」 「あの……さ」 「はい」 「できれば今日、あんまり歩きたくないんだけど」 「なぜ?」 「……なんかどうも、違和感があるのよね」 「なんの話?」 「ま、まだ入ってる感じがする」 「なにが?」 「だからぁ……!」 オリエッタがおもむろに手のひらを自らの股間にあてがって……ようやく俺は理解に至る。 「ね?」 「すまん、気づかなかった」 「それで、その……まだちょっと、痛むのよ」 「あれ……痛くないって言ってなかったっけ」 「最初はそうだったけど……アンタが、がつがつ突くから」 「ごめんなさい……」 体格的にもオリエッタはまだ未発育だし、少々激しくしすぎたかもしれない。 「でも……嬉しかった、けどね」 もじもじと。 「普段、見らんないような顔、してたし……可愛かったわよ」 「からかわないで……」 Hの時の表情なんて、自分でもさぞだらしなかったろうと思う。 「ああいうのアヘ顔っていうの?」 「いわないから、その言葉わすれて。ただちに」 ええと……なんの話してたんだっけ。 「そうそう。でも食堂に行かないと、ご飯たべらんないよ」 「……取ってきてくれない?」 「……ここで食べるの?」 「たまにはいいでしょ? 夏休みだし!」 「部屋に戻らなくても平気?」 今オリエッタは葉山と相部屋のはずなので、心配しているのではなかろうか。 「さっき、シャロンが伝えておいてくれるって」 「そっか……なら、まあ」 オリエッタが俺の部屋にいてくれるというのに、否定する材料を探すこともないか。 「じゃあ、ちょっと食堂に行ってシャロンに頼んでみるよ。ちゃんとお留守番しててね」 「うん、わかったわ」 「誰か訪ねてきても出なくていいから」 「はーい」 わが子のように言いつけて、俺は食堂へと向かった。 「テイクアウトで」 「仕方ないでげすねえ。でもちゃあんと特製メニューを作っておいたから安心するでげす」 「忘れずに返却するでげすよ」 「ただいま――っておおぉぉーーい!!」 一瞬出かけている間に、オリエッタが空き巣を働いていた。 「ず、ずいぶん早かったわね!」 「部屋あさんな!」 「エッチな本なかったわ」 「当然だ」 実家にはあるけど……。 「タンスまで開けちゃって……ちゃんと元に戻しとけよ」 「知ってる? タンスを開ける時って、下から開けると上段が邪魔にならなくてスムーズなのよ」 「そんなコソドロ知識はどうでもいいから、さっさと片づけること。それまでご飯抜きです」 「えぇぇ〜??」 「ぐちぐち言わない!」 まったくもう……。 「ふぅ……なんとか片づけたわ」 「よし。じゃあいただきます」 「ねえりつ、こっち来て」 オリエッタは自らの隣をぽんぽんと叩く。 「別にいいけど……」 「えへへ……はい、あーん」 「!」 このまま腕を組めるほど密着して、オリエッタは俺に玉子焼きを差し出してくる。 「もぐもぐ……」 「懐かしいわね」 「あの頃はまだ恋人同士じゃなかったもんなあ」 それを思うと、当時と今とでは大きな隔たりがあるような気がする。 日数的には大した間じゃないのだけれど。 「もっとくっつきましょ、りつ」 「お……おう」 ふにゅ。むにむに。 小柄な体格でも、肉感だけはむちむちだからオリエッタは最高だ。 「はい、あーん」 「もう玉子焼きはいいわ」 「じゃあなにがいい? うなぎ?」 「……なんで朝……昼からうなぎがあるの?」 「特製メニューらしい」 たしかに少々ひっかかるが。 「オレンジジュースがいいわ」 「へ? ジュース?」 どうしろと? 「はい」 パックを持って、ストローを口元に差し出した。 「そうじゃなくて……」 「???」 「いいわ、まずは私がやるから」 オリエッタは俺からジュースのパックをひったくり、そのままストローで飲んだ…… 飲ん……いや、口に含んだだけ? 「んーっ」 (え……これって……) 口移し……? 戸惑っている間さえ十分に与えられず、そのままオリエッタは俺に唇を押しつけてきた。 「んーっ、んんーっ……」 「んっ、んっ……ごくっ、ぷはぁっ」 「……わかった?」 濡れた唇から漏れた、オレンジの息が鼻にかかる。 「今度は、俺ね……」 ジュースを口に含んで、顔をオリエッタに近づける。 (そんな、待ち遠しそうな顔すんなよ……) 「んっ……! んっ、んっ……んん……」 わずかに、少しずつ、もったいなげに、オリエッタの口内にジュースを注ぎ込んでいく。 その間ずっと唇同士は触れっぱなしで、時おり舌や歯が当たる。 「んっ……んっ……んっ……」 彼女のほうもまた、味わうようにジュースを舌で転がして、ちびちびと嚥下していた。 「んっ……はぁっ……んんっ……!」 「んっ……!」 お互いの口からジュースがすべて無くなっても、彼女は俺をむさぼる行為をやめなかった。 まるで俺の唇をしゃぶればしゃぶるほど、ジュースが出てくると勘違いしているかのように。 「はぁっ、はぁっ……んん……」 「んっ、んんんっ……! はぁっ、れろ……んっ」 ほんのりと蜜柑味な唾液と吐息の交換。そこにオリエッタ本来の味と匂いを嗅いで、俺は―― 「も……もう、だめだよ。ジュースなくなったからっ」 「はぁ、はぁ……えーっ……?」 口周りをよだれでべとべとに汚しながら、物欲しそうにこちらを見つめるオリエッタ。 本能に従うならこのまま押し倒して、股間をこすりつけながら延々とキスを楽しみたいところだが、場合が場合だ。 「これ以上やると、ヘンな気分になっちゃうから……ね?」 「むぅ……」 まだ明るいし、オリエッタも疼きが残ると訴えている。そんな彼女に無理を強いたくない。 「普通に食べよう。な」 「はーい……」 実にきわどいところだった。 一息ついてから、俺たちは昼食を食べ終えた。 「ねえ……」 「……どうした」 食後にまったりしていると、オリエッタはいやに不安げな顔をつくった。 「ひとつ……言わなくちゃいけないことが、あるの」 「それって……実は男でしたとか?」 「違うわよっ。ちゃんと確かめたでしょっ?」 ……たしかに! 「ごめん、私、話すの上手じゃないから……わかることだけ、言うけど……」 「前に私は、イスタリカから出られないって話をしたわよね」 「……うん」 「でも……あれ」 「もう……いいみたい」 「……?」 「今の私はきっと……外にも、出られる」 「!! ほんとか、それ!!」 「待って!」 いざ抱きつかんとした俺を、一喝で制止してみせるオリエッタ。 「喜ばないで……」 「そう言われても……えと、なんでだ?」 オリエッタがここに閉ざされているという話は、俺にとっては2日前に聞いた事実だが……。 彼女からしてみれば、ずっと昔から縛られていた規律のようなもののはず。 それが、どうして突然? 「ごめん……うまく説明できなくて……」 「けど、いつかちゃんと話せる時が来ると思うから……今は、それだけ」 「……そっか」 めったに見せないオリエッタの真面目な顔。それだけでも、やむにやまれぬ事情があるのだということがわかる。 「でも、たぶん……昨日、シたのが、原因……だと思うの」 「え……したって」 「えっち……」 予想外の返答に二の句が継げない。どことなく気まずい空気が流れた。 「あ、あくまでも……推測だけどね」 「そ、そっか……」 「私にも……よくわかんないことだから。だから……ごめんね、りつ」 「なんで謝るの……つまりこれで、俺とオリエッタの障害は消えたってことだろ? だったら……」 「喜ばないで……」 またか……。 「私の見立てって、間違ってばっかりで……りつだって、まだ魔法が使えるし」 「そんなのおまえのせいじゃないよ。魔法のことって、ほとんど解明されてないんでしょ?」 今回の件だってそうだが、実際にその時を迎えてみないと判らないようなケースばかり。 そして、そのどれもが、一歩間違えればすべてご破算になっていたとしてもおかしくなかった。 ましてや俺のようなイレギュラーな存在ならなおのこと、彼女の知らないこと分からないことがあって当然だ。 「でもそのおかげで、私、アンタを振って、それで……」 「もう……オリエッタ」 「過去のことは気にしなくていいの。俺はそんなの、これっぽっちも恨んじゃいないんだから」 「でも、でも……っ」 ……こいつはきっと許されるよりも、むしろ責められたいのだろう。 実際オリエッタの言っていたことはすべて的を外れていたし、俺は余計に失恋の苦しみを味わうことになった。 「……たしかに、俺も楽じゃなかったけどさ」 だけど、それでこいつを責める気はなれそうもなかった。 詮方ない理由があったのは知っているし、そもそも告白の返事をどうするかなんてのは個人の自由だ。 「おまえだって、俺を振るの、つらかっただろ?」 こいつが俺と同じくらい、相手を愛しているはずと信じているから言えること。 心から好いた相手を跳ねのけなければならないなんて、なにも知らずに失恋するよりよっぽど苦しいに違いない。 「……うん。すっごい、すっごい嫌だった」 「それをわかってあげられなかった、俺も悪いし……おあいこってことにしようよ」 「俺もオリエッタも、どっちも察しが悪かったってことで。これからはもっとお互いにわかり合えるようにさ」 「でも……!」 「もう……おまえは変なところで生真面目だよね」 「だって、りつ、泣いてたもん!」 「おまえだって泣いただろ」 実際に見たわけじゃないが、きっと。 「そうだけど……それでも! 私がそもそも、振らなければ……」 「参ったなあ……ここで泣かれたらもっと困るよ」 彼女の気持ちは痛いほどわかる。俺が好きだからこそ、罰されたくて、詰られたくて仕方がないのだ。 「じゃあ、こうしよう。おまえはもう普通にニンゲン界へ行けるんだよな」 「……うん」 「だったら今度のデートで、俺になんかおごれ。昼飯とか」 「うん。うん。いっぱいおごる」 「だから、おまえはもう気に病まなくていいんだよ」 「りつっ……!」 小さいからだが俺に抱きつく。そっと優しく包み込んだ。 「りつ、優しい……大好き」 「俺も大好きだよ」 「うれしい……」 「俺だって嬉しいよ! これで、心置きなくオリエッタと付き合えるな」 たとえ俺の魔法が消えようとも、彼女をさらっていけばいいだけの話となった。 「結婚できる?」 「できるできる」 「やったぁ……!」 可愛いなぁ、もう……。 「オリエッタをうちの家族に紹介しないとなあ」 「りつの家族……? ふーこ?」 「諷歌はいいとして、母さんや父さんだよ」 「えええっ。どうしよう私、礼儀とかぜんぜん」 「自覚はあったのか……」 まあ、俺も人をとやかく言えるほど礼儀がなっているわけじゃないのだけれど。 「俺がこんな可愛い彼女つれてきたら、驚くだろうなあ」 「……」 「照れてる?」 「うっさい、顔のぞくなっ」 「世界一可愛いよ、オリエッタ」 「〜〜っ、バカバカ! りつだって、世界一かっこいいもん!」 「どこがよ……」 「私はたしかに他の男の人なんてよく知らないけどね、りつじゃなかったら絶対に惚れなかったんだから」 「……ありがと」 俺としてもこうなっては、こいつ以外の女なんて考えることができなかった。 「じゃ、ま、一件落着ってことで。今日は何しようか」 「いちゃいちゃ!」 「いちゃいちゃもするけど……いちゃいちゃしながら、何かしようや」 「そうだ、夏休みの予定を立てよう」 「デート!」 「デートもするけど……それ以外のことも、何かしようや」 「ん〜と、そうね。せっかく夏休みなんだし、たまにはみんなも誘って遊びたいわね」 「みんなっていうと、葉山とかか?」 「そうね。帰省してるコはダメだけど……」 「で、何するの」 「アンタはなにかやりたいことある?」 「ふふふ、それがあるのだよ」 夏といえば……という、まさにぴったりなレジャーが。 「実は私もあるのよ」 「よし、せーので言おう」 「せーのっ」 「肝試し!」 「鬼ごっこ!」 ……フツーに割れた。 「んん? ごめん、今、なんつった?」 「鬼ごっこ」 「鬼ごっこぉ?」 わかっちゃいたけど……お子チャマだなあ。 「夏といえば普通、肝試しだろ! 肝試しやろうぜ!!」 オリエッタはどう見ても怖いものが得意なタイプではない。 なにか仕組んで彼女とペアになり、キャーッと驚くオリエッタの肩に俺はそっと腕を回す……。 「俺のサクセスプランは出来ている」 「なんの話か知らないけど、肝試しなんか嫌よ。私そういうの好きじゃないもん」 「苦手か?」 「たぶん……やったことないけど」 苦手と聞いてはやらないわけにはいかない。俺の目的は彼女を怖がらせることなのだから。 「だいたい、鬼ごっこのなにが悪いのよ?」 「べつに悪いとは言わないけど、鬼ごっこだろ……?」 「そんなのいつでも出来るし、なあ……?」 「でもっ、休みじゃないとみんなの予定が合わないもん! やるったらやる!」 「俺だって肝試しはゆずらねえぞ!」 と、ここまでかち合えば通常、どちらかがゆずるか、日程をずらすかするものだが…… 「ん? それなら……」 「おお、そうか」 「一緒にしちゃえばいいんじゃない!?」 単純思考な俺たちは、そんな奇案にたどりついたのだった。 「とは言ったものの、どうしよう」 「基本はそうね……夜の鬼ごっこってとこかしら」 「夜の鬼ごっこ……」 いやらしいやら、らしくないやら。 「肝試しだけならともかく、鬼ごっこと一緒なら悪くないわ」 「鬼ごっこ好きだなあ」 「場所は学校よね。校舎だけ?」 「鬼ごっこだし、グラウンドとかも入れよう。ここら一帯だ」 「鬼を驚かすの? それとも、鬼が驚かすの?」 「う〜ん……迷うから、後で決めよう」 「ほかには、人数とか」 鬼ごっこならいくらでもいいけど、肝試しとなるとそこまで多いのはやりづらい。 「10人くらいか」 「ねえねえ、だったら鬼は増えてくことにしない?」 「増え鬼か……いいかも」 夜の校舎で鬼がまとめて襲ってきたらと思うと、怖すぎる。 (しかしそんな状況でも、さっそうとオリエッタを助け出す俺――) 「……フ」 (どうしちゃったのかしら……?) 「夜だと鬼を判別するのが難しいな。どうするか」 「頭にライトでもつければ?」 「それだ!」 と、そのような具合でわいわい議論を繰り返し…… 「よし……こんなもんでいいだろう」 1時間後、肝試し鬼ごっこのルールver1.00が完成した。 「必要なものがけっこうあるわね」 「そうだな……買い出しにいくか」 遊ぶためには出費など惜しまない。俺とオリエッタなら当然である。 「じゃあじゃあ、今度いつかデートに行くときにしましょ!」 「うん、いいよ」 「実はちょっと行きたいところがあって……」 ホームセンターかどこかだろうか。なんにしても、どのみちデートすることに変わりはない。 「じゃ、デートと鬼ごっこのプランは決定ね!」 「他の日にちも埋めてくか……」 壁にかかっていたカレンダーを取り外して、持ってくる。 「こっからここまで、毎日デートね!」 「毎日……エッチも?」 「え、えっ……?」 「し、知らないわよ……バカッ、変態!」 「大丈夫だよ、今日はしないから」 「……ありがと」 そりゃあ昨日のことを思い返せば何度だってやりたくなるけれど、身体に負荷がかかるのは俺ではなくオリエッタのほうだから。 「今日はこのまま、ずーっとくっついてよう」 「うん……」 宣言どおりその日は、2人で予定を組みながら、1日中べたべたとひっついていた。 たったったっ…… たったったったっ…… 「ただいま参りました!」 「遅い!!」 思い切り頭を下げた。 「15分の遅刻。私はさらに30分前から待ってたから、計45分の遅刻」 「はやく来すぎだよ!」 「しっ、仕方ないでしょっ。楽しみだったんだから!」 「そう言われると、嬉しいけど……」 「というわけで、今日は……というより、今日も、デートよ」 「大佐、質問がいくつか」 「認めるわ」 「我々は夏休みにも関わらず、なぜ制服を着込んでいるのでしょーかっ?」 「なんら矛盾してはいないわ。今日はデートよ?」 「制服デート!」 「そのとおり。次」 「風呂場で椅子に座ろうとするとき、たまに袋ごと巻き込んで、自分のケツで玉を押し潰……あ、たまにって、べつに玉とかけたわけじゃ」 「ええい長いし下品だし共感できないし関係なさすぎ! 却下!」 「しくしく」 「もういい?」 「いや、まだある」 ここは、飛行艇の発着場。ニンゲン界とマホーツ界。本州とイスタリカをつなぐ玄関口。 「今日はカード……使うのか?」 「使わないわ」 「ってことは……」 「ええ。ちゃんと今日はここから外に出る」 「いよいよ……初めてニンゲン界に、降りるんだな」 「……ええ」 俺からしたら何でもないことだけど、彼女にしてみれば一世一代の大事のはずだ。緊張しているのも無理はない。 「よっし、行くわよ!」 「おう!」 飛行艇に乗り込んで、しばしの遊覧飛行を楽しむ。 「あとそういえば、まだ行き先を聞いてなかったよね」 「聞きたい?」 「いや、楽しみにしてよう」 「実はね、私、ずっと行きたいところがあったの!」 「そういえば、そんなことも言ってたね。ってことは、買い出しか?」 買い出しとは、肝試し鬼ごっこに使う用具の購入である。 「そうね。それも込みで」 「りつにとって面白い場所かは、わかんないけど……」 「いいよ。オリエッタが行きたい場所に、俺も行きたい」 「……ありがと。りつ、すきー」 「俺も、すきー」 どこであろうと、オリエッタと共にいられれば俺は満足だし…… そこで彼女がとびっきりの笑顔を見せてくれるなら、それより嬉しく楽しいものはない。 (それにやっぱり……これがいい) ねずみ花火のように飛び回る彼女に連れ回されること。 それがもう、俺にとってはたまらなく甘美なひとときになっていた。 そして、俺が連れて行かれたのは…… 「ここは……」 「しょっぴんぐもーる!!」 「なるほど」 買い出しの場として適当だろうし、デートスポットとしても定番だ。 「他に、なにか欲しいものでも?」 「うん!!」 気になるな。 「熊手?」 「いや、違うけど……っていうかチョイスが謎」 「ま、いいや。どこの店だ?」 食料品でもブティックでも、なんでもある。 「まあまあ、焦らず……それよりも、いろんなお店を見て回りましょうよ」 「ウインドウショッピングってやつね、いいよ」 うん、まさしくデートの定番だ。見れば、俺たちの他にもちらほら学生カップルがぶらついていた。 「夏休みだけど、けっこう制服の人っているもんだな」 部活帰りか何かだろうか。以前までは嫉妬に駆られてしょうがなかったが、今なら大らかな心で彼らを眺めることができる。 「制服デートも、たまにはいいでしょ」 「そうだな……実は、ちょっと憧れだったし」 「手、つなご?」 「……うん」 「むふふ……」 「?」 「いや、俺たちもだんだん恋人然としてきたなって」 「当然じゃない。恋人なんだもの」 ぎゅっ、と抱きつかれる。 「でれでれ」 「だから、さ……その」 「うん?」 「……」 こちらを見上げ、おちょぼのように口をすぼめるオリエッタ。 (え、まさか……キス?) 「えっと、オリエッタ……ここじゃさすがに……」 人通りが多いなんてレベルじゃない。気にするしないの問題じゃなく、単純に他の客に迷惑だ。 「……ちゅー」 「っ……だ、だめだめ。立ち止まったらほら、邪魔でしょ?」 「……はーい」 (……子どもかよっ、もう……!) 口をとんがらせたまますねる。そんな仕種ごと抱きしめたくてしょうがないが、我慢しないと。 「さ、行くぞ」 可愛い彼女を連れる優越感を抱きながら、俺たちはモール内を巡り始めた。 「ショッピングモールって、レディース向けのお店が多いよな」 「やっぱり需要が多いからそうなるんでしょうね」 コスメだったり、アロマだったり、ファッションだったり。 「……行ってみるか」 「ランジェリーショップに?」 「ちょっとそこはハードル高いかな……」 ただ、女性向けのショップなんて彼女連れじゃないと入れやしない。すこし好奇心がそそられるというものだ。 「そういえばこの前なんかおごれって言ってたわよね。ブラでいい?」 「よくねーよ」 「……なに、胸みてんのよ」 「……ごめん」 揉みに揉んだオリエッタのおっぱいとブラジャーを、今の彼女に重ねあわせて思い出していた。 「アンタは変態だから、やっぱダメ」 「自分から言ったくせに……」 くだらない会話を交わしながら、並んだ店先に目をやる。 「ほんと、たくさんお店が入ってるのね……」 「なんか良さそうな店あった?」 「あそこの服屋さんとか……」 「見てく?」 「ちょっと入りましょうか」 20分後―― 「可愛い服がいっぱいあったわね〜」 「買わなくてよかったのか? そんなに高い店じゃなかったけど」 「ううん、いいわ。今日はあるところでパーっと使うって決めてるから」 「気になるな……あ、そうだ」 「大道芸みたいに、魔法を使って小遣い稼ごうとかは考えないの?」 「……バカ?」 「……冗談だ」 「ありえないわよ。ニンゲン界で魔法を使うなんて」 彼女の魔法に対するスタンスならある程度は知っている。 その上で、今のオリエッタの断言ぶりが少し引っかかったから聞いてみることにした。 「そんなに、ありえないこと?」 「絶対にやらないわ」 「バレなくても?」 「ええ。この地上に本来ありえないものを勝手に扱うなんて、私は絶対に許さない」 打って変わって真面目なトーン。本当に譲れないポリシーらしい。 「そうね、アンタ流に言うなら……」 「……」 「外で魔法は使わなイズム」 「ほう……」 なかなかのハイセンス。 「とりあえず、私がちゃんと地上に降りれるようになった今、それはきっちり守るから」 「りつも……守ってくれると、嬉しいな」 「ああ、安心して。俺も使うつもりはないから」 「うん。よかった」 「――それで、アンタはなにか欲しいものないの?」 「俺かぁ……なんかあったかな」 こういう時に限って、なにが欲しかったのか思い出せなくなる現象。あると思う。 「腕時計とか? 最近、ケータイを持ち歩かなくなったからさ」 でもよく考えたらここは地上だから電波は入る。 そんなことにも気がつかなくなるほど、俺はだんだんイスタリカに馴染んできているらしい。 「そうよね、アンタも時計があればデートに遅刻しなくなるかも」 「う……すみません」 ヘコヘコあやまる。 「腕時計って、ああいうの?」 オリエッタが指さしたのは、店頭に並んでいたショーケース。 「確かにかっこいいけど……学生の身には高すぎるよ。0がひとつ多い」 他の時計も物色する。手近にあった、良さげなものを手にとってみた。 「これなんかが丁度いいくらいなんじゃないか。おしゃれだし、値段もそれほど……」 「あ、いや、それでも高えわ。5万する……」 「買わないの?」 「ちょっとな……」 そもそも、そんなにお金を持ってきていない。彼女にカネを借りるだなんて格好わるすぎる。 「それよりほら、買い出しにいかない? 地下にホームセンターがあったよ」 「いいわよ」 そうして―― 「これで全部か?」 ヘッドライト、クラッカー等々……。 「そんなもんね」 道具まで揃ってくると、がぜん楽しみになるというものだ。 肝試し鬼ごっこ――乞うご期待! 「じゃあ、次はどこ行こうか」 「ん〜〜あ、そうだ! ちょっと毛糸を買おうと思ってたのよ」 「けいと?」 「いま新作のマフラー作ってるの」 「編み物……まだ続けてたんだ」 「だって出来ないままなのは悔しいじゃない。それにけっこう楽しいわよ」 「へえ……」 「りつも一緒にやる?」 「うーん……俺はいいや。でも羨ましいよ、そんな趣味があるのは」 思い返せば恋人を探し求めるばかりで、手芸やホビーに没頭した試しがない。友人とするグダグダのフットサルくらい。 「創作とかもしたことないし、なんの生産性もないなあ」 「りつの趣味……なんだろ。お菓子づくりとかどう?」 「料理かあ……嫌いじゃないけど、やったことないからな」 「じゃあ、住まいづくり」 「それ趣味か?」 「寝殿づくり!」 「とりあえず作ればいいと思ってるでしょ」 「まあ趣味なんてそのうちはまってるものよ。それより向こうにお店があるから、行きましょ」 そして俺はオリエッタといっしょに手芸用品店に付き合った。 滞在時間は5分。オリエッタは女子のわりに、買い物にあまり時間をかけない。 「んじゃ……次はどこいく?」 「……」 見ると、オリエッタはなんだかそわそわしている様子。 「そういえばオリエッタ、行きたいところがあるんだよね」 「う、うん」 「行こっか」 「いいの!?」 なんてわかりやすいやつだ。 「いいも悪いも……今日は、それが主目的だろ」 「りつは、ちょっと退屈するかもしれないんだけど……」 「かまやしないって」 「じゃあ……こっち!!」 「うおっ」 猪突猛進、ものすごい勢いで俺を引っ張るオリエッタが向かった先は…… 「きゃああああああ!!!!」 「こ、ここは……」 周囲を見回せば、目に入るものはただひたすらにピンクとウサギ。たまに眼帯。 「マグカップ! フィギュア! ぬいぐるみ! ああっ抱き枕もある!」 唖然とする俺とは正反対に、オリエッタのはしゃぎようたるや、さしもの自分でもついていけないほど。 「わああああ……!!」 「オリエッタ……よだれ、出てるよ」 食べ物の匂いは、しないのだが……。 「可愛い! あれも可愛いしこれも可愛い!! ぜんぶ欲しい!!!」 そう――ここはまさにオリエッタのためにあるようなお店、うさ宗ショップ。 「ねえねえりつ、これ可愛くない!?」 「お、おう……可愛いな」 彼女の右手にあったのはうさ宗がデコられたフォトフレーム。 うさ宗のデザインふくめ男の俺でも十分に可愛いと思うのだけれど、それでも彼女ほどに盛り上がることはできない。 「可愛い! 可愛い! 可愛い!」 「大丈夫かな……」 さっきから興奮が抑えきれないのか、幼子のように店内を駆けまわるオリエッタ。店員さんも苦笑いだ。 「おこづかい貯めといてよかった!」 「……おまえのおこづかいって、どこから出てんの?」 「毎月、シャロンから」 「貯まる一方じゃないのか?」 「なにいってんの、ネット通販してたらあんなのすぐに溶けるわよ!」 「ここのグッズは……」 「通販じゃ買えないのっ! それに、現品を見ながら選べるのよ!?」 「夢みたい……!」 でも、こんなに感激しているオリエッタを見てるとこちらも楽しくなってくる。 (ていうか……) 見れば、オリエッタにあてられているのは俺だけではないらしい。 カウンターに立つ女性店員さんまで、にこにこしながらオリエッタの挙動を見守っていた。 あいつは笑顔をふりまいて、それを他人に伝播させることができる。 そんな彼女の一番そばにいられる俺は、きっと世界で一番たのしい。 「りつ、見て見て! どっちが似合う?」 「Tシャツ? うーん……どっちも似合うけど」 「そうだ! こっちはりつが着ればいいのよ!」 「ぺ、ぺあるっく!?」 俺たちが夫婦漫才してるのを見て、店員さんはクスクスと笑いをこらえていた。 「じゃあこれは両方買うことにするわ」 「もう買い物カゴぱんぱんじゃないか」 「えへへ……りつとおそろい♪」 聞いちゃいなかった。 「お金、だいじょうぶ?」 「あとひとつくらいならイケるわ!」 がっちりと財布を握りしめ、オリエッタは再び陳列された商品の物色を始める。 「……」 「んー……どっちにしようかしら。迷うわねー」 迷うと言いつつ、迷うこと自体も楽しんでいるような語調。 「今度は、なんだ?」 「このグラスと扇子、どっちがいいと思う?」 「扇子? センスいいね〜!」 「ほんと? じゃあ扇子にするわ!」 「お、おい! ちょっとは突っ込めよ!」 ボケを殺さないでくれ。 「どっちも可愛いけど……」 「お財布的に、あとひとつしか買えないの!」 なんだろう。自分が欲しいものを買えばいいと思うのだが、この場において俺の意見はちゃんと反映されるのだろうか。 「いちおう、扇子のほうは期間限定みたいなんだけど」 「俺も……扇子かなあ」 「じゃあ……グラスも捨てがたいけど扇子にするわ」 「うん、これでOKね! お会計よろしく!」 どうやら、買うものがすべて決まったようだった。 そして…… 「お、重い……!」 「ご、ごめんね……りつ」 大量に購入したその荷物を俺たちは手分けして持っていた。分量的に7対3くらいだが、お互いにもう目一杯である。 「休憩する?」 「そうしよう」 手近にあった憩いのスペースを見つけ、荷物とともにどっさりと腰を下ろす。 「買いすぎだよ」 「だって、欲しかったんだもん……」 「またいつだって、来れるんだからさ」 「りつ……」 「オリエッタ……」 「……」 こちらの意思に伺いを立てる上目遣いは、キスをおねだりする時の合図。 「だから、ダメだってば……ここ、ファミリーとかも多いんだから」 「ちゅーしよ、ちゅー」 「ダメなんです!」 毅然と言い張っておかないと、俺の精神はたやすく挫けてしまいそうだ。 「ねえ、じゃあ、キスがダメなら……」 「う……」 にじりよってくるオリエッタ。 今度はなんだ……? 「トイレ」 「行けよ!」 そんなムードじゃなかった。 「あはは、ごめんごめん。じゃ、ちょっと荷物みててね」 「あいよ」 言って、オリエッタはトイレの方へと去っていった。 「あれ、トイレってあっちだっけ」 もしオリエッタが迷子になったらこの荷物を持って彷徨わねばならなくなる。それだけは避けたい……。 15分後―― 「お待たせ♪」 「遅くね??」 「迷っちゃった」 案の定。 「もう、こいつめ」 「心配かけてごめんね、りつ……」 「いいよ……オリエッタ」 「おまえが、こうして戻ってきてくれたんだから……」 「りつ……」 見つめ合い、そして―― 「トイレ」 「行けっつーの」 台なしに。 「いやあ、実はこっちも我慢の限界で。ダムに喩えるなら前日の豪雨で水位が……」 「ダムに喩える必要ないから、さっさと行ってきなさいよバカ!」 「えへへ、失礼しやす」 15分後―― 「お待たせ!」 「遅いわよ!!」 「迷っちった」 「はあ……バカ」 呆れられてしまった。 「ま、ちょうどいい時間、休憩したことだし……そろそろ帰りましょ」 「そだな」 「カードなら一発なのに……」 「こらこら。ちゃんとこっちに来れるようになったのに、そんなこと言わないの」 「わかってる。冗談よ」 そして俺たちは必死の思いで荷物を運び、なんとか発着場までたどりついた。 出航ギリギリだったというから危ないところだった…… 「空、綺麗ね」 「夜風も気持ちいいぞ」 そんななか俺たちは、月光の指す方角へ向かって飛翔している……それはとても幻想的な風景だった。 到着―― いつ切り出そうか……そう思い悩んでいると、彼女のほうからこちらに話しかけてきた。 「りつ」 「ん?」 なんでもないような素振りで切り返す。 「今日は、ありがとね。私の買い物に付き合ってくれて」 「彼氏として当然だよ。それに、はしゃいでるおまえを見るのもけっこう面白かった」 「それで、ね……その」 オリエッタは両手に下げた荷物を地べたに置き、自らのカバンの中をあさりだす。 「?」 がさごそ。 「これ……」 「!!」 そうして、彼女が両手で差し出したもの。それは俺が雑貨屋で欲しいと呟いていた腕時計だった。 「おまえ、これ……」 「りつ、欲しいって言ってたから……あげる」 まったく予期していなかった行動に、嬉しさよりも驚きがまさる。 「ほ、ほんとに? だってこれ、高かったじゃん」 「えへへ。いいの。私、今日はいっぱいお金もってたし」 「でも、それって……」 おまえが、うさ宗ショップで散財するために貯めてたお金だろう…… そのせいで、おまえの欲しかったグラスも買えていなかったじゃないか…… 「りつも、ほら。私に何かおごれって言ってたじゃない」 「こんな高いもんのつもりじゃなくて……大体、いつ買ったんだよこれ」 「トイレ行ってるとき」 だから、あんなに時間がかかってたの……? 「私にプレゼントされるの、嫌?」 「そんな訊き方ずるい……」 「嫌なわけないだろ……すげえ嬉しいよ。ありがとう、オリエッタ」 じわじわと湧き上がってくる喜びに、俺はこいつを抱きとめずにはいられなかった。 「もっと撫でて!」 「よしよし」 「〜〜〜」 「オリエッタ」 「なあに、りつ」 「お礼にこれ、やるよ」 なるたけさり気なく取り出して、手渡す。 「これ……」 「欲しいものなら、我慢すんなよ」 俺があげたのは、彼女が扇子かどちらか二択で迷っていた、あのグラスだった。 「時計に比べると、安くて申し訳ないんだけど……」 「……い、いつ買ったのよこれ」 「トイレ行ってるとき」 同じ時間、同じ機会に同じ行動をとるなんて、なにかの冗談のようにしか思えない。 「……ありがと! 私、すっごく嬉しい!!」 「……どういたしまして」 こいつのこういう、喜んだ時に見せる純真さは、これ以上ないほどに俺の心を打つ。 嬉しいことを嬉しい、悲しいことを悲しいと伝えられる人間って、実はそんなに多くないのではあるまいか。 「りつ大好き!」 「わ、もう……割れちゃうよ」 「大好き……」 抱きついたまま離れず、微動だにしないオリエッタ。しばらくしてから口を開いた。 「……りつ」 「帰るか?」 「そうじゃなくて……私、もっと欲しいものがあったの、覚えてる?」 「えっ……」 しまった。 他に、なにかあったか? 「ごめん、覚えてない……」 「そっか……じゃあ、今もらう」 「え、でも……」 「そこ、座って……」 オリエッタが指したベンチに、俺は言われるがまま腰を下ろした。 「おまえは座らないのか……?」 「もう、我慢……できないから」 「――んんっ!?」 「んっ……んんっ……ん……! ちゅ。ぐっ、ぐっ……ぺろ、ぺろ――」 「っはぁ……はぁ……」 「欲しいもの、って……」 キスの、ことかよ…… 「まだ……」 「んっ、んんん〜〜〜!?」 中腰のオリエッタに後頭部を押さえられ身動きが取れない。 「んんんん……ちゅっ、はぁっ、んんっ……」 それをいいことに、彼女は思うがまま俺に唇を押しつけて、さらに表面をぺろぺろと舐める。 「んんっ……はぁ……んんんっ……」 「れろ……」 「っ……!」 舌、が……。 「んちゅ……れろ、れろ……んはぁっ、れろ……」 今までにしてきたような触れ合うだけのものではない、舌先を絡み合わせるディープキス。 「んんん〜〜っ……れろれろ……ちゅ〜っ……!」 ぺちゃ、ぺちゃ。べちょ、べちょ……れるん。 唇を、前歯を、オリエッタのやわらかくてぬめりとした舌が割って入り、舌を、歯茎を、舐めまわす。 「っはぁ……オリエッタ、はげし、すぎ……」 「もっと、するの……!」 わずかな休憩すら許されず、いつまでもやまない接吻の雨。 「んあっ……んっ……はぁ……れろれろ」 (うおっ。キス、うまい……っ) 脱力したふうに緩んだ舌にもかかわらず、しっかりと俺の口内をかき回してくる。 とくに歯茎への刺激はたまらず、思わず顔を引いてしまう。 「逃げひゃ、らめ……んんんっ」 でも、それは許されない。一歩でも後ろへ傾こうものなら、よりいっそう強い力で引き戻されて口づけをされる。 「んんん〜〜っ……れろ……ぺちゃ……っはぁっ……」 「はぁっ、はぁっ……きもひ、いいね」 「う、うん……」 さすがに鼻呼吸だけでは息が続かないのか、しばしの間、距離をとる。 と言っても数ミリ程度で、鼻先はぶつかったままなのだけど。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 頬を真っ赤に染めて恍惚とするオリエッタから、生ぬるい大息が幾度となく吐き出されて顔面にかかる。 口の中にいまだ残る唾液の味わいと、吐息に混じる乳臭い香りが調和して、いよいよズボンの中の怒張がはち切れんばかりに。 (これ、やばいって……) 味覚と嗅覚がすべてオリエッタに支配され、脳の髄まで彼女の色に染まってしまいそうだ。 「んっ……」 「っ……ん」 ふたたびキス。まだまだ足りないと言うように、オリエッタは必死に俺をむさぼっていく。 「はあっ、んっ、んっ……! れろれろ……んんんっ、んんーーっ」 こっちが舌を割りこませる余裕などなく、ただなされるがままに彼女の責めを受け入れるだけ。 「はぁ、はっぁ……れろ、れろ……くちゅ」 (ちょっと、落ち着いてきた……?) 「おいひい……んちゅ、れろ……」 定期的に息継ぎを挟むようになり、キス自体も短くなってくる。 ゆえにそろそろ落ち着いたのかと思ったのだが、それは大きな間違いだった。 「んっ……れろ……ちゅっ」 「ちゅっ……んんっ……れろれろ」 「はぁ、れろ……んっ、はぁはぁ……んん」 「れろ……れろ……んっ……はぁっ、ちゅ……」 俺の口を食べては離れ、食べては離れる……そのスパンは変わらずに、まったく終わる気配を見せない。 それはまるで小鳥のついばみ。唇という減らない餌を求めて、幾度となくこちらをつついてくる。 無我夢中、それしか知らない雛のように……。 「んちゅぅ……れろ、はぁっ……ん」 (これ以上は……やばいって) そう思うも、声を出すことさえ許されない。俺に出来るのはただ彼女の舌先に触れることくらいだ。 「まだまだ、足りないもん……ちゅ……れろれろ、んはぁっ」 度重なるキスによって、俺のそれはもうすでにガチガチに屹立している。 だがオリエッタには触ってもらえず、ただ空中に腰を振るくらいしか気を紛らわせる術がない。 「なに、ひてるの……?」 「こ、こっちが……やばくって……」 もう体裁など構っていられない。自らの股間に右手をやって、いじっていいか視線でたずねる。 「だめ……」 「えぇっ……」 「今は、キスだけ……ね?」 けっきょく俺には自慰すらも許してもらえず、ぱんぱんに膨らんだそれも放置せざるを得なくなった。 「んっ……れろ、くちゅ、はぁっ……」 しかしそれでもオリエッタによる口吸いは続く。 「はぁ、はぁ……れろれろ……んはあっ」 唇をなめられ、舌を吸われ、歯ぐきをなぞられ、息を浴びせられ、唾液をたっぷりと流し込まれる。 「んっ、ちうぅ……れろ……はぁっ、飲んで……」 まるでオリエッタに咀嚼される食い物のような感覚で、淫らな欲望は強くなるばかり……こんなの、とんだ拷問だ! 「んーっ、んーっ」 「だぁめ」 もはや我慢の限界と右手で陰茎をズボン越しにつかむも、オリエッタの左手にやんわりと押しのけられてしまう。 「自分でするの、禁止」 「れろれろ……ちゅっ、ちゅっ……はぁ」 「ーっ、ーっ……!」 こんなの……苦しすぎる! いくらでも出せそうな気さえするのに、いじることすら厳禁だなんて。 「んちゅ……んっんっ……はぁはぁ」 「んん〜〜っ……れろ」 「はぁ、はぁ……りつ、しゅきぃ……」 けっきょくその後も、10分だったか20分だったか……気の遠くなるような思いのまま、俺はベロチューの責め苦を受け続けた。 だけど、いつまで経っても終わりが見えず…… 「っ……! っ……!」 「……? りつ、どうかしたの……? れろ」 「もう、むり……!」 「……こっちのこと?」 オリエッタが、そっと俺の股間に手のひらを乗せる。 「……! ……!」 全力でうなずく。当然、その間もキスされながら。 「しかたないなあ……っんちゅ」 「じゃあ……いじって、あげるね」 「ちゅぅぅ……れろ、んっ……はぁっ……」 そう言ってオリエッタは、変わらずキスを繰り出しながら―― 「んちゅぅぅぅ……!」 股間に張ったテント状のモノを、ぎゅっと掴みあげた。 「ぁぁぁっ……!!」 「れろ、れろ……んんんっ……はぁっ、ちうぅ……」 爆発する視界。溜めに溜めていたそれが一斉にあふれて、目の前が真っ白になる。 「……イッひゃった?」 「ぁっ……ぁっ……ぁぁ」 パンツの中でのたうち暴れる俺の分身。精液でべとべとに汚れていることだろうが、弾けるその快感の前にはなにも考えられなかった。 「れろれろ……キス、おいひいね」 「っはぁっ、はっ……ぜんぜん、いじって、なかったのに……!」 ほとんどキスだけで……イッてしまった。 「もっと……しようね」 また? またさっきのように、焦らされるのか…… 「や、だ……」 「今度は、俺のほうが……もう、我慢できないよ……!」 「え……? きゃぁっ」 オリエッタを強引にこちらへと引き倒し、その股ぐらへと手を伸ばす。 「や、やぁ……」 パンツに手のひらが触れた瞬間、その面積のほとんどが濡れそぼっているのに気づく。 「びしょびしょじゃん……」 「んっ、やっ、ぐりぐりしないで」 その愛液を手にまぶすように布越しの女性器を撫でる。でも、撫でているだけではますます飢えは膨れあがるばかり。 「入れる、よ……!」 「もう、りつ、焦りすぎ……」 俺はパンツを必死でどかし、彼女は顔をこちらに傾ける。 「んっ、ちゅ……れろ、はぁっ」 そしてキス。互いの口周りにベトベトと唾液があふれる。 「ん……ああああぁぁぁっ……」 「や、ばい……」 こちらからでは挿入口が見えないが、だがそれだけに温々とペニスが埋もれていく感触が謎めいて気持ちいい。 「んちゅっ、はぁっ、んああああっ」 一度すでに精を放ったとは思えないほどに硬化したそれを、腰が痛くなっても振り続けて突き続ける。 「はぁ、はぁ……んっ、れろ……」 ピストンのタイミングに合わせて、突き合わせたオリエッタの口から喘ぎが漏れる。 そんな風に息苦しそうにしながらも、こちらの唇をついばんでくるのをやめない。 (ああ、やばい……最高……!) 全身で感じる彼女の重み。顔面で感じる彼女の味。下半身で感じる彼女の肉。 自分の総てでオリエッタを摂取して、それが腰を振るたびに絶大な快楽に変わる。 「あああんっ! 今日のりつ、はげしっ……んああっ」 「おまえが散々、じらすから……!」 先ほどなすすべなく降らされたキスの雨。あれは紛れもなく拷問だった。 「だめだめっ、そこも、いじらないで……ふああっ」 力任せにものを動かしながらも、努めて繊細に彼女の秘部をこねくり回す。 初めて繋がってからもう何度も身体を重ねて、クリトリスで彼女をイカせるのはお手の物になっていた。 「いくっ、いくいく……ちゅっ、んんんんっ……」 「んんっ……!」 倒れこむように唇を押し込んで、彼女の身体が打ち震える。 イッてる最中にも、キスかよ……。 「んんんっ……ぷはぁっ、はぁっ……」 「おまえ今日、キスしすぎ……」 「だって……もっと、もっとしたいもん」 「んっ……ちゅ……れろれろ……はぁ、はぁ」 もはやこちらとしても、キスしていない時のほうが違和感を覚えるようになってしまっていた。 放っておいても勝手にベロを絡めてくれるので、そちらはオリエッタに任せるとして……俺のほうは、陰茎の抜き挿しに集中しよう。 「あんっ! んっ、んっ、んんっ……! ああああっ! はぁ、はぁ……んあああっ、あっ……!!」 「り、つぅ……んちゅ……ああんっ!」 肉壁が肉棒を閉じ込めて擦り上げるたび、毛の逆立つような痺れが背中を走り抜ける。 セックスという行為には慣れても、オリエッタに対する欲求は回を重ねるごとに増していっている。 ハマっているということだ。 「あぁあんっ、んくっ……んっ、んっ、はぁっ! ふっ、う……ううっ〜〜」 でもそれは俺だけじゃなくて…… 「〜〜〜っ……あっ、ああぁんっ!! はんっ! はんっ、はぁん!」 オリエッタもそう、今だってだんだんと自ら腰を振り始めている。付き合う前ではとても信じられなかった痴態だ。 「こんなとこ見られたら、やばいよ……っ」 「や、やらっ……そんなこと、言わないで……」 「だってそうじゃん……ほら!」 これ見よがしにスカートをめくりあげ、露出した女陰を指先でいじる。 もし誰かに目撃されれば目に入るのは俺ではなく、股を開いて濡れた女性器に男根を挿入されているオリエッタだ。 ましてやここは女の花園……そんな光景、目撃したほうがトラウマ級の衝撃を受けるだろう。 「やめ、てぇ……ほんと、人きたら、だめだからっ」 意識した途端に恥ずかしくなってきたのか、それに合わせてきゅっと膣内が収縮する。 「あんまり急に締められると、出そう……!」 「知らないわよ、そんなのぉ〜〜!」 俺の分身に制裁を加えるかのように縮まるオリエッタの中。 果たしてその効果はてき面で、男の俺としても声が抑えきれないほどに気持ちよくなった。 「っ……」 押し寄せる快感と射精の我慢に顔を歪める。でもオリエッタときたら、俺がそんな状態でもお構いなしだった。 「ちゅうぅ……はぁ、はぁっ……ちうぅ」 「〜〜〜っ!!」 下半身ごと持っていかれそうな責め苦を受けている最中に、舌の吸い出しは完全に反則だ。 上からも下からも魂が抜けてしまいそうになる。 「れろれろ……りつ、イキそ?」 「う、ん……」 だけど、このままイカされる……2回も続けてオリエッタにしてやられるのは、なんだか悔しい気もする。もっと堪えよう。 「はぁ……っ、はぁ……っ」 (ん……?) 舌を出すオリエッタの顔が、だんだん恍惚としたものに変わっているのに気づく。 「どうしたの?」 「ううん、なんでも……っ、あんッ!」 なにか物言いたげな表情だったのでそう訊ねるも、まだもじもじとしている。 「あああ……いい……」 「……気持ちいいの?」 「うん……でも、外じゃなくて……」 「中?」 こくりと頷かれる。 確かめるべく、少し出し入れのリズムを意図的に崩した。 「ああっ! ん、やぁ……はっはっはっ」 「……気持ち、いいんだ」 「だから、そうだって、ばぁ……んっ、んっ、んっ……! ううっ、ふうんっ!」 いい反応を見極めて不規則に腰を振る。ランダムな感覚に慣れないのか、突かれるたびに嬌声をあげるようになった。 「あああっ、あんっ……だめ、きもちい……んぁっ、ああっ、やぁぁ……」 「ここらへん?」 「そう、あッ……! ああっ、あっ……くぅんっ……っ!」 「す、すごい……かも……っ……あっああっあんっ」 「もしかして……イキそう?」 「わかんない……ふあぁっ、あっあっ……んあああっ!」 「なんか、きてる、かもっ……でも、いつものと、ちがっ」 「中でイッちゃうのかも」 「きも、ひい……っ。ずんずんされるの、いつもイッてるのと同じくらい気持ちいい」 「そんなに、なんだ」 そんなことを聞いてはますます抽送にも力が込もるというもの。 俺のほうとて限界間近だったが、なんとしてでもオリエッタを高みへ導いてやりたくなる。 「ああああ……あっあっ……ううぅぅ……!」 「ん、ちゅっ……!」 「んんっ……!」 快感への喘ぎで放置されていたキスの再開。 いやその間もずっと喘ぎ続けているから、単に口と口を合わせたというのが正しいか。 「あぁ、だめ、だめぇ……ああああああ、くる、きちゃうからぁっ!」 「俺、も……いく」 ただひたすらに体を動かし、全身でオリエッタをむさぼる。 「あ、あ……あっ、あああんっ、くぅぅん……っあ、いくっ!」 「んあああああああああああっっっ……!!」 俺に乗っかったオリエッタがブルブルと震える。 それは彼女の体内にも同様で、臨界間近だった俺が耐え切れるはずもなかった。 「っ、はっ……!」 ドクッドクッと、オリエッタの膣内で脈動するペニス。 その白濁液を、ゴクゴクと飲み干していくオリエッタの子宮。 「ふーっ、ふーっ、ふぅ……ふぅ……はぁん、はぁ、はぁ……あ、っく、り、つぅ……」 「んちゅ……れろ――んはぁっ」 「んっ……オリエッタ……」 「すごい……きもひよかった、よ」 「俺も……」 「んちゅうぅ……ん、ちゅっ……ちうぅぅ、ん〜っ……」 「れろれろ、れる……ぷはぁっ、はあっ、はあっ」 「もう……腰がガクガクいってるぅ……これじゃあ、立てないわよぉ……」 「それじゃあ、もうちょっとこのままで……」 「ん……だったら、キスも」 果ててもなお、股間は繋がり、唇も繋がり、全身を重ね合わせていた。 「今日の……誰かに見られちゃったかも、ね」 「どうせなら見せつけてやろうぜ」 「いやよ……りつの気持ちよさそうな顔は、私だけのもの、なんだからぁ……っ」 「や、やめろよ、その言い方。恥ずかしい……」 「いざというときは、魔法で記憶をちょちょいと……」 「こらこら」 「ふふっ、冗談よ。けど、まさか外でも欲情してくるなんて思わなかった……」 「おまえだって、あんなに乱れてたじゃん……最後とか、すごかったし」 「りつがいっぱい気持ちよくしてくれるんだもん……」 「オリエッタ、好きだよ」 「私も好き……ちゅっ」 夜風がびゅうびゅうと吹きすさぶ。そう――今夜は待ちに待った、俺&オリエッタ企画・肝試し鬼ごっこの当日である。 そして今宵ここに、度胸と俊足の頂点を極めるべく――全国各地より募った、10人の戦士たちが集結した! 「で、なんなの? 急に呼びつけて」 「なんも用意してないけど、これでいいの?」 「帰ってオナニーしてえな」 「一応、諷歌も連れてきたけど……」 「何をするんですか? 兄さん」 「とにかく来いだなんて、姫様は相変わらず強引でげす」 「えっと……私も来てよかったのかな?」 「図書の整理があるから、早めに頼むよ」 「ばっちりね!」 「全っ然ばっちりじゃないよ! 誰ひとりとして内容しらねーじゃねぇーか!!」 この中の何人か、確実に怒り出すだろうな。 「えーこの度はどうもみなさんお集まりいただいてありがと」 「責任者だせー、でげすー!」 「俺とオリエッタが責任者だ」 「慰謝料払えー、でげすー!」 「うっさいわね……そんなにレクイエムばっかりつけないでよ」 「クレームだよオリエッタ……」 その後、オリエッタから企画の趣旨が説明される―― 「肝試し鬼ごっこを開催するわ」 ――以上。 「いや、意味わかんねえ」 「肝試し……?」 「鬼ごっこ?」 ざわざわと。 「帰るか」 「ちょ、ちょっと待ってください。せめて説明を聞いてから!」 「えっとね、これは私とりつが……」 事ここに至ったまでの経緯を説明すると、納得はいかずとも理解はしてくれたようだった。 「要するに、夜にやる鬼ごっこでしょ?」 「大体はそうね。でも、それだけじゃないわ」 「ルール説明は、俺がしますよ」 「まず鬼は交代制じゃなく、増殖制です。どんどん増えていく」 「なんか怖いね、それ」 「そして鬼は鬼だと証明するため、コレをつける」 そして俺が取り出したのは、ショッピングモールで購入した人数分のヘッドライトだった。 「鬼はこのスイッチをオンにします。明かりがつくからどこにいるか一目でバレる」 「鬼はどんどん増えていくから、ハンデってところかな」 「逆に、物陰に隠れている輩を一発で照らしだすことも出来ます」 「どのへんが肝試しなの?」 「えっと……」 次いで引っ張りだしてきたのは、大量のクラッカーに白い布、コスプレ用マスク、さらにはこんにゃくなどなど。 「これで驚かしてください」 「……」 「ふーこ、怖い?」 「こここ、怖くなんて、ありませんよっ!」 (そうは言ってるけど。相変わらず、こういうのは苦手っぽいな……) 俺も正直、いきなり物陰からクラッカーなど鳴らされたら心臓が止まりそうな気さえする。 「……夜暗に紛れるもよし、鬼を驚かすもよし、体力に任せて逃げ延びるもよし」 「なかなか面白そうでげす」 妙にシャロンがノリノリだった。訝しむ俺に、オリエッタはそれを察して呟いてくれる。 「シャロン、こういうの得意だから」 「たしかに、肝っ玉はありそうだけど」 「それもあるけど、足が速いのよ。猫なみ」 「それは手強いな」 うろ覚えだが、100メートル走になおすと猫のほうが人間よりも数秒近く速かったはずだ。 「なるほど。なかなか楽しそうだね」 「で、勝ったら何が出るんだよ。なんもねえならやらねえぞ」 「あ……景品を忘れてたな」 「どうしよ」 「くくく……それなら、アレがぴったりっすね」 「ランディ、アレを出すっす」 「いいのかい?」 「いいに決まってるっす。ほら!」 「なに、それ?」 シャロンがランディから引ったくったのは1枚の紙。なにかの券のようにも見える。 「プリンセスチケットっす」 「って、なに?」 「これを持った人物はなんと、もれなく総ての人間に対して命令することが可能になるっす!」 「なんと!」 「もちろん内容に制限はなく、命令を課された相手は絶対に逆らえないという夢のチケットっす!」 「す、すげえ……」 「ほお……そいつは悪くないな」 なんだろう……勝つとシャレにならなさそうな人が、数人まぎれこんでる気がする。 「これさえあれば、どんな罰ゲームでも課すことが可能……!」 「ていうか、どうしたのよそんなの。要は魔法グッズでしょ?」 「知らんっす。開発はランディっす」 「うん……それは、葉山君の魔法を応用したものだ。あれを制御できるようにしようと思ってね」 (俺のクロノカードみたいなもんか……) 「それはその試作品第1号だ。効力がどこまで及ぶかはわからない」 「ボクの魔法……」 葉山の魔法は確かにその通り、絶対不可逆の命令だったはず。 それは彼女を彼だと思わせていた原因でもあったりする。まあ、本人はまるでそれを誰かに使う気はないようだけど。 「わかっているとは思うけど、これを手に入れてもあまり羽目を外さないように」 (ボクにメリットがないような……) 「姫百合先輩は、どうされますか」 「夏休みだし……たまにはこういうのもいいんじゃないかな」 「……なら、私もやりますっ! 先輩を全力でサポートしますから!」 「これはゲームだよ、諷歌。一緒に楽しもう」 「ふふっ、これで気兼ねなく律君に対してチケットを使えるわけだ」 (おそろしい……) 「全員参加ね! それじゃライトとクラッカーを配るわよ」 「いろいろ言いたいことはあるけど……ありがとう、シャロン。乗り気でいてくれて」 「へっ」 オリエッタが皆にヘッドライトを配っている最中、シャロンは俺にそっと近づいてきてこう言った。 「吊り橋効果を狙ってるでげすね?」 「ぎく」 バレバレだと……? 「好都合っす。たっぷり怖がらせてやるっす。さぞ幸せになれるでげしょう」 「あちしはいつだって、律殿と姫様の味方でげす……!」 めちゃくちゃ腹黒そうな笑み……。 「全員、行き渡ったわねー!?」 総員、うなずく。 「じゃあ、鬼を決めるわよ!」 その時、そばからスッと手があがる。 「あちしがやるっす」 「シャロン……やる気ね」 やる気なだけに怖いというのが本音だった。 「オリエッタ、ひとつ質問」 「なにかしら」 「行動はどこまで?」 「学校の敷地内ね。だから、だいたい発着場くらいまで」 「ただし寮の個室はナシです。入れないので」 「時間はいつまで? もう9時回ってるし、そう長くは出来ないわよ」 「1時間ってところじゃないっすかね。それまでに生き残っていた幾人かが勝利と」 「つまりおまえが1人も捕まえられなかったら、あたしら全員の勝ちなわけだ」 「イエス」 制限時間制である以上、勝者は複数人出ることもあれば、まったく出ないこともある。 「それだと、シャロンちゃんの勝ちがなくなるんじゃない?」 「じゃあ、全員捕まえたらあちしの勝ちにするでげす」 「それなら公平かな」 「オーケー。どんな罰ゲームになっても、決して文句を言うんじゃねえぞ」 ぎろりと俺をにらむ。怖いなあ……。 「あ、そうそう。魔法はナシだからね」 「へ? なに言ってんの、アリよ」 「え?」 ここへきて割れる。 「俺や葉山は魔法が使えないんだぞ!」 葉山は強力な魔法を持っているけど、こんなゲーム程度であれを乱用するようなやつじゃない。 「知らないわよそんなの! 魔法がなかったら私なんか一瞬で捕まるんだから」 「ナシだ!」 「アリよ!」 他の人は……? 「ナシかな」 「ナシだね」 「ナシです」 「アリね」 「アリだ」 「アリでげす」 「アリだろう」 「アリ♪」 「決まったわね。魔法はアリ!」 「く……!」 だとしたらオリエッタもかなり手強いんじゃないのか。俺が真っ先に捕まってしまったら元も子もないぞ。 「じゃあ皆の衆、思い思いに逃げるっす。最初は散らばったほうがいいと思うっすよ」 「……」 たしかにそうだ……一網打尽はもっとも避けるべきと言える。 「では合図を切ってから5分後にあちしがスタートするでげす。準備はいいでげすね?」 みんなの顔を見渡す。おのおの覚悟を決めていた。 「死闘・納涼肝試し鬼ごっこ……開幕っす!!」 作戦……とにかく、まずは全力でシャロンから離れよう。 俺が逃げ込んだのは校舎だった。やはり広くて分かれ道が多いうえ、教室なら隠れることもできる利便性の高さがポイント。 「しかし……意外と怖いな」 自分で肝試しと言い出しておいてなんだが、この学校はもともと洋館めいた雰囲気を放っているため、夜暗によく映える。 「ドラキュラとか出そうだ……」 悠長にひとり言をごちている場合ではない。どうする……? 「……夏本?」 「うわっ、ビックリしたっ!!」 不意に後ろから話しかけられる。振り向くと、そこには葉山の姿があった。 「ライトがないと見えづらいな……」 そのぶん、鬼は十分な視力を得ている。この塩梅がグッドバランス。 「仕方ないよ……それよりも、どうする? 隠れる?」 「いや、教室となると袋小路だからな……階段付近で待機してるのが賢いんじゃないか?」 「そっか……でも固まってるのもアレだし、ボクは3階のほうに行くね」 「おう、武運を祈る」 「必ずボクらは……生きて、帰ろうね」 「……」 なにやら危なげなセリフとともに葉山と別れた、その時…… 『あーあーあーあー。ただいまマイクのテスト中』 「っ!?」 校内放送で流れだした、シャロンの声! 『ただいまよりあちしは活動を開始するです。ライトに怯え逃げ惑うがよいでげす。じゃ、シーユーアゲイン』 それだけを言い残して、放送は途切れた。 「思ってたより怖いな……」 ただ怖がってばかりもいられない。反対側の階段にも行ってみよう。 「……と、んん!?」 進行方向にさっそく見えた、ヘッドランプの明かり! (なるほど……こっちはシャロンがいる!) こんな具合に鬼は居場所がバレてしまうわけである。 そうと決まればよし、逃げろ! 引き返せ…… 「みーーたーーなーー」 「ギャアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」 「へっ。とまあこんな具合でフェイントも入れていくから、注意するでげす」 「ちなみに今のは、単なる発光の魔法です。今回は見逃してやりますが、二度目はねえっすよ」 「はぁ、はぁ、はぁ……あ、あれ?」 息を整えてから辺りを見回す。シャロンは俺にタッチしないまま、すでにその場から消えていた。 「魔法……フェイント、か……」 すっかり騙されてしまった。 「にしても、どうして見逃してくれたのかな」 やっぱり、あんまり早すぎると面白みが……。 『あーあーあーあー。こちら放送席放送席』 「!?」 『ただいま葉山殿……もとい、葉山様を確保したでげす。というわけで、現在鬼は2人』 「は……葉山ァ……!」 さっき、あんな濃厚すぎるセリフを吐いたばっかりに……! 『なお今回は親切心で放送を入れてやったでげすが、今度からは一々こんな真似しねえです』 『というわけで、あちしと葉山様のコンビネーションプレイでおみゃあらをじりじりと追い詰めていくでげす。では、バーイ』 放送は終わった。 「シャロン、恐ろしいやつ……」 のん気にしてはいられないだろう。少なくとも葉山には、今の俺の場所が知られている。 「そうだ、葉山が来たらまずいッ」 と、そこへ、俺の足元へ差し込む一筋の光…… 「誰が来たらまずいの?」 「ぎゃあああああああっ!!!!」 これ、マジで怖ぇ!! 「待て〜、逃げるなあ!」 「やなこった!」 葉山と俺なら単純に男女間の身体能力の差で逃げ切れる。幸いあいつも魔法を使わないだろうし……。 「お、お……あれ?」 身体の自由がだんだん効かなくなってくる。 「待てー!」 (魔法、使われてる!) 必死になるあまり無意識で使っていやがる。なんて厄介なやつ……。 (でも、まだいける!) 葉山は自分で魔法を使っていると認識していない。逃げられる! 「行ったよ、シャロンさん!」 「はーさーみーうーちー」 「――!?」 驚愕のあまり声が出ない。やばい、やられる――!! しかし本当の驚愕が訪れたのは、次の瞬間だった。 「――えっ!?」 「――消えちゃった!?」 「っ!?」 「ど、どこに……」 なぜか一瞬のうちにして、身の回りにあるすべての光景が入れ替わっていた 俺はその場に立ち尽くし、ひとつ壁を隔てた向こうで困惑している葉山とシャロンの声を聞いていた。 「シャロンさん! 夏本が消えちゃったよ!?」 (消えた……? 俺は、教室に……) 「静かにしてろ」 「……律殿がこんな魔法を使えるとは思えねえっすけど……」 「仕方ねえっすね。目標ロストでげす。他の方を探すっすよ」 そうして、なにがなんだかわからないまま……シャロンと葉山は去っていってしまった。 「どうなってんだ……」 「よ」 「メアリー先生!」 「い、今のって……先生の魔法ですか?」 「察しがいいな、そのとおり。空間転置……いわゆるテレポーテーションってやつだ。大した距離じゃないけどな」 「てことは先生、俺を助けてくれたんですね!」 「そうだ。感謝しろ」 人ひとりを別の地点へ飛ばすだなんて、まるで小説のような魔法だ。 「あー、でも、失敗したか? よく考えたらおまえが負けてくれないと、おまえに罰ゲームできないんだよな」 「そう言わずに……! 俺はいま感謝の気持ちに満ち満ちています!」 「言葉だけじゃなあ……それよりも、具体的な契約を結ぼうや」 「というと……」 「一度だけ、今のように、今度はおまえが、あたしを助けてくれる約束」 「それは……フェアですけど、俺なんかがお役に立てるかどうか」 「まあ、囮くらいにはなるだろうさ。それに、オリエッタ相手なら盾にもなりそうだ」 この人は相変わらず発想が怖い。 「いやあ、それにしてもこんなにメアリー先生が頼もしく見えたのは初めてですよ」 「お? これは吊り橋効果ってやつじゃねえか?」 「え? ち、違います!」 この人とそんなことになっても、意味がない。 「にしても、鼻のきくメス猫相手に通用して助かったな」 「臭いでもわかるんですか……恐るべしシャロン」 「じゃ、まあそういうことで、今度あたしを見かけたら助けろよ」 「あるいはおまえが鬼になった時、1回だけ見逃せ。わかったな?」 そんなことを言い残すと、メアリー先生は去っていった。 (なんだかんだでノリノリだな、メアリー先生……) 「それにしても、危ないところだった……」 鬼が2人となると、校舎内もほとんど危険だ。もっとだだっぴろいところのほうがいいかもしれない。 いや、2人だけでは済んでいないかもしれないわけか。恐ろしいな。 「次は……」 「ここなら、少なくとも不意を突かれることはないだろ」 遮蔽物になるようなものはないし、電灯が近づけば即座に察知できる。 「代わりに、身を隠す場所もないんだけど……地べたに張りついてればいいか」 いよいよサバゲーみたいな様相を呈してきた。 「……律くん?」 「姫百合先輩!」 よかった。ライトもついてない。 「ここって放送聞こえましたか?」 「うん……もう1人、捕まっちゃったみたいだね」 「さて、ここからどうしますかね」 「あいにく私もまともな魔法は使えないし……」 「大丈夫です! 知恵と機転で切り抜けられますよ!」 「出来れば、鬼さんはこちらに来ないよう……ん?」 「あれは……オリエッタ?」 「えっ」 見れば、俺たち2人めがけて全速力で駆けてくるオリエッタの姿が! 「大変だ! 逃げないと!」 「いや……その必要はないみたいだ」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「ん……なんだ、鬼じゃないじゃないか」 「こらーーーーーっっ!!」 「ええぇぇーーーー!?」 「こんな夜に2人してイチャついて、いやらしいわよ!」 「誤解もはなはだしい……!」 「りつは私のものなんだから、ひめりーも遠慮しなさい!」 「違うよ、オリエッタ! 別にイチャついてなんか……」 「ほんとに……?」 「そ、そんなことするわけないじゃないか……」 「俺がオリエッタ以外とイチャつくわけないだろ」 「もう、りつってば……」 「でへへ」 「……2人とも、前を」 「ん?」 そこには隠れようともしない、しかし全身を白布に包んだ人間がゆっくりとこちらへ近づいてきていた。 「誰だ! 姿をあらわせ!」 今、その人影がベールを脱ぐ! 「私だよ」 「ランディか!」 手強そうだったのに、もう捕まってしまったというのか。 「かたまって行動するとは感心しないね」 「オリエッタが目ざとく飛んでくるから……」 「うっさいわね、誰だって焦るでしょあんなの見たらっ」 「いつまでじゃれているんだ、君たちは……」 「まとめて処分してあげるよ」 「ランディって足は速いの?」 「見た目通りじゃないかしら」 となると……成人男性程度か。 「これ以上うしろには逃げらんないのかな」 「山しかないわよ。完全に敷地外だわ」 「じゃあ一斉に分かれた方がいいね。全員、ここでやられるわけにもいかないし」 「……そうね。それでいきましょ」 「よし、せーの」 GO! 俺、オリエッタ、姫百合先輩――ひとたび集まった3人が、まったくバラバラの方角に散り散りになる! そんな中、ランディが狙いをつけたのは―― 「姫百合先輩!」 「私に構わず、先に行くんだ!」 ああ、貴女までそんな香ばしいセリフを……。 「ぜぇ、はぁ……ここまで逃げれば安心か」 ランディと姫百合先輩のイタチごっこは校庭でいまだ続いていたが、彼女の勝ち目は薄いだろう。 「今のうちに、逃げないと……」 オリエッタともはぐれてしまったが、この際しょうがない。逃げることが最優先だ。 (……図書館にはまだ人がいる) とはいえ10名程度だったが、ちゃんと明かりがあって、敵でない人がいるというのは落ち着く。 このセレクトは案外よかったかもしれない。出口入り口はひとつしかないが、大量の書架もあって隠れるのには適している。 「ただ、このヘッドライトはなんとかならんものかな……」 スイッチはオフにしているものの、頭に装着しているだけで十分に浮く。奇異の視線を向けられていた。 「本でも読んでようかな……」 「ヘイ、そこなボーイ」 「ん……あれ、ジャネット先生」 まずなによりも額を確認。オーケー、ライトは点灯していない。 「ミスター夏本もまだ生きてたのね」 「姫百合先輩が、身を犠牲にして助けてくれました……」 「そう……それよりも、ここ、ちょっと覗いてごらんなさい」 「なにが見えるんです?」 覗いてみる。 そこに広がっていた光景は、人智を超えたものだった。 「まーーつーーでーーげーーすーー!!」 「イヤ、イヤ、ぜ〜ったいイヤッ!!」 「……なんですか、あれ!」 「鬼ごっこでしょ」 「スピードがおかしいですよ!」 なんの魔法か身体を宙に浮かせ、リニアモーターカーのように推進するオリエッタと、土煙をあげながらそれに追いすがるシャロン。 オリエッタの魔法はともかく、問題はシャロンの足だ。猫なみという表現になんら誇張はなかった。 「いま調べたけど、猫は100メートルを7秒で走るらしいわよ」 「人間じゃねえ……」 「でもミスオリエッタがアレを引きつけてくれてるみたいだから、私たちにとってはいい展開よ」 「なるほど」 「果たして、本当にいい展開ですかね」 「!?」 この声は…… 「ふふふ……2人もひっついてるなんてちょうどよかった。もう逃げらんないよー」 「下手に明かりがついてるから、ライトへの警戒を怠ったね」 「ミス結城……影のように忍び寄ってきたわね」 「どうしましょう。窓から飛び降りるしか道がありませんよ」 俺たちは、こんなところで終わってしまうのか……? 「ふう……仕方ないわね」 「諦めましたか?」 「――ミス結城」 瞬間、ジャネット先生はその雰囲気を一変させて。 「ストップ」 「!?」 「な、なにこれ……動けない!」 「さ、行くわよミスター夏本」 「い、今のって……」 「魔法に決まってんでしょ。あんまり長い時間持たないから、ほら早く」 「葉山のやつとおんなじ……ですか?」 夜の廊下を走りながら、併走するジャネット先生に問いかける。 「そうね。相手に対する命令だけど……まあ一種の暗示ね」 「先生がストップって言ったから、結城さんは身動きが取れなくなったんですか?」 「ええ。相手に向かって、ひとこと発するだけで……」 「――止まれ」 「……へ?」 「? なにやってるんですか先生、はやく逃げないと」 一緒に走っていたはずのジャネット先生が、なぜかとつぜん立ち止まった。 「ストップの実演ですか? そんなのはいらな……」 そして、階下からひたひたと轟く足音……。 「おかしいな……夏本にもかけたはずなのに」 階段の下にいたから、ヘッドライトの明かりがここまで届かなかったのか……! 「はい、ジャネット先生タッチ。もう動いていいよ」 「……やられたわ」 「なんやてえ……!?」 けっこう容赦なく魔法を使うのな……見立てが誤ってたみたいだ。 「あれだけドタバタ走ってれば、すぐにわかるよ」 「迂闊だった……」 つい今まで味方だったJ子ちゃんが、ヘッドランプのスイッチを切り替える。今や完全な敵となって。 「……ふふふ」 「……ふふふ」 「……あはは」 そしてそんな2人が揃って見つめるのは、棒立ちになっている俺であって…… 「ミスター夏本……あんたも、ストップ!」 「ぎゃあ!」 「ん? あれ? なんだ、動けるじゃん」 「うそ! 弱すぎた?」 「あぶねえ、逃げよう!」 かけられるとわかっている魔法を、わざわざ受けるバカはいない! 「ちょっと、待ちなさい!」 「なんで夏本には効かないんだろ……とにかく、追いましょう!」 「ぬおおおお」 大丈夫だ。魔法さえなければ、あの2人からは逃げおおせる! なんとか撒いただろうか…… 「ちょ、ちょっと休憩……」 作り手のいない食堂にはまったく人がいなかった。走り疲れたので、少し休んでいくことにする。 「げっ、これは」 放送が入る…… 『あーあーあーあー。実況はわたくしシャロン・デュカスがお送りするでげす』 『前半戦が終了したので、途中経過を発表するのでげす』 『現在、生存者は4名』 「4人……」 全員で10人で、シャロンは元から鬼だから、5人がやられたことになる。 『生存者は律殿、ふーこ様、姫様、メアリー。以上でげす』 「姫百合先輩、やっぱりやられてたか……」 単純に半分の時間で過半数が捕まったというのも痛いが、鬼が増殖制なおかげでこのゲームは後半になるほど熾烈になる。 『全滅は近いでげすねえ。げっへっへ』 「でも、そうか……オリエッタは逃げ延びたんだな」 あのシャロンに噛みつかれても……よくやったぞ! 『では残り30分間、せいぜい無駄な抵抗をするがよいです。以上、ご覧のスポンサーの提供でお送りしたでげす』 「ご覧じゃないよぉ……」 しかし実際、状況は過酷だ。 残存しているメンバーを鑑みてみよう。まず諷歌が残っているのは意外だった。 暴力的な魔法を使うガラじゃないし、それに怖いものだって苦手なはずだったから。 「俺は……なんとか逃げるとして……」 あとはオリエッタとメアリー先生だが、この2人はどうやら……強い。 2人が強いのは主に魔法の力だが、あのシャロンでさえ捕らえあぐねているくらいだ。信用できる。 「いやでも、待て……」 もしメアリー先生が勝ってみろ。勝者の褒美としてどんな命令をされるかわからない。 「それはそれで怖いな……」 とりあえず、俺が勝てば問題ないのは確かだろう。 その途中、オリエッタとイチャイチャ出来ればなおのことよし。 「味方は諷歌、オリエッタ、メアリー先生」 あまりにも少ない。出会った相手は敵だと決めてかかるくらいで丁度いいかもしれない。 「よし、後半戦がんばろう」 「ああ……私たちと一緒にねっ!」 「……え?」 心臓が、止まるかと思った。 「キャアアアーーッッ!!」 「わ、わあ! その悲鳴じゃ、まるで私が痴漢みたいに――待つんだ律くん!」 「待てと言われて待つバカはいません!」 ちくしょう、油断も隙もありゃしないな! 「げっ、ライト!」 ターン! 階段を降りる……。 (またライトだ!) となると、こっちへ逃げるしかない! 「ふう……ここには誰もいない」 職員室には出入り口が2つあるから、逃げおおすのもまだやりやすい。 「残り25分か……」 他のみんなは大丈夫だろうか。諷歌あたりはもうやられていてもおかしくないな……。 『あーあーあーあー。本日も始まりましたオールナイトウィズレー、今宵も元気にいってみるでげす!』 「なんかヘンな放送始まったー!」 『メインパーソナリティはお馴染みこのあちし、シャロン。そして今夜は特別ゲストをお呼びしているでげす』 「ゲスト……?」 『白神姫百合嬢でげす。どうぞ!』 『よろしく』 「えええー!?」 意外な人物だった……。 『まず最初は、リスナーより頂いたおたよりを紹介する人気コーナー! その名も……』 「……」 『では1通目のおたよりでげす!』 「名前くらい考えとけよ! グダグダだなずいぶん!」 『イスタリカにお住まいのペンネーム“N.F.”さん、本名“夏本諷歌”様からのおたよりです!!』 「本名だすな〜〜!!」 『最近、兄の体がイカの臭いを発していて困っています。もう鼻がもげそうです』 「おい、それぜったい諷歌じゃないだろ!」 『それはさておき、近ごろ先輩が冷たくて私にかまってくれません。愛想を尽かされてしまったのでしょうか?』 「俺のくだりは!?」 『この由々しき問題について、ゲストのひめりー様に意見を伺ってみたいと思うっす』 『うむ……』 『これはマジなんでげしょうか?』 『その先輩というのはきっと、今も諷歌のことを変わらず愛しているはずだよ』 『むしろ、私の方が諷歌を失望させていないかどうか、心配なんだけど……』 もうおたよりの体を成してないな……。 『それは……お気の毒でげす』 「白々しい……」 『私はちゃんと諷歌の望む先輩でいられてるかな? 私には、それが気がかりで……』 『ううっ……と、ここで泣く』 「カンペーー!!」 『今すぐ諷歌に会いたい……! 諷歌、どこにいるの? 私が抱きしめてあげるのにっ』 「げ、この展開は……」 まさか……な……? 『私はここにいる! 諷歌は一体いずこへ?』 『姫百合先輩!!』 『諷歌!!』 「バカ野郎ぉぉーー!!」 放送室の2人のもとへ、諷歌が乱入していた! 『そして、熱い抱擁を交わす2人……』 『ふーこ様、アウトー』 「なんてこった……」 なぜゲストが姫百合先輩なのか疑問だったが、こういうことか…… 『またひとり鬼となって、ゲームはあと20分続くでげす。それでは皆様、また来週〜!』 放送は終わった。 「こうなると、味方はオリエッタとメアリー先生だけ……」 この中だと恐らく俺が一番弱い。すなわち狙われやすい。 「だが、俺はあんな小ざかしい放送には引っかからないぞ」 意気込んでいると、なにやら戸口のほうから話し声が聞こえてきた……。 「っ!」 机の中に入り込み、身を潜める……誰だ? 「誰もいないみたい」 「生き残ってるのはあと、誰と誰だっけ?」 「夏本とおりんちゃん。それに、メアリー先生です」 「ふうん……そういえば、まだメアリーには遭遇してないわね」 「先生もですか? ボクもなんです、夏本やおりんちゃんには何度か会ったのに」 「あいつ、隠れてるんじゃないの?」 大正解である。メアリー先生は容赦なく魔法を使ってその身を隠している。 「じゃあちょっと、ここらへん捜索してみますか」 「そうね」 (あ、あれ……? 俺ピンチ!?) 2人は机の下や物陰などをライトで照らして洗い始めた。非常にマズイ。 (いちおう、クラッカーを用意しておこう……) 見つかった時には派手に打ち鳴らし、その隙をついて逃げてやる。 「誰が勝ちそうだと思いますか?」 「メアリーかミスオリエッタじゃない? ミスター夏本が捕まるかどうかは微妙なとこだけど」 「ボクもだいたい同意ですね。夏本はおっちょこちょいだから、うっかり捕まってそう」 (葉山め……) 「そういえば知ってますか? 夏本とおりんちゃんが付き合い始めたの」 「知ってるわよ。ミスオリエッタは私に相談もちかけてきたし」 (え、そうなの?) そういえば……いつしかオリエッタがジャネット先生にお礼を言っていたような。 「へえ……ボクは夏本の相談に乗ってましたよ」 「そういえばあんたら、相部屋だったわよね……本当は女なのに」 「も、もう、その話はいいじゃないですか」 「あんたの目線からみて、ミスター夏本はどんな感じ?」 もしかして……これは世に言う、ガールズトークってやつじゃないのか? 「……まあ」 「いい男だと思いますよ」 (葉山……) なんていいやつなんだ。 「ほんとは?」 「彼女欲しがってる割に、すっごく鈍感」 「そうそうそれでいいのよ、じゃんじゃん男の悪口で盛り上がりましょ!」 (こいつら……) ぜったいクラッカーで目ん玉とびださせてやる。 「でも、悪意があるわけじゃないから……」 「なになに、その態度。もしかしてあんたも、ミスター夏本のこと気になってた感じ?」 (え……!?) 「ボクは――」 『さあ始まりましたオールナイトウィズレー増刊号の時間です! 今夜も元気にいってみましょう』 MC変わってるー!? 「またかと思ったら、ミス白神……どうしちゃったの」 (ちょっとおもしろそう……) 『本日のメインパーソナリティは私、白神姫百合。そして今回のゲストはシャロン・デュカスさんです』 『うぃっす。タリカイスより来ました、ズレウィー学院のメイド兼Tでげす』 (なんで業界人風なんだ……) 『さて最初のコーナーは……ええと……なんでしたっけ?』 『ごにょごにょ』 『実録・すべらない話! です』 『張り切っていくでげす!』 (嫌な予感しかしない……) 『このコーナーは、ゲストの身の回りに起こった笑い話を披露していただくコーナーです』 『ではゲストのシャロンさん、トークのほうをお願いします』 『ええ、では今日はあちしの同僚であるMさんについてのお話をさせていただくでげす』 『Mさんとは、どのようなお方で?』 『Mさんは一応メスなのでげすが、そりゃあもう粗暴でガサツで、女のはしくれにも置けないやつなんでげす』 「ちょっと言いすぎだけど……」 「メアリーのことね」 『して、その彼女がどのように?』 『あちしはW学院で食堂を営んでいるんでありんすが、Mさんがそこに来たときの出来事でげす』 (さっきズレウィー言うとったやんけ……) 『あちしがいつものように目の回る思いで料理を作っていたところ、Mさんがつまみ食いにやってきたんす』 『Mさんというのはどうしようもないやつで、時どきこうして調理場に忍び込んでくるんすが……』 『たしかエビチリに手を出そうとしていたっす。ところがその時、中華鍋がボウッと燃え上がったっす』 『ちょいと話がそれるっすけど、Mさんはクモやアリでも平気で踏みつぶす女でげす。勇ましいっすよね』 『しかしそんな、普段は意識してわ・ざ・と男勝りな行動をしているMさんにも、苦手なものがひとつあったでげす』 『火でげす』 「へえ……」 「でも、本当かしら?」 『意気揚々としていたMさんも一転、燃え上がった火の手を見るや途端にひとりの女に!』 『「きゃああぁぁ!!」などと叫んで、調理場から逃げ出してしまったでやんす! 爆笑でげす!!』 『くっ……くくっ、メアリー先生が、そんな……っ』 姫百合先輩笑いを堪えております!! 『あんなに奔放に振る舞ってるMさんが、少女のように可愛い悲鳴をあげる姿! ぷぷぷ、メアリーちゃん可愛いでげす!!』 本名でてる! 本名でてるって!! 「ぜんっぜん想像できないわね……あのメアリーが」 「でもまたさっきみたいに、嘘かも」 そういう2人もまた、言葉の端々から漏れる笑いをこらえきれていない。 (ま、たしかに、メアリー先生に限ってこんな幼稚な嘘には引っかからないだろう……) 『てめえ!! それは言うなっつったろうが!!!』 本当だったーー!! 『くけけ、釣れた釣れたでげす。さあ、確保でげす!』 『黙れ! おまえ、あの時の5千円かえしやがれ!!』 口止め料までもらってた!! 『顔まで真っ赤にして、メアリー子ちゃん可愛いでげちゅね〜』 『こんのクソ猫……!』 『あーあー総員に告げる。至急、放送室まで集結されたし』 『メアリーが相手なら、あちしも本気を出せるというものでげす……くくく』 (ごく……) シャロンとメアリー先生の一騎打ち……いったいどんな結果になるんだ。 俺はこの職員室で、じっと固唾を飲んで耳をすます……。 『おい夏本兄! 聞こえてんだろ!? 助けに来い!!』 と思ったら指名入りましたー!! (うー……でも実際問題、この人には恩があるからなあ……) とはいえ、ここから放送室に行くには……あの2人を突破する必要がある。 (俺は魔法も使えないし……ん?) いやいや。俺は魔法を使えなくとも、もうひとつ便利なものがあったじゃないか。 (カードだ!) 『下がっているでげす、ひめりー様。激戦の始まりでげす……!』 (ええい、ままよ) 逼迫した状況のようだし、ここで行かにゃあ男がすたる。 「空間転置!」 「はい! 馳せ参じましたは夏本律!」 「よし、でかした! 援護しろ!」 とんでもない騒音が響く放送室から、勢いよく飛びだしてきたメアリー先生。 その相手もまた、すぐさま扉を開けて現れた。 「わざわざ捕まりに来るとは、お間抜け極まりないでげす」 「!?」 辺りから地響きのように聞こえてくるのは……残りの面々がこちらに向かってくる音……! 「逃げましょう! ほら!」 「ダメだ! あの女を一発殴ってやらねえと気がすまねえ」 「無茶ですから!」 「くくく……あちしが全員捕まえた暁には、メアリーたんにあんな格好やこんな格好を……」 「あちしの夢を壊させはしない! っす!」 「ほら、あんなこと言ってますし。さっさとワープしましょう!」 「あー……それな」 「何をしぶっているんです! さあ、早く!」 「……空間転置」 よし、これで退陣―― 「……あれ?」 「あんまり長い距離は移動できねえんだ。けっこう苦手な魔法でな」 先いた場所からは数メートルほどしか遠ざかっていない。 「そんなー!」 「お笑いぐさでげす」 「ふふふ」 「ふふふ」 「兄さん……おとなしく捕まってください」 しかもその間に、両端の階段から続々と鬼たちが集まってきていた。完全にはさまれている。 「では、まず律殿からタッチを……ゲヒゲヒ」 (お、終わった……) 「ダメぇぇーーっっ!!」 「こっ、この声は!?」 「りつに触っちゃダメだもん!!」 「ん……うおおおっ!?」 「お、おい? あたしは!?」 「かもん!」 「わーーーー!!!!」 「あ痛っ!」 「ごめんごめん、だいじょうぶ?」 「こ、ここはウィズレー魔法学院? 私は夏本律?」 「う、うん……見事になんの異常もないわね」 「びっくらこいたぁ〜〜。なに、今の」 「ちょっと、こう、恋の万有引力的な」 よくわからなかった。 「とにかく……助けてくれて、ありがとう。オリエッタはここに隠れてたんだね」 「あの放送があって、みんな校舎に入ってったからね」 「あ……そういえば、メアリー先生は……」 「これで、生き残りは私とりつだけね♪」 (妙に楽しそうなのが気になるな……) 「こういう映画、観たことあるわ。赤ちゃんつくらないと」 「文脈の飛躍が激しい!」 「あっ、出てきた。隠れて!」 「むっ……」 校舎の玄関を見る。そこには、外へ逃げた俺を追って残りの面々が勢ぞろいしていた。 「どーこへ逃げやがったですか」 「律くん、ほらこっちだ出ておいで。お菓子あげるよ〜」 姫百合先輩、俺は貴女が思っているほどバカじゃない……。 そして、俺が不本意にも置き去りにしてしまったメアリー先生は…… 「オラぁ夏本ぉ!! 出てこいやァ!!!!」 ヘッドランプをつけた修羅と化していた!! 「散らばるでげす。ここまできたら人海戦術でげすよ」 さいわい俺たちには気づくことなく、都合8名の鬼どもは辺りに離散していった。 (よし、今よ) 「おっけー」 その隙を見て、俺たちは逆に校舎へと侵入する。 「教室に隠れよう!」 手近なところを探して、なるべく物音を立てずに忍び込む。 「よし、あとは残り時間この教室でじっとしてれば……」 「私とりつの勝ちね!」 むぎゅ。抱きつかれる。 「こ、こら。暴れたらバレちゃうよ」 「平気よ。誰もいないし」 「で、でもそのうち誰か来るから……」 「ん〜〜〜〜」 すりすりすり。頬ずりされる。 「りつ成分、補給〜」 「もう……」 抱きしめかえす。もはや手慣れた、されど手放せない抱き心地。 「アンタがいなくて、寂しかったんだから……」 「それは……ごめん」 俺だって出来ることならオリエッタと行動を共にしたかったが、状況がそれを許してくれなかったのだ。 「今度は俺も……ん?」 ふたたび彼女と距離をとる。 するとひたひたと、人気ない廊下に響く足音が…… (誰かきた) 「っ!」 驚いてこちらに飛びつくオリエッタ。いっそう強く抱きしめられて、教室の隅におさまった。 「夏本ー。おりんちゃーん」 「……いないかなぁ」 (葉山か……呼ばれて出ていくわけないだろうに) 「……ふるふる」 (行った……かな) 「……行ったよ、オリエッタ」 「ほんと?」 あれ…… 「怖かったの?」 「怖いわよ……誰が来るかわかんないし」 そこでようやく当初の目的を思い出す。そういえば、俺はオリエッタの怖がる姿を見たかったのではなかったか。 あわよくばそれに手を貸して、ますます律くんかっこいい……となることを期待していたはずなのに。 「おまえ、あんなにガンガン魔法つかっておいて……」 オリエッタの強力無比ぶりを見せつけられすぎて、今さら怖がっているのが不思議なくらいだった。 「……可愛いやつだなあ」 頭を撫でてやる。彼女の表情がふやけた。 「ホラーとかも、あんまり得意じゃないのよ……ああいうのって、びっくりするし」 「ほうかほうか。よしよし」 「子どもじゃないんだからね……」 文句のポーズをとっていても、彼女から発される雰囲気は甘々なそれ。 「あと15分、こうしてよう」 「いちおう、逃げる準備もね」 身を隠すべく、教室の隅っこに1つの塊みたいに丸まっている俺たち。 「……」 「……」 もう鬼は去ったというのに、またどくどくと鼓動が早まってくる。今度はまったく別の要因で。 「りつ、ドキドキしてる……」 「オリエッタもね……」 密着しているせいで、お互いの脈打つリズムが重なっているのがわかる。 (う、やべ……) 密着……密着……そう、密着。 「あ……もう、りつ!」 「ゴメンナサイ……」 オリエッタの肉感を堪能していたところ、心臓ではない体の一部も張り切ってしまって…… 「すっごい当たるんですけど……」 「だ、だってこれ以上は腰も引けないし……」 俺の後ろは壁で、オリエッタはむしろぐいぐいこちらに身を寄せてくる。 プレスされる感触がほどよい刺激となって、その心地よさがさらに性欲を煽り立てた。 「もう……アンタ状況わかってんの?」 「や、これは不可抗力で……」 「どうする? 出したい?」 「えっ……」 「我慢するっていうなら、それでもいいけど……」 「っ!?」 オリエッタはそっと右手を俺の股間にあてて、そのままゆっくりとそれを揉んだ。 「どうする?」 「う……」 永遠にしてもらいたいほど気持ちいい、しかし至るには足らない微妙な刺激を受けて、次第に意識がうかうかしてくる。 「ほら、早く」 「うぅぅ……」 そんなせめぎ合いを見透かしたふうに彼女は摩擦をより強めると、押し寄せた快感は俺に残っていた抵抗の意思を余儀なく削いだ。 このままオリエッタの匂いや柔らかさを堪能しながら精液を放出するか、それともなにもかもガマンするか。 そんなの……決まってる。 「出し……たい」 「……変態」 返事などわかりきっていたくせに蔑むようにそうつぶやくと、オリエッタはスカートの下に手を忍ばせて…… 「え、ちょっと……!」 「うるさいわね……黙ってないと、見つかるわよ」 そのまま、パンツを脱いだ。 「ほら、アンタも……」 そうしてセックスになだれ込むのかと、思ったが…… 「う……わぁ……」 「ガチガチじゃないの……。ほんと、エロいのね……りつって」 「こんなことする、オリエッタのほうが……!」 つい先ほどまでオリエッタが履いていた、まだ彼女の体温が残るパンティが、俺のそいつを隙間なく包む。 やわらかな布の感触もさることながら、この生ぬるさがなんともいえず淫猥だ。 オリエッタの性器があった部位に俺の亀頭を擦りつけているというのは、間接的に彼女に挿入しているようで。 「これ、なんか、ちょっと……湿ってない?」 パンツのごく一部、染み込まないせいで外からはわからないほどの微量だが、内側にある俺の肉棒はしかとその水気を感じ取った。 「濡れてるの……?」 「濡れてないわよ……おしっこじゃないの?」 「おしっこ……」 そうだとしても、それはそれで興奮するものがある。 「もしかして、さっき……?」 「少しよ……ほんの、少し」 やはりオリエッタは本気で怖がっていたのだ。だから、少しお漏らししてしまった。 「にしても、アンタってほんと……変態ね」 むくむくと膨らむそれを見て、オリエッタは呆れ半分にそうごちた。反論のしようもない。 「ほら、早く出しちゃいなさいよ」 「う、うん……」 パンツごしに、オリエッタはしこしことそれをしごく。 彼女の繊手がもたらすとは思えない快感が容赦なく俺を責め立てた。 「ひとりでスルときも……こんな感じなの?」 「そう……だね」 やっていることは変わらない、感触が布地になったくらいで、むしろその動きはぎこちないくらいだ。なのに…… 「女の子にこうされるのは、どんな気分?」 「やばい……ぜんぜんちがう」 握力や速度など、まったく予期しないメカニズムで刺激されるのが違和感だらけで気持ちいい。 それどころか、右手を動かしていないのに性器がしごかれていることさえ不思議に思う。 「そうだ……早く出せるおまじない、かけてあげるわ」 「え……?」 言うやいなや、オリエッタはいたずらっぽい表情をして、 「えいっ」 つん、と布越しの男性器をつついた。 「え……うあっ!」 なんだ今の……一瞬、気が遠くなるほどの目まいがした。 「い、今のって……」 「これよ、これ」 「うああああっっ……!」 二度ほど上下にしごかれる。 それだけで、立っていられないほどの気持ちよさが陰茎に集中した。 「わぁ……効き目ばっちりじゃない」 「な、なに……したのっ……」 「ちょっとした魔法……メアリーに教えてもらったの」 「あああっ!」 メアリー先生ってば、俺の知らぬ間になんていうことを……! 不敵に笑い、得意げにピストンするオリエッタ。 しごく速さも強さも加減されているにも関わらず、襲いかかる快感は先と比べ物にならないほど大きい。 「んっ……んっ、ねえほら、気持ちいい?」 挑発するようにこちらを見て、以前と同じように――つまり魔法がかかってなくても気持ちいいくらいに――しごいた。 「あっ、ああっ」 「りつ、ふらふらしてる。そんなに気持ちいいんだ」 一度、二度、三度……数えきれないくらいに男根をパンツでコスられて、そのたびに腰回りまで響くほどの悦びが走る。 悔しいが初体験の時にも味わえなかったくらいの圧倒的な快感。 なにも考えられなくなるほど……気持ちいい。 「気持ち、よすぎるから……ちょっとタンマ」 「やだ。やめてあげない」 俺がそう訴えても彼女は聞かず、ただひたすらに右手を上下に動かし続ける。 オリエッタからすればそれは単調な作業なのだろうが、俺にとってはその一振り一振りが脳までとろけそうな淫楽だ。 「ああああ……」 「んふふ……すっごいヨさそう」 通常時の絶頂ほどの法悦が、オリエッタがしごくたび陰茎から亀頭までのあちこちで弾けている感覚。 その尋常ならざる快楽は腰を通じて体の芯までにも溶け、全身を揺さぶる疼きとなって俺を溺れさせていく。 いつまでも、この淫蕩の沼に沈んでいたい……。 「はい、やめー」 「うぅぅ! ど、どうして……?」 「さっき、ちょっと止めてって言ったじゃない」 「な、なにもいま止めなくても……!」 必死になって慌てふためき、あまつさえ欲しがらんばかりに腰を揺らしている俺を、オリエッタはにたにたと眺めていた。 「もっとシてほしい?」 「して、ほしい……よ」 抗うポーズすら惜しいほどに、俺は早くあの快楽に浸りたくて仕方なかった。彼女の手コキを味わいたかった。 「じゃ、このまま出すまで……コスってあげる」 「ん……っ、はっ、はぁっ……あんっ、んっ……んん……」 「ああああああ……!!」 全身の掻痒を一点に集めて、そこを一気に引っかいたような爆発的快感。 それが性器の全体で、しかも何度も何度も、彼女がパンツをこすり上げるたびに連続していく。 「んんっ、りつ、声おさえないと……見つかっちゃうわよ」 「で、でも、これは……」 足が震えて腰がガクガクいうのと同様に、すでに歯根さえおぼつかない。 「はぁっ、はぁっ……こんなに気持ちいいの、初めてなんだ」 「は、はじめて……だよ」 音叉の共鳴がごとく、股間にもたらされた悦びは身体のすみずみにまで伝播していく。 「さっきからもうドクドクいってる……ん、ん、イキたいの? イッちゃいそう?」 どちらにも、うなずく。 「このまま出したら、私のパンツがアンタの精液まみれになるんだけど……?」 「え、あっ……」 どうしようと困るものの、当のオリエッタはそんな俺の動揺を楽しんでいるようだった。 「汚れたら履けなくなっちゃうから、やめよっか」 「や、やだ……やめないで……」 「やめて欲しくない?」 「うん……」 「このまま、こうやって……しゃせー、したい?」 「うん、うん……!」 「その割には、ずっと我慢してるわよね……」 「だって……!」 こんな……こんな、常識はずれの気持ちよさを、終わらせてしまうのはもったいなすぎる。 「んっ、はぁっ、ん、はぁ……早くしないといけないっていうの、わかってる?」 一刻を争う場合だとわかっていても、オリエッタのパンコキをこのままずっと楽しんでいたい。 「はぁっ、はぁっ……しゃせーしてもいいけど、んっ、汚さないでね」 「そんなのっ、むり……ッ!」 膝から崩折れてしまいそうな官能の波に耐えるべく、自然と拳を握りしめて歯を食いしばってしまう。 本能が思わずそれを回避したくなるほどに、その快感は強すぎるのだ。 「あぁ、はぁ……あぁ、んっ、もう我慢できないって顔してるわよ?」 「……っ……!」 「もっと……んっ、んっ、強くして、あげるっ」 「あっ……!!」 ぎゅっと握る力を強めて、しごきあげるスピードも増す。 オリエッタにとってはわずかな工夫でも、それが俺に与えることになる感度の差は凄まじい。 「はぁっ、ああっ、ああっ、はぁっ、はぁっ、ほら……イッちゃえっ」 「むり、もう、でるッ……!」 パンツを汚すななどと言われても……そんなのは到底、守れそうになかった。 「あっ、あっっ……!!」 「きゃあっ! やっ、あ……んっ、んんっ! 熱ッ……ううっ!」 ドピュッ、ドピュルルッ! 通常時の数倍にもなる絶大な気持ちよさ――体中の穴という穴から射精している心地さえした。 「うわぁ、すごぉ……曲がっちゃうくらい、跳ねてるぅ……」 「汚したらダメって言ったのに……これじゃベトベトじゃないの」 「ご、ごめん……はぁ、はぁっ」 出た精液も恐らく過去最大……パンツを白濁で浸してしまうくらいの量になった。 「これっ、もう……死ぬほど、気持ちよかった……」 「ふふふ……嬉し♪」 俺を気持ちよくすることに喜びを感じている。そんな姿勢を見て、俺のペニスは…… 「わ……まだ元気なの……?」 「オリエッタが、可愛すぎて……」 「どうする? もうやめる?」 「聞かなくても、わかるでしょ……」 「……ちゃんと言ってくれないと」 今日のオリエッタは小悪魔だ。こっちは今にも爆発しそうなのを、うずうずしてこらえているというのに。 「もっと、したい、です……」 「急がなくちゃいけないのに……2発も出したいわけ?」 「オリエッタの、いじわる……」 「わかったわ……仕方ない子ね」 「はい……これで、いいんでしょ?」 「う、おっ……!」 やはり魔法の性感効果はちょっと射精をしたくらいでは収まらないらしい。 先ほどと同じ、超絶敏感……しかも今度は、手とは比べ物にならないくらい気持ちいいオリエッタの膣内だ。 「ずぶずぶずぶーっ……」 「あっ、ああっ」 彼女が腰を下ろすと、それだけで全身の弾けるような悦楽がほとばしる。声なんか抑えようもない。 「んっ……ど、どう?」 「やばすぎ……!」 ゼロ距離で密着した体勢で、オリエッタは微動だにもしていない。 ただ挿れているだけだというのに、平常時に射精しているよりも気持ちいい。 「こーら。腰、勝手に動かさないの」 「だって……!」 「ん……ちゅ……」 「んっ……」 抗議をキスで塞がれる。 「れろ……れろ……」 「〜〜っ」 舌と舌が触れ合い、次いで歯ぐきを舐められる。口内全体に痺れが走った。 「動いてほしい?」 「動いて、お願いっ……!」 こっちも必死に腰を動かすものの、上にオリエッタが乗っているせいでどうにもならない。 「りつ、可愛い」 「オリエッタぁ……!」 「しょうがないなぁ……」 いたずらっぽく微笑んで、手を前につき、腰を浮かせる……。 「じゃあ……動いてあげる」 「うおぉぉっ!」 そうしてからズドンと腰を落とすと、その運動を何度も繰り返す! 「今日は、私がりつにご奉仕してあげるからね」 「ああああああ……!」 出し入れ。出し入れ。腰が上がればカリ首の裏を生肉に舐められ、腰が下がれば亀頭に燃えるような摩擦を浴びせられる。 終わることなくペニスと膣壁が絡み合い、全身がぞくぞくと震え上がる。 「うわ……すっごくエッチな顔してる」 じゅぽじゅぽと、文字通り膣口にしゃぶられているかのような感覚。 目の前の光景も頭の中も、なにもかもが真っ白になる。もはや何も考えられない。 「あっあっあっ……っく」 「はぁっ、はぁっ、ああ……んもう、りつ可愛すぎ……ちゅ」 キスされるも、そちらに向ける意識は残っていない。 オリエッタの体内に残された俺の分身はもう信じがたいほどの快感に喘いでいた。 「いく、いくいくいく……!」 「はぁ、あ、んっ、そうやって声あげるところも、女の子みたいで可愛いわ……」 すでに壊れてしまいそうなほど気持ちいいのに、更にそれを数十倍に引き上げる絶頂が、今―― 「っ!?」 「っっ……!」 だ、誰か来た!? 「っ、ぉ……!!」 「なっ、なに声だしてんのよ……!」 「だ、だってっ……!」 驚いたせいか膣がいきなり締まって、ほとんど俺のそいつを縛り上げていた。 声を出すどころか絶叫していてもおかしくなかった強烈な快楽を、むしろよく受け流したと褒めて欲しいくらいだ。 「はぁはぁ……ま、まだいる……」 「オリエッタ、ちょっと、締めないでっ……!」 「む、むりよ。んっ、あっ……はあっアンタこそ、動かないでっ」 問答無用で襲いかかるその電流はすでに男根だけでは受け止めきれず、腰までガクガクと言わせていた。 「いった……かな?」 「ま、まだイッてない」 「そっちじゃないわよ、バカ……」 「あ……」 足音の主か。確かにもう音は響いていなかった。 「こんなところ見られたら、言い訳できないわよ」 「誰だったんだろ……諷歌か、姫百合先輩か……」 「もう、想像させないでよ」 「し、知らねーよ……そうかもしれないって話だ」 「そういえば前回エッチしたのも、お部屋の外じゃなかった……?」 「だね……」 「この学校でこんなことしてるの、私たちが初めてよ」 「そう考えると……恥ずかしいな」 「んっ、んっ……この、変態ぃ……っ」 「あっ、うぅぅ……!」 腰の動きが再開される。俺はただ寝そべっているだけで、腹までえぐられそうな快感に見舞われてしまう。 「あ、あ、うっ……くっ、ふっ、ふぅう、はぁっ、ああっ、んっ、ん、ん……んん〜♪」 「おりえっ、たぁ……!」 体勢からして俺は自らオリエッタを求めにいくことが出来ない。 ただただ彼女の腰の一振り一振りにとてつもない悦楽を覚えながら、ただただそれに翻弄されるのみ。 「あっ、う、うくっ……はぁ、あぁっ……ほら、こういうのは?」 「あああぁぁっ!!」 単純な上下動だった腰の動きが、不意にぐりぐりと円を描くグラインドに変わる。 「う、わ……今の声、すご……。そ、そんなに気持ちよかった?」 まったく違った動きによる、まったく予期せぬ刺激の奔流。 慣れてきた反復運動にさえ歯を食いしばって耐えているのに、そんなのを堪え切れようはずもない。 「ま、まだ……出てない?」 「はぁっ、はぁっ……ふっ、ふぅ、ん、出てない、わよ……っ」 弾け飛ぶ快感の単位が大きすぎて、イッたのかイッてないのか自身でも判別がつかないほど。 こんなのに慣れてしまったら、もう普通のセックスなんか出来なくなるんじゃないか……? 「あっ、あっ、あっ! んっ、んっ、んん〜〜〜っ、ほらほら♪」 「くあっ……あっ、やめ……ぇ!」 上下左右まるで不規則に揺さぶってくる腰づかい。 全ての刺激が不意打ちとなり、いよいよ今にも暴発間近となる。 「はぁっ、やっ、あ、あ、あ、あっ……こ、声だしちゃダ〜メ」 「む、むりっ……!」 扇情的に弧を描く腰のラインがどうしようもなくエロすぎる。 月明かりに照らされた白皙の肌が、俺の肉棒を丸呑みにして、むしゃぶりつく。 「いくっ、いくっ……今度こそ、もうダメッ」 先ほどまでは永遠にこの桃源郷をさまよっていたいと思っていたが、もはやそんな余裕もない。 一刻も早くオリエッタの膣内に俺の精子をぶちまけて、想像を絶するような快感を得たくて仕方なかった。 「ふぅん……えいっ」 「え……? 何した、の……?」 「ふふふ」 オリエッタは俺の胸あたりをつんと小突くと、そんな風にすっとぼけた。 「イ……くっ!」 でも俺はそんなことに気を配っていられず、溜めに溜めた精液を解、放―― 「あ……あれっ!?」 なんで……どうして? 「い、いけないっ……」 「……もっとりつ、感じてたい。終わっちゃうの、もったいないもの……」 そしてまた、ぐりんぐりんと腰を回すオリエッタ。 「あああああっ!」 「さっきのアレンジで、ちょっと我慢強くしてあげただけ。別にイけないわけじゃないから……」 「また、ヘンな魔法っ……!」 本来なら達していておかしくない快感、さらにそれを魔法で数十倍に強めたもの。 こいつが少しでも腰を動かして俺をいじめるたびに、それが際限なく奏でられていく。 「もうちょっと……ね? 一緒に、エッチしてよ?」 「死ぬっ……死ぬって、こんなの……!」 こちらも腰どころか全身が震えておぼつかなくなる。完全にコントロールが効いていない。 本当に死んでしまいそうになるほどの甚大な気持ちよさ。 実際に死に至るような痛みが総て快感に変わったとしたら、きっとこんな感じに違いない。 「あっ、暴れたら、バレちゃうから……はあっ、あ、ああっ」 「あっあっあっ……!」 そう思うならさっさとイカせろ――そんな言葉さえ発せられない。 「はぁっ、ああっ、あ、んっ……くぅっ、私も……ね、もうちょっとで……イケるから」 「あくっ、ふっ、ふうっ、それまで我慢してよ……あと少しだからっ、あ、あ、あ……」 「ううううう!!」 元々こちらは主導権を握られているし、加えてこの狂乱にあってはオリエッタのことなんて考えていられなかった。 「アンタは動かなくていいからね……今日は私が、してあげるんだからぁ……っ」 だからオリエッタは俺の男根をただのオモチャのように、自ら動いて女性器をこすりつけている。 彼女が快感を求める動作……でもそれは当然、俺にとっても意識を失うほどの気持ちよさになる。 「あああああああ……!!」 「んっ、んっ、んんっ……ああっ、いくっ! イキそう……また、前みたいに……中でぇっ」 声は聞こえても、その意味を飲み込んでいる余力はない。 イキたいイキたいイキたいイキたいイキたい……!! 「はぁっ、はぁっ。ごめんねっ、りつ……! 一緒にっ、ん、ん、ん、いこっ!?」 「〜〜〜〜っ」 声にならない声で返事をする。 ぐらつく視界の中で、頬を染めて感じているオリエッタの顔を捉えた。 「い……くっ!」 ぶるぶると振動する膣。腰づかいはそのままに、陰茎が全方位から揉まれる。 ありえない――本当にありえない快楽の前に、俺の意識は完全に飛んで…… 「いっっっっっっっっっ……!!!!」 ドクドクドクドクドクドク……ドクッ、ドクッ、ドックン! 「んっ……あぁっ……!」 「オ、おおおォォッッ……んっ、んっ……! あっ、アアぁぁアぁ……!!」 目の前が真っ白に、真っ黒に、真っ赤になり、脳内の血管がいくつか弾けて切れたかと思った。 ペニスどころか全身を使っても受け止めきれない悦びを、がむしゃらに当たり散らして逃がそうとする。 周囲を殴った手足が痛む。だけどそれでも、この炸裂する快楽の万分の一も薄め切れない。 「はぁっ、はぁっ……お腹の中、精液でいっぱいに、なって……ふふっ、気持ちよかったのねっ……」 「あ……んっ! まだドピュドピュしてる……んんっ! あ、はあっ、ああっ……」 「はぁ……はぁ、私も、すごく気持ち、良かった……んっ!」 体と一緒にはね回るペニスを感じて、オリエッタがビクンとする。 その度に、膣肉がペニスを搾りあげて、精巣から精液を貪り尽くそうとしていた。 「お……ォ……お……ッ……」 こんなの、頭がおかしくなってしまう。 「うわぁ……こ、こんなになるなんて、ちょっと、やりすぎちゃったかも……」 「けど、そのだらしない顔、すごく可愛い……ちゅっ」 俺達は繋がったまま、お互いに宿った性欲の熱を冷ますまで、しばらくじっと見つめあっていた。 「だ、大丈夫?」 「大丈夫じゃ、ないよっ……はぁっ、はぁっ」 「ごめんなさい、やりすぎちゃった」 「ほんとだよ……ほんとに、死ぬかと思った」 「でも、アンタも出しすぎ……さっきからずっと漏れてきてる」 「ご、ごめん……」 「……」 「ほら、アルパカさんもなんとか言ってやってよ」 「だから悪かったって……」 ……あれ? 「ってうわぁっ、アルパカさん!」 「嘘っ、どっから入ってきたの!?」 「も、もしかして……見られてたのか?」 「……」 どうやら、今来たばかりらしい。 「そっかそっか。よしよし」 なでなですると、気持ちよさそうに体をすり寄せてきた。 「可愛いなあ」 「ちょっと、アンタ! 悠長に撫でてないで、早くそれしまっちゃいなさい!」 「ああそうだった……ファスナーを」 ぎちょん。 「ぎいやあああーー!!」 「アホかーー!!」 挟んだ! 挟まった!! 『あーあー』 「っ、放送よ!」 「ということは……?」 『タイムオーバーっす!!』 「というわけで、今回の優勝者は……」 「わくわく」 「わくわく」 「姫様と……ん?」 「……」 見れば、アルパカさんがシャロンになにか告げているようだった。 「なるほど……つまり、アルパカさんは律殿にタッチしてたということっすね」 「え? ……ああ、そういえばっ!」 うっかりなでなでしてしまったーー! 「アルパカさんは私の使い魔……。私が鬼である以上、アルパカさんも……」 「で、でもそんなの聞いてなかったぞ! 断固抗議してやる!」 いくらでもゴネるぞ。なにせ、ここさえ乗り切ればオリエッタと一緒に勝ち組だ! 「……」 「しかも、その場でアルパカさんはものすごい光景を目撃した?」 「げ」 「ぎくっ」 アルパカさんの見たものというと…… 丸出しの俺と、それをファスナーでぎっちょんしていた俺……! 「……」 「なになに、律殿がその場で……」 「待ってくださいアルパカさん! 私の負けでよろしいので、それは! それ以上は!」 「断固抗議はどこに行ったんだ……」 「すごい動揺ぶり……ますます気になるね」 「……」 「この通りです! ですからなにとぞ、アルパカさん!」 「すげえな……使い魔に土下座してる奴ってのは初めて見たぜ」 「兄さん……幻滅しました」 「夏本、プライド捨てすぎ……」 なにやらボロクソに言われているが、今はつまらない体裁など気にしている場合ではない! 「……」 「今回だけですよ、と言っているです」 「本当ですか! ありがとうございます!」 「もう敬語がデフォルトになってるみたい」 「新しい主従関係が生まれましたね」 「となると……今回の優勝は、姫様だけってことになるっすね」 「いえい!」 「かーっ……惜しかった。どこかの誰かが裏切りやがるからよォ!」 「あ痛ででで、だってあれは俺のせいじゃないですよ!」 「残念。ボクなんかすぐに負けちゃったし」 「じゃそういうことで、今日は解散……」 「こらこら。優勝者の特典を忘れないでよ」 「そんなんあったっすか?」 「あったわよ! ごまかさないの」 「仕方ねえですねぇ……はい」 「いただき!」 オリエッタ は プリンセスチケット を 手に入れた! 「もともと姫様は姫様なんすから、少しは遠慮するっす」 「嫌よ♪ ふふん、これがあれば何でも出来るわ」 炯々と瞳を光らせて俺たち面々を見る。一体どんな目に遭わそうというのか……。 「言い忘れていたが、それには回数制限があってな」 「10回までしか使えない」 「10回……」 「うち1回は実験で使用しているため、実質的には9回だ」 そう言ってピシッと提示されたチケットには、しかと9という数字が刻み込まれていた。 魔法がかかっているということなら、あの数字はきっと使うたびに減っていくに違いない。 「うーん……微妙な数だけど、まあいいわ」 「9回……」 オリエッタを除いたここの全員が、ぴったり9人。 「みんな! 明日を楽しみにしててね!」 彼女の天真爛漫な笑顔が、この夜だけは悪魔のそれに見えたという……。 「あ、そうそう。それでアルパカさん、けっきょく律殿は何を……」 「聞かないでえええええ!!」 「入りなさい」 「失礼します、お嬢様。ソイティーラテをお持ちしました」 「いただくわ」 「ああ……いい気分」 「それで、ふーこの方はなんて?」 「あと5分で来られるそうです」 「え〜? 5分も待たせるの? なってないわねぇ」 いつも以上に傲岸不遜、傍若無人に振る舞うオリエッタ。 それもそのはず。彼女の左手に握られているのは…… 「まったく……ふーこはコレの恐ろしさがわかっていないようね」 肝試し鬼ごっこ優勝賞品……プリンセスチケット。 これは都合10回まで、相手が誰であろうと命令に従わせる悪魔のような道具である。 「背中がかゆいわ」 「はっ」 かいかいしてあげる。 俺がこのように彼女に対して平身低頭、下僕のように従順になっているのも、件のチケットの効果による。 『アンタは今日1日、私の執事になりなさい』 と、いうわけで俺は――普段よりさらに輪をかけてワガママになったお姫様のお世話をしなくてはならなくなった。 「なんの用? おりんちゃん」 ぶっきらぼうに入ってきた諷歌。オリエッタがこんな状態にあるということは、前もって俺が伝えてある。 「あらあら……私は心が広いから気にしないけど、次からはちゃんとノックをして入ってきてね」 「なんか……無性に腹が立つんですけど」 まったく同感だが、それを真正面切ってぼやいてしまうのは利口じゃない。 「ふーこは心が狭いわね。おっぱいは大きいのに」 「胸は関係ありませんっ。見苦しいですよ」 「見苦しい?」 「この前、ひとりで胸を揉んでたでしょう? あれ、大きくするためですよね」 「そう……見ちゃったのね」 ホラーか。 「おりんちゃんは胸にコンプレックスを持ちすぎなんです。それを私に当たらないでください」 「お、おい諷歌……」 「なんて反抗的なコなのかしら、ふーこ」 「りつと一緒にメイドにしてあげようかと思ったけれど、少々これは指導が必要みたいね」 「な、なんですか……」 諷歌のメイド……ちょっと見たいな。 「そりゃあ私だってこの程度じゃ怒らないけど、それでも妹分の面倒はきちんと見てあげないとね?」 「ん……? なに書いてるんだ?」 「はい、ふーこ。この紙に書かれてる通りにやりなさい」 「……? なっ……!」 「ふ、ふざけてます! こんなこと絶対にやりません!」 「やりなさい」 泰然とした余裕から、こらえきれない笑いが漏れていた。 一体なにが書いてあったというんだ……。 「あっ、か、身体が……!」 (無駄だ諷歌……オリエッタの命令には逆らえない) がっし! 何かと思いきや、諷歌はいきなり自らのおっぱいを掴みあげ……! 「お、おっぱい大きくてすいませんでした……ぼいんぼい〜ん許してください」 「うん。仕方ないわね、許してあげる」 「ありがとう……ございます……!」 わなわなと震える両肩が、恐るべき屈辱を物語っている。 おお怖い……。 「おっ……おりんちゃんのバカ! おりんちゃんの……!」 「いいのかしら? 私のチケットは後7回まで使えるけど」 「う……」 ランディが実験に使ったという1回、俺に対する1回、今の1回で、差し引き7回。十分すぎる猶予だ。 「代わりにメイドにはしないでおいてあげる。わかったら、もう出て行っていいわよ」 「……覚えててくださいよ!」 3流ヒールばりの捨て台詞を吐いて、諷歌は部屋を出て行った。 「恐怖政治や……」 「まあでも、私だっていわれのない相手にあんなことはしないわよ?」 「ただ彼女は少し、知りすぎてしまっただけ……フフ」 というより、ほとんど私怨な気もするけど……。 「ねえりつ、私ちょっと疲れたかも」 「えっと……マッサージしてあげようか?」 「口調」 「マッサージをして差し上げましょうか、お嬢様」 「うん、お願い」 一応、マッサージはお手の物だ。何度かオリエッタにもしたことがあるし、機嫌を損ねない自信はある。 「あ〜……きもちい〜……」 「お嬢様、ぜんぜん凝ってないですけどね」 「いいのよ、別に……ただの口実なんだから」 関係性が変わっているのに、隠し切れない甘々感。これじゃただのプレイだ。 「執事ってことは……私の言うこと、なんでも聞いてくれるのよね」 「常識的な範囲ならば……」 「えっと、じゃあね……いくわよ」 「ちゅーしなさい!」 「え……?」 「ちゅーしなさい、ちゅー」 「は、はい……わかりました」 マッサージを中断して、オリエッタの正面に回りこむ。 「失礼します、お嬢様」 そして、キス。 「んっ……」 「ん……はぁ」 「……くるしゅーない」 「それじゃお殿様だよ」 苦笑した。 「もっかいして」 「はい……何度でも」 こんなご命令ならば、こちらにとっても歓迎だった。 「ちゅ……む……はっ」 「じゃあ今度は、抱きしめなさい」 「はい」 ぎゅーっ。 「最高〜っ……」 俺も。 「じゃあまた、ちゅーしなさい」 「んっ……」 「んん〜〜っ……」 いちゃいちゃ、らぶらぶ…… 「ごめんおりんちゃん、忘れ……も、の……」 「……」 「……」 ばっちり見られた……。 「ご、ごめん! すぐ出てくから……」 「待ちなさい」 「え?」 「見られてしまったものはしょうがない……ここはトッキーの部屋でもあるしね」 「でも話し合う必要があるわ。そこに座って」 「……」 始まった……。 「それで?」 「え……それで、って……?」 「なにか弁明はあるかしら?」 「いや……ご、ごめんなさい」 「見てしまったものは仕方がないわ。でもね、おいそれと許すわけにはいかないの」 「ボクに非はないような……」 「そこであなたに言いつけます」 「は、はぁ……」 「今日1日、女のカッコで過ごしなさい♪」 「え、えぇ〜!? なんで?」 「ん〜……なんか最近、トッキーの男装に飽きちゃって」 「そんな自分勝手な!」 「女の子らしい格好も見たいのよね」 「せっかく、この格好にも慣れたのに……」 「やりなさい☆」 「クッ、身体が……!」 「いいリアクションだなあ……」 「お洋服はここよー」 「うーわー」 「うう……」 「やっぱりこっちもいいわね。お人形さんみたいで、似合うじゃない」 「はあ……せっかくなら、付き合う前にこの格好を……」 ちら、と俺を見る。 「?」 「なんでもない」 「引き留めて悪かったわね、トッキー。もう行っていいわよ」 「この格好、どんな反応されるかなあ……」 そうして、葉山も忘れ物を取って出て行った……。 「愉快ね……ここらでそろそろメインディッシュといこうかしら」 「というと……?」 「ケチョンケチョンにしてやるからって言って、メアリーを呼んできなさい」 「はっ……」 「無理でひた」 「メアリー……よくも私のりつを!」 「いや、まあ、最初からオリエッタが出向けばよかったと思うのよね」 「こら、メアリー! 出てきなさい!」 「いるっつーの……職員室でギャアギャア騒ぐなチビ」 「いいじゃないの、今はアンタしかいないんだし。だいたい夏休みでしょ?」 「夏休みでも教師は仕事があるんだ。ガキの遊びにかまってるヒマはありませーん」 「でもでも、私はメアリーにされた仕打ちを忘れてないわよっ」 「あん……?」 「この前、私の豆乳に炭酸入れたでしょ! あれは絶対メアリー!」 「たまたまだよ、たまたま」 「パックの豆乳に異物混入が、たまたまなわけあるか!」 「まあまあまたまたそう怒らないで、たまたまということもまあたまにはあるだろうし……」 「ややこしいのよ!」 「フッ、でもまあいいわ……今日の私にはコレがある」 「……」 取り出されたプリンセスチケット。 メアリー先生は露骨に渋面を見せた。 「さて、どんな恥ずかしいことをさせてやろうかしら……」 「よし、まずは手始めに服を脱いでグルグルバットしなさい!」 オリエッタが命令を下す。 それを黙って見ているのは、俺の良心が咎める気がして…… 「待ってよ、オリエッタ。じゃない……お待ちください、お嬢様」 「メアリー先生は鬼ごっこの最中に俺のことを助けてくれたので……今回は、ちょっと見逃してあげてくれませんか」 「ほぉ……」 「りつ……メアリーの味方するの?」 「そんなことはありません。俺はいつだってお嬢様のお側にいます」 「りつ……!」 「オリエッタ……!」 がしっ……。 「……帰ってくんね?」 「ご迷惑をおかけしました!」 「仕方ないわね……さっきの命令、しなくていいわよ」 「むう……いろいろ考えてたのに」 「ここは俺に免じて、許してやってください」 これで借りも返せたかな。 「んー、あと4回かぁ……」 チケットを蛍光灯に透かして覗くオリエッタ。 「それって、発動条件なんかはあるんですか?」 「これを手に握ってる状態で誰かに命令するといいみたいね」 そう言って、オリエッタは右手でチケットをはためかせる。 「あ、ミスオリエッタ。もしよかったら職員室からここのカギ取ってきてくれない?」 「え〜? それくらい自分で行きなさいよ」 「はい、自分で行きます」 「……ん?」 「まさか……わああああ! 減ってるーー!!」 先ほどまで“4”だった数字は、今の一瞬で“3”にすりかわってしまっていた! 「ちょっとJ子! 下手なこと言わないでよね!」 「はい。下手なこと言いません」 「わああまた減ったーー!!」 「アホや……」 葉山と違いオリエッタはもともとがお姫様気質だ。 やれだのしろだのという命令口調は、彼女にとっての普通語にすぎない。 「あと2回になっちゃったぁ……!」 ちなみにジャネット先生は、命令を遂行すべく職員室へ向かっていった……。 (他の人の迷惑を考えれば、使い切らせちゃったほうがいい気もするけど……) 仮にも正当な手段で手に入れたものではある。あんまり卑怯な手口は用いたくない。 「どうしよう……これじゃひめりーにパンクロックとかギャングスタ・ラップを歌ってもらうこともできないわ」 「……」 いや……やっぱり、これで正解だったのかもしれない。 「あれ……2人とも、今度はここにいたんだ」 「トッキー……どうしたの? 女子の格好なんかして」 「おりんちゃんがしろって言ったんでしょ! もうさんざん突っ込まれたよ!」 「はあー……どうするトッキー。全裸になっとく?」 「や、やだやだやだ!」 俺の方を見て頬を赤らめる葉山。 今のオリエッタに近づくのが危ないと判っているはずなのに、ちゃんと話してやるあたりいいやつだ。 「私はねぇ、こう……やっちゃいけない人に、やっちゃいけないことをやらせたいのよ」 「軽く外道ですね」 (夏本も、大変だね……) (うん……) 「なんかない? やっちゃいけないこと」 「ないよ……」 「ていうか、その行為そのものだ……」 「ま、とりあえずこのチケットは保留にしておきましょう……面白い使い方も見つからないし」 「またいつか、使うときがくるかもしれないもんね?」 「あ、あはは……」 「勘弁していただきたい……」 そうして、結局オリエッタの横暴はそこまでに留まり…… 後日―― 「きゃあああああっ! やだやだ、あっち行ってあっち行って!!」 「心底アホや……」 群をなして襲ってきた虫に対して、なけなしの残り2回をあっという間に使ってしまうのだった……。 「なにする? いろいろ用意してあるわよ!」 並べ置かれたのはトランプやボードゲーム、そしてDVDやテレビゲームなど、家でもできる娯楽の類。 「エッチは夜だからね、まだダメよ」 「なにも言ってないけど……了解」 「私はりつと同じ部屋にいるだけで満足だけどね!」 「そういうこと、面と向かって言われたらさあ……」 抱きしめたくなる。抱きしめた。 「ふにゅぅ」 「うりうり」 「えへへ〜、りつすき〜」 俺もこれで満足だったり。 「時間はいっぱいあるものね……まずは、何する?」 「しりとりでもするか」 「りんご!」 「ゴードン」 「DVDでも見ましょ」 「そうだな」 なんだったのか。 「ずいぶんあるけどこれ、ぜんぶ元から持ってたのか?」 「けっこう好きなのよ。テレビは回線が繋がらないけど、DVDならパソコンで見れるし」 そうか……外に出られなかったこいつにとっては、ドラマやアニメもまた貴重な情報源だったに違いない。 「おすすめは?」 「これなんかどう? 『となりのドクロ』」 「ホラー……?」 「主人公の霜月とノーベンバーが可愛いわよ」 「霜月はいいとしても……ノーベンバーって……」 「じゃあこれ! 大長編エモドラン!」 「アニメ、多いね」 ただ、エモドランは俺も昔よく見ていた。 てんとうむし型ロボットのエモドランといえば、知らない者はいないだろう。 「ダメだった?」 「そんなことないけど……可愛いなあって」 恋人がいてもエッチをしても、オリエッタはまだ幼くて、そういうところが愛らしい。 「バカにしてる?」 「してないしてない。大人になればなるほど、子どもの心を維持するのは難しくなるからね」 「りつ、一緒に座ろ?」 「うん」 膝の上にオリエッタを乗せて、俺たちは大長編エモドランを鑑賞した。 2時間後…… 「あ〜面白かった! やっぱり何度観てもいいものはいいわね」 「子どものころ以来だったけど……たしかに楽しめたな」 途中まではいちゃいちゃしていたものの、オリエッタがエキサイトしてくるに連れて俺も引きこまれてしまった。 なんだか親戚の子の面倒を見ているような気にもなったけれど、とても心がほっこりした。 「他のも観る?」 「ちょっと目が疲れたかも……別のことしよう」 「エッチは夜なんだからねっ」 「敏感すぎるよ! そこまで深読みしなくていいから」 「いい時間だし、お昼にしましょう?」 「そうだな……よし!」 勢いよく立ち上がり、袖をまくる。 「アンタ、料理は?」 「ふっ」 グッと親指をあげる。 「からきしね」 「よくわかったな」 「取ってきてくれるの?」 「ああ……」 最近じゃ部屋で食べると言っても、シャロンさえ何も突っ込まなくなった。 「ごちそうさま」 「ごちそうさま」 廃棄可能なトレーに入れてくれるあたり、シャロンの気づかいは極まっている。 「何しよっか」 「おやつーー!!」 「うお、すごいな」 「食べっこしよっ」 「いま食べたばっかり……」 「いーじゃんいーじゃん」 「……いっか」 そうして、たらふくお菓子を食べた。 「もう動けねえ……」 「私も……」 どさっ。オリエッタがベッドに寝転ぶ。 「俺も寝るー!」 「きゃっ、ちょっと!」 それに覆いかぶさるように、俺もベッドへとダイブした。 「エッチは夜なんだからねっ」 「念押しすぎだって。大丈夫大丈夫、くすぐるだけだから」 「えっ……やだっ、もうっ!」 「今の俺たち、すげーバカップルっぽい」 「いいじゃない。どうせバカップルなんだし」 「自分でも信じられないんだけどさあ……俺、オリエッタのことすごく好きなんだよ」 「私も……信じられないくらい、りつのこと好きよ」 「嬉しい」 「私も」 「えへへ」 「えへへ」 まさにバカ。 「よいしょっと」 共に起き上がる。 座る俺の膝の間に、すっぽりオリエッタが収まる形。 「ぎゅっ」 「きゃー」 後ろから抱きしめて左右に揺らしてみたり。 「ねえ、今度はどこ行こっか?」 「デート?」 「うん」 「そうねえ……大体、めぼしいところは行っちゃったしな」 「それじゃあ今度は、いなみ市の外に行きましょ」 「それもいいな。旅行とかする?」 「どうかしら……泊まりになると、さすがにシャロンが許してくれないかも」 「そっか……じゃあハネムーンまで取っておくか」 「もう……りつってば」 「海外がいい?」 「アンタと一緒なら、どこでもいいわよ」 「もー、またそーゆー可愛いこと言う」 「どっちかって言うなら、海外のほうがいいかもだけど……場所によるわね」 「そうだな。暑いところと寒いところなら、どっちがいい?」 「寒いところ!!」 「……もしかして、今、暑い?」 「ちょっとね」 正直だった。 「じゃ、もっと暑くしてやる」 「やーだー」 さらに抱きつくと、オリエッタが身をよじって抵抗した。 「でも今日の気温、35度らしいからね」 「私たち、アツアツだもんね」 噛み合っているのか、いないのか。 「オリエッタってさぁ」 「ん?」 「かわいーよね」 「りつ、恋人になってからそればっかり」 「だってそう思うんだもん……それに、恋人になる前から思ってたよ」 「ほんとに?」 「うん。まあ最初の頃は、子どもに対する可愛いだったけど」 「胸が小さいからいけないのよね」 あんまり関係ない……。 「えい」 ほっぺたをつねる。 「うー」 「柔らかいな〜」 「うー!」 文句を言いたげだったが、うまく発音できていないのがまたカワイイ。 「ごめんごめん」 「なんでつねるのよー」 「いつもほっぺがぷよぷよしてるから、つい」 とか言いつつ、ほっぺにキスをする。 「んっ」 「食べちゃいたい」 すりすり。すごくいい香り。 「んっ!」 「んんっ……」 振り向きざま、そのまま唇にチューされてしまった。 「ちゅ……れろ……」 「ん……」 「はぁっ……お返し」 「……やられた」 彼女の口元、薄く塗られたリップが光る。 ちろ、と舌を出した。 「あーやばい……エッチしたくなってきたかも」 「……する?」 「んー、まだダメ! 今やったら疲れて寝ちゃうし」 「まあ、せっかくなんだしのんびりしたいよね」 「そうそう、まだアレも出してないし……」 「……アレって?」 「あっ」 露骨にしまったという顔をした。 「なにか隠してるものがあるの?」 「え、えーっとぉ……」 (もう、私のバカ……) 「あ、もしかして聞かないほうがよかった?」 「今さら気を使われてもね……仕方ないわ。本当は、夜にお披露目するつもりだったんだけど」 オリエッタはベッドから立ち上がると、クローゼットを開けて中を探る。 「ふふん」 得意げに。 「なんだなんだ」 「律がきっと喜ぶものよ!」 というと、なにがしかのプレゼントだろうか。がぜん期待が高まる。 「ふふん……昨日、ついに完成したの」 「な、なにがだ……?」 例の物は彼女の後ろ手に隠されている。一体なんだというんだ……? 「これよ!」 「じゃじゃーん!!」 「!?」 「私特製、手編みマフラー!!」 「見て、ここ! すごいでしょ? うさ宗、自分で刺繍したのよ!」 「……」 「うまくなったと思わない? まだ完璧とは言えないかもだけど、私、すっごく頑張ったの!」 「りつのために編んだの! だからこれ、あげる!!」 「あれ……りつ、どうしたの?」 ……まず、重要なのは―― 『でも今日の気温、35℃らしいからね』 『私たち、アツアツだもんね』 うん、ここだ。 「もしかして、嫌だった……?」 「え? いやいやそんなわけ! オリエッタが一生懸命しかも俺のために編んでくれたなんて、超うれしいよ!」 「良かったぁ……!」 言えない……言えるわけがない。 今の季節に、それはちょっと暑いよ……なんて。 「えへへ……りつが喜んでくれて、私も嬉しいな」 「あ、あはは……」 ちくしょう、めちゃめちゃ可愛いぞ。この笑顔は裏切れない……! 「着けてみてくれる?」 「う、うん……」 でも、その前にひとつ確認しておかないといけないことが…… 「あの……わざとやってる?」 「? なにが?」 てんで無垢な両の瞳。どうやら本気で抜けているらしい。 (ニャット帽の際に注意しておくべきだったか……) でも、こうしてわざわざ俺のために作ってくれたのは心躍るほど喜ばしいのでなんとも言えない。 「サイズ、合わないかな……?」 「う、ううん! 平気」 まきまき。無理して着用しようとしていた、シャロンの気持ちが今になってわかる。 「どう?」 「あ、あったかいよ」 「そっか。えへへ!」 ああ、くう、抱きしめたい……けど、抱きしめたらもっと暑そう……。 「うさ宗も、かわいいね」 「でしょでしょ!」 どうしよう。 脱ぐタイミングが……。 「そ、そろそろ日が暮れてきたね」 「そうね」 はい会話終了。脱ぐ糸口が見つからない。 (あ、そうだ) 「ごめんオリエッタ、俺そろそろ風呂いかなくちゃ」 「こんな時間から?」 「男子……つっても今じゃ俺だけだけど、女子とは違う時間だからね」 女子より先だったり後だったり色々だが、今日はちょうどよく先だ。 まだあと30分ほど猶予があるが、そこはそれとして誤魔化すしかない。 「だからちょっと、これは俺の部屋に置いてくるね」 オリエッタと離れるのは名残惜しかったが、また夜にも戻ってこられる。 それよりも今は、このマフラーと穏やかにお別れすることのほうが重要だった。 「ん……わかった。いってらっしゃい」 「うん。じゃあまた」 そして―― 「うーい……ちょっと浸かりすぎたな」 前倒しで入ってから、時間いっぱいまで湯船に浸かっていたせいで少しのぼせてしまった。 いそいそと着替えてから脱衣所を出る。 ちょっと、ここらで熱を覚ましていくか……。 「あっ、りつー!」 「あれ……オリエッタ」 「遅かったわね」 「え……もしかして、待ってたの?」 「うん……あはは、ごめん。待ちきれなくてココまで来ちゃった」 こいつは…… 「ごめんね、待たせて」 「ううん、いいの」 「んじゃ……部屋もどるか?」 「それより、ご飯いかない? 今なら空いてると思うわ」 「ちょっと早いけど……いいか」 「早くご飯たべて、後でいっぱいいちゃいちゃしたいもんね」 「そ、そうだね」 周りの視線が痛い。 そんなこんなで、俺たちは食堂で普通に夕食をとって。 食後にもゆったりと2人でいちゃつくべく、オリエッタの部屋へと戻る―― ――のは、俺だけだった。 『じゃあ今度は私がお風呂いってくるから、アンタは部屋に帰ってていいわよ』 『え……俺1人で?』 『うん。ま、すぐに戻るから』 なので、オリエッタの部屋なのになぜかオリエッタがいない状態。 「さて……」 いま考えると、自分の部屋に引っ込んでもよかったな。どうしようか……。 「……」 どうにもやることがなさすぎて、必然的に意識は部屋のインテリアに。 またそこから、棚やクローゼットの中身までが気になってくる。 「いかん、いかんぞ律……以前に一度、家探ししたオリエッタを注意したじゃないか……」 必死に自戒。 けど気になる。 「たとえばそう、あそこの棚とか……」 そっと中を覗いてみる。 「ぶっ、いきなり……!」 し、下着が……! 「でも、オリエッタの下着なんてもう何度となく見ているからな……」 この程度で動揺は……ん? 「このブラ……」 いつもあいつが着けているのに比べてカップ数が大きい気がする。 「あいつ、見栄なんか張りやがって」 それに、他のパンツも見たことのないものばかりだった。女の子は下着にもいろいろ気を配るんだなあ。 さすがにずっと下着を物色しているというのもアレなので、そろそろやめよう。 「男だったら、ベッドの下にエロ本! なんていうのが定番なんだけど……」 女で、しかもオリエッタだからなあ。あいつはそういった好奇心は薄かったはず。 「これでベッドの下にマル秘のビデオかなんかがあったらウケ……る……な?」 ……あれ? 「なんだ、これ……」 ちょうどベッドの下に置かれたダンボール箱。中に入っていたものは…… “実録素人ハメ撮り” “大量潮吹き絶頂アクメ 精神崩壊カウントダウン” 「のわああああああっ!!」 エ ロ D V D ! ! 「まままま、まじか……!」 なんのカモフラージュもされていない、思いきり装丁むき出しのいかがわしいDVDの数々。 俺の部屋からは出なかったというのに、まさか彼女の部屋から出てくるなんて。 「あ、あのオリエッタが……」 付き合う前はオナニーさえ未経験だった彼女が、こんな……! 「けしからん!」 「ただいま、りつーっ!」 「あ……」 「ん?」 「ああああーー!!」 (モロ見っかった……!) 「みみみ、見てないわよね!?」 「希望的すぎる! 見ちゃったよ」 「ち、違うのー!」 しどろもどろに。 「そ、それは買ったばかりでまだ見てなくて……!」 「ははは。おまえでもそんな風に取り乱すんだな」 やはりエロ系を他人に見られるというのは、トップクラスの羞恥なのだろう。 俺としても、たまにはオリエッタをいじめてみたい。 「だいたい! なんで勝手にあさってるのよ!」 「すまない」 「クールに謝ったってダメ!」 「……あ、タンスが開いてる!」 「げっ」 ぬかった! 「りーつー……!」 「ご、ごめん……つい」 このままではいけない。なんとか場を和ませよう。 「にしてもオリエッタ、あのブラはちょっとおまえには大きすぎるんじゃないか?」 「へ?」 「あの水色のやつだよ……俺は小さくてもおまえが好きなんだから、なにも見栄を張らなくても」 「……りつ、気づいてないの?」 「うん?」 「あそこに入ってるのは、トッキーの下着よ」 「……」 「ええええええーーっっ!?」 「こんの、ド変態!」 ははははは葉山のブラジャーなんて、同室していた時にすら触れていなかったのに! 「最低ね。トッキーに聞かせたらなんて言うかしら」 「ごめんなさい! 勘弁してください! わざとじゃなかったんです!」 弱みを握ったかと思いきや、あっという間に形勢逆転されてしまった。 「それで、私の私物を漁ったことに関しては?」 「そっちも、ごめん。悪かった」 「次やったらタコ殴り」 「心します……」 「それで、ごほん……言い訳させてもらうけど」 「ああいうのを買ったのは、今回が初めてなんだからね?」 「うん、知ってる」 「それで、まだ見てないっていうのもホントなんだから」 「せっかく買ったのに、見ないの?」 「勇気がいるじゃない、あんなの……それに部屋にはトッキーだっているんだし、そんな隙ないわよ」 そうだな。エロ系は忍んで見るもの……オリエッタも今さらになってその通過儀礼を体感しているらしい。 「えっと、じゃあ、その……」 こういうことを言いだすのも、非常に勇気がいるわけだけど…… 「一緒に、見る?」 「へ?」 「ほら、一緒なら……気も楽になるだろうし、今は葉山もいないし……」 「でも、こういうのって普通、1人で見るんじゃないの……?」 「俺たちはほら、恋人同士だし……さ」 そもそも、エッチも何度かしているというのに今さらAVを怖がるほうがおかしい気もする。 「りつ、なんか目がやらしい……」 「え、えへ? そんなことなかとよ?」 「語尾もヘンだけど……私も一応、興味はあるのよね」 「比較的ノーマルっぽいし、こっちの素人ものを見よう」 「まあ素人と銘打ってはいるけど、実際にはプロの女優さんが……」 「じとーっ……」 「な、なにかな?」 「べつに。詳しいのね、りつ」 「いやあ……照れるな」 なんだか疑惑の目線。 「こっちに来てからは、見てないよ? 見る機械も機会もないし……」 「そうよね。それに最近は、私が満足させてあげてるものね」 「……そうだね」 そうやってセックスを匂わされると、途端にスイッチが入ってしまうから男は危険だ。 「いいわよ。そこまで言うんなら、見てやろうじゃない」 そういって、オリエッタは静かにノートPCを起動した―― 「……」 「……」 『あんあんあん、うっふーんじゅくじゅくじゅく』 『ぺろぺろちゅっちゅ、れろれろはぁはぁ』 「う……わぁ……」 「……」 別にAVを見るのは初めてじゃない。プレイ内容が特別カゲキなわけでもない。 「すご……えぇぇぇ……!?」 だけど、隣に彼女が座っていて、しかもそいつが異様にテンパっているという状況が、否応なくこちらの興奮をかき立てていた。 「は、入った! 入ったわよ!?」 「見ればわかるってば……サッカーじゃないんだから、おとなしくしててよ」 「私たち……いつもこんなことしてたわけ?」 「……そう……だね」 そう、それも初めてのことだ。実際に、アレを……経験してから、他人のソレを見るというのは。 「ちゅーしてる……」 「……」 ベロとベロを絡み合わせる濃厚なディープキス。エロすぎるし、はっきり言ってオリエッタとやりたい。 「す、する……?」 「1回だけ、なら……」 お互いに気持ちは同じだったようで、俺たちはすぐさま顔面を重ねた。 「ん……ちゅっ、れろ……はぁっ、はぁっ」 「んっ、んっ……」 ウォーミングアップなど全くなく、初っぱなからトップギアの濃厚なベロチュー。荒ぶる鼻息がくすぐったい。 「んんっ、んーっ……ぷはぁっ」 「はぁっ……あれ……もうやめちゃうの」 「1回だけって言ったじゃないの……」 「そうだけど……」 あれはあくまでも体裁であって、こちらとしてはこのままセックスに突入するつもりだった。 ただでさえAVで焦らされているというのに、この上さらにお預けか。 「もうちょっと、観てよ?」 「そう……だね」 俺にとっては人生に数多く見てきた映像の1本に過ぎないが、オリエッタにとっては初めての経験だ。もっと観たいというのもわかる。 (たしかに……初めて見るエロ系って、けっこう思い出に残るものなあ……) くだらないことを納得しつつ気を紛らわした。 「なんか、動物みたい……」 「人間も、動物だからなあ……」 雄も雌も必死に腰を振って強引に接吻を交わし合う。お互いに相手しか見えていないように。 「でも……いつも私たぶん、この人たちみたいになっちゃってるよね」 「俺もそうかも……」 ストッパーが外れた人間同士のまぐわいは、見ているだけで俺たちの理性さえ溶かしにかかる。 さっきからオリエッタの声に艶が混ざりはじめているのを俺は感じ取っていた。 (やばい……) 尋常じゃないシチュエーションに、勃起の硬度はとうとうマックスにまで達した。 「はぁ……はぁ……」 見れば、隣のオリエッタもなんだか恍惚とした表情をしているし……。 「はぁ……んっ……はぁ……」 「……」 なんかヘンだな……喘ぎ声が二重に聞こえる。というか、やけにリアルなような……。 「ぁっ……」 「オリエッタ……さん?」 二重に聞こえて当然だ……映像じゃない実際の女が、こうして喘いでいたのだから。 「へ……? あっ……」 自らの股間部に両手をやって、バレていないとでも思ったのか目を見開いている。 「なにやってんの……?」 「あ、あの……」 「今も手、動いてるんだけど」 「ご、ごめっ」 「オナニーしてたでしょ」 「……っ」 言い訳をするつもりもないらしい。 「エッチ」 「だ、だって……!」 「でも、いいや……」 「えっ……?」 「俺ももう、我慢できなかったし……」 「ちょっ!」 「もういいよね、DVDは」 強引にオリエッタの股を押し開く。そして俺は、すかさずそこに顔をうずめた。 「そ、そこはダメ!」 「ダメってことないでしょ」 至近距離で覗くオリエッタの女性器。以前にも観察したことがあったが、こうしてみると実にいやらしい。 「恥ずかしいから、見ないで……」 「お尻の穴も見えるよ」 間近だからこそわかる牝の匂い。肉の香りが食欲を刺激するように、その芳しさは俺の性欲を申し分なくかき立てた。 「喋ると、息がくすぐった……ひゃんっ」 「な、なにこれ……ベロ? な、舐め……やだっ!」 こうなれば後は止まらない。ただ性欲に突き動かされるがまま、俺はそこにむしゃぶりついた。 「あっ、あっ……もう、汚いから!」 「ぜんぜん汚くないよ……おいしいくらいだ」 風味で一概に表現できるものではない。これは言うなれば、極限にまで濃縮されたオリエッタの味だ。 「〜〜〜っ! 気持ち悪いわようっ」 彼女がなにを言おうと俺はそこを濡らすのをやめない。両手で必死に俺の頭を退けようとしているが、知ったことか。 唇のような肉、陰核を覆う包皮、尿を出す穴、そして男と結合する入り口……余すところなく、繰り返し丹念に舐め続ける。 「あ〜〜っ、う、うぅ〜〜」 「ん、はっ、はあんっ!」 「……? ここ?」 ひときわ反応が大きかった部位を舐める。 「そこダメっ」 さらに舐める。もっと、もっと。 「やらやらやらっ、やめてって言ったのに!」 しかし彼女の言動とは反対に、対象の部位はむしろ舐めてくれと言わんばかりにその存在を主張している。 「可愛いね、オリエッタのこれ」 鼻先で一度小突いてから、俺はクリトリスを吸い上げた。 「やああああああっ」 ガクガクと腰がゆれ、秘所が顔面に押しつけられる。 「なんでそこばっかりなの、んあっ」 「気持ちいい?」 「え……? 気持ち……」 「わかんない……いいのか、わるいのか……」 「そっか……じゃあ、わかるまでしてあげる」 「んあああっ! し、しなくていいからぁっ」 「さっきいじってたの、ここじゃないの?」 「そこ、だけどっ……!」 「どんな感じ?」 「へ、へんな感じよ……いじったことはあっても、舐められたことなんてないもん……」 「じゅるる」 「っっ!!」 途端、オリエッタの太ももが俺の顔を挟みあげた。 「あ、ご、ごめんっ」 「いいよ、別に……その代わり、もっと舐めさせてね」 「アンタが舐めるから、こんな……ふああああ」 舌で転がしては押しつぶし、引き伸ばして、すすり上げる。徹底して陰核をいじめた。 「気持ち……気持ちいいから、やめてっ」 「気持ちいいなら……やめることないでしょ」 刺激に耐えかねて腰を引くオリエッタ。それを俺はもう逃がすまいと、両手でしっかりと臀部を掴んで固定した。 「逃げちゃだーめ」 「んんんんっ!! こ、こんなの、ダメダメダメッ」 いくら彼女が身をよじろうと、ダメと懇願しようと、クリトリスへの集中攻撃は終わらせない。 「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁ……」 その内にだんだんと、声に孕んだ艶も隠そうとしなくなる。そちらまで気を回せなくなるほど感じてきたのか。 「んぅぅぅぅ……気持ち、いいよう」 「あれ……なんか、あふれてきたよ」 「だから……気持ちいいからっ……」 「エロいところ舐められて、興奮しちゃった?」 「うっさい……舐めてるのは、アンタじゃないの……ひゃうんっ」 俺の唾液とは明らかに質の違う、透明な液体がこぼれでてくる。 「ん……これも、おいしい」 「い、嫌ぁっ! 飲むな変態っ!」 無理な注文だ。でも。 「……」 「へ……?」 「もう、しないの……?」 「嫌なんだろ?」 「嫌、だけど……」 「オリエッタの嫌がることはしたくないしね」 「舐めない……の?」 「だからそう言ってるじゃん」 「……いいわよ」 「ん?」 「舐めて、いいから……」 「どうしよっかな……」 「……舐めて」 「うん?」 「舐めて……さっきみたいに。お願い……」 「どうして?」 「言ったでしょ……気持ちいいから」 「どうして気持ちいいの?」 「〜〜っ! うるさい、いじわる! 舐めてほしいんだから、舐めなさいよぉっ」 「仕方ないなあ」 いつもの高圧的な態度も、エッチの時だけは容易に逆転できる。そういう征服感がたまらない。 「あっ、あっ、あっ……んん、あんっ……やっぱり、きもち、いい」 頭上を押さえつけていた両手から、いつの間にか力が抜けている。 それどころか、むしろ俺をより自らの股間に押しつけるように……。 「もっと……もっと、して」 「はぁ……はぁ……これ、イイっ……」 俺の存在など忘却しているのか、うつろな独りごとを虚空にごちるオリエッタ。 「すごっ……すごいぃ……もう、そろそろ」 「イキそう?」 「うん……あ、もうダメっ」 びくん、びくん。わずかに身体がのたうった。 「ふぁっ、ふぁぁぁぁ……」 「小さい方だね」 オリエッタのクリイキのリズムは把握している。幾度か小さくイッたあと、最後に大きな波がくるのだ。 「イッたばかりだから、イッたばかりだからっ! 強いのダメッ」 それがわかっている俺は、イこうが喚こうがお構いなしにクンニを続ける。 「うううぅぅぅ……止まんないよぉ」 「あっあっ、またイク、気持ちよくなるっ」 「ああああああんっっ……!!」 身体がびくつくのに合わせ、愛液が飛び散って顔にかかる。 「まだ、舐める、のっ!? これ以上、されたらぁっ……」 「お、お尻もむのダメッ! すっごい感じるから、今ぁっ!」 感じると言われては手を休めるわけにいかない。一心不乱に性器を舐めるのと同時、彼女の尻へのマッサージを並行した。 「イク、イクイクイク、また、くるっ」 「あああああっ!! んっ、んんんっ……!」 「ま……また、また……イ、イク」 (すごいな、オリエッタ……) 手でいじった時とは比べ物にならないくらいのイキっぷりに、こちらが驚く。 「あ、あ、あ、あ、あ、あ……す、すごいの、すごいのくる、らめ」 麻痺でもしたかのように、断続的な喘ぎと振動が彼女を支配する。来たるべき瞬間が、すぐそこまで来ている合図だ。 「イッちゃう、の……私、イッちゃうっ」 「イッて」 「イク、あっ、はっ、はあああああぁぁぁぁぁんんんっっっ!!」 総身を快感に打ち震わせ、絶頂を噛み締めるオリエッタ。 歯根から指先までガクガクとおぼつかなく、彼女の全身を駆けめぐる快楽の深さがうかがえる。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……すっきりしたぁ……」 そのまま倒れこみ、彼女は吐息を荒くする。ずぶ濡れの下半身を丸出しにして。 もはやこっちも我慢できそうになかった。 「オリエッタ……こう、寝て」 「ふぇ……?」 脱力しきった彼女を、人形のように裏返す。 「こ、このまま入れるの?」 「うん」 俺から見えるのはぷりぷりとしたオリエッタのお尻と、愛液でベトベトに濡れそぼった女陰。 真っ白な尻を揉みしだきながら、ギンギンに育った男根をぬらぬらと膣口にあてがった。 「はぁ、はぁ……」 「んん……あれ……入った?」 「まだ先だけだよ」 亀頭のあたりを入れては抜いて、自分で自分を焦らす。しびれるような快感が突き抜けても、なお。 「んん……!」 オリエッタがうろうろと腰を動かす。なにかを探し求めるかのように。 「どうしたの?」 「なんでも、ない……」 「入れてほしい?」 「うぅ……今日は、いじわる……!」 そろそろ挿れてあげよう。しかと先端を挿入して、腰を据える。 「入れてあげるね」 「ふああああああっっっ……!!」 ずぶずぶと肉棒を押し込んでいくと、深度にしたがってオリエッタの嬌声が大きくなる。 「はあ、はあ、はあ……んっ」 「……どう?」 「気持ちいい……」 ゆっくりと引いては挿れてを繰り返す。 「んんっ……んんんあぁっ、んんん……!」 「ゆっくりされるの、だめぇ……!」 「俺も、気持ちいい……」 腰を押し出すたびにオリエッタの柔らかな尻こぶたが当たり、ぷにぷにとした弾力が心地いい。 けれど、オリエッタが味わっている悦楽はどうやらその比ではないようだった。 「あああああっ! らめ、そこ当たるの、だめ……!」 「ここ?」 一定して抜き挿ししていたリズムを崩し、心当たりの場所を二、三度とコスってみる。 「そこぉぉっっ……!!」 びく、びく。 「え……? イッた?」 「イッ、イッ……はぁ、うん……いっちゃった……」 こんな簡単に……。 「ここだっけ?」 「あああんダメダメそこだからっ! 気持ちよすぎるのっ」 そう言われてもやめるわけがない。もっとオリエッタをいじめたくて、俺はさらに重点的に責めあげる。 「ん、ん、ん、ん、はっ……んあぁっ、んんああっ!」 「だから、逃げちゃだめだってば」 強すぎる肉の悦びにオリエッタは前へ前へと逃れようとするが、そうはさせない。 腰を掴んで手前へ引っ張り、先ほどよりもさらに深く弱点を責める。 「だめだって、こんなの、よすぎるからっ! お尻、つかまないでぇっ」 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」 腹の深奥からひり出す喃語のような音声が、小刻みに刺激されるテンポに合わせて何度も漏れる。 「あ、あ……んんっ、あっ……んんっっ……!!」 奥まで挿しては弱いところを幾度もコスり、抽送の際にはカリ首が膣内をかき回すようゆっくりと抜く。 「イク、イクっ! あ……ああっ……!!」 「また、いっちゃった……これ、だめだよぉ」 「入れてからまだ10分しか経ってないよ? オリエッタ」 身体を前に倒す。切なげに息吹を荒げるオリエッタの耳元で、包み込むようにしてささやいた。 「まだあと1時間でも2時間でも、こうやってコスり続けてあげるからね」 「ふぁああぁぁあぁっ……!! むり、だよぉ……そんなにされたら、こわれちゃう」 「壊れればいいよ」 そうして、再びバックによる往復運動を繰り返す。本当に壊れてしまえばいいと思うほど。 「はぁ、はぁ……! きもひ、いい……!!」 「腰振ってるじゃん、オリエッタ」 今度は先とは違い、逃げるのではなくよりこちらへ擦り寄せてくる動きだ。 「だって、動いちゃうもん……んああああっ」 そのタイミングに合わせて、より深く、より強く刺さるようピストンを調整すると、一層大きな声をあげた。 「アアアアああああっ!! すごいの、すごひっ」 「ここは?」 「そこ……? そこは、なんか、へんな感じ……」 俺の尿道口が到達しているのは、次第に降り下がってきたオリエッタの最深部だった。 「俺はここ、すっげえ気持ちいいんだけど……」 「そうなの……? じゃあ、もっと……シていいよ」 お言葉に甘えて、俺はそこに自らの棒、とくに裏スジのあたりをしつこく押しつける。 「なんかコリコリする……」 「私は……強く、されると……ちょっと、苦しいっていうか……」 「あ、ごめん。痛かった?」 「ううん、ぜんぜん……痛くは、ないから……続けていいよ」 圧迫感があるのだろうか。会話をしながらも俺は、その部位をひたすらにこねくり回した。 オリエッタの膣口を割って入った奥にある、また別の口のようなもの……。 「はぁ……はぁ」 数十分ほども無言でその動作を繰り返す。俺のほうは、必死に出したいのをこらえながら。 「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ、はぁ」 「はぁ、はぁ、はぁ……ねえ、なんか、私……」 「どうしたの……?」 さっき責めていた弱いところに比べれば、よほど感度の鈍い場所だ。 にもかかわらず、再三の刺激によってオリエッタの吐息が心なし激しくなっているように思えた。 「なんか、だんだん、なんか……あっ、ああっ!」 「奥、グリグリされるの……だめなの……」 「……気持ちいいの?」 「うん……うん。ふぁ、ふぁ……んぁぁ……」 うっとりと、とろけるような、恍惚とした表情に、喘ぎ。 「ぼうっと、してきた……なに、これ……初めて」 俺としても、オリエッタのこんな反応を見るのは初めてだった。 「もっと……シよっか、これ」 だからこそ、この先に彼女がどうなるのかを知りたい。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……声、だめ、でる」 「んん、んあああっ……声、でちゃう……おかしいよぉ」 (たしかに、おかしいな……) こちらのペースは変わっていないのに、オリエッタの感じようだけが右肩上がりになっていく。 「すご……これ、すご……らめ……あっ、すご、あぁ……」 意識さえ朦朧としているのか、取り留めのない言葉を吐き出していた。 それ自体は情事の際なら珍しくもないのだが、その様子がいつもと若干ことなる。 「きもち、きもちい……ああっ、んっ、ぁぁぁっ……」 叫んであげるのではなく、沈み込むような語調。それはさしずめ、喜悦の深海に溺れるかのごとく。 「……聞こえてる? オリエッタ」 「ぁぁぁ、すご……ん……へ……? なに……?」 まだ声は聞こえているようだが、その反応は普段より数段にぶい。 「ううん、なんでもない」 「へんなの……んあぁ……もっと……きもひいの……」 位置関係上、表情が覗けないのが惜しい。この声から察するに今の彼女はとろけきった顔をしているのだろう。 「んあっ、んあっ……あああ……いい……!」 まとわりつくような甘い声に、腹の底から這いでたような喘ぎが混じる。 「んおっ……んああああ……アッ、アッ」 「気持ちいい? オリエッタ」 「ああ……あっ、あっ、あっ……んんんッ……!」 「ふあっ、んぁっ、ぁぁぁ……」 どうやらもう聞こえていないらしい。だとしたら俺もまた、彼女をさらに登りつめさせることにやぶさかではない。 「ああ、ああ、ああ……すご、すぎ……きもち、よすぎ……」 決してリズムは崩さずに、ただ黙々と彼女の奥へ己のそれを挿し込む作業。 「どう、してぇ……これぇ、だめぇ……なのぉ……あぁぁ」 「んあっ! あっ! あっ……! すごいの、すごすぎるの、くる」 「らめらめいくいく……いく、いくいくいく」 「きもちよ、あっ……ああぁぁっっ……!」 「んああっっ……! んっ、んんんっ……!!」 獣のような喘ぎをあげて、絶頂。 「んんっ、ん……んんんっ……んぁっ、あっ……!」 いく。いっている。いきつづけている。 「ああぁぁあぁ……はっ、はぁっ……んぁぁ……」 (まだなのかよ……) 達してからというもの、すでに十秒は経とうというのに、いまだに全身をがくがくと痙攣させているオリエッタ。 「だめだ、これ……ごめん、俺も、いく」 イカせるまではなんとか保ったものの、これほどまでに膣内のうねりが止まらないのでは我慢できない。 生身だが抜く間もなく、そのままどくどくと射精した。 そしてその最中さえも、至上の快楽にたゆたっているオリエッタ……。 「……だ、だいじょうぶ?」 「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……これ、気持ちよすぎ……! おかしくなる……!」 幸いまだ意識はあるようだったが、顔の紅潮ぶりが尋常ではなかった。 「そんなに?」 こくりとうなずく。 「ふわぁーってなって、もう、なにも考えられなくなる……」 喋っている最中も、大息が止まらないもようだった。よほど深くイッたのだろう。 「どうする? もっと、する?」 「……す、するぅ」 「じゃあ……してあげる」 ここまでエロく昂ぶっている彼女を前にしては、二回戦なんてお茶の子さいさいだった。 「んああああぁぁぁぁ……!!」 「んっ、んっ、んっ……あああああああっ!」 「ああぁあぁぁぁあぁあああ!!」 (ほんと、すごいな……) これまでにない、さっきのAVでも比較にならないレベルの絶叫、狂乱。 彼女に出来ることはと言えば、ただただシーツを掴んで絶大な快楽に打ちのめされるだけ。 「はぁはぁはぁはぁ……んおっ、あっ、あぁっ」 「アアアアアぁぁぁっ!!」 「オ、オリエッタ……悪いけど、もっと声しぼらないと……隣の部屋に聞こえちゃうよ」 いちおう立派な寮だけあって防音設備とてしっかりしているはずだが、それでも心配になるほどの大音声だった。 「あああああ……イイ……いいのぉ……!」 それにしても……聞こえていないのか。 「いくっ……!!」 がくん、がくん……ぶるり、ぶるり。 「ああぁぁ……! すっ、すごっ……! もう、むり……!」 「い……ぐっ……! あっ、ああぁぁぁ……!!」 (うわぁ……) イッている最中にも膣奥をグリグリし続けたところ、そのまま再びイッてしまった。 「もっと……もっと……すごいの、してぇ……!!」 絶頂を謳歌しながらも、がくつく腰の動きはさらに男根を求めるそれ。 日ごろ幼い、子どものようだと思っていたオリエッタが、動物の本性をむき出しにして完全に雌と化している。 その情景はこの上なく不道徳で、自らが人倫にもとった鬼畜のようにさえ思えてしまう。 だがそれが、ますますこのインモラルな衝動を加速させていくのも事実。 「もう壊れちゃったんじゃない、オリエッタ」 「ああああ……むり、むり……こんなのぉぉっ、してたらッ……! しぬ、しんじゃうっ……!!」 「ああああいいいい……あっ……っ……っ……!」 またイッた。もう、イキっぱなしだ。 「お、お、お、お、お……!」 「はあああぁぁぁぁ……ぅっ、いくっ」 その後も俺は彼女のスポットをいじめ抜いて、彼女は彼女で休む間もないほどイキ続けた。 「俺、もう、限界かも」 「ふわああああああっっっ……!」 終わることなく繰り返されるオーガズムに、俺のほうもたまらない刺激を受けていたのだ。 「いくよ、オリエッタ」 「ああぁぁぁぁ……! んんんん……!!」 「アアアアアアアアーーーッッッ!! んあああ〜〜〜〜〜〜!!」 「い……くっ」 「ん……ああっっっっっっ……!!」 深い――とても深い、絶頂。 脳天まで突き刺した射精のエクスタシーは、余韻が束となって全身に疲労のようにのしかかってくる。 「あ……ぁ……あぁぁ……っ……!!」 オリエッタもまた、深く淫楽の底へと沈んだ。 彼女がどうしようもなく全身をのたうち回らせる様を見ているだけで、満身をめぐる快感に耐え切れていないというのがわかる。 「はぁ……はぁ……きもち、よすぎ……!!」 「俺……も」 「きもち……ヨかったぁ……っ……」 体力も、精神力も使い果たした俺たちは、そのままドミノのごとく一重に倒れこんだ。 「私……おかしく、なっちゃった……」 ぜえはあと息切れをさせながら、オリエッタが言う。 「あれ以上続けてたら……たぶんオリエッタの身体のほうが持たなかったよ」 「あたま、まっしろで……なにも、かんがえらんなくて……」 ともあれ……以前はオリエッタに何度もイカされただけに、その意趣返しが出来たのはよかった。 「いま、私、すっごいしあわせ……」 「これじゃますます……離れられなくなっちゃう」 「俺だって……おまえのこと、放さないから」 ただ、どうも……少々やりすぎだったかもしれないけれど。 「ま、いいか……」 もはや言葉をかわす気力すら失って、俺たちは泥のように眠った。 夏休み最終日―― その兆候は、突然やってきた。 「おりんちゃん! それを返してください!」 「返してほしかったら私を捕まえることね!」 「まったくもう、2人ともガキだなあ……」 やれやれ、この歳にもなって鬼ごっことは……。 「それで諷歌、何を盗られたんだ?」 「兄さんのノートです」 「俺のじゃねーか」 ていうか、なんで諷歌が持ってんだ。 「ふーこが大切そうに読んでるから、ちょっとかっぱらってやっただけよ」 「おいおい……そんな人のノートなんて読んでも面白くないだろ?」 宿題でも写す気だろうか。まったく不感心なやつだ。 「ううん、けっこう面白いわよこれ。たとえばほら」 「刻火幻主デビルガイア、ヒットポイント2万5千とか……」 「やめろおおおおおお!!」 黒歴史ノートじゃねえか! 「そうです、やめてください! 兄さんも迷惑しているでしょう!?」 「味方みたいになってるけど、もともと持ってたの君なんだよね??」 「たまたま、実家を出た時に持参してまして……」 「たまたまそんなことあるかなあ……」 「すごいわよりつ、見て! 魔王キングサタンの攻撃力!」 「アアアアアアアアア!!」 たしかに、攻撃力はやばい! 「待ってください、おりんちゃん!」 「ふ……甘いわよふーこ、そんなダッシュで私を捕らえようなんて」 「100年早い! とうっ」 そう言って、オリエッタはバックステップで跳び上がる! 「あ痛っ」 そして落ちた! アホだ! 「捕まえました。返してくださいっ」 転んだ拍子に落としたノートをすかさず諷歌が拾う。 「じゃ、そういうことで……」 「いやいやいや。諷歌もソレ俺に返しなさいよ」 「えー……」 「知らない間にそんなの読まれてるなんて拷問、きつすぎるよ」 「私はこの、覇王マックスカイザーのイラストが好きです」 「アアアアアアアアア!!」 強引に引ったくって硬く抱きしめた。後で燃やそう。 「痛ったぁ……なんで?」 「なんでって……跳んだら落ちるに決まってるだろ」 「決まってないわよ。私は跳んだら飛ぶの」 「……意味がわからん」 「だからぁ……こういうことよ。えいっ」 そして、オリエッタはふたたび跳び上がる。 「きゃんっ」 そして落ちる。 「おりんちゃん、ジャンプ力なさすぎです……」 「基礎の筋力がなあ……」 「だから、筋力なんていらないんだってば!」 まあ要するに、魔法で飛行するつもりだったと言いたいのだろう。 「うまくいかないのか?」 「ううん、そんなわけない……えいっ」 また落ちる。 「なんでぇ……?」 「人のものを勝手に覗き見た天罰ですよ」 「諷歌の言えたことでもないんだけどね……」 「それについては謝るけど……どうして空が飛べないの?」 「他の魔法はどう?」 「んー……えいっ」 「あ痛たたたた」 「使えるわね」 髪の毛を抜かれた。 「じゃあ、他の人を浮かせることはできますか?」 「やってみるわね」 「ん……あ、俺?」 オリエッタが念じる。 するとみるみるうちに身体が軽くなって、しまいには地に足がつかなくなった。 「お、おおっ」 「いちおう、出来るみた――」 が…… 「あべしっ」 落ちた。 「あれぇ……なんで落ちちゃうのかしら」 「もう一度やってみましょう。今度はもっと高く」 「殺す気か!」 「そんなつもりはないナリ」 「それ殺す気じゃなくて……まあいいわ」 「それより、なんで魔法がうまくいかないのかしら」 「メンテ?」 「そんなシステムないわよ」 「私はたまに不安定になることありますけど……おりんちゃんはそんなこと無さそうですね」 「そうね。私の魔法はいつも高レベルで安定しているし」 「熱とか」 「あんまり関係ない」 「だとしたら……そろそろ魔力の衰退する時期に差しかかっているんじゃないですか」 「え……?」 「そうなのか?」 「いや、そんなことはない……と思うけど」 「なんでだろうな」 いきなりの謎にちょっと停滞した雰囲気になる。 「あ……すみません、私そろそろ姫百合先輩と約束があるので」 「そう。じゃあね」 「ていうかよく考えたら、おりんちゃんが無理やり連れだしたんじゃないですか」 「まあまあ、細かいことは気にしないの」 「それじゃ兄さん、寮に戻るんでノート返してください」 「おう……って嫌だよ。なに自然な感じで引き出そうとしてんの」 「ちぇっ」 ぷりぷりしながら、諷歌は寮へ帰っていった。 「にしても、ふーこはいつからあのノートを持ってたのかしらね」 「家を出た時だから……ここに来た時には、もう既に持ってたってことに」 ずいぶんボロボロだったけど、もしかして繰り返し読まれていたのだろうか……。 「兄妹っていいわね」 「いいかもだけど……今のはよかねえよ」 「私にも妹がほしいなあ」 「どっちかって言うと、おまえが妹だよね」 「りつは、私が妹だったら嬉しい?」 「うーん……」 今でこそ俺はこいつのことが好きだから嬉しいと思うけれど…… 「一般論で言えば、おまえみたいにやかましいのはちょっと」 「何よその言い草!」 「諷歌と比べるとなあ……昔の諷歌は本当に可愛かったんだぞ」 「ふーん……じゃあふーこと結婚でもすれば」 「いやいや、そういう意味じゃなくて。結婚したいのはおまえのほうだし」 「そ、そう……」 流れるようにクサい台詞を吐いてしまった。 「私は別に、りつがお兄ちゃんでもいいと思うけど」 「お、そうかな」 「でもやっぱり、妹のほうが欲しいわね」 「諷歌みたいな?」 「ふーこはダメ。反抗的だから」 「それはおまえのせい……」 身内びいきかもだが、諷歌の妹パワーはかなり高いはずなのだ。 というか、結婚とかしたら嫌でも妹になっちゃうわけだけど……。 「りつ、私の妹になってみない?」 「ムチャクチャすぎる」 「でもほら、ちょっと性転換すれば案外……」 「うわおい、やめろって」 取り出したステッキで、オリエッタは空中に小さな丸を描く―― 「……」 「……」 「……なんも起こらんやないか」 「ええっ嘘! なんで? せっかくりつに女装させようと思ったのに」 危ういところだった。 「やっぱり、魔法が使えなくなってる?」 「う〜……こんなのヘンよ!」 でも…… 「魔法って、いずれは消えるものなんだろ?」 だからこそ、この学校ではその時までの教育を施しているわけで。 「そうだけど……私は別よ」 「別って……」 「大抵のピークは長くても10年。短い時は1年も持たない時だってある」 「けど私は、もう生まれた時からずっと安定してるのよ。だから、今さらそんなフッと消えるなんて……」 「うーむ……」 今まで無かったからと言って、今後も無いと断定するのは早計な気もするけど……。 「じゃ、やっぱなんか原因があるんじゃないか」 「原因って言っても……」 「最近なにか、変わったことはありませんでしたか?」 「何、そのインタビュー……」 「いいじゃん」 「なんもないわよ……強いて言うなら、これね」 言って、オリエッタは俺の手を掴んだ。 「?」 「アンタと付き合い始めたこと」 「……」 あまりに清々しく言うものだから、何も言えなくなってしまった。 「でも……マジでそれかもしれないわね」 「ええっ、俺のせい?」 「りつのせいっていうか、りつのおかげっていうか……」 「りつと付き合うようになったからこそ、私もニンゲン界に出られるようになったわけでしょ?」 「それは、まぁ……」 そのあたりの原理はいまだに不明だが、確かにアレが転機になっていたのは間違いない。 魔女っていうのは昔から処女性とか、そういうのが大切にされてたみたいだし……。 「でも……」 オリエッタは不安げに自らの右手を見つめる。 「怖い?」 「……そうね」 彼女から魔法が、消えてしまうかもしれない。 「でも、消えるって決まったわけじゃないしさ」 「うん……それでも、さ」 「本当に、私はこのままでいいのかなって……たまに思うのよね」 「魔法以外に、私って何にもないなあって」 「私から魔法が無くなったら、何にもできない女になるわけだし……そうなったら、りつだって嫌になるだろうし」 「バカ」 頭を小突いた。 「俺は、おまえが魔法を使えなくたって嫌にならないよ」 むしろ魔法使いなんてステータスが些末に感じるほど、個人的な魅力が強すぎるくらいだ。 「……ありがと。ごめんね、ちょっとわざと拗ねてみた」 「いいけどさ」 精神的に不安定な時ほど、慰めてほしくはなるものだ。 「けど、不思議かも」 「なにが?」 「魔法が無くなるなんてありえない。そんなことがあったら私なんて……って、つい最近まで思ってたんだけど」 「いざなってみると、結構どうでもよく思えたのよね」 「それは、いいこと?」 「うん。だって魔法がなくったって、りつが私をサポートしてくれるもの」 「ね?」 「……そうだな」 「ずっと一緒に……いてくれる?」 「うん。そこは絶対に」 「ありがと。だいすき」 もう言われ慣れたけど、それでもなんだかくすぐったい。 「でもさ……そうなると、今度は逆に考えるのよね」 「りつが居なかったら、私はどうしてたのかなって」 「きっと……私は一生ここで暮らしてたと思う」 「オリエッタ……」 寂しげに目を細めるオリエッタ。 恋人同士になる前は、一度も見せなかった表情だ。 「ここのお姫様として?」 「そうね……でも、今となってはなんでそう思ってたのか判らないけど」 「でも、そんなもんなんじゃないか? みんなが姫だと慕っているからこそ、オリエッタは姫なんだろう」 お姫様であるからといって能力的に優位なわけじゃない。 しょせん身分なんてものは、周囲の人間が与えるものにすぎないのだから。 「それでもやっぱり怖いわよ。説明がつかないんだから」 「そっか……」 結局オリエッタは、いや他の誰も、彼女が姫である理由を知らなかった。 なんの縁故もなくそんな地位が誕生するはずはないのに……。 「でもね」 でも。 彼女はそれを強調して、そのまま真っ直ぐ俺を見据えた。 「後悔してるわけじゃないの」 「ううん、りつと一緒になれたおかげで……私は姫の立場よりも大切なことがあるって、わかったから」 「……」 「アンタと一緒にいて、外に出られるのが嬉しい。だから私は、この国を去ることになっても構わない」 つまり……彼女を構成するアイデンティティが、イスタリカの姫から夏本律の恋人に変わったというわけかな。 「気が早いよ、オリエッタ」 「わからないわよ。すぐに魔法が消えるかもしれないし」 冗談でステッキを振る。 「でも……俺の魔法がいつか消えるのは、確実だよな」 「うん、そうね。でもそう考えると……私の魔法も消えたほうが都合いいのかもね」 魔法か……。 慣れきってしまってからすっかり忘れていたけど、これって本当に不思議なものなんだよな。 「俺とオリエッタは……魔法がなかったら出会うこともなかったんだよね」 そう考えると感慨深い。 「あ……そうね」 「うん……絶対に、出会えてなかった」 「だから俺はやっぱり、魔法があって良かったと思うよ」 「なんなのよ、いきなり」 「いや……オリエッタがずいぶん、魔法と別れたがってるように見えたから」 「そんなに急いで気持ちに区切りをつけなくてもいいんだよ。いろいろ思い入れもあるだろうし」 「……りつには、バレちゃうわよね」 なんでもかんでも割り切りたがる性格の彼女だ。 魔法が消えるかもとなったら、そんなもの要らないという思考に至りたくて仕方ないのだろう。 「でも、後悔してないってのは本当だからね」 「うん。そこもわかってる」 「じゃあ今、私が何してほしいかわかる?」 「んー」 考える素振りをして、彼女を抱きしめる。 「正解」 「魔法があってもなくても、俺にとってオリエッタはオリエッタだよ」 それは今までも、これからも。 「りつにそう言われたら……私もうなんでもいいやってなる」 「俺も、オリエッタ抱いてるとそんな感じになる」 抱きしめる回数を重ねるごとに、身体がフィットするよう変化しているみたいだ。 「明日から……2学期ね」 「うん。頑張ろうね」 「うん……」 「だから……」 話の切り出しが重なる――けど、どちらもお互いに譲らなかった。 その先までもが、重なっているとわかったから―― 「これからもずっと、一緒にいようね」 「今日は何の日か知ってる? 覚えてる?」 「……気にしてたの私だけか」 「分からないなら教えてあげる。私たちが付き合ってからおよそ1ヶ月よ」 「アンタと付き合い始めてから、もうそんなに経つのね……流石にそろそろ慣れてきた?」 「私のことも……飽きちゃった?」 「飽きるわけないって……ふふっ、ありがと」 「私も飽きてないからっ。でも、慣れていきたいなって思うわ」 「だってアンタのこと、もっともっと知りたいから」 「これから先もアンタとはずーっと一緒にいるわけだし……」 「ってこら、寝ようとするなっ」 「もう……私よりも、アンタのほうが子どもっぽく見えるわよ?」 「ん? 胸のことは関係ないでしょっ」 「それにほら、ちょっとずつだけど増量中なのよ! 見なさい!」 「ん? 確かめてやるから一緒に布団の中に入れって?」 「……それじゃ……まだ、慣れないなぁ、この感じ」 「ふふっ、この先もずっと一緒にいられれば慣れるかしら」 「これからもよろしくね」 「今日は何の日か分かる?」 「アンタが、このイスタリカに来た日よ」 「男がここに来るなんてびっくりしたけど……アンタもすっかり馴染んできたわよね」 「ここは女の子ばっかりだけど、私以外にうつ、うつ……えっと、なんだっけ」 「そう! うつつを抜かしたら許さないんだからね!」 「で、でも、本当は他の子に興味があったり……するのかしら?」 「……そっか。ごめんね、なんか無理やり言わせてるみたい」 「そ、そう?」 「あ、ありがと……私も好きよ」 「でも、ここに来た頃はこうなるなんて考えてもみなかったんじゃない?」 「まあ、それに関しては私もだけど……ていうか、たぶんアンタ以上ね」 「アンタと出会うまで、私は恋心なんて知らなかったし……」 「こんなに幸せになれたこともなかったのよ。これも全部アンタのおかげね」 「さ、そういうことだから今日は外じゃなくてここで遊びましょ」 「アンタといれば、何したって楽しいもんね!」 「押忍! よく来たわね、オリエッタ運動道場へようこそ」 「え? もしかしてアンタ、今日がなんの日かわかってないの?」 「体育の日に決まってるじゃない。というわけで、今日は肉体的トレーニングを積むわよ」 「魔力が薄れていく私にとって、それを補うための肉体改造は急務……」 「魔法が使えなくなったら、重い物を運ぶことも出来やしない。だから筋肉をつけないと」 「そのためには、まず何をすべきかしら? ほら言ってみなさい」 「着替え? 体操着に? その前にやることがあるでしょ?」 「分からない? それじゃ教えてあげる。プロテイン摂取よ」 「私も今日は豆乳じゃなくてプロテインを飲むわ。いくわよ……」 「ごく、ごく……うぇっ、マズ。運動やめようかしら」 「えー……そうは言ってもほら、アンタも飲んでみなさいよ」 「……」 「ね? マズいでしょ。止めようかしら」 「え? バストアップするかも?」 「やめておくわ。だって……私のだったらいいって言ってくれたでしょ?」 「だから気にしない」 「……気にしないように努力する」 「でも、筋肉つけないとって?」 「いざとなったら非力な私に代わってアンタが助けてくれるでしょうし、今日のところはこれでおしまい!」 「せっかくだから、外に遊びに行きましょう!」 「え……このケーキって、もしかして」 「私のために……? ありがとう!」 「これって手づくり? すごいわね……」 「ううん、それでもいいの! おいしそうだし、私ほんとに嬉しいわ!」 「あと……食堂、他に人がいないみたいなんだけど」 「夕食の時間は過ぎてるけど、どうして誰もいないのかしら」 「貸し切りって……そんなことまでしてたのね」 「1日中デートした後なのに……なんか、アンタを独占しすぎて悪いくらい」 「ええっ、プレゼントもあるの!? アンタ、さっきは無いって言ってたじゃない」 「あうー、ずるいわ……不意打ちが多いのよ色々と」 「プレゼント……ん、ありがと……」 「どうしよ……私、こんなに幸せでいいのかしら」 「幸せすぎて怖いって、こういうことよね……今はもうこれ以上欲しいものが何にもないもの」 「次の記念日には、私も負けないくらい不意打ちするんだからっ。楽しみに待ってなさいっ」 「ありがとう。今日の誕生日はきっとずっと忘れないわ」 「メリークリスマス!」 「……驚いた? サプライズよっ」 「あ、気付いた? 今、寮に誰もいないんだけど……」 「なんでって、貸し切ったの!」 「……あれ? 呆れてる? アンタだって貸し切ってたじゃない」 「寮はやりすぎだって? ほとんど人がいなかったから、楽だったわよ」 「嬉しい!? よかったっ」 「ロビーにも人がいないと……静かになるわね」 「ふう……たまには、こんな静かなクリスマスもいいわね」 「似合わないなんて言わないでよね。私だってたまにはおとなしくなるんだから」 「それに、イブのパーティでもう疲れきっちゃったわよ」 「だから……後はアンタとこうして、2人でいるだけで十分」 「あ、窓見て……雪」 「ちょうど降り始めるなんて、ラッキーね」 「ニンゲン界よりも、ここの方が雪が降り始めるの少し早いのよ」 「きっとこの雪はまだ地上に届いてないから……ここが、どこよりも早いホワイトクリスマスになるわ」 「んー、雪みたらやっぱり遊びたくなってきちゃったわ。明日、積もってたら雪合戦しましょ」 「積もるといいわねー……雪」 「……子どもっぽい? 悪かったわね、けど別にいいわよ」 「っ……もう、そんな簡単に好き好き言わないのっ」 「今日のうちだけは、おしとやかにするって決めたんだから……あんまりからかわないでよね」 「それじゃ、ほら……グラス持って」 「聖なる夜に――」 「乾杯♪」 「新年、あけましておめでとうっ」 「昨年はお世話になりました」 「沢山、お世話もしました」 「今年も、よろしくおねがいします」 「……」 「これで年始の挨拶終わり? それじゃまたね。戻ってきたら連絡ちょうだいね」 「え? 追い出すなって? だって……アンタ、実家帰らなくていいの?」 「そう……私も一緒に過ごしたかったから嬉しい」 「それじゃ、シャロンにおせち作ってもらってくるわっ」 「え……もう少し私だけと一緒に過ごしたい?」 「いいわよっ。少しと言わず、今日はずっといても」 「こたつでごろごろする? いいわよね、寝正月!」 「そういう意味じゃない? まぁどっちでもいいわ」 「これ1人用だけど、2人で入りましょ」 「んーぬくいわ」 「あんっ、こ、こら、足じゃま」 「ちょっと、足絡ませてきて……もう、どこ触ってんのよ……」 「きゃははっ、くすぐったいっ」 「もう……ふふっ、楽しいお正月ね」 「アンタも最高? そうよね、こんなに可愛い彼女と一緒にお正月を過ごせるんだから」 「ふふっ、そんな正直に肯定されても照れるから止めてよ」 「……今年もよろしくね」 「今年もいっぱい、2人で過ごそうね」 「わああ……すっごいわねえ」 「海に比べたら狭いだけかと思ったけど、プールってこんなに充実してるのね」 「え? なんでこんなところに連れてきたかって?」 「今日は特別な日だから、違う女の子んところ行かないようにしたのよ」 「え、あ……そ、そうよね。行くわけない、か……ふふっ」 (そんな真顔で言われると照れるんだけど……) 「まあいいわ。それじゃ、アンタの期待通りにっ」 「ハッピーバレンタイン! はい、アンタにもチョコレートあげる!」 「ぎ、義理なんかじゃないわよ! 本命なんだから、勘違いしないでよね!」 「それと、いちおう手作りだから……あんまりおいしくないかもしれないけど」 「う、うん……どういたしまして」 (ちゃんと、シャロンに教わったとおりに出来てるかしら……) 「ほ、ほんと? ていうか、もう食べてるの!?」 「そう……ありがと」 「それで、その……」 「こっちのほうも……食べる?」 「だから……こっちよ。んっ!?」 「ん……ぷはぁ。キスされちゃった……」 「な、なんで急にそんな威勢よくなるのよっ」 「きゃっ……もう。えっち」 「でも、好き……バカ」 「どうしたの? そんな改まって……」 「大事な用ってなんなのかしら……」 「もしかして、別れ話だったり……」 「え? 何か私言ってた? 独り言よ、独り言」 「へ? 今日が何の日かって?」 「3月14日だけど……何かあったかしら」 「あっ、そっか……ホワイトデーね。てことは……」 「あ……ありがと!」 「私すっかり忘れてた……なんか、すっごく嬉しいかも」 「ずるいわね、不意打ちばっかりで……ますます好きになっちゃうじゃない」 「でも、本当にありがとう……大切にするわね。このクッキー」 「え? あ、そっか……取っておいたら腐っちゃうもんね。食べなきゃ」 「でももったいないわ……せっかくくれたのに」 「……そうね。一緒に食べましょ」 「はい、あーん」 「えへへ……懐かしいでしょ」 「それとも、口移しのほうがよかった?」 「それじゃ、また夜に……ね?」 「そういえば……ボクらが付き合い始めてから、もうそろそろ1ヶ月だね」 「最初は実感わかなかったけど、こうして一緒にいる時間が増えると……恋人って感じがしてきた」 「ボクはキミの彼女なんだなーって……改めて言うと恥ずかしいけどさ」 「ヘンな感じがする? ボクはそんなことないかな」 「だって、ずっとこうなることを想像してたもん……ボクの片思い歴を舐めないでよね」 「でも、そう考えると夢みたいかも……」 「ねえ、手ぇ繋いでいい?」 「ありがと」 「大胆? そうかも……なんでだろ。隣にキミがいるからかな」 「だって落ち着くし、安心するんだ。手を繋いでると、もっと」 「キミのことを束縛はしたくないけど……これからも、手を握ってくれると嬉しいな」 「今日から海開きってことで来たけど……ちょっと風が冷たいかな?」 「……」 「ほら、海だよ。広いねー、おっきいねー」 「海、見ないの?」 「よし、泳ごう!」 「……」 「……ねぇ、じろじろ見ないで」 「泳ぐよりも見ていたいって……恥ずかしいよ」 「綺麗? あ、ありがとう」 「この水着、似合うかな……」 「エロいって、ちっとも誉めてないよぉ」 「まぁ……女の子として見てくれるのは嬉しいけど……」 「それじゃ、しばらく海に入らない?」 「ならさ、砂でお城つくろうか」 「ただ見てるだけでいいって……もう、そういうのはここじゃなくていいじゃないか」 「海以外で水着を着てくれって?」 「それじゃ……キミの部屋だったらいいよ」 「でも、その発想……ほんとエッチなんだから……」 「ありがとうって……ほんっとに素直だよね、キミって」 「ボクも見習わないとね」 「そういうわけだから、その……」 「来年も、再来年もずっとずっと……毎年ボクと一緒に海に来てくれる?」 「うん……ずっと傍にいてね。それがボクの……素直な気持ちだから」 「今日はありがとう。誕生日にボクの知らないお店でお祝いなんて」 「いただきまーす。もぐもぐ……わっ! ここのケーキすごくおいしいね」 「このお店、どこで知ったの? 雑誌? いいところだね。また来よっかな」 「1人じゃ来ないよ? 心配しなくても、元からキミと行くつもりだったから大丈夫」 「あ、これからもボクの誕生日に? それは……うん、ありがとう」 「それじゃあ、キミの誕生日にはボクもお洒落なお店を探しておかないとね」 「……プレゼント? わーい、遠慮せずいただきますっ」 「開けてもいい? 持って帰るより、こういうのってこの場で開けた方がいいよね」 「っと、これは……アクセサリー? あ、可愛い……」 「確かに、ボクはこういうのあんまり自分じゃ買わないかも……」 「似合う、かな?」 「そ、そう?」 「可愛い……そっか。ありがとう。それじゃ今度、デートの時につけてみるね」 「素敵なプレゼント、ありがとうね」 「でもね。無理しなくていいからね」 「素敵なお店でお祝いしなくても、プレゼントが無くても、ボクはこうしてキミといるだけで幸せなんだから」 「ねぇ、文化の日だからって図書館デートで良かった?」 「ボクに合わせて無理してくれたんじゃ……そんなことない? それならいいけど……」 「……」 「ふむふむ……なるほど」 「ねえねえ、これ見てもらえる?」 「ほら、この記事……」 「あ……近い? 離れた方が――」 「……このままでいいの?」 「けど、あんまり近いとドキドキしちゃうよ……キミはしないの?」 「……するんだ。ボク達一緒にドキドキして……ふふっ」 「それだけのことなのに、何か嬉しくなっちゃった」 「え? このドキドキが文化って? ふふふっ、キミにかかれば文化の日もそんな風になっちゃうんだ」 「っと、忘れるところだったよ。ここに書いてあることなんだけどね……」 「デートスポット特集……だって」 「この中でどこが行きたいとか、あるかな……?」 「ボクはそうだなぁ……そろそろ寒くなって来たし、この旅館とか……良いと思う」 「一緒に浴衣着て、一緒に美味しいご飯食べて、一緒に温泉に……」 「うん……想像しただけで、とっても楽しそうだってわかる」 「時間ができたら行こうって? うんうんっ、問題なんてないよっ」 「旅館デートかぁ……素敵だね」 「キミと一緒に行けるなんて幸せだよ」 「はい、クリスマスケーキ作ったよー」 「けっこう大きくなっちゃったんだけど……2人で食べきれるかな」 「ボクなら食べられるって? ……そうかも」 「でも、キミにも頑張ってもらうからね」 「さぁ、頑張るぞ……あ、主旨変わってるね、あははは」 「それじゃ切り分けるね」 「そういえば、こういうクリスマスケーキをわざわざ作るのって日本くらいらしいね。だからなんだってわけでもないんだけど」 「クリスマスがあって、お正月があって、この時期はいろいろとせわしないよね」 「ボクはそういうのも好きだけどね。こういうイベントって楽しいし」 「でも、今年はけっこう特別だよね」 「空に浮いた国で、キミと2人で……なんて。今までは家族と家で過ごしてたのに」 「そんなの、嫌なわけないって。むしろ毎年こういうのがいいくらい」 「来年も、再来年も……キミと一緒に、クリスマスケーキを食べられたらいいな」 「あはは……ちょっと臭かったかな。それじゃ、そろそろ食べよっか」 「ん、乾杯。それと……」 「メリークリスマス。大好きだよ」 「あっ、来ちゃった? よくここにいるってわかったね」 「おせち作ってるだろうって? ふふっ、正解〜♪」 「すぐ終わるから、ちょっと待っててね」 「下ごしらえはほとんど済ませたし……うん、まずは筑前煮の方からかな」 「よーっし、気合い入れて作るぞー」 「え? ボク1人で大丈夫かって?」 「むぅ、心外だなぁ……おせち料理くらい1人で作れるよ」 「なんて強がってるけど、1人で作るのは初めてだから緊張してます……」 「えっと……もしかして、手伝ってくれるの?」 「わぁ……ありがとう。キミが手伝ってくれるなら百人力だね」 「キミに美味しい料理食べさせてあげたいからね。ボクもいつもの300倍頑張るよ!」 「ふふっ、2人の共同作業で、美味しいおせち料理にしようね」 「あ……っと、言い忘れてた……こういう時こそ改めて言わないとだよね」 「こほんっ。明けましておめでとう。こんなボクですが、今年もどうかよろしくお願いします」 「年が変わっても、変わらないボクの想いを……これからも受け止めてもらえると嬉しいです」 「ずっと前から、大好きでした。もちろんこれからも……ね」 「ご、ごめん……なんだか照れくさい空気にしちゃって……」 「つまるところ、キミの胃袋はボクが掴んで放してあげないって意味だから」 「よろしくねっ」 「あ、忙しかった? ごめんね、いきなり押しかけて」 「え、えっとね、うすうす感づいてるとは思うんだけど」 「はい、これ……チョコ」 「キミのことを想って、作ってみたんだ……どうかな」 「嬉しい? ……ふふ。やっぱり、恋人同士っていいね」 「ボク、キミにこういうの渡すの夢だったんだ」 「喜んでもらえたなら、なによりだよっ」 「……おいしい?」 「よかった。まだ作りおきがあるから、そっちも食べていいからね」 「えっと……隣、座ってもいい?」 「ありがと」 「ほっぺにチョコ、ついてるよ」 「恥ずかしがっちゃダメ。拭いてあげるからおとなしくしてて」 「ふふっ……お母さんみたいなこと、してる気がしてきた」 「え? 恋人らしくキスで拭くの? ……しょうがないなぁ」 「んっ……」 「……足りない? もう……え?」 「ちょこより? あまい? きっす? なに言ってんの、もう!」 「うー……きょ、今日だけだよ?」 「んっ……ちゅっ」 「はい……おしまい」 「チョコの味がしたよ……」 「ダーメ。今日はこれ以上禁止」 「明日以降なら、またしてあげてもいいよ」 「おじゃましまーす。話って何?」 「1ヶ月前? なんかあったっけ?」 「あ……そっか。そういえば今日って……ホワイトデーだね」 「……あははは、実は気付いてました」 「お返し、だよね?」 「うん。ありがとう。すごく嬉しい」 「開けていいの? じゃ、開けるよ……」 「あれ……これって、チョコ? もしかして手作り?」 「まさかキミに手作りチョコを貰えるなんて……嬉しすぎるよ」 「なんか、もったいなくて食べたくなくなってきた」 「あはは、逆にもったいないよね」 「それじゃ味わって食べます」 「味は保証しない? あはは、大丈夫だよそんなこと。キミの手作りってだけでボクは十分なんだから」 「手作り……。そうだ! ねぇ、今度2人で作ってみる?」 「いい? ボクは全然いいよ! それじゃ決まりねっ」 「来月になるのかな? えーっとこれは何の記念日になるんだろ?」 「なんでもいいよね。ボクたちの記念日ってことでねっ」 「兄さん、クイズです。今日は何の日か覚えていますか?」 「……ヒント。兄さんと私にとって、すごく、すっご〜く大切な記念日です」 「えっ、わからないんですか? じゃ、じゃあ、もう1つだけヒントを出しますっ!」 「兄さんと私の関係が、その……兄妹以上になってから、えっと……何日、経ちましたっけ?」 「こ、これでも、まだわからないんですかっ! もうっ、兄さんの鈍感っ!」 「今日は私たちが恋人同士になってから、およそ1ヶ月が経った記念日なんですよっ!」 「ぐす……私だけ、きっちり数えていてバカみたいじゃないですか……」 「えっ、このアクセサリー。私への、プレゼント……なんですか?」 「……!? しかも付き合って1ヶ月の記念にって――」 「も〜〜! 最初から、ちゃんとわかってたんじゃないですかあ! 嘘ついてたんですねっ、もお!」 「び、びっくりさせたいとか……ホントすぐ子供じみたことするんですから……」 「でも、このアクセ……とても、可愛くて、素敵です……」 「えっ。つけてくれるんですか……? い、いいですよ、恥ずかしいですから」 「そ、それくらい1人で出来るも……ん、あ……やっ、ダメ……兄さん……っ、んんっ」 「も、もぉ……強引なんですから……。プレゼント……ありがとうございます……」 「どうですか? 似合っていますか?」 「うふふっ、これで少しは大人っぽくなれたと思います♪」 「これからもっともっと素敵な大人になって、今度は兄さんの方をビックリさせてあげますからねっ」 「だから、その日が来るまでずっと一緒に居て下さいね♪」 「もちろん、その後もずっと……」 「わぁ……星が綺麗ですね……」 「今日、外に連れ出してくれたのは……七夕だからですよね?」 「素敵です……ありがとう、兄さん」 「……あそこがミルキーウェイ……天の川」 「織姫と彦星はどれですかね」 「……私と兄さんみたいに、2人が結ばれるといいですね」 「……って思いましたか?」 「うふふっ、兄さんって意外にロマンチックですね」 「それなら彦星さんには是非とも頑張って欲しいですね」 「兄さんがウィズレー魔法学院に来てくれた、みたいに」 「……くしゅんっ」 「さすがに水着だとちょっと肌寒いですね」 「抱いて温めてあげるって……」 「どうせ兄さんのことだから、私の……その、おっぱいが目当てなんじゃないんですか?」 「触られるのは恥ずかしいですけど……こうやって」 「おしつけるくらいだったら……」 「……ん、あ……はぁ。兄さんの体……とても、温かいです♪」 「こんな恥ずかしいことしてますけど……別に、いいですよね」 「私たち、恋人同士なんですから」 「もうしばらくの間……こうやって、兄さんのぬくもり、感じていてもいいですか?」 「うふふっ。こんな風に、いっぱい甘えさせてくれる優しい兄さんが……大好きです♪」 「今日は買い物に付き合ってくれてありがとうございます、兄さん」 「それに、ご飯とか色々おごってもらっちゃって……今日の兄さんは太っ腹ですね。何かあったんですか?」 「今日は何の日? ……何の日でしょうか?」 「えっ!? 妹の日!?」 「そんな日があったんですか……知らなかったです」 「というより、なんでそんな日で祝うんですか。もっと恋人らしい日で祝ってください」 「確かに私は兄さんの妹ですけど……なんだかちょっと悔しいような……」 「なら……兄さんの日に祝いますよ」 「う、嬉しいですか……それはまた逆に悔しいです……」 「分かりました。兄さんの日は祝いません。その代わり、恋人と過ごす日をちゃんと祝いますから」 「楽しみにしててください」 「え? 今日から妹の日にして恋人の日になった……ですか」 「それは……本当に私たちだけの日、みたいですね。すごく特別な日みたいです」 「妹だという時点で、普通の彼女さんとはちょっと違いますし……」 「兄さん、そんな私は嫌ですか?」 「ふふっ、わかってました。兄さんは、私のこと大好きですもんね」 「私は……決まってるじゃないですか」 「兄さんのことが、この世の誰よりも大好きです♪」 「ターキー、ケーキ、シャンパン、どれも用意できましたよ」 「さ、さ、兄さん。乾杯しましょう」 「あっ、お酒のが混じってます……兄さんのいたずらですか?」 「もう……ちゃんとジュースのシャンパンを用意してますから」 「さあ、乾杯です!」 「かんぱーい」 「それにしても、昨日のパーティは疲れましたね。前夜祭なんてもんじゃなかったです」 「だからこそ、こうして兄さんと2人きりになれてるわけですが……」 「兄さんは、もっと騒がしいほうがよかったですか?」 「そうですか。よかったです、私もですから」 「あ、ケーキは私が切り分けますよ。兄さんは座っててください」 「いえいえ……むしろ今日くらいは、兄さんにご奉仕させてください」 「前はちょっと、意地悪な態度とっちゃってましたしね。そのお詫びです」 「私も懐かしいですよ。あの頃の私と兄さん、いま考えるとおかしかったですね」 「でも、きっと今こうしているのも……いつかは懐かしい出来事になるんでしょうね」 「来年のクリスマスとかには、私たちどうなっているんでしょう? あんまり想像つきません」 「でも……隣に兄さんがいてくれるのだけは、確定ですよね。決まってます」 「だから兄さん……来年に思い出話が出来るように、今日を目一杯楽しみましょう」 「メリークリスマス、兄さん」 「兄さん、こっちですよ! みんなもう準備オッケーです♪ ね、アルパカさん」 「ではでは……改めまして。あけまして、おめでとうございます」 「今年も1年……素敵な年となりますように」 「さあ、ご挨拶も終わりましたし、みんなでおせちを食べましょう〜」 「うふふっ……みんな、よっぽどお腹が空いてたんですね」 「……兄さん、ありがとうございます。みんなと一緒に、お正月を迎えてくれて……」 「アルパカさんも大喜びです。ほらほら、尻尾を振り振りさせて、すっごくご機嫌みたいですよ?」 「やっぱり昔から、兄さんの優しいところは……変わっていないんですね」 「だから、私も……兄さんのことが大好きになったわけなんですけど。うふふっ」 「ああっ、もう! お代わりまだあるからケンカしないのっ」 「……えっ? お母さんみたいだなぁって?」 「そ、それって、つまり……私が兄さんの、お嫁さん……ということ、ですよね?」 「たくさんの子供達に囲まれて、一緒にお正月を過ごす……なんかとても、幸せですね……」 「うん……よしっ。元気な赤ちゃん産めるように、頑張らないと……」 「に、兄さん……今は、みんなと一緒なんですけど……」 「夜になったら……姫初めで、いっぱい可愛がって下さいね♪」 「来てくれてありがとうございます、兄さん」 「その様子だと、なんで呼び出したのかもわかってるみたいですね」 「そうです、バレンタイン……私が、兄さんに、愛とチョコレートを渡す日です」 「受け取ってください♪」 「どういたしまして……兄さんに喜んでもらえたなら、作った甲斐があります」 「ひっつきすぎ……? 何を言っているんですか兄さん、こんなのただ抱きついているだけじゃないですか」 「どうせ誰も見てないんですから……兄さんも、自分に正直になっていいんですよ?」 「私? 私は正直ですよ……兄さんに抱きつきたいから抱きついているんです。兄さんのそばにいたいんです」 「もっと抱きついたっていいんですから。ほら、ぎゅーって」 「えへへ……あったかいです。しあわせです」 「兄さんは、どうですか?」 「そうですか……ふふ」 「兄さん、なんだか苦しそうですけど緩めてあげません」 「もっと抱きしめてあげます……ぎゅーっ」 「だから、兄さんもほら……私のこと、もっと抱きしめていいんですよ」 「壊れるくらい……ぎゅってしてください」 「そ、そうです……」 「ちょっと苦しいですけど……嬉しいです」 「兄さん……大好き」 「兄さん……どうしたんですか? この3月14日に私を呼び出して」 「まさか……ホワイトデーだからって私にバレンタインのお返しをしようとか、そういう話じゃ……ありますよね?」 「えっ、もしや図星ですか? やったあ、ありがとう兄さん!」 「これは……あの有名店のマドレーヌじゃないですか!」 「並んで買ったって……兄さん、いつの間に」 「え? まだ他にもあるんですか」 「これって……今度のライブのチケット!」 「これも、私に?」 「困りました……こうなると、私が兄さんにもらってばかりになってしまいます」 「お返しのお返しをしないといけませんね……」 「よくありません。兄さん、なにか欲しいものありませんか?」 「ん……ちょっとよく聞こえませんでした。もう一度お願いします」 「諷歌って……それ、私じゃないですか!」 「もう、兄さんはどうしようもないスケベさんですね……人が真面目に話しているのに」 「でも、いいですよ。兄さんが欲しいっていうんなら……」 「たっぷり……私をあげます。残さず食べてくださいね……ちゅっ」 「兄さんに誕生日を祝ってもらうなんて、本当に久しぶりです……嬉しい」 「あっ、もちろん、兄さんと離れ離れになった後も友だちのみんなとか姫百合先輩もお祝いしてくれましたけど……」 「やっぱり、兄さんにも祝って欲しかった……みたいです」 「それに、今はもう恋人同士ですから……嬉しさだって倍増です」 「今日の予定はぜんぶキャンセルしましたから、ずっと兄さんと一緒に居られます」 「プレゼントなんか要りません。その代わり、ずっと私のこと撫でててください」 「そうですそうです、その調子……えへへ」 「兄さんの手はおっきいですね……落ち着きます」 「私も、胸が大きい……? ええそうですよ、大きいですよ」 「だからこうして、押しつけてあげてるじゃないですか。お返しです」 「私だってもう、胸のことくらいで目くじら立てません」 「そ、それに、胸が大きければ兄さんに喜んでもらえますから……ねっ? 兄さんは大きいのが好きなんですよね」 「ほら、そうやってすぐ鼻の下を伸ばす……わかるんですからね。私、兄さんのことは」 「ん……なんですか、それは?」 「……ケーキ? ケーキですか!」 「はい、いただきます。兄さん、私のためにこんなことまでしてくれるなんて……」 「諷歌は世界一幸せです。こんな兄さんがいてくれるんですから」 「兄さん……」 「私、兄さんのこと絶対に放しませんからね」 「いらっしゃい。どうぞ適当に腰掛けて」 「ん……どうして浴衣を着てるって?」 「前に着た時ものすごく喜んでもらえたから……今日は1ヶ月記念、だしね」 「プレゼントという程のものじゃないんだけど……せっかくだから着たんだ」 「え? あなたからもプレゼントがあるの?」 「えっと……そっちに行けばいいのかな?」 「こ、これくらい……? 近過ぎるような……大丈夫?」 「目も……瞑るの?」 「ん……なんだろう、プレゼントって」 「ちゅっ」 「ふぁ……キス、されちゃった」 「キスがプレゼントなんて……私舞い上がっちゃうよ」 「ううん、心がこもってたから……とても嬉しいよ」 「このまま毎日が記念日だと嬉しいな……」 「記念日じゃなくてもキスはしてくれる?」 「うん……ちゃんとしてね。いつでもあなたからのキス、待ってるからね」 「あはは、またあなたに乗せられちゃって、たくさん買い物しちゃった」 「結構ジャンルが違う服ばかりだけど……本当に全部似合ってた?」 「そっか……次のデートの時にでも着て、あなたを喜ばせられたらいいな」 「え……? それより私の喜ぶ顔をもっと見たい?」 「もう十分見せてると思うんだけどな……これ以上喜んだらバチがあたってしまいそうなくらいなのに」 「っと、次はレストランだね。もうそんな時間か……早い時間から出掛けたのに、あっという間だったね」 「レストランでランチ……何を食べようかなぁ」 「へ? 決める必要はないって……どういうこと?」 「わ、これって……」 「“姫百合誕生日おめでとう”って書いてある……」 「ありがとう……まさか誕生日ケーキを用意してもらえてるなんて……」 「今日はただのデートだと思ってたのに……こんなこと企んでたの?」 「嬉し過ぎて涙出そうだよ……今頑張って我慢してる」 「どうして、こんなにも……あなたって人は……」 「大好きです。素敵な誕生日をありがとう」 「愛の詰まったあなたの気持ち……一生大事にするからね」 「わぁ……すごい人が集まってるね」 「お祭りの雰囲気、私好き……いろんな人が楽しそうにしていて……」 「婚約記念日の旅行、ここに来れて正解だったね」 「温泉も宿も快適で……その上、勧められた温泉まんじゅうも美味しかったし」 「何より2人くっ付いていても、ここじゃあ自然に溶け込めるから恥ずかしくなくて……」 「こんなにラブラブ出来るなら、また次も来たくなっちゃうね」 「今度は結婚記念日にでも……」 「あっ、屋台に目移りするのはわかるけど、しっかり手を繋いでいて……欲しいな」 「迷子になったら困るから……私がなんだけどね」 「ふふっ、あなたさえ良ければ腕を組んで回りたいくらいだよ」 「ということなので……腕、組みますか?」 「ん……」 「やっぱりいつになっても、照れるね……ドキドキしてしまう」 「けど、心地良いよ……あなたの温もり」 「っと、この後花火も打ち上げられるみたいだし、今のうちに屋台を回ろうか」 「綿菓子、一緒に食べようねっ!」 「あなた……」 「あなた、起きて……朝ですよ」 「……ちゅっ」 「ふふっ、やっとお目覚め?」 「おはようございます、あなた♪」 「どうして私が起こしに来たって? それは――」 「今日が“いい夫婦の日”だからだよ」 「夫婦になった時の練習……とでも言えばいいのかな。愛しい旦那様を妻の私が起こす……」 「そ、そんな恥ずかしいこと私言ってる……?」 「私の方は、すぐにでもあなたとの新婚生活を送りたいなって思ってるんだけど……」 「あなたも同じ、だと嬉しいな」 「ねえ……せっかく今日は“いい夫婦の日”なのだし、何か夫婦らしいことしてみるというのはどうかな?」 「行ってきますのキスだったり、お帰りなさいのキスだったり……」 「あれ……よく考えてみれば、結構してるね」 「じゃあ、それ以外ってことで……」 「子作り……してみる?」 「ふふっ、朝から刺激が強過ぎたね」 「責任持って私が鎮めるから……大人しく横になってて」 「大好きなあなたに……今日もたくさんご奉仕しますから」 「メリークリスマス」 「今日もあなたの貴重な1日を、私と過ごすために使ってくれてありがとう」 「特別な日だから、気分も変えようと思って温室に……滅多に人も来ないしね」 「どう? 少し新鮮じゃない?」 「日本では、イブの日に恋人同士でいるというのが当たり前のようになってるけど……」 「私達にはそんなの関係ないよね」 「一緒にいたいと思えば、どんなに忙しくても時間を作る……」 「そんな私達だから、今日まで愛を育んでこれたんだと思う」 「まあ、私があなたに首ったけなだけなんだけどね」 「……そういうあなたも私にメロメロだって?」 「も、もう……上手いこと言って私を虜にしようったって駄目だよ」 「とっくに……虜になってるんだから」 「これ以上惚れさせて……私をどうする気なの?」 「あなたにくっ付いて、引き剥がそうとしても離れなくなっちゃうよ?」 「離れてと言われても、簡単に諦めるつもりもないし」 「でも、そうだね……もしあなたが私に飽きてしまっても、絶対また振り向かせてみせるから」 「ふふっ、これから大変だね。私を惚れさせた罪は重いよ」 「明けましておめでとうございます」 「今年もどうか、あなたのお傍に私を置いてくださると――」 「え……絶対? 私を手放すわけがない……?」 「し、新年早々熱烈なラブコールだね……冬なのに熱くなっちゃうよ」 「こんなにも身体が火照るのは、あなたのせいなんだよ……? 嬉しくなるようなことばかり言って……」 「あ……え、エッチな意味じゃないからね! そこ、勘違いしないように」 「確かに、そういう気分になっちゃう時もないことはないけど……」 「ま、まあ、そんなことは置いといて……初詣はいつ行く?」 「そうだね。一旦寝て……その後にしよう」 「今日の日のために着物も作ったから……もちろんあなたの分もあるよ」 「一緒に着て、初詣……あなたは何を願う?」 「私は……ずっとずっと、あなたと幸せな日々が過ごせますように……かな」 「ふふっ、自分で言って恥ずかしくなっちゃった」 「けど、心の奥底から思ってることだから……しっかり受け止めてね、未来の旦那様」 「そういうわけなので……改めまして、今年もよろしくお願いします」 「〜♪」 「愛を込めて、泡立てて泡立てて……うん、良い香りっ」 「おや? 背後から視線を感じ――」 「わっ!? い、いつの間に!?」 「まさか見られてたなんて……い、いつから……?」 「ついさっき……? うぅ……それでも確実に鼻歌聞かれてたよね……」 「どうして口に出したりしたんだろ……私のバカ」 「そ、それでどうしてここに……?」 「え? 私を探しに……? バレンタインなのに彼女の姿が見えないって……」 「ご、ごめん……心配掛けちゃったんだね……」 「見ての通りチョコ――ブラウニーというチョコケーキを作ってたんだ」 「出来立てホヤホヤの、チョコと言う名の愛を渡したかったから……」 「って、何を恥ずかしいこと言ってるんだろう私っ!!」 「こ、こほんっ……もちろん、あなたに渡すためだからね? 受け取ってくれるかな……?」 「……」 「……良かった」 「まだ出来てなくてごめんね。あともう少しなんだけど」 「ええっと……それまでどうしてる?」 「うん……出来上がるの、見ていっていいよ」 「作ってるところを見られるのは、ちょっと恥ずかしいけど……一緒にいられるなら、そっちの方が良いから」 「それで、その……夜まで予定空いてるかな……?」 「そっか……じゃあ、今日はあなたを独り占め……しちゃうからね。覚悟しておいて」 「ここは……」 「スーパー銭湯……?」 「私のために、ここへ連れて来てくれたっていうこと……?」 「あ……今日はホワイトデー」 「ありがとう……まさかこんなホワイトデーを経験出来るなんて」 「しかも、ここ……貸切だよね? お金とか――」 「ふふっ、他の人に私を見られたくなかったって……結構独占欲強いんだね」 「でも、嬉しいな……本当にありがとう」 「つまり、思う存分イチャイチャ出来るってことだよね」 「いいよね……? イチャイチャしても。2人きりだし……」 「え……エッチなこと想像してたの?」 「駄目だよ。ここは公共の施設なんだから」 「なんて私も言ってるけど……少しだけなら、いいかな?」 「エッチなホワイトデーというのも……いいかもしれないね」 「ジャネット先生、彼女ゲットしたいです」 「諦めた時が試合終了よ」 「つまりまだ試合中……先生が言うと深いですね」 「どういう意味よ!」 「それで、女の子に声をかけた後、いったいどうしたらいいでしょうか?」 「仲良くなるきっかけを作れればいいんだけど……ま、その辺は状況次第ね」 「でも必ずきっかけは訪れる。断言するわ」 「おおっ。頼もしい」 「まさに恋愛ミッションよ!」 「ふむふむ」 「その機会が来たら、最善の選択をするのよ。これぞというものを選ぶといいわ」 「これぞってどんなものでしょう?」 「そうね……まずは相手の好みや性格、趣味趣向に合わせつつ、話題を振って盛り上げる」 「あとはその場の空気を敏感に読み取って、臨機応変に対処することが重要だと思うわ」 「まあ初めはそんなに話題もないだろうから、そこまで迷うことはないと思うけど」 「つまり話題が増えると逆に難しくなると」 「まあ、そうなるかもしれないけど……その分、違った展開を迎えたりする場合もあるし、一長一短ね」 「けど、俺……まだ転校したばかりで、みんなと盛り上がれるような話題作りができるかどうか……」 「最初に言ったでしょ。きっかけは必ず訪れるから。行き詰まった時は、たまに寄り道をするっていうのもありだと思うわ」 「……わかりました。ありがとうございます!」 とにかく、気になる女の子のことをもっと知る必要があるってことだな。 けど、本人に直接聞くわけにもいかないし……。 なんか、女の子の情報がまとめられてる資料とか、あればいいんだけどなあ。 「メアリー先生。相談が」 「あ?」 「もしデートに行くならどういうところがいいですかね?」 「スタジアム」 「スタジアム……観たい試合やライブがあるんですか?」 「いや」 「……?」 「スタジアムの近くに釘の甘〜い店があんのよ」 「男がスタジアムで野球を観てる間、私はその店に入るわけ。そいつから金借りて」 「……」 ……それデート? 「倍返しよ。なかなかいい手だろ」 「ど、どうでしょう?」 「それじゃデート行くか」 「行きません!」 「あ〜〜〜早く海、ぶちてぇな」 「イスタリカの真下にあるじゃないですか。まあ深いし、泳げたもんじゃないですけど」 「ばーか。そっちの海じゃねえよ」 それじゃあ、なんの話をしているんだろう。 「そういやいなみ市の海水浴場、もう海開きしてるぜ」 「……はい?」 「おいおい、夏にデートっつったら海だろ」 「おっ、おおっ。いきなりその話ですか」 「海行って、互いのボデエを見せ合うんだよ」 「おおおおっ! それナイス!」 「あ……でも、それってもっと仲良くなってからじゃないですか?」 「またそんなこと言ってんのか」 「調子よく誘ってしまえ。肌のふれあいから始まる愛もあんだよ」 「むむむっ……それもまた段取りズム?」 判断の難しいところだ。 「ってことで、はい」 「なんですこの手」 「情報料」 「金とるんですか」 「え? ダメなのか」 「先生がそんなことしちゃいけません」 「ちぇー、せっかく教えてやったのに」 「……温室の水撒きでもしましょうか?」 「それいらない。金の方なら受け取る」 ……とりあえず感謝しときます。 背中に対して手を合わせてお礼。 「ジャネット先生って、精神学の先生ですよね」 「そうだけど。それがどうしたの?」 「俺……女の子が何を考えているかわからないんです」 「ん!? んんんっ!」 「どうしたんですか……嬉しそうに」 「女の子が何を考えているかわからないなんて……恋の悩みらしくていいわね!」 「そうなんです。あの子が何考えてるかわからない……でも知りたいっ」 「そういう時に使える魔法が、実はあったりするのよ」 「えっ、まじですか!」 「心傷景観」 「サイコ・ゲイズ……」 「その魔法を使えば、対象の子が心にどんな深い傷を負っているのかがわかるの」 「おお……。けど、それって、すごいルール違反なのでは……」 思いっきり、ポリシーに反するぞ。 「そうね。滅多に使うもんじゃないわ」 「それに、私も知ってるだけで使えないんだけどね」 「使えない?」 「精神干渉系魔法は使い勝手が難しいのよ」 「なるほど……」 「だから、魔法に頼るのは止めること。これが私からのアドバイスよ」 「はい。わかりました」 「素直でよろしい。女の子の気持ちは、察してこそ男の子よ」 「はい!」 「うん、いい返事」 ジャネット先生が去っていって、それから手元のクロノカードを見てみる。 魔法ゲットしちゃった! 「どうするか……」 ……どうしても本音を聞き出せそうにない時だけ、使おうかな。 こんな魔法に頼らないようにする努力を忘れてはいけない。 「よーし、てめーら席につけ」 今日は物質学の授業……メアリー先生が普段よりも張り切っている。 「今日の講義は難しいからな。そしてめんどくさい。1回しか説明しないからよく聞いとけよ」 「魔法を使うには魔力を消費する。じゃあ、その魔力っつーのはどこにあるのか?」 「まずは己の内にある。どれだけの魔力量があるのかは人それぞれだ」 「そしてそれ以外にもある」 「物体」 「場所」 「物や場所にも魔法を使うための力がある。これらはイメージしやすいだろ?」 「他には――」 「動き」 「これは文字通り動きや動作そのもの。それ自体がそもそも力だ。同時に魔法を使う力にもなりうる」 「そして最後に……記憶」 「それぞれ持っている記憶。これらは己の内にあるものと考えてもいいが、そうとも言い切れない」 「現に記憶の喪失は、肉体が傷つけられること以上に魔力の喪失となる例が多い」 「記憶には魔力が宿る。これは経験上わかっていることだ」 「今説明した順番ごとに、魔力は大きくなる。物体の持つ魔力を数字に置き換えて1とした場合に――」 「場所はその2倍、動きは3倍、記憶はなんと物の優に6倍だ。それだけ記憶は貴重ってことだな」 「魔法を使う時、自分がどれだけの魔力を持ち、どれだけ揃えられ、どれだけコントロールできるのか……」 「てめえら自身きちんと考えて使ってくれ。下手に暴走されても困るからな」 「以上、メモッたか? 黒板に書いた文字消すぞ」 「わわっ!? 待って待って!!」 「よし、1秒待ってやる」 「それ待ってないから!!」 「あ〜ら、また恋愛相談?」 「嬉しそうに見えますけど」 「迷える子羊を救うのが教師の務めだからよ♪」 「もしかして、恋バナが好きですか」 「大好きよ!」 「……」 ……恋愛相談されるの好きなんだなあ。 「それで、今日の恋愛相談は?」 「えっと……きっかけが訪れた時、いろんな選択ができる場合があるじゃないですか」 「そうね。恋愛は100人いたら100通りよ」 「例えば、スタンダードでない……とんちんかんな選択をするっていうのはどうなんですかね?」 「良いところに目をつけたわね。場合によってはアリよ」 「そうなんですか?」 「日常に飽き飽きして『刺激が欲しー!』って思ってる子も、たっくさんいるのよ」 「ふむふむ」 「オーソドックスな最善を選ぶよりも、いい経験を得られる場合があるわ」 「もちろん、そのままご破算ってこともあるけど」 「……それって経験談?」 「ぎろっ!」 「失礼しましたっ!」 深々とお辞儀。 最善を選ぶより、いい経験かぁ……。 「この講義は、魔法の希少価値について説明しようと思う」 「時空学の魔法?」 「魔法全体の話……概要の話になるかな」 「ふむふむ」 「魔法の希少価値……そもそも魔法自体が希少ではあるんだけどね」 「魔法にも、よく見かけるもの、あまり見かけないものとある」 「中にはイスタリカ史の記録に残っているだけ、っていう魔法もある」 「なるほど……」 「それらも含めて、魔法を等級分けしているんだ」 「普通――魔法使いならば使える可能性が最も高い魔法」 「稀少――高度なコントロールを以てして使える魔法」 「超稀少――コントロール以前に、そもそも存在自体が珍しい魔法」 「以上、3段階に分けている」 「意外と少ないですね」 「大雑把に思うかもしれないけどね。魔法学は学問として興ってからの歴史は短いんだ」 「これ以上の等級分けをするには、より多くの魔法の使用例が必要だろうね」 まだまだ研究段階ってことなのか。 「さて、この3等級だが、分けるべき根拠が他にもある」 「根拠……」 「それが持っている魔力の違いだ。結構大きく変わってくるんだ」 「稀少は、普通の3倍は持っているし、超稀少に至っては5倍の価値がある」 「大きな魔法を持つ超稀少は、コントロールを誤ったら大変なことになる。注意するよう」 「そもそも使わないようにすれば……」 「使わねばならない時が出てくるかもしれない。そういう時のための目安だね」 「なるほど……」 「それだけ、等級を理解しておくことは重要だから」 「わかりました!」 「いい返事だね。後で私の図書館まで来るように。ご褒美をあげよう」 「行きません!」 「……」 「……」 あ、シャロンいた。 メアリー先生もいる。 何してんだろう? 「……何をしたか、わかっているんでげすか?」 「わかんね」 「そんなはずないでやんす」 「そんなはず、あるでげす」 「バカにしとるんでぃすか!」 「ばーかばーか!」 「ばかっていう方が大馬鹿でやんす!」 「なんだと!? その減らず口、がま口にしてやろうか!」 「メアリーなんて、頭からむしゃむしゃしてネコ草にしてやるでござる!」 「わーわーっ、ちょっと待って待って!」 「ふぅー!」 「ぎりりりぃ!」 「落ち着いて、落ち着いて!」 なだめすかして、落ち着かせて……。 「どうどう、どうどう!」 「ふぅーふぅー……」 「むむむむぅ……」 「いったい何があったんですか?」 「聞いてくれますか、律殿。このメアリーが、メアリーが……」 シャロンが凄い怒っている……これはただ事じゃないぞ……。 「そこにあった、冷やしコーンスープを飲んでしまったんでやんすーっ!」 「えっとそれって……つまみ食い?」 「そうでげす!」 「だってあたし、熱いのだめだから」 「アッシだってそうでやんす! だからつまみ食い分を、横に分けてたんでげす!」 「それって……つまみ食い?」 「メス猫の考えそうなことだな。まったくもってこざかしい」 「自分で作って、自分でつまみ食いとか……そんなハンパなことしてっからいけねーんだよっ」 「なんですとーっ、あっしだってツマミ食いする可愛いネコちゃんみたいな真似、したいでげすのにーっ」 「ちっとも可愛くねーよ、ばーかばーか」 「負けっぱなしギャンブラーがよく言うでげす!」 「かっちーん。ひさびさにキレちまったわ。ぶちギレだわ。屋上行こうぜ」 「そいつはこっちのセリフでげす! ぶっちぶちにぶっちぎりでげす!」 「ゲスなんて語尾つかってねーよ」 「あっ、今、言ってはいけないことを言ったでげす。もう許すことはないでやんす。もう金は貸してやらねえっす!」 「ひっ、卑怯者ーっ!」 このまま、2人がブチギレて魔法乱戦とかなっても大変だしなあ。 なんとかこの場をおさめてみよう。 「俺には2人とも仲良く見えるんだけど……」 「仲良くねぇ!」 「仲良くねぇでげす!」 息もぴったりだ。 「……まぁ、ここは落ち着いて穏便に。どうせなら、2人で一緒につまみ食いすれば万事解決」 「おお、そんな手があったでやんす!」 「頭いいな、夏股!」 「夏本です」 なんとかケンカは落ち着いたようだ。 つーか、俺……こんなトコで何してんだろ。 「今日の授業は細かいわよ。ちゃんと板書するように」 「板書準備オッケーです!」 「いちいち宣言しなくていいわよ」 「さて、魔法を実際に使う時なんだけど、コントロールするのに重要な指針があるんだけどわかるかしら?」 「わかりません!」 「素直でよろしい」 「魔法を数値化して捉えることよ」 「……数値化?」 「数値化することで、魔力や魔法効果の程度を計れるようにするの」 「へえ、そんなことできるんだ……。それなら……コントロールも可能ってことじゃないですか?」 「正確ってわけでもなくて、まだまだ研究段階よ」 「その中でも正解に近いとされているのが、魔力の数値化」 「これはヘブル語のアルファベットで表現されているわ」 ヘブル語……。 「ヘブル語は、魔法の原典に関わっていたという説があったから、現在でも使われるようになったらしいんだけど……」 「その辺も諸説あって定かでないのよね。まぁ、ノービスメイジの授業で教えることでもないんだけど」 「詳しくは昇級してから学びましょうってことで、簡単に説明しちゃうんだけど」 「ヘブル語のアルファベットに対応する数字を板書しながら言うから、覚えておいて」 「これ試験に出すわよ」 おっと、それは書き写さねば。 「アレフ・1。ベート・2。ギメル・3。ダレット・4。ヘー・5」 「ヴァヴ・6。ザイン・7。ヘット・8。テット・9。ヨッド・10」 「カフ・20。ラメド・30」 「とりあえず、こんなところかしら」 「これってどういうことかというと、魔法に記されたアルファベットから数値を割り出すことが可能なわけ」 「例えば……ラメド・ヴァヴは、36」 「カフ・ギメルは?」 えっと……カフが20で、ギメルが3だから…… 「23!」 「正解。逆に数値からだと、14は……ヨッド・ダレット」 「32は?」 30がラメド、2がベート。 「ラメド・ベート」 「そう。この数値とアルファベットの対応は、魔法を扱う上での重要な要素だから」 「魔法を勉強する時や、魔法の文献を読む時、その点も考慮に入れるように。いいわね?」 「わかりましたー」 「ミスター夏本。あなた段取りを大事にしてるのよね」 「段取りズムとは、男が男であるための資格です」 「女の子と付き合うための段取りよね?」 「はい!」 「段取りに沿って女の子と仲良くなる方法、知ってるわよ」 「なんと……どんな方法ですか!?」 「この前、合コンでやったわ」 「合コンだと……!?」 初対面で食っただ食わないだで盛り上がる悪魔の宴か!! 「それを段取りとして扱うのは、あまり納得がいきませんね。詳しい話を教えて下さい」 「まず割り箸を参加者分用意します」 「割り箸……」 「そこに1から始まる連番を書きます」 「1,2,3……と、これは段取り」 「最後の1本には、王と書きます。キングでもいいわよ」 「……なるほど」 それって……王様ゲームに似てるな……。 「で、これがくじになります。後はそれを引くだけ♪」 「引いたらどうなるんですか?」 「王を引いた人が、王様。その王様が、命令するの。何番と何番とで、手を繋ぎなさい、とかね」 「普段しないことが命令でさせたりできたりするわけよ」 「……ジャネット先生」 「なぁに?」 「それってまんま王様ゲームじゃ……」 「そうそう、それそれ!」 段取りズムと全然、関係ね〜じゃん。 「でもね。私、クジ運がないからいっつも誰とも絡めないし……」 「王様になって敢えて自分と絡ませようとしても、大体相手は女だったりして、スキンシップもできやしない!」 「何が王様ゲームよ! ホント、合コンなんて大ッ嫌い!」 そうは言うけど、また行くんだろうなぁ……。 俺もジャネット先生を見習って、頑張ろう。 「ふふっ。みんなと、随分仲良くなったみたいね」 「はい。おかげさまで」 「ううん。全てはあなたの実力……努力の賜物よ!」 「いえ、ジャネット先生のお力添えがあってこそです。そこでお聞きしたいのですが……」 「ええ、いいわ。なんでも聞いて!」 「最後の告白についてです」 「……ついに来たわね……どきどき」 「はい、ついに来ました……どきどき」 「大切なのはね……仲良くなった子と、今までどんな付き合いをしてきたかってことよ」 「どんな付き合いを……」 「どんなところに行ったのか、そこで何をしたのか」 「その子との関係を、1つ1つ確かめながら、最後に告白をするの」 「その最中、緊張して失敗したりすることがあるかもしれない。けど、諦めちゃダメ」 「今まで築きあげてきた関係は、そう簡単に崩れたりしないものなのよ」 逆に、今までの積み重ねがあまり出来ていなかった場合、1つの決断が命取りになることもあり得るわけか。 「とにかく、焦らないこと。せっかくここまで頑張ってきたんだから」 「最後まで――」 「段取りズム、ですね!」 「そう。それでいいと思うわ」 「ジャネット先生……本当にありがとうございました!」 「今はその言葉、受け取れないわ」 「告白が成功した時、その言葉を受け取りましょう」 「はいっ」 さぁ、いくぞーっ!! 「ここでの生活も、ずいぶん慣れたみたいだね」 「おかげさまで」 「まだここはパラダイスかい?」 「もちろん!」 「……本当かい?」 「どういう意味だよ……」 「本当は男に囲まれるパラダイスがいいんじゃないのかい?」 「まさか!」 ランディじゃあるまいし。 「男に囲まれるパラダイス……いいねぇ」 「言葉にしただけで興奮してない?」 「ゲイはいいねぇ……」 「そろそろ行こうかな……」 「まぁ、待ちたまえ」 突然、手をとられて何かを握らされた。 「ひっ!? ……って、これはカード?」 「陰陽転身。性転換の魔法さ」 「性転換……まさか、これって女の子になれる?」 「そうなるね」 「律子になれる」 「女の子になると、子がつくのかい?」 「自分のおっぱいを触りたい放題……ごくり」 「彼氏が欲しくなる?」 「それはない!」 「で、なぜにこれを?」 「朱に交われば赤くなる。異性の中で暮らすことに疲れたら、いっそのこと同性になればいいと思ってね」 「……」 発想が、人間離れしてるな……。 「いらないかい?」 「と、とりあえず、もらっときますっ!」 「使用に関しては充分、気をつけてね」 「魔法は何が起こるか分からない」 「そういうこと」 「はい、誰でしょう?」 「こんにちは」 「あ、ランディ。どうしたんだい」 「ふむ……くんくん。男の香りがする……」 「出ていきますかい?」 「まぁ、待ちたまえ」 「何しに来たんだ……」 「相談があるんじゃないかなと思ってね」 「……特にないよ」 誰かに恋愛相談したいとは思ってたけど……。 「このベッドの下に、その相談内容があるに違いない」 「って何してんだっ!」 「……無いなぁ」 そんなところに隠すほど、愚かではない。 「そこの引き出しかな……」 「待った! 待った! いったいなんなんだよ!?」 「……性欲をもてあましてないかな?」 「……はい?」 「そんな時の対処法をね、持って来たんだ」 「おおっ。ひょっとして――」 図書館名義で……エロ本!? 「この魔法さ」 「これは……昇竜烈発?」 「持てあました性欲を解放する魔法さ」 「おお、便利……そう?」 「まさに、今の君にうってつけの魔法だろう」 「ほうほう……なになに……どんな魔法だ……」 「……性欲を増大させる魔法……って、ムラムラしまくる魔法じゃねえか!!」 「解放、だからね!」 隠す気も騙す気もない笑顔! 「さぁ、解放させるんだ!」 「服を脱ごうとするなーっ!」 「……使わない?」 「使わない!」 「そうか……なら返して」 「……」 「ふふふ……いいよ、持ってて。使う時はいつでも呼んでくれ」 「……いや、無いから」 ……こんな魔法もあるんだ。 「昇竜烈発……」 使う機会、あるのかなぁ……。 「それじゃよろしく」 「わかったよ」 温室に来てみると、珍しい組み合わせがいた。 メアリー先生と、ランディ。 「こんちわ。どうしたんですか?」 「夏本兄か。ランディに手伝ってもらってる」 「やぁ。ちょっと相談を受けてね」 「ランディって、園芸にも詳しい?」 「いや。メアリーよりも詳しい人なんて、このイスタリカには居ないだろうね」 「へぇ」 「……」 「それじゃ何をしてるんですか?」 「それは……この花を見てごらん」 じっと見てると、ランディがその花に触れた。 途端、その花は崩れて針金と紙になった。 「おおっ!? 何を?」 「造花だよ、造花」 「造花……」 「誰かが魔法で、造花を仕込んだのかな」 「いったい誰だよ……私の庭にっ。むっかつくなぁ」 メアリー先生の庭だったっけ? って口にはしないでおこう。 怒ってるみたいだし。 「なかなかに上手なレプリカだね」 「感心してんな」 「複製品ってことですか」 「そういうこと。上手いレプリカは、本物の中に紛れ込むからね」 確かに、さっきの花がレプリカには見えなかった。 「見ればわかるんだけどよ、めんどくさいからランディに頼んだんだ。こういうの何とかするの得意だからよ」 「へぇ……」 珍しい組み合わせと思ったけど、先生同士は先生同士で付き合いあるんだなぁ。 今日の授業は精霊学……シャロン先生の授業だ。 「ちょぎっぷるりーっす! 今日も元気に精霊学の授業を始めるでちゅー!」 相変わらずテンションが高いなあ。 「さーて、今日は属性についてのお話をするっすよ〜!」 「みんなも小さい頃に一度くらいは自分が何属性とか痛々しい設定を作ったことがあると思うでげすが……」 いや、さすがに女子でそういう思い出はなかなかないと思われます。 「属性も種類がまちまちだったりするでやんすが、ウィズレー魔法学院では、精霊の種類に応じた数で定義していやす」 「まずはサラマンダーが司る“炎”の属性」 「そしてウンディーネが司る“水”の属性」 「シルフが司る“風”の属性」 「ノームが司る“地”の属性……と、合計4種類――いわゆる4大属性が、現状確認されているでやんす」 「先生! 俺達も、その精霊を呼び出したりできるんですか?」 「律殿が意図的に呼び出せるのはせいぜいマイタケくらいっす」 なんで、キノコなん……。 「まあ、正確にこの精霊達を呼び出せるのは、アッシの他にミスティックの“ふーこ様”くらいですかねえ」 ふっ。さすが、俺の妹だぜ。 「ふーこ様が得意とする“天降霊祈”……この魔法をうまく操ることが出来れば、他の人でももしかしたらでやんす」 「って、話が逸れちまいやした。属性の話でやんす。これらはそれぞれ、相性があって――」 「いわゆる4すくみですね!」 「そう! さすが男子。痛々しい黒歴史ノートを持ってるだけはあるでげすね」 な、なぜ、そのことを……ッ! 「属性の相性はそれぞれ……炎は水に弱く、水は風に弱い」 「風は地に弱く、地が炎に弱くなる……で、あとは最初からまた繰り返されるでやんす」 「ちなみに、炎と風や、水と地はどういう相性に?」 「相打ちになるでげす。もちろん、炎と炎といった同属性も」 「相殺じゃなくて?」 「属性同士のぶつかり合いは、基本的に相打ちでげす。どちらも無事には済まねぇっす」 「魔力のぶつかり合いなら、相殺も可能っすけどね」 「ふむふむ」 「ここは試験に出るっすからねー。しっかりノートにメモっておくっすよ〜」 なんかホント、ゲームの設定みたいで面白いなあ。 「ジャネット先生! 彼女を作るテクニックをもうちょっとだけ教えて下さい!」 「えっ。明日から夏休みよ!? もう、さすがに手遅れなんじゃ……」 「まだ諦めるわけにはいかんのです!」 「そう言う割には、今まで本気で取り組んでたように見えなかったけど」 「お、俺は真実の愛を求めているから、そう簡単に妥協できないんですっ」 「真実……ねぇ。諦めて2学期に賭けてみたら?」 「それじゃあ、貴重な俺の夏が終わっちまう!」 「だったら、時間を巻き戻す魔法でも使ってやり直してみることね」 「なんとっ。そ、そんな凄い魔法があるんですか!?」 「さあ……? 知らない」 「がっくし……」 「まあ、大人しく冬に向けて準備しとけば? プレゼント用に、マフラー編んでおくとか」 「季節をぶっ飛ばし過ぎです!!」 「真実の愛を掴みたいって言うなら、今一度辿った軌跡を繰り返すってのもありよ」 「なかなか意味深ですね」 「こんな時期まで1人の彼女すら出来てないんだから、浮気とかろくでもないことやらかしてるんでしょ」 「ななな、なにを仰いますか。是、即ち段取りズムであるからして」 「まあ、真実の愛を確かめるにはとにかく“情報”は必要よね。だから、あながち間違ってないのかもしれないけど……」 「悠長に寄り道ばっかしてると、魔法が使えなくなって卒業する羽目になっちゃうかもしれないわよ?」 「ま、まじで〜〜」 せっかく女の子だらけの学校に入れたんだ。 なんとしてでも、彼女をゲットしてやる! 「とりあえず夏休みまであと1日。悔いのないように頑張ってね」 「はい!」 そしてまた、誰とも結ばれることなく夏休みを迎えてしまった……。 せっかく女子ばっかりの学校へ入学できたというのに、青春を謳歌することなく日常は過ぎ去っていく。 寂れた夏休みが終わると、いつしか俺の体からは魔力が消えてゆき、退学を余儀なくされた。 ……。 こうして、俺の魔法学院生活は幕を閉じた。 色々あったようだけど、結局なんにもない数ヶ月であった。 もう一度やり直せたりできるのであれば、次こそは後悔のないスクールライフを送ってみたい…… その時には、必ず彼女を―― 「ここまで何度も挑戦するとは……なかなかやるわねえ」 「その諦めない精神、私がもうちょっとだけ若かったら、惚れちゃってたかもしれないわ〜〜」 「そんなあなたに、このカードをプレゼント♪」 「このカードが役に立つかどうかはわからないけど、引き続き応援しているわ。頑張ってねん☆」 「夏本。ねぇ、夏本ぉ」 「んんん……」 「早く起きないと」 「ん……お……」 「起きた?」 「……この顔は……葉山?」 「この顔って……誰の顔と間違えたのかなぁ」 「あ、そうか……」 葉山と一緒に暮らしているんだ。 「夏本、ここは寮の部屋だよ。家と間違ったんでしょ?」 「ああ……」 「わかるよ。ボクも隣で夏本の寝顔見てびっくりしちゃった」 「そういえば一緒の部屋で暮らしてるんだっけって、すぐ思ったけど」 「そそ、そんな感じだ」 「早く着替えて。朝食に遅れちゃうよ」 「そうだ……って葉山、もう着替えてんじゃん」 「もう少し寝かせてって何度も言うから、先に着替えてたんだよ」 「寝ぼけてたらしい……まるで覚えてない」 「そうだったんだ……はっきり言うから起きてたと思ってた」 「急いで着替えるから」 「うん……うわぁっ!?」 「ん? あっ、ご、ごめんっ」 あれ……寝間着が床で丸まってる…… 俺、無意識に脱いだのか? 「う、うん……ボクの方こそ、見ちゃって……」 耳まで真っ赤だ…… 「それじゃボク、廊下で待ってるからっ」 「え、あ、うん」 「……慌ててんな」 男の振りした気の合う友人は、正真正銘の女の子だ。 わかってたことだけど……気をつけないと…… 「夏本」 「どした?」 「授業で先生が言ってた、魔法の自動発動ってどういうことなのかな」 「無意識に魔法を使ってしまうことだろ」 「それはわかるけど……何も考えずに魔法を使ってしまうってことでしょ……どういう風な感じなんだろう?」 「想う力が魔法なんだから、想ったり考えたりしないと使えないんじゃないのかな」 「……さっぱり」 「だよねぇ。具体的にこう使うって意識しないと無理なんじゃないかな」 「今朝、俺が寝ぼけてまだ寝たい言ってたのは?」 「あ……そうか」 「結城さんが使った携帯を繋げる魔法は、えいって感じで使ってたな」 「えい?」 「そう。なんかこう……固くなった蓋を開けるために気合いを入れたみたいな」 「そういう魔法も無意識で使えるのかな?」 「呼んだ?」 「あ、結城さん」 さっき話してたことを、葉山が説明する。 「そうだね。その辺はミスティックで教えてるんじゃないかな」 「そっか、なら諷歌ちゃんか姫百合先輩に聞いてみよっかなぁ」 「……葉山くん」 「……なに?」 「その首かしげるの、可愛いね」 「えっ、そ、そう?」 「女の子みたい」 「え、あ……あはは」 「なんで男の子なんだろうね」 「……ね」 秋音がこっちを見てる。 困ってるのか、嬉しいのか、どっちかわからない顔してるな…… 「理沙〜、ちょっとお手洗い来てー」 「え、どうしたの?」 「あっ、ボクも……」 「……っ!?」 それはまずいっ。 秘密を守る気あるのかっ!? 「葉山、男子トイレはそっちじゃないぞ」 「え……あっうぁっ、そ、そうだった。ごめんごめん」 「葉山くんなら、こっちでもいいんじゃない?」 「バカ言わない。行くぞー」 「う、うん」 「夏本、ありがとう。助かったよ」 「いきなりびっくりした。気をつけろよ」 「うん。早く慣れないとね」 「そうだ。夏本についていけばいいか」 「俺の行動をトレースするのか」 「男子の振りをするよりいい気がする」 「……ついてくるか」 子供の頃に戻ったような気分になるな。 「うんうん、そうしよう」 「ってことだから、よろしくね」 「おう」 「葉山。これから職員室行ってくるから」 「何しに?」 「夏休みの帰省申請、どうするんだって連絡がきた」 「まだ提出してなかったんだ」 「葉山出してたのか」 「お盆だけ。あとは夏本が帰る日に合わせるつもり」 「帰る日、決まったら教えて」 「わかった。んじゃあとで。すぐに終わると思うから」 「すぐ? ならボクの方が遅いかも。図書館に寄るから」 「図書館か……」 「本の貸し出ししてないから、その場で読まないといけないんだ」 「閉館までいるかもしれないってことか」 「多分、そこまではいないよ」 「それじゃ、俺も後から行く」 「ほんと? それじゃ待ってるね」 「では、失礼します」 「夏休みか……転入したばかりだからな……」 後で考えるか。 葉山のところへ行こう。 さて、どこにいるかな…… こっちは書棚だから、本を読めるところは…… 「やぁ、律君」 「あ、ランディ」 「本を読むほど知的ではない君が来るということは、私に会いに来たのかな?」 「全然、違う。葉山が来てると思うんだけど……」 「あっちの閲覧席にいるよ」 「あっちか。ありがとう」 「律君、ちょっといいかい」 「なに?」 「葉山君も私の好みじゃないよ」 「……」 「ついさっきまで、彼の本を読む姿を拝見させて貰っていたんだけどね」 「君よりは大分知的な面持ちだが、ちょっと顔が可愛い過ぎる」 「もう少し、顎のラインが男っぽく力強さが出てるといいんだがね」 「あ……実は脱ぐと引き締まった細身の筋肉ボディーとか……それはいいかもしれない」 「ランディ、何の話をしてるんだ?」 「別に。ただ、これからの彼へ期待感を表明しておこうかと思ってね」 「……」 別に聞いてない…… 「さて、仕事仕事」 さて…… 閲覧席ってこっちだったか。 お、いたいた。 「……」 葉山発見。 ……真剣に読んでいる。 ランディの言いぐさじゃないが、こうやって見ると…… とても男には見えないよな。 指も細いし、そもそも全体的に身体の線が細いだろ。 背丈だって女の子の平均くらいか。 髪だって上げてるけど長いし。 首とかうなじあたりなんて、とても男には見えん。 見えんよなぁ…… 「……ん」 ……しかし、夢中だな。 声掛けづらい。 無防備過ぎる。 ぽんっと肩を叩いて、女みたいな声でもあげられると困るな。 みたいなって女なんだけど。 ……かといって、このまま見てるのもな。 声かけるか。 「ん、あ、夏本」 「いつから来てたの?」 「ついさっき。声かけようとしたら振り向かれた」 「そっか。誰かにずっと見られてる気がしてたけど、夏本じゃなかったんだ」 それはきっとランディだな…… 「それで、夏休みはどうするの?」 「帰る日は保留にしておいた。当日でも大丈夫みたいだから」 「それは良かった。ならボクも夏本に合わせて休みを入れられるよ」 「ああ……ところでその本、面白いのか? 夢中になってたみたいだけど」 「うん。魔法でご飯を作った本だって」 「そんなのあるのか」 「変な人みたい。たまごかけご飯が難しいんだってさ」 「魔法使って何してんだ」 「だよねー。でも、その辺の試行錯誤が長々と書かれているんだよ」 「お茶漬けについてもあるよ」 「……それくらい魔法使わずに作れよ」 「だよねー」 「で、それって美味いって?」 「ご飯がふやけすぎる前に食べると美味しいって」 「普通じゃないか」 「普通だよね」 「夏本も今度作ってみれば?」 「俺が?」 「お茶漬け、好きだったよね」 「よく覚えてんな」 「えへへ。夏本だって、ボクがラーメン好きなの覚えてるじゃない」 「そりゃよく食ってるからだよ」 「ははは、そうだった。ラーメン……そういえば本に載ってるかなぁ……あ、載ってる」 「魔法で作るラーメン、美味しいのかな」 「今度作ってみれば?」 「うん。やり方わかったら作ってみよう」 「俺、試食する」 「毒味よろしく」 「どんなラーメン作る気だよ」 「ははは」 「ったく楽しそうだな。葉山ってそんなに本好きだったっけ?」 「よく地元の図書館行ってたくらいには好きだよ」 「へぇ」 「夏本と遊べない日はよく行ってたよ」 「ここの蔵書、見たことないのばっかりで楽しいよ。貸し出し禁止じゃなきゃいいのに」 「そうか……この図書館があっただけでも、葉山は来て良かったのかもな」 「……うん、そうかも」 「夏本のおかげかな」 「……感謝されてる?」 「そのつもりだよ」 「複雑な気分だ……無理矢理連れて来られた身としては……」 「そういえばそうだったね」 「ここで暮らす気満々だったから、すっかり忘れてたよ」 「俺もだ」 「あははは」 「それじゃ邪魔しちゃ悪いな。俺、先に帰ってるから」 「あっ、ボクも戻るよ」 「いいって。ゆっくり読んでから戻ればいい。ラーメンのところ読んでからにしろよ」 「そう? それじゃもう少しいる」 「ああ。それじゃまた」 「うん」 「振られたのかな?」 「そう見えた?」 「本の魅力には敵わない、ということさ」 「……」 「……慰めて欲しいのかい?」 「結構だ!」 「ただいまー」 「おかえり。早かったな」 戻ってから10分と経ってないぞ。 「夏本こそ、歩くの早いよ。あの後、ラーメンのところ読んで、本返して、すぐ図書館出たのにもういないんだもん」 「ゆっくりしてても良かったのに」 「言ったよね。夏本についていった方がいいんじゃないかって」 「ああ、男の振りをするよりって話か」 「出来る限り一緒に行動するよ」 「……」 「……」 「……わかった」 「ん? 何か変な間があったけど……」 「ランディに言われたことを思い出してた」 「なんて言われたの?」 「……内緒」 「え〜〜。あっ!」 「ランドルフさんと、そういう関係に……」 「変な想像するな!」 午前の授業を3つほどやり過ごし、あと1つとなった。 だいたいここらあたりで、腹が鳴り始める…… 「腹減ったな……」 「もう? 魔法の授業で疲れちゃったとか」 「いや、ごく普通の生理現象だ。普段ならこの時間コンビニで買ったものを食べているのだ」 「そんな食いしん坊だったんだ」 「時には学校を抜け出して、コンビニに駆け込んだりする時間だ」 「うーわー。悪いんだ」 「男なら普通だ。覚えておくんだ」 「それはウソ。夏本だからでしょ?」 「うむ。よくぞ見破った……で、問題はそこじゃない」 「ここは買い食いする方法がないんだ……文字通り孤島だからな……」 「あー、そうだね」 「ああ……しゃべったらまた腹減りが……」 「ははは……お昼まであともうちょいだから、頑張ろう」 「頑張ったらだめだ。節電モードで行かねば」 「節電モードかぁ……じゃぁ、夏本に付き合ってもらうのは悪いかな」 「ん?」 「ちょっと出かけてくるね」 「どこに行くんだ?」 「剛力さんのとこ。ちょっと伝えたいことがあって」 「付き合ってくれてありがとう」 「気が紛れる。で、どこに行くんだ?」 「この時間だと、温室に行ってたはず」 「お、ほんとだ」 「剛力さん」 「あら、2人とも。どうしたんですか?」 「前に剛力さんが言ってた本、図書館にあるって」 「本当ですか?」 「うん、ランドルフさんに聞いたから間違いないよ」 「わっ、嬉しい」 「行ってみるといいよ」 「それを伝えに来てくれたんですか?」 「図書館仲間として助け合わなくちゃね」 「本当にありがとうございます」 「どういたしまして」 「ふふっ。葉山くんって笑顔かわいいですね」 「えっ、そ、そうかな……」 「あ、ごめんなさい。男の子に可愛いなんて」 「あははは、うん……」 「それじゃすぐに行ってきます。失礼します」 「可愛いだって、照れちゃうね」 「……」 「ん〜んん〜♪」 ご機嫌だな…… 「あっ、あの花」 「花がどうかしたか?」 「可愛くない?」 「……」 「あれくらい小さいと、部屋に飾ってもいいよね」 「花瓶あったっけか」 「花瓶みたいに大きくなくてもいいんだよ。丁度いいグラスあったよね」 「……」 「温室の管理って、確かメアリー先生だったよね。今度聞いてみよっと」 「……葉山、ばれるぞ」 「なにが?」 「女であること、ばれるぞ」 「え……」 「可愛いって言われて喜んだり、花が可愛いから飾りたいとか……」 「まったく、男っぽくない!」 「う……男だって花に興味あるでしょ?」 「俺は無い」 「あ、そう……確かに夏本に花は……無いね」 「だろ?」 「でもほら、園芸って男でもやってるものだし……」 「そういうのとは根本的にちがーう! ちっとも男らしくないんだ!」 「それはほら……夏本と違うってだけで……」 「そんなことない! 葉山みたいな男は、男と思われない! 断言できる!」 「でもボク、男の子って思われてるけど」 「……不思議だな」 「だから大丈夫……」 「って断言できるほど自信があるのか? 自分の男らしさに」 「……そんなの無いよ」 「だからこのままだと、バレてしまうんじゃないか? 遠くない将来」 「それは……困る。どうすればいいかな?」 「女っぽさを無くす……」 「無くす」 「……葉山から女っぽさを無くす……出来る気がしないな」 「そ、そうかな? 女の子らしい?」 「はぁ……」 「溜息、つかないでよぉ」 「その言い方も、女っぽい!」 「えっと……溜息、つかないで……くれ?」 「変わってない」 「どうすれば……」 「どうもできん。直せるとは思えない」 「突き放された……」 「そこでだ。逆にその女らしさを打ち消すような何かを主張する、というのはどうだろう」 「どうやって?」 「例えば……運動能力が高ければ格好いいってことで、逆にその可愛さがギャップになる」 「……可愛い?」 「そこは反応しない」 「あ、うん」 「運動ができる女子は、女子校では王子様扱いされるという話、聞いたことあるだろ」 「姫百合先輩がそうかな」 「だな。ああいうハンサム美人なイメージだ」 「よくわからないけど……つまり運動できるところを見せればいいのかな?」 「そうだ……でも、葉山って運動してないよな?」 「運動部、入ったことないよ」 「だめか……」 「まともにやった運動って、夏本とやってたキャッチボールくらいかな。あとは体育の授業くらいしか」 「野球やろうって一時期ハマってたな」 「うん。今も壁当て、続けてるよ」 「えっ、あれからか? ずっと?」 「ずっとだよ」 「年期入ってるな」 「夏本とまたできるといいなって」 「おおっ! それじゃやろうか」 「ほんとっ? 久しぶりで嬉しい」 続けてたんなら多少は上手くなってるだろう。 最悪、ひどい失敗さえしなければいい。 「女子たちに格好いいところ見せてやれ」 「わかった」 「それじゃ、昼休みにやろう。道具一式借りてくる。葉山ってグローブは左利きだったよな?」 「うん。両方いけるけどそっちがいい」 「了解。それじゃ行こうか。そろそろ授業が始まる」 そして昼休み…… 「グローブとボール、借りてきた」 「ありがとう。それじゃやろう」 「おう!」 グローブの馴染み具合を確かめていると、校舎の方から見ている女の子らがいるのがわかる。 「結構、見てるね」 「ああ」 「男の子って珍しいんだろうね。ただキャッチボールしようってだけなのに」 「アピールにはいいチャンスじゃないか」 「そうだね。緊張してきた」 「リラックスリラックス」 「うん」 「あ、俺もアピールチャンスか」 「ふふっ、そうだね。一緒にいいところ見せよう」 「おう!」 葉山のために動いたことだが、これはむしろ俺のためのイベントか! 「よーし、俄然やる気出てきたーっ」 「気合い入ってるね」 「おう! この感じいいな。久しぶりだ」 「久しぶりだねー」 「それじゃまずは肩慣らしからなー」 「うんっ、関節を痛めないようにしないとね」 「んじゃ投げるぞー」 「いいよー」 最初は大きく山なりに…… 「おりゃっ」 遠くにボールを放り投げる。 思ったよりもコントロールが悪いな。 ボールが風に流される。 「おーらいおーらい」 葉山は上空のボールの動きに合わせて移動して…… ぱしっ。 「おっ、取った」 「うわ、グローブ固い」 危なげなく取れた。 ボールを怖がっている様子もない。 「この感じ久しぶりー。取る方は下手になったかも」 「もう少しお互い近づいてやろうか?」 「大丈夫。これくらい距離あった方がいいよ。グローブもやっていくうちに慣れると思う」 「それじゃ続けるか」 「うんっ、投げるよーっ」 「思いっきりいいぞー」 「わかったー」 葉山の手の大きさからしたら、ボールも大きかったかもな。 少し前に出た方がいいかな…… 「えいっ!」 「っ!?」 ……え。 「どう?」 「どうって……なんだ今のタマ……」 グローブ構えた所に、ボールが飛び込んできたぞ…… しかも重い…… 「ちゃんとグローブに入ったね」 「お、おう。いいタマ放るな……」 「ほんと!? やったっ」 「……」 「また投げてー」 「……おう」 「今度はクイックモーションでいくよー」 クイックモーションとは、キャッチから投げるまでを素早くすること。 と、葉山に話したことがある。 「……よく覚えてるな」 「いいよー」 「それじゃ……」 さっきと同じで大きく山なりに放り投げる。 「おーらいおーらい」 「よっ、と!」 びゅっ、ぱしっ! 「っ!?」 再びグローブの中へ、ボールが入ってる…… まさに吸い込まれるように、グローブに収まってる。 これ……本当に葉山が投げたボールなのか? コントロールいいし、ボールは重いし…… 「すごいな葉山!」 「えへへ」 「野球部入れるぞ!」 「そんなことないよ。野球やったことないもん」 「……キャッチボールだけやってたのか」 「うん」 それにしてもすごいぞ…… どんだけ練習してたんだ…… 「夏本、投げてー」 「う、うん」 これは俺の方が気合い入れないと、ついていけないぞ…… 「久々で楽しかったね」 「あんなに上手くなってるとは思わなかった」 「ふふっ、ありがとう」 この華奢な体のどこにあんなタマを投げられる力があるのか…… グローブしてても、手が痛かったくらいだ。 キャッチも下手になったと言ってたが、まったくそんなことはない。 ノーコンな俺のボールを、上手にさばいてた。 「俺の方こそ、葉山についていけるように練習しないとな」 「そこまで? 嬉しいな。続けてた甲斐があったよ」 「これでアピールばっちりなんじゃないか」 「だといいな」 「ねぇねぇ! 葉山くんっ」 「きゃっ」 「凄かったねっ、あの剛速球っ!」 「そ、そう? ありがとう」 「女の子だったら、うちの部活に入ってもらうのになぁ……」 「む、無理だよね……」 「あっ! コーチってことで来てくれないかな?」 「そんな、ボクは素人だよ」 「うっそー、そんな謙遜して」 葉山の態度は相変わらずだが、作戦は上手くいったようだ。 「夏本とまたキャッチボールする機会があったらと思って練習してただけだから」 「つまり練習あるのみ?」 「そうだね」 「いいね、クールだねっ」 「ははは、そんなクールだなんて……あ、夏本、グローブ汚れてるよ」 「あ、ああ、そうだな」 「このハンカチ、濡らして使ってよ」 「おう、サンキュー」 「葉山くん、趣味は可愛いなぁ」 「え」 「ハンカチの柄、可愛いね。もっとシンプルにすればいいのに」 「こ、これくらい男だって使うよ」 「んー」 「絶対使うって」 「そうだね、使うよね」 「うんうん」 「……」 「ふぅ。危なかったね」 「危なかったっていうか……男だって絶対使うとか無いわ」 「苦しかったかな」 「無理矢理言い聞かせてたな」 「あはははは」 「よしっ、学校終わりっ……腹減った」 「ええっ、もう? お昼ご飯食べたばかりなんじゃ……」 「昼休みに運動したから、カロリー消費が激しいらしい」 「燃費悪い?」 「葉山は減ってないのか」 「お腹減ったってほどじゃないけど……」 「そうか。じゃあ、俺は食堂でなにか……」 「……ねぇ。ボクが作ってあげようか?」 「作るってごはん?」 「うん」 「……作れんの?」 「失礼しちゃうなぁ。作れるよ。何が食べたい」 「そうだな……」 「思いついたものでいいよ」 「……カレー」 「カレー……」 「すぐ喰うならレトルトで……」 「レトルトよりは遅いけど、すぐ作れるよ」 「マジで!?」 「うん。材料さえあれば」 「食材なら、持ってっちゃっていいでやんすよ」 「ありがとう、シャロンさん」 「何を作るんでやんすか?」 「カレー。夏本が食べたいって言うから」 「ほほう。それじゃ夕ご飯はいらない?」 「いる!」 「夏本の旦那は健啖家でやんすね」 「あ、ボクは少なめでお願い」 「わっかりやしたっ」 「それじゃ、さっさと用意しちゃおう」 「本格的だな、時間かかるんじゃ……」 「10分くらいで作っちゃうよ」 「早いな……米は?」 「それも」 「……魔法?」 「ううん。ただの料理だよ」 「よしっ、それじゃ作っちゃうよ」 葉山はてきぱきと調理を始める。 フライパンでカレー? 鍋で米を炊く? 「タイムアタックみたいだな」 「ふふっ、そうだね」 10分後…… 「できあがりー」 「おおおっ、本当だ……本当に作りきったぞ……」 「盛りつけは部屋でやろう。先に持ってって。台所片付けちゃうから」 「お、おう」 テキパキしてるな…… こうして目の前にカレーライスが現れた。 「……本当にカレーだ」 「どうぞ食べて」 「葉山は、それだけでいいのか?」 「これくらいにしておかないと、夜ご飯が入らないよ」 「そうか、なら遠慮無く……いただきます。モグモグ……」 「どう?」 「む、美味いなっ。えらい簡単に作ってたからまったく期待してなかった!」 「ひどいこと言ってる……でも、良かった」 「葉山、料理できたんだな」 「家の手伝いでもやってたし、お母さんが遅い時に作ってたんだ」 「そか……もぐもぐ」 「覚えてるかな。このカレー、夏本がうちに遊びに来た時にお母さんが作ったものだよ」 「おおっ、そうだったのか」 「作りたてとは思わなかったでしょ?」 当時はカレーが時間かかる料理とか知らなかったな。 作りたてか、余ったカレーか……なんて考えもしなかったな。 「夏本……うちに時々遊びに来てたよね」 「時々っていうか、しょっちゅう行ってた気がする」 「そうだった、ね」 「葉山のおばさんとうちの母さん、仲いいもんな……もぐもぐ」 「だね」 「あの時喰ったカレーも美味かったけど、これちゃんと辛いぞ」 「アレンジしてるから」 「なるほど……もぐもぐ」 そういやあの頃って…… 「男だと思ってたんだよな……」 葉山を男と思って遊んでいた時期があった。 同じ学校じゃなかったから、気づかなかった。 葉山も女の子っぽい格好をしてなかったから気づかなかった。 だからって…… 「……ボクの話?」 「そう。なんで気づかなかったんだろうな……こんな女の子なのに」 「……」 「当時の俺が、もう信じられないよ」 「……やっぱり、男の子っぽいんじゃないかな」 「それはないと思うけどな」 「そ、そう?」 「ああ。自信持っていい」 「夏本にそう言って貰うと、自信持っちゃいそうだよ」 「もぐもぐ……ごちそうさまっ」 「早っ」 「ありがとう美味かった」 「お粗末様でした。作って良かった」 「これで夕食まで保つ」 「燃費悪すぎだよ」 「これくらいならおやつだ」 「よく食べるなぁ……それじゃ食器片付けるよ」 「それくらい俺がやるよ」 「あっ……」 「……」 「……はは、ごめん」 実に男らしくない…… ……本当に騙しきれるのか? やはり無理じゃないか? すぐに破綻してしまいそうな気がするぞ…… 葉山が男らしくなく、女らしいことをちゃんと理解してもらう必要があるな…… 秋音の女の子らしさを伝えるには…… やはり体のこと、だろう。 「それじゃ片付けしてもらっちゃおうかな」 「葉山、ちょっといいか?」 「何?」 「えい」 「ひゃぁっ」 「……」 「……どうしたの?」 「柔らかい!」 「いきなり何!?」 「手が柔らかい」 「……」 「オリエッタが、男の手じゃないって言い出してもおかしくなかった」 「俺もそう思う。これは女の子の手だ」 「う……うん」 「こんな手で、男だと主張しても騙しきれない」 「……そうかな」 「そうだ」 「……」 「……葉山、ショック受けてない?」 「え、あ……うん。あんまり」 「むしろちょっと嬉しいかも」 「ちょっとだけね」 「……」 「だったらさ夏本。男らしい振る舞い、ボクに教えて」 「最初に言ったでしょ、ボクここにいたいって」 ……葉山は俺のために来てくれた。 「言ったな」 「だから教えて」 「教えるっていうか……まぁフォローしよう」 「よろしく」 開き直ったのか、にこりと微笑まれた。 仕方ない。 それに下手に隠そうとせずに開き直った方がいいのかもしれない。 「まずは、女っぽいハンカチは止めよう」 「ちょっと待ってて」 葉山がハンカチをまとめて持ってきた。 「このハンカチならいい?」 「ここに花柄ついているけど、多分大丈夫……だと思う。こっちは男は持ってなさそうだな」 「全部だめだね……」 「出かける時くらいしかハンカチって持ってないから、憶測で言ってるけど」 「手を拭く時どうしてるの?」 「こうやって手を振る」 「そっか。それじゃボクもそうしよっかな」 そう無邪気に捉えられると、悪いこと教えている気分になってくるな…… 「あのさ夏本」 「ん?」 「ボクからも夏本に教えてあげられることってないかな?」 「なんでも相談に乗るよ」 「そのために、ここに来たんだし」 「そうだな……俺が教わりたいこと……」 葉山は俺を助けにきてくれたんだよな…… 「……女の子ってさ、何をされると喜ぶ?」 「……そっか……うんうん、そうだよね」 「何に納得したんだ?」 「今のって相手を喜ばせるっていう……段取りズムだよね」 「ああ、そうだな。段取りズムだ」 「そういうことなら……これってどうかな?」 葉山が突然、俺の手を握り返してきた。 「……柔らかい」 「こうやって触れあうのって、いいと思うんだ」 「スキンシップか」 「気に入った相手限定だけどね」 「なるほど……」 「これは使えるかも……」 「気に入ってくれた?」 「ああ、これから時々相談しよう」 「うん。して」 「ボクのことも、フォローよろしくね」 「わかった」 「ん……んんん……」 「ふぁぁぁ、もう朝か……」 「……あれ?」 「すぅ……すぅ……」 まだ寝てる…… いつも先に起きてたのにな…… だいたい起こして貰ってた。 葉山って朝の準備、どれくらいかかってるんだ? 「……まだ眠いだろうし、しばらく起こさずにいよう」 「すぅ……んっ……すぅ……」 「……」 隙だらけな寝顔だ。頬に触れても気づかなそうだ…… 「ふぅ、ぎりぎりだったね。起こしてくれてありがとう」 「ぐっすりだったな」 「うん……おもいっきり寝顔見られちゃった……恥ずかしいなぁ」 「俺のもいつも見てるだろ」 「見てるよ。ふふっ」 「……何故笑う」 「だって、夏本の寝顔ってすごく無防備なんだよ。多分、頬を突っついても起きないんだろうなって」 「……」 まったく同じようなことを思ってたこと、言わないでおこうかな。 「ふぁぁぁ……あっ。あくび見られちゃった」 「眠いのか?」 「ちょっと。よく寝たんだけどなぁ」 「疲れてんじゃないか」 「そうかも……あ、次の授業って教室変わるんだよね」 「行こうか」 「葉山、疲れてるんじゃないか?」 「ベッドが変わったからかな」 「それは俺も同じだし」 「夏本は疲れてないの?」 「俺はむしろパラダイスだから。疲れたとか無い」 「ははは、夏本は強いね」 「……」 そうか…… そうだよな……こいつは俺のために来てくれたんだった…… 新しい特殊な学校で、しかも男子の振りまでしているんだよな。 俺も、もう少し気をつけた方がいいってよく言ってるし。 俺が無理させているんだよな…… 葉山のストレス解消に…… (そうだ! 学校外に連れだそう!) 「葉山、放課後って時間あるかな?」 「図書館行こうと思ってたけど……別に用事ってわけじゃないかな」 「何かするの?」 「……外、出かけないか?」 「外? ……グラウンド?」 「いや。学校の外」 「ええっ!? いいの?」 「いいんじゃない? 別に俺たち、外に出たらダメって話は聞いてないし」 「飛行艇発着場があるから、普通に出られるんじゃないか?」 「そっか。出られるんだ……」 乗ってきたか? もう一押し。 「一緒に外出の許可貰いに行こう」 「夏本は出かけたい?」 「もちろん」 「……うん、ボクも一緒に行く」 授業が終わった後。 「ミスオリエッタに聞いてらっしゃい」 「オリエッタが許可出すんだ……」 「あなたに関してはね」 「そうだよな。オリエッタが俺のことを連れてきたわけだし……」 「ジャネット先生、ボクは……」 「一緒に行くんでしょ? 彼女がいいって言えば、出られるわ」 「いいわよ」 「早っ」 「それだけ?」 「出かけるだけでしょ? ならいいわ」 「簡単だな」 「魔法を使わないよう注意するとこだけど、元々大した魔法も使えないし」 「それに、アンタ達が逃げ出すとは思えない」 「パラダイスだからな」 「トッキーもね」 「戻ってくるよ。約束する」 「うん。信じてるわ」 「よし、これでスッキリ遊びに行けるぞ!」 「ねえ、外に出かけてどうするの?」 「……」 ……まさかここまでトントン拍子で進むとは思ってなかったんだ。 何の準備も出来てないっ! 「葉山、先に戻っててくれ」 「どこ行くの」 そういや、オリエッタの部屋にパソコンがあったな。 ネットに繋がってるやつが! 「ちょっと調べ物っ、すぐ戻るっ」 「ま、待って、ボクも行くよ」 「何?」 「パソコン貸してくれ」 「別にいいけど」 「ありがとう! さっそく部屋に行こう!」 「……ずうずうしいわね」 「ごめんなさい」 「なんでトッキーが謝るの?」 「さ、さぁ……」 「オリエッタ、マジ助かる」 「さっさと済ませちゃいなさい」 「おうっ。さて、どこに行こうか……」 「目的を決めて、それに絞った方がいいな」 「そうだね……」 葉山が楽しめそうな場所……うむむ。 特定の場所が思いつかない。 どこでも楽しんでしまうようなタイプだからな…… 「今日だけだから近くがいいんじゃないかな」 「そういうことなら……」 「……近くに色々あるな」 「そうだね。動物園もあるんだ」 「あまり時間は無いぞ」 「う〜ん、どうしよう……」 「あ、そうだ。映画にしよう」 「ここから行ける場所と時間でやってる映画は……お、これだな」 「へぇ。検索するの早いわね」 「段取りズムの効能だな。教えようか?」 「遠慮しとく」 「そか……一番近い映画館。時間もぴったり。しかも今日はカップルデー! よっしゃっ、ここだっ!」 よし、出だしはこれでいいだろう。 「カップルデー?」 「カップルデー……」 「あ、ああ。そこは重要じゃない」 危ない危ない……余計なことを口走った。 「映画はこれでいいとして……他には……」 近場にいいゲーセンはないかな…… 大型筐体やクレーンゲーム以外のも充実してそうな…… 「映画の後は、喫茶店でしょ」 「それはいい段取りだ。だがこの場合はゲーセンがいいな」 「デートっぽくない」 「葉山だから」 「あ、そうね。デートじゃないもんね」 「デートじゃない……うん、そうそう」 ここのゲーセン、新筐体を入れたみたいだな。 店舗の場所をチェック。 「これで良し……あ、この近くに有名なラーメン屋があったはずなんだが……名前知らない?」 「知らない。行ったことないから」 「ボクも聞いたことがある! 名前までは覚えてないんだけど、美味しいって評判だって。確か屋台だったはず」 「名前がわからないけど、屋台ってことなら限定できそうだな……おっと、船が出るまでもう時間がない」 「時間切れだ。行こう葉山」 「あ、うん。おりんちゃん、パソコンありがとう」 「行ってきますっ」 「いってきますっ」 「いってらっしゃい」 「よしっ、今から行けばちょうど上映時間に間に合う」 「着替えてくる時間なかったね」 「大丈夫だろ。この時間なら終わってる学校もある」 「そうだね」 「よし、さっさと船に乗って行こう」 「夏本と映画みるの久しぶりだね」 「そうだな」 「今度、あれも観たいなぁ」 「前に観たやつの続編か。公開は夏休みの終わり頃だな……実家帰る時に行こうか」 「いいね。そうしよう」 「さて……それじゃ葉山、覚悟してくれ」 「何を?」 「俺たちは、これからカップルとして入るぞ」 「ええっ!?」 「その方が安いんだ。大幅に安いんだ」 「で、でも、ボクは男の子……の振りをしてるから……」 「ほら、制服で来ちゃったし」 「女の子って言っとくんだ」 「うぅ……この格好でだと恥ずかしいなぁ……」 「大丈夫、ちゃんと女の子に見えるから」 「女の子に見えるって……ちょっと傷つくなぁ……」 「どっちだよ!」 「うぅ……どっちだろう……」 「迷うな。さぁいくぞ。堂々と女の子でいるんだ」 「う、うん……」 「面白かったね!」 「ああ、思ってた以上に良かった」 「あの役者さん、最後凄かったね」 「そうだな。人気でそうだよな」 「うんうん。パンフ、買っちゃおっかなぁ。どうしよっかなぁ」 「カップルデーで入ったから、お金少し浮いたし……」 葉山、そわそわしてるなぁ。 外出して良かった。 「そうだ葉山。次行こう」 「次って……」 「ゲーセンだよ」 「あっ、そうだった。調べてたよね」 「新筐体導入したらしい。プレイしてみたい」 「新筐体? 新しいゲーム?」 「シリーズものだから俺たちでも大丈夫だろう。行こうか」 「うんっ、行こう」 「ゲームセンターも、夏本と一緒にいくの久しぶりだね」 「そうだな」 「あの辺に新筐体があるはずなんだが……」 「混んでるね。順番待ち多いよ」 「だなぁ。これは無理かな」 (夜メシにはまだ早すぎるよな……) (時間を潰すには丁度いいと思ったんだがなぁ) 「あ。あれってさ」 「おっ、懐かしいな。あの格ゲーって俺、持ってた。本体どうしたっけか……あっ!」 「うん。ボクが借りてるよ。うちのTVに繋げっぱなし」 「よし、久しぶりにやるか」 「うちでできるよ?」 「こういうところでやるのとは違うだろ」 「……そうだね。久しぶりだし」 「よっしっ、俺このキャラ選ぶ」 「じゃぁ、ボクはこっち」 「え? その巨漢キャラ、操作できんの? そいつのコマンド、入れるの難しいぞ」 「練習したから。超必殺技も出せるようになったんだよ」 「出させん」 「楽しみー」 「とうっ! 先手必勝!」 「隙あり。えいっ」 「っ!?」 「やった」 「……いきなり超必殺技」 ……パーフェクトされた。 「どう? 上手くなったでしょ?」 「……」 (うまくなったってレベルじゃないぞ……) 「コマンドも入れられたでしょ?」 「練習っていうのは本当だったのか」 「うんっ」 葉山とやったキャッチボールを思い出した。 「よし……キャラ変えるぞっ」 「夏本の本気キャラ?」 「そうだっ! 次はやらせはせんっ!」 「負けないよー」 「勝負だっ!」 「……」 「ギャラリー凄かったね。ボクたち観られてたよ」 ……観られてたのは葉山だって。 結局、1勝もできなかった…… その後も次から次へとやってくる挑戦者を、片っ端から千切っては投げ、千切っては投げ…… 「葉山ってこんなに上手かったっけ? まったく隙がなかったんだが」 「夏本、ブランクあるよね。ボクはウィズレーに入る前、ずっとやってたから」 「やってたのか!?」 「うん。借りてるし。またやる時までに上手くなっておこうと思って」 「……物持ちがいいな」 キャッチボールといい、葉山は一度ハマるとそう簡単に止めないんだな。 「またやる? 返すけど」 「いや。今度葉山んち行く。そこでやろう」 「うんっ、わかった」 (時間は……そろそろ移動した方がいいか) 「葉山、腹減ってる?」 「うんっ。久しぶりにいっぱいやったらお腹減っちゃった」 「それじゃ移動しよう。人気店だったら並ぶかもしれないから」 「例の屋台ラーメンのところだね」 「そうそう。でも場所がわからないんだよね」 「ここら辺の近くだったはずだよ……あっちじゃないかな」 「調べたことあるの?」 「今度、一緒に行こうと思ってた1つだから。間違ってたらごめんね」 「葉山がそこまで期待してるところなんだな」 「美味しいといいね」 「よし行こう!」 「うんっ」 「わぁ、来た来たっ」 「美味そうだな……」 「うんうん。スープも綺麗で美味しそう」 「さっそくいただこう」 「いただきますっ」 「ふーっ、ふーっ、むぐむぐむぐ……」 「ずるるるっ……むぐむぐ……」 「むぐむぐ……んっ、これ美味しいねー」 「マジで美味いな!」 「あまり並んでなくて良かったね」 「だな」 「まさか今日、食べられると思わなかったよ。幸せー」 「このスープ、絶品だね。こういうラーメン、大好き」 「葉山って、こういうラーメンでなくても好きだろ」 「好きだよ」 「一緒に遊んで外でメシ食う時は、大抵ラーメンだもんな」 「普段、家で食べないから、つい選んじゃうんだよね」 「インスタントラーメン、食わないんだ」 「ああいうのじゃなくて、こういうスープに時間をかけるタイプのラーメンだよ」 「大きな寸胴鍋なんて家に無いし……あ、インスタントラーメンも好きだよ」 葉山から好き嫌いの話を聞いて、嫌いって話は聞いたことがないよな。 何食べても美味い言ってる気がする。 「このスープの味、いったいどれだけの食材つかってんだろう……」 「そんなの気にして食べたことないな」 「ちょっとレシピは気になるかな」 「へぇ。再現しようとしてる?」 「ううん。絶対にボクじゃ出せない味だから」 「なるほど」 「夏本も好きだよね」 「愚問だな。大好きだ」 「だよねー。ほんとスープ美味しい」 「早く食べないと、麺がのびるぞ」 「そうだね。あっ、夏本もうそんなに食べたの?」 「ラーメンは早く食べないと」 「うん、そうだったっ」 「……よしっ、麺は食べきった」 「早っ」 「ゆっくりスープを味わうか……あ、確かにこのコク、葉山好きだよな」 「うん、大好きだよ」 「あと、もちもちした麺も」 「そうそう。覚えててくれたんだ」 「思い出した。前に言ってたなって」 「夏本も好きだよね」 「俺の方こそ、ラーメンならなんでも行けそうだ」 「そんなことないよ。夏本もこういうタイプのラーメンが好きなはずだよ」 「そうかな……あ、もしかして、だからここ調べてた?」 「うん。ボクも好きだからね」 「なるほど……だったら、早く食べないと。伸びちゃうぞ」 「うん、そうだった」 「ゆっくり戻っても門限には間に合うな」 「うん。おりんちゃんにお礼行ってから戻ろう」 「そうだな」 「クレーンゲームでうさ宗キーホルダーも、取ってきたし」 「気がきくなぁ」 「許可くれたの、おりんちゃんだから」 「これでまた、外出したいと言った時に、快く送り出してくれるに違いない」 「だといいね。楽しかったから。また行きたいね」 「そう言ってくれて良かったよ。やっぱたまには外出て羽を伸ばさないとな」 「あ……」 「どうした? 忘れ物?」 「……」 「……ん?」 「ひょっとして……ボクのために?」 「……それもあるかな」 「……」 「俺も遊びに行きたかったし。ここはパラダイスだけど、たまにはいつもの世界に帰りたいから」 「……うん」 「また行きたい時は言ってくれ。俺もついでに遊べるし一石二鳥だ」 「……ありがとう」 「葉山の協力が欲しいからさ。よろしく頼むよ」 「うん、頼まれました」 「俺の彼女ゲットのために!」 「あ……うん、そうだね。頑張って、夏本」 「あっ、夏本……」 「律くん、何かな?」 夏本が、結城さんと…… 「……」 昨日も、楽しそうにおしゃべりしてたな…… 夏本は誰と恋人になりたいんだろう? 気になるな…… 「さっきの授業でわからないところがあったんだけど、いいかな?」 「いいよ」 「ランディが言ってたことって、結城さんの魔法も含まれる?」 「時空に関する魔法だから……多分?」 「私もよくわからないかな。おりんちゃんに聞いてみたら?」 「そうだな。……俺にわかる言葉で言ってくれるか怪しいが」 「あははは、それわかる」 「難しいから聞いてんのになぁ……お、葉山」 「っ!?」 柱の陰に隠れたのって、葉山か? 「何してんだ……」 「……隠れてたんだけど」 「そこに? 無理」 「はは、そうだね」 「なんでそんなことしてんだ?」 「夏本が結城さんと話してたから、邪魔しちゃまずいかなって」 「邪魔? ないない。混ざってよ」 「でもさ……ほら、口説いてたなら……悪いかなって」 「あぁ……そういうことか……」 「うん……」 気をつかってくれたんだな。 「それは……ありがとう」 「あ、やっぱり口説いてた……」 「いや、違う違う。そうじゃなくて」 「あれ? なんで男子の制服着てるの?」 「えっ? なんでって……」 「律くんと葉山くんの真似? ……あれ? あれ?」 「ボク、葉山だけど……」 「葉山くん? ……あっ、葉山くんか」 「ごめんごめん、一瞬女の子に見えちゃった」 「ははは、そうなんだ」 「私、どうしてそんな見間違いしたんだろう?」 「ボク時々そう見られるんだ。ね、夏本」 「あ、ああ……」 ……今のは、バレそうになったのかな? 「葉山くん、可愛いもんね」 「ははは、ありがとう……でいいのかな。男としては複雑だよ」 「そうだっ、今度女子制服着てみようよ」 「ええっ!?」 「きっと似合うよ」 「い、いいよぉ……」 「なになに? 面白い話してるじゃないかっ」 「でしょでしょ?」 「葉山くんっ、是非着るべきだっ」 「恥ずかしいよ」 「そんな照れた葉山くんに着せたいっ」 「よしっ、うちの制服貸しちゃうっ」 「今着てるじゃないか」 「ひとっ走りして、部屋から持ってくるっ」 「寮だからすぐ取ってこれるんだね……」 「いってらっしゃい。戻ってくるまで葉山くん、捕まえとくから」 「たのむぜ!」 「わわっ、夏本助けてっ」 「お、おう……」 「律くんも見たいでしょ、葉山くんの可愛い制服姿」 「……」 「……」 「なんで黙ってこっち見てるんだ葉山」 「夏本がどう答えるかなって……」 俺の答えは……見てみたい、だ。 当たり前に似合うだろうな……女の子だし。 「あなた達、授業始まるわよ。教室に入りなさい」 「ジャネット先生だ」 「ほっ、助かった」 「……(じーっ)」 「どうしました?」 「……女子制服、似合いそうね」 「え」 「続きは次の休み時間よ。少し早めに終わらせるから取ってらっしゃい」 「やったー」 「J子ちゃん、話わかるー」 「ははは……どうしよう夏本」 「気づかれたくなかったらすぐ逃げろ」 「どうやって……」 「俺が時間を稼ぐから、その間に」 「わ、わかった。やってみる」 ……やってみたけど、だめだった。 「ふぅ……」 「おかえり。制服、剥かれずに済んだんだな」 「自分で着てみるからって言って、なんとか……」 「難を逃れたってわけか……」 「うん……」 「で、制服借りてきてしまったと」 「しょうがないじゃないかぁ。そうでも言わないと、無理矢理脱がされてたかもしれないし」 「あの盛り上がりだったからな……」 「危なかったよ」 「でも……このノリ、まだ続きそうじゃない?」 「う……そうだよね。はぁ……」 「溜息つかなくてもいいんじゃない? これってある意味成功だ」 「どういうこと?」 「男のフリに成功している。だから女子の格好をさせようってことで女子たちが騒いでいるんだ」 「女だったら、別に女の格好をさせようとか当たり前だからな」 「そうなのかなぁ。だといいんだけど……」 「ってことでここからが正念場だな」 「う……がんばる。夏本、助けてね」 「……出来る限り」 「そうだよねぇ……あんなに大勢で来られたらボクも夏本も何もできないよ……」 葉山は早朝に入ってたので、今日の風呂は俺1人。 「ふー、さっぱりした」 「さっさと戻るか」 「ただいまー」 「ひゃぁっ!?」 ばたばたばたっ! 「お……おかえり。早かったね。もっと長湯してても良かったのに」 「葉山みたいに髪長くないから」 「ボクがお風呂長すぎる?」 「いや。俺たちが使える時間を考えると、もう少し時間かけていいぞ」 「一緒にお風呂使えるといいんだけどね……」 それって最初の時みたいに混浴をしていいと…… 「で、何してんの? 布団ぐちゃぐちゃにして」 「なんでもない!」 「……」 布団の端から制服のスカートが見えるぞ。 「何を見て……わわっ!?」 慌てて隠すけど、もう遅い。見てしまった。 「今、制服隠しただろ。女子の」 「う、うん……ちょっと着てみようかなって思ったんだけど……あははは」 「……」 「……返してくるね」 「いいんじゃない、返しに行かなくても」 「……え」 「着てみたいんだろ?」 「……」 「正直に」 「……うん。ちょっと」 「俺も興味あるし」 葉山の女子制服姿、見てみたい。 「ええっ!? あるの?」 「ん……まぁ、可愛いんじゃないかな」 あ、言っちゃった。 「……」 「……どうした?」 「……そっか、知らなかった」 「夏本とは長いつきあいだけど……ボク、知らなかったよ……女装趣味があったなんて」 「なっ……ちが、んなわけあるかっ!」 「だって、興味あるって」 「葉山が着てるところに興味あるって意味だ」 「……あ、ああ。そうだったのか。びっくりした」 「俺もびっくりしたよ」 「ははは、ごめん」 「とにかく、その制服は置いとけばいいから」 「うん」 女子制服をクローゼットに仕舞う秋音。 俺がいない間、着るか着ないか迷っていたのか。 制服を前に当てて、自分の女子制服姿を見ていたのかもしれない。 「……」 やっぱり、男としての生活は辛いんだろうなぁ…… でも、普通に聞いたんじゃ、葉山なら俺のことを気遣って言わなそうだし。 ……なら、気遣わなくていい状況を作ろう。 「葉山、腹減ってない?」 「ええっ、夕飯食べたばっかりじゃないか」 「あの量、少ない」 「……」 「……葉山もそう思ってたか?」 「うん。夏本と一緒にご飯食べに行くと、あんな量じゃないよね。ラーメン頼んでも大盛りだし」 「そうなんだよ」 「ここって女子校だからね」 「育ち盛り男子の食欲に対応できていない!」 「ははは」 「ってことで、あのカレー食べたい」 「んー、まだ調理室使っていい時間かな」 「ついでだから、作り方教えて」 「自炊に興味もった?」 「カレーだけでいい」 「いいよ。すぐ覚えられるよ」 「野菜がしなっとなったら、用意してたスープを入れて」 「だいたい3分くらい煮込んで、刻んだカレールーを入れて」 「カレーっぽくなってきたな」 「ね、簡単でしょ」 「そう見えるけど……」 葉山の手際がいいだけなんじゃないだろうか? 「これ他にもいろいろ応用できるから。また教えるね」 「ありがとう。そろそろ調味料か?」 「あともう少し。そしたら入れて完成〜」 「ふぅ、ごちそうさま」 「ごちそうさま……結局、ボクも食べちゃった」 「食器は俺が洗おう。教えてもらったから当然だ」 「うん。それじゃお願いします」 「これで材料さえ揃えておけば、いつでもカレーが食える」 「ははは、飽きるよ?」 「大丈夫だ。葉山カレー、飽きる気がしない」 「褒められてるのかな」 「そのつもり」 「それは良かった。教えたかいがあったよ」 「俺からはもう少しお礼をしたいところだ」 「別にいいよ。夏本には色々助かってるし。それに……」 葉山が何を言いたいのかわかった。 「友達だからか」 「うんっ」 「……ならさ」 「相談に乗る」 「相談……特にないけど?」 「俺の見た感じだとあると思うんだ」 「……」 「……どうだ?」 「ううぅ……それ、覚えてるよ……」 「それって?」 「あぅ……忘れてるのかぁ……」 「ははは……夏本らしいかも……」 「忘れてる……なんだ?」 「それはいいよ。それよりも相談、のってくれる?」 「自分から言ってるから。いいよ」 何が俺らしいのか気になるけど……今は葉山のことの方が大切だ。 「……ボクってさ、男の子のふり止めた方がいいかな?」 ようやく、葉山から聞けた…… 「葉山は、女の子だよな」 「……うん」 「止めた方が自然だと思う」 「……何度も女の子みたいって言われると、ドキドキしちゃってたんだ」 「見ててわかってたよ」 「だよね。焦ってたの隠しきれてなかったの、わかってたから」 「いつか、ばれちゃうよね」 「……だよな」 「男の振りを止める……でもそれだと、ボクはここに居られない……」 「うん……」 「どうしたらいいかな?」 「それは……」 葉山は俺のために、男装までして来てくれたんだ。 だからそのことは…… 「葉山が居てくれるのは嬉しい……」 「でも無理させたくない」 「夏本……」 「だって俺たちは……」 「友達だから来てくれた……けど、俺も友達だから無理はさせたくないって思うんだ」 「だって、葉山は女の子なんだから」 「……」 「……これでいいかな?」 「ありがとう……」 「……」 あとは葉山がどう決断するか、だよな。 その決断に従って、俺は葉山を助けよう……それがいいよな…… 「……考えさせて」 「わかった」 「ごめんね。優柔不断で」 「こんなところまで乗り込んできて何を言うか」 「どんな結論になっても、俺は葉山をバックアップするよ」 「友達、だから?」 「そうだ。俺が葉山の友達だからだ」 「……うん。ありがとう」 「ちゃんと考えて、答えを出すから」 「わかった……待ってるから」 「うん」 朝の身支度を終えて、時間に余裕があるうちに学校へ行く。 「寮生活って、学校どころか教室まで近くて楽だなぁ」 「うん……ねぇ夏本、ちょっといい?」 「忘れ物か?」 「あの、相談したことなんだけどさ……」 「やっぱり、男の子の振り、止めようかなって……」 「……うん。そうだな」 「それで、そのことで話したいんだけど……」 「いいよ」 「温室か」 「人が少ないし、何となく落ち着くし、いいかなって」 「なるほど」 「それで相談なんだけど……どうしたらいいかな? いきなり女子制服着ていっても変に思われるだろうし……」 「まずは学校に話さないといけないよな」 「……うん」 「でも、直接言うのは論外じゃないかな?」 「なんで?」 「男じゃないってことで、即退学」 「あ……そうかな……それじゃ……先生たちに相談?」 「先生たちか……」 「シャロンさんってどうかな?」 「シャロン……」 「みんにゃー、聞いて聞いてっ」 「葉山の旦那、オトコオンナっすよーっ!」 「キャハハ、きめぇきめぇ!」 「……おもしろおかしく言いふらされそうだ」 「あ……うん。それは想像できるかも……」 「それじゃメアリーさんは?」 「メアリー先生……」 「ふ〜ん……それ、黙ってたら口止め料とかある?」 「ちょっと貸してくれるだけでもいいんだけど」 「倍にして返す作戦あるから」 「……お金貸さなきゃならなくなる」 「うわぁ……」 「あっ、ならランドルフさんはどうかな?」 「ランディ……」 「……そうか」 「……女か……はぁ」 「……がっかりしそうだ」 「そうだよね……」 「ということは、ジャネット先生がいいのかな」 「……」 反応の悪さが、想像できなかった。 「……妥当か。一番先生らしいし」 「あ、同じこと思ってた」 「葉山も失礼だな」 「夏本もね」 「アンタたち、こんなところで何してんの?」 「おりんちゃん」 「温室に用事?」 「温室っていうよりこっち。このイスタリカ像を見にね」 「そうなんだ……」 「時々、気になるのよねぇ……」 「似てるから?」 「かもしんない」 「……あっ!」 「ん?」 「姫だよ! いるじゃないかここに! 相談するのに一番いいのが」 「あっ、そっか! お姫様だよね!」 「……何よ」 「相談したいことがあるんだ、お姫様!」 「相談したいことがあるんだけど、いいかな?」 「いいけど……いったい何?」 「それで、相談したいことってなんなの?」 「……うん」 改めて問われると、緊張してしまうな。 葉山の今後が関わる重要なことだから……。 「あのな……」 「夏本、ボクから話すよ」 「……わかった」 友達の決断……尊重しよう。 「あのね……実はボク……女の子……」 「……はい?」 「ボクが女の子……って言ったら怒るかな?」 「……」 「聞いてやってくれ」 「ボクが女の子って言ったら困る、かな?」 「……トッキーって男の子でしょ?」 「葉山は女だ」 「よくわかんないんだけど」 「オリエッタ、最初に葉山と会った時に手を握ったよな。柔らかい言ってたじゃん」 「言ってたけど、それが?」 「つまりそれが女だからだ。男は俺みたいにゴツゴツしてんの」 「……アンタが硬いだけなんじゃないの?」 「……」 「相談ってそのこと? 仮定の話をされてもね」 「証拠だ。証拠を見せてやれば……」 「証拠……うっ、それって……」 「俺が何をすればいいと思っているか、わかるな?」 「……うん。そうなるかもってちょっと思ってた」 「それじゃ……夏本、ちょっと向こうむいてくれる?」 「わかった……」 「さっきから2人で何を話してるの? 私、ついていけないんだけど」 「オリエッタ。葉山がこれからすること、良く見ててくれ」 「あ、夏本、そろそろ……」 「わかった。そっち見ないから。やってくれ」 「う、うん……」 「何? 何するの?」 「えっと……おりんちゃん、ちゃんと見ててね……」 「え……わっ、わわわっ、なんで脱いでるのっ!? 見えちゃうっ、見えちゃうっ」 「見えるのか……」 「バカっ、こっち見るな……あ、アンタは別にいいのか……」 「俺を構わず、葉山を見てろっ」 「うっ、うわぁ……なんで相談にのるだけなのに、何でこんなことになってるのよっ、わけわかんないっ」 「えっと……おりんちゃん、脱がないから……代わりに触って」 「さ、触るぅっ!? どこぉ?」 「こ、この辺なんだけど……」 「そ、そこぉ……ちょっとそれは……」 やばい……この状況やばい…… ……エロい! 「こ、こっち……」 「ふぁっ、トッキー離せっ、手を離せっ」 「え……えいっ!」 「ふぉっ!? ふわっとして……え? あれ?」 「ひゃんっ、くすぐったい」 「えええっ!? なんでおっぱい……おっきいおっぱい……」 「……おっきい?」 「夏本は見ないでっ」 「んなこと言われても」 「私よりおっきい……男なのになんで?」 「女……です」 「……」 「……オリエッタ。男におっぱいは無い」 「わかってるわよっ……でも、こんなの……ありえない……」 「本当は、女です」 「……」 「……騙しててごめんなさい」 「騙すも何も……トッキーが女の子なのに……私が気付かなかった……」 「これって……立派なおっぱいよね?」 「そろそろ、胸から手をどけたいんだけど……」 「うん……これって……」 「どうしたんだ?」 「わかんない」 「たぶん……これは、魔法ね」 「魔法?」 「トッキーの魔法、なんだと思う」 「ボクの魔法……?」 「私はトッキーのこと、ずっと男の子だと思ってた。でも女の子だった」 「もう女の子にしか見えない。男の子だったと思ってたのが嘘だったんじゃないかって思うくらい」 「つまり……どういうこと?」 「おりんちゃん、ボクの魔法って……」 「今思いつくものだと……例えば、男の子に変身する魔法を使ってたとか」 「え……」 「ぼ、ボク、そんなの使ってないよっ」 「魔法の自動発動。聞いたことあるでしょ?」 「ああ。それ、習った」 「自分では気付かずに魔法を使ってる可能性があるわ。……ううん、きっと使ってる」 「どんな魔法なんだ?」 「さすがに断定はできないわね……」 「けど、それをこれから見つけるわよ。こういう時のために私がいるんだから」 「頼もしいな」 「トッキー、協力してもらうわよ!」 「もちろんだよ。こっちこそお願いします。それでどうすればいい?」 オリエッタが検証を始めて、1時間以上経っただろうか。 「やっぱり変装や変身をしてるわけじゃなさそうね。すると、物質学的な魔法であることは考えなくても良さそうだわ」 「う、うん。見た目自体で、男の子になったことは一度もないから……」 「だとしたら、一番考えられるのは精神学か精霊学の分野なんだけど……」 「ん〜〜。どっちかというと精霊学かしら」 「理屈としては精神学の方がしっくりはくるんだけど……それなら私にも効いたってことになって……」 「苦戦してるのか?」 「そう見えるけど……」 「はい。どうぞ」 「オリエッタ。生徒会へ来た報告書の件で聞きたいことが……」 「あ、お取り込み中?」 「ひめりー、いいところに来たっ」 「どうしたの?」 「実はね……」 「葉山くん……いや、葉山さんの魔法……」 「あ、あの……隠しててすみません」 「謝る必要はないよ。ひょっとしたら、葉山さんの魔法は明かしてくれなかったら見つからなかったかもしれない」 「そうね」 「どういうこと? 俺たちにもわかるように説明してくれると助かるんだけど……」 「例えば……葉山さんの魔法は、何かを隠す魔法の類だったりするんじゃないかな」 「隠す魔法……」 「気付かれないようにする魔法なんだから、それが魔法だっていうのも気づきにくい」 「誰にも気付かれないようにする魔法だからね。気付かなかったら魔法ってわからないのよ」 「なるほど……」 「そこで疑問なんだけど……律くん」 「はい」 「君は何故、葉山さんが女だとわかったんだい?」 「それは幼馴染みだから……ですかね」 「知っている相手にだけ、魔法がかかっていない……つまり、誰に掛かるかを選んでいる。コントロールしていることになる」 「魔法の自動発動にしては、精度が高いわね」 「精神学系統の魔法だと、しっくりくるね」 「でも、私がトッキーを女の子だと認識した瞬間……って言うのかしら」 「文字通り、まるで魔法がとけたみたいに、男子という認識が崩れていったの」 「それに関しては、私も同じだね。まるで思い込んでいたことを、一瞬にして覆されたような……」 「間違いなく、私達は魔法をかけられていた」 「魔法のことならなんでもござれのオリエッタでも、魔法にかかってしまうなんてことがあるのか?」 「魔力と抵抗力の関係性はまだ明らかにされていないからね。けれども、魔法について長く触れてきた私とひめりーが……」 「葉山さんのそれを、魔法だと気づくことすら出来ないなんて、ね」 「そんな魔法使ってたら、むしろトッキーがこれは魔法だって気付くんじゃない?」 「どうかな。ここまで来たら、ランドルフ先生に聞いてみる方がいいかもしれないね」 「ランディ……イスタリカ史に出てくるような魔法ってこと?」 「そう。他に類似した記録が残っているような魔法かもしれない」 「……夏本、何言ってるかわかる?」 「全然。さすがミスティックだよな……でも、大事になってきたのかな?」 「……そ、そうなの?」 「そんなに気にする必要はないよ。意外とあることだから」 「そのための私でもあるしね。男の魔法使いほど珍しいことでもないわ」 「へぇ……」 「それじゃ、図書館へ行こうか」 「はい」 「それは興味深いね。葉山君に興味津々だよ」 「アンタの男の趣味は聞いてないわよ」 「魔法に興味持ったんじゃないかな?」 つーか、もう女だとバレてるわけだし。 「イスタリカの歴史に、今言った効果と同じような魔法が存在したら教えてもらえませんか?」 「わかった。少し待っててくれ。実は話を聞いてて心当たりがあるんだ」 「後は、ランディの調査待ち?」 「そうなるわね。しばらく待ちましょ。新刊出てるかな?」 「私の記憶が正しければ……」 「あ、もう来た」 「心当たりがあったからね。殿下と白神君の調査もしっかりしてたから調べやすかった」 「殿下ですら認識が出来ない精神学系統の魔法は歴史上に数少ない……うん、あったよ」 「どんな魔法?」 「“絶対王言”」 「いんぺりあるおーだー?」 「人の心に働きかけて、どんなことでも言うことを聞かせる強力な魔法だ」 「え……そんな魔法?」 「私も聞いたことがある。イスタリカ史の中でもかなり強力な魔法の1つだったはずだ」 「……ってことは?」 「やっぱりトッキーは魔法を使ってたことになるわ。ここにいる間、ずっと……私にも掛かる魔法をかけていた」 「男の子と思ってくれるようにっていうね」 「しかも、律には掛からないように」 「信じられない……」 「私もよ。こんな強力な魔法だったなんて」 「葉山って、すごい魔法使いだったんだな……」 「実感ないよ……」 「だよな……あっ!?」 「何? どうしたの?」 「葉山が強力な魔法を持ってるってことは……ここに保護されるんだっけ?」 「当然よ。これをそのままにして、ニンゲン界に戻すわけにはいかないわ」 「葉山さん自ら来てくれて、逆にラッキーだったね」 「ということは、葉山……」 「ボク、男の子でなくてもこの学校にいられる?」 「悪いけど、いてもらうわ。少なくとも、トッキーがそれを完璧に制御するか、魔法が消えるまではね!」 「……夏本」 「ああ……」 問題解決だ。 「葉山君、男じゃなかったのか……がっかり……」 あ、やっぱりがっかりした。 「ただいまー」 「おかえり。ずいぶん遅かったな」 「うん。いろいろ説明受けてた」 「おつかれ」 お茶を入れて、葉山に出す。 「ありがとう……ふぅ、一息つけた……」 「どうだった?」 「うん……やっぱり、ボクとんでもない魔法を使ってたみたい」 「“絶対王言”だっけか」 「うん……誰でもボクがこうだって言ったり、こう思って欲しいって願えばそう思うようになる魔法なんだって」 「……万能じゃないか」 「みんなボクのことを男と思ってたのは、魔法が効いてたからなんだって」 「マジで凄いな」 「うん……」 「……」 葉山がぼーっとしてる。 そりゃそうだよな。 葉山はこんなに女の子なのに、なんで周りは男と思ってるのか。 実は凄い魔法を使ってた。 そりゃ戸惑うよな。 「ねぇ、夏本」 「……ん?」 「ボクは……本当にここにいていいのかな……」 「いきなりどうした?」 「だって……みんなのこと騙してたわけだし……受け入れて貰えるかな……」 「あー、そうか……」 その心配は……わかる。 葉山のことを考えたら、軽く扱える問題でもない。 俺の答えは……。 「俺の答えはあれだ」 クローゼットを指さす。 「……ん?」 クローゼットと言えば! 「最近、あそこにしまったものがあるだろ?」 「……あっ」 葉山はクローゼットから女子制服を出した。 「それを、着た方がいい」 「……かな?」 「女の子として通い直した方がいい」 「……」 「葉山が女の子だって言ってきた時はびっくりした」 「女の子っぽいよなって前からずっと思っててさ」 「……うん、覚えてる」 「えらいびっくりした」 「うん、びっくりさせたね。ごめん」 「謝る必要はないよ。で、その時さ、葉山がなんて言ったのか、覚えてる?」 「……なんて言ったかな」 「女の子でも友達でいてくれるかって聞いてきたんだ」 「……」 「嬉しかったよ。いつもの葉山だ」 「……覚えてるよ。友達だって言ってくれた」 「実際、その通りだし」 「うん」 「だからさ。女の子として通った方がいい」 「騙してたって思うんなら、謝ればいい」 「俺は葉山の本音をずっと聞いてる。葉山はいいやつだ。間違いない」 「友達の俺が保証するし、問題が起こったら俺も一緒に解決する」 「だからさ……」 「うん、わかった」 「ちゃんと学校に相談して……そうできるようにする」 「おう。俺も協力する」 「うん……ありがとう、夏本」 「おはよう」 「おはよう。今朝いなかったな」 「ちょっと職員室行ってた」 「……なるほど」 葉山の件で、オリエッタが動いてくれたのか……。 「感謝」 「別にいいわよ」 「律くん、葉山くんどうしたの?」 「体調崩したのでしょうか?」 「すぐ来る……と思う」 「思う?」 「ちょっといいかしら? 席についてくれる」 「J子ちゃんどうしたの?」 「すぐ終わるから。……さぁ、入ってらっしゃい」 「はいっ」 ゆっくりと入ってきたのは、ここの制服姿の女の子。 その子は……。 「……おはよう、ございます」 「え? あれ?」 「あなたは……」 「葉山くん?」 「はい……」 「はい。改めて自己紹介」 「えと、この格好では初めまして……葉山秋音です」 「……どういうこと?」 「あの……ボクは……その……女の子、です」 「……女の子?」 「はい……」 「……」 「……」 「……」 「ミスター葉山は、実はミス葉山でした」 「なんですって!?」 「みんなっ、今まで黙っててごめんっ」 「……信じられない」 「こんなことって……」 「あるんですね……」 「……ごめんなさい」 「……こんな可愛いのに、なんで今まで気づかなかったんだろう」 「そうそう。そんな自分たちにびっくりだよ」 「ですよね……」 「えと、ボクの魔法で男の子に見せてたみたいで……」 「魔法ですか?」 「うん……はい」 「なるほど、魔法だったんだ……」 「だから男の子と思ってたのね」 「ごめん……」 「なら仕方ないですね」 「え……」 「魔法だったらしょうがないじゃない」 「あ、そうなんだ……」 「それじゃこれからは……葉山さん?」 「……」 「葉山さん?」 「あ、うん。えっと……」 「秋音ちゃん」 「え……あ……」 「私は、秋音ちゃんで♪」 「はい。それでお願いします」 「今まで通り、仲良くして欲しい……です」 「もちろんだよっ」 「改めてよろしく、秋音ちゃん」 「はいっ、みなさんよろしくお願いしますっ」 「こちらこそよろしくお願いします、葉山さん」 「ありがとう、剛力さん」 「秋音ちゃん、制服似合ってるよっ」 「ありがとう、結城さん」 「あっ、女の子なら、部活誘えるっ!」 「あぅ、ちょっと考えさせて欲しい……」 教室の女の子たちに受け入れられていっている……。 本当によかった……。 ふと、葉山と目があった。 (良かったな、葉山) (うん。ありがとう、夏本) 俺の気持ちが通じたのかな。 葉山が俺にそう言ってくれたような気がした……。 「落ち着くー」 「かなり忙しかったな」 「説明して回るの大変だったよ」 「結局、こんな時間になるまでかかってたもんな」 「うん。でもさ……みんな、優しかった。来て良かったよ」 「あ、そうそう。ランドルフさんも、ボクの魔法に興味津々だったよ」 「たまには元の格好でって言ってたけど」 「……男でなくていいのか?」 「さぁ」 「謎だなランディ」 「いい先生だよね」 「単純に、本好きな葉山に好意を持ってるんだろう。あの人、本だし」 「うん、そうだと思う」 「ま、何にせよ問題解決か。良かったな」 「……そうでもないんだけどね」 「え?」 「何でもない。夏本、これからもよろしくね」 「……お、おう」 男装だった時から、葉山は変わらないはず。 この信頼を寄せてくれる笑顔もいつものまま……のはず。 でも……女子制服着てる葉山って……。 「……ん? じっと見てる」 「ああ……髪、下ろしたところ、あまり見たことなかったなって思って」 「そうだったっけ? そういえばお風呂入った時も洗う時以外はあげてたかな……」 そう言って、髪をかき上げる仕草が……。 ……くぉ、色っぽいなぁ。 「と、ところでさ……葉山は俺と生活してていいの?」 「あ、忘れてた。そのことなんだけど、新しい部屋用意するまでは、一緒にってことになったんだ」 「そうか」 「それまでよろしくね」 「おう」 「良かった」 「……」 ……何どぎまぎしてんだ俺。 今までずっと同じところで生活してたじゃないか。 「あと1時間もしないうちにボクらのお風呂の時間だね。準備しておこっと……夏本、先行く?」 「いや俺の方が後で……あっ。お前もう女子として入れるだろ」 「あ……そうだった」 「ってことは……急いで入ってこないと!」 「着替え着替え……」 「慌てなくていいから」 「うん……よしっ、用意できた。行ってくるねっ」 「行ってらっしゃい」 「……」 ……まだどぎまぎしてる。 考えてみたら女の子と同棲してるんだな。 段取り的にどうなんだ? ううん……悩ましい……。 (うわ……どうしよう……) (今まで通りなのに……どきどきしちゃってる……) (仕方ない、よね。だって……) 「剛力さん、ボクもあの小説読んだよ。魔法使いが魔法使えなくなるやつ」 「本当ですか? ……あれ? 私、葉山さんに言いましたっけ?」 「読んでるところ見たんだ」 「図書館来てたんですね。気づかなくてすみません」 「ううん。あれ面白いから集中しちゃうよね」 「はい。私も大好きです」 葉山と剛力さん、本の話をしてるっぽいなぁ。 新鮮だ……。 葉山が普通に女の子らと混じって話してるところって……俺、あまり見たことなかったんだな。 「夏本ー」 「おっと。なに?」 「こっち見てたでしょ。トイレ誘おうと思ってた?」 「……もう男子トイレ行かなくていいんだぞ」 「あっ……」 「しばらく男子の振りが抜けないかもな」 「そうかも。注意しないとね」 「難儀だな」 「平気だよ」 「髪かぁ……家にあったシャンプーとコンディショナー使ってるだけだよ?」 「そうなんだ。髪を綺麗にするコツ、聞きたかったなぁ」 「お母さんが使ってるものなんだけど……名前なんだったかなぁ」 「聞きたいっ。教えてっ」 「今度、聞いてみるね」 「うん、よろしくっ」 「よろしくされました」 「それじゃまたね」 「うん、またね」 「……」 「夏本おまたせ。さ、部屋に戻ろう」 「……羨ましい」 「羨ましい?」 「思ってたことが、そのまんま口に出た……」 「なにそれ?」 ……いいや、このまま言っちゃえ。 「俺も葉山みたいにちやほやされたい」 「何言ってるの?」 「男装やめてから、葉山モテモテだぞ」 「よくわかんないんだけど……」 「クラスのみんなと楽しそうに話してるところ、ばっかり見るぞ」 「葉山ばっかりモテモテだぞ!」 「うーん、これモテモテっていうのかなぁ」 「どうしたら葉山みたいにモテモテになれる?」 「そんなこと言われても。ボク、モテモテじゃないよ」 「言い方を変えよう。どうしたら、そうやって女の子と仲良くなれるんだ?」 「う〜ん……それボクに聞くんだ……」 「コツがあるはずだ」 「……ボクが女の子だから、かな?」 「なら俺には無理じゃないか」 「……夏本が絡んでくるよぉ」 「ほら、相談していいって言ってたじゃん」 「あ、うん……言った」 そういえば…… その時にスキンシップ、教わったな。 でも……いいのか? 気に入った相手限定って言ってたけど…… 「どうしたの? 黙っちゃって」 ……葉山は、させてくれるかな。 「女の子と仲良くする方法……う〜ん……」 「夏本なら普通にしてればできると思うけどな」 「女の子のボクが言うんだから、当たってるよ」 「それは嬉しいが……さらにもっと親密にならないと、恋人にはなれないはずだ」 「……恋人……うん、そうだね」 「さらに推し進めるには、どうしたらいい?」 「そ、そんなことボクに聞かれても……」 「前に教えてくれたやつはどうかな?」 「前に……あっ、えっと……」 「スキンシップだったけど」 「……うん。覚えてる」 「どうかな?」 「いきなり大胆だね……難易度高いんじゃないかな……」 「そんなに仲のいい人、いるの?」 「葉山」 「え……」 「ダメかな?」 「……」 「……」 思いっきり照れられた……。 ……顔が熱い。 「……ボク? ほんと?」 「うん。葉山がいい」 「……ふぁ」 「だめかな?」 「だめじゃない」 「お……」 即答してきたぞ……。 「……いいよ」 「……」 「……あれ、驚いてる?」 「驚いてない」 「そ、そう……」 「……」 「……」 「……外ってわけにはいかないよな。部屋に戻ろうか」 「うん……」 「ただいま」 「ただいま……」 「……そ、それでどうしよう?」 「今すぐ、でいいかな?」 「うん……今すぐがいい……」 「恥ずかしくて……気が変わっちゃいそうだから……」 「それは、イヤだ……」 「うん……だから、早く……ね……」 「……すげぇ、ドキドキする」 「ボクも……」 「葉山が教えてくれたんだぞ」 「はは……墓穴掘ったかな」 「イヤか?」 「イヤじゃない」 「……」 「ど……どうぞ」 葉山が伸ばしてくる手に触れて……それから……。 「ひゃんっ!?」 そっと髪に触れる……。 「……髪、柔らかい」 「それだけ?」 「さらさらしてる」 「そうじゃなくて……」 「んっ、くすぐったい」 「そっと触った方がいいか……」 「あっ、ひゃっ……それだと、もっとくすぐったいから……」 「ちゃんと触って」 「……うん、わかった」 さわさわ……。 「あっんぅ……」 こんな髪……してたのか……。 俺、葉山秋音……に、触れているんだ。 こんな風に触れたことって……無かったよな……。 「……」 ……嫌がってるのかな? 「……くすぐったい?」 「ううん……」 「夏本にとってこれって……小さい子相手に頭撫でてる感じかな?」 「まさか。そんなわけない」 小さい子相手に、こんなにドキドキしないよ…… 「触ってみた感じ、どう?」 「どうって……柔らかくて気持ちいいな……」 「ほんと?」 「ウソはつかない」 つく余裕なんてない。 「そっか……」 「よかった」 「っ!?」 「ん? どうしたの? 今、びくって」 「か、髪、結構伸びてたんだな……」 「うん……伸ばしてみたくなって、ね」 「……綺麗だよ。いいと思う」 「ふふっ……褒めてくれてありがとう」 「そんな風に言ってくれると……嬉しいよ」 「思ったまんま言っただけだよ」 「それが嬉しいんだよ……ほんとに髪伸ばしてて良かった」 「お手入れ、結構手間なんだよ」 「朝、時間かかってるもんな」 「うん……だからね。綺麗って思ってくれて、ありがとう」 「……それってお礼言うことなのかな」 「どうだろう? でもボクの素直な気持ちだよ」 「……そうか。なら伝えてよかった」 「うん……あ……」 「そこ、気持ちいいかも」 「そう? ならもっと」 「ぅんっ……気持ちいい……」 だ、だめだ……葉山にどきどきしっぱなしで、耐えられない……。 「散髪で、かゆいところありますか、みたいな?」 「美容室でも聞かれるけど、答えるの難しいよね」 「俺なら言える?」 「……うん、もっと撫でて」 「よしきた」 「おねがいします……んっ……」 マッサージするように指の腹でこする。 「んっ……んんっ……」 触ってるだけで心地いいのに、葉山まで気持ち良さそうな顔をしてくれる。 これ、いいなぁ……。 「……スキンシップ、どう?」 「最高」 「ふふっ……ボクも好き……」 ……もうどっきどきだ。 このままこの柔らかい頬にキスしてぇ。 ……でも我慢。 ここで流されちゃだめだ……。 「夏本、そろそろいいかな?」 「わかった」 「ふぅ……恥ずかしかった」 「俺も」 「……うん」 「……ありがとう」 「いえいえ……」 「……」 「……」 「……これで女の子と親密に?」 「多分」 「……」 「……気まずいね」 「だな」 「ふふっ……」 「……緊張で喉が渇いたよ。お茶でも飲みたいな」 「ボクが入れるよ。撫でてくれたお礼だよ」 「ただいまー」 「遅かったな。メシ食ってからずいぶん経ってるぞ」 「うん。ボクの部屋、都合ついたって。その話してた」 「そうか……」 「近いうちに、そっちに移るから」 「うん……」 「ここで寝るの、今夜で最後になるかもしれない」 「そっか……」 「引っ越し、手伝ってね」 「わかった」 ……終わるんだ。 あ、俺、ショック受けてる。 この生活、楽しかったんだな……。 「……」 消灯まで時間がある。 今日はもう少し、葉山と話したいな……。 「消灯まで時間あるし、さ。その……」 「あるけど……まだ荷物まとめたりはしなくていいよ」 「そうじゃなくて、ちょっと外に出ないか?」 「学校の?」 「外じゃなくて、夜の学校の探検」 「わっ、いいねっ」 「葉山なら乗ってくれると思った! 行こうか」 「夜の学校って、学食行く時くらいしか使ってないよね」 「だな」 「ドキドキするね」 「俺も。教室まで行ってみるか」 「うんっ」 歩く音が響いてる。 昼間と比べて音が少ないから意識してしまうほど聞こえる。 「この感じ、久しぶりだな……そういやお互い学校が違うから、こういうことってなかったな」 「そうだね」 「俺、何度か夜中の学校行ったことある。肝試しに」 「そんなことしてたんだ。楽しそうだね」 「葉山が同じ学校なら、間違いなく誘ってたよ」 「ボクも絶対、その誘い乗ってたっ」 「あっさりたどり着いたな」 「難しいことだったの?」 「警備員さんの見回りがあると大変なんだ」 「……そういえば見かけない」 「必要ないってことなんだろうな」 「そうだね」 「捕まったらやばいって意味では、怖さ倍増だぞ」 「はは、それは怖いね」 「スリルがあって楽しいんだけど」 「やっぱり楽しんでる」 「葉山こそちっとも怖そうに見えないなぁ。むしろ楽しそうだ」 「今はね」 「そうだよ、ここに来たことだってそうだよ」 「夏本だってそうじゃない?」 「俺は連れてこられたからさ。事情が違う」 「自分の意志で来たじゃないか。やっぱり肝が据わってんだよ」 「……違うよ。それは絶対違うから」 「絶対か」 「うん……だって夏本がいるから」 「1人だったら怖いけど、今は夏本がいるから……」 「……それって、俺が頼りになってるってことって思っていいのか?」 「ううん」 「がっくし」 「ああっごめん。そういう意味じゃなくてね……夏本といると楽しいから」 「怖さよりも楽しさが勝ってるって感じなんだ」 「……」 「だから、怖くないよ」 「よし。なら怖くなったら、腕掴んでいいんだぜ」 「ははは、それじゃ恋人みたいじゃない」 「……」 「……」 「……だな」 「うん」 「……あっ、もう1つ行ってみたいところがあるんだけど」 「行こうっ」 「まだ場所言ってないよ」 「温室か……」 「ここはちょっと怖いね」 「綺麗な感じでもあるけどな」 「でも、教室と違って暗い場所が多いし……」 「だなぁ」 「……ここなら腕つかんでもいいかも」 「俺も、怖くなったら掴ませてくれ」 「ボクって頼りになる?」 「もちろんだ」 「ははは、喜んでいいのかなぁ」 「……カブトムシ取りに行った時のこと、覚えてる?」 「覚えてる。夜の森は怖かったよな」 「怖かったね。カブトムシ以外も沢山いて……足すくんでた」 「そうそう……あれ? 平気そうだったぞ」 「我慢してたから」 「……そうだったのか」 「男は度胸って言ってたでしょ?」 「言ってた言ってた。クソ度胸だって」 「だから頑張ってたんだよ」 「そっか……そうやって男の振りをしてたんだな」 「ん〜、どうかな」 「ただ、夏本と一緒に遊んでたいって気持ちの方を取ってただけかも」 「……そういえばさ……なんで明かす気になったんだ?」 「葉山は、男だって隠し通すつもりではあったんだろ?」 葉山が男として俺と遊んでた期間は、結構あった。 その間、俺はずっと男と思ってた。 女の子みたいな男と……。 「諷歌ちゃんがいなくなってすぐ、だよ」 「夏本がいなくなったら……突然いなくなったらって思ったら……」 「ちゃんと言っておこうと思って」 「なるほど……それがきっかけだったのか……」 「騙してて嫌われたくなかったし……」 「……それはなかったな」 「むしろ友達でいてくれて良かったよ」 「夏本……」 「こうやってまた話せるのも、葉山が明かしてくれたからだな」 「……そうだね」 「……」 「……この場所って、変に素直になっちゃうのかな」 「これも魔法?」 「かもね」 「魔法で素直になったとは思いたくないな」 「どういう意味?」 葉山が聞いてくれるから、素直に話したと思いたい。 俺だから、葉山が素直に話してくれたと思いたい。 「大した意味はないよ……それよりさ」 「魔法、使えなくなるよう頑張ろう」 「うん。お互いに」 「すごい魔法だからな、葉山の」 「大変過ぎるよ」 「だな」 温室をゆっくりと見回って外に出る頃には、怖さは無くなっていた。 多分、葉山もそうだろう。 葉山、朝っぱらからどこ行ったんだろう? 登校する準備はできてるみたいなんだが……。 「ただいまー」 「おかえり……」 「お腹ぺこぺこ。夏本、行く準備できてる?」 「どこ行ってたんだよ」 「調理室」 「朝メシ作って食ってた?」 で、腹ペコペコ? 「今夜のための下ごしらえ」 「今夜?」 「今日、引っ越しなんだ。だから」 「ああ、そうか……」 「夕ご飯を一緒にここで食べたいんだ」 「いいね。そういうことなら言ってくれりゃいいのに。俺も手伝ったよ」 「サプライズにしたかったんだけど……黙ってられなかった」 「サプライズって意味では、十分驚いたよ」 「でね。下ごしらえしてたら、なんだかお弁当の用意をしてるみたいになってきちゃって」 「それも、重箱で用意するような感じの」 「ピクニックにでも行くか? この辺だと場所はないか」 「動物園があったよ」 「動物園でお弁当かぁ……行った覚えあるな」 「また行きたいね」 「そうだな」 「そうそう。おりんちゃんと同じ部屋になったんだ」 「オリエッタと!? あいつ、お姫様だろ? いいのか?」 「そういえば……」 「俺も引っ越しの準備手伝うから。その時に聞くか」 「ありがとう」 「おはよ――」 「さぁ、引っ越しよ」 「も、もう?」 「気が早いな」 「早いほうがいいでしょ。寮に人が少ないうちに終わらせるわよ」 「あ、そうだね」 「俺も手伝う」 「そう言うと思って、人手は私達だけよ」 「さぁ、引っ越しするわよー」 「おー」 「どれから運び出す? ベッドや机って持っていくのか?」 「家具は私の部屋にあるから、別にいらないわ。実家から持ってきた大きなものってある?」 「ないよ」 「なら入学した時に持ってきた私物と、入ってから揃えた物だけでいいわよ」 「なら、あまり無いかな」 「よいしょっと。このキャリーバッグ、仕舞うところは?」 「あ、まだ出しといて。おりんちゃん、代えの制服って……」 「こっちのクローゼットを使って」 「ありがとう」 葉山が、てきぱきと仕舞って……。 「……これで終わりか」 「……引っ越し終了?」 「うん。あとはボク1人で済ませられるから」 「荷物、少ないのね」 「家からあまり持って来てなかったからかな」 「それって……」 「男の振りのため。女の子しか着なさそうな服は持ってこないようにしたし、バレそうなものはなるべく少なくしたらこれだけに……」 「なら家から私物、持って来ていいわよ。外出許可出すから」 「え、いいの?」 「もちろんよ」 「う〜ん……でも、特にないかなぁ」 「ここで生活する分には、今あるものだけでも困らないし……」 「……」 ……これ、外に出る機会だよな。 葉山と一緒に外に出るチャンスか。 よしっ! 「葉山、許可もらっておいたらどうだ? 引っ越しは入り用だし」 「ついでに、持ってくるの止めたもの取ってくればいいし、引っ越しで必要なものリストアップして買い物も済ませておこう」 「どうしよう……いい?」 「いいんじゃない」 「ありがとう。それじゃおりんちゃん許可お願いします」 「わかったわ」 「何を持って来ようかなぁ……引っ越しで必要なものって何?」 「わからん」 「わからんって……買い物するって」 「外出許可、出たな!」 「嬉しそうだね……あ、まさか……」 「遊びに行こう!」 「だから許可もらおうって言ったんだ……」 「今日1日分の時間貰ったんだ。遊びに行った後、家に戻って必要なものを取ってくればいいじゃないか」 「……」 「どうだ?」 「う〜ん……ズルっぽいような……」 「ぽいじゃなくて、ズルだ」 「ははは、はっきり言うね」 「よし、それじゃあ向かう先は――」 「動物園へ行こう」 「そこまでするのっ!?」 「本格的な方がいいと思うんだ」 「てっきりゲーセンに行くくらいだと思ってた」 「ゲーセン……まだリベンジできるだけのスキルは身につけてないから却下」 「負けず嫌いだね」 「葉山だって。なんであんなに続けてたんだよ」 「それは……負けず嫌いっていうより……続けたかったからというか……」 「……でも、そういうことにしとこうかな」 「なんだそれ」 「はは、なんだろね」 「それじゃいいか、動物園」 「……うん。せっかくだから行こう」 「よし、行くか!」 「やる気満々だね……ボクはサボりみたいで気が引けてる」 「みたいじゃなくて、まんまその通りだ!」 「ははは……そうだね」 「早速行こう。遊べる時間は長い方がいい」 「あっ、そうか! ……ちょっと時間あるかな?」 「お弁当、用意できるよ!」 「おおっ! それだ!」 「一緒に出かけるのは二度目だね」 「2人きりだと、そうなるのか」 「今日は平日だし、ゆっくり回れるな」 「そうだね。あと園内でお弁当食べて行こうよ」 「もちろん、そのつもりだ」 「ほんとに、下ごしらえしておいて良かった」 「シチューの準備してたら、持って来られなかったな」 「ラッキーだったね」 「それじゃ行こうか」 「うんっ」 平日の動物園は人が少なくて、ゆったり見て回ることができた。 それから昼時になって、動物園の休憩所となっているスペースへ。 そこのベンチの1つを、2人で占領する。 「あまり人がいないね」 「平日はこんなもんなんじゃないか」 「おかげで、のんびり見られたね」 「だなぁ〜〜もぐもぐ」 「……」 「ん、このミートボール、特に美味しいよ」 「ほんと? よかった」 「結構、頑張って覚えたんだよ。やってるとだんだん楽しくなってきちゃってさ」 「みたいだな。作ってる時の葉山、楽しそうだった」 「食べてくれる人がいるからね。夏本の口にあえばいいなって想像して作ってたんだ」 「へ、へぇ……」 照れるな、それ…… 「だから良かった」 「お、おう……葉山も食べてくれよ」 「ん、そうだね」 「俺ばっかり食べてる気がするぞ」 「ボクも食べるよ。夏本だけじゃ食べきれないでしょ」 「どうかな。これくらいならいける」 「ほんと? なら全部取られないうちに……」 「どれから食べようかなぁ……」 「ミートボール」 「おすすめ?」 「葉山が作ったからな」 「ふふっ、それじゃいただきます」 「あっ、そうだ」 「これ食べてみて。味付け工夫してみたんだ」 「どれも美味いからなぁ……ん? これってカレー味だ」 「どうかな?」 「美味い。こういう味、好きだ」 「よかった……ボクも1つ食べよっと……」 「……なぁ」 「ん?」 「これって……デートみたいだよな」 「そうだね」 「……」 「予行演習かな?」 「……ってことにしておこうか」 「うん」 今の俺、顔赤いよな…… 葉山がその辺見てるのが、わかってしょうがない。 「ボクは、嬉しいよ。こういうことする相手に選んでくれて」 「葉山しかいないから。付き合ってくれるのがさ」 「そんなことないと思うけど」 「葉山は友人を買いかぶり過ぎだ」 「夏本は、親友の見る目を信用しなさ過ぎだよ」 「それはごめん。信用しよう」 「うんうん。そうして」 「それに……楽しんでくれてるなら、俺も良かった」 「うん……」 弁当を食べた後、まだ行ってない箇所を回って、動物園を出た。 それから、葉山の家に寄って必要なものを取ってきた。 「ただいまー」 「ただいまー」 「あっ、ボクが戻るのはこっちじゃ無かったね」 「そういや、そうだった」 「また間違って来ちゃうかも」 「間違えなくても来ていいから。葉山なら大歓迎」 「うん。また来る」 「おう」 「……ちょっと寂しいね」 「一緒に過ごすの、ボク気に入ってたみたい」 「男の子の振り、続けていれば良かったかな」 「葉山……」 こういう時、なんて声をかけていいのか…… そうだと言えばいいのか。 違うと言えばいいのか。 どう言えば、葉山は喜んでくれるのか。 「……ううん、そんなことないよね」 「ウィズレー魔法学院のことを聞いた時……男の振りを続ければ、夏本と一緒にいられるんだって思ってた」 「一緒の部屋になれたこと、嬉しかった」 「でも、すぐに気付いたよ……あの時、女の子と告げる前と同じことしてるって」 あの時……俺の前で男として過ごしてた時…… 「だから、男じゃなくて女なんだって言った時の気持ちにも……気付いたんだ」 「気付いてても……ずっと言えなかった」 「でも……夏本はボクのこと女の子と見てくれてた……」 「だから……ありがとう」 「わかったんだ。ボクは、夏本に女の子として見られたいって」 「もうボクは、男の子の振りはしないから」 「……」 「それじゃ……」 「見てたぞ。ずっと」 「葉山のこと、女の子として見てたぞ」 「……うん」 「だからさ……また遊びに来てくれ」 「うん」 「じゃ、また」 「うん。おやすみなさい」 「葉山、どこ行くんだ?」 「え? トイレに行こうと……」 「今すぐ教室でするんだ!!」 「ふぇっ!? と、トイレを……!?」 「そう、ここでするんだ!」 「え、えーっと……」 「教室で……」 「トイレ……?」 「は、ははは……」 「ん、しないのか?」 「し、しないよっ」 「どうして?」 「どうしても何も……」 「うぅ……夏本がいじめる」 「も、もう〜律くん冗談が過ぎるよ」 「びっくりして咄嗟に突っ込めなかった!」 「ぐすん」 「ほら、葉山くん半べそかいちゃってるし」 「仲直りするんだよ〜」 「はぁ〜」 「そう泣くなって」 「だって〜、ホントいきなり何言い出すんだよぉ」 「お前が普通に女子トイレ行こうとするからだろ?」 「あ……」 「やっと思い出したか」 「ご、ごめん……早く慣れないとね」 「ん、わかってくれればいいんだ」 「葉山、ここでするんだ!」 「ここで?」 大きく口を開いて、葉山に見せる。 「え? どういうこと?」 混乱する葉山をほっといて、教室にいるみんなに呼び掛ける。 「少しの間でいいから、みんな出てってくれると嬉しいんだけど……」 「え? まあ、丁度出るところだったからいいけど」 「どったの?」 「まあまあ、その辺は気にせずにっ」 そうして全員を外に出し、葉山と2人きりになった。 「あの……ボクおトイレ行きたいんだけど……」 「危なかった……普通に女子トイレ向かっちゃ駄目だろ」 「あ……そっか」 「だから、ここで」 「え……?」 「ここでするんだ!」 「な、何を言って……」 「俺が飲んでやるから大丈夫っ」 「ええっ!?」 「早く!」 「は、早くじゃないよぉ……」 「みんなが戻ってきちゃうから!」 「だから、トイレで……」 「それじゃあ女子ってバレちゃうじゃないか!」 「な、なら、せめて夏本あっち向いてよ……」 「そうしたいところだけど……駄目だ。尿の跡から、女子だとバレるかもしれない」 「そんなことあるわけないって!」 「でも、ここは魔法学院だぞ? そんなこともある世界だ」 「う、うーん……」 「それに、ここで出したら匂いが染みついて、逆にみんなにバレる」 「そ、そうだけど……だからこそ、トイレで……」 「トイレは駄目だって! どう考えても女だってバレる!」 「え、そ、そんなぁ……」 「仕方がないことなんだ。道は1つしかない……俺も苦渋の決断なんだ!」 「あぅ……」 「葉山、冷静に考えるんだ! 他に案があるか……?」 「えっと、えっと……駄目……考えられない……」 「だから冷静に!」 「もう出そう……」 「えっ!?」 「うぅ……もうここでするしか……」 「あ、えと……」 「本当に……夏本の口の中に出すよ……?」 「あ、ああ……俺が言い出したことだからなっ」 「……」 「本気で言ってるんだよね?」 「だ、大丈夫大丈夫……残さず飲むから」 「うぅ……」 「じゃ、じゃあ、俺は目を瞑って待機してるから……」 「う、うんっ」 目の前で葉山がズボンを下ろしてる……。 「……」 「ど、どうしよ……やっぱ無理かも……」 「……」 「うぅ……なんでこんなことに……」 「え、えっと……我慢出来そうなら、しなくてもいいんだけど」 「そ、それは無理……」 「そ、そっか……」 「ホント、もう出そう……」 「……」 (恥ずかしいのに、駄目なのに……我慢、出来ないぃ……) 「夏本、口……」 「あ、あーん」 「ご、ごめんね……夏本、我慢……もう無理だから、その……」 「だ、出すね……? ちゃんと口に……零さないようにす……あっ」 「もう、限界……あっ、口に……う、出る……ダメっ……あ、んっ」 「出ちゃうっ……出ちゃうよぉ……っ!!」 「あっ……あぁぁ……夏本に……はぁぁぁぁぁぁ」 正確な狙いで、俺の口内へと注ぎ込まれる葉山のジュース。 「や、やぁぁ……こ、こんなの恥ずかしい……っ、のに、止められないよぉ……っ」 余程我慢していたのか、すごい勢いで出るものだから口から零れそうになってしまう。 けれど、俺は逃がさない! 「ひ……ひぅ、う、うぁ……はあぁぁ〜〜〜っ、あ、ああ、おしっこ、いっぱいぃ……」 少しでも零したら、そこからバレてしまうから必死で喉を鳴らす。 葉山も恥ずかしい思いをして、頑張っているんだ! 「ごくごくごく……」 「ほ、本当に……飲んでるぅ……」 幸い、葉山のはとてもまやろかで美味しくて……飲みやすい。 渇いた喉を潤すのに丁度いいかも……なんて思っていると。 全てを出し終えた葉山が、ぶるぶるっと身体を震わせ放心していた。 「はぁ、はぁ……あぁ……出しちゃった……」 「口の中に、しちゃったよぉ……ふぅぅ……」 顔を真っ赤にしながらも、心なしかスッキリした表情……あれだけ我慢していたんだもんな。 俺も、葉山の力になれて嬉しい。おしっこも、葉山のだって思えたら、すごく美味しく感じたし。 「このこと……2人だけの秘密な」 「うん……ボクと夏本の秘密……絶対誰にも、言わないでね」 女であることをうっかりバラさない為にも、今後のトイレはなるべく俺についていくよう、約束をした。 ……葉山とセックスすれば、女の子だってわからせることが出来るかな? 「……どうしたの?」 「あ、ああ……うん。その……」 ……ドクン。 使ってしまった……昇竜烈発……。 性欲を高める魔法……。 「葉山……したい」 「え?」 「俺、お前とセックスがしたい!」 「ええっ!? 一体、どうしたの? 何かの冗談?」 「もう抑えきれないんだ……葉山を見てると、葉山のことを考えると、ここがこんなに……っ」 「え……それ、うわ……そんなに、なるんだ……」 「って……ボクのことを考えて?」 「我慢なんて無理だ! 葉山としたい!」 「夏本……」 「……ボクでいいの?」 「葉山がいい!」 「え、えっと……」 「わかった……そんなに夏本が言うなら……」 「いいのか!?」 「夏本が言ったんだよ」 「そ、そうだけど! 実際我慢出来ないけどさ!!」 「だから、ボクが……夏本のここ、鎮めてあげる」 「あ、えと……」 「我慢出来ないんでしょ?」 「うん、無理」 「ボクと……したいんでしょ?」 「したい!」 「じゃあ……しよ?」 「わあっ!?」 「すまん、優しくしたいけど……」 「いいよ……初めてだけど……夏本にだったら、乱暴にされたって」 「葉山っ!!」 「ああっ、そこ……いきなり、んんぅ……っ!!」 「すげえ……葉山いい匂いがするし、こんなに柔らかくて……っ」 「そ、そうなんだ……夏本にとって、ボクは……ああっ!」 「んっ、やあっ……あっ、ああんっ……ん、はぁはぁ……はっ、ああっ、くぅ……!」 「はぁっはぁっ……ああっ……そ、そんなにされたらボクぅ……!」 多少乱暴にしても、葉山はビクビクと体を震わせるだけで嫌がりはしない。 むしろそれに快感を感じているようで…… 増々、興奮が収まりきらなくなってしまう。 それなのに、葉山は―― 「夏本……いいよ、来て」 そんなことを言うものだから、俺の欲望は爆発した。 ――それから暫くして。 「あのね、夏本……」 「ん?」 「今日まで……いろいろあったね」 「え? ああ、まあ……」 「それでね、ここ最近おかしいなーとは思ってたんだけどね」 「? どうしたんだ? 何かあったのか?」 「その……出来ちゃった」 「え?」 「夏本の……赤ちゃん」 「え……それって、もしかして――」 「俺の赤ちゃん!?」 「……うん。ボクと夏本の、ね」 「ま、マジか……それはなんていうか、その……」 「ボク、産みたい!」 「え、えーっと……」 「……駄目かな?」 「い、いや、駄目じゃない。俺が……責任取る」 「そ、そっか……えへへ、責任取ってくれるんだね」 「あ、ああ、もちろん」 「じゃあ……結婚、ってことになるのかな?」 「そ、そういうことになるかな?」 「夏本と結婚……出来るんだ」 「不安……か?」 「ボクは嬉しいよ」 「そっか……」 「夏本は不安?」 「いや……段取りを無視して、子供を作っちゃった俺が父親……っていうのが……」 「そんなことないよ。いつだって夏本は段取りを踏んできた」 「いつもボクに優しかった……だから、ボクはそんな夏本のことが好きだった」 「葉山……」 「一緒に子供、育てていこう?」 「そう、だよな……葉山だってわからないことだらけだ。2人で力を合わせて――」 「一緒に子育て」 「楽しい未来が、待ってるよな!」 「うんっ! 夏本と一緒なら……ボクは幸せだよ」 「お医者さんごっこしよう」 「ど、どしたの? いきなり」 「今のお前には、お医者さんごっこが必要だ!」 「どういう……こと?」 多少強引にでも、葉山が女の子らしいことを知らしめないと。 じゃないと……このまま男子であることを通すのは危うい。 そのことを教えないと。 「それじゃ俺、医者。葉山が患者」 「え? う、うん……」 「じゃあ、そこに座って」 「こう……?」 「はい。今日はどうなされましたか?」 「え?」 「葉山が患者だから」 「え、えっと……ちょっとお腹が痛くて」 「ふむふむ。いつ頃からですか?」 「今朝……くらいからです」 「ほうほう、どのような痛みですか?」 「こう……ジンジンするような痛みです」 「なるほど。陣痛の可能性もありますね」 「えっ!? それは……ないと思います」 「1回もしたことがないんですか?」 「当たり前だよ! し、知ってるでしょ……」 「じゃ、ちょっと触診してみるので、脱いでください」 「……え?」 「脱いでください」 「お腹だし……たくし上げるだけでいいよね?」 「……」 「だ、だめ?」 「いいよ……本当はダメなのかな?」 「知らないよぉ」 「それじゃ触るよ」 「……本当にお医者さんごっこみたい」 「痛かったら言ってくださいねー」 「あ……ひゃんっ」 おお、スベスベだ…… 「ちょ、ちょっとこれ……んんぅ」 シミ1つない綺麗な白い肌。 その上、男だったらありえないくらい柔らかい……女の子のお腹だ。 「んっ……どうですか、先生……」 「もう少し触っていたい!」 「え」 「じゃなくて、もう少し触らないと分からない!」 「はぁ……はぁ……わ、わかりましたぁ」 ゆっくり上下に撫でていく。 緊張した面持ちで、じっと葉山は耐えている。 その姿が、ずっと撫でていたくなるほど可愛い。 「やっぱり……」 「え……あれ? まさか悪い病気、見つけたとか?」 「どっからどう見ても女性ですね」 「……女の子だよ?」 「うん。だからこんな身体をしていて、男性だと騙し切ろうとしても無理だよ」 「あ……」 「完璧に女の子だ」 「……」 「もしかして、このためにお医者さんごっこを……?」 「葉山はあまりに女の子だから。男らしいところなんて見つけられなかった」 「そ、そっか……」 よし……癒される場所に連れて行こう。 「なあ、葉山。今から時間大丈夫?」 「え? うん」 「そんな時間掛からないと思うんだけど、見せたいものがあってさ」 「見せたいもの……? うん、少しなら大丈夫だよ」 「良かった。じゃあ、すぐ行こう!」 「お邪魔しまーす」 「いらっしゃい」 「お邪魔します」 「先輩の使い魔……葉山に見せてあげたいんですけど、いいですか?」 (あれ? どうして、律くんがシェリーのことを……諷歌から聞いたのかな) 「ああ、うん。シェリーだよね。もちろんいいよ」 「シェリー?」 「そう。姫百合先輩の使い魔の名前」 「先輩の使い魔……!? 見てみたいですっ」 「ふふっ、そんなに興味を持ってくれて嬉しいよ。ゆっくり見ていって」 「え、見るだけですか?」 「見るだけでいいんだ」 「どういうこと……?」 混乱してる葉山をよそに、姫百合先輩が使い魔の紹介を始める。 「初めまして、この子がシェリーだよ」 「あ、どうも……って、この子?」 「そう、この子」 「どう?」 「どう?」 「……」 今日も元気に踊ってるシェリーちゃん。 「……」 うむ、一段と腰つきがイイネ! 「ふふっ……可愛いっ」 「気に入ってもらえたかな?」 「はい! えっと……シェリーさん?」 にこにこ、くねくね。 「……よろしく」 「シェリーも喜んでるよ」 「見てるだけで元気が出てきます」 「それがこの子の最大の特徴だからね」 「ボクもこんな使い魔欲しいなぁ」 そうだ! 確かこの魔法で使い魔になれそうな生き物を召喚出来るはず! 「葉山、俺が協力するよ!」 「えっ!」 「今ここで、葉山の使い魔を見つけよう!」 「ほ、本当に!?」 「いくぜ、天降霊祈!」 そこに現れたるは―― 「水の精霊……ウンディーネだね」 「うわぁ、可愛い……」 「よしよし。良いのが出たぞ。さあ、使い魔の契約を――」 と、意気込んだ瞬間に、ウンディーネは元の世界へと戻ってしまった。 「あれ……!」 「精霊ってのは、気むずかしいんだ。しかも、こっちでの生活は不向きだし……」 「出来ても、その力を一時的に借りるくらいで、使い魔にはなってくれないと思うよ」 「そうだったのかー」 「残念だなあ。可愛かったのに」 「ふふっ。焦らずとも、いずれ素敵なパートナーが見つかるよ」 「俺も早く使い魔欲しい!」 「ふふっ、いずれその時が来るよ」 「あの、また会いに来てもいいですか?」 「もちろん」 「ありがとうございますっ」 「シェリーさん可愛かったなぁ」 「葉山なら気に入ると思ったんだ」 幾分すっきりしたように見える葉山。 これで少しでも、男装のストレスを解消出来たらいいな。 「ねえ、夏本」 「ん?」 「……もしかして、ボクのために?」 「……」 「やっぱり」 「お、俺はまだ肯定してないぞ!」 「ふふっ、それくらいわかるって。幼馴染みで……ずっと友達やって来たんだから」 「そ、そっか」 「ありがとね、夏本」 メアリー先生に相談してみよう。 「悪い、ちょっと部屋で休んでて! すぐ迎えに行くから!」 「えっ!? 夏本ーーーー!?」 「いた! メアリー先生!」 「おう、夏本兄じゃないか」 「先生に聞きたいことがあって来ました!」 「いくら出す?」 「お金の話は抜きがいいな〜なんて」 「ヌキヌキがいいのか?」 「はい、ヌキヌキにしてもらえます?」 「しょうがねえな」 「ありがとうございます! で、早速相談なんですけど――」 「エッチな気分にさせるデートコースとかありませんかね?」 「ほう、ついに興味を持ったか」 「俺も男ですし☆」 「で、具体的にはどんな風にエロい気分にさせたいんだ?」 「そうですねぇ」 「即セックスか? そうなのか?」 「いえ、それはないです!」 俺の段取りズムが黙っちゃいないぜ。 「煮え切らねえな」 「えーっと……」 「相手は誰なんだ? そいつの性感帯を教えてやってもいいぜ」 「そ、それは……」 葉山は男として生活してるわけだし、まずいよな……聞きたい気もするけど。 「うーむ」 「そんなことも言えねえのか。ウブだね〜」 「ち、違いますって!」 「とりあえず、もうムラムラきてしょうがないようなデートコースでも紹介しようか」 「おなしゃす!!」 「取っておきの場所があるんだぜ!」 「ほうほう、それは?」 「ラ・ブ・ホだ♪ いなみ市の真ん中に……」 「ほうほう……ほうほう!」 「ほうほうじゃないよーー!」 「わあっ、葉山!?」 「夏本、何話してたの!」 「え? 何のこと?」 「とぼけても無駄だよ! へ、変なことメアリー先生に聞いてさ……エッチな気分にさせるとか……」 「聞いてたんじゃん!」 「で?」 「あははは、何か霊的なものが俺に憑りついてたみたいだ。憑りつくトリック〜♪ なんちゃって」 「意味わかんないよ!」 「ん? 男ならエロい話くらい普通だろ?」 「メアリー先生は女性です」 「どうして照れる必要があるんだ? まさか夏本兄に劣らずウブボーイかよ、おい」 「ち、違いますっ」 「可愛いわね葉山、こっちおいで。お姉さんがイロイロ教えてあげるから」 「わっ、わわわっ!?」 「あ、それなら俺も……」 「な、夏本、行こうよっ。もう外出とかいいからさっ」 「ひ、引っ張るなってー」 「はぁ……」 「わ、悪い」 「どうしてボクを置いて、あんな……こと聞きに行ってたの?」 「葉山を元気付けようとしたんだ」 「エッチにさせるの間違いでしょ!」 「そうでした……」 メアリー先生に聞きに行った時点で、そっちの方向に……。 「まったく、ボクをエッチな気分にさせてどうするつもりだったんだか……」 「……」 「その先のこと、何も考えてなかったでしょ!」 「う……うん……」 (そういうところが、また……傷つくよなぁ) 「とにかくそういうのは駄目! わかった?」 「はい……わかりました」 「うん、いいよ。どこ行くの?」 「……」 ……まさかここまでトントン拍子で進むとは思ってなかったんだ。 何の準備も出来てないっ! 「突然ですが、Mr.リッツの占いコーナーの始まり始まり〜!!」 「ど、どうしたの? 本当に突然だね……」 「俺が魔法で占ってやろう! 今の葉山の悩みを!」 「え、夏本そんなことが出来たの?」 「バスト占いってあっただろ?」 「ないよ」 「……」 「ないから!」 「まあまあ! 葉山が知らないだけで、バストも占いもあるんだよ」 「というわけで、その発展系、ボデータッチ占いだーーー!」 「胡散臭いよ、それ……」 「文句言わず、俺にボデータッチされろー!」 「本当にやる気っ!?」 「やらいでかっ!」 「ひ、人呼ぶよっ!」 「もし呼んだら……バレるぞ!」 「うっ……」 「ふっふっふ、観念して貰うぞ」 「ちょ、ちょっと、どうしたの夏本! 何か変だよ!?」 「変なのは葉山の方だ!」 「ええっ!? ボク何も変じゃないよ!」 「変なんだ! 友達だから俺には分かる! なんか悩んでるだろ!」 「な、悩みって……」 「わしがシャロン直伝のボインボイン体操を教えてしんぜよ〜う」 「はい?」 「心配はいらない。ばっちし覚えてる!」 「そ、そうじゃなくて……ぼいぼい?」 「ボインボイン体操だっ!! こうやるんだ! ハァッ! ハァッ!」 「え? え?」 「ワン、ツー! さあ、俺の後に続いてー!」 「や、やるの? それを?」 「ほーれ、ほれほれ! ワン、ツー!」 「こ、こう……?」 「ちがーう!! 掛け声も一緒に! ワン、ツー!」 「わん、つー」 「大きな声で!! スリー、フォー!」 「スリー、フォー!」 「そう、その調子だ! 次は持ち上げるようにして動かしていくぞ〜」 「おー!」 「ぼいんぼいん♪」 「ぼいんぼいん♪」 「大きくな〜れ♪」 「大きくな〜、って!!」 「うぅ……ボクに何やらせるんだよぉ」 「ボインボイン体操だ!」 「そうじゃなくて、どうしてやらせたのっ!?」 「……」 「何だろう……つまり、胸の大きさで悩んでるのかと思ったわけだよ」 「……」 「図星?」 「べ、別にそんなことはっ」 「でもほら……やっぱりその胸で男のフリとか難しいだろ!」 「え……そ、そっち?」 「もちろんそっちだ! 男はそんなに膨らまない!」 「んっと……そんなに女の子っぽいかな?」 「ぽいどころじゃない、女の子そのものだからな」 「そっか……」 「ねえ、夏本……ボクってさ、男の子のフリ止めた方がいいかな?」 「え?」 「このまま男の子の方が……いいのかな」 「何言ってんだよ。葉山は女の子じゃないか」 「やめた方が自然だと俺は思う」 「夏本……」 「実はね……何度も女の子みたいって言われると、ドキドキしちゃってたんだ」 「名ユニットリツアンドトキだろ?」 「一緒に漫才師になって、お笑い界に颯爽と登場し、お茶の間を沸かせ、一花咲かせようって誓い合ったじゃないか」 「……え? なにそれ?」 「……あれ?」 「それ、なんだっけ?」 「……なんだっけ?」 「そんな話、したっけ……」 「……」 ……したっけ? 「あ……もしかして、友達って意味?」 「そ、そうそう」 そうだ……友達って意味で言ったんだ。何で忘れてたんだろう。 「そっか、そうだよね。友達……だよね」 「そう、友達だから来てくれた……でも、だからこそ無理はさせたくないって思うんだ」 「そうだ! こいつがあった!」 ランディとの話に出てきた魔法だ! 「それは何?」 「陰陽転身……性転換する魔法だ」 「……ひょっとして」 「魔法で葉山が男になる!」 「そ、それは……」 「これで騙していたことにならないっ!」 「そうだけど……」 「確かに葉山は騙していたけど、そのウソを本当にしてしまえばいいんだ」 「葉山も、男の子になれば晴れて男の魔法使いとして学校に通い続けることができる」 「……」 「どうだ葉山。男にならないか?」 「結構、すごいこと聞いてる気がするんだけど……」 「大丈夫だ。魔法で男になれるんだぞ。つまりまた魔法で女に戻れるってわけだ」 「か、軽いね」 「どうだ?」 「う〜ん……夏本は、どうなの? ボクに男の子になって欲しいの?」 「葉山と一緒にまだまだここで過ごせるしな。いいと思うぜ!」 「そっか……」 「ボクも、夏本と一緒にいたいからここに来たんだし……1ヶ月も経たずに出ていくなんていやだ」 「ってことは!」 「うん。夏本、その魔法をボクに使って」 「ボクを男にしてよ」 「よし! 俺が男にしてやるっ! それじゃ行くぜ!」 「おねがい」 「うおぉぉぉぉっ! 高まれ俺の魔力!! 魔法発動!! 陰陽転身ぉぉぉっ!!」 「あっ……ああっ……か、体が熱いっ……燃えるように熱いよぉっ!?」 「あっ! ああっ! ああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」 「はぁ……っ、はぁっ……」 「ど、どうだ?」 「う……うわああああ!」 「そのリアクションは、もしや――」 「夏本、なんか落ち着かないよぉ! なんなのこれぇ!」 「それが男の勲章さ」 「う、うう〜〜〜。夏本達は、いつもこんな不安定なものをぶら下げていたんだね……」 「胸の方はどうだ?」 「あ……スッキリしてる。痛くないよ」 やっぱり膨らみを隠す為に、なにかと苦労していたんだな。 「ボク……ホントに男の子になっちゃったんだね」 「良かったな。これでもう、ビクビクすることもないだろ」 「うん! ありがとう、夏本!」 「さて、じゃあ……男のことにまだ不慣れだろうから、俺が色々教えてやろう」 「うん、よろしく!」 「まずはそうだな……センズリの仕方から!」 「せん……ずり?」 「オナニーのことだよ」 「お、おなっ!?」 なんだ、そっちは知ってるのか。 「い、いいよ、そんなのっ。ていうか、始めるのいきなりそこ!?」 「小便か悩んだけど、そっちは最悪座って用を足せばいいからな」 「いやいやいや! そういう問題じゃないでしょ!」 「ばっきゃろう! 男になったら、いつムラムラが襲ってくるか、わからないんだぞ!?」 「そ、そうなの……?」 「確かにイクときの気持ちよさは、女子の方が上かもしれない。けど……」 「男子の自慰行為は、射精という明確な絶頂表現を持っているんだ。それを、男子成り立ての女子が体験したら……」 「……ごくっ」 「快楽の虜になって、オナニーが止まらなくなる!」 「そ、そうなの!?」 「ああ。それで過去に何度もおかしくなった女の子がいっぱいいたんだ」 「ひ、ひぇ〜〜っ」 まあ、エロマンガのことだけど。 「もし、そうなった場合、いつも俺が側にいるとも限らねぇ……だから、いまのうちに覚えておくんだ!」 「夏本……ボクの為に、そこまで……」 「いいってことさ。俺達、親友だろ?」 「……そうだね。いざという時の為に、覚えておくよ」 「よーし。じゃあ、パンツ脱ごうか」 「えっ、ええーーー!?」 「ったく……恥ずかしいのか。しょうがないな。じゃあ、俺が手本を見せてあげるから」 「み、見せっこするの!?」 「これから風呂とか一緒に入るんだ。そんなので恥ずかしがってる場合じゃないぞ!」 「そ、それもそうだね」 「ほら、よ〜く見とけよ……? 俺の貴重な、オナニーシーンを……」 「……う、うわぁ……そんな、大事なところ、ゴシゴシして……わあああ!」 そして―― 「夏本ーっ、一緒に帰ろう」 「おう」 「部屋戻ったら、図書館行こうよ」 「そうだな」 あれから葉山も順調に男子としての振る舞いを覚え、今まで通り俺と一緒に学校に通っている。 女子しかいない学校にいる、たった2人しかいない男として過ごしている。 共同生活も、合宿みたいなものだと思えば苦でもない。 気心の知れた男同士だし、気を遣う心配もない。 「葉山も、男の生活が板についてきたな」 「うん。ひょっとしたらさ……ボク……」 「こっちの方がいいかもしれない」 「そっか。俺も……そのほうが……」 「ん?」 「いや、何でもないさ」 背の低い葉山の頭を撫でる。 「んんっ……くすぐったいよ、夏本」 「葉山の髪の毛、気持ちいいからさ」 「ふふっ。でも……人が見てるよ」 「おっと、ごめん」 「別にいいよ。早く行こう」 「また結城さんらが、ボクに制服着せようとするからさ」 「しつこいな」 「もうボクには必要ないのにね」 「そうだな」 「うん。ボクはもう男の子になったんだから」 嬉しそうに笑う葉山を見て思う。 これで良かったんだろう。 「そこだ」 「クローゼットがどうしたの?」 「そこに隠れるんだ!」 「え?」 「ほらっ! 急いで隠れてっ!」 「何? 何なの? とりあえず、隠れるけど……」 「ほら、早くっ、早くっ!」 「う、うん……」 クローゼットを開けると、葉山はいそいそと入っていく。 入ったのを確認した後、扉を閉めた。 「……入ったけど」 「……」 「これで……どうするの?」 「……どうしよう」 「えぇっ!? 考えてないの? っていうか、ボクを閉じ込めて何する気だったのっ!?」 「い、いや、考えてなかったわけじゃない」 クローゼットを指さした時までは覚えていたけど……。 ええと……。 「真っ暗なんだけど。もう出ていいかな?」 「そうそうそうだ! それだ!」 「……それ?」 「そこ、暗いだろ? 真っ暗だろ?」 「隙間から光は入ってきてるけど……真っ暗って言ってもいいね」 「隠れてると暗い……つまり、隠してると暗いんだよ。暗いままなんだよ!」 「そう! 隠してたことは、このままだとずっと日の目を見ないんだよ」 「……思いつき?」 「違う! これを伝えたかったんだ!」 「今、葉山は、女であることを隠していた……つまり、葉山が女であることに光は当たっていなかった」 「このままだと、ずっとこの暗い中に閉じ込めることになるんだ」 「……」 「今、葉山は出たいと思っている!」 「う……うん……」 「葉山の女の子の部分だって、そう思ってるはずだ!」 「……」 「……ってことを言いたかったんだ」 「思いつきでしょ?」 「違うって!」 「……思いつきだけど」 「白状した!?」 「でも、そういうことじゃない? 隠したくないんだよね」 「だから、俺に聞いてきたんじゃないのか?」 「……そうかも」 「だろ? だから、思いつきだけど間違ってないはずだ」 「うん……そろそろ出ていい?」 「あ、ごめん」 「ふぅ……いきなり隠れろって、もう……」 「それはアドバイスするためで」 「うん。ありがとう。夏本の言いたいことわかった」 「ちゃんと学校に相談して……女の子ってことをみんなに話せるように、する」 「……うん、そのほうがいい」 「ありがとう、夏本。ボクも決心ついたよ」 「女子力、だろ?」 「……女子力?」 「言ったじゃん」 「言ったの? ボクが?」 「女子力を鍛えればもっと親密になれるようになる……ん? 俺、女子じゃないぞ?」 「そんなこと言ったっけ? 女子力なんて」 「……あれ?」 どうだったかな……。 「言った……気がするけど……」 「女子力なんて言葉、ボク言わないよ」 「だいたいボクからかなり外れてると思うんだけど」 「何が?」 「女子力。だって男の子のフリが板についてたくらいだし」 「それはない。ちっとも男っぽくなかったから」 「葉山は思いっきり女子だよ」 「そ、そうかな?」 「あんまり意識してなかった……わけじゃないけど、やっぱりあんまし女子っぽくないのかなって……」 「意識した方がいい」 「う、うん。そうする」 「で、女子力ってなんだったんだ?」 「わかんないよ。夏本が言い出したことじゃない」 「……そうか」 俺が言い出したのか……。 「ボクが言ったのは、スキンシップだよ」 「あ、そうだ! それだそれだ!」 「どこをどう間違えれば女子力なんて……」 「まぁまぁ。そんなことよりもだ。スキンシップだよスキンシップ。やってみるのはどうかな?」 「オリエッタ」 「……おりんちゃん」 「オリエッタなら、スキンシップしてくれると思うんだ」 「ほら、俺の魔法の力を無くす為に、色々と気にかけてくれてたし」 「いいやつだよな」 「諷歌、なんだけど……」 「え……諷歌ちゃん?」 「スキンシップ許してくれると思うんだ。妹だし」 「ずっと会ってなかったから、俺もどう接していいか戸惑ってたかもしれない」 「だから、諷歌と昔みたいに過ごせたらいいなって」 「姫百合先輩」 「姫百合先輩? そんなに仲良かったの?」 「仲がいいというより……これから仲良くなりたい」 「姫百合先輩、なんとなくだけど気があうと思うんだ」 「包容力があるというか……」 「……」 「大丈夫かな? 葉山から見て、大丈夫だと思う?」 「……うん、そうだね」 「頼んでみたらどうかな?」 「さっきも言ったけど、夏本なら女の子とすぐ仲良くなれると思うんだ」 「それって葉山から見てってことだよな」 「うん。ボクだって女の子なんだから。そのボクとこんなに仲良くなれているんだよ?」 「……そう言われれば」 「うん、そうそう」 「そうだな……ありがとう葉山。やっぱり頼りになるな」 「そうかな?」 「なるなる。俺が言うんだから間違いない」 「それじゃボクが支援するよ。いつもみたいにね」 「おう。ありがとうっ」 「うん……」 「お茶漬け」 「ん? 食べたいの?」 「お茶漬けと、もっと親密になりたい」 「え?」 「俺、お茶漬け好きだから。好きだからっ!」 「あ、う、それは知ってるけど……あれ? そんな話してたっけ?」 「してたよ」 「え、そうだったの?」 「お茶漬けのこと、もっとよく知りたいっ! だって俺、お茶漬けが大好きだからっ!!」 「う、うん、わかったから。それじゃボクが用意しようか?」 「ほんと! ほんとに用意してくれる!?」 「う、うん……ってほんとに、こんな話だったっけ? スキンシップって言ってたのに……」 「お茶漬けとスキンシップするんだ!!」 「……食べるんじゃなくて?」 「食べたいほど愛おしいんだ!!」 「ほど、じゃなくて食べるんだよね?」 「そうだ!!」 「……」 「さぁ、お茶漬けを用意してくれっ!!」 「う、うん、わかった……」 「できたよー」 「ひゃっほうっ!!」 「ご飯も、お茶も、お茶漬けの素も、沢山あるからね」 「おういえっ!」 「お茶漬けの具も、沢山用意できるから」 「マジかっ!?」 「シャロンさんが、ひろりん御用達のわさび茶漬けがオススメだって」 「おおっ! わさび茶漬け大好きだっ!」 ん? ひろりん? 「ささ、熱いうちにどうぞ」 「いただきまっするぅ!!」 さらさらさらっ! もぐもぐもぐもぐ……。 「うっんまーーーいっ!!!」 「これぞ、究極のスキンシップ!!」 「わけわかんないよ」 「わからなくていい! これが分かるのは俺だけでいい!!」 お茶漬けよ、最高だ! 俺と共に生きてくれ、お茶漬けよっ!! 「ホント、大好きなんだね」 「わかる?」 「丸わかり。このまま結婚しちゃうくらいの勢いだね」 「……」 「夏本?」 「葉山、そ・れ・だ・よ!」 ――1年後。 俺はあれから、お茶漬けと素敵な思い出を一緒に育みながら、清い交際を続けていた。 その中で、味付けや、ダシの取り方で何度となくケンカもした。 けれども、そういったやりとりを続けながらも、信頼と愛情を確かに感じていた。 そして、俺は遂に―― プロポーズをした。 最初はこの交際を認めてくれない人達も多かったけど、今ではもう…… 「夏本、おめでとう!」 「ヒューヒュー! 熱いわね!」 「良かったですね、兄さん……」 「茶柱が立っている……2人の未来に幸あらんことを」 みんなもこの結婚を祝福してくれていた。 学生身分の俺を気づかって、嫁はウィズレー魔法学院で結婚式を挙げようと言ってくれた。 なんて優しいのだろう。今はまだ指輪も買ってあげられないけど…… 卒業をして稼げるようになった暁には、この急須が引き立つダイヤモンドを必ずプレゼントするから。 「愛してるよ……」 俺は花嫁に口づけを交わし、そのまま腹の中へとかっこんだ! 「……うまい!」 さて今夜は、どの味で俺を楽しませてくれるのかな……? そっとお腹に触れる……。 「あひゃんっ!? い、いきなりお腹なの!?」 「だ、だめだった?」 「だめ……ってわけじゃないけど……くすぐったいし」 「触らせて、欲しい!」 「う……お腹じゃなきゃだめ? ほっぺとかじゃ……」 「お腹がいいな」 「うぅ……それなら……いいよ。あんまり強く押したりしないでね」 「わかった! それじゃ触るぞーっ」 「ううぅ……なんか強く押されそうなくらい盛り上がってるけど……」 「優しくするから」 「そ、それは……うん、お願い……」 (なんだかエッチだよ……) 「それじゃまた……」 葉山のお腹に、そっと触れる……。 「んっ……」 掌に、葉山の体温を感じる……。 「……あったかい」 「ぅん……ボクも……」 「それに柔らかい……ぷよぷよしてる」 「うぅ……鍛えた方がいいってこと?」 「いや、そんなことないと思うけど……」 「たるんでるってことじゃ……」 「ううん……気持ちいい柔らかさだよ」 「そ、そう……よかった、のかな」 「しばらく撫でていいよね」 「……どうぞ」 お腹をなでなでする。 「んぅ……」 葉山が恥ずかしそうに顔をそらす。 「んふっ……ふぁ……夏本、そこ……」 「ここ?」 「ひゃっ……あはっ……あはっ、ちょ、ちょっと、くすぐったいよっ」 「あ、ここがおへそか」 「ひゃんっ……ほんと、くすぐったいからっ……あはっ……」 「わしゃわしゃわしゃ」 「あはっはっはっはっ」 「ちょっとまってよっ! そんな犬のお腹なで回すみたいにっ!!」 「はっはっは、ごめんごめん」 「もう……こっちはドキドキしてるのに……んっ……あっ、そっちは……」 おへその下の方、下腹部を押すように撫でる。 「……」 「この辺だよな」 「何が?」 「女の子は、ここに子供を育てるところが……」 「うっ……うん……たぶん、その辺に……って!!」 「ちょっと! もうっ、夏本エッチだよっ」 「ご、ごめんっ。でももうちょっとだけっ、もうちょっとだけ」 「ちょっとって……どれくらい?」 「1分くらい……」 「そ、それくらいなら……いいけど……」 「ありがとうっ」 「もう……そんな嬉しそうに……」 「なでなで」 「口にしなくていいから……んっ……あぅ……そっから下はダメだからね」 そっから下……下腹部の下…… 「……ごくり」 「ごくりじゃないよっ! もうだめっ」 「あぅぅ……」 「おしまいっ。これでいいでしょ?」 「……」 まだ1分経ってないけど……ま、いいか。 葉山、顔真っ赤だし……。 俺もこれ以上触ってたら……我慢できなくて、キスくらいしたくなりそう。 「うん、おしまいだ。ありがとう葉山」 「あ、うん。……やけにあっさり引き下がるね」 「まだやっていいの?」 「だめ」 「だよね。あー、喉渇いた。お茶でも入れよう」 「あ、ボクも欲しい」 緊張で喉が渇いたのは、俺だけじゃなかった。 「それじゃ入れようか」 「ありがとう。お願いしまーす」 それほど機嫌は悪くない……よな。 親密になれたと思っていいかな。 朝、起きて隣のベッドを見ても……。 「……そっか。いないんだよな」 葉山と登校すること、楽しかったな……。 同じ秘密を共有し、隠していた時……楽しくなかったと言えるのか。 このままずっと過ごせたら良かったと、思ったことはなかったか。 「……よし」 もうわかっただろう……俺。 後は……最後の一歩を踏み出すのみ! 段取りの最後の締めだ! 「告白するぞ!」 「おはよう」 「おはよう」 「……教室で挨拶するのって、逆に新鮮かも」 「だな……ちょっといいか?」 「何?」 「内緒話?」 そんなつもりで声かけたんじゃないって! ……相談ということにしておこう。 ここでいきなり告白は、段取りズム的にも無い。 「相談したいことがあるんだ。放課後、空いてる?」 「えっと……」 「空いてないんなら夕食の後でもいいけど」 「ううん。ランドルフさんに取っといて貰ってる本があるから、図書館に寄ろうと思ってたんだけど……」 「その後でいい?」 「いいよ」 「それじゃ、夏本の部屋に行くね」 「あ……」 俺の部屋でいい……のか? いつもの関係から、一歩踏み込むんだから…… いや、確か前にもっと良い場所のヒントになることを呟いていたはずだ! そういえば言ってたな。 『……この場所って、変に素直になっちゃうのかな』 素直な気持ちを伝えるなら、素直な気持ちを聞くなら…… 「温室に来てくれないか?」 「温室? 何かあるの?」 「大事な話なんだ」 「……」 「……いい?」 「いいよ」 「よかった」 なんだ今の間は…… 「それじゃ、教室に戻ろうか」 「うん」 無邪気な笑顔だ……こっちはこんなどきどきしてんのに……。 葉山は図書館へ行くため先に教室を出ている。 先に行って、心の準備をしておこう。 温室に人がいるかどうかも確認しておかないといけないしな。 「……よしっ」 さぁ、行くぞ! 「……あれ?」 ……葉山が先に来ている? 「あ、夏本」 「早いな。図書館は寄っただけか?」 「うん。また後で読むって伝えてきた」 「そっか……ありがとう」 「ううん。ボクが聞きたかったから、夏本の大事な話」 「お、おう……」 相談の前に、周りに人がいないかどうかの確認を…… 「今、温室はボクと夏本だけだよ。先にきて見て回ったんだ」 「あ、ありがとう」 葉山の気遣い……流石だな。 「それで、何?」 「話は……」 「うん」 話を聞きに来てくれた葉山に、気持ちを伝える。 好きです、と。 恋人になってください、と。 ずっと友達として気さくにしてた葉山に対して言う。 そんなことをした俺を……葉山はどう思うだろうか。 受け入れてくれる……はず。 そう思ったから、告白の決意をした。 だけど……友達だと思ってたから、俺の好意に応えていてくれたかもしれない。 それは否定できない。 だって葉山だから。 友達のために、性別を偽ってまで助けに来てくれるようなやつだから。 だから……もし断られたら……。 断られても……俺は葉山と友達としてやっていけるだろうか……。 「大事な話ってさ……恋愛の相談?」 「うん、その通り」 相談というより、恋愛そのもの。 「そうなんじゃないかって思った」 「それなら、ボクは細かい話は聞かない方がいいと思うんだ」 「どうして……」 「でも相談に乗らないってわけじゃないよ。それでも、ボクは夏本に言えることがあるから」 「……?」 「夏本なら、ガンガン行っちゃえばいいよ。それで多分、上手くいく」 「……葉山」 「ボクが知ってる夏本なら間違いないよ」 「……おう。ありがとう」 「うん。でもさ、もしダメでもさ……それでも……」 「あ……それって……」 違う。とあるきっかけで、葉山に励まされたことがあったんだ。 葉山に紹介してもらった女の子に、振られた時のことだ。 「俺が振られて落ち込んでる時に、言ってくれたよな」 「……ボク、何て言ったっけ?」 「俺は覚えてるよ。一字一句」 「オジサンになってもオジイサンになっても女の子とつきあえなかったら、ボクがつきあってあげる」 「うん、言った。覚えてたんだ」 「あの時は、ひどい慰めもあったもんだって思ったけど」 「思ったんじゃなくて、それ直接言われたよ」 「あ、そうだったっけ」 「こっちが凹みそうだったよ」 「ご、ごめん……」 「いいよ。本当に落ち込んでるんだなってわかったから。全力で慰めないとって頑張ったんだよ」 「……」 「だからさ……頑張って」 頑張る、か。 応援してもらってばっかりだな。 「わかった。頑張る」 「うん。それでこそ夏本だよ」 「それじゃさ、葉山……聞いて欲しい。俺、好きな人がいる」 「……」 「告白しようと思う」 「……うん」 「葉山には、今までみたいに応援して欲しい」 「……」 「……」 「段取りはどうしたの?」 ダメだ! もっと根本的なことから伝えなければ……! 「……した……もうずっと、ずっと前からしてた」 「ずっと……結構長く、段取りを行ってきた」 「そう、なんだ……」 「その子は、俺の幼馴染みだから」 「あぅ……」 「だから……葉山に、これから大事な話をします」 「……」 なにをやろうとしているんだ、俺は! ここまで来たら、すべきことなんてもう決まってる! 「葉山秋音さん、好きです。俺と付き合ってください」 「……」 「……」 「え、えと……」 「……ごめん、今の無し」 「ええっ、今の無しって……練習だったの?」 「練習なんかじゃない! 今のは違うと思ったんだ」 「俺と葉山の関係は……」 「俺達は友達だ。これからもずっと友達だ」 「……」 「友達じゃなくなるのはイヤだ……葉山と友達じゃなくなるなんて、考えられない」 「それは……ボクもそうだよ」 だから……俺の正直な気持ちは……。 「葉山、俺とこのまま友達として……そして恋人としても、付き合ってくれ」 「……」 「……だめ、かな?」 「……びっくりした」 「驚かせてごめん。虫の良いこと言ってるのもわかってる」 「でも、これが俺の正直な気持ちだ」 「……」 「……」 「質問……好きな人ってボク、ってことでいいの? あってる?」 「そうだ。俺は葉山が好きだ」 「それって……友達としてってだけじゃなくて恋人として……」 「もちろん、友達として好きだ」 「でもそれだけじゃない。女の子としても、好きだ」 「恋人として付き合いたい、女の子だ」 「……」 「突然……だよね?」 「え」 「段取ってた?」 「……うん、段取ってた……そのつもり……でした」 「……」 「……だめ?」 「ううん。……突然、じゃなかったよ。段取ってた」 「いっぱいいっぱい、夏本の優しい気持ち受け取ってたよ」 「溢れそうなくらい、いっぱい」 「でもね……ボク、それって友達だからと思ってた」 「もちろん友達としても……」 「女の子としては、見てくれてないって思ってた」 「それは……友達なら、そういうのまずいかなって……ごめん」 「謝らないで。ボクも友達として付き合うのは楽しかったから……良かったから」 「だから……告白されるなんて、びっくりした」 「いっぱい段取ってたってことで、いいんだよね……だって……」 「ボクも夏本のこと、好きになってたから」 「……本当?」 「段取りズム、もうずっと前から大成功してたんだよ」 「だって、ボクの方が……先に惚れてたかもしれない……ううん、きっとそう」 「葉山……」 「もう、告白してくるの遅いよ」 「それは……すまん……って何で俺謝ってんだ」 「そうだよ、謝らないでよ……ボクの方こそごめん」 「それこそ、葉山が謝る必要がないよ。必要なのは……俺が欲しいのはごめんじゃなくて、葉山の答えだ」 「……うん」 「聞かせてほしい」 「まだオジサンでもオジイサンでもないけど……ボクでいいの?」 「今の葉山と、これからの葉山と付き合いたい」 「ほんとに?」 「こんな嘘、俺はつけないよ」 「そうだね……夏本はそんな嘘つかないね」 「葉山は、もっと親友を信用すべきだ」 「ふふっ、それ前にボクが言ったね」 「俺は葉山の見る目を信用しなさ過ぎ、だっけ」 「うん、言った」 「葉山はどう? 俺の見る目を信用してる? 俺の、恋人を選ぶ選球眼は」 「……ずるい質問だよ」 「かも」 「ボクは……夏本のこと信じてる」 「それじゃ……」 「えっと……お返事します」 「……うん」 「夏本律くん……ううん……いつもと同じで、いいよね……」 「いいぞ。俺はいつもの葉山が好きだから」 「……夏本」 「うん」 「告白ありがとう。喜んでお受けします」 「……いいのか?」 「ここで聞き返さないでよ。ボクの方こそ……よろしくお願いします」 「俺の方こそ、よろしく」 「夏本が選んで良かったと思える女の子になれるよう……頑張ります」 「……くぅっ!?」 「な、何? どうしたの?」 ここまで来たらもう我慢しなくていいだろ! 「キスしたい」 「え……あ……うん……」 「ど、どうぞ……」 葉山の身体を引き寄せ、唇へ唇を近づけ…… 「んっ……んんっ……」 柔らかくてあったかい……葉山の唇…… 「んっ……ふぅ……」 「葉山」 「ん……しちゃったね……キス……」 「くぅぅっ!?」 「だから、それ何? 何があったの?」 「……告白して良かったって噛みしめてる」 「なにそれ、よくわかんない」 「葉山にはわからんだろう……俺がどれだけ嬉しいか……」 「はははは……本当によくわかんない」 「この天然め!」 「夏本に言われたくないよ! ずっとボクの気持ちに気付かなかったくせに」 「それは……ごめん、素直に謝る」 「本当に気付いてなかった?」 「友達だからな。好意には気付いてたよ……それが恋愛なのかどうかは……ごめん、ホントに気付いてなかった」 「だよねー」 「……うん……夏本、これからも友達だよね?」 「ここで断るのかっ!?」 「ち、違うよっ! 夏本も言ったよね、これからもずっと友達だって」 「また言うよ。俺たちは友達だ」 「うん……ボクたちは友達だ……それに……」 「これからは恋人でも、あるんだね……」 「……うん。今から、だな」 「ボクも、それがいいから……これからもよろしくね……」 「よろしく」 「……やった……やったぞっ!」 「わぁっ!? なに!?」 「恋人ができた! よろこんでくれ、葉山! お前の親友がやってみせたぞっ!」 「……ぷっ、あはははははっ」 「そんなに喜んでくれるんだね」 「もちろんだ」 「嬉しいなぁ……嬉しくて泣きそうだよ……」 「俺もだ。好きだ、葉山」 「う……もう……恥ずかしいなぁ」 「わかってる。でも言わせてくれ。好きだ」 「……それじゃボクからも言わせて」 「ボクも大好きです。これからもよろしくね」 「葉山っ!」 「わわぁっ!? あっ……んっ……んんっ……」 「えーっと、つまり夏本が言いたいのは……」 「ボクと今まで通りの関係で居たいってことで、いいのかな?」 「い、いや、そういう話をしているわけじゃなくてっ」 「ボクは……夏本と一緒に居られるなら、それだけで幸せだよ」 「……」 俺は葉山を異性として見ているのに……。 葉山は俺を、そう見てくれて、いないのか。それとも、そうなることを怖がっているのだろうか。 でも、葉山がそれでいいっていうなら―― 「ああ。俺もだよ。だから、葉山。これからもずっと、親友でいてくれよな!」 「……うん、もちろん!」 これでいいんだ、きっと。 このまま、今まで通りの関係を続ければいいのだ。 2人とも、この学校にいられるのだから、離れ離れになることもない。 そう、これできっと……。 「夏本……いる?」 「ん? いるよ」 夏休み初日。 「……」 「いるよ」 「あ、うん」 「……いや、入ってこないの?」 「大丈夫?」 「ん? いつも適当に入ってくるだろ。着替え中ならそう言うし」 「あ、うん。そうなんだけど……ほら、ここもう夏本だけの部屋だし」 「あ、そうか。確かにそうだな」 「夏本の部屋にお呼ばれしたんだよね、ボク」 「そ、そうなるね」 男の部屋に女の子を入れるって段取りズム的に問題はないか? いやでも葉山だし。 じゃない。葉山は俺の彼女で。俺は今、彼女を初めて部屋に上げるわけで。 「……」 「……」 おかしい。ちょっと前まで日常だった光景のはずなのに、何故かすごくドキドキする。 「と、とりあえず座って」 「う、うん。あはは……ちょっと緊張するね」 「そうだな」 「……部屋が違う気がする」 「いや、それはおかしいような……変わってないぞ、ほとんど」 「ううん、変わって見えるよ。今まではボクたちの部屋だったけど、なんか……男の人の部屋、って感じがする」 「なんだろう、雰囲気が違うっていうか」 葉山ごめん。それは単に前より散らかっただけかも。 「このベッドも、ボクのベッドだったのに夏本の匂いがする……気がする……」 「……」 「まさか、夏本……!」 「いや、してない! ちょっとは考えたけどさすがにしてない!」 「考えたんだ……」 「未遂だ!」 こっちに寝て葉山の残り香を嗅いだりとか、してないよ! せいぜい想像までだよ! 「……じぃぃ」 「ごめん、一度だけダイヴした」 ノリで。 「えへへ。そっか」 なぜ嬉しそうな顔をする。 「ね、夏本」 「なに?」 「あのさ……」 「ん?」 「あ、やっぱいい。なんか恥ずかしいし」 「そう言われると余計気になる」 「う〜っ、その……こ」 「うん?」 「こ、恋人同士になったのに、いつまでも“夏本”って変だよね?」 「あ〜」 確かにそうかもしれない。 「その、“律”って呼んだ方がいいかな? これから」 「それは……いい」 「うっ、や、やめた方がいい?」 「違う。グッドだ。とてもいい。是非」 「そ、そうかな? その……り、律が嬉しいなら、そうする」 ――っ。 「いい」 何かぐっとくる。 「ボクはとっても恥ずかしいよ」 「葉山にはずっと夏本って呼ばれてたからな。何かすごく新鮮で嬉しい」 「恋人になった、って感じがする」 「それは嬉しい……でも自分で提案しておいてなんだけど、違和感と恥ずかしさで変になりそうだよ」 「そういうもんかな?」 「夏……律も言ってみればわかるよ」 「お、俺も?」 「いや……?」 「いや、そうわけじゃない! けど――」 そうか、俺もか。 「えーっと……と、秋音……さん?」 「どうして“さん”付け!?」 「いや、思わずなんとなくつい」 ……やばい。 単に名前を呼ぶだけなのにドキドキしてきた。 これは確かに恥ずかしい。 「……」 「……じぃぃ」 「その、あからさまな期待の目線は可愛いけどとってもプレッシャーなんですが……秋音さん」 「また、さん付け……なんか、夏本が遠くなっていく気がするよ……」 「わ、わかった! わかった。ちょっと深呼吸させて」 すー、はー、すー、はー。 「あ、ちょっと、その……なんか、あんまり真剣にされると……」 わたわたと胸の前で両手を拡げてぱたぱた振る葉山……じゃなくて、秋音の言葉を遮って。 「秋音」 「――っ、あぅ……はい」 「秋音」 「律……」 「秋音」 「律」 「秋音」 「り、律」 「秋音」 「律……って、もういいよぉ、恥ずかしいからもうおしまい!」 「勝った」 いや、勝ち負けの問題じゃないけど。 「もう……すごく真剣な目で見つめてくるから、ボク……」 「ごめんごめん」 「うぅ……次までに恥ずかしくならないよう練習してくる……」 「いや、それはやめておいてくれるとありがたい」 「?」 こいつの“練習”はほんとに極めてくるからな。 「まあ、今すぐ慣れなくてもいいと思う。ゆっくり慣れてけばさ。な、葉山」 「うん……そうだね」 「ちょっと、ほっとした。夏本の名前呼ぶだけでこんなにドキドキするんだね」 「いろいろ挙動不審になっちゃうよ」 そんな葉山も可愛いけどな。 「まあ、一歩一歩でいいよな。俺たちらしく」 「明日までに頑張って慣れてくるね」 「早すぎだ! まあ、無理しないようにな。今日は夏本でいいよ。俺も葉山って呼ぶし」 「うん。そうするね、夏本」 いつものように呼ばれるのも、また嬉しい。 「さてと。ゲームでもするか。何しよう」 「あっ、そうだ。夏本から借りてたゲーム、持ってきてたんだ」 「へっ? なんか貸してたっけ?」 「こっちに来る前に借りたやつ。返そうと思って持ってきておいたんだけど、すっかり忘れてて」 「ああ、あれか。いいな。久し振りにやるか」 「うんっ。取ってくるね」 ぱたぱたと駆け出してく葉山はもう、いつも通りの葉山で。 うん。まあ、この方が俺たちっぽいな。 ちょっと勿体ない気もするけど。 それからは恋人らしさもなく、俺たちは友達感覚で遊びまくった。 「それじゃ、また。夕食の時にな」 「うん。あ、えっと……」 「ん? どうした? きょろきょろして」 つられて辺りを見渡すが、特に誰もいない。 まあ、夏休みだしな。 夕食時になれば人も多くなるかもしれないけど……。 「誰もいないよね」 「ああ。それが――」 「ん……ちゅっ」 問いかけようとした俺の頬に、柔らかい感触を残して、葉山――いや、秋音の顔が離れていく。 「恋人同士なら、これくらいはその……いいよね?」 「……」 「……だめだった?」 「まさか! いいっ!! もう1回っ!」 「こっ、声大きいよっ!」 「ほら、人が来た……それじゃ、またね……律」 「あ、秋音――」 はにかむような微笑みを浮かべて。 秋音はくるりと俺に背を向けると、スキップでもするように自分の部屋へと駆けだしていく。 その姿が可愛いのがまた嬉しくて…… 「いやっほぅ!!」 その日、ロビーで奇声を上げる男が1人いたという。 昼食を食べに食堂へ行くと、葉山がテーブルに突っ伏していた。 「うぅ、疲れたー」 「よ。どうした?」 「あ〜、夏本ぉ〜。“絶対王言”いらない?」 「いる」 「今なら特価、99%オフだよぉ」 「……20円くらい?」 「んー、あげる」 伸ばした手のひらの上に、ぽんと手を重ねられる。 もちろん、こんなことで魔法の受け渡しが出来るはずもない。 「ふっふっふ、これで葉山に言うこと聞かせ放題だ」 「邪悪だよ夏本」 「何を言う。男のロマンのカタマリのような魔法を他の何に使えというのだ」 「男の子ってそんな風に考えられるんだ……」 「女の子もそうなんじゃない?」 「う〜ん、いらないかなぁ」 「葉山だからいらないのかもな」 「べつに魔法なんかなくたって……」 「夏本のお願いなら、ボクなんでも聞いちゃうと思うけど……」 「ん? なんか言ったか?」 「な、なんでもないっ」 ……聞いた。 ばっちし聞いた! にやけないようにしないとバレる。 「しっかし、そっちの個別指導ってそんな疲れるのか?」 夏休み中とはいえ、途中で転校してきた俺たちはちょこちょこ補講を受けている。 でもそれはあくまで一般的な勉強の話。 葉山は、魔法に関する個別指導だ。 「ちょっとね。緊張することが多くて……無意識にやってたクセみたいなものだから」 「自分でコントロールするのが難しいみたい」 「へぇ……」 “絶対王言”は、強力な魔法であるが故に、個別指導も厳しいのかな。 「で、魔法が使えなくなるにはどうしたら良いか、ある程度目星は付いたのか?」 「あ、うん……これかなっていうのはあるんだけど……うぅ〜」 「難しいのか?」 「ええと……うん」 「手伝うぞ。俺の方はなんとか……なると思う。ほら恋人いるし」 「あ……そうだったね。恋人できれば解決だっけ」 「ってわけじゃないんだろうけど、それが原因かもしれないって話だったから。これからの変化で見極めるんじゃないかな?」 恋人が出来たらぽんと魔法が使えなくなって、はい解決、といったわけではない。 「ま、それはともかく、今は葉山の魔法の方だ。何を手伝ったらいい?」 「だ、大丈夫。あんまり難しくないっていうか、簡単じゃないけど簡単だから」 「どっちだ?」 「……ははは」 「本当に大丈夫か? 俺に出来ることならなんでもするぞ」 「夏本は近くにいてくれれば……あ」 「ん? それでいいなら……」 「それなら……その。今日、夕方以降は空いてるから」 「夏本の部屋に遊びに行っていい、かな?」 「もちろん。いつでも来ていいよ」 「うん」 「じゃ、夕方な」 「うんっ」 「おじゃまします」 「いらっしゃい。別にただいまでもいいぞ?」 「じゃあ、ただいまー」 「おかえり」 「ん……ただいま……律」 「あ、ああ」 突然名前で呼ばれて、どきっと来た! 「ここなら2人っきりだし、少しは慣れたから」 「本当に練習してきたのか……」 「うん……律」 「秋音」 「律……ふふっ。楽しい」 「俺も」 「あ、そうだ。律に借りてた漫画持ってきたよー」 「お、おう……」 でも……拍子抜けするほど、いつもの葉山だけど……あ、違う。 秋音だ。 俺も秋音って呼ぶことに慣れよう。 「この前持ってったばかりじゃなかったか?」 「あまり長く借りてても悪いしね。大丈夫、ちゃんと全部読んだよ。律が好きそうな漫画だよね」 「好きそう、じゃなくて、好きな漫画だ。基本、秋音にはお勧めしか貸さないからな」 「そうなの? つまんなかったっていうのも読んでみたいな」 「そう? そういうの読むの好きだった?」 「そうじゃないけど。えと、一緒に“ここがつまらなかった”って言い合うのも楽しいかなって」 「お、んじゃそういう話するか」 「うんうんっ。そうしよう、律」 結局、下の名前で呼ぶ事になった以外、いつもと変わらない友達会話が続く。 いや、これはこれで十分楽しい。 楽しいんだけど――これじゃあ、友達だったときとほとんど変わりがない……よなぁ。 「――でね、律……律、どうしたの?」 「なあ、秋音。今度どっか出かけないか?」 「えっ?」 「せっかく夏休みに入ったのに、ずっと学校もなんだし」 「だから、近いうちに外出許可もらってさ。その……」 「う、うん……」 言ってくるのを待っている、期待している視線……。 期待通りの言葉を、かけてやる。 「デートしないか?」 「っ!? うん、うんっ。いく、行きたいっ!」 「よかった。そう言ってくれると思ったぜ」 「……初めて、だね」 「律と2人でどこか行くのは今までいっぱいあったし、“デートみたい”なのはあったけど、ちゃんとしたデートって初めて」 「そうだな」 「えへへ……恋人、だもんね。ボクたち」 「ああ」 「それで、どこへ行くかだけど……秋音はどこがいい?」 「律と一緒ならどこでも良いけど、今まで行ったことのないところがいい、かな」 「だとすると、何があったかな。博物館にスタジアム。市民公園もいいな……」 「遊園地、どうかな」 「お?」 意外そうな顔をしたのがバレたのか、秋音は慌てて付け足した。 「あ。その、一番、デートって感じがする場所かなって」 「なるほど、確かに。じゃあ遊園地で決定だ」 「いいの? 律の行きたいところは?」 「俺もデートって感じのデートがしたい。だから秋音の意見に賛成」 「う、うん。ありがとう」 しばらく2人でゲームして遊んだあと、2人で食事をした。 秋音の手料理だった! 「ふぃー、お腹いっぱいだ」 「ふふっ、おそまつさまでした」 「秋音の料理は美味いな。俺の好みばっかりだし」 「律の好みはわかるしね。上手くなれるよう練習してたから」 「……もしかして、秋音って結構前から俺のこと好きだった?」 「な、な、なにをいきなり言い出すのっ!?」 「だって、秋音ってなんでも最初からちゃちゃっと出来ちゃうタイプじゃなくて、練習して徐々に上手くなっていくタイプだろ」 ゲームもキャッチボールも、俺とやってたときはさほど上手くなかったのに、いつの間にかとんでもなく上手くなってたし。 「これだけ上手くなるのに、ここ最近の事とも思えないんだよな」 「えっと、しょ、食器片付けちゃうね」 「あ、俺も手伝うよ」 「いいよ、ちょっとだから。律はゆっくりしてて」 顔を赤くしてぱたぱたと手を振って、食器を片付け始める秋音。 あれだけ慌ててるなら、本当にずっと前からなんだろうか。 ずっと―― それこそ『オジサンになってもオジイサンになっても女の子とつきあえなかったら、ボクがつきあってあげる』って言われたあの時。 いや、自分は女の子だと告白してくれたあの時くらいから、ずっと。 もしそうなら……だいぶ待ってたってことか? 「……」 ……辛かったのか、ひょっとして。 俺が恋人をつくると言って、秋音が手伝ってくれて……。 「……ぐはっ」 もしそうならかなり自己嫌悪だ。 もう……待たせたくないよな。 俺が……待ちきれないというのもあるんだけど……。 それ以上に……もしそうなら……。 恋人にはなった。キスもした。 俺の部屋に彼女が来て、彼女の手作りご飯も食べた。 段取りズム的にもOK……だと思うんだ。 つまりは、その――次の段階に進んでも。 「おまたせ」 「うおっ? は、早いな」 「どうしたの? そんなに驚いて」 「いや、なんでもない。それよりこの後だけど」 「あ、うん。ゲームの続きする? 料理中に閃いたことあるから、今度はさっきより強いと思うよ」 「お、やるか。って、ああ、そうじゃない。――うん、それはまた今度で」 「えっ? いいけど……それじゃ、今日はなにするの?」 きょとん、とした顔で秋音がこちらを見る。 「えっと――」 次の段階に進みたい、のはいい。 けど、この先に進むのってどうすればいいんだ? すぐそばに恋人がいるのに、どうしたら一歩進めるのかがわからない。 「えーっと……」 頭の中が真っ白になる。 「いやその、なんだ。俺たち、恋人同士になったわけで……」 「あっ。うん……」 次のひと言が出てこない俺に、何かを察したのか、秋音の頬が赤く染まる。 気付かれた! ええい、もう、ド直球だ! 「そろそろ、もう一歩先へ進みたい……んだけど、ダメかな?」 「それって、その……」 「まあその、そういうことだ」 察してくれ……いや……。 ずっと友達だった相手にこういうことを切り出すのは、なんかすごく小っ恥ずかしい。 俺がそうなんだから、秋音もそうだろう。 なら……俺が切り出そう。 「エッチなこと、なんだよね?」 「先に切り出された!?」 「ふぇっ!?」 「いや、こっちの話……いや、俺たちの話か。その切り出すの恥ずかしい、だろ?」 「は、恥ずかしいよ。恥ずかしいけど、なんとなく律のことだから3ヶ月くらいはこのままかなって思ってたから」 「ぐぅ、確かにその考えも少しは頭よぎったけど」 付き合って3ヶ月めのデート、プラトニックな付き合いを続けてお互いのことをより知った後での、ステップアップ。 すばらしい。完璧な段取りズムだ。 けど、俺は今、秋音とそうなりたい。 「俺は……秋音としたい」 「……」 恥ずかしそうにする秋音が、とても可愛く見える。 だから無理にしたくはないとも思う……ってどっちなんだ俺! テンパってるっ! 「あ、いや。その、秋音がまだそういうのは早いって思うなら、俺は全然構わないし――」 「ううん。ううん、そんなことない。誘ってくれて――ボクのこと、ちゃんとそういう相手って思ってくれて嬉しいよ」 「恋人って言っても、まだ友達みたいな感じだったし、ボクも……その、律ともっと、ちゃんとした恋人同士になりたかったから」 「そうか。じゃあその……いい?」 「うん。ボクからもお願い。律……ボクを本当の恋人に、してください」 赤い顔で微笑む秋音を、ぎゅっと抱きしめた。 「んっ、律……ちゅっ、ん……」 「あ、ごめん。つい……。いきなりだったよな」 「ううん。ボクもしたかったから。ね、もう1度……して?」 「うん、もう1度……」 「ん、ちゅっ……」 触れるだけのバードキス。 ここまでなら告白の時にもしたけど、今日はこれだけじゃ終われそうにない……終わるつもりもない。 「んっふぅ……んちゅっ……」 細くやわらかい身体を抱き寄せながら、口付けた秋音の口腔に舌を伸ばして……。 秋音の……口の中……柔らかい……。 「あっ……ふぁ……律ぅ……ぁ……ちゅっ……」 やり方なんて知らないから、ぎこちないけど……。 でも出来るだけ優しく、丁寧に。 「ふぁ、んっ、ちゅ……ちゅく……んっ、んぅ……ぷぁっ……」 「はぁ……はぁ……んっ……」 「……ごめん。苦しかった?」 「うん。息、止めちゃってた」 「俺も、息苦しい……ふぅ……」 「その割には落ち着いてる気がするけど……」 「相手が……秋音だから」 「あ……」 好きな女の子で……友達でもある葉山秋音だから……。 だから余計に、興奮してドキドキなんだけど……。 気付かれてない? 「でも、ボクはとっても不安だよ。その……あんまり自信ないから」 「それは俺も……」 初めてだし……。 「ボク、男の子みたいだから……女の子として……」 「あ、そういう意味か……それは無いよ。秋音の身体、綺麗だと思うぞ」 「あ……ぅ……。でもり、律……まだボクの体、見てないし……」 「ほら……来たばかりの時に入った風呂で……」 「えっ? ……あ。お風呂で……見た?」 「できるだけ見ないようにはしてたけど、何度か、こう……うん」 そもそも背中やお尻は無防備だったし……ちらっと。 そして、そういうときの記憶力は通常時の3倍だ。 その身体が、今腕の中にあって……。 抱きしめた秋音の身体はとても華奢で柔らかくて……。 密着してるところが熱くなってて……。 「もう、見ちゃだめって言ったのに……」 「……今は、駄目?」 「うぅ……ずるいなぁ……もう……」 秋音の頭が、俺の体によりかかる。 柔らかな髪から、鼻腔にふわっとシャンプーのいい匂いが……。 「いい匂い……秋音の匂いだ……」 「来る前にお風呂、入ってきたから……あ、その、なんで、とかは訊かないでくれると嬉しいって言うか……」 「その……期待してたわけじゃないよ? ただ、そういうこともあるかもしれないしって――」 頬を染めてそう告げる秋音がとても……可愛いっ! 可愛くって可愛くってしょうがないっ! 「秋音――胸、揉んで良いか?」 「えっ、と……あぅ」 「ダメ? ……って言われてもする。したい」 「もう……律は正直、だよね」 「ここまで来て、ウソはつけない」 「うん……ボクも見習うよ」 「ボクにエッチなこと、して……?」 「秋音っ!」 「は、はいっ!」 「触るから」 「うん……ひゃんっ、ふぁ……」 そっと2つのふくらみに手を添える。 これだけで、ドキドキしっぱなし……。 これで力を入れると……胸を揉んだことに……。 「い、いいよ……揉んで」 手のひらに少し力を入れると、秋音の膨らみがふにふにと柔らかく形を変える。 「んんっ……」 決して大きくはないけど、小さくもない。 手のひらにぴったりのお椀型おっぱい……。 ずっと一緒にいたけど、男友達みたいな付き合いだった。 だからずっと見てた。 見てただけだった。 冗談でだって触れたことがない秋音のおっぱい。 そのおっぱいに、触れられた……。 興奮しないわけがないっ! 「秋音のおっぱい……」 「い、いきなりつぶやかないでよ……恥ずかしいんだから……」 「ごめん……って気持ちはさらさらない。柔らかくて気持ちいい……」 「ん、そう? あんまりおっきくないから……」 「このくらいの、ちょうど手のひらに収まるくらいの大きさ、俺は好きだよ」 「そうなんだ……律の手のひらに……んっ、なんかエッチ、だね……」 「それにおっきくないとは思わないけど。こうやって揉んで気持ちいいし……」 「そうなら嬉しいな……んっ、ぁ……」 ちょっと力を入れただけで俺の手の形に歪んで、なのに弾力があって……。 「ふぁっ、律の手、ほんとにエッチな感じだよぉ」 「秋音は、全身がエッチだよ……」 「うぅ……そんなこと言わないで……あんっ、触り方に遠慮がないよぅ」 「秋音、可愛い……」 「あぅぅ……この場面でそう言われても恥ずかしいだけだよぉ……んっ」 赤く顔を染めて、俺の手の動きにびくびくと反応する そんな秋音がとても可愛くて、可愛くて、愛おしくて……。 愛おしくて、もっと恥ずかしがらせたくなってきた! 「ひぁっ!? そっち……」 「ダメ?」 「だめ、じゃないけど。んっ、ぁ……お尻、ひゃうっ」 判ってる答えを引き出して……意地悪かな。 可愛い恋人の上と下の柔らかな双丘をなで回す。 全身をくねらせて、俺の体に寄せてくる。 「俺、秋音の身体を隅々まで触りたい」 「っ、もう……触ってるよぉ〜。律に触られたことないとこ、いっぱい、触られちゃってるよ……」 反応の1つ1つが、可愛すぎる……。 「うん、でも、もっともっと触りたい」 「もっと、だと……これ以上は……」 「……」 赤い顔で上目遣いに俺を見る秋音。 そんな風に見られて、触りたくなくなるなんてありえない。 「最後まで、だから……」 「あぅ。そんなに、触りたい?」 「うん」 「……わ、わかった。その、ゆっくり、ね? 優しくしてね?」 「可及的速やかに誠意を持って善処してみる」 「なんでそんな言葉使い……うぅ、心配だよう」 もうドキドキ過ぎて、俺もわけわかんなくなってるのか……。 本当は今すぐ押し倒したいくらい、頭の中は“秋音可愛い”でいっぱいで埋め尽くされてて。 恥ずかしがる顔も、困った顔も可愛くて、もっと見てみたくなるけど。 「もっと触るけど……秋音」 「……なに?」 「嫌がらないでくれ」 「律ぅ……んっ、ちゅ……」 秋音を怖がらせないよう、優しく口づけをして。 女の子っぽさ全開のお尻を、お尻を包む布地越しに撫で回す。 「っ、律ぅ」 「秋音……」 秋音の体温に、匂いに、柔肌の感触に……。 秋音の全てに心臓がばくばくと激しく鼓動する。 キスして、胸を揉んで、お尻を触って……そろそろ、いいよな? お尻に這わせていた手を、そっとその先へと伸ばす。 秋音の、まさに女の子そのものの場所……。 中指で触れた布地は微かに柔らかく膨らんでて……。 「あ……ん……そこ……」 「……ここ?」 直接見れないことがもどかしい。 布地の上から割れ目の凹凸を確認するように、指を上下になぞる……ってこんな感じか……。 「ひぃぁっ、そこ……ひゃっ、あぅぅ……だめぇっ!」 「あ、悪い……痛かった?」 「うぅ、そうじゃないけど……その……心構えする時間が必要なんだよ〜」 「そうか、ごめんな」 「うぅ……別に律が悪いわけじゃないけど……あの、何かする前に、するって言って欲しいな」 「いいけど。じゃあ、あそこ、触ってもいい?」 「……う、うん」 こくっと小さく頷く秋音の秘処に、再度手を伸ばし、指で触れる。 「んっ、ひゃっ……ふぁ……」 「まだ、だめ?」 「……ううん……恥ずかしいけど、平気」 「なら、もうちょっと動かすぞ」 「うん……」 俺の言葉に小さく頷いて、きゅっと俺のシャツを握りしめる。 「あっんっ……んっ……あぅっんっ……」 「これ……もう……恥ずかしい、よぉ……」 秋音の反応が可愛くて可愛くて……。 もっと先へ……さらに先へと進みたくなるじゃないか! 「下着、脱がせていいかな?」 「ふぇっ!?」 「このままじゃびしょびしょになっちゃうんじゃ……」 股間の布地は既にしっとりと湿り気を含んで、徐々にその領域を拡大していっている。 「うぅぅ……そ、そう、だよね……もう、恥ずかしいよぉ……」 「……ふぅ……んっ。い、いいよ……脱がして」 こくっと頷いた秋音が、視線をそらす。 「ど、どうぞ……」 「おう……」 パンツの両脇に指を引っかけ、形の良いお尻を露出させる……。 そのままするすると太股の半ばまでずり降ろしていく。 「うぅ……恥ずかしくて、いっぱいいっぱいだよ……」 「俺も、興奮していっぱいいっぱい……だから、いっぱい触りたい」 「う、うん……」 「触るよ」 「2回言わなくていいよ……ぅん、ひゃっ! ふぁ……」 手を延ばすと、指先に先ほどまでよりずっと滑らかで柔らかい丘の感触が伝わってくる。 ほんとに、ふわふわとしてて柔らかい! その感触を楽しみながらも、更にその奥へと指を進めると、指先に熱く湿った何かが触れた。 「んんっ!?」 熱く濡れた粘液が指先に絡みつき、少し指に力を入れただけでどこまでも沈み込みそうなほどとろとろの肉襞が俺の指先を包み込む。 指を覆う温かさ……女の子の大切なところに、今触れてる……。 「こ、ここだよな」 見えないせいで余計に想像力をかき立てるそこをゆっくりとなぞる。 「うん、そこ……ひんっ! 爪、引っかかって痛いよ」 「っと、ごめん。こうかな?」 「それなら平気……ふぁ、うん。そこ、気持ちいいかも……んっ……」 「この辺か?」 「うん……さっきのとこも爪じゃなければ……その、敏感だから、優しく、してね……」 「もしかして、さっきのとこがその、クリトリスか?」 「うぅ、多分、そう……。んっ、ぁふ……ふぁん……」 慣れない愛撫に戸惑いながらも、秋音の反応を確かめるように、指を這わせる。 「ふぁ、律ぅ……キス、して……?」 「うん……」 「んっちゅっ……ふっぁ……」 くちびると手と。 2つの動きを同時にできるほど慣れてない俺の唇に、秋音の舌が入り込んでくる。 「ちゅっ……んっ……ふぁ……」 「律ぅ……くち、すごい……んっ……」 秋音は俺の指から逃れるようにキスを続ける……。 秋音にキスでリードされた分をお返しするように、指先を動かす。 「んふぁ! んっ……そ、そこっ、びくんって……」 我慢競べに、負けたのは秋音だった。 秋音の体がびくびくっと、何度も震える。 「っ、ふぁ、はぅ、はふ。も、もうだめ、立ってられないよぉ」 「じゃあ、その……ベッド行こう」 「……うん」 「律……」 「上手くできなかったらごめん……でも、優しくするから」 「……優しくしないで」 「え?」 ひょっとして秋音って、叩かれたりすると……。 「あっ、そ、そういう意味じゃなくて……だ、だからその、ボク初めてだから、多分痛がると思うんだけど……」 「でも、止めないで……ボク、律と結ばれたいから……」 「途中で終わり、なんてことにしたくない……」 はだけた制服から覗く、火照った白い肌……。 恥ずかしい気持ちでいっぱいだろうに、秋音は俺と結ばれたいと言ってくれた。 「わかった。止めない」 「ありがとう」 応えたい。 それに…… 「けど、めいっぱい優しくする」 「はぅ」 「いっぱい優しくしたい。俺、秋音が辛そうにするの、見たくない」 「でも、秋音と……いっぱいエッチしたい」 「……うん」 「だから……我慢出来なかったらごめん。ちょびっとだけ覚悟しといて」 「大丈夫だから。我慢しないで、律の好きにしてほしいな」 「好きにする……だから優しくしたい」 「うん……ありがとう」 そっとくちびるを重ねるキスをする。 その間、お互いの胸をくっつけあう。 秋音の心臓がドキドキしてる……。 「ね。しよ……?」 「……入れる前に秋音のここ、ちゃんと見てみたい」 「えっ」 「さっきは弄るだけで全然見れなかったから、見たい」 それに、出来るだけ痛くならないよう、めいっぱい濡らしておきたいし……。 「うぅぅ……見るの?」 「もちろん」 わずかに開いた秋音の股を、がばっと両手で開いて……。 濡れたそこに顔を近づける。 「ひゃっ!? ちょ、ちょっと、そんな近く……」 「……おぉ」 「うぅ……恥ずかしいよ」 「こんな風に、なってるんだ……」 「言わないでよぉ……んっ……」 指で軽く触れると、割れ目の奥から新しい蜜液が溢れて入り口を潤していく。 ドキドキが止まらない……。 これからここに入れると思うと……。 「秋音って濡れやすい体質なのかな。もう十分、とろとろに濡れてる」 「それは……さっき律がいっぱい弄ったからだよ」 「気持ちよかった?」 「うん……だって、律に弄られてるんだもん。いっぱい、感じちゃうよ」 「ごめん、秋音」 「な、なに?」 「俺、もうしたい……」 そんなこと言われて我慢できるか! とろとろに濡れているあそこを見せられて、我慢できない! 俺はズボンを下ろして、ぎんぎんに反り返った肉棒を取り出した。 「え、えっ、なにそれ……」 「俺の……だけど……」 見られるの恥ずかしいな……。 けど、それ以上に秋音のびっくり顔が気になる……。 「どうしたんだ?」 「だって、おっきい。お風呂で見たときは小っちゃかったのに……」 「大っきくなったんだ。秋音としたくて……あっ」 「なに?」 「てかこっそり覗いてたのか……むっつりだな」 「む、むっつりって……だって見えちゃったんだよ……」 「それにあの時はこんなになってなくて……ボクのことやっぱり女の子だって思ってないのかなって……」 「え……えっと、ひょっとして落ち込んでた?」 「うん……」 「あの時は勃たないよう気にしないように頑張ってた。でも今はこの通りギンギンだ」 「う、うん……見えてるから……でも、おっきいよ。……入るの?」 「……」 「黙らないでよぉ」 「大丈夫。入れる。俺が入れてみせる」 「……ほんと?」 「途中で終わりにしたくないのは、俺も同じだ」 「……うん……ボク、頑張るから……止めないでね」 「おう。それじゃ、その……」 「うん。律、来て――」 「ああ」 俺の身体を秋音の脚の間に割り込ませ、蜜液に濡れた割れ目に肉棒を押し当てる。 秋音の身体がびくっと震えた。 「律の熱いのが当たってる……」 「――っ」 ぬるりとして柔らかく温かい感触が先っぽに伝わってくる……それだけで気持ちいい……。 それが秋音のあそこの感触だと意識すると、粘膜同士が触れ合っての微かな動き1つ1つすら気持ちよくて。 それだけで射精そうになる……。 「……律」 「ゆっくり、行くからな」 何とかこらえながら、俺は腰を前へと…… 「あぁ……律のおっきいの、ボクの中に入って……ふぁぁっ」 「んっくっ……大丈夫か?」 「う、うん。まだ、平気……っ続けて? んっ、ふぁ、あぁ……」 ずぶずぶとなんの抵抗もなく入り込んでいくかと思ったペニスが、亀頭の半ばほど入り込んだ位置で微かに押し返される。 「……ぅん」 秋音を見ると、赤い顔でこくっと頷いた。 それじゃここが――この抵抗感が、秋音の初めての証……。 「いくぞ」 「うん。律……ボクを本当の恋人に、して――」 秋音の声に頷いて……ゆっくり、けれど力強く腰を突き出す。 わずかな透間を拡げて押し通るような、そんな抵抗感があって……。 きつい……けど……。 「っうぅっ!」 秋音が耐えているから……俺も……。 抵抗感を突き抜けて、ずるるぅっ、と肉棒が膣奥へと……。 「――きっ、あ、あぁぁ……」 カリ首の一番太いところが通り抜け、キツいながらも柔らかい膣肉に包まれる。 ずぷっと竿の半分ほどが秋音の中へ……ぎゅぅと絞られる。 「うぉ……」 ほんとにきつい…… 「いっ……痛っ……」 「……大丈夫?」 きつくて少し痛い……けど、それ以上に思いっきり腰を振りたい衝動が……。 それを抑え込む。 「ふぅ……ふぅ……んっ……」 「だめ、か?」 「っ、う、うん……痛いけど、だいじょ……っ!」 「無理するな。痛みが治まるまで、少しこのままいよう」 「ふぅ……う、うん……ありがとう……ふぅ……んぅ……んっ!」 びくっと腰を浮かされ、締め付けられる。 このまま射精できる……しそうになるくらい気持ちいい……。 「痛いか?」 「うん……でも、嬉しいかも……」 「そうか」 「これが……律、なんだね……」 「……それ、すごくエッチだな」 「律がエッチなんだよ……もう……」 「俺はエッチなのは分かってるじゃないか」 「ん……分かってたよ……ずっと前から知ってたよ」 「……律、途中で止めないでくれて、ありがとう」 「お、おう……」 満足そうな笑みを一瞬見せる。 びくっと俺のが跳ねた。 「あっ……ね、律……ゆっくり、動いて」 「いいのか?」 「ゆっくりね……ボク、気持ち良くなりたい、から……」 「無理そうなら言ってくれ」 「大丈夫。痛くても律が気持ちいいとボクも嬉しいから」 「秋音……」 「ちゃんと、最後までしてね。ボクの初めて、ちゃんと最後まで律にあげたいから」 「もう貰ったよ」 「うん……あげられた。律が貰ってくれて……もう満足だから。あとは律が気持ちよくなって欲しいな」 「……もう気持ちいいんだけど」 「そうなんだ……よかった……」 「秋音も気持ち良くなって欲しい」 「うん、律となら大丈夫。ちゃんと気持ちよくなれるよ」 「うん……それじゃ……」 秋音に負担をかけないよう、ゆっくりと腰を引き、またゆっくりと挿入する。 それだけで、経験したこともない快感が押し寄せてくる。 「んっ、んんっ……ふぁぁ……っ、んぅぅ……」 痛いと言わなくても……痛いのかな……。 「あっ、その手……嬉しい……」 「……こう?」 手を伸ばして頭を撫でる。 「うん……もっと触れて……」 露わになって上下に揺れるおっぱいにも優しく触れる。 「あんっ……そんなに揉んで……」 「ここ、少し固くなってるな」 「うん……全部、律のせいだよ……」 胸を揉んだり、意識をあちこちに向けさせると、痛みから気をそらせられるのか? それじゃ、身体のあちこちを触りながら……。 「ひゃんっ……お腹、ちょっとくすぐったい……あっんっ……」 身体中に触れながら、ゆっくりとした抽送をくり返していく。 気を抜くと、激しく腰を振りそうだ。 でも、我慢しながら秋音の全身をあちこち撫でながら、ゆっくりと抽送をくり返す。 「あん……んっ……んんっ……あっ……」 秋音の身体から、こわばってたものが取れた……気がする。 表情から痛みの色が消えたような……。 「んっ、あふ……あっそこ……」 「ここ? 気持ちよかったか?」 「うん……もう、大丈夫だから……」 「だから、律の好きに動いていいよ」 「わかった。それじゃ……」 「遠慮しないでね。律の全部、受け入れるから……んんっ、ふぁ……」 秋音の言葉を受けて、少しペースを上げる。 じわりじわりと、身体の奥から快感を高めていくように……。 「っ、あふ……律のが奥まで入って……ふぁっ、や、まだ……深い、よぉ……ひんっ、ぁふ……」 「秋音の中、すごく気持ちよくて……ごめん、もう止まらないかも」 「大丈夫だから、んっ、ふぁっ、もう、あんまり痛く……ひんっ、は、あ、奥まで……ふぁ、あぁっ!」 秋音の声に艶が混じってる……。 今まで、浅くゆっくり動かしていたペニスを、1ストロークごとに徐々に深くするように…… 「あんっ……そ、そんなに深く……あっ……ああっ……」 秋音の肉襞を掻き分けて奥へ、奥へと入り込んで―― 「あっ……んっ……んんっ……あっ……」 突くたびに俺の肉竿に熱く絡みつくように蠢いて、射精を促してくる。 さらに秋音の奥を突き、先端を膣奥にこすりつける……こすり続けたい……。 「ふぁ、はぁっ、あ、あれ? 律、ボク……ふぁ、おかしい、かも……」 「初めてなのに、律ので、ふぁんっ、はぅ……ほんとに、気持ちよくなって……ああっ」 「俺はずっと気持ちいいぞ。秋音の中、どんどんとろとろにほぐれて、なのにキツくて……」 「でも、だって、ほんとに……こんなの、初めてで……ふぁ、律、律ぅ……っ!」 「大丈夫だから。俺と一緒に気持ちよくなろう」 「っ、うん。うん……っ」 泣きそうな顔をする秋音の手に触れると、ぎゅっと握り返してくる。 ちょっと前まで友達だと思って接していた……。 なのに信じられないくらい、女の子の顔をして、俺を見つめてきて……。 「あっ……律ぅっ……ああっ……んっ……ああっ……」 どきっとするその顔に、俺のモノがダイレクトに無意識にびくびくと震えるっ。 「っふぁ、律の、またおっきく……あぁっ、や、おかしく、おかしくなっちゃうよぉ」 「俺も、もう――抜かないと、限界――」 「っや、だめぇっ。抜いちゃ、やだぁ……」 「でも、このままじゃ……」 「おねがい、律。一緒に……ふぁ、あぁっ!」 躊躇している間にも限界が近づいて……。 秋音の中で、果ててしまいたいっ。このまま射精して気持ちよくなりたい。 秋音の膣内を俺でいっぱいに満たしたい!! 「お願いっ……一緒に来てっ……」 「……わかった。一緒に――」 「うん。うんっ、一緒に……ふぁ、はぁんっ! ボク、ふぁっ。ボク……ひぅっ、おかしく……」 「っ、秋音っ!」 「あぁんっ、ボク、ふぁ、あぁっ、ひぅっ、うぁ、きゃうっ、うあぁぁっ!」 「もう、もう……イっちゃ、ふぁ、あぁぁっ! あぁぁぁ〜〜〜っ!」 「――ッ!」 「んんんんんんっ!? ふわぁあぁぁぁぁっっ!!」 秋音の中で思いっきり果てる。 すると俺の精液を搾り取るように膣内が震えて……。 「ひあっ、ふあっ! あふっくっ、ふうぅ……ぅ……んんんんんんんっっ!!」 さらにひときわ大きくふくれあがった肉棒から、どくっ、びゅくっ、びゅるっ! 勢いよく精液が噴き出す。 秋音の膣奥を白く染めていっている……。 「っ、あぁっ、奥で律のがひくひくって……熱いのいっぱい、お腹の中に……ひんっ、注がれちゃって……ふぁ、あぁんっ!」 「ふぁ、あぁ……はぁっ、んんっ、初めてなのに、ほんとにイっちゃった……」 「ん……秋音……」 「ひんっ、ぁふっ、ふぁ……律の大好き、いっぱいお腹に貰っちゃった……ふふっ……」 くったりと全身の力が抜けてベッドに身を預ける秋音。 その頭を優しく撫でる。 「……イッた顔、すごいエッチだった」 「うぅっ……なんかそれ、反応に困るよぅ……」 「喜んで、いいのかな?」 「もちろん」 「そうかな……それじゃ……嬉しい、です」 「じゃあ、これからいっぱい言ってやろう」 引き抜こうとしたら、秋音の手がそっと俺の腕を掴んだ。 「ん、もうちょっと……」 「もうちょっと、このままでいたいな。律と繋がったままで……」 「ん、そうか」 繋がったまま、覆い被さるようにしてそっとキスをする。 「ん……ちゅっ。えへへ。律と繋がってる間はずっと、“初めて”の間だよね?」 「ん?」 「“初めて”は特別だから。少しでも長く繋がって、いっぱい幸せになって思い出増やしたいなって思って」 「秋音……」 にっこりと笑う秋音に、小さくなっていた俺のモノがむくむくと再度大きさを取り戻し始める。 「ひゃんっ、え、また、律のがおっきく……」 「秋音が可愛いことを言うせいだって」 「え、でも……あぅぅ……」 「このまま“初めて”の続き、してもいいか?」 「う、うん……ひゃうっ! いきなり、奥……ひんっ、ふぁぁ……」 こくっと頷いた秋音の腰を引き寄せ、硬くなりかけた肉棒で膣奥をずんと突いて。 俺たちはそのまま2回戦――いや、“初めて”の後半戦に突入したのだった。 「うーん、良い天気だ」 今日はデート。 秋音との初デートの日だ。 「出かけることは何度もあったけど、デートかぁ」 「……デート……」 「でーと、でーと」 何度も言ってみる。 そうすれば多少は照れもなくなるかと思ったが。 「……やめておこう」 余計に顔が紅潮しそうだ。 「えっと……律?」 「うおっ、秋音!」 「ひあっ! ど、どうしたの、そんなびっくりして」 「いや、急に現れるから」 「さっきからいたけど……」 「いたのか?」 「話しかけようとしたら、デートデートって言い出したから……」 「……聞かなかったことにしてくれ」 「う、うん、わかった」 「ひょっとして、待たせちゃった?」 「そんなことはないぞ、大丈夫だ」 「ごめんね……用事で、ちょっと時間取られちゃって」 「本当はお弁当も作りたかったんだけど……」 「大丈夫だって。お弁当は2回目以降のデートでも、段取り的には十分OKだ」 「デート……」 「あぁ、いや……」 「それで、えーっと……」 頬を赤らめる秋音から、なんとなく視線を外す。 さっきよりずっと顔が赤くなっているのが、自分でもわかる。 ――秋音と出かける。 俺がここにいて、秋音がここにいて、2人で出かける。 これはデートだ。 “恋人同士”が2人で出かけるのだから、間違いなくデートなのだ。 恋人……。 「えっと、その……」 「えっ、な、なんだ、秋音?」 「う、ううん! ボクの方は、なんでも……」 「それより、律の方こそどうしたの?」 「俺は、えーと……」 「そ、そういえば、この、名前で呼び合うのって、もうだいぶ慣れた……よな?」 「あ、言われてみれば……そう、かも?」 「……秋音」 「そんな囁くように言わないでよぉ……恥ずかしいじゃない……」 「悪い悪い、つい」 よく考えれば、慣れるのも当然か。 2人きりで、あんなに呼び合いながら、求め合いながら……。 「……」 「……はぅっ」 「うおっ、ど、どうした、秋音」 「あ、だ、ダメ、律! こっち見ちゃダメ……っ」 「色々思い出しちゃいそうで、その……!」 「え、あっ、お、おう……」 秋音に言われて、慌てて視線を逸らす。 真っ赤になった秋音。 何を思いだしているのか分かる……俺も同じだから! ……そういえば“あの時”も、こんな風に恥ずかしそうな顔をしてた気がする。 「……その、さ」 「な、なに?」 「……俺たち、恋人になれたんだよ、な」 「うん……ボクたち、本当に、恋人に……」 「……」 「……」 「と、とにかく行くか! 今日は遊園地だぞー! 楽しいぞー!」 「そ、そうだね! 楽しもうねっ」 2人で、2人のことを誤魔化しながら、俺たちは遊園地へ。 恋人―― 恋人になってからの初デート。 恋人同士のデート。 「久しぶりだなぁ、こういうところって」 「俺も」 「2人きりで、っていうのは……初めてか」 「あ……そうだね」 「……変に思われないかな?」 「思われないって。むしろ自然だ」 「ほら、周りだってカップルは多いだろ?」 言って、ぐるりと周りを見回してみる。 そこには見事に、家族連れとカップルしかいない。 いやほんとに。呆れるほど。 昼間っから盛りおって……。 「ボクたちも、この中のひと組……なんだよね」 「……あ、うん。そうだった。間違いなくカップルだ」 「なんなら、もっとそれっぽくしてみるとか」 「えっ、それっぽくって?」 「例えば……ほら、あそこの2人は手を繋いでる」 「あっちは腕を組んだりしてるだろ?」 「……ちょっと、恥ずかしいかな。あはは」 「まあ、俺もちょっと……」 「けど、あれくらいならいいんじゃない? ほら、向こうのベンチ」 「2人でベンチに座る?」 「そう。ああやって、すぐ近くで寄り添いあいながら、相手の肩に手を回して……そのままキスを……」 「……」 「……」 「あ、あれ、やる……の?」 「いや、まさか公衆の面前で、そこまでは……」 「そ、そうだよね」 「キス……きす、なんて……ねぇ」 「ねぇ」 「……」 「……」 「き、今日は恋人ということは忘れよう! 友達として楽しもう! そうしよう!」 「う、うん! それがいいよね!」 「友達として、遊園地でいっぱい遊ぼうっ」 「おう! というわけで、さあ行くぞ、我が友よ!」 「今日は楽しもうね、律……じゃなくて夏本?」 「いや、そこは出来れば律がいい」 「……そうだね。今日は楽しもうね……友達の律!」 「おお、我が友よ!」 ……などと。 いちいち宣言しながら、俺たちは遊園地の奥へと足を踏み入れる。 遊園地の中を、秋音と歩き回って、走り回って。 2人でいれば、長い待ち時間も楽しくて。 時間はあっという間に過ぎていき……。 「ねぇ、最後はあれに乗ろうよ」 「待ち時間ありそうだけど、いいよな」 「うんっ」 「っはぁー。遊んだなー」 「うん、いっぱい遊べたね」 観覧車に乗りながら、俺たちは話し続ける。 それまでずっと話してたのに、まだ話し足りない。 「アトラクション、半分くらいは制覇出来たかな?」 「まだまだ3分の1くらいじゃない?」 「そんなもんだっけ……ジェットコースターの待ち時間、長かったよね……」 「けど、その分だけ楽しかったよな」 「スピード感があって、すごかったなぁ。アレより速いのあるんだって。知ってた?」 「まじかよ……まさに絶叫マシンだな、それ」 「あとはぁ……コーヒーカップに何回も乗ったよね」 「いやー、あれはなかなか楽しくてなぁ」 ふと思う……もはや完全に友達同士の会話だよな……。 「律ってば、ものすごくぐるぐる回すんだもん」 「普段、2人で回ることなんてあんまりないだろ?」 「この機会にやっておかないと! と思って」 「あははっ。そう言われると、確かに貴重な体験かもね」 「貴重な体験といえば――秋音、ミラーハウスで迷子になってたよなぁ」 「あっ、あれは、律が1人で行っちゃうからだよぉっ」 「何度も鏡に騙されてさ。あの光景はなかなか貴重だった」 「うう〜っ」 「でも、それを言うなら律だって、お化け屋敷ですっごく悲鳴あげてたよっ」 「あれは秋音が絶叫する声に驚いてたんだ」 「ボ、ボク、そんなに叫んでないよぅ。……ちょっとびっくりしてただけで」 「座り込むくらいに、ちょっとな」 「うぅ、なんでお化けの人って、座り込んだら後ろでずーっと待機してるんだろう……」 「襲いかかられたら嫌だろ?」 「待たれてても嫌だよぉ」 「ははっ。でも、飛びついてきてくれたのは嬉しかったけどね。頼られてるって感じで」 「ボクも……律のところに行けば大丈夫だって思って」 「ありがとな、秋音」 「お礼言われることじゃないよ」 「ボクの方こそ、ありがとう」 「……っふふ、なんだか変な感じ。2人でありがとうって言い合って」 「だね」 「あっ! 見て、律」 「景色、すっごく綺麗だよ」 「おぉ、ほんとだ。イルミネーションも、町も――綺麗だ」 「こうやって景色を眺めるのも、貴重な体験、かな?」 「そうかもな。こうやって、秋音と2人で……」 友達同士の会話だった。ここまでは。 けれど、それでもやっぱり、今までとは何かが違ってて。 多分、秋音も……そうだろう、と思う。 「うん……」 「ボク、ね……本当に嬉しいよ」 「お化け屋敷だけじゃなくて、こうやって、一緒に遊園地で遊べて」 「俺もだ。秋音と一緒に遊ぶのはいつだって楽しかったけど――」 「今日は今までの中で、一番だ」 「ふふ、ボクも」 「これってやっぱり……恋人だから、かな?」 「そう、かも」 「……でも、そう思うとちょっと、恥ずかしい、かも」 「俺も、ちょっとな」 「……」 「……」 「俺さ、思ったんだけど」 「ん?」 「俺たち、今日みたいな関係の方があってるかもな」 「えっ? それって……」 「あぁいや、恋人は、恋人だ。それは絶対に失くしたくない」 「う、うん。ボクも……絶対」 「でも、それを意識しすぎない方が、いいな」 「意識しすぎない……そっか、そうかもね」 「それに……俺は、そういう秋音に惚れたんだ」 「……律」 「恋人だけど、それだけじゃない。友達でもあって」 「そんな感じで……秋音と同じ時間を過ごしたい」 「……うん」 「すっごく素敵だよ、それ! 恋人なのを意識しすぎない、ボクたちだけの関係」 「ふふ、いいかも」 「ああ。2人で――」 「――っん!」 「ん……っふぁ」 「ふふぁっ……」 「っはぅ、ぅぅ〜……! 律」 「ん?」 「キスされたら……友達の関係はどうするの?」 「難しく考えない。俺と秋音の関係だから」 「……ふふっ恋人同士、意識しないって言ったばっかりなのに、ね」 「秋音の顔見てたら可愛くて――無性に」 「ふぁ……だ、だから、そういうの、その……恋人、意識しちゃうからね……」 「していいよ」 「うん……それじゃ、もう一度……お願い」 再び、くちびるを重ねる。 「んっ……ちゅっ……」 ゆっくりと中空を揺蕩う2人きりの空間の中で―― 同じ時間を共有できることを、心底嬉しいと思った……。 「……」 部屋で1人、腕を組む。 「うーん……」 うなってみたりもする。 「……誰もいないなぁ」 見渡したところで、部屋には俺1人。 「急に誰かが布団の下から出てきたりも……しないか」 ぺろっとめくってみるが、いない。 「……」 また腕を組み、部屋の真ん中であぐらをかき、目を閉じる。 「1……2……3……」 と10まで数えて、目を開ける。 誰も現れない。 「かもん、らばーず!」 試しに呼んでみる。 「……」 「……秋音が来たり、しないよなぁ」 遊園地でのデートから数日―― あれきり、秋音とまともに会えない日々が続いている…… 何故だっ! 「秋音とちゃんと会って話が出来たのは、3日……4日前か?」 「いや、もっと? 1週間……?」 というより、自分の中ではもう何ヶ月も会っていないに等しいっ! 「ちらっと見かけるか、挨拶くらいがせいぜいだもんなぁ……」 聞くところによると、秋音は魔法に関することで色々と時間を取られている。 魔法の研究か……。 「“絶対王言”……まあ、すっごい魔法なのは俺にもわかるし」 「それをうっかり使ったりしないようにっていうのは、大事なんだろうけども……」 「それでも俺は、毎日会って話が出来ないとジタバタしてしまう病気なんだ!」 「病気? 大丈夫?」 「……」 「聞いてた?」 「うん」 「確か、実家戻ってなかったっけ?」 「昨日、戻ってきたよ」 「そう……おかえり」 「ただいま」 「……」 「誰かと会ってないといけない病なんて、大変だね」 「……まあな」 「毎日かー。私なら、誰とだったら大丈夫だろうなぁ」 「掘り下げられると非常にこう、なんというか」 ……気恥ずかしい。 「ところで、律くんは誰と会わないといけないの?」 「……それを言ったらいけない病気でもあるんだ」 「わ、併発してるんだ。大変だね」 「……まあな」 「ところで、出来れば今聞いたことは全て忘れてほしい」 「大丈夫。病気のことなんて軽々しく口にしないから」 「うん、そうしてくれると嬉しいぞ」 「それじゃ、私は行くから。闘病がんばってね」 「ああ」 「あ、みのりん! 聞いて聞いて、珍しい病気の話聞いちゃったんだよー」 「言ってるそばから口にするんじゃない!」 「うーん……」 「なにしてんの?」 「オリエッタか……」 「なによ、その言い草。失礼ね」 「俺は現在闘病中だから、放っておいてくれ」 「えっ、アンタ、病気だったわけ?」 「ああ」 「それなら部屋で寝てなさいよ。歩き回ってたら治るものも治らないし」 「心配ありがとう。大丈夫、こいつは難病なんだ」 「はい?」 「しかも絶対に感染しない病気なんだ。されても困るし」 「感染しない? よくわからないけど、本当に大丈夫なわけ?」 「今のところ大丈夫ではないが、部屋で寝てるといっそう大丈夫じゃない」 「なおさらわからないわよ。もっとわかる言葉で話しなさい」 「まあ、要するに……」 「要するに?」 「……恋の病だ」 「あー、そう……お大事にー」 誰かに相談したいところだけど、誰に話すことも出来ない。 さりとて誰にも話さないと、悶々とするばかり。 夜まで待てば多少は顔を合わせる時間も取れるのだろうけど―― 逆にそれまで会えないというのは辛い。 なんとか少しでも会える時間を作れないかと思うが、自分でどうにか出来る話でもない。 誰にも相談出来ないが、誰かに相談しないと始まらない。 このジレンマの中で、俺はひたすらに苦しみ続けるしかないというのか……!! 「秋音に会いたい。なんとか出来ないものかと」 「何故あっしに……」 「丁度昼飯時なので、腹を満たすついでに」 「適当でやんすか!?」 「さっきも話した通り、シャロン以外に頼れる相手がいないんだよ……」 「ちっとも説明されてないっす」 「はぶいたので」 「つまり、何のことやらさっぱりでげす」 「シャロンなら、俺の心中を察することができるんじゃないかと。メイドだし」 「メイドってそこまで出来るでやんすかっ!?」 「伝え聞くところによると」 「あっしはまだまだ修行不足でげすね……」 「で、なんとかならないかな?」 「う〜ん」 「頼むよぅ。風呂掃除でもなんでもするからぁ〜」 「き、気持ち悪いですから、その猫なで声はやめてくだせえ」 「このままだと俺、シャロンと話す時はいつもこんな声になってしまいますよぅ」 「脅しなんだか懇願なんだかわからないでやんすよっ」 「どうにか! 風呂掃除で足りないなら、もっとコキ使ってもいいから!」 「コキ使う……」 「わっかりやした! 旦那の覚悟、しかと受け止めやした」 「えっ、それじゃあ!」 「このシャロン、そこまで頼み込まれたら断る言葉を持ちやせん」 「ここはひとつ、お2人のために一肌脱ぎましょう!」 「ほ、本当か!」 「メイドに二言はありやせんぜ」 「ありがとう、シャロン!」 「なんのなんの」 「お2人には熱い青春の想いを見せてもらった、あっしの恩返しみたいなもんでやんすよ」 「シャロン……!」 「それじゃ、あっしは早速根回しをしてくるでやんすから」 「俺は何をすればいい?」 「旦那は……そうでやんすねぇ……」 「温室の辺りで待っていてくれれば、そこにトッキー殿をお連れするでやんすよ」 「わかったでやんす!」 「いい笑顔でやんすよ!」 そう言われて―― 俺は猛ダッシュで温室に駆け入り、今や遅しと秋音が来るのを待つ! 「秋音……」 なんだか不思議な感じがする。 今までは、会おうとしなくとも自然に会っていたのに。 自然に会って、自然に話して、自然に別れて―― それが普通で、ただ側にいる友人として接していた秋音。 けれど今は、ただの友人じゃなくて。 かけがえのない、大好きな恋人になった。 そして自然に会って、自然に別れるだけでは物足りなくなっていた。 いつの間にか―― 「恋の病か……本当にそんな感じだなぁ……」 秋音と会える。 それがこんなにも嬉しいなんて……。 「早く来ないかなぁ」 どうしても気が急く。 うずうずと身体が揺れるのを自覚しながら、きょろきょろと温室の中を見回してしまう。 そうしながら、秋音の姿を探していると―― 「律ーっ」 「秋音!」 「はぁっ、はぁっ……ごめん、待たせちゃったかな?」 「平気! 秋音と会うための待ち時間なら、ちっとも苦痛にはならないから」 「ふぁっ! そ、それはなんだか恥ずかしいよ」 「はは、俺もちょっとな」 「けど――悪かったな。無理に呼ぶみたいな形になっちゃって」 「ううん、気にしないで」 「律に会うためなんだから、全然平気だよ」 「そう言ってもらえると嬉しいよ」 「俺、さ――女々しいって思われるかもしれないけど」 「ん?」 「秋音と一緒に過ごせない時間っていうのが、すごく寂しくてさ」 「どうしても、秋音と会って、顔を見て、話がしたかったんだ」 「大丈夫。女々しいなんて思わないよ」 「それに……それは、ボクも同じだから……」 「ボクも、律と会えない時間が辛くて、寂しくて……」 「出来ることなら、ずっと……ずっと一緒にいたいくらい、だよ」 「秋音……嬉しいよ」 「俺も同じ気持ちだ」 「よかった……律も同じ気持ちでいてくれたらいいなって、思ってたんだ……」 「俺のことをそんなに考えてくれるなんて、嬉しい……幸せだ」 「秋音にそこまで想ってもらえてるんだって思っただけでも、天まで昇るような気持ちだよ」 「もう大げさだよ、律」 「本音だぞー」 「うん……ボクもだよ。大好きなんだから……」 「俺も秋音に負けないくらい、秋音のことが好きだからな。ずっと一緒にいたいって気持ちも負けてないはず」 「えへへ……嬉しい。ボクも、天まで昇っちゃいそうな気持ちかも」 「秋音」 「ふぁ……」 そっと、ぎゅっと、秋音の手を握る。 柔らかい、温かい、心地いい、秋音の手。 秋音がここにいるのを感じる。今、俺の目の前に。 「ボクの気持ち……律に伝えられてよかった」 「律が、ボクと会えなくて寂しいって言ってくれた時、本当に嬉しかったんだ」 「だからボクも、もっと律に、自分の気持ちを伝えなくちゃって思って」 「ちゃんと言えてよかった……ちょっと、すっきりしちゃった」 「俺も、秋音の気持ちを聞けてよかったよ」 「幸せでいっぱいだ」 「うんっ。でも、もっともっと――」 「ボクも律みたいに、もっと素直に言えるようになるね」 「そしたらもっともっと、好きになって……くれるかな?」 「これ以上好きになったら、秋音がどうなるかわからないぞ」 「ふふ。律にだったら平気だよ。どこまでだって、好きになってほしいから」 「際限を知らないからな、俺は」 「うんっ、期待してるよ」 「任せとけ」 答えながら、秋音をぎゅっと抱きしめる。 「ん……気持ちいい」 「ああ」 「出来れば、ずっとこうしていたいくらい」 「そうだな」 「……けど、時間は大丈夫なのか?」 「ん……実は、もうそろそろ行かないと。ちょっと休憩貰っただけなんだ」 「そっか――」 頷き、ゆっくりと身体を離す。 手に秋音の感触がなくなるのは、ひどく寂しい気がした 「……ね、行く前にもうひとつ、素直に気持ちを伝えていい?」 「どんな?」 「その……キス、してほしい」 「そんなの、お安い御用だ」 「秋音の好きな時に、好きなだけ、してあげるぞ」 「あ……」 頬に触れる。 秋音は恥ずかしそうに小さくだけ声を発し、あごを上げた。 目をつぶって――優しく、唇を触れさせる。 「んっ……」 秋音のくちびる……。 恋人の、大好きな人のくちびるに……。 「ん、っふ……」 ゆっくりと、名残惜しく離した……。 秋音の口から漏れる吐息は、俺の理性を吹き飛ばしそうになるが―― そこは、なんとかぐっと堪えた。 いくらなんでも、今はよくない。 秋音のことが好きだからこそ、迷惑をかけたくはない。 「ん……それじゃあ、行くね」 「ああ。――また、な」 「うん、またね」 お互いに少し寂しく見つめ合ってから、小さく手を振って。 俺は秋音が去っていく姿を、吐息と一緒に見送った。 秋音の後ろ姿が消える時、彼女は手を振った。 俺の方じゃなくて別の方向に。 その方向から来たのは―― 温室までやってきたシャロンから、風呂場の掃除を頼まれた。 シャロンが取り持ってくれたわけだし、ここは感謝の意味も込めて、しっかりやっとかないとな。 よーし、いつも以上にピカピカなお風呂にしてやんぜ! 「……あれ?」 「ん?」 「えっ……律!?」 「秋音! どうしたんだ、こんなところに」 「律こそ、どうして……あっ、ひょっとして、お風呂入るところだったの?」 「掃除中の看板立ってたはずだけど……」 「どうしよう……ボク、お風呂掃除しなくちゃいけないんだよ」 「いや、大丈夫だ。というか、俺も風呂掃除に来たんだよ」 「えっ、律も?」 「シャロンに言われてな」 「あ、ボクも! シャロンさんに、時間を作った代わりにお風呂掃除をお願いって言われて……」 「秋音も同じだったのか」 「そうだったんだ、律も……」 「ひょっとしてシャロンは……」 「シャロンさん、ほんとにすっごく頼りになる人だね」 「ああ。普段の言動はともかく、今日はトコトン感謝しないとな」 「そうだね。ありがとう、シャロンさん……!」 「……あ、でも、掃除はしないといけないんだよね」 「……まあな」 「2人でやれば、きっとすぐ終わるよね」 「ああ、そうだな。2人で――」 2人。 秋音と2人きりの風呂。 俺たちだけしか……いない……。 「……」 「どうしたの、律?」 「あぁ、いや……」 「あ、そうだ。お風呂掃除って濡れちゃうから、服は気をつけないとね」 そう言いながらスカートをわずかにたくし上げる秋音。 自然と、秋音の脚に視線が行ってしまう。 綺麗で、すべすべして、思わず触れたくなるような、脚。 脚だけではない―― 夏服の二の腕も、スカートの下から覗く太股も、未だ布の奥にある胸も……。 どこも、思わず触りたくなる。 秋音に触れたい。秋音を感じたい。 「秋音、じっとして」 「ん……ふえっ!?」 俺は我慢せず、秋音を抱きしめた。 驚いた秋音が、俺の腕の中で身を縮こまらせている。 秋音の体温……秋音の匂い……。 「り、律、どうしたの? その、お、お風呂掃除、しないと……」 「秋音……俺、我慢出来ない」 「我慢って……っだ、だめだよ、こんなところで……!」 「いつ、人が入ってくるかわかんないし……!」 「清掃中の看板があるうちは誰も入ってこない……はず」 「でも、シャロンさんとか……」 「シャロンが様子を見に来たりはしないだろう」 「そんなに律儀な性格だったら、サボってないだろうし」 「それは……まあ、そうかもだけど……」 「今なら誰も人が来ないから……な、秋音」 「でも、その……」 問いかけながら、秋音の背中をゆっくりと、優しく撫でる。 「ふぁ……っ」 秋音はぴくっと震えて、また身体を縮ませた。 けれど――さっきまでと違って、足をもじもじとこすり合わせているのがわかる。 よし、もう一息。 「秋音……」 「律……っん」 「もう我慢したくない……」 「……あっ」 「何? 何するの?」 秋音の腰回りに抱きついてみる。 「わ、わわっ」 「うぅ、ほんと、誰か来ちゃうよぉ」 「秋音が大声さえ出さなきゃ大丈夫」 「うぅぅ……」 スカートをめくって秋音のパンツが目の前に。 止まれるわけがない! それに―― 「秋音だって、少し期待してない?」 「そ、そんなことない、よ……」 「期待してて欲しかった……」 「そんながっかりしなくても……」 「俺、会えない間、ずっとこうしたかった!」 「わっ、声大きいよ……」 「こうしたかった……」 「もう、正直なんだから……」 「……ボクも、したかった……かな」 「……期待してた?」 「ん……キス、くらいは」 「キスしたら、もう最後まで行くしかないじゃないか」 「……」 「……やっぱり、そうかな?」 「そうでしょ……」 スカートの中に手を入れて、お尻をつかんで揉む。 「あんっ……んっ……。で、でも……こんなところだと……」 「今日はここでしか会えないんだよね?」 「んっ……そうだけど……」 「だったら、ここでするしか……」 「んっぁ……もぅ……強引なんだから……」 抵抗していたこわばりが、緩くなる…… 観念したのかな……それじゃ……。 「ひゃうっ。や、顔……近いよ」 「もっと近づけたい!」 「うぅ……律が変態になった」 「初めての時はあんまりじっくり見れなかったから……今見たい」 「見てたよっ。じっくり見られたよボク!」 「……うん、見てた」 「うぅぅ、ウソ付きだ……あんまり見ないで欲しいな。ここ明るいし……」 「よく見える……」 「だから止めて欲しいの……」 「じゃあ、触っていい?」 「まだそっちの方が恥ずかしくない……かも」 「そういうもん?」 「うん。ただ見られてる方が恥ずかしいよ……自分だけエッチなことされてるみたいで……」 「2人なら恥ずかしくないと」 「そうじゃないけど、でも、そうかも……ぁ、ひぅっ、ふぁ……」 指先でぷくっと盛り上がった股間を縦になぞる。 布地が少しずつ割れ目に食い込む……柔らかい……。 「んっ……あっ、そんな風に……いじるんだ……んっ……」 「ここ、気持ちいい?」 「うん……あっ……んんっ……」 「あっ、ああっ、あっあっ……そ、そこ……だめ……」 びくびくっと秋音の体が震えてる……。 「ここがいいのか……」 「だ、だめ……そこ、弱い、の……んっ……」 いじる手に、秋音が手を添えてきた。 抵抗が強い? 「……ここ、だめだったか……ごめん」 「ん……はぁ……ちょっと、刺激が強すぎるから……んっ……」 「それじゃ優しく……なでなで」 「んっ……んぅ……んっくっ……あっ……」 さっきよりも、気持ち良さそうな声をあげてる。 「それ……いい、よ……」 「俺もいい……これ」 「うぅ……恥ずかしい……」 触れていた生地に、しっとりと染みが浮き出してきた。 「濡れてきた」 「言うの、やめて……それにそろそろ……汚しちゃうから……」 「……脱ぐ?」 「うん……」 「それじゃ脱がす」 「え……律が?」 「うん」 「……うぅ、何でそんなに嬉しそうなの」 「嬉しいよ! 当然でしょ!」 「もう……エッチなんだから……」 「脱がすよ」 「ん……どうぞ……」 柔らかい生地の下着を、そっと下ろす……。 濡れている秋音の秘部が……丸見えに……ごくり。 「そんなにじっと見ないで……」 「目が離せそうにない……」 「うう……恥ずかしいよぉ……」 「ごめん。でも絶対無理……」 「……こんな場所でこんなことしてる自分を想像すると、顔から火が出そうだよ」 「想像する必要ないくらい、してるけど」 「そうだけど……」 「脱衣所で服を脱いでるだけと想像すれば……どう?」 「おもいっきり律が目の前にいるよ」 「いるぞ。見てるぞ」 「だから……無理だよぉ……」 「俺も……こんなにそばに秋音がいたら、興奮おさえるのなんて無理」 「うん……あぅぅ、またじっくり見てる……」 「秋音のここ、綺麗だからな……つい……」 「ボク、ドキドキしすぎて心臓止まりそうだよ……」 「触っていい?」 「うぅ……確認されるの、心構えは出来るけど、恥ずかしいよ」 「……どうしたらいい?」 「ん……もう……律のエッチ……」 「エッチじゃダメか?」 「……いいよ、エッチで」 「それじゃ……」 「っ、うぅ……なんか、すっごくドキドキする……」 「こんなところでエッチなことしてるの……興奮するよな……」 「うぅ……そうだけど……まるでボクまでエッチみたい……」 「……」 「違うのかって顔してる……」 「よくわかったな!」 「うぅ……もう……触っていいから……早く……」 「じゃあ、触るぞ」 「ぅん……」 とろとろに濡れた秋音のおいしそうなあそこを見て。 赤くなってドキドキして、目を閉じる秋音を見て。 指で触るんじゃなくて…… あそこに近づけていた指を離し、代わりに―― 舌で……れろぉっ。 「――ひゃッ、え、やっ、な、なんで……ひゃんっ!」 「や、ダメだよ。そこ、きたな――ひぅっ、ふぁ、あぁっ」 「……秋音のここは汚くない!」 「そ、そんなことないから……」 「でも舐める」 「やんぅ……ひんっ、やぁ、舐め……」 秋音の股間に顔を埋めて、じんわりとにじんできた愛液を舐め取る。 たった1歩、後ろに下がるだけで逃げられる。 「やんっ……律ぅ、やめて……」 「させて……」 「うぅ……で、でも……」 秋音はそこに立ち尽くす……。 クンニする俺を受け入れてくれるのか……。 「ちょ、ちょっと……だけだよ……」 「秋音は優しいな」 「な、何が……ひっ、ゃう……そこ、ほじっちゃ……ひんっ、やぁ……だめぇ。そこ、敏感、だから……ひあぁっ!」 「……ここ?」 少し固くなっているところ……舌で転がすと、秋音の体がびくびくっとする。 「ふぁぁ、ダメだよ、んんっ、ふぁ……変になっちゃうぅ……」 「……ずっと舐めたくなる」 「そんな……ひんっ、ふぁ……舌、指と全然違って……あぅぅ」 「こんな、こんなとこなのに、おかしくなっちゃうよぉ」 「んっあっああっ……あふっ……んうぅ……ま、まってぇ……あっ……」 「も、もうっだめ……これ以上はぁ……あっ……うぅひぅ……んんっ……あああっ!」 「もっと、舌を奥まで……」 「ふあぁぁっ!? だ、だめぇ……んっ……やぁ……そ、そこ……ずっと舐めて、ないでぇ……」 「んっふぅ……そんなに、しちゃだめ……ああっ……くぅんっ……だ、だめ……」 秋音の蜜壺から、とろとろと垂れてくる。 それをすくうように舐める。 「うぅんっ……んぁ……あっ……あふぁっ……んんんっ……あっ! ああっ!!」 膝ががくりと震える。 腰を抱き掴んで、倒れるのを防ぐ。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 とろとろと股間から蜜を溢れさせて喘ぐ秋音。 たまにちらちらと見下ろすその顔が、徐々に蕩けている。 肌は上気し、脚をぴんと伸ばして喘ぐその姿は、いつもの秋音からは想像できないエッチな姿で。 「……秋音」 「ふぁ、はぁっ、ふは、はふぅ……ボク、ふぁ、こんな……に……」 最初の頃の、表を気にしながらおどおどしていた秋音はいつの間にか隠れ失せて。 ただ、気持ちよさに喘いでいる……。 そっと舌で秘部の表面をれろんと舐める。 「ひんっ、ぁふ……あ、あぁ……気持ち、いい……よぉ……」 びくっと身体を震わせて……。 ぴくぴくと震えて、小さく喘ぐ。 そんな秋音の姿を見ているうち、俺も舐めるだけでは……我慢出来ない! 「はぁ……はぁ……あぁっ、え? り、律……? え、と……なんで……」 突然、舌を離した俺に、もじもじしながら秋音が俺を見る。 「なんで……止めたの……」 「秋音。服、脱いで。俺も脱ぐ」 「あ……」 「風呂入ろう。掃除前にお風呂入ろう」 「あ……うん……んん……いっぱい汗、かいちゃった……」 「お風呂場で……続きをしよう」 「あ、続き……で、でも……」 「俺、もう我慢できない」 「……うん。ボクも……だよ」 「それじゃ、行こう……」 「うん。あっ、服脱ぐね……」 お互いに服を脱いで裸になって……。 一緒にお風呂へ。 それから…… 「湯船で、しようか……」 「……」 「した後、洗えばいいからさ」 「……うん」 手を取り合って、湯船に入ってそれから抱き合って……。 「ふぅ……んっ……」 「まだ結構温かいな」 「うん……ぽかぽか……」 このお湯を抜いて沸かし直すのが勿体ないくらい、綺麗なお湯だ。 「少しぬるいけど、このくらいの方が、むしろのぼせなくてちょうどいいかもな」 「長湯、できそうだ」 「……」 「ん? どうした?」 「うぅ、律のいじわる……」 「……?」 「こんな格好させて……お風呂楽しむ気だ……」 もじもじしながら俺を見る秋音。 熱い吐息もかかって、秋音の下腹部と俺の下腹部に挟まれたものが…… 「……楽しめないよな」 「うん……」 「このままでも気持ちいいけど……」 「そ、それはそうだけど……」 膝の上に乗せたまま、焦らしてみたい。 とはいえ、俺にとってもこのままじゃ生殺し状態だ。 目の前に一糸まとわぬ裸の秋音がいて、太股に秋音のお尻の感触を感じながら、長時間冷静でいられるほど出来た人間じゃない。 「そろそろ、しようか……」 「ん……うん……」 秋音の両脇に手を入れる。 「ひゃんっ……」 秋音のおっぱいが俺の顔に…… 「これだけで、何度でもイけそう」 「もうっ、恥ずかしいんだから早く……ぅ……」 そっと抱き上げて秋音の入り口に俺の先端を押し当てる。 「挿れるよ」 「んっ、ぁ……」 秋音の腰が降りていく度、小さく喘ぐ秋音の膣内に、俺の肉棒がずぶずぶと入り込んでいく。 「んんっ……痛っ……んんんっぅ……」 「あ、痛い?」 「……だ、大丈夫……これくらいなら平気だから……っふぁ、ん……」 「律の、やっぱり、おっきい……んっ、ぁ……はぁ……はぁぅ……」 少し苦しそうに喘ぐのに合わせて、秋音の膣肉が微かに蠢いて俺のモノをやわやわと刺激してくる。 「んっ……」 「あ……律……」 「気持ちいい……秋音の膣内……」 「ん、良かった。ちょっと、待っててね。ふぁ、んんっ、ぁふ……」 「はふ、んん……いっ、ふぁ……あっ、ぁっ……」 ゆっくりと腰を下ろされ、俺のものが膣肉に包まれていく。 「……熱い」 「んぅ……ん、ふぁ。もうすこし……んっ……入ったぁ……」 「くっ……」 熱い膣が俺のを締め付けてくる。 さっきクンニしてる時からずっと勃ちっぱなしだったから、我慢しないとすぐ射精しそう…… 「ん……慣れてきたよ……ごめんね、律。もう動いても平気だから」 「お、おう」 秋音に負担をかけないよう、ゆっくりと下から突き上げるように腰を動かす。 ゆさゆさと、秋音の体を揺らす。 「んっふぁ……んんんっ……あっ!」 ぴちゃぴちゃ。 湯船の湯面が波立つ。 「っふぁ、あぁっ。くっ、う……ふぁ、奥、突いて……んぁ、あふ……」 肉棒が奥を突く度、押し出されるように息を吐く秋音。 「あっ!? んっ! ああっあっああっ!」 その声に徐々に艶が混じってる。 「秋音の声、色っぽい……」 「んっ……だって……律としてるから……」 「もっと聞かせて」 「んっ……律ってエッチだ、よ……んっ……あっああっ……」 苦しげにしてた声が、気持ちよさそうなあえぎ声へと変わっていく。 「ぁんっ、ぁふ……んんっ、ぁふ……んんんっ……あっ」 「もう少し激しくするよ」 ちゃぷちゃぷとお湯の揺れる音。 混じって、目の前で秋音のおっぱいがたぷんたぷんと揺れる。 もっと、ずっとこのままでいたいっ! 「幸せすぎる……」 「……んっ……何? ……あっああっ……ああっ」 「もっともっと聞かせて」 「っふぁ、あぁんっ! り、律ぅ〜、ふぁ、んんっ、律のがボクのお腹の中、かき回して……ふぁ、あぁぁんっ」 広いお風呂場に秋音の声が響き渡って―― 「ふあぁんっ!? ひゃっ!?」 「あぅ……んっ……んんっ……」 「どうしたの?」 「声、響いてた……んっ……」 「うん」 「気付いてたの? 言ってよ……」 「大丈夫だって。入ってこないから」 「で、でも、間違えて入ってきたら……あっあっ! ちょ、ちょっと動くの、やめて……んっ……」 「えっ、あ……ふぁ、あぁっ! ああっんっんんっ……」 「ん〜〜っ、や、だ……聞こえちゃ……ひんっ、うぅ……」 「窓とドアが全部閉まってるから、そうそう声が漏れたりもしないと思うけど……」 「ほ、んと? かな……んんっ……」 「けど、これだけ響くと、誰かが風呂場の前を通ったら聞こえちゃうかも……」 実際、そこまで声が漏れるとは思えない。 それでもこの場合、聞こえちゃうかもってだけで秋音は…… 「うぅ……止めようよ……」 「んっ……んんんっ……んっ……あああっぅんっ……あっ……」 「っや、だめ……律、だめ、聞こえちゃうんなら……だめ……ひんっ、あぁっ!」 秋音は必死に声を抑えながら、それでも快感を抑えられずに喘ぐ。 「んっあっ! ああっ! はぁっぅっ……だ、だめっ……もう、だめっ……」 声を抑えようとするたびにきゅっと膣壁が締まり、俺のモノを強く締め付けてくる。 「やぁ、だめ……ダメなのに……ひぅっ、うぅ……あ、あぁっ、みんなに、知られちゃう……っっ!」 恥ずかしそうに声を殺しながらも、秋音は俺の動きに合わせて腰を振って喘いでくれる。 「ふぁっ、ひんっ、あふ、んんっ……や、あぁっ、ダメ、声、出ちゃ……抑えられないよ……」 「うぅっ、律、もう……律ぅ、ボク、もう……」 視界を覆う湯気と、ちゃぷちゃぷと揺れる水音。 反響するあえぎ声と、目の前で揺れる柔らかな肢体が、俺の興奮を高めていき……。 「くっ……んっ……」 すぐにでも、秋音の膣で果てたいっ! 「やっ、あぁっ、ダメ……こんな、こんなの……なんで、ふぁ、やだ……気持ちいいよぉ……」 「律ぅ、ボク、変なの。変だよ……はぁっはぁっ、恥ずかしいのに、止まらない……」 「もっと、もっと気持ちよくなりたくて……あぁ、ボク、このまま……ひんっ、ふぁ……」 俺の肉棒を締め付けてふるふると震える秋音を、俺は何度も下から突き上げる。 「あっふあっ……ああっあっ……あっ……き、た……んっ……」 「あっ……律ぅ……すごいっ……あああっあうっ……あああっ……」 「あっす、すごいっのっ……あっ……ああっはぁ……はあぁあぁっ……」 「秋音っ……いくよっ……くっ……」 「うぁんっ……んっ……き、きて……きてぇっ……あっあああっあっ……」 「あっあああっ……あっ、あっ……ああっあっあっああっ……!」 「ひっ、んんっ、あふ、もう、ボク……くぁぁっ、ひぁくっ! イク、イっちゃう……やぁ、あぁぁっ!」 「っ、あぁっ! んあぁぁっ、イク、イっちゃ……ああぁぁぁ〜〜〜んっ!」 「あぁあぁ……あああぁぁぁぁぁぁ……」 びゅくっ、びゅくるっ、びゅぷっ、びゅるっ! ガクガクと震える秋音の身体を抱きしめながら、俺は秋音の膣奥へと熱いほとばしりを大量に注ぎ込んでいく。 「ふぁぁ……律の熱いよぉ……んっ……奥に……んんんんんんっ……」 上体をぴんと反らせてふるふる震え、お風呂場いっぱいに残響を響かせながら、秋音が達した。 俺も秋音の熱い体を抱きしめて、腰から下を密着せて、ほとばしる感覚に任せる。 「んんんっ……まだ、律のが……ぴくぴくって……してる……んんんんっ……」 抱きしめていると、秋音の荒い息づかいとシンクロする。 大きな吐息に合わせて、腰をくねらせる秋音。 「秋音……もう少しこのまま……」 「う、うん……ボク、まだ動けない……」 「っふぁ、はぁ……はっ、はふ……はぁ……」 「ふっ、はぁ……はぁ……」 くったりと力が抜ける秋音の体を抱き寄せる。 射精後の急激な脱力感に見舞われながらも、腕の中の愛おしい女の子を抱きしめてそっと揺する。 「秋音? 大丈夫か、秋音」 「ふぁ……もう……だめかも……」 「律……」 「ん?」 「……律」 「……名前呼んだだけ?」 「……うん」 秋音は、とろんとした体を俺にゆだね、とろんとした顔で俺を見つめる。 「……ふにゃ。律……?」 「なに?」 「律ぅ……ボク、気持ち良くて……ふぁ、あたまの中、まっしろになって……」 「ああ……すごく気持ちよさそうにイってたよ」 「うん、すっごく気持ちよくて……声、いっぱい出て……」 それまでとろんとした目で呟いていた秋音が、はっと素に戻った。 「ぁ……どうしよう、ボク……こんなとこで……」 「いいんじゃないか?」 「でも、あんなに声上げて……あぅぅ、聞かれたかな? 聞かれちゃったよね」 「あんな恥ずかしいこといっぱい叫んで……あぅぅ、ボク、もう外歩けないよぉ」 「大丈夫。その時は俺も一緒だ」 「それ、全然。フォローになってないよぅ……おりんちゃんや諷歌ちゃんに聞かれてたら、ボクもう生きていけない」 「その時は俺が何とかする」 「ほんとに?」 「秋音の為なら、なんでもするさ」 「律……」 「それに、もしあれが聞こえてたら、誰かが来てるはずだろうし」 「――っ、こんなところ見られたら本当に死んじゃうよぉ」 「まぁ……見せたくないな……秋音のこんな可愛い姿……」 「律……あ、また大きくなって……2回戦なんてできないからね」 「わ、わかってる」 くっついてると、またしたくなってくるから困る。 「それよりも、目下の問題は――」 真っ赤な顔で言う秋音をなでながら、俺は周囲の湯面を見て呟いた。 「こいつをなんとかしないとな……」 「あうぅ……うん……」 視線の先には、お湯で固まった精液がぷかぷかと漂っていた。 ――その後、エッチの痕跡を消す為に、徹底的に掃除してぴかぴかにしたのは言う迄も無い。 シャロンにも、また頼みたいって誉められた。 夜の温室―― 以前は多少不気味さも感じた景色だが、今は少し違って見えた。 「秋音と一緒にいるからかな、やっぱり」 「ん?」 きょとんと振り向いてくる、俺の隣を歩く秋音。 夜の中で見る彼女の顔は、昼間とはまた違う。 この温室と同じだと――思わないでもない。 昼間は可憐な、夜は淑やかな、それでもしょげ返ったものではない笑顔の咲く秋音。 「――いや、なんでもない」 「ただ、秋音といると楽しいなと思ってさ」 「うん、ボクもだよ」 「遊び回れるわけじゃないけど、こういうのもいいよね」 「2人でゆっくり過ごすのも、また幸せのうちだな」 「嬉しい、律」 温室の中をのんびりと歩きながら、秋音が少しだけ俺に肩を寄せてくる。 どちらからともなく歩調を緩めたのは、なにも歩き辛くなったからではない。 ただ、なんとなく、そうなった。 「なかなか会う時間が作れないから、その分まで、こういう時間は大切にしたいね」 「そうだな。けど、夜の秋音の顔もいい」 「昼間と同じ顔だよ」 「全然違うよ」 「そうかな……? 暗いせいかも?」 「もっとこう、雰囲気が」 「雰囲気、違う?」 「もちろん、どっちがいいとか、悪いとかじゃなくてね」 「どっちの秋音も好きだよ」 「……ありがとう、律」 「そっかぁ……ボクも負けないようにしないとなぁ」 「負け?」 「律にばっかり、ボクの違うところ見つけられちゃってるし」 「そうか?」 「そうだよ。ボクも、もっと律のこと観察しなくちゃ!」 「はは、そんな躍起にならなくてもいいって」 「律の色んなところ見つけて、それで感じたことを、もっと素直に言うんだ」 「そしたらもっと、いい関係になれると思うから」 「その気持ちだけでも十分嬉しいけどな、俺は」 「もっともっとだよ」 そう言って、屈託無く笑う秋音。 もう足は止まっていた。 入り口からは遠く、夜なので誰もいない。日が昇るまでは、きっと誰も来ないだろう温室。 「秋音――」 微笑む秋音に囁きながら。俺はそっと、肩に手を回した。 もっと近くに、抱き寄せようとして――しかし。 「めっ」 つい、と。 指で頬を押し返すようにつつかれた。 「むぐ。なにをする」 「それはこっちの台詞だよ」 「俺はただちょっと秋音を抱きしめようと」 「だーめ。ほんとにだめなんだから」 「卑猥なことなんか考えてないぞ」 「ものすごく考えてる目だよ……」 「バレた」 「もう、正直だなぁ」 「まあバレたところで変わらないが」 というわけで、さらに抱き寄せようとしてみる。 「だ、だから、ダメだってばぁ」 「なぜに?」 身をよじらせる秋音に、流石に手を止める。 「今日は、ダメなの……エッチなこと」 「どうして?」 「どうして、って、その……」 「?」 「この前の、お風呂場の……」 「風呂場? ……あぁ、シャロンに言われて掃除した時の」 「あの時、すっごく恥ずかしかったんだから……」 「ぅ。それは悪かった」 「でも、秋音の身体を見てたらどうしても我慢出来なくなって」 「それはその、嬉しいけど」 「それに秋音も気持ちよさそうだったし」 「あ、そ、それは……だって、律としてるんだし、気持ちよくないはずが……」 「って、そうじゃなくて!」 「とにかく、今日はエッチはダメなの」 「それにこの前の時だって、お掃除終わって外に出たら、シャロンさんが丁度来てたでしょ」 「俺たちがちゃんと掃除してるか見にきてたな」 「もうちょっと早かったら、見られてたんだよ」 「まあ……そりゃそうだけど」 わざわざあのシチュエーションを用意してくれたあの人のことだから…… まさか……あれもシャロンの計略? 「ボクも反省するから、律も反省するように」 「……反省してます」 「だから、今日はダメ」 「むぅ」 「むぅじゃないよぉ」 「は、反省します」 「これからは、律への気持ちもちゃんと伝えるようにするけど」 「こういうことも素直に言うようにするって決めたんだからね」 「手強くなったなぁ」 「ふふっ。でもその分、今日はゆっくりいっぱいお話しよ」 「ああ、わかった」 「……けど、抱き寄せるのはいい?」 「だーめ」 「またエッチな雰囲気になっちゃうでしょ」 「相手が秋音だからな」 「そ、そういうのもダメだってば」 「……恥ずかしいから」 お風呂場でのこと、思ってた以上に気にしてるってことか…… 「それじゃ、またのんびり歩きながら話でもするか」 「うんっ」 頷く秋音と一緒に、また温室の中を歩き出す。 夜の中の不思議な落ち着きの中で、俺たちはしばし笑い合った。 秋音とのひととき―― 夜にはそんな時間も、多少は作ることが出来るのだが……。 「律、何してんの?」 相変わらず昼間はなかなか秋音と会うことが出来ず、補講後に教室でぼーっとしていると、オリエッタがやって来た。 「何にもしてない」 「ちょっと話があるのよ……魔法のことでね」 「何かあった?」 「別に不穏な話をしようってわけじゃないわよ」 「ただ、アンタにも話す必要があるってだけよ」 「俺に話す必要……?」 「……アンタ、この学校に来た理由忘れてない?」 「恋人を作るためっ!」 「違うでしょ!」 「俺的にはあってるはずなんだけど」 っていうか、俺は勝手に連れて来られたんじゃ……。 「本当に忘れたの?」 「秋音と恋人になるために来た?」 「それは結果的にでしょ!」 「いやいや、ここに来なかったら秋音との関係は――」 「関係は?」 「……いや、なんでもない」 「けどほら、秋音は結構な魔法を持ってたみたいだし」 「やっぱりいずれここに来ることになってたかもしれないし」 「そう言う話をしてるんじゃないわよ」 「アンタの魔法のことよっ、アンタのっ」 「俺の?」 「……」 「……ハッ!?」 「忘れてたの!?」 「……いや。そうでもない」 ってわけでもない。 魔法が日常的にあるんで、あまり異常に感じられなくなってきたというか……。 「自覚してなさいよ……無自覚が一番ダメなのよ、魔法っていうのは」 「反省してます」 「どうだか」 「本当だって」 最近、秋音に反省を促されてばっかりだからな! 「その証拠に、今考えたオリジナルの反省ポーズを見せるぞ」 「見せなくていいわよ、そんなの!」 「こうやって腰をひねる時に、腕を反対に伸ばすのがポイントだ」 「見せなくていいって言ってるでしょ! というか、コツなんか教えられても使いどころないわよ」 「オリエッタならありそうじゃないか? 使いどころ」 「なんですって!?」 「冗談だ」 「まったく……」 「それで、その魔法に関しての話だっけ?」 「どんなことだ?」 「えっと……やっぱりここじゃ話しにくいわね」 「オリエッタの部屋? 俺の部屋でもいいけど」 「私の部屋にしましょ……ってもうこんな時間だったのね。ちょっと時間ないわね……」 「いつでもいいぞ」 「うん……それじゃ夜の20時に私の部屋に来て」 「わかった。任せとけ」 「よろしく」 ひらひらと投げやり気味に手を振って、オリエッタは踵を返して歩いていく。 俺は廊下へと消えていく彼女の背中を目で追って―― 「あ、トッキー」 「ふぁっ、お、おりんちゃん」 「秋音だと!」 高速で立ち上がり駆け出す! 「なにしてるのよ、そんなとこに隠れて」 「あ、えーっと、これは……」 「でもちょうどよかったわ。トッキーにも話があったし」 「ボクに?」 「そ。だから、ちょっと一緒に来てくれる?」 「あ、うん、それはいいけど……」 「ちょっと待ったー!」 「なによ、律」 「俺との話は?」 「アンタとの話は夜にするでしょ?」 「むぅ……」 「ん?」 「秋音と何の話だ?」 「トッキーの魔法のこと。アンタに話すようなことじゃないから」 「むぅぅ」 「なんなのよ」 「俺もしゃべりたい!」 「はい?」 「俺もガールズトークの仲間に入れて!」 「……うざっ」 「うざがられた!?」 「……」 「アンタとは夜にたっぷり話してあげるから、それで我慢しなさいよ」 「むぅ」 「まったくなんなのよ……さっさと行きましょ」 「あ、え、えと……」 「それじゃ、律。夜にはまた面会してあげるから、忘れないようにねっ」 「むぅぅ」 オリエッタは秋音を連れてさっさと行ってしまう。 まあ、秋音も魔法に関しての話だから、俺に話してもしょうがないんだろうけど。 ……それでもなんだか悔しい。 仕方ない。夜に秋音と会えたら、今回の分までいっぱい話そう。 それを糧にこれから生きてゆくのだ。 ――そんな思いと不安を胸に秘めつつ、夜。 「きたぞー」 「いらっしゃい」 きょろきょろ。 「トッキーはいないわよ」 「ちっ。それでなんの用?」 「さっさと本題に入りましょうか」 「魔法についてだよな」 「そう。アンタの魔法について」 オリエッタが言うには……。 俺の魔法の力が、転校初日に比べてほぼ無くなったと言っていいくらいまで衰えているということ。 通常、魔力が衰退すると、このイスタリカという世界自体の存在を認識できなくなるので、生活が不自由になる。 しかし、未だそういった傾向が見られないのが不思議というだけで……ニンゲン界での影響はまるでないとのことだった。 けれども、イスタリカを認識できなくなるタイミングが掴めない以上、逆にこのまま学校に居続ける方が、危険なのだという。 確かに、いきなり地面がなくなって海へ真っ逆さまとか、ありえるわけだしな。 そんな俺の状態を見て、学校側は俺を観察処分という形で、卒業させることに決まったのだという。 「――っと、まあとにかく、そんなところ」 「クロノカードがなければ、魔法も使えないみたいだしね」 「なるほど……まあ、また転校する羽目にはなるけど、俺のこと考えてくれたわけだしな」 「ま、一応はね。これでめでたく卒業よ」 「そっか……ありがとう」 「お礼言われるようなことしてないから」 「……」 「これで話はおしまい、帰っていいわよ」 「ふぁぁぁ……今日は疲れたわ……」 「おつかれ。早く寝ろ」 「言われなくても。んじゃおやすみ」 「……あ、トッキー帰ってきてないわね……どうしよう」 「どこ行ったんだ?」 「ただい――ま……」 「あ、おかえり、トッキー。丁度良かった」 「おかえりー」 「り、律? なんでここに、おりんちゃんと……」 「オリエッタに呼ばれたんだよ。話があるって」 「あ……そういえば……」 「そういえばトッキーにはちゃんと話してなかったわね」 「夜、話があるからって律に言ってたのよ」 「そっか、おりんちゃんと話を……」 「あっ、ひょ、ひょっとして、ボク、邪魔しちゃった……かな?」 「邪魔だなんてとんでもない! むしろ俺は……」 「大丈夫よ、話はちょうど終わったところだから」 「えっと……」 「おう?」 秋音はなにやら俺とオリエッタを見比べるように、きょろきょろと目を泳がせていた。 なにか気になることでもあったのか。 「どうしたのよ、トッキー。挙動不審よ」 「えっ! そ、そんなこと、ないよ……」 「えっと……そういえばおりんちゃん、昼間も律と話してたね」 「うん」 「そっか、あの時、その話を……」 「何にも分かってないから、かみ砕いて話すのに苦労するのよね」 「お前の話を理解できる、俺すげー」 「むっ……」 「むむっ……」 「あ、えっと……やっぱりまだ話、続いてる?」 「無駄話だから気にしなくていいわよ」 「それに関しては間違いない。というか、話が終わったんだから俺は帰るよ」 「どうぞどうぞ」 「あ……帰っちゃうんだ」 「ちょっと秋音は借りていくぞ」 「レンタル料高いわよ」 「払うから!」 「即答って。冗談が通じないわね」 「あ、う、うん。ついていくから」 「それじゃ、行くか」 「うん……」 「それじゃおやすみ、オリエッタ」 「はいはい、おやすみー」 俺たちはひとまず、ロビーまでやってきた。 「いやぁ、ほんとにオリエッタの話は長い上によくわからなくてさー」 「ん……そうなんだ」 「いや、オリエッタが悪いってわけじゃないんだけどな」 「うん……」 「それを考えたら、諷歌や姫百合先輩なんて……前にもちょっと話を聞いたけど分かりやすかったな」 「……そうだね」 「けど秋音も、あの中に入ってるわけだし、大変だよな」 「そんなこと、ないよ」 「そうか?」 「うん……」 「……んー」 部屋を出てから、ここへ来るまで。 その間もずっと秋音と話していたのだが―― なぜだか今日の秋音は、妙に無口というか、口数が少なかった。 もとより延々と喋り続けるようなタイプでもないが……やっぱりおかしい。 歩く間も、どことなく俯き加減だ。 「秋音、どうかした?」 「えっ?」 「なんか、あんまり喋らないし」 「寂しそうっていうか……落ち込んでるみたいだし」 「……そんなこと、ないよ?」 「本当に?」 「……」 「思ったことは素直に伝えるって、話してたじゃん」 「……」 「秋音?」 「律……」 「ん?」 呼びながら、秋音はきゅっと俺の服の裾を掴んだ。 足を止め、首を傾げる。秋音は寂しそうな目のまま、顔を上げて俺を見つめてきた。 「……もっと、ボクと一緒にいてほしいよ」 「秋音と、一緒に?」 「うん……」 「えっと……どういうことだ?」 「話が見えないんだが……どうしたんだ?」 まさか……一緒にいられないようなことが…… 「今日……おりんちゃんと2人きりでいたでしょ?」 「ん? そりゃ……部屋に呼ばれたわけだし」 秋音に会いに行くの楽しみにしてたし。 「昼間も、おりんちゃんと楽しそうに話してて……」 「秋音……?」 「……ううん、ごめん」 「急にこんなこと言われても、困るよね」 「困りはしないけど……」 「オリエッタとなにかあったの?」 「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくて……」 「?」 「ボク、ね……たぶん、嫉妬しちゃってるんだと思う」 「嫉妬?」 「うん……。律が、おりんちゃんと2人きりでいるのを見て……嫉妬、しちゃってた」 「ボクも、もっと律と一緒にいたい、って……」 「秋音――」 「あ、ご、ごめん。今、ボク、嫌な子だったね」 「律もおりんちゃんも悪くないのに、勝手に……」 「……でも、ボク、素直に言った……よ?」 「嫌がられるかもしれないけど……今のも、ボクの素直な気持ち、だったから……」 「……秋音」 「……うん」 「秋音の気持ちを嫌がることなんてないし、それで秋音を嫌な子だと思ったりもしないよ」 「それに、秋音の気持ちは嬉しいし、なにより――」 「なにより……?」 不安そうに首を傾げる秋音を、俺は不意に抱きしめてやった。 「ふぁぅ……っ」 「なにより、可愛い」 「はぅ、そんな……耳元で言われたら、恥ずかしいから……」 「じゃあずっと言う。秋音は可愛い、秋音は可愛い」 「そんなにずっと言われると、恥ずかしいというか、嘘っぽいというか……」 「でも、これが俺の素直な気持ちだから」 「……嘘っぽくてもいいから伝えたい。可愛い」 「うぅ、ごめん……でもこれも、ボクの素直な気持ちだもん」 「わかってる……」 「うん……でも、嬉しい……これも素直な気持ち……」 「なら……まだ続けよう。今は秋音の時間だ」 「ボクの時間……?」 「誰にも邪魔されずに、秋音と一緒に過ごす時間」 「嫉妬してくれた分まで、たっぷり」 「……いい、の?」 「悪いはずないだろ? それに、元々そのつもりで誘ったんだから」 「……」 抱きしめられるがままに任せていた秋音の方からも、ぎゅっと俺にしがみついてくる。 「律……嬉しい、よ」 俺たち以外に誰もいないロビーで、2人、抱きしめ合う。 「あ……でも、ここにいたら、誰か来ちゃうかも?」 「こんな時間だし、そうそう来ないと思うけどな」 「見つかっちゃったら……やっぱり、大変かな?」 「大変だろうけど、その時はその時だ」 「……うん」 「それにこうしていたら……離れるのも、動くのも、もったいないよ……」 「俺も……人が来るまでは、ずっとここで、こうしていたい」 「うん……っ」 「ほんとに、秋音は……」 「可愛い言うのダメ」 「……んじゃ言わない代わりに、可愛がる」 ゆっくりと髪を撫でてやると、秋音は照れくさそうに首を縮めた。 俯き加減に、はにかんだ笑顔を見せる。 「ね……キスしたい」 「いいよ」 「っん、ちゅ……」 顔を上げた秋音の唇に、自分の口を重ねる。 柔らかい。いつまでも感じていたいと思ってしまうような、秋音の唇の感触。 「ん、ふぁ……もっと、したぃ」 「何度だってしてやるぞ」 「ん、ふ……ちゅ……んっ……」 「ん……今日は、秋音のリクエストになんでも応えてやるからな」 「なんでも言ってくれよ」 「えへへ。今日の律、優しい」 「いつでも優しいつもりだぞ?」 「いつもより」 「普段からこれくらい優しくするべきか」 「それは嬉しいけど、ちょっと気持ち悪いかも?」 「優しいのが気持ち悪いとは」 「ふふっ……ごめん。贅沢だよね」 「今までだって、優しすぎるくらいだもん」 「じゃあ厳しくしてみるか」 「うぅー、それは……手加減して」 「ははっ、わかってるよ」 軽く笑い、もう一度キス―― 「んっ……んぅ、ちゅ……」 「人……来てないよね」 「ああ」 「まだ、もうしばらく……誰も来ないでほしいな」 「そうだな。まだまだ、秋音と一緒にいたい」 「律――っちゅ」 「ん……」 秋音からのキスを受けながら、髪を撫で、背中を撫で、おしりを撫で、脚に触れて―― 秋音の、身体中の感触を味わっていく。 「ん、ふぁぅ……エッチは、ダメだからね……?」 「エッチじゃなければいい?」 「その言い方だと、すごく危ないことしそうだけど……」 「大丈夫。秋音の身体を感じていたいだけだ」 「ん……それなら、ボクも」 また――キスと一緒に、今度は秋音の方が俺の全身に触れていく。 俺も負けじと秋音に触れて……。 誰も来ないことを願い、そのことに感謝しながら――しばらくの間、お互いを感じあった。 「お昼ご飯をつくろー」 「おー」 というわけで、俺たちは調理室に来ていた。 というか、元々は秋音がお昼ご飯を作ってくると言い出したのだが。 「手伝ってもらうよ」 「もちろん! いつも秋音に作ってもらってばっかりだし、たまには役に立たないとな」 「ボクは、律が美味しく食べてくれるだけで十分嬉しいけどね」 「その気持ちを俺も味わいたいぞ」 「それなら確かに、律も一緒に作らないとね」 「それで、律が作ったものをボクが食べるんだね」 「うむ。美味いって言わせてみせるぞ」 「律が手伝ってくれたものなら、なんだって美味しい自信があるよ」 「果たしてそうかな? ふふふ」 「どうしてそっちに自信ありげなのかわかんないけど……」 「でも、2人で作るのはいいよね。なんとなく、こう……」 「こう?」 「その、し、新婚さん、みたいで……」 「ぉぅ……そ、それを言われると、無性に恥ずかしいな」 「あぁっ、ご、ごめん、つい……」 「いや、気にしなくていい。恥ずかしいけど……嬉しい! 嬉し恥ずかし!」 「声大きいよ! ちっとも恥ずかしがってないじゃない!」 「ごもっとも」 「もう……それじゃ、作ろっか」 「おう! 俺と秋音の30分以内クッキング、開始!」 「時間制限あるの!?」 そんなわけで、2人の料理が始まった。 ――時間制限は無いが。 「ふんふふ〜ん♪」 「ご機嫌だな」 「あ、う、うん。まあね。幸せだなと思って」 「そうだな。俺もなんだか、うきうきしてくるよ」 「しかも、2人で作った料理を2人で食べるわけだしな」 「本当に天に舞い上がっちゃいそう」 「舞い上がりすぎて失敗しないようにな」 「それは律の方だよ」 「ばかいうな。俺は舞い上がらなくても失敗するぞ」 「じゃあ余計に気をつけようよ……」 「でも律と一緒に作る料理なんだから、少しぐらい失敗してても大丈夫だけどね」 「俺も、秋音の料理なら消し炭だって美味しく食えるぞ」 「そんなもの、食べさせません」 「期待してる」 「うん……あ、手が空いた? そっちの野菜切っておいてくれる?」 「おう、これだな」 「うん、そっちはサラダにするよ」 「なるほど。そういえば秋音って、サラダにはなにをかけるんだ?」 「色々……かな? なにもかけない時もあるし、その時にあるものをかけたりするし」 「なんでもいけるんだな。それじゃあ、今日は?」 「ドレッシングを作ろうかなって」 「ドレッシングかー。それなら俺にも出来そうだな」 「そこにレシピ書いてあるやつ、お願いしようかな」 「よしきた」 「よろしく」 「……なにか簡単なところを任されたような気もするが」 「そんなことないって。サラダは難しいんだよ」 「そうか?」 「うん。綺麗な盛り付け方とか」 「それは料理的な難しさではないと思うけど」 「料理を甘くみてるー」 「一生懸命作ります!」 などと話しながら、てきぱきと料理を作っていく。 と言っても俺の方は野菜を切ったり、野菜を千切ったり、ドレッシングの材料を混ぜたりするくらいだが。 「えーっと、オリーブオイルを入れて、かき回して……入れて、かき回して……」 「ふふふ〜ふふ〜♪」 秋音の上機嫌な鼻歌を聞きながら、入れてはかき回すを繰り返す俺。 「入れて、かき回す……」 ちらりと横を見る。 秋音がいる。 「入れて、かき回す……うむ」 特になにも思わないが、頷いてみたりもする。 思わずかき回す速度と入れる速度が上がりそうになるのを堪えながら―― 俺はあくまでもドレッシングを作り続けた。 「んっと、次はこれを入れて、っと」 「……よし。混ぜるのはこんなもんか」 「先にこっちを炒めておいて――」 「あとは塩コショウを入れて……うむ、よし」 そんなこんなするうちに、2人とも料理が進んでいき―― 秋音はまだまだのようだが、俺の方は早くも完成した。 「……野菜切って、材料混ぜてただけだから当たり前だけど」 ともあれ、これでサラダは出来たも同然。 かかり具合を試すためにも、少しかけてみるとするか。 「よし。じゃあ、これをあそこにかければ……」 「えっと、こっちを一度ここに出して……」 どんっ。 「うおっ」 「きゃっ!」 お互い、無防備にぶつかり合って……。 「あっ……」 しかもその拍子に、俺の手から完成したばかりのドレッシングの容器が……。 ばしゃっ! 「ひぁあっ!?」 「わっ、だ、大丈夫か!?」 「わわっ、すごい匂い……」 俺の作っていたミルク入りの白くてどろっとしたドレッシングが……。 「ひゃっ、中にも入って来ちゃったよ……あ、でも……ぺろっ……美味しい」 白濁としたものを、舐めて美味しいとか……。 「やらしい!」 「なっ! やらしくないよ!」 「ハッ、そうだった。つい」 「……っと。それより、悪い秋音。うっかりしてた」 「ううん、ボクの方こそごめんね。せっかく作ってもらったドレッシングが……」 「あぁっ! 俺のどろっとした白いものが、秋音の制服の特に胸の辺りにべっとりとー!」 「そういう言い方しないでっ」 「わ、悪い。つい」 「って、それより早く脱がないと! 染みになったら大変だ!」 「わわわっ! そ、それはわかってるけど、ここで脱がさないで〜っ!」 「っとと、そうか、それもそうだな。着替えも持ってきてないし」 「着替えを持っててもこんなところじゃダメだよぉ」 「そうだった。それじゃあ一度、部屋に戻ろう」 「うぅ……こんな状態で、廊下うろつかないといけないなんて……しょぼん」 「服、持ってこようか?」 「……いい。部屋に戻る」 このまま料理を続けるわけにもいかず。 そちらは一時中断し、俺たちは着替えのために部屋へ戻ることにした。 「……秋音、着替えあるのか?」 「まだこの1着だけだった……」 「ってことは私服だけか……」 「あっ……男子用の制服。前にボクが着てたの」 「男子用か……」 「わけを話せば、私服でうろついてても大丈夫だと思うけど」 「だなぁ……」 どっちがいいか……。 ま、ここは順当にこっちだろ。 「もう、男の子の格好しなくてもいいだろ」 「そうだね。注意されたら、クリーニング中って言えばいいし」 「だな。それじゃ着替えて……」 「もうっ、自然と服を脱がそうとしないでよ」 「ごめんごめん、外で待ってるから」 「うん」 「おまたせー」 「おう。それじゃ料理の続きか」 「うんっ」 「できたーっ」 「よし、これで完成だな!」 「盛りつけどうしよう?」 「……うむむ」 「……足りない? もう一品加えようか?」 「いや、そうではなくて。せっかく着替えてんだから、外行こうか?」 「あー」 「俺もすぐ着替えてくるから。弁当箱に詰めて、外で食べよう」 「ごめん……今日も夕方から……」 「あ、そうか……魔法の……」 「うん……」 しかし、出かけたい気分になってきたぞ……。 「よしっ! こうしよう!」 作った料理を弁当に詰めて、温室へやってきた。 「お弁当食べるのに、ここっていいよね」 「だなー。のんびりできる」 「わかるわー」 「ピクニック気分だね」 「へぇ、ピクニックってこんな感じなんだ。どっちかというと競馬場で食べるメシって感じ?」 「情緒もへったくれもないですね」 「ん、この肉美味い」 「ありがとうございます」 「でも、間に入ってるきゅうりいらない。ほら、食え夏本兄」 「わがままだなぁ……」 「ってかっ! なんでメアリー先生がいんのっ!?」 「どちらかというと、あたしが言いたいんだけどさ。なにここでイチャついてんだよ」 「うっ……」 「それは……」 「不純異性交遊を認めてやってるんだぞ? ちょっと弁当つまむくらいいいだろ」 「不純って……」 「そのおにぎりもいい?」 「どうぞ〜」 「……また負けた?」 「もぐもぐ……貯金よ、貯金」 「玉がジャラジャラ言ってるATMですか」 「昨日はコインの方な。投資額がキモなんよ」 意味が分からない。 「ま……仕方ないか……ごめん、秋音」 「そんな謝らなくていいから。……はい、お茶」 「ありがとう……ごくごく……うまーい」 「おにぎりに合うでしょ?」 「合う合う」 「これも食べて。あ、これもこれも」 「食べる食べる……って俺は餌付けされてんのか」 「ふふっ、大きくおなりー」 「こっちが大きくなったりして」 「股間を指さないで下さい! それ、オヤジギャグだからっ!」 「ぎゃははは、そいつはいい褒め言葉だ」 「て、手に負えない……」 「ははは……」 なんて余計な存在なんだ! 「メアリー先生は置いといて、俺たちで食事を楽しもうぜ」 「で、2人で食事を楽しんだ後は、しっぽり?」 「っ!?」 「いいもの貸してやるよ」 「いりません!」 「ほら。デジカメ。これで撮ってやっから」 「撮る気なのか!?」 「ハメ撮り? 興奮するねえ」 「そ、そうなんですか?」 「記念にもなるぞ」 「……ほほう」 「ストップ! ストップ! そんなのダメだからっ!」 「はいはい」 あっさり退いてくれて助かった……。 「律も、乗らないでよ」 「すまぬ」 「というか、なんで制服着てないの?」 「今頃!?」 「料理してたら、制服にドレッシングこぼしちゃって……」 「……ドレッシングって精液の隠語? それ知らなかったわー」 「ち、違いますっ」 「ちぇー。面白くない。もう行くから。ごちそうさま」 「あ、はい。お粗末様でした」 「……ふぅ。あの先生、どう思う?」 「ははは……」 「ようやく2人きり……に……」 入り口の陰に……。 「……ちらっ、ちらっ」 「……いるね」 「いるな」 明らかに覗いていやがる。 「……食べ終わったら行こうか」 「うん……」 ここは……せっかくだし…… 「……男子制服、着てみるか」 「んー……たまにはいいかな」 「それじゃあ、着替えちゃうね」 「おう。それは俺が着せてやろう」 「出てって」 「せめて、見学させて」 「だめ」 素直に出ていくことにした。 ――なんだかんだで着替えを済ませ、料理も終えてから。 「うん、流石に美味いなぁ、秋音の料理」 「ふふ、ありがと。その言葉が嬉しいよ」 2人で料理を食べながら、そんな話をする。 「律の作ってくれたドレッシングも美味しいよ。これから頼もうかな」 「よし、任せとけ。今度はもう一工夫してみようか」 「ボクの気持ちがわかった?」 「……美味しいものを食べさせたいって気持ちか」 「よくわかったぞ! 俺ももっと秋音に料理を食べて欲しくなった」 「それじゃあ、また一緒に作ろっか」 「2人で作れば美味しさも2倍だ」 「ふふ、そうだね」 うなずき、微笑む秋音。 その笑顔に、俺は無性に心が癒されるのを感じた。 ――しかしふと、目が下を向いてしまう。 「ん? どうしたの?」 「いや――男子制服姿の秋音って久しぶりだなと思ってさ」 「そうだね。どれくらいぶりだろ?」 「もうだいぶ、その格好の秋音を見てなかった気がするな」 「うん、ボクも。でも自分では、着ててもあんまり違和感がないかも」 「慣れるために必死だったしな」 「そうだね。あの時のボクは、どうしても律の側にいたくて……」 「ふふ、それは今でも一緒かな」 「意味はだいぶ違うけど、な」 「うん……なんだか、不思議な感じ」 「俺も、その格好の秋音を見てると、なんとなく不思議な気持ちだ」 「あの頃は純粋に、友達って関係だったからな」 「それが、今は……今も友達だけど、それだけじゃなくて……ふふっ、ドキドキしちゃうね」 「そうだな。改めて実感出来るっていうか」 「うん……」 「っと、そういや秋音、このあとはどうするんだ?」 「今日は時間空いてるみたいだけど、なにか予定あるか?」 予定なければこのまま部屋で過ごして……。 「予定というか、図書館に行こうかなって思って」 「図書館か……」 「最近、行ってなかったから」 「ランドルフさん、たまにはこの格好で来てほしいって言ってたの思い出した」 「そういや、そんな話もしてたな……」 「あ、でも他に予定あった?」 「いや、特にないから……俺も図書館に行く」 「あ、一緒に来てくれるっ?」 「よかった。どうやって誘おうかなって思ってたんだ」 「普通に言ってくれればついていくって」 「……それに、ランディが万が一にも妙な気を起こさないかという監視もしないと」 「ふふっ、そんなことないって」 「とにかく行く」 「心配性だなぁ」 「……喜んでる?」 「うんっ」 そんなわけで、昼食後は図書館デートということになった。 図書館デート。 といったところで、館内を歩き回って談笑するわけでもない。 単に2人で図書館に赴き、2人で本を読むだけのこと。 それでも、秋音と同じ場所、同じ趣味、同じ時間を共有していられるというのは嬉しかった。 「……」 「……」 俺が手にしているのは、前に秋音が読んでいた、魔法で料理を作る本。 数ある書物の中で、頭に入りそうなのがこれくらいだった。 が。それでも本の内容は半分ほどしか入ってこない。 それは本の問題というよりも、むしろ―― 「……」 「……うぅむ」 ちらちらと横目で、秋音を見やる。 いつかのように男子用の制服で、本を読む秋音。 名所案内のような厚手の本を開きながら、力を抜いた無防備な様子……。 ……やっぱり、女の子にしか見えないよなぁ。 その姿は、いくら制服が男物だとしても、どこからどう見ても可愛い女の子だ。 魔法の力で男に見せていた、か……それも不思議な話だよな。 魔法が、というか……これが男に見えるのが、というか。 そもそも俺にはずっと女の子に見えていたから、その辺の感覚がいまいちわからない。 「……律? どうかした?」 「えっ?」 「さっきから、ずっとボクのこと見てたけど……なにかついてる?」 「いや、そうじゃなくてさ。……秋音を見ていたくなった……じゃだめ?」 「……」 「そういう、照れた仕草とか見たかった」 「もう……ずるいよ。これは、律がそうさせたんだからね」 「なおのこと、いいじゃんか。もっと見せて」 「な、なに言ってるのさ、もぅ……」 頬を赤らめながら、ちらちらと視線を外す秋音。 恥ずかしそうに、どこか隠れるように身体を縮めて、もじもじと脚をすり合わせる秋音。 ほぅ、と小さく、照れたため息をつく唇が震えるのも。 どこを取っても、やはりどう見ても女の子で、誰よりも可愛い女の子で―― 「い、いつまで見てるんだよぉ……」 「……」 「律……?」 「秋音――エッチしない?」 「えぇっ、だ、だから、急にそんなこと……! その、どうしたの、ホントに……」 「急だけど、急じゃないぞ……もっと前から思ってた」 「もっと前って……」 「付き合い始めてから」 「前過ぎだよ!」 「しーっ」 「あぅ……もう、変なことばっかり言うから……」 「可愛い恋人の姿を見てたら、当然の気持ちだと思うけどな」 「……律は本当に……そのまんま言うよね」 「正直に話してるから」 「……うん。だから嬉しいんだよ」 「え? いい、の?」 「……」 これは……本当に……できるのか!? 「……その……したい、ってことは……ボクがいい、ってこと、だよね?」 「うんうん。秋音じゃなきゃ嫌だ」 「そっか……えへへ」 「そう言ってもらえるのは、嬉しいかな」 「それじゃあ――」 「……うん」 てっきり今日もダメって言われて終わり、というのを前提に、ちょっと秋音といちゃつきたかっただけなのに。 「この前はダメって言っちゃったから……律に我慢させちゃったの……後悔してたんだ……」 「お風呂場の時より恥ずかしいけど……ボクも、律の気持ちに応えたいから」 「その、ちょっとだけ――だよ?」 「やっ――」 「声はだめ……」 「……やったぁ」 小さい声と小さな動きで、喜びをアピール。 「……ふふっ」 秋音は恥ずかしそうに微笑む。 俺たちは手をとりあって、図書館の奥の方へ……。 「……この辺は? 「多分……人、来ないと思う……」 そう言いつつ、それでも周囲をもう一度確認して、俺のズボンへと手を伸ばしてきた。 「ちゃんとは出来ないから、その、手で……いいかな?」 「……ごくっ」 慣れた手つきでベルトを外す。 「わ……」 で、自分で取り出しておいて、驚く秋音。 「手でするとか……よく知ってるな」 「そ、そりゃぁ……それくらいは……わ、こんななんだ……」 「まだ慣れない?」 「慣れないよ……男の人の、こんなに近くで見たの初めて……」 「その割に手慣れた感じで……」 「ズボンの取り扱いには慣れてるから」 あ、それもそうか。 「男子制服に関しては練習してたか」 「着替えも、もうばっちりだよ……」 秋音の視線は、俺の一物に釘付け…… これは、恥ずかしい…… 「まじまじと見ないで……」 「ご、ごめん……でも、これからするから……見ておかないと……」 「まぁ……そうか……」 「うん。挿れる前にちょっと見るくらいだったから……」 「こんな形してるんだ……律の。わ、皮が動いて……えっと、これ、平気なの?」 「大丈夫。握ってみて」 「い、いきます」 秋音はおずおずと俺のモノに手を添えて……。 「こう、かな……」 ゆっくりと扱き始める。 初々しい反応の割に、やり方はわかってるようだ。 こっそり勉強でもしてきたとか……。 うぉっ、こっそり調べてたと想像したら興奮してきた! 「もっと、強くして」 「もっと? 痛いんじゃ……」 「先っぽと玉の部分はともかく、竿の部分はもっと強くても大丈夫」 「そうなんだ……」 「太めの親指握ってるくらいの感覚で、強く握って……そう」 「んっしょ、んっしょ、こんな感じかな」 秋音の細い指が肉棒に絡まって、優しく扱いてくれる。 まだまだおっかなびっくりでぎこちなく、物足りない刺激だ。 けれど、それでも秋音に扱いて貰ってるというそれだけで、まだまだ柔らかかった俺の息子はぐんぐんと硬くなり、天へと反り返る。 「ふぁ、おっきい……」 「ほんとにこんなの、ボクの中に入ってたの?」 「ちゃんと根元までずっぽり入ってたぞ」 「これがボクの中に……」 秋音の瞳が潤んで、ぽわーっとしてくる。 俺のモノに鼻を近づけて、くんくん、って匂いを嗅ぐ。 それで、更にぽーっとして。 「なんかすごくエッチな匂いがするね……」 「……いや、秋音の方がエッチだよ」 そんなことされたら、俺のモノは硬度が上がる! 「あ、びくんってなった」 そう言って、再度顔を近づけて匂いを嗅ぐ。 吐息が感じられるくらい近くに秋音の顔が来て、みずみずしい唇が目の前を過ぎる。 その光景に、俺は無意識にゴクッと唾を飲み込んだ。 「うっ……」 「こうやってしごくと、気持ちいいんだ……」 「秋音……もう1つ頼んでいい?」 「なに? もっと強く?」 「出来ればそのまま……口で舐めてくれたりすると嬉しいんだけど……だめ?」 「口で……舐める……それってフェラ……」 「お、知ってた」 「うぅ……」 「調べた?」 「……うん。どうすると、律が気持ち良くなるんだろうって……思って」 「そ、そんなニヤニヤしないでよぉ……」 「いいよっ、すごくいいよっ!」 「声も抑えて……」 「おっと……それじゃ……」 「……うん。するね」 「舐めて、しゃぶって、咥えて……」 「うぅ……エッチだなぁ……」 悪のりした意見に、流石に恥ずかしがってNGが出るかと思った直後―― 「はむっ、ん……んく……」 「うっく、うぁ……っ」 秋音の小さめの口が俺の肉棒をぱくっと咥え込んでる! 「ん、ちゅっ、ちゅぷ……ぴちゅっ……」 秋音の口腔は熱く、ぎこちないながらも蕩けるような快感が腰に疾る。 「んっ……こんな感じでいい?」 「いい……」 「ほんとにいいみたいだね……それじゃ……はむっ」 どういうわけか……俺以上にエッチなスイッチが入ってる? 秋音にむしろ主導権を取られてるよ! 「ん、ちゅっ、ちゅく……ぁ、この辺、ぴくってしたよ。ここ、気持ちいいの?」 「いい……」 人生初のフェラチオ……最高! 「ちゅっ、ぺちゅ……ちゅぱっ……ちゅっぅ……ちゅっ……」 「うん。そこ、気持ちいい……」 「ちゅむ、ぴちゅっ、れろ……」 「うぉ……亀頭の付け根が……そう、そこ。あと裏のスジになってるとこも」 「んっ……わかった……ちゅっ、ぺろっ、んんんっ!」 秋音の舌が、ペニスの先端全体に絡まるように動いてる。 「くぉ……っ。そこ、いい」 「むっ……じゅぷぅ……つぅ……んっ、くっ、むっ……ふぁ……はあっ、あっ、く……」 「ふぁ……律の、どんどん熱くなってる、よ……はむぅ……ん、ん、んっ」 ぎこちなく、けれど積極的に動く秋音の舌が、俺の快感神経をゾクゾクと刺激していく。 さらに下腹部にかかる秋音の吐息が、俺を興奮させてくれる……! 「んむっ、ん……んっ、ん……はっんっ、はむっ……」 「秋音……すげ……上手い……」 目の前のあたまにぽんと手を置き、撫でる。 「……んっ」 秋音は嬉しそうな顔をして微笑む。 こんな、可愛い顔の女の子に、こんなところで自分のナニを咥えさせている。 興奮しないわけがないっ! ――カタッ! 「っと、しっ」 「んんんっ……」 話し声が近づいてきて、慌てて声を殺す。 見えるような距離じゃないけど、大きな声を出せば聞こえてしまうかも……。 「ふぁ、んっ、ちゅぷ、ちゅっ、ちゅ……んむ……」 「って、秋音、秋音?」 夢中になってるせいか、秋音はフェラチオを止めない。 たいして大きくない音だけど、こういう場面ではひどく気になる。 「はぁむ……んちゅ、じゅっ……ちゅっ……んっ……んっぐ、んっぐ、んむう」 「おい、秋音――えっと、秋音さーん……っく、ふぁ――」 「んっ、んく、ちゅっ、ちゅぷっ、ちゅむっ、ちゅく……ふむぅ、んん、うん、ん〜」 聞こえるかもしれないから、下手に大きな声で秋音を呼ぶわけにもいかず。 う……あ、声が……近づいて……。 「と、秋音……」 「はっ……あっ……あ、んぅ、ふぅくっ……んっ……ちゅぅ……」 「っだ、やめっ、秋音……」 これ以上は……うあっ! 秋音の稚拙な、けれど丁寧な舌戯……。 見つかるかもしれないというドキドキが……。 「んむ、んっ、ちゅく、ちゅむ……」 やばい……ほんとにすぐ近くに、いる! カタンッ! 「――っ!?」 大きな本が、棚に戻される音で、ようやく気付いたのか動きが止まった。 「ほっ……うっ!?」 びくっと震えた秋音のイレギュラーな刺激が……。 やばっ、耐えられ……。 「……ッ!」 どくぅっ! びゅくっ! びゅぷっ! びゅるっ! 俺はその瞬間、秋音の口腔に多量の白濁液を注ぎ込んでいた。 「……っ!? ん、んん〜〜っ!」 「し、し〜っ」 秋音ごめん。でも今は静かに! 「……んぅぅ……んくっ、ん……ん……」 涙目になりながら、俺が注ぎ込んだ精液を、こく、こくっと飲み込んでいく秋音。 うぁ……なんか可愛い。 いつもより、多く出てる……。 止めることもできず、ただ秋音の口の中へ出していく……。 「んっ……くっ……こく、こくっ……んっ……」 近くまで来た人の気配はまだある。 じっと息を潜める……なのに射精してる……。 ……これヤバいよ。 「んっ……んんっ……ぷふっ……」 秋音も、息を殺すのが限界に……。 って頃になってようやく。 本を持って、去っていった。 「……ふぅ」 やっと遠ざかっていったな。 流石に、こういうのは危険すぎる……気持ちよかったけど。 「っ、けほっ、こほ……いきなり、びっくりした……」 「俺も……ごめんな」 「人が来てるなんて……」 「止めたんだけど……秋音気付かなくて……」 「えっ、そ、そう?」 「結構、だいぶ止めた」 「あ、あはは……なんかぼーっとしちゃって、ただ目の前の律のこれを一生懸命舐めてたから……」 ……俺のナニは麻薬か何かか。 てか、秋音……それはエロいぞ……。 「……ね、律」 「ん?」 口元の精液を小指でぬぐいながら、まだ俺のを握っている。 「まだ、大っきいままだね」 「あ、ああ……」 あんな状態で射精して、萎んでてもおかしくない俺のそれは、まだギンギンに硬いままで。 「このままじゃ、律も辛いだろうし……だから……」 「……」 「その、このまま……する?」 「……しよう。したい」 「うん……」 「声、抑えられる?」 「……がんばる」 もし声を抑えられないって言われても、ここで止めたくないっ! 「それじゃ……」 秋音のズボンの前を開けて、そこに俺のギンギンになってるペニスをあてがう…… 「ここまで来たら……」 「ん、律?」 「なんでもない。秋音の可愛さに我が身を滅ぼしてく自分が憎かっただけというか」 「え……っと」 「まあ、見つからなければなんとかなる。けど、もうちょっと、半歩奥に隠れよう」 「あ、うん。って、この格好で動くのは……あ、やっ、ひんっ」 「静かにっ。まだ挿れてないだろ」 「そうだけど、でも……あぅぅ」 本当に半歩程度、更に奥まった場所へと移動して、俺は改めて秋音の格好を見下ろす。 俺とまったく同じ格好のはずなのに、ほっそりとして見えるその姿。 どうってことないズボンも、秋音が穿くと……。 うん、この布地の奥に秋音の女の子の身体が隠されてると思うと、なんか倒錯的な良さを感じる。 万が一誰か来ても誤魔化せるように、という理由でほとんど着たまま。 ただ、今の秋音はノーブラだ……脱がしてしまった……。 こんな体勢でのエッチは俺も初めてで、上手く挿入出来るかもわからない。 「それじゃ、挿れるぞ……」 「う、うん……挿れ、て……」 開いたズボンのチャックから覗く秋音の下着は、しっとりと濡れていて。 秋音が恥ずかしそうに、とろとろに濡れそぼったピンク色の割れ目を露わにする。 「秋音……」 「う、うん?」 「伝えたい。今の秋音、すごくエロい」 「ば、バカ言ってないで、早く」 「早く欲しいとか、秋音もだいぶ変態に……」 「うぅ……律が、こうしたのに――ひゃぅぅっ!」 ズボンのチャックの透間――見慣れた空間から覗く秋音の淫らな蜜壷へ。 俺のチャックから飛び出した肉棒を、挿入する。 「んっ、ぁ……ふぁぁっ、いきなり、ひどい、よ……ふっ、ぅぁぁ……」 「ごめん……でも後悔してない」 「どういう意味……んっ……」 「涙目の秋音が可愛くて……」 「もぅ……律ってSだったんだ……んぅ……」 「いや、本当に嫌がる姿を無理矢理とかはすげー嫌なんだけど……なんだろう」 「こう、秋音の涙目は別格というか。すごく可愛がってあげたくなるというか」 「うぅぅ、十分Sじゃないかぁ……いじめっこ……」 「最初に“優しくしないで”って言った秋音も十分Mの素質あると思うけど……」 「それは……否定したいような……」 「ん?」 「……嬉しいような」 「嬉しいって……」 「だって、律と相性いいなら嬉しいよ……んっ、ぁふ……今、ぴくんって……」 「相性悪いわけがない。性格の方は長年のお墨付きだし……」 身体の相性も――俺は大満足!! 「ボクは……相性はどうかわかんないけど……律がいい。律が1番だよ」 「うわ……それ反則レベル……」 「んっ……嬉しい? 良かった……」 「俺は……秋音が最初で最後で1番だ」 「……」 「……何で黙ったの?」 「律のそれ……ちょっと当てにならない気がするけど……」 「なんだって……」 「でも、“最初”と“1番”だけボクなら、それで十分だよ」 「こうしてるの……んっ……幸せだから……んんっ……」 「むむぅ……信じさせるぞ。意地でも“最後”にしてやるからな」 「ふふっ、期待してる……よ……」 「おう……とりあえず、そんなことを言った秋音にお仕置きだ」 「ひっ、また、いきなり激しくするのはひどいよ……っ、ひゃんっ、ゃうぅ〜っ」 不自由な体勢で浅くなりがちな結合だけど、その分、激しく腰を動かしても奥を突いて秋音を痛がらせることもない。 「んんっ……んっ……ふぁ……んっくぅ……ああっぅっ、あぅ……んんっ……」 「うっんっ……そ、そんな奥……ぐりぐりって……んっ……あっむぅ……」 無理に口をふさぐ秋音が、涙目でこっちを見つめる…… 余計に奥を突きたくなってくる。 慣れてきたのか、痛がる気配も見せない秋音の膣を、俺は思いっきり蹂躙する。 「ひんっ、ふぁ、あ、ふぁ……あぁんっ! ああんっ!!」 「秋音……声は抑えないとまずいぞ……」 「――っ、わ、わかってるけど……ひんっ、ずるい、よ……こんなの……」 「……」 「だ、黙ってない……でよ……んっ……んんんっあっ……」 「ごめん……止められない……」 感じてる秋音が可愛すぎて! エロすぎて!! 「やっ、だ、ひんっ、だめだめっ、ほんとに、声出ちゃう……図書館中に聞こえちゃうから……ひぅっ、あぁっ!」 「が、頑張って声抑えて……」 「無理、だって、ひんっ。律が激しくしたら、ボク、声止められないよぉ」 「あっぅ……んっ……んんんんっ、んっ……だめっ……ふあぁんっ!」 「っ、や……ぁ、聞かれちゃうよぉ……だめ、聞かないで……聞いちゃ、やだ……ひぅっ、うぁ……あぁんっ!」 「や……ふぁっ、こんな、こんなの……ひんっ、あぅぅ……」 静かな図書館に、押し殺した秋音のあえぎ声と、ずちゅっずちゅっと湿った水音が微かに響く。 「や、だめ……聞いちゃ、やだ……ひぅっ、あぁ、んぅぅぅっ!」 「やばっ!」 「ひぃぅんっ……くっ……んんんんんっ!?」 「……」 「……ちゅっ……んんっ」 近くに人が来ていたから動きを止め……キスをする。 秋音のくちびると舌に自分のを絡ませながら……視線は音の方へ……。 「んんっんっ……ちゅっ……つっ……はむっ、むっ……ちゅ……」 意外と本棚に挟まれて、こちらの声は届きづらいのか、すぐに離れていった……。 ほっと胸をなで下ろし、秋音と目が合う。 そこにはもう、限界寸前の顔が……。 そっとくちびるを離した。 「あっふぁ……はぁ……はぅ、も、もう……恥ずかしすぎて――ふぁ、しん、死んじゃうかと思った……」 軽くイったのか、体をびくびくさせている。 目尻に涙いっぱい浮かべて、頬を赤らめて。 俺の胸に寄りかかりながら、荒い息づかいで上目遣いに俺を見る可愛い女の子……。 「ごめん、秋音」 「うぅ……律ぅ……もうぅ……」 体を甘えるようにすり寄せてくる。 人目を気にして、こんな可愛い秋音の貴重なイキ顔を見逃すなんて……。 股間の息子も限界だし、このまま、ここで秋音をイかせて、その顔を脳裏に焼き付けたい!! 「いっ、いじめっこだよ……」 「秋音が俺のS心に火をつけた」 「そんなこと言われても……」 「このまま、もう一度ここで秋音をイかせて、秋音の奥にいっぱい、熱いのを注ぎ込みたい」 「ん、もう……」 恥ずかしがって、承諾の言葉も頷きすらも無いけれど。 でも、否定の言葉も無い、逃げようともしない。 俺はそれを承諾と受け取って、再度腰を振り始める。 「ひんっ、ぁぅ……ボクの中、どんどん律の形に合ってきちゃう……」 「こんな格好なのに、律のが動くだけで、ボク……ひぅっ、声、出ちゃって……」 「こんな、こんなとこでしてるの、見つかったらダメなのに……んくっ、気持ち、良すぎて、ぁんっ、ふぁ……」 秋音が感じる度、秋音の柔肉が不規則にキュウキュウと締め付けて、俺のモノを擦りあげる。 「恥ずかしいのに、ボク……ふぁ、恥ずかしすぎて……ひんっ、や、また、イっちゃう……」 熱い蜜液に包まれたとろとろの膣内を一往復する度、亀頭を、カリ首を柔襞がぞわぞわと刺激する。 秋音は、玉の涙をぽろぽろ零しながら喘ぎ続ける。 「っく、そろそろ、俺――」 「ひんっ、ボク、ボクも……ふぁ、もう、ひうっ! はうっんっ!!」 秋音がイきそうなのを感じて、俺は更に腰の動きを早める。 今までより大きな音が響くが、気にする余裕も無い。 「あっ……も、もう……ボク、だめ……あっ……ああっ、すごっいっ……だめっ……あっ」 「律っ……も、もっとっ……だきしめてっ……い、いっちゃうっ……だめっ……」 「くっ……秋音っ……」 ぴたりと体をくっつけて、支えあって、寄せ合って……こすりつけて…… 「あっ……も、もうっ……だめっ……いくぅ……いっちゃうっ……あ、頭、真っ白にっ……ああっあっ……ああっ!」 「んっ……あっ……律っ、律ぅ……んっ……んんんっ……はぁぁっ……くっくぅぅんっっ……ああっ……」 「うん、ボク、ボク……ひゃぅ、んゅ……イク、イクイク……うぁ、あぁぁぁんっ!」 「――っく、出すぞ」 最後にひときわ強く腰を突き出した直後――秋音の奥で俺の肉棒が限界を迎える! 「ひゃぁっっんんっ!? んぁぁあぁぁぁぁっっ!!!」 「んんんぅぅぅ……ふぁぁぁぁぁっ!?」 びゅくっ、びくっと勢いよく飛び出す……。 ヒクつく肉棒から、2度目とは思えないほどの白濁液が…… 「あぁぁぁ……くっ……あ、熱い……よぉ……」 がくがくっと震える秋音の体を支えながら、腰を押しつける。 「っふぁ、あぁぁ〜〜っ! 律のが、熱いの、お腹に、いっぱい……ふぁ、こんな、こんなとこで、ボク、ボク……んぁぁぁ……ッ!」 俺にしがみつきながら、ふるふると身体を震わせて、秋音がまた達した。 秋音が恥ずかしがりつつイク姿を間近で見ながら、息を整える。 「んっ……あぁ……こ、こんなの……だめ、だよ。すごい……入ってくる……」 俺は最後の一滴まで秋音の膣に注ぎ込む。 いつ止まるのか分からない……それくらい出てくる……。 「ふぅ……ふぅ……んっ……あっ……また、びくって……」 「もう少し、このまま……」 「もっと、ぎゅってして……」 ぎゅっと抱きしめる……その間も、ずっと射精を続ける……。 「んっ……ぁ……まだ、出てる……」 「ごめん、止まんない」 「……うん……いいよ。いっぱい注いで……律のいっぱい……」 「ふぁ……はふ……はぅぅ……」 「その……可愛かった」 「うん……ありがと……」 「でもこれ、聞かれたよね」 「うぅぅ、そうだ……絶対聞かれたよぉ」 「秋音、気付いてた?」 「何を?」 「俺の名前、何度も呼んでた」 「……あ」 「あ……あうぅ……ごめん……」 まあ、男子生徒は1人だけだから、逃げてもバレバレだけどな。男は誰なのか。 けど、聞こえてたかもしれない割に誰も来ないな……。 ランディに知られれば真っ先に来そうなもんだけど……。 「……ごめんね、律」 「いいって。俺から誘ったんだし……むしろ興奮した!」 「あ……でも、大変なことになったらごめんな」 「……2人で、がんばろう」 「だな。聞かれなかったかもしれないし!」 「そうだといいけど……うぅぅ、もう、こういうのはやらないように、しよ?」 「ここでは、ってことで」 「あうぅ……」 「秋音もノリノリで、すげー良かったっ」 「うぅ……ボク、どんどんエッチになってくよ……」 「大歓迎。秋音がおねだり、ほんと興奮した」 「もう……ほんとにいじわる……」 真っ赤になって怒る秋音。 口を尖らせてそっぽを向き、横目で俺の方を見てくる瞳は、やはりおねだりしているように見えるのは―― 俺の気のせいか否か。 「とりあえず、戻ろうか」 「あ、うん。においとか……大丈夫だよね?」 「風呂に入って落とすか。背中洗ってやるぞ。背中以外も……なんだったら……」 「だ、だから、もうそういうことしないってばぁ……」 穏やかな、静かな日。 「はふ……」 「ほへー」 特になんの用事もなく、秋音も俺の部屋遊びに来てくれて―― 「ふふぁ〜ぅ……」 「ほげ〜〜」 さりとて2人ともなにをするでもなく、緩やかな時を2人で過ごす。 「んんぅ……」 「もげ〜〜」 なにもせず、のんびりと……。 「……」 「……」 のら〜り、くら〜り。 「って、こんなことじゃいかーん!」 「わっ! どうしたの、急に大声出して」 「このままじゃダメだ!」 「ダメって、なにが?」 「せっかく時間が出来たっていうのに、部屋に閉じこもってるのはどうなんだ、と」 「ボクは別にこれでもいいけど」 「ほら、律と一緒の部屋でのんびり出来るって、楽しいし」 「まあ、それは俺もそう思う」 「じゃあやっぱりダメじゃないよ」 「でもダメだ!」 「そうかなぁ……?」 「せっかくなんだし、どこかへ出かけよう」 「どこかって?」 「夏なんだから、夏っぽく、海に行くなんてどうだ?」 「海……」 「海、嫌いか?」 「ううん、好きだよ」 「じゃあ決まりだ! 海で泳ごう」 「でも……ボク、水着持ってないよ?」 「ないのか?」 「だって、使う機会もなかったし……」 「じゃあ買いに行こう!」 「えっ、今から?」 「当然。2人で出かけるために、出かけよう!」 というわけで、ショッピングモールへやって来た。 「これって、もう2人で出かけてるってことになるんじゃないのかなぁ……?」 「なにを言ってるんだ。まだ海じゃないだろ?」 「そうだけどね」 「海で水着の秋音を見るまでは、出かけたとは認めません」 「そんな条件だったんだ……」 「自分で言ってみてから、水着姿の秋音を見たくなったんだ」 「ふふっ、相変わらず素直だね、律は」 「秋音はどう?」 「ボク? 自分の水着姿を見ても……」 「そうじゃなくて。俺の水着姿――もとい肉体を見たいかなと」 「えぇっ! そ、それは……」 「んー?」 「見たくない、わけじゃないけど……そう聞かれると恥ずかしいというか」 「頷いたら、なんだか変な人みたいというか……」 「俺は秋音の水着姿を見たい、と堂々と言ってるけど」 「律は最初からそうだもん」 「それはそれでひどい認識だな、あってるけど」 「でも、そもそも、その……」 「見たいかって聞かれても、何度も見てるような気もするし……」 「その時には、律の身体っておっきいなぁとか、こうなってるんだなぁとか思ったりもしてるし……」 「ってなに言わせるのさー!」 「勝手に言ったのに」 「うぅぅ、余計なことを言っちゃった気がする……」 「ははっ。それもまた、素直になれたってことだ」 「この素直さはちょっと恥ずかしいかも……」 などと話しながら。 俺たちは良い水着を売ってそうな店の前にやってきた。 「わ、結構いっぱいあるねー」 「……そうだな」 ――夏になれば、各所で水着売り場が設置されたりするものだ。 ここもその類なのか、あるいは常設されているのか、俺にはどちらともわからないが―― 少なくともこの店では水着フェアと題して、入り口付近から大々的に水着売り場が設けられていた。 「……」 「うわー、こんな水着もあるんだ。すごいね、律」 「……」 「律? どうしたの?」 「いや……」 俺が思い立って出かけるほどなのだから、世の中は当然、海ブームの時期なわけで。 かなりのスペースが割かれたこの水着売り場にも当然、他の買い物客が散見された。 それも当然――女性客が。 「……」 「……あっ、ひょっとして!」 「律……目移りしてる?」 「違う違う、そうじゃない」 「俺は秋音しか見えないって」 「ほんと? えへへ、よかった」 「でもそれならどうしたの? きょろきょろしちゃって」 「いや……なんとなく居辛いというか、場違いというか」 「そう? 普通だと思うけど」 「こういうところは来たことがないし」 「あはは。ここ、女の子向けだしね」 「俺、白い目で見られそうな」 「大丈夫だよ。カップルで水着を、なんて普通のことだから」 「そう言われると確かにそうかもしれない」 「……彼女の水着を選ぶ彼氏、か。なるほど、恋人っぽいな」 「改めて考えちゃうと恥ずかしいけどね」 「彼女の下着を選ぶ彼氏、みたいなものだな」 「それはあんまり聞いたことがないし、余計に恥ずかしいよ……」 「はは。しかしまあ、確かに秋音と一緒にいれば心配はなさそうだな」 「俺の自慢の可愛い彼女だし」 「えへへ……恥ずかしいけど、嬉しい」 「あ、ところで、これなんてどうかな? 可愛いと思うけど」 「なかなかよさそうだな」 「個人的にはもっと露出が多いほうが好み――いや、でも、他の目を集めたくはない……」 「うむむむむ……」 「そ、そこまで悩まなくても……ボクは律の好みがいいな」 「じゃあそっちの、紐みたいなの……てか紐だぞこれ……どうかな?」 「あ、これも可愛いー」 「せめてなにかリアクションをしてからそっちに行ってくれ」 「そ、そんなの無理だから!」 じゃれあいながら、2人で水着を選んでいく―― めぼしいものをいくつかピックアップすると、秋音はそれの試着に向かった。 「じゃあ、試着してくるね」 「着慣れないから、ちょっと時間かかるかもしれないけど……待っててね」 「ああ、わかった」 ……しかし。 そうなると。俺はこの女性向け水着売り場の中で、1人になるわけで。 気恥ずかしくて、外に出てきた。 「……」 ……秋音、まだかなー。 「ふーっ」 外に出て、ため息のように深呼吸をして力を抜く。 「女性向け売り場独特の空気……吸い慣れないよなぁ」 楽しい体験ではあるけど、それと同時に緊張してしまう。 まして水着に囲まれた空間というのも異質なものだ。 「水着……秋音の水着かぁ」 思えばそれもまた貴重だ……。 恋人という関係になった今の目線でなら、なおさら―― 「秋音の水着姿、早く見てみたいなぁ」 想像するだけでもうずうずして、思わず顔がにやけてしまう。 鏡のようなガラスに映るその顔は、ひどくだらしない、とても知り合いには見せられないような―― 「姫百合先輩、寄りたいお店ってありますか?」 「今日は諷歌の買い物だから。別にいいよ」 「へっ!?」 突然、慣れた声が聞こえてきて。 俺は慌ててそちらを見やった。 そこにはまさしく――というか、諷歌と姫百合先輩の姿があった。 「付き合ってもらっちゃったんですから、姫百合先輩もなにかあれば、と思って」 「うーん。特に考えてはいなかったけど……」 2人はまだ遠く、話に夢中のせいか俺には気付いていない。 が、確実にこちらに向かって歩いてきているようだった。 「なんであの2人が……!」 って、そりゃ休みなんだから2人も学校の外に出るか。 どうあれここで見つかるわけにはいかない。 そんなところでなにをしているのか、と聞かれたら上手い言い訳が思いつかない。 俺たちが付き合ってることは、2人に話してない。 まだ時期じゃないと思ってるから…… それに、こんな形でバレるのもいやだ。 「仕方ない、隠れよう……!」 とにかく2人をやり過ごすまでは我慢しよう―― と思ったが……。 「水着か……」 「ちょっと見て行きますか?」 「うん、そうしようか」 って、こっちに来るのかよ! 2人はあろうことか、この店に……。 「くぅっ、まずい……!」 中には秋音が試着室で……。 「秋音に知らせねば!」 俺は店の中へ。そして試着室の方へ――秋音の方へと向かった。 そこではちょうど、秋音が試着を終えたのか俺を呼んでいた。 「律ー? あれ、まだ外なのかな?」 「秋音、大変だ!」 「あ、律、戻ってきたんだね。試着出来たよー」 「それはめでたいけど、今はまずい!」 「まずいって?」 「諷歌と姫百合先輩が来てるんだ!」 「えぇっ! そ、そんな、こんなところ見つかったら言い訳のしようもないよ……!」 「なんとか今すぐ着替えて出て来れないか?」 「む、無理だよっ。今着たばっかりだし……」 「じゃあいっそ、そのままでもいいから!」 「余計に無理っ」 「まずい、すぐそこまで来てる……!」 「ど、どうしよ、どこか隠れる場所、隠れる場所――あっ、そうだ!」 「律、こっち……!」 「こっちって――うおっ!?」 どこだ、と聞く前に。 秋音の手に掴まれて、俺はそのまま試着室の中へと引きずり込まれた。 「お、おい、秋音……!」 「しーっ。静かにしてないと、見つかっちゃうよ」 「……しーっ」 「まさか、こんなところで会うなんて……」 「だな……」 「2人で水着を買いに来たところを見られるなんて、恥ずかしいよね?」 「まぁ……そうだな……」 試着室は当然、決して広い空間ではないというか……1人が入るためにしか作られていない。 そんなところに2人が入れば、ほとんど密着したような状態になってしまう。 「……」 俺の目の前――間近も間近に、秋音がいる。 それも俺のリクエストした水着姿の秋音が。 下着とも、裸とも違う、また新しい秋音。 ……可愛い。 と、同時にやばいくらいエロい……。 「……秋音」 「えっ? どうしたの、律」 「あっ、そっか……」 この状況のいやらしさに気付いたか! 「靴が出っぱなしだね。ボクが取ってみるよ」 「お、おう……」 「んしょ……よいしょ……っ取れた」 「見事」 「はい」 「ういす」 「……まだいるかな」 ちらりと秋音が外を覗く。 「わわわっ!?」 「どうした」 「近づいてくるよ」 「姫百合先輩、見てください! これなんか似合いますよ」 「そ、そう、かな……? 私にはよくわからないというか、布地が少ないような」 これは……声からしてすぐそばにいる……。 「靴、回収しといてよかったね」 「わ、これ……紐です。紐でしかないです」 「まさか、それを……?」 「……さすが兄妹だね。興味もつものが一緒だ」 「むむっ、兄としてあの水着を諷歌が着ることだけは防がねばならぬ……」 「わわっ、出ちゃだめだってっ」 「あ、そうだ……隠れたんだった……」 「あっちのにします」 「それが懸命だね……あ、試着室、埋まってる」 「わわっ!?」 「着るんですか……これ」 「さすがにそれは着ないよ。けど、こっちも可愛いな」 「あ、そうですね」 彼女たちにとっては、ごく普通に水着を選んでいるんだろうけど。 俺たちからすれば、じらされているような気分になる……。 「まだ行きそうにないな」 「……ごめん、律。こんなところに引き込んじゃって」 「律だけでも外に出られたのに……」 「あ、そういえばそうだな。まぁ、いいよ……」 「しばらく動けそうもないよ」 「この状況そのものは……むしろいいし」 「そう? ……あっ」 ようやく俺の視線に気付いたみたいだ。 下着と同じ面積しかない水着の格好で、俺のすぐそばに立っていて……。 「見ないで……って無理だよね」 「無理。その水着、似合ってるよ」 「ふぁっ……」 「水着姿の秋音も、やっぱり可愛い」 「そ、そう、かな? えへへ……」 「ありがとう、律。そう言ってもらえると、ボクも嬉しい」 「本当に可愛いよ、秋音」 「……エッチしたくなるくらいに」 「えぇっ!?」 「どう? ここで……」 「だ、ダメだよっ! 絶対しないからねっ」 「これだってまだ試着してるだけだし、こんなところじゃ絶対絶対ダメなんだからっ」 「……そう言いつつ、この前も」 「今日は絶対にダメっ!」 「わっ、バカ、秋音。声大きい」 「わぷっ」 「……」 気付かれたか……。 「あっ。あの水着も試着してみます」 「そうだね。せっかくだからいくつか持って入ろう」 「……気付かれてないっぽい」 「ほっ……」 胸をなでおろす秋音……。 胸……胸……。 こんな間近に胸があるのに、触れないなんて……。 「せめて……」 「危なかったね……」 「……」 「律、何してんの?」 「ここの紐を解くと、水着取れる?」 「へ?」 「するっと」 しゅるっと結び目がほどけて……。 「っ!?」 声を抑えたのは、助かった。 「り、律っ。ダメだって」 「おおっ。真っ白なおっぱいが……!」 「や、やだぁ……っ。うぅ、狭くて結べないよぉ」 「べ、別に、このまま……。うん、このままがいいな」 「律のエッチ……」 「隠さないで、もっと見せて欲しい……」 「だ、ダメだって……」 「……せっかくだから触らせて」 「わっ、も、もうっ、やめてよぉ」 「先っちょだけでいいから!」 「なに言ってんだよぉ……だめだってば〜〜! こんなの見つかったら、捕まっちゃうよ?」 「う、うぐっ。そ、そうだった……」 危ない……ついつい秋音の魅力に引き込まれてしまった。 「ごめんごめん……俺が、結ぶよ」 「うん……お願い」 水着の着直しを手伝う。 「あっ、そこくすぐったいから……」 「こうすればいいかな?」 「うん……ひゃっ! やっぱりくすぐったい」 「狭いから触れちゃうのは……」 「しょうがないよね……我慢します……んっ」 じっとしてる秋音に、水着を着せる……。 「秋音の着せ替え……これはこれでまたドキドキする」 「うぅ……変な感性に目覚めちゃったよぉ……」 「はい、腕あげて。あともうちょい」 「……はい」 「よし、これでおしまい」 「ふぅ……ありがと。もう、行ったかな?」 「じゃあ、次はさっきの紐みたいなやつにチャレンジだ」 「き、着ないよっ」 「ほら、今のうちに出るぞ――」 「……ってあれ?」 「はぁ、まったく……何をしてるんだか」 「面目ない」 「反省してます……」 どうやら俺達の声が聞こえていたらしい。 店員さんには見つからなかったが、2人にはバッチリしっかり見つかっていた。 「だいたい、なぜあんなところに2人で入っていたんです?」 「……」 「ま、まさか……兄さん!」 「たぶん誤解だ! 違う!」 「じゃあ、どうして……」 「それはほら……2人が見えたから、慌てて隠れたというか」 「う、うん……咄嗟に、ついつい」 「どうして私たちの顔を見て隠れる必要があるんですか、もう……」 「それはその……なあ?」 「えっと……」 「や、やはり不潔なことを……!」 「だからそれは違うって!」 「う、うん。ちょっと危なかったけど」 「わーっ、余計なことを言わない……っ」 「ふふ。まあそれだけ、仲がいいってことなんだろうね」 「えっ?」 「それは、そうなんでしょうけど……」 「なにしろ2人は、恋人同士なんだから」 「……」 「……」 「……って、バレてる!?」 「2人とも知ってたの!?」 「もしかして、バレていないと思ってた?」 「呆れた……」 「いや、だってさあ……」 「ボクたち、一言も言っていないはず、だし……」 「言ってなくても気付きますよ」 「私たちだけじゃない。大抵の人が知っているはずだよ」 「た、大抵の人が……」 「……」 「というか、隠してたつもりなんですか?」 「そりゃ、まあ、そこまで積極的に隠してたわけじゃないけど……」 「そんなに周知だったなんて……」 「それを必死に焦って……まさに羞恥プレイだな」 「ふふ、なかなか上手いことを言うね」 「……上手くないですから」 「はぁ、なんだ……バレてたなら、隠れる必要なんてあんまりなかったな」 「それでもボクは恥ずかしいけど……」 「ランディの不穏な目をかわすために水着を着せて女であることを強調、みたいな言い訳も不要だったな」 「そ、そんな言い訳考えてたんだ……」 「……それで誤魔化せると思っていたのですか、兄さん」 「さっき咄嗟に考えただけだから、完成度低いか」 「そもそも隠す必要なんてないよ。2人はお似合いのカップルだと思うし」 「あ、ありがとうございます……えへへ」 「まあ、とにかく私たちはこれ以上邪魔をしないように、行きましょうか」 「そうしよう。2人も続きがあるだろうし」 「つ、続き……!?」 「デートの続き、でしょ?」 「あ、そのこと……」 「……何のことだと思った?」 「う、うるさいよぉっ」 「ふふっ。それじゃあ、また」 軽く微笑んでから、姫百合先輩たちは別の店へと行ってしまった。 残された俺たちは……。 「え、と……どうしよっか?」 「……姫百合先輩の言葉に従って……デート?」 「う、うん……」 結局、その日は水着を買って、そのままショッピングモールを回ってと……デートを楽しむことになった。 秋音に時間ができた日。 俺たちは海にやって来た。 「海だぞーっ!」 「海だねー」 「秋音はなんで水着じゃないんだ?」 「なんでまだ来たばかりで、もう水着なの?」 「こういう時は服の下に着ておくとか、最初から水着でいるとか」 「あっ、それ昔はやってた。最近、プールとか海、行かないからすっかり忘れてた」 「なんと……服の下は水着っていう想像して喜んでたのに」 「ははは……なにそれ」 「俺だけはしゃいでる見たいで、バカみたいじゃないか!」 「ご、ごめん……って何でボク、謝ってるの?」 「秋音のはしゃぎっぷりを見てみたいな」 「そんな期待されても……」 「そして下着を忘れて、帰りはノーブラノーパンで羞恥プレイみたいになることを期待していたんだけど……」 「変な期待しないでよ!!」 「普通に楽しもうよ、普通にっ」 「それは賛成! なら水着に着替えないと。あそこの海の家で着替えるといいよ」 「うん――って、なんでついてくるの?」 「一緒に着替えようと思って」 「一緒には着替えないよ? っていうかもう水着じゃないか」 「生着替え、見たい」 「見せないよ! 恥ずかしいし……」 「恥ずかしがることないくらい綺麗な身体なのに」 「はぅっ、そ、そういうことは2人きりの時に言ってよ……」 「仕方ない。頑張って我慢しよう」 「頑張らないと我慢できないほどのことだったんだ」 「それじゃ、着替えが終わったらここに来て」 「うん、わかった。待っててね」 「えっと……お、お待たせ」 「おぉ!? ナイスッ!」 「うぅ、やっぱりこういうところだと恥ずかしいね」 「ボク、変じゃないかな?」 「ちっとも変じゃない。可愛い。可愛すぎる」 「そう? よかった……そんな風に誉められると照れちゃうな……」 「エロい!」 「それは誉め言葉じゃないから!」 「試着室でもちょっとだけ見たけど――」 「やっぱりこうして日の下で見ると、また違った趣があるな」 「趣ってなんなの」 「白昼堂々と、秋音の半裸姿が見られるなんて」 「半裸って言わないで!」 「それが日を浴びて、肌を輝かせて……可愛くないはずがない!」 「はぅ、う、恥ずかしいけど……その」 「ありがとう、律……うれしい、かな。ちょっと変態チックな言い方だったけど」 「変態言うな」 「自覚持ってよ」 「でも……やっぱり水着って恥ずかしいよね……」 「そういうもじもじした仕草も、女の子っぽくていいよなぁ」 「感想が赤裸々過ぎだよ……もう……」 「あ、カメラ持ってくればよかった……誰かに借りようか?」 「いいからっ……えと、とにかく遊ぼうよ。着替えも済んだんだし」 「そうだな。よし、じゃあ――海で遊ぶといったら、やっぱり」 「砂浜でお城をつくる?」 「どうしてだ」 「あ、そうだね。お城は難しいもんね」 「そうじゃなくて。海といったら泳ぐ! これだろう」 「はぅ……やっぱり、泳ぐんだ……」 「なんだ? 泳ぐの嫌いか?」 「嫌いというか……えっと」 「ボク、海で泳いだことなくて……」 「えっ、そうなのか?」 「授業でプールに入るくらいはしたけど……海にはあんまり来なかったし」 「そういや、水着も持ってなかったくらいだしなぁ」 「うん……だから、大丈夫かなって、ちょっと不安で」 「確かに溺れたら大変だな」 「……っよし! それじゃあ、泳ぎを少し覚えるか」 「あ、教えてくれる?」 「秋音と一緒に泳ぎたいからな。秋音はどうだ?」 「ボクも出来るなら、律と一緒に泳ぎたいっ」 「やっぱり2人で同じことしたいしね」 「よし、練習だな」 「うんっ。今すぐには難しいかもしれないけど……ボク、頑張って練習するよ」 「大丈夫、俺がついてるから」 「2人で泳げるようになっていこうな」 「うん、ありがとう、律」 微笑む秋音に俺も笑顔を返して―― 今日は海で遊ぶ、もとい海で泳ぎの練習になった。 「ふぅ……ふぅ……はぁ……」 「なんだ。全然泳げるじゃないか」 「うん……授業で習ったこと、覚えてたみたい」 「でも、全身運動なんだね……すごい、息が続かない……」 「息継ぎが上手くできてないのかな」 「そうかな」 「クロールの時ってどうやってる? やってみせて」 「えっと、こうやって……」 「それだと波が顔にかかりっぱなしになるでしょ」 「あ、うん。そうだった」 「その場合は……」 秋音の腕をそっと掴む。 「ひゃっ!?」 びくっとされた。 「っと、ごめん」 「ううん、びっくりしただけだから。それで?」 「腕をこうあげた時、もっと顔を上へ持っていくようにした方がいい」 「これくらい?」 「もっとかな」 「もっとかぁ。結構首をひねるんだね」 「痛い?」 「ううん。大丈夫」 「それじゃ、また泳ぐ?」 「やってみる」 「はぁ……ふぅ……泳げた、よね?」 「ばっちし! もう全然いけるんじゃないか?」 「やった……わっ!?」 「おっと」 足がもつれた秋音を支える。 抱きしめる格好になってしまった……。 「あ……ありがとう」 「おう……」 腕が触れて肩が触れて……胸が触れる。 肌と肌が触れあう感触……。 海水で冷えた身体に、人肌が温かい。 「律の体、あったかい」 「秋音の体も」 「……」 「どうした?」 「……離れたくないって思っちゃった」 抱き寄せていた秋音が、さらに体を寄せてくる。 「秋音……」 手のひらに伝わってくる秋音の体温。綺麗な肌。 秋音のきめ細かい肌のすべすべの感触……。 「律……あったかいよ……」 改めて見れば、秋音の水着姿は本当に可愛くて、綺麗で、艶やかだった。 こんな間近に、水着姿の秋音がいる。 しかも秋音は俺の彼女で。 「……やばい」 出来ることなら、もっと……もっと触れて、感じたい。 「え、えと……律。何がやばいの?」 「秋音がやばい」 「どういうこと?」 「……秋音ってさ」 「ボクが、何?」 「俺の彼女なんだよね……」 「い、いきなりどうしたの……その通りだけど……」 「それってやばい気がするんだ」 「ほんとに意味が分からないんだけど……」 「つまり、秋音みたいな可愛い子が彼女って、俺がやばい」 「……何を言いたいのか、本当に分からない……きゃっ」 自分の胸に、秋音の耳を押し当てる。 「ほら、もうドキドキだ」 「あ……うん……」 「やばいってこういう意味」 「……えっと、つまり」 秋音の手が、そっと俺の胸に添えられる。 「ボクに……欲情してるってこと?」 「そうだけどそれだけじゃなくて」 「唐突に来たんだけど……秋音の彼氏になれて、すげーいいって」 「……」 「ほんと、そう思うんだ……」 「……なんだ、そんなこと」 「そんなことだって!?」 「うん。そんなことだよ。だって……」 「ボクは最初っから、ずっとそう思ってるもん」 「……」 「でも、そっか……律もそう思ってくれたんだ。嬉しいな」 「……」 ……そうか。 俺の彼女って、こういう子だったんだ。 こういうことを感じてる子だったんだ。 「秋音、マジで最高……」 「ふふっ……ありがとう……ってちょっと抱きしめ過ぎ。苦しいよぉ」 「しばらくこのままで」 「もう……」 「ありがとう」 「どういたしまして……それで律……」 「ん?」 秋音の視線がちらちらと下の方に向いているのに気付く。 ……視線の先には膨れ上がった俺の海パンが……。 「……したい?」 「……もちろん」 ここまできたら隠すことは出来ず、隠しても仕方がないので、素直に頷く。 「秋音とエッチしたい。水着姿の秋音に触れてたら、どうしてもそう思った」 「そ、そっか……やっぱり律は素直だね」 「おう」 「……」 「秋音?」 「実は、その……」 「……ボクも、同じなんだ」 「律に手を引かれたり、こうやって、触れ合ったりしてたら、その……」 「エッチ……したくなっちゃってた」 「秋音――グッジョブ!」 「えええっ、な、なんでっ?」 「秋音からもそんな風に思ってもらえて、俺は嬉しい!」 「それは……複雑な気分だなぁ……もう……」 「ちっとも複雑じゃない。嬉しいぞ」 「ふふっ……そうだね……」 照れくさそうに微笑む秋音。 顔を寄せてくる秋音のくちびるに重ねる。 「ちゅっ……んっ……」 「人がいないところに……」 「……うん」 俺たちは人気の無い所を探して、この場所にやってきた。 「んっ……ちゅ、ん……」 「ん……んむっ、ちゅぷ……んんっ、ふぅん」 岩場の陰に隠れて、もう一度キスする。 さっきよりも少しだけ長く唇を重ね合ってから、ゆっくりと離れる。 「っふぁ……ここ、大丈夫なのかな?」 「人が来るような場所からは離れてるし、岩やらなにやらで見えにくいし」 「う、うん、そうだよね」 「気になる?」 「外だって思うと、どうしても……律は平気なの?」 「平気ってわけじゃないけど……」 「エッチしてる時の秋音は、俺以外の誰にも見せたくないし」 「うん……ボクも、律にしか見せたくないよ」 「あんなに蕩けたエッチな顔を見られたら、秋音がなにをされるかわからないし」 「はぅっ、そ、そんなにエッチな顔してる?」 「してる。今だって、ほら――」 言いながら、振り向いた秋音にまたキスをする。 「んぅっ……ちゅ、ん、ふ……んんっ」 今度は軽く済ませず、舌を伸ばして、少しだけ開いていた唇の透間から、口腔へと俺の舌を侵入させていく。 「っんく、んむ……ちゅっ、んんっ、ん。んむ……」 恥ずかしがるように縮こまらせた秋音の舌を追って、さらに舌を伸ばし、絡める。 秋音の舌、柔らかくて……蕩けそう……。 「んちゅ、ん……あむ、ちゅぷ、んっ……ん、っちゅ」 「はぁ……ん、ちゅく、はぁっ、はぁっ、んく、ちゅぅ……」 くちゅくちゅと音を立てるように、唾液ごと秋音の舌をねぶる。 恥ずかしそうにしていた秋音の瞳が徐々にとろんとしてきてる。 「んくっ、ん、ちゅ……ん、ちゅぷ……んくぅぅ」 秋音が微かに身をよじると、肌を流れ落ちる水滴が胸の谷間へと消えていく。 秋音は意識すらしていないだろう身じろぎが、艶やかでエロくて……。 「あっ……ちゅっ……、んぅ、ん、ちゅ……んぅ……」 ついに俺は、秋音の口腔内を嬲るだけじゃ我慢できない! 「んっふぁ……ぁ、ふ……ぁぁあ……はふぅ……」 粘液を絡ませながら、ゆっくりと舌を引き抜いた。 「ふぅ……律の舌、すごい……どうにかなっちゃいそうだった、よ……」 「秋音の舌、柔らかくておいしい」 「た、食べないで……」 「秋音を可愛がるのが俺のライフワークになった」 「けど、秋音のこの顔は俺だけで独占したい」 「見られちゃいそうなとこで、してる気がするけど……」 「それは……」 他の人に見せたくはないけど――でも、見られちゃうかもってドキドキしてる秋音の顔を見てたいっていうか……。 なんてことは本人の前じゃ言えない。 「律は、外でするの好きなの?」 「するのが好きなだけで……場所問わず?」 「律って、やっぱり変態……」 自覚してしまいそう……。 「それ以上に、秋音と今すぐエッチしたいからな」 「あぅ、それは……うれしいけど……うぅ〜っ」 「素直に」 「う、うん……」 「ボクも、律とエッチしたい……」 「見られちゃいそうでも?」 「み、見られちゃいそうでも」 「秋音も十分、変態なんじゃ……」 「ふぇっ、そ、そんなこと……」 「秋音が変態……そう思うと、ドキドキしてくる……」 「だから違うって……ひゃうっ!」 否定しようとする秋音に両手を回し、ぎゅむっとその胸を揉む。 「ん、ふぁ、ぁぁ……いきなり、ずるいよぉ……」 秋音はぴくりと身体を震わせて、逃げるようにぴたっと俺にお尻と背中をくっつけてくる。 「さっきからずっとその胸を見せつけられて、興奮しっぱなし」 「ぁっ、ふ……そうなの? ボクの胸、おっきい方じゃないし……ひうっんっ……」 「ちっちゃくない。ちょうどいい大きさで、ずっと触ってたい」 「それは……嬉しいけど、ひぅっ、ぁんっ、胸、ばっかり……ゃんっ……」 くすぐったいのか、感じているのか、俺の手の動きに秋音は首をすくませて逃げるように縮こまる。 そんな秋音を追い詰めるように、胸から脇腹、太股へと手を這わせ、また上に戻って、指先で乳首をくりくりと弄る俺。 「ふぃっ、ぁ……! んっ、うぅぅ、また、むねにぃ……ふぁあ」 「ここ、好きなのか?」 「んぁ、ふぁあ……ふ、普通だよぉ……」 「そう? こんな敏感に感じてるのに」 乳首を指でほじほじすると、びくびくっと体を震わせた。 「ひぅっ、そんないじりかた、ダメだよぅ……」 「もう乳首が勃起しっぱなし……」 「うぅぅ……そんなにいじるからだよ。そこばっかりやめて……」 「こっちじゃないとすると……お尻?」 「やんっ……こ、腰浮いちゃう……んっ……」 さっきからお尻を押し付けてきていた。 実際、秋音の柔らかいお尻がむにむにと押しつけられて、俺の海パンの中で一物が存在を主張して困ってる。 「このお尻、押しつけられて……腰かがまないと歩けない……」 「あ……うん……すごく、固くなってる、ね……」 「俺のを、お尻でこすってる……気持ちいい……」 「それは、そのっ……律がいろいろ触ってくるから、逃げようとして……あぅぅ」 そう言って、秋音は居心地悪そうにお尻を動かす。 それが余計に俺の興奮をかき立てると知ってての所行ならとんだ小悪魔……それはそれでいい! だけど、それはないよな……秋音だから……。 けど、無意識の動きはやはり、良くも悪くもじれったくて、物足りなくて……。 「なあ、秋音――ちょっと手、後ろに回して」 「え? こ、こう……?」 「そう、で……ここ触って、弄って欲しいんだけど」 戸惑う秋音の手首を持って、誘導する。 その先はもちろん……。 「ひゃっ! これって……や、やっぱり……」 お尻を押しつけられてギンギンに硬くなっている俺の股間だ。 振り向いて自分の指先にあるモノを確認して、秋音が顔を赤く染める。 「わ……熱くなってる……」 「お願いできるか? 代わりに俺は秋音の胸をいっぱいいじってあげよう」 「うぅっ、なんかその取引、不公平なような……」 「確かにそうだ……俺ばっかり気持ちよくなってもなぁ……」 「あ、そういう意味じゃなくて……」 「胸だけじゃ無く、あそこもしっかり弄って気持ちよくしてあげよう」 「そ、そうじゃなくてっ、あうっんっ……も、もうっ、こすっちゃだめ……」 「ここいい? それじゃもっと……」 「ううっ、あぅんっ。んっ……そ、そこっ……」 「秋音も、俺の握って……」 「うん……こう?」 秋音の細い指が、カリに絡む。 そこをにぎにぎとされて……気持ちいいっ。 「んっ……いい……もう出そう」 「も、もう? そんなに……いいの?」 図書館でもそうだったけど、柔らかい指が絡みつくだけで気持ち良すぎるっ。 柔らかい指が絡みついて、気持ち良すぎるっ。 「最高……。それじゃ秋音のも……」 「ひゃっ、や、水着のなかに手、挿れちゃ……ひんっ、あぅぅ……」 「恥ずかしがりつつも、ちゃんと乳首を硬くして、股間を海水以外のもので濡らしてくれる秋音も大大大好きだぞ」 「ぬ、濡らしてないもん。まだ……」 「海水はこんなぬるぬるしない」 ひときわ柔らかい襞を、指先でぬるぬるとこする。 身をよじって視線がふらふらする秋音。 「うぅ、んっ……んんぅ……そんなに、濡れてるかな……あっ……」 「感じてくれてるんだよな……嬉しいよ……」 「……恥ずかしいんだ、よぉ」 「でも、こうされるの好きじゃない?」 割れ目の表面をすべるように上下にこする。 困ったような顔をして俺のことをじっと見つめてくる。 「好き、ってわけじゃ……んっ、あっ……んんんっ……ふぁ……はあっ!」 「好きって言って」 「もう……強制なの? んっ……ふぁぁっ、そ、そこ、ダメっ……」 「俺は、秋音にこすってもらうの好きだから」 「んっ……えっと……んんっ……耳元で、いい?」 「どうぞ」 「えと……エッチなの、好き……」 「秋音のエッチー」 「うぅぅっ、律の中でボクがどんどんエッチな子になってる気がする……」 「ボク、そこまでエッチじゃない……って言いたいのに……」 「俺のアソコ握りながら言ってるところがいいっ」 「うぅっ、全部律のせいだもん。ボクがこんなにエッチになったのも、律のせいだからねっ」 「だから……んっ、責任、取って……幸せにしてくれなきゃ、やだ、よ……?」 秋音の言葉に、おもいっきり心臓が高鳴る。 「ああ……絶対、幸せにする」 プロポーズみたいな言葉を言って、多分俺は照れてる。 気付かれたのか、秋音はふっと微笑んだ。 「……うん。ボクも律を幸せにする」 「もう幸せだから……幸せすぎて、もう出そう」 「そ、そんな意味でなの……あっ……んんっ……あっうんっ……もう、そこばっかり……」 「そこって、クリトリス? このこりこりしてるところ……」 「そう、だよ……んっ……んんんっ。あっ、つまんじゃ、い、いいっ……」 秋音の魅惑の身体を、指と手と口を使って、触れ続けたことで得た愛撫のテクの全てをめいっぱい使って。 秋音の体と心を開いていく……とろとろに溶かしていく……。 「んっくぅんっ……あぁんっ、あっくっ……んっく、ふぅっ……」 「そ、そこっ……そんなにぎゅっとしちゃ、いや……んっ……ああぅ……」 「痛かった? ごめん」 摘んでいたクリトリスを、指の腹で優しく撫で回す。 「んんっ……はぅ……やぁあぁ。んんんっ、あぅっ……そうされると、きちゃうよぉ……」 「ふぁ、はぁっ、はふ……り、律ぅ……んんっ……ふぁ……」 「なに?」 「……気持ち、いいよ。ボク、もう……エッチだよぉ」 「……わかってる」 「うん……いっぱい、エッチにして……んっ……ああっ……ぅんっやぁっ」 俺の愛撫でとろとろになりながらも、秋音の手は優しく俺の一物の愛撫をし続ける。 今までに無いほど反り返ってて……。 「秋音……俺、我慢できない」 「う、うん。ボクも律と繋がりたい……ボクのこと、いっぱいエッチにさせて……とろとろにして……」 「律……ボクをもっと女の子にして……?」 「俺の女の子にする……」 「……うんっ……ちゅ」 また、秋音は俺と唇を重ねた。 「ね、ねぇ。律……この格好……」 「可愛いぞ」 「じゃなくて、あぅぅ……誰か来たら、丸見えだよ……」 「……顔は見えないんじゃないかな」 「そういう問題じゃ……ひんっ、ボク、気持ちいいと声を我慢出来ないの、律も知ってるはずなのに……」 「図書館や風呂よりよっぽど音で溢れてるから、声の心配はしなくて良いと思うぞ」 「声の心配はしなくて良いと思うぞ」 実際、岩場に打ち寄せる波の音に打ち消され、浜の方の声は全然聞こえてこない。 「だからって、こんな格好……恥ずかしすぎるよ」 「諦めよう……俺たち、十分恥ずかしいことしてる」 「う……そうだけど……」 「俺はしたい……秋音に入れたい……」 「ボクもそうだけど……入れて欲しいけど……」 「誰かに見つかりそうになったら、俺が秋音の体を隠すから」 「……うん……お願い、ね」 目の前に露わにされた秋音の秘処に、海パンから引っ張り出した俺のペニスをぴたっと押し当てる。 「ふゃ……っ!?」 「その反応、いい……」 「うぅ……あっ、んっ……んん〜〜〜っ、じらさ、ないで……ぇ」 亀頭をこすりつけると、腰をくねくねさせる。 もうここで止めることなんてできるわけがない! 「律……はやく、して……入れて……」 俺の前に突き出された、均整の取れたお尻を撫でながら、肉棒の先端で割れ目を何度も往復させて、溢れた愛液で濡らしていく。 愛液が溢れて、太股を伝って垂れ落ちていく。 「っ、うぅぅ……したい……よ。律のおっきいの、ボクのここに……欲しい、早く欲しいよ……」 じらしすぎた……。 「わかった。入れるよ……」 「うん……お願い……」 「ふぁ……あっ、くあぁっ!」 秋音の愛液でとろとろにさせた肉棒を挿入していく。 心地よい抵抗を感じつつ、愛液のおかげでするすると入っていって……すぐに奥に収まった。 「ふぁ……んんっ……律の……あぁ、おっきい、よぉ……っ」 秋音の膣内はやけどするかと思えるほど熱くて……。 蜜壷はひっつくように締まり、いつもより気持ちよく俺のモノを包み絞る。 「んんんんっ……すごいぃん……んっ、ふぅ……あそこ、いっぱいになってるよぉ……」 「秋音の膣内……締まって、搾ってるみたいに……ッ」 まるで肉棒が秋音の膣内で融けてしまったかのような喪失感と、それに倍する快感が俺を襲ってくる。 気を抜くと精がこみ上げてきそうな……。 「ふぁ、ひんっ、今日は、律の……すごい、よぉ……こんな格好で、ボク……ひうっ」 「動物みたいに……犯されて……っだ、誰か、見てるかもしれないのに……ふぁ……」 「やぁ、いっちゃう……こんな早く、ひゃうっ、イッちゃ……んくっ、あぁ、ふあぁぁっ!」 脚をぴんと伸ばして、秋音が達した――直後。 「ふぁ、あ、あ……だめ、止め……ふぁ、出ちゃ……ひんっ、あ、あぁぁっ!」 慌てた秋音の声と共に―― プシャアアアアアアァァッ! 勢いよく、秋音の股間から淡い色の液体が音を立ててあふれ出す。 「や、あぁっ、止めて……止まっ、や、あぁぁっ!」 「――っく、締まる……!」 「やだ、律も、見ちゃ……あぁ、動いちゃ……ふぁ、見ないで……ひんっ、見られちゃ……」 「ふぁ、恥ずかしい、よぉ……ひぅ、うあぁぁぁ……」 真っ赤になってかぶりを振っても、勢いよくあふれ出したおしっこは止まらず。 どぼどぼと砂地にこぼれていく。 「秋音、じっとして……」 「うん……うぅぅ……止まらないよ……」 「いいから……全部しちゃいなよ」 「……んっ……んんんんっ」 動きを止めて、しばらくそのままの姿勢でいる。 その間、波の音と遠くからの声と、おしっこの音が聞こえ続ける。 あと心臓の音……秋音の鼓動も……。 恥ずかしがってるのが、顔を見なくても分かる。 「んっ……あぁ……はぁ、はぁ……や、やっと止まったぁ……はぅぅ……」 しばらくしてやっと、その勢いを緩めて、止まった。 「はぁっ、はぁ……うぅ、律ぅ……ごめんね……」 「……気持ちよかった?」 「き、聞かないで……」 ま、そうか……。 でも、気持ちよくてしちゃったんなら……。 「よしよし」 「んんんっ……お尻撫でないでよぉ……」 「無理……気持ちよくておもらしなんて可愛すぎだろ……」 「はぅっ!? わ、忘れて!」 「そんな手が通じ――」 ――いや、“絶対王言”だと、下手したら通じるのか!? 「っ、はぁ……通じた?」 「――わけ、ないだろ。覚えてるよ。秋音の恥ずかしい姿をばっちり。脳内秋音メモリーに永久保存だ」 「そんなの保存しないでいいのにぃ……」 そう言いながらも、秋音の膣肉は咥え込んだままの俺のモノをきゅっと締め付けてくる。 これは……やっぱり……。 「気持ち良かったってことか……」 「――っ、な、な、なんのこと」 「恥ずかしいのにドキドキする秋音だから、お漏らしなんて恥ずかしいとこ見られて、実はドキドキしてたり――」 「っ、そんなこと……」 「正直なところ、聞かせて欲しいな」 「うぅぅ……くっ、ふっ、うう……違わない、かも……はぁぁ」 よかった。なら―― 「挿入されるの、気持ちいいか……」 ずちゅ……ずりゅぅ……と、ゆっくり、腰の動きを再開させる。 「あっふぁ、そ、それはっ……んっ……んんんっ! うっ……くっ、ふうぅぅっ」 「俺の、気持ちよくない?」 ずちゅぅ……ずりゅっ……。 ゆっくりと入れて……出して……。 「んっ、うぅ……正直にっ、答えなきゃ、ダメ?」 「だめ」 「んぅ、感じたよ……っ、あぅぅ……」 「律のが、出たり入ったりして……ひぅっ、外なのに……ひゃんっ、ふぁ……こんなこと訊かれて……」 「ボク、恥ずかしくてっ、頭おかしく、なっちゃうよぉ……あぁぁっ、はあああっ」 「……秋音、可愛すぎる……おかしくしちゃいたい!」 「はぅんっ……! だ、だめ……ぇっ! 何が何だか分からなくなっちゃう……ぅっ!」 「あと、気持ち良かったなら、今度また俺の前で漏らしてほしい」 「うぅぅ、律って、律って……んっ、ふぁ……! あっ、あん、あん、あん!」 「こんなに変態だったなんて、思わなかったよ……んっ! くっ、ふぁ……はあ!」 「……わ、悪かったな、変態でっ」 「あっふぁっ、ああっ……んっふぅっ、ああっ! んんっ……! ん、んくっ、けどっ」 「んっ、ボクも……っ、ボクがこんなに変態だったなんて、知らなかった……っ!」 「ん?」 「律の話聞いて、恥ずかしくてっ、んん〜〜っ。おかしくなっちゃいそうなのにっ!」 「さっきよりずっと……感じてて、律の動き1つ1つが、ボクの中、んっ、ぁふ……ぞくぞく、させてて……」 「ボク、また、イッちゃう……律に見られて、ボク、また……! ふぁ、恥ずかしくてイッちゃうよぉ」 秋音がふと俺の方を見つめてくる。 涙で濡れて、快感に酔いきった目で、見つめてくる。 「うん……全部見てるから、俺と一緒に――」 「うん、イク。律と一緒に、イクから……ふぁっ! ボクの恥ずかしいとこ、全部見てて……ぁんっ、ふぁ……」 秋音の熱い体を抱いて……もっと熱い膣内を感じて…… 柔襞の感触に酔いながら……感覚も定まらない肉棒を、ただ動かしてる……。 「あっ……ああっ、はぁっ……ん……んくっ、はあぁ……はぁっ、んぅ……んんん……っ」 「はぁっ……んっ……あっ、ああっ! んんんんんぅ……んっ、いっ、いいっよぉ……あっ……はあぁ、あああんっ!」 どこまでが俺の肉体で、どこからか秋音の身体なのか……。 分からなくなるくらい、いっぱいこすって。 「んっ……んんっ……秋音の膣、すごい締まる……」 「やあぁんっ! はあぁぁんっ!! 律の……いっぱいっ、いっぱいだよぉっ……ひゃぁっ!?」 完全に溶け合ってわからず、ただ2人が繋がっている箇所から快感だけが膨れ上がって……。 「っ、秋音、俺、もう――」 「うん、うんっ、ボクも――ひんっ、イッちゃ……ふぁ」 「ひんっ、ゃう、気持ちいいよ……どこが気持ちいいのか全然わかんないけど、頭も、身体も、全部……」 「全部、律と繋がって、覗かれてるみたいで……ふぁ、あぁぁっ!」 「も、もう出るっ! 秋音っ、いく、ぞっ……!!」 「あっ、出してっ! ああっ! あっ、はあぁんっ、ああっ! い、イクッ! イクッ! あっ……いいっ! あっ! だめぇっ!!」 「あっんっ! ああっ! ぼ、ボクにっ! いっぱいっ! いっぱいに……してぇっ! 出してぇっ!!」 「んくぅっ!!!」 「ボク、イク……イッちゃう……ふぁ、あぁっ、イク、んぁ……!」 「あぁぁ、っあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っっ!!!」 「――ッ!!」 ――どくっ! どぴゅっ! びゅくっ! びゅるっ! 「ひゃぁぅんっ!? ひぅぅんんんっ! うぅんっんんんんんんっ!!」 全身から何かが熱いものが抜けていくっ! 秋音と繋がっている場所にまるで新しく心臓が出来たみたいで……。 「すご……どくどく、出ていく……」 「んんっ……ふぁあぁ……んんんっ! んっ……お腹、熱くなって、く……ぅう!」 全身が震えて脈打って、白濁した液体を秋音の胎内へと送り込んでいく。 まるで俺の全身の血液が、そのまま押し出されるみたいに……。 「あぁぁっ、あ、いっぱい……くるよぉ……! まだ……入って、くるぅ……くぁっ、はぁぁ……」 離れそうになるお尻を、両手で掴んで腰に固定する。 まだまだ、出したい……。 秋音の膣を、自分のでいっぱいにしたい……。 「律ぅ……奥に、出してる、よ……あっ、また、どくんって……」 「まだ……出る……」 「ふぁぁっ! ほんとに……まだ、出てるぅ……んんんんっ! ふぁ……んっ!」 次第に勃起も緩くなっていくが、尿道の奥の方から出て行く勢いは衰えない。 「んっくぅ……あうんっ、はぁ、はうんっ……はぁ、はぁ……んっ……お腹、すごいことになってるよ……」 「ほんとに、いっぱいに、する気……なの?」 「止まんない……」 「んっ……ふぅ……あぅ……ボクの膣内、もう受けきれないんじゃ……ないかな……ふぅ……んんんんっ……」 「ほ、ほら……漏れてきちゃってる……律のが……」 つーっと垂れる精液が、秋音がしたおしっこの上へと。 それでも止まらない射精を、秋音は受け入れてくれる。 「はぁ……はぁ、はぅ……ふぅ……ふぅ……ん……」 ふるふると震える秋音の胎内が最後の一滴を受け止めると、役割を終えた肉棒がずるりと膣から抜け落ちる。 「んぅ……いっぱい、入ってた……」 俺のが抜けると同時に、ぼたぼた白いものが落ちてきた。 「ふぁ、あぁ……んんっ、ふぁ……いっぱい、出てきてる……」 「律……」 「ん?」 「ボク、感じてた……律に恥ずかしいとこ見られてるって思っただけで、さっきよりずっと感じて……」 「あぅぅ、なんか、ボク、変になっちゃってる……」 「変になってる秋音も、可愛かった……すっごく良かった……」 「んんっ、もう……そんなこと言われたら……また……」 「……また?」 「っ、……これもみんな律のせいだよぅ」 「誉め言葉だ……すっごい気分いい……それ」 「もうっ、何言っても……律って喜んじゃうの?」 「喜んじゃうね……秋音からだったら」 「うぅん……嬉しいような、困ったような……」 「それに――」 「さっき、約束しただろ。秋音をエッチにした責任とって、絶対幸せにする――ってさ」 「うぅ、それは……また大変な目にあわされそうな……」 「お……」 「あ、嬉しくないわけじゃないからね……幸せなのも大変だなって思って……」 「そういうことか! なら大変な目に会わせてやる!」 「ふふっ……お手柔らかにお願いしたいかな……」 「あ……律の、いっぱい汚れちゃったね」 「このまま海に入れば……」 「ちょっと、じっとしてて……」 「おっ? ……おおおおっ!?」 「こんなに精子と愛液で汚れちゃってる……べとべとだ……」 半勃ちしてる俺のを、にぎにぎしているのは……。 秋音がしようとしてるのは……まさか……。 「普段はこれくらいなの? 固い感じが……」 「普段はもっと、ふにゃちん状態」 「そうだよね。こんなだったらもっと服の上からもわかるはずだし……」 「秋音に触ってもらってる時から、ずっと膨張状態だったからしばらくは引かないんじゃないか……うっ」 にぎにぎされるの気持ちいい……。 「痛い? もっとそっと?」 「う……ぅ。いや、気持ちいいくらい……痛気持ちいい」 「やっぱり痛いんだ……すごい凝ってる感じがする……」 「これ、筋肉痛みたいになるかも……」 いっぱい射精したからなぁ……ほんと、気持ち良かった……。 「え、そうなの? そんなに……頑張ってくれてたんだ……」 「秋音は気持ちよかった?」 「うん……いっぱい、ボクのこと気持ちよくしてくれたお礼がしたいなあって」 「いや、別にそんな……うぐっ」 「ふふっ、いつもありがとね♪」 いやらしい笑みを浮かべながら、俺の愚息に礼を述べる秋音。 「も、もしや、秋音がやろうとしているこれって……」 「確かこうして……」 秋音の舌が出てくる! 「うぉっ!?」 「な、何? やっぱり痛いの?」 「何しようとしてる?」 「何って……ふぇ、フェラ……って言うんだよね……」 「フェラチオだ」 「うん……フェラチオ……」 「恥ずかしがるんだ」 「は、恥ずかしいよっ」 「それって確か、俗に言う……」 「えっと……お、お掃除……」 「そう! お掃除フェラ!」 「う、うん……それ」 「何故、秋音がそれを……」 「調べた、の……男の子って、こうされると喜ぶって……」 「……」 「……あれ。もしかして、ウソ情報……?」 「そんなことない! すげー嬉しい!」 「う、うん……」 「秋音からそんなことしてくれるなんて……最高だっ!」 「……」 「さぁ! やってくれ……」 うわ、ぶるって来た。今頃来た。 すげぇ嬉しいことされてるとぐいぐい感じて来たっ。 「あの……ひょっとしてボク、恥ずかしいことしてるのかな?」 「いえす!」 「や、やめていい?」 「だめ、絶対だめ! 続けて……っ!」 「う……」 「して欲しい」 「……お掃除フェラ、されると嬉しい?」 「嬉しい……めちゃめちゃ嬉しいよぉ……」 「そ、それじゃ……お口でクチュクチュ、してあげるね」 「ぺろ……っ、じゅる……ん!」 「うわっ! うわっ! それ気持ちいい……」 「れろぉ……ふぉんと? よかったぁ。あ、でも大声出さないでね」 「な、なんとか我慢する!」 「それじゃ……」 「はむっ……ちゅっ……ちゅぱっ……ぺろっ……れろれろ、じゅるっ、ちゅっ、ちゅっ」 小さな舌がちろちろと、ペニスに這い回る。 軽い刺激がびくんびくん来る…… 「ん、ちゅっ、ちゅる……んっ。あ、また固くなってきてるよ」 「こんなことされて、勃たないわけがないだろ……」 「お掃除フェラって、それでいいの? 綺麗にするだけじゃ……」 「可愛い彼女にこんなことさせて、興奮せずにいられないよ!」 「そ、そう……それじゃ……いっぱい興奮してね……っ」 「ふぁむっ……ちゅっ……ちゅぐっ、んんっふっ……ぺろっ、れろっ……」 「うぉっ、これ、すごっ……くぅ」 「ふぁ……ぷっ、ふぅ……律、そんな顔するんだ……」 「え、どんな顔してる?」 「……変なこと言っていい?」 「何……」 「すごくエッチな顔してる」 「……っ」 こ、これは恥ずかしい……。 「それに……ふふっ、可愛いよ」 「ま、まさか……そんなこと言い返されるとは……」 なんだこの不覚感は……。 「舐めたりキスするたびに、ぴくぴく反応するし……ボク、これ結構好きかも……」 「おおぅ……本当に秋音がエッチに覚醒してしまったのか……」 「嬉しい?」 「……ちょっと複雑」 「ど、どういうこと?」 背徳感が、半端ない……。 軽くびびってる、俺? 「こうするの、良くなかった?」 「いや……」 それは……無い。 むしろ、嬉しいんだよな、これ。 「この辺は、繊細なんだ……」 「よくわかんないんだけど」 「まぁつまり、嬉しいのは確かなんだけど、気恥ずかしいっていうか……」 「望んでいたことなのに、変わっていくことにも戸惑ってるというか……」 「……とにかく繊細なんだ、多分」 「……」 「だから、秋音は良い。良くないってことはありえない」 「……ボクと同じなのかな」 「同じ?」 「うん……律にいっぱいして貰って……嬉しかった……」 「でも、いっぱい恥ずかしくて……自分が変わっていくみたいで、ちょっと怖くて不安で……」 「それでも……律が求めてくれるのが嬉しくて……」 「あ、うん。それそれ」 「ほんと? ……うん……嬉しい」 本当に嬉しそうに微笑まれた。 エッチの後のとろとろの状態で、ご奉仕してくれる恋人が喜んでくれている……。 「俺も嬉しいな……これ……」 「それじゃ、いっぱい気持ち良くなってね」 「おう。よろしく」 小さな口が半開きになって、そこから舌が出てきて、ペニスに絡みつく。 「んぷっ……ちゅっ……ぺろっ、ちゅ……ちゅうぅっ、ちゅっ……ぺちゅ……」 「おふぅ……腰が、浮く……」 「ちゅぱっ……んっ……ふふっ……もっと、感じてね……はむっ、ぷちゅ……んちゅっぅっ……」 「言われなくて、もっ……うっ……」 ほんと、情けない声出してる俺……。 でも、マジで気持ちいい……。 「んっんんっ、ちゅっ……んぷ、んむっ、ちゅぅっつっ……ちゅるんっ! ちゅぱっ……」 「あふっ、んぷっ、ちゅっちゅうぅっつっ……ふぅっん、んちゅっ、んむぅ、ぷっ、ちゅちゅっ」 刺激に耐えるので精一杯……。 舌とくちびるだけだったのが、口の中まで使い始めてる……。 「ちゅっ、んぽっぅ……はぁ……律、腰が浮きっぱなし……」 「ほんと、気持ち良すぎ……」 「ふふっ、嬉しい……いっぱい反応して。とっても可愛いし……」 「可愛い言うな」 「なんで、誉めてるのに……」 ぶーたれる顔が、どきっとするほど可愛いぞ……。 「あ……ここって触るとどうなの?」 玉袋を握られた!? 「ふぉっ!? くぅぅ……」 「わわっ……これ、気持ちいいんだ……」 くにくにっと睾丸を揉みほぐされる。 「すげ……秋音、テクニシャンすぎる……」 「気持ち、いいんだ。それじゃ、続けるね……ちゅうぅ、んちゅっ……」 玉袋をにぎにぎされながら、竿の部分を舐め舐めしてくる。 ただされるがまま……。 「ぷふぅ、あんっ、じゅぅるっ……じゅっぷ、じゅるっ……ぷっふぅ……ちゅぅんっ……」 「んふ、ぽふっ……ん、んくっ、ふぅっ……あんぅ……じゅっ、んぷっ……ぅんっ……」 「お、そこ……」 秋音の指が、玉袋の下の付け根をぐいっと押してきた。 また、出そう……。 あんなに射精したのに、また出そう! 「秋音……そろそろ……」 「ちゅっずっ……じゅるるるるっ、ちゅぱっ……ちゅぅぅぅっ、じゅっぷっ……んっ……んんんっ、ぷっふっ……」 「ちゅぱっ……ちゅうぱぅ……ちゅくっ、ちゅくちゅくっ……! うぶっ、ふっ……むちゅっ」 夢中になってる? うっ、や、やばいっ……一気にこみ上げてきた……。 「と、秋音、離れて……」 「ちゅっぴっ、ちゅぱっ、んんんっぅっ! ちゅっ、むっ! むちゅっむっちゅっ……ちゅぱっ……ちゅぅぅぅっ!」 「わっ、これ、耐えるの無理っ……出るっ!」 「ちゅうぅぅぅぅっんっ!!」 「うっ!!」 ――どっぴゅっ! びゅくっびゅくっ! びゅるっ! 「ふぐっ!? ふぁあっ……ひゃぁんっ!?」 くちびるが離れた瞬間に、はき出される俺の精。 秋音の顔に、びちゃびちゃとかかっていく……。 「ふぁ……す、すごい勢い……」 「う、くっ……まだ、出るぅ……」 「ひゃっ……すごい……んっ……んんっ……んぷっ、ふ、ふはぁ……」 「わっ、わわぁ……こ、こんなに……まだ出るなんて……」 「俺も信じられない……」 「すごい、勢いだね……」 「図書館の時も、これくらいだったけど……くっ」 「あの時は……口の中だったから……こうやって間近で射精を見るのは……」 「あ、掃除したのに……これも舐め取った方がいいのかな……?」 「次は手加減してくれ……興奮しないうちに……」 次、出したら……ほんとに動けなくなりそう……。 それくらい出した気がするぞ……。 「うん、そうするね……」 優しく撫でるように、ペニスから精液が取り除かれていく。 「秋音……ありがとう、な」 「どういたしまして……ふふっ、よかった」 こんなに汚しているのに……秋音は凄く綺麗で……。 「どうしたの?」 「いや……それじゃあ、このまま海に戻るか。汗まみれだし」 「うん……」 「しっかし……秋音、ほんとにエッチになったなぁ」 「……うん。エッチになっちゃった」 「エッチなの大歓迎だから、我慢しないで言ってくれ」 「う、うん……♪ またいっぱいしてね……」 その日は、海で汗を流した後、すぐに引き上げた。 疲れからか、そのまま秋音と一緒に俺の部屋で夕食時までぐっすりだった。 ……それから。 俺たちは相変わらず楽しんだり、イチャイチャしたり、楽しんだりして―― 今まで通りに、学園生活を過ごしていった。 秋音と一緒に過ごす、学園での日々。 それを謳歌しながら――気が付けば、夏から秋へと移り変わりの時期へ―― そんなある日―― 「じー」 「……」 「……」 オリエッタに呼ばれた俺たちは、なぜか2人並んでじっと見つめられていた。 「んー……」 「えーと……」 「おりんちゃん……?」 「ん、よし」 「なにがいいんだ」 「魔法の力の話よ」 「魔法の?」 「トッキーの魔力、だいぶ弱まってきたみたいね」 「えっ! ほ、ほんとっ?」 「ええ。経過は順調ってところね」 「そっか、ちゃんと変わってきてるんだね」 「……って、見つめただけでわかるものなのか?」 「まさか」 「えぇっ!?」 「無根拠かよ」 「違うわよ」 「今のは魔法使ったの。かなり分かりやすく使ったのよ? 気付かなかったでしょ?」 「うん……」 「まったく……」 「つまりそれくらい魔法自体が分からなくなってるのよ……律もね」 「俺も?」 「律の魔力は、ほとんど感じられないくらいになってる」 「ほんと、イスタリカに居られるのが不思議なくらいよ」 「そ、そうなんだ……」 まったく自覚がない。 「最近、魔法も使ってないでしょ?」 「あ、そういえば」 「もうほとんど使えないわよ」 「あっ、ということは……」 「ええ――」 秋音の言葉に先回りするように、オリエッタは頷いた。 微笑むように顔から力を抜いた表情で、やれやれと告げてくる。 「もう少しすれば、ニンゲン界で暮らせるようになるわ……つまり卒業よ」 「……戻れるのか」 自分の部屋に戻ってきて、オリエッタの言葉をぼんやりと思い出す。 「んー……」 床に触れる。もう慣れ親しんだ床。 見上げる天井も見慣れたものだ。 この部屋の勝手は、もうおおむねを把握していた。 ここでのくつろぎ方もわかっている。 「……」 「どうしたの、律?」 「うん……ここでの生活も終わりが見えてきたのかーと思ってさ」 「そうだね……」 「出て行きたくない、なんて言うつもりはないけど」 「なんだかんだで愛着が湧いたりもしてるからな。この部屋にも」 「うん……色々あったもんね」 「ほんと、色々ありすぎだ」 「それがもう少しで、なんて思うと、ちょっと寂しいね」 「ああ……」 秋音の声が、涙でにじみそう。 まだ感傷にひたるのは早いか。 「ま。その“もう少し”っていうのがどれくらいなのかは、まだわからないけどな」 「ひょっとしたら、急に長引いちゃうかもしれないし」 「それはそれで……いいのかも」 「ふふ、律ってば」 「けど、魔法の力が弱まってるのは事実みたいだし」 「たぶん本当に“もう少し”なんだろうな」 「うん……そうだね」 「……」 「っそうだ、律。ちょっと出かけない?」 「出かける? そりゃもちろん構わないけど、行きたい場所でもあるのか?」 「うん。夏には夏らしくって、海に行ったでしょ?」 「だから、秋には秋らしくって思って」 「そうだな――それじゃあ、行くか」 「うんっ」 「っわぁ……見て見て、真っ赤だよ」 「ああ、ほんとに」 秋音に文字通り手を引かれて。 やってきたのは山だった。 まだ秋の初めだけど、この時期から綺麗に紅葉を始める場所。 美しく赤や黄色に彩られた風景が広がっていた。 「まさに紅葉狩りの名所だな」 「うんっ。ちょうどいい時に来れたね」 「しかし、よくこんな場所知ってたな」 「ボク、いつも律に引っ張ってもらってるでしょ?」 「だからたまには、ボクの方から律を連れて行きたいなって思ってて……」 「図書館でいい場所がないか探してたら、見つけたんだよ」 「そっか――ありがとな、秋音」 「ううん。律が喜んでくれたら、ボクも嬉しいから」 「ああ、すごく嬉しい。こんなに綺麗な景色を見せてもらって――」 「それも、秋音と一緒に、な」 「うんっ。ボクも、律と一緒に来られて幸せだよ」 「ちょっと、恥ずかしいけどね」 「はは、相変わらずだな」 「あっ、見て見て、律! 紅葉がいっぱい落ちてきて、雪みたい」 「紅葉の雪か。なかなか風流だな」 「あ、こっちの方もっ」 「こうやって上を向くと、なんだか紅葉に包まれながら歩いてるみたい」 「楽しそうだなぁ、秋音は」 「ふふっ。律と一緒だから、とっても楽しいよ」 「そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」 「けど上ばっかり見てると、落ちてるイガ栗踏んで転ぶぞー?」 「そんなにドジじゃないよぉ」 「律としっかり腕を組んでるから、転びそうになったら支えてもらえるしっ」 「この場合、俺も一緒に転ぶと思うけどな」 「あははっ。それじゃあ、転んでも平気だね」 「はは。そうだな」 「それに、せっかくの紅葉狩りなんだから」 「ちょっとくらい転んでも、やっぱり上を見ていたいし」 「それもそうだな」 「一緒なら、転んでもたいして痛いと思わないし」 「一緒に起きて、またゆっくり歩けばいいしな」 「うん、一緒に――律と一緒に」 「ああ」 「……あのね、律」 「ん?」 「ボクの魔法の力が無くなってきてるのは――」 「律への気持ちを、素直に口に出せるようになったから、なんだよ」 「気持ちを、素直に?」 「うん。律と一緒にしたいこと、話したいこと――」 「律のことを好きな気持ち、ちゃんと律に伝えられるようになってきたから」 「言葉で伝えることが出来れば、ボクには魔法なんて必要ないもんね」 そう言ってから、小さくだけ苦笑する。 「元々、使おうと思って使ってたわけじゃないけどね」 「秋音もびっくりしてたくらいだしな、自分の魔法」 「ふふっ。普通は驚くよ、あんなこと」 「ま、そりゃそうだな」 「……律、ボクね」 「ん?」 「ボク、少しずつしか出来ないけど……少しずつなら出来たから」 「これからも、もっと律に気持ちを伝えて、もっと律を好きになっていきたい」 「少しずつでも、もっともっと、律と色んなことしたい」 「だな……俺も色んな事したい……それの証明になればいいな……」 「証明?」 俺はポケットから折りたたんだ紙を出した。 「これ何? あ、ひょっとしてラブレターを朗読?」 「そんなロマンチックなもんじゃない……」 それに、それは恥ずかしすぎるだろ……。 「これは……こんなもの」 紙を広げて見せると、秋音が目を見開く。 「え……これって……」 「婚姻届」 「……」 「これからも一緒に色んな事したいっていう俺の気持ちの証明」 「……うん。確かに証明だね」 「……」 あれ、思ったより反応が薄い。 実際、役所に届けるのはまだまだ先だってこと言ってないから、もしかして引かれちゃった? 「ボク……ここまで考えてなかった……」 「あ、ここまでするのは無し? うわ、失敗だったのか!?」 「ううん、そうじゃなくて……」 「実感なくて……ひょっとしてこれすごいことなんじゃ……」 「……わっ、わわっ……これ……ひょっとして……ボク、結婚を申し込まれてるの?」 「……そのつもりだけど」 「ふぁぁ……律と一緒に過ごすって、こういうこともあるんだ……」 「どうした? ぼーっとしてるぞ」 「違う……びっくりしてる……泣き出しちゃいそう……」 「な、泣くな。まだ早い」 「う、うん……我慢する。でも……ボクでいいの?」 「何を今さら。それは今までいっぱい証明してきたつもりだけど」 「これもそのうちの1つ」 「……ありがとう。すごく嬉しい」 「うぅ、悔しいなぁ」 「今度は何?」 「この場所に連れてきて驚かせようって思ってたのに……ボクの方がやられちゃった」 「……そっか。喜んでいるんだな」 「当たり前だよ……すごく嬉しい……」 「よかった……」 「律……これからも一緒にいてくれるってことで合ってるよね?」 「ああ。一緒にいる」 「うんっ。ずっと、ずーっと一緒に」 絡める腕に、優しい力がこもる。 それはどちらからともなく――お互いに、相手ともっと近くにいたくて。 こうして触れ合えば、秋音を感じることが出来る。 きっと秋音も、俺を感じてくれている。 「秋音」 そちらを見れば、秋音も俺の方を向いていた。 屈託ない、誰よりも可愛い女の子が、微笑む。 「律、大好きだよ」 「もうダーメ。さすがに、下まで脱いだら捕まっちゃうし」 「ちぇっ」 「だから俺はもうこれを着けて……と。さあ行くぞ!」 上裸にマフラー! 変態男の完成である。 「……」 「おいおい、なんか突っ込んでくれよ。身につけるのはそれじゃねーだろとか」 「……」 「聞いてます?」 「そ……それ」 「これ?」 首に巻いたマフラーを引っ張って見せる。 「そんなの、どこで手に入れたのよっ」 「ええっ?」 「貸しなさいっ」 「むぎゅっ、ぐ、ぐるじい……」 マフラーの両端を思いきり引っ張られる。普通に殺人未遂だ。 「ええと、ここをこうして……えいっ」 「はあ、はあ、死ぬかと思った……」 しかしそんな俺の様子には目もくれず、オリエッタは強奪したマフラーをまじまじと観察していた。 「うさ宗の刺繍……たしかに可愛いけど、あんまり出来は良くないわね」 「これ、どこで買ったの?」 「え? それは……」 「ていうかアンタ、うさ宗グッズに興味あったの? 同志?」 「い、いや……興味はないけど」 「ないのになんでこんなの持ってんのよ!」 それは……どこで買ったんだっけ。いや、そもそも買ったのかどうか。 (あれ……?) おかしいな……まったく身に覚えがない。 「ていうかむしろそれ、おまえのじゃないの?」 「ハア? なに言ってんのよ、私はこんなの持ってないわ」 はて……? 「まあそうだよな……普通に考えれば俺のものだ。だからこそカードがあるんだ」 だったらこのカードはいつ、どこで、入手したもの? 「別に奪おうとか、ちょっとしか考えてないわよ……ただ気になっただけ」 「だけじゃねーじゃん」 にしても、いくら考えても心当たりがないのはマジだ。 (ええっと……) 必死に記憶の糸を辿る。 これは、いったい…… 「っ!」 今の……は? 「いつまでしらばっくれてんのよ……おら、吐きなさい」 「……おいおい。逆だろ、おまえこそいつまで俺をからかってんだ」 「はいぃ?」 「それ、おまえの作ったマフラーじゃねえか。危うく忘れるとこだったよ」 「言い訳として苦しすぎ。残念だけど、私にこんなの作れるわけないし」 とはいえ俺も薄情すぎだな。 せっかく、恋人の手づくりだというのに…… 「……恋人?」 「はあ? 誰のこと言ってんのよ」 そうだよ、誰のことを言っているんだ。 オリエッタ? ありえない、こいつとはまだ出会ったばかりじゃないか。 大体そもそも、恋人がいりゃあこんな場所には……。 「最初の質問に答えなさいよ。これ、どこで買ったの? それとも、拾ったの?」 (あれ……俺がおかしいのか……?) 「まさか盗んだとか? それならしょうがないわね、罰としてこれは私が預かって……」 ――いや。 あれは…… 「……オリエッタ」 「なによ」 「本当に、覚えてないのか?」 「……この、マフラーのこと?」 「そうだ」 「覚えてるもなにも……こんなの見るの初めてよ」 そうなんだ。 俺も初めてだったんだ。 だからこそおかしい。見たこともないような代物が、わざわざカードになって俺の懐に入っているはずがない。 「……誤魔化してるわけじゃないから、真剣に聞いてくれ」 「……?」 「俺は、おまえと恋人同士で」 「へ……?」 「それは、オリエッタから俺へのプレゼントだ。しかも手づくり」 反論しようとするのを指先で制する。とりあえず、今ある仮説を吐き出してしまいたい。 「確かにおまえに元々そんなマフラーを作る技術はなかった。でも、身につけたんだ……どうやってかは、知らないけど」 知らない……でも、そこには確実になんらかの因果があったはず。 「以上だ」 「以上だ。って……今の、なに?」 「そのマフラーが存在する理由」 「なにを真顔でふざけてるわけ?」 「まだ……わからないのか?」 いや、おかしいのは俺なのだろう。 突拍子もないことを言っているというのは判っている。 「信じろとでも言うわけ? 今のを」 「うん……」 「私とアンタが、恋人同士?」 「は、はい……いちおう」 「しかもこのマフラーは、私が作ってアンタにあげたぁ?」 「そのはず……なんだけど……」 こうも居丈高に迫られると、さすがに自信がなくなってくるな。 「ア・ホ・か! アンタの彼女になんかなるワケないし、自分で自分の作ったモン忘れるほどボケてもないわよ!」 「だよなぁ……?」 一気に縮こまる。先ほどまでは確信に近いレベルでそう思っていたのだが……。 「そんなくだらないシナリオを即興で思いついたのだけは評価してあげる」 そう、そこも変なのだ。 でっちあげにしても、今に語ったストーリーは俺が構築したものではなく、天啓的にひらめいたもの。 彼女がそれを渡す映像、そこに至るまでのバックグラウンド、それらが一挙に去来したのだ。 「にしても顔色が悪いわねえ……やっぱり風邪とか引いたんじゃないの?」 「ごめん……ちょっと気になることがある」 「え? ちょっと!」 「そのマフラーじっと見てて! 俺みたく、なにか思いつくかもしれないから」 呆けるオリエッタを放置して、俺は脱衣所を抜け出した。 行き交う人々がみんな俺に注目してるけど、構っているヒマなどねえ! 廊下を走るなと注意されても、この緊急事態にそんなの守っていられない。 「葉山ァ!」 「あ、夏本どこに……ブッ!」 「大変なんだ!」 「大変なのはそっちだよ! どうして上半身ハダカなのさ!」 「え……? ああっ、しまった!」 制服を脱衣所に忘れてきた! さっきからジロジロと視線が厳しいと思っていたのは、これだったのか……。 「明日からヒーロー確定だね」 「わざとじゃ! わざとじゃないんだ!」 「おいコラぁっ! 人を置いてくんじゃない!」 「わっぷ!」 言葉をかける間もなく何かを投げつけられる。これは…… 「おお、俺の制服じゃないか!」 「ねえ、やっぱりちょっと頭おかしいんじゃない?」 「いや、そういうわけじゃ……」 いきなり目の前の相手に恋人宣言をして、更には上裸で走りだして……。 (なんていうかまあ、そう思われるのもむべなるかな) しかし、俺には俺なりの根拠があるのだ。狂ってしまったわけじゃない。 「葉山、これから時間あるか?」 「えっと、これから帰るけど……」 「つまりヒマなんだな? ちょっと俺の話に付き合ってほしい」 「なによ、密談?」 「……」 オリエッタ……が居ても問題はないが、こいつの認識が改まっていない以上は居ないほうがスムーズかもな。 「ごめん、悪いけどオリエッタは遠慮してくれるか」 「そう言われると余計に気になるんだけど……」 「男同士の相談ってやつがあるのさ」 「ボク……女なんだけど」 「そういや、そうでした」 「それじゃあね」 「あっ……ちょ!」 行ってしまった……。 ううむ、葉山にはそれよりももっと大事なことを話すべきなんじゃなかろうか。 「へ〜〜」 確実な嘘を葉山に見抜かれる。 でも、それで事の含みが伝わってくれればいい。 「はあ……まあいいわ。それじゃ私も帰るけど」 「ああ、服ありがとう。さすがにここから脱衣所まで戻るのは厳しかったからな」 「そもそも脱がなきゃ良かっただけでしょ、バカ」 オリエッタは去っていった。 片手に、季節外れなマフラーを握りしめて……。 「おまえが脱がしたんだろうが……」 「……で、なんの話?」 「ああうん、ちょっと部屋で話そう」 「男同士の相談だっけ? どんなワイルドな話をしてくれるのかな」 「いやうんごめん、あれは嘘だ」 「ホントはなに? おりんちゃんには言えないことなんだよね」 「うん……実は、そのオリエッタとの話なんだけど」 キリッと顔を引き締める。真剣さを伝えるべく、一拍の間を置いた。 「俺とオリエッタはどういう関係だと思う?」 「?」 「適当でいい」 「友達じゃないの?」 「……それだけか?」 「下僕?」 「……そう見える?」 「いや、冗談」 葉山からそれ以上の答えが出てくる様子はなかった。 まあ、当然なのだけど……。 「俺とオリエッタが付き合ってるって言ったら……驚く?」 「えっ……2人、付き合ってるの!?」 「ああいや、付き合い始めたというわけじゃなくて……」 仮定の話でもないし、ややこしいな。 「俺とオリエッタが付き合ってるという認識に覚えはない?」 「覚え……?」 まるで要領を得ない質問だろう。 でも、今の状況ではこれが最も正しい問い方のはずだ。 「ていうか、質問の意味がいまいち判らないんだけど……」 「判らないかもしれないけど、答えてほしい」 オリエッタとは違って葉山は律儀なやつだ。 要望さえ伝えれば、些細な引っかかりは無視して答えてくれるだろう。 「えっと……無い、よ」 「……そうか」 「それで、どういう意味?」 「いや、実はな……」 恥ずかしい出来事だったし隠そうかとも思ったけど、やめた。 俺のつまらない体裁なんかよりも、わずかなヒントでも得られる可能性に懸けたかった。 「……というわけなんだよ」 「え、えっと……本気、だよね?」 「超マジ」 「そうだとしたら、確かにさっきの質問にも納得はできるけど……」 俺の出した答えには納得がいっていない様子だ。 やっぱり、俺の勘違いなのだろうか……? 「ところで、夏本はどうしてその時マフラーを持ってたの?」 「だから言ったろ、オリエッタが……」 「ああそっちじゃなくて、現に今さっきのこと。脱衣所だっけ?」 「ああ、なるほどね」 確かに俺とてマフラーを常に持ち歩いているわけじゃない。 (これ、他人に見せてもいいんだっけ……?) そこまで固く口止めはされてなかったしな……ごまかせそうな理由も思いつかないし、いいだろう。 「実は、これを使ったんだ」 「トランプ……?」 「似てるけど、ちがう。これはクロノカード」 「ってナニ?」 「これを使うと、このカードに書かれている物だったり行動だったりが具現化するんだ」 「ただのカードじゃないの……?」 「うーん、説明するより実演したほうが早いかもしれないな」 「実演って……」 さて、まあなんでもいいんだけど……何にしようかな。 「たとえば、こんなカードを使ってみたとする」 「とまあ、こうなるわけだ」 「冷静に喋ってるけど、前髪コゲてるよ? 大丈夫?」 大丈夫じゃなかった。 「確かに不思議な道具だとは思うけど……さっきの話とはあんまり関係なさそうだね」 「そだね……」 やっぱり、悪い夢でも見たのかなあ……。 「わっ」 「ね? こういう風に物が出てくるのさ」 ひらりと舞ってから、婚姻届はカードの上へ落下した。 「……」 「まあ、これで大体クロノカードの理屈はわかってもらえたと思うんだけど……」 「かと言ってこのカードならなんでも出来るのかと言うと、ちがう」 「さっきの話に戻るけど、俺自身の身に関係のないことはそもそもカードとして登録されないんだ」 「だから、俺がオリエッタの前でマフラーを出した時にも……」 「い、いやいやいや! ちょっと待ってよ」 「どした?」 「なにをそんな平然としてるのさ! ちゃんと見てよ、ほら!」 豹変した態度でまくし立てると、葉山は出現した婚姻届を拾って俺にかざした。 「ただの婚姻届じゃないか、別に珍しくも……」 「ただの婚姻届って何! じゅうぶん珍しいし、ほらココ!」 だるがりながらも覗く。 「うん……?」 氏名・住所・本籍等の記入欄が並ぶ。 だが、よく見ると氏名の箇所だけ記入済みだ。 ん……? “《夫になる人》夏本律” 「……?」 あれ……じゃあ、その隣は? “《妻になる人》葉山秋音” 「……」 も、もう一度…… “《妻 に な る 人》葉 山 秋 音” 「!?!?」 「ね? ね? 変でしょ!」 「え、ええええええ……??」 「なにこれ、イタズラ? ボクもらっていい?」 「欲しいのかよ! ていうかおかしいって、なんだこれ!」 カードの説明に夢中になって気づかなかった。これは断じてただの婚姻届なんかじゃない。 「え、こんなの、いつ書いた……?」 「ボクが聞きたいよ! ていうかこれ、本当にボクの字?」 「それを言うなら、これも本当に俺の字か?」 適当にボールペンを取って、そのまま各々の氏名の上に同じく姓名を走り書く。 「……」 「……」 すげえ……まったく一緒だ。 「夏本っ! いつからこんな高等技術……」 「いやいや! 俺じゃないって! 無理だよこんなの!」 本当に夏本律って書いてあるのか? 実は秋本律とか、葉山夏音とかだったりしないか? そう思い眼光紙背に徹して見たが、そこにある映像は変わらない。 「誰のイタズラぁ……?」 「ほ、ほんとだよな〜」 イタズラ……ほんとにイタズラなのかな? 「ど、同姓同名の別人とか?」 「筆跡まで同じなのに?」 「ていうかさっきなんか言ってたよね。このカードは夏本の身に関係ある物しかないとか」 「う、うん……」 「やっぱり、夏本が作ったの?」 「作ってないよ! 俺だって初見さ」 「じゃあなんでこんな物が存在するの!」 「そこがわかんない……!」 つーか、待て。 「ついさっきもこんな状況だったような……」 そう、でもってさっきは…… 「――――」 ……また、だ。 「さっきって……おりんちゃんとのこと?」 「……そう」 ここまで言ったら、ある程度の意図は伝わるはずだ。 「それって……」 「ああ……だからもう一度、似たようなことを訊くよ」 「この婚姻届みたいに……俺と葉山が付き合ってるっていう認識に、覚えはない?」 「いや、そう言われても……」 苦悶の表情を浮かべる俺に、葉山もどう答えていいか戸惑っている様子だ。 「俺と葉山はここで、しばらく学校生活をして……」 「……」 「そうしてるうちに、葉山は女子ということをみんなにバラして、魔法が判明する」 「それから……デートしたりして、俺がコクって……」 「この婚姻届は本物だけど本物じゃない。ただ役所でもらってきて、リハーサル的に練習しただけのものだ」 「だけどそれでも、俺たちが将来を考える仲だったことに変わりはなくて……」 「待ってよ……なに言ってるの、夏本」 「今、ぜんぶ……唐突に思い浮かんだ」 「そんなの……」 俺の言葉に嘘はない。 いっそ幻であってくれと願うほど、それは真実味に満ちていた。 「それが現実に起きた話だって言うの?」 「……無茶かな」 「無茶だよ……。そもそも、夏本の言ってることが仮に真実だったとしても……」 そう。そこもまた、大いな問題点だ。 「それって、今のことじゃないでしょう?」 「……そうなるね」 俺と葉山が結婚を前提に付き合い、こんなものをこさえるくらいに男女の仲を深め合う。 しかしこれは根本的に矛盾している。なぜなら俺たちはここに来てまだ1ヶ月も過ごしていない。 「なんなんだろうな、これ……」 度重なる超常現象に頭を抱える。迷宮の最奥に取り残されたかのようだ。 「……不思議だね」 「信じてくれるの?」 「悪い夢とか、そういう線が濃いとは思うけどね」 「それ以外で、なんとか説明をつけられないかな」 「ん〜〜、今コレを見て思いついたんでしょ?」 「……うん」 「だったらやっぱり、おりんちゃんのケースも一緒で、そのカードはありもしないものを生み出すんじゃないのかな」 「カードが……?」 「このカードはもともと魔法がかかっているんだし……出されたアイテムを見た夏本が、なんかの暗示にかかっちゃったとかさ」 「なんかゲームみたいだな」 「魔法が存在する以上は、何があってもおかしくないからさ」 「確かにな……」 いちおう理屈としては通っている。 現実的な線に即して考えるならば、これ以上ないほど隙のない推理かもしれない。 だけど…… 「ごめん、ちょっとアタマ冷やしてくるわ」 「うん……ごめんね、なんか」 「いや、葉山は悪くないだろ。俺の調子がおかしいんだ」 「夏本……」 「どうなってんだ……」 そういえば、あの婚姻届を部屋に忘れてきてしまった。 ……まあいいか。取りに戻るのも格好悪いし、そもそもあそこは俺の部屋だし。 それよりも、起きている事態のほうが重大だ。 マフラー、そして婚姻届に端を発して、次々と浮かんでくる映像の数々。 絶対にありえない出来事であるにも関わらず、なぜか俺はそう切り捨てることができない。 それは理屈じゃなく感覚的なもの。 まるで、身体が覚えているとでも言いたげな……。 「……行くか」 頭を冷やすなどと言った手前だが、そんなことをする気はさらさらない。 俺は早くこの迷妄から抜け出したかった。だからそのためにも、あの人の力を借りよう。 「はい」 「俺です。今お時間ありますか?」 「あるけど……諷歌はいないよ。それでもいいかい?」 「ええ、けっこうです」 むしろ好都合だ。2対1だと、茶化されてしまうかもしれないから。 「お邪魔します」 「悪いね。今ちょっと散らかってるんだ」 「あ……ごめんなさい、お掃除中でしたか?」 「いや、そうじゃないんだけど……実家から荷物が送られてきてね」 「それは……着物ですか?」 見れば、口を開けたダンボールの中には所狭しと和テイストな生地が盛り込まれていた。 「惜しいね。これは反物だよ」 「反物」 というと、生地そのものか。 「もしかして、それって……」 「うん……たまに、自分で仕立ててみたりするんだよ」 「仕立て……すごいなあ」 「あはは……少し照れるね」 「もしかして、毎年?」 「自分で仕立てるのはそんなに多くないけどね。ただ今年はたまたま実家に帰ったときに、ちょうど良く注文できたものだから」 「こう言っちゃなんですが……お高そうですね」 「まあ、一応特注だから」 「特注!」 「そこにあるもの全部です?」 「……うん」 全品オーダーメイドとは……姫百合先輩はちょっと違う次元に生きてるな。 「まあその話は置いといて。今、整理が終わって、一息ついたところなんだ。だから遠慮なくくつろいでって」 「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」 「それで……私に用があるのかな?」 「はい」 事の真剣さを表すべく、俺は正座して話に備える。 「ふむ……」 堂に入った所作で俺の正面に座ると、先輩は続きを促した。 (事実をそのまま伝えても……余計な情報が入りすぎるな) マフラーだの婚姻届だのはこの際どうでもいい。 まず第一に確かめるべきなのは、俺に起きている現象の真実だろう。 「少し、荒唐無稽な話をします」 「うん……」 「クイズみたいなものだと思ってください。でも、俺は至って正常です」 「了解、わかった」 「ここに、1人の男性がいたとします……」 そうして俺は、実名……つまり俺・葉山・オリエッタという関係性は伏せて、俺の事実のみを説明した。 なぜか知り合いの女性と付き合った証拠を2つも持っていて、しかも双方に伴う記憶があるということ。 そして相手方の女性たちはそれを承認しておらず、また時期的にもありえない事だということ。 クロノカードの存在も、話がややこしくなるだけなので伏せた。たまたま出てきたということにしてある。 「なるほどね……」 「いきなりですみません。先輩なら、こういった事象をどう捉えますか?」 姫百合先輩を訪ねたのは、ひとえに彼女の知恵を借りたかったから。 俺の認識はともかく、学院随一の才媛がどう結論づけるかを知りたかったのだ。 「察するに、律くんは私の答えが欲しいってことだよね」 「ええ……その通りです」 「なるほどね……じゃあ、述べさせてもらおうかな」 「お願いします」 「その男性はもしかすると、未来を視ているんじゃない?」 「未来……ですか」 「時間軸的にも矛盾している、という話だったよね」 「そうです」 「誰にもわからない先のことが、その人には少しだけ視える」 「でも未来なんてちょっとしたことですぐに揺らぐものだと思う。明日の朝食さえ、現時点では確定していないわけだし」 「つまり……可能性を視ていると?」 「私の考えとしては、そう。候補が2パターンあったのもそれ」 「数多ある未来の選択肢……その中のごく一部だけが、その男性には覗けたんだと思う」 「……」 「……もしかして、こういった答えは好みじゃなかった?」 「あ、いえいえ! そんなことはありません、たいへん参考になりました」 無数に枝分かれした未来。その枝先のほんの2本だけを、俺はこの地点から覗いてしまった。 俺に視えた2つの映像は平行していて、今の地点からではそのどちらにも繋がる可能性がある。 またそれはどちらかにしか繋がらず、またどちらにも繋がらない可能性だってある。 俺には無かった考えだったし、そう思うとほとんどに説明がつけられる。 「それで、オリエッタの方はどんな反応だったの?」 「ああ、あいつはてんで信じてなくて……」 ……あ。 「今の君の様子を見てれば、なんとなくわかっちゃうかな」 「……ですよね」 薄々感づいてはいたものの、それでも他人事のように話すことは出来なかった。 「良ければ、聞かせてくれないかな。実際のところを」 「……ええ、わかりました。大筋はさっきの話と変わりありませんが」 あらかじめ要点だけを説明していたおかげか、姫百合先輩も口を挟むことなく事の顛末を聞いてくれた。 「……という次第なんです」 「なるほどね……」 「すみません、なんかこんな変な話」 「大体わかった……だけど、ひとつ待って」 「なんです?」 「葉山くんと、結婚……?」 「ええ……俺も最初は信じがたかったですけど」 「いや、私も信じがたい……っていうか律くん、その……法的にアリなのかな?」 「法的? なんの話です?」 「う、ごめん……いくらなんでも直截すぎたかも。言い方を変えるね」 「キミは二刀流なのかい?」 「悪いんですが、俺には先輩が何を言ってるのかさっぱり判りません」 「婚姻届の書き留めが存在したのは事実です。それに、俺にも……葉山と付き合っていた頃の自覚が芽生えてきて」 「いやまあ、私もそういうのに偏見を持つほうじゃないけど、いきなり言われると、心の準備が、ね」 姫百合先輩、なにをそんなにオロオロしているのだろう。らしくもない。 俺と似合わないというならば、葉山よりむしろオリエッタのほうだろうに……。 「愛には色々な形があるんだね……うん、OK。納得した」 「俺、なにも言ってませんけど……いいんですか?」 「いいよ。話を進めよう」 わざとらしく咳払いをする姫百合先輩。その頬はどことなく赤かった。 「確かに葉山くんの説も興味深いね。そういう暗示の可能性もありそう」 「でも、このカードをくれたオリエッタですら驚いてましたし……」 「そのクロノカードというのは、今も?」 「あ、はい。いつも持ち歩いてるんで」 カードを取り出して扇型に開こうとした。失敗した。 「すごい量だね」 「ええ、際限なく増えていくので……そのおかげで俺も、見慣れないカードに気づきませんでした」 「だとしたら、他にも似たようなカードがあるんじゃない?」 「かもしれませんね」 姫百合先輩をちらりと見やる。がってんとばかりにまぶたを閉じた。 「探してみようか」 「お願いします」 それにしてもやっぱり、姫百合先輩は頼りになる。 「ほら、こうやって男子制服のカードとか使うと瞬時に着替えられるんですよ」 「へえ、けっこう便利だね」 「こうして見ると、ほんとにいっぱいあるなぁ」 「このカードは……私が使っても大丈夫なのかな?」 「平気じゃないですか? 特に何も言われてませんし」 とはいえ、オリエッタから預かった以上、無作為に貸したことは一度もないんだけど。 姫百合先輩が相手なら、構うまい。 「うーん……でも、うまくいかない」 「なんか、使用条件とかあるんですかね?」 「残念だなあ」 「……女子制服のカード持ったまま言わないでください」 危うく律子ちゃんになるところだった。 (でも、葉山くんと付き合うならこっちの方が……) 「なんか言いましたか?」 「うっ、ううん! なんでも」 「さて、じゃあ整理しましょうか……」 まずはこの中に、覚えのないカードはあるかな……? 「うーん……無いな」 「じゃあ、この中では?」 「いいや待て待て! まだ姫百合先輩とはキスもしてないってのに!」 「え?」 「段取りとしては、そう……まずはAをしてからBですよね!」 「な、何を言ってるか、よくわからないけど、つまり――」 「すみません、何か勘違いしてたみたいです」 結局、この謎は姫百合先輩の知恵を借りても解けることはなかった。 ううむ……しかし、もやもやするなあ。 「あれ……?」 「見つかった?」 「これ、知らないなぁ」 浴衣。俺は自前のものを持っていないし、柄にも見覚えがない。 とにかく具現化してみよう。 「えっ……?」 「これ、女物ですよね……少なくとも俺のじゃない」 「これって……」 「まあでもさっきの女子制服みたいに、見ただけでもカード化しちゃうんできっとたまたま……」 「これは……」 「へ?」 「ちょっと、待ってて」 妙な慌てぶりで先輩は立ち上がると、すぐさま先ほどのダンボールを勢いよく開いた。 そして乱雑にも上辺にあった反物を放り投げると、中から何かを引っ張りだす。 「律くん……」 「な、なんですか……?」 「その浴衣は……これじゃないかな」 「!!」 姫百合先輩が物憂げにかかげた、その生地。 それはまさしく今、俺の手元にある浴衣と酷似していて…… 「え……そんな、まさか」 「デザインが、まったく一緒だ……」 2つを揃えて並べてみる。まるで寸分の狂いもない。 「ぐ、偶然ですよ! きっと、たまたま俺が同じ服を見かけて……」 「特注品だと言ったとおり、これと同じ模様の服はこの世に2つと無いんだよ」 「ってことは、それって……」 「今、ついさっき、私のもとに届いたばかりの反物を使用しているということになる」 「そんな……」 「もしかして……先ほど、これに関しての会話をしたから?」 「そうかも、しれません……けど」 反物の話はしても、それはあくまで話だけ。 それが浴衣となるもので、こんなふうに仕上がるなんて全くもって予想の外。 ましてや、このデザインの生地を俺は一度も目にしていないのだ。 明らかに……異常だ。 「先輩……これ、ちょっと着てみてもらえますか」 「あ、うん……」 気になるのはむろんサイズだ。 これで大幅に狂いなど生じさえすれば、一応の抜け道は出来る……が。 「……」 「……」 ぴったりだ……確認を取るまでもないくらいに。 「これは返すね」 「あ、はい……」 丁寧な所作で浴衣を脱ぐと、先輩の香りを乗せて俺の手元へ。 「もしこれが、オリエッタのマフラーや、葉山くんの婚姻届と同種のものだったら……」 「姫百合先輩、そんな! 考えすぎですって……」 「あ……!」 「先輩っ!?」 「いい、大丈夫……問題ないよ」 「ほんとですか……? 苦しそうですけど」 「そっか……そういえば、そうだった」 「先輩?」 「葉山くんは、女の子だったんだ……」 「なにを今さら、そんな当たり前のこと――」 ――あ。 『婚姻届の書き留めが存在したのは事実です。それに、俺にも……葉山と付き合っていた頃の自覚が芽生えてきて』 「彼女は、自らを男の子だと思わせる魔法を使っていて……」 しまった。葉山を誤魔化すために例え話から入ったのに、てっきりあいつが女だという前提で進めてしまっていた。 「あ、あのごめんなさい! あいつも悪気があったわけじゃなくて――」 「いや、いいんだ。今……重要なのはそこじゃないから」 「そうですか……?」 姫百合先輩はむやみに言いふらしたりする人じゃないから安心だけれど、葉山との約束を破ってしまった……。 「それに、律くんの言葉で気づいたわけじゃないよ。私が今、思い出したんだ」 「思い出したって……先輩、どこかで葉山と面識が?」 「違う……あれは……夏休みの、直前だ」 「あの、先輩……」 やっぱりどこか様子がおかしい。 顔はずっと伏せがちだし、やたら挙動不審にも見える。 「それでその、ここからが本題なんだけど……律くん」 「はい」 「……」 顔が赤い……熱とか? 「私と君が付き合っているという状況に、覚えはない?」 「……」 「……え!?」 その、質問は……。 「この浴衣」 俺の意見すら封殺する勢いで、先輩は浴衣を突きつける。 「思い出して、律くん。私はこれを着て、私たちは――」 「先輩が、それを着て……?」 「っ!?」 やばい……来た。 「う、おぉぉ……!」 こちらの意思などお構いなしに雪崩れ込んでくる記憶の奔流。 そこへ来てようやく俺は、いま目の前で先輩が言っていることの総てを理解する。 「お、俺と、姫百合先輩が……! つつつ、付き合って……!」 「ああもう、それ以上は言わないで。ヘンなことまで思い出しそうになる」 「ヘンなことって……」 「ぶふぉっ」 なんというナイスバディ……! 「こ、こらっ! 見ちゃダメっ!」 「仕方ないじゃないですか、勝手に見えちゃうんですもん!」 でも、もっと見たい……。 「あーあーあー、私も律くんとあんなことを……!」 「く、くおぉ……これは効く……!」 そうして、2人そろって悶えること10分後―― 「はあ……なんとか、頭の整理がついた」 「鼻血も止まりました」 「律くんが言ってたのは、こういうことだったんだね……」 「判っていただけましたか?」 「嫌というほど」 お互いに似たような映像を共有しているようで、もう恥ずかしくて目も合わせられない。 「なんなんだろう……これは」 「でも……相手と同じ認識に至ったのは、初めてです」 一歩前進……のはず。 「それにしても複雑な気分だよ……いくら、今の私とは関係ないと言っても」 「ですよね……すみません」 「ああいや、律くんが謝ることじゃないよ」 「俺なんかが、姫百合先輩と釣り合うわけないですし……あんな未来は億分の一もありませんよ!」 「……そういう意味じゃなくて、その。律くんが相手であることが問題なんじゃなくて……」 「ほ、ほんとですか!?」 「そうだね……でも、律くんの立場からすれば私を選ばないんじゃないかな?」 「え?」 「だって律くんには、オリエッタも葉山くん――いや葉山さんもいるわけだし」 「それとこれとは、話が別で……!」 これ、絶対からかわれてる……姫百合先輩ニヤついてるし。 「ともかく……やはりこれは、どうにかして説明をつけることが急務だね」 「ですね……」 精神衛生上の問題もある。 不幸なイメージでなかっただけマシだが、このままでは件の3人と向き合って話すことができない。 「……ただ、ごめん。少し前言を撤回させて欲しい」 「未来を視ていると言ったけど……その感覚とは、ちょっと外れてる気がする」 「俺もです」 ありもしない映像が見えるだけならば、いくら登場人物が自分たちでも所詮は虚構だ。 だけど、この感覚はそうじゃない。 「ややこしい表現になるけど……未来を覚えている、と言った方がしっくりくるね」 まるでそれが現実に起きたこと――未来というより、むしろ過去を見ているような気さえする。 時系列的には紛れもない未来、しかも平行して成り立たない3つの要素の、そのどれをも覚えているのだ。 まこと、不可思議としか言いようがない。 「でも、今すぐには説明をつけられそうにない。そこの認識に関しては後回しにするとして……」 「葉山さん、オリエッタ、そして私……この3人の共通点はなんだろう?」 「……俺と関わりが深い」 「だよね」 「だからやっぱりこれは、君が中心になっている出来事だと思うんだ」 「恐らく、そうでしょう」 「となると、この現象が私たち3人で済むという保証はない」 「律くん、他にも心当たりはあるかな?」 「心当たりというと……ええと、俺と距離の近い子ですか?」 「そう」 彼女候補……とでも言えばいいのか。 俺と恋仲に発展する可能性のある女の子だ。 「心当たり……ないこともないです」 「へぇ……」 とっても白い目で見られた。 「だったら……その子も訪ねてみたほうがいいんじゃないかな。新しい発見があるかもしれないし」 「そう、ですね……」 「それとも、候補が多すぎて絞りきれない?」 「い、いえ! 大丈夫です!」 いじめられる。 「最終的には、全生徒に対してこうなるかもしれないね」 「あ、あはは……冗談きついですよ」 「なにか新しいことが判ったらまた私にも連絡して欲しいな」 「わかりました。それじゃあ……いってきます」 「さてと……」 オリエッタ、葉山、姫百合先輩。 この3人に並ぶ、俺と関係の深い女の子と言えば…… 「……夢子」 「……なによ、急に」 「俺のこと好きか?」 「……はあ?」 「付き合ってみたいとかない?」 「うわやば、うざ。アンタみたいなガキンチョ相手にするわけないでしょ!」 ジャネット先生は去っていった……。 「ふ……」 恋って、切ないものだな……。 「ランディ」 「おや……なんだい律君。私とラヴ・パーティーをしたいのかな」 「ああ、したい」 「え?」 「ヤりてえ」 「なんだって……?」 「俺とランディもきっと……結ばれたことがあるんだよな!」 「な、なんだその運命論……」 「気づいたんだ、俺……知らないうちに色んな人に手を出してたってこと」 「そんな俺が、ランディのことを放っておくなんてありえない……」 「律君……本当にいいんだな?」 「ああ……」 それがきっかけで、また“思い出す”ことが出来るかもしれない……。 さあ、いざめくるめく新世界へ―― (諷歌……) いや、まさかな……。 そう思いつつも、この可能性は捨てきれない。 恋愛うんぬんはともかくとして、俺と親密な関係にある女子と言ったら諷歌は外せないから。 「……あれ、兄さん。私の部屋の前で何してるんです?」 「おお、諷歌。ちょっと話があるんだ、こっち来てくれ」 でも、諷歌は妹だ。そんな目で彼女を見たことなんてないし、恋をするなんてありえない。 (あくまで確認だ……) でもでも万分の一くらいはそんな可能性があるかもしれないし、確かめておくに越したことはない。 「? それなら部屋に入りましょうよ」 「いや、それは、ちょっと」 今、部屋には姫百合先輩がいる。 さすがに、いくら確認だけと言えども世間体というものがある。 諷歌にも迷惑がかかろうしな……。 「ときに、諷歌」 「はい……なんですか?」 「俺のこと好きか?」 「……」 「……え、えぇっ?」 「好きか?」 「い、いきなり何を言ってるんですか……!」 仕方ない。もうちょっと押そう。 「俺と付き合ったりとかって……考えたことある?」 なんか軽めの告白みたいになってしまったが、やむない。 「……」 「…………」 「…………」 「……おい、大丈夫か」 「はっ!」 「意識が飛んでいました。偉大なるコスモです」 「そ、そうか……」 なにか変な電波を受信させてしまったようだ。後で周波数を合わせておかないと。 「それで……どう? 俺と付き合うっていうのは……」 「か、からかっているんですか?」 「いや、真面目な話だ」 「付き合うって……あの、付き合うですか?」 「うん。恋人として」 「兄さん……わ、私は兄さんの妹ですよ?」 「……だよね」 これは、安心してもいいのだろうか? (そこで納得しないでください……) (ああいや、でも……) 例の3人の際にも、なにかきっかけとなるアイテムが必要だった。 もし諷歌と俺が付き合うという可能性が存在しうるのならば、そういったカードを持っているはず……? 「はあ……話ってそれだけですか?」 「いや、待ってくれ」 「なんでしょう」 「これを見ろ!」 諷歌と俺を繋ぐキーカード、それは―― 「これに違いない……!」 よし、そうと決まればさっそく使おう! 「そ、それは……!」 「輪廻転星!!」 時間が―― 時間が、巻き戻っていく―― 「!?」 「な……なんじゃこりゃあ!」 具現化されたのは写真。 そこに写っていたのは諷歌。諷歌だが…… 「ウェディングドレス……!?」 な、なんて美しいんだ! じゃなくて、いつの間にこんな事を! 「諷歌、俺に黙って結婚するなんてひどいじゃないか!」 「なにをバカなことを言ってるんですか……」 「だいたい、ここに写ってる男は誰だ! どこの馬の骨とも判らんやつに諷歌はやれんぞ」 「兄さん……ボケすぎです。それは、兄さんの撮った写真じゃないですか」 「あ……そっか」 「そんな判りきったことを……。驚かせないでくださいよ」 「はは、ごめんごめん。そうだよな、俺と諷歌は結婚するからその前に……」 ……? 「……へ?」 「あれ……?」 ……そんなわけ、ないじゃん。 「……」 だって俺と諷歌は、兄妹なんだから……。 「えっ!?」 俺と諷歌は揃って、狐につままれたような感覚に陥った。 自分で発した言葉に唖然とするなんて初めての体験だ。 「あ、あれ……? え、どうして……?」 「……」 わけもわからず右往左往する諷歌を見て、俺は反対に落ち着きを取り戻していた。 さすがに、4度目ともなれば、理解も早い。 (やっぱり……) 俺と諷歌が結ばれるパターンも……存在していたんだ。 「兄さん……」 「諷歌……」 写真を発端にして、次々とほつれていく記憶の糸。 恐らくは諷歌も今、似たような経験をしているはずだ。 「兄さん、私……」 「……思い出した?」 「ってことは、兄さんも……!?」 「うん……」 「あれ……でも、おかしいです。なんで……?」 「諷歌。実は……」 そこで俺は、洗いざらい今までの流れを諷歌に話した。 俺がオリエッタ、葉山、姫百合先輩に対しても同様の現象を引き起こしたこと、そしてそれが持つ意味について悩んでいるということ……。 「姫百合先輩も……ですか」 「……うん」 当然だけど、こんなことを告白するのは非常に恥ずかしい。しかも妹、兼、恋人候補に。 「兄さん……」 「諷歌……?」 「兄さんの、浮気者!!」 「えええええーー!?」 「なんなんですか? おりんちゃん? 葉山先輩? 姫百合先輩?」 「手ぇつけすぎです! 女の子をなんだと思ってるんですか!」 「そう言われても! それに、彼女たちのケースは競合しないし……」 「彼女たち……ですか。はンっ、余裕ですね」 「いじけないでよ……俺は諷歌のことも大事に想ってるんだし」 「またそうやって甘口なセリフを吐くし……兄さんはあれですね、タラシですね」 「はい、すみません……」 他の3人にはないリアクションだった……怒るのも頷けるけれど、どうしようもないのだから仕方がない。 「でも確かに……これは、どういうことなんでしょうか。幻じゃないですよね……?」 「俺は違うと思う。しっかりと、覚えてるし」 当時の俺が抱いていた恋愛を含む様々な感情は別として、それらが事実であったということはハッキリと認識できている。 だから、まやかしの類ではないと思うのだが……葉山の理論ではそれさえもが魔法の影響だと言うから難しい。反論できない。 「なんか、頭がこんがらがってきました……」 「俺もだよ。正直、何が起きてるのか全然わからない」 これといった実害はない。 だがそれでも、この事象はとても尋常なこととは思えない。思考を放棄するわけにはいかないだろう。 この現象はなんなのか? なんのために起きているのか? そもそもクロノカードとはなんなのか? 諸々、説明のつかない事柄が多すぎる。ただひとつだけ判るとすれば、これには魔法が関わっているということだけ。 (でも……) 今ある材料を組み合わせれば、なんらかの真実に辿りつけやしないだろうか? (甦る記憶、その仮説、引き金となるカード……) 「……兄さん?」 「ん? ああ、ごめん……」 「私、部屋に戻ってますね」 「わかった……姫百合先輩と一緒に、なるべく頭を整理しておくといいよ」 「そうします」 そう……整理が必要だ。 記憶が順序立てられるように、これらのファクターも一列に並べられるはずなんだ。 「とりあえず、部屋に戻ろう……」 精神的疲労が半端ではないが、考えることはやめられなかった。 色々な方向から事態を捉えてみる。 するとやはり、葉山の言っていた暗示説や、姫百合先輩の未来視説がいちばん説得力のあるように思える。 (でもまだ、なにかが足りない……) それだけでは拭い切れない違和感がまとわりついている。 でもって、それをスッキリと拭い去る発想に、俺はまだ至れていないだけのような。 「ただいま〜〜ん?」 葉山はいないのか……。 (いっか……落ち着いて独りで考えてみよう) 今回の出来事は4人……つまり4パターンということになるが、呈した様相はどれも共通している。 すなわちクロノカードをトリガーとし、そこから連鎖的に発生される現在ではない映像の数々。 そして実際にそのストーリーを想起するに至った俺と先輩、諷歌は、その映像を記憶と称した。 その映像とは、物理的に言えば確実に未来。しかし記憶と形容したとおり、感覚的には過去なのだ。 この時点で矛盾が生じている。パラドックスだ。明確な解など導けない。 (だけど……!) 後ひとつ、どこか抜けている要素がある。不思議と俺はそう確信していた。 そしてその要素さえあれば、この矛盾さえも型にはめられる気がしてならない。 「むむむ……!」 ベッドの上で俺はひとり思惟にふける。 考えろ、考えるんだ。 真実はきっと、そんなに複雑じゃないはず……。 「りつ!!」 「オリエッ……タ?」 「――あ……」 「わかった! 思い出したわよ、これ!」 自ら編んだ特製マフラーを振り回して、目を見開いているオリエッタ。 その、およそ彼女らしくない必死さを見た俺は、さらに“記憶”をこじ開けて―― 「……わかった」 「そうよ! 私とりつは、恋人になって……」 「うん……それもそうだけど」 オリエッタだけじゃない。葉山、先輩、諷歌も同じ。 俺と彼女たちを取り巻いている、この世界のシステムに! 「そうか……そういうことだったんだ」 これなら総てに理屈を通すことが出来る。可能、不可能は別としても。 「……? なに言ってんのよ、りつ」 「よく聞け、オリエッタ」 「う、うん……」 「おまえも……記憶は取り戻した?」 「ええ……」 「どこまで見えた?」 「えっと……私とりつが付き合ってて、私がマフラーをプレゼントして……」 つまりは、マフラーに関する部分の映像だけか。 フラッシュバックする記憶は断片的なものでしかなく、その前後までは把握できない。 たとえば、恋人になった俺たちがその後どうやって暮らしたのか……などまでは、そこに至るまでの鍵がないゆえに掴めない。 だから“どこまで”というのと同時に、“どこから”見えているのかも不明だ。 「どう思う?」 「どうって言われても……意味わかんないわよ」 「こんな大事なこと、忘れるわけないし……」 そう。時系列的にも狂いが生じる以上、単に忘却していたという道理も通らない。 「どういうことなの……?」 まるで未来のような過去。 あるいは過去のような未来。 それらを呼び覚ますクロノカード。 「簡単なことだよ」 これらの事実を生み出している仕組み、それは―― 「俺たちは暗示にかけられているんだ」 「暗示って……催眠術みたいなこと?」 「そう……このクロノカードによって」 「あるはずのない記憶を植え付けられてるんだ」 「そうなのかしら……?」 「たぶん」 「でも、そんなことしてどんな意味があるの?」 「いや、それは……」 「なんかもっと他に、うまい説明があるんじゃない?」 うーん、なんかそう言われると自信なくなってきたなあ……。 「あ、そうだ」 こういう考えはどうだろう。 「俺たちは、未来を予見しているんだよ」 「予知夢?」 「夢じゃないけど……それなら、将来のことを認識できるのにも説明がつくだろ」 「そりゃそうだけど……実際にこうしてカードがあるのよ?」 「あ、そっか……」 となると……? 「こいつだ」 「なに……? そのカード」 「見覚え、ないか?」 ふるふると首を振る。 どうやらやはり、今のところ認識レベルでは俺のほうが上位にあるらしい。 「それが、この事態を説明する鍵だよ」 「……?」 やっと辿りついた。 最初に気づいたのは、わずか数時間前だが、そこに至るまでの時流はまさに悠久。 「この世界は――循環してるんだ」 「ループ……?」 「SF作品とかで、聞いたことないかな? ループもの」 「なんとなくは……。あれでしょう? 時間が巻き戻るっていう」 「そう、ズバリそれだ」 「俺たちは、同じ時間を何度も繰り返しているんだよ」 「ほんとに……?」 「そうでなきゃ説明がつかない」 ばらばらになっていた要素のすべてが、それを指し示している。 俺とオリエッタが付き合う世界を過ごしたあと、付き合う前まで巻き戻され、今度は別の女性と付き合う道を歩む。 そしてまた巻き戻って……の繰り返し。 多分に人聞きが悪いが、この推察で間違いないはず。 「俺とオリエッタが恋仲になること……それは確実に、一度は経験したことなんだ」 経験したこと――しかしそれは、“過去”ではない。“未来”でもない。 「定義しづらいんだけど、今の俺たちと直接の関わりはないから一種のパラレルワールドと考えたほうがいいかもしれない」 「ぱられるわーるど?」 「後で検索しておいてくれ」 「いいけど……その、証拠はあるの?」 この世界が円環を描いているという証明。 暗示や未来視ではなく、ループだという結論に至った俺の根拠。 「ああ……つまり、これだよ」 「……それがどんな証拠になるの?」 「……ならんか」 これじゃなくて、なにか別のもの…… 「カード?」 「そう……本当のところオリエッタのマフラーを持っているべきなのは、今の俺じゃないだろう?」 「そうね……だって私と律はまだ、付き合ってもないし」 「でも、カードは俺の手元にある。これこそが、かつてそういった生を過ごしたという証拠だよ」 まだ言っていないが、当然オリエッタ以外の彼女らに関するアイテムもまた同様だ。 「……なんでカードが残ってるの?」 「……さあ?」 「わかんないんかい」 「でも、納得はできるだろ?」 「まあ、確かに……」 「話を戻すけど……世界の仕組みに関しては、だいたい飲み込めたか?」 「うん……えっとつまり、私たちは二度目の人生を送ってるってこと?」 「うーん……そこも問題なんだよね」 つまり、始点と終点の問題だ。 このサイクルがいつから生じて、いつまでがその範囲であるのか。 あるいは始点と終点は繋がっていて、延々と廻り続けるメビウスの輪であるのかもしれない。 「それと……少なくとも二度目ではないということは確かだ」 「なんで?」 「えっとですね……実はオリエッタ以外にも、似たような境遇がさっきあったんだ」 オリエッタと別れてからのことを淡々と解説する。 「だから、このループは最低でも4回おこなわれている」 「……やっぱり女好きね」 「で、ひとつめの疑問に戻るんだけど……」 どうなじられても反撃不可能なので、いっそ無視を決め込む。 「このループがどこから始まったのかによって、選択肢の幅広さが変わってくる」 「たとえば俺が生まれた時からこの循環に組み込まれているんだったら、そもそもこの学院に来ない道だってありうるわけだ」 「そっか……それで、律はどう思うの?」 「……前提による。ただ……」 『だからやっぱりこれは、君が中心になっている出来事だと思うんだ』 「もしこのループが、俺を中心に起こされたものだとするなら――」 「もうはるか昔……俺が子供の頃からだと思う」 「……なんで?」 「……なんでだろう」 「根拠がないんじゃ……」 うーむ……なにか理由を探すなら…… 「俺が、この学校に入学してから……あるいはそれ以降だと思う」 「どうして?」 なぜなら―― 「……」 いや、これ……どう考えてもおかしいよな。 「どーしてなの?」 「えっと……」 「この現象は魔法によって引き起こされたものだからだよ」 「そっか……それ以外には考えられないもんね」 「本来ありえないはずのクロノカードが残存しているのも、そんな感じで魔法の影響なんじゃないかなあ?」 「なんでそこで自信なさげになるのよ……」 「ともかく、それがそのカードだよ」 「これが……」 “輪廻転星”。 かつてオリエッタが使用し、一時的にだが時間逆行を成立させた魔の術。 「思い出せない?」 「思い出すって……なにを?」 「それはオリエッタの魔法なんだよ」 「私の!?」 オリエッタは目を丸くして驚いた。 私に扱いきれない魔法なんて無い……そんなことを、かつての彼女は言っていたっけ。 「どうかな?」 「ん〜〜。さっきみたいにずっと考えてたら、判るかも」 「そっか。だけど俺もまだ、それがおまえの魔法だってことしか思い出してないんだ」 「とにかく以上が俺の意見なんだけど……矛盾とかある?」 「そうねぇ、ひとつ」 「聞こう」 「時間を巻き戻したとしても、未来ってそう都合よくホイホイ変わらないわよね?」 「ああ……」 「むしろ、同じことを何度も何度も繰り返すほうが自然なんじゃない?」 言われてみれば確かにそうだ。 たとえ時を遡っても、それが調整された時空だと気づかなければ同じこと。 従来の道筋を逸らす何らかの因子がない限り、永劫におんなじ道のりをグルグル巡り続けることになる。 「意図的にそう動くことが出来るのは、仕組みに気づいた人間だけってことになるな」 「私たち?」 「うん……それもそうだけど……」 もっと単純な問題。 時空を転換させる魔法が存在して、それを操ることの出来る術者が存在するということは…… 「ループを巻き起こした本人……じゃないか?」 「それって……」 目配せする。 「え、ええっ!? 違うわよ、私そんなのしてない!」 「だよなぁ……」 贔屓目かもしれないが、オリエッタがこんなにうまくすっとぼけられるとも思えない。 そもそもこいつは、この魔法が自分のものであることすら思い出せてない様子だった。 「となると、誰か他の人がそれと同じ魔法を使った……?」 「……そんなこと、あるかしら」 一も二もなく、時空逆行はハイパークラスの魔法だ。 なにせ、オリエッタでさえそれを制御することは出来ていなかったわけだから……。 「……ん?」 「なにか判った?」 「ごめん、そのカードちょっと貸して」 カードを受け取って、穴が空くほどに覗きこむ。 今の俺に判っているのは、これがオリエッタの魔法であって、いつかの彼女がそれを使ったということのみ。 これにまつわる記憶を、より深くすくい上げるんだ……すでに綻びが出ている以上は難しくないはず。 「……なるほど」 「なになに?」 ヒントはやはり、実際にこの魔法を用いた周にあった。 「まず、俺たちは少しループに関して履き違えていたみたいだ」 「どこが?」 主には、時間逆行に伴う弊害のこと。 でもってそれは先にオリエッタが言っていた――なぜ同じ道のりを辿らないのかという疑問への答えともなる。 それらを説明するカギは―― 「これ……これが関わってくるんだ」 「……どんな風によ」 「それはぁ……」 うーん……説明できん。 もっと別のことだった気がする…… 「記憶、だよ」 「記憶……?」 まだ前周のエピソードを完全に思い出せていないのなら、ピンとこないのも仕方がないか。 「おまえはまだ視えないのかもしれないけど――俺たちが付き合い始める直前に、この魔法は使われたんだ」 「私が……だよね?」 「うん。使ったらどうなるかっていうのを、いま完璧に思い出した」 「時間が戻る……?」 「だけど言ったよね、それじゃ同じことの繰り返しだって」 オリエッタの抱いた疑問はまさにビンゴ、この魔法の核心をついていた。 「結論から言うと、二周目にも記憶は引き継がれる」 「!?」 「意味、判る?」 「そっか……思い出した! 告白の時!」 「そう!」 「ループさせても、ループする前を覚えてるってことよね?」 「そう。どういう原理かは知らないけど、これは人の記憶までには干渉できない魔法だってことになる」 あちらの世界での俺は、一度フられたにも関わらず、魔法によってそれは無に帰された。 しかし当時の俺やオリエッタ、それ以外の人々も皆、一周目の記憶は保っていたのだ。 「でもでも、それじゃおかしくない? それこそ4回もループしてるなら、ぜんぶ覚えてることになって……」 「そう。そこだ。この“輪廻転星”では、人の記憶までには干渉できない」 「逆に言えば、人の記憶に干渉できる魔法が使われているってことになる」 「はー……」 「都合がつかない部分をぜんぶ魔法に押しつけてるのは否めないけどな」 「ううん、いいと思う……今日の律、なんか冴えてる!」 「フフフ……だろ?」 とはいえこの理の規模からすれば、俺程度の頭が少しキレたとしても真相にはまだまだ遠い。 「それで、その記憶をどうこうする魔法ってのはなんなの!?」 「それは……」 「ごく……」 「まだわかんない」 「がくり」 「それらしいカードは見当たってない……それにそんな魔法があったとして、それを使っている人物も検討がつかない」 ただ実際にそのような人間がいたのなら、オリエッタでないことは確実だ。 そんな魔法が扱えるのならば、告白の際にも併用したはずだから。 「記憶を消す魔法……」 「ありそう?」 正確に言えば消去ではなく封印だ。 だからこそ、今こうしてその縛鎖をわずかではあるが解けているわけで。 「私と律だけ?」 「違うねえ。この事実に気づいたのは多分、俺たちが初めて……だとすると」 「ループに巻き込まれた範囲内の人すべてに対して、かけられてると思う」 「それって……」 「わからないけど、最低でもこのイスタリカ全土を覆ってることは間違いないだろう」 「む、無理よそんなの!」 「でもループと同範囲ってことは、おまえとやってることは同じだ」 「むしろ単に記憶を消すよりも、時を巻き戻すほうがよっぽど大規模じゃない?」 「それにしたって……私と同程度の魔法使いってことになるでしょ」 「いないのか?」 「いないわよ」 「でももしその人物が人の記憶を好きなように操れるんなら、今のオリエッタの認識も曲げられたものかもしれないよ」 物理的でなく、精神的な意味でのステルス性。 早い話がその強力な魔法使いAは、自分に関する記憶を周囲の人間から消してしまえばその存在を知覚されない。 「そんなこと、言い出したらキリがないじゃない」 「そうなんだよね」 変幻自在に他人のメモリを書き換えることが出来るなら、それに太刀打ちすることは不可能に近い。 頑張ってその犯人を突き止めたとしても、次の瞬間には綺麗サッパリ忘れてしまうかもしれないのだ。 「それでまあ、色々と仮説を立てたけど……細かい矛盾とかあるかもしれないし、一度まとめてみようと思う」 「その方が助かるわ。私もなんだか、言っててよく判んなくなってきたし」 いきなり記憶を投入され慣れない頭をフル稼働させたせいで、俺もオリエッタも憔悴気味だ。休憩を入れたほうがいい。 「ええと、ノートノート……」 「ただいま」 「トッキー……」 「葉山……おかえり」 「……夏本」 「ん?」 「思い出したよ」 「……そっか」 なんと声をかけていいのか判らない。 今の葉山は嬉しいような悲しいような、読み取りづらい表情をしていた。 「トッキーも……?」 「ってことは、おりんちゃんも……?」 丁度いいかもしれない。 情報を整理するついでに、俺の仮説を葉山にも聞いてもらって…… 「お邪魔するよ」 「失礼します、兄さん」 「諷歌に姫百合先輩……」 「少し落ち着いたから、話をしようと思ってね」 「そうですか……それじゃあ、みんなちょっとそこらへんに座ってくれるかな」 「なにか判ったんですか?」 「明言はできないけど……それっぽい仮説は立てた」 「じゃあ、それを聞かせてくれないかな」 そういうわけなので、俺はこの当事者たち4人にさっき述べたとおりの意見を語った。 この世界が同じ時間を繰り返し反復している――いわゆるタイムループだと考えられること。 それに伴って、俺たちの記憶が何者かによって改竄されている可能性が高いということ。 またそれらを成り立たせるための条件や、彼女ら全員におけるケースの具体例などなど―― 「現時点で判明していないのは“記憶をどうこうする魔法”、“その術者”、“ループの始点”の3つ」 「――というのが、さっき閃いた俺の案なんだけど……どうかな」 「……」 「……なるほど」 「たしかに興味深かったよ」 「ま、否定できる要素はないわよね」 「でもさぁ……」 葉山がいつになく気だるげだった。 そして、何を言いだすのかと思えば…… 「夏本ってホント……女の子、好きだよね」 「ええ。ホントにそうです」 「仕方ないわよ。出会った時から彼女が欲しいなんて言ってたヤツなんだし」 「……あれー?」 「ていうかむしろ、ここにいる4人だけで済めばいいほう?」 「ですよね。兄さんのことですから、まだまだこんなものじゃ……」 「あのー……皆さん?」 「……律くん」 「姫百合先輩! 助けてください」 「諦めなさい」 「えええー!?」 「だって君の説を採用するなら……私たちと付き合ったのも全部、事実だってことだよ」 「う……いやまあ、そうですけど」 「私たち、みんな律に落とされちゃうのね」 「とんだチャラ男です」 (ボクは元々……だけど、黙ってよう) 「だけどっ、それは今ここにいる俺とは関係ないだろう!?」 「そうは言っても同じ人間ですし」 なにやら雲行きが怪しい。 このままでは彼女たちの口撃によって針のむしろになってしまう。 (いや待てよ、ここは発想の転換で……) 「そうだ! ひらめいた!」 「なにか、革新的な言い訳を思いついたのかな」 「どっちもだ!」 「つまりこうだよ。さっきも言ったとおり、誰かが意図して“前の回”と違う行動を起こさない限り、ただソレをなぞるだけになる」 「だからこの場合でいう、俺が誰と付き合うか――これこそがそういったものだとは考えられないだろうか!!」 「すごい熱弁」 「なんか、必死になればなるほど胡散くさい気が」 「でも……着眼点としては悪くないと思う」 「あれ? それだと、律が張本人ってことにならない?」 「それもあるけど……俺じゃないよ」 「つまり……その、記憶を操作しうる誰かが、君の行動を作為的に誘導したってこと?」 「さすが葉山。うまくまとめてくれてありがとう」 読書量が多いだけあって、葉山はこんな事態にも順応が早い。 「あるいは、律くん本人がわざと毎周ちがう行動を取っていたか……」 確かにそのほうが原理的には楽ちんだが、今の俺にそんな自覚はない以上はありえない。 「具体的にはどうするんです?」 「頭の中をいじくれるのなら、そうなるよう仕向けるのは簡単だよ」 「でも……そんなに都合のいい魔法があるのかなあ?」 「うーん……オリエッタ、できる?」 「無理ね。少しくらいなら、出来ないこともないけど」 イスタリカ広しと言えど、多様なジャンルの魔法を自在に操れるレベルにまで到達しているのはオリエッタただ1人。 そんな彼女に匹敵するレベルで、しかも彼女には扱えない魔法を操縦することの出来る人間が、この地にいるのだろうか? 「実際にそんな生徒がいたなら、ご都合主義というやつだね」 確かにそんな術を使えれば、不可能なことなどほとんど無い気さえする。 「やっぱり……そこらへんは一度おいといたほうがいいんじゃないかな」 「ループっていうのはいい線いってるし、そっちの方をもっと考えてみようよ」 「ループが出来るのはオリエッタだけだけど……」 「他に、似たようなことが出来る人がいるかもしれない……ですか」 「私はこんなことしないし、他に出来そうな人なんて居ない。だからどっちもないわ」 その可能性がどちらも無い……? 果たしてそうだろうか? 彼女が納得できる理由を突きつけてみよう。 「それがなんだって言うのよ」 「く……」 違う、こんなんじゃ彼女を言い負かせられない……。 なにか別のポイントはないか? 「でもオリエッタ、あの時のおまえはこの魔法を制御しきれてなかったじゃないか」 「あ……」 「おまえがやろうとしてなくても、無意識のうちに発動しちゃってるのかもしれないよ」 「それは……」 「判ってる。そんな証拠もないってことはね」 「でも、まんざら皆無な可能性でもないだろ?」 「今日の律は、なんか不自然なくらい弁が立つのよね……」 「え、えへへ?」 「生意気ね、むかつくわ!」 「理不尽な!」 「まあ他に候補もないことだし、オリエッタが引き起こしたという前提で話を進めよう」 「言っとくけど、私ウソついてないからね」 「問題なのはやっぱり……“始点”だよね」 「うん」 「どこから始まったか……ですか」 システマチックに考えると、時の循環は始点に始まって終点に終わる。 ただしこの場合でいう始点というのは時間を巻き戻した結果の地点であるから、因果的には終点のほうが先に生まれることになる。 そして俺たちはこの閉回路から脱出しない限り、終点の向こう側へ行くことはできないというわけだ。 「いちおう俺を基準にすれば、俺がここに来てからだと思うんだけど……」 「となるとその時に、何かきっかけがあったんじゃない?」 「きっかけ……」 俺が、この学校に入学してきた時か……。 「むむぅ……」 「無さそう?」 「あっ――!」 その時、オリエッタはあっと声を出してその場にくずおれた。 「おりんちゃん!?」 「……」 「オリエッタ……どうした?」 「もしかして、なにか思い出したとか……?」 「……」 彼女はゆっくりと立ち上がると、伏せがちな視線を泳がせて…… 「ううん……なんでもない」 明らかに不自然な回答をした。 「私もその時のことは覚えてるけど……そんな特別なことは無かったと思うわ」 「……ほんとに?」 「ええ」 妙に毅然としているのが逆に怪しい。 だけど、こいつの強情さじゃ問い詰めても吐かないだろう。 (それに、理由もなく黙ってるような奴じゃないし……) なにか思い出したにしても、関係ないことか、あるいは人に言えないような恥ずかしい事実だったのかもしれない。 「て言っても、律みたいな男が転入してくるだけで十分に特別だったけどね」 「ふぅむ……」 行き詰まると、記憶操作うんぬんの理由づけに頼りたくなる。 でもあれは先輩も言っていたとおりのご都合主義だ。不都合を総て解決しすぎてしまう、便利な言い訳だ。 仮にそんな干渉があったとしても、それを考えるより先に必要な情報を絞りきってしまわないと……。 「律くんは特別な存在だ。そんな彼が入学してきたこと自体が、きっかけだったと言えるんじゃない?」 「それもありますね……」 「アメいる?」 「……なんで?」 「だって、特別な存在なんでしょ?」 「確かに俺は相当なイレギュラーですからね。いや待てよ、そのへんも深く関わってくるのかな……?」 「どスルーされた……」 この地球上に初めて生まれ落ちたと言われる男の魔法使いが俺、夏本律。 俺とループの関係性は必然なのか? 偶然なのか? 必然なのだとしたら、それを起こせるオリエッタと俺の関係もまた必然ということに……? 「いかん……不確かなことが多すぎて証明できん」 「自動的にループが起こるのなら、ボクらに視えた過去も、どこか途中で尻切れになってる可能性が高いね」 ループの終点――すなわち、原初に逆行の起こった地点がA日と決まっていたとする。 だとしたら俺が誰と付き合うかに関係なく、その日に至った時点で始点へと巻き戻ることになる。 「そう……そのへんの記憶はない?」 「ちょっと無理だね。付き合ってたことを思い出すので精一杯」 「おりんちゃんが意図してループを起こせるのなら……ここに戻ってこない道もあったんじゃないですか?」 「完全にパラレルワールドだな……」 「自分のことながら、現実味がないね……」 「……それでも、魔法は何が起こるか判らないから」 それはこいつが口をすっぱくして言っていること。 俺たちもそれを理解してしまっているからこそ、この素っ頓狂な道理に真っ向から立ち向かえているのだろう。 ループがどうだの記憶がどうだの、魔法の存在を知らなければとても真顔で話し合えたことじゃない。 「なんでもアリだからこそ……困るんだよなあ」 「……行き止まっちゃったね」 「うん……」 いかんせんどれも確たる証拠がないせいで、すがるべき柱がないというのもある。 ここまで穿って考えてみても、所詮は仮説のひとつに過ぎない――停滞感に駆られるのも無理はない。 「でも――ここまで考えついたのなら上等だよ、きっと」 「たとえ正しくなくても、一応の説明がつけられてスッキリしました」 「……ありがとう」 「なにも今日中に結論を出す必要はないしね。後からもっと証拠が出てくるかもしれないし」 その通りではあるが、タイムリミットはある。 この気づきを生かし総ての謎を解き明かすためには、ループの終点――つまり再び時が巻き戻ってしまうまでにそれを止める術を編み出さねばならない。 「それじゃ、今日のところは解散としよう」 「それがいいかもです」 理屈では判っていても、それで納得できるかというのは別の問題だ。 この摩訶不思議な状況を受け入れるには時間も必要だろう。 「それじゃあ、部屋に戻りましょう先輩」 「うん。律くんも、少しは頭を休めたほうがいいよ」 「わかりました。ありがとうございます」 そう言って、2人は部屋に帰っていった。 「なんか、どっと疲れたよ……」 「いっそ夢ならいいんだけどなぁ……」 「夢かもしれないね」 「マジか」 「ちょっとつねってみてくれる?」 「OK」 「えいっ」 「ひゃうんっ!」 可愛い声が出た。 「ど、どこ触ってんの! もう!」 「……」 手、洗わないでおこうかな……。 「えいっ」 「あ痛たたた、夢じゃないねこれ」 「認めるしかないな」 「……それよりおりんちゃん。具合、悪いの?」 「え? あっ」 オリエッタは先ほどから一言も発さずに、らしからぬ沈思黙考にふけっていた。 「えっと……うん、ちょっとアタマ使いすぎて」 「知恵熱だな。普段から考えなしに生きてるから……」 「うっさいわね……」 突っ込みの歯切れも悪い。 こりゃ、明らかになんか隠してるな……。 「そういうことだから、私も帰るわ。じゃあね」 「おう……またなんか聞きたいことがあったら来てくれ」 「あ、そうそう。ちょっとアンタのカード貸してくれる?」 「クロノカード? いいけど……全部?」 「うん」 「はい……失くすなよ」 「判ってるわよ。それに、すぐ返すから」 俺からクロノカードを受け取ると、オリエッタはそのまま部屋を出て行った。 「……どう思う?」 「おりんちゃんの様子?」 「うん。めっちゃ挙動不審だよね」 「そだね……でも」 「なにか心当たりが?」 「ああいや、その……やっぱり、以前のことを思い出したんじゃないかなあって」 「俺もそう思う。でもだとしたら、なんで俺たちに隠すんだろう」 「いや、そりゃあ……」 心なしか葉山も煮え切らない態度になっている。 「言いたくないことだったんじゃない?」 「言いたくないことって何さ」 「んもう、鈍いなあ……」 「いい? 今はともかく向こうの世界では、おりんちゃんと夏本は恋人同士だったんだよ?」 「あー……」 なんとなく判った。 つまり、アッチ方面の話だ。 「……」 葉山がいっそうもじもじしているところから見ても、たぶん合ってる。 「そっか……そうだよね」 「そうだよ……」 俺とて彼女たちと……その、エッチした時の映像は垣間見えている。 確かにそりゃあ、ことさら発表することでもないわな。 「ていうかやっぱり、手ぇ出してたんだ……」 「……」 「……エッチ」 「……ごめん」 ちくしょう、なんで俺が謝らなきゃいけないんだ……。 静まり返った部屋の中で、時の過ぎゆく音だけが刻々と響く。 「……」 ふと見やると、時刻はすでに0時を指していた。 「時間……かぁ」 長針と短針がぴったりと重なったその上で、うさ宗のフィギュアがいつもと変わらない表情を浮かべている。 「……」 輪廻転星と書かれたカードを見る。 部屋に入ってからというもの、すでに一字一句もらさず覚えるほどに熟視し続けていたカードだった。 当初は何も判らなかったものの律の説明を受けて、これを使用した経緯は完全に思い出した。 けれど、本当に重要なのはそこじゃなかった。 私がこの魔法を使用したのは、あれが初めてではないのだから。 それに気づいた瞬間は、さすがにポーカーフェイスを装うことは出来なかった。 ていうか、もともと得意じゃないし。 『おまえがやろうとしてなくても、無意識のうちに発動しちゃってるのかもしれないよ』 あの時の律の指摘は、半分あたりで半分はずれだ。 少なくとも最初の一撃は、明確に意図して行ったもの。 それも、告白の時なんか比較にならないほどの、強くて激しい想念で……。 でもやっぱり、私の手にさえ余る魔法だったというのは本当。 今ではそんな意識がなくとも、私はそれを発動させてしまっているのだから。 「はあ……」 知らなきゃよかった。そう思う気持ちがないこともない。 でも、そんなんじゃダメだよね。それじゃあ、あのコが……。 とても寝つけそうにないし、ちょっと外の空気に当たってこようかな。 「ふう……このへんかな?」 数ある過去のうち少なくともひとつにおいて、律が私に、私が律に告白した場所。 事実的にはあちらの私とこちらの私にはなんの関連もないため、記憶こそ読み取れても感情なんかがトランスされることはない。 だから今の私は律に対して恋慕を抱いているわけでもなければ、それが悔しいと思うこともない。 律本人やトッキーたちの反応を見る限りでも、きっと皆そうなはず。でも…… 律に惚れることのない私。それはすなわち、恋愛感情そのものを理解していない女だってこと。 今の私にとってはそれがずっと当たり前なことだったし、それでも十分楽しくやっていけてるのに…… 「ちょっと、さみしいよ」 途端に今の自分が、まるで抜け殻のように思えてきてしまう。 だって、律と結ばれるのも……あれが初めてじゃないんだから。 そう――そして最初の時のことは、律もまだ思い出していない。 『いちおう俺を基準にすれば、俺がここに来てからだと思うんだけど……』 『となるとその時に、何かきっかけがあったんじゃない?』 きっかけはあった。大方の目測どおり、やっぱり律がきっかけだった。 でもそれを思い出せているのは、現状おそらく私だけ。 律は自分が入学した時のころを必死に思い出そうとしていたけれど、それじゃダメなの。 だって、それさえもがこの循環の範疇だから。 “リセット”が一度も生じていない、完全にオリジナルの回――ゼロの時代の出来事は、私をおいて誰も辿りつけていない。 ループの発祥、そうなった理由、封じられた記憶の謎、クロノカードの存在意義――総ての答えがそこにはあった。 私だけでも判っているのなら、それを教えてあげないといけない。 (だけど……) なんでだろう。総てを打ち明けることに対して、心のどこかでブレーキがかかる。 まるで、危機へと向かうのを本能が押しとどめようとするみたいに……。 「……なに言ってんだか、って感じね」 みんな、真剣に悩んでいるのだ。 ちゃんと情報提供をして、みんなの協力を仰ぐのが唯一取るべき道だろうに。 「うん、決めた」 足りない脳みそでうじうじと迷っていないで、さっさとみんなに打ち明けよう。 「でもこんなこと、どうやって説明しようかしら……」 トッキーとかひめりーみたいに論旨明快に話せればいいけど、私は周知のとおり口下手だ。 オリジナル周に起きた最初の出来事……イチから説明しようとしたら、途方もない時間がかかりそうだ。 「なにかいい方法ないかしら……」 そこでふと、何気なく眺めていたクロノカードを改めて認識する。 (あれ? これって……) 物体・映像・思い出を記録し、それを再現するクロノカード。 もしかしたら、これを使えば……? 「……いいじゃない!」 私、天才じゃないかしら。 (まだ記録されていないカードに、私の記憶を書き込む……) アウトプットの方法は当然のように魔法だ。 でも大丈夫、私なら出来る。 そうと決まれば早速……。 (まずはカードを生成しないとね) クロノカードと書かれたクロノカードを発動して、クロノカードを具現化させる。 なんだかややこしくなってきたけどやるしかない。 「えいっ」 “クロノカード”を使用。 真っ白な、なにも描かれていないクロノカードが出てきた。 が…… 「何よこれ……ボロボロ」 水洗いでもされたかのようにしわくちゃで、裏面の塗装も模様みたいに剥がれている。 「なんでこんな……あ」 もしかして……そういうことなの? (そういうことなら、納得がいくけど……) だとしたら、なんて悲しいことなんだろう。 これがこんなにボロボロになっているのは、あいつが……。 (……今、そのことはいいわ。それよりもちゃんと、ここに刻まないと) 私と律の、原初の記憶。 その事実関係の総てを、この傷だらけのカードに込める。 「……」 カードを手にして、念じる……本当に最初の意味で、律と出会った時のこと。 それがどういう経緯での邂逅で、またそれがどういった結末を引き起こすのか……。 かつてあった事実をデータに起こすだけだ、なにも難しいことじゃない……。 「ふぅ……」 無地無記入だったカードの表面が、初めて目にする単語のそれへと書き換わる。 「これで、大丈夫なはず……」 明日にでも、律たちに教えてあげなくちゃ……。 「それで、ここで待っとけって?」 「うん。諷歌ちゃんと姫百合先輩も呼んでくるってさ」 後日。 まったく身の入らない授業を受けたあと、俺たちは揃ってオリエッタに呼び出されていた。 その題目は他でもない、件の真理に関する新発見とのこと。 「昨日のことが気になって、勉強ぜんぜん手につかなかったよ」 「俺もだ。むしろ、普段の授業よりよっぽど頭を捻ってたよ」 「お邪魔します」 「こんにちは、律くんに葉山さん」 「こんにちは」 「よし、これでみんな揃ったわね」 オリエッタは自分を中心に、俺たちを衛星みたいに配置すると、高らかに宙に拳をかかげた。 「今日は、みんなに聞いてほしいことがあったの」 「昨日の続きだよな?」 「もちろん」 「早く解決したいね。どうやら今日になってもまだ記憶は消えていないようだし」 「それで、新発見ってなんなんです?」 「新しい記憶を思い出したわ」 「ほ、ほんとか!?」 「そう……そしてこれは、まだリセットが起こっていないころのオリジナル周」 「ほう! その根拠は!?」 「んー……まあつべこべ言わず、視れば判るわよ」 「視るって……」 「これよ!!」 じゃじゃーん。 「なんだこれ……またずいぶんボロいな」 カード自体がすでにヨレヨレで、まるで洗濯でもしたかのようだ。 (あれ? これもしかして、俺が元から持ってたやつか?) 「クロニクル=ゼロ……?」 「このカードは?」 「私が思い出した記憶を、カードにしゅちゅりょくしたものよ!」 ポーズはばっちり決めているのに、舌を噛んでいた。 「今からこれを、アンタたち全員に視てもらう」 「口で説明するんじゃダメなんですか?」 「だってめんどくさいし」 「まあ確かに……起こったことをいちいち口頭で言うのは面倒だわな」 「なので、みんなにはこの記憶を覗いてもらいます!」 「……なんか怖いね」 「うん」 というか、あそこまでズタズタなカードだと効力さえも疑いたくなる。 「文句言わないの! いい? こん中には重要なことがいっぱい詰まってるんだからね?」 「わかった」 「特に、律」 「ん……?」 オリエッタが俺に向けた眼差しは、激励と憐憫が混じったような。 「アンタは、覚悟して。正直、ぬるい内容じゃないから」 「……おう」 その言葉の意気に、思わず二つ返事をしてしまう。 「でも私たちはこれを知らない限り、この先には進めないから……」 「異存はないよ。起こったことを何もかも忘れているというのは、気分も良くないしね」 「私も……お願いします」 「オッケー、じゃあいいわね? 使うわよ?」 人差し指の背と中指の腹で劣化したカードを挟むと、薄紫の燐光がそれを包み込む。 「じゃあ――行ってらっしゃい」 彼女のその一言と同時、俺の意識はガチリと識閾を切り替えた。 (ここは……) オリエッタの部屋だ。 場所は変わっていない……だけど、色が消えている。 「アンタが私の使い魔ね」 「いきなり、なんなんです?」 「驚くのも無理ないわ。私だってビックリしてるもの」 「初対面ならまず“初めまして”と自己紹介でしょう!?」 (……!?) いきなり始まった寸劇のようなやり取りに、ぎょっと身が縮こまる。 あそこにいるのは……オリエッタだ。 じゃあ、その相手は……? 「そっ、そうね。初めまして、私はオリエッタ」 「夏本律です。よろしく、オリエッタさん」 「やめてよ、さん付けとか」 (なるほど、夏本律ね……) って、俺じゃねえか。 (ええと、どうなってんだ……?) 夏本律はあそこにいるが、ここにも俺という人物はいる。 でもって目の前にいる2人には、俺は認識されていない様子である。 (ああ、なんとなく判った……) つまるところ今の俺は、幽霊みたいな存在なわけだ。 ここはオリエッタの創造した記憶の世界――俺はただ、実際にあった出来事を眺めるだけの第三者だと。 「そ、そう? でもいきなり呼び捨ては、ちょっと〜」 「主人なんだから、様付けに決まってんでしょ」 「えぇ!?」 とすればこの一幕も、中心にあるのは俺ではなくオリエッタだということになろう。 彼女が知っているのは当然、彼女の身の回りにあった出来事に限られるのだから。 (にしても……) 俺がこの会話そのものに覚えがないというのはいい。まだ思い出せていないというだけだ。 だけど…… 「さて、挨拶も終わったし」 「早速だけど夏休みまでに最強の魔法使いになること。いいわね?」 「ああ、うん。って、魔法使い!?」 行われている会話の内容自体が、まるで初耳だというのはどういうことだ。 いくらこれが俺の覚えていないオリジナル周であっても、原則として時制は俺の覚えているそれと同じなはず。 つまり6月30日だ。 その日に俺がこの地へとやってきて、オリエッタから魔法や学校に関する説明を受ける。 俺の知っている出会いはここではなく寮のロビーだったが、それくらいのことは些細な因果で崩れた誤差の可能性もある。 ここが始点だと言うのなら、余程のことがない限りは基本としてその大筋に変化の余地はない……はず。 枝がいくらに別れようとも、根っこの部分は統一されていなければならない。 実際にもこのように俺とオリエッタによる対談が展開されている。 でも…… (最強の魔法使いになることだって……?) おかしいだろう。 こいつの提示してくる条件は、俺から魔法を取り除くことではなかったのか。 (その話の流れで、俺に彼女を作るっていうストーリーが始まるわけだろ……?) しかしどうも聞いている限り、そんな方向に進む気配はない。 それに出会い頭にも、なんだか不穏当なことを言っていたな。 (俺が、こいつの使い魔だぁ……?) 「な〜に、大丈夫よ。人型の姿を維持しているだけでも、十分な魔力を持っているわ」 「けど、そのままでいるのは辛いでしょ? 元の姿に戻っていいのよ」 「優しくされても、俺は俺だし、元から人間なんですけど」 使い魔というと、諷歌のアルパカさんなどと同種のアレだ。 だけど授業で習った限りでは、あくまで契約の形態のひとつであって、たとえ対象が人間でも可能とかいう話だったような。 「はあ? でも、アンタ男でしょ」 「いつ確認したんだ!」 「それくらい見ればわかるわよ。でも、男が魔法を使えるなんて、聞いたことない」 「こっちも初耳だ。なんだよ、俺が魔法使いって」 (どういうこっちゃ……) どうやら俺が記憶している6月30日は、本来あった原盤から大きくずれているらしい。 俺が初めてオリエッタに会った時(俺の覚えている限り)には、使い魔なんてワードは一度たりとも飛び出していなかったのだから。 (男の魔法使いなんてありえないってことで、オリエッタが騒ぐ……) このへんは、細かなセリフの差異こそあれどほぼ変わりない。 「諷歌!」 「――えっ!?」 「諷歌だ。本当に、本当の諷歌じゃないか!」 「嘘……あなたは……」 そして俺は諷歌と出会う――しかし、やっぱりその状況は微妙に異なる。 最初にまず姫百合先輩に出会い、そこから諷歌と再会し、そして次に初めてオリエッタにまみえる……という流れが、俺の知っている6月30日だった。 「君は……」 「はじめまして! 夏本律と申します」 「私は白神姫百合。一応、先輩になるのかな? こちらこそはじめまして」 けれどここでは順序がまったく逆に進行している。 たしかに俺が誰と先に出会おうが、それが及ぼす影響など微々たるものには違いないんだろうけども……。 そんなことを考えていた矢先だった。 「そういうアンタこそ驚かないの? 男よ、男。男の魔法使い。しかも、ちゃんとした人間の!」 「きっとイスタリカ史上、初めてに違いないわ!」 「そうなんですか?」 「いや、それが、その……」 「実はさっき、男子の魔法使いが編入してきたんだよ。君とは別にね」 「ふえっ……?」 「オリエッターー!」 ……なんだって? (俺とは別の、男子の魔法使い……) 誰だそいつは……なんて、言わなくても判りきっている。 (葉山……) いやだが、おかしいだろう。 なぜなら葉山はこの時点じゃまだ地上にいて、拉致られた俺の安否を心配していたはずなんだから。 だがどうやらこちらの世界――と言ってもこっちがオリジナルなわけだけど――では、俺よりも先に葉山が到着していたらしい。 (ここは、けっこう異なる点だな……) 場面は変わって、俺は寝ついたところをオリエッタに誘拐されていた。 (こいつのやりたい放題は変わんねえな……) 「アンタにもう少し使い魔としての自覚を持ってもらうこと!」 「だから、よくわかんないんだって」 そして、この一幕は完全に2周目以降には存在しなかったものだ。 そもそもこいつが俺を使い魔だと断定すること自体なかったのだから、当然とも言えるのだけど。 (人の睡眠を邪魔しやがって……) とりあえず、ここから覚めたら後で文句を言っておこう。 「で、その特訓とは?」 「あなたの願いを教えて」 「願い……女の子にモテますよーにとか、そういうこと?」 「そうよ」 (ん……?) なるほど、こういう話の運びになるのか。 最強の魔法使いとかいう曖昧模糊な目標へ向けて、修練がどうこうの話からそこに繋がっていた。 彼女が欲しいというのを打ち明けて、恋愛を舐め腐ったオリエッタに段取りズムを説教して……。 「わかったわ。その願い、叶えてあげる」 「えっ?」 「その代わり、私の使い魔になること。いい?」 「なんでそんな約束みたいに……」 だけどやっぱり、使い魔の話題からは逃れられないらしい。 むしろこっちのほうが本題らしく、根本的に世界が違うと考えるほかない。 「これは契約なの。私とあなたの」 「あなたを召喚したのは一方的なことだけど……」 「使い魔の契約には、あなたの同意をきちんと得ておきたいの」 (……) 俺の願いを叶える交換条件としての、使い魔契約。 果たして俺は承諾するのか……まるで他人事のように、もうひとりの夏本律の様子を見守る。 「わかった」 「ホント!?」 「雰囲気的に無理強いされると思ったけど、ちゃんと順序立ててくれたわけだしな」 (……) 他ならない俺が決断したことだから、その是非については今はいい。 のだが…… 「私の使い魔なら、きっとこれを使えるはずよ。はい」 「これはカード……?」 そして俺はオリエッタからクロノカードを受け取って、その説明を受ける……。 (あれ?) ここもなんか違うな。 オリエッタにカードを受け取るのはそのままだけど、新鮮そうにカードを見つめる俺のリアクションがややヘンだ。 俺はたしか1枚だけ、誰に渡されるまでもなくいつの間にかカードを所持していたはずなのに。 様々な憶測が頭のうちを巡る。 この記憶が終わるまでに、なんとか整理しておこう。 「クロノカード。これはその複製よ」 「パチモン?」 (パチモン?) 期せずして、オリジナルである俺と同じ言動を取ってしまった。 「クロノカードはアンタの見聞きしたものを記録してくれる魔道具よ」 「凄いな」 (むぅ……) クロノカードに関する知識もまだ付いていない頃なのだから仕方ないが、そこはどういう意味なのか訊いてほしかった。 まあいいか。その答え合わせもまた、この周の中で為されるに違いない。 「さっき手に入れた私の部屋のカードを選んでみて」 「これか?」 「え!?」 にしてもここへ来て、ようやく総ての要素が揃った感がある。 魔法の存在やクロノカードの用法を知った“律”は、今の俺と変わらない常識を手に入れたはずだ。 だとしたら残るは、俺とオリエッタが使い魔の契約をした意義だが……それはこの場にいる俺も律も判っていない。 「だから、使い魔って何すればいいんだよ」 「私の奴隷に決まってるじゃない」 「……」 (……) 再度のシンクロ。 今の俺も恐らく、これと寸分たがわぬ表情をしていることだろう。 だけど結局、彼女の口からそれ以上の詳細が語られることはなかった。 その後はアバウトに締めくくったまま、オリエッタが寝入ってしまうことでこの日の記憶は途切れる。 ただそんな中で、少しだけ気になる言葉があったとすれば…… 「ちなみにそのカード。アンタにしか使えないようになってるから」 「俺だけ?」 「だからあんまり、他の人に見せびらかせたりするんじゃないわよ」 (……使えない?) 確かにむやみに見せびらかすなと言いつけられてはいたが、使用不可というのは初耳だ。 それともこれは、オリジナル周限定の方便なのだろうか? そうこう考えているうちに、次の日の映像が始まった。 「ほら、自己紹介。でしょ」 「な……夏本律です! 初めまして!」 (……初々しいなあ) ここに至るまでも俺の記憶とは相違する展開が多々あったが、実質的な流れとしてはおおむね変わっていなかった。 そして俺が初めてこの教室にお目見えして、人生初となる女子の声援を一手に浴びる。 そんな中で、昨日の話からすれば自然だけど、明らかに食い違っていた点がひとつ。 「……モテモテだね」 「なんだよ。葉山も同じじゃないか」 「モテても嬉しくないんだけど……」 葉山は俺より後どころか、先にクラスに馴染んでいたのだ。 先んじていたのはたった1日のようだが、俺の時と比べると1週間近い差異がある。 しかしとは言え、それでも1日の流れは俺の時とだいたい変わらず…… 嬉しいやら悲しいやら2人そろって女の子たちに揉みくちゃにされ、放課後を迎える。 「♪〜」 授業を終えたオリエッタは脇目も振らずに部屋へと戻り、手早くスクールバッグを投げ下ろす。 俺と葉山の動向をもうちょっと見ていたかったが、これはオリエッタの記憶であるから彼女視点でしか見られない。 「はああ〜〜今日も勉強かぁ。最近は忙しいわねほんと」 (……) 部屋でひとりごと。恥ずかしいやつだ。 「よいしょっと」 中身を取り出したバッグに新たな参考書らしきものを詰め込むと、とんぼ返りで部屋から出る。 (どこ行くんだ……こいつ?) 「ん……?」 オリエッタが視線を流した先を追う。 そこでは、俺と姫百合先輩が面会していた。 「あっ! 探したよ、律くん」 「姫百合先輩!」 これも、俺の時には無かったシーンである。 どうやらオリエッタは忍んで聞き耳を立てているらしく、向こうにいる俺がこちらに気づく様子もない。 (にしても、律の野郎……) お互いに褒めあったりなんかして、しかも茶まで嗜んでやがる。 ちくしょう、うらやましいぞこの野郎。俺もこのパターンが良かったな。 なんて埒もないことを考えていると、またも気になる会話が聞こえてくる。 「ジャネット先生が今日……あいつがお姫様とか、どうとか」 「はぁ……いつも肝心なことを伝えてないんだから」 「オリエッタはこのイスタリカの姫君だ。正しくは次期当主」 「えっ」 「現国王に代わって、イスタリカの名を襲名するんだ」 「へぇ……」 (姫……) そうだ……そういえば、それもまだ教えてもらっていなかった。 (にしても……国王? イスタリカの名?) 今の俺がまったく耳にしたことない単語がポンポンと飛び出してくる。 (あれ……でも) もっとおかしいことがある。 今の俺はともかく、いつかの俺は確実に一度、どこかでオリエッタと結ばれているはずなのだ。 だとしたら、その周のどこかでそれについては聞き及んでいた……? (いや……違う) オリエッタと結ばれた瞬間こそを思い出せ。 あいつは言っていただろう。姫であることの意味が思い出せないと。あんな状況で嘘をつくはずがない。 (だとしたら……) やれやれ……どんどん複雑になっていくな。 「他人事のように言ってるけど、彼女の従者は君なんだよ?」 「そういえばそうでした。使い魔って何しなきゃいけないんですか」 「……」 「そういえば私もよく知らないな」 「ぎゃふん!」 (こっちがぎゃふんだよ……) 2つ目に驚いたのは、俺がオリエッタの使い魔であるという認識を先輩までもが共有していたことだ。 だとすると、彼女に限らず他の面々も同じくそう認識していると考えたほうがいいだろう。 「っと……こんなことしてる場合じゃないや」 (あ、おい待て!) 俺としてはもう少し話を聞いていたかったのに、オリエッタは2人には目もくれず歩き出してしまった。 (おいおい……戻ってきてるじゃねえか) 一体なんのために部屋まで戻ったんだ? 「ぎりぎりセーフ!」 「アウトっすね」 「課題を増やすか?」 「腕立て200だな」 「出来るわけないでしょ!」 (なぬ!?) オリエッタが飛び込んだ教室に待っていたのは、よりにもよって個性抜群3教師の揃い踏み。 「だいたい、スケジュールがきつすぎるのよ。まだ授業が終わってから30分しか……」 「仕方ねえっす。状況が状況っすからね」 「まあ大変だというのは判るが、やらなくちゃいけないのは把握しているんだろう?」 (……??) なんなんだ、この珍妙な集会は。 「判ってるわよ、それくらい……私だって、いつまでもあのコにもたれかかってるワケにもいかないし」 「ま、辛いと思うけど我慢するっす。このイスタリカの未来は姫様に懸かってるっすからね」 (えぇ……?) シャロンはいったい何を言っているんだ。他の面々も突っ込む素振りすらないし。 「じゃ、まず課題の答え合わせからな」 「はいっ」 バッグからノートを取り出して、どさっと机の上に置く。 (勉強……?) 補習かなにかだろうか? いや、それにしたってこんな体制での指導はありえないだろう。 そもそもこの3人の専門はどれも魔法学で、その分野にかけてはオリエッタも負けていないレベルなのだ。 およそ考えうる可能性を潰してから見た光景は、そのはるか上を行くものだった。 「んじゃここで、魔女狩りが一気に衰退した理由は? 地域別に」 「17世紀に訪れたエレナ嬢が、このイスタリカにもたらした変化はなんだったっす?」 「枢密院の提唱する理念のうち、今現在やり玉に挙げられているものは次のうちどれだ?」 「ああんもう、そんなのいっぺんに言われたって答えらんないわよ!」 (……) 勉強というのは当たっていた。魔法学というのも恐らく当たっている。 ただひとつだけ見当はずれだったのは、その内容も体制も度を超えてハイレベルかつスパルタだったということ。 「別に難しいこと訊いてねえだろ」 「はいはい! えぇとまず、当時はねぇ……」 教師陣3人による徹底的な授業。 オリエッタの方もまた、これが日常とばかりに平気な面をして対応している。 一方の俺はといえば、3人はもちろんオリエッタの発する言葉まで何もかもチンプンカンプンだった。 まったく理解は出来ないけれど、なんとなく高度なことをやっているというのは判る。 (どうしてオリエッタが、こんな……) ひとたび“授業”が始まってしまえば一同の顔は真剣で、遊びの入る隙すらなさそうだった。 どういうことだ。なぜオリエッタがこんな、一般の授業を終えた後にまで学問を修めようとしているのだ。 俺の知っているオリエッタは放課後になると、人の服を脱がせにかかるような阿呆だったはずなのに……。 そうしてけっきょく授業は数時間も続き、やっと解放されたと背を伸ばすオリエッタにまったく同感となった。 その後は俺たちと合流してご飯を食べて、適当に遊んで寝て……特に変わったことはなかった。 映像を記録したオリエッタ本人が見せる必要のないと判じた期間に関しては、サクッと省略されるようになっているみたいだ。 この省略というのが言葉では説明しづらいのだが、おおよそ何が起こったのかだけは判る、というレベル。 そのために、彼女の入浴だとかの部分はまったく覗くことが出来ないのである……無念。 日が変わって…… 俺、飲み物をパシられる。 特記事項なしと判断されたためか、この日はひときわスピーディーに過ぎ去った。 さらに進んで2日後。 俺、オリエッタを抱きしめる。 またずいぶん思い切った行動に出たもんだと思うが、特に重要な項目はない。 “省略”され、次の日へ。 7月5日――たしか俺の記憶によれば、今日が葉山の転校してくる日付だったはず。 しかしこの零周目では彼女はもう来てしまっているので、そんなイベントは発生しない。 その後数日が経ち、なかなか興味深いやりとりが教室で始まった。 「んーっ……!」 「オリエッタは、今日も特別授業かなんかがあるのか?」 「今日はお休みー。久しぶりにね」 「めずらしいね」 (特別授業……) それは恐らく以前に見た、あの個人レッスンのことに違いない。 しかも俺の口ぶりからするに、“律”はそのことをちゃんと知っているようだった。 「でででで、でんぷん」 「じゃあね」 「わあ違う! デート、デートしよう!」 「……デート?」 相当な慌てぶりからデートを切り出している。 しかも、ちゃっかり了承を得よった。 (海ね……) たしかオリエッタ周では恋人になるまで訪れなかったはずだが、オリジナルではこんなに早く遊びに来てたんだな。 「えいっ!」 「つつつ冷たいいい! このっ」 「うわっ、やめてよねっ!」 (ハハ、無邪気なやつらだ……) まあ、俺なんだけど……。 「へ……へっくしゅん!」 まったく、こいつときたらくしゃみなんかしちゃって……。 「へくちっ!」 「っておい」 「へ? あ……律、起きちゃ、へっくしゅん!」 「あー。くしゃみって一度でると止まんないよねー」 「じゃなくて」 「ん……あれ?」 「あれ、みなさん……?」 「もしかして、みんな目ぇ覚めちゃった?」 「覚めちゃったよ」 「ごめんごめん。でもま、ちょっと小休止ってことで」 「どのくらいの時間が経ったのかな?」 「まだ15分くらいしか経ってないわよ」 都合一週間分くらいの映像をたった15分で。 とてもパフォーマンスがいい。 「それで、どこまで見れた?」 「7月の……1〜2週くらいかな」 「うん……おりんちゃんと夏本が海に行ってた」 「ふーん。それで、なんか変わったことはあった?」 「ありまくりだよ」 俺の扱い、カードの詳細、オリエッタの動向……たった一週間くらいの出来事だったというのに、俺の時とは何もかもが異なっていた。 「初めて聞いたことが多すぎて……」 「うん……ついていけないくらいだった」 「ふむ……そうね」 「それじゃあ、復習をしましょう」 「復習……」 「アンタたちには覚えがないでしょうけど、いま見たものが本物なの。それはいいわね?」 「うん」 この中ではオリエッタだけが唯一、本当の歴史を識っている。 「今から私がアンタたちに、先ほどの映像にまつわるクイズを出すわ」 「だからアンタたちに今ある昔のこととか常識はちょっと置いて、見てきたばかりの本物について答えてちょうだいね」 本物……つまりオリジナルである零周目。 それこそが総ての元祖なのだから、今はむしろそれ以外の情報など邪魔だということ。 「では問題です」 「いま何問目?」 「……1問目」 「なんのこっちゃ……」 「正解した夏……夏……ええと、律には賞品として……」 「夏本だから! 忘れないで!」 「この特製、スーパーときねちゃん人形をプレゼント〜!」 「うわあ何それ! いつ作ったの? ていうかなんでボク!?」 「みんなが私の記憶を視てる間に作ってたのー」 (どうやって作ったんだ? これ……) 「そのときねちゃん人形を1つ消費することで、私からヒントを聞くことが出来ます」 「ふむふむ」 「1回しか使えないから、注意して使ってね♪」 「わかった」 「んじゃ、行くわよ」 「アンタがここに連れてこられたのはなぜ?」 「ときねちゃん人形をプレイ! ヒントを要求します!」 「えー、こんな簡単な問題にヒントなんか要らないわよ。ほら早く」 「魔法が使えるから」 「正解」 「簡単すぎるんだが?」 「軽いジャブよ。次からが本番ね」 「アンタを呼んだのは誰?」 「え――」 俺を呼んだ? ここに……か。 それは…… 「諷歌だ!」 「違います」 「別に兄さんとか呼んでません」 「おりんちゃんだよね」 「そう。当たり前よね」 「ひ、ひめゆり先輩だ!」 「違います」 「私ではないね」 「おりんちゃんだよね」 「そう。当たり前よね」 「スーパーときねちゃん人形を使います!」 「ではヒント。その答えはさっき説明されてました」 「ふむ……」 「オリエッタだ」 「その通り」 なるほど少し難しかったが、先の映像を思い返せばすぐに判った。 「解説する前に、次の問題にいくわね。どうして私は、律を呼んだの?」 オリエッタが俺をこの地に呼びつけた理由。それは―― 「これで合ってる……?」 「はずれ」 「兄さんが使い魔だから……ですね」 「ああ、そうか」 「ときねちゃん人形をシュート!」 「別にシュートする必要はないけど、じゃあヒント!」 「確認になるけど、アンタを呼んだのはこの私よ?」 「それがヒントか……」 「使い魔だからだ……俺が」 「正解。なかなか冴えてるじゃない?」 「向こうの世界では、あたかもそれが常識かのようだったな……」 「むしろ向こうの世界こそが正常なんだと考えたら、こっちのほうがおかしいってことになるのかな」 「あれ……結局それじゃ、今の俺は使い魔なのか?」 時の循環が始まって以降――つまり俺の覚えている限りでは、そんな設定はどこにも生きていなかった。 だから、今もそう。 使い魔なんかじゃない――少なくとも今の俺の常識では、そう考えざるを得ない。 でも…… 「そうよ。律、アンタは私の使い魔」 そんな常識なんてまるで無かったことにするみたいに、オリエッタはそう断言した。 「で、でもでも、今の私たちはそんな話、聞いてませんよ?」 「聞いてなかっただけ……ってことかな」 「多分、そうなるな」 要するにこうだ。 俺がここに転校する運びになった発端自体はオリジナルであろうとそれ以降であろうと不変だが…… その事実をちゃんと俺たちが認識しているかどうかという点で違っている。 「ん、それじゃあ……俺が魔法を使えるのは、俺が使い魔だからってこと?」 「いえ、そういうことじゃないわね」 「違うんだ」 「そういえば……さっき見たオリエッタも、男の俺が魔法を使えることに驚いてたみたいだったしな」 「そうね。だからむしろ逆で、アンタがちょー珍しいレア物だったから私が使い魔に選んだってことなの」 「そんな適当な……」 「適当じゃないわよ! 今まで使い魔が欲しいのずっと我慢してたんだから!」 「んまあ、だいたい判った。それで次は?」 「次はこれ……カードに関しての質問です」 「今、律の持っているカードと、あっちの律が持っていたカードとの違いは何!」 「違う!」 「レプリカとか言ってたところが……違うのかな」 「ヒントプリーズ」 「こっちの世界じゃ、私はそんなこと全く口にしてないわね」 「だからアンタもこれを聞いたとき、えっ……って思ったんじゃないかしら」 「複製……ってことか?」 「そう!」 「あれ? それじゃ、夏本の今もってるソレも複製ってことじゃないの?」 「あれ……そうなのか?」 「いいえ、それは本物よ」 「ちなみに、何が違うんです?」 「単純に限度枚数とか、再現度の高さとかが違うわ」 「それじゃ、俺が持ってたこれは?」 俺がなぜかここに来た当初から持っていた、“クロノカード”のクロノカードを見せる。 「それも本物」 「……どゆこと?」 「気づいたら俺のポケットに入ってたんだ」 「入ってたって……」 あれも気に留めていなかったが、十分すぎるほど不自然な出来事だったな。 「たぶん私は本来レプリカを掴ませる予定だったんだけど、こいつがハナっからモノホン持ってたから路線変更したのね」 「……なんで持ってたんだろ?」 「そのへんは、続きを見れば判るわよ。でもその前にもう一問」 「私が、シャロンたち3人に囲まれて授業みたいなものを受けさせられてたわよね?」 「うん」 「あれは、果たしてなんのための授業だったでしょう?」 「なんのための、授業……?」 「その日にあった会話を思い出せば判るはずよ」 ……なんだ? 「……おりんちゃんは、今もアレを受けているんですか?」 「いいえ」 「彼女ら3人から、そう促されたりは?」 「一度もないわね」 「ふむ……」 あそこで執り行われていた、特別授業の意義……それは。 「こういうことだろ?」 「……ぜんぜん違う」 「おりんちゃんは、イスタリカのお姫様だから……?」 「正解よトッキー。でも、それがどういう意味を持つか判るかしら?」 「く……判らん。仕方ない、こいつを使うぞ!」 「そうね、いい使いどきよ」 「ヒントは、私だけがあれを受けていた意味。私だけが特別なことってなに?」 「なるほど……」 「イスタリカの、姫として……?」 「正解。でも、それがどういう意味を持つか判るかしら?」 「確か……私が言っていたことだね」 そう。俺と先輩の会話の中で、その答えはごく自然に登場していた。 「国王の、後継者」 「うん、ばっちりね。そういうことよ」 そういうことよと、言われても…… 「どういうことだよ」 「そのまんまの意味じゃない」 「ていうかそもそも、国王って誰ですか」 「けど、私達までなんの疑問も持たず、オリエッタを姫と認識していたのは事実だし」 「そうよ。さっきの使い魔の話と同じね。私たちが覚えているかどうかの違い」 「実際にどうであるかに関わりなく――今のオリエッタには姫としての自覚がなかったから、あの授業をやることもなかったんだ」 「そういうことになるわね」 「てことは、シャロンさんたちも当然それを覚えていなかった……」 全くもっておかしな話だ。 まるでオリエッタがそれを思い出したら困るかのように、周囲の人間に至るまで軒並み記憶を消されてしまっている……? 「それは早計なんじゃないかな。もしかしたら、シャロンさんたちがそうなるよう仕組んだ恐れもあるわけだし」 「なるほど……それもあるな」 なぜ零周目とそれ以降では、こうも認識に差が出るのか。 その結論を出そうとするには、今はまだちょっと早すぎる。 「他にもまだまだ疑問はあるでしょうけど、続きを視れば大体のことが解明されるはずよ」 「なんかちょっと、怖いね」 「けど、知らなければ始まらない」 「お願いします、おりんちゃん」 「そう……カードを使う前に、もう一度だけ言っとくけど」 「――律」 「ん?」 「気をつけてね」 「……?」 その意味深な言葉の真意に気づかないまま、俺のチャンネルは再び瞬時に切り替わった。 (ん……ずいぶん日付が空いたな) 「……」 そして先ほどから思いつめたような顔をして、ベッドの上でゴロゴロしているオリエッタ。 「っ……そろそろね」 うさ宗クロックをさっと見やると、一転すくっと起き上がってはドアへと歩く。 時刻は午後3時を指していた。 そして、なにやらぎこちない足取りで向かったのは…… (俺の部屋?) 「……来たわよ」 「……ごめん、いきなり呼び出して」 その一言だけを交わし合うと、両者の間には沈黙が訪れる。 (……え、何この雰囲気) 「それで……なんの用なの?」 「う、うん……えぇっとね」 オリエッタの神妙な態度も珍しいが、俺の態度はそれに輪をかけて怪しい。 (なんか、嫌な予感がする……) 「大事な話があるんだ」 (……) いつになく真剣な眼差しでオリエッタを見つめる律――つまり俺。 「……」 それを受けて、なにを思ったのか顔を赤らめているオリエッタ。 (……) そんな2人の間に挟まれて、居心地の悪くなる俺。 「俺……おまえのこと、好きだ」 「……!」 「俺と、付き合ってください」 「りつ……!」 抱きしめあう2人。 「私も……ずっと好きだった!」 「オリエッタ……!」 (……) 頭をかかえる。 これは時間のリセットが成されていない原点――つまり、この展開こそが正史だということになる。 (なんでオリエッタなんだ……?) 俺の周りには他に……それこそ姫百合先輩なんかもいる。 だっていうのに俺ってやつはどうしていつもこう、オリエッタなんかに惚れているんだろう。 (謎だな) 「でも……アンタは私の使い魔で」 「そんなの関係ないよ。俺が、おまえと付き合いたいんだ」 「りつ……」 (……) 身悶えする。こんなの見ていていいんだろうか。 当の本人でさえこうなのだから、時を同じくしてこれを見ている葉山たちの反応も与り知れようというものである。 それからというものは、はっきり言って見るに耐えない日々が続いた。 いちゃついてはいちゃつき、いちゃついてはいちゃつくといういちゃつきの毎日。 “スキップ”されたから良かったようなものの、まともに見ていたら俺の精神は間違いなく崩壊していただろう。 「はぁ……」 「おつかれさま、オリエッタ」 律が豆乳パックをオリエッタに渡す。 「りつ……ありがと」 オリエッタが律の頬にキスをする。 (ノーコメント) 「近ごろは忙しそうだね」 「うん……やっぱり、もうそろそろみたい」 もうそろそろ……なにがだろう。 「あいつの様子を見てる限りじゃ、平気そうなんだけどな」 「さすがに見た目は変わんないわよ。でも、内部はそうとうガタが来てるって」 「どんな具合に?」 「もう、魔力はほとんど残ってなくて……このままだと泉も枯れちゃうって」 「え……それじゃ、まずいじゃん」 「だから、このままだと維持もままならないらしいのよね」 「今は……どうしてるの?」 「足りない分は借りるしかない……。誰からだと思う?」 「おまえからじゃないのか?」 「半分正解」 「……」 おとがいに手を当てて考える律と同様に、俺も頭を悩ませる。 いったいこれは、なんの話をしているんだろう。 「判った」 「どうぞ」 「俺たち全員からだ」 「正解」 「今あのコはこのイスタリカ全域に陣を巡らせて、生徒たちから魔力を汲み上げてる」 「そんなんで足りるのか?」 「全然。だから、この土地を維持するので精一杯ってことらしいわね」 「……維持できなくなったら?」 「そりゃもう、墜ちちゃうに決まってるわよね」 イスタリカ……土地……枯れる……維持……墜ちる……。 断片的なワードを拾っていくだけでも、不吉な想像にしか行き着かない。 「困るな」 「ふっ……なんのために私がこんな勉強してると思ってんのよ!」 「うん。頑張って……俺も、支えるから」 「……ありがと」 「でもなんかちょっと、怖いよ。オリエッタが遠くに行っちゃうみたいで」 「平気よ。あのコだって、特に問題なく暮らせてるでしょ?」 「それはそうなんだけど……」 「私が遠くに行っても、アンタがついて来ればいいだけよ」 「……それもそうだね」 「……頑張って、あのコを楽にさせたげないとね」 (……) 思わせぶりな会話で頭のなかが交錯する。 ところどころ判らない部分もあったが、端々に挟まれていた不穏な単語が、俺の中で次第に像を結んできた。 (もしかして……) 「……最後に訊くわよ、りつ」 「……」 「本当に……いいのね?」 「ああ。何度も言ってるだろ」 「結ばれたらもう……アンタは一生、私から離れられないのよ」 「構わない。俺は、おまえと一緒にいられるのなら」 「本当に、永い間だよ? 飽きたりしない?」 「しないから、安心して」 「私、甘えたがりだから……すぐチューとかねだるけど、いいの?」 「知ってるよ、そんなの」 悟ったふうな表情。 端から初めて見るそんな顔をして、律はオリエッタへとにじり寄る。 「オリエッタ」 「っ……」 「大丈夫だから。全部」 割れ物でも包むかのように優しく抱擁して、耳元で囁く夏本律。 「不安なんだよね。心配なんだよね。俺のことも、自分のことも」 「うん……そうなの。本当に、これでいいのかなって」 「平気だよ。オリエッタは……1人じゃ、ないから」 「……やっぱり私、りつがいないとダメみたいね」 「俺だって、おまえがいないとダメだからね」 「ありがとう。なんか、私のほうが慰められちゃったわね」 「いいんじゃない?」 「……それで」 「覚悟はいいか?」 「ええ」 「いつでもイケるわ」 「泉にて、ご主人サマがお待ちでげす」 「それじゃあ――行くわよ、りつ」 「ああ」 手と手をつないで並び立つ雌雄。 それを見守る3人の先生たちを背に、律とオリエッタは温室の裏口を抜けていく…… (ここは……) 洞窟……? こんなところに何があるというのだろう。 疑問を禁じえない俺とは反対に、一言たりとも言葉を交わすことなく進んでいく2人。 そして、行き着いた先は…… (ここは……?) 「いらっしゃい」 「……久しぶりだな」 「ごめんね、遅くなって」 (……??) 誰だ……俺たち2人は誰と話しているんだ? 「まずは、おめでとうございます。御二人とも、素晴らしい愛を育まれたのですね」 「……ありがとう」 律とオリエッタへ賛辞を送る、優しげな声音と穏やかな口舌。 聞き覚えはない。ただ察するに年齢的には、俺たちをはるかに超えているはず。 またビジュアル的にもまるでモヤがかかっているようで、そのシルエットしか映らない。 “律”たちがそれに応じている様子もないことから、これはこの“記憶”のみにおける弊害のようなものだと認識した。 「そのお祝いと言っては何ですが……二人にはこれを渡しておきます」 「カード?」 「本物の、クロノカードです」 「あ……そういえば今のこれは、レプリカなんだっけ」 「それは本来、このコの持ち物だからね。でもそれを渡してくれたってことは……」 「正式に、この座を明け渡すということです。私にはもう必要のない物になりますから」 「俺が持ってていいのか?」 「それはどちらかと言うと、ファミリアたちの持ち物としての側面が強いですから」 「使い魔である律さんがお持ちになられるほうが、勝手が良いんじゃないかと」 「ま、もらえるもんはもらっときなさい」 「じゃあ、このレプリカは返却するよ」 「確かに」 「ちょっともったいないけど、カードなんてすぐ溜まるわよね」 「そうだな」 「……それでは、本題へと入りましょうか」 ピリッとした空気に変わる。 俺もオリエッタも、まるで戦場へ向かうかのように気迫のこもった面持ちをしていた。 「つまり――今から、私と」 名も知らぬ女性の、静謐にしかし芯を含んだ言の葉。 「私が、アンタと――」 それをオリエッタが継いで、次なる瞬間に間を合わせる。 (なんだ……?) この2人……いや3人は、これからいったい何をしようと―― (!?) 急に映像が途絶える。また音声も聞こえてこない。 (おい、いちばん気になるところ――) しばらくするとその暗闇の中から、徐々に輪郭めいたものが映りだす。 だがその舞台はすでに見慣れたものへと変わっており―― 「――え?」 しかしそこに展開されていた光景は、文字通りありえない――いやあるはずのない状況だった。 「――ッ、りつっ!!」 彼女を中心としたこの映像、まず最初に目に入ったのは泣き叫ぶオリエッタの姿だった。 「りつ――りつってばぁっ!」 尋常でない取り乱しようで、俺の名前を連呼するオリエッタ。 いつもの軽い不機嫌かと思いきやそうではないのがすぐに判る。 血走った双眸、わなわなと震える全身、歪みきった幼い顔立ち。 彼女は元より熱しやすい性質だが、完全なヒステリーに陥っている姿を見たのはこれが初めてだった。 「……」 次いで目に入ったのは正体不明の女性だった。 相変わらず姿形が正確に映らないものの、言葉を失っているのが判る。 オリエッタが抱き、その女性が見つめる……その先には、きっとこの事態を引き起こした原因があるはず。 いや……いるはず。 先ほどから姿を見せない、この学校における白一点が……。 (……) そして俺はそれを―― 見た。 「……」 (――) 五体は満足、出血の痕なども見受けられない――しかし顔からは生気が感じられず、まるで魂の抜け殻のよう。 「りつ……」 落涙した雫が、俺の――あちらの世界では彼女にとって愛しき恋人の――頬で跳ねる。 その時、校舎側から3人の女生徒が駆けてきた。 「何か、大変なことがあったと聞いたけど――?」 「ねえ、みんな――どうしよう、りつが!」 オリエッタを取り巻くように集まったいつもの面々に、彼女はほとんど錯乱状態に陥りつつも助けを求めた。 つまり葉山、諷歌、姫百合先輩――そして未だ姿の隠されている誰か。 俺としても本人ながらに、みんながどう感じているのか気になっていた。 だけど返ってきた答えは、俺も、オリエッタも――まったく予想だにしないものだった。 「……りつ?」 「それって……そこの男の人のこと?」 「はぁ……? なに言ってんのよ、2人とも……」 「それよりも、大丈夫なんですか……?」 「ふーこ! ごめん、私、アンタのお兄さんを……」 「お兄さん……? おりんちゃんこそ、何を言っているんですか」 「え……?」 「それよりも、誰だか知らないですけど早く保健室に運んだほうがいいと思います。ずいぶん顔色が悪そうですし」 「ふーこ……?」 「しかし不思議なこともあるんだね。この地に男の子が紛れ込むなんて」 「ひめりーも……どうしちゃったの? そんな、知らない人みたいに……りつだよ?」 「すまない、不躾な発言を……オリエッタの知り合いだったんだね」 「私のって……ひめりーも、りつとは仲が良かったじゃない!」 「……オリエッタ。動揺するのは判るけど……」 「私はそんな男の子、知らないよ」 「ボクも、見たことも……」 「私も、知らないです」 「みん、な――」 恬淡と話す3人と、愕然とするオリエッタの狭間にある、爆発しそうなほどの温度差。 そして、改めて視線を落とした時……そこには。 「ひ――」 薄っすらと、煙のように、朧げになってゆく俺の――夏本律の肢体。 手が、足が、胴が、消えていく。 それら総て、もともと無かったみたいに―― 「いや――こんなの、いやいやいやぁっ!」 「―――――――――!!」 「どうだった?」 「……」 「……」 「……」 おのおの収まらない動悸を頑張って静めているようだった。 俺とオリエッタがラブラブしていた時の気まずさなんて、今や一抹も残っていないように。 無理もない。直接的ではなかったとは言え、かなりショッキングな映像であったことに間違いはない。 「……律?」 「ぇ……ああ」 特にやはり、最後の――あれは一体、なんだったんだ。 俯瞰で見ていた俺でさえ、オリエッタの悲痛が嫌というほど伝わってきてしまった。 「だいじょうぶ?」 「大丈夫だよ」 そうは言っても、動揺を隠せないのは確かだ。 だってあれは本来あったはずの出来事で、無かったことになんかできない事実なんだから……。 「もしかして……思い出せた?」 「……いや、まだ」 今のはただ単にカードの力でオリエッタの記憶を追想しただけで、俺自身の記憶は未だに硬く鎖されている。 「これだけ見ても……思い出せないのね」 「うん……」 オリエッタのものとはいえ、これだけ俺の登場する過去を見ても何ら思い出さないというのは実に不自然だ。 循環している時の記憶は、パッと思い浮かんだというのに…… 「あの、ちょっといいかな」 「ん?」 「ちょっと思ったんだけど……思い出すには、なんかの法則があるんじゃないのかな」 「ほーそく?」 「たとえばボクの時だって、婚姻……っていうアイテムがあって初めて、思い返せたわけでしょ」 「あ……」 それもそうだ……しかもそれは葉山のみならず、全員に共通する図式だった。 パッと浮かんだのは確かにそうだが、なんのヒントもなく思いついたわけじゃない。 「つまり零周目を思い出す“きっかけ”になる何かがあれば……」 当然、時間が回帰している以上はその“何か”さえ消えてしまっているに違いない。 だが俺にはなぜかその道理から外れたクロノカードがある。 どれだ……その、きっかけに成りえそうなものは。 (これか……?) いや、違うな。 これを手に入れたのは零周目よりも後のこと……。 だから…… 「……これだ」 「カードのカード?」 「これだよ……零周目の証」 「……なるほどね」 俺がオリエッタから受け取った、レプリカだと呼ばれていたほうのカード……あれは返却してしまっているから、もう手元には残っていない。 俺がかの女性から貰い受けた本物のカード。それがこれだ。 「思えばこのカードだけは、俺は初めから持っていたんだ……」 何かの拍子で入ってたものだと思い込んでいたばかりに気づかなかったが、違う。 オリジナル周で手に入れたこいつを、次の周にも引き継いで所持していただけのこと。 「クロノカード」 唱えて、具現化する。 ぼろぼろになったブランク・カードが現れた。 「……」 ゆっくりと手に取る。 なにも書かれていないそのカード、俺はそれをじっと見つめて―― 「――」 そして今、かつて起こった総てを識る。 「兄さんっ」 「大丈夫!?」 「あ、うん……平気。立ちくらみみたいなもんだし」 膨大な記憶量を瞬時に投入されたことによるフリーズだ。彼女らにだって経験があるはず。 「それで……」 「ああ……」 「思い、出したよ」 俺がここに来てからのこと、そして彼女とオリエッタの関係……。 他人のものだと思って読んでいた日記に、自分の筆致を見出したかのような特異な感覚を味わった。 「ほんとに!?」 「それを使えば……私たちも、思い出せますか?」 「いや……難しいかも」 「どうして?」 「これは俺だけの持ち物ですから……。写真とか浴衣みたいに、実際に関係していないと恐らく……」 「だったら他に、零回目に手に入れたカードはないの?」 「それが、無いんだ」 このクロノカードはまさしく、“きっかけ”になりうる唯一のアイテムだったわけである。 そしてこれが唯一の“きっかけ”であると断言できる根拠は至ってシンプル。 このカードが無惨なほどに擦り切れているのと同様の理由だ。 なぜなら俺はこの、本物のクロノカードを手に入れた直後に――あの事故に遭ったのだから。 (……だから、他のカードはそもそも手に入れていないんだ) 「でも葉山たちにも判るように……俺が足りない部分を補って説明するよ」 そう……これからこの世界を相手に戦うためにも、想いはひとつにしておく必要がある。 「なんでも訊いてくれ」 「じゃあ、ハイ」 「葉山くん」 「あの、よく見えなかった女の人は誰なの?」 「あれは姫……つまりオリエッタだよ」 「おりんちゃん?」 「アホか。私は隣にいたでしょ」 「う、そうだった……」 「まあでも似たようなものね。私よりも上の存在」 そうか! 「あの人は飼育委員だ」 「へ、飼育委員?」 「うむ、毎日ミドリガメにエサをやって……」 「なんというか……そういうポジションだったの?」 「ぜんぜん違うじゃないの! 真面目にやりなさい!」 「へい……」 「あれが、このイスタリカにおける女王だよ」 「それって、さっき言ってた……」 「そう……オリエッタが後継するはずだったポストだ」 「いや……後継しなきゃいけない、と言ったほうが正しいかな」 「そんなに、お年を召しているようには思えませんでしたけど……」 「声は確かに若々しかったけど、なんというか……雰囲気はけっこう、大人びてたよね」 「継がなくちゃいけないっていうのは、なにも年齢的な理由だけじゃないよ」 「たぶん、驚かせたかったんだろう」 「そんな適当でいいの……?」 「いいわけないでしょ。ちゃんと答えなさい」 「彼女はもう弱っていたんだ」 「……」 一同、納得したふうな顔になる。 そろそろ危ない――オリエッタがそう言っていたのを思い出したのだろう。 「それは、病気っていうこと?」 「違います」 これから話す説明に聞き入らせるため、強く断言して一拍の間をおく。 「先ほど女王と言いましたが、これはなにも名目だけの地位ではないんです」 「というと、なにかしら政務を行ってるってこと?」 「惜しいけど、少し違う。政治を司るのは枢密院があるから……」 「彼女がやっていたのは、もっと根深い責務だよ」 つまり…… 「市長だ」 「市長……」 「……なんでいなみ市の市長があそこにいたんです?」 「さあ……」 「ふざけてるとはっ倒すわよ」 「この土地の維持だ」 「……?」 「空にあって、魔法使いたちの巣となっているこのイスタリカを保持する役目。それが、この国の王であるということ」 あえてそれ以上は言わなかったが、みな同じ言葉を想起していたことだろう。 墜ちちゃう――オリエッタも確かにそう言っていたと。 「聞くまでもないかもだけど……それは、どうやって?」 「飛行艇を使ってこう、浮かしてるんだ」 「じゃあ、その飛行艇はどうして浮いてるのよ……」 「魔法で」 「だよね」 「つまり弱っているというのは……魔法に関する話なんだね」 「はい」 「適齢期を過ぎた……?」 「ううん。年齢は関係ない。彼女は彼女で、それに関しては対処できてたんだ」 「だから単純に燃料不足。この広大な土地を維持しきるだけの魔力がもう無い」 だから、まだ余裕のあるオリエッタに交代する。 それは言わずとも伝わっただろう。 「枯れちゃうかもしれないって……オリエッタも言ってたように」 衰弱し、なお命を削り続けているこの地の女王。 そして彼女は今もまだ、俺たちの踏みしめるこの場所を保ち続けている。 「枯れるっていうともしかして、あそこにあった池みたいな……?」 「そう。あそこは燃料タンクみたいなもので、今はそれがほとんどカラッケツになってるってこと」 まだ微量ながら残っているが、それだけじゃ足りないからあのような苦肉の策を弄しているのだ。 「おりんちゃんが“あのコ”って言ってたのも、彼女のことってことでいいのかな?」 「ああ」 「そんな人物が居たなんて……」 「驚き、ですね」 「ついでに、もうひとついいかな」 「どうぞ」 「彼女の言っていたファミリアというのは、誰のことを指しているのかな?」 「オリエッタのことです」 「オリエッタ……? そんな口ぶりには聞こえなかったけど」 「私じゃないわよ」 「シャロンにランディ、メアリー先生の3人です」 「どうしてあの3人が?」 「往年の名コンビ、リツアンドトキのように……あいつらはトリオ漫才グループなんだ」 「なワケねーだろ」 「はい、ごめんなさい……」 キレそうだった。 「あの3人が、彼女の使い魔だからだよ」 「ボク、シャロンさんがご主人様って言ってるの初めて聞いたよ」 「あの時のやりとりは、そういう意味だったんだ……」 シャロン、ランディ、メアリー先生――あの3人を従えているというだけで、彼女の器も計れようというものだ。 「……それで」 「その人の、名前は?」 「……実は今までにも、何度か出てきてはいたんだ」 現イスタリカ国王。その人は―― 「葉山秋音――おまえのことだよ」 「え、ええっ!?」 「葉山先輩、裏ではそんな……」 「ち、違うよ。ボクじゃないって」 「りーつ、からかうのもいい加減にしなさい」 「悪い悪い」 「イスタリカ――それが彼女の名前だよ」 「イスタリカ……?」 聞き覚えのある名に、それぞれ異なった反応を示す。 「それって、此処の……?」 「というより、国名のルーツかな」 「それはもしかして……あの温室にあった」 「そうです。あの、石像……でも本当の彼女は、まだ存命しているんです」 零周目においても、姫百合先輩が言っていた。 オリエッタが国王になった暁には、イスタリカの名を襲名すると。 「本当はみんなも、会ったことがあるはずなんだけどね」 「……思い出せないや」 「無理もないよ。だってさっき見せられた映像の中でも、見れなかったでしょ?」 「なんか、ボヤけて見えました」 「それは多分あいつが……自分のことを認識できないようにしてるからだと思うんだよね」 封じられたゼロの記憶、その中でも特に厳重な鍵のかかるよう設定していたに違いない。 「それって、つまり……」 「そう――」 これらの符号が指し示す、この世界の真実とは―― 「私たちの記憶がおかしいのは――あのコのせいってことよね!?」 「イ、イ……つ、つまりそういうこと」 セリフを盗られた……。 「おりんちゃん……それなら納得はできる?」 「そうね。あのコの存在を思い出してからは、そうじゃないかと思ってたけど……」 自分と同程度の魔法使いなど存在しないという彼女の根拠が崩れ去り、いよいよ核心へと迫っていく。 「ここから先は俺の推測だけど……あいつはきっと、ただ繰り返すだけじゃ駄目だって判ってたんだと思う」 一挙手一投足に至るまで、何ひとつ変わらないからこそ循環なのだ。 悲惨な結末を回避したいのなら、時を巻き戻し、記憶を消すだけでは不十分。そう考えたのは、正しい。 「そして、思いついたのがこれ――つまり、今の俺たちの状態だ」 俺たちがみな彼女の存在とオリエッタの使命を忘れれば、確かにあの幕引きは避けられる。 でも、でも、そんなのって…… 「……かわいそう」 「賢い方法なのかも、しれないけど……」 「私は……あんまり好きじゃありません」 たとえ存在を忘れ去られても、それで彼女の負担が減るわけじゃない。 いやむしろオリエッタという後釜が機能しなくなった今、彼女は着実に破滅へ向かっていると言っていい。 (自己犠牲ってやつか……) 確かに……俺も好きにはなれないな。 だからこそ、気づかれぬようセッティングしたのだろうけど。 「……」 「オリエッタ……大丈夫?」 まるで彼女の身内をけなすみたいになってしまった。 さっきからうつむいてばかりだが…… 「……やっぱり、許せないわよね」 「ん、おう……?」 「みんなの反応を見たかったの」 「みんなが、これでいいって言うんなら、私ひとりでもなんとかするつもりだったけど……」 「みんなが、私と同じ気持ちだっていうなら……」 「私に……協力してくれない?」 「私はあのコを――助けてあげたいの」 意思のこもった輝く瞳。 どうしてか、心を揺さぶられてしまう。 「任せろ」 「こういう言い方もなんですけど……私たちはそんなの、頼んでいませんから」 「彼女に会えれば、きっと私たちも思い出せるはずだからね」 「……ありがとう」 「誰かを犠牲にして幸せになっても、嬉しくないもん」 「いいこと言うな、葉山」 「もう、なんでボクだけ茶化すの!」 「よおし――それじゃあ、さっそくやるわよ!!」 「おう!」 「おう!」 「おう!」 「おう!」 ……。 「って……何を?」 「……どうすればいいのかしら」 ずっこける。 「ねえ律、どうすればいいと思う?」 「ええっ? 俺かい」 「目標としては……律くんが犠牲にならず、かつイスタリカさんも無事に暮らせるようにすることだね」 「イスタリカさんが出てくるんじゃ駄目なんですか?」 「彼女がこの土地を支えていて、その彼女が弱っているという話だったから……駄目なんじゃないかな」 「でもそれだと、やはりオリエッタが跡を継がねば、問題の解決にはならないんじゃないかな」 「今のあのコはきっと、本当に死ぬまであそこに居ることで問題を先延ばしにしようとしてるんだと思う」 「おりんちゃん以外の人が継ぐんじゃ駄目なの?」 「俺が言うのもなんだけど、無理だと思う。オリエッタが何度も言っていたように……彼女クラスの魔法使いなんて他にいないんだ」 そんなオリエッタでさえ、今のイスタリカが背負っているものは重すぎた。 その結果、あのように不幸な事故が起きるに至ったわけである。 「じゃあ、人が入れ代わる以外の方法を……」 「それも無理ね……そんなことが出来るのなら、そもそもあのコがやっているわ」 「そういえば……その女王様は、いつごろからその地位についているんですか?」 「えっと……いつだったかしら。6、700年前だと思うけど」 「……はい?」 「ごめんね、うろ覚えで」 「……6、7年前?」 「6、700年前」 「……」 唖然とする諷歌。 「はしょりすぎだ、オリエッタ」 「どういうことなんです?」 「代替わりとは言ったけど、それ自体は初めての試みだったんだ」 少なくとも、記録に残っている限りでは。 そもそも、この地を創成したのが現イスタリカ本人だということ。 この地が誕生したのが6、700年前であり、オリエッタが指しているのがそれだということ。 そんな感じのことを俺が代わって説明する。 「なんていうか……途方もない話ですね」 「でも……そんなに長く続いたこの国が、滅びようとしてるってことだよね」 「ああ……一大事だ」 じゃあ、どうするのか……おのおの思考を巡らせている様子だ。 (誰も犠牲にならずに済む道……) かつてのイスタリカにはそれが思いつかなかった。 だからこそ、自分の身を隠すという方法をとった。 だがそれを知ってしまった今……俺たちは到底、納得なんて出来やしない。 (整理しよう) イスタリカ国の女王は、この地を保持する役目にある。外界の目を逃れ、天空に浮遊させる燃料たること。 そして現在、イスタリカはほぼ限界にある。彼女の力が無くなればこの土地は滅ぶ。 しかし今はある方法――つまり生徒から魔力を集めることによって、なんとか生き永らえている。 でもこんなのは聞いて判る通りの自転車操業で、いずれ破綻するのは目に見えている。 ならばその地位を、同程度の魔力を持つオリエッタに譲ろうと考えたのは自然のこと。 だが、それでは駄目だった。 結局オリエッタには荷が勝ち、そもそも交代自体に失敗した。 それを俺がかばった結果ああいうことになったわけであるが、そうでなくても彼女か俺のどちらかが命を落とすことに変わりはない。 (だったら――どうする?) この状況はほとんど詰んでいる。 俺か、オリエッタか、イスタリカか……どう転んでも、必ず1人を失ってしまう結果になる。 (俺が、考えないと……) 期待できそうな葉山や姫百合先輩の記憶は万全でなく、魔法に達者なオリエッタもこういう理屈が絡むと弱い。 そう考えると、あのイスタリカでも思いつかなかったという事実が重い。 魔法に長け、かつ頭脳も明晰だった彼女の辿りつけなかった結論に、今の俺が至らなければならない。 ……いや、逆に考えてみよう。 イスタリカに考えつかなかったということは、イスタリカが考えつきそうにないことを考えればいいわけだ。 「……あ」 声を漏らすと、視線が一斉にこちらを向く。 (あれ、これ……) 馬鹿げた話だと言われるだろうか。 だけどここまで来てしまった今、どんなに破天荒でもやるしかない。 「なにか……思いついたの」 「うん……いや、あくまでアイディア程度に聞いてほしいんだけど」 どんな弊害があるかなんて判らない。 だけどそれでも、当面の問題を一挙に解決するためには……これしか取る道はないのではないか。 「教えて。律……私たちは」 「何を、どうすればいいの?」 「魔法を」 「クロノカードを」 「夢を」 「歴史を」 「使い魔を」 「王様を」 ……違う、この組み合わせじゃない。 「消す。消滅させる」 葉山および2人の反応は穏やかだった。どういう解釈をしたのかは判らない。 それとは正反対に、驚愕を隠そうともしないのがオリエッタだ。 ありえない解――ともすれば設問の根底をひっくり返さないほどに、ふざけた答えだと思ったのかもしれない。 「……どういう、こと?」 「そのまんまの意味だよ。おまえが俺の魔法を取り除こうとしたように……」 「この世から魔法が無くなれば……こんなことで悩む必要もなくなる。違うか?」 魔法につきまとう難事を解決したいなら、魔法そのものを無くしてしまえばいい。 それなら問題なんてものは当然なくなる。子どもでも判るような単純な理屈。 だけどそれでも、それこそ数百年間もの固定観念に凝り固まった彼女たちには気づかない、素人考えだからこそ生きた抜け道だ。 「そんなこと言ったって……どうするつもりなのよ」 「それはまあ、今から考えよう」 「ボクは、いいと思うな」 「私も。魔法が消えるまでの教育という、この学校の理念にも則っていると思うし」 「……」 葉山と先輩の2人は提案に乗り気で、諷歌とオリエッタの2人はやや難色を示している。 俺を加えれば3対2にはなるが、俺はこれを多数決なんかで運ばせるつもりは毛頭ない。 「オリエッタ……」 魔法の第一人者であるオリエッタにとって、それが無くなるというのは自分のアイデンティティを奪われるのに等しいはず。 ましてや彼女は、それ以外のことがからっきしなのだ。渋るのだって仕方ない。 「アンタの言う、魔法を消すっていうのは……魔法使いってものが居なくなればいいってことよね」 「そう」 「でも魔法がなかったら、この土地も存在できないのよ」 「仕方ない」 「それに魔法使いがいなくなれば、この土地の存在意義だって無くなるはずだ」 「……無茶苦茶ね」 「でも、それが出来れば一番いい」 確かにオリエッタのように魔法を友とする人々には受け入れがたいのかもしれない。 だけどそれでも、こうすることで人ひとりの命が救えるのなら…… 「はあ……そんな目して見ないでよね」 「まあ確かに、裏をかかれた気にはなったけど……それってけっこう、悪くないかもね」 「……ほんとか?」 遠回しな肯定。 それはいいのだけど、妙に寂しげな顔をしているのが気になった。 「でも、半端な覚悟で挑めることじゃないと思うわ」 「それは、判ってる」 そう……それにはやっぱり、せめてここにいる全員だけでも力を合わせる必要があって。 「……」 「諷歌……」 諷歌が沈んでいるのは無論、精霊たちとの関係があるからだろう。 魔法が無くなってしまえば彼らとは二度と会えないし、アルパカさんと話も出来ない。論ずるまでもなく明白だ。 「……いつかの私も、こんなふうに落ち込んでましたよね」 「……そうみたいだな」 諷歌から魔力が消え去ろうとしたとき、彼女は精霊達や学校との別れを惜しみ、悲しんだ。 今の俺たちには身に覚えがなくとも、それは確実にどこかで起こった出来事で。 「その時だって、最後には立ち直れてたのに……ここでまた転んでちゃ、意味ないですよ」 「……」 驚いた。 ただ単に覚えているだけのこと――今の諷歌にとっては、初めて立ち会う悲しみだったはずなのに。 いつかの過去を糧にして、それをすんなり飛び越えられるほど成長しているなんて……。 「諷歌……おっきくなったね」 「なんですか、急に……子供扱いしないでって言ったじゃないですか」 「うんうん……これでばっちりね」 「いや、まだ具体的なことはなんにも……」 「大丈夫。きっと律くんが素晴らしい解決策を思いついてくれるよ」 「え、えぇ〜?」 言い出しっぺは俺だけれど……魔法のことについては、ほとんど知らない。 「どうすればいいの? オリエッタ」 「ん……そうね」 少し考えると、オリエッタはその答えを―― 「あ、ごめん、ちょっと待って」 「うい」 無理もないか。古くからある魔法という存在を、無くしてしまおうというのだから…… 途方もないような発想で、見ようによってはとんでもなく不遜な考えなのかもしれない。 「……えっと、その、アレよ」 「うん……?」 ボソボソしてるな。らしくない。 「あそこの……池みたいのが、あったでしょう?」 「ああ」 「あそこの水を、本当にぜんぶ枯らすことが出来れば……イケると思う」 「!?」 「へえ……」 「でもそれって……」 「うん……この場所も一緒に無くなっちゃう」 あの洞窟に溜まっていた水は、きっとこのイスタリカという国を駆動させるためのガソリンだ。 しかしそれは同時に、この世に魔法使いを産み落とす温床でもあったということか。 「だから、ただ闇雲にやったんじゃ……私たちは真っ逆さまね」 「……なるほど」 「それで……池を枯らすにはどうすればいいんだ?」 「……さあ?」 「バケツでも使ってみる?」 「霊的なもんには違いないし、難しいでしょうね」 イスタリカが魔力を集めて燃料に変えていたという話からしても、あの水の正体は魔的な力の具現なのだろう。 「かと言って、あのまま消費して枯れたら結局……」 参ったな……さっそく打つ手がなくなってしまった。 「じゃ、まあ……ちょっと、アプローチの方法を変えてみようよ」 「というと?」 「やることが大きいのはいいんだけど、そんなに何もかもこなすのは難しいと思うから」 「ふむふむ」 つまり、どこから手をつけるかということか。 「まず、いちばん重要視すべきなのは――」 「オリエッタだ。オリエッタの意図に沿うよう画策する」 「ちょっと待って、律。重要なのはそこじゃないでしょ」 「む……」 「そうだね……ここにいるみんなの意思はひとつだよ」 となると、つまり…… 「イスタリカだ。彼女を救い出すのが、今回の第一目標」 「そしてそのために、魔法を消すという方法をとる」 どこからと言うのなら、まず彼女からということになる。 「イスタリカさんに、魔法を使えなくさせる?」 「でも、それじゃ駄目なんだよね」 燃料源たる彼女の魔力が途絶えてしまえば、この国はたちまち崩壊してしまう。 そうなれば当然イスタリカどころか、俺たちともども物理的にデッドだ。最悪のパターンと言っていい。 「難易度の高いパズルだぜ」 「イスタリカさんを引っ張りだすことはできないのかな?」 「場所の見当はついてるけど……ここまでやってるからには、簡単には会えないと思う」 「……だよね」 そもそも会うことすら出来ないんじゃ、あれこれ画策することも不可能になる。 「いや……でも、いい線いってるんじゃないかな」 「どうするんです?」 「むりやり連れ出すんじゃなくて、彼女が出てこざるをえない状況を作ればいい」 「そんな状況って……ありますかね」 「みんなで酒盛りとか……」 「単純すぎです、葉山先輩」 「オリエッタ、なんかある?」 「……ぜんぜん」 「ふむ……」 あいつが俺たちに会ってくれるよう仕向ける方法か……。 (あいつの魔法を消すっていうのは……近いところまでいってた気がするんだよな) イスタリカがこの地を創った。 そして今も貯水を消費してそれを維持している。 だから彼女がいないとこの地は崩れてしまう。 この三段論法を、どうにか応用できないものだろうか。 この3つの要素を別ベクトルから見るだけでも、十分に画期的なメソッドが得られそうな気がする。 「……待てよ」 これは、ひょっとしたらひょっとするかもしれないぞ。 「逆転の発想だ……」 天才か、俺は。 みんなが期待に満ちた目で俺を見つめる。 だけど今回ばかりは、俺もそれに応えたい気持ちでマンマンだ。 「あいつから魔法を無くしてしまえば、この国だって消えてしまう」 だったら―― 「もう最初っから、この土地を捨てちゃえばいいんだよ!」 命果てるまでここを守ろうとするくらいなら、いっそさっさと滅ぼしてしまったほうが彼女を救える。 「……はい?」 「まず、魔法の根源というのは想いの力だ。これはもう常識だよね」 たとえば俺なら、彼女が欲しいとか。 人によっては憎しみの場合だってあるだろう。 とにかく、その個人を形作る強力な想念ということ。 「だったら、イスタリカの想いっていうのはなんだと思う?」 得意げに問いかけてみる。 「答えは簡単――」 「魔法使いになること……これが彼女の願いだったと推測できる」 そう説明すると、一同は頭上に?マークを浮かべた。 「……どうしてそうなるんです?」 「え? なんで?」 「魔法を使って魔法使いになるなんて、意味が判らないよ」 「あ、そっか……」 じゃあ…… 「この土地を創ったのが彼女なら――この国こそが彼女の想いの塊なんだと推測できる」 それがどういう類の想念によってかは知らないが、希求なり憎悪なりが形となって現れたのがこのイスタリカという浮遊庭国である。 推測だ。推測だが、ここはもう決めてかからないと手遅れな気がする。 「だからこの土地そのものを崩壊させることによって、間接的に彼女の想い――」 「すなわち、この国を守りたいっていう気持ちを揺らがせることが出来るんじゃないか」 想いによって生まれた土地へと働きかけることで、想いに影響を及ぼそうという、まさに逆転の発想である。 そのとんでもなくメチャクチャな理論に、みなさん口をあんぐりと開けていらっしゃる。 「あの、夏本」 「どうぞ」 「土地を崩壊とか、物騒なこと言ってるけど……爆弾でも仕掛けるつもり?」 「ノンノン。そんなエレファントなことはしないさ」 (口調変だなぁ……) 「ていうか……ここが無くなっちゃったら、私たちみんな落っこちちゃうじゃないですか」 「確かに、パッと無くなればそうだけど……徐々に崩れていくとしたら?」 この国=イスタリカの想いというものを、じわじわと削っていくことが出来たら? 「もうこの土地は駄目だとイスタリカに思い知らせることが出来たら、さすがに無駄死にするような真似はしないだろう」 崩れゆくこの地に残るより、俺たちとともに逃げ延びてくれることを選択するはずだ。 そしてあの洞窟にあった泉もまた、国土の崩落とともに塵と消える。これで万事うまくいく。 「なんか簡単に言ってるけど……この国をどうこうなんて、できっこないんじゃないの?」 「爆弾でなくとも……そういう物理的な手段は、最後まで取っておくべきだと思うけど」 「大丈夫です。安心してください。今回限りに使えるウルトラCがあります」 「つまり――」 「この学校にいる魔法使い、つまり――全生徒を」 「別次元の存在、つまり――召喚獣を」 「魔法使いの忠実なる部下、つまり――使い魔を」 ダメだ、この組み合わせは答えになっていない……。 「このイスタリカから、卒業させてしまえばいいんです」 恐らくこれが、現状とりうる最適解だ。 「卒業……?」 「そう。卒業だ。生徒の全員に、一旦この国を出てもらう」 「どうやってですか?」 「ん……そりゃまあ、綿密に計画を練るとかして」 「卒業というより、ただのボイコットのような……」 「しかも、この国ごと壊すなんて……クーデターに近いよ」 「それって……この場所が消えてしまうからですか?」 「どっちも、だよ」 思い出してほしいと、皆に言う。 「イスタリカはもう極限にまで弱っているんだ。それでも、今こうして無事なのはなぜか」 「この学校の生徒――要するに俺たちから、魔力を吸い上げてるからって話だっただろう」 話の終着点が見えてそれぞれの顔がはっとするのを、たたみかけるように結論を述べる。 「つまりこの国にいる生徒の絶対数を減らせば、結果としてこの土地もまた弱るんだ」 そして生徒をニンゲン界に下ろすということは、取りも直さず安全確保という意味合いもある。 この作戦のキモは、生徒たちを隔離しながらイスタリカに交渉を迫れる一挙両得の点にある。 「徐々に、と言ったのは、このペースを緩めることはいくらでも可能だから」 毎分1人でもいい。全員から平等に吸収しているのなら、着実にその影響は土地にも及ぶ。 「机上の空論ではあるけど――実質的なリスクは何もない」 もし想像通りに事が運ばなかったとしても、俺たちが謝るくらいで済むだろう。 そしたらまた次の作戦を考えればいいだけだ。 それに当然、決行日までに代替案が思い浮かべばそちらにシフトするだけでいい。 「どう、かな?」 国土の崩落という通常ラストに来るところを最初に持ってきてコントロールすることにより、イスタリカの想いという根源的な部分に働きかける。 失敗だった段取りを、そっくり真逆にしたような格好だ。 「……理屈は通ってる」 「ノーリスクだと言うのなら……やってみる価値はあるかもしれない」 「……オリエッタから見て、どう思う?」 「そうね……悪くないんじゃないかしら」 その割には、ずいぶんと物憂げな表情をしている。 「でも律……あのコを悪者みたいに言うのはよしてほしいわ」 「ご、ごめん……そんなつもりじゃなくて」 士気を煽ろうとしただけだったのだけど、確かにそんな感じになってしまった。 「んーでも、いいわ。けっきょく悪いのはあのコなんだもの」 「自分さえ居なければいいなんて考え……叱ってあげなくちゃいけないもんね」 「……そうだな」 そりゃ俺たちだって、詮方ない事情でこうなってしまったのは判っている。 いやむしろ俺とオリエッタのことを気遣ってこうしてくれたのだろうというのは、十分すぎるほど察しがつく。 だけどそれでも……そんなのを認めるわけにはいかない。 「……決まり、ですね」 「イスタリカを救出する……その方法は、生徒たちをこの庭国から逃がすこと」 すれば最終的には泉も枯れて、土地は崩れ、魔法というものが消えてなくなる。 ポイントとしては、国の崩壊に巻き込まれぬよう逃げることか。 「しかし……大丈夫かな。かなりスケールの大きな話になるけど」 「ま、そこらへんは私がなんとかするわよ。一応今だって、私はお姫様だし」 (ていうかボクとしては、失敗した時に叱られそうなのが不安なんだけど……) 「決行はいつごろにしようか」 「そうですね。夏休みに入ってからがいいと思います」 「えー、そんなもたもたしてていいのかしら」 「夏休みになれば、帰省でそもそもの生徒数がけっこう減るだろ?」 「それに授業がなければ、むりやり避難させるのもハードルが低そうだし」 おおよその理由を説明すると、みんなも納得してくれたようだった。 「というわけで、夏休みまでに具体的な段取りを組むんだ」 「頑張りましょ」 「はい……」 「やるなら覚悟を決めないとね」 「今から少しドキドキするよ」 「よし、それでは今日は解散!」 「いやごめん、ちょっと待って」 「偶然ですね。私もまだ聞きたいことがあったんです」 「ん? なんだ」 「なんで夏本っておりんちゃんにばっかり惚れてるの?」 「ぶっ」 「結局、私たちとは遊びだったんですね……」 「人聞き、悪っ!」 「オリエッタのどんなところに惚れたの?」 「先輩まで興味津々にならないでください!」 (……) (でもって、なんでこいつはちょっと照れてんだ……) とにかく――すべきことの目処が立っただけでも上出来だ。 (せっかく、あいつの存在に気づいたんだ……) 再び時が巻き戻ってしまわぬうちに、ケリをつけておく必要がある。 「う……」 その時、唐突に頭が痛みだす。 「なによ、これ……」 まるで俺に、考えるのをやめろと言っているよう…… 「あ、あれ……俺たち、何してたんだっけ……」 「わかんない……なんだっけ」 さっきまで何か、必死になっていたような覚えがあるのだが…… 「まあ……忘れるくらいなら大したことじゃないんだろう」 そう思うに越したことはない。 そうして、俺はまたいつもどおりの日常に戻った……。 「……あれ?」 急に、目の前が茫洋と……。 オリエッタが、葉山が、先輩が、諷歌が…… こちらに語りかけているのに、俺はなんにも聞こえない。 病気……? それとも、誰かの……? 判らないけど……波に揺られるような心地のまま、俺は眠りに落ちていった。 (なんだ……どうすればいいんだ) 打つべき手がない……せっかく作戦を思いついたのに、それを次の段階に持っていけない。 「……」 「……」 不安そうに見つめるみんな……俺は、どうしたら…… 「あっ……」 「諷歌……どうした?」 「あれ……私、今なにを……」 「……?」 「あれ……ボクも……なんの話してたのか、忘れちゃった」 「え……なに言ってるんだよ、イスタリカを助けるんだろ」 「イスタリカ……? この国のこと?」 「姫百合先輩まで……」 「オ、オリエッタは……?」 「あのコが……あのコが、なんかしてる……!」 「そんな……うあっ」 脳みそを鷲づかみにされたような感覚―― 何かもを、忘れていく……。 月明かりの照らす中庭を、小石を蹴ったりして歩く。 「……」 律があの“作戦”を提案してから十数日。 私がずっと楽しみにしていた夏休みに突入したものの、気分は依然として浮かない。 「イスタリカ……」 あのコがどんな気持ちで今までやってきたのかと思うと、それに相対するのが怖くなる。 もし私達の目論見どおりに事が進めば、このイスタリカ国ひいてはウィズレー魔法学院も文字通り塵と化すだろう。 太古の昔にあのコが願ったこの楽土を、なにもかも破壊してしまおうと言うのだ。なんて力ずくな方法。 でも、そうでもしないと、あのコはこの地に引きずられて朽ち果ててしまう。 「頑固なところだけは……私にそっくりなんだから」 私だからこそ判る。こうでもしないと、あのコを止めることなんて出来ない。 たとえそれが、あのコの築いてきた数百年を無に帰すことになったとしても。 だから…… (頼んだわよ、律) この仕組みを解き明かして、その場で対策案まで練ってしまった律。 悔しいけど、ちょっとかっこよかった。頼もしく見えた。 「ま、私の使い魔として当然よね」 なんて……割り切れたら良かったんだけど。 (……) どうしても、嫌になる。 私はあいつを騙してるから。 言うべきことを言っていないから。 「ごめんね……律」 だけど本当は、これが正しい道のりだから……。 「よし、みんな集まったな」 作戦執行部――と言っても初期と面子は変わらないので、あまり非日常感は湧かないのだけど。 「にしても……兄さんと葉山先輩って、まだ同じ部屋で生活してるんですか?」 「え?」 「本当は、女の子なのに……」 「あ、あはは……だって、他の人はまだ気づいてないし」 (……) 年頃のおなごと相部屋生活。 こんな状況を自ら破棄するなんてありえなかった。 「……」 (あれ……?) なんでオリエッタまでこちらを睨んでくるんだろう……。 「ともかくっ! これより我々は練りに練り上げた一大プラン“真夏の旋律”作戦を決行する!」 「あの作戦名はいつ決めたんです?」 「そこに候補のメモ書きが落ちてあったよ」 「ではこれより、我々の計画の全貌をおさらいしよう」 今やこの土地の原動力と化しているこの学院の生徒たちを、影響力のないニンゲン界へと旅立たせるのだ! と言っても、やることは簡単。 大層なお題目を掲げてはいるが、実際にやることは生徒たちを飛行艇に乗せていくだけだ。 落ち着いてやれば何も難しいことはない。 「そして、一方の俺とオリエッタがイスタリカに説得を迫る……」 イスタリカが素直に姿を現すかは判らないものの、土地が崩れだせば流石に黙っていないだろう。 「各々、よろしいね?」 みんなが頷いた。 俺たちは今回の作戦に及ぶ理由を生徒たちに説明していない。 いきなりイスタリカがどうこうなどと言われても信用できないだろうし、全生徒に説明するのも骨が折れるからだ。 「総員、根回しは抜かりないな?」 「ばっちり……だと思うわ」 「微妙に不安だな」 「大丈夫、私も保証するよ」 「そうですか、よかったです」 ではどのようにして首尾をつけるのかというと、この2人の求心力を利用するのである。 名目上でも姫として敬われているオリエッタと、抜群の信頼性を持つ姫百合先輩にタッグを組んでもらい、要点だけを皆に伝えてもらった。 「飛行艇の問題もあるから、第一陣から第十陣にまで分ける。これもOKだね?」 「みんな、とりあえず自室に待機してもらっているよ」 夏休みも中盤となり、帰省などの理由で寮内の人口も大きく減った。 ただそれでもまだ数百人もの生徒が残っているため、俺たちの仕事は彼女らを順々に上陸させることにある。 「そして、この動きに勘づいた先生たちを食い止めるのが葉山……おまえの役目だ」 「うん、わかった」 葉山には彼女の持つ魔法を使って、止めにくる教師たちを絶対服従の命令に下してもらう。 「兄さん、召喚獣達はどうしましょう」 「あ……」 早計だった……魔法の影響を受けているのは、魔法使いである俺達だけではない。 間違ってこの世界に引き寄せられてしまった生き物たちもいることを。 「すまん、諷歌……すっかり、失念していたよ。今更だけど、どうしたら……」 「な〜んて大丈夫ですよ、心配しなくても。実はもう、ちゃんと目処が立ってますから」 「そうなのか!?」 「はい。あの子達は、元の世界へ帰る為のエネルギーが回復するまで、姫百合先輩のご実家の私有地で暮らすよう既に手配済みです」 「そのエネルギーって、魔法じゃないのか?」 「元々、別次元に生きている子達ですからね。魔法が消えても関係ないそうです」 つまり、魔法使いは、魔法の力で別次元の存在を召喚し、認識し、言語を交わしていたのか。 「今ここに生きている子達は、諷歌がしっかりお世話をした甲斐もあって大人しいし、しっかりしてる」 「彼らを見ることはできなくなるけど、うちの私有地内で暮らしてるなら互いへの危害もないし、それに――」 「魔法がなくなれば、もう誰も召喚されずに済むでしょうから」 「諷歌……」 「まったく……兄さんってば、相変わらず他のことをおざなりにし過ぎなんですから」 「ふふっ。だから、すぐ協力してくれたんだよね、諷歌は」 「別に兄さんの為じゃありませんからっ」 「諷歌、姫百合先輩……本当にありがとう!」 「まだ終わったわけじゃないよ。これから、みんなで頑張ろう」 「そうですね。全員で頑張りましょう!」 そう言うと誰からともなく、全員が一箇所に集まった。 「私は……イスタリカを助けたい。あのコを放っておいたまま、のうのうと生きてくなんて出来っこないし」 「私はそれもあるけど……いつまでも何も知らないままというのは、寝覚めが悪い」 「こういうのは必ずどこかで、終わらせる必要があると思うんだよね」 「こうすることで今後、私のような人が生まれないっていうんなら……」 「俺は……昔の、いつか失敗した時の、リベンジだ。今度こそ、全部うまくやってみせる」 自分を犠牲にして俺たちを救おうなんて的外れなこと考えてる、イスタリカの目を覚まさせてやるためにも―― それぞれの決意を表明し、それが互いに相違ないものと認め合う。 いま俺たちの心はひとつとなって、揺るぎない勇気と自信をくれる。 「……そろそろ時間ね」 「ああ、第一陣の人に来てもらおう」 そして―― 「うん……大丈夫だね」 何事もなく、第一陣の十数人を旅立たせることに成功した。 「意外とみなさん、夏休みでヒマしてるみたいですね」 「用事のある人はまだ部屋に残ってもらっているよ。そこまでの無理強いは出来ないしね」 この作戦上、大多数の人間を下ろせば内部は十分ガタガタになる。 そこまできっちり全員を……としなくても大丈夫なのだ。 「それで、これでうまくいってるの?」 「それはまだ……判らん」 こうして生徒たちを減らしていくことで、果たして本当にこの土地に影響がでるのか。 第一陣程度では、まだその効力は読めない。 ちなみに、俺の読みが正しいと確信できたと同時にイスタリカのもとへ向かう手はずとなっている。 「でも、たぶん大丈夫……のはずだ」 「もう。しっかりしてよね」 「飛行艇が戻ってきました」 通常は一日数回の運航である飛行艇も、今日は何往復ものスピード進行をしてもらっている。 「よし。じゃあ次の人たちを呼んできてくれ」 「はーい」 「ん? ずいぶん早い……ってうわっ、シャロン!」 「呼ばれて飛び出てあなたのシャロン・デュカスでげす」 「呼んでないんですが……」 「どうして、ここに?」 「ここはあちしのベストオブひなたぼっこプレイスっすからね。今日も日差しが心地いいっす」 「それで……いったい何をしようとしてたっす?」 シャロンはいつもの卑屈そうな目で、俺たちの面々を見回す。 みんな揃ってどこ吹く風とそっぽを向いたのが怪しかったのか、彼女の追求は続く。 「がん首そろえて悪巧みっすか? アッシも混ぜてほしいっす」 「わ、悪巧みなんかじゃありませんよ……」 「教師に無断で大量の生徒を飛行艇に乗せておいて、よく言うです」 「知ってんじゃねえか」 「でもアッシもメイドながらイチ教師として、そんな生徒の勝手を認めるわけにはいかねえです。さあおとなしく部屋に戻るっす」 「……すまない、シャロン。今回に限ってそれは無理だ」 「なぜっす? 品行方正なひめりー様らしくねえっすよ」 「それは……」 「シャロン。アンタは何も言わずに引き下がって」 「いつになく乱暴っすね、姫様」 「説明すれば、そこを退いてくれるのかしら?」 「んー、無理っすね」 「ご主人サマを起こそうなんて不逞な輩を、見逃すワケにはいかねえっすから」 そのセリフを理解するのに、俺は数秒もの時を要した。 恐らく、俺に連なっていたみんなも同じだったに違いない。 「シャロン……それ、なんで」 「ああ、少しばかり訂正するっす。今のあちしは別に先生でもなんでもないっすね」 「教師でもなく、メイドでもなく、ただご主人サマの使い魔として……皆さんは認められねえんすよ」 「シャロン……」 シャロン――そしてランディにメアリー先生は、イスタリカに使える忠実な僕である。 そこまで判っておきながら、彼らがこうして妨害をしにくるとは読めなかった。 いや、そもそも…… 「シャロン、知ってて……」 「いや、それは違うっすね。皆さんが不穏な動きをしているから、それにアッシらの警戒信号が鳴ったというところでげしょうか」 それで俺たちが何をしようとしているか判ったということは、ある程度の……いやもしかしたら総ての、記憶を取り戻したと見るべきだろう。 それにシャロンの来襲は不測の事態ではあるが、捉えようによってはいい幸先とも言えるのではないか。 「つまり……俺たちのやってることは、間違ってなかったってことか」 イスタリカの使い魔として――シャロンが動かねばならないほどの事態。 それはつまり今の俺たちの行動が、イスタリカ本人にまで届くほどの所業であると証明されたようなもの。 「間違ってるっすよ? だから止めるんす」 「待ってよシャロン。私たちの考えを聞けば、アンタだって……」 「なんとなく判るっすよ? 察するに、ご主人サマを助けたいとか考えてるんすよね?」 「そ、そう……アンタだって、イスタリカに会いたいでしょ!?」 「でも駄目っす。今、ご主人サマは就寝中っすから」 就寝中……それは、この世界において彼女が活動していないことの比喩なのか。 「勝手に起こすのは、メッ! っす」 「でも……このままだとあのコがどうなるか判ってるの!?」 「判ってるっすよ。判ってますけど……それを言うなら、いちばん判ってるのはご主人サマ本人っす」 「その上で、助かりたいなんてご主人サマが一言も口にしていない以上……アッシらはそれに従うしかねえんです」 「シャロン……!」 「さて。前置きが長くなったっすけど、そういうわけなんで引いてもらえねえっすかね?」 「シャロンさん……」 「そんなの……駄目だ。これで正しいと判った以上……俺たちだって後には引けない」 「今ならチクらない上に後処理もこっちでやりますし、アッシとっておきのお茶漬けをごちそうするっすよ?」 「魅力的だけど……飲めない」 「はあ……じゃあ仕方ねえっすね。この飛行艇でも爆破しときますか」 「――ッ」 「こんな風に」 「なっ……」 「残念っしたね。今の律殿には、相手する価値もねえんすよ」 そんな…… いったい、何が足りなかったっていうんだ……。 「なんて。冗談っす。やってやれないことはないんすけど、こういうのはアッシの趣味じゃないっすから」 「ゲームをするっす」 「……ゲーム?」 「ゲームと言っちまうとアレなんで、勝負とでもしときやすか。この場を懸けての真剣勝負っすよ」 突然の提案に俺たち一同は戸惑うばかり。 もともと食えないシャロンの態度が、ますますとらえどころのないものになる。 「アッシが勝てば皆さんには考えなおしてもらう。いや、金輪際こんなことはやめていただく」 「その代わり、皆さんが勝てばアッシはこの場を譲りやしょう。そして皆さんは次のステージに進むっす」 「次のステージ?」 「そうっす。そんなことにはならんでしょうけど、一応ランディが待ち構えてるっす」 「いやいや……ここの進退を決めるのに勝負するのはいいとしても、その次に付き合う義理はない」 「それはこっちのセリフっすね。あちしは別に、この場で皆さんを皆殺しにしてもいいんすよ?」 到底似合わぬ発言に、空気が凍る。 しかしその冷ややかな眼光を覗くと、一笑に付すことは出来なかった。 「まあそこまで物騒な手段は取らないにしても、無人の飛行艇を破壊するくらいなら別に犠牲者も出ないっすからね」 たしかにそれは、シャロンほどの魔法使いならば優に可能なことなのだろうが……。 「義理を働いてやってるのはアッシらってことっす。なのでこれはひとまとまりのルールとして、飲んでいただくしかないっすね」 「そんなの勝手すぎます!」 「どうしても聞かないなら、他の先生達みたいにボクの魔法で――」 「……やめるっす。アッシが何の為に、わざわざこんなことを言ってるのか、多少は理解してくれませんか」 シャロンの声から、いつものひょうきんなトーンがなくなっている。 その鋭く厳しい視線は『正攻法で来なければ後悔するのはお前達だ』と暗示しているようにも見えた。 「……」 反応を窺うようにみんなの顔を見る。 だけどその目は揃ってこう言っていた。俺が決めろと。 「……判った。その条件を飲もう」 ここまで計画の内容を築いて進めてきたのは俺だ。 それに障害があるのなら、それをどう突破するかも俺に求められている指針だろう。 「マジっすか? いやーいいっすね、さすが律殿は話が判る」 こいつの飄々とした態度を見ていると、こんなに真剣に応対してていいものかとも思う。 「あと少しで、乱暴なことをしなくちゃいけないところだったっすよ」 「……」 怖い……はっきりとそう思う。 浮遊したような素振りもそうだが、こいつをここまで突き動かしている想いの大きさに。 「それで……具体的には、どうするの?」 (ルールを聞いてから受ければよかったかな……) 「そうっすね……せっかくなんで、アッシの領分でやらせてもらうっすよ」 「うおっ」 「っ……!」 不意に放たれた火炎の塊に、身をのけぞらせて距離をとる。 「今からあちしが精霊を1匹ずつ召喚するっす。なので、皆さんはそれに打ち勝ってください」 「精霊……」 参ったな……俺じゃ、シャロンに対抗できるほどの魔法は使えない。 「でもってルールをもうひとつ。この対戦は、1対1に限らせてもらうっす」 「いいわよ――やってやろうじゃない」 「なんのつもりっすか?」 「1対1なんでしょ? 私が相手してやるって言ってんの」 「やめとけっす。無駄っすから」 「そんなのやってみないと……」 「判ってるでやんしょ? 姫様なんかじゃ、どうあがいてもアッシには勝てんす」 「オリエッタじゃ駄目……?」 馬鹿な。それならなおさら、多勢をしてかかるしかないではないか。 「別に遊んでやってもいいんすけどね。疲れるのもだるいし、姫様をいじめるのもなんなので」 「これは親切心からの忠告っすよ? アッシなんて本来、時間さえ稼げばいいんすから」 「あ、いけないっす。余計なことまで喋っちゃったっす〜」 こいつ、どこまで本気なんだ。 「ヒントはここまで。それじゃ、選出はそちらに任せるっす」 「……」 オリエッタでは及ばない。 そんな相手に肉迫しうる、俺たちの仲間って……? 「……え?」 俺が諷歌をじっと見つめると、驚きと怯えがその目に浮かんだ。 「出てくれるか、諷歌」 「私が……ですか?」 「ああ」 ゲームの種目はすでに聞かされている。 精霊……そのフィールドにおいてなら、諷歌はきっとオリエッタをも上回る。 「私も、諷歌しかいないと思う」 「先輩……」 「もちろん危険な目には遭って欲しくない。けど、この中で勝ちの目があるとしたら、諷歌。君だけだ」 「……」 「決まったっすか?」 「諷歌……」 「……はい。私が行きます」 諷歌が一歩、前へ出る。 揺れているのか定まっているのか、その心のうちは知れないが、俺は諷歌を信じている。 「じゃ、まずは始める前に言っとくっすけど……」 「真剣勝負と言った以上は――私も、本気で行かせてもらいますから」 「っ……」 「なんちゃって、っす」 信じられないことだが、身震いした。 風さえ凪いだ沈黙のなか、俺の後じさる砂音だけが辺りに響く。 そしてようやく冷静さを取り戻すと、シャロンの手元にある物に気づいた。 (あれは……カード?) 「夏本の持ってるのと、同じ……」 だけどどちらかと言えば、あちらのほうがオリジナルで年季が古い。 なぜならもともとクロノカードは、イスタリカにより生み出された彼女らのための物なのだから。 「まだバトルは始まってねえっす。今の装備で大丈夫っすか?」 トランプのようにクロノカードをスプリングさせ、その場に立ちつくすシャロン。 今のままで……今のままで、いいのか? 「これでも持ってけ、諷歌」 「悪いですけど兄さん……それは、役に立たないと思います」 「そうか……じゃあ」 「諷歌っ!」 「なんですか?」 シャロンに対抗する術――それはいくらあってもいい。 だったら俺もまた自分の持てるこの武器を、妹に託すべきだろう。 (いや、でも、待て) このままカードを手渡しして、それは諷歌に使えるのかな? 「……?」 違う……今このカードは関係ない。 (そうだ……) シャロンしかり、ランディしかり、メアリー先生しかり、そして俺しかり。 このクロノカードってやつは、使い魔でないと使えないんだ。 だったら―― 「オリエッタ!」 「はい?」 「諷歌も!」 「だから、なんですか?」 「落ち着いて聞いてくれ」 「どっちかっていうと、兄さんが落ち着くべきかと」 「諷歌……おまえは」 「オリエッタの、使い魔になれ」 「……はい?」 「……はい?」 「……はい?」 その突拍子もなさすぎる提案に、2人そろって間の抜けた声をだす。 「……」 「意味がわかりませんが……使い魔ってそれ、今の兄さんでしょう?」 「そうだ。諷歌には、今の俺の立場になってもらいたい」 「そんなの急に、どうして……」 「……クロノカードね」 「そう。これを持っていれば必ず、諷歌の助けになる」 そう言って、俺は諷歌に手持ちのカードを総て渡した。 「こ、これ……」 「後で返してくれればいい。でもそれを使うには、オリエッタと契約を交わさなきゃいけないんだ」 「そんな、いきなり言われても……」 「時間がないんだ。頼む」 シャロンも時間稼ぎなどと不穏当なことを言っている。 事実として俺たちには、イスタリカからの干渉という絶対に避けなくてはならない脅威がある。 「あと、もうひとつ重要なことがあるわね」 「何かあったっけ」 「使い魔は使い魔を持てないのよ」 「あっ……」 「……」 つまり、諷歌とアルパカさんの関係が……。 「……」 「でも」 「儀式は必要ないし、事が済めば解約する。契約を結んでいる間も、勝手なことはしないって約束する」 「おりんちゃん……」 俺の言葉より、オリエッタの真剣な様子に心打たれた様子の諷歌。 しばしの黙考ののち、すっきりとした顔でオリエッタを見た。 「判りました……契約を結んでください」 「自分から言い出しておいてなんだけど……本当にいいの?」 「ええ……アルパカさんが使い魔でなくなっても、友達であることに変わりはありません」 「うん。お願い、ふーこ。一緒に頑張ろう?」 使い魔と一口に言っても、完全に主従の関係が定着するわけじゃない。 オリエッタだって、一切そんなことは望んじゃいないはず。 「これで……いいんですか?」 「うん……大丈夫」 だからこれは、共に戦い抜くための誓い。 たとえ少し離れていたって、見えない何かで繋がっているということ。 「おりんちゃん……」 「そんな顔しないの。ふーこは勝てるよ、頑張って」 「……はい」 「頼りにしてるよ、諷歌」 「先輩に言われると……照れちゃいます」 「ボクも……諷歌ちゃんのことを信じてるから」 「ありがとうございます、葉山先輩……」 「兄さんも、見ていてくださいね」 「……おう!」 これでもう、俺たちに出来ることは何もない。 ただそこにいる諷歌にはもう、かつての弱々しい面影はまったく残っていなかった。 「行きましょう、アルパカさん」 「……」 ――行ってきます。 そう言い残してからは、一度も後ろを振り向かなかった。 「ずいぶんと長かったっすね」 いつになく真剣な表情をしているシャロン先生と、数メートルばかりの距離をとって対峙する。 背後では兄さんが、おりんちゃんが、葉山先輩が、姫百合先輩が…… 私のことを、見ているんだ。 だから絶対に――負けられない。 「ちょっと、身だしなみを整えてました」 「なるほど。お洒落なアクセサリーっすね」 そう言って、彼女は私の手元にあるクロノカードへ流眄をくれる。 「ルールは、先ほどのもので総てですか?」 「総てっす。とにかくアッシに勝てばいいんす。アッシを負かせばいいんすよ」 「ただ、不勉強な生徒には……少々きついかもしれねえっすけどね」 「……」 目と目が合う。 お互いに一言も発していないが、それが開始の合図なのだと肌で感じた。 兄さんも先輩も、今だけは意識の外において――ただ迫りくる相手に対して、総ての想いを集中させる。 「諷歌っ!」 決着と同時に倒れ込んだ諷歌へと駆け寄る。 「大丈夫か、諷歌……?」 「先輩……っ、兄さん……っ」 「大丈夫です……まあ、多少、疲れましたけど」 力なくぐったりとしている諷歌を左腕に抱える。 「それと、カード……ありがとうございました。お返しします」 「ふーこ……怪我とかない?」 「平気です……それより、アルパカさんは」 「ああ、ここにいるよ」 目の前にいるじゃないかと、諷歌の眼前を指さす。 「……」 「え……?」 「すみません、もっかい言ってください……」 アルパカさんと話す諷歌。 いつものことだけど…… 「そうですか。やっぱり……」 「どうしたの?」 「聞こえなくなってしまいました。アルパカさんの、声が」 「そんな……」 「魔力を使い果たしたのかもしれないわね……」 「諷歌、しっかり……!」 「いいんです、兄さん」 必死に訴えようとする俺を、諷歌は悟りきったような笑みで諌める。 「言ったじゃないですか……私はもう、こんなところで転ばないって」 「アルパカさんとおしゃべり出来なくなるのは、寂しいですけど」 「いつかは必ず来ることですし……最後くらい、かっこいい私で居させてください」 諷歌……。 「待ってね、ふーこ。今、助けるから……」 「やめて、おりんちゃん。これから先、何があるか判らないんですから……私なんかに余計な力を使わないで」 「ふーこ……」 「あー。悪いんすけど、あんまり勝利に浸ってる時間もねえと思うっすよ?」 「シャロン」 見た感じピンピンしているかと思ったが、どうにも歩き方が不自然だ。 魔力なり体力なりを大きく消費して、さしもの彼女もダメージを負っているのだろう。 「さっきも言ったとおり、アッシとの勝負に勝っただけではご主人サマへはお通しできねえっす」 「次はたしか……」 「……ランドルフさん」 ランディ――彼は何を想って、俺たちの前に立ちふさがるというのだろう。 「ランディは図書館で待っているから、急ぐっすよ。ふーこ様の面倒はアッシが見ます」 「……信用していいのね?」 「もちろん。アッシは敗者なんすからね」 まあ確かに、こんな勝負を持ちかけてきた以上はフェアにやりたいという心づもりがあるのだろう。 それに元々、シャロンが敵なんていう状況のほうがおかしかったわけで……。 「じゃあ、諷歌を頼んだ。それと、俺たちの邪魔はしないでもらう」 「了解っす。それじゃふーこ様、ここじゃ邪魔になるので別のところに案内するっす」 そう言って、シャロンは諷歌をおぶる。 「次も恐らく、メンバーの選出を迫られるはずっす。今のうちに考えておくといいかもっすね」 「それじゃ……ご武運をお祈りしているっすよ」 「……」 嘘か本音か判らぬ声音でそう言い残し、シャロンは諷歌とともに去っていった。 「……行こう」 「シャロン……何のつもりだったのかしら」 「その気になればそれこそ、もっとえげつないことだって出来たもんね……」 そこに何か奸計が隠されている可能性を否定はできないが、そんなことまで疑い出したらキリがない。 それに俺たちだって……今まで気やすく接してきたシャロンに、そこまでの疑心を向けたくなかった。 「判らないけど、今はとにかく先に進もう」 シャロンの口車に乗せられるのもなんだが、此度の戦いが必ずしもマイナスであったかというとそうではない。 だからもしかしたら、これは妨害などではなくチャンスとも取れる。 より早く、イスタリカのもとへ辿りつくための。 「待って。私たち全員で行くの?」 「いけませんか?」 何が待ち受けているかは知らないが、シャロンの言葉を信じるなら次の対戦も1対1になるという。 だったら出来る限り選択肢の幅を増やしておくため、諷歌以外の俺たちは一丸になって臨むべきだろう。 「本来の目的を見失っているよ。私たちがいなくなったら、誰がこの作戦を遂行するの?」 「あ……」 シャロンに気を取られすぎて忘れていた。 俺たちはまだ第一陣を送り出したのみで、まだ二〜十の生徒たちが後に控えているのだった。 「誰か残る?」 「でも、誰が?」 「むう……」 ただ、先のことを考えるとやはり魔法の使えない俺が一番…… 「ねえ、アンタたち」 「J子じゃない。どうしたの?」 「なんか知らないけど、寮のほうで生徒たちがアンタらを待ってたわよ」 第二陣の時間だ……。 (……どうする?) 誰をここに残す? 「ミスター夏本、なんでこっちをジロジロ……」 「申し訳ないけど……これしかないか」 「じゃ、一応伝えたから私はこれで……」 「いや、待って下さい。ジャネット先生」 「何かあるの?」 「葉山」 「ん?」 「頼む。やってくれ」 「へっ?」 「ランディに挑むなら、俺たち1人でも欠けてちゃダメなんだよっ」 「それってその、もしかして……」 「ちょっと、なんの話よ」 「時間がないんだぞ!」 「う〜……ごめんなさい、ジャネット先生!」 「これこれこういう事情なので、ボクらに代わって生徒たちを先導してあげてください!」 葉山の“命令”! 「え? あー……」 「……了解」 「よし」 (ぜったい叱られる……) なんの疑問も持たずにジャネット先生が寮の方へ戻っていくと、俺たちにもいよいよ退路はなくなる。 「図書館……だったね」 「そうです」 「でもいいのかな……そんなに悠長なことしてて」 「時間がないっていうのは……たぶんホントだと思うけど」 「……」 確かにここで、バカ正直にシャロンとランディの挑戦を受ける必要はない。 今はシャロンもいないのだし、約束をブッチぎってイスタリカの元へと急いだほうがいいのではないか? 「律に決めてほしいな」 「なにせ、今回の首謀者だしね」 「そっか、夏本が首謀者ならボクは微罪で……」 「みんな共犯ですよ」 にしても、さて。 どこへ向かう……? 「温室へ行こう……今はランディに構ってる場合じゃない」 あそこに行けば、イスタリカ像がある。彼女に接近するほうが優先だ。 「ここに……あれ」 「無い……?」 確かにここにあったはずの石像が……綺麗さっぱり無くなっている。 「どうなってんだ……?」 ステルス迷彩か何かだろうか。 探究心のおもむくまま、俺は石像のあった位置に近づく―― 「――消えろ」 「え――?」 「――律っ!」 「――がっ」 強烈な一撃をもらって、俺は2人の足元まで吹き飛ばされる。 そして的が重なるのを待っていたかのように、初撃を超える連打が放たれて―― 「――」 俺たちは為す術ないまま、その場に倒れ伏すのだった……。 「やっぱり、無視できない。図書館へ行こう」 「オーケー」 「理由を聞いてもいい?」 「うん……やっぱり、さっきシャロンが手加減してくれたっていうのもあるし」 シャロンとの対戦で、間接的にだが俺たちは様々な情報を手に入れた。 ゆえに多少の時間を犠牲にしてでも、ランディの思惑は聞いておきたい。 なんのかんの言っても、イスタリカに最も近しいのはあの3人なのだから。 「それに、もしかしたら……」 「もしかしたら……?」 「いや、なんでもない。ちょっと都合のよすぎる想像だった」 「なによ。気になるわね」 「行き先が決まったなら、急ごうか」 「ああ……諷歌の分まで、私が」 こんなのは作戦上にないイレギュラーだが、上等だ。 元より……素直にうまくいくなんて思っていない。 古くは中世末期、もう思い出すのも億劫なほど風化した時代の西洋で、私たち姉妹が生まれたころの話。 私たちにいつ物心がついたのかは判らない。 だけど思いつく限り、大人たちに面罵されたのを慰めあったことが、私たち二人の原初の記憶だった気がする。 私がそうなのだから、多分あのコもそうだと思うのだけれど。 とかく私たちは自我の芽生えたすぐそばから、口汚く罵られることに慣れていた。 大きい人。知らない人。判らない言葉を使う人。 罵詈雑言の雨だった。 家に入れば打たれないけど、ごおごおと響く音はやまない。 普通の人は雨が嫌なら傘をさす。 でも私たちには、もっと効率のいいことができた。 雨雲を吹き飛ばしたり、雨粒を跳ね返してみたり。 でもそれは、普通の人にはできないことだったから……私たちを貫く雨は、いっそうその激しさを増した。 これは後で知ったことだけど、当時はそんな状況がそこかしこで取り巻いていたらしい。 あの家の娘が。この村の老婆が。となり町の貴婦人が。 魔女だ。  魔女だ。   魔女だ。 私たちの場合は“本物”だったけど、多くの場合はなんの根拠もなくやり玉に挙げられていたらしい。 ひどい場合は、男性でさえ。 かといって、“本物”で良かった……なんて、そんなことを思える余裕は当然なくて。 私たちが成長し、言葉の雨がより刺さるにつれて、私たちに宿る力はますますその強大さを増した。 幸か不幸か、私たちに与えられた力は当時のムードを差し引いても規格外としか呼べないものだった。 それに当時は双子というだけで、魔的な信仰を抱くような者が多かったような時代だ。 本人でさえ持て余していたその魔力は、知らぬ人にしてみれば日に日に膨らむ爆弾のようなものだったろう。 そしてある日――いつ炸裂するかもしれぬ危険物を前に、民衆たちによる迫害は頂点に達した。 鉛のような暗雲が立ち込め、酸のように冷たい雨が降り注いでいたのを覚えている。 殺せ。  殺せ。   殺せ。 襲い来る暴力。私たち二人は、命からがら逃げ出した。 それでも、体力に劣る私たちでは彼らに抵抗しえなくて…… 私はその時、死を覚悟した。 こんな体質に生まれてしまった自分を呪うしかないんだって、思った。 でもあのコは……違った。 ささやかな力を振り絞って、あのコは大人たちにもひるまず立ち向かった。 あのコは私と違って自衛心が強いのかと思っていたけど、あれはきっとそういうわけじゃなかったのだろう。 今になって……あのコと似たような立場になって、初めて判った。 あれは……自分だけじゃなく、私を護ろうとしてくれたんだと。 怯えて、震えて、何も出来ない私に代わって、あのコは戦ってくれた。 だけど、その代償は小さくなかった。 いくら魔法が強力でも――いや強力すぎたがゆえに、操縦が未熟だった彼女は限界を大きく超えることになる。 彼女はもともと、時間軸に干渉する術に長けていた。 それが仇となったのか、なんらかの休止措置が働いたのか、彼女は自らの身体だけをその檻の中に閉ざし込んだ。 永久の眠りについた彼女。もう、彼女には頼れない。 だったら、どうするの? また、仕方のないことなんだと諦めて、むざむざと命を明け渡すの? こんなになるまで、彼女が戦ってくれたというのに……? そんな選択はありえなかった。 彼女が行動不能に陥ったことをきっかけに、私の中にひしめく不条理への反感が堰を切って溢れだした。 魔法が使えるから――危険かもしれないから――だからといって、なぜ命まで差し出す必要があるのだろう。 魔女狩り――そんな題目さえ掲げていれば、どんな蛮行も認められるこの世の中が、果たして正しいと言えるのだろうか。 幼い私がそこまで深く考えていたのかは判らない。 だけど、無秩序な暴力の結果あのコが半死半生の目に遭ったのを見て、こらえきれない憤激を抱いたのは事実。 このままではいけない――漠然とでもそう想うことが出来たのが、私にとっての第一歩だった。 この世界は間違っている。 力なく昏睡した彼女を抱いて、私は何よりも強くそう想った。 そしてその日、私はこの世界と決別したのだ。 逃れなければならない。もうこれ以上は追われぬよう。 降りしきる豪雨の中、私たちはぬかるんだ泥濘をがむしゃらに駆け抜けた。 どういう経路を辿ったのか、私はとうに覚えていないが、行き着いた洞穴の入り口だけは今もはっきりと思い出せる。 先などまったく見えない無明の大穴。地の獄へでも誘われそうな、ただひたすらに続く暗黒。 普段なら足を翻して二度と近寄らぬところだが、その時の私たちにとっては絶好とも言えるスポットだった。 ここなら……誰もいない。 私たちを誹る者も、咎める者も、貶める者も。 そう確信し、奥へ奥へと進んでいく私たち。 一歩一歩を踏みしめるたび、湿潤とした大気が冷ややかに私たち二人を包んだ。 音も聞こえず、光も見えず、時さえ冴え凍ってしまったかの如き隘路を抜けると、行き止まったのは幻想のような大広間だった。 炯々とした燐光を灯し、爛々と照り輝いて、得体の知れない螢火のような何かが辺り一面を飛び回る。 それらの描く無規則な光線がまるで、私たちを出迎える祝祭のように思えた。 そこには全く……不気味なくらいに人の気配というものが無かった。訪れた痕跡さえも。 やっと見つけたんだ…… 私たちは、居場所を。 事実、その場所は私たちを求めていたのだ。 正確に言えば私たちでなくとも、そこに居座ることのできる人間……いや、魔法使いを。 光彩の豊かさは目映いばかりのものだったけれど、それに照らされた巌穴はあまりに貧相と言うほかなかった。 大きく穿たれたすり鉢状の凹地には不釣り合いな、僅かの清水が碧々と光を揺らめかせて、かすかにその底部を湿らすのみ。 可哀想。確かにそう思ったのを覚えている。 枯れている。渇いている。助けてあげなくちゃ。 底に貯まったなけなしの湧水が、私たちの内から流れ出すそれと同じであると気づいたとき、私はその泉に溶けた。 そこには一人しか入れなかったし、意識のないあのコを勝手にするのも抵抗があって、そうなったのは私だけだった。 すると全身がその地に共鳴して、止めどない湧き水が四方八方から滾々と流れ出てくる。 たちまちその水位は数倍にも膨れ上がり、すっからかんだった大穴は潤沢な泉水で溢れんばかりとなった。 その時その瞬間が、今の私を形成した生誕の刻で…… 同時に、この果てしない宿命を背負った旅立ちの日でもあった。 霊水の湧出が落ち着くと、今度は土地そのものが轟々と音を立てて揺れた。 それが長く続いた後、私は不安になって一度その洞窟を抜け出てみた。 一本道だから迷うことはなく、すぐに入り口から差し込む光が見えた。 しかしそこに辿りついて私が目にしたものは、どしゃぶりの闇天やどろどろの草原などではなく―― ――ただ広大無辺に伸びる、一点の穢れもない蒼穹だった。 図書館に入ると、その閑散とした気配に不気味さを感じた。 普段は最低でも必ず1、2人はテーブルについている部屋だというに、今は制服姿はひとつとして見えない。 「人払いをしておいたよ」 そんな中で、ここの主である司書はいつもと同じくカウンターに佇んでいた。 「ランドルフさん……」 「シャロンから話は聞いているんだろう? まあ、そう堅くなるなよ」 ゆっくりと立ち上がって俺たちの前まで歩いてくる。 「何をするんだ?」 「おいおい、せっかちだなあ……早すぎるのは男にもウケが悪いぞ」 「男のウケなんかいらないよ……」 ランディの様子は普段とほとんど変わりない。 ならどうして、俺たちを阻むような真似をするんだろう。 「時間稼ぎ……ってやつ?」 「シャロンのやつ、そんなことまで言ったのか……ずいぶんサービス旺盛だな」 ホームドラマのように大仰な仕草で額を押さえると、ランディは手近にあった椅子に腰掛けた。 「まずは形式を説明しよう。恐らくシャロンもそうだったろうが、基本としては1対1だ」 ゆえに、俺たちは要員の選出を求められる。そこまでは同じ。 「だが、肝心となる種目が違う。それを今から説明しよう」 「私が君たちに挑戦するのは――しりとり」 「しりとり……」 ゲームでよかった。題目を聞いて少し安心する。 これがガチの殴り合いなんかだと、勝ち目がありそうには思えなかったから。 「それじゃあ、始めようか」 「え、ええ?」 「冗談だ。さすがにルールくらいは説明する」 憎いくらい美しく笑うと、ランディは胸元からカードデックを取り出した。 「カード……」 「たとえば、私がまずこのように出題したとする」 「あれは……」 「サラマンダーね」 「そして君たちは、この言葉の語尾を頭につけて言葉を返す」 「ちなみに長音記号が入った場合は、そのひとつ手前の字だ」 「大根サラダ」 「同じ文字で返すのは有効だね。まあ、それもうまくやればだけど」 「それじゃあメンバーを決めてくれ」 「どうする……?」 これじゃあ、本当にただのしりとりだけど……。 「私は?」 「ごめん、今回もオリエッタの出番はない」 むしろ、オリエッタ以外の誰が出るかが重要だ。 「……ボクがいこうか」 「私も、葉山さんが適任だと思う」 「俺も異存ない」 葉山はなかなかの読書家だし、いろいろな言葉を知っていそうだ。 「頑張ってね、トッキー!」 「行け、おまえのボキャブラリーを出し尽くせ」 「あはは……頑張るよ、うん」 種目が単純なしりとりとあって、シャロンの際よりも緊張感はゆるむ。 「決まったようだね」 「ああそれと言い忘れたけど、今回はその自慢のボキャブラリーを制限させてもらう」 「え……?」 「しりとりの返答は、クロノカードでしか認めない」 「……ってことは」 「君たちが大根サラダのカードを持っていない限り、先ほどの返しは使えないということだよ」 ここに来てから一度も口にしていないから、当然そんなのは所持していない。 「ど、どうする……?」 「メンバーの変更は認めない。さっさと使い魔契約でもするんだね」 そんなことも判ってるのか……。 「だけど、私たちはそんなルール聞いてませんでしたよ」 「出題の際、私がカードを出したのを見ていなかったのかな? それに、私は一言も律くんが正解だなんて言ってない」 「それに私も同条件下で戦うのだから、構わないだろ?」 「……ずるいぞ、ランディ」 「君たちが望むなら普通のしりとりでもいいが、まあ軽く1日はかかるだろうね」 「う……」 そんなに長々とやられたら、確実に他の妨害を受けてしまう。 「ただのしりとりなら、田中先生あたりがいい勝負をするだろうな」 「そういうわけで……異論はないかな?」 「……やるしかないんだよね」 「トッキー……いい?」 「うん」 諷歌の時と同じく、オリエッタを主として結ばれる使い魔の契約。 これで葉山も、俺や諷歌と同じくオリエッタの使い魔に…… 「待って、オリエッタ」 「ひめりー?」 「私にも、その契約を結んで欲しい」 「先輩が?」 「これから先、何が起こるか判らない。備えるに越したことはないと思うんだ」 確かに……今でこそこうして相談している余裕があるけど、切羽詰まった状況ならこうはいかない。 「……判った。ひめりーがいいなら」 「……よろしく頼む」 「……オッケー」 「……これでいいの?」 実感が湧いていない様子の葉山。 実際、何が変わるというわけでもないしな。 「じゃあ葉山、これ」 「あ、ありがとう」 クロノカードを渡す。 俺の刻んできた過去は果たして、彼女の役に立ってくれるのか。 「それじゃあ、始めようか。そこに掛けて」 組んだ足の上に両手を組み、挑戦的な視線を投げかけるランディ。 「……判りました」 それに対峙するのは葉山……その手に初めてカードを握り、俺たちに背を向けて椅子に座る。 しりとり――そう銘打たれたカードゲームに、選ばれたのはこのボク。 普通のしりとりならともかく、このルール下では正直あまり自信がない。 でも、やらないと。勝たないと。 数ある過去のうちひとつでボクは、ちゃんと夏本と結ばれていたんだ。 だったらボクがどんなにいい女かを、もう一度、彼に思い知らせてやる必要がある。 (こんな動機は、不純なのかもしれないけど――) 想いで魔法が強くなるというのなら、それにすがるのも吝かじゃない。 「私が試すのは、経験という名の語彙だ」 「君たちが歩んできた歴史――それがどれほどのものなのか」 「繰り返してきた君たちの生に、私が意味を与えてあげよう」 始まる――ランドルフさんのまとう雰囲気が変わった。 「そうそう……今回のしりとりには、時間制限をつけさせてもらうよ」 「……どのくらいですか」 「10秒か、20秒か……長くなりすぎなければなんでもいいが、要するに」 「いちいち全部のカードを確認している暇はないってこと……オーケイ?」 「……判りました」 当然、難易度は遥かに跳ね上がる。できる事なら突っぱねたいルールだ。 でもそれを飲んでこそ、この勝負は成立している。 「まずはしりとりの“り”からだね……」 「リビア」 「リビア……」 そう言って、ランドルフさんは手元のカードを提示する。 (あ、あ、あのカード……) だけど、全部を確認している余裕はない。 この中にあるかな……? 「こ、これで……」 「君の答えるべきは、“ア”で始まる言葉のはずだがな」 う……やっぱりこれじゃダメか。 「これです……影隠迷彩」 「なるほど……なかなか面白いカードを持っているね」 と言っても、夏本のものだけど……。 「であるなら私も、面白いカードで対応させてもらおうかな」 そして、ランドルフさんは新たにカードを取り出す―― 「それは……?」 見たこともないカード……そして、その画を見ても判らない。 「これは夢想幻灯……影隠迷彩と同じく、魔法の一種だよ」 「夢想幻灯……」 どんな魔法なんだろう……そう思っていると、それを見透かしたようにランドルフさんは言い放った。 「記憶を操作する……ね」 「!!」 思わず椅子から落ちそうになる。 そして、背後からも息を飲む音が聞こえた。 (記憶を……って、それは……) その魔法の存在は……夏本の仮説をがっしりと裏付けることになる。 そんなものを、どうしてわざわざ…… 「考えこむのもいいが、早いところ答えを決めるんだね」 「あっ、えーっと……」 ついしりとりのことを忘れてしまった。 次の言葉は、“さ”…… 「そうじゃないだろう」 「えっと……!」 「財布……です」 「フッ素」 間髪入れずの即答……ボクはまたカードをめくる。 (そ……そ……) ない……ない……これも違う。 「残り10秒」 (ええっ!) 仕方ない、今あるカードでなんとかするしか―― 「こ、これでは……」 「当然、ダメだ」 「これです……」 「……私が指定したのは“そ”だったはずだが?」 「即身仏とも、言うでしょう」 “そ”で始まるカードを見つけることが出来なかったゆえの苦肉の策。 でも、ランドルフさんはその答えを受けて笑っていた。 「そうだ、それでいい。少しは頭をひねらないと腐ってしまう」 満足げにうそぶいている様子をみると、どうやらこれでよかったらしい。 「では次だな……唾」 (唾……) 「豆乳……?」 「ソイミルク……なんて、言ったりもするみたいですよ」 「……なるほどね」 “そ”で始まるカードを見つけることが出来なかったゆえの苦肉の策。 でも、ランドルフさんはその答えを受けて笑っていた。 「正解だよ。卒業……なんてカードを出されるより、よほど面白い」 「クローバー」 ソイミルクを受けて、ランドルフ先生の言葉はクローバー。 (ば……ば……) 難しい字で返されてしまった。 懸命に探すも、また見つかりそうもない。 そうこうしているうちに、限りある時間が過ぎていく。 「これじゃ……」 「認めない。別の答えを」 「これでなんとか……!」 「……なんだ、それは」 「番長……です」 「それで……今度はどういう意味なのかな?」 「いわゆる、バッドエンド……です」 ボクなりに必死にやっているのに、ランドルフさんはというと俯いて肩を震わせていた。 「な、なんで笑ってるんですか……」 「ふふっ……なるほどね。それでいいんだよ、葉山君」 「それより、ランドルフさんの返答は……」 「いや、もういい。十分に判った」 「え……?」 そう言うとランドルフ先生は、自らのカードの束を懐にしまい始める…… 「ちょ、ちょっと――」 「いや、もういい。十分に判った」 ひとり納得したふうな表情を見せると、ランディはカードを懐にしまい始める。 「ど、どういうこと……?」 対戦相手であった葉山さえも、意味が判らないと狼狽えている。 「そのままの意味だよ。君たちの実力は十分に判った」 「それに葉山君、君はもう限界だろう」 「え……うああっ」 「トッキー!?」 立ち上がろうとした葉山が、そのまま膝から崩折れた。 「君の魔力の総量は少ない。この程度で消耗し切ってしまうほどにね」 「葉山さん……大丈夫?」 「え、ええ……身体に力が入らないですけど」 「……葉山が戦えないなら、俺が出る。ランディ、逃げるな」 「律君、せっかちもほどほどにしてくれ。別に私はこのまま継続するなんて言っていないぞ」 「そんな……」 まさか、リタイアで……? 「ここまで言っても判らないか。鈍いねえ、君は」 「……?」 「君たちの勝ちだと言ってるんだよ」 「えっ……?」 「私たちの!?」 「君たちの奮闘に敬意を表して……と言ったところかな」 「……」 確かに、勝ちを譲ってくれるのはありがたいけど……やっぱりどこか煮え切らない。 「ランディも……本気で通せんぼする気はなかったんだな」 それに、イスタリカの魔法を教えてくれたりして……。 「そう言うな。私のような男が本気で律君に向かい合っても、嫌がるだろう?」 色目を使われる。 変態だ。 「ともあれ、私は君たちを勝者と認める。おめでとう」 「なんか納得いかないけど……」 「まあ、もらえるものはもらっておこうよ」 今はそんなことに執着している暇はない、か。 「そうだね……君たちの栄光をたたえて、こんなものをあげよう」 「カード……」 「役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。使いようってやつだね」 「よし……それじゃあ、イスタリカのところに向かうわよ」 「いや、待って……その前に、次の相手はどうなってるんですか?」 姫百合先輩が訊ねたのは、ランディ。 「次……というと?」 「最初はシャロンで、次はあなただった。それだけで終わりなんですか?」 「あ……」 シャロン、ランディ、それに続く人物といえばただ1人…… 「いや」 しかし、ランディはその否定も肯定もしなかった。 「確かに私とシャロンは裏で繋がっていたが、彼女に限ってはそうではないよ」 彼女……それが誰のことかなんて、今さらすぎるくらいの愚問だ。 「それってもしかして……」 「俺たちのことを止める気がない……?」 (……いや) 「残念ながら、それは希望的すぎる観測だね」 「むしろ、その逆……私たちと歩調を合わせていられないほどに、彼女は本気だ」 「メアリー……」 シャロンもランディも、真に本気で俺たちを止めようとはしていなかった。 だからこその、決別。付き合ってられないということだろう。 「それで……メアリー先生は、どこに」 「知らない。こちらでも、彼女の動向は掴めていない」 完全な別行動……となると、とてもじゃないが気を抜けない。 「だが、彼女が君たちを放っておくなんてまずありえない。必ずどこかで対峙することになるだろう」 「……」 「しかし、そんなに心配することもない」 「え……?」 「シャロンを乗り越えた君たちなら、私に勝てる。私を乗り越えた君たちなら、きっとメアリーに勝てる」 そして、メアリー先生を乗り越えた先には―― 「そういうわけだ。まあ、心して進むといい」 「ランディ……」 「……夏本」 「ん?」 「ごめん……もうボク、ダメだ」 葉山……。 「うん……ありがとう、おつかれ。すごくかっこよかったぜ」 「あ、あはは……」 (そこは……可愛いって言って欲しかったなあ) 「心配しなくても、私が葉山君に危害を加えることはない。残念なことに女性だしね」 (ボクって、なんなんだろ……) 「それじゃあトッキー……ありがとう。後は私たちに任せて」 「うん、判った……お願いね」 そうだ……諷歌と葉山の想いに応えるためにも、俺たちはこれを成功させねばならない。 「行こう……オリエッタ、姫百合先輩」 「ええ」 「うん」 「メアリーのところに行く?」 「いや……どこにいるか判らないし」 「可能なら、避けて通りたいところだね」 「ええ……」 彼女がシャロンらのルールに則っていないのであれば、それを俺たちが相手取る必要はまるでない。 勝つよりも負けるよりも、戦わないことが一番スムーズ。 だけど…… 「避けて通れるなら、だけど」 「ですね……」 こちらが逃げるのなんて判りきっている。 だからこそメアリー先生も、そうならないように手を打ってくるだろう。 「だからとりあえず今は、先生のことは無視して先に進もう。なるべく急いで」 「イスタリカのところねっ」 そう、つまり―― 「温室……」 温室にあつらえられたイスタリカ像――あれが、今の彼女の本体だ。 いかなる絡繰りか……こともあろうに私は、大空に浮かぶ大地のうえに立っていた。 一歩。そして二歩。いくら足下を踏みしめても、頑丈な感触が返ってくる。 蒼天には劣るものの、それでも雄大な広さを誇る大陸。 さらにそこは見渡す限り、草木の生い茂るばかりで人の子の姿は一人も見えない。 私はその時、直感的に理解した。 この地の存在する意味と、私に課せられた使命を。 この地は、虐げられた人々を助く安寧の楽土。 世界のどこかで今も虐遇に苛まれている数多の魔法使いたちを、この地に招き寄せて保護することこそが私の役目。 今にして思えばあれは、私の希求をこの上ないカタチで実現してくれていたのだ。 私はその後その地を国家として成立させ、様々な人たちの協力を受けて次第に繁栄させていった。 あのコを縛める眠りはいまだ解けず、一方の私も泉と同化したことで不老の肉体を手に入れた。 そうして気の遠くなるような永い間……イスタリカ庭国は魔法使いたちの楽園で在り続け、私も常にその影にいた。 彼らを匿う一方で、私は魔法に関する研究も行なっていた。 それは無論、未解明な謎への探究心もあったが、何よりも目を閉ざしたままのあのコを再び蘇らせるため。 そんなある日、私は初めて彼女と出会った。 たまにはと一人で丘の上まで上り、真白く咲いた飛燕草の隣で読書をしていた時のこと。 にゃあと鳴く声。猫。 つややかな毛並みが、野生とは思えぬほど美しい黒猫だった。 でも彼女は右前脚を怪我していて、たいそう不自然な方向に折れ曲がっていた。 痛々しい。治してあげないと。 私は彼女の手を取って、元通りになるよう治癒の魔法をかけた。 それは造作もないことだったし、私もまたすぐに読書へと没頭したのであるが、お礼のつもりなのか猫はしつこく私を舐めた。 くすぐったくてしょうがないので、気を逸らすべくおやつなんかを恵んであげると、猫はますます私に懐いた。 人間でも魔法使いでもない誰かとの触れ合いが楽しかったのか、そのうち私は足しげくその丘へ通うようになった。 飼い主がいる様子もないので、猫に名前をつけてやると、ごろごろと喉を鳴らしてすり寄ってきた。 飛燕草の傍らに佇んで、黒猫を膝に乗せながら、のんびりと魔導書を読む毎日。 のどかで幸せだったけど、いつまでもこうしてはいられないと思い始めていた頃だった。 そんな折、幾多ある研究施設のひとつで、私はある摩訶不思議な道具を開発した。 事物を記録し、再現できるというそれに、私はクロノカードと名付けた。 泉に溶けて以後この地を離れることの出来なかった私にとって、それは外界を知る一筋の光明となった。 このカードに地上の出来事を登録してもらって、それを私が自ら用いれば擬似的に外の世界を体感できると。 では必然的に問題となるのが、誰に視察をしてもらうか。 魔具を地上に持ち込む以上、信頼のおける者でなくてはならない。 それに……かつて私たちがそうだったように、魔法使いというだけで命の危険に晒されるかもしれないのだ。 いつものように丘で猫とひなたぼっこをしている時、私は唐突に閃いた。 彼女に、その役を務めてもらうことはできないだろうか? 彼女を私の使い魔とすれば、より高度な自我を持って行動してくれるようになる。 思いつきの提案だったが、彼女も歓迎するとのことだったので、迷う間もなく私は契約を結んだ。 人型となって愛らしい容姿を獲得した彼女は、私よりも背が高くなっていたので少しびっくりした。 使い魔だなんて嫌がられないか心配だったけれど、彼女はむしろ泣き出さないばかりの勢いで感激していた。 初めて会った時に、怪我した足を治したこと……あんななんでもないことを、いつまでも恩義に感じていると言って。 そういう経緯なので、あなたにはこのカードを用いて外を見てきてもらいたい…… そんな旨を伝えたとき、彼女は初めて私に意見した。 ――それなら、そこにいる花と、ご主人サマの持っている本も、連れてってやったほうがいいと思うっす。 彼女が言うなら……私は一も二もなく了承し、それらとも同じように使い魔としての契約を交わした。 彼らはそれぞれがとても個性的で、私はそんな彼らと居るだけでも十分に毎日が楽しくなった。 これからは丘に来なくても、彼らと一緒に過ごすことができる。 ただちょっと意外だったのは……いつも静かに佇んでいた飛燕草が、なかんずく私へ忠誠を誓っていたことだった。 ともあれ、当初の計画どおり、私は彼らに外界の視察を命じた。 外の世界は魔法使いを傷つけるものばかりだから、と言付けて。 しかし帰還した彼らが持ち寄ってきた情報は、私の固定観念を大きく打ち砕くものだった。 曰く、今や地上は平穏そのもの、魔女狩りなどというものは旧世紀の遺物と化していると。 私たちが地上を発って数百年……この国が移り変わっていたように、外の世界もまた変革していたのだと。 それを機に、私は考え方を改めた。 この土地が必要であることに変わりはない。異端はいつの時代だって差別される。 だけど、この国の在り方は変えていかねばならないだろうと……。 「ここに……あれ」 「無い……?」 確かにここにあったはずの石像が……綺麗さっぱり無くなっている。 「どうなってんだ……?」 ステルス迷彩か何かだろうか。 探究心のおもむくまま、俺は石像のあった位置に近づく―― 「――消えろ」 「え――?」 「――律っ!」 「――がっ」 強烈な一撃をもらって、俺は2人の足元まで吹き飛ばされる。 そして的が重なるのを待っていたかのように、初撃を超える連打が放たれて―― 「カードを貸して、律くん!」 「え、あっ!」 「は……はあ、はあ」 「ひめりー……ありがと」 肩で息をしながらも、カードを正面に掲げる姫百合先輩。 オリエッタさえ呆然としているが、俺はというと口も利けなかった。 「待ち伏せか……」 避けては通れない――それはまさに言葉通りの意味でやってきた。 しかし、逆に考えればそれはいい道標でもある。メアリー先生の先には、必ず彼女が待っているということだから。 「まさか、こんなに早く役に立つなんてね……」 先輩が唱えたのは、先ほどランディからもらったカード。 呼吸を整えながら、口元に笑みが浮かんでいる。 「……邪魔」 「――っ」 今度は鋭く弾き出された光線を、再び同じカードを使って止め―― 「!?」 止めきれ、なかった。 (カードに穴が……) それだけじゃない。 まるで燃え広がるように、中央部に穿たれた焦げ穴はカードを侵食していく。 「ひめりー、大丈夫!?」 「ああ、私は……だけど」 頼みの、ランディにもらった防衝塞壁が焼かれてしまった。 そうなれば、今度は空手であの攻撃を凌がないといけなくなる。 「メアリー先生! どうしてこんな……!」 「……どうして?」 愚問とばかりにせせら笑い、蔑むようにこちらをにらむ。 「勝手な行動をしてるのはおまえ達だろうが」 「ですけど……メアリー先生だって、もう知っているんでしょう?」 あなた方の主人が、今もその身を削り続けていること。 彼女の命令に従うのは判るけど、それで彼女本人を苦しめたら意味がないじゃないか。 「一緒に、助けましょうよ……イスタリカを」 「助ける……?」 「誰が、誰を?」 鬼気迫る表情のメアリー先生は、確かにシャロンやランディとは違った。 遊びの余地が一切なく、いつも露わにしている嗜虐心さえ殺している。 「……下がってて、律くん」 「止めてみろよ。出来るんなら」 「く……」 俺たちを護るようにして前に出る姫百合先輩…… その背中は、頼もしくも美しかった。 「止めてみろよ。出来るんなら」 挑発と同時、彼女の手元に集約していく霊子の塊。 あれが発射されれば当然、私も律くんもオリエッタも無事では済まない。 (使うしかない……) 幼い頃に暴走させ、以来ずっと封印し続けてきた私の魔法。 かつての私は、これで律くんを傷つけた。 だからこそ使いたくないけど、今はもう他に取れる手立てがない。 (ごめん、律くん……) 君のトラウマを覚ましてしまうかもしれない。 だけど今度は、君を護る盾として――私はこれを解き放つから。 「失せろ」 唱える―― 「神魔、討撃」 高濃度の衝撃波がぶつかり合う。そして―― 「……消えた」 (よし) 全く同じ密度、全く同じ威力で衝突したそれらは、お互いに打ち消し合って消滅した。 ……相手の力に合わせて加減すること。それはまさに、私が最も磨いてきた技術だと言っていい。 強大すぎる魔力を抑えるべく、いつだって私はそれを制御してきたのだから。 「……舐めてんのか、おまえ」 「いいえ、これでいいんです」 当然、私にはメアリー先生を斃してしまう気なんてない。 絶妙につまみを調整し、どちらの陣営にも影響のない結果を出す―― 求められるのは、球速ではなく制球力だ。 相手が天秤に乗せたものに対して、釣り合うように力を加える。 「ひめりー、手伝う!?」 「いや、いい。下がってて」 その薄氷のバランスは僅かなさじ加減ひとつで崩れてしまう。 援軍の申し出はありがたいけれど、今回に限っては断らざるをえない。 「私は、おまえ達が憎い」 (ぶつける――) 再度の相殺。互いの消滅。 「マスターに救われてる分際で、よくもそんな口が叩けると感心する」 「あの人が、好きでこんなことしてるとでも思ってんのか――」 一言ずつ、彼女の想いがこぼれる度に、凝集する通力の高が目に見えて上がっていく。 だけどそれでも、私の全力には到底と言っていいほど及ばない。 「メアリー先生。こんなことを続けていても意味がありませんよ」 「自分が正しいと信じてるやつほど、面倒くさいものはねえよな」 そして、撃ちつ撃たれつの攻防戦。 加減に失敗しない自信はある。強弱の変化をつけられても、それに対応することは可能だ。 だけど、ひとつだけ……どうしようもない懸念があった。 発射と同時に炸裂し、伸びるように進撃するメアリー先生の光芒。 俺が一発で吹っ飛ばされたそれを、姫百合先輩はラリーのように呼応して消滅せしめている。 「ひめりー……こんなこと出来たんだ」 (そっか、オリエッタは知らないんだっけ……) 姫百合先輩が今ある力の丈を隠して生活している理由。 彼女の過去にまつわることだけど、今それを話している余裕はない。 姫百合先輩はこんなことも出来たんだと、オリエッタに納得してもらうしか。 撃てども撃てども終わらない両者のせめぎ合い。 先輩が図って相打ちに持ち込ませているせいで、どちらが優勢なのかは読めない。 順当に考えれば、加減する余地のあるぶん先輩のほうに分があるのだろうが…… 「はぁ、はぁ……」 (姫百合先輩……きつそう?) 平気な顔をしてポンポンと砲撃を放ってくるメアリー先生とは対照的に、姫百合先輩の表情は次第に険しくなっていく。 「……おい、そろそろきついだろ」 「……っ」 投げかけられた言葉にも、答える余裕がないように見える。 姫百合先輩は、苦しんでる……? でも、俺にできる事なんて…… 「くっ……はぁ」 苦しい……もう限界が近い。 しかしそんなことはお構いなしに、メアリー先生の追撃は止まない。 神魔討撃の威力ではなく、単純にスタミナの問題。 いくら強力に発射できる砲台でも、弾数が無ければただのガラクタに成り下がる。 「限界だな」 (なにか……なにか、ないか) このままじゃ、私だけでなく律くんやオリエッタにも―― だからと言って、出力最大なんて無茶はありえない―― 「姫百合先輩! カード!」 「カード……?」 そうか、これを…… (でも、どうやって?) はっきり言ってこの中に、先生を迎撃できるようなカードはない。 それこそ私の、神魔討撃くらいしか…… (いや……) それでも、これらを活用できるとしたら―― 「!?」 「……!」 根が水を吸うようなイメージで、カードから魔力を汲み上げる。 当然カードは消滅するけど、その代わり私の魔力は充填される。 「ごめん、律くん」 君の手に入れたカードだけど、こんな使い方をさせてもらう。 「っ!」 「きゃあっ――」 弱すぎた!? (今のカードでは足りなかったのか……) カードを弾丸に変換するぶん、それがそのまま威力の差異となって表れるようだ。 (ということは、メアリー先生の出方を見てからカードを選ばないといけなくなる……) 場合によっては、1枚じゃ足らないかもしれない。 この方法を用いてしまえば、使ったカードは二度と使えなくなるだろう。 もし該当するものがなければ“スキップする”ことで、次なる候補のカードを選ぶことができる。 魔力量の調整が済んだら“神魔討撃”で発動。選択を誤ったら“輪廻転星”で一時的に遡るしかない。 「しぶといな……だけど、もういい」 「終わりにしようぜ」 そして、かつてない濃度で凝縮されていく光の結晶。 あんなのを止め損ねれば、当然…… 「じゃあな……白神」 放たれた一撃は過去最大の――私はどうにかして、あの質量を迎え撃たねばならない。 あの出力……おそらく、カフ・ヘット! あの出力……おそらく、カフ・テット! あの出力……おそらく、ラメド・アレフ! 「まだです――」 複数枚のカードを握りしめ、そのエネルギーを身体中にみなぎらせる。 「神魔――討撃」 こちらの射撃も過去最大――狙うのは当然、相打ちだ。 そしてその結果は、果たして…… 「……へえ」 「できた……」 魔力の変換から、なんとか相打ちに持っていくことが出来た。 これなら……私はまだ戦える。 「あなたの授業のおかげです、メアリー先生」 いつか……それは今の私ではない私が受けた物質学の授業において、彼女が講義してくれたこと。 魔力は総ての物質に宿っている――かつ、それは数値の多寡として表れる。 後は彼女の攻撃に合わせて、その高低を基準にカードを取捨選択するだけだ。 (と言っても、こっちもきつい……) 感覚で制御できる自前の魔法と違って、これはその制御を一目で判断しなければならない。思考スピードが追いつかないのだ。 「うざいな。でも次だ」 「く……」 メアリー先生の弾数は底なしか。これだけ撃ってもまだ衰える様子を見せない。 「夏本が」 「え……?」 名前を呼ばれて、背後から律くんの声が聞こえる。 しかし、語りかけられているのは私だ。 「もう知ってんだろって、言ってたよな」 「……はい」 イスタリカ――この国の礎たる彼女が、メアリー先生らの主たる彼女が、この地のどこかに息を潜めているということ。 そして、このまま放っておけば彼女はあと幾ばくもないということ。 「だけどな……私から言わせりゃ、おまえらこそ知っててやってんのかって話だよ」 「……どういう、ことです」 「おまえらは、あの方の厚意を台無しにしようとしてるんだ。それが判ってんのか?」 「ええ……だけど、それでも」 確かに彼女の存在を知らなければ、このままのうのうと生きていくことも出来たかもしれない……だけど、それでも。 「彼女を救うことが出来れば……それが一番の理想でしょう」 「――呆れる」 「マスターに出来なかったことが、なんでおまえらに出来るってんだよ」 「っ!」 今度は打って変わったように小粒の砲撃――ザインだ。 今度は打って変わったように小粒の砲撃――ヘットだ。 今度は打って変わったように小粒の砲撃――ヨッド・アレフだ。 力加減を誤れば、彼女ごと消し飛ばしかねない―― カードを装填――それも、あまり出力の無さそうなものを選んで。 「これでなんとか――!」 (よしっ) 強すぎないか不安はあったけど、なんとか相殺することに成功した。 「それに白神……おまえは、マスターのことを覚えてんのか」 「いえ、まだ……」 「なら、必死になる理由もないだろ」 「彼女のことだけじゃありません」 知らぬうち彼女の上にあぐらをかいていたことも、もちろん理由のひとつではあるけど…… 「今の世界の在り方が、正しいとは思えない」 何度も何度も繰り返して、どれが本物の生だというんだ。 私たちはそれを乗り越えない限り、決して前には進めない。 「……そうかよ」 「それよりも、先生……さっきより口数が多いですが」 先ほどまでは文字通り、息もつかせぬ接戦だったというのに。 もしかしたら、彼女も疲れてきているのかもしれない。 「ああ……歳かもな」 そうして、メアリー先生の目の前に熱量が充填されていく。 「だから……もうさっさと退けよ」 「いえ……承服しかねます」 「はあ……ったく」 「物分かりの悪い生徒だ――」 来る―― 「消し飛べぇっ!!」 裂帛の獅子吼と共に、渦巻く閃光が牙を剥く―― しかし、その勢いは怒号に見合わず迫力がない。 強すぎも、弱すぎもしない――ヨッド・ザイン! 強すぎも、弱すぎもしない――ヨッド・テット! 強すぎも、弱すぎもしない――カフ・ギメル! こちらからすれば、もっとも対処に困るような撃ち方だ。 丁寧に、確実に処理しなければならない。 「これで――」 「どうですかっ!」 神魔討撃――投射! 「――っ」 「――っ」 相――殺! 「やった……」 こちらにもあちらにも、被害は及んでいないことを見届けると…… 煙幕の向こうで、メアリー先生が倒れた。 「先生!?」 もしや、強すぎた……? そう心配し、駆け寄る―― 「うわっ」 すると重心が不自然に傾いて、前のめりに転倒しそうになる―― 「先輩、しっかり!」 ところを、大きな腕に抱きかかえられた…… 「先輩、しっかり!」 急ぎ足で駆けようとした先輩がよろける。 咄嗟にそれを支えると、柔らかな感触が俺の気を散らした。 「私は大丈夫……それより、メアリー先生は?」 「先生は……」 倒れたと言うより、力尽きたと言ったふうに、地べたに座り込んでいた。 「メアリーも限界だったのよ」 「そうか……」 当たり前だ……あれだけ無造作に魔力の塊を放って、無事でいられるはずがない。 それに…… 「ありがとう、律くん。いくつか無くなってしまったけど……これは返すよ」 「……はい。先輩も……ありがとうございました」 クロノカードを受け取る……これが無かったら、先に倒れていたのは姫百合先輩だっただろう。 いや、その時は俺たちも諸共に……か。 「立てますか?」 「いや……いいよ。私は、ここに残る」 「ひめりー……」 「私はもう、途中から限界が来ていたんだ」 単純な残量ではメアリー先生に分があったが、姫百合先輩はそれをカードで補給することによって凌いでいた。 「それに、メアリー先生が再起するとも限らない……ここは私に任せてほしい」 「……判りました。でも、お大事にしてください」 「それじゃあ……急ごう、オリエッタ」 「……いいえ」 「律、アンタも残りなさい」 「え……?」 「メアリーに一発もらって、怪我してるでしょ」 「そうだけど……こんなの、ぜんぜん平気だって」 嘘ではない。 確かに痛みはまだ残っているが、行動不能に陥るほどのものじゃないのだ。 「危ないわよ。来ちゃダメ」 「嫌だ。それともおまえ、俺を置いていきたいのか」 実際ピンピンしてるんだ。 大体、ここまで来て何もせず引き下がるなんて面子が立たないだろう。 「どうしても……来るの?」 「当然だ」 「……」 なぜか、苦虫をかみつぶしたような顔をするオリエッタ。 「……今は言い争ってる場合じゃないな」 「……判った。急ぎましょう」 石像もなく、ここに居ないとなるとイスタリカは―― 零周目において総ての起点となった、あの泉――あそこを除いて考えられない。 「行こう……確か、そっちから回り込めるはずだ」 「暗いわね……」 「確か、けっこうな道のりのはずだ……忘れ物とかないか?」 「大丈夫……でも、ちょっと怖いわね」 「一本道だから、迷うことはないだろうけど……」 奥へと向かって進んでいく。 一歩一歩を踏みしめるたび、反響する足音が鼓膜を震わせた。 「ねえ、律……」 「ん?」 「手、つながない……?」 「え……?」 唐突な申し出。 「私、怖いのダメだから! ほら!」 「いやまあ、それは知ってるけども……」 まあいいか……よく考えればこちらとしても役得だ。 「……」 「……」 長い……ただひたすらに続く隘路を、オリエッタと共に歩く。 女の子と手をつないでいるというのも、緊張するけれど…… (……) 本当に俺の胸を揺らしているのは……この先に待つ彼女のほうだろう。 いや……それに対するオリエッタの緊迫が、つないだ手を通して伝わってきているのかもしれない。 (イスタリカ……) 俺は…… 俺たちは、必ずおまえを…… それから私は単なる避難地だった幻創庭国に教育機関を設置し、一人では限界のある行政に枢密院という組織を置いた。 今現在と大差ない機構が完成し、魔法に関する研究も日進月歩で発展する、新たな秩序が完成してまた数百年。 その時は突然やってきた。 七世紀も前に活動を停止したあのコが、今になって急に息を吹き返したのだ。 悲願の成就に私は狂喜し、感動に総身を震わせたが、その一方で言い知れぬ不安に駆られていた。 そして、果たしてその不安は的中することになる。 なぜ今になって、彼女が目を覚ましたのか――その疑問の答えがそこにはあった。 泉である。かの仙窟は私の聖域として、そして国土の中枢部として、変わらず涌泉をたたえていた。 しかしその水分量は、まるで過日に出会った時のようにか細い。 その仕組みは判っていた。長きに及ぶ国土の運用で、動力源である泉水が枯れかかっているのだ。 元はと言えばあの溢れかえっていた水量も、すべては私が泉へと溶けたことで現出したもの。 つまりは、私の魔力自体がもう極限にまで薄まっているのだ。 そして彼女が目を覚ましたのも、この源泉の危機を察したから。 このままではいずれ枯渇し、引いてはこの土地そのものが崩れ落ちてしまう。 ならば、かつて私がそうなったように、新たな胚芽が必要だ。 そして、彼女はそのための候補として……再び意識を取り戻したのだ。 もう一度、泉を満開に咲かせるような、強大な魔力の持ち主として。 なんということだろう。私は嬉しくもあり、悲しくもあった。 この泉に座せば、良かれ悪しかれこの地に縛られることになるのだから。 ただまだその頃は、それの是非について考えている余裕はなかった。 この地に必要な者として彼女が身を起こしたのなら、それを補助するのが摂理にかなった行動だろう。 彼女の時間は昔日のままで止まっていた。 私からすれば、子供同然の身体と知能しか有していなかった。 それに文明のレベルも当時とは大きくかけ離れている。 ただこれに関しては、未成熟ゆえの柔軟さのおかげで問題はなかった。 とかくその日から、私は彼女に姉妹として接すると同時、私の後継者として仕立てあげるよう教育した。 枢密院ら様々な人間の協力も受けつつ、姫という地位につかせたり。 中でも、もっとも人懐っこい黒猫を彼女の世話役に申しつけるなどして。 そうして、彼女は無事に成長を遂げた。 大きな疾病に罹ることもなく、他の子と比べても好奇心旺盛で元気な女の子になった。 しかしやはりと言うべきか、秘めた魔力だけは他など比にならないほどの大きさで。 そして――十年に及ぶ幸福な生活の末、ついにその時がやってきた。 私の限界……それは、泉の限界。 新たに代わる人物に引き継がない限り、このまま枯れて何が起こるか判らない。 その候補はやはり彼女しかおらず、いよいよ本格的に準備を推し進めていた間際だった。 彼女に使い魔が出来たという。 恐らくはこの後に差し控える儀式のサポートとして、どこからか連れてきたのだろう。 それは世にも珍しい、魔法を扱える男の人だった。 間もなくして、彼女とその使い魔は恋仲になる。 私も、彼女の幸せを願う者として心から祝福した。 このまま当座の交代が成功すれば彼女は、かつて私がそうだったように、泉に祝福してもらえるだろう。 永遠の愛を誓うのか、それとも別のなにがしか――兎にも角にも、それさえ乗り切れば万事うまくいくと思われた。 ……だけど。 現実はこの上もなく非情だということを、程なくして私は知ることになる。 ……いや、彼女もか。 結論から言えば、彼女が泉に愛されることは無かった。 その結果として彼女の使い魔は命を落とし、当の彼女は絶望に暮れた。 そんな彼女が引き起こした事態は、まさに超常と呼ぶしかないものだった。 時空逆転――この認めがたい結末を文字通り無かったことにする、凶悪とも言えるほどの魔法。 恐らく彼女は明確に意図してこの魔法を用いたのではあるまい。抑えきれぬ凄まじいまでの衝動が、そのような形で叶ったというだけで。 しかし、ただ時空を巻き戻すだけでは混乱は必至。 ゆえに私は当初、“リセット”された部分だけの記憶を抜き去ってしまおうと考えた。 回帰には進行と同程度の時間を要する。それだけの猶予はあるはずだ。 だがその寸前、それだけでは何の意味もないことに気づく。 記憶を消すだけなら同じことを繰り返すだけになる。偶然な要素も総て噛みあって。 だとしたら――そうならぬよう記憶を、認識を、改竄するしかない。 絶対に迎えてはならない結末。 生半可な変更では駄目だ。あれに繋がる総ての因果を断ち切らなければならない。 この泉の存在も、姫という地位が存在する意味も、クロノカードの価値も何もかも。 せめて……せめてあのコが、幸せに生をまっとう出来るような世界へ。 そして私は、誰にも知られず……この土地を維持していくしかない。 たとえ、二度とあのコに会えなくたって。 世界の改変は、万全とは言えないまでも成功した。 皆が私を故人と思い、あのコが姫たる理由も説明されない。 これで……少なくとも彼らに危害が及ぶことはない。 事実、大抵はそれでうまく事が運んだのだから。 だというのに、今回の彼は……カードという物証を用いて記憶の縛鎖をちぎり、奇跡的に世界の真相に辿り着いた。 当然それは認められない。彼が余計なことをしなければ、総てうまくいくのだから。いったのだから。 その時のための備えはしてある。 私の使役する使い魔3人には、私に近づくものを排除するよう命令を下しておいた。 たとえ私の記憶がなくとも、それだけは忠実に遂行するように。 もしそれらが破られても、手遅れになる前に私がふたたび記憶の鍵をかければいい。 拙くもこの体制で、彼らがここに至ることは不可能だと思っていたのに…… 私が長き眠りから覚め、ここで渇きを満たしているうちに、彼らは―― 「……来ましたね」 間に合ってしまった――そして時間では言い表せない久闊が、今ここに終幕を見る。 (ダメだ……このままじゃ、諷歌はきっと……) 本当に……本当にこれでよかったのか? それよりもやはり、総てを忘れて元の世界へ…… それを認めた瞬間、俺の意識は深く沈んでいった。 「あ、あれ……」 意識がクラクラとしてくる。 やっぱり……ボクじゃダメだったのかな…… (ごめん、夏本……) 「――しまったッ!」 撃ち放った瞬間に、手ごたえで判る――強すぎた! 「ぁ……!」 どうして…… ここまできて、私が…… 「足らねえよ」 「――っ」 私の放った神魔討撃を押しのけて、こちらに迫ってくる魔法光線―― (受け止めきれない……!) このままでは律くんや、オリエッタも―― 閉塞した空間内に鳴り渡る雫の調べ。 鈴の音のようなそれが、俺の意識を覚醒させる。 「ここは……」 「泉……」 鱗粉のように飛び回る虫が仄白く発光し、陰々とした洞窟内部をうっすらと照らす。 その中央部には、泉――しかしそれはすでに、湧泉と呼べるほどの水分量を有していない。 豪快にえぐられた湖底に見合わない、今にも枯れ果てそうな弱々しい水たまりだ。 そんな池か湖かも判然としない水たまりに、無数の雫が無数の鍾乳石を伝って落ちる。 しかし毎秒のようにしたたる水滴も、この泉の命を繋ぐにはまるで焼け石に水であろう。 喉がからからの、干からびて死にそうな旅人が、雨露の一滴一滴に大口を開けているかのようだ。 「……来ましたね」 「……やっと、会えた」 その奥まった巌の上には、背後の壁を真っ暗にくり抜く人影があった。 「イスタリカ……」 初めて会った時は、ただの友人として。 次にはそもそも、彼女の存在にすら辿りつけなくて。 そしてやっと彼女を思い出して、それで放っておけなくて…… それでも様々な障害を乗り越えて、ようやく再び、こうして巡りあうことができた。 「……お久しぶりです、律さん。それに……」 オリエッタを一瞥する。悲哀とも懐旧ともつかない目をして。 「もう会うことはないって、思ってたんですけどね」 「だから……こっちから来てあげたんじゃない」 「本当に昔から……変わってないですよね」 「姉さん」 「あー……」 澄んだ大空を仰ぐと、自然と声が出てしまった。 まるで魂が抜けるような……温泉に浸かって、極楽の心地になった時みたいに。 「どうっすか? ひなたぼっこもたまには悪くねえでしょう」 「そうですね……」 あれから私たちはグラウンド裏のここへとやってきて、2人そろって糸が切れたように倒れこんだ。 仰向けで空を見上げているせいでお互いの表情は判らないけど、私にはシャロンさんの清々しそうな顔が見える気がした。 「……ひとつ、訊いてもいいですか?」 「いくらでも。アッシの出番はもうねえっすからね」 「……シャロンさんは、何がしたかったんでしょう」 「そのまんまっすよ。アッシのやりたかったことは、もう総て済みやした」 「私と、ゲームをすることがですか?」 「そんなとこっすね」 それっきり、シャロンさんは黙ってしまった。 私とゲームをするのが目的だったなんて、そんな答えが聞きたかったわけじゃないのに……。 「それじゃお言葉に甘えて、もうひとつ」 「どうぞっす」 「イスタリカさんって……どんな人だったんですか」 「……なんで、そんなことを聞くっす?」 「私はまだ、その方のことを思い出せていないんです」 「それに……シャロンさんのご主人様、なんですよね」 おりんちゃんにすら慇懃無礼なシャロンさんが付き従う相手なんて、とても気になる。 「どんな方と言われても……ただ、立派な方だと言うしかねえっすよ」 そう言って、シャロンさんは上空に右手を掲げた。 「……?」 「もう、随分と昔になっちゃったっすね……」 そして、掲げた右手に思いを馳せるようにシャロンさんはその猫目を細めていた。 私は、それについて何か言うのもはばかられて……。 「そろそろ……きつくなってきたっすね。この身体も」 「シャロンさん……?」 「まあ、でも……いざとなったらふーこ様におぶってもらうっす」 「なんの話ですか……」 「でも……ご主人サマはきっと、あちしらのことを想ってくれたんでしょうね」 「ほんと、不甲斐ねえばかりっす」 「……シャロン、さん?」 横を振り向いて私は見た。 命をいくつも持ってそうなほど図太いシャロンさんの頬に、キラリと光る何かが流れ落ちるのを。 「あー……眠いっす」 「――立派な御仁だよ」 イスタリカさんってどんな人? 軽い気持ちでそう訊くと、ランドルフさんは清々しいくらいの笑顔でそう答えた。 「立派な方……ですか」 「私は彼女に個人的な感情は抱いていなかったが、客観的に見ても素晴らしい人物であったのは間違いない」 あの3人を従えているくらいだから、なにかカリスマ性のようなものがあるのだろうか。 「しかし、もう彼女も衰えているからね。あまり無理をすべきではないと思うのだが」 ふらり。 突如、座っていたランドルフさんが転びかかる。 「だ、大丈夫ですか? さっきのでどこか……」 「いや……大丈夫だ。関係ない」 「ただ、この姿でいるのはそろそろ限界かもしれないな」 「この姿……」 そういえば……ランドルフさんは、成人男性ではないんだっけ。 「お願いがある。葉山君」 「は、はい」 「まず、私を携帯して運びだしてほしい。だが、あまり手荒には扱わないでもらいたい」 「え、えっと……?」 「特に水気は厳禁だ。これでも、古書の部類に入るものだからね」 「そして、そんなことにはならないと思いたいが……もし、私がマスターの手元に戻らなかった場合」 「あ……!」 「破り捨てても構わないが、そうしない場合。せめて本棚くらいには保管してくれるとありがたいね」 「後は入浴と思って、月に2、3度はホコリを落として欲しいかな。それくらいだ」 「わ、わかりました……」 「ま、そんなに君が気負うことはない。だろう?」 「……はい」 ランドルフさんがイスタリカさんの元に戻らない……そんな未来を回避するために、夏本たちがいるんだ。 (頑張って……) 「……おい」 長かった沈黙を破ったのは、意外にもメアリー先生だった。 「……私ですか?」 「おまえ以外に誰がいるんだよ……」 実を言うと向こうから話しかけてくるとは思っていなかったので、素直な感想が口をついてしまった。 肉体も精神も疲れ果てて、いちいち言葉を選んでいられなかったのもある。 「シャロンとランディ……あいつら、どうしてた」 「メアリー先生は、聞いていないんですか?」 「組んでたのは知ってるけどな……」 「シャロンは諷歌と。ランドルフ先生は葉山くん……いや、葉山さんと」 「それぞれ、ゲームをしていましたよ」 「ゲームかよ……本当、あいつらはどうしようもねえな」 吐き捨てながらも、その語調には温情めいたものが含まれていた。 なんだかんだ、彼らも彼らで良き仲間だということ……なのかな。 「でも……メアリー先生だって、それなりの手加減をしていたでしょう」 「なに言ってんだよ……全力出し切ったからここでヘバってんだろうが」 「でも、もっと奇襲に徹することもできた」 「おいおい……おまえ、私を殺人鬼か何かと勘違いしてないか?」 「おまえ達を再起不能にするなんて、それこそ言語道断なんだ」 「時間稼ぎ……ってことですか?」 「それもあるが……おまえ達は根本的に判ってないな」 「私たちのマスターは……おまえ達のために身体を張ってんだよ」 「だから私は、それを無下にしようとしてるおまえ達が許せなかった」 「……」 「私も、その怒りは全部ぶつけたつもりだ。全力っていうなら、それが全力だな」 本気だったのは私たちへの闘志というより、彼女が慕う主人への敬愛だったというところか。 「でも、もしおまえ達がそれを乗り越えてくれるなら……いや」 「本当は、乗り越えて欲しかったのかもしれねえが」 「……」 「おまえ達に懸けるのも、悪くはないって思った」 「負け惜しみに聞こえるか?」 「いえ……よく、判りました」 メアリー先生だって……想い慕っていればいるほど、イスタリカさんと会えないのは辛いはずなんだ。 いや、それは彼女だけじゃなく……シャロンも、ランドルフ先生も、程度の差はあれ3人が持っているだろうアンビバレンスな感情の背反。 他ならぬ主人の命令が、主人を傷つける結果になるということ。 「何をしようとしてるのかは知らねえけど……こうなった以上は、絶対にマスターを救ってくれ」 「メアリー先生……」 「そんな顔すんな。私はこれでも、生徒のことはそれなりに信用してるんだぜ」 「それに……最近じゃだんだん、それも気に入ってきちまったからな。私も歳だ」 「それというと……?」 「“先生”だよ。最初は、こんなに似合わない肩書きもねえと思ってたもんだ」 「はは……私も、初めて会った時は驚きましたけど」 それでも私としてはシャロンやランドルフ先生よりも、メアリー先生のほうが教師然としていたと思う。 これは、彼女に伝えるべきなのだろうか。 「でも……それももう終わりだな」 「ですがもしここが無くなっても、地上で……」 「そういう問題じゃないんだ。それに、何も未練があるわけじゃない」 話のトーンは変わっていないのに、メアリー先生の息が絶え絶えになっていた。 その顔も、心なしか苦しそうな表情をしている。 「どうしたんで……」 「白神」 気遣おうとかけた言葉は、それと判っていたかのように遮られた。 「最後に、私の名前を呼んでくれねえか」 「名前……ですか?」 「ああ……出来れば、フルネーム+敬称つきでな」 「……判りました」 理由は不明だけど、それが彼女の……切なる願いだと言うことは判った。 「メアリー・デルフィニウム先生」 「……ありがとう、白神姫百合。もし私がどうなっても、覚えててくれると嬉しいぜ」 「……先生?」 寂しげな微笑みは、初めて目の当たりにする温かみに満ちていて―― 「後はまあ一応、これも言っとくか……私の台詞じゃねえと思うけど」 「卒業、おめでとう」 最後にかけてくれた言葉は……その優しい響きを持って、私の心にストンと落ちた。 どれほどの時が経っただろうか。 雫の音が反響し、止まっていた時間が動き始める。 「アンタも……変わってない。変わってないのに……」 「すごく、久しぶりな気がする」 「そうでしょうね」 感情を隠し切れないオリエッタ。 対して、イスタリカは柳に風と受け流す。 「俺も……懐かしいよ。イスタリカ」 「ええ。御二人とも、仲睦まじいようで何よりです」 それは彼女なりの嫌味だったのだろうか。 彼女のほうが俺なんかよりもよっぽど、オリエッタとの絆は深いはずなのに。 「私たちが何をしにきたか、判ってるの?」 「私を、連れだしに来たんですね」 「そうよ……アンタが、私たちに黙ってそんなことしてるから」 「そう言っても、こうする以外にないのは姉さんも判っていたでしょ?」 「――いや、ある。俺たちはそのために来たんだ」 「それは、どうするおつもりですか?」 「この世界から、魔法を無くす」 「魔法を……?」 盤面ごとひっくり返すような俺の提案に、彼女も少し目を丸くする。 「では、どうやって?」 「……」 「して、そこが何か?」 ……ここは関係ないか。 「ここの泉を完全に枯らせば、この世界からは魔法が消える……だろ?」 「……なるほど」 「でも、それは不可能です。ここに私がいて、あなたたちが居る限り……この泉は決して枯れない」 「嘘だ」 その手法が通用しないと判っていたからこそ、零周目ではその役割をオリエッタに引き継ごうとしていたのだ。 「おまえは、枯れる泉に引きずられて自分も消えようとしてるんだ」 「……だとしたら、どうします?」 「おまえを助けだしてから、この地を見捨てて脱出する」 この土地は失うことになるけど仕方ない。 魔法のない世界が実現すれば、わざわざこうして特別な国を用意する必要もなくなるんだ。 「助けだすというのは?」 「え……?」 予期していなかったところを突っ込まれる。 「おまえが……ここから出てくれればいいだけの話じゃないのか」 「……さあ、どうなんでしょう」 肯定でも否定でもないふわふわした回答。 「ひとつお聞きしたいのですが、でしたら今この地にいる魔法使いたちはそれを了承しているのですか?」 「それは……してないけど」 オリエッタほどではないにしろ、葉山や先輩のように、魔法が消えることを皆が受け入れてくれるとは限らない。 でも…… 「それでも、おまえが犠牲になるよりはマシだ」 魔法なんて本来ありえないもの――オリエッタだってそう言っていた。 たくさんの不都合が生まれるかもしれないけど、かけがえがないのは命のほうだ。 「……おおよそ、承知しました」 「それが律さんの考えなのですね。それならば、ここに踏み込んできたのも納得がいきます」 「俺のじゃない。俺たちのだ」 「いえ……それは果たして、どうでしょう?」 柔和な微笑みを向けられる。 慈愛に満ちたように優しげなのに、こちらの思惑が見透かされたような気になる。 「ねえ、姉さん」 「……」 オリエッタの様子が不自然だ。 がちがちに緊張していて、釘付けにされたようにイスタリカを見つめるばかり。 「姉さんは本当に……私を説得するために、ここまでやってきたんですか?」 「……あ、当たり前でしょ」 ……どうなってるんだ。 イスタリカの問いかけの意味も、なぜオリエッタが動揺しているのかも判らない。 「ごめんなさい。まずは律さんにお伺いするべきでしょうね」 「なにが……?」 「まず律さんの先ほどの理論、私としては非常に興味深かったです」 「……そうか」 引っかかったのは、俺の魂胆を理論と呼び換えていたところだった。 「でも、律さん。言われたことがあるんじゃありませんか? 魔法は、何が起こるか判らないと」 「……」 こくりと頷く。 「たとえば、この学院の生徒たちを地上へ降ろすことでこの国の土地を衰弱させる。今、あなた方が行なっていることですが」 「初めての試みだったはずです。根拠も曖昧だったことでしょう」 「これに関して、失敗する恐れについてはお考えにならなかったのですか?」 「考えたよ。もちろん」 「でも、こうなった以上はギャンブルだ。そして……それはこうして成功した」 それをきっかけとして、シャロンたちからもヒントをもらい、ここまで辿りつくことが出来た。 後は、俺とオリエッタが彼女を説得できるか否かにかかっている……はずだ。 「そうですね。それについては称賛いたします」 「しかし律さん、それで総てが解決したわけではないでしょう?」 「ああ……後はおまえが――」 「違います」 機先を制され、言葉を飲み込む。 「なぜ、もう一方に関してはご不安になられないのですか?」 「もう、一方……?」 「律さんの掲げる、根拠ですよ」 根拠……? 「この泉を枯らせば、魔法が消える? そんなの、誰が決めたんです?」 「え……それは」 「今こうして魔法が存在する以上、その理屈は今までに試されたことが無いということ。なんの確証もないということですね」 「訊き方を変えましょうか。そう言っていたのは、誰ですか?」 「本当に……その方が?」 「あ、いや……」 「……オリエッタだ」 「姉さんの言うことだから、正しいと思いましたか?」 「オリエッタだからっていうか……」 魔法に関することで、彼女の右に出る者はいないと聞いている。 何が根拠と言うのなら、それが根拠だ。 「残念ながら、泉さえ枯れれば魔法はなくなる……なんていうのは、仮説にしか過ぎませんよ」 「ですが当然です。今こうして魔法が存在する以上、その理屈は今までに試されたことが無いということ。なんの確証もないのですから」 「確かに、姉さんはこの国で誰よりも魔法に詳しいでしょう。でも、それはあくまで相対的な知識に過ぎません」 「たとえ姉さんが賢者と呼べるほどの知を有していても、それでも正しいと断言できないのが魔法です」 「事実、姉さんは律さんが魔法を使える理由だって判らないままでしょう?」 「俺の……?」 そのことよりも、イスタリカの口ぶりのほうが気になった。 それじゃあまるで、彼女は知っているみたいじゃないか。 「ついでなので教えておきましょうか。別に難しいことではありませんし」 「律さんが魔法を使えるのは、たまたまです」 「たまたまって……」 そんないい加減でいいのか……。 「偶然の重なった結果なら、なんでもたまたまですよ」 「原因は、律さんがこちらに来られるよりずっと前のこと」 「偶然にも、律さんの周りには強度の魔力を持っていた女性たちが多かったのでしょう」 「律さんはそんな彼女たちの想いの丈を一身に受け止めた。けれど、幼い身体ではそれを解消することが出来なかった」 「……」 強度な魔力を持った女性――それがパッパッと思い浮かぶ時点で恐らく、俺は他の人たちと違うのだろう。 「つまり律さんの魔法を使える源は、律さん自身のものではないのです。これは極めて微量ゆえ、放っておいてもすぐに消えるでしょう」 「そんな、事情が……」 「ちなみにこれは、私が彼女たち3人と接している時に気づいたものです。100%確実とは言い切れませんが……」 「少なくとも、彼女を作るなんて方法では効果が無かったでしょうね」 「……悪かったわね、バカで」 「いいえ。むしろそのおかげで、律さんと姉さんは幸せな人生を歩めていたじゃないですか」 それが約束されているのに、なぜ破棄しようとしているのか。 言外に、そう伝えているに聞こえた。 「話がそれましたね。戻しましょう」 「このように、姉さんの言っていることが総て正しいとは限らないわけです」 その認識はOKかと目で聞いてくるので、わずかな首肯で返す。 「つまり姉さんの言っていたという、泉を枯らして私を救えば万事解決というあの論理――」 そして、イスタリカは眉ひとつ動かさず―― 「あんなの、嘘っぱちですよ」 俺に、衝撃的な言葉を叩きつけた。 「嘘なんかじゃ――」 「嘘じゃないとすれば、隠蔽ですね」 「その様子では、その方法の瑕疵については何らお話していないのでしょう?」 「……」 オリエッタは痛いほど拳を握り締めるも、反撃の言葉は出てこなかった。 それが少し悔しくて、俺も助け舟のつもりでフォローを入れる。 「そりゃ……少しくらいは弊害があるかも、しれないけど。それで人命を救えるのなら――」 「その言葉がすでにもう、矛盾しているんですよ」 「この泉水が尽きる。先ほど私は不確定だと申しましたが、ひとつだけはっきりと判っていることがあります」 「端的に言って差し上げましょう――」 「この泉が枯れれば、私は消えます」 「――」 言葉が、出なかった。 「説得に応じるも応じないもないのです。たとえ私が出たくとも、泉はそれを許してくれない」 「私がこの地から出るためには、それこそこの泉を枯らすしかない」 「でも、よく考えれば当然のことです。放っておけば私が命を落とすというのも、そういうこと」 「でも、そんな――」 「律さんは私を助け出すと言いましたが、そんなことはすでに不可能なんですよ。歴史が証明しています」 「っ……」 忌まわしい過去の映像が脳裏に浮かぶ。 「律さんは、事故に遭われた本人ですから理解できる由も無かったと思います」 「けれど私たちはその場にいて、この泉の真実を見ているのです」 それを聞かされて俺は、垣間見たオリエッタの記憶に“事故の”映像が挟まれていなかったことを思い出す。 「私をこの任から解きたいのなら、代わりとなる誰かを差し出すしかない」 「それがうまくいかなければ、“失敗”する――それだけの話です」 「……」 どういうことだ……どっちが本当なんだ。 いや、だが……2人の話を総合すれば、明らかに……。 「もちろん、この話も多分に想像を含みます。しかし、姉さんなら当然この程度は予想していたはずです」 「では律さん。今の話を聞いて、もう一度あなたの作戦の推移を思い返してみてください」 「姉さんの行動に、なにか不自然な点はありませんでしたか?」 不自然な点……それは…… 「そういえば発着場で、オリエッタは諷歌を使い魔にしたよな……」 「それが何よ……あの時は、そうするしかなかったじゃない」 ……言われてみればそうだ。 「図書館で、なんかあったような……」 「ランディと勝負しただけでしょ……私は関係ないわ」 ……言われてみればそうだ。 「ここへ来て、俺と共にイスタリカを“説得”しようとしていること――」 「その通りです」 もしオリエッタが、説得なんかでイスタリカを助けられないと判っていたのなら…… どうして俺と歩調を合わせて、わざわざここまで会いに来たのか? 早い話が、ここまで来ても無駄と判っているのならあんな運動を起こす必要はなかった。 「それはっ、出来るかもしれないと思ったからで――」 「確かに、それも多少はあるでしょう。ですが、ここへ来て妙案が浮かぶ確率のほうが圧倒的に低いはずです」 そう……俺の理屈が通らないと判っているのなら、なにか別の代案を用意していなければならない。 それとも、あるいは…… 「では今一度問います。今度は、律さんにも意味が判るはずです」 「姉さんは本当に……私を説得するために、ここまでやってきたんですか?」 「……」 押し黙るオリエッタ……その無言は、他の意図を認めているようなものだった。 「姉さんには“説得”などではなく、他の某かの要因で私に会う必要があった」 「それでも、私には出会うことでさえ簡単じゃない。だから他の方々――主に律さんの力を借りた」 「……」 てことは…… 「存外と、姉さんは殿方を転がすのがお上手なんですね」 俺はオリエッタに、都合よく扱われていたと……? 「違う……私だって、律がこんな方法を編み出すなんて思ってなかったわよ」 「そうでしょうね。この計画を立案することも含めて、うまく誘導したのだと思います」 「そんな風に、言わなくてもいいじゃない……!」 「まあ確かに、姉さんは嘘をついてはいません。けれど必要な情報をひた隠しにするのは、あまりに身勝手だと思いますが」 「だって、しょうがないじゃないの……」 「……なんでだ?」 「え……?」 「なんで、しょうがないんだ?」 どうして、本当のことを言ってくれなかったんだ? 「……」 「オリエッタ……」 「本当は律さんにも、判っているんじゃありませんか?」 「……」 「姉さんは私を説得しにここへ来たわけじゃない。私に何があってもいいようにここへ来たんです」 オリエッタが自らの目的、いや手段を偽っていた理由―― そして、彼女が本当は何をしようとしていたのか―― 「違います……姉さんは」 「姉さんは……私の身代わりになろうとしていたんです」 「……!」 「おまえは……」 「おまえは、イスタリカの身代わりになろうとしてたんだな」 それはかつて、俺がオリエッタのためにそうなったように。 イスタリカの命を攫おうとする何物かを、その身を挺して止めようとしているのだ。 「……最悪の場合はね」 「馬鹿野郎……」 確かに、初めからそうと判っていれば俺だって止めた。 「そんなの、俺はぜったい許さない」 「……律なら、そう言うって思ったから」 だからか……温室からここへ向かう時、こいつが渋面を見せていたのは。 「律さんだけじゃありませんよ」 「私だって、そんなのは絶対に認めません。帰ってください、姉さん」 「嫌よ。私、アンタを見捨てるなんて出来っこない」 イスタリカの険を孕んだ語調にも、オリエッタはまるでひるまず応対した。 しかし……怒りで対抗したことは、まこと愚かだったと言わざるを得ない。 「……いい加減にしてください、姉さん」 ただ呟いただけのその声はしかし、俺たちに二の句を継がせない威圧に満ちていた。 「もうこれ以上、私を怒らせないでください……」 青白い炎のような、静かな怒り。 彼女の素振りからは想像もつかないほどの凄みに、俺もオリエッタも思わず鼻白む。 「なんのために私が……ここまでしたと思ってるんですか」 こうなったら、彼女の憤懣は痛いほど判る。 幾度も歴史を繰り返し、ようやく行き着いた果てで零周目の真似事など馬鹿げているとしか言いようがない。 「そもそも姉さんが時間をリセットしたのは……そんな結末に後悔したからじゃないんですか」 「そうよ。後悔してる……律を巻き込んじゃったことを」 「だから、今度は自分が……って?」 「――ふざけないでよ」 零周目では本来、イスタリカとの入れ替わりに失敗したオリエッタが命を落とすはずだった。 そこで俺が出しゃばったから、結果としてオリエッタの身は助かり、このような状況を生み出すに至った。 だからもしかするとオリエッタは……もともと私が死ぬべきだった、などと考えているのではないか。 「律さんからも、言ってあげてください。姉さんは……自分から帰らぬ人になろうとしているんですよ」 何も知らなかったのが悔しいけど……イスタリカの言うとおりだ。 そしてそれは、今までイスタリカのやってきたことの肯定にもなる。 「どうして……ようやく目覚めた姉さんが、そんな目に遭わなきゃならないの」 燃え上がる怒気に呼応して、彼女の言葉が次第に荒くなってくる。 「だって、私はアンタのお姉ちゃんだもの……」 「妹だけに負担をかけるなんて、嫌」 「それでも――私はもう、嫌っていうほど生きたんだよ?」 「私なんかもう、お婆ちゃんなんだから……そんな私が生かされるなんて、間違ってる」 「そんなの、生きてきたって言わないわよ」 「アンタはアンタとしてじゃなく、この国そのものとして存在してきただけ」 「この国の名前がイスタリカなのも、そういうことなんでしょ?」 「……だったらなんだって言うの」 「あの日から時間が止まったままっていうのは、私もアンタも同じだってことよ」 「そんな勝手な理屈……っ」 イスタリカが目を伏せたその時、耳を聾するような地鳴りが洞窟内に響いた。 「揺れてる……地震?」 いや、宙に浮いたこの国で地震なんてありえない。 ということは…… 「末端の部分が崩落し始めたようですね」 皮肉にも、それは俺たちの作戦の成功で…… 今やそれが逆に、キリキリと首を絞める結果となっていた。 「このペースで行けば、ここもいずれ崩れるでしょう。今のうちに逃げてください」 「嫌。そこを私に譲りなさい」 鍾乳石より落ちる水滴は目に見えて減り、わずかばかりの泉水も急激にその水位を落としている。 このまま行けば泉は枯れ果て、幻創庭国イスタリカも塵と消えてしまうだろう。 そうなれば確かに魔法は無くなるのかもしれない。 だけどその代償として、オリエッタかイスタリカか……彼女らのうちどちらかがその身を贄として捧げなければならない。そんなの本末転倒だ。 しかも魔法使いが生まれてこなくなるというのがあくまでオリエッタの推論であるのに対して…… 誰かが犠牲になる必要があるというのは、すでに実証されている確定事項なのだ。 (くそ……ここまで来て……) 彼女たちの論争がどちらに決着しようとも、指をくわえて見ているわけにいかない。 この2人を同時に救わねば意味がないからだ。 「とりあえず、生徒たちの避難は中止に……」 「ダメよ。今日の機会を逃したら、また私はこのコのことを忘れちゃう」 「でも……!」 オリエッタを止めるために、また俺が自らの命を投げる? そんなのだって、ありえない。それこそ零周目となんら変わりない。 それに……彼女らが亡くなって悲しむ者がいるように、俺が亡くなっても他の誰かが悲しむだろう。そのくらいは自惚れてもいいはずだ。 だとしたらこの選択もなし――となると、どうすれば……なにかヒントはないか。 (違う……こんなのは役に立たない) (このカードは……) オリエッタの見ていた零周目の記憶――けど、俺も思い出した今じゃ何の意味も…… (……いや) ある……これには、俺の知らなければならないことが記録されていたはずだ。 俺が覚えているはずのない部分――つまりは、あの事故が起こった後のこと。 (俺はあの後、事切れただけじゃなくて……) 『私はそんな男の子、知らないよ』 『ボクも、見たことも……』 『私も、知らないです』 まるで最初から居なかった――知らなかったみたいに、周りの人たちから存在を抹消されてしまっていた。 (ここが何か、突破口になりそうな気がする……) 「イスタリカ」 「……なんでしょう」 「事故のあと、葉山たちが俺のことを忘れてしまったのを覚えてるな?」 「……ええ」 「あれは、おまえがやったのか?」 「違います。私が皆さまの認識を操作したのは、その後です」 イスタリカは無関係――となるとやはり、泉に持っていかれるということが、かの事態を指し示すということになる。 (ただ、命を落とすというだけじゃないんだ。何かがあるんだ) いや――これは突飛な発想かもしれないが、その死すらもその何かによる副産物なのかもしれない。 「また……!」 「律。アンタは今のうちに逃げなさい」 「バカか。おまえを放っていけるわけないだろ」 本音を言えば、あと少しで何かが掴めそうなんだ。 混乱を招きたくないから言うまいと思っていたけど…… 「いいわ。それなら、力ずくで飛ばすから」 「なっ……」 「もうやめてよ姉さん! 律さんは、そんなことしたって喜ばないでしょ!」 一触即発のムードになってきてしまった。姉妹喧嘩に巻き込まれているみたいでやりづらい。 だから、ここは思考の矛先を変えるためにも…… 「大丈夫か……? オリエッタ」 「平気よ……それより、アンタは早くどっかに行っちゃいなさい」 「姉さん!」 う……散らす火花がますます激しくなってしまった。 「頑張れ、イスタリカ……!」 「なによ、律……アンタは私の使い魔でしょ!」 「姉さんってば!」 う……散らす火花がますます激しくなってしまった。 「……聞いてくれ」 なるべく落ち着いた素振りで切り出すと、2人もそっと耳を傾けてくれた。 「やっぱり俺たちは、こんなところで言い争ってる場合じゃないと思うんだ」 「……そうですね」 「お互いを想うあまりに敵対するなんて、おかしい」 「だから……協力して立ち向かうべきだ」 「そんなこと言ったって……」 「誰に、ですか?」 「それは――」 「イスタリカ……おまえにだ」 「それが……律さんの意志ですか」 彼女を敵とし、彼女を打倒する―― そう宣言したはいいが、本当にこれでよかったのか? 「この国――幻創庭国に対してだよ」 「正確に言うなら、それを支えているシステム……この泉のことだけど」 人身御供を捧げなければ離別さえ許されないなんて、あまりに残酷な仕組みだろう。 それを保持していたイスタリカだって、言うなら長い時をかけて身を蝕まれていたようなものだ。 「……どうにか、出来ないかな」 心の底から訴える。 どうにかしてこの元凶を打破することが出来たなら、それが一番の解決法だ。 「……」 俺の提案を受けて、イスタリカは深々と思惟にふける。 その横顔は美しく、姉であるオリエッタよりもいくらか大人びて見えた。 「大昔……私がこの地を発見した時、水はまだ少し残っていました」 イスタリカでも諦めていたことから予測しえたことだが、やはりこの機構自体は彼女の創りだしたものではないようだ。 「けれど、人の気配はまるで感じられませんでした。単に誰も足を踏み入れてなかっただけとも取れますが、あれは恐らく……」 「私の先代にあたる“誰か”が……泉に飲まれてしまった結果だったのでしょうね」 「律さんが、そうだったように」 ぞくりとした。 泉は、その渇きが頂点に達した時点でその場にいた何者かを喰らう。 そして飲まれた何者かは、まるで最初から居なかったみたいに……消える。 その人の存在していた痕跡さえも、養分と化して腹に下す。 「イスタリカは、もしかして……」 「ええ。私もいずれそうなります」 「私が消えても、それを糧として泉が残るなら、再び誰かがその地位に座ってくれる。ただ私としては――それが姉さんであってはならなかった」 やっと全貌が明らかになった、イスタリカの思惑。 オリエッタと関係を切り離したのも総て、その狙いのために動いていたと見て間違いないだろう。 でも…… 「どうして急に……そんなこと教えてくれるんだ」 「少し冷静になっただけです。私たちがいがみ合っていても、意味ないですものね」 「それに私は、自分が消えたくないなどとは思っていません。姉さんを守るにはこうするしかないんだから」 「なら、最後に一度くらいは無謀を犯すのも悪くありません」 「そうね……私も、ちょっと頭冷えた」 「……律さん」 「ん……」 「本当に、私たち2人ともを救いたいと思っていますか?」 「当たり前だ」 「私のことを忘れて元の生活に戻りたいなら、今のうちに打ち明けてしまってください。総てを元通りにしてみせます」 「そんな必要はない。俺は、おまえのこともオリエッタのことも忘れたくない」 「律……」 「……判りました。では私も、今回に限り協力します」 全面的とは言わないものの、一応の休戦は取りつけられたようだ。 彼女のスタンスは崩れていないが、試してみるくらいならいいと判断したのだろう。 「とはいえ、時間も残り少ないですが……」 「てことは……」 試してみる……それはつまり、最後の抵抗。 俺たちを追い返すのではなく、俺たちと協力してこのシステムに抗うこと。 「オリエッタも……」 「……うん。さっきは、ごめん」 「判ればいい……でも二度と、自分が犠牲になるなんて言わないでくれ」 たとえイバラで満ちていたとしても、皆が無事でいられる道は存在しているんだ。 だったら、そこから目を背けちゃいけない。 「まず、考えるべきは何でしょう」 (これか……?) いや、違うな……これじゃない。 「やっぱり……消されることのメカニズムじゃないかな」 消されるというのは、ただ命を盗られるというだけではない。 あくまで俺の一例を鑑みればだが、その人物にまつわる過去までが抹消されてしまう。 「確かに、あれが最も不可思議ですね」 「あのままいったら、私も……」 零周目ではオリエッタにまで影響が及ぶ前に“リセット”されたから、彼女はその感覚を知らないままだ。 しかしあの時、オリエッタまでもが俺のことを忘れていたらを思うとぞっとする。 「あの現象が起きるきっかけは……」 「……?」 「……?」 「違うな、これじゃない……間違えた」 「言うなら、食事……泉の生存本能みたいなものだと思うんだよね」 渇いたから飲む。餓えたから喰う。 あくまで無機的な構造に過ぎないが、喩えるならばそういうこと。 「つまり、私たちは餌というわけですね」 「うん。ここまでは共通の見解だと思うんだけど」 食事とは、食物をエネルギーに組み替える過程のこと。 そしてエネルギーがこの水だとしたら、餌からは一体なんの栄養素を摂っているのか。 「この泉が直接“餌”にしているのは、少なくとも肉体じゃあない」 俺の肢体に肉体的損傷は見られなかった。 ゆえ、本当に喰われたものは他にある。 「これはあくまで、俺の一説なんだけど……」 「……」 「どうしたの?」 「いや……」 ここから何か考えが閃くかと思ったが、うまくいかない。 俺が本当に伝えたかったのは…… 「喰われたのは、その人の歴史……っていう考え方はどうだろう」 「れきし……? どうゆうこと?」 「うん。あの後、みんなが俺のことを忘れちゃったことを思い出して欲しいんだけど」 肉体がまだ残っているのに誰も覚えていないということは、その肉体はもはや俺ではないと考えるしかない。 では、俺は何によって俺たりえているのか。 やや哲学的な問いのようだが、それを俺なりに解釈するなら歴史、ないし過去というのがしっくり来た。 「つまり……その人がその人として生きてきた事実関係が総て無くなってしまうと」 「そういうことだな」 生まれた事実が無くなれば存在は維持できないし、生きてきた事実が無ければ誰も覚えているはずがない。 「もちろん、ただの想像にすぎないけど……辻褄は合うと思うんだ」 元より、魔法の温床となっているほどの代物だ。何が起きてもおかしくはない。 「面白い発想だと思います。さすが、ここまで辿り着いただけのことはありますね」 「ふふん」 「なんでおまえが得意げなんだ……」 「使い魔の功績は私の功績よ!」 「証明することは不可能なので、ひとまずそれはそうと仮定してみましょう」 「だとしたら、私たちがそれを回避するにはどうすればよいのでしょう」 「ふむ……でもその前に、ちょっと待って」 「なんでしょう?」 「イスタリカ、ちゃんと考えてる?」 「ちょっとは考えていますが……実はもう、律さんに頼ろうかと思ってます」 「こらこら」 「だって、優秀なんですもの。ね、姉さん」 「そうね……律の言うことに従ったからこそ、私はここまで来れたわけだし」 「……」 いいのかな……? 「ともかく……泉の捕食を回避する方法だけど」 「これを使って――は、難しいか……」 他にいいアイディアがありそうなものだ。 「身代わり……いわば代替品を用意するっていうのは、どうかな」 「そうすると、どうなるわけ?」 「この泉ってやつは、要は餌さえ食えれば何でもいいんだよ。それがオリエッタやイスタリカじゃなくても」 「それって……」 オリエッタの表情が曇る。 「その代わりには、何を用意するおつもりですか?」 「まさか、他の人を連れてくるとか……?」 「いや、それについてはまだ考えてないんだけど」 「ですが、考え方としてはいいかもしれませんね」 「せめてなんかヒントがあればいいんだけどな……」 「ヒントか……」 「そうは言っても、ヒントを出せる人物さえ居ませんからね」 「古い文献とかに無いの?」 「無いでしょう。先の推測が正しければ、恐らくそんな出来事すらも消されてしまっているはずですから」 「そっか……」 「ヒント……ヒント……ううむ」 確かにヒントがあれば幾分ラクになる。 なにせ、今のままでは雲をつかむような話でしかないのだ。 「ヒントを得る方法……」 「いきなり解決策よりも、手がかりから拾っていくというのはアリかもしれませんね。ただ……」 手がかり。 足がかり。 取っかかり。 それらは総て情報だ。それらをどのようにして獲得する? 「今はもう時間がありませんから……あまり悠長に考えている時間はないかもしれません」 「時間がない……」 時間がない……本当にそうなのか? 少し考える。 そして、一筋の光芒が脳裏に走った。 「いや……」 閃いたこの一手はしかし、失敗すれば総てが水泡に帰す大博打だ。 「ひとつだけ――たったひとつだけ、やり方ってのを思いついた」 「ただ、うまくいくかどうか判らない……これは当たり前だけど」 「それに、これはすごく危険だから……2人にも、覚悟して聞いて欲しいんだ」 特に一度、伸るか反るかの死線をくぐり抜ける必要がある。 「……」 「はっきり言って、俺たちのうち誰が欠けてもおかしくない」 「でも、うまくいけば――」 総てを万全にする道筋への、大きな道しるべを手にすることが出来る。 「……判りました」 「その案、お聞きしましょう」 「ああ……じゃあ、説明するよ」 まず、今回の作戦の鍵となるのは―― 違う、これではなく―― ああ、もう。 いくら回っても見つからなくて、いよいよ探すのをやめようかと思い始める。 「どこ行ってんのよ、あのアホども……」 先ほどから地震、地鳴りが頻発している。 それに伴って、山間部など土地の側端が崩れてきているとの報告も入った。 明らかな異常事態。ただ幸運だったのは、生徒もほとんど残っていなかったことだ。 そう、ほとんど……つまり、一部の少数を除いてである。 「ていうか、生徒だけじゃないわね……」 あの3人の教師陣もまた、一向に姿を見せていない。 と、悪態ばかりついていると…… 「あ、いた! シャロン、ミス夏本!」 「ジャネット先生……」 校庭の裏で仰臥していた2人には、緊張感の欠片もない。 「なにのんびりしてるの、今ここヤバイわよ!」 「でも、シャロンさんが……」 「シャロン? どうしたのよ、寝てるだけじゃない」 「起き上がれないみたいなんです」 「え、ちょっと……なんで」 「んぁ……なんだ、夢子様っすか」 「夢子ゆーな」 何かと思えば、平常通りじゃないの。 「腹痛え、頭痛え、耳痛え。そういうわけなんで、あちしのことは放っといていいっす」 「んなこと出来るわけないでしょ……仕方ないわね。ミス夏本……いける?」 「ええ、2人ならなんとか……」 そういうわけなので仕方なく、2人でシャロンを抱え上げる。 すると…… 「何よこれ、軽すぎじゃない?」 「へっへ……どうっす、羨ましいっすか」 「そんなレベルじゃないですよ……」 多く見積もっても5キロ、その程度の重量しかない。 「ミス夏本……あんた1人でもおぶれる?」 「え、ええ……この重さなら」 「待つっす。どこへ行くつもりっすか?」 「あんたらみたいなアホがあと6人もいるのよ。どこにいるのか知らないけど、さっさと見つけて連れてこないと……」 「そいつらの居場所なら、あちしが判るっす。あちしを連れてくっす」 「ええ……?」 怪しいものだけど、さすがにこんな状況で嘘もつくまい。 「判ったわ……それじゃあ、ミス夏本は先に飛行艇へ行ってて。んで悪いけど、そこでもうちょっと待っててもらえる?」 「いえ、私もついていきます……兄さんが」 「ダメよ。私も教師として、あんたたちの面倒を見なきゃならないんだから」 「でも……」 「いいからふーこ様は戻ってるっす。後はあちしらに任せて」 私の背中におぶられたシャロンが、うめきながらも声を出す。 あまりに身軽すぎて、おぶっていることすら忘れそうだ。 「シャロンさん……判りました」 「それじゃあ……行くわよ、シャロン。ミス白神やミスオリエッタはどこにいるの」 「ああ、まずは図書館……それと、お願いなんすけど」 「助けるのは、あと6人じゃなくて……7人っす」 「……どうだった?」 「うん……みんな避難できてるわね」 オリエッタいわく電波のようなものを飛ばして、その網で生命体の反応を感知する。 そんな魔法を駆使したところ、すでにこの土地には俺たち以外に残っていないという結果が出たようだ。 「……」 微動だにせず、静寂の中で時を待つ。 入った当初はぴちゃぴちゃと音を立てていた水滴の落下も、今や生徒たちの避難に伴って全く動作を停止している。 後はもう、開始の合図を待つだけだ。 そう、つまり…… 「来るか……?」 「恐らく、そろそろでしょう」 俺たちが賭けに乗ると決めてから、都合4度目の地震である。 イスタリカの言うとおり、そろそろだ。 中枢部であるここも……崩壊の危機にさらされるのは。 「来たっ……!」 「すげえ、ぐらつく……!」 ここ以外の状態が見えないだけに怖い。 世界がまるごと揺さぶられているような気になる。 「律、池が……!」 「……枯れてる?」 泉が完全に枯れる――この瞬間イスタリカとこの地の繋がりは切れて、彼女も脱出できるようになる――が。 「来ます……!」 そうは泉が許さない。この渇きを満たすため、逃しはしないとやってくる。 轟々と軋む鳴動が、なにか獣の唸りにも聞こえる。 そして、その時はやってきた。 「うおっ――」 「っっ……!」 この上もなく乱暴に、身体が泉に吸引される。 喰われる――飲み込まれる。 「これが、食事か――」 イスタリカがこの座について数百年、ついに餌を切らした泉が大口を開けて俺たちを喰らわんと迫ってくる。 (見るんだ――これがどういう現象なのか、しっかりと目に焼き付けろ) 怯えてはいけない。落ち着いて、目の前で起きている事象を分析するんだ。 「おっと」 しかし、その誘引はすぐさま霧消した。なぜなら―― 「やっぱり、私なのねっ――」 奴が俺たちを差し置いて求めたのは、他ならぬオリエッタだったから。 だが、これはあくまでも予想の範疇。 『私たちの中で最も食べられづらいのは、恐らく律さんでしょう』 『……男はおいしくないとか?』 『いえ、ただ密度……魔力の多寡の問題です』 『つまり、私が一番あぶないってわけね』 『はい。私に魔力はもうほとんど残っていませんから……姉さんが一番“おいしそう”に見えると思います』 『年老いているのは私ですから、私にも牙を向けるかもしれませんが……』 こういう時に備えて、俺とイスタリカは目一杯オリエッタのサポートに回るよう手はずは整えられているのだ。 まずは、物理的手段に訴える―― 渦中に引きこまれつつあるオリエッタに当たらぬよう、横殴りの衝撃波を泉に浴びせる。 その威力は姫百合先輩の扱っていたものと比べれば小規模だが、この広いとは言えないフィールドではむしろ都合がいい。 が―― 「効かないよね……やっぱり」 連発など試してみるも、オリエッタを飲み込まんとする力はまるで衰えを感じさせない。 オリエッタもオリエッタで本気の抵抗を見せているものの、それでも着実に泉の底へと引きずり込まれている。 ただ、ダメで元々だ。ハナからこんな力任せが通用する相手だとは思っていない。 だが―― 「っ……あ、あれ!? カードが!」 「!?」 使用したばかりのクロノカード“神魔討撃”が、みるみるうちに白く塗りつぶされていく。 そして終いには何も書かれていないまっさらなカードとなって……消えた。 (これは……) 「……食べられています」 「喰われてる……?」 「はい。カードそのものも、餌に見えているのでしょう」 「とは言え、まったく腹の膨れている様子はありませんが」 つまり、今の現象こそが……かつて俺が味わったものだというわけだ。 「予想外だな……」 しかし、ここまで来たら引き返せない。 「次――」 右の手に掲げる、葉山の魔法。 絶対王言――相手をこちらの命令に屈従させる支配の方術。 「言うことを聞け。動きを止めろ。そいつを放せ。何も食べるな」 立て続けに命じる。が―― 「効いて……ませんね」 「これでもダメか」 やはり最低でも、人語を解する程度の相手でないと通用しないらしい。 「まただ……!」 再び、使用したカードが飲み込まれていく。 下手を打てば、オリエッタがこれらカードと同じ末路を辿ることになる……そんなのは絶対に許せない。 「ああんもう、しつっこいのよ!」 いつまでも止まないお誘いに業を煮やしたのか、魔手から逃れれつつもオリエッタが反撃に出る。 けれど、それも所詮は蟷螂の斧。泉には何の痛痒も与えられない。 (そろそろ危ないか……?) 食事の始まった頃合いよりも、オリエッタの位置がかなり底部に近づいている。 だが、まだ若干の猶予はある。 ゆえに、試せるだけ試す! 「天降霊祈――炎・水・風・地」 4大属性を司る精霊が、泉の中心部へとその勢力を結集させる。 だが案の定と言うべきか―― 「なんもナシかよ……」 勢いを殺すどころか、泉の魔物はカードを嬉々として飲み込み、精霊達もたまらず自分の世界へと逃げ去っていった。 「いや――そうでもないわ」 「オリエッタ?」 「さっきより、少し軽くなってる――かも」 「ほんとか!?」 だとしたら、今の攻撃に意味があったのだろうか? それとも、今までの積み重ねがようやく効いてきたのだろうか? やっと、わずかなヒントを得た。だけど、これを活かす考えに至るには時間が足りない。 でも―― 「時間がないなら――創ればいい」 ヒントなど情報に過ぎぬのだから、頭の中にさえ残っていれば上等だ。 「いくよ、オリエッタ! イスタリカ!」 「はい!」 「お願い! 私もう限界!」 そう――俺の考えた作戦とは、オリエッタの魔法を利用してこの土壇場から巻き戻るということ。 前例がない以上、自分たちで作るしかない。 通常なら手遅れになるところだが、それを逆転させる反則技を俺たちは有しているのだから。 「輪廻――転星」 そして、俺たちは事の起きる前の時点へ着く。 関係のない人たちは面食らっていることだろうが、今回ばかりは見逃してもらいたい。 たとえば、こんな一幕があった。 『イスタリカの魔法で、他の人の記憶をいじることは出来ないの?』 『難しいかもしれません……あれは、多大な時間と労力を要するので』 そういうわけなので、こんな一瞬の“リセット”にはイスタリカも対応できない。 しかしまあ、何はともあれ…… 「成功……かな」 「……ですね」 「あ……危なかったぁ〜」 「悪い、オリエッタ。危険な目に遭わせて」 「……うん。怖かった」 オリエッタが一歩こちらに近寄ったので、俺も近づく。 「……」 向こうも近づく。 「……」 俺も近づく。 ぶつかった。 「……ごめんね」 「うん」 どうしよう。 優しい言葉をかけてあげる? 頭を撫でてあげる? (いや、こういう時こいつは……) 「……えへへ」 抱きしめてあげた。 いつしか――本当に遠い昔にも、こんなことをした覚えがある。 「それで……ヒントは得られましたか?」 「……そうだな。イスタリカも気づいたと思うけど」 「最後の、あれね」 最後の一撃にてようやく、ごくわずかではあるものの泉の進撃が弱まった。 「どう思う?」 「これは当然、推測ですが」 「お腹が満たされたのではないでしょうか?」 「お腹が……」 「満腹ではなかったのでしょうが……多少なりとも、食欲が軽減されたのではないかと思いました」 「そういえば……」 言ってしまえば、この泉自体がすでに胃袋のようなものだ。 確かに思い返せば、あの時……泉の底で水の跳ねるような音がしたような。 「それじゃあ結局、アイツをお腹いっぱいにすればいいってことよね?」 「そうなる。けど……」 俺の持っている中でも強力無比な魔法ばかりを連打したつもりだ。 それでもあんなに僅かしか腹が満たないのなら、一体いくら打てば奴は満足するというのだ。 「物量作戦……といったところですか」 「そういうことなら、今度は私も加勢するけど」 泉は魔法を糧にする。だから魔法を打てば良い。 至極単純な理屈だが、求められる量が膨大すぎて現実味がない。 「あ……来る」 「それじゃ、今度はそれを試してみるってことでいいわね?」 「やはり駄目そうなら、またここへ戻ってきましょう」 もう二度目とあって、一度目にあった緊張はもはや無い。 それに、二度目があるということは三度目も約束されているということだから。 何度だって試行して、会心の道筋を見つけるまで諦めない。 これこそが、この魔法のポテンシャルを最大に生かした方法だろう。 「……あれ?」 「どうしたの?」 「カードが足りない」 「……なんのカードですか?」 「神魔討撃……今から準備しておこうと思って」 けど、どうにもそのカードが見当たらない。 「落としたんじゃないの?」 「いや……あれ……?」 おかしい。 なんでだ。 導火線に着いた火のように、わずかな焦りが次第にじりじりとせり上がってくる。 「……律さん」 「イスタリカ……」 「その他に……先ほど使ったカードは、持っていますか?」 答えたくなかった。 己の間抜けさを、告白するようなものだから。 「持って……ない」 「……すみません」 計り知れない悔恨が、イスタリカの声遣いから滲み出ていた。 彼女の頭の中は俺と同じく、視界を赤く塗りつぶす程の忸怩に染まっていることだろう。 「え、何……? どういうこと?」 「私が、気づくべきでした……」 「いや……気づいても手遅れだったよ。仕方ない」 「なんなの……?」 「覚えてるだろ。さっき、クロノカードが飲まれたのを」 「そうだけど……時間を戻したじゃないの」 そう……だけど、今回に限ってその理屈は通用しなかった。 「忘れてるよオリエッタ……クロノカードは、時間逆行の影響を受けないんだ」 「あっ……」 幾度もの周回を超えてなお、俺がカードを持ち続けていた大原理。 まさかそれが、こんな形で足をすくわれるなんて……! 「くそ……!」 ひときわ大きい地鳴りが来る。本震だ。 「じゃ、じゃあ……どうするのよ?」 「もう、やり直しは出来ない……」 そして、もちろん……それに失敗すれば、オリエッタは―― 「こうなったら、私が……」 「やめとけ……おまえはぜんぜん制御できてないだろ。取り返しのつかないことになったらどうする」 後悔と憤怒と恐怖と混乱で頭がおかしくなりそうだ。 こうなったら、もう…… 「逃げるか……?」 このままやっても勝ち目などゼロに等しい。 泉の水が枯れた今なら、イスタリカも逃げ出すことが出来るはず。 それなら、いっそ…… 「いえ……」 「もう、それにも及ばないようですね」 泉が枯れる――悲鳴のような雄叫びが洞窟内に響き渡る。 言うなればこれは、泉の腹の虫とでも形容すべきものか。 (嘘だろ……) 努めて弱音は吐かないようにしてきたが、心の中ではどうしても漏れる。 こんなぶっつけ本番は望んじゃいなかった。 だって先の感触で言えば九分九厘、オリエッタが飲まれてしまうのは確定で…… 暗い未来を思い描くたび、足ががくがくと震えだす。 「もう……私がどうこうしたところで手遅れでしょう」 「こうなった以上は……私も非力ながら、律さんに全面協力します」 「絶対に、姉さんを奪わせはしない」 そして―― 「来たわねっ――」 足腰の座っていない俺を泉はたちまち吸引する。 このまま俺が飲まれても、それでこいつらが助かるなら悪くない……? 「ダメ、だって――」 俺はなんのためにここにいるんだよ……バカじゃねえのか。 オリエッタにさんざっぱら注意したことを、自分でやってどうするよ。 「抵抗しろよ、オリエッタ! 自分が犠牲になろうなんて考えるな!」 「言われなくても判ってるわよ、バカ!」 駄目元でもやらないよりマシだ。 俺に出来るせめてもの抵抗を―― 「効いてくれ……!」 雷を落とすも、これだけでは効きそうにないか……。 「効いてくれ……!」 雷を落とし、催眠の魔法をかける。 なかなか効果的な組み合わせだと思うが、こいつを相手に通じるのか? だが、それに加えて―― 「えいっ!」 オリエッタも持てる総てを尽くして泉に対抗している。 しかしそれでも、追撃の手は止まらない。 「少し、水が湧きました」 「!!」 水が湧く――それはすなわち、こいつの胃袋にモノが溜まったということ。 「だったら――」 手当たり次第、奴の餌になりそうなカードを滅多矢鱈に発動していく。 収集したカード総て、使い尽くすくらいの勢いで。 「どうだ……?」 「また少し、湧きました」 「ごくごく微量ですが……」 「埒があかないな……!」 恐らくその程度では、全体の1%にも及ぶまい。 より高密度な餌を求めて暴走しているのも頷ける。 「確かに、そうですね……」 「姉さん……」 傍観に徹していたイスタリカが、祈りを捧げるように瞑目する。 「少し、借りますよ」 果たしてそれは届いたのか、かっと開眼してその腕を振るう。 「神魔討撃」 「なっ……!」 突如として発生した桁外れの衝撃に、俺は大きく吹き飛ばされて尻餅をつく。 泉による反撃かと見まごうたが、イスタリカの囁きを思い出して納得する。 「イスタリカおまえ、もう魔法は使えないって……」 「ちょっと魔力を借りただけです。私ひとりじゃ無理なのは変わりませんよ」 「水が……!」 「多少は効果もあったようですね」 逃れようとするオリエッタの顔にも若干の安堵が浮かぶ。 このペースでいけば――誰もがそう思った瞬間だった。 「――っ!?」 「っっ――」 一旦の落ち着きを見せたと思いきや、その活動はたちまちにして復活した。 いや、復活したどころではない。 俺たちまでまとめて丸呑みにしようというほど、その吸引力は強まっていた。 「そんな――」 冷静だったイスタリカにまで諦観の色が浮かびかける。 このままじゃ、全員が喰われてしまってもおかしくない。 いや、もともと眼中になかった俺たちでさえこうなら、オリエッタは―― 「ッッ――」 「助けて、りつっ――!」 「オリエッタ――」 あのままじゃあいつが――消えてしまう。 その身体も、声も、香りも―― そして、俺たちの記憶からも。 (嫌だ――) そんなの、そんなの絶対に認めない。ありえない。 心の底からそう想う。希う。 でも――そんなことをしても、何も変わらない。 いくら怒っても願っても、漫画のように都合のいい能力に目覚めたりはしない。 「待ってろ……今、助けるから!」 自己犠牲なんかじゃなく――助けてくれって、俺を信じて、叫んでるんだ。 だったら……応えてやらないといけないだろう。 (でも……!) そう安請け合いしたところで、俺に出来ることなど何がある? (いや……あるはずだ、何か) 新たな力が芽生えぬのなら、やれる範囲でやるしかない。 俺だって男なんだ。何も出来ないなんてことはない。 「――姉さんっ!」 「イスタリカぁっ――!」 オリエッタが――飲まれる。 止めないと――オリエッタが飲まれるのを止めないと。 『これはあくまで、俺の一説なんだけど……』 『喰われたのは、その人の歴史……っていう考え方はどうだろう』 泉に取られるのは、その人の歴史。 その人がその人として生きてきた、その人を形作る過去の結晶。 『ともかく……泉の捕食を回避する方法だけど』 『身代わり……いわば代替品を用意するっていうのは、どうかな』 『そうすると、どうなるわけ?』 『この泉ってやつは、要は餌さえ食えれば何でもいいんだよ。それがオリエッタやイスタリカじゃなくても』 だがどうだ? 今の泉はカードなんかに見向きもせず、ただひたすらにオリエッタを貪り喰わんとしている。 (どうする――?) こいつの進撃を、食い止めるには―― こいつの暴食を、押し留めるには―― 「これだ――」 だが果たしてこんなことが出来るのか? いや、今はもう考えている時間も惜しい。 たとえ億分の一でも可能性があるのなら、俺たちはそれに懸けるしかないんだ。 「そんなにオリエッタが欲しいのなら――」 オリエッタのクロノカードを掲げる。 そして俺は、それを―― 「これでも食ってろ、バアカ」 泉の底へと、放り投げた。 「え――!?」 「!?」 「よし――」 オリエッタを欲しているのなら、また別のオリエッタを用意してやればいいという無茶苦茶な理屈。 しかし無茶でも俺の狙い通り、泉の矛先はカードの方へと逸れた。 「律さん、もうひと押し!」 「判った――」 この泉が人物の歴史を喰らうというなら、あのカードにも当然それが込められているというわけだ。 だから、もっと、教えてやる――オリエッタという女の子の歩んできた、軌跡ってやつをさ! 「豆乳――」 オリエッタの好物――なのだけど、好んでいる本当の理由はおっぱいを大きくしたいから。 まったくもって可愛らしい。恥ずかしがってるところもいじらしい。 だけど……こんなくだらない情報でも、立派にオリエッタを構成しているファクターだ。 (零周目の時、俺は彼女を救うことしか出来なかった……) でも、今は違う。 何度も何度もやり直して、そこで得た総てを俺は持っている! 「ニャット帽――!」 ある日、彼女はシャロンと喧嘩した。 その後いろいろな経緯があって、その果てに作り出されたのがこの帽子。 「すごい――今、水が!」 「オリエッタ! 早く!」 「判ってるっ――」 オリエッタの歴史を糧として、着実に満ちていく泉の胃袋。 オリエッタもその隙をついて逃げ出そうと踏ん張るも、まだ足りない! 幻創庭国から出られない彼女が、部屋でかじりついて外の情報を眺めているもの。 ことのほか機械に詳しいというのが、意外と言うべきからしいと言うべきか。 「まだまだ――」 オリエッタが――いや。 俺とオリエッタが刻んできた歴史は、この程度じゃあ終わらない! 「おまえが買ってくれた、俺の腕時計――」 不思議な感覚だった。 まるで、目の前の泉が次第に水量を増していくように、俺の中から記憶が次々と湧き出てくる。 「こんなもん高いって言ったのに、おまえは……」 思い出すほどに愛着がわいて手放したくない。 だけど……こんなに大切なものだけど、あいつ本人には代えられない。 「くれてやる!」 オリエッタが俺に与えてくれた宝物――それは断じてこれだけじゃない。 「手編みのマフラー……」 確か、刺繍を頑張ったとか言っていたっけ。 馬鹿馬鹿しいことに、これをもらったのは猛暑まっただ中の8月だった。 俺は無理してつけていたけど、本当に温かかったのは気温じゃなくて真心で。 まあ、そんなことにも気づかないあたりとんだアホなのだけど、そんなアホを好きになってしまった己を恨むしかない。 「これ、超プレミアなんだからな!」 「今です――」 「姉さんを、放せ!」 「わああっ――」 「姉さん、大丈夫!?」 どうやら、オリエッタは難を逃れたらしい。 だけど、これで十分か? 「まだだよな……!」 ここまでしぶといんだ。ただじゃ引き下がってくれないだろう。 「だけど、俺も――まだ弾は残ってるんだよ」 この幾重にも連なる円環の中で、夏本律とオリエッタが共に歩んできた証を―― この世界の出来事でなくても、それは確実にあったはずの足跡を―― その総てを今ここで、この泉に注ぎ込む! 初めて出会って、その高慢な態度に面食らったこと―― 胸のことを気にして、いつも豆乳を飲んでいたこと―― 恋人の練習とかなんとか言って、水族館へ初デートに出かけたこと―― その帰り際、甘酸っぱい想いを自覚した俺がおまえを強引に抱きしめたこと―― 不安げな顔してキスを待つおまえの、ほっぺたにキスをしてやったこと―― それら総ての想い出が、脳裏で色鮮やかに甦ってくる。 不思議なものだ。他人事だと思っていたのに、いざこうしてみると自分のこととしか思えない。 なぜだろう……今の俺の心境に、当時の俺と通ずるものがあるのだろうか。 「泉が……」 「溢れてる……」 もう満腹? 否、まだいけるだろう。 まだまだ――俺とオリエッタの過ごした時間は、こんなに薄っぺらいもんじゃないんだ。 自ら曲げてしまった結末を修正して、おまえから告白してきたこと―― 恋人として結ばれて、お互いに初めてキスをしたこと―― 夏休みに入ってからのデートで、オリエッタが初めて海に行ったこと―― 念願のうさ宗ショップを訪れて、キラキラ瞳を輝かせていたこと―― 真夏だということも忘れて、満面の笑みで俺にマフラーを編んでくれたこと―― 俺とオリエッタが初めて結ばれて、彼女がほっとした表情を見せたこと―― 全部、全部が、今の俺たちを作り上げている歴史なんだ。 だけど、それは本来あってはならないものだから……消えゆくこの地へ、せめてもの手向けとして捧げてやる。 「すごい……!」 「これが、本来の泉……」 みなぎる水面はゼラチンのごとく、まるで固形物が流動しているように乱れがない。 かつ散乱する光虫をきらきらと照り返して、目を奪うほどに美しかった。 「懐かしい……あの日のようです」 過去を回顧するイスタリカ……しかしその郷愁の深さは、俺にもオリエッタにも窺い知れない。 「でもこれで……大丈夫、なの?」 「たぶん……」 満腹状態に達したことにより、泉は食事活動を停止していた。 「ですが、あまり長居もしていられませんよ」 「イスタリカ……」 「たとえこの場を食い止めても、もうこの地の崩壊は止められません。早く逃げ出して……」 「え……嘘、今のって」 「……」 微かだったが、俺も感じた。 地震……いや。 「!?」 「嘘だろ……」 なんだこれは……凪いだ湖面は一転、間欠泉のように煙を吹き上げていた。 「あ……熱っ!」 「……蒸発しています。このままだと……水も、全部」 「だったら……追われないうちに、早く逃げよう!」 「ええ!」 クロノカードが腹に合わなかったのか、土地の崩落を抑えきれなかったのか―― とかく、今は考えている余裕がない。 奴が襲ってくるとしたら再びその質量が枯れた時――つまりは完全に蒸発し切った後だ。 あのペースでいつまで保つのかは判らないが、なるべく早く、遠く、逃げるしかない。 「くそ……長いな、まだか!」 「まだ半分も来ていません! 急いで!」 今一度、あの泉に喰われかけたら手持ちのカードでは抵抗できない。 今度こそオリエッタを持っていかれるだろう。 だからそうならないためにも、早く――! 「あっ――!」 「イスタリカ!?」 「どうした!」 数分も走り抜けた地点で、最後尾に位置していたイスタリカから悲鳴が上がる。 「……引っ張られて……!」 「イスタリカ! 掴まって!」 イスタリカは両の手を地面に食い込ませて耐えているが、この距離でなお吸い込まれるとは信じがたいパワーである。 しかも今度は餌の選り好みなどせず、手近にいたイスタリカに的をしぼっているようだ。 「イスタリカ、こっち!」 手を伸ばし、捕まえる。 彼女のことも、絶対に離してはならない。 ここで彼女を失ったら、なんのためにここまで来たのか―― 三者一様に力を振り絞って、絶対に放せないと気持ちが通じ合った瞬間―― それは、唐突にやってきた。 「う――おおぉぉぉっ!!」 「きゃあああっ!!」 まず現象として第一に言うなら、俺の進行方向先が崩れ落ちた。 それだけならまこと不幸なハプニングだったのだが、そこから覗けたのは目を焼くような晴天と…… 「律くん! オリエッタ!」 「みんな、大丈夫!?」 「先輩、葉山……諷歌も」 あまりにも馴染みのある面々が揃っていただけに、仰天しすぎて最初は口も利けなかった。 「どうして、こんなところに……」 「その話は後でいい。とりあえず、乗って!」 「……判りました! オリエッタ、イスタリカ!」 「うん、大丈夫!」 「今、行きます……」 「あ……その方は」 イスタリカをひと目見た瞬間、諷歌は雷に打たれたように目を丸くしていた。 「お久しぶりですね……諷歌さん」 「イスタリカさん……やっと、思い出せました」 「全員乗ったよ! 直ちに避難して!」 姫百合先輩が操舵室へ伝令すると、飛行艇は猛スピードで幻創庭国から遠ざかっていく。 「イスタリカ……」 「なんだか……忘れていたのが、嘘みたい」 「ふふ。本当に久しぶりですね、姫百合さん。秋音さん」 「それにしても、どうしてあんなところに……」 「シャロンが、イスタリカの場所なら判ると言うからね」 「それは、シャロンにお礼を言わないと」 そう思って見回すも、見当たらない。 「……あれ? シャロン、どこだ?」 「それに、ランディとかメアリー先生は……?」 「シャロンさんなら、私の足元にいます」 「ランドルフさんは、ここに」 「メアリー先生は、現状シェリーと同じ鉢に入れてある」 「へ――?」 な、何を言って…… 「みんな、向こう見て!」 たっぷりツッコミのワードを考えていたのに、それはオリエッタの一声で中断された。 そして一同、置き去りにしてきた幻創庭国を見やる―― 「……」 「……」 「……」 「……」 遠方に眺む幻創庭国――しかしその姿はすでに、過日あった原型を留めていない。 ぼろぼろと、タイルのように剥がれ落ちていく土地の外殻。 校舎……教室……校庭……温室……寮……図書館……。 馴染み深かったそれらが跡形もなく消えてしまうのが、ただ言いようもなく寂しい。 「なんだか……ずっと、あそこに居たような気がするな」 「……ボクも。実際は、ひと月ちょっとだけなのに」 そのひと月ちょっとを、俺たちはいくら繰り返したことだろう。 いや……俺たちがそう感じるのは、単純に期間の問題ではないのかもしれない。 「先輩と会った時のこと……思い出してました」 「……奇遇だね。私もだよ」 俺たちよりもずっと長い間を共に過ごしてきた、諷歌と姫百合先輩。 俺の見た彼女たちの間柄なんて、彼女たちからしてみればごく一部に過ぎなくて…… 俺たちがそうであったように、あそこに至るまでのストーリーがいくつもあったのだろう。 「本当に、もう……終わりなんですね」 「イスタリカ……」 イスタリカは、俺たちの総てを持っても敵わないほどの長い年月をあの土地と共に過ごしてきた。 イスタリカという国名の通り、あの国は彼女そのものなのだ。それに込めた想いは誰よりも深い。 「ごめんね……みんな」 儚げに笑うと、彼女は足元に擦り寄っていた黒猫を抱いた。 シェリーと同じ鉢に入った花を指先で遊んで、葉山から魔導書らしきものを受け取る。 吹き付ける風をBGMにそのやりとりを見ていると、今度は操舵室からの伝令を姫百合先輩が受けていた。 「どうしました?」 「みんな、しっかりつかまって。この船はもうすぐ不時着するらしい」 「不時着……ですか」 「トラブル?」 「もうほとんど、魔法が効かなくなっているんだ。空を飛ぶことが出来ない」 「あ……」 「……そっか」 魔法が、無くなる。 そんなもの無くて当たり前と生きてきた俺でさえ、いざそうなってみるとショックがでかい。 本当に、あの地で過ごしたひと月以上は濃かったのだろう。常識を塗り替えてしまうほどに。 「魔法が……」 「……オリエッタ」 「……そうよね。元々、ニンゲン界には無いものだものね」 そしてもう、マホーツ界そのものが消えてしまう。 人生の大半をあの地で、魔法と共に暮らしてきた彼女は今、どんな想いでそれを受け入れているのだろう。 「もし何かあったら……俺が助けてやるからさ」 「りつ……」 「困ったことがあったら、何でも言えよ。もう魔法には頼れないんだから」 「……うん、判った」 そう言って……彼女は皆に見えないように、そっと俺の手を握った。 (バイバイ……イスタリカ) そうして、幻創庭国イスタリカは大空に飲まれて消えていった。 あの国を創造した源泉もまた消滅して、魔法の存在がこの世のあらゆる場所から取り払われた。 クロノカードという道具もさっぱり消え去り、循環していた頃の記憶も最近ではだんだん薄れてくる始末。 ブランクの浅い俺と葉山でさえ再びニンゲン界に馴染むのは苦労したくらいだから、他の人なんてそれはもう大変な思いをしているだろう。 ……ああいや、もう、ニンゲン界とかいうくくりは無いんだっけ。 でも、あの時にあったことを忘れないためにも……そういう認識は持っていていいかもしれない。 さて、んじゃあ……オリエッタその他が、どれほど苦しんでいるかを見に行こうかな。 「やっぱり、信じらんないよな……」 海の向こう、遠い天を仰いで、そう呟く。 あそこに俺たちの国が、学校があって、そこで色々な出来事もあって…… 「夢みたいだったけど……夢じゃないもんな」 そんな一言で済ませられるほど簡単じゃなかった。 あの地であったことは、忘れたくないし忘れられない。 「……行くか」 幻創庭国の想い出を、一緒に共有する仲間に会いに。 「はぁ……やっぱり涼しいね〜。ここに立ち寄って正解だったよ」 「え、どうして女の格好してるのかって?」 「ボクはもともと女ですっ!」 「ていうかそれ、傷つくんですけど……そこに関してはちょっと失敗だったかも」 「ま、いっか……なんか最近は、おりんちゃんといい感じみたいだし」 「はいはい、言い訳はいいから。ボクだってちゃんとお祝いするよ?」 「こっちでの生活? もちろん平気だよ。って、元々こっちに住んでたし、学校だって一緒に通ってるじゃない」 「でも、逆に他の子達が慣れなくて大変そうだよ。ほら、男子校にもあったでしょ。特有の生活習慣みたいなのが」 「ふふっ……やっぱり、ウィズレー魔法学院のあとじゃ、男子校には戻りたくなかったんだね」 「まあ、おかげでみんなと一緒にまた学校生活が楽しめるから、ホント良かった〜〜」 「あれ、もう行っちゃうの?」 「……判った。それじゃ明日また、学校で」 「え、あ……律くん」 「また、こんなところで会うなんて……君はもともと知ってるからいいものの」 「確かに、学校が変わればハンバーガー程度で騒がれることはないって思ってたんだけど……」 「そう甘くはなかったみたいなんだ」 「うん……うん、聞いてよ。律くん」 「私はもう、ウィズレー魔法学院に通ってた頃のように、お兄さまだかお姉さまだか……」 「そういうポジションに付きつつあるらしい」 「笑い事じゃないんだよ、もうっ」 「むしろ地元の学校なぶん、前より知り合いに見られる恐れが高くなったくらいで……」 「苦労するよ、本当に……それより、昼食はもう摂ったかな?」 「残念。それなら、またの機会に」 「いずれ、同窓会のようなものでも開こう」 「あっ……兄さん!」 「私を待ってたんですか?」 「それよりもライブ、サイコーでしたよ! 兄さんも来ればよかったのに!」 「お母さんから伝言? なんでしょう」 「適当に献立ってまた、いい加減ですね……」 「でも、どうしてメールで済ませなかったんですか?」 「兄さん、まだ向こうの習慣が抜けてませんね」 「確かに、イスタリカじゃ携帯電話が使いづらかったですもんね」 「よし、それじゃあ買い出しに行きましょう」 「あれ……兄さんは来ないんですか?」 「ふうん……デートですか。いいですね」 「頭にオのつく人とデートでしょう」 「今日“は”違う……? へーそうですか……」 「あ、兄さん! 逃げるなんてずるいですよ!」 時計を見ると15時30分――そろそろいい時間かな。 「広場に居るって言ってたからなあ……」 姉のほうはともかく、妹のほうと会うのはずいぶん久しぶりだ。 それに、あいつらとも。 「……いた」 そよぐ秋風にその長髪をはためかせて、2人は原っぱに佇んでいた。 「あ! りつー!」 「……オリエッタ」 「……お久しぶりです、律さん」 「うん、久しぶり」 「マイナス15分の遅刻ね!」 「間に合ってるじゃん。超えらいよ俺」 可愛らしくはしゃぐオリエッタとは対照的に、落ち着いた仕種でページをめくるイスタリカ。 その膝の近くには、よく見れば…… 「あ……」 物言いたげに喉を鳴らし、すこぶる綺麗な毛並みをたたえて、なごやかに寝っ転がる黒猫――シャロン。 「それに、その帽子って……」 「新しく作ってみたの。今のシャロンのサイズでね」 所々ほつれている不細工さに、ちゃんと耳が出るよう設計されている猫用ニット帽……ニャット帽だ。 「そろそろ涼しくなってくる頃だし、いいんじゃない?」 そう言うと、シャロンはチロリと舌を出した。残暑が厳しいとでも言いたいのだろうか。 それでも律儀にかぶっているあたり、本人……いや本猫も実は気に入っているのだろう。 「こちらは、お判りですか?」 「……メアリー先生」 立派な鉢植えに入れられて、天に微笑むように花を咲かせている飛燕草。 使い魔となる前の、彼女の本当の姿……高潔という花言葉にふさわしく美しかった。 「こら、シャロン。やめなさい」 「相変わらずだなあ……」 そんなメアリー先生の鉢植えを、黒猫シャロンがカリカリひっかく。 こいつ、絶対に言葉が判ってるよな。 「お久しぶりです……メアリー先生。お世話になりました」 傍から見れば草花に頭を下げている変人なのだが、この人には頭が上がらないのだから仕方がない。 ……人じゃないけど。 「でもって……ランディ」 「はい、そうです」 イスタリカが大切そうにページをめくっていた本は、ランディ。 「きっと、律さんが来て喜んでいると思います」 「あ、あはは……まあ俺も嬉しいけどね」 それでもランディには背後を取らせてはならないのだ。 「なんていうか……静かすぎて、寂しいわよね」 「そうだな……」 イスタリカがようやく再会を果たせた頃には、彼らの姿はもう元に戻っていた。 こちらが本体である以上はこれで正しいのだろうけど……お互いに口を利けなかったことは、きっと悲しかっただろう。 「大丈夫……この子たちも、ちゃんと私たちを見てますから」 「シャロンも、満足そうにしてるしな」 「それよりも、律さん。姉さんとは仲直りできたんですか?」 「ちょっ……なにサラッと本人の前で言ってんのよ!」 「この前のか……うん、したよ」 「律儀に答えんでいい!」 「名前だけにね」 まあ、雨降って地固まるというやつだ。 「学校での姉さんはどうですか?」 「こんな感じ」 「なんか失礼ね……」 そして、オリエッタは俺や葉山と同じ学校に通っていた。 ちなみに、イスタリカのほうは精神年齢が違いすぎるからという理由で断ったそうだ。 「それよりも、2人の生活はどんな感じ?」 オリエッタとイスタリカの両名は、枢密院の計らいで県内に住居を用意してもらえた。 腐っても元・女王と元・お姫様だ。彼女らたっての希望で都内の豪邸を拒否したとも聞く。 確かに、今まで魔法使いとして差別を受けかねない自分達を保護してくれた人達なわけだし。 それくらいの感謝は素直に受けてもいいのだろう。 けど、2人のやりとりは至って、昔のまま。 「そうですね……姉さんの料理がまだ」 「アンタだって、人に文句言えるような立場?」 意外なことに、イスタリカのほうも料理の腕はからきしらしい。 だから俺はたまにオリエッタから、料理に関する愚痴を聞いたりしていた。 「だって、料理をしたいと言ったのは姉さんでしょう。律さんにお弁当を作るためだと思いますが」 「わぁーっ! あーっ!」 「オリエッタ……」 照れるなあ……。 「ん……なによ、シャロン」 シャロンがオリエッタをカリカリする。 「ネコ飯もまずいのか……」 「さすがに、シャロンに言われたら仕方ないけど……」 料理の名手であったシャロンも、こうなってしまっては手先が使えない。 きっと彼女の立場であれば、またイスタリカにその腕を奮ってやりたかっただろうに。 「シャロンのご飯が食べらんないっていうのが、地味にけっこうきついのよねえ」 「それは……うん。俺もそう」 タダでいくらでも極上のメシが食えたあの時代は、考えてみれば最高だった。 そんな話をすると、シャロンが鼻高々と言った様子になった……気がする。 「俺の近況とかは興味ない?」 「んー……確か最近では、休み明けテストで平均点を割ったんでしたっけ」 「あと、デートに着てくる服が変わってきたとか……」 「あ、そうそう。アイスをこぼして服がよごれたんですよね。あれは面白かったです」 「……」 あーれー? 「律さんのプライベートはぜんぶ筒抜けです。いつも姉さんが楽しそうに話すから」 「オリエッタぁ……」 「ま、まあいいじゃない!」 「なんでそんなかっこ悪いとこばっかり!」 そういう行動しかしてないのが悪いんだけど! 「シャロンも呆れてあくびをしてますね」 「態度かわんねえなあ……」 にしても……まだ、時々ふと思うことがある。 「イスタリカは……これでよかった?」 彼女を差し置いて、このような結果に誘導したのは俺だ。 オリエッタを救えたから良かったものの、彼女は魔法を捨て去りたいわけではなかったのかもしれない。 「ええ……もちろん」 そんな俺の不安を吹き飛ばすような、爽やかな笑みが返ってきた。 「これからの私は、普通に年老いて、普通の生活をして、普通に死んでいくでしょう」 「でもそれは、私が本当の最初に願ったことですから」 「……そうね」 2人の出生に何があったかは聞いている。 彼女たちは元々……魔法使いでなく、人間として生きていたかったんだ。 「でも、もう……やり直しは効かないものね」 「それが普通だよ」 「ただ、そうですね……」 「無くなってよかったとは思いますが……今まで、あってよかったとも思います」 「イスタリカ……」 「嫌ですね……こんな話をすると、ますますおばさんくさく見えます」 「なに言ってんの。アンタは私の妹なんだから、十分すぎるほど若いわよ」 「俺は、姉と妹が逆だと思うけどね……」 「どーゆー意味?」 「姉さんと律さんも……これでよかったって思えますか?」 「うん」 それに対しては、即答で。 「でも……俺は魔法がどうこうじゃなくて、おまえとオリエッタがいるからそう思えるよ」 「私は……なんだか、しょってたものが無くなったみたい。今、すっごく楽しいもの」 「私も……今が、とても楽しいです」 「そうだな――」 イスタリカが女王でなくても、 オリエッタが姫でなくても、 俺が使い魔でなくても、 こうして一緒にいることができる。それが何よりの幸せで…… 俺たちはようやく……かつて倒れた記憶と過去を、乗り越えることができたんだ。 「……やはり、解りあえないようですね」 「え……イスタリカ」 そして、急に……目の前がぼやけて見えるようになる。 「やめな、さい――」 「なんとか間に合ってよかった……やっぱり御二人は、私などに構うべきではありません」 「待っ――」 「もう一度……本当の居場所へ帰ってください」 「ここに来ることは、もう無いでしょうけどね」